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何でも美味い

(うん、美味い!)
 買って来た甲斐は充分あった、とハーレイの顔に浮かぶ笑み。
 ブルーの家には寄り損なったけれど、こんな日ならではの気ままな夕食。
 食材を吟味し、あれこれ料理も楽しいけれども、一人暮らしでは難しいものもあったから。
 今日、買って帰った刺身の盛り合わせも、その中の一つ。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔に、この地域の辺りにあった島国、日本。
 とても小さな国だったけれど、豊かな食文化を持っていた国。
 前の自分が生きた時代には何処にも無かった出汁や、他にも色々、和食の文化。
 刺身も日本で生まれた食べ方、今の自分には馴染みのもの。
 釣り好きな父のお蔭で幼い頃から食べていた。
 父が自分で魚を捌いて、「美味いぞ」と自信満々だったり、母が手際よく作っていたり。
(…だが、あの頃でも盛り合わせはなあ…)
 此処までバラエティー豊かじゃなかった、と眺める盛り付けた皿の上。
 鯛やヒラメや、マグロや海老や。
 父が友人たちと釣りに出掛けても、これだけの種類は揃わなかった。
 それに今でも…。
(俺が自分で刺身を作るのなら、だ…)
 せいぜい二種類といった所か、魚が一種類と、貝くらい。
 一人暮らしで無理のない量を買うならその程度だから、それが限界なのだから。


 何種類もの刺身を盛り付けた皿。
 次はコレだ、と取り箸で取ってはヒョイと小皿へ。
 刺身用にと買ってある醤油、それとワサビをつけて頬張る。
 新鮮な海の幸の数々、どれを選ぶのも自分の自由。
 順番などはありはしないし、家で食べるならマナーも要らない。
 行儀は全く気にしなくていい、「これはこうして食うのもいいな」と御飯茶碗に入れたって。
 温かい炊き立ての御飯に乗っけて、丼よろしく口に運んでも誰もチラリと見はしない。
 「刺身はそれだけで食べないと」という非難めいた視線が届きはしないし、自分の好みで。
 せっかく買って来た盛り合わせなのだし、心の底から満喫したい。
 「寿司ネタにもどうぞ」と書かれていた刺身、そう書かれるのも納得の味。
 父が釣って来た魚と同じに、身がシャッキリとしているから。
 噛んで固いというわけではなくて、舌で感じる新鮮さ。
 魚もそうだし、海老も貝も同じ。
 なんとも美味い、と嬉しくなる味。


 一人暮らしは長いのだから、小さなブルーが生まれた頃にはもうこの町に住んでいたから。
 刺身の盛り合わせも何度となく買った、食べたくなったら。
 今日はコレだと思った時には買って帰った、今日のように好きに味わっていた。
 温かい御飯に乗せて食べたり、本当に丼に仕立ててみたり。
 そうやって楽しんだものだけれども、今では価値がググンと増した。
(…なんたって地球の海の幸なんだ)
 前の自分が白いシャングリラで目指した地球。
 ブルーと二人で夢見ていた地球、宇宙の何処かにある筈の星。
 青い水の星にいつか行こうと、このシャングリラで辿り着こうと前のブルーと何度も語った。
 ブルーが守った白い船。自分が舵を握っていた船、それでゆこうと。
 地球に着いたら、真っ先に見えてくるだろう海。
 母なる地球を青く染める海原、地表の七割を覆うという海。
 青い地球には海がある筈で、テラフォーミングされた星の海より豊かな筈で。
(…魚だって山ほど棲んでるんだと思っていたしな…)
 そういう星だと夢に見た地球、その地球の海で獲れた魚や貝などが皿の上にある。
 どれから食べるのも自分の自由で、どんな食べ方をするのも自由。
 前の自分には想像も出来なかった贅沢な食卓、地球の刺身の盛り合わせ。


 こいつがいいと、最高なんだと、ヒョイと取り箸でつまんだトリ貝。
 トリ貝が最高という意味ではなく、最高なのは好きに食べる刺身。
 次はコレだとつまんだトリ貝、それを刺身醤油に浸そうとして。
(…待てよ?)
 美味いんだが、とトリ貝を箸でつまんだままで見詰めた、その独特の色と形を。
 前の自分がこれを見たならどう思うかと、これは食べ物に見えるだろうかと。
(…うーむ…)
 トリ貝だけがズラリと並んでいたなら、そういう食材と素直に納得しそうだけれど。
 こんな風に他の刺身とセットで盛り付けられた形で対面してしまったら…。
(…悩みそうだな、これも刺身の内なのかどうか)
 前の自分が生きた頃には、刺身自体が無かったけれど。
 似たものがあったならカルパッチョくらい、あれはこういう風にはならない。
 何種類もの魚や貝の身、それを一緒に盛りはしないから。
(トリ貝なあ…)
 異質だよな、とパクリと頬張り、「美味い」と顔を綻ばせる。
 これも立派に刺身の内だと、ちょっと見た目が異なるだけで、と。
 薄い切り身になって並んだ魚たちとは違うだけで、と。


