(ハーレイのケチ…)
ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も来てくれた、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ、また巡り会えた恋人だけれど。
(…キスは駄目だ、って…)
そればっかり、と膨らませた頬。
ハーレイはキスをしてくれないから。
「俺は子供にキスはしない」と、叱られてしまうだけだから。
額を指でピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
そうならなくても、鳶色の瞳に「分かってるよな?」と睨まれる。
「何度も言ってる筈なんだが」と。
(…キスは額と頬っぺただけ…)
悲しいけれど、そういう決まり。
ハーレイが勝手に決めてしまって、そうなった。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、けして貰えはしないキス。
「ぼくにキスして」と強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみても。
他にも色々試したけれども、キスは未だに貰えないまま。
今日も同じに叱られただけで、唇へのキスは貰えなかった。
恋人同士の二人だったら、そういうキスを交わすのに。
白いシャングリラで生きた頃には、何度もキスを交わしたのに。
(…ぼくからキスを頼まなくても…)
幾らでも貰えたハーレイのキス。
唇どころか、身体中に。
数え切れないほどのキスを貰って、それは幸せに生きていたのに。
そのハーレイとまた巡り会えて、青い地球の上で恋人同士。
幸せな時が流れ始めて、前の自分たちの恋の続きを生きている。
とても平和になった時代で、前の自分が焦がれた地球で。
(でも、ハーレイはケチになっちゃって…)
唇へのキスをくれないまま。
いくら頼んでも、強請っても無駄。
「キスは駄目だ」の一点張りで、ハーレイの心は動かせない。
どう頑張っても、ハーレイを釣ろうと色々な策を考えてみても。
(いつも、叱られちゃって終わりで…)
キスをくれないから、許せない。
なんというケチな恋人だろう、と。
「本当にぼくのことが好きなら、キスしてくれてもいいのに」と。
こんなにキスが欲しいのだから。
ハーレイの方でも、「俺のブルーだ」と強く抱き締めてくれるのだから。
(…許せないよね、キス無しだなんて…)
あんな恋人、と怒りたくなる。
ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
恋人だったら、ぼくにキスして、と。
好きな証拠に唇にキス、と。
(キスもそうだし、他にも色々…)
許せないことがあるんだから、と思い始めたら出て来る欠点。
「あれでも、ぼくの恋人なの?」と。
例えば、置き去りにされること。
ハーレイが家に帰ってゆく時、自分はこの家にポツンと置き去り。
「またな」と置いてゆかれてしまって。
軽く手を振って帰るハーレイ、車で、あるいは自分の足で。
恋人を置いてゆくというのに、悲しそうな顔も見せないで。
別れのキスを贈る代わりに、「またな」と笑顔で手を振るだけで。
あれも許せない、と思う置き去り。
一度くらいは連れて帰って欲しいのに。
教師と教え子、そういう関係の二人なのだし、連れて帰っても大丈夫な筈。
両親だって、きっと許してくれるだろう。
「ハーレイ先生の家でお泊まり」するだけ、合宿のようなものだから。
恋人同士だと知りはしないし、止める理由は何も無い。
「御迷惑をかけないように」と、幾つか注意をされる程度で。
自分のことは自分でするとか、はしゃぎすぎて疲れないようにとか。
(…そういうの、出来る筈なのに…)
これまたハーレイのせいで出来ない、一緒に帰って泊まること。
ハーレイが許してくれないから。
キスも駄目なら、ハーレイの家に遊びに行くことだって…。
(…ハーレイが駄目って決めちゃったんだよ…!)
前の自分と同じ背丈になるまでは。
そっくり同じに育つ時までは、遊びに行けないハーレイの家。
だから泊まりに行けもしないし、ハーレイと一緒に帰れはしない。
「またな」と置いてゆかれるだけで。
ハーレイが一人で、車で帰ってゆくだけで。
(…ハーレイと一緒に帰れるんなら…)
車でなくても、文句を言いはしないのに。
路線バスに揺られて帰るコースはもちろん、「今日は歩くぞ」と言われても。
チビの自分には遠すぎる距離を、「ほら、頑張れ」と歩かされても。
(…それでも、許してあげるのに…)
車で来なかったハーレイのことを。
路線バスにも乗せてくれずに、「歩け」と言い出すハーレイだって。
大好きなハーレイの言うことだから。
頑張って一緒に歩いて行ったら、ハーレイの家に着くのだから。
門扉や玄関を開けて貰って、「入れ」と中に案内されて。
「何か飲むか?」と、優しい言葉も掛けて貰って。
けれども、そうはいかない現実。
ハーレイの家まで行けはしないし、連れて帰っても貰えない。
いくらハーレイのことが好きでも、こんなにケチな恋人なのでは…。
(許せないってば…!)
酷すぎだよ、と文句の一つも言いたくなる。
「ぼくは本当に恋人なの?」と。
「ハーレイはホントに、ぼくの恋人?」と。
ケチで意地悪なハーレイだから。
唇へのキスをくれない恋人、家に呼んでもくれない恋人。
それもハーレイが決めた理由で。
自分には相談してもくれずに、ハーレイが一人で決めてしまった約束事。
唇へのキスをくれないことも。
ハーレイの家に遊びに行ったり、泊めて貰ったり出来ないことも。
(好きでも、こんなの許せないよ…!)
