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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(明日は晴れそうだし…)
 きっと歩いて来てくれるよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、午前中からハーレイが家に来てくれる日。
(仕事で駄目なら、ちゃんと連絡が来るんだから…)
 来られない、という寂しい知らせ。
 母宛てにハーレイが入れる通信、それは全く来なかったから…。
 もう間違いなく、明日には会える。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人に。
(お天気がいい日は、ハーレイは、歩き…)
 雨が降る日や、もう降りそうな曇り空なら、車で此処まで来るけれど。
 仕事の帰りに来てくれる時も、濃い緑色の愛車だけれど。
(明日は車の出番は無さそう…)
 ハーレイと同じで車もお休み、と前のハーレイのマントの色をした車を思う。
 明日はハーレイの家のガレージで、ゆっくり、のんびり休むのだろう。
 「さあ、行くぞ」と乗り込む人がいないから。
 エンジンをかけて、ガレージから外へ連れ出す人は留守だから。
(車はガレージでお休みで…)
 ハーレイの方は、此処でゆったり過ごす一日。
 ただし、此処まで歩いて来ないといけないけれど。
 何ブロックも離れた場所から、歩くとけっこうかかるのだけれど。
(でも、ハーレイには大した距離じゃないらしいしね?)
 チビで身体の弱い自分は、考えただけで気が遠くなってしまいそうな距離。
 それを軽々と歩くハーレイ、「ちょっとした運動になるからな」と。
 家を出るのが早すぎた、と思った時には、回り道だって。
 その分、距離が増えるのに。
 そうでなくても足が向くままに、色々な道があるらしいのに。


 此処からは遠いハーレイの家。
 一度だけ遊びに行った時には、もちろん路線バスで出掛けた。
(寝てる間に、瞬間移動で行っちゃった時は…)
 ハーレイの車で家まで送って貰った。
 チビの自分が着られる服など、ハーレイの家には一つも無いから、パジャマのままで。
 けれど着られる服があっても、やっぱり車だっただろう。
 そうでなければ路線バス。
(あの日も、お休みだったけど…)
 いくらハーレイと一緒だとしても、此処まではとても歩けない。
 途中ですっかり疲れてしまって、「バスに乗ろうよ」と言いそうな自分。
 多分、半分も歩かない内に。
 ハーレイの家を後にしてから、二十分ほども行かない内に。
(それをハーレイは歩くんだから…)
 ホントに凄い、と思ってしまう。
 しかも歩いて来る道は色々、最短距離を選んではいない。
 その日の気分で、「こっちを行こう」と選ぶ道。
 顔馴染みになった猫が日向ぼっこをしている道やら、様々な花が見られる道。
 他にも選ぶ基準は沢山、時には新規開拓も…。
(ハーレイ、やってるらしいしね?)
 歩く途中に立っている町の案内板。
 それを眺めて、「こういう道もあるんだな」と曲がったりして。
 チビで身体が弱い自分には、出来そうもない新規開拓。
 「こっちの方に行ってみよう」と回り道に入り込むよりは…。
(どの道が一番近いだろう、って…)
 見ていそうなのが案内板。
 知っている道はこれだけれども、他に近道は無いだろうかと。
 細い道でもかまわないから、ヒョイと飛び越えられる距離。
 それが無いかと探していそうで、ハーレイの真似はとても出来ない。
 「こっちに行くか」と回り道など、より遠い方を選ぶなど。


 明日もハーレイがやっていそうな回り道。
 気の向くままに角を曲がって、「こっちにしよう」と外れてゆく道。
 真っ直ぐに来れば、近いのに。
 この家に着くのが早すぎたって、誰も困りはしないのに。
(パパもママも、ご遠慮なくどうぞ、って…)
 「よろしかったら朝食も」と、何度も誘っている両親。
 休日もハーレイは早起きするのを、二人ともちゃんと知っているから。
 此処へ来るまでに朝からジョギング、そんな日もあると聞いているものだから。
(朝御飯の時間に来てくれたって、いいのにね?)
 ぼくだって待っているんだけどな、と思うけれども、早い時間には来ないハーレイ。
 明日の朝もきっと、回り道。
 「早すぎるよな」と思ったら。
 腕の時計をチラリと眺めて、「まだまだ早い」と、足の向くままに角を曲がって。
(…それがハーレイなんだけど…)
 朝からジョギングするほどなのだし、此処までの距離も、もう本当に散歩道。
 青空の下をのんびり歩いて、地球を満喫しているわけで…。
(地球だもんね?)
 何処を歩いても、地球の上。
 前の自分が焦がれていた星、いつか行こうと夢に見た地球。
 キャプテンだった前のハーレイは、地球まで辿り着いたのだけれど…。
(地球は死の星だったから…)
 散歩どころか、外では呼吸も出来ない星。
 ユグドラシルと呼ばれた、巨大なキノコにも似た建物だけが人間の居場所。
(そんな酷い地球を、ハーレイは見ちゃったんだから…)
 今の青い星を楽しみたくもなるだろう。
 晴れた日だったら、なおのこと。
 此処まで歩いて来る間に出会う景色は、何もかも地球のものだから。
 日向ぼっこをしている猫も、花壇の土に咲いている花も。
 それにハーレイが歩く地面も、上にある青い空だって。


