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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日もやっぱり駄目だったよ…)
 ハーレイのケチ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生から愛した恋人、今も愛しているハーレイ。
 今日も来てくれたのだけれども、「駄目だ」と言われてしまったキス。
 「ぼくにキスして」と強請ったら。
 仕事の帰りに寄ってくれたハーレイ、その膝の上に座って甘えたら。
(キスは駄目だ、って…)
 叱られて、お決まりの言葉。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度も言っている筈だが?」と。
 なんともケチで酷い恋人、ハーレイが勝手に決めてしまった約束事。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 キスは額と頬にだけ。
 そういう決まりで、ハーレイはけして破りはしない。
 「ハーレイのケチ!」と膨れても。
 プンスカ怒って仏頂面でも、知らん顔で紅茶を飲んでいたりする。
 「冷めちまうぞ?」とカップを傾けて。
 そうでなければ、お菓子を口に運ぶとか。
 「美味いが、お前、食わないのか?」などと言ったりもして。
 同じ唇に運ぶのだったら、カップよりキスが良さそうなのに。
 甘いお菓子より、キスの方がずっと甘い筈だと思うのに。
(…ハーレイ、本当にケチなんだから…)
 ちょっとくらいキスをしてくれたって、と思うけれども、叱られるだけ。
 強請っても、それに誘っても。
 キスの代わりに、時には頭にコツンと拳。
 額を指で弾かれることも。
 お仕置きとばかりに、ピンと、コツンと。


 けれど諦められないキス。
 せっかくハーレイと巡り会えたのだし、今も同じに恋人同士。
 前の自分たちの恋の続きを生きているのに、貰えないキス。
 いくら強請っても、誘ってみても。
(…ぼくがチビだから…)
 十四歳にしかならない子供で、背丈だって二十センチも足りない。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃の自分に比べて、二十センチも足りない身長。
 顔立ちだって子供そのもの、それは分かっているけれど。
 鏡を見れば子供が映るし、クローゼットに書いた前の自分の背丈の印も…。
(…あんなに上…)
 まだ届かない、と見上げるしかないチビの自分。
 ハーレイが子供扱いするのも、当然と言えば当然のこと。
 今の姿で「大人だよ!」と言ってみたって、誰も信じてくれないから。
 誰が聞いても子供の言うこと、「偉いのねえ」と褒めて貰えるだけ。
 「ホントに大きなお兄ちゃんね」と、「一人で何でも出来るのね」と。
 きっとそうなる、言い張ったなら。
(…それに、一人じゃ何も出来ない…)
 褒めて貰えても、子供でも出来ることくらいしか。
 学校までバスで通って行くとか、ちょっとお使いに行くだとか。
 買い物や、母のお手伝い。
 ご近所さんの家まで、「ママが作ったケーキです」と届けに出掛けてゆく程度。
(…買い物だって、頼まれた物を買うだけで…)
 それを家まで持って帰っても、その先のことは出来ない子供。
 母の代わりにキッチンに立って、料理を作り始めるとか。
 「足りなかったの、これだよね?」とサッと加えて、材料を計り始めるだとか。
 掃除も自分の部屋は出来ても、家中を綺麗にするのは無理。
 庭の手入れもほんの真似事、ちょっぴり草を抜く程度。
 父のように芝生を刈れはしないし、母がやる花壇の植え替えも無理。
 早い話が本当に子供、今の自分の外側は。


(だけど、中身は…)
 前のぼくだと思うんだけどな、と眺める自分の小さな右手。
 小さい手でも、右手は前の自分の右手と同じ。
 この手が冷えてしまった時には、恐ろしい夢を見てしまうから。
 メギドで迎えた悲しい最期を思い出すから。
(…ハーレイの温もり、失くしちゃって…)
 独りぼっちだ、と泣きながら死んだソルジャー・ブルー。
 前の自分の悲しすぎた最期、今も覚えている孤独と絶望。
 もうハーレイには二度と会えない、と泣きじゃくりながら死んでいった自分。
 絆が切れてしまったから。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えてしまったから。
(あれでおしまいの筈だったのに…)
 全ては終わって、それっきりになる筈だったのに。
 気付けば青い地球に来ていて、また巡り会えた愛おしい人。
 今日もハーレイに会えたというのに、貰えなかった唇へのキス。
 ハーレイのキスが欲しいのに。
 今も恋人同士だからこそ、唇へのキスが欲しいのに。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
 どうしてチビなだけで駄目なの、と溢れる不満。
 キスを断ったハーレイの方は、とうに忘れていそうだけれど。
 家に帰って「いい日だった」と、飲んでいそうな熱いコーヒー。
 それがハーレイの習慣なのだと聞いているから、今頃は…。
(…ぼくのことなんか、とっくに忘れて…)
 寛ぎの一杯、それから日記を書くのだろう。
 「今日も一日いい日だった」と、天気や、それに仕事のこと。
 恋人の自分のことは書かない覚え書き。
 それと同じで、ハーレイの頭の中からも…。
(キスを断ったことなんか…)
 消えちゃってるよ、と悲しい気分。
 ハーレイにとっては普通の一日、キスを断ったことも普通なんだ、と。


