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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(この一杯が至福のひと時ってな)
 あいつと過ごせなかった日には、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、口に含めばほどける心。
 今日も一日無事に済んだと、いい日だったと。
 学校での仕事は順調だったし、柔道部の指導の方も上々。
 ただし小さな欠点が一つ、今日という日には。
 いい日だったと思うけれども、ほんのちょっぴり足りない幸せ。
 それを補うには夜の一杯、酒ではなくてコーヒーがいい。
 前の生からコーヒー党だし、幸せを補うのに似合いの飲み物。
 足りない幸せ、それはブルーに会い損なったことだから。
 小さなブルーの家に寄れずに、自分の家へと帰ってしまったことだから。
 学校では顔を見掛けたけれども、それはあくまで教え子のブルー。
 家に出掛けてゆかない限りは、恋人の方のブルーには…。
(…会えないんだよな…)
 残念ながら、と心で想う愛おしい人。
 前の生から愛したブルーは、今は小さな子供だから。
 教師と教え子、そんな二人として出会ったから。
 恋人同士で会いたかったら、ブルーの家で。
 それが二人の決まり事。
 もっとも其処で会えたとしたって、キスも出来ないのだけれど。
 まだ幼さの残るブルーに、唇へのキスは贈れない。
 それでも二人で話は出来るし、ブルーを抱き締めることだって。
 「俺のブルーだ」と、両腕でギュッと。
 もう離さないと、ずっと一緒だと想いをこめて。
(そうは言っても、離れるんだがな?)
 こんな具合に、と見回す書斎。
 二人一緒に暮らせないから、こうして離れているんだが、と。


 ブルーと暮らせる日がやって来るのは、まだ何年か先のこと。
 十八歳までは出来ない結婚、十四歳にしかならないブルー。
 その差が埋まってくれる時まで、離れて暮らすしかない二人。
 いくら絆が深くても。
 前の生からの恋人同士で、遠く遥かな時の彼方で共に生きていた二人でも。
(…だから、あいつに会えない日だって…)
 あるってわけだ、と傾けるコーヒー。
 いつもの一杯、夜に寛ぐには似合いの一杯。
 酒でなくても、好きだから。
 淹れる準備をしている時から、心がほぐれてゆくのだから。
 今日はどの豆にしようかと。
 美味しいコーヒーを飲みたかったら、手抜きしないのが大切なコツ。
 香り高くて美味しいコーヒー、それをイメージしながら淹れる。
 早く飲みたいと焦らないで。
 「もうちょっと待て」と、「此処が肝心だ」と逸る心に言い聞かせて。
 そうやって淹れた熱いコーヒー、幸せな時間が満ちてゆく。
 今日も一日いい日だったと、ゆったりと思い返しながら。
 小さなブルーに会えた日だったら、その幸せを思い起こして。
 二人で話したことのあれこれ、時によっては、前の生での出来事なども。
(でもって、会い損なった時には…)
 こいつが埋めてくれるんだよな、と口に含んだコーヒーの苦み。
 好きな飲み物は心が和むし、幸せな時を過ごせるもの。
 少しばかり欠けてしまった幸せ、それをまあるく戻してくれる。
 「今日も一日、終わっただろ?」と。
 明日は今日よりいい日になるさと、「そうだろう?」と。
 もっと幸せな日がやって来ると、こうしてコーヒーを飲めるんだから、と。
 まるで余裕が無かったのなら、コーヒーなど淹れていないから。
 インスタントでもう充分だと、適当に飲んで終わりだから。


(うん、充分に幸せだってな)
 今日もいつもの一杯なんだ、と傾けるカップ。
 小さなブルーに会い損なっても、幸せな一日だったと思う。
 数えてみたなら、幸せが幾つも鏤められていた時間。
 授業の時にも、柔道部でも。
 学校以外の時間の中にも、幸せと言えるものが山ほど。
 朝のトーストの焼け具合から始まって。
(上手い具合に焼けたんだ、これが)
 ウッカリと目を離していたから、焦げてしまったと思ったトースト。
 新聞に夢中になってしまって、ハッと気付けば過ぎていた時間。
 こりゃ黒焦げになっちまったぞ、と自分のミスを呪ったけれど。
 駄目になったと思ったけれども、いい具合に焼けたキツネ色。
 それほど経ってはいなかった時間、「しまった」と慌てふためくほどには。
 思ったよりもずっと短い時間が過ぎていただけ。
(…あれが黒焦げになってたら…)
 今日の始まりは失敗から。
 「やっちまった」と、「こりゃ食えないぞ?」と。
 もっとも、焦げたトーストだって、食べるのが自分なのだけど。
 焦げたトーストに罪は無いから、ポイと捨てたりは絶対にしない。
(…すっかり炭になっちまってたら、もう食えないが…)
 そうでなければ、焦げた部分を取り除くだけ。
 真っ黒な部分をこそげ落として、食べられる部分はきちんと食べる。
 いつものようにマーマレードを塗って。
 バターなんかも添えたりして。
(そいつをしないで済んだってのが…)
 今日の最初の幸せなんだ、と指を折る。
 他にも幸せは山ほどあるぞと、いったい幾つあるのやら、と。
 ブルーの家には寄れなかったけれど、幸せの仕上げはこのコーヒーだ、と。