 回り道だってしたくなるよね、と思う地球。
 前のハーレイが目にした死の星、その影は何処にも無いのだから。
 澄んだ大気も、緑の木々も、そっくりそのまま…。
(…前のぼくが夢に見ていた通りで…)
 ハーレイが歩く道には無くても、真っ青な海も広がっている。
 波打ち際から水平線まで、そのずっと遥か向こうまで。
(宇宙から見たら、地球は青くて…)
 前の自分が焦がれた通りの、青く輝く水の星。
 残念なことに、まだ見たことは無いけれど。
 宇宙から地球を眺める旅には、一度も行ってはいないけれども。
(だけど、本物の地球なんだよ)
 その地球の上で生きられるなんて、前の自分にとっては夢。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、幾つもの夢を描いたけれど。
 あれをしようと、これもしたいと、前のハーレイと二人で夢を見ていたけれど…。
(ハーレイと一緒に行こう、って思っていただけで…)
 そのハーレイが最初から地球に住んでいるなど、夢にさえ見られなかったこと。
 地球は人類のものだったのだし、ミュウの自分たちは地球に住めない。
 それどころか、踏みしめる地面さえも下に無い有様。
(…シャングリラの中だけが、世界の全てで…)
 たとえ地球まで辿り着けても、其処に住むことを許されたとしても…。
(シャングリラを降りて、家を見付けて…)
 ようやく住める星が地球。
 前のハーレイも、前の自分も、住む場所から探さなくてはならない。
(素敵な所に住みたいよね、って…)
 ただ漠然と考えただけ。
 全ては地球に着いてからだと、それから続きを考えようと。
 青い地球まで行かないことには、夢は実現しないから。
 大きすぎる夢は描けないから、描く方法さえ分からないのだから。


 前の自分が夢に見た地球は、そういう星。
 幾つもの夢を描いていたって、其処に住みたいと憧れたって…。
(何処に住むとか、どういう家に住むだとか…)
 まるで考えてはいなかった。
 チラと頭を掠めはしたって、「まだ早すぎる」と思っただけ。
 地球の座標さえも、まるで分かっていなかったから。
 行くべき座標が掴めたとしても、其処までの道をどう進むのか。
(戦うか、人類に認めて貰うか…)
 どちらを行くのか、それも答えが出ないまま。
 そうやって地球に焦がれ続けて、幾つもの夢を叶えられないままに…。
(…前のぼくの寿命…)
 命が尽きる、と突き付けられた現実。
 その時に夢は砕けてしまって、もう見られないと諦めた地球。
 奇跡のように生き延びたけれど、その命さえも投げ出さざるを得なかった。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を守るためにと、あのメギドで。
(…前のぼく、地球を…)
 見たかったんだよ、と今も覚えている。
 せっかく此処まで生きて来たのに、地球を見られずに終わるのかと。
 天体の間で一人、呟いたこと。
 「地球を見たかった」と、誰にも聞こえないように。
(…ハーレイと二人で見たかったのに…)
 見られないままで死んでゆく自分、それが辛くて、とても悲しくて。
 いつか地球まで辿り着いたら、ハーレイと暮らす筈だったのに。


(…でも、ハーレイ…)
 前の自分が「さよなら」のキスも出来ずに別れた、キャプテン・ハーレイ。
 恋人同士なことを隠して、ソルジャーの貌で別れたハーレイ。
 そのハーレイが、今は…。
(地球に住んでて、ぼくの家まで散歩なんだよ)
 青く蘇った地球の上を歩いて、気の向くままに回り道。
 「今日はこっちだ」と好きに選んで、明日も此処まで来てくれる。
(前のぼくには、地球はホントに夢の星で…)
 夢のままで終わっちゃったんだけどな、と零れる笑み。
 「今は夢より素敵みたい」と、「ハーレイが地球に住んでいるよ」と。
 きっとハーレイは、明日も歩いて来るのだろう。
 明日も天気は良さそうだから。
 ハーレイと二人でやって来た地球は、明日も青空だろうから…。

 

         前のぼくと地球・了


※ブルー君には遠すぎるらしい、ハーレイ先生が住んでいる家。とても歩けない、と。
 それを歩いて来るのがハーレイ、青い地球の上を。夢よりも素敵な今の現実v







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(明日は晴れそうだし…)
 歩いて出掛けて行けそうだな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、明日という日を考えながら。
 明日は土曜日、仕事の予定は入っていない。
 だから行き先はブルーの家。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(今はチビだが、その内にだな…)
 大きく育つだろうブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーとそっくり同じに、それは美しく。
(前のあいつは、本当に凄い美人だったが…)
 シャングリラで一番の美人と言ったら、今でも「ブルーだった」と思う。
 誰よりも気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
 恋人としての贔屓目を抜きにしたって、ミュウの女神のフィシスよりもずっと。
(今のあいつは、ああいう風にはならないだろうが…)
 見た目はそっくり同じだとしても、何処か違うだろう表情。
 幸せ一杯に育った今のブルーは、これからも幸せに育ってゆくから。
 アルタミラの地獄も、初期のシャングリラでの苦労も知らずに、ただ幸せに。
 もちろんソルジャーの務めも無い上、仲間たちの未来を案じずともいい。
(今度のあいつの瞳の奥には…)
 きっと無いだろう、憂いと悲しみ。
 前のブルーの瞳の底には、いつだって揺れていたのだけれど。
(あいつは誰にも見せないようにしていたんだが…)
 それでも、前の自分にだけは読み取れた、それ。
 前のブルーの深い悲しみ、ミュウの未来を思っての憂い。
 けして瞳から消えることは無くて、その分、余計に美しかった。
 赤い血の色を透かした瞳が、前のブルーの澄んだ瞳が。


 ああいう瞳にはならないのだろう、今のブルー。
 キラキラと煌めく明るい瞳は、同じ赤でも幸せに満ちた色の赤。
 そういう瞳の今のブルーは、これから先も…。
(幸せ一杯、我儘一杯といったトコだな)
 明日はあいつと過ごせるぞ、と自分の方でも幸せ一杯。
 前のブルーを失くした時には、もう絶望しか無かったから。
 願ったことは、ブルーを追ってゆくことだけ。
 逝ってしまった愛おしい人、ブルーの許へと旅立つことだけ。
(…だが、それは…)
 前のあいつが禁じたんだ、と今でも思い出せること。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と、前の自分にだけ伝えられた思念。
 それが自分を縛り付けた。
 前のブルーがいない世界に、いなくなってしまったシャングリラに。
 ジョミーを支えて地球へ行くこと、それがブルーの最後の望み。
 痛いほどに分かったブルーの願い。
 どうして無視して追ってゆくことが出来るだろう?
 ブルーが願ったことなのに。
 「頼んだよ、ハーレイ」と言葉でも念を押したのに。
(…ああ言われたら、俺は生きてゆくしか…)
 地球まで行くより他に無いから、ただ地球だけを目指し続けた。
 前のブルーを失くした時には、座標さえも分かっていなかった星。
 広い宇宙の何処にあるのか、それさえも。
 赤いナスカに辿り着く前、地球を探して彷徨ったのに。
 幾つもの恒星系を順に巡って、地球は無いかと。
 白いシャングリラで長く旅して、それでも見付からなかった地球。
 其処へ行くこと、それがブルーの最後の望みで、自分の旅の終着点。
 無事に地球まで辿り着けたら、きっと自由になれるから。
 若い世代に後を託して、ブルーを追ってゆけるから。