ホントに酷い、と怒り出したら止まらない。
自分がチビの子供なばかりに、何もかも一人で決めるハーレイ。
少しも相談してはくれずに、「こうしろ」と。
「キスは駄目だと言ってるよな?」だとか、「俺の家には来るな」とか。
あまりにも自分勝手なハーレイ、一人で何でも決める恋人。
年が上だというだけで。
ハーレイは大人で、自分は子供というだけで。
(そんなの、狡い…)
恋人だったら、きちんとぼくにも相談してよ、と思うのに。
二人で相談して決めたのなら、どんな決まりでも、納得出来ると思うのに…。
(ハーレイ、一人で決めちゃって…)
ぼくには決まりを守らせるだけ、と膨らませた頬。
とても酷いと、あんなの許せないんだから、と。
ぼくが怒っても当然だよねと、ハーレイの方が悪いんだから、と。
(ハーレイのことは好きだけど…)
好きでも怒る時は怒るよ、と許せない気分。
ハーレイが「駄目だ」と決めた約束、それはキスだけではなかったから。
他にも幾つも思い出したから、どれも許せはしないから。
(あんなハーレイ…)
ぼくは絶対、許さないよ、とプンスカ怒って、想った前のハーレイのこと。
前のハーレイは優しかったから。
けして「駄目だ」と叱りはしなくて、穏やかな笑みを浮かべただけ。
「それがあなたの考えでしたら」と微笑んでいたし、反対意見を唱えた時も…。
(…頭から「駄目だ」って言ったりしないで…)
最後まで耳を傾けた上で、「ですが…」と控えめに述べていた。
前のハーレイの考えを。
「私はこのように考えますが」と、「私は間違っておりますか?」と。
ああいう風に言ってくれたら、自分も怒りはしないのに。
「こういう決まりにしようと思うが」と、その一言をくれていたなら…。
(それは嫌だ、って反対出来るし…)
ハーレイだって、少しは考える筈。
「本当にこれでいいのだろうか?」と。
キスのことにしても、「家に来るな」と決めてしまった一件も。
(…ぼくの意見を聞いてくれたら…)
そしたら、ぼくも許したかも、と思ったけれど。
聞きに来なかったハーレイが悪い、と考えたけれど、其処で気付いた。
今のハーレイは立派な大人。
それに比べて自分は子供で、十四歳にしかならないことに。
大人が子供の意見を聞いても、「なるほどな」と頷きはしても…。
(…お前の方が正しい、なんて…)
そうそう言いはしないのだろう。
いくら恋人の意見でも。
前の生からの絆があっても、そういう恋人同士でも。
これじゃ駄目だ、と零れた溜息。
前の自分とハーレイのようにはいかないらしい、と。
(…前のぼくだと、ソルジャーだから…)
それに年上だったんだから、と今の自分との違いを数える。
ハーレイよりも上だったよねと、年も、それから肩書きだって、と。
(…だから、ハーレイ…)
いつも敬語で話していた。
今のように「俺」と言いもしないで、「私」と、とても丁寧に。
周りに人がいない時でも、恋人同士で過ごす時にも。
(…あれって、なんだか…)
寂しい気がする、今のハーレイに比べたら。
「またな」と置き去りにするハーレイでも、「キスは駄目だ」と叱る恋人でも…。
(…ハーレイ、普通に喋ってて…)
その上、大人の余裕たっぷり。
「チビはもうすぐ寝る時間だぞ」と笑ったりもして。
ケチな恋人でも、今のハーレイの言葉遣いの方がいい。
額をピンと指で弾かれても、頭を拳でコツンと軽く叩かれたって。
(今のハーレイの方がいいみたい…)
いくら好きでも許せない、と思う恋人でも。
ケチでも、キスもくれなくても。
普通に喋って笑うハーレイ、そちらに慣れてしまったから。
前のハーレイだって、ずっと昔は、そういうハーレイだったのだから。
(…怒っちゃ駄目…)
許せないなんて思っちゃ駄目、と思うけれども、ちょっぴり悲しい。
ハーレイのキスが欲しいから。
家にも一緒に帰りたいから、ハーレイの側にいたいのだから…。
君が好きでも・了
※ハーレイ先生のことは好きでも、許せないことが沢山あるのがブルー君。キスは駄目、とか。
ケチでも今のハーレイの方がいいみたい、と気付いても…。悲しい気分なのが可愛いかもv
(懲りないヤツめ…)
いったい何度目になるんだか、とハーレイがついた大きな溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、眉間の皺を少し深くして。
今日も会って来た小さなブルー。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
けれども、今のブルーは少年。
十四歳にしかならない子供で、両親と暮らすのが似合いの年頃。
(何処から見たってチビなんだが…)
中身は立派にブルーだからな、と傾けた愛用のマグカップ。
絶妙な苦味が好きなコーヒー、それが苦手なのがブルー。
チビのブルーも、時の彼方で愛した人も。
(なまじっか、同じブルーだから…)
当然のように、チビのブルーも一人前の恋人気取り。
顔立ちも背丈も、子供のくせに。
誰に見せても、「可愛いソルジャー・ブルーですね」と言われるだろうに。
前のブルーだった頃とは違って、「美しい」とは表現されない容姿。
「気高い」という言葉も出ては来ないし、ただただ「可愛らしい」だけ。
それと同じに心も子供で、何かといえば膨れっ面。
今日も怒って膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と。
キスをするよう仕向けて来たから、「駄目だ」と叱り付けた途端に。
「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と、指で弾いたブルーの額。
悪戯小僧には、お仕置きだから。
キスをするより、そっちの方がお似合いだから。
いくらブルーが怒っても。
「まるでフグだな」と思うくらいに、頬っぺたをプウッと膨らませても。
小さなブルーと再会してから、繰り広げて来た攻防戦。
唇へのキスが欲しいブルーと、「キスはしない」と突っぱねる自分。
何度やったか、数え切れないほどだけれども、懲りないブルー。
「ぼくにキスして」と正攻法やら、「キスしてもいいよ?」と誘う時やら。
悪巧みをする時だってある。
「この方法なら、釣れるかも」と。
