忍者ブログ

カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(明日も会えるといいんだがな?)
 あいつの家で、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎でコーヒー片手に、それが苦手なブルーを想う。
 今日は仕事が終わった後でゆっくり会えた。
 ブルーの家まで出掛けて行って、お茶と、ブルーの両親も一緒の夕食。
 それから帰って、のんびりと淹れたカップのコーヒー。
 この一杯が好きだけれども、ブルーの家では…。
(滅多に出ては来ないってわけで…)
 だから余計に美味いんだ、と味わう苦味。
 小さなブルーが飲めないお蔭で、お目にかかれる機会が少ない、ブルーの母が淹れるもの。
 とても美味しく淹れてくれるのに、なんとも惜しい。
(あいつがコーヒー、飲めるようになってくれればなあ…)
 そうすりゃ飲める、と考えたけれど、そのブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人は…。
(…やっぱり苦手だったんだ…)
 コーヒーってヤツが、と苦笑い。
 本物のコーヒー豆で淹れたコーヒーも、代用品だったキャロブのも。
 どちらにしたってブルーは苦手で、「こんな飲み物の何処がいいんだい?」と言ったほど。
 飲むとなったら砂糖たっぷり、ミルクたっぷり。
(ホイップクリームも、こんもりと乗せて…)
 アレはコーヒーとは言い難いよな、と思う飲み方。
 今のブルーも、「ぼくも飲む!」と強請った挙句に、そうなるから…。
(コーヒーは滅多に出ないんだ…)
 あいつの家じゃ、と諦めの境地。
 きっとこれからも出ないだろうし、ブルーはコーヒー嫌いのまま、と。


 好きなコーヒーに出会えない場所がブルーの家。
 寄らずに家に帰った時には、夕食の支度をする間にも…。
(コーヒーを淹れて飲みながら、って時もあるしだ…)
 夕食の後はもちろんコーヒー、それが似合いの料理なら。
 それほど愛するコーヒーだけれど、まるで飲めなくてもかまわない。
 小さなブルーと過ごせるのならば、愛おしい人に会えるなら。
(休みの日だったら、朝飯の時に飲んだきり…)
 それがお別れになるコーヒー。
 後はまるっきり出会えないまま、運が良くても夕食の後。
 其処で出ないで終わってしまえば、家に帰るまで飲めないコーヒー。
(仕事の帰りに寄った時にも、だ…)
 今日と同じに飲めないんだ、とカップの中身を傾ける。
 ブルーはコーヒー嫌いなのだし、そうそう出ては来ないから。
 明日も仕事が早く終わったら、ブルーの家に寄るつもりだから…。
(飲めないんだ、コレが)
 学校では飲めるコーヒーだけれど、何処でお別れになるだろう?
 放課後に同僚たちと飲めればラッキー、それが無ければ…。
(午後の授業の空き時間か…)
 其処でお別れになるんだな、と眺めたカップの中の液体。
 こよなく愛するコーヒーだけれど、もっと愛するブルーに会えるとなったなら…。
(オサラバでも、俺はかまわんぞ)
 学校で上手く時間が空かずに、一杯も飲めずに終わっても。
 同僚たちが「お茶にしませんか?」と誘ってくれたら、緑茶だったというオチでも。
 緑茶が似合いの菓子があったら、そういう時もあるものだから。
 自分で淹れる時間も取れずに、昼食の時も…。
(柔道部のヤツらと飯になっちまって、オレンジジュース…)
 そんな日だって少なくないから、朝のコーヒーを最後にお別れ。
 家に帰るまで飲めないコーヒー、そうなったってかまわない。
 ブルーに会いにゆけるのだったら、愛おしい人と過ごせるのなら。


 コーヒーくらいは諦めるさ、と思ったけれど。
 家に帰ればこうして飲めるし、明日も仕事が早く終わるようにと願ったけれど。
(…待てよ…?)
 前はこうではなかったぞ、と掠めた思い。
 ずっと前には違ったんだと、好きにコーヒーを飲めたんだ、と。
 こうして家に帰って来るまで、飲めずに終わりはしなかった。
 帰りが遅くなった時でも、何処かでコーヒー。
(ちょいと車で出掛けて行って…)
 本屋を覗いたり、ジムで泳いだり、充実していた仕事の後。
 気ままにドライブする日もあったし、そうした合間に飲むコーヒー。
 食事も外で、と食べたら食後に出て来たものだし…。
(行きつけの店も…)
 あったんだった、と思い出した美味いコーヒーの店。
 此処まで来たなら寄って行こう、と何度も足を運んでいた。
(店主と馴染みになるってほどじゃあ…)
 なかったけれども、きっと覚えていてくれただろう。
 たまにフラリと立ち寄る客でも、大柄な上に、顔立ちが…。
(……キャプテン・ハーレイ……)
 知らない人など、誰一人いない有名人に瓜二つ。
 キャプテン・ハーレイの顔を知らないのは、幼い子供くらいだろう。
 歴史に名前が残る英雄、記念墓地に立派な墓碑があるほど。
 そんな人物とそっくりだったら、まず忘れたりはしないから。
(…しかしだな…)
 あの店も御無沙汰になっちまった、と懐かしむ店の佇まい。
 今でも其処にあるのだけれども、コーヒー目当てにはもう行けない。
(…行くのは俺の勝手なんだが…)
 膨れちまうヤツがいるからな、とコーヒー嫌いの恋人の顔が頭に浮かぶ。
 あいつを放って行けやしないと、あいつの家が最優先だ、と。


