(今日はホントに会えなかったよ…)
一度も会えなかったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わってしまった、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ。
本当に一度も会えずじまいで、姿さえも見てはいないまま。
いつもだったら、何処かで会えるものなのに。
家を訪ねて来てくれなくても、学校の中の何処かで、きっと。
(…だけど、今日は駄目…)
どうしたわけだか、会えないままで終わった一日。
朝は張り切って登校したのに、運が良ければハーレイに会える筈だったのに。
あの時間なら、バッタリと。
柔道部の指導をして来た帰りのハーレイに。
スーツではなくて、柔道着を着た恋人に。
(柔道着のハーレイ、カッコいいしね?)
出会えたらもう、最高の気分。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と言えたなら。
「おう、おはよう」と声が返ったら。
とてもツイている一日の始まり、そういう気分になれるひと時。
それを期待していたというのに、朝は会えずに、始まってしまった授業の時間。
今日はハーレイの授業が無い日で、教室で会えないのは確かだったけれど。
自分のクラスで待っていたって、ハーレイは入って来ないけれども。
(他のクラスの授業はあるから…)
きっと会えると思っていた。
学校にいる間に、校舎の中とか、渡り廊下で。
声を掛けられる場所にいなくても、姿くらいは見られる筈、と。
普段だったら、そうだから。
何処かでハーレイに会えるのだから。
なのに会えずに、そのまま放課後。
キョロキョロしながら、校門までの道を歩いた。
ハーレイの姿が見えはしないか、あちこち視線を投げ掛けて。
何度も後ろを振り返って。
(…ハーレイがいたら、戻らなくっちゃね?)
柔道部や会議に急ぐ時でも、挨拶はして貰えるから。
「すまん、急いでいるんでな」と言われはしたって、大好きな声が聞けるから。
だから学校を出る瞬間まで、探し続けていた姿。
もしも見えたら戻ってゆこうと、「ハーレイ先生!」と呼ばなくては、と。
声が届いたら、ハーレイは立ち止まって待ってくれるから。
必死になって走らなくても、「慌てなるなよ?」と声を返してくれるから。
それでも、きっと走ってしまう。
息が切れても、弱い身体に負担をかけてしまっても。
少しでもハーレイの側にいたいし、少しでも長く話したいから。
(…何度も後ろを見てたのに…)
校門から外へ踏み出す時には、端から端まで見回したのに。
ハーレイの姿はチラとも見えずに、呼ぶ声だって聞こえて来なかった。
他の生徒が呼び掛ける声。
柔道部員や、たまたま姿を見掛けた生徒が「ハーレイ先生!」と呼ぶ声さえも。
姿が無いなら、当然だけれど。
ハーレイが辺りにいないのだったら、呼ぶ生徒だっていないけれども。
(…今日の学校は、そういう学校…)
たまに、そうなる日だってある。
同じ学校の中にいたって、バッタリ会うことが全く無い日。
今日はそれだ、と肩を落として出た校門。
けれど、残っていた望み。
学校の中では会えないままでも、仕事の帰りに訪ねて来てくれる日も多いから。
ハーレイの仕事が早く終わりさえすれば、家でゆっくり会えるから。
そうだといいな、と帰った家。
制服を脱いでおやつを食べたら、後はひたすら待っていた。
二階の自分の部屋に帰って、本を読んだりしながらも。
何度も窓の方を眺めて、耳も澄ませて。
ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと、高鳴らせた胸。
学校で全く会えなかった分、余計に募ってしまった想い。
(会いたいよ、って…)
早く来てねと、待ってるからねと、心で呟き続けたのに。
思念波を紡げはしないけれども、何度も何度も繰り返したのに。
ふと気付いたら、過ぎてしまっていた時間。
ハーレイが家を訪ねてくれる時刻は、とうに過ぎたと教える時計。
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
会えないままになっちゃった、と今も溜息が零れるばかり。
夕食を済ませて、お風呂に入って、後は寝るだけの時間でも。
どう転んだってハーレイに会えるわけがない、夜の帳が下りた今でも。
(ツイてないよね…)
なんでこうなっちゃったんだろう、と視線を投げた窓の方。
もうカーテンを閉めてあるから、その向こうにある庭は見えない。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、あの窓から手を振れたのに。
門扉の所に立つ恋人に。
ハーレイだって、こちらに向かって大きく手を振ってくれるのに。
けれど会えずに終わった恋人、門扉の脇のチャイムはとうとう鳴らないまま。
あんなに待って待ち焦がれたのに、今日という日は終わってしまった。
大好きなハーレイに会えないままで。
愛おしい人の姿も見られず、声を聞くことも出来ないままで。
もう寂しくてたまらないから、涙が零れてしまいそう。
会えずに終わってしまったなんて。
ハーレイの顔を見られないままで、今日という日はおしまいだなんて。
(…ハーレイに会いたかったのに…)
一度も会えていないんだよ、と胸にぽっかり穴が開いたよう。
ほんの少しの時間だけでも、会って話がしたかったのに。
「ハーレイ先生」と呼ばねばならない、学校の中の何処かでも。
そんな話も出来ないとしても、チラリと姿を見たかった。
後姿でかまわないから。
他の校舎へと急ぐハーレイ、うんと遠くのグラウンドの端にいる姿でも。
(今日はホントにツイていないよ…)
一度も会えなかっただなんて、と寂しい気持ちで一杯だけれど。
涙が溢れて来そうだけれども、ふと蘇って来た遠い遠い記憶。
ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃、遠く遥かな時の彼方にいた自分。
その自分が流した悲しみの涙。
(…ハーレイには二度と会えない、って…)
もう会えないのだと、泣きじゃくっていたソルジャー・ブルー。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くしてしまって。
右手が冷たく凍えてしまって、メギドで独りぼっちになって。
(……前のぼく……)
今でもたまに襲われる悪夢。
泣きながら目覚める夜も多くて、今も感じた胸が張り裂けそうな悲しみ。
これで終わりだと、もう会えないと泣いていた自分。
記憶は其処で途切れるけれども、心臓が凍りそうな絶望。
そして囚われた孤独という闇、前の自分はその中で死んだ。
二度とハーレイに会えはしないと、泣きじゃくりながら。
何もかも全て終わってしまって、切れてしまったハーレイとの絆。
ハーレイの温もりを失くした右手は、もう愛おしい人の手に繋がってくれはしないから。
たった一人で死んでゆくだけ、闇の中へ放り出されるだけ。
そんな筈ではなかったのに。
あの温もりさえ持っていたなら、ハーレイと一緒だったのに。
そうだったっけ、と見詰めた右手。
今の自分の右手は小さくなったけれども、ハーレイが何度も温めてくれた。
遠い日にメギドで凍えたのだと、今のハーレイは知っているから。
「ほら」と褐色の両手ですっぽり包み込んで。
家に来てくれた時は、何度も、何度も。
(…ぼくの手…)
今はすっかり温かいから、ついウッカリと忘れていたこと。
前の自分の深い悲しみ、それに孤独と絶望と涙。
二度と会えないと思ったハーレイ、前の自分は泣きながら死んだ。
けれど切れてはいなかった絆、奇跡のように地球の上で出会えたハーレイ。
今日は会い損なったけれども、たまたま運が悪かっただけ。
それも本当に、ほんのちょっぴり。
学校の中でハーレイが歩く道筋、自分が歩いていた道筋。
いつもなら何処かで交わる筈のが、今日はズレたというだけのこと。
ハーレイは違う所を歩いて、仕事の後には家へ帰って行っただけ。
「もう遅いしな?」と、此処へ寄らずに。
きっといつもの食料品店、其処で買い物したりもして。
(…ほんのちょっぴり、ズレちゃっただけ…)
今日のハーレイと自分がいた場所。
もう少しだけ右にズレるとか、左の方にズレるとか。
ハーレイの仕事がほんの少しだけ、早く終わっていただとか。
そうしたら、きっと会えていた。
学校の中の何処かでバッタリ、あるいは仕事の帰りに訪ねて来てくれて。
好きでたまらない笑顔を見られて、大好きな声も聞けたりして。
(…ハーレイ、ちゃんといるんだもんね…)
会えない時だって、必ず何処かに。
同じ地球の上で、同じ地域で、同じ町に住んで。
前の自分は、もう会えないと泣いたのに。
絆はプツリと切れてしまって、二度と会えない筈だったのに。
だけど会えた、と気付いた奇跡。
今の自分の幸せな日々。
ほんの一日、ハーレイに会えずに終わっただけで、寂しくて涙が零れそう。
なんと贅沢な涙だろうか、まだ零れてはいないけれども。
(…ぼくって、幸せ…)
ハーレイは何処かにいるんだもんね、とキュッと握った小さな右手。
会えない時だって、愛おしい人は必ず何処かにいるのだから。
今日は駄目でも、明日は会えるし、明日が駄目なら、明後日はきっと。
だから幸せ、と頬に零れた温かな涙。
ぼくはとっても幸せだよねと、だってハーレイがいるんだから、と…。
会えない時だって・了
※今日はハーレイに会えなかったよ、と寂しいブルー君ですけれど。
考えてみたら、今日は会えなかったというだけのこと。地球の上で一緒なんですものねv
(今日は会い損なっちまったな…)
俺のブルーに、とハーレイがついた大きな溜息。
小さな恋人を思い浮かべて、フウと。
夜の書斎でコーヒー片手に、「まさか全く会えないとは」と。
前の生から愛し続けた愛おしい人。
青い地球の上に生まれ変わって、再び出会えたブルーだけれど。
残念なことに、まだ一緒には暮らせない。
ブルーは子供で、十四歳にしかなっていないから。
ついでに今の自分の教え子、学校の生徒。
会いたかったら、ブルーの家を訪ねるしかない。
仕事が早く終わった時には、大急ぎで。
そういう時間が取れなかったら、週末に。
(恋人のあいつに会おうと思えば、そうなっちまうが…)
ブルーの姿を見るだけだったら、学校に行けば出来ること。
小さなブルーは生徒なのだし、運が良ければ一日の間に何回も。
ブルーのクラスで授業があったら、たっぷりと眺められる恋人。
「あそこにいるな」と、教え子を見る視線だけれど。
それでもブルーを見られるわけだし、幸せな時間。
授業以外の時間に会えたら、立ち話だって。
「ハーレイ先生!」と声を掛けてくるブルーは、敬語で話すのだけれど。
恋人同士の会話は無理でも、ブルーを見詰めて、その声を聞いて、頷いたりも。
だからブルーに会えない日などは、そうそう無いのが今の自分。
学校に行けば会えるものだし、帰りにブルーの家に寄れたら…。
(ゆっくり話して、晩飯も一緒で…)
幸せ一杯の筈なんだがな、とまた溜息が零れてしまう。
今日は会い損なったから。
一度もブルーに出会えないままで、一日が終わってしまったから。
なんてこった、と傾ける愛用のマグカップ。
それに満たした熱いコーヒー、けれど満たされない心。
愛おしい人に会えずに終わって、そのまま更けてしまった夜。
心にぽっかり穴が開いて、なんとも寂しい気分の今。
(…ハーレイ先生の方でいいから…)
あいつの顔を見たかったんだが、と呪いたくなる自分の不運。
今日は全くツイていないと、運が悪かったに違いないと。
いつもだったら、何処かで会えるものだから。
そうでなければ、初めから「会えない」日だと自分でも分かっているか。