ついウカウカと釣り上げられて、唇にキスをくれるかも、と。
(俺は魚じゃないんだが…)
それに釣られるほど甘くもないぞ、と思うけれども、ブルーは懲りない。
もう本当にあの手この手で、勝ち取ろうとして頑張るキス。
努力するだけ無駄なのに。
どう頑張っても、キスを贈りはしないのに。
(まったく、これだからチビは…)
困るんだよな、と喉を潤すコーヒー。
「こいつの味が分かるくらいの年になればな」と、「子供のくせに」と。
コーヒーの美味さも分からないチビが、と思い浮かべる膨れっ面。
あんな顔をして膨れる間は、もう充分に子供だと。
だから叱ってやればいいんだと、子供にキスは相応しくないと。
(いくらあいつが好きでも、だ…)
何でも許せるわけじゃないぞ、と苦々しい気持ち。
コーヒーの苦味は好きだけれども、それとは違った苦さが広がる。
「チビのくせに」と、「俺だって怒る時には怒る」と。
もっとも、直ぐに許すのだけれど。
小さなブルーが膨れていたって、「ハーレイのケチ!」と睨み付けたって。
(…許せないことと、愛せないことは…)
まるで違うというモンだしな、と分かっている。
チビのブルーが強請ってくるキス、それは決して許さないけれど。
キスを強請るブルーは叱るけれども、ブルーを嫌いになったりはしない。
どんなに「ケチ!」と詰られても。
まだ懲りないか、と溜息の日々が続いても。
許せないものはあるんだが…、と小さな今のブルーを想う。
「あいつが好きでも、キスは駄目だ」と、「そいつは許してやれないよな」と。
それがブルーのためだから。
十四歳にしかならないブルーは、心も身体も本当に子供。
ブルーにそういう自覚が無いだけ、「前と同じだ」と思っているだけ。
中身は同じ魂だから。
遠く遥かな時の彼方で、逝ってしまったブルーだから。
(…そいつが少々、厄介なトコで…)
記憶を持っていやがるからな、と傾ける愛用のマグカップ。
コーヒーはたっぷり淹れて来たから、心ゆくまで楽しめる。
チビのブルーは苦手なコーヒー、大人に相応しい味を。
大人だからこそ分かる苦味を、その美味しさを。
(…あいつが育たない内は…)
まだまだ続くぞ、と苦笑い。
キスが欲しいと強請るブルーと、「駄目だ」と叱り付ける自分と。
ブルーはプウッと膨れてしまって、もうプンスカと怒るだけ。
「ハーレイのケチ!」が決まり文句で、赤い瞳でキッと睨んで。
なんというケチな恋人だろうと、不満たらたらの顔付きで。
(まったく、いつまで続くんだか…)
いつになったら分かるやら、と嘆いてみたって、ブルーは子供。
どうしてキスが貰えないのか、きっと分かりはしないだろう。
もっと大きく育つまで。
いくら好きでも許せないこと、それがあるのだと気付く時まで。
(…やっぱり、コーヒーの味が分かるまではだ…)
無理なんだろうな、と考えたけれど。
コーヒーの美味さも分からないようなチビは駄目だ、と思ったけれど。
(…待てよ?)
前のあいつも駄目だったんだ、とコツンと叩いた自分の頭。
あいつもコーヒーは苦手だったと、ちゃんと育っていたんだが、と。
前の自分が愛した人。
それは気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
かの人も、苦いコーヒーを飲めはしなかった。
砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリーム入りのものしか。
(…コーヒーは基準にならないってか?)
俺としたことが、と浮かべた苦笑。
ついウッカリと間違えたぞと、前のあいつもコーヒーは飲めやしなかった、と。
(しかしだな…)
チビのブルーと全く同じに、コーヒーが苦手だった恋人。
前のブルーに「許せないこと」はあっただろうか、と考えてみる。
いくら好きでも、けして許せはしないこと。
「これだけは駄目だ」と、ブルーを叱り付けること。
今の自分が、チビのブルーに「キスは駄目だ」と言うように。
額をピンと弾いてやるとか、頭をコツンと叩くとか。
そんな具合に、前のブルーにも「許せないこと」はあったろうか、と。
(…前のあいつに…)
あるわけがない、と即座に答えを弾き出す。
前のブルーを叱りはしないし、ブルーが膨れることだって。
(あいつなら、膨れるよりかは、拗ねて…)
きっと怒ったことだろう。
「もう青の間に来なくていい」と。
明日から此処には出入り禁止だと、プイと背中を向けてしまって。
(そうだろうな、と想像ってヤツはつくんだが…)
実際に起こっちゃいないからな、と記憶を手繰らなくても分かる。
前のブルーと、そんな戦いはしていないから。
たまに喧嘩はあったけれども、繰り返したりはしなかった。
「駄目だと何度も申し上げている筈ですが」と、苦い顔をした覚えも無い。
前のブルーがやっていたこと、それを「許せない」と一度も思いはしなかったから。
喧嘩の理由は他愛ないことで、ブルーが機嫌を損ねたというだけだから。
(前のあいつには無かったよな…)
好きでも、けして許せないこと。
どんなにブルーが強請って来たって、「駄目だ」と、それを突っぱねること。
ブルーを叱ったことは無いから、「許せない」とも思わなかったから。
(その点、今のあいつはだな…)
我儘放題というヤツで…、と零れる溜息。
まだまだ攻防戦が続くのだろうと、「俺は当分、ケチ呼ばわりだ」と。
ブルーが膨れて、プンスカ怒って。
「ハーレイのケチ!」と睨み付けられて。
(…実に報われないってな…)
いつになったら、あいつは分かってくれるんだ、と前のブルーと重ねてみる。
「まるで違うな」と、「前のあいつには、許せないことは無かったからな」と。
前の自分に叱られるような、「駄目だ」と額を弾かれること。
それをブルーはしてはいないと、「あいつは大人だったから」と。
(…結局、チビはチビだってことで…)
我慢の日々が続くってな、と思った所で気が付いた。
前のブルーにも、一つあったと。
いくら好きでも許せないこと、それは確かにあったのだった、と。
(…なのに、あいつを叱りたくても…)
あいつ、何処にもいなかったんだ、と蘇って来た悲しみの記憶。
前のブルーは、一人きりで逝ってしまったから。
一人でメギドに飛んでしまって、二度と戻って来なかったから。
(…あれが許せなかったんだ…)