 もしも時間が空いたなら。
 仕事が早く終わってくれたら、もちろんブルーの家に直行。
 そう出来なければ、街に出掛けて本屋などにも行くのだけれど…。
(…そういう時しか、俺がコーヒーを飲める機会は…)
 まるで無いから、とフウと溜息。
 愛おしい人が待っているのに、放って街には出掛けられない。
 気ままにドライブすることだって、「あの店に行こう」とコーヒーを飲みにゆくことだって。
(…すっかり忘れちまっていたなあ…)
 あいつと出会う前のこと、と今更ながらに驚かされた。
 小さなブルーと出会った途端に、変わってしまった自分の世界。
(…キャプテン・ハーレイは、俺だったんだ…)
 似ているも何も、生まれ変わりで同じ魂。
 それはそっくりにもなるだろう。
 「生まれ変わりか?」と訊かれるくらいに、誰もが顔を覚えるほどに。
 前の自分が誰だったのかを思い出したら、恋人までがついて来た。
 今はまだチビで子供だけれども、いつか美しく育つ人。
 ソルジャー・ブルーとそっくり同じになるだろう人、小さなブルー。
 その恋人にすっかり夢中で、今や大好きなコーヒーでさえも…。
(朝に飲んだら、それっきりで…)
 こうして夜まで飲めないままでも、気にも留めない自分がいる。
 前の自分の記憶が戻って来る前だったら、きっと気にしたのだろうに。
 全てを思い出す前の頃なら、コーヒーの店にも行ったのに。
(…今日は美味いのを飲みに行くぞ、と…)
 仕事の帰りに握ったハンドル。
 まずは本屋で、次があの店、といった具合に。
 コーヒーの店を目指さない時も、ドライブの途中で目に付いた店。
(此処で飲むか、と車を停めて…)
 入って傾けていたコーヒー。
 軽い食事も頼んだりして、のんびりと。


(コーヒーなあ…)
 今じゃすっかり御無沙汰だぞ、と苦笑するしかないコーヒー。
 ブルーの家ではもちろんのことで、コーヒーを飲ませる店だって。
 わざわざ行こうと思いはしないし、出掛けてゆくような暇があるのなら…。
(…あいつの家に行っちまうわけで…)
 行くには遅すぎる時間だった日、そのくらいしか街には行かない。
 それも用事がある時くらいで、思い立ったからといってフラリと出掛けはしない。
 街にも、前は気ままに走ったドライブにも。
 「美味いコーヒーを飲みに行こう」と、行きつけだった、あの店にさえも。
(あいつ、ガッカリしてるだろうから…)
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と萎れているだろう、小さなブルー。
 愛おしい人のことを思うと、自分一人では楽しめない。
 ドライブも、街に行くことも。
 気に入りだったコーヒーの店で、ゆったりとカップを傾けることも。
(あいつがコーヒー嫌いでなくても…)
 前のようには寛げない。
 ブルーは今頃どうしているか、と愛おしい人が気にかかるから。
(俺だけ、好きにしてるだなんて…)
 小さなブルーに申し訳なくて、前のようにはいかない自分。
 思い出す前は、仕事が終わった後の時間は好きに過ごしていたものなのに。
 休日ともなれば、もっと自由にコーヒー三昧だったのに。
(柔道の指導に行った時でも、道場のヤツらが淹れてくれたし…)
 ジムでも休憩時間にコーヒー、街にいる時やドライブだったら、もっと気ままに。
 思い立ったら「此処にしよう」と店に入って。
 行きつけの店があったくらいに、好きに飲んでいたのが苦いコーヒー。
(それも、あいつに出会ったお蔭で…)
 何処かに吹っ飛んじまったんだな、と思うけれども、満足だからそれでいい。
 愛おしい人に会えるなら。
 コーヒーが苦手なブルーと過ごせるのならば、夜までコーヒー無しのままでも…。

 

         思い出す前は・了


※コーヒーが好きなハーレイ先生。今も大好きなコーヒーですけど、今よりも前は…。
 前世の記憶が戻る前には、もっと楽しんでいたようです。今はコーヒーが無くても幸せv






拍手[0回]

