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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(まだ半分しか叶ってないよ…)
 せっかく地球に来られたのに、と小さなブルーがついた溜息。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 今日の朝食に、母が焼いてくれたホットケーキ。
 今の自分も好物だけれど、前の自分もそうだった。
 好き嫌いは全く無いのだけれども、前の自分も同じだけれど。
 食べて嬉しくなれる食べ物は、やはり好物と言うのだろう。
 ホットケーキもその一つ。
 焼き立ての熱いホットケーキに、メープルシロップをたっぷりと。
 それから熱でトロリととろけるバターも。
(…前のぼくも、好きで…)
 白いシャングリラで、自給自足の暮らしが軌道に乗った頃。
 その証のように、朝食に出されたホットケーキ。
 皆に充分に行き渡る量が、船で焼けるようになったから。
 一度に出しても、足りなくなりはしなかったから。
 それが嬉しくて、前の自分のお気に入りになった、朝食に出されるホットケーキ。
 よくハーレイと食べていた。
 ソルジャーとキャプテンとしてだけれども、朝食は二人一緒だったから。
 沢山食べるハーレイのために、前の自分よりも多く焼かれていたホットケーキ。
 それをペロリと平らげたハーレイ、前の自分が見ている前で。
 幸せだった朝の光景、邪魔が入りはしなかったから。
 ソルジャーとキャプテンの制服をそれぞれ纏ってはいても、甘い言葉は交わせたから。


 そんな世界で、いつしか描き始めた夢。
 シャングリラで地球に辿り着いたら、平和な時代が訪れたなら。
 地球でハーレイとホットケーキを食べようと。
 美味しいホットケーキの朝食、それを二人で食べなくては、と。
 地球に着いたら、きっとある筈の合成ではないメープルシロップ。
 サトウカエデの樹液を煮詰めた、本物のメープルシロップがあることだろう。
 青い地球には、サトウカエデの森が広がっているだろうから。
 その木から採れる樹液を集めて、本物のメープルシロップを作っているだろうから。
(…それに、バターも…)
 地球の草を食んで育った、牛のミルクから作られるバター。
 青い水の星で育てられた牛のミルクだけでも、きっと美味しいに違いない。
 ミルクの美味しさをギュッと閉じ込めた、金色のバターもきっと味わい深い筈。
 そのまま口に放り込んでも、豊かな味がするのだろう。
 そういうバターをホットケーキにたっぷりと塗って、メープルシロップをたっぷりとかけて。
 頬っぺたが落ちそうなホットケーキになるに違いない、と夢を描いた。
 ハーレイと二人、「美味しいね」と微笑み交わして食べる朝食。
 青い地球の上で、二人で頬張るホットケーキ。
 夢の星まで来られた幸せを、ゆっくり噛み締めながら。
 平和な世界を楽しみながら。


 けれど、叶わなかった夢。
 前の自分は死んでしまって、青い地球には行けなかった。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を守る代わりに、失った命。
 どのみち、地球には行けなかったけれど。
 …寿命が尽きると気付いた時に、夢は諦めていたのだけれど。
 自分は地球まで行けはしないと、その前に命尽きるのだと。
 ホットケーキの朝食を地球で食べるという夢、それは決して叶いはしないと。
(…分かってたけど…)
 それでも、朝食にホットケーキが出て来た時には、思い出した夢。
 この朝食を地球で食べたかったと、地球には本物があるのに、と。
 サトウカエデの森が広がっているだろう地球。
 牛たちがのんびり歩く牧場、それが幾つもあるだろう地球。
 …出来ることなら、行きたかったと。
 ハーレイと二人でホットケーキを食べたかったと、幸せな朝を過ごしたかったと。
 夢は砕けてしまったけれど。
 前の自分が思った以上に、悲しい形で。
 ハーレイの温もりさえも失くして、前の自分はメギドで逝った。
 暗い宇宙で、たった一人で。
 独りぼっちになってしまったと、泣きじゃくりながら。
 二度とハーレイに会えはしないと、深い孤独と絶望の中で。


 そうして終わってしまった命。
 メギドに散った、ソルジャー・ブルー。
 なのに、自分は時を越えて来た。
 ハーレイと二人で生まれ変わって、青く蘇った地球の上まで。
 そして気付けば、ホットケーキを食べていた。
 前の自分が夢に見ていた、ホットケーキの朝食を。
 料理上手な母に美味しく焼いて貰って、今日の朝にも。
 メープルシロップをたっぷりとかけて、バターを乗せて。
 それを食べていて、蘇った記憶。
 前の自分も、これが好きだったと。
 青い水の星を夢に見ながら食べていたのだと。
(…地球には、ちゃんと来られたんだけど…)
 夢だったホットケーキの朝食、それも自分は食べられるけれど。
 サトウカエデの森から生まれた、本物のメープルシロップをかけて。
 地球の草を食んで育った牛のミルクで出来たバターを、好きなだけ乗せて。
(…でも、叶った夢は半分だけ…)
 前の自分の夢は半分叶ったけれども、もう半分が叶わない。
 遠く遥かな時の彼方では、夢ではなかったハーレイと二人で食べる朝食。
 いつも二人で食べていたから、前の自分には当たり前のこと。
 それが出来ない、小さな自分。
 ハーレイは家族とは違うのだから。
 結婚して一緒に暮らせる日までは、訪ねて来てくれるだけだから。
 ホットケーキの朝食を二人で食べようとしても、叶わない夢。
 叶ったとしても、その日限りに過ぎないイベント。
 ハーレイは夜になったら、「またな」と帰ってゆくのだから。
 次の日の朝まで、一緒にいてはくれないから。