 黒焦げにならなかったトースト、それで始まった今日の幸せ。
 締め括りには熱いコーヒー、いつもの一杯。
 幸せも沢山あった日だよな、と考えていて、ふと気付いたこと。
 こうして幸せを数えられること、それはどれほど幸せなのか、と。
 当たり前のように数えた幸せ、それを自分は昔から持っていたのかと。
(…今の俺なら、当たり前のことで…)
 トーストが焦げなかったらラッキー、他の幾つもの幸せだって。
 夜には淹れる熱いコーヒー、それも習慣なのだけれども。
(前の俺だと、コーヒー自体が代用品で…)
 本物のコーヒーじゃなかったんだ、と眺めてしまったカップの中身。
 前の自分が飲んでいたのは、キャロブで出来た代用品。
 それでも充分に幸せだったし、あれが気に入りの飲み物だった。
 前のブルーは、今と同じに「苦い」と嫌っていたけれど。
(…トーストにしても、焦げちまったら…)
 大慌てだった前の生。
 自分で焼いていた頃は。
 厨房の係に「頼む」と注文するようになった時代よりも、前の船では。
 黒焦げにでもなろうものなら、どれほど慌てたことだろう。
 貴重な食料が駄目になったと、なんと迂闊なことをしたかと。
(あの頃を思うと、今の俺はだ…)
 今朝のトーストと夜のコーヒー、もうそれだけで幸せ者。
 トーストは焦がさなくて済んだし、今はカップに本物のコーヒー。
 前の自分の声が聞こえる、「幸せ者め」と。
 他にも幸せは山ほどだろうと、俺だとそうはいかなかったぞ、と。
(…前の俺にも、幸せはあった筈なんだがなあ…)
 それでも今には敵わないな、と数えなくても分かること。
 いくらブルーと恋人同士で、夜も一緒に過ごしていたって、船の中だけが世界の全て。
 船の外には無かった幸せ、どう頑張って数えてみても。


 前の自分の生を思えば、今はどれほど幸せなのか。
 小さなブルーに会い損なっても、熱いコーヒーで締め括れる日。
 「今日も一日、いい日だった」と。
 ほんのちょっぴり欠けた部分は、このコーヒーで埋めようと。
 愛おしい人と二人で過ごし損ねた時間は、熱いコーヒーが満たしてくれる。
 心がふわりとほどけるから。
 一日のことを思い返せば、幸せが幾つもあるのだから。
(いったい、幾つあったんだか…)
 前の俺なら羨ましいと思う幸せが、と数え始めたらキリが無い。
 焦げないで済んだトーストよりも前に、目覚めた時から始まるから。
 前の自分とブルーが夢見た、青い地球の上で目覚める朝。
 其処から始まる幸せな一日、本物の地球の太陽の光。
 おまけに自分の家に住んでいて、目覚めた場所は自分のベッド。
(…おいおいおい…)
 これじゃとっても数え切れんぞ、と零れた笑み。
 指を追っても足りやしないと、いったい幾つあるんだか、と。
 学校に出掛けてゆく前の時間だけを追っても、前の自分の一日分を越えそうな数。
 きっとそうだと、そうに違いないと分かるから…。
(…もう最高の幸せ者だな、俺ってヤツは)
 これでブルーと会えていたなら、幸せの数はもっと増える筈。
 前の自分が失くしてしまった人だから。
 今は子供の姿だけれども、ブルーは帰って来たのだから。
 数え切れない自分の幸せ、それを思うともう幸せでたまらない。
 幸せの数は、今では数え切れないから。
 小さなブルーに会い損なっても、数え切れないほどあるのだから…。

 

         幸せの数は・了


※ハーレイ先生の幸せの数。今日は足りない、と思った時でも実は山ほどあるのです。
 数え切れないほどにあるというのが幸せでですよね、ブルー君に会い損なった日だってv






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(明日はハーレイに会えるものね?)
 ちゃんと約束しているもんね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は金曜、一晩眠れば土曜日の朝。
 ハーレイが来てくれる素敵な一日、それの始まり。
 とうに約束してあるから。
 前の生から愛した人と、今も恋しているハーレイと。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 今は学校の教師のハーレイ、けれど、この家で会える時には、いつも恋人。
 キスを許してくれなくても。
 恋人同士の唇へのキス、それを贈ってくれなくても。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
 酷いんだから、と思うけれども、明日には会える。
 午前中から二人で過ごして、両親も一緒の夕食まで。
 夕食の後の食後のお茶まで、ずっとこの家にいてくれるハーレイ。
 「来られない」という知らせは来ていないから。
 用が無いなら、ハーレイは訪ねて来てくれるから。
 再会して直ぐに交わした約束、週末にはこの家で会うということ。
 ハーレイの時間が空いているなら、土曜も、それに日曜だって。
(キスは駄目でも、ちゃんと約束…)
 二人一緒に過ごす休日。
 ハーレイは約束を守ってくれるし、明日だって家に来てくれる。
 いつもの時間に、この家まで。
 天気が良ければ、ハーレイの家からのんびり歩いて。
 雨が降る日は、車に乗って。
 だから、明日だって会える筈。
 ハーレイと交わした小さな約束、それを守って貰えるから。
 会いに来てくれる筈だから。


 約束は守って貰えるものね、と高鳴る胸。
 きっと明日には会える恋人、二人一緒に過ごせる土曜日。
 ハーレイに会えたら何をしようか、二人で何を話そうか。
 どんなことでも、ハーレイと一緒だったら素敵に思えるのだけれど…。
(…キスだけは駄目…)
 絶対にして貰えないんだから、と零れる溜息。
 「ぼくにキスして」と強請っても。
 「キスしてもいいよ?」と誘ってみても。
 どう頑張っても、ハーレイはキスをしてくれない。
 唇へのキスが欲しいのに。
 恋人同士の唇へのキス、それを贈って欲しいのに。
(…いつも、おでこか頬っぺたばかり…)
 ハーレイがくれるキスはそれだけ、額や頬に落とされるだけ。
 唇へのキスは「駄目だ」の一言、「俺は子供にキスはしない」と怖い顔。
 時には額をピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
 その度に「痛いよ!」と大袈裟に騒ぐけれども、ハーレイはただ笑っているだけ。
 「キスはしないと言ってるよな?」と。
 最初からそういう約束なのだし、無理を言ってくるお前が悪い、と。
 確かに約束したけれど。
 前の自分と同じ背丈に育つまでは、キスは貰えない。
 そういう約束、ハーレイが決めてしまった約束。
 だから貰えない唇へのキス、「ぼくにキスして」と頼んでも。
 キスが欲しいと強請ってみたって、叱られるだけ。
 ハーレイと約束しているから。
 前と同じに育たない限り、キスは貰えない約束だから。
 「ハーレイのケチ!」と膨れてみても。
 キスをくれないケチな恋人、それが酷いと怒ってみても。


