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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日は、ちょっぴり話せただけ…)
 挨拶のついでにほんの少し、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は古典の教師のハーレイ、チビの自分は教え子の一人。
 今日もハーレイには会えたけれども、学校の廊下だったから。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けて挨拶、それと僅かな立ち話だけ。
 ハーレイは「じゃあな」と行ってしまったから。
 授業の準備をするために。
 軽く手を振って、「また後でな」と。
 だから、本当に期待していた「また後で」。
 きっと帰りに寄ってくれると、家に来てくれるに違いないと。
(多分、そのつもりだったんだろうけど…)
 急な用事が出来てしまったのか、会議が長引きでもしたか。
 首を長くして待っていたのに、鳴らなかったチャイム。
 ハーレイは訪ねて来てはくれなくて、夕食のテーブルにポツンと空席。
 誰も座っていない椅子が一つ、何の料理も並ばない場所。
 もしもハーレイが来てくれていたら、其処に座っていたろうに。
 母が料理や取り皿を並べて、「おかわりは如何ですか?」と笑顔で訊いていたろうに。
 けれども、そうはならなかった日、夕食の席には父と母だけ。
 なまじ期待をしていた分だけ、ぽっかりと穴が開いたよう。
 ハーレイがいない夕食の席は、なんて寂しいのだろうと。
 いつものテーブルが大きく見えると、空いている場所も広すぎるよ、と。


 そうは思っても、両親に言えはしないから。
 「ハーレイがいないと寂しいよ」などと言おうものなら、恋がバレるかもしれないから。
 平気なふりをして食べた夕食、無理やり奮い起こした元気。
 普段よりずっと、はしゃいで笑ったかもしれない。
 父が通勤の途中で見掛けた、愉快な光景。
 猫にリードをつけての散歩で、おまけに犬まで一緒だったらしい。
 「縺れちまって大変だったぞ」と身振り手振りで話すものだから、コロコロ笑った。
 仲良しの猫と犬とが遊んで、じゃれ合う様を思い描いて。
 リードが絡んで縺れてしまって、猫と犬とを抱えて困っていた飼い主。
 どちらの方から解けばいいかと、首輪を手にして。
 それを見守る車の人やら、通行人やら。
 誰もが笑顔で、迷惑そうな顔などはせずに。
 「手伝いましょうか?」と名乗り出る人も、何人も。
 「パパは手伝わなかったの?」と尋ねてみたら、「車だしな?」と両手を広げた父。
 ただでも縺れた猫と犬とで、一つ塞がりかけていた車線。
 この上、車が駐車したなら、更に迷惑になるだろうが、と。
 そんなわけだから、父は最後まで見ていないらしい。
 縺れてしまった猫と犬とは、誰が解いてやったのか。
 解けた後には元通りに仲良く散歩だったか、またまた縺れてしまったのかも。
 母も「あらまあ…」と可笑しそうだった、父が話した猫と犬の散歩。
 「ぼくも見たかった!」と瞳を煌めかせたけれど。
 嘘をついてはいなかったけれど、きっとはしゃぎたかったのだろう。
 ポツンと空いたハーレイの席。
 それがあるのが寂しかったから、楽しい気分になりたくて。
 両親と一緒でこんなに幸せ、と今の幸せに酔いたくて。


 楽しくはあった、夕食の席。
 父の話は傑作だったし、実際、見たいとも思う。
 縺れてしまった仲良しの猫と犬との散歩。
(どうせ見るなら…)
 ハーレイと一緒に見てみたいよね、と頭に浮かぶ恋人の顔。
 今日は来てくれなかった恋人、今頃はきっと…。
(コーヒーか、お酒…)
 それを味わう時間を過ごしているだろう。
 書斎か、あるいはダイニングなのか。今日のハーレイの気分次第で。
(どっちなのかな?)
 コーヒーなのか、それともお酒にしたか。
 書斎でゆっくり飲むことにしたか、ダイニングで何かつまみながらか。
(どれなんだろう?)
 正解はどれ、と首を傾げてみるけれど。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた向こうで、窓から覗いても屋根さえ見えない。
 思念波だって不器用な自分は紡げないのだし、紡げたとしても…。
(お行儀、悪すぎ…)
 今の時代は、用があるなら思念波ではなくて通信で。
 そういうルールの時代なのだし、前の自分のようにはいかない。
 ハーレイに向かって思念を飛ばして、「どうしてるの?」という質問は無理。
 お酒かコーヒー、どちらにしたのか、それの答えは返って来ない。
 書斎に行ったか、ダイニングにいるか、それだって。
 前の自分ならば直ぐに訊けたし、答えも返って来たのだろうに。
 どれを選んだか、何処にいるのか、一瞬の内に。


 遠すぎるんだよ、と零れる溜息。
 ハーレイの家が隣だったら、窓を開ければ済む話。
 其処から覗いて、ハーレイのいる部屋は何処かと探してみる。
 運が良ければ、選んだ飲み物も分かるだろう。
 「コーヒーを淹れているみたい」だとか、「お酒のボトルを出してるよ」だとか。
 けれど、隣人ではないハーレイ。
 窓を開けても別の隣人、ハーレイのことは分からない。
 コーヒーなのか、お酒なのかも、書斎とダイニング、どちらに座っているのかも。
(ダイニングでお酒…)
 書斎でコーヒー、と思ったけれども、その組み合わせとは限らない。
 ダイニングでコーヒーを飲んでいるとか、書斎でお酒ということだって。
(どれなの、ハーレイ?)
 分からないよ、と呼び掛けてみても、返らない答え。
 何ブロックも離れているから、正解はどれか分かりはしない。
 父が見掛けた猫と犬の散歩、それの結末が分からないように。
 縺れてしまった猫と犬とは、仲良く散歩を続けたのか。
 またまた縺れてしまったのかも、誰が解いてやったのかも。
(ハーレイだって謎だらけ…)
 縺れちゃった、と恋人の今の姿を想う。
 手にしているのはコーヒーなのか、酒を満たしたグラスの方か。
 座っている場所はダイニングなのか、あるいは書斎でのんびりなのか。
(…組み合わせの数は…)
 これだけなんだ、と分かっていたって、出ない正解。
 縺れた猫と犬との散歩の続きが分からないように、見ていないものは分からない。
 前の自分なら、直ぐに答えを手に出来たのに。
 ハーレイとの距離が離れていたって、本当に一瞬だったのに。