もしもブルーが戻って来たなら、叱ったろうに。
「なんという無茶をしたのです」と。
「二度としないと、私に約束して下さい」と。
そうか、と思い出したこと。
前のブルーにも一つあったと、「好きでも許せないこと」が。
叱りたくても、叱るブルーを失くしてしまったんだった、と。
(…あれに比べりゃ…)
今は充分、幸せだよな、と浮かんだ笑み。
チビのブルーは、叱ればプウッと膨れるから。
「ハーレイのケチ!」と怒り出すのは、ブルーが生きていてくれるから。
(あいつが好きでも、許せないことは…)
ちゃんと叱っていいんだからな、とコーヒーのカップを傾ける。
叱る相手がいるというのは幸せだ、と。
俺は充分に幸せ者だと、ブルーを叱ってやれるんだから、と…。
あいつが好きでも・了
※好きでも「許せないこと」はあるよな、と考えているハーレイ先生。「キスは駄目だ」と。
前のブルーには無かった筈だ、と思っていたら…。叱れる今は幸せですよねv
(…一緒に帰りたいのにな…)
ハーレイと、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
今日も仕事の帰りに訪ねて来てくれたけれど。
二人でお茶を飲んで過ごして、夕食も一緒だったのだけれど。
「またな」とハーレイは帰ってしまった。
軽く手を振って、車に乗って。
前のハーレイのマントの色をした、濃い緑色の車に一人で乗り込んで。
(ぼくも、あの車に乗れたらいいのに…)
ハーレイが帰ってゆく時に。
助手席のドアを開けて貰って、シートに座って。
それが出来たら、どんなに幸せなことだろう。
ハーレイの家まで夜のドライブ、大した距離ではないけれど。
何ブロックも離れていたって、車で走れば近いのだけれど。
(一回くらいは…)
連れて帰ってくれてもいいのに、と思うけれども、叶わない夢。
チビの自分は、ハーレイの家にも行けないから。
前の自分と同じ背丈に育たない内は、中に入れても貰えない家。
そういう決まりになっているから。
ハーレイが一人で決めてしまって、チビの自分は従うしかない。
どんなに遊びに行きたくても。
柔道部員の生徒たちなら、自由に出入り出来るのに。
(…ハーレイの家に呼んで貰って、バーベキューとか…)
徳用袋のクッキーだとか、宅配サービスのピザだとか。
柔道部員の教え子たちなら、大いに歓迎される家。
チビの自分は行けないのに。
連れて帰って貰えもしなくて、今日だって此処に置き去りなのに。
そうなる理由は、ちゃんと分かっているけれど。
自分がハーレイの恋人なせいで、おまけに小さいからだけれども。
(…大きくなるまで行けないなんて…)
ホントに辛い、と悲しい気持ち。
もっと幼い子供だったら、ハーレイの家にも行けそうなのに。
「泊まりに来るか?」と誘って貰って、荷物を抱えて車に乗って。
本当に一人で大丈夫なのか、と心配そうな父と母とに、元気一杯に窓から振る手。
「行ってくるね」と、「大丈夫だよ」と。
ハーレイが側にいてくれるのだし、一人で行っても、絶対に平気。
ちっとも寂しくなったりはしない、両親と離れて一人でも。
夜の道路を走る車に乗っている時も、ハーレイの家に着いた後にも。
(きっとワクワクしてるんだから…)
寂しいだなんて、思わずに。
両親のいる家に帰りたいとも、まるで考えたりせずに。
大好きなハーレイと一緒だから。
ハーレイの側にいられるのだから、「またな」と置いてゆかれる代わりに。
(庭とかが夜で真っ暗でも…)
怖い気持ちもしないのだろう。
好きでたまらない、ハーレイの側にいられたら。
ハーレイが側にいてくれたなら。
(真っ暗でも、怖くないんだから…)
今より小さな子供でも。
フクロウのオバケがとても怖くて、泣いていたようなチビの頃でも。
(…フクロウ、とっても怖かったけど…)
両親のベッドに潜り込んだら怖くなかった。
それと同じで、ハーレイがいればフクロウの声が聞こえて来たって平気。
「オバケ、怖いよ」と震えていたなら、ハーレイが抱き締めてくれるから。
「俺がいるから大丈夫だ」と。
オバケなんかは入って来ないと、「来たって退治してやるからな」と。
もっと自分が幼かったら、そんな夜だってあったのだろう。
ハーレイの家に泊めて貰って、幸せ一杯で過ごす夜。
一人では眠れないくらいの年なら、ハーレイのベッドに入れて貰って。
大きな身体にキュッと抱き付いて、優しい温もりに包まれて眠る。
もしも自分がチビだったなら。
今よりも、ずっと小さかったら。
(…小さいぼくなら、そうなってたよね…)
ハーレイが誘ってくれた時には、ウキウキと荷物を用意して。
お気に入りの絵本も持って行こうと、あれもこれもと欲張ったりして。
(…今のぼくでも、キスしてって言わなかったなら…)
連れて帰って貰えただろう。
柔道部員の生徒たちのように、教え子の一人だったなら。
恋人なのだと主張しないで、もっと大人しくしていたならば。
(…とっくに手遅れ…)
もうやり直しは出来ないものね、と自分でも分かっているけれど。
ハーレイの家に「来るな」と言われてしまった時から、ちゃんと分かっているのだけれど。
今の自分は間違えたろうか、恋人としての在り方を。
チビの自分に相応しい恋をしていたのならば、ハーレイと一緒に帰れたろうか。
ハーレイの気が向いたなら。
「たまには俺と一緒に来るか?」と、誘いの言葉を貰えたならば。
「泊まりに来るなら、支度しろよ」と、いつもの笑顔で。
用意しないなら置いて帰るぞと、グズグズしてたらそうなるんだが、と。
(…誘ってくれたら…)
大急ぎで支度するだろう。
幼い頃なら、見当違いな荷物も用意しそうだけれど…。
(今のぼくなら、きちんと用意…)
絵本やオモチャを詰めたりしないで、必要な物を。
着替えの服やら、パジャマなんかを取り出して。
忘れ物は無いかと、順に数えて確認もして。
そうして支度が整ったならば、ハーレイの車の助手席に乗る。
鞄を膝の上に乗っけて、見送る両親に手を振って。
「行ってきます」と、もしかしたら、お土産なんかも持たせて貰って。
急だけれども、ハーレイの家に泊まりに行くなら、母が用意をしそうだから。
「ハーレイ先生と一緒に食べて」と、ケーキを箱に入れたりして。
(…ママなら、きっとそうだよね?)