仕事の都合でそうなる時もあるのだから。
研修に会議、他にも色々。
ブルーに会えずに終わりそうな日は、そうなる前から予感があるもの。
けれども今日は、ほんのちょっとしたすれ違い。
学校の中を移動してゆく、自分とブルーの道筋がズレた。
だから全く出会わないままで、ブルーのクラスでの授業も無くて。
(…柔道部の方が長引いちまって…)
帰りに寄れもしなかったんだ、と自分の運の悪さを嘆く。
ブルーの方でも、多分、同じだろうけれど。
同じどころか、自分以上に、きっとガッカリだろうけれども。
(あいつの方が、俺よりチビな分だけ…)
残念に思う気持ちは遥かに大きい筈。
まだまだ幼いと言っていい年、今のブルーは子供だから。
自分の気持ちに抑えが利かない、それが子供というものだから。
(そいつが余計に可愛いってな)
ブルーに会う度、こみ上げて来る愛おしさ。
「俺のブルーだ」と、「此処にいるな」と。
前の自分は、ブルーを失くしてしまったから。
愛おしい人は手からすり抜け、一人きりで逝ってしまったから。
(…俺も、あいつも…)
同じに独りになっちまった、と遠く遥かな時の彼方へ飛ぶ思い。
前のブルーは、メギドで独りぼっちになった。
右手に持っていた筈の温もり、それを落として失くしてしまって。
「もうハーレイには二度と会えない」と、泣きじゃくったという前のブルー。
絆が切れてしまったからと。
もう会えないと、泣きじゃくりながら死んでしまったソルジャー・ブルー。
たった一人で、仲間は誰もいないメギドで。
残された自分も、その後は独り。
ブルーは戻らなかったから。
それでもブルーの言葉を守って、地球に行くしか無かったから。
(…あいつの夢の星だったのに…)
前の自分が目指した地球。
何度もブルーと夢を描いた、青く輝く母なる星。
ブルーと行こうとしていたからこそ、地球は憧れの星だったのに。
自分が一人で辿り着いても、胸が弾みはしないのに。
(なのに、あいつは逝っちまって…)
前の自分の魂も死んだ。
愛おしい人を失くした途端に、生きる希望を失ったから。
生きてゆく意味も、未来への夢も。
ブルーを失くして、たった一人で懸命に地球を目指した自分。
船に大勢の仲間がいたって、癒えはしなかった孤独と絶望。
彼らの命を預かるキャプテン、その責任感だけで前を見詰め続けた。
自分が此処で投げ出したならば、シャングリラは地球に行けないから。
ブルーが自分に遺した言葉も、守れなくなってしまうから。
ジョミーを支えて地球に行くこと、それだけが全て。
地球へ、と進み続けた自分。
其処に着いたら、もう自由だと。
ブルーの許へもきっと行けると、行ってもかまわないだろうと。
あの旅はとても長かったんだ、と今でも思う。
何処まで行こうと、其処にブルーはいないから。
シャングリラの中の何処を探しても、ブルーが乗ってはいなかったから。
愛おしい人は何処にもいなくて、暗い宇宙が続いてゆくだけ。
地球の座標を掴んだ後にも、見えはしなかった希望の光。
其処は「終わり」でしかなかったから。
地球に着いてもブルーはいなくて、一緒に地球を見られはしない。
「いつか」と二人で地球に描いた幾つもの夢も、自分一人では叶えられない。
ブルーがいてこそ、青い地球は夢の星なのだから。
独りで行っても、ただの終点なのだから。
(…あれに比べりゃ、今の俺はだ…)
ずいぶんと恵まれているってもんだ、と重なった今の自分の姿。
小さなブルーに会えなかったと、さっき自分が零した溜息。
「なんてこった」と、「運が悪い日だ」と。
ツイていないと考えたけれど、前の自分が独り歩いた、地球までの道に比べたら…。
(…ツイていないどころか、ツキまくりだぞ)
お前はブルーを取り戻したろうが、とコツンと叩いた自分の額。
失くした筈のブルーが戻って来たじゃないか、と。
これが幸運でなければ何だと、お前はツイているだろうが、と。
(そうだったっけな…)
ついつい忘れちまうんだ、と浮かんだ苦笑。
今の幸せに慣れてしまって、贅沢になってしまうのが自分。
小さなブルーに会い損なったと、嘆いたりして。
ツイていない、と考えたりして。
(今じゃブルーは、いないどころか、ちゃんといるんだ)
今日のように会えずに終わった日だって、同じ地球の上に。
前の自分たちが夢見た星に。
新しい命と身体を貰って、ブルーは今を生きている。
子供の姿になったけれども、前のブルーの魂を持って。
(あいつの家まで、遠いと言っても…)
何ブロックも離れていると言っても、たったそれだけ。
其処にはブルーが暮らしている家、行けば必ず会える筈。
ブルーが家にいるだろう時間、その時に訪ねて行ったなら。
仕事の帰りに出掛けてゆこうが、のんびり過ごせる休日だろうが。
(…この時間に出掛けて行ったって…)
チャイムを鳴らせはしないというだけ、ブルーの顔を見られないだけ。
あそこがブルーの部屋なのだ、と表の道路から見ることは出来る。
生垣の向こう、庭も間に挟まるけれども、小さなブルーがいる部屋の窓を。
灯りは消えて、愛おしい人は眠っていても。
「あの窓だよな」と二階を見上げていたって、起きて覗いてはくれなくても。
前のブルーを失くした時には、何処を探しても無駄だったのに。
ブルーは何処にもいないのだから、けして見付かりはしなかったから。
(…俺も贅沢になったもんだな)
あいつなら今もいるじゃないか、と眺めたブルーの家の方角。
書斎の壁しか見えないけれども、そちらへ真っ直ぐ進んだならば…。
(ちゃんとブルーに会えるってな)
ブルーは戻って来たのだから。
前のブルーと夢に見た星、其処で再び巡り会うことが出来たのだから。
(贅沢を言っちゃいかんぞ、おい)
幸せ者め、と叱咤した自分。
会えない時でも、ブルーは何処かにいるじゃないかと。
ブルーの家とか、学校の中の何処かとか。
探せばブルーを見付けられるし、会えないのもほんの偶然の結果。