 明日だって、きっと同じこと。
 午前中から来てくれるハーレイ、約束は叶うのだけれど。
 この家に来るという約束なら、明日も叶うに違いないけれど。
(…来てくれるだけで…)
 キスは貰えやしないんだ、と残念な気持ちは拭えない。
 どんなに幸せな時を過ごしても、貰えないキス。
 恋人同士で一緒にいたなら、何度もキスを交わすだろうに。
 前の自分と前のハーレイ、そんな二人が午前中から一緒なら。
 両親も交えての夕食の時間、その後の食後のお茶までずっと一緒なら。
(…会った途端にキスだと思う…)
 場所をこの家に移してみても。
 青の間ではなくて、この家でも。
 ハーレイが部屋に入って来たなら、抱き合って交わすだろうキス。
 流石に母の目の前でキスはしないけれども、母が去ったら。
 お茶とお菓子をテーブルに置いて、「ごゆっくりどうぞ」とドアを閉めたら。
 母の足音が消えるのを待って、二人きりで交わす甘いキス。
 「おはよう、ブルー」と抱き寄せられて。
 自分の方でも、「待っていたよ」と大きな身体に抱き付いて。
(お茶よりも先にキスだよね…)
 熱いお茶より、キスの方がずっと熱いから。
 甘いお菓子より、キスの方がずっと甘いに決まっているのだから。
 幸せなキスを二人で交わして、それからやっとテーブルに着く。
 向かい合って座って、微笑み合って。
 さっきキスしたばかりの唇、その唇に笑みを浮かべて。
(うんと幸せ…)
 そういう風に出来たなら。
 ハーレイが部屋に来てくれた途端に、抱き合ってキスを交わせたら。
 前の自分と同じ姿に育っていたなら、そう出来るのに。
 会ったら直ぐにキスなのに。


 けれども、貰えないのがキス。
 チビの自分に、ハーレイはキスをしてくれない。
 約束を守って家に来てくれても、叶うのはその約束だけ。
 唇へのキスは、「しない」というのが約束だから。
 どんなに強請って膨れてみたって、「叶えない」のが約束の中身。
 ハーレイは約束を守り続けて、まるで手加減してくれない。
 例外は無しで、いつだって「駄目だ」と断られるだけ。
 「ハーレイのケチ!」と睨んでも。
 プンスカ怒って膨れっ面でも、ハーレイはいつも涼しい顔。
 けして「すまん」と言いはしないし、謝ってくれることだって無い。
 約束を守っているだけだから。
 その約束を破らせようと、頑張る自分が悪いのだから。
(…それは分かっているけれど…)
 でも、と零れてしまう溜息。
 せっかく巡り会えたのに。
 青い地球の上でハーレイに会えて、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(前のぼくなら、いつだってキス…)
 ちゃんと貰えた筈なんだけどな、と思う度に少し悲しい気持ち。
 どうして自分はチビなんだろうと、キスも貰えないチビだなんて、と。
 それが悔しくてたまらないけれど、何処から見たってチビなのが自分。
 十四歳にしかならない子供で、ハーレイが教える学校の生徒。
(…こんなに小さくなかったら…)
 きっと貰えた筈のキス。
 ハーレイも「駄目だ」と言いはしないで、いくらでもキスをくれただろう。
 二人きりで会えたら、その瞬間に。
 あの強い腕で抱き締めてくれて、唇に。
 恋人同士の甘い甘いキスを、お菓子よりも甘くて幸せなキスを。
 熱いお茶よりずっと熱くて、とろけてしまいそうなキスを幾つでも。


 それなのに、今の自分はチビ。
 ハーレイはキスをくれはしなくて、ただこの家に来てくれるだけ。
 叶う約束はたったそれだけ、唇へのキスは貰えない。
 「キスをしない」ことが約束だから。
 ハーレイが約束を守る以上は、「叶えない」ことになってしまうから。
 なんとも酷い、と思う約束。
 叶えないことが約束なんてと、そんな約束、叶えなくてもいいのにと。
(…ハーレイのケチ…)
 それに意地悪、と思うけれども、その約束。
 今のハーレイと再会してから、幾つ約束を交わしたろうか。
 週末はこの家で会うということと、大きくなるまでキスはしないという約束。
 その二つだけを考えていたら、ハーレイがケチに思えるけれど。
 約束をきちんと守るハーレイ、それが酷いと溜息だって零れるけれど。
(…他にも約束、うんと沢山…)
 交わしたのだった、今のハーレイと。
 二人で青い地球に来たから、あれをしようと、これもしようと。
 いつか自分が、前と同じに育ったら。
 ハーレイと二人で暮らし始めたら、やりたいことが山のよう。
 どれもハーレイと約束したこと、「いつか」と指切りしたことだって。
(…宇宙から青い地球を眺めて、好き嫌いだって探しに行って…)
 そうだったっけ、と数えた約束。
 今の自分も宇宙から地球を見ていないから、ハーレイと出掛ける遊覧飛行。
 それに、好き嫌い探しの旅に行くこと。
 ハーレイも自分も、まるで無いのが好き嫌い。
 前の生で食事で苦労したせいか、何でも美味しく食べられる。
 立派なことでも、なんだか少し寂しいからと、いつかは二人で好き嫌い探し。
 地球のあちこちを旅して回って、苦手な食べ物や大好物を見付けようと。
 他にも約束は幾つもあるから、幾つも幾つも交わしたから…。