PR

(楽しかったけど、今日はおしまい…)
 ハーレイ、帰って行っちゃったしね、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は平日だったけれども、ハーレイと食べられた夕食。
 仕事の帰りに寄ってくれたから、この部屋でお茶とお菓子まで。
(うんと幸せだったんだけど…)
 幸せな時間は直ぐに経つもの、楽しい時間ほど早く流れ去るもの。
 ハーレイは「またな」と帰ってしまって、もうこんな時間。
 お風呂に入って後は寝るだけ、とっぷりと更けてしまった夜。
(せっかくハーレイが来てくれたのに…)
 必ず来るのが、お別れの時間。
 チビの自分は置いてゆかれて、ハーレイだけが帰ってゆく。
 何ブロックも離れた所にある家へ。「またな」と軽く手を振って。
 十四歳にしかならない自分は、まだハーレイと一緒に暮らせはしない。
 どんなに好きでも結婚は無理で、十八歳までは出来ない結婚。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた恋人なのに。
 青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(…ホントに残念…)
 一緒に暮らせないなんて、と思うけれども、仕方ない。
 出会えただけでも幸運なのだし、とびきりの奇跡なのだから。
(…それは分かってるんだけど…)
 もっとハーレイの側にいたいし、少しでも長く一緒にいたい。
 キスさえ許して貰えなくても、「キスは駄目だ」と叱り付けるケチな恋人でも。
 恋する気持ちは本物だから。
 ハーレイが好きでたまらないから、明日だって家に来て欲しい。
 学校の仕事が終わったら。
 遅くならずに、ハーレイが校門を出られたならば。


 そうなるといいな、と頭に描く明日のこと。
 今日のようにチャイムが鳴ったらいいな、と窓のカーテンの方を見る。
 もう夜だからと閉めたカーテン、その向こうにはガラス窓。
(…窓の向こう、今は真っ暗だけど…)
 庭園灯が照らすだけなのだけれど、暗い庭と道路を隔てる生垣。
 其処にある門扉、脇にはチャイム。
 もしもハーレイが明日も来てくれたならば、チャイムを鳴らしてくれる筈。
(…来て欲しいな…)
 ハーレイが来ても、二人で話してお茶を飲むだけ。
 両親も交えた夕食の席も、和やかな会話が弾むだけ。
 これをせねば、という予定も無ければ、デートに出掛けてもゆけないけれど。
 「ドライブするか?」と誘っても貰えないけれど。
(でも、会えるだけで…)
 幸せなのだし、もう嬉しくてたまらない。
 キスを断られて膨れていたって、ハーレイの姿があれば幸せ。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って膨れっ面でも、やっぱり幸せな心の中身。
 其処にハーレイがいなかったならば、キスを断られはしないから。
 膨れっ面になっていたって、見て貰うことは無理だから。
(…ハーレイが家に来てくれるから…)
 二人で過ごせて、キスを強請って、叱られたりも出来る自分。
 来てくれない日は、どんなに膨れてみたって…。
(ハーレイ、見てもくれないもんね?)
 きっと、自分の膨れっ面さえ、想像してはくれないだろう。
 「あいつ、今頃、どうしてるやら…」と思ってくれたら、まだマシな方。
 チビの自分をすっかり忘れて、のんびり書斎でコーヒーだとか。
(…ありそうだよね…)
 「今日も一日、いい日だった」と、思っていそうな鈍い恋人。
 頭の中身は仕事のこととか、柔道部のことで一杯で。
 空いた部分も、今日のニュースや読んだ本などで埋め尽くされて。


 如何にもありそう、と振ってみた首。
 チビの恋人のことなど忘れて、寛いで過ごしていそうなハーレイ。
(来てくれない日は、そうなっちゃいそう…)
 思い出してくれる日もあるだろうけれど、忘れ去られている日も多そう。
 その日の過ごし方によっては、ハーレイが時間を何に使ったか、それによっては。
(…学校の会議が長引いたんなら…)
 終わる時間が遅くなったせいで、この家に来られなかったなら。
 そういう時なら、ハーレイも覚えていてくれるだろう。
 「今日は行けなくなっちまったな」と、腕の時計を見るだろうから。
 車で家に帰った後にも、「もう少し早く終わっていたら…」と、きっと何度か思ってくれる。
 けれど、会議とは違った理由。
 仕事で遅くなったわけではなかった時なら、チビの恋人のことなどは…。
(…ハーレイ、忘れていそうだよ…)
 他の先生たちと一緒に、食事に出掛けて行ったなら。
 ワイワイ賑やかに食事した後は、車ではない先生たちを送って行ったなら。
(…そういう日だって、あるもんね?)
 何度か、ハーレイから聞いた。
 「昨日はすまん」だとか、「この前はすまん」と謝られて。
 他の先生たちと食事に行っていたから、此処には来られなかったのだ、と。
(ちゃんと謝ってはくれるんだけど…)
 それは後から、次の日とか、何日か後だとか。
 「実は来られる日があったんだが…」と後で明かされる、ハーレイが楽しく過ごしていた日。
 きっと仕事で来られないのだ、と思って我慢していたのに。
(ハーレイだって忙しいんだから、って…)
 今日は我慢、と自分自身に言い聞かせたのに、そのハーレイは、同じ頃には…。
(他の先生たちと食事で…)
 美味しい料理に、はずむ会話に、弾ける笑い。
 そうやって過ごして、食事が終わって、家に帰った後だって…。