きっと明日には会えるだろうし、明日が駄目でも、明後日には、きっと。
(あいつは、ちゃんといるんだから…)
会えない時でも、同じ地球の上で一緒なんだぞ、と零れた笑み。
俺は幸せ者じゃないか、と。
今はブルーに何処かで会えるし、もう最高の幸せ者だ、と…。
会えない時でも・了
※ブルー君に会えなかった、と溜息なハーレイ先生ですけれど。ツイていないと嘆いても…。
それは今だからツイていないだけで、本当はとてもツイてるのです。今は最高の幸せ者v
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
今日は残念、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれるかと思った恋人。
前の生から愛したハーレイ。
けれど、鳴らずに終わったチャイム。
時計の針だけがどんどん進んで、気付けば日暮れ。
もうハーレイは来ない時間になっていた。
何度も窓を覗く間に、「来てくれるかな?」と待つ内に。
今日は会えずに終わった恋人。
学校で言葉は交わしたけれども、教師と教え子、そういう会話。
「ハーレイ先生」としか呼べはしなくて、恋人らしい話も出来ない。
だから来て欲しかったのに。
恋人の方の、ハーレイと話したかったのに。
(…話さなくちゃ、って思うことは何も無いけれど…)
前の生での記憶のこととか、出来事だとか。
是非ハーレイに話さなくては、と思うことは何も無かったけれど。
それでも会いたくなる気持ち。
会い損なったら、悲しい気持ち。
(…キスは出来なくても、やっぱり恋人…)
唇へのキスをしてくれなくても、ハーレイは恋人に違いない。
こうして会えずに終わった時には、零れる溜息。
「今日は、ハーレイに会えなかったよ」と。
そのハーレイは忙しいのだし、こんな日だってあるけれど。
学校の会議や、柔道部の指導や、他にも色々。
どれも大切な仕事だと分かっているけれど…。
(…寂しいよ…)
会えなかったよ、と募る寂しさ。
今日はハーレイに会えなかった、と。
夜はすっかり更けてしまって、時計が指している時刻も遅い。
そろそろベッドに入らなければ、と思ったはずみに小さな欠伸。
眠いのかな、と考える間もなく、二つ目の欠伸。
今度はさっきよりも大きな欠伸で、ついでに溢れてしまった涙。
(…夜更かししちゃった?)
涙が出ちゃった、と指で拭った目許。
頬にも伝いかけていたのを、軽い気持ちで。
途端に、フイと掠めた記憶。
遠く遥かな時の彼方で、こうして拭っていた涙。
同じようにベッドに腰を下ろして、けれど悲しみに覆われて。
今とは比べようもない寂しさも抱えて、たった一人で。
(……前のぼく……)
そうだったっけ、と蘇って来た、前の自分のこと。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
あの広大な青の間で一人、何度も涙を拭っていた。
さっき自分がしたように。
チビの自分が「涙が出ちゃった」と、指先で拭っていたように。
(…前のぼくの寿命…)
それが尽きると気付いた時から、何度も零していた涙。
ハーレイがいれば縋れたけれども、いなかった時。
愛おしい人は、船のキャプテンだったから。
青の間で側にいる時よりかは、いない時の方が多かったから。
ブリッジで指揮を執るのはもちろん、他にも幾つもキャプテンの仕事。
一日の終わりには航宙日誌も書いていた。
全て終わるまで、青の間に来てはくれないハーレイ。
それまでの時間は、前の自分は一人きり。
深い悲しみに囚われていても、恋人の胸に縋りたくても。
胸にわだかまる苦しみや辛さ、それを吐き出してしまいたくても。
何度、一人で泣いただろうか。
自分の命はもうすぐ尽きると、いずれ終わると気付いた日から。
夢に見ていた青い星まで、行けはしないと知った時から。
(…地球に着いたら、やりたかったこと…)
数え切れないほどに幾つも描いた、地球への夢。
青い水の星に辿り着いたら、あれをしようと、これもしようと。
ハーレイと二人で約束したこと、「いつか」と「地球に着いたら」と。
その約束はもう、叶いはしない。
自分の命は尽きてしまって、とても地球には行けないから。
焦がれ続けた青い水の星は、夢のままで消えてしまうのだから。
(…地球も、本当に見たかったけど…)
肉眼で捉えたかったけれども、それが出来ないことよりも、もっと。
地球を見られないことよりもずっと、辛くて悲しかったこと。
それが自分の寿命の終わり。
命が尽きたら、一人、逝くしかないのだから。
独りぼっちで真っ暗な道を、死出の旅路を歩いてゆくしかないのだから。
その日が来たなら、終わりが来る。
ハーレイとの恋は消えてしまって、一人きりで旅に出るしかない。
愛おしい人は、その後も生きてゆくのだから。
ハーレイの寿命は、まだまだ先があるのだから。
(…ぼくは一人で…)
行くしかない、と泣きじゃくっていたら、強く抱き締めてくれたハーレイ。
「大丈夫ですよ」と、「私がいます」と。
けして一人にさせはしないと、共に逝くからと。
二人だったら、きっと寂しくはないのだろう。
どんなに暗い道であっても、光など欠片も見えなくても。
二人一緒に歩いてゆくなら、真っ暗な死出の旅だって、きっと。
ハーレイが側にいてくれたならば、一人、歩かずに済むのだったら。
そう思うと心強かったけれど、そのハーレイが側にいない時。
青の間で一人過ごしていた時、何度も襲われた激しい恐怖。
終わりの時は、いつやって来るか分からないから。
こうして一人きりの時なら、どうすることも出来ないから。
(…何か前触れがあればいいけど…)
必ずあるとは限らない。
元から弱い身体なのだし、ある日、突然に終わりが来ても。
ハーレイがブリッジに出掛けてゆくのを見送った後に、倒れないとは限らない。
もしも倒れたら、助けを求める思念も紡げなかったなら…。