 その思いだけで目指した星。
 宇宙の何処かにあるだろう地球、前のブルーが焦がれた星。
(地球を見たなら、土産話に…)
 してやろうとも思っていた。
 誰よりも地球を見たかったろうに、果たせずに終わった前のブルーに。
 青く美しい地球の姿を、心に、瞳に、強く焼き付けて。
 どんな風に宇宙に浮かんでいたのか、地球の景色はどうだったのか。
 地表の七割を覆うという海、それはどれほど青かったのかを。
(…あいつに見せてやろう、って…)
 同じ地球まで辿り着くなら、ブルーへの土産に、青い地球の姿。
 「地球はこういう星でしたよ」と、先に逝ったブルーに出会えた時に。
 もっとも、ブルーに巡り会えたら…。
(俺は敬語を、忘れちまっているんだろうがな…)
 ソルジャーとキャプテン、前の自分たちの恋を阻んでいた肩書き。
 誰にも恋を明かすことなく、黙っているしか無かった理由。
 それは死んだら消えて無くなる。
(前のあいつは、最期までソルジャー・ブルーだったが…)
 毅然としてメギドへ飛んだけれども、あくまで表向きのこと。
 心の奥の深い場所には、きっとあの時、ブルーが口にしていたような…。
(ただのブルーの、あいつがいたんだ…)
 現にそういうブルーがいたこと、それを自分は知っている。
 「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだブルー。
 けれども、それを知らなかった前の自分にしたって、ブルーを追ってゆけたなら…。
(あいつ、もうソルジャーではないんだから…)
 敬語を使って話すことなど無かっただろう。
 恐らくは、会った瞬間から。
(俺、って言うのは照れがあるから…)
 多分、「私」のままだろうけれど、普通の言葉で話しただろう。
 「会えて良かった」と、前のブルーを抱き締めて。


 そうやってブルーと再会したなら、土産話に青い地球。
 どんなに青く美しかったか、思念で、言葉で、前のブルーに。
 「ちゃんと代わりに見て来たから」と、「約束通り、地球に行ったぞ」と。
 きっとブルーは喜ぶから、と目指した地球。
 其処に着いたら、自分の命は終わるけれども、終わらせるつもりでいたのだけれど。
(早くその日が来るといい、とだけ…)
 思い続けて、魂はとうに死んでしまっていたのだけれど。
 それでも夢があったとしたなら、「ブルーに地球を見せてやること」。
 「こんな星だった」と、いつかブルーに巡り会えた時に。
 前の自分の命が終わって、ブルーの許へと、肉体を離れて旅立った時に。
(…あいつへの土産話は地球だ、と何処かで思っていたんだっけな…)
 地球の座標が掴めないまま、アルテメシアへ向かった時も。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、地球の座標を引き出せた時も。
 其処から始まった長い戦いの日々の中でも、ふと「地球」という星を思った時は…。
(あいつに見せてやるんだ、って…)
 青い水の星を、この目に焼き付けて。
 前のブルーが焦がれ続けた母なる星を、心に深く刻み込んで。
(そういう気持ちは、確かにあって…)
 生ける屍のような身体でも、たまに描けた甘美な夢。
 いつかブルーを追ってゆけたら、青い地球のことを話そうと。
 ブルーはどれほど喜ぶだろうと、地球の姿を余すことなくブルーに伝えてやらなければ、と。
(…前の俺の夢は、それだったのに…)
 ようやく辿り着いた地球には、青などありはしなかった。
 死の星と化したままだった地球。
 砂漠が広がる赤茶けた星は、ブルーの夢とは残酷なほどに違ったもの。
 前の自分たちが夢見た地球とも、似ても似つかなかったもの。
(でもって、そういう酷い地球でだ…)
 俺の命は終わっちまった、と前の自分の最期を思う。
 崩れ落ちて来た瓦礫と天井、それに押し潰されたっけな、と。


 これで行ける、と思った最期。
 愛おしい人の許へゆけると、ブルーを追ってゆけるのだと。
(土産話のことなんか…)
 まるで忘れていたけれど。
 青い地球が何処にも無かったことなど、どう言えばいいかも、あの時は…。
(何も考えちゃいなくって…)
 ブルーに会える、と心が自由になっただけ。
 やっと行けると、愛おしい人を追って飛んでゆけると。
(…それから、いったい、どうなったんだか…)
 覚えてはいない、その後のこと。
 前のブルーに何処で出会って、再会の言葉は何だったのか。
 青くなかった死の星のことを、前のブルーにどう伝えたのか。
(…まるで覚えちゃいないんだがな…)
 しかし、と傾けるコーヒーのカップ。
 今のブルーも、今の自分も、住んでいるのは地球だから。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会うことが出来たから。
(…前の俺には、地球はああいう星でだな…)
 旅の終わりで、土産話も砕かれちまった星なんだがな、と思うけれども、今の自分。
 そちらにとっては、地球はごくごく…。
(当たり前で、明日は晴れなんだ…)
 ブルーの家まで歩いて行く日、と綻ぶ顔。
 今の俺には、地球は最高にいい星だよな、と。
 ブルーと二人で地球に来た上、明日はブルーの家まで会いに行けるんだから、と…。

 