丁度いいケーキがあったなら。
運が良ければ、ハーレイが好きなパウンドケーキが丸ごとだとか。
(ハーレイ、凄く喜びそう…)
お土産の中身が、好物のパウンドケーキなら。
ハーレイの母が作るケーキと、同じ味のケーキだったなら。
(車を運転している時から、もう御機嫌で…)
家に着いたら、早速食べようとするのだろう。
「お前も食うか?」と、パウンドケーキを切り分けて。
パウンドケーキではなかったとしても、「ケーキ、お前も食うだろ?」と。
(お腹、一杯になりそうだけど…)
きっと「要らない」とは言わない。
ハーレイと二人で、幸せな時を過ごしたいから。
いつもはハーレイが一人のテーブル、其処に自分も座りたいから。
(ハーレイ、コーヒーだろうけど…)
それが苦手な自分のためには、他の飲み物をくれるだろう。
「お前、紅茶がいいよな?」だとか。
ココアがいいかと訊いてくれたり、「ホットミルクにしてみるか?」とか。
二人分の飲み物の用意が出来たら、のんびり座って幸せな時間。
ハーレイはコーヒーをゆったりと飲んで、自分は紅茶やココアなんかで。
「美味しいね」とケーキを頬張って。
夜がすっかり更けてしまうまで、ハーレイが「寝るか」と言い出すまで。
「もう遅いから、寝ないとな?」と。
お前のベッドは別だからな、とキッチリと釘を刺されるまで。
(泊まりに行っても、ベッドは別で…)
もちろん寝室だって別。
ハーレイは自分の寝室に行って、チビの自分はゲストルーム。
そうなることは分かっているから、それでちっともかまわない。
本当は一緒に眠りたいけれど。
おやすみのキスも欲しいけれども、そんな我儘を言ったなら…。
(二度と来るな、って言われちゃうんだよ…!)
今の自分がそうなったように、ハーレイの家には行けなくなってしまったように。
だから我慢で、側にいられたら、それで充分。
ハーレイが「おやすみ」と寝に行くまで。
寝室のドアがパタンと閉まって、「お前も寝ろよ?」と言われるまで。
それまでの時間を、ハーレイの側で過ごせたら。
母が持たせてくれたケーキを一緒に食べて、コーヒーや紅茶を飲んでお喋り。
お風呂から上がった後の時間も、ハーレイの側にいられたら。
「湯冷めするぞ?」と叱られるまで。
「お前が風邪を引いちまったら、俺がお母さんに叱られるんだ」と困った顔をされるまで。
それが出来たら、ベッドは別でもかまわない。
おやすみのキスが貰えなくても、貰えたとしても頬や額にだったとしても。
(…ハーレイの側にいられたら…)
それだけで充分なんだけどな、と思うけれども、とうに失敗したのが自分。
一人前の恋人気取りでキスを強請って、誘ったりもして、大失敗。
もうハーレイの家に行けはしなくて、連れて帰っても貰えない。
「またな」と置いてゆかれるだけで。
「俺と一緒に帰らないか?」と、泊まりの誘いもして貰えなくて。
チビの自分は、考えなしでキスばかり強請ったものだから。
懲りずにキスを強請り続けては、いつも断られてばかりだから…。
側にいられたら・了
※ハーレイ先生の家に連れて帰って貰えたらいいのに、と夢を見ているブルー君。
けれども、とうに大失敗。キスさえ何度も強請らなかったら、誘って貰えたかもですねv
(連れて帰れはしないからなあ…)
可哀相だが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
今日も家には寄ったのだけれど。
(またな、って…)
手を振って帰って来ちまった、と見渡す自分の周り。
コーヒー片手に、夜の書斎で。
仕事の帰りに、ブルーには会って来たけれど。
ブルーの部屋であれこれ話して、夕食も一緒に食べたけれども。
(あいつはチビで、まだまだ子供で…)
どんなに見詰められたとしたって、この家に連れて帰れはしない。
ブルーにはブルーの家があるから。
両親と一緒に暮らす子供で、前のブルーとは違うから。
(連れて来たって、チビなんだし…)
俺は子供にキスはしないぞ、と今のブルーの幼さを思う。
確かにブルーなのだけれども、小さいと。
前の生で初めて出会ったブルーと、まるで変わらないチビじゃないかと。
(…あの時のあいつも、本当にチビで…)
成長を止めた姿と同じに、心も子供。
自分よりもずっと年上だとは、夢にも思いはしなかった。
凄い力を持ったチビだ、と驚いただけで。
(チビだったあいつは、中身も子供…)
前の自分について歩いて、懐いていたのがチビだったブルー。
恋人気取りの今のブルーとは違ったブルー。
見た目は同じ姿でも。
チビな所は、変わらなくても。
今のあいつは中身だけ前のブルーなんだ、と浮かべた苦笑。
中途半端に、恋をしていた部分だけが。
一人前の恋人気取りで「ぼくにキスして」と言う所とか。
「キスは駄目だ」と叱ってやったら、「ハーレイのケチ!」と膨れるだとか。
前のブルーと同じ心を持っていたなら、そうなったりはしないだろうに。
姿はチビでも、心は育っていたのなら。
(…俺の心に気付くぞ、あいつ…)
小さなブルーが主張する通り、中身が前と一緒なら。
前のブルーとそっくり同じになっていたなら、直ぐに理解することだろう。