 きっとそうだ、と分かっているから、余計に悔しい今日のこと。
 「キスは駄目だ」と叱られた上に、貰えなかった唇へのキス。
 もう何度目だか分からないほど、強請っては断られてばかり。
 今の自分がチビだから。
 姿も子供で、自分一人では何も出来ない子供だから。
(中身は前とおんなじだよ、って言ったって…)
 ハーレイはいつも笑うだけ。
 「俺はチビだと思うがな?」と、「お前、中身も子供だろうが」と。
 そして笑いながら、お決まりの言葉。
 「俺は子供にキスはしない」と、「キスは大きくなってからだと言ってるよな?」と。
 あの決まり事が変わらない限り、ハーレイのキスは貰えない。
 どんなに頑張って強請ってみたって、頼んでみたって、誘惑しても。
 ハーレイは其処にいるというのに、前と同じに恋人なのに。
(…恋人だったら、キスしてくれても…)
 いいと思う、と考えているのは自分だけ。
 ハーレイの方では別の考え、子供の姿をしている限りは…。
(キスする気なんか無いんだよ…)
 ホントに酷い、と思うけれども、そのハーレイ。
 前の自分は、ハーレイと離れて一人きりで死んだ。
 仲間は誰もいないメギドで、ハーレイの温もりさえも失くして。
 もうハーレイには二度と会えない、と泣きじゃくりながら。
(…でも、会えちゃった…)
 地球の上で、と見詰めた右手。
 何度もハーレイが温めてくれて、「大丈夫か?」と温もりを移してくれた手。
 今のハーレイの、褐色の手ですっぽりと包み込んで。
 記憶の中の前のハーレイ、その手と少しも変わらない手で。
 違っているのは、今の自分の手の大きさだけ。
 前のハーレイの温もりを落として失くした、あの時とは。
 たった一人でメギドへと飛んで、ハーレイと別れてしまった時とは。


(今のぼく、ちゃんとハーレイと一緒…)
 キスは駄目でも、唇へのキスは貰えなくても。
 ハーレイに「駄目だ」と叱られていても、そう言って睨み付ける人。
 鳶色の瞳で睨む恋人、そのハーレイは何処も変わっていない。
 前の自分の記憶そのまま、着ている服が違うだけ。
 キャプテンの制服を着込む代わりに、スーツだったり、私服だったり。
(…ハーレイ、今もいるんだよ…)
 キスもくれないで帰って行ってしまったけれど。
 チビの自分をすっかり忘れて、コーヒーを飲んでいそうだけれど。
 それでもハーレイは同じ地球にいるし、同じ町にある家にいる。
 何ブロックも離れていたって、自分と同じ町の住人。
(…ぼくと会えない時だって…)
 ハーレイは何処かで何かしていて、その場所が自分と重ならないだけ。
 前の自分は、独りぼっちになったのに。
 もうハーレイとは、二度と会えない筈だったのに。
(……膨れてたら、罰が当たっちゃう?)
 ハーレイのケチ、と怒っていたら。
 プンスカ怒って膨れっ面とか、今みたいに不満たらたらだとか。
 今もハーレイが何処かにいること、もうそれだけで奇跡みたいなことだから。
 おまけにいつか大きくなったら、ハーレイと結婚出来るのだから。
(結婚出来たら、ずっと一緒で…)
 二人で暮らして、いつだってキス。
 「おはよう」のキスに、「いってらっしゃい」のキス。
 ハーレイが仕事から帰って来たなら、「おかえりなさい」のキスをする。
 それが出来るのも、ハーレイと二人で生まれて来たから。
 青い地球の上に、二人一緒に生きているから。
(…キスは駄目でも…)
 一緒だもんね、と思ったら胸に溢れた幸せ。
 いつか大きくなった時には、数え切れないほど貰えるキス。
 ハーレイと一緒に地球に来たから、今はチビでも、こうして巡り会えたのだから…。

 

         キスは駄目でも・了


※ハーレイがキスしてくれなかった、と不満たらたらのブルー君。今日も駄目だった、と。
 けれども、前の自分の悲しい最期を思ったら…。一緒にいられるだけで幸せですよねv






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(ハーレイのケチ、と言われちまったが…)
 ついでに今日も膨れていたが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎でコーヒー片手に、クックッと笑いを漏らしながら。
 仕事の帰りに会って来たブルー。
 前の生から愛した恋人、青い地球の上に生まれ変わって再び巡り会えた人。
 けれど、前とは違うことが一つ。
 今のブルーは育つ途中で、十四歳にしかならない子供。
 姿と同じに心も無垢な子供のくせに…。
(一人前の恋人気取りって所がなあ…)
 大いに問題ありってな、と熱いコーヒーが入ったカップを傾ける。
 今日もブルーに強請られたキス。
 「ぼくにキスして」と、まるでお菓子を強請るみたいに。
 だから額に落としたキス。
 「愛してるぞ」と、言葉もつけて。
 チュッと音までさせてやったのに、案の定、機嫌を損ねたブルー。
 そういうキスは頼んでいないと、「ハーレイのケチ!」と。
 プンスカ怒って膨れっ面。
 恋人にキスもくれないなんて、と不満たらたら、子供の顔で。
 「俺は子供にキスはしない」と、何度も言っているというのに。
 前のブルーと同じ背丈に育たない内は、キスは額と頬にだけ、という決まり。
 いくら繰り返し言い聞かせたって、懲りもしないのが小さなブルー。
 今日のように強請って、あるいは誘って、キスを貰おうと頑張る日々。
(会う度にってわけではないんだが…)
 それでは効果が無いと思っているのだろう。
 何かのはずみに持ち出して来るか、隙を狙って来るというのか。
 キスを貰えはしないのに。
 ブルーが大きく育たない限り、贈ってやりはしないのに。