(ぼくの夢、ホントに半分だけ…)
 どうして上手くいかないのだろう、ハーレイと二人で地球に来たのに。
 夢だった本物のメープルシロップも、美味しいバターも、今は食べ放題なのに。
 ホットケーキの朝食だって、きっと好きなだけ食べられる。
 母に「作って」と頼みさえすれば。
 毎朝は駄目でも、増やして貰えるだろう回数。
 「前のぼくの夢の朝御飯だから」と、ホットケーキが夢だったことを話したら。
 地球に着いたらそれを食べたいと、夢に見ていたと伝えたら。
(…其処までは簡単なんだけど…)
 もう半分の夢は、まだ叶わない。
 ハーレイと一緒に暮らせないから、二人で朝食を食べられないから。
 チビの自分は、ハーレイとキスさえ出来ない日々。
 結婚などは夢のまた夢、プロポーズもして貰っていない。
 いつになったら、ハーレイと朝食を食べられるのか。
 前の自分が夢に見続け、諦め、失くしてしまった、青い地球で食べる素敵な朝食。
 ハーレイと二人でホットケーキの朝御飯。
 サトウカエデの森の恵みの、本物のメープルシロップをたっぷりとかけて。
 地球の草を食んで育った牛のミルクの、太陽の金色のバターを添えて。
(ホントのホントに、夢だったのに…)
 やっと地球までやって来たのに、まだ半分しか叶わない夢。
 ハーレイと結婚するまでは。
 二人で暮らせる時が来るまでは、夢は半分だけのまま。
 ホットケーキの朝食はあっても、そのテーブルにいないハーレイ。
 前の生なら、ハーレイと一緒に食べられたのに。
 ホットケーキの時も、トーストの時も、朝食は一緒だったのに。


 なんとも残念でたまらないけれど、どうにもならない今の現実。
(…ホットケーキも、メープルシロップも、バターもあるのに…)
 ハーレイが足りない、と溜息を零しても、ハーレイは来ない。
 何ブロックも離れた所に住んでいるから。
 ホットケーキの朝食のために、わざわざ来てはくれないから。
 来てくれたとしても、その時限り。
 毎朝、ハーレイと一緒ではなくて、ポツンと家に残される。
 両親もいてくれるけれども、気分は一人。
 「ハーレイに置いて行かれちゃった」と。
 半分だけしか叶わなかった夢、ホットケーキの朝食の方が叶うよりかは…。
(…ハーレイと一緒の方が良かった?)
 そう考えてしまったけれども、慌てて首を左右に振った。
 前の自分が焦がれ続けた、地球に生まれて来たのだから。
 …今は無理でも、いつか育てば、ハーレイと二人で暮らせるのだから。
(今だけの我慢…)
 結婚出来るまでの我慢、と自分の胸に言い聞かせる。
 ハーレイがくれた新しい夢が詰まった胸。
 前の自分が持っていた夢を、もっと大きく膨らませた夢。
(サトウカエデの森を見に行こう、って…)
 ハーレイはそう誘ってくれた。
 雪の季節から春先にかけて、メープルシロップの材料の樹液を集める森。
 其処へ行こうと、採れたばかりのシロップを煮詰めて、キャンディー作りも出来るらしいと。
(煮詰めたシロップを、雪で冷やして…)
 柔らかいのを、棒に巻き付けると教えてくれたハーレイ。
 そういう遊びをやりに行こうと、サトウカエデの森に行こうと。


 ハーレイと二人で旅に行く時は、きっと幸せなのだろう。
 はしゃぎながらサトウカエデの森を歩いて、あちこち眺めて回るのだろう。
 キャンディーを作って、二人で食べて。
 …ホテルではきっと、ホットケーキの朝食だって。
(それまでにだって、ホットケーキ…)
 ハーレイなら、きっと朝食に何度も、何枚も焼いてくれるから。
 ホットケーキの夢の残り半分を、叶えてくれるに決まっているから。
(…ぼくが大きく育つまで、我慢…)
 前の自分が描いていた夢、ホットケーキを地球で朝食に食べる夢。
 それの残りは、もう少しだけ我慢しておこう。
 夢は必ず叶うから。
 ハーレイといつか、サトウカエデの森にも出掛けてゆくのだから…。

 

        ホットケーキの夢・了


※ソルジャー・ブルーだった頃の、夢の朝食。それが半分だけ叶ったブルー君の今。
 残り半分は、まだ先になるようですけれど…。待つだけの価値はありますよねv





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(あいつの夢なあ…)
 半分しか叶っていなかったのか、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家に行って来た日に、夜の書斎で。
 今日の出来事を鮮やかに思い出しながら。
 会うなり、ホットケーキだと口にしたブルー。
 「ホットケーキの朝御飯のこと、覚えてる?」と。
 何のことかと思ったけれど。
 小さなブルーと食べた朝食に、ホットケーキは無かった筈だと考えたけれど。
 「前のぼくの夢」と続いた言葉で、「あれか」と思い当たったもの。
 ホットケーキの朝食がブルーの夢だった、と。
 前のブルーが夢に見ていた、地球で食べたかった朝食なのだ、と。
(本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のバターで…)
 そういうホットケーキを食べたい、と前のブルーは夢を描いた。
 いつか地球まで辿り着いたら、平和な時が訪れたなら。
 前のブルーのお気に入りだった、朝食に出されるホットケーキ。
 それを水の星、青い地球ならではの食べ方で。
 合成ではなくて、サトウカエデの木から採られたメープルシロップ。
 甘い樹液で出来たシロップをたっぷりとかけて、ホットケーキに染み込ませて。
 地球の草を食んで育った、牛のミルクから出来たバターも。
 ホットケーキの熱でトロリととろけるバター。
 金色のバターも、きっと美味しいだろうから。
 白いシャングリラで育った牛と地球の牛では、ミルクの質が違うだろうから。
 青い地球で食べるホットケーキこそが本物、と夢見たブルー。
 いつの日か、地球でそれを食べようと。
 シャングリラで地球まで辿り着いたら、平和な時代になったなら。