 ぼくのことなんか忘れているよ、とプウッと膨れそうな頬っぺた。
 きっと忘れているんだからと、「忘れてコーヒーなんだから」と。
 「今日は有意義な日だったよな」と、コーヒーを淹れていそうなハーレイ。
 やっと家まで帰って来たから、一息入れてのんびりするか、と。
(…コーヒーを淹れて飲んでる時に…)
 ようやく思い出してくれたら、マシな方。
 放っておいたチビの恋人のことを、「あいつ、どうしているんだか…」と。
 もう眠っている時間にしたって、思い出してくれたら嬉しいけれど。
(そのまま忘れて、寝ちゃうってことも…)
 まるで無いとは言い切れないから、悔しい気分。
 「どうせチビだよ」と、「キスも出来ないチビの子供で、一緒に暮らせないんだよ」と。
 もしも一緒に暮らしていたなら、忘れられたりしないのに。
 どんなに仕事で遅くなっても、他の先生と食事に出掛けた時だって。
(家に帰れば、ぼくがいるんだから…)
 待ちくたびれて先に眠っていたって、ハーレイはキスを贈ってくれる。
 起こさないよう、頬っぺたか、額にでも、そっと。
(だけど、チビだと…)
 忘れ去られてしまっておしまい、コーヒーを飲んだら寝そうなハーレイ。
 お風呂に入って、「いい日だった」と大満足で。
(それは嫌だし…)
 明日のハーレイに、そんな予定が来ませんように、と祈るような気持ち。
 仕事だったら諦めるけれど、ハーレイが楽しく出掛ける食事。
 他の先生に誘われて。
 私が車を出しますから、と他の先生も車に乗っけて、出掛けて行ってしまうハーレイ。
 チビの自分のことなど忘れて、いそいそと。
(最初は覚えているだろうけど…)
 途中で忘れ去られるだろうし、家に帰っても、それっきり。
 コーヒーを淹れて「いい日だった」と、チビの恋人は忘れたままで。


 そんなの嫌だ、と思うけれども、ハーレイの予定は分からない。
 ハーレイにだって急な誘いは分かりはしないし、明日になるまで本当に謎。
(明日になっても、放課後までは…)
 答えは出ないのかもしれない。
 ハーレイが訪ねて来てくれるのか、来られない日になってしまうか。
 そうなる理由は仕事のせいか、楽しい食事の誘いのせいか、それさえも。
(…ホントのホントに読めないんだから…)
 未来のことなんか分からないよね、と思ったはずみに掠めたこと。
 前の自分もそうだった、と。
(…フィシス、未来を占ってたけど…)
 それは漠然としていたものだし、フィシスが来たって明日のことなど分からないまま。
 ミュウの未来がどうなってゆくか、白いシャングリラがどうなるのか。
 誰にも未来は見えはしなくて、いつも不安を抱えていた。
 夜が来たなら、この夜は明けてくれるのかと。
 夜が明けたら、今日という日は無事に終わってくれるのかと。
(…ホントに誰にも見えなかったよ…)
 ミュウという種族がこれから先も生きてゆけるか、シャングリラは地球に着けるのか。
 いつだって未来は見えもしないまま、前の自分は生き続けて…。
(…未来、見ないで死んじゃった…)
 焦がれ続けた地球さえも見ずに、ミュウの未来を守るためだけに。
 守った未来も、本当にそれを守れたかどうか、答えを得られもしないままで。
(…それでも、前のぼく、頑張って生きて…)
 白いシャングリラを守って死んだ、と気付いて、今の自分を思う。
 同じ見えない未来にしたって、なんて平凡なのだろう、と。
(…ハーレイが来るか、来ないかだけで…)
 来られない理由が、食事でなければいいなんて。
 ハーレイがチビの自分を忘れて、楽しく過ごす日にならなければ充分だなんて。
 前の自分は、未来も見ずに死んだのに。
 命を懸けて守った未来があるかどうかも、確かめられずに終わったのに。


(今のぼくって…)
 同じ未来でも、読めない中身が平凡だよね、と瞬かせた瞳。
 ミュウの未来や、白いシャングリラの行く末ではなくて、恋人のこと。
 それで頬っぺたを膨らませたり、「そんなの嫌だ」と思ったり。
(…チビになっちゃっただけじゃなくって…)
 中身も小さくなっちゃった、と比べたソルジャー・ブルーだった頃。
 まるで違うし、あちらはとても偉いのだけれど…。
(今のぼく、うんと幸せだから…)
 平凡だよね、と思う中身でいいのだろう。
 今は「ケチだ」と思ったりもする、キスもくれない愛おしい人。
 そのハーレイと地球に来られて、また巡り会うことが出来たから。
 チビの間は無理だけれども、いつか大きくなった時には、ちゃんと結婚出来るのだから…。

 

         平凡だよね・了


※ブルー君が気になる、ハーレイ先生の明日の予定。家に来てくれればいいのに、と。
 けれど未来は見えないもの。前の自分の頃に比べたら、今は…。平凡なのが幸せですv






拍手[0回]