 全く懲りないトコも子供だ、と思うけれども愛おしい。
 ブルーは帰って来てくれたから。
 前の自分が失くした姿で、ほんのちょっぴりチビになったというだけで。
(…ちょっぴりだよな?)
 幼稚園児ってわけじゃないんだから、と今のブルーの姿を思う。
 キスも出来ない子供だけれども、恋をするにも幼いけれど。
(四年もすれば…)
 結婚出来る年になるわけなのだし、「ちょっぴり」チビなだけだろう。
 もっと幼いブルーだったら、十年以上も待たされる。
 四歳のブルーに出会っていたなら、十八歳までは十四年。
(…そうなっていたら、大変だぞ?)
 俺も気が遠くなりそうだ、と眉間をトンと叩いた指。
 子供のお守りで始まるだなんて、ブルーの成長を十四年間も見守るなんて、と。
 それはそれで悪くないとは思う。
 今のブルーとも、もっと早くに出会えていたら、と何度考えたことだろう。
 ブルーが生まれて来るより前から、この町に来ていたのだから。
 自分が生まれた隣町の家、其処を離れて。
 父に家まで買って貰って、この町に根を下ろすつもりで。
(…あいつが生まれた病院だって…)
 知っているのが今の自分。
 気ままに走るジョギングコースで、たまに通ってゆく公園。
 その直ぐ隣に見える病院、ブルーは其処で生まれて来た。
 自分が気付いていなかっただけで。
 赤ん坊だったブルーの方でも、何も知らないままだっただけで。
(出会える時が来ていなかった、ってことなんだろうが…)
 幼稚園児だった頃のブルーにも、赤ん坊のブルーにも会い損なった。
 下の学校の頃のブルーにだって。
 子供のお守りをする羽目になっても、きっと幸せだっただろうに。
 どんなに大変な思いをしようと、待ち続ける日が長すぎても。


 今のブルーは、前の自分も知っている姿。
 アルタミラの地獄で出会った時には、ああいう姿だったから。
 成人検査を受けた時のままで、成長を止めていたブルー。
 心も身体も、育たずに。
 希望も見えない狭い檻の中で、育っても未来がありはしないから。
(…てっきり俺よりチビだとばかり…)
 思っていたんだよな、と今も覚えている。
 なんて小さな子供だろうと、それなのに強い力があるな、と。
 前のブルーの本当の年を知るまでは。
 ブルーが生まれた年がいつなのか、それを聞かされて驚くまでは。
(それでも、中身は姿と同じにチビだったわけで…)
 今のあいつと同じだよな、と想った時の彼方のブルー。
 姿そのままに幼い心で、前の自分を慕ってくれた。
 いつも後ろをついて歩いて、もちろん恋などする筈もなくて。
(其処が今とのデカイ違いで…)
 今のあいつは厄介なんだ、と零れる溜息。
 何かと言えば「ぼくにキスして」で、「キスしてもいいよ?」と誘ってみたり。
 キスを断ったらプウッと膨れて、「ハーレイのケチ!」とケチ呼ばわりで。
 ブルーの方では、前のブルーと変わっていないつもりだから。
 姿はともかく、中身の方は。
 心は前のブルーと同じ、と思っているから恋人気取り。
 本当は中身も子供なのに。
 ブルーが気付いていないというだけ、だから余計に…。
(俺がケチってことになるんだ…)
 恋人が側にいるというのに、キスを贈ってやらないから。
 自分からキスを贈るどころか、「キスは駄目だ」と叱るから。
(あいつのためを思ってだな…)
 俺はキスしてやらないわけだが、とチビのブルーに言っても無駄。
 チビの自覚が無いのだから。
 一人前の恋人気取りで、心は前のブルーと同じなのだと言い張るから。


 なんとも厄介な話だけれども、そんなブルーも愛おしい。
 「ハーレイのケチ!」と言われても。
 プウッと膨れて、プンスカ怒って仏頂面でも。
(あいつは帰って来てくれたしな?)
 前の俺は失くしちまったのに、と眺めた自分の大きな両手。
 その手で掴み損ねたブルー。
 止められないまま、メギドへ行かせてしまったブルー。
 あれが別れで、前の自分は長い長い時を一人きりで生きた。
 白いシャングリラを地球へ運ぶために、ブルーの望みを叶えるために。
(…あいつを失くして、独りぼっちで…)
 どれだけ辛い日々だったろうか、地球までの旅は、仲間たちを乗せた白い船での孤独は。
 地球に着いたら全てが終わる、と死だけを願って生きていた日々は。
(あれに比べりゃ、今は夢みたいな毎日で…)
 会えない日だって、同じ地球の上に小さなブルー。
 それも同じ町で、何ブロックか離れた所にある家で暮らしているブルー。
 あちらは不満たらたらでも。
 今、この瞬間にも、「ハーレイのケチ!」と怒っていても。
 キスもくれない酷い恋人、そう思われていても気にならない。
 ブルーは帰って来たのだから。
 この手でブルーを抱き締められるし、髪を撫でてやることだって。
 「キスは駄目だ」と叱ったついでに、指で額を弾いたり。
 銀色の頭をコツンと叩いて、「何度言ったら分かるんだ?」と睨んだり。
(キスは駄目だが…)
 あいつに触れることは出来るからな、と胸に温かな想いが広がる。
 失くした筈の愛おしい人に、今の自分の手で触れられる。
 前の自分とそっくり同じ姿に生まれて、また持っている褐色の手で。
 ブルーを抱き締め、頬に、額に贈れるキス。
 それがブルーは不満でも。
 「ハーレイのケチ!」と膨れられても。


 あいつがいればそれでいいんだ、と心の底から思うこと。
 キスも出来ない子供でも。
 もっと幼いブルーに出会って、子守りから始まったとしても。
(赤ん坊のあいつでも、幼稚園児でも…)
 待たされる時間が今より長くて、十年を越えてしまってもいい。
 ブルーがいるというだけで。
 前の自分が失くしてしまった愛おしい人と、同じ時を生きていられるだけで。
(そうは言っても、十年以上も待つのはなあ…)
 いくら幸せでも、今の自分の待ち時間よりも長いから。
 四年どころではとても済まないのだから、今の出会いでいいのだろう。
 十四歳のチビのブルーと出会って、育つ姿を見守ること。
 あと四年経てば、ブルーは十八歳だから。
 結婚出来る年になるから、ほんの四年の待ち時間。
(…幼稚園児の、可愛いあいつも見たかったがな…)
 それは今だから思うこと。
 待ち時間がたった四年で済むから、四年だけ待てばブルーと二人で暮らせるから。
(十年以上もキスが出来ないままではなあ…)
 たまらんからな、と傾ける冷めたコーヒーのカップ。
 今のあいつで充分だ、と。
 「キスは駄目だ」と幼稚園児のブルーを叱るのは、きっと楽しくても…。
(辛すぎるしな?)
 ずっと待ち続ける俺の方が、と浮かべた笑み。
 十年以上は流石に長いと、今のあいつで丁度いいよな、と…。

