(ふうむ…)
こうして見ると俺なんだが、とハーレイが覗き込んだ鏡の中。
風呂から上がって、パジャマ姿で入った寝室、目に付いたから覗いた鏡。
其処に映った姿は確かに自分だけれど。
パジャマの模様も形も見慣れたものだけれども、フイと掠めて行った感覚。
違和感とは違って、さりとて親近感でもなくて。
何と言えばいいのか、適切な言葉が見付からない。
これでも古典の教師なのに。
SD体制が始まるよりも遠く遥かな昔の日本の文学などを教える立場なのに。
(…なんと言ったらいいのやら…)
どうにも分からん、と言葉選びは放棄した。
言葉などより、この現実が大切だから。
鏡に映った自分の姿が、それが映る今が大切だから。
何処から見たって自分は自分で、それ以外ではないけれど。
柔道と水泳が得意な古典の教師で、三十代も後半の独身男なのだけど。
(…周りから見りゃ、それで終わりで…)
それ以上でも以下でもない。
生憎と柔道も水泳の方も、プロの選手にはならなかったから。
そっちで名前は売れていないし、ただの古典の教師に過ぎない。
同じ柔道や水泳をやる人からなら、一目置かれているけれど。
プロの道には行かなかっただけでプロ級の人だと、それを知らないようでは駄目だと。
けれど、所詮は其処までのこと。
道を歩いてもサインを求められたりはしない、ただの古典の教師だから。
教師の方なら生徒に人気で、「先生、サイン!」と強請られることもあるけれど。
卒業前とか、何かの記念に「書いて欲しい」と。
頼まれれば生徒に向けての言葉だって書く、格言だったり、自分で考えた言葉だったり。
つまりはそれが自分の全てで、本当だったら…。
(他の顔など無い筈なんだが…)
今まで赴任してきた学校で出会った、教師仲間たち。
中には「休みの日には農業をしている」などと言う者もあった。
親や、もっと前の代からの農家、お蔭で農地があるものだから、と。
休日になったらリフレッシュとばかりに農家の仕事で、それがなかなかに楽しいと。
彼らから「昨日の収穫」とキュウリなどを貰ったことも多いし、農業をやっている者は多い。
変わった所では漁師などもいた、趣味と言うのか、半ばプロなのか。
金曜日の仕事が終わった途端に車を飛ばして実家のある海辺の町へ出掛けて、週末は漁師。
たった一日かそこらのことでも、楽しいのだと言っていた。
「疲れるどころじゃないですよ」と。
「ハーレイ先生も御存知でしょうが、海は見ているだけでもいいもんですよ」と。
そういった同僚が持っていたのが「別の顔」。
教師だけれども農家だったり、プロと呼んでいい漁師だったり。
ところが、自分は普通だから。
隣町の家も農家や漁師ではないから、まるで無い筈の別の顔。
週末は柔道の道場に出掛けて指導をするとか、ジムのプールで泳ぐだとか。
あくまで普段の自分の延長、誰も驚いてはくれないもの。
別の顔だと言えはしないし、主張するだけ無駄というもの。
(…俺は俺でだ、ずっとこの顔で…)
別の仕事も無い筈なんだが、と鏡の向こうの自分を眺めた。
あまりにも見慣れた自分の顔。
この年になるまで馴染んできた顔、それなのに今は…。
(…どういうわけだか、別の顔ってな)
自分でも信じられないんだが、と触ってみた頬。
朝に綺麗に剃って出掛けた顔だったけれど、この時間になるとチクリと髭の感触。
見た目には分からないけれど。
それほど伸びてはいないわけだし、褐色の肌に金色の髭では目立たないから。
(この感覚まで同じなんだ…)
まるで俺だ、と覗き込む鏡。
俺は俺だが別の俺だと、今の俺とは違う俺だと。
出来てしまった「別の顔」。
誰にも言ってはいないけれども、口にしたなら誰もが驚くだろう顔。
農家ではなくて、漁師でもなくて、それはとんでもない「別の顔」。
自分は変わっていないのに。
柔道と水泳が得意な古典の教師で、何も変わりはしないのに。
周りから見れば何一つ変わらず、自分の目で見ても…。
(…こうして鏡を覗く限りは、俺のままだぞ)
何も変わっちゃいないんだが、と触ってみる顎、少しチクリとしている髭。
それを自分は知っている。
自分の顔だから当然と言えば当然だけれど、そうではなくて。
鏡に映った自分ではなくて、もっと別の場所で。
時間が逆さに流れ始めて、今の自分がぐんぐん小さな子供に戻ってしまうよりも前。
子供どころか赤ん坊だった頃も通り過ぎ、欠片すらも消えてしまっても、まだ…。
(…足りないどころの騒ぎじゃないんだ)
自分がこうして顎を触っていた頃は。
髭が少しだけ伸びて来たな、と鏡を眺めて顎に手をやっていた頃は。
そう、とてつもなく遠い遠い昔、この地球がまだ無かった頃。