(ハーレイ、約束を守るものね?)
 どの約束も、きっといつかは叶うのだろう。
 デートに行くのも、ドライブするのも、二人で旅に出ることだって。
 今は「叶えない」方の約束、そうなっているキスも貰える筈。
 前と同じに育った時には、キスが貰える約束だから。
 チビの自分が大きくなったら、ハーレイはキスをくれるのだから。
(…今だけの我慢…)
 どの約束だって全部、いつか叶えて貰えるんだよ、と浮かんだ笑み。
 叶う時には、どんなに幸せだろうかと。
 最初はキスを貰うことから、その次は何が叶うだろうか。
 チビの自分はキスも貰えない約束だけれど、ハーレイは約束を守るから。
 山のように幾つも交わした約束、どの約束も、きっといつかは叶う約束ばかりだから…。

 

         叶う約束・了


※キスをくれないハーレイは酷い、と思うブルー君ですけれど。酷い約束、と。
 けれども、約束を守るのがハーレイ。いつかは叶う約束が沢山、それを思うと幸せですよねv






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(明日は会いに行ってやるからな)
 約束通り、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 金曜日の夜に、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならない子供だけれども、ブルーはブルー。
 幼すぎてキスも出来なくても。
 まだ一緒には暮らせなくても。
 その恋人と交わした約束、週末はブルーの家に行くこと。
 すべき仕事が無かったら。
 自分の好きに時間を使える日だったら。
 土曜と日曜、予定が無ければ恋人の家を訪ねてゆくのが小さな約束。
 明日は土曜だから、ブルーはきっと待っている。
 もう今夜から、小さな胸を躍らせて。
 明日は何をして過ごそうかと。
 どんな素敵な日になるだろうかと。
(…あいつの期待に添えるかどうか…)
 そいつは分からないんだがな、と浮かんだ苦笑。
 約束は叶えてやるのだけれども、叶えたい約束も多いけれども。
(叶えられない約束ってヤツも…)
 生憎と存在しているからな、と幼くて無垢な恋人を想う。
 ブルーの願いを聞き入れないこと、そういう約束もあるのだから。
 いくら強請られても、「ハーレイのケチ!」と膨れられても。


 けして叶えてはやれない約束、今は叶えないことが約束。
 ブルーとキスを交わすこと。
 恋人同士の唇へのキス、それをブルーに贈ること。
 ブルーはまだまだ子供だから。
 一人前の恋人気取りで、「ぼくにキスして」と言うけれど。
 「キスしていいよ?」と誘う日だってあるけれど。
 それでもキスをしてやらないこと、それが約束。
 小さなブルーが、前のブルーと同じ背丈になるまでは。
 前の自分と恋をしていた、あの気高くて美しい人が再び戻って来るまでは。
(なんたって、あいつは子供なんだし…)
 姿と同じに、心も子供に戻ってしまった愛おしい人。
 それが分かるから、キスなどはしない。
 どんなにブルーが望んでも。
 断る度に「ハーレイのケチ!」と膨れても。
 小さなブルーは、まるで気付いていないから。
 今のブルーの無垢な心は、キスをするには早すぎることに。
 ブルーがせっせと夢を見ている甘いキスには、心がついてゆかないことに。
(本物のキスってヤツをしたら、だ…)
 きっとブルーはビックリ仰天、竦み上がってしまうのだろう。
 頭では「キスだ」と分かっていたって、強張るだろう小さな身体。
 逃れようとして大暴れするか、固まって動けなくなるか。
 どちらにしたって、ろくなことにはならない結末。
 唇を離してやった後には、もうポロポロと零れる涙。
 とても怖かったと、「何をするの?」と。
 ブルーがそれを望んだくせに。
 キスが欲しいと、ブルーの方から強請ったくせに。
 望みを叶えて貰った時には、どうなるのかも知らないで。
 恋人同士の本物のキスは、チビのブルーには甘くないとも知らないで。


 そうなるんだ、と分かっているから決めた約束。
 「前のお前と同じ背丈になるまで、キスは駄目だ」と。
 小さなブルーは膨れたけれども、これも約束には違いない。
 だから約束を叶え続ける、「チビのブルーにはキスをしない」という約束。
 ブルーから見れば、「叶えて貰えない」ケチな約束になるのだけれど。
 どんなにキスを強請ってみたって、キスを贈って貰えないから。
(だが、約束は約束だしな?)
 俺は約束を守る男だ、とクックッと笑う。
 小さなブルーと交わした約束、それを叶えるのが自分の役目。
 週末に仕事が入らなければ、ブルーの家に行くことも。
 ブルーが前と同じ姿に育たない限り、キスはしないということも。
 相手が小さなブルーでなくても、約束は守るのが自分の信条。
 柔道部の生徒や学校の教え子、同僚と交わした約束だって。
(人間、そうでなくっちゃな)
 幼い頃から叩き込まれた、「約束を守る」ことの大切さ。
 誰と交わした約束でも。
 ほんの小さな、手帳に書くほどのものでなくても。
 約束は必ず守ること。
 中身によっては、叶えること。
 まして小さなブルーは恋人、約束を守らないわけがない。
 叶えられるものなら、約束の中身を叶えるけれど。
 そうするために、明日もブルーの家を訪ねてゆくけれど…。
(あいつの家には行ったって…)
 ブルーと二人で過ごしていたって、けして贈ってやらないキス。
 「キスしていいよ?」と誘われたって。
 「ぼくにキスして」と強請られたって。
 小さなブルーにキスはしない、と決めたから。
 ブルーの望みを叶えないこと、それが約束なのだから。