 

        キスは駄目だが・了


※「キスは駄目だ」とブルー君を叱るハーレイ先生。まだ子供だから、と。
 ハーレイ先生の方でもキスは出来ないわけですけれども、幸せな日々。ブルー君がいればv






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(明日はハーレイに会えるんだけど…)
 来てくれるけど、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、訪ねて来てくれる愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人だけど。
 週末に仕事が入らなければ、必ず家に来てくれるけれど。
(今のハーレイ、ケチだから…)
 絶対にキスしてくれないんだよ、と膨らませた頬。
 いくら頼んでも、ハーレイはキスをくれないから。
 キスはいつでも頬と額だけ、そういう決まりになっているから。
 貰えないのが唇へのキス、どう頑張っても、強請ってみても。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 キスは駄目だ、と叱るハーレイ。
 なんともケチになった恋人、せっかく巡り会えたのに。
 奇跡みたいに、この地球の上で。
 二度と会えないと思っていたのに、新しい命と身体を貰って。
(…だけど、今度のハーレイはケチ…)
 前のハーレイとは大違いだよ、と考えてしまう恋人のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、側にいてくれたキャプテン・ハーレイ。
 あのハーレイとはまるで違うと、前のハーレイならキスだって、と。
(ぼくから頼まなくっても…)
 いつも貰えた唇へのキス。
 おやすみのキスも、おはようのキスも。
 他にも沢山、数え切れないほどのキスを貰えた前の自分。
 ハーレイはケチではなかったから。
 どんなに仕事が忙しい日でも、キスを忘れはしなかったから。


 本当に忘れなかったんだよ、と今でも思い出せること。
 前のハーレイはとても優しくて、前の自分をいつも大事にしてくれた。
 誰よりも大切に思ってくれたし、唇へのキスは必ず貰えた。
 仕事で遅くなったって。
 日付が変わるまで仕事に追われて、すっかり夜更けになっていたって。
(遅くなってしまってすみません、って…)
 そっと贈ってくれたキス。
 前の自分が、待ちくたびれて眠っていても。
 温かな唇が触れる感触、それで目覚めた夜も多かった。
 ハーレイは「起こしてしまってすみません」と謝ったけれど、嬉しかったキス。
 大切に想ってくれているから、こうしてキスをくれるのだから。
 キスをしないで眠ったりしたら、恋人に申し訳ないから。
(あれで起きちゃっても、一度も怒ったことなんか…)
 無かったのだし、本当に幸せだったキス。
 心地良い眠りを破られても。
 夢の中では、青い地球の上に立っていたとしたって。
(地球の夢より、ハーレイのキス…)
 手が届かない夢の星より、側にいてくれる恋人がいい。
 もう遅いから、一緒に眠るだけでも。
 寄り添い合って、同じベッドで寝るだけでも。
(…欲張ったりはしなかったよ…)
 前のぼくでもキスで満足だったんだから、と思い出す。
 本物の恋人同士だったけれども、愛は交わさずにキスだけでも。
 ハーレイのキスで夜中に起きたら、後は「おやすみなさい」のキスでも。
 あのキスはとても温かかったし、ふわりと幸せに包まれた心。
 恋人が側にいてくれるのだ、と分かるから。
 唇と唇が重なっただけで、ハーレイの想いが伝わったから。
 「愛してますよ」と、包み込む想い。
 あなたを大切に想っていますと、こうして側にいますから、と。


 それがハーレイだったのに。
 前のハーレイなら、いつでもキスをくれたのに。
(今だと、すっかりケチのハーレイ…)
 キスを強請ると叱られる。
 額を指でピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
 「キスは駄目だと言っただろうが」と、鳶色の瞳で睨まれる。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
 ほんのちょっぴり、キスをくれても良さそうなのに。
 触れるだけのキスでも幸せなのだし、それをくれたら充分なのに。
(…前の君とは違うだなんて…)
 どっちも同じハーレイなのに、と悔しい気分。
 前のハーレイが此処にいたなら、きっと変わるだろう全て。
 キスを貰えて、幸せ一杯。
 前のハーレイなら、「キスは駄目だ」と言ったりしないだろうから。
 そんなことを恋人に言うわけがないし、ケチなハーレイでもない筈だから。
(いったい何処で変わっちゃったの…?)
 中身はおんなじ筈だけどな、と思うけれども、どうにもならない。
 今のハーレイは今のハーレイ、前のハーレイに戻りはしない。
 そんな魔法は無いのだから。
 「前のハーレイに戻して下さい」と、神様にお祈りしても無駄。
 今の自分が前の自分とは違うみたいに、ハーレイの方でも同じこと。
 青い地球の上に生まれたハーレイ、其処で育って来たハーレイ。
 中身は自然と変わってしまうし、変わらない方が変だと思う。
 まるで世界が違うから。
 シャングリラだけが世界の全てだった時代と、今の時代とは重ならない。
(…それにハーレイ、キャプテンじゃないし…)
 仲間たちの命を預かるキャプテン、あんな重責を負ってはいない。
 もうそれだけで違いすぎるし、違うハーレイが出来ても仕方ないけれど…。