どうしてキスをしないのか。
「キスは駄目だ」と叱らなくても、きっと一度で分かってくれる。
小さくなった自分の身体を見回して。
困ったような笑みを浮かべて、「仕方ないよね」と零す溜息。
こんなに小さくなってしまっては、せいぜい、側にいるくらい、と。
前の自分がやっていたように、後ろにくっついて歩くくらいが精一杯だ、と。
(あいつなら、分かってくれるんだ…)
唇へのキスが駄目な理由も、育つまで待たねばならないことも。
子供なのだし仕方がないと、チビの間は子供らしく、と。
(そういう中身だったなら…)
連れて帰れたかもしれないな、と考えてみる。
小さなブルーが自分の立場を心得ていたら、ただの客人なのだから。
「ぼくにキスして」と強請らないなら、「キスしてもいいよ?」と誘わないなら。
大人しくチョコンと椅子に座って、本でも読んでいるだとか。
夜が更けたら、「おやすみなさい」とゲストルームに行くだとか。
「ハーレイの部屋で寝たいんだけど…」などと、妙な我儘を言わないで。
泊めて貰っているのだから、と礼儀正しく挨拶もして。
「先に寝るね」と、子供らしく。
「ハーレイも夜更かししてちゃ駄目だよ?」と、恋人らしい気遣いも。
(…あいつが、そういうヤツだったらなあ…)
俺だって泊めてやったよな、と思わないでもないブルー。
「一緒に来るか?」と、たまには誘って。
泊まりに来るなら支度しろよ、とブルーが荷物を詰めるのを待って。
(多分、あいつの両親だって…)
「すみません」と恐縮するだろうけれど、ブルーが泊まるのを止めたりはしない。
いくら身体が弱い息子でも、一泊くらいなら大丈夫だから。
万一、熱を出したとしたって、直ぐに迎えに行ける距離。
思い立ったその日に連れて帰っても、何の問題も無いのがこの家。
ブルーの家から何ブロックも離れていたって、同じ町には違いないから。
休日には歩いて往復するほど、それが可能な場所にあるから。
(もしも、ブルーが泊まりに来たら…)
きっと可愛いぞ、と緩んだ頬。
前のブルーと同じ心を持っていたなら、礼儀正しくて愛らしい子供。
そうでなくても、きっと可愛いことだろう。
中身が今のブルーでも。
一人前の恋人気取りで、厄介な方のブルーでも。
(俺と一緒に帰れるだけで、大はしゃぎだな)
子供なんだし、と目に浮かぶよう。
「泊まりに来るか?」と言ってやったら、一緒に帰れるとなったなら。
「いいの?」と歓声、それにキラキラと輝く瞳。
何を荷物に入れようかと。
着替えにパジャマに、他にも色々、と。
(一人前の恋人気取りには違いないんだが…)
お洒落な服を用意したりはしないだろう。
なにしろ、中身は子供だから。
恋人の家に泊まれるだけで、舞い上がってしまうチビだから。
これが育ったブルーだったら、服だけでも悩みそうなのに。
クローゼットを何度も覗いて、「どれにしようか」と真剣に。
その辺りからして、感覚がズレていそうなブルー。
中身は本当にチビだから。
姿そのままに子供なのだし、持って行く服を選ぶなら、きっと…。
(俺の目に、そいつがどう映るかより…)
あいつの好みなんだろうな、と微笑ましい。
次の日に着たい気分のシャツやら、ズボンやら。
そういう服を引っ張り出すぞと、選んで鞄に詰め込むんだ、と。
服がそうなら、寝るためのパジャマの方だって。
「これがいいな」と選ぶパジャマは、着心地優先なのだろう。
恋人の家へ泊まりにゆくのに、色気の欠片も無さそうなパジャマ。
元が子供の持ち物なのだし、当然だけれど。
そうでなくても、男性用には、色気はあまり無さそうだけれど。
(…そうは言っても、それなりに…)
ブルーが頭を働かせたなら、選ぶパジャマは変わってくる。
頭から被るタイプよりかは、ボタンで留める方がいいとか。
同じボタンで留めるパジャマでも、襟ぐりが開いた方がいいとか。
(考える余地はあるってわけで…)
悩むポイントも多い筈だが、と思うけれども、相手はブルー。
一人前の恋人気取りのチビの子供で、中身はそっくりそのまま子供。
着やすさだけで選び出すだろう、泊まりに持ってゆくパジャマ。
(着心地がいいのが一番だ、ってな)
色気なんぞは考えたりもしないんだ、と想像がつくから愉快な気分。
何処から見たって色気など無い、可愛いだけのパジャマ姿。
もしもブルーが泊まりに来たなら、そうなるんだな、と。
どんなに恋人気取りでいたって、服やパジャマでボロが出るぞ、と。
服よりも先にボロが出るのが、夜にブルーが着替えるパジャマ。
着心地の方を最優先して、色気の欠片も無いパジャマ。
それにいそいそ着替えるんだな、と。
「先にシャワーを浴びてもいい?」と、前のブルーを気取っても。
バスルームから出て来た時には、頬を上気させて湯気を纏っていても。
(うん、なかなかに楽しいじゃないか)
チビのあいつが側にいたなら、と膨らむ想像。
連れて帰れはしないけれども、側にいたならこうなりそうだ、と。
こうしてコーヒーを楽しむ間に、ブルーはシャワーを浴びるのだろう。
誘惑するには、まずはシャワー、と。
(まるで分かっちゃいないんだがな?)