        前の俺と地球・了


※キャプテン・ハーレイだった頃の地球はこういう星だった、と思うハーレイ先生。
 けれども、今は青い地球の住人。ブルー君の家まで、歩いて出掛けてゆけるのですv






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(今日はハーレイと歩けたんだよ)
 学校の中だったけど、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 ほんのちょっぴりだったけれども、ハーレイと歩いた校舎の中。
 前をゆく姿が目に入ったから、「ハーレイ先生!」と呼び掛けて。
(ハーレイ、ちゃんと立ち止まってくれて…)
 側に行くまで待っていてくれた。
 背が高いハーレイは、歩幅もずっと大きくて歩くのが速い。
 もし立ち止まってくれなかったら、廊下を走って追い掛けないと…。
(ハーレイのトコには行けないんだよ)
 どんなに頑張って歩いても。
 小さな歩幅でせっせと急いで歩いて行っても、ハーレイの背中はもっと先。
 けれど、そうならなかった今日。
 ハーレイは廊下で待っていてくれて、しかも自分が追い付いたら…。
(次の時間は教室か、って…)
 そういう質問が降って来た。
 頭のずっと上の方から、ハーレイの顔がある所から。
 「はい」と答えたら、「同じだな」と言われた方向。
 これから自分が戻る教室、それがある場所と、ハーレイが向かう方向と。
(…途中までだけど…)
 目指す方向が重なった。
 自分が行くのは教室の方で、ハーレイは上のフロアに続く階段。
(ハーレイ、上のフロアに行くから…)
 一緒に行くか、という提案。
 追い付いた場所で立ち話よりも、歩きながら少し話すこと。
 階段がある校舎の真ん中、其処に着くまで二人一緒に歩くこと。


 もちろん嫌なわけがないから、ハーレイと一緒に歩き始めた。
 「ハーレイ先生の用事は何ですか?」などと訊きながら。
 自分よりも遥かに背の高いハーレイ、その顔を見上げて話しながら。
(…前なんか見るより、ハーレイの顔…)
 どうせ廊下は真っ直ぐなのだし、ぶつかったりはしない筈。
 向こうから誰かが走って来たって、ハーレイが一緒なのだから…。
(絶対、ハーレイに気が付くもんね?)
 他の生徒たちよりも遥かに大きいハーレイ、歩いていたって目立つ存在。
 ハーレイの姿に気が付いたならば、隣を歩くチビだって…。
(何かいるぞ、って…)
 きっと目に入るに決まっているから、よけて走ってゆくだろう。
 気付かずにドスンとぶつかる代わりに、風みたいに横をすり抜けて。
 もしかしたら、ハーレイに「こら!」と叱られたりもして。
(廊下、走っちゃいけないんだから…)
 殆ど守られていないけれども、そういう決まり。
 其処を走って、チビの自分にぶつかりそうな距離で走り抜けたら、ハーレイのお叱り。
 「危ないだろうが!」と、走り去ってゆく生徒の背中に向けて。
 「廊下は走るもんじゃないぞ」と、「ぶつかっていたら、どうするんだ!」と。
 そうなるだろうと分かっていたから、ハーレイだけを見詰めて歩いた。
 前は見なくても大丈夫、と。
 足元だって、見ていなくても大丈夫。
 学校の廊下を歩いてゆくなら、石ころは落ちていないから。
 穴ぼこだって開いていないし、足を取られるような段差もまるで無い。
 だから安心、ハーレイだけを見ていても。
 誰かとぶつかって転びはしないし、自分で転ぶことだって無い。
 前なんか見てはいなくても。
 足元の床も、見ないで真っ直ぐ歩いていても。


 そうやってハーレイと歩いた廊下。
 二人並んで、肩を並べて。
(…肩の高さが違いすぎるけど…)
 四十三センチも違う身長、おまけにハーレイは立派な大人。
 チビの自分はまだ子供だから、肩の高さは四十三センチよりもずっと…。
(…違う筈だよね?)
 下手をしたなら五十センチも違うとか。
 五十センチではとても足りなくて、もっと大きな差があるだとか。
(だけど、並んで歩くんだから…)
 肩を並べて、でもいいだろう。
 「横に並んで」が正しそうだけれど、それだと少し寂しい気持ち。
 体育の授業の号令とかと、あまり変わらないように思うから。
 先生が「横に並んで!」と指示を出したら、サッと整列する生徒。
 グラウンドだとか、講堂とかで、横一列に。
 縦一列だってよくあるけれども、そんな号令と似ている感じの「横に並んで」。
 せっかくハーレイと歩いているのに、「横に並んで」は、なんだか残念。
 肩の高さが大きく違いすぎても、「肩を並べて」の方がいい。
 断然そっち、と今だって思う。
 ハーレイと二人で歩いた時には、其処まで考えていなかったけれど。
(だって、それどころじゃなかったし…)
 大好きなハーレイと歩ける廊下。
 学校では「ハーレイ先生」だけれど、それでも中身はちゃんとハーレイ。
 前の生から愛し続けた愛おしい人で、今も変わらず恋人同士。
 キスも出来ない仲だけれども、確かに恋人。
(いくら敬語で喋らなくっちゃいけなくても…)
 ハーレイに会えて一緒に歩ける、もうそれだけで幸せな気分。
 御機嫌で歩いた、学校の廊下。
 「ハーレイと一緒」と、「お喋りしながら歩いているよ」と。