 前のハーレイが来てくれたなら、とチラリと頭を掠めた考え。
 ケチではなかった前のハーレイ、あの優しかったハーレイが来てくれたら、と。
 時の彼方から、シャングリラから。
 それこそ魔法か何かのお蔭で、この部屋まで時を飛び越えて来たら。
(…ハーレイ、きっとビックリするよ)
 チビの自分が暮らしている部屋、こんな部屋は何処にも無かったから。
 白いシャングリラの何処を探しても、こういう部屋は見付からない。
(それに、ぼくだってチビだから…)
 何が起こったかと、ハーレイはビックリ仰天だろう。
 部屋をあちこち見回して。
 チビの自分をじっと見詰めて、「あなたは?」という質問だって。
(自己紹介をしなくっちゃ…)
 ぼくもブルーだよ、と手を差し出して。
 「うんと小さくなっちゃったけど」と、「ぼくもブルー」と。
 それから、此処が地球だということ、この部屋は地球にあることも。
(カーテンを開けて、外を見せたら…)
 もっと驚くだろうハーレイ。
 「本当に此処は地球なのですか?」と。
 そしたら夜空の星を指差す、「本物だよ?」と。
 「あそこに見えるのが地球の星座」と、「ハーレイ、本物は知らないでしょ?」と。
 もちろん前のハーレイだって、地球の星座は知っている。
 知識だけなら、「こういう星座があるらしい」と。
 それの本物が空にあったら、どんなに喜ぶことだろう。
 シャングリラはまだ辿り着けない地球だけれども、一足先に来られたと。
 これが本物の地球の空かと、なんと美しい夜空なのかと。
(…前のハーレイが生きてた時代に、こういう地球は無いんだけれど…)
 死の星だった地球があったのだけれど、黙っていてもいいだろう。
 夢を壊してはいけないから。
 希望を抱えて前に進んで欲しいから。


 本物の地球だと知って貰えたら、ハーレイと二人で何をしようか。
 夜の間は出掛けられないし、朝になったら…。
(ハーレイが好きそうな所って、何処?)
 今のハーレイなら色々と聞いているのだけれども、前のハーレイの好みは知らない。
 なにしろ地球は夢の星だったし、夢を描いていただけの星。
(地球に着いたら、あれをしようとか、これもとか…)
 夢は幾つもあったとはいえ、夢だっただけに曖昧なもの。
 こうして本物の地球の上にいたら、ちょっぴり頭を悩ませてしまう。
 ハーレイと二人で出掛けてゆくなら、何処がいいかと。
(ぼくは運転出来ないし…)
 海や山へと出掛けてゆくには、公共の交通機関しか無い。
 今のハーレイの車みたいに、二人きりでのドライブは無理。
(…ぼくって、きちんと案内出来る?)
 路線地図を調べて、「こっちだよ」とハーレイの手を引っ張って。
 「このバスに乗って、次はこれで…」と、テキパキと。
 それに食事もしなくては。
 何処かでお腹が空くだろうから、お店に入って二人で食事。
(でも、メニュー…)
 好き嫌いの無いハーレイだけれど、今ならではの食事をして欲しい。
 前の自分たちは知らなかった料理が幾つもあるから、そういったもの。
 けれども直ぐには思い付かない、どれがお勧めの料理なのか。
 「これを食べてみてよ」と自信たっぷり、「うんと美味しいから」と言える料理は何なのか。
 せっかく二人でデートなのだし、ハーレイに喜んで欲しいのに。
 「地球は本当に素敵ですね」と、笑顔を見せて欲しいのに。
(…上手く案内出来ないかも…)
 行き先で悩んで、食事を何にするかで悩んで、立ち止まってばかりになりそうな感じ。
 ハーレイが地球にいられる時間は、きっと長くはないのだろうに。
 ほんの一日くらいだけしか、魔法の時間は無いだろうに。


(ハーレイ、ガッカリしちゃうかも…)
 帰らなくてはならない時間になったなら。
 地球を満喫出来なかったと、もっと上手に時間を使えていたならば、と。
(でも、ハーレイなら…)
 きっと笑顔で御礼を言ってくれるのだろう。
 「楽しかったですよ」と、「いつかは本物の地球に来られるのですね」と、キスだって。
 腰を屈めて、「あなたも、どうか幸せに」と。
(御礼のキス…)
 貰えちゃうよ、と思ったけれども、どうしたわけだか頬に貰ってしまったキス。
 今のハーレイと全く同じに、頬っぺたに。
(…なんでそうなるの!)
 酷い、と膨れて気付いたこと。
 ハーレイを上手く案内出来なかった自分は、立派に子供。
 それでは恋人同士のキスは無理だし、前のハーレイでも子供扱い。
 やっぱり駄目だ、とついた溜息。
 前のハーレイでも同じみたい、と。
 ハーレイはやっぱりハーレイだよねと、前のハーレイなら違うと思ったんだけど、と…。

 

          前の君とは・了


※前のハーレイはケチじゃなかったのに、と考えてしまったブルー君。変わっちゃった、と。
 けれども、前のハーレイが来ても、やっぱり子供扱いされそう。本当に子供ですものねv






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(明日はあいつに…)
 会えるわけだが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 十四歳にしかならない恋人、生まれ変わってまた巡り会えたブルー。
 明日はブルーに会いにゆく。
 土曜日だから、朝食を終えたら、頃合いの時間に家を出て。
(いい天気になるらしいしな?)
 のんびり歩いて出掛けてゆこう、と傾けるカップ。
 次にコーヒーを淹れる時には、明日の朝。
 飲み終わったら片付けを済ませて、それからブルーが待つ家へ。
 お決まりの週末、出会ってからは大抵はこう。
 仕事が無ければブルーの家へと、歩きで、車で出掛けてゆく。
 時には路線バスにも乗って。
(その辺は、俺の気分次第で…)
 雨の日は車が基本だけれども、たまには乗ってみたいバス。
 小さなブルーはバス通学をしているから。
 ブルーと同じ視線の高さで、同じ道路を走りたいから。
(…すっかり馴染みになっちまったなあ…)
 こういう週末の過ごし方。
 ブルーと再会する前だったら、もっと色々あったのに。
 道場へ指導に出掛けて行ったり、気ままにドライブしてみたり。
(そいつが今では、通うだけってな)
 判で押したように、ブルーの家へ。
 どんな行き方をするにしたって、着いたら門扉の前に立つ。
 チャイムを鳴らして開けて貰ったら、ブルーの部屋に案内されて…。
(後はあいつと、晩飯まで…)
 お茶を飲んだり、話をしたりで終わっちまうな、と零れる苦笑。
 まるで活動的ではないな、と。