正確に言えば地球はあっても、青い地球ではなかった頃。
遥かな遠い時の彼方に自分がいた。
今と全く同じ姿で、こうして鏡を覗き込んで。
(あれも確かに俺だったんだ)
懐かしい白いシャングリラ。白い鯨に似ていた船。
あの船で鏡を覗いていた。
今と同じに顎を触って、「少し伸びたか」と髭の感触を確かめながら。
剃るのにはまだ早い感じだけれども、一日一度はやはり剃らねばならないだろうと。
さして面倒とは思わないものの、これが生えない人間もいるな、と。
(…前のあいつはチビじゃなかったが…)
前の自分が今のような顔になった頃には、ブルーも既にチビではなかった。
今も世間に広く知られたソルジャー・ブルーで、若いとはいえ大人ではあった。
それなのに生えなかった髭。
前のブルーの頬は滑らかで、産毛くらいしか生えていなくて。
ゆえに髭など剃りはしなくて、たまに羨ましくも思えたもので。
(忙しい朝でも、顔を洗えば終わりなんだからな)
前の自分は髭を剃らねば、ブリッジに行けなかったのに。
船を纏めるキャプテンが朝から髭を剃らずに出て行ったのでは、皆に示しがつかないから。
「あの格好でもいいらしい」と流れるだろう噂は、船の仲間を怠惰にさせてしまうから。
キャプテンたるもの、いつでも制服をカッチリ着込んで、皆の手本に。
こうあるべきだと、こうするべきだと、全身でそれを示しておかねばならないから。
それが自分の「別の顔」。
誰も信じてくれなかろうが、今の所は明かすつもりも無かろうが。
(…キャプテン・ハーレイと来たもんだ…)
若い頃から何度も訊かれた、「生まれ変わりか?」と。
今も残っているキャプテン・ハーレイの写真、アルタミラ時代の記録写真で始まるもの。
人類が資料にと残していた写真、それは世間に知られているから、似ていると分かる。
自分でも思った、「他人とはとても思えないな」と。
そうは思っても、他人の空似はありがちなこと。
きっと偶然だと考えていたし、周りの者たちもそれは同じで。
生まれ変わりかと尋ねる声には、いつも混じっていた笑い。
どうしてそんなに似ているのかと、顔だけならともかく体格まで、と。
(…その内に変わると思ってたんだが…)
年を重ねれば顔も変わるし、いずれ瓜二つとは言えなくなる日が来るのだろうと。
「昔はそっくりだったんだぞ?」と教室で話して、生徒たちが「まさか」と笑う日が来ると。
ところが、ますます似てしまった顔。
学校によっては「キャプテン・ハーレイ」と渾名をつけた生徒がいたほど。
廊下などで会ったら「キャプテン!」と声を掛けられ、パッと敬礼されるとか。
あの時の生徒に「本物だったぞ」と教えてやったら何と言うだろう?
口をパクパクとさせてしまうのか、「本当ですか?」と頬を紅潮させるか。
かなり大きくなった筈だから、インタビューを始めてしまうかもしれない。
「シャングリラの生活は如何でしたか?」などと。
(俺は俺には違いないんだが…)
何も変わっちゃいないんだが、と鏡を覗いても、変わらない顔。
ブルーと出会って前の自分の記憶が戻る前と少しも変わっていない顔。
だから誰一人気付きはしない。
今の自分には別の顔があると、実はキャプテン・ハーレイなのだと。
(農家や漁師より、よっぽど凄いが…)
スケールってヤツが違うんだが、と鏡の自分にニッと笑い掛けた。
「お前はシャングリラを動かしてたしな?」と、「漁船どころの騒ぎじゃないぞ」と。
今の自分から見れば、眩しすぎるほどのキャプテン・ハーレイ。
遠く遥かな時の彼方に白いシャングリラが消えてしまっても、今も語られるその名前。
あの船を地球まで運んだ人だと、偉大なキャプテンだったのだと。
(…一方、俺は古典の教師で…)
同じほどの時間が流れた後には、誰も覚えていないだろう。
今の自分が存在したことも、そういう教師がいたことも。
キャプテン・ハーレイの名前は今後も残るけれども、今の自分の名前の方は。
(…俺が名前を残すとしたらだ…)
生まれ変わりだと明かすしかなくて、そうして残るのはキャプテン・ハーレイの名で。
それを思うと可笑しくなる。
同じ顔だが、同じ中身だが、こうも違うかと。
鏡に映った顔は同じでも、中身の自分が同じでも。
(…俺は俺だが…)
こういう俺も好きなんだ、と鏡の自分に片目を瞑った。
同じ顔だが、俺はお前よりずっと上だと、いずれはブルーと結婚なんだ、と…。
同じ顔だが・了
※ハーレイ先生には無い筈の「別の顔」。週末は農家だとか、海で漁師をやってますとか。
けれども凄すぎる別の顔。キャプテン・ハーレイも今では普通の教師なのですv