 シャングリラは巨大な船だったけれど、ハーレイとはいつも繋がっていた。
 意識しなくても、思念の糸で。
 心の何処かで、どんな時でも。
(ホントにいつでも一緒だったよ…)
 だから安心していられたのに、と嘆いてしまう今の自分の境遇。
 ハーレイが何処にいるかも掴めない上に、やっていることも分からない。
 選んだのが酒かコーヒーなのかも、書斎にいるのか、ダイニングかも。
(リビングだっていうこともあるし…)
 普段は書斎かダイニングだとは聞いているけれど、他の選択肢もある筈で。
 飲み物にしたって其処は同じで、たまにはジュースや紅茶なのかもしれないし…。
(ハーレイのことも分からないなんて…)
 今日は来てくれると思っていたのに、外れた期待。
 その分、余計に知りたいハーレイ。
 今は何処なのか、何をしているのか、今の自分には掴めないこと。
 それが知りたい、ハーレイのことを。恋人の今を。
(前のぼくなら、離れていたって…)
 ホントにいつでも分かったのに、と時の彼方を思ったけれど。
 白いシャングリラを懐かしんだけれど、途端に気付いた今の幸せ。
 前の自分が最後に眺めた、あの船を思い出したから。
 これが最後だと、どうか無事でと、祈る気持ちで飛び去った。
 忌まわしいメギドを沈めるために。
 大勢の仲間を、ハーレイを乗せた白い鯨を守り抜くために。
(あの時の、ぼく…)
 もうハーレイとは繋がっていなかったのだった。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それだけで全部。
 思念ではもう話せなかったし、話すつもりもなかった自分。
 遠く離れてゆくだけだから。…どうせ最後には、届かなくなるのだろうから。


 だから知らない、前のハーレイを船に残して出た後のこと。
 今の自分はハーレイから話を聞けるけれども、前の自分は知らないまま。
 そしてメギドで死んでしまった、ハーレイの温もりさえも失くして。
 独りぼっちだと泣きじゃくりながら、死よりも恐ろしい絶望の中で。
(今だって、分からないけれど…)
 ハーレイがどうしているのか謎だけれども、答えは必ず分かる筈。
 次に会った時、「この前の日はどうしてたの?」と尋ねたら。
 父も知らない猫と犬との散歩にしたって、知りようはある。
 「知りませんか?」と新聞に投書したなら、きっと誰かが答えをくれるし…。
(その前に誰かが投稿するとか…)
 傑作な出来事だったのだから、可能性だって大きいだろう。
 明後日あたりに「パパ、載ってるよ!」と新聞を広げているかもしれない。
 そういったことが出来るのも…。
(ハーレイと地球に来たからなんだよ…)
 二人揃って、生まれ変わって。
 新しい身体と命を貰って、前の続きを生きているから。
 前と違って離れていたって、ハーレイのことなら必ず分かる。
 「教えてよ」と尋ねさえすれば。
 それが出来るのも、生きているから。…平和になった今の時代に。
(ぼくって、幸せ…)
 なんて幸せなんだろう、と噛み締めた今を生きる幸せ。
 それにいつかは、ハーレイと一緒に暮らすのだから。
(前と違って、ホントに一緒…)
 同じ家で暮らして、いくらでも出来る幾つもの話。手を繋いでデートにも行ける。
 今は離れているけれど。何ブロックも離れた所で、別々の家にいるのだけれど。
 離れていたって、前よりもずっと幸せな自分。
 分からないことの答えは必ず聞けるから。離れて暮らすのも、自分が小さい内だけだから…。

 

        離れていたって・了


※ハーレイの今の様子が分からない、と嘆いたブルー君ですけれど…。
 後で尋ねれば分かるのです。「どうしてたの?」と。それが出来るのが幸せな今v





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(挨拶だけで終わっちまったか…)
 ツイてないな、とハーレイがついた小さな溜息。
 夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を思い浮かべて。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に二人で生まれ変わって、自分は教師でブルーは教え子。
 今日も学校で会ったのだけれど、挨拶だけは交わせたけれど。
(それだけなんだ…)
 急いでいたから、立ち話をする暇は無かった。
 古典の授業でブルーのクラスに出掛けたけれども、その授業でも…。
(生憎と、俺の今日の方針…)
 スラスラと答える成績のいい子は後回し。
 理解出来ていない生徒が中心、答えさせるのも、朗読も。
 トップの成績を誇るブルーは、当然、外してゆくしかない。
 どんなに張り切って手を挙げていても、当てて貰おうと瞳が煌めいていても。
(ブルー君、と指名出来ないんだし…)
 聞けるわけもない、ブルーの声。
 挙手する時の「はいっ!」という声、それだけしか。
 質問に答えるブルーの言葉も、教科書を朗読する声も。
(それっきりで、だ…)
 帰りに寄れもしなかった、と残念な気分。
 ブルーの家へと出掛けてゆくには、学校を出るのが遅すぎた。
 仕方なく帰った自分の家。
 夕食は美味しく食べたけれども、新聞ものんびり読んだのだけれど。
 やっぱり何処か物足りない。
 熱いコーヒーを飲んでいたって、書斎にゆったり座っていたって。


 話しそびれた小さなブルー。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
 今頃は眠っているのだろうか、あの部屋のベッドにもぐり込んで。
(どうなんだかなあ?)
 それも分からない、遠く離れたブルーの家。
 小さなブルーが両親と一緒に暮らしている家、窓から覗いても屋根さえ見えない。
 何ブロックも離れた所で、間に幾つも家が挟まっているのだから。
 今の時代は思念波を飛ばして連絡さえも取れないから。
 「人間らしく」がルールの時代で、前の自分が生きた時代のようにはいかない。
 連絡するなら、きちんと通信。
 家の中を透視も出来はしないから、まるで分からないブルーの姿。
 起きているのか眠っているのか、それさえも。
 幸せな夢の世界にいるのか、夜更かしして本を読んでいるのかも。
(はてさて、いったいどっちなんだか…)
 本当に見当も付かないけれども、幸せでいてくれればいい。
 夢の中でも、本の世界でも。
 もっと別のことをしているにしても、幸せならば。
 楽しんでいてくれるのならば、と恋人の姿を思い浮かべる。
 「怖い夢なんか見るんじゃないぞ」と、「いい夢を見ろよ」と。
 ブルーが恐れるメギドの悪夢。
 それに捕まらなければいいと、幸せ一杯でいてくれれば、と。
 とうに眠りに落ちているのなら、いい夢を。
 それが一番、と思った所で気が付いた。
 今の自分の幸せに。
 素晴らしい世界に生きていることに。