 けれども、叶わなかった夢。
 前のブルーは地球に行けなくて、暗い宇宙に散ってしまった。
 ミュウの未来を守るためにと、たった一人でメギドを沈めて。
 …そうなる前から、ブルーは諦めていたけれど。
 寿命が尽きると分かった時から、もう夢見てはいなかったけれど。
(…地球には行けやしないんだから…)
 幾つもの夢を諦めたブルー。
 自分は地球まで行けはしないと、地球でやりたかったことも出来ないと。
 ホットケーキの朝食の夢も、ブルーは語らなくなった。
 たまに寂しそうに零しただけで。
 青の間で二人で食べた朝食、ソルジャーとキャプテンの朝の風景。
 そのテーブルにホットケーキが出て来た時に。
 「…ホットケーキを地球で食べたかったな」と、揺れていた瞳。
 きっとブルーは、見ていたのだろう。
 叶わない夢の朝食を。
 ホットケーキの向こうに重ねて、地球で食べるそれを。
 本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
 どんなに美味しいものだろうかと、いつか味わいたかったと。
 青い地球まで辿り着けたら、それがあるのに。
 …人類とミュウとが和解したなら、きっと食べられる筈なのに、と。
 ブルーには時間が無かったけれど。
 座標も掴めないままだった地球は、夢の星でしかなかったけれど。


 地球を夢見て、幾つもの夢を諦めた末に、宇宙に散ってしまったブルー。
 白いシャングリラから遠く離れた、誰もいない場所で。
(…俺の温もりまで失くしちまって…)
 泣きじゃくりながら逝ってしまったブルー。
 けれど、ブルーは帰って来た。
 新しい命と身体を貰って、前のブルーが夢に見た星に。
 焦がれ続けた青い地球の上に、前とそっくり同じ姿で。
(…そっくり同じとは、まだ言えないが…)
 少々チビになっちまったが、と思い浮かべた小さなブルー。
 遠く遥かな時の彼方で、初めてブルーに出会った頃。
 あいつはああいう姿だったと、十四歳の姿のままだったしな、と。
 だから、ブルーはこれから育つ。
 前とそっくり同じ姿に、ソルジャー・ブルーだった頃と同じに。
 ついでに、幼くてもブルーはブルー。
 前のブルーの記憶を持って、小さなブルーが帰って来た。
 一人前の恋人気取りで、それが頭痛の種だけれども。
 何かと言えばキスを強請って、「駄目だ」と叱れば膨れるブルー。
(まだチビのくせに…)
 唇へのキスを欲しいと言うから、「大きくなるまで駄目だ」と禁じた。
 前のブルーと同じ背丈に育つまで。
 ソルジャー・ブルーとそっくり同じ姿になるまで、キスは駄目だと。
 キスを断られては、仏頂面になっているブルー。
 「ハーレイのケチ!」と膨れるブルー。
 青い地球まで来られたのだから、少しは我慢すればいいのに。
 大きな夢が叶ったのだから、青い星まで来たのだから。


 前の自分たちが生きた頃には、青い地球など何処にも無かった。
 シャングリラでやっと辿り着いた地球は、生き物の影さえ無かった星。
(…前のあいつが夢見てたことは…)
 何一つ叶わなかったろう。
 ブルーが生きて地球に着いても、ほんの小さな夢さえも。
 「地球に着いたら、ホットケーキを食べたい」という、ささやかな夢も。
 ユグドラシルの中でも、頼めばそれは出ただろうけれど。
 「朝食はホットケーキがいい」と注文したなら、焼いては貰えただろうけれども。
 …それはブルーが夢に見ていたホットケーキとは違ったもの。
 材料は地球のものでさえもなくて、他の星から運ばれたもの。
 小麦粉も、卵も、牛乳も。
 ホットケーキにかけるメープルシロップも、乗せるバターも。
(…そいつを思えば、今のあいつは…)
 もう充分に恵まれている。
 青く蘇った地球に生まれて、ホットケーキを食べているのだから。
 地球で育った小麦を粉にした、小麦粉で出来たホットケーキを。
 卵も牛乳も、砂糖も全部。
 何もかも全部、地球産の材料で、ブルーの母が焼くホットケーキ。
 それにたっぷりとメープルシロップ、もちろん本物のサトウカエデから採れたもの。
 バターも地球の草で育った牛のバターで、好きなだけ贅沢に乗せられる。
 ホットケーキを重ねた上に、金色のバターの塊をポンと。
 焼き立てのホットケーキに、とろけるバターとメープルシロップ。
 今のブルーには、ごくごく普通の朝食だから。
 毎日そうではないだろうけれど、トーストの日も多いのだろうけど。


 そんな具合に、夢の朝食を食べているブルー。
 青い地球に来て、前の自分が夢に見ていたホットケーキを。
 なのに、「足りない」と零したブルー。
 「ぼくの夢、半分だけしか叶ってないよ」と。
 半分だけとはどういうことか、と思ったら。
 何が足りないのかと首を捻ったら…。
(…俺が足りないと来たもんだ…)
 小さなブルーがホットケーキの朝食を食べる、そのテーブルに。
 それはそうだろう、自分はブルーの家族ではないし、それで当然。
 いつかブルーが大きく育って、一緒に暮らし始めるまでは。
 二人きりで朝食を摂れはしないし、朝から二人でホットケーキは食べられない。
(…あいつの気持ちは分かるんだが…)
 今は我慢して貰うしかない。
 唇へのキスが駄目なのと同じで、ブルーが小さい間は無理。
 だから、新しい夢を与えておいた。
 青い地球だからこそ、見られる夢を。
 いつか本物のサトウカエデの森に行こうと、メープルシロップが採れる森に行こうと。
 樹液を集めて、メープルシロップを作る季節に。
 雪の季節から春先までがシーズンだから。
 その頃に行けば、メープルシロップを煮詰めてキャンディー作りも出来る。
 熱いシロップを雪で冷やして、柔らかく固めて、棒に巻き付けて。
 二人でそういう遊びをしようと、出来立てのシロップを食べようと。
 ブルーの夢のホットケーキも、きっと食べられるだろうから。
 出来たばかりのメープルシロップをたっぷりとかけて、地球で育った牛のバターで。