(はてさて、明日はどうなるのやら…)
 俺は約束を守るんだがな、と眺めたブルーの家の方角。
 小さなブルーはもう眠ったのか、それとも胸を高鳴らせているか。
 「明日はハーレイが来てくれるんだよ」と、ワクワクと。
 一日一緒に過ごせるのだと、二人で何を話そうかと。
(話だけなら、中身は何でも気にしないんだが…)
 それにブルーが甘えて来たって、抱き付いて来たって、いいけれど。
 膝の上にチョコンと乗っかって来ても、愛おしさが増してくるのだけれど…。
(キスはいかん、キスは!)
 それだけは叶えてやれんからな、と心で叱った小さな恋人。
 約束は守るし、叶えるけれど。
 それが自分の信条だけれど、逆の約束もあるのだと。
 「叶えない」ことを約束したなら、叶えないのが約束だから、と。
 愛おしい人と交わした約束、どんなことでも叶えたいとは思うけれども…。
(約束の中身によるってな)
 叶えないことが約束だったら、その約束は叶えられない。
 どんなにブルーが愛おしくても、約束を叶えてやりたくても。
 叶えないことがブルーのためなら、愛おしい人のためになるなら。
(それを分かって貰えないのが…)
 俺の辛さで、と零れる溜息。
 小さなブルーは、まるで分かっていないから。
 どうして「キスは駄目だ」と言うのか、そう約束をしたのかを。
 今も約束を固く守って、キスを決して贈らないかも。
(…変なトコだけ、前のあいつにそっくりで…)
 うんと頑固に出来てやがる、と溜息をつくしかない恋人。
 キスを断ったら、「ハーレイのケチ!」と膨れっ面。
 プンスカ怒って、ケチ呼ばわり。
 どういう気持ちで「キスは駄目だ」と言っているかも知らないで。
 そう決めてやった、こちらの心も知らないで。


 明日もケチだと言われそうだ、と思ってもブルーが愛おしい。
 前と同じに頑固な恋人、「ハーレイのケチ!」と膨れるブルー。
 幾つ約束を交わしただろうか、生まれ変わって来た人と。
 今の小さな、頑固なブルーと。
(週末は訪ねてゆくっていうのと…)
 ブルーが前と同じ姿に育つまではキスをしないということ。
 他にも色々、交わした約束。
 いつかブルーが大きくなったら、あれをしようと、これもしようと。
 デートはもちろん、ドライブだって。
 旅行にも行って、色々なことを。
(宇宙から青い地球を眺めて、好き嫌いを探す旅もして…)
 山ほどあるな、と綻んだ顔。
 どれも叶えてやらなければ、と。
 小さなブルーは、宇宙から地球を眺めたことが無いらしい。
 だから二人で出掛けてゆく。
 宇宙から青い地球を見られる、遊覧飛行が出来る旅へと。
 それから、ブルーも、自分にも無い「好き嫌い」。
 前の生で食事で苦労したからか、どんな食べ物でも美味しく食べる自分たち。
 立派なことではあるのだけれども、それもなんだか寂しいから…。
(俺たちでも食えない物があるのか、そいつを探しに行くんだっけな)
 地球のあちこち、色々な料理を食べ歩いて。
 苦手な料理は見付からなくても、美味しい料理はあるだろうから。
(忙しくなるぞ、いつかはな)
 あいつと交わした約束が山ほど、と浮かべた笑み。
 どれも端から叶えるんだと、そいつが俺の信条だしな、と。
 約束はきちんと守るものだし、中身によっては叶えるもの。
 ブルーと交わした約束となれば、全力で叶えてやりたいけれど…。


(それでも駄目なものはあるんだ)
 今はな、と想う小さな恋人。
 大きくなるまでキスは駄目だと、そいつも俺の約束だから、と。
 約束は必ず叶えるものだし、今は「叶えない」ことが約束。
 チビのお前には分かるまいなと、分かる頃には、お前は大きく育ってるよな、と…。

 

         叶える約束・了


※ブルー君と交わした約束、どれも叶えたいハーレイ先生。恋人との約束ですもんね。
 けれど、色々な約束の中身。「叶えない」のがキスをすること、きちんと守っているのですv






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(ハーレイ、どうしているのかな…)
 今の時間だと、とブルーが思い浮かべた恋人。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 学校で姿は見掛けたけれども、出来ずに終わった立ち話。
 仕事の帰りに寄ってもくれずに、それっきり。
 ハーレイと話が出来ないままで、今日という日はもうおしまい。
 ほんの少しの時間でいいから、話したかった。
 温かくて穏やかな、あの声が聞きたかったのに。
(…ハーレイの声…)
 思念でいいから聞きたいよ、と思うけれども、その思念。
 今の時代は、使わないのが社会のマナー。
 人間は誰もがミュウだからこそ、そういうルールが生まれて来た。
 サイオンは出来るだけ使わないこと、「人間らしく」と。
 だから思念波も同じこと。
 いくら便利でも、誰も滅多に使いはしない。
 使わないのが社会のルールで、マナーだから。
(…前のぼくたちが生きた頃なら…)
 思念波も使っていたものなのに。
 白いシャングリラの中でだったら、よく交わされていた筈なのに。
(基本は今と同じだけれど…)
 人間らしく、と唱えられていたシャングリラ。
 何もかもを思念に頼りはしなくて、通信手段があれば、そちらを優先。
 人類は思念波を使わないのだし、ミュウが「人」から外れないよう。
 人間らしさを失わないよう、シャングリラでも使った通信用の設備など。
 それが無くても、ミュウならやっていけるのに。
 思念波の方が、早くて便利だったのに。