 小さなブルーは前と同じに身体が弱い。
 だから「ちょっと走るか?」と連れては行けない、ジョギングなど。
 もう少しブルーが丈夫だったら、そういったことも出来るのに。
(散歩だとデートになっちまうから…)
 そいつは駄目だ、と決めている。
 今のブルーには早すぎるデート、近所を散歩するだけにしても。
 「ただの散歩だぞ?」と言い聞かせたって、ブルーは聞きはしないから。
 頭の中ではデートのつもりで、はしゃぐに決まっているのだから。
(…当分は俺が通うだけだな)
 あいつが大きく育つまではな、と覚悟はとうに出来ている。
 小さなブルーが前と同じに成長するまで、キスはしないのと同じこと。
 デートもしないし、ドライブもしない。
 明日のように家へ通ってゆくだけ、ブルーの家で過ごすだけだ、と。
(それはそれでかまわないんだが…)
 ブルーにはゆっくり育って欲しいし、子供時代を満喫して欲しい。
 前のブルーは、それを失くしてしまったから。
 記憶をすっかり失った上に、成長も止めてしまったから。
 身体も、それに心までも。
 前の自分が出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
 年上だと気付きもしなかったほどに。
 ブルーが生まれた年を知るまで、年下なのだと頭から信じていたほどに。
(…前のあいつもチビだったんだ…)
 会った頃はな、と今も鮮やかに思い出せる姿。
 アルタミラの地獄で初めて出会った、前のブルー。
 姿は今のブルーと同じだけれども、桁違いだったそのサイオン。
 皆が閉じ込められたシェルター、それを微塵に壊したほどに。
 幾つものシェルターを開けて回って、他の仲間たちも逃がせたほどに。


 今のあいつとは大違いだな、と思った前のブルーのこと。
 そして気付けば大きく育って、美しい人になっていた。
 誰もを魅了する人に。
 今の時代も高い人気を誇り続ける、ソルジャー・ブルーに。
(…いつかはブルーも、ああなるんだが…)
 姿は同じに育つ筈だが、と思うけれども、その中身。
 平和な時代に生まれ育った小さなブルーは、あのブルーとは違うだろう。
 同じ姿に育っても。
 見た目は何処も変わらなくても、強さも、それに考え方も。
(基本は同じだろうがな…)
 色々と変わってくるんだろうな、と容易に想像出来ること。
 現に自分も、前の自分とは違うから。
 「キャプテン・ハーレイを引き摺ってるな」と思いはしても、一部だけ。
 あれほどの責任を負ってはいないし、背負ったこともないのだから。
(今の俺が学校を丸ごと任されたら、だ…)
 きっと一日でヘトヘトなんだ、と考えてみれば簡単に分かる。
 シャングリラよりもずっと平和な学校、それを一日纏めるだけでも大変だ、と。
 今の自分がそうなのだから、ブルーが育っても同じこと。
 前のブルーよりも遥かに弱くて、困り果てる顔が目に見えるよう。
 「こんなの無理!」と悲鳴を上げて。
 シャングリラを守るなど、とても無理だと。
 サイオンが不器用でなかったとしても、「そんな責任、持てないよ!」と。
(すっかり変わっちまったな…)
 あいつも俺も、と思う恋人。
 小さなブルーが大きくなっても、前のブルーとは違うよな、と。
 幸せ一杯に育ったブルーは、瞳からして違うから。
 前のブルーと同じ瞳はしていないから。
 強い意志を宿していた瞳。
 その底に深い憂いと悲しみ、そういう前のブルーの瞳は。


 まるで違うな、と今はもういない恋人を想う。
 今もブルーはいるのだけれども、育ってもきっと違う筈の中身。
(…前のあいつが此処に来たなら…)
 時を飛び越えてやって来たなら、何もかもに驚くことだろう。
 前のブルーが夢に見たこと、全てが此処にあるのだから。
 平和な時代も、青い水の星も、他の色々な夢だって。
(…今のあいつと、幾つも約束しているが…)
 いつかブルーが大きくなったら、前の生からの夢を端から果たすこと。
 もちろん約束は守るけれども、前のブルーが時を飛び越えて来たならば、と描いた夢。
 「此処は?」と、懐かしい人が書斎を見回したなら。
 ソルジャーの衣装を身に着けた人が、「ハーレイ?」とキョトンと見詰めたならば。
(…まずは自己紹介ってことになるんだろうな?)
 ハーレイには違いないのだけれども、前の自分とは違うから。
 ブルーが知っているキャプテン・ハーレイ、その人物とは魂が同じだけだから。
(はてさて、何と説明したらいいのやら…)
 ついでに言葉もどうしたもんか、と顎に当てた手。
 やっぱり敬語で話すべきかと、それとも普通でいいのだろうか、と。
(…相手はブルーなんだしな?)
 恋仲なのだと知られないよう、敬語を使い続けていただけ。
 今の自分の書斎で会うなら、堅苦しい言葉は要らないだろう。
 「俺もハーレイではあるんだが…」と、始めてみたい自己紹介。
 此処は地球だ、と書斎の床を指差して。
 「この部屋に窓は無いんだがなあ、家の外は本物の地球なんだ」と。
 ブルーはどんなに喜ぶだろうか、地球に来られたと知ったなら。
 たとえ一瞬の夢だとしたって、ほんの一日しかいられない夢の世界にしたって。
(…次の日の夜が来るまでだけの魔法でも…)
 もう間違いなく大喜びだ、と分かるから描いてみたい夢。
 前のブルーが此処に来たならと、二人で何をしようかと。
 たった一日だけの時間なら、有効に使ってゆかないと、と。