(もう何年か、かかるんだがな…?)
 小さなブルーが大きく育って、二人で旅に行くまでは。
 サトウカエデの森を訪ねて、出来立てのメープルシロップをホットケーキにかけるまでには。
 けれど、その時には丸ごと叶うブルーの夢。
 自分も一緒に食べる朝食、ホットケーキを二人でゆっくり。
(だが、それまでにだ…)
 食べさせておいてやらないと…、と思い浮かべたホットケーキの作り方。
 結婚したなら、ブルーのために作ってやろう。
 とびきり美味しいホットケーキを、腕によりをかけて。
 間違えたって、出来合いの粉など買っては来ない。
 材料を最初から合わせてあるような粉などは。
 ちゃんと極上の小麦粉をふるって、美味しい卵や牛乳を入れて。
(生クリームも入れると美味いんだ…)
 それからバニラエッセンスもだ、と指を折る。
 母に習った自慢のレシピ。
 しっとりとしたホットケーキが焼き上がるレシピ。
 いつかブルーと二人で食べよう、前の自分たちが夢見た星に来たのだから。
 前のブルーが夢に見ていた、朝食を二人で食べるのだから。
 ホットケーキに本物のメープルシロップ、地球の草で育った牛のミルクのバターを乗せて。
 「ハーレイが足りないんだよ」と零したブルーの夢が叶う日。
 最高に美味しいホットケーキを作って、二人で一緒に朝食を食べて…。

 

        夢のホットケーキ・了


※前のブルーの夢だった、地球で食べるホットケーキの朝食。ハーレイも覚えていたようです。
 結婚したら、二人でホットケーキ。ハーレイ先生のホットケーキ、美味しそうですよねv





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(…あんなの、すっかり忘れちゃってた…)
 青い目玉のお守りなんて、と小さなブルーがついた溜息。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 「こんなのが出来ているらしいぞ?」と、ハーレイが持って来た一枚の紙。
 其処に幾つも、幾つも目玉。
 青いガラスで出来たお守り、「メデューサの目」とヒルマンが呼んでいた。
 遠く遥かな時の彼方で、シャングリラで。
(ハーレイはなんて言っていたっけ…?)
 今の時代のお守りの名前、それを確かに聞いたけれども。
(…ナザール…?)
 なんだったっけ、と思い出せない目玉のお守り。
 メデューサの目を象っているのは同じだけれども、別の名前がついていた。
 あのお守りを土産物にしている地域での名前。
 玄関に吊るす大きなものから、ブレスレットやペンダントまで。
 沢山あった目玉のお守り、災いを防ぐお守りの目玉。魔除けの目玉。
 人を石に変えたと伝わるメデューサの瞳、災いを跳ね返すお守りの目玉。
 相手を石に変える代わりに、災いを弾いて持ち主を守る。
 青い目玉はそういうお守り、前の自分も知っていた。
 ヒルマンが話してくれたから。
 SD体制が始まるよりも昔の地球には、それがあったと。


 前の自分たちが生きた時代は、メデューサの目は無かったけれど。
 青い目玉のお守りは何処にも無かったけれども、今の時代はあるらしい。
 復活して来た文化のお蔭で、山のように。
 ハーレイが持って来てくれた紙にプリントされていた目玉は、恐らくほんの一部分。
 売っている地域へ出掛けて行ったら、他にも沢山あるのだろう。
 青い目玉ばかりを扱う専門店だってあるかもしれない。
 人気の土産物らしいから。…ハーレイがそう言っていたから。
(メデューサの目は、いいんだけどね…)
 青い目玉のお守りならいい、本当にお守りなのだから。
 平和な時代に魔除けが必要かどうかはともかく、由緒正しいお守りの目玉。
 メデューサはギリシャ神話の怪物、ずっと昔から地球に伝わる神話の登場人物だから。
 そう、元々は美しい乙女、艶やかな髪を持っていた。
 けれども、女神アテナに憎まれ、怪物の姿に変えられた上に、髪まで蛇にされてしまった。
 挙句に退治されてしまって、落とされた首から噴き出した血がペガサスを産んだ。
 翼を持った天翔る白馬。
(だから、本物…)
 ギリシャ神話の時代からずっと、地球にいたのがメデューサだから。
 美しかった乙女が怪物になって退治されても、その首は女神アテナの盾に飾られた。
 血から生まれたペガサスは空を走り続けて、後の時代にも人気の天馬。
 彫刻になったり、絵に描かれたりと、古代ギリシャが滅びた後も。
 神話の神々の神殿を顧みる者がいなくなっても、ギリシャ神話は愛された。
 劇にされたり、映画にもなって。
 前の自分が生きた時代も、人類軍の船の名前はギリシャ神話から取られていた。
 最後の旗艦はゼウスだったし、キースがメギドを持ち込んだ時の船の名前はエンデュミオン。


 そんな具合だから、ギリシャ神話は本物だろう。
 史実かどうかは疑わしくても、長い長い時を語り継がれた神話だから。
(メデューサの目だって…)
 ギリシャ神話から生まれたお守り、相手を石に変える瞳で災いを弾き返して欲しいと。
 メデューサの目の力が欲しいと、人が求めて生まれたお守り。
 青いガラスで出来た目玉に、祈りをこめて。
 けれど…。
(ヒルマンが見付けちゃったから…)
 かつて地球には「メデューサの目」というお守りがあった、と知ったヒルマン。
 彼はメデューサの目のお守りにあやかりたいと考えた。
 ちょうど制服を作ろうとしていた時期だったから。
 シンボルとして揃いの石をつけよう、と服飾部門の者たちが出したアイデア。
 石の色の候補は赤と青と緑、どれも制服に合いそうだけれど。
 「赤い色がいいと思うのだがね」と言い出したのがヒルマンだった。
 根拠になったのが青い色をした、お守りの目玉。メデューサの瞳。
 それが青なら、ミュウのお守りには赤い色がいいと。
 ミュウたちを守るソルジャーの瞳、その色と同じ赤にしようと。
(前のぼくなんか、神話じゃないのに…!)
 ギリシャ神話にはとても敵わないのに、ただのちっぽけな人間なのに。
 生きた年数も、知名度の方も、ギリシャ神話の端役にすらも及ばないのに。
 …どうしたわけだか、長老たちも、前のハーレイも大賛成で。
 船の仲間たちにも話が伝わり、「赤色がいい」と選ばれてしまった制服の石。
 ソルジャーの瞳と同じ色だと、お守りなのだと。
 これが自分たちを守ってくれると、青い目玉ではなくて赤い瞳が、と。