(…独りぼっちで…)
死んでゆくことになるのだろう。
部屋付きの係も、朝食の後は掃除などが済めば去ってゆくから。
ソルジャーの邪魔をしないようにと、長居はせずに。
昼食の支度が整うまでは、呼ばない限りは覗きにも来ない。
青の間はとても広いとはいえ、ソルジャーの私室だったから。
プライベートな空間なのだし、用が無い限りは他の者たちも遠慮する。
だから倒れてしまっていたって、誰もそのまま気が付かない。
助けを呼べなかったなら。
命の焔が消えてしまう前に、誰かが青の間に来なかったなら。
(…絶対、無いとは言い切れなくて…)
何度も覚えた、背筋が凍るような感覚。
ハーレイのいない所で、一人きりで死んでゆく自分。
たった一人で死の世界へと放り出されて、暗闇に落ちてゆく自分。
恋人の名前をいくら呼んでも、もう届かない。
暮らす世界が分かれてしまって、ハーレイは何も知らないから。
「ご一緒しますよ」と約束した相手が、もういないこと。
独りぼっちで死んでしまって、魂はもう飛び去ったことを。
多忙な日々を送っているのがキャプテンなだけに、きっと直ぐには気付かない。
気付いた係が駆け付けるまで、ソルジャーの死が知らされるまで。
何度震えたことだろう。
「もし、ハーレイがいなかったら」と。
その時がやって来た時に。
自分の命の灯が消える時に。
(…とても怖くて…)
考え始めただけで怖くて、零れた涙。
それを何度も指で拭っては、「大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
「きっとハーレイなら、気付いてくれる」と。
予知能力は持っていなくても、恋人同士の絆があるから。
何かが起こったような気がして、青の間に来てくれるだろう。
魂が身体を離れる前に。
心臓が止まって、息も止まって、身体が冷たくなってゆく前に。
(…だけど、本当に間に合うかどうか…)
そう思う度に震えた身体。
怖くて竦み上がってしまった心臓。
(今すぐ来て、って…)
ハーレイに思念を飛ばしたい気持ちに、何度囚われたか分からない。
「大丈夫ですよ」という温かな声が聞きたくて。
あの強い腕に、逞しい胸に抱き締められて、背中を優しく撫でて欲しくて。
けれど、キャプテンを仕事中に呼ぶなど、用が無ければしてはならない。
何の根拠も無いような恐怖、それに駆られて呼んではならない。
(…いくらソルジャーでも、駄目だ、って…)
そう思ったから、一人で耐えた。
心細くて零れる涙を、自分の指で何度も拭って。
「大丈夫だから」と、「そんなことにはならないから」と。
なのに当たった、前の自分の悲しすぎた予感。
青の間ではなくて、メギドだったけれど。
残り少ない命を自ら燃やし尽くして、一人きりで死んでいったのだけれど。
(…あの時のぼくも、泣きじゃくってて…)
右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしたから。
ハーレイとの絆が切れてしまって、独りぼっちになってしまったから。
もうハーレイには二度と会えない、と思ったことを覚えている。
死よりも恐ろしい絶望と孤独、それに包まれて自分は死んだ。
ソルジャー・ブルーだった前の自分は、たった一人で泣きじゃくりながら。
(…前のぼくの涙…)
とても悲しくて、辛かった涙。
青の間で泣いていた時も。
独りぼっちで、メギドで死んでゆく時も。
(…あんなに悲しくて泣いていたのに…)
そういう涙を覚えているのに、今の自分が零した涙。
欠伸と一緒に目から零れて、指先で拭っていた涙。
同じ涙でも、まるで違っている涙。
それを思うと、胸の奥から溢れる幸せ。
今日はハーレイに会い損なったけれども、悲しさも寂しさも、今はそれだけ。
前の自分の悲しい涙も、今は欠伸で出るようだから。
欠伸のはずみに目から零れて、指で同じに拭うのだから…。
欠伸が出たら・了
※欠伸したはずみに、ブルー君の目から溢れた涙。それを指先で拭ったら…。
同じように涙を拭っていたのが、ソルジャー・ブルー。悲しい涙は、もう要りませんよねv
(…すっかり遅くなっちまったな)
ブルーの家に寄るどころか、とハーレイが漏らした苦笑い。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
普段より、ずっと遅めの時間に。
それでも熱いコーヒーを一杯、これが寛ぎのひと時だから。
コーヒーで眠れなくなるタイプではないから、いつも通りに。
(美味いんだ、これが…)
今日は特にな、と傾ける愛用のマグカップ。
ようやく家に帰って来たぞ、とホッとする気持ちになる時間。
本当の所は、ついさっきまで…。
(…楽しくやっていたんだがな?)
ブルーには、とても言えないが…、と竦めた肩。
小さなブルーは、待ちぼうけを食らったのだから。
今日は恋人が寄ってくれるかと、何度も窓から外を覗いていただろうから。
(俺だって、今日はそのつもりでだな…)
会議の予定も入っていないし、帰りは寄ろうと思っていた。
ブルーと二人でお茶を飲んだ後は、両親も一緒の夕食の席、と。
けれど、狂ってしまった予定。
同僚たちに誘われた食事。
(そっちはそっちで、楽しいもんだし…)
ブルーとは何度も会っているしな、と同僚たちとの時間を選んだ。
車で通勤しているのだから、一緒に酒は飲めないけれど。
バスなどで学校に来ている仲間を、家まで送る役目にもなってしまうのだけれど。
だから料理は楽しめたものの、足りていない喉を潤す一杯。
酒の代わりのジュースなどでは、とても足りない。
帰るなり淹れた熱いコーヒー、これが一番。
「ようやっと俺の時間だ」と。
時計が指す時間は、本当に夜更け。
ブルーは、とうに眠ってしまったことだろう。
「ハーレイ、来てくれなかったよ…」と愚痴でも零しながら。
あるいは膨れたりもして。
(しかし、仕事が忙しいこともあるからな?)