(きっとキスなんかを…)
 してる時間も惜しいんだろうな、と分かってしまう。
 ブルーは地球に夢中だろうし、それを見たくて、実感したくてたまらない筈。
 真っ暗な夜でも地球は地球だから、「外に出たい」と言い出すのだろう。
(ソルジャーの服じゃ、出られやしないし…)
 大きすぎる服でも、何か選んで着替えて貰って、それから外へ。
 「どうだ?」と庭に出してやったら、感激して見上げそうな空。
 「地球の星座だ」と、「本物が見える」と。
 それから庭の木たちに触って、芝生も撫でてみそうなブルー。
 「本当に地球の上なんだね」と。
 ブルーが庭を堪能したなら、車に乗せてドライブに行く。
 「何処に行きたい?」と、「海も、それに山もあるんだが」と。
 腹が減ったら飯を食おうと、夜も開いてる店もあるからと。
(何でも大喜びで食べるぞ、あいつ…)
 今ならではの食べ物なんかを注文しても。
 「こんな食べ物があるんだね」と、「とても美味しい」と。
 夜通し走って、疲れたら車の中で眠って、明るくなったら…。
(やっぱりあちこち連れて回って、あいつの服も買ってだな…)
 デートと洒落込みたいんだが、と思うけれども、ブルーは地球に夢中だから。
 こちらはデートのつもりでいたって、ブルーは観光気分だから…。
(…一日あいつと一緒にいたって、俺は観光ガイドなんだな?)
 魔法の時間が解けてブルーが帰る時には、「ありがとう」とキスをくれそうだけど。
 「楽しかったよ」と、「いつかは此処で暮らせるんだね」と嬉しそうに笑むだろうけれど。
(ただの御礼のキスってな)
 それでもいいか、と零れた笑み。
 前のブルーは今のブルーの中にいるから、いつか二人で出掛けてゆける。
 ブルーが大きく育ったら。
 前のブルーとは違っていたって、貰えるだろう御礼のキス。
 「楽しかったよ」と「また連れてって」と、恋人らしいおねだりつきで…。

 

          前のあいつとは・了


※ブルー君が育っても前のブルーとは違うんだろうな、と思うハーレイ先生。
 前のブルーがやって来たなら、観光ガイドらしいです。それも楽しいでしょうけれどねv






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(今日はおしまい…)
 後は寝るだけ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
 学校では顔を見掛けたけれども、それっきり。
 仕事の帰りに寄ってくれるかと思ったのに。
 胸を躍らせて待っていたのに、鳴らないままで終わったチャイム。
(…忙しかったんだろうけど…)
 仕方ないよ、と分かっていたって、残念な気持ちは消えてくれない。
 学校で会えるハーレイは、あくまで「先生」だから。
 教師と教え子、そういう二人。
 恋人同士の会話は無理だし、駆け寄って抱き付くことも出来ない。
 家に来てくれたら、恋人同士で過ごせるのに。
 キスは贈って貰えなくても。
 恋人同士の唇へのキスは、「駄目だ」と許してくれなくても。
(でも、ハーレイには会えるから…)
 鳶色の瞳が優しい恋人、甘えていたなら抱き締めてくれる。
 「俺のブルーだ」と、逞しい腕で。
 もう離さないと、今度こそずっと一緒だと。
(…夜になったら、帰っちゃうけど…)
 本当は離れてしまうのだけれど、それでも嬉しいハーレイの言葉。
 嘘をついてはいないから。
 いつか自分が大きくなったら、その時はいつまでも一緒。
 何処へ行くにも手を繋ぎ合って、並んで歩いて。
 ハーレイの車で出掛けるのならば、助手席に乗って。
 きっとそういう日が来るのだから、ハーレイは嘘をついてはいない。
 夜は帰ってしまっても。
 「またな」と軽く手を振っただけで、帰って行ってしまっても。


 何ブロックも離れた所に住むハーレイ。
 窓から外を覗いてみたって、見えるわけもないハーレイの家。
 今のハーレイは、その家の何処かにいるのだろう。
 書斎でコーヒーを飲んでいるのか、ダイニングにゆったり座っているか。
(…この時間だったら、そうだよね?)
 十四歳の自分には遅い時間だけれども、大人にとっては宵の口。
 これからのんびり本を読んだり、考え事をしてみたり。
 そういう時間だと分かっているから、思い浮かべた恋人の顔。
 「ぼくのこと、ちゃんと覚えてる?」と。
 今日は来てくれなかった恋人、会えずに終わってしまった人。
 それがちょっぴり悲しいけれども、ハーレイの方ではどうなのだろう、と。
 もしかして忘れているだろうかと、チビの自分のことなんて、と。
(…前のぼくなら、こんな時には…)
 直接、訊きに出掛けたりした。
 キャプテンの仕事で多忙なハーレイ、その部屋にヒョイと飛び込んで。
 「入っていいかい?」と訊きもしないで、瞬間移動で青の間から。
 ハーレイが気付いて顔を上げたら、「忘れてた?」と傾げた首。
 ぼくがいることを、まさか忘れていないだろうね、と。
(…あれをやったら、大慌てで…)
 仕事を片付けにかかったハーレイ。
 「直ぐに終わらせますから」と。
 もう少しだけお待ち下さいと、今日は仕事が忙しいので、と。
(だけど、仕事は放り出さなくて…)
 いつもきちんと終わらせていた。
 細かい書類も、いい加減には読まないで。
 端から端まで几帳面に追って、「良し」と記したキャプテンのサイン。
 全部済んだら、ようやく恋人のハーレイになる。
 「終わりましたよ」と微笑んで。
 「お待たせしてすみませんでした」と。