 今は離れているブルー。
 此処から屋根さえ見えない所に、愛おしい人はいるのだけれど。
 何をしているかも掴めないけれど、今の自分の心配事は…。
(…メギドの夢ってヤツだけなんだ…)
 悲しすぎた前のブルーの最期。
 小さなブルーが今の自分に話してくれた。
 ソルジャー・ブルーだった前のブルーが、どんな最期を迎えたのかを。
 どれほど悲しくて辛かったのかを、死よりも恐ろしかった孤独を。
 今もブルーは、その夢を見る。
 何かのはずみや、右手が冷えてしまった時に。
(俺の温もりを失くしちまって…)
 冷たく凍えたというブルーの右手。
 独りぼっちになってしまった、と泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
 それがブルーを襲う悪夢で、救いに行けはしないから。
 うなされているブルーの肩を揺すって、「起きろ」と夢から掬い上げることは出来ないから。
(アレだけが俺の心配事で…)
 もう一つ挙げるなら、ブルーの健康。
 前と同じに弱く生まれたブルーの身体は、今でも壊れやすいから。
 風邪を引いたり、疲れすぎたりと、悲鳴を上げる小さな身体。
 寝込んでしまったブルーを見るのは、今もやっぱり辛いのだけれど。
(それでも、ずいぶん幸せだよなあ…)
 前に比べて、と大きく頷く。
 小さなブルーが寝込んでいたって、心配事はそのことだけ。
 明日は元気になるだろうかと、熱で悪夢を見ないだろうか、と。
 他には何もありはしなくて、それだけで全部。
 今はこんなに離れているのに。
 ブルーが何をしているのかさえ、まるで分かりはしないのに。


(前の俺だと…)
 それほど離れはしなかったブルー。
 白いシャングリラが巨大な船でも、思念波で取れていた連絡。
 基本は通信だったけれども、思念波でやり取りすることも出来た。
 ブルーは青の間、自分はブリッジ。
 そういう時でも、ヒョイと届いたブルーの思念。
 「ハーレイ?」と呼ばれて「はい」と返した。
 大抵は、つまらない用事。
 それこそ今の自分が知りたい、「ブルーはどうしているのだろうか」といったこと。
 ブルーはいつでも、思念波に乗せてそれを伝えていたものだから。
 何をしているのか、連絡を取るついでのように。
 思い付いた時に、ブルーから飛んで来た思念。
 自分も思念で答えを返して、何気ないふりで仕事を続けた。
 ブルーと会話をしていたことなど、話しもせずに。
 大真面目な顔で舵を握ったり、キャプテンの椅子に座っていたり。
(離れていたって、あいつの様子は…)
 知ろうと思えば、直ぐに分かったシャングリラ。
 今の自分とは違った状況。
 幸せなように思えるけれども、それは脆くて儚い幸せ。
(いつも繋がっているようなモンで、離れることは滅多に無かったんだが…)
 たまに船からいなくなったブルー。
 シャングリラを離れて、外の世界へと。
 ミュウの世界を乗せた箱舟から、人類が生きる世界へと。
 そういう時には、もう繋がってはいなかった。
 ブルーから思念が届きはしないし、自分から送れもしなかった。
 必要な連絡以外では。
 ブルーの動きを邪魔しないよう、足を引っ張らないように。


 前のブルーと離れた時には、掴めなかったブルーの様子。
 どうしているのか、何処にいるのか、全ては届く情報でだけ。
 エラが思念で追っているとか、モニターしているブリッジの仲間の報告だとか。
(でもって、俺には何も出来なくて…)
 其処までは今と同じだけれども、決定的に違うこと。
 それは自分の心配事。
 今ならブルーが悪夢を見ないか、体調を崩していはしないかと、心配になってくるのだけれど。
 前の自分が抱えていたのは、もっと大きな心配事。
 ブルーは無事に戻って来るかと、怪我をしたりはしないかと。
 一刻も早く戻って欲しいと、元気な姿を見せて欲しいと祈り続けていた自分。
 今と同じに何も出来なくて、ブルーの様子も分からないから。
 愛おしい人が何処にいるのか、どうしているかも掴めないから。
(あいつが弱り始めてからは…)
 余計に増えた心配事。
 あんな身体で出掛けて行って、と生きた心地もしなかった。
 ブルーが離れてゆく度に。
 白いシャングリラから飛び出して行って、いつもの繋がりが消え失せる度に。
(大丈夫だよ、と言われたってだ…)
 本当に大丈夫なのかどうかは、けして分かりはしなかった。
 ブルーは心を読ませなかったから、そういったことに関しては。
(挙句の果てに、とうとう離れて逝っちまった…)
 前の自分との繋がりの糸を、自分から切って。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と言葉を残して、前のブルーは飛び去った。
 たった一人で遠く離れたメギドへと。
 あの時も自分は、何も分かりはしなかった。
 ブルーが死ぬと分かっていたのに、その瞬間がいつ来たのかさえも。


(…今の俺たちも、同じように離れているんだが…)
 小さなブルーがどうしているのか、分からない自分。
 眠っているのか、起きているのか、それさえも掴めないけれど。
(幸せでいてくれればいい、っていうのがなあ…)
 前の俺とはまるで違うな、と改めて思った今の幸せ。
 離れているブルーを心配するのに、今は要らない命の心配。
 メギドの悪夢と、体調を崩さないかと、その程度になった心配事。
(たったそれだけになっちまったか…)
 なんて幸せな時代なんだ、と噛み締める今の自分の幸せ。
 小さなブルーと離れてはいても、今は心配しなくてもいい。
 前の自分と比べたならば、ほんの小さな心配事。
 おまけに、それもいつかは消える。
 いつかブルーと暮らし始めたら、悪夢を払ってやれるから。
 「起きろ」と肩を揺すってやって。
 ブルーが体調を崩した時にも、自分が世話をしてやれる。
 必要だったら仕事を休んで、一日も早く良くなるようにと。
(今だけな上に、ちっぽけな心配事なんだ…)
 あいつと離れちまっていても、と今の小さなブルーを想う。
 離れていても心配事は少しだけだと、それもいつかは消えるんだよな、と…。