多分、そちらだと思ったろうブルー。
「忙しいんだから、仕方がないよ」と。
それでも膨れただろうけど。
「今日は会えなかった」と、不満たらたらなのだろうけれど。
学校で顔を合わせただけでは、「会った」ことにはならないから。
教師と教え子、そんな会話しか交わせないから。
(すまん…)
俺だけ食事に行っちまって、と心で詫びた小さな恋人。
前の生から愛したブルー。
(とはいえ、仕事もして来たんだぞ?)
四人も家まで送ったしな、と自分に言い訳。
車で出掛けて行った以上は、それがお役目。
自分の家とは、まるで反対の方へ向かって走ってゆく羽目になろうとも。
送ってゆく先が四つもあるから、かなりの距離を走ろうとも。
(でもって、最後のヤツを降ろしたら…)
後は会話も消えてしまって、一人きりでの帰り道。
もう遅いから、通行量も減っている道を。
車から見える家の灯りも、ずっと少なくなっている道を。
何処の家でも、とうに過ぎている夕食時。
寝静まっている家だって。
そういう道を一人で走って、やっと帰って来た我が家。
着替えを済ませて淹れたコーヒー、いつもの一杯。
これが美味いと、やっと我が家だ、と。
体力自慢ではあるのだけれども、遅くまで家に帰れなかった日。
送り届けた四人の同僚、彼らは自分よりも先に我が家に着いたのに。
今頃は早くもベッドの中とか、ゆっくりと風呂に浸かっているか。
そんな所だ、と思うと少し感じる疲れ。
「俺だけが遅くなっちまったぞ」と。
もっと前から誘ってくれれば、車で出勤しなかったろうに。
皆と一緒に愉快に飲もうと、路線バスか歩きで出勤したのに。
(…それでも、俺が自分で行こうと決めたんだしな?)
自業自得というヤツなんだ、とコーヒーを飲んでいたのだけれど。
不意に大きな欠伸が一つ。
やはり多少は疲れたのか、と思った途端に、もう一つ。
今度は欠伸が出たのと一緒に、涙まで。
(うーむ…)
俺はそんなに眠いんだろうか、と拭った涙。
なんの気なしに。
無造作に指で拭ったけれども、それが記憶を連れて来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
こうして涙を拭った、と。
今と同じに夜が更けた部屋で、一人きりで、と。
(……そうだっけな……)
何度もあった、と胸に蘇る深い悲しみ。
前のブルーを喪った後に、一人きりで拭っていた涙。
キャプテンの部屋で、同じように机に向かっていて。
一日の出来事を思い返しながら、航宙日誌を綴っていて。
(SD何年、何月何日、と…)
その日の日付けを書き入れることから始まる時間。
淡々と書いてゆくのだけれども、何かのはずみに思い出すこと。
「ブルーがいない」と。
もういないのだと、宇宙の何処を探したって、と。
航宙日誌は、ブルーにも読ませはしなかった。
だから余計に興味を示して、読もうとしていたのがブルー。
「いったい何を書いてるんだい?」と、後ろから覗き込もうとしたり。
ブルーほどの力を持っていたなら、盗み見ることは可能だろうに。
ブリッジに出掛けて留守の間に、入り込んで読むことも出来るだろうに。
(…あいつは、それをしなかったんだ…)
けしてコッソリ読もうとしないで、いつも、いつだって正攻法。
「中身がとても気になるけどね?」と、正面突破を目指したブルー。
机の横から忍び寄ったり、ヒョイと肩越しに不意打ちしたり。
そして自分は身体で隠した。
「俺の日記だ」と、その時だけは昔に戻った言葉遣いで。
一度も言いはしなかった。「私の日記ですから」とは。
ブルーが覗こうと試みる度に、何度言ったか分からない言葉。
「俺の日記だ」と、ブルーの企みを打ち砕くために。
そうして何度も退け続けた、航宙日誌を読もうとした人。
最初の間は仲のいい友達、いつの頃からか、恋人になった。
それでも日誌は読ませないままで、前のブルーは…。
(……逝っちまった……)
シャングリラを守って、たった一人で。
誰も側にはいなかった場所で、暗い宇宙で、メギドを沈めて。
ブルーを失くしたその瞬間から、前の自分の魂は死んでいたけれど。
抜け殻のようになってしまったけれども、それでも行かねばならない地球。
ブルーに頼まれたことだから。
「ジョミーを支えてやってくれ」と、ブルーは頼んで行ったのだから。
なんとしてでも、青い地球まで。
シャングリラを其処まで運ばなければ、と綴り続けた航宙日誌。
仕事を終えて部屋に戻ったら、取り出して。
「SD何年、何月何日」と日付を記して、その日の出来事を順に数えて。
羽根ペンで日誌を綴る間に、気付かされてしまうブルーの不在。
「もういないのだ」と、「何処にもいない」と。
そう思ったら、滲んでしまった自分の視界。
涙がじわりと溢れ出すから。
胸の奥から湧き上がる悲しみ、それが心を覆うから。
(…涙が日誌に落ちちまったら…)
きっと滲むだろうインク。
