(やっぱりハーレイには、あれが似合うと思うのに…)
きっと今でも似合う筈なのに、とブルーの唇から漏れる溜息。
どうして今は無いのだろうかと。
ハーレイは持っていないのだろうかと零れる溜息、ハーレイに似合いそうなもの。
流石に持って歩けはしないし、学校で使うのは無理だろうけれど。
学校でなくても、思い付いた時にポケットからヒョイと取り出したりは出来ないけれど。
溜息の原因は羽根で出来たペン、いわゆる羽根ペン。
前のハーレイが使っていた羽根ペン、キャプテンの部屋の机の上に乗っていた。
ペン立てに立てられて、白い羽根ペンが。
それで文字を書くためのインク入りの壺とセットで、いつも机に。
書き物をする時は羽根ペンだった、キャプテン・ハーレイだったハーレイは。
「俺の日記だ」と読ませてくれずに仕舞い込んでいた航宙日誌も、書類なども。
もっとも、会議に使う資料などの長い文面を書いていたわけではないけれど。
会議用の資料はキャプテンではなくて、様々な部門の者たちが作っていたけれど。
そういった資料や書類に目を通し、あの羽根ペンで署名をしていた。
「此処は直すように」と書き入れたりもしていた、白い羽根ペンで。
前の生から愛した恋人、今は教師になったハーレイ。
古典の教師をするのに羽根ペンは要らない、ごくごく普通のペンで充分。
今のハーレイが得意だという柔道にしても水泳にしても、羽根ペンなどは不要な世界。
だからハーレイが羽根ペンを持っていないのも分かる、それが当然だと思う。
(でも、絶対に似合うんだよ…)
ハーレイは今もハーレイだから。
キャプテン・ハーレイだった頃とそっくり同じな姿形で、服装が違うだけだから。
(柔道着だと似合わないかもだけど…)
どうだろうか、と想像してみて、「それでも似合う」と大きく頷く。
柔道の技をかけている時や、柔道部の指導をしている時なら羽根ペンの出番は無いけれど。
空いた時間に「ちょっと待ってくれ」と机に向かえば羽根ペンも似合う。
褐色の手は同じだから。
あの大きな手に羽根ペンを持って、スラスラと書くだろう動きは同じだから。
キャプテンの制服か柔道着かというだけの違い、たったそれだけ。
(柔道着でも…)
きっと羽根ペンは似合うことだろう。
柔道をやるために出来ているのが柔道着だけれど、武道のための道着だけれど。
それでもきっと羽根ペンが似合う、いかつい道着とのギャップも素敵に違いない。
柔道着で机に向かう恋人、足はもちろん素足の筈で。
「待たせてすまん」と羽根ペンを置いたら、直ぐに身体を動かすのだろう。
対戦相手を軽々と投げたり、かかってくる柔道部員たちを軽くあしらったりと。
そんな合間に少し書き物、羽根ペンを持って。
(…かっこいいんだけど…)
いいな、と顔が綻んだけれど、現実としては有り得ない光景。
羽根ペン持参で柔道部などには出掛けられないし、ペンを使うならありふれたペン。
(だけど、似合うし…)
柔道着だったら、と容易に想像出来る光景。
たとえ現実には有り得なくても、とても絵になる柔道着で羽根ペンを持ったハーレイ。
(…水泳はちょっと…)
そっちは無理、と頭を振った。
プールからザバッと上がってその場で、羽根ペンを持ちはしないだろう。
インク壺に浸して書くようなペンをプールサイドのテーブルに置いていたって…。
(変だよね?)
水着のままで椅子に座って羽根ペンで書き物、それは可笑しい。
肩にタオルを羽織っていたって、ちょっとした上着を着込んでいたって。
要は水着で、逞しい足が剥き出しだから。
そんな格好では絵にならないのが、前のハーレイが使っていた羽根ペン。
カッチリ着込んだキャプテンの制服とか、隙なく着こなす柔道着だとか。
そういった衣装が似合う羽根ペン、ラフすぎる水着は似合わない。
でも…。
(パジャマとかなら…)
それはそれで似合いそうな気がしてくるから面白い。
一度だけ見た今のハーレイのパジャマ、寝ている間にハーレイの家へ瞬間移動をした時に。
ハーレイのベッドで目が覚めた朝に、目にしたパジャマ。
あの格好でも、寝る前だったら羽根ペンを持っても似合うだろう。
ベッドで一晩眠る間についてしまう皺、それが無ければ。
(んーと…)
ハーレイは被りはしないだろうけれど、遠い昔の本の挿絵などのパジャマの人物の頭の帽子。
ああいった帽子を頭に被ってパジャマ姿でも、羽根ペンはきっと絵になるだろう。
パジャマ姿でも似合うのだから、スーツやワイシャツなら当たり前に似合う。
普段着のシャツでも、柔道着と同じで意外なギャップがいいのだろう。
半袖のシャツで腕が剥き出しでも、その手に似合いそうな羽根ペン。
ハーレイの手には羽根ペンが欲しい、羽根ペンを持っていて欲しい。
それなのに羽根ペンを持たない恋人、持ってはいない今のハーレイ。
前に訊いたらそう答えた。