 

        離れていても・了


※ブルーと離れてしまっていても、今は少しだけになった心配事。前と違って。
 それに気付いたハーレイ先生、本当に幸せ一杯でしょうね。離れていてもv





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(今日もゆっくり出来たんだけど…)
 ハーレイと一緒だったんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
 休日の夜にパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 もうハーレイはとうに帰ったから、のんびり浸かって来たお風呂。
 ポカポカと温まった身体は、今の幸せな毎日のよう。
 大抵の日には会えるハーレイ、前の生から愛した恋人。
 学校に行けば挨拶をしたり、ちょっと立ち話も出来たりする。
 今のハーレイは古典の教師で、自分が通う学校の教師。
 だから平日でも会えるハーレイ、自分が休んでしまわなければ。
 ハーレイが研修で出掛けたりして、学校に来られない日でなければ。
(お休みの日だと…)
 何か用事が出来ない限りは、ハーレイが家に来てくれる。
 午前中から来てくれるのが常で、お茶に食事に、それからお喋り。
 今の生での色々な話題、前の生での思い出話。
 話す種ならいくらでもあるし、抱き付いて過ごすことだって。
 今日もそういう休日の一つ、夕食の時間まで二人きり。
 夕食は両親も一緒のテーブル、二人きりの時間はおしまいだけれど。
(今日の食後のお茶は、ぼくの部屋…)
 母が部屋まで紅茶を運んでくれたから。
 もう一度持てた二人きりの時間、それは幸せだったのだけれど。
 のんびりとお茶を楽しんだ後で、ハーレイは帰って行ったのだけれど。
(…今日もキス無し…)
 なんで、と眺めたクローゼット。
 そうなる理由が其処にあるから、鉛筆で微かに書いてあるから。
 前の生での自分の背丈。
 ソルジャー・ブルーだった頃の背丈の高さに、線を引いたのは自分だから。


 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、出来ないキス。
 唇を重ねる、恋人同士が交わすキス。
 ハーレイはそれをくれはしないし、強請ったならば叱られる。
 「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 今日まで散々頑張ったけれど、少しも揺らがないハーレイの姿勢。
 「ぼくにキスして」と強請っても駄目、「キスしてもいいよ」と誘っても駄目。
 貰えるキスは子供用のキスで、いつでも頬か額にだけ。
 本当に欲しいキスは貰えない、自分がチビで子供の間は。
(酷いんだから…!)
 恋人を何だと思っているの、とハーレイに言っても笑われるだけ。
 「お前は俺の恋人だが?」と、「少々、小さくなっちまったが」と。
 今の姿に相応しい扱い、それをハーレイはしているらしい。
 キスはもちろん、恋人同士の戯れも無し。
 抱き締めてくれても、それでおしまい。
(ちょっとくらい…)
 恋人らしく扱って欲しい、キスにしても、触れる手にしても。
 「俺のブルーだ」と言うのだったら、それらしく。
 前の自分と同じ扱いで、キスも、その先のことだって。
(本物の恋人同士は無理でも…)
 両親もいる家でベッドに行くのはマズイ、と思っているなら、我慢もする。
 それでもキスはして欲しいわけで、恋人らしく触れて欲しいとも思う。
 抱き締めた後に、意味ありげに滑らせてゆく手。
 うなじや、背中や、触れるだけでいいから。
 前の自分に、何度もそうしてくれていたように。


 けれど、その気が無いハーレイ。
 唇へのキスをくれないほどだし、恋人らしい触り方などしない。
(清く、正しく…)
 そんな感じのお付き合い。
 前の生から、恋人同士だったのに。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって巡り会えたのに。
(キスも駄目って、酷いんだけど…!)
 せっかく二人で過ごしているのに、貰えないキス。
 抱き締めてくれても、たったそれだけ。
 恋人同士で過ごしているのに、お茶と食事とお喋りだけ。
 大きな身体に抱き付いていても、ハーレイの目から見た自分は…。
(恋人じゃなくて、ペットなのかも…)
 ブルーという名の小さなペット。
 猫か何かは知らないけれども、とにかくペット。
 優しく撫でて御機嫌を取って、飼い主の方も幸せ一杯。
 もしかしたらペットなのかもしれない、と思えば嵌まってゆくピース。
 「俺のブルーだ」と名前を呼んで、頭を撫でて。
 毛皮にブラシをかける代わりに、ギュッと抱き締めて。
 「おやつだぞ?」だとか、「ほら、食事だ」とか、そういった感じ。
 ブルーという名のペットと過ごして、ハーレイは帰ってゆくのかもしれない。
 ペットをケージに入れる代わりに、「またな」と軽く手を振って。
 また次にペットと遊べる日まで、暫しのお別れ。
(ペットのホテルなんかもあるけど…)
 自分の場合は、飼い主が別というヤツだろう。
 両親が飼っているペットの「ブルー」、それと遊びに来るハーレイ。


 なんとも酷い、と思うけれども、やはり自分はペットだろうか。
 前の自分とそっくり同じに育たない内は、チビに相応しくペット扱い。
(凄く大きな犬もいるけど…)
 ハーレイが隣町の家で一緒に暮らしたペットは、猫だったから。
 甘えん坊のミーシャという猫、ハーレイの母のペットの白猫。
 だから小さくてチビの自分は、甘えん坊のミーシャと同じ扱い。
 「ミーシャ」ではなくて「ブルー」と呼んで。
 頭を撫でて、可愛がって。
(…でも、ペットだと…)
 飼い主とキスをするペットも沢山。
 チュッと唇にキスを貰う猫も、きっと少なくない筈だから。
 猫の場合は唇があるのか、少々、悩む所だけれど。
(だけど、ホントに抱き上げてチュッて…)
 そういう優しい飼い主は多くて、歩いていたってたまに見掛ける。
 頬ずりした後、唇にチュッと。
(猫だって、キスを貰えるのに…!)
 ミーシャだってハーレイとキスをしたかもしれない、子供時代のハーレイと。
 真っ白な毛皮を撫でて貰って、その後でチュッと。
 そうなってくると、キスも貰えないチビの自分は…。
(ペットよりも酷い扱いなわけ?)
 キスも貰えやしないんだから、と悲しい気持ち。
 いくらハーレイが「俺のブルーだ」と言ってくれても。
 抱き締めてくれても、ペット以下。
 ペットだったら、飼い主にキスを貰えることも多いのだから。
 いい子にしていれば、唇にチュッと。
 甘えていたって、チュッと唇に。