 前の自分が生きた頃から、そういう考え方だった思念。
 今の時代だと、「人間らしく」がマナーというのも頷ける。
 もう人類は一人もいないし、ミュウだけが暮らす時代だから。
 サイオンを便利に使っていたなら、人間らしさをきっと失くしてしまうから。
(だけど、思念波…)
 こんな時には、ちょっと送って欲しいのに、と眺めた窓。
 ハーレイから思念が届かないかと、届けてくれればいいのにと。
 社会のマナーやルールはともかく、恋人が此処にいるのだから。
 チビの自分が、声を求めているのだから。
(思念波だったら、ちゃんとハーレイの声…)
 あの大好きでたまらない声が届く筈。
 耳にではなくて、心の中に。
 ほんの一言、「どうしてる?」と訊いてくれたら嬉しいのに。
 胸がじんわり温かくなって、幸せな灯が点るのに。
(ホントに、少しだけでいいから…)
 届けて欲しい、と思う思念波。
 たった一言、今の自分に向けての言葉。
 「どうしてる?」でもいいし、「寝ちまったか?」でも。
 もしも眠っていたとしたって、きっと幸せになれるのだろう。
 「ハーレイの声が聞こえたよ」と。
 夢の中でも、優しい思念を感じ取って。
 それが届いたら、幸せな夢を見るのだろう。
 ハーレイと何処かへ出掛ける夢とか、そういった夢。
 目覚めた時には忘れていたって、「素敵な夢を見ていたみたい」と思う夢。
 思念波だったら、心に届くものだから。
 スルリと心に入り込んで来て、温かな声を伝えるから。
 声も、想いも、丸ごと全部。
 ほんの短い言葉だけでも、ギュッと詰まっている中身。


 聞きたいな、と思うけれども、届かない思念。
 ハーレイは届けてくれはしなくて、窓を眺めても無駄なだけ。
(…今の時代だと、社会のルール…)
 おまけにマナーで、ハーレイからの思念は届かない。
 いくら待っても、届けて欲しいと思っても。
 今日は話が出来なかった分、声が聞きたくてたまらなくても。
(ホントのホントに、ちょっとでいいから…)
 何か言ってよ、と思い浮かべる恋人の顔。
 今の時間だと、書斎だろうか。
 夜には大抵、コーヒーを淹れて寛ぎの時間、そうだと何度も聞いているから。
 その日の気分で、書斎で飲んだり、ダイニングだったりするコーヒー。
(…コーヒー、美味しい?)
 ねえ、と心で尋ねるけれども、返らない答え。
 それも当然、今の自分は不器用だから。
 社会のルールやマナー以前に、上手く扱えないサイオン。
 前の自分とまるで違って、思念波もろくに紡げない。
 だからハーレイを想っていたって、心の声は届きはしない。
 自分の舌には苦いコーヒー、その味をハーレイに訊いたって。
 「美味しいの?」と尋ねてみたって、声は心の中でだけ。
 届けたいハーレイに聞こえはしない。
 問いが届いていないのだから、返事だって返るわけがない。
 「うん、美味いぞ?」とも。
 「お前もたまには飲めばいいのに」とも、「この味が分からないとはなあ…」とも。
 前の自分なら、訊くのは簡単だったのに。
 ハーレイの答えが返って来たなら、それに思念を返せたのに。
 「そんな飲み物、よく飲めるよね」と。
 「コーヒーなんて苦いだけだよ」と、「ぼくは紅茶がいいけどね?」と。
 ついでに、冗談めかして、こうも。
 「急に紅茶が飲みたくなったよ、今から急いで来てくれないかな?」と。


 前のぼくなら出来たんだよ、と零れた溜息。
 ハーレイと思念で話すこと。
(…こんな時間に、紅茶を飲みに来てよ、っていうのは無理だけど…)
 今のぼくだと無理なんだけど、と見回したチビの自分の部屋。
 両親と一緒に暮らしている家、其処にある子供部屋だから。
 ハーレイを夜に呼び寄せたならば、両親が恐縮するだけだから。
 「うちのブルーが無理を言ったようで、すみません」と。
 あの子ときたら、と平謝りだろう父と母。
 とうにお風呂に入ったのにと、今はパジャマで部屋なのに、と。
 それなのにとんだ我儘を…、と慌てる姿が目に浮かぶよう。
 もしもハーレイが駆け付けたなら。
 「紅茶が飲みたいと呼ばれまして」と、車を運転してやって来たなら。
 コーヒーの時間を中断してやって来るハーレイ。
 それも素敵、と浮かんだ笑み。
 後で両親に叱られたって、ちょっぴり呼びたい気持ちもする。
 「ねえ、ハーレイ?」と。
 「美味しいの?」と、コーヒーの時間の邪魔をして。
 チビの自分は苦手なコーヒー、前の自分と同じに苦手。
 その味を訊いて、「それより、紅茶」と、我儘な気分をぶつけてやって。
 「急に紅茶が飲みたくなった」と、「急いで来てよ」と。
 きっとハーレイなら、本当に来てくれるから。
 「今からか?」と苦笑したって、淹れたコーヒーを放り出して。
 そうでなければ、残りを一気に飲んでしまって、急ぐガレージ。
 「ブルーが呼んでるんだしな?」と。
 「ちょいと遅いが、呼ばれたからには行かんと駄目だ」と。
 前のハーレイのマントの色をした車。
 濃い緑色の愛車に乗り込み、エンジンをかけて。
 「シャングリラ、発進!」と、茶目っ気たっぷりに言ったりもして。


 きっと来るよね、と思ったハーレイ。
 思念で呼んでみたならば。
 こんな時間でも、ガレージから急いで車を出して。
 「お前、紅茶が飲みたいんだろ?」と、急いで駆け付けて来てくれて。
(…幸せだよね…)
 両親がハーレイに平謝りでも、後で自分が叱られても。
 とんでもない時間に呼ばれた客人、ハーレイが「お前なあ…」と呆れ顔だって。
 「なんだって紅茶を飲むためだけに、夜に此処まで来なきゃならん」と。
 「お前が一人で飲めばいいのに」と言っていたって、きっと幸せ。
 ハーレイの言葉はそういうものでも、瞳は笑っている筈だから。
 「俺に会いたかっただけだよな?」と。
 紅茶はただの口実だよなと、今日は話せなかったから、と。
 これでいいかと、こうして訪ねて来てやったから、と。
(うん、素敵だよね…)
 自分は此処からハーレイに思念を投げるだけ。
 「美味しいの?」と、コーヒーを飲むハーレイに。
 少し思念を交わし合っただけで、後は「来てよ」と呼び付けるだけ。
 それで素敵な時間が持てる。
 ハーレイは自分のコーヒーを放って来てくれるから。
 チビの自分と紅茶を飲もうと、車を出してくれるのだから。
(そういうの、やってみたいけど…)
 パパとママに後で叱られるよね、と竦めた首。
 紅茶を飲み終えたハーレイが帰って行ったなら。
 「遅い時間にすみませんでした」と、両親に詫びて帰ったら。
(…こっちへ来なさい、ってパパたちに呼ばれて…)
 お説教が待っているのだろう。
 我儘すぎると、「ハーレイ先生に御迷惑だろう」と。
 「もうやらないよ」と謝ったって、父にコツンと叩かれる頭。
 痛くないように、拳で軽く。
「これに懲りたら、二度とやるなよ?」と。