 一人で反対してみても無駄で、出来上がった制服に赤い石。
 前の自分と多くの仲間は襟元に一つ、長老たちや前のハーレイはマントの飾りに。
 ずっと後にはフィシスの首飾りにもなった石だけれど、赤に決まった理由が問題。
(ぼくの瞳がお守りだなんて…!)
 それはあまりに恥ずかしすぎるし、それほどの力も持ってはいない。
 ギリシャ神話のメデューサの目とは違うのだから。
 あやかっただけで、ただのこじつけ。
 人間を石に変えられはしないし、災いを防ぐ力だって無い。
(なのに、お守り…)
 誰の制服にも赤い石。
 自分の瞳の色をした石、お守りだという思いをこめて。
(あんまり恥ずかしかったから…)
 いつか新しい仲間を迎えることがあったら、知られたくないと思った自分。
 赤い石が選ばれた理由など。
 自分の瞳がお守りなのだと、そういう意味の石だなどとは。
 後々までも伝わるなどは御免蒙る、と敷いた緘口令。
 「新しい仲間には絶対に言うな」と。
 もちろん自分も言いはしないし、ジョミーにだって話さなかった。
 制服の赤い石については、ただの一言も。
 赤い理由も、お守りのことも。
 だからジョミーは、シンボルだと信じていたことだろう。
 アルテメシアから加わった仲間が、そうだったように。
 「シャングリラでは誰もがつけるらしい」と、「ミュウのシンボルは赤い石だ」と。


 そうやって見事に隠しおおせた、あの赤い石の由来だけれど。
 今の時代まで伝わりはせずに、時の彼方に消えたけれども。
(…前のぼく、時々、思い出しちゃって…)
 いたたまれない思いをしていたのだった、皆の制服についている石に。
 赤い石にふと気付いてしまえば、誰の服にも自分の瞳。
 その制服を着ている者が、石の由来を知らなくても。
 ただのシンボルだと考えていても、前の自分は本当のことを知っていたから…。
(あっちにも、こっちにも、お守りの目玉…)
 お守りにされた自分の瞳が、シャングリラ中に散らばっていた。
 仲間の数だけ、お守りの目玉。赤い瞳のお守りなるもの。
 どんなに恥ずかしい思いをしていたか、ハーレイはきっと知らないだろう。
 現に今日だって、青い目玉が山ほど印刷された紙をウキウキ持って来たから。
 少しでも「申し訳ない」と思っていたなら、あれを持っては来ないだろうから。
(…そりゃあ、ちょっぴり懐かしかったけど…)
 青い目玉のお守りが復活していることが分かって嬉しかったけれど。
 それとこれとは別問題で、赤い瞳のお守りの方は忘れたい。
 あまりに恥ずかしすぎるから。
 前の自分はメデューサほどの力も知名度も無かったのだから。
 今でこそ伝説の英雄扱い、ソルジャー・ブルーを知らない者などいないとはいえ、それも別。
 歴史の悪戯で英雄になって、有名人になっただけのこと。
 瞳をお守りにされた頃の自分は、シャングリラにいた仲間たちしか知らない存在。
 人類にとっては、アルタミラごと滅ぼしたつもりのミュウの一人で、不要なもの。
 そういう境遇だった自分の瞳が、メデューサの目と並ぶなど…。
(おこがましいよね?)
 思い上がりも甚だしい、という気になるから、もう忘れたい。
 青い目玉のお守りの方も、お守りにされた自分の瞳も。
 でも…。


(お守りの目玉…)
 ハーレイが持って来た紙に刷られていた、土産物だというメデューサの目。
 青い色をした目玉のお守り、あれがちょっぴり欲しい気がする。
 前の自分は、お守りの目玉を持っていなかったから。
 赤い石のお守りは自分の瞳で、それではお守りにならないから。
(ちょっと欲しいな…)
 今は平和な時代なのだし、魔除けは必要無いけれど。
 青い目玉も飾りのようなものだろうけれど、せっかく本物がある時代。
 本当のお守りの目玉はこれだと、青い色だと、一つ持ってみたい。
 ハーレイに話したら、反対はされなかったから。
(もし、忘れないで覚えていたら…)
 一つと言わず、山ほど買ってみようか、あれを?
 ハーレイが「家中、目玉だらけか?」と驚いていたから、青い目玉をドッサリと。
 「シャングリラにいた頃の、ぼくの気分はこうだったけど!」と。
(自分の瞳が山ほどっていう気分を、ハーレイに味わって貰うんだったら…)
 青ではなくて、鳶色だけれど。
 鳶色の目玉のお守りが山ほど要るのだけれども、それは無いから、青色で。
 今の自分のお守りに一つ、ハーレイを苛めるために山ほど。
 ふふっ、と笑ったお守りの目玉。
 覚えていたなら一つ欲しいと、ハーレイのためには山ほどだよね、と…。

 

        お守りの目玉・了


※生まれ変わっても、瞳をお守りにされてしまった恥ずかしさが忘れられないブルー君。
 いつかメデューサの目をドッサリと買って、ハーレイ先生を苛めるかもですねv





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(…あいつ、ジョミーにも話さなかったのか…)
 そんなに苦手だったとはな、とクックッと可笑しそうに笑うハーレイ。
 夜の書斎で、机に置いた紙を見ながら。
 小さなブルーに今日、見せてやった、カラーでプリントしてある資料。
 青い色をした幾つもの目玉、「メデューサの目」と呼ばれるお守り。
(ヒルマンはそう言ってたんだが…)
 今の時代は、別の名前の方が通りがいいらしい。
 ナザール・ボンジュウ、遠い昔のトルコの言葉。
 邪視を指すナザール、お守りの意味のボンジュック。
 訳せば「邪視のお守り」だけれど、邪視を避けるのに使うお守り。
 呪いの力がこもった視線を避けられるように、呪いの力を受けないように。
(…人類にしてみりゃ、サイオンは邪視ってヤツだったかもな)
 手を触れもせずに、人の心臓を止めることだって出来たのだから。
 そうするミュウがいなかっただけで。
 優しい気質のミュウは本来、人殺しなどはしないから。
(前のあいつだって…)
 大人しく、されるがままになっていた。
 生き地獄だったアルタミラの檻にいた頃は。
 研究者たちを殺して逃げ出そうとか、自由になろうとは思いもせずに。
 もしもブルーがそう望んだなら、研究者たちは皆殺しになっていたのだろうに。
 研究所だって根こそぎ吹っ飛び、他の檻にいたミュウだけが助かったろうに。
 なのにブルーは、それを思いもしなかった。
 どんなに酷い目に遭わされていても、酷い実験を繰り返されても。