 そういう視点で皿を見てみれば、なんとも不思議な取り合わせ。
 今の自分には馴染みだけれども、赤身の魚に白身の魚。
 子供の頃から刺身は何度も食べて来たから、どれも美味しいと知っているけれど。
(…さっきのトリ貝だけじゃなくてだ…)
 見た目もそうだし、刺身そのものが持つ味わい。
 好き嫌いのある子も多かった。「これは嫌だ」と食べない子供。
 食べる前から嫌がる子供に、食べても「やっぱり嫌だ」と言う子。
 特に珍しくはなかったのだった、そうした子供も。
 父の釣り仲間の子供にも多くいたから、自分は美味しい思いをしていた。
 一緒に釣りに出掛けた時には、「持って帰るか?」と分けてくれる大人も多かったから。
 「ウチの子はコレは好きじゃないから」と、「持って帰って食べるといいよ」と。
 刺身でなくても、煮付けが美味しい魚とか。
 焼くのが美味しい魚などでも、惜しげもなく分けて貰えたもので。
(…俺は何でも食えたからなあ…)
 子供の頃からまるで無かった好き嫌い。
 両親が躾けたわけでもないのに、「まあ、食べてみろ」と盛り付けられたわけでもないのに。


 今から思えば、恐らくは前の自分のせいだった。
 餌と水くらいしか与えられずに長く過ごしたアルタミラ。
 あまりに悲惨で、惨めに過ぎた実験動物時代の自分の食生活。
 それが影響していたのだろう、「食べ物は何でも美味しいものだ」と骨の髄まで染み透って。
 心に、記憶に深く絡み付いて、生まれ変わっても抜け落ちないで。
 だから何でも美味しく食べたし、好き嫌いだってしなかった。
 食べ物は美味しいものだから。
 生き物を飼うための餌とは違って、人の身体を、心を養うためにあるのが食べ物だから。
(…前の俺がそういう考えだしなあ…)
 トリ貝がズラリと並んでいようが、刺身にヒョッコリ混ざっていようが。
 前の自分なら「これも食べ物か」と迷いもしないで口に運んだことだろう。
 そして「美味い!」と喜んだだろう、また一つ新しい食べ物の味を覚えたと。
 これも人間が食べるものだと、餌とは全く違うのだからと。
(…そのせいで今の俺までが、だ…)
 好き嫌いの無い身になってしまった、食べ物が豊富な地球に来たのに。
 父の釣り仲間の子供たちのように、「これは嫌だ」と言ってかまわない世界に来たのに。


(お得な舌ではあるんだが…)
 どんな食材でも、調理法でも、美味しいと感じるのが自分。
 明らかに塩と砂糖を間違えただとか、丸焦げになってしまったものなら別だけれども。
(…それでもなあ…)
 些か損をしている気がする、今は我儘が言えるのに。
 好きなものは好きで、嫌いなものは嫌いだと言える素敵な時代に生きているのに。
 だからブルーと約束をした。
 いつか好き嫌いを探しに行こうと、自分たちにもきっと何かがあるだろうと。
 「これだけは駄目だ」と逃げ出したくなるような食べ物、それが見付かったら面白い。
 駄目なものが無くても、「なんとしてでも、また食べたい」と言いたくなるほど美味しい何か。
 そういった好き嫌いを探しに行こうと、あちこち旅をして回ろうと。
 けれども、それはまだ先の話。
 小さなブルーが前と同じに大きく育って、二人で旅に出られるようになってから。
 つまり、それまでは…。


(何でも素敵に美味いってことだ)
 前の自分が見た目で「食べ物なのか?」と悩みそうな気がしたトリ貝のような代物も。
 食べ物であれば、人の身体を、心を養うものでさえあれば。
 それも悪くはない人生。何でも美味しいと思える人生。
(損な気もするが、実際、何でも美味いんだしな?)
 今はこの舌を楽しんでおこう、好き嫌いが全く無い舌を。
 いつかブルーとそれを探しに行くまでは。
 好き嫌いを探しに旅に出るまでは、何でも美味しいと感じるお得な自分の舌を…。

 

        何でも美味い・了


※好き嫌いの無いハーレイ先生。ブルー君も同じですけど、お得なんだか、損なんだか。
 いつか見付かると嬉しいですよね、今は許される好き嫌いを言ってもいい食べ物がv






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