 けれど、階段の所まで行ったらお別れ。
 「俺はこっちだ」と、上って行こうとしたハーレイ。
 上のフロアで、同じ古典の先生から頼まれた用があるから。
 これが授業に行くのだったら、その授業が自分のクラスだったら…。
(…教室まで一緒に行けたのに…)
 もっと先まで二人で歩いて、教室の前までハーレイと一緒。
 着いた時にチャイムが鳴っていなかったら、教室の前で立ち話。
 チャイムが鳴るまで、ハーレイが「おい、授業だぞ?」と促すまで。
(そっちだったら良かったのにね…)
 どうしてそうじゃないんだろう、と悲しくなった階段の前。
 ハーレイとは此処でお別れだなんて、二人一緒に並んで廊下を歩いたのに。
 自分では気付いていなかったけれど、きっと顔にも出ていたのだろう。
 「行かないで」と、「此処でお別れなの?」と。
(…きっと、そうだよ…)
 ハーレイは階段を上って行かずに、腕の時計を眺めたから。
 その後は階段を上る代わりに、そのまま其処で立ち話。
 「じゃあな」と軽く手を振るまでは。
 「お前も教室に戻らないとな?」と、階段を上り始めるまでは。
 ハーレイはきっと、自分の気持ちを分かってくれた。
 「もっと一緒にいたいよ」と思っていたことを。
 「ぼくの教室で授業だったら良かったのに」と考えたことも、ハーレイならば…。
(気付いてた…?)
 其処まで気付きはしなかったとしても、とても優しかった「ハーレイ先生」。
 授業の時間に遅れないよう、余裕を見て「じゃあな」と向けられた背中。
 「お前も急げよ」と、「遅れちまうぞ?」と。
 そうするまでの間の時間は、立ち止まったままで話してくれて。
 一度は上りかけた階段、それを行かずに止まってくれて。
 「行かないで」と止めはしなかったのに。
 声に出しては言っていないし、心で思っただけなのに。


 そのハーレイは、階段を上って行ったのだけど。
 「授業、遅れるなよ?」というハーレイの気遣い、それを無駄には出来ないから…。
(…それに、廊下に突っ立ってても…)
 通る生徒に「何してるんだろう?」と、不思議そうな目で見られるだけ。
 階段の上に何かあるのか、と視線の先を追い掛けたりもして。
 それも間抜けな話だから、とハーレイを見送るのはやめた。
 本当はハーレイが見えなくなるまで、階段を上って消えてしまうまで…。
(あそこで見ていたかったけど…)
 そうやっていたら、きっとハーレイは振り返るから。
 階段の途中で下を見下ろして、其処に自分がまだいたならば…。
(もう一度、手を振ってくれるんだよ)
 「早く行けよ」と、少し困ったような笑顔で。
 追い払うような手付きだけれども、それでも振ってくれるだろう手。
 こちらに向かって「じゃあな」と、もう一度、振られる手。
 きっと、ハーレイならば、そう。
(…だけど、教室に行かなくちゃ…)
 此処は学校なんだから、と後ろ髪を引かれるような思いで歩き出した廊下。
 少し行ってから振り返ったけれど、ハーレイはもういなかった。
 とうに階段を上がっていったし、当然だけれど。
 其処にいる筈がないのだけれど。
(…あれでお別れになっちゃった…)
 残念だよね、と思うけれども、ハーレイと二人で歩けた廊下。
 二人一緒に肩を並べて、違いすぎる高さの肩を並べて。
(…今は、そのくらいしか出来ないけれど…)
 学校の廊下を二人一緒に歩いてゆけたら、「いい日だったよね」と幸せな気分。
 ほんの短い距離にしたって、ハーレイが「ハーレイ先生」だったって。
 それが自分の精一杯で、今はこのくらいしか出来ないけれど…。


(…いつかはハーレイと歩けるもんね?)
 チビの自分が大きく育って、デートに行けるようになったら。
 ハーレイとしっかり手を繋ぎ合って、歩いてゆける時が来たなら。
(肩の高さ、やっぱり違うんだけど…)
 それでも肩を並べて歩ける、そういう時がきっと来る筈。
 だから夢見る、「ハーレイと一緒に歩けたら」と。
 歩きたいよと、デートに出掛けて君と一緒に歩けたら、と。
 今日、学校で歩けただけでも幸せだから。
 恋人同士で色々な所を歩いてゆけたら、今日よりもずっと幸せになれる筈なのだから…。

 

         君と歩けたら・了


※ハーレイ先生と一緒に廊下を歩けて、幸せだったブルー君。ほんの短い距離だったのに。
 いつかは恋人同士の二人で、肩を並べて歩ける筈。早く一緒に歩きたいですよねv






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(今日はあいつと歩けたってな)
 ほんの少しの間だけだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
(俺はハーレイ先生だったが…)
 それでもブルーと並んで歩けた。
 二人一緒に歩いた廊下。
 休み時間の学校の中で、たまたま通り掛かった場所。
(あいつが後ろから追い掛けて来て…)
 背後から呼び掛けられた声。「ハーレイ先生!」と、ブルーが張り上げた声。
 振り向いたら、ペコリとお辞儀したブルー。
 それから急いで歩き始めた、こちらへ向かって。
 本当は走り出したいだろうに、そうはしないで精一杯の早足で。
(俺が歩くと、ますます距離が開いちまうから…)
 立ち止まって待っていてやった。
 小さなブルーがやって来るまで、すぐ側まで来て見上げるまで。
 「ハーレイ先生!」と弾けた笑顔。
 「先生はこれから授業ですか?」と、きちんと敬語で尋ねたブルー。
 学校の中では教師と教え子、自分は「ハーレイ先生」だから。
 いつもブルーは敬語で話すし、それが学校での作法。
 いくら守り役をしているとはいえ、教師は教師。
 他の生徒の手前もあるから、特別扱いするのは無理。
 ブルーも充分承知していて、敬語で話してくるけれど…。
(顔を見れば書いてあるってな)
 会えて嬉しい、ということが。
 たとえ「ハーレイ先生」だとしても、急いで追い付いて話したい、とも。