(ハーレイと一日、一緒にいたって…)
 キスの一つも貰えないペット、「またな」と置いてゆかれるペット。
 飼い主は別の人だから。…両親が面倒を見ているから。
 ハーレイは家に遊びに来るだけ、ペットの自分を可愛がるために。
 「俺のブルーだ」と頭を撫でては、ブラッシングの代わりに抱き締めたりして。
 前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
 ベッドで何度も愛を交わして、本物の恋人同士だったのに。
(…ぼく、他所の家のペットになっちゃった…)
 おまけにキスも貰えないんだよ、と零れた溜息。
 前の自分がハーレイと一日一緒にいたなら、こんな風にはならないのに。
 二人でお茶や食事やお喋り、それだけで済む筈がない。
 キスを交わして、愛を交わして、それは甘くて幸せな時間。
 二人、溶け合ってしまいそうなほど。
 重ねた身体や唇や手から、一つに溶けてしまいそうなほどに。
(…でも、ぼくだと…)
 そういう風に過ごせはしなくて、キスも貰えない可哀相なペット。
 どんなに甘えて強請ってみたって、唇へのキスは貰えない。
 ペットの猫でも、飼い主とキスが出来るのに。
 もしかしたら、ハーレイと真っ白なミーシャも、キスをしたかもしれないのに。
(強請っても駄目で、誘っても駄目で…)
 午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのに。
 前の自分なら、それだけハーレイと一緒にいたなら、キスくらいでは終わらないのに。
 抱き合って、二人、一つに溶け合って。
 重ね合った手も、絡み合った足も、すっかり熱の塊になって。
 なのに自分はそうはいかない、キスも貰えないペットだから。
 ペットの猫でも貰えるキスさえ、自分は貰えないのだから。


 これじゃ駄目だと、恋人じゃないと、寂しい気持ちになるけれど。
 猫でも飼い主とキスをするのにと、ペットにもなれないと思った所で気が付いた。
 今日はハーレイと一緒に過ごして、午前のお茶に、午後のお茶。
 昼御飯はもちろん二人きりで食べて、夕食だけが両親と一緒。
 夕食の後のお茶もハーレイと二人、そういう一日を過ごしたけれど。
(前のぼくだと…)
 そんな時間をハーレイと持てはしなかった。
 キャプテンだった前のハーレイは、ブリッジが居場所だったから。
 白いシャングリラを預かるキャプテン、昼の間は居るべきブリッジ。
 会議や前の自分との視察、そういった用事が無い時は。
 休憩時間や食事の時間を抜きにしたなら、キャプテンはブリッジにいるのが仕事。
(一日中、お茶と食事とお喋り…)
 いくら相手がソルジャーだとしても、何処かで入っただろう呼び出し。
 そうでなくても、ハーレイの方が「失礼します」と出てゆくだろう。
 「時間ですので」と、「もうブリッジに戻りませんと」と。
 だから独占できなかったハーレイ、今日の自分がやったようには。
 今の自分が休日の度に、あの手この手でキスを強請っているような暇は無かったハーレイ。
(…今は時間が山ほどあるんだ…)
 ハーレイを独占できてしまうから、欲が出る。
 こんなに一緒にいるのに何故、とキスが出来ない不満も漏れる。
 ペット扱いされているとか、ペット以下かもしれないだとか。
(贅沢を言ったら駄目だよね…?)
 神様の罰が当たっちゃうかも、とコツンと叩いた自分の頭。
 今の自分はキスは出来なくても、ハーレイを独占できるから。
 ハーレイと二人で過ごせる時間を、山ほど持っているのだから。
 それだけで前の自分よりもずっと幸せな筈。
 キスは駄目でも、ブルーという名のペットだとしても、キスも貰えないペットだとしても…。

 

        山ほどある時間・了


※自分はハーレイにとってペットなのかも、と思い始めたブルー君。更にはペット以下だとも。
 けれど、ハーレイ先生と午前のお茶から夕食まで一緒。贅沢を言ってはいけませんよねv





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(今日ものんびり過ごしてたわけで…)
 コーヒーは抜きというのが辛いトコだが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 休日の夜に、いつもの書斎で。
 机に愛用のマグカップ。中に満たした熱いコーヒー。
 小さなブルーと過ごした一日、幸せな時間を恋人と満喫して来た日。
 午前中から出掛けて行って、お茶に食事に、と。
 今の生での話も色々、前の生での思い出話もしたりして。
(有意義で素晴らしい時間なんだが…)
 コーヒー抜きというのがな、とカップのコーヒーを傾ける。
 やっぱりこいつが美味いんだ、と。
 紅茶には無い苦味と深み。それから香り。
(紅茶も悪くはないんだが…)
 あちらにはあちらの魅力があって、と充分、分かっているけれど。
 ブルーの母が淹れる紅茶は美味なものだし、香りも高いのだけれど。
(やっぱり、こっちが落ち着くってな)
 なにしろ俺は前からコレで、と味と香りを楽しむコーヒー。
 前の生でもそうだったけれど、今もコーヒー党だから。
 コーヒーと紅茶、どちらが好きかと尋ねられたら、直ぐに「コーヒー」と答えるから。
 けれども、ブルーは苦手なコーヒー。
 前のブルーも今のブルーも同じに苦手で、だからコーヒーは滅多に出ない。
 ブルーの家を訪ねて行ったら紅茶ばかりで、コーヒーは…。
(あいつのお父さんたちが…)
 飲みたい気分になった時だけ、夕食の後で出されるだけ。
 そしてブルーが膨れっ面になる、仲間外れにされてしまって。
 一人だけ紅茶のカップを置かれて、それはそれは不満そうな顔。
 だからといって、コーヒーを貰っても飲めないくせに。
 砂糖とミルクをたっぷりと入れて、甘いホイップクリームも入れない限りは。