 今から思えば、命拾いをした研究者たち。
 ミュウの優しい気質のお蔭で、前のブルーもそうだったせいで。
(全て承知でやっていたんだろうが…)
 心理探査もしていた彼らは、ミュウの気質を最初から見抜いていたのだろう。
 手ひどく扱い、殺したとしても、ミュウは最後まで反撃しないと。
 そういう意志を持ちはしないと、大人しく殺されるだけなのだと。
(…前の俺にしたって、そうだったしなあ…)
 殴ろうと思えば、殴り飛ばせた研究者。
 虚弱なミュウには珍しい体躯、大きく頑丈に育った身体。
 成人検査の直後はともかく、檻で成長を遂げた後なら、力では負けなかったろう。
 顎に一発お見舞いしたなら…。
(吹っ飛んだだろうな、研究者どもは)
 今の自分が柔道で相手を投げ飛ばすように、簡単に。
 いともあっさりダウンしたろう、忌まわしい白衣の研究者たち。
 けれど、殴りはしなかった。
 殴ったことで受ける仕打ちを恐れていたとか、怖かったとか。
 そんな理由はまるで無かった、殴ろうと思わなかっただけ。
(…殴ってやれば良かったのにな?)
 寄ってたかって殴られる羽目になろうとも。
 警備兵が出て来て撃ち殺されても、きっとスカッとしていただろう。
 死ぬ前に一矢報いてやったと、満足だと。
 それなのに、殴ろうとしなかった自分。
 前のブルーが、研究所を破壊しなかったように。
 研究者たちを一人残らず、殺そうと考えなかったように。


 意志の力で人を殺せたミュウの力は、人類から見れば邪視だったろう。
 それに捕まらないよう、ミュウを殺した。
 人類はミュウを排除し続け、前の自分たちも星ごと滅ぼされそうになったほど。
 アルタミラで、それに赤いナスカで。
(…散々、酷い目に遭わされたんだが…)
 人類の世界にコレは無かった、とトンと指先で叩いたナザール・ボンジュウ。
 本物ではなくて、印刷だけれど。
 小さなブルーに見せてやろうと、プリントしていった資料だけれど。
(ミュウの力が怖かったんなら、こいつを作れば良かったのにな?)
 気休めにしかならないとしても、邪視のお守り。
 青いガラスで作られた目玉、邪視を跳ね返すお守りの目玉。
(今は山ほどあるのになあ…)
 地球が滅びるよりも前の時代に、トルコという国があった辺りを中心に。
 家を丸ごと守れるようにと、とても大きな青い目玉のお守りもある。
 そうかと思えば、一センチほどの小さな目玉のお守りも。
 幾つも連ねてブレスレットになったものやら、一つだけ下がったペンダントやら。
 それは色々、目玉のお守り。
 小さなブルーに見せてやったら、直ぐに反応が返って来た。
 「ヒルマンが言ってたヤツだよね?」と。
 メデューサの目だと教えてやったら、興味津々で見ていたブルー。
 前の自分たちが生きた時代は、このお守りは無かったから。
 青い目玉のお守りは無くて、その代わりに…。


(邪視の力を持っていたミュウが、こいつを持っていたってな)
 色は全く違うんだが…、と時の彼方に思いを馳せた。
 シャングリラにいた仲間たち。
 誰の制服にも、赤い色の石がついていた。…何処かに、必ず。
 殆どの仲間とソルジャーの服は、襟元に一つ。
 前の自分や長老たちはマントの飾りに。
 フィシスは首飾りにつけていた石、あれはミュウのためのお守りだった。
 ナザール・ボンジュウは青いけれども、赤い色をした目玉のお守り。
(特に名前はつけなかったが…)
 人類から逃れられるようにと、願いをこめて出来たお守り。
 ヒルマンが見付けたメデューサの目という、青いお守りを参考に。
 ミュウの場合は赤い目玉だと、赤い色の石が選ばれた。
 制服につける石の色は赤、と。
 色の候補は赤の他にもあったのに。
 青や緑も挙がっていたのに、青い目玉のお守りを知って、選ばれた赤。
 ミュウの魔除けは、青い瞳ではなかったから。
 前のブルーの赤い瞳が、ミュウを守るのに相応しい瞳の色だったから。
 青いメデューサの目が魔除けになるなら、赤い瞳も同じこと。
 人類から皆を守ってくれると、赤い瞳のお守りを持っておきたいと。
 だから、ミュウにはあったお守り。
 シャングリラで暮らすミュウは持っていた、目玉のお守り。
 それは青くはなかったけれど。
 前のブルーの瞳の通りに、赤だったけれど。


 そうやって出来た、目玉のお守り。
 名前は無くても赤い瞳の色をしたお守り、誰の服にも必ず一つ。
(…あいつ、嫌がっていたんだが…)
 瞳をお守りにされてしまった、と嬉しそうではなかったブルー。
 どうやら恥ずかしかったらしくて、緘口令を敷いてしまった。
 「新しく船に来る仲間には言うな」と、「石の色の由来を教えるな」と。
 古参の仲間はそれを守ったから、アルテメシアで加わった仲間は知らなかった。
 制服の赤い石の由来を、お守りなのだということを。
 ミュウのシンボルだと思い込んでいた仲間たち。
 赤い石はそうだと、誰の服にもついているのはシンボルだからと。
(…本当はお守りだったんだがなあ…)
 前の自分や、由来を知っていた仲間にとっては。
 お守りに頼りはしなかったけれど、ブルーの瞳が守ってくれると。
 ブルーがいれば安全なのだと、人類からも逃れられると。
(…しかしだ、あいつは、いたたまれなくて…)
 普段は忘れていたらしいけれど、思い出したら恥ずかしかったと話したブルー。
 小さなブルーは、そう言っていた。
 どちらを見ても自分の目玉だらけで、いたたまれない気分になったものだと。
(だからと言って、ジョミーにまで黙っておかなくてもいいと思うがな…?)
 次の世代を担うソルジャー候補には、教えておいて欲しかった。
 赤い石には意味があるのだと、あの石はミュウのお守りなのだと。
 けれども、伝えはしなかったブルー。
 ジョミーは誰からも石の由来を聞かずに終わって、赤いお守りは消えてしまった。
 古参のミュウだけが知っていたって、新しい世代は知らないのだから。