 ブルーの心は手に取るように分かるから。
 少しでも長く一緒にいたい、と思っているのも分かるものだから。
「お前、次の時間は教室なのか?」
 それとも他の場所で授業か、と訊いてやったら、「教室です」という返事。
 だったら、歩く方向は同じ。
 ブルーのクラスには行かないけれども、次の時間は何処で授業でもないけれど。
(…いわゆる頼まれ事ってヤツで…)
 同じ古典の教師をしている同僚の代わりに、ちょっとした用を引き受けた。
 今いる廊下よりも上のフロアで、ほんの少しで終わりそうな用事。
 多分、五分もかかりはしない。
 だから急がない、自分の用件。
(ブルーと立ち話してたって…)
 その間に休み時間が終わったとしても、自分の方は困らない。
 チャイムが鳴っても、次の時間は空き時間。
 頼まれた用事を片付けた後は、のんびり帰ってゆくだけだから。
(しかしだな…)
 ブルーの方は、これから戻ってゆかねばならない教室。
 何処かで何かやっていたのか、中庭にでも出掛けていたか。
(あそこからは、ちょいと距離があったし…)
 チャイムが鳴ったら全力疾走、それが必要だと分かる。
 健康な普通の生徒だったら、元気に走ってゆけるけれども…。
(…あいつじゃ、息も切れ切れで…)
 下手をしたなら、次の授業で目を回す。
 いきなり走ると身体に負担がかかるから。
 今度も弱く生まれたブルーは、体育も休みがちだから。
(走らせちまったら大変だしな?)
 歩く方向が同じだったら、二人で歩いた方がいい。
 階段がある所まで。
 「俺はこっちだ」と、上り始める所まで。


 そう考えたから、「其処まで歩くか」とブルーの顔を見下ろした。
「上の階に少し用があってな」
 お前、教室に戻るんだったら、俺と方向、同じだろ?
 階段のトコまで一緒に歩くか、こんな所で立ってるよりもな。
 お前の教室に近い方へ、と言ってやったら、「はい!」と元気に返った声。
 「行くか」とブルーと歩き始めた。
 ほんの短い距離だけれども、二人並んで。
 小さなブルーは首が痛くなりそうなほどに上を見上げて、自分の方では見下ろして。
(なにしろ、身長が違いすぎるし…)
 四十三センチも違う。
 それだけ違えば、もう本当にブルーの首は痛そうだけれど。
(あいつ、俺ばかり見上げてて…)
 足元も前もろくに見ないで、それは嬉しそうに歩き続けた。
 「ハーレイ先生の用事、何ですか?」だとか、「何処へ行くんですか?」などと訊きながら。
 それに答えてやっている間に、もう階段に着いてしまった。
 校舎の真ん中、上のフロアに続く階段。
 ブルーのクラスはもっと向こうで、此処でお別れになるのだけれど。
 「俺は上だから」と階段を指したら、俄かに曇ったブルーの顔。
 「もう行っちゃうの?」と言わんばかりに、寂しそうに。
 さっきまでの笑顔が嘘だったように、一気に沈んでしまった表情。
(…あんな顔をされると、俺も放って行けないし…)
 腕の時計をチラリと眺めて、「もう少しなら」と判断した。
 休み時間が終わるまでには、あと少しだけある余裕。
 二言、三言の立ち話ならば大丈夫。
(本当に、少しだけだがな…)
 小さなブルーのためにサービス、用事の方は急がないから。
 階段を上るのが遅れた所で、困るわけでもなかったから。


 階段を上がって別れる代わりに、もう少しだけ立ち話。
 キリのいい所で「じゃあな」とブルーに手を振った。
 「お前も教室に戻らないとな?」と、「じきにチャイムが鳴っちまうぞ」と。
 そして階段に足を向けたら、ピョコンとお辞儀したブルー。
 「ありがとうございました!」と元気一杯に、「呼び止めてすみませんでした」と。
「かまわんさ。…どうせ、おんなじ方向だしな?」
 それじゃ、と別れた小さなブルー。
 階段を上りながら振り返ったら、もう消えていたブルーの姿。
(…なんたって、場所が学校だしなあ…)
 いつまでも立って見送っていたら、廊下をゆく生徒の目に付くだろう。
 いったい何をしているのかと、ブルーの視線を追ったりして。
 階段の上に何かあるのか、そちらを見上げてみたりもして。
(…ついでに、その内、チャイムも鳴るし…)
 ブルーはいなくなって当然、自分の教室に向かった筈。
 「ハーレイと話せて楽しかったよ」と、「今日はいい日」と足取りも軽く。
(俺の方でも、其処は同じで…)
 ちょっぴり得をした気分。
 小さなブルーと二人で歩けた、ほんの少しの距離だったけれど。
 教師と教え子、そういう関係だったのだけれど。
(ハーレイ先生で、あいつが敬語で喋っていても…)
 それでも二人、並んで歩けた。
 同じ方へと、肩を並べて。…その肩の高さが違っていても。
(あいつと並んで歩けるってのは…)
 いいモンだよな、と緩んだ頬。
 二人並んで歩くということ、それが出来るということが。
 ブルーと一緒に、同じ方へと肩を並べてゆけること。
 長いこと、それは無理だったから。
 前の自分は、いつもブルーの後ろを歩いていたのだから。


 ソルジャーになった前のブルー。
 キャプテンだった前の自分は、ブルーの後ろに付き従うもの。
 ブルーが通路をゆく時は。
 視察や用事で、キャプテンを従えてシャングリラの中をゆく時は。
(…いつだって、俺はあいつの後ろで…)
 案内する時は先を行けても、隣に並べはしなかった。
 ソルジャーと並んで歩くことなど、いくらキャプテンでも許されなかった。
(…前のあいつはソルジャーだから…)
 ミュウたちの長で、皆が敬うべき存在。
 隣に並んで歩けはしなくて、後ろを歩くか、先に歩いて案内するか。
 これが恋人同士だったら、並んで歩けたのだろうに。
 恋を隠していなかったならば、いつも並んで歩けたろうに。
(ところが、そうはいかなくて、だ…)
 二人並んで歩けないままで終わっちまった、と遥かな時の彼方を思う。
 前のブルーとは歩けなかったと、今日のブルーとのようにさえ、と。
(俺がハーレイ先生とはいえ、ちゃんとブルーと歩けたわけで…)
 いい日だった、と思い出さずにはいられない。
 小さなブルーと歩けたことを、学校の廊下を歩いたことを。
(こうなると、欲が出るってモンで…)
 いつか、あいつと歩けたらな、と広がる夢。
 小さなブルーが前と同じに育ったら。
 大きく育ってデートとなったら、堂々と二人で歩いてゆける。
 色々な場所を、手を繋ぎ合って。
 「何処へ行こうか」と街を歩いたり、のんびり散歩してみたり。
 その日は必ずやって来るけれど、今はまだ遠い日でもあるから、夢を見る。
 いつか、あいつと歩けたら、と。
 ブルーと二人で何処までも行こうと、手を繋いで歩いてゆきたいと。