ぽたりと落ちた涙の形に、駄目になるだろう綴った文字。
後進のためにと書いているのに、私的な日記とは違うのに。
ブルーにさえ一度も見せなかったけれど、いずれ公文書になるのだろうに。
自分の命が尽きた後には、船の仲間たちが広げて読んで。
「こういう時には…」と、参考にしたりするために。
だから涙は零せない。
航宙日誌に涙の跡など残せないから、指先でグイと拭った涙。
時によっては、拳でも。
頬を伝おうとしている涙を、「消えてしまえ」と。
今は泣いてはいられないから、そんな時ではないのだから。
キャプテンの仕事を続けなければ、一日の出来事を綴っておかねばならないから。
(…何回も、いや、何百回も…)
前の自分が拭った涙。
今と同じに机に向かって、同じ仕草で。
「泣くな」と、「今は泣いては駄目だ」と。
ブルーのことを想って泣くなら、今日の仕事が済んでから。
航宙日誌を綴ってからだと、それからブルーを想おうと。
逝ってしまった愛おしい人を、二度と戻らない恋人を。
(…前の俺は、何度も泣いていたんだ…)
正確に言えば泣けなかったな、と思い出す時の彼方でのこと。
溢れた涙を指で、拳で、拭っては書いた航宙日誌。
あの時の俺と全く同じ仕草だった、と目許にやった手。
「こうだったな」と、「さっき、こうやった」と。
けれど、同じに溢れた涙は…。
(…ただの欠伸で…)
それと一緒に零れただけで、悲しみの記憶も蘇っただけ。
全てはとうに過ぎ去ったことで、失くしてしまった愛おしい人は…。
(今頃は、ベッドで眠ってるってな)
ブルーは戻って来てくれたのだし、今日は会い損なっただけ。
同じ涙でも、今じゃ欠伸だ、と綻んだ顔。
涙もすっかり変わっちまったと、今は欠伸で出て来た涙を拭うんだな、と…。
欠伸をしたら・了
※欠伸をしたら、出て来た涙。なんの気なしに拭ったハーレイ先生ですけれど。
時の彼方で同じように涙を拭った思い出。悲しみの涙はもう無くなって、今では欠伸v
(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
一日一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は土曜日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれる。
そして一日一緒に過ごせる、二人きりではないけれど。
両親と暮らしている家なのだし、お茶を運んでくれるのも母。
昼食を届けてくれるのも。
それに夕食は両親も一緒、ハーレイと二人とはいかない。
夕食の後のお茶の時間を何処で過ごすかも、両親次第。
ハーレイと話が弾んでいたなら、食後のお茶はダイニング。
そうでなくても、コーヒーが似合う料理だったら…。
(…ぼくはコーヒー、苦手だから…)
やっぱりダイニングになる、食後のお茶。
両親とハーレイはコーヒーを飲んで、自分だけが飲む紅茶やココア。
ちょっぴり寂しい仲間外れで、おまけにハーレイと二人でもない。
(パパがお酒を出して来ちゃったら…)
その時も、食後のお茶の時間はダイニング。
ハーレイと父は酒を楽しみ、母と自分は紅茶か何か。
けれど、そういう目に遭ったって…。
(…ハーレイ、明後日も来てくれるもんね?)
土曜日の次は日曜日だから。
用事があるとは聞いていないから、ハーレイは家に来てくれる。
明日の夜に「またな」と帰っても。
食後のお茶を二人で楽しめなくても、次の日も丸ごとハーレイと一緒。
それが週末、ハーレイに用事が無かったら。
明日は土曜日、その週末が始まる日。
楽しみだよね、と心待ちにする明日の朝。
ハーレイは朝には来ないけれども、早起きなのだと聞いている。
ずっと昔からそういう習慣、仕事の無い日も早くに起きる。
だから自分が目覚める頃には、とっくに起きているだろうハーレイ。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
(うんと朝早くに起きちゃったら…)
ジョギングだろうか、この家を訪ねて来る前に。
とても運動が好きなハーレイ、今は古典の教師なのに。
体育の教師とは違うのに。
(でも、柔道も水泳も、腕はプロ級…)
プロの選手にならないか、と誘いが来ていたほどの腕前。
なのに、誘いを蹴ったハーレイ。
教師になろうと決めていたから、そちらの道へと行ってしまって。
おまけに、この町の学校で教える教師。
ハーレイが生まれた隣町でも、教師のポストはあったのに。
この町に引越しして来なくても、教師にはなれていたというのに。
(…ぼくが生まれる町だから…)
来たのかもな、とハーレイは言った。
予知能力は持っていないけれども、何か予感があったのかも、と。
前の生から愛した恋人、その人が此処に生まれて来ると。
そういう予感に導かれるまま、教師の道に進んだかもな、と。
(…でないと、ぼくに会えないしね?)