 なんとも惜しい、と思うけれども、時の彼方に消えたお守り。
 青い目玉がメデューサの目なら、赤い石のお守りはブルーの瞳。
 今の時代も絶大な人気を誇り続けるソルジャー・ブルーの、赤い瞳の色なのに。
 ミュウのお守りだったのに。
(…メデューサの目なら、ドッサリあるのに…)
 家ごと守る玄関用の大きなものから、ペンダントやブレスレットまで。
 復活して来たメデューサの目なら、作っている地域へ旅をしたなら買えるのに。
(それも人気の土産物で、だ…)
 小さなブルーも「一つ欲しい」と言い出したほど。
 前のブルーは、お守りを持っていなかったから。
 自分の瞳がお守りなのでは、どうにもこうにもならないから。
(あのお守りは、よく効いたんだ…)
 人を守ったら割れると伝わる、青いガラスのメデューサの目。
 前のブルーは右の瞳をキースに砕かれ、それでもメギドを沈めて逝った。
 文字通りにミュウを守ったお守り、赤い瞳は白いシャングリラを守ってくれた。
 それが砕けてしまうまで。…割れて力を失うまで。
 だからこそ、皆に知って欲しいけれど。
 赤い石の意味が今の時代まで伝わっていたら、と思うけれども。
(…あいつが伝えなかったんではなあ…)
 仕方ないか、と零れる溜息。
 誰も知らないミュウのお守り、赤い瞳の色をした石。
 とてもよく効くお守りだったのにと、青いガラスの目玉よりもずっと、と…。

 

        目玉のお守り・了


※前のブルーの瞳の色だった、ミュウの制服の赤い石。お守りにしようと、選ばれた赤。
 伝わっていないとは残念ですけど、こればかりは仕方ないですよねv





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(…ぼくって、とっても幸せだよね…)
 幸せすぎる人生だよね、と小さなブルーが考えたこと。
 夜、眠る前に、自分の部屋で。
 パジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイは家に来てくれなかったけれど。
 学校で挨拶しただけで終わったけれども、幸せな一日だったと思う。
 ハーレイにちゃんと会えたから。
 大好きな笑顔を見ることが出来て、大好きな声も聞けたのだから。
 それに、来てくれなかったことだって。
 会議があると聞いていたから、最初から期待していなかった。
 来られないのが当たり前。運が良ければ、来てくれるだけ。
(…ハーレイは来ない、って知っていたから…)
 部屋でチャイムが鳴るのを待たずに、ダイニングで母とゆっくり過ごした。
 紅茶とケーキを味わいながら。
 学校であった話や、他にも色々、母と話して、笑い合って。
 夕食は父も加わっての家族団欒、食後のお茶までのんびりと。
 その最中に、ふと思ったこと。「幸せだよね」と。
 どういうはずみでそう思ったかは、分からないけれど。
 何故だか思った、「幸せ」ということ。
 暖かな家に、温かな家族。
 美味しい料理に、弾む会話に…。
 どれを取っても、全部幸せ。
 自分はとても幸せ者だと、幸せすぎる人生だと。


 お風呂に入って部屋に帰っても、まだ忘れてはいなかった。
 なんて幸せなのだろう、と。
 熱いお風呂も、お風呂上がりでも寒くない部屋も。
(…前のぼくだと…)
 そういったものが無かった時代もあったのだった。
 アルタミラでは、狭い檻の中で生きていたから。
 自分の部屋などありはしなくて、ゆったり浸かれるお風呂も無かった。
 それを思えば、今の自分は幸せすぎる。
 努力せずとも、暖かな部屋も、熱いお風呂も使い放題。
 この部屋を自分にくれた両親、それさえも持っていなかったのが前の自分。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分に、両親などはいなかった。
 あの時代は、誰もがそうだったけれど。
 血の繋がった親子はいなくて、人工子宮から生まれた子供。
 両親の代わりに養父母が選ばれ、親と言ったら養父母だった。
 もっとも、前の自分の場合は…。
(…育ててくれた人の顔だって…)
 まるで覚えていなかった。
 成人検査で記憶を消された上に、ミュウへと変化してしまったから。
 実験動物になってしまったから、何度も繰り返された実験。
 あまりにも過酷な人体実験、それが記憶を全て奪った。
 おぼろげながらも残るのだという、養父母に関するものさえも。
 どういう人に育てられたか、何も覚えていなかった自分。
 仕方ないことだと諦めたけれど、今の自分には両親がいる。
 血が繋がった、本物の家族。
 母は自分を産んでくれたし、父と母とが出会わなかったら、自分はいない。
 前の自分とそっくり同じに育つ予定の、今の自分は。
 十四歳のチビになってしまった、かつてソルジャー・ブルーだった自分は。