 そうやって恋人の顔になったら、後は二人で幸せな時間。
 青の間には行かずにキャプテンの部屋で、キスを交わして、愛を交わして。
(…ぼくが押し掛けなかった時は…)
 瞬間移動で飛び込む代わりに、青の間から飛ばしていた思念。
 「ぼくを忘れていないかい?」と。
 ハーレイの仕事の邪魔をしないよう、ちゃんとタイミングを見計らって。
 書類を一枚めくった時とか、疲れた時のハーレイの癖で…。
(眉間のトコを…)
 指で押さえて揉み解す仕草。
 それが見えたら、思念を飛ばした。
 「とても忙しそうだけれども、ぼくはどうすればいいんだい?」と。
 先に眠ってしまえばいいのか、もう少し待てばいいのか、どっち、と。
(ハーレイ、やっぱり大慌てで…)
 顔を上げるのと同時に思念が飛んで来た。
 「すみません」と、それは慌てているのが、こちらにも分かる勢いで。
 遅くなるのを伝え忘れていました、と。
 先にお休みになって下さいと、仕事が済んだら行きますからと。
(そう言われたって…)
 従わなかった前の自分。
 ハーレイは遊んでいるのではなくて、仕事だから。
 他の仲間には任せられない、キャプテンにしか出来ない色々なこと。
 書類を読んだり、幾つものデータを確認してはサインをしたり。
(ハーレイは頑張っているんだから…)
 自分だけ先に寝るだなんて、と起きたままで待っているのが常。
 たまに眠気が襲って来たって、ベッドに横になっただけ。
 「ほんの少し」と、「直ぐに起きよう」と。
 ハーレイが来るまで待っているために、眠気を払わなくては、と。
 ほんの少しだけ横になったら、きっと眠気も取れるから、と。


 少しだけのつもりでいたというのに、大抵は眠ってしまった自分。
 五分くらいで起きるつもりが、ぐっすりと。
 ハーレイが青の間に入って来たって、まるで気付きもしないまま。
(そしたら、「遅くなりました」って…)
 揺り起こされて、降って来たキス。
 どんなに遅い時間でも。
 眠るより他はないほどの時間、とうに夜中になっていたって。
 「もうお休みになりませんと…」と、そっと抱き締めてくれたハーレイ。
 明日は早めに来られるように、仕事を進めておきますから、と。
(…前のハーレイなら、あんな風に…)
 時間をやりくりしてくれたのに、と今の自分の境遇を思う。
 遅くなったらハーレイは来ないし、埋め合わせだってしてくれない。
 「明日は仕事を早く終わらせるぞ」とは言ってくれない。
 チビの自分は、一緒に暮らしていないから。
 ハーレイが遅くなったとしたって、何も困りはしないから。
(…御飯はママが作ってくれるし、パパとママと一緒に暮らしてるんだし…)
 普段と全く変わらない日で、ただハーレイが来ないだけ。
 仕事の帰りにチャイムを鳴らして、訪ねて来てはくれないだけ。
 それが悲しくてたまらないけれど、なんとも寂しいのだけれど。
 前の自分なら、こんな時でも幸せだった、と時の彼方を思ったけれど。
(…ハーレイが何をしてるか見えたし、思念波だって…)
 それに瞬間移動で出掛けることも、と考えた前の自分の幸せ。
 今日のような日でも、前のぼくなら、ずっと幸せだったのに、と。
(ハーレイに会えて、キスも貰えて…)
 うんと幸せ、と思い浮かべた幸せな時間。
 ハーレイの仕事が終わるのを待って、キスを交わして、愛を交わして。
 仕事が終わるのが遅すぎた時も、唇に貰えた温かなキス。
 そして二人で眠ったのだった、寄り添い合って。
 「明日は早めに来ますから」と、約束してくれたハーレイと。


 本当に幸せだったのに、と思い返した前の生。
 いつもハーレイと一緒だったし、今のようには離れていない、と考えたけれど。
 今日のような日でも幸せ一杯、キスも貰えた、と思ったけれど。
(…でも、ちょっと待って…!)
 幸せだった前の自分は、他に幸せがあっただろうか。
 ハーレイと二人で過ごす時間や、恋人同士で交わした言葉。
 それの他にも幸せな時を、幾つも持っていたのかと。
 ハーレイが側にいない時でも、幸せは沢山あったろうか、と。
(えーっと…?)
 恋人同士の時間は抜きで、と数え始めた幸せの数。
 前の自分が感じた幸せ、ハーレイと二人で過ごした時間の他には何が、と。
 けれども、急には思い付かない幸せなこと。
 白いシャングリラが無事に一日を終えた時には、ホッと溜息を漏らしたけれど。
 子供たちの遊び相手をするのも、楽しい時ではあったのだけれど。
(こうやって数えていけるほどしか…)
 無かったんだ、と気付いた幸せの数。
 前の自分はそうだった、と。
 幸せの数を数えてゆくなら、今の自分の方が上。
 ハーレイと会えずに終わった日だって、幸せは幾つもあるのだから。
 朝、目覚めたら、両親と一緒に食べる朝食。
 母の料理も美味しいけれども、それを食べる時の朝の光は地球の太陽。
 それに自分は地球の上にいて、両親だって血の繋がった本物の家族。
 もうそれだけで、前の自分よりもずっと幸せで、満ち足りた朝。
(起きた時から、幸せなんだ…)
 前のぼくより、と折ってみた指。
 幸せの数を数えてゆくなら、この指じゃとても足りないよ、と。
 ホントに多くて数え切れないくらいだから、と。


(…今のぼくだと、うんと幸せ…)
 ハーレイに会えなかった日だって幸せなんだ、と気付いたから。
 幸せの数を数えようとしても、数え切れないらしいから。
 今日は溜息をつくのはやめよう、ハーレイには会えずに終わったけれど。
 少し寂しい気がしたけれど。
 こんな日だって、今の自分は前よりもずっと幸せだから。
 幸せの数を比べてみたなら、今の自分の方が遥かに多くて、絶対に数え切れないから…。

 

         幸せの数を・了


※前の自分なら、ハーレイが仕事で来られない時は…、と考え始めたブルー君。
 幸せだったみたいですけど、他には少なかったものが幸せ。今の方がずっと幸せですよねv





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