(さて、と…)
 今日も一日終わったってな、とハーレイが傾けたコーヒー。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、夜の書斎で。
(あいつの家にも、帰りに寄れたし…)
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、今は自分の教え子だから…。
(晩飯を一緒に食えたら上等、そんなトコだな)
 休日はともかく、平日は。
 仕事の帰りにブルーの家に寄れた時には、ブルーの両親も交えて夕食。
 それまでの時間はブルーの部屋で、お茶とお菓子でのんびり過ごす。
(今日はそういう日だったが…)
 はてさて、明日はどうなるのやら、と考える。
 遅くなりそうな会議の予定は無いのだけれども、柔道部の方が大いに問題。
(最近、これっていうほどの怪我も無いから…)
 そろそろ弛んで来てやがる、と分かっているのがクラブの生徒。
 注意したって、こればっかりは本人次第。
 気が緩んでいれば怪我しかねないし、そうなった時は…。
(俺の予定も狂っちまうぞ)
 怪我した生徒が保健室だけで済むとは限らないから、病院へ連れてゆくだとか。
 保健室で済んでも足の怪我なら、家まで車で送るとか。
(どっちのコースも…)
 帰りが遅くなるんだよなあ、と経験からとうに出ている答え。
 怪我をした生徒を送って行ったら、平謝りなのが生徒の家族。
 「うちの息子がご迷惑を…」と、生徒にも何度も謝らせた上に…。
(どうぞお茶でも、と家にだな…)
 招き入れられて、それっきり。
 お茶だけで済まないことも多くて、ブルーの家よろしく夕食も食べることになるとか。


 そのこと自体はいいんだが…、と思うし、有難いとも思う。
 息子の怪我はお前のせいだ、と責めるような親はいないから。
 監督不行き届きと言われるどころか、「私たちの躾が悪いんです」と詫びる親たち。
 息子の頭をコツンと小突いて、「ハーレイ先生に謝りなさい!」と。
 とうに学校は終わっているのに、こんな時間までご迷惑を、と。
(それから「どうぞ、お茶でも」だから…)
 断ったら却って申し訳ないし、「では、少しだけ…」と入る家。
 けれど、言葉通りに「お茶だけ」の家は、お目にかかったことが無い。
 必ず添えられる、ちょっとした菓子。
(こんな物しか無いんですが、って…)
 息子のおやつに、と買ったのだろう、スナック菓子が出たことだって。
 心遣いだけで嬉しいものだし、「いただきます」と食べるスナック菓子。
 そんな具合だから、「夕食もどうぞ」と誘われたなら…。
(有難く御馳走になるってモンで…)
 怪我をして叱られた生徒の方も、夕食の席では笑顔が弾ける。
 生徒たちにとっては「憧れのハーレイ先生」なのだし、ヒーローと一緒の夕食だから。
 「プロの選手にならないか」と誘われたほどの、ちょっと知られた有名人。
(まあ、ヒーローにもなるってこった)
 生徒はもちろん、家族もあれこれ聞きたがるのが学生時代の試合の話。
 アッと言う間に経ってゆく時間、家に帰ると…。
(今日と同じで、もうすっかりと…)
 夜なんだよな、と苦笑い。
 前はそれでも良かったけれども、この春からは変わった事情。
(あいつが膨れちまうんだ…)
 帰りに寄ってやれなかったら、ガッカリするのが小さなブルー。
 毎日は無理だ、とブルーも充分、知っているけれど…。
(それでも寂しがっちまうから…)
 出来れば避けたい、他の生徒の家での歓談。
 ブルーの家とは違う所で、のんびりお茶だの、夕食だの。


 まるで読めない、明日の放課後。
 会議の予定の方にしたって、今は入っていないだけで…。
(急な会議もあるからなあ…)
 これまた読めん、とコーヒーのカップを傾ける。
 急な会議だと、始まる時間も終わる時間も全くの謎。
 長引いたならば、やはり行けないブルーの家。
(早く終わる会議もあるんだが…)
 始めてみないと分からないよな、と仕事だからこそ、よく分かる。
 予定通りに進む会議と、そうでない会議。
 どちらも会議で、そういった会議が入らなくても…。
(帰りに何処かで食事でも、っていうヤツも…)
 そろそろ来そうな頃合いなんだ、と思う同僚たちからの誘い。
 たまには一緒に食事しよう、と誘われたならば、それも嬉しいお誘いだから…。
(あいつの家に出掛ける代わりに…)
 行っちまうんだ、と出ている自分の答え。
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と膨れっ面になるだろう恋人、そちらよりも同僚。
 ブルーの家なら、次の機会は幾つもあるから困らない。
 けれど、同僚たちの方だと、そうはいかない、それぞれの予定。
 「今日は空いている」と皆の都合が合った時しか、食事の誘いは来ないのだから。
(…どれも来ないかもしれんがな…)
 食事の誘いも、急な会議も、生徒の怪我も。
 ごくごく平凡に終わる一日、そう、今日のように。
 そういった日の方が遥かに多いし、多分、明日だって平凡だろう。
 とはいえ、一応、心の準備は…。
(しておかないとな?)
 思った通りに進まなかった時に、「こんな筈では…」と焦らないように。
 ブルーの家に寄れずに帰ることになっても、「こんなモンさ」と思えるように。