 まさか両親と暮らせるだなんて、前の自分は夢にも思っていなかった。
 過去を失い、顔さえ思い出せなかった養父母。
 その人たちの所へ帰れはしないし、帰った所で喜ばれもしない。
 SD体制が敷かれた時代は、そういう社会。
 「目覚めの日」と呼ばれた十四歳の誕生日が来たら、子供は養父母と別れるもの。
 教育ステーションへと旅立ち、大人の社会を目指して歩み始めた年が十四歳。
 あの時代ならば、自分はとうに家を離れていただろう。
 両親と一緒に暮らす代わりに、学校のような教育ステーションへと連れてゆかれて。
(だけど、今だと、ずうっと一緒…)
 現に自分は両親の家で、今も暮らしているのだから。
 今日のおやつは母と一緒で、夕食は父も加わった。
 あれこれ話して、「幸せだよね」と思った時間。
 暖かな家も、温かな家族も、自分は全部持っている。
 儚く消えてしまいはしなくて、明日の朝が来れば、また両親と一緒のテーブルで食事。
 こんがりとキツネ色に焼けたトースト、明日の朝は何で食べようか?
 ハーレイの母に貰った夏ミカンのマーマレードでもいいし、バターも美味しい。
 そんな朝食が明日も自分を待っている世界、朝食も両親も煙のように消えてしまいはしない。
(…ホントに幸せ…)
 前の自分とは違う人生、平和で穏やかな日々がゆったり流れてゆく。
 白いシャングリラのように閉じた世界ではなくて、何処までも広がる大きな世界。
 幾つもの植民惑星が宇宙に散らばり、その中心が青く蘇った地球。
 前の自分が焦がれ続けて、辿り着けずに終わった星。
 あの時代には、地球は死の星だったのだけれど。
 そんなことなど知らなかった自分は、地球を夢見た。
 青く輝く母なる星。
 いつか其処まで辿り着こうと、着いたらあれを、これをしようと。


(ハーレイとだって…)
 地球に着いたら、幸せになれると信じていた。
 ソルジャーとキャプテンだったからこそ、隠さなくてはいけなかった恋。
 けれども、地球に辿り着けたら、もうソルジャーは要らないから。
 白いシャングリラも要らなくなるから、キャプテンの役目も消えて無くなる。
 ただのブルーとハーレイになれたら、自分たちの恋を明かしてもいい。
 恋人同士で何処へでも行けて、地球をあちこち見て回れる。
 そういう未来が待っているのだと、夢を膨らませたことだってあった。
 きっといつかは、と。
 …なのに、叶わなかった夢。
 前の自分の命の焔は、少しずつ弱り始めたから。
 地球の座標も掴めないのに、青い星へは旅立てないのに。
 そうなった以上、諦めるしかなかった夢。
 ハーレイと地球まで行けはしないと、その前に自分の命は尽きると。
 地球を見られないことも悲しかったけれど、ハーレイと離れてしまう運命。
 それが悲しくて、とても辛くて、何度涙を流したことか。
 ハーレイの腕の中、何度も、何度も。
 泣き濡れる前の自分を抱き締め、ハーレイは「共に」と誓ってくれた。
 何処までも決して離しはしないと、死んだ後にもそれは同じだと。
 命の焔が燃え尽きたならば、追ってゆくからと。
 誓いを聞く度、幸せな気持ちに包まれたけれど。
 いつまでも一緒だと思ったけれども、それさえも叶わずに終わってしまった。
 前の自分は、メギドへと飛んで行ったから。
 ハーレイと離れて、たった一人で。
 死ぬと分かっていたというのに、ハーレイには追って来て貰えなかった。
 シャングリラはキャプテンを失えないから、一人きりで逝くしかなかった最期。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と、ハーレイに思念でそっと伝えて。


 そしてメギドで終わった命。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりさえも失くして。
 それを失くした右手が凍えて、独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら。
(…ホントに悲しくて、うんと寂しくて…)
 泣きながら死んだソルジャー・ブルー。
 もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、またハーレイに会えたんだよ…)
 まるで奇跡が起こったかのように、長い長い時をヒョイと飛び越えて。
 蘇った青い地球で出会った、もう会えないと思った人に。
 今はキャプテンではないのだけれども、姿はあの頃と全く同じ。
 古典の教師になったハーレイ、前の生から愛した人。
 自分もハーレイも、会った瞬間、前の記憶が戻ったから。
 出会った時から恋人同士で、恋の続きが始まった。
 前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上で。
 両親までいる素敵な世界で、誰もがミュウになった世界で。
 すっかり平和になった今では、前の自分たちは伝説の英雄扱いだけれど。
 生まれ変わりだとは誰も知らないから、それまでと変わらない平凡な日々と生活と。
 両親と暮らして、ハーレイが訪ねて来てくれて…。
(…ホントに幸せ…)
 前の自分が生きた時代に比べたら。
 辛く苦しい時代を生きて、生き抜いて、メギドで死んだソルジャー・ブルー。
 あの人生と今の人生とは、何処も全く似てはいなくて。
 恋人だけが同じにハーレイ。
 しかも今度は…。
(ちゃんと結婚出来るんだものね?)
 いつか自分が、前と同じに育ったら。
 結婚出来る年になったら。


 今度は隠さなくてもいい恋。
 自分がチビの子供の間は、両親には内緒の恋だけれども。
 いつかは両親にもきちんと話して、祝福して貰って、結婚式を挙げて。
 ハーレイと一緒に生きてゆけるのが、今の幸せな自分の未来。
 暖かい家で両親と一緒に暮らした後には、ハーレイと二人で暮らしてゆく。
 それを思うだけで、今の自分は幸せすぎる、と顔が綻ぶ。
 ソルジャー・ブルーが持っていなかったものを、山ほど持っているんだから、と。
(…パパとママがいて、ハーレイがいて…)
 それに結婚、と指を折っては数える幸せ。
 指くらいでは、とても足りないけれど。
 幸せすぎる今の幸せ、それを全部は数えられなくて、指の数だってまるで足りない。
 幸せは幾つも降ってくるから、幾らでも降ってくるのだから。
(…ぼくって、幸せ者だよね…?)
 今でも充分、そう思うのに。
 もっと幸せになれる未来が待っているから、もう幸せでたまらない。
 ハーレイと二人、青い地球までやって来たから、いつか結婚するのだから。
 幸せすぎる今を暮らして、もっと幸せな未来へ歩いてゆくのだから。
 前の生から愛し続けた、ハーレイと手を繋ぎ合って。
 いつまでも、何処までも、二人一緒に、離れずに歩いてゆけるのだから…。

 

         幸せすぎる今・了


※今の自分は幸せすぎる、と考えてしまうブルー君。前の自分だった頃と比べて。
 けれど、まだまだ幸せになれる今度の人生。本当に幸せ者ですよねv





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