 そんなわけだから、ブルーの家へと出掛ける休日、コーヒーは無い。
 無いと思っておいた方がいい、余程でないと出て来ないから。
 明らかにコーヒーと相性がいいと思えそうな料理、それが夕食に出た時だけ。
(普段だったら、あいつの親も…)
 きっと遠慮なく、そういう食事をするのだろう。
 食後は一杯の熱いコーヒー、それが似合いの夕食を。
 ブルーには「ほら」と紅茶を渡しておいて、父と母とがコーヒーで。
 長い年月、そうして来たに違いない。
 小さなブルーが生まれる前から、両親はカップルなのだから。
 ブルーが赤ん坊だった時やら、紅茶も飲めないチビだった時代。
 食事をしながらブルーをあやして、あるいは同じテーブルに着いて、両親は好きな飲み物を。
 そうやって育った小さなブルーは、きっと怒りはしないから。
 両親が食後にコーヒーを美味しく飲んでいたって、それはいつもの光景だから。
 「ぼくにはコーヒー、出さないでよ?」と自分から念を押しそうなほどに。
 その苦いのは飲めないからと、ちゃんと紅茶を淹れて欲しいと。
(しかしだ、俺が其処に加わると…)
 ガラリと変わってしまう事情。
 小さなブルーは仲間外れで不満たらたら、子供らしく文句を言うものだから。
 「紅茶、ぼくだけ?」と残念そうな顔をするものだから。
 せっかくの和やかなお茶の時間に漂う不協和音。
(お父さんたちと俺の話が、弾んでいれば弾むほど…)
 ブルーの顔にありありと浮かぶ、「コーヒーなんか」という不満そうな色。
 なんだって今日はコーヒーなのかと、食後は紅茶でいいのにと。
 もちろんブルーの両親も気付く、可愛い息子の不平と不満。
 ゆえに避けられるコーヒーが似合う夕食のメニュー、ブルーのためにと。
 多分、自分が行く日だけ。
 両親しかいない食卓だったら、ブルーには慣れたことなのだから。
 一人だけ紅茶を出されても。両親はコーヒーを楽しんでいても。


 今日も出ないで終わったコーヒー、影も形も無かったコーヒー。
 ひたすら紅茶ばかりの一日、夕食の後も出なかった。
(…ちょっとだけ期待してたんだがな?)
 もしかしたら、と。
 この料理ならばコーヒーも合うし、出て来るかも、と。
 ブルーの両親は知っているから、コーヒー党だということを。
 けれど外れてしまった期待。
 いつもの通りに食後は紅茶で、小さなブルーの好みが優先。
 両親にとっては可愛い一人息子な上に…。
(俺のいない日なら、コーヒー、飲み放題だしなあ…)
 コーヒーも紅茶も合うメニューならば、自分がいる日は紅茶の方を選ぶだろう。
 大事な息子が膨れっ面にならないように。
 「ぼくだけ紅茶?」と零さなくても済むように。
 だから出ないで終わったコーヒー、食後も紅茶が淹れられただけ。
 お蔭で、帰ってから淹れたこのコーヒーが…。
(美味いんだ、実に)
 生き返るような気がするな、と言いたいほどに。
 これが飲みたかったと、この味だと。
(朝に飲んで、それっきりだしな?)
 自分はコーヒー党なのに。
 前の生でも、今の生でも変わりなく。
 学校で仕事をしている時でも、休憩となればコーヒータイム。
 コーヒーを好む同僚たちと飲んだり、一人でゆっくり楽しんだり。
(あいつと再会出来たのはいいが…)
 コーヒー切れになっちまうんだ、と漏らした苦笑。
 朝に飲んだら、後は夜までお別れだから。
 いくら飲みたくても、コーヒーが出ないブルーの家。
 運が良くても、コーヒーが飲めるのは夕食の後。
 それまでは決して出ないのだから。


 小さなブルーは愛おしいけれど、チビでも恋人なのだけれども。
(コーヒー切れはなあ…)
 今の俺には辛いんだ、と嘆きたい気分。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって生きた年月。
 前の自分の記憶が戻って来るまで、謳歌していた今の人生。
 コーヒーを好む年になったら、飲みたい時に飲んでいた。
 休み時間はもちろんのことで、家でも、出掛けて行った先でも。
(すっかりコーヒーに慣れちまったのに…)
 まさかコーヒー断ちの刑を食らうとは、夢にも思っていなかった。
 恋人の家に出掛けたが最後、夜まで飲めなくなるコーヒー。
(前の俺はよく我慢したなあ…)
 あいつと恋人同士になってから何年なんだ、と折ってみた指。
 今の自分が生きて来たより遥かに長い、その歳月。
 よくもコーヒー断ちに耐えたと、流石はキャプテン・ハーレイだった、と舌を巻く。
 俺ならとても耐えられはしないと、何処かでコッソリ飲むだろうと。
 そうでなければブルーが怒っていたとしたって、「私はコーヒー党ですから」と宣言だとか。
(しかし、どっちもやらなかったわけで…)
 ひたすらブルーに付き合い続けた、前の自分のお茶の時間。
 紅茶党だった前のブルーと飲んでいた紅茶、コーヒーはたまに淹れただけ。
(…なんて忍耐力なんだ…)
 本当に俺には真似が出来ん、と思った所で気が付いた。
 キャプテン・ハーレイだった前の自分は、確かに忍耐強かったけれど。
(…キャプテンの仕事は、ブリッジ勤務…)
 おまけに年中無休だった、と思い出した前の自分の職業。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、楽園という名のシャングリラ。
 その楽園の舵を握っていたから、土曜も日曜もあるわけがない。
 纏まった休みがありはしないし、朝から晩まで青の間でブルーとお茶を飲むなど…。
(出来るわけがないんだ、そんな過ごし方…!)
 何処かで行かねばならないブリッジ、キャプテンだった自分の職場。
 行けない理由がない限り。…それこそ病気でもしない限りは。