 何事も心の準備というのが肝心で…、と思うこと。
 それが自分の信条でもあるし、何があっても焦らない。
 急な会議でも、生徒の怪我でも、直ぐに対応出来てこそ。
(それも出来ないようでは、だ…)
 柔道なんぞ、やっていられるか、とコクリと飲んだカップのコーヒー。
 一瞬の焦りが命取りだし、試合は常に真剣勝負。
 試合の時だけ、焦らない自分を作ろうとしても無理なこと。
(普段からの心構えってヤツが…)
 大切なんだ、と生徒たちにも指導する。
 どんな時にも焦らないこと、「焦れば自滅しちまうぞ」と。
 水泳の方にしても同じで、焦れば自分自身に負ける。
 実力を発揮出来もしないで、どんどん狂ってゆくペース。
 思い通りに動かない身体が足を引っ張り、無残に負けてしまう試合。
(だからだな…)
 日頃からきちんと先を読んで…、と思った所で掠めたこと。
 「前の俺だって、そうじゃないか」と。
 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた自分。
 白いシャングリラの舵を握って、船を纏めていたけれど…。
(あの頃だって、焦れば終わりで…)
 常に自分を戒めていた。
 「落ち着け」と、「いつも、先の先まで読んでおけ」と。
 シャングリラの航路を決める時にも、船の舵を握っている時も。
 勤務時間が終わった後にも、やはり何処かにあった緊張。
(どうなっちまうか分からないしな?)
 明日の予定というものが。
 そもそも、その明日が来るかどうかも…。
(あの船じゃ、分からなかったんだ…)
 夜の間に人類軍に発見されたら、全て終わるかもしれないから。
 白いシャングリラは沈んでしまって、明日は来ないかもしれないから。


(…そうだったっけな…)
 前の俺だって読んでいたんだ、と気付いた「先の先まで読む」こと。
 会議にしても、あの船で共に暮らした仲間たちのことも、何もかもを。
(…俺が読み誤ったなら…)
 終わりかもしれないシャングリラ。
 航路設定を間違えたならば、出くわすかもしれない人類軍の船。
 本格的な戦闘状態に入った後には、もう毎日が緊張の連続だった筈。
 地球に着くまで、前のブルーに頼まれたことを果たすまで。
(ジョミーを支えてやってくれ、って…)
 そう言い残して、メギドに向かって飛び去ったブルー。
 愛おしい人を失った後も、前の自分は生き続けた。
 シャングリラを地球まで運ぶためだけに、先の先まで読み続けて。
 魂はとうに死んでいたのに、生ける屍だったのに。
(あんな芸当が出来たのも…)
 それまでに長く培った日々のお蔭だったし、やはり日頃の心構えが大切らしい。
 前の自分はブルーと過ごした長い年月をかけて、「焦らない」自分を作ったけれど。
 愛おしい人を失ってさえも、きちんと務めを果たしたけれど…。
(今じゃ、同じに心構えをしてたって…)
 生徒の怪我に、学校の会議に…、と折ってゆく指。
 おまけに同僚と出掛ける食事で、その結果、駄目になるものは…。
(あいつの家で、晩飯を一緒に食うってことで…)
 なんてこった、と可笑しくなった。
 前とは全く違うじゃないかと、誰の命もミュウの未来も懸かってないぞ、と。
 明日への心構えをしたって、この程度か、と。
(うんと平凡になっちまったなあ…)
 俺の人生、平凡だよな、と思うけれども、それが幸せ。
 もうキャプテンではなくなった上に、ブルーも一緒なのだから。
 二人で青い地球に来た上、今度は恋を明かして結婚出来るのだから…。

 

        平凡だよな・了


※先のことを読んでおかないと、というのが信条のハーレイ先生。焦らないように。
 同じだったのが前の自分で、けれど全く違った責任。平凡なのも、きっと幸せv






拍手[0回]

(えーっと…)
 やっぱりぼくが映ってるよね、と小さなブルーが覗いた鏡。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、何の気なしに。
 自分の部屋にある鏡。
 それほど大きくないのだけれども、やはり鏡は必要だから。
 学校へ行く前に着込む制服、襟元がきちんとしているかどうか、見るだとか。
 それに髪の毛、銀色の髪に寝癖がついていたならば…。
(ママに直して貰わなきゃ…)
 自分では上手く直せないから、いつもより急いで着替える朝。
 寝癖直しを頼む分だけ、それに必要な時間の分だけ。
(朝御飯、ママはいいんだけれど…)
 父は仕事に出掛けてゆくから、母がそちらに手を取られている時もある。
 「あれは何処だった?」と父が訊くとか、「取って来てくれ」と頼むとか。
 そうなった時は父が優先、寝癖直しは後回し。
(…ぼくの髪なら、そのまま学校に行ったって…)
 笑われるだけで、つまり困るのは自分だけ。
 けれども、父はそうはいかない。
 仕事に行くのに持って行くもの、それが無ければ会社の人や他の誰かが…。
(…困っちゃうしね?)
 父が持ってゆく筈だったものが、届かないままになったなら。
 会社の仕事とは無関係でも、父に借りようとしていた何かが借りられないままになるだとか。
 そうならないよう、頼み事なら父を優先するのが母。
 「ちょっと待ってね」と後回しになる、跳ねてしまった銀色の髪。
 幸いなことに、間に合わないで学校に行く羽目に陥ったことは無いけれど…。
(ぼくがのんびり着替えてたら…)
 そういう悲劇も起こり得るから、朝は鏡を覗いてみる。
 「大丈夫かな?」と、顔を洗いに行くよりも前に。