「最近、欲しいような気もするんだがな」とは言っていたけれど、買ってはいなくて。
持っていないなんて、と残念でたまらなかったから。
たとえ今のハーレイの日記が覚え書きだろうが、ろくに中身が無かろうが…。
(…羽根ペンで書いて欲しいよね…)
前のハーレイがそうしていたように。
航宙日誌を書いていたように、書類に署名などをしていたように。
学校に持って行くには不向きなペンだし、柔道着の時には使わないとしても。
教室などで「ちょっと待ってくれ」とポケットから出して手帳に書いたりしなくても。
そうした場面は仕方ないから、普通のペンでいいのだけれど。
ありふれたペンでも何も文句は言わないけれども、ハーレイの家。
其処では使って欲しい羽根ペン、書斎の机にあって欲しいと夢見てしまう。
書き物をするなら前のハーレイと同じに羽根ペン、それがハーレイらしいのにと。
覚え書きに過ぎない日記だろうが、前と同じに羽根ペンがいいと。
そう思ったから、今のハーレイにも羽根ペンを持って欲しいから。
ハーレイが自分で買わないのなら、とプレゼントしようと決心したのに。
夏休みの残りがあと三日になる日にハーレイのためにプレゼント、と。
八月の二十八日はハーレイの誕生日だから。
三十八歳になる記念の日だから、その日に誕生日プレゼント、と。
同じ買うなら素敵なものをと、いい羽根ペンを贈りたいから、うんと予算を奮発したのに。
お小遣いの一ヶ月分をつぎ込むつもりで百貨店まで羽根ペンを買いに行ったのに…。
(…なんで羽根ペン、あんなに高いの…?)
知らなかった、と零れる溜息、買えずに帰って来た羽根ペン。
前のハーレイが使っていたのと似た羽根ペンがあったのに。
白い羽根のペン、それとインク壺やペン先を収めたセットの箱が素敵だったのに。
手も足も出なかった白い羽根ペン、他のペンでも駄目だった。
青や緑に染められた羽根のペンは色々あったけれども、どの羽根ペンも…。
(…予算不足だよ…)
お小遣いではとても買えない値段の羽根ペン、つまりは子供には無理ということ。
背伸びして貯金を使って買っても、ハーレイはきっと困ってしまう。
「ありがとう」と御礼は言ってくれても、その顔にはきっと…。
(…すまん、って書いてあるんだよ…)
ハーレイは羽根ペン売り場を知っているのだし、値段も知っているのだから。
贈りたいのに贈れない羽根ペン、お小遣いでは買えない羽根ペン。
ハーレイに持って欲しいのに。
今のハーレイにも羽根ペンを使って日記を書いて欲しいのに。
(…ぼくの勝手な夢で我儘…?)
ハーレイは必要としてはいないのだろうか、羽根ペンを?
「欲しい気持ちはするんだがな」と話していた時、「使いこなせないかもな」と苦笑したし…。
使えないかもしれないペンなど、わざわざ買いはしないだろう。
羽根ペンの値段を知ってしまえば、ハーレイが買わずにいる理由だって分かる。
鉛筆のように気軽に買えはしないから。
買ってしまってから「使いにくい」と放っておくには、些か高いのが羽根ペンだから。
そうなった時に、「アレを買わなければ何が買えたか」と考えてしまいそうな羽根ペン。
同じ値段で本が何冊も買えるわけだし、他の物だって、きっと色々。
(…だからハーレイ、買わないんだ…)
今のハーレイと前のハーレイとは違うから。
羽根ペンが無くても困りはしないし、きっとこだわりも無いのだろう。
それに前のハーレイが使っていた羽根ペンにしても…。
(…誰も使わないから、持ってっただけ…)
奪った物資にドカンと混ざっていたのを、「俺が使う」と。
そしてハーレイの気に入りのペンになったというだけ、欲しくて手に入れたわけではないし…。
これは無理だと、今のハーレイは羽根ペンなどは使わないのだと零した溜息。
自分が買って贈らない限りは、きっと持ってはくれないのだと。
けれども予算は足りはしなくて、背伸びして買うことも出来なくて。
悩んで悩んで、とうとうハーレイに「悩みでもあるのか?」と訊かれてしまって。
(ハーレイに羽根ペン、あげられるんだ…!)
自分のお小遣いの分だけ、買ってプレゼント出来ることになった。
羽根ペンの羽根のほんの僅かな部分だけしか支払えなくても、残りはハーレイが出すと言う。
夢は叶って、ハーレイに羽根ペンを持って貰える、誕生日が来たら。
ハーレイが貰って来てくれるカタログ、それを二人で眺めて、選んで。
「これがいいよ」と白い羽根ペンを選べるといい。
前のハーレイのペンと似ていた、あの白い羽根ペンが入った、買えずに帰って来た箱を…。
あげたい羽根ペン・了
※自分の予算では羽根ペンは買えないと分かった後も諦め切れないブルー君。
溜息を沢山ついてましたけど、ハーレイ先生にプレゼント出来て良かったですねv
- <<何でも美味い
- | HOME |
- 欲しかった羽根ペン>>