(ブリッジ勤務をしてたってことは…)
 何処かで休憩時間が入る。
 長時間、一人で舵を握っている時であっても。
 此処は自分にしか出来ない時だ、と懸命に舵を握った後には、必ずあった休憩時間。
 「お疲れ様です」と誰かがコーヒーを淹れてくれたり、休憩室に出掛けたり。
 そうでない日も、ブリッジにいれば巡ってくるのが休憩時間。
 集中力を切らさないために、リフレッシュして仕事に取り組むために。
(…そういう時には、俺はコーヒー…)
 淹れて貰ったり、自分で淹れたり、ホッと一息のコーヒータイム。
 いつもコーヒーを口にしたのがキャプテン・ハーレイ、ブリッジ勤務の息抜きに。
 つまりは、前の自分の場合は…。
(コーヒー切れは有り得なかったんだ…!)
 ブルーと一日、一緒にいたりはしなかったから。
 「またコーヒーかい?」と顔を顰めた前のブルーは、いつも一緒ではなかったから。
 前の自分が何を飲もうが、自分の勝手。
 嫌がるブルーがいないのだったら、コーヒーを好きに飲めるのだから。
(うーむ…)
 前の俺はコーヒー断ちなどしていなかった、と気付いたけれど。
 少し羨ましい気もするのだけれども、それを言ったら神様の罰が当たるだろう。
 今はブリッジ勤務などは無くて、小さなブルーと午前中からずっと一緒で…。
(夜までコーヒー断ちでも、だな…)
 のんびりとお茶で、食事で、お喋り。
 ブリッジへ仕事に急ぐ代わりに、ブルーの部屋で椅子に座って。
 贅沢すぎる時間を過ごしているらしいのが、自分だから。
 その副産物がコーヒー断ちだから、不満を言っては駄目だろう。
 休日があって、それをブルーと過ごすのだから。
 コーヒー断ちがセットとはいえ、山ほどの時間をブルーと過ごしていられるのだから…。

 

        山ほどの時間・了


※ブルー君の家に出掛けたら最後、コーヒー断ちになってしまうらしいハーレイ先生の休日。
 前の生ではコーヒー断ちはしてないそうです、でもコーヒーより二人一緒の休日ですよね?





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「ハーレイ、夜逃げの危機って何?」
 小さなブルーに尋ねられたから、ハーレイの方が面食らった。
 ブルーと二人で生まれ変わって来た、青い地球。
 蘇った青い水の星は平和で、誰もが幸せに暮らしている時代。地球でなくても、広い宇宙で。
 つまり「夜逃げ」などは、あるわけがなくて。
(…古い本でも読んだのか?)
 きっとそうだな、と考えたから、穏やかな笑みを浮かべて返した。
「そんな言葉を何処で覚えた?」
 夜逃げの危機とは穏やかじゃないが…。いつの時代の本なんだ?
 前の俺たちが生きた時代も、今の時代も、夜逃げなんかは無い筈なんだが。
 夜逃げの危機もな。
「えっと…。本じゃなくって…」
 ブルーは赤い瞳を何度か瞬かせてから、「ホントにあるの?」と訊いて来た。
 「夜逃げ」という言葉と「夜逃げの危機」。
 そういう言葉は本当にあるのかと、遠い昔には有ったのかと。
「まあな。今の時代じゃ、とうに死語ってヤツなんだが…」
 いや、古語なんだと言うべきか。
 SD体制に入るよりも前は、そいつは存在していたからな。
 それで、お前は何処でその言葉を知ったんだ?
 夜逃げも、それに夜逃げの危機も。
「んーと…」
 お告げかな?
 ホントにそういう言葉があるなら、お告げなんだよ。


 そうだと思う、とブルーが答えた「お告げ」なるもの。
 お告げとくれば、それは神様が下さるもので。
 どう転がったら小さなブルーが貰えるのかも不明な上に…。
(…夜逃げの危機だぞ?)
 あまりに変だ、と思うけれども、今の状況をよくよく考えてみれば。
(ブルーは聖痕を持っているわけで…)
 そのお蔭で再会出来たわけだし、自分とブルーの記憶も戻った。
 遠い昔にはどう生きていたか、前の自分たちは誰だったのか。
 つまりブルーは神から深く愛された存在、聖痕をその身に貰えるほどに。
 ならば、お告げを貰うことだってあるだろう。
 少々、いや、かなり物騒な中身だとはいえ、「夜逃げの危機」というお告げを。
(…相当にヤバイ感じだが…)
 確認せねば、と思ったお告げ。
 ブルーは何処でそれを聞いたか、どんな具合に貰ったのかを。
 だから…。
「お前、そいつを何処で貰った?」
 夜逃げの危機っていうお告げ。
 誰がお前にくれたというんだ、その妙なヤツを。
「何処って…。夢の中だけど…」
 夢で聞いたんだよ、夜逃げの危機だ、って。
 このまま行ったら夜逃げなんだって。


 ますますもって穏やかではない、夜逃げの危機。
 「このまま行ったら」と前置きがあるなら、もう本物の夜逃げだろう。
 借金がかさんでどうにもならないとか、毎日のように取り立てが押し掛けてくるだとか。
 とてもマズイから、とにかく逃げる。
 行き先も告げずにトンズラすること、それがいわゆる「夜逃げ」なる言葉。
 いったい誰が夜逃げなのか、と寒くなった背筋。
 お告げを聞いた、ブルーの身に危機が迫っているだとか…?
「…ブルー、聞かせてくれないか?」
 誰が夜逃げをすると言うんだ、夜逃げの危機なのは誰なんだ?
「分かんないけど…。そう聞こえたよ?」
 ぼくとハーレイがいる世界じゃなくって、此処を覗いている誰か。
 楽しく見ていたらしいけれども、なんだかリーチでヤバイんだって。
「ふうむ…。そいつはよく分からんな」
「でしょ? ぼくにも全然、意味が分からなくて…」
 だけど焦っているみたい。
 夜逃げってなあに、どういうものなの?
「ああ、それはだな…」
 ずっと昔の時代の話だ。
 商売をやってて失敗するとか、借りた金が返せなくなるだとか。
 今の時代は、そういう危険は無いわけだが…。
 SD体制の時代にキッチリ作っちまったしな、セーフティーネットというヤツを。
 だが、それよりも前の時代はそいつが無かった。
 借金まみれで返せなくなったら、家を放り出して逃げるしかない。
 しかし昼間に逃げて行ったら、誰かがしっかり見ていそうだろう?
 それで真っ暗な夜の間にコッソリ逃げるというわけだ。
 だから夜逃げで、夜逃げの危機っていうのも、もう分かるだろ?