前のあいつと同じにやっても、中身がチビって所がな、とクックッと笑う。
シャワーを浴びて来さえしたなら、恋人同士の時間なのだと思う辺りが、と。
今のブルーはチビなのに。
きっと着心地優先のパジャマ、それを選んで着るのだろうに。
ホカホカと湯気を立てていたって、可愛らしいだけの小さな恋人。
それが書斎に来るのか、と。
「ハーレイ?」と、「ぼくにキスして」と。
すっかり遅いし、ベッドに行こう、と。
「ぼくをベッドに連れて行って」と、「ハーレイのベッドで寝てもいいよね?」と。
キスも出来ない子供のくせに、一人前の恋人気取りで。
恋人の家に泊まる以上は、ベッドも一緒で夜も一緒、と。
そう頭から信じるブルーを、「よし」と抱き上げてやるのもいい。
「寝るとするか」と、「もう遅いしな?」と。
小さなブルーは、勘違いして喜ぶだろう。
「ハーレイと一緒に寝られる」と。
本物の恋人同士になれると、心の底からワクワクして。
(色気の欠片も無いパジャマでな…)
だから余計に面白い。
「チビは此処だ」と、ゲストルームのベッドに放り込んだなら。
「おやすみ」とドアを閉めたなら。
きっと聞こえる、「ハーレイのケチ!」という声が。
もしもブルーが側にいたなら、「俺と来るか?」と、この家に連れて帰って来たら…。
側にいたなら・了
※ブルー君を連れて帰って来たら、と想像してみるハーレイ先生。今のチビのブルーを。
きっとこういう結末ですよね、ブルー君がどんなに努力したって。子供は子供v
(ハーレイのケチ!)
いつまで経ってもケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は土曜日、ハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
午前中から一緒に過ごしたけれども、たったそれだけ。
恋人同士の二人でいたのに、部屋では二人きりだったのに…。
(今日も断られちゃったんだよ!)
ハーレイにキスを強請ったら。
「ぼくにキスして」と頼んだら。
鳶色の瞳で睨み付けられて、それはすげなく言われた言葉。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
嫌というほど聞いた言葉で、ケチのハーレイはキスをくれない。
キスを貰えるのは額と頬だけ、唇へのキスは貰えない。
前の生からの恋人同士で、もう一度巡り会えたのに。
新しい命と身体を貰って、この地球の上で会えたのに。
遠く遥かな時の彼方で、焦がれ続けた水の星。
いつか地球まで辿り着けたら、と幾つもの夢を描いた星。
ハーレイと一緒にあれをしようと、これもしたいと。
その夢の星に来たというのに、ハーレイはケチになってしまった。
(…今でも恋人同士なのに…)
駄目だ、と言われてしまうキス。
何度頼んでも、強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみたって、いつもハーレイに叱られるだけ。
今の自分はチビだから。
十四歳にしかならない子供で、前の自分よりも小さいから。
それは分かっているのだけれども、なんとも腹立たしいケチなハーレイ。
自分を愛してくれているなら、一度くらいキスが欲しいのに。
恋人同士が交わす甘いキス、唇へのキスが欲しいのに。
ホントに一度でいいんだから、と思うけれども、ハーレイはケチ。
どんなに頼んで強請ってみたって、「駄目だ」としか言いはしないのだろう。
「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」と、お決まりの台詞。
百五十センチしか無い自分の身長、前の自分だと百七十センチ。
あと二十センチも伸びない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。
すっかりケチになったから。
生まれ変わって来たせいだろうか、前のハーレイよりもケチだから。
(…酷いよね…)
ホントに酷い、と零れる溜息。
前のハーレイなら、幾らでもキスをくれたのに。
今でも夢に出て来た時には、優しくキスをくれるのに。
キスをくれるし、キスのその先のことだって。
本物の恋人同士の時間も、夢のハーレイならくれるのに。
(…でも、夢の中だと、ぼくだって…)
前のぼくになってしまうんだよ、と残念な気持ち。
チビの自分は消えてしまって、前の自分になっている夢。
ハーレイとキスを交わしているのは、自分ではなくて前の自分。
恋人同士の甘い時間を過ごすのも。
いつも目覚めてはガッカリする夢、「今日の夢も、ぼくじゃなかったよ」と。
今の自分よりも大きく育った、前の自分でしかなかったと。
(…夢の中のハーレイ、前のぼくが盗ってしまっちゃう…)
ハーレイは自分の恋人なのに。
こんなに好きでたまらないのに、前の自分が奪ってしまう。
育った身体を持っているから、その分、ずっと有利だから。
「キスは駄目だ」と言われはしなくて、ハーレイとキスが出来るから。
同じ自分なのに、夢の後では、いつもちょっぴり悲しい気分。
「ぼくじゃなかった」と。
前のぼくにハーレイを盗られちゃったと、とても幸せな夢だったのに、と。
夢でさえもキスをくれないハーレイ、前の自分の時にしか。
チビの自分の夢を見た時は、「キスは駄目だ」と睨むハーレイ。
夢の中でも現実と同じ、せっかく夢を見ているのに。
起きている時には叶わないこと、それが叶うのが夢なのに。
(…たまには、夢でも優しいハーレイ…)
ぼくにキスしてくれるハーレイがいいな、と考えながら入ったベッド。
今日もハーレイはケチだったのだし、夢でくらいは、と。
(…前のぼくさえ、出て来なかったら…)
きっと貰えるだろうキス。
上手い具合に、入れ替わったら。
チビの自分が前の自分に勝てたなら。
(…サイオン勝負だと、負けてしまうに決まってて…)
背の高さでも負ける、前の自分。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
どうすれば彼に勝てるのだろうか、サイオンはとことん不器用なのに。
思念波もろくに紡げはしなくて、瞬間移動は夢のまた夢。
前の自分と入れ替わろうにも、その方法が見付からない。
それとも夢だと出来るのだろうか、「ぼくにも出来る」と信じたら。
サイオン・タイプは今でもタイプ・ブルーなのだし、潜在的にはある筈の力。
たった一回きりだとはいえ、ハーレイの家へも飛べたから。
(…うんと頑張ったら…)
前の自分に勝てるだろうか、スルリと居場所が変わるだろうか?