ハーレイが同じ教師になっても、隣町で教えていたならば。
今の自分が通う学校、其処の教室に来なかったなら。
プロの選手になっていたって、やはり同じに出会えない。
いつも試合や練習ばかりで、子供と触れ合うチャンスは無い筈。
スポーツ観戦の趣味を持たない、自分は会えない。
試合を見たいとも思わない上、練習風景なら、尚更だから。
(これって、やっぱり運命なんだよ)
ハーレイと巡り会えたこと。
「キスは駄目だ」と叱られるけれど、それでも会えた愛おしい人。
前の生での恋の続きが、青い地球の上で始まった。
またハーレイに恋をしていて、「俺のブルーだ」と抱き締められて。
唇へのキスはまだ貰えなくても、結婚出来る日はずっと先でも。
二人一緒に暮らせる日までは、まだ何年もかかるとしても。
(ちゃんと会えたし、明日も会えるし…)
明後日だって、と零れた笑み。
チビでも恋は出来るから。
ハーレイだって、恋人扱いしてくれるから。
明日は二人で何をしようか、何を話して過ごそうか。
天気がいいという予報だったし、庭に出てお茶にするのもいい。
庭で一番大きな木の下、据えてある白いテーブルと椅子。
初めてのデートの思い出の場所で、のんびりとお茶。
母に頼んで、お茶とお菓子を運んで貰って。
(それもいいよね…)
二人で其処に座っていたなら、どんな話が出来るだろう。
思いがけなく昔語りが飛び出すだろうか、前の自分たちだった頃の思い出。
ふとしたはずみに、それはヒョッコリ顔を出すから。
庭のテーブルでも、色々な話をして来たから。
白いシャングリラでクジ引きだった、薔薇の花びらのジャムだとか。
今ではヒラリと庭を舞う蝶、それがシャングリラにはいなかったとか。
(…ハーレイとだから、出来るんだよ…)
前の生での思い出話。
遠く遥かな時の彼方で、同じ船で二人、生きていたから。
白いシャングリラで共に暮らして、恋をしていた二人だから。
ずっと二人で生きていたのに、運命に引き裂かれてしまった恋。
前の自分はメギドへと飛んで、二度と戻れなかった船。
その上、切れてしまった絆。
ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら潰えた命。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「独りぼっちだ」と。
死よりも恐ろしい絶望と孤独、それに飲み込まれて途切れた意識。
けれど、気付けば地球に来ていた。
前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上に。
ハーレイも同じに生まれ変わって、学校の教室でまた巡り会えた。
その日からずっと、恋をしている。
明日は来てくれるハーレイに。
「キスは駄目だと言ってるだろうが」と、睨み付けるケチなハーレイに。
今のハーレイはケチだけれども、唇へのキスをくれないけれど。
それでもハーレイのことは好きだし、会えるというだけで心が弾む。
明日は一日、一緒だから。
夜には「またな」と帰って行っても、日曜日にまた会えるから。
(…早く明日が来てくれないかな…)
早くハーレイに会いたいものね、と思い浮かべた恋人の顔。
明日の朝、自分が目覚める頃には、とっくに起きていそうなハーレイ。
もうジョギングを済ませた後で、のんびりと朝食の最中だとか。
朝食さえも終えてしまって、食後のコーヒータイムだとか。
(もっと早くに家を出て来てくれればいいのに…)
時間つぶしをしていないで、と思うけれども、ハーレイの流儀は仕方ない。
早すぎる時間に訪ねて来るのは、失礼だと思っているらしいから。
(ちょっとでも長く、ハーレイと一緒にいたいんだけどな…)
せっかく二人で過ごすんだから、と考えていて、ふと気付いたこと。
ハーレイとまた巡り会えたからこそ、明日は一緒に過ごせるけれど。
明後日も一緒なのだけれども…。
(…もしも、ハーレイに会えてなかったら…)
どうなってしまっていたのだろう?
ある日、ぽっかり、前の自分の記憶が戻っていたならば。
聖痕は無しで、ハーレイも無しで。
ほんの小さな何かの切っ掛け、それで戻って来る記憶。
自分はソルジャー・ブルーだったと、キャプテン・ハーレイに恋をしていたのだと。
(…思い出すのはいいけれど…)
見回してみても、何処にも姿が見えないハーレイ。
学校中を駆け回ったって、家にいたなら、家の近所を闇雲にせっせと歩いたって。
(……それじゃ、「ただいま」……)
言えないんだ、と見開いた瞳。
今の自分は、ハーレイにそう言ったのだけど。
愛おしい人に告げた、「ただいま」と「帰って来たよ」の言葉。
もしもハーレイがいなかったならば、そんな言葉は口に出来ない。
記憶が戻って来たというだけ、自分はポツンと独りぼっち。
まるでメギドにいた時のように。
もうハーレイには二度と会えないと、泣きじゃくった前の自分のように。
(…そんなの、困る…)
困るけれども、どうやって探せばいいのだろう?
見回しても姿が全く見えないハーレイを。
辺りを懸命に探し回っても、弱い身体が悲鳴を上げるまで走り続けても…。
(…ハーレイ、いるとは限らなくって…)
何日経っても、手掛かりさえも得られないまま。
「こういう人を知りませんか」と、新聞に投書してみても。
友達に端から頼んで回って、心当たりが無いか訊いて貰っても。
(それで見付かるなら、まだマシだけれど…)
いつか出会えるなら、探した甲斐もあるのだけれど。
宇宙の何処にもいなかったならば、出会えない。
同じ時代にハーレイがいなくて、生まれ変わっていなかったならば。
そうなっていたら独りぼっちだ、と思わずギュッと抱いた両肩。
もしも一人なら、一人で生まれ変わっていたら。
(…何処を探しても、ハーレイ、いなくて…)
街を歩く時はキョロキョロしたって、バスの中でも探したって。
今の学校を卒業してからも、探し続けて頑張ったって。
(…生まれ変わって来ていないなら…)
けしてハーレイに会えはしなくて、独りぼっちのままなのだろう。
記憶が戻って来ているからには、ハーレイしか好きにならないから。
ハーレイを探して、探し続けて、一人きりで生きてゆくのだろう。
前の自分と同じくらいに、長い長い時を、独りぼっちで。
「ハーレイがいない」と泣きじゃくりながら。
(…そんなの、嫌だよ…)
考えただけでも、真っ暗な穴が見えるよう。
心に開いた深すぎる穴が、落ちたら二度と上がれない穴が。
ハーレイと巡り会えなかったら、きっと落っこちただろう穴が。
(落っこちずに済んだの、ハーレイがいたから…)
もしも一人なら落ちていたよ、と思うから。
泣きながら生を終えただろうから、今の幸せに感謝した。
キスもくれないケチのハーレイでも、きちんと巡り会えたから。
いつかは二人で生きてゆけるから、明日もハーレイに会えるのだから…。
もしも一人なら・了
※明日はハーレイが来てくれるんだよ、と楽しみにしているブルー君。土曜日だから、と。
けれど、そのハーレイがいなかったなら…。生まれ変わって出会えたことに感謝ですよねv