 此処まで言えば、と話してやったら、ブルーは「うん」と頷いた。
「分かった…。それじゃ、夜逃げの危機って人は…」
 ぼくたちの世界に夢中になってて、借金が増えてしまったのかな?
 覗く度にお金が必要なのかもしれないね。…ぼくたちの世界。
「それはあるかもしれないな。…拝観料っていうヤツで」
 一度覗くにはこれだけです、と神様が集めているかもなあ…。
 やっと蘇った地球なんだから。
 他の世界から覗きに来る人がいたら、今までにかかった経費を頂くとかな。
「ありそうだよね、それ…」
 神様だって、とっても大変だったんだろうし…。
 滅びちゃった地球を作り直して、今みたいな青い地球にするのは。
 タダで見るより、お金を払って下さいね、って言われそう。
 きっと天使が料金箱を持ってるんだよ、「大人は一回これだけです」って。
 子供だったら半額だとか、学生割引もありそうだよね。
「拝観料を払い過ぎたわけだな、夜逃げの危機だっていう奴は」
 自業自得だ、自分の懐具合も把握出来ないようでは話にならん。
 俺たちの世界を覗くのはいいが、覗きすぎちまって夜逃げの危機っていうのはなあ…。
「うん…。ぼくもそう思うよ、お小遣い帳、つけていなかったんだよ」
 どれだけ減ったか、ちゃんと書いてたら大丈夫なのに…。
 今月はこれだけ払っちゃったから、もう我慢、って覗かなかったら大丈夫なのに。
 お小遣いの前借り、許して貰えなくなるよりも前に。
「まったくだ。もう馬鹿だとしか言いようがないな」
 こんな世界を覗き過ぎちまって、夜逃げの危機に陥るなんて…。
 だがまあ、夢の話だしな?
 神様が拝観料を取りすぎるってこともないだろう。
 夜逃げの危機だと叫んでる奴を、本物の夜逃げに追い込んだりはしないさ、うん。


 お告げじゃなくって、ただの夢だな、と笑ったハーレイ。
 「夢のお蔭で一つ知識が増えただろうが」と。
 夜逃げという古語を覚えられたし、賢くなったと思っておけ、と。
「そっか、うんと昔の言葉だもんね!」
 ハーレイ、それって古典の授業で出て来たりする?
 有名なお話に出て来るんなら教えてよ、と小さなブルーは御機嫌で。
 ハーレイの方も、「さてなあ…?」などと、自分の頭のデータベースを調査中だけれど。
 二人揃って夜逃げを話題に、ブルーの部屋でお茶を楽しんでいるのだけれど…。


「マジでヤバイって…!」
 もう本当に、と焦っている馬鹿が一人いた。
 青い地球での、小さなブルーとハーレイのとても微笑ましい恋物語。
 それをせっせと覗き込んでは、幸せに浸っている人間。
(もう大赤字…)
 拝観料を支払い続けて、既に2年を超えたのだけれど。
 少しでも回収しようと思って、自分が眺めた恋物語を下手な文章で綴るのだけれど。
 それがサッパリ売れてくれない、滅多に読みに来て貰えない。
(pixivに置いてるチラシの方は…)
 たまに手に取って貰えるというのに、肝心の店がサッパリだった。
 2016年1月末で108話ほど並べた、「ハレブル別館」という名の本店。
 そちらのお客は860名、たったそれだけ。
 ショートが170話ほど並んだ、「つれづれシャングリラ」なる支店ときたら…。
(……84名様……)
 営業開始から1年とはいえ、あまりに悲惨な営業成績。
 本店も支店も大赤字どころか、何処から見たって倒産の危機で。


(激しくヤバすぎ…)
 客を呼ぼうとした多角経営、そいつが更に引っ張った足。
 従来の客まで逃がしたらしくて、先週、ついに閲覧者ゼロと相成った。
 1週間の間に来た客がゼロで、「いらっしゃいませ」とも言えない有様。
(…ハレブル抱えて夜逃げするしか…)
 ないんだろうか、と泣きたいキモチの大馬鹿が一人、マジで夜逃げの危機だけれども。
(倒産したって…)
 覗きたいのが青い地球なわけで、生まれ変わったハーレイとブルーの恋物語。
 質屋に散々通い続けて、もはやホームレス寸前なのに。
 家とパソコンしか持っていなくて、食べる物にも困っているのに。
(…誰か、お客様…)
 少しでいいから、お客様が来てくれないだろうかと、マジで誰か、と絶叫する馬鹿。
 このまま行ったらマジで夜逃げだと、拝観料だってもう払えないと。


 そんなこととは夢にも知らない、ハーレイとブルーはティータイム中。
 遠い昔は存在していた「夜逃げ」について語り合いながら。
「差し押さえなんかもあったらしいな」
 こう、ベタベタと赤札を貼られて、貼られた道具は使えないんだ。
「ふうん…? 赤い札なら、シャングリラに貼ったら目立ちそうだね」
 赤と白だし、おめでたい感じがするじゃない。
 あっ、でも…。差し押さえられたら使えないんだよね、シャングリラ…。
「そうなっちまうな、舵輪にもベッタリ貼られちまうんだ、赤札を」
 昔は怖い時代だったんだよなあ、今はすっかり平和だが…。
 お前が見ちまった変な夢にしても、仮に本当だとしたって、だ…。
 計画性のない奴が悪いな、きちんと計算しないとな?
 自分の財布の中身ってヤツも分からないんじゃ、本当に夜逃げになっちまう。
 取り返せるといいんだがなあ、その借金。
 俺たちはこんなに幸せなんだし、それを見過ぎて夜逃げなんかは、本当に可哀相だしな?


 そうは言っても、来ないのがお客様だった。
 倒産寸前の赤字サイトで、夜逃げの危機の馬鹿は叫び続ける。
 「誰か助けて」と、「マジでヤバイ」と。
 このまま行ったら本気で倒産、ハレブルを抱えて夜逃げしかないと。
 pixivに置くためのチラシを刷るにも、先立つモノが要るんだから、と…。

 

       夜逃げの危機です・了


※激しく赤字な、管理人の懐具合とやら。ここまで人が来ないというのが泣ける現実。
 もうヤケクソだとネタにしたオチ、頭に「夜逃げ」って浮かんだから…。





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