 鏡だったら、洗面所にもあるけれど。
 部屋の鏡より大きな鏡が待っているけれど、まずは部屋でのチェックから。
 「今朝の髪の毛は大丈夫?」と。
 其処でピョコンと跳ねていたなら、洗面所で歯を磨く間も…。
(直すの、間に合いますように、って…)
 祈りながらで、部屋に戻ったら急いで着替え。
 制服を着込んで駆けてゆく階下、朝食の支度が整っているダイニングまで。
 「ママ、お願い!」と。
 「ぼくの髪の毛、また跳ねちゃった」と、「寝癖、直して!」と。
 母に頼んだら、作って貰える蒸しタオル。
 トーストを齧ったりしている間に、頭の上に母が乗っけてくれる。
(タオル、ホカホカ…)
 熱いタオルの湯気と熱とで、綺麗に直る跳ねた髪。
 それをする時間が欲しいのだったら、朝は必ず、髪の具合を調べること。
 部屋の鏡を覗き込んで。
 洗面台の鏡を覗くよりも前に、「急がなくちゃ」と心の準備。
(寝癖を見るのと、制服をきちんと着るためと…)
 この鏡は朝の相棒だよね、と改めて覗いてみる鏡。
 夜は出番が無いけれど。
 パジャマ姿で映っていたって、何の役にも立たない鏡。
(…パジャマで外には出掛けないし…)
 寝癖だって、これからつく時間。
 ベッドに入って朝までぐっすり、その間についてしまうのが寝癖。
 変な具合に頭が枕に乗っかったりして、髪が押されて。
 そうでなければ被った上掛け、それが悪戯してしまって。
(ホントに今は出番が無いよね)
 この鏡、と指でつついてみる。
 パジャマの自分を映し出しても、鏡は役に立たないから。


 チョンと鏡をつついた指。
 鏡の向こうの自分も同じに、こちらに指を出して来た。
 こちらと向こうと、鏡を挟んで重なった指。
(向こうにも、ぼく…)
 不意に茶目っ気、ペロリと舌を出してみた。
 そしたら向こうも舌を出すから、面白くもあるし、ちょっと考え方を変えたら…。
(生意気だよね?)
 鏡のくせに、という気もする。
 自分を真似て舌を出すから、まるで鏡に馬鹿にされているようだから。
(うーん…)
 ぼくなんだけど、これは鏡だし…、と眉間にちょっぴり寄せた皺。
 舌を出したのは自分か鏡か、なんとも難しい所。
(鏡の精っていうの、いるよね…?)
 お伽話だと、そういう鏡が出て来るから。
 鏡に向かって「誰が一番綺麗なの?」と質問したなら、答える鏡の話があるから。
(最初の間は、お妃様が一番綺麗で…)
 大満足なのがお妃様。
 けれど、王様の娘が大きくなったなら…。
(一番綺麗な人は、お妃様から白雪姫になっちゃって…)
 大変なことになってしまうのが、お伽話の中の鏡の答え。
 もっとも鏡の精がいたって、自分は訊きはしないけど。
(この地球の中で、誰が一番綺麗なの、って訊いたって…)
 鏡の答えは、きっと自分が知らない誰か。
 母は優しくて綺麗だけれども、もっと綺麗な人は大勢。
(シャングリラの中なら、誰なのか直ぐに分かるけど…)
 此処じゃ無理だよ、と思う地球。
 一番綺麗な人が誰か聞いても、多分、その人を知らないから。
 有名な女優や歌手とかだったら、「ああ、あの人!」とピンと来るかもしれないけれど。


 鏡の精が入っていたって役に立たない、と眺める鏡。
 質問したって、返った答えが分からないなら、まるで駄目。
(それに、一番綺麗な人が誰か分かっても…)
 ぼくが腹を立てるわけないんだから、とクスクス笑い。
 地球どころか、宇宙で一番綺麗な人でも、自分にとってはどうでもいいこと。
 そんな美人に興味など無いし、どちらかと言えば…。
(美人の逆…)
 ぼくが好きな人は、美人なんかじゃないんだから、と頭に思い浮かべた恋人。
 前の生から愛したハーレイ、美人ではなくて逆な恋人。
(薔薇の花もジャムも、似合わないって…)
 そんな評判が立っていたほど、女性陣にはモテていなかった。
 だから美人はどうでもいいし、鏡の精が何と答えても、怒る理由が無いのが自分。
 「今はそういう人がいるのか」と思う程度で、「誰だろう?」と首を傾げておしまい。
 ある日、鏡が違う答えを返しても…。
(もっと綺麗な人が見付かったみたい、って思うだけ…)
 ぼくにはホントに用事が無いや、と鏡の精も出番が無い。
 こんな夜なら、鏡の精が「御用ですか?」と現れそうなのに。
 明るい日射しが射し込む朝より、夜の方が神秘的なのに。
(でも、出て来ても…)
 尋ねることが何もないや、と思ったけれど。
 鏡の精に訊きたいことなど、ありはしないと考えたけれど…。
(…ちょっと待ってよ…?)
 鏡の向こうにいる自分。
 さっき自分に舌を出していた、鏡の精を連想した自分。
 チビの子供で、十四歳にしかならないけれど…。
(…ぼくって、どうなの…?)
 前の自分の姿に比べて、どうだろう?
 ハーレイがキスもくれない自分は、チビの自分は。