ハーレイがキスをくれる立場へ、チビのまんまで。
今の自分よりも育った姿の、前の自分と入れ替わって。
(…上手くいったら…)
ハーレイが唇にくれそうなキス。
チビの自分の背丈に合わせて、腰を屈めて。
それでも強く抱き締めてくれて、「俺のブルーだ」と唇にキス。
夢の中だと、ケチではないかもしれないハーレイ。
そういう夢を見てみたいよね、と前の自分に挑むつもりで考えて…。
ふと気付いたら、笑顔のハーレイ。
「今日はドライブに連れて行ってやろう」と。
行こう、と開けてくれたドア。
今のハーレイの愛車だったから、大喜びで乗り込んだ。
ハーレイもたまには気が変わるんだ、と。
(ドライブも駄目だ、って言ってるくせに…)
今日は機嫌がいいみたい、と眺めた運転席のハーレイ。
「どうしたんだ?」と向けられた笑みは優しくて、ドライブは嘘ではないらしい。
直ぐにハーレイがかけたエンジン、走り出した車。
(何処に行くのかな?)
もしかしたら隣町だろうか、と高鳴った胸。
ハーレイの両親が住んでいる町、庭に夏ミカンの大きな木があると聞いた家。
其処へ連れて行ってくれるのだったら、もう嬉しくてたまらない。
(お父さんたちに、ぼくを紹介してくれて…)
きっと結婚の話も出るから、チビでもハーレイの婚約者。
プロポーズはまだでも、正式な婚約はずっと先でも。
(…ふふっ…)
どんな人たちなんだろう、と膨らむ夢。
ハーレイが顔も教えてくれない、隣町に住む父と母。
(お父さんは、ヒルマンにちょっと似てるって…)
早く会いたいな、と思っていたら、「此処だ」と車を停めたハーレイ。
いつの間にか広い空き地に来ていて、其処にはギブリ。
白いシャングリラにあったシャトルで、どういうわけだか、一機だけ。
「えっと…?」
なんでギブリが、と目を丸くしたら。
「せっかく、お前とドライブだしな?」
うんとでっかくドライブしよう、とハーレイが指差す空の上。
青空に浮かぶシャングリラ。
「あれで行こう」と、「今日は俺たち二人だけだぞ?」と。
今のハーレイには、動かせそうもないギブリ。
それに巨大なシャングリラ。
「ハーレイ、そんなの動かせるの?」と訊いたけれども、「任せておけ」と頼もしい答え。
ドライブなんだと言っただろうが、と。
そして「乗るぞ」と促されたギブリ。
操縦席に座ったハーレイは、見事にそれを動かした。
まるで車を動かすように。
キャプテンの制服を着てもいないのに、ドライブ用の普段着なのに。
アッと言う間に、青い空へと飛び立ったギブリ。
遥か上空に浮かぶシャングリラへ、白い鯨の背中へと向けて。
「今のお前は飛べないしな?」
シャングリラにだって飛べんだろう、と笑ったハーレイ。
「だが、こいつでなら簡単だぞ」と、「もう目の前に見えてるしな?」と。
滑り込むように入った格納庫。
誰も誘導してはいないのに、ハーレイは鮮やかにギブリを停めた。
船に着いたら、「次はこっちだ」と引っ張られた手。
「ドライブするなら、ブリッジの方へ行かんとな?」と。
(…ハーレイ、こんなの動かせるんだ…)
ギブリも、それにシャングリラまで、と真ん丸になってしまった瞳。
今のハーレイにも出来るだなんてと、前のハーレイよりずっと凄い、と。
(…柔道も水泳も、プロの選手に負けない腕で…)
おまけにギブリの操縦が出来て、シャングリラだって動かせる。
誰の助けも借りないで。
航路も何もかも、一人で決めて。
「どうした、ブルー?」
何処へ行きたい、とハーレイがシャングリラの舵を握って訊いたから。
二人きりで何処を飛んでみたい、と尋ねられたから。
「もちろん、地球を一周だよ!」
ぼくは宇宙から一度も見たことないんだから、と膨らませた胸。
応えて笑顔になったハーレイ、「さあ、ドライブだ。シャングリラ、発進!」と。
其処でパチリと開いた瞳。
覚めてしまった、素敵な夢。
(…今の、夢なの?)
夢だったの、と残念だけれど、ケチではなかった夢のハーレイ。
「ぼくにキスして」と強請ることさえ、夢の自分は忘れていたから。
ハーレイの姿に見惚れてしまって、夢のドライブに胸を躍らせていて。
(夢の中だと、ハーレイ、とってもカッコ良くって…)
キスのことさえ忘れていたのが自分なのだし、今日はハーレイに言ってみようか。
「ぼくをドライブに連れてって」と。
車じゃなくってシャングリラがいいよと、シャングリラで地球を見に行くんだよ、と…。
夢の中だと・了
※今のハーレイはケチだから、と膨れていたのがブルー君。夢でくらいはキスが欲しい、と。
そしたらシャングリラでドライブする夢。キスも忘れてしまう所が幸せですよねv