 そうなると分かっているのだけれども、ハーレイに届けたい思念。
 「美味しいの?」とコーヒーの時間の邪魔をして。
 苦いコーヒーよりも紅茶が飲みたい、と我儘も言って。
(きっとハーレイ、来てくれるしね?)
 叱られてもいいから、過ごしてみたい幸せな時間。
 とっくにパジャマに着替えているのに、ハーレイを呼んで紅茶の時間。
 今日のように話しそびれた日の夜、「美味しいの?」と思念を届けて。
 それが出来たらと、やってみたいと心は弾んでいるのだけれど…。
(…今のぼくだと、思念波が駄目…)
 まるで紡げない、ハーレイに宛てて送る思念波。
 社会のルールやマナーが無くても、サイオンが不器用すぎるから。
 どんなにハーレイに届けたくても、「美味しいの?」と投げられない質問。
(…ぼくって駄目だ…)
 自分の夢だって叶わないよ、とガッカリだけれど、残念だけれど。
 今の時代だと、思念波で会話をしないというのが社会のマナー。
 そういう時代に生まれたんだし、これでいいよ、と自分に言い訳。
 不器用だけれど、社会のマナーが守れる子供。
 パパやママだって困らせないよと、後で叱られもしないんだから、と…。

 

        今の時代だと・了


※ハーレイ先生を思念波で呼んでみたいと思ったブルー君。会えなかった日の夜に。
 けれども、紡げない思念。自分でも悔しいらしいですけど、社会のマナーは守れますねv






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(はてさて…)
 チビは今頃どうしているやら、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けながら。
 まるで分からない恋人の様子。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 学校では顔を見掛けたけれども、今日は出来なかった立ち話。
 それに家にも寄ってやれなかった。
 放課後にあった会議が長引いたから。
(こんな夜には…)
 あいつ、膨れていそうなんだ、と考えてしまう。
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と、不満そうに。
 それとも萎れているのだろうか、「会えなかった」と。
 学校でさえも話せていないし、残念そうに。
(…どっちなのやら…)
 気になるけれども、ブルーの様子は分からない。
 思念を飛ばすことも出来ない、「どうしてる?」と。
 今の時代は、サイオンを使わずに生きてゆくのが基本だから。
 社会のルールで、マナーだから。
(…俺も分かっちゃいるんだが…)
 こういう夜には、ほんの少しだけ不便だと思う。
 前の自分が生きた頃なら、ブルーに飛ばしてやれた思念波。
 「すまん、会議が長引いちまって」と。
 ブルーがそれに応えて来たなら、そのまま少し話もして。


 出来たんだよな、と考えるけれど、違うのが時代。
 白いシャングリラは時の彼方で、前の自分も何処にもいない。
 キャプテン・ハーレイだった自分は、今は歴史の教科書の中。
 前のブルーも、歴史の授業で真っ先に名前が挙がる英雄。
(…すっかり変わっちまったんだ…)
 何もかもな、と思いを馳せるシャングリラ。
 あの船で生きた時代だったら、簡単に思念を飛ばせたのに。
 ブルーもそれに応えて来るから、いくらでも話が出来たのに。
 キャプテンの部屋と、青の間が遠く離れていても。
 仕事の最中のブリッジからでも、前のブルーと交わせた思念。
 けれども、今の時代は出来ない。
 「人間らしく」が社会のルールで、マナーの時代。
 ブルーに思念を飛ばせはしなくて、それに応える思念だって、と思ったけれど。
(待てよ…?)
 こういう時代でなくっても…、と気付いた今のブルーの事情。
 チビのブルーは、前と同じにタイプ・ブルーに生まれたけれど…。
(とことん不器用だったっけな…)
 サイオンが、と浮かんだ苦笑。
 今のブルーは、そうだから。
 思念波もろくに紡げないブルー、直ぐ側にいても届けられないほど。
 ソルジャー・ブルーだった前のブルーは、誰よりも巧みに操ったのに。
 思念波はもちろん、サイオンと名の付く全てのものを。
 それなのに、今のブルーは違う。
 生まれた時から不器用なサイオン、空も飛べない小さなブルー。
 前のブルーなら、軽々と飛んでゆけたのに。
 真空の宇宙空間でさえも、自由に駆けていたというのに。