 もしも鏡の精がいたなら、訊きたい気分になって来た。
(世界で一番、綺麗なぼくって…)
 今の自分か、遠く遥かな時の彼方で死んでしまったソルジャー・ブルーか。
 きっとハーレイが惹かれる自分は、綺麗な方に違いない。
 同じブルーでも、同じ魂でも、どちらか選んでいいのなら…。
(…綺麗な方がいいに決まってるよね?)
 恋人にするのも、連れて歩くのも。
 いつか結婚するにしたって、断然、綺麗な方のブルー。
 ということは、チビの自分は…。
(…ハーレイ、キスもしてくれないから…)
 鏡の精に訊いてみたなら、悲しい答えが返るのだろうか。
 「世界で一番綺麗なぼくって、誰か教えて」と訊いたなら。
(…それはもちろん、あなたです、って答える代わりに…)
 迷いもしないで鏡が答える、時の彼方の自分の名前。
 今の時代も知られた英雄、ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
 「もちろん、ソルジャー・ブルーですとも」と自信たっぷりに答える鏡。
 映っているのはチビの自分なのに、質問したのもチビなのに。
(…ぼくだって、言ってくれなくて…)
 前の自分の名が返ったなら、どうすればいいというのだろう?
 お伽話の悪いお妃なら、それは慌てて白雪姫を殺しに行くけれど…。
(前のぼくの所に、毒が入ったリンゴを届けに行ったって…)
 それは行くだけ無駄というもの。
 毒のリンゴを届けなくても、ソルジャー・ブルーはとうに死んだから。
 メギドを沈めて死んでしまって、生まれ変わってチビの自分になったから。
(…ぼく、悪いお妃にもなれないんだけど…!)
 鏡の精が本当のことを言ったって。
 「世界で一番綺麗なブルーは、もちろんソルジャー・ブルーですよ」と告げたって。
 いないライバルは殺せもしなくて、殺すよりも前に死んでいる有様。
 チビの自分が此処にいるなら、ソルジャー・ブルーは宇宙の何処にもいないのだから。


(…世界で一番、綺麗なブルー…)
 ハーレイがそれを探しているなら、チビの自分は手も足も出ない。
 どんなに悔しくて歯軋りしたって、ソルジャー・ブルーに毒のリンゴは…。
(届けられないし、届けに行っても、食べるより前に死んじゃってるから…!)
 どう頑張ってもソルジャー・ブルーに勝てはしなくて、チビの自分は負けたまま。
 世界で一番綺麗なブルーは、ソルジャー・ブルー。
(…ハーレイのお目当て、そっちだったら…)
 キスが駄目でも仕方ないよね、と覗いた鏡の中にチビ。
 鏡の向こうに、いつか大きく育った自分が映る日がやって来ない限りは…。
(…負けっ放しだよ…)
 前のぼくに、と睨んだ鏡。
 なんて鏡は酷いんだろうと、鏡の精がいるみたい、と。
 鏡の向こうに、世界で一番綺麗なブルーの姿は映っていないから。
 チビの自分しか映っていなくて、チビのままだとハーレイはキスもくれないから…。

 

         鏡の向こうに・了


※鏡の向こうを見ている間に、鏡の精がいるような気がして来たブルー君。でも…。
 世界で一番綺麗なブルーが前の自分でも、届けられない毒リンゴ。子供ならではの発想かもv






拍手[0回]

(ふうむ…)
 俺だよな、とハーレイが何の気なしに覗いた鏡。
 とうに夜更けで、コーヒーだって飲んでしまった後。
 片付けを済ませて入ったのが風呂、ゆったり浸かって出て来た所。
 バスルームからの湯気で、少し曇った洗面台の鏡。
 じきに曇りは消えるけれども、其処に映っている自分。
(風呂上がりってヤツは締まらんなあ…)
 身体のことではないんだが、と浮かべた苦笑。
 柔道と水泳で鍛えた身体は、今もトレーニングを欠かさない。
 学校では柔道部員たちと一緒に走り込みもするし、家にいる時はジョギングも。
 もちろんジムにも出掛けてゆくから、まるで衰えない肉体。
(年は取らなくても、何もしなけりゃ、なまっちまうし…)
 それに元々、運動好き。
 ブルーの家へと出掛けてゆく日が多くなった分、きちんと調整。
 小さなブルーとお茶やお菓子や、のんびり食事で過ごした後には運動を。
(こっちは普段の俺なんだがな…)
 身体だけはな、とポンと叩いてみる肩。
 その仕草でも動く筋肉、充分に自慢出来るのだけれど。