(あいつが疲れちまわないように…)
 ちょっと休んだり、何か飲み物を買ってやったり、きっと楽しい。
 いつかデートに出掛けられたら、ブルーと二人で歩けたら。
 今日よりももっと、今日よりも、ずっと。
(前のあいつと、そっくりなあいつと歩けたら…)
 いいんだがな、と描く夢。
 今日も素敵な日だったけれども、もっと素敵だろう未来。
 恋人同士で歩くんだよなと、今日よりも遥かに幸せに歩いてゆけるんだから、と…。

 

         あいつと歩けたら・了


※ハーレイ先生が学校で出会ったブルー君。二人並んで、ほんの少しだけ歩いた廊下。
 それだけで幸せ気分のようです、「いい日だった」と未来を夢見るハーレイ先生v






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(たとえ火の中、水の中、って…)
 言うんだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何のはずみか、ポンと頭に浮かんだ言葉。
 「たとえ火の中、水の中」と。
 今は馴染みの言い回し。
 本の中にもよく出て来るし、ハーレイの古典の授業でも聞いた。
 もちろん、国語の授業でだって。
 けれど、火の中を自分は知らない。水の中だって、ろくに知らない。
(…水泳の授業は、ほんのちょっぴり…)
 冷たい水が体温を奪ってしまうより前に、プールから出なければいけない自分。
 ウッカリ浸かったままにならないよう、監視ロボットがつく有様。
 浮遊式の小さな監視ロボット、それが「上がれ」と注意する。
(…せっかくママに頼んだのに…)
 もう下の学校の生徒じゃないんだから、と断ってしまった監視ロボット。
 水泳が得意な今のハーレイ、そのハーレイと同じ世界をゆっくり楽しみたかったから。
 なのに、結果は大失敗。
 自分で上がるのを忘れてしまって、冷えすぎて寝込んでしまった自分。
 またまた監視ロボットがついて、水泳の授業は休憩ばかりになったのが夏。
(…小さかった頃に、パパやママと海に行ったって…)
 理屈は同じで、「上がりなさい」と言われた海。
 浮き輪を使って、御機嫌で波に揺られていたって、上がるしかなかった真っ青な海。
 水の世界は未だに満喫出来ないままで、ハーレイのようにはいかない自分。
 ハーレイだったら、水の中など、まるで問題ないのだろうに。
 誰かが水に落っこちたならば、直ぐにザブンと飛び込んで助け出すのだろう。
 海でも、流れの速い川でも。
 ザブザブ泳いで、落っこちた人を支えて上がって来るのだろうに。


 ハーレイだったら行けるんだよね、と思う「水の中」。
 火の中は流石に無理だろうけれど、水の中なら行けるだけでもカッコいい。
 自分は水の中でも無理だし、火の中はもっと無理だから。
 学校でやったキャンプファイヤー、それでマシュマロを焼くのがせいぜい。
(…マシュマロだって…)
 おっかなびっくり、火の粉が来ないか心配しながら焼いていた。
 炎がいきなり大きくはぜたら、ブワッと火の粉が舞い上がるから。
 それに触れたら火傷しそうで、ビクビクしていたのが自分。
(…あのくらいなら大丈夫、って分かるんだけど…)
 火の直ぐ側でマシュマロを焼く子だっていたから、火傷しないとは分かるのだけれど。
 それでも腰が引けていたのが、キャンプファイヤーでのマシュマロ焼き。
 焼いたマシュマロは美味しいけれども、ちょっぴり怖い、と。
(…キャンプファイヤーでも、ああなるんだから…)
 火の中なんて行けやしないよ、と思ったけれど。
 とんでもないや、と考えたけれど、その「火の中」。
 今の自分はとても無理だし、入れるわけもないけれど。
 入って行く気も無いのだけれども、前の自分。
 ソルジャー・ブルーになるよりも前に、ただのブルーでしかなかった頃に…。
(…火の中、走ってたんだっけ…)
 メギドの炎に焼かれた星で。
 燃えるアルタミラで、砕かれてしまったジュピターの衛星、ガニメデにあった育英都市で。
 あそこで前の自分は走った。
 前のハーレイと二人で走って、何人もの仲間を助けて回った。
 ミュウの殲滅を謀った人類、彼らはミュウを閉じ込めて逃げて行ったから。
 けして外へは出られないよう、シェルターに押し込め、鍵をかけて。
 そうやってミュウを星ごと消そうと、人類が使った最終兵器。
 メギドの炎はアルタミラを覆って、空まで届いた真っ赤な火柱。
 そうやって燃えるあの星の上を、火の海の中を走り続けた。
 前のハーレイと力を合わせて、仲間たちを助け出そうとして。


 懸命に火の中を走った自分。
 空も地面も燃え盛る中を、炎が襲って来る中を。
 激しい地震で何か崩れたら、たちまち起こった炎の風。
 紅蓮の炎が舌を伸ばして、何もかも飲もうとしていたけれど。
(でも、ハーレイと…)
 その中をくぐって、ただひたすらに走り続けていた。
 一人でも多く、と仲間たちが閉じ込められているシェルターを開けに。
 これで最後だと確認するまで、他にシェルターはもう無いのだと分かるまで。
(…頑張ったよね…)
 前のぼくって、と改めて思う。
 いくらサイオンが強いにしたって、火の海の中を走るだなんて。
 足が竦んで一歩も進めなくなってしまっても、少しもおかしくなかったのに。
 「ぼくは嫌だ」と首を左右に振っても、それは仕方がなかったろうに。
 あの頃は子供だったから。
 狭い檻の中で未来も見えずに、成長を止めていた自分。
 心も身体も同じに子供で、今の自分と変わらない筈。
 それなのに、前の自分は走った。
 前のハーレイが「行こう」と口を開いたから。
 「俺たちのような仲間が他にもいる」と、「助けないと」と言ったから。
(…ハーレイが、そう言わなかったら…)
 きっと助けに行ってはいない。
 自分が閉じ込められたシェルター、それを壊しただけでおしまい。
 呆然と座り込んだままで終わりが来たのか、あるいは走って逃げたのか。
 壊したシェルターで一緒だった者たち、彼らが向かった方向へ。
 「こっちに行ったら、きっと助かる」と、ただ闇雲に走り続けて。
 他にもいるだろう仲間のことなど、まるで考えたりせずに。
 とにかく此処から一刻も早く逃げなければと、自分の命だけを守って。
 もしも、ハーレイがいなかったなら。
 ハーレイが「行こう」と言わなかったら。


(…前のぼくが走って行けたのは…)
 火の中を走り続けられたのは、ハーレイがいたからなのだろう。
 「行こう」と声を掛けたハーレイ、仲間たちを助けようとしていた勇敢なミュウ。
 あの時、初めて出会ったけれども、直ぐに信じて走り出せた。
 「行かない」と首を横に振ったりせずに。
 「ぼくは嫌だ」と背中を向けて、まっしぐらに逃げていったりせずに。
 今の自分と変わらないような、チビだったのに。
 心も身体も成長を止めて、十四歳の時のままだったのに。
(…ハーレイがいたから、頑張れたんだよ…)
 きっとそうだ、と思うけれども、同じにチビで子供の自分。
 今の自分は、火の中を走ってゆけるだろうか?
 迷いもしないで、炎の地獄に向かって走り出せるのだろうか、逃げる代わりに…?
(…今のぼくだと…)
 前の自分のようにはいかない。
 予期せぬ炎が襲って来た時、身を守るためのシールドは無理。
 焼けた地面を裸足で走れば火傷だろうし、たちまち火ぶくれで歩けなくなる。
 走るどころか、歩くことさえ出来ないだろう傷ついた足。
 火傷で出来た酷い火ぶくれ、それが破れて。
 足の裏が痛くて、多分、一歩も歩けはしない。
 そうなることが分かっていたって、今の自分は走れるだろうか?
 ハーレイが「行こう」と言ったなら。
 「行かなければ」と走り出したら、迷わずに追ってゆけるだろうか?
 ぐんぐん遠くなる背中を。
 他の仲間を助けるためにと、炎の中へと向かう背中を。
(…ぼく、行けないかも…)
 恐怖で足が竦んでしまって、動けなくなって。
 そうでなければ、自分のことばかり考えて。
 「無理だよ」とクルリと背中を向けて、逆の方へと走るのだろうか。
 こっちへ行ったら助かる筈、と他の仲間が逃げた方へと。


 そうなるのかも、と考えたこと。
 今の自分なら、ハーレイを追ってゆけないかも、と。
 一緒に行っても役に立たない、サイオンを使えない自分。
 火の中を走れば火傷するのだし、足だって火ぶくれで駄目になるから。
 痛くて痛くて、とても走れなくて、同じ走ってゆくのなら…。
(…船がある方…)
 そっちへ走って行っちゃいそう、と思ったけれど。
 一人で走って船に逃げ込んで、離陸するまで震えていそうな気がしたけれど。
(…でも、ハーレイ…)
 そうして震えて待っていたって、ハーレイが来るとは限らない。
 幾つものシェルターを開けて回るには、一人きりでは時間が足りない。
 ハーレイが助けた仲間たちが船へと乗り込んで来ても、彼らを救ったハーレイは…。
(…間に合わないかも…)
 もう限界だ、と船が離陸を始めるまでに。
 これ以上はもう星が持たない、と操縦する仲間が決断するまでに。
(…そうなっちゃったら…)
 どうするだろう、と考えるまでもなく出た答え。
 「ぼくは行かない」と。
 ハーレイを火の海の中に残して、一人で船に乗ってはゆけない。
 船から外へ出てしまったなら、助からないと分かっていても。
 火の中に戻れば、死ぬより他に道が無くても。
(…ぼく、飛び降りて…)
 閉まろうとしている乗降口から、飛び降りて走り出すのだろう。
 火の海の中を、ハーレイが向かって行った方へと。
 走れないから無理だと背を向け、逃げ出して来た方向へと。
(だって、ハーレイがいるんだから…!)
 行かなければ、きっと後悔する。
 自分だけ船に乗って行ったら。
 ハーレイを残して行ってしまったら、二度と会えなくなったなら。


 今のぼくでも走れるんだ、と見開いた瞳。
 ハーレイに会えなくなるよりはマシ、と燃える地面を。
 とても走れはしないと思った、火の中をくぐって、ただ懸命に。
 足が火ぶくれになっていたって、気にせずに。
 痛いと思うことさえしないで、ハーレイが行った方に向かって。
(…ハーレイと離れちゃうよりは…)
 追い掛けて走って行くんだから、と思う気持ちは揺らがない。
 サイオンが不器用な今の自分でも、ハーレイの所へ走ってゆける。
(ハーレイのことが好きだから…)
 だから走ってゆけるんだよ、と浮かんだ笑み。
 「今のぼくでも火の中を走って行けるみたい」と、「足が痛いなんて言わないよ」と。
 愛していたら、たとえ火の中、水の中。
 ハーレイの所へ行くんだからと、今のぼくでも、ちゃんと走って行けるんだよね、と…。

 

         愛していたら・了


※今のぼくだと火の中は無理、と考えていたのがブルー君。「きっと逃げるよ」と。
 けれど、ハーレイと離れてしまいそうになったら、走れる火の中。愛していたら頑張れますv





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