(まったく、どうなっちまったんだか…)
 サイオンは何処に置いて来たんだ、と可笑しくなるほど、不器用なブルー。
 社会のルールやマナーが無くても、思念波を送ってやったなら…。
(…何も返っちゃ来ないんだぞ?)
 思念を受け取った方のブルーは、応えることが出来ないから。
 「どうしてる?」と訊いてやっても、アタフタとするだけだから。
(見えるようだな、慌てっぷりが…)
 どう応えたらいいのだろう、とパニックに陥るブルーの姿が。
 「思念波、上手く使えないのに!」と騒ぐ姿が。
(…ハーレイの馬鹿、と言いそうだぞ?)
 思念波ではなくて、肉体の声で。
 きっと相手に届きはしないと、もしかしたら部屋に響き渡る声で。
 「ハーレイの馬鹿!」と、「意地悪だよ!」と。
 思念波を上手く使えないことを、承知で送って来るなんて、と。
 なんて意地悪な恋人だろうと、酷すぎるよ、と。
(如何にもありそうな話だってな)
 プンスカ膨れていやがるんだ、と目に浮かぶような恋人の姿。
 思念波を紡ぐ努力も忘れて、膨れっ面で。
 「どうせ返事は出来ないんだから!」と開き直って、プンプンと。
 一方通行の思念波なんかと、「こんなの、何の意味も無いから!」と。
 けれど、そのまま、こちらが黙ってしまったら…。
(それも、あいつは怒るんだ…)
 最初の間は、「えっと…?」と部屋を見回して。
 「どうしちゃったの?」と、窓の向こうを覗いたりして。
 さっきの思念の続きが来ないと、まさか、あれきり終わりだろうか、と。
 「ハーレイ、続きは?」と。
 「どうしてる、って訊いただけで、もう終わりなわけ?」と。
 そして膨れて怒り出すだろう、「無神経だよ!」と。
 自分が返事をしなかったことも、出来ないことも棚に上げてしまって。


 そんなトコだ、とクックッと漏れてしまった笑い。
 今のあいつなら、そうなるんだな、と。
 返事が無ければ、会話は終わるものなのに。
 機械を使った通信にしても、相手が全く応えなければ、それでおしまい。
 「留守か」と切ってしまう通信、「またにしよう」と。
 留守でなくても、きっと通信が出来ない状態。
 料理をしていて手が離せないとか、風呂に入っているだとか。
(…世の中、そうしたモンなんだがな?)
 それでもブルーは怒るだろうな、と想像してみる、思念波を届けた時のこと。
 今の時代は使わないのがマナーだけれども、それを届けてやったなら、と。
(あいつ、返事が出来ないんだから…)
 自分はとても「意地悪な恋人」になるのだろう。
 一方的に思念を寄越して、それっきり。
 ブルーを慌てふためかせるだけ、ついでに怒らせてしまうだけ。
(…場合によっては、もっと凄いぞ?)
 通信を入れても、相手が出られないような時。
 料理中だとか、入浴中なら、通信はどうにもならないけれど…。
(思念波なら、ちゃんと届くってな)
 ブルーは料理をしないけれども、風呂には入る。
 その最中に「どうしてる?」と、思念を送ってやったなら。
(…俺はブルーの様子なんかは、全く知らないわけだしな?)
 何をしているのか、何処にいるかも分からないまま、送る思念波。
 もしもバスルームで受け取ったならば、小さなブルーはどうするのだろう?
(なんと言っても、風呂だ、風呂)
 一人前の恋人気取りでいるブルー。
 まだまだ、ほんの子供のくせに。
 「キスは駄目だ」と叱られてばかりの、十四歳の子供のくせに。
 だから余計に面白い。
 チビのブルーに「どうしてる?」と送った思念波、それがバスルームに届いたら、と。


 前のブルーなら、余裕たっぷりに返した思念。
 「ハーレイ?」と、「君はせっかちだよね」と。
 今はバスルームにいるんだから、と笑いを含んだ思念波で。
 「ぼくの姿を見たいのかい?」などと、それこそクスクス笑いながら。
(…あれは、こっちが焦ったんだ!)
 ブリッジでの仕事が長引いた時に、「遅くなりそうです」と送った思念。
 それの答えが「バスルームだよ」と返って来た時は。
 「ハーレイも見たい?」と、悪戯っぽい思念が届いてしまった時は。
 もちろん恋人同士なのだし、ブルーが入浴している姿も何度も見てはいたけれど…。
(そんな姿を、ブリッジの俺に送って来られても…!)
 困るのが目に見えている。
 仕事中なのに、恋人の色っぽい姿などを見せて貰っても。
 下手をしたなら、仲間たちの前でヘマをやらかしてしまうだろう。
 そして心配されてしまって、余計に慌てるだろう自分。
 「な、なんでもない!」などと取り繕って。
 誰が見たって、「なんでもない」とは思えないような慌てっぷりで。
(しかし、ブルーが今のチビだと…)
 慌てるのは、きっとブルーの方。
 「なんでお風呂だと分かったの?」と。
 思念波を送ったこちらの方では、そんなこととは知らないのに。
 ブルーが何処にいるかも知らずに、思念を紡いだだけなのに。
(チビのくせして、恋人気取りなヤツだからな?)
 きっとバスルームで大慌て。
 どうやって姿を隠せばいいのか、どうすれば覗かれないのかと。
 バシャバシャとお湯を波立たせながら、バスタブの中でパニックになって。
(うん、なかなかに…)
 楽しいじゃないか、と零れた笑み。
 慌てるあいつも面白いぞと、恋人気取りのチビのくせに、と。


 前のブルーのような余裕は無いブルー。
 チビのブルーはお風呂でパニック、慌てて飛び出すかもしれない。
 「ハーレイの馬鹿!」と怒鳴りながら。
 ぼくのお風呂を覗くなんてと、今はお風呂の最中なのに、と。
(思念波を送っただけなのにな?)
 誰も覗いちゃいないんだがな、と思うけれども、起こりそうな事故。
 小さなブルーがお風呂にいたなら、バスルームで思念を受け取ったなら。
 そういう事故を起こしたくても、無理なのだけれど。
 愉快な騒ぎは起こせないけれど。
 今の時代は、思念波は出来るだけ使わない時代。
 それが社会のルールなのだし、マナーでもある時代だから…。

 

        今の時代は・了


※ブルー君に思念を送りたくても、今の時代はマナー違反だ、と思ったハーレイ先生。
 けれども、送れたとしても…。相手は不器用なブルー君。お風呂にいたなら、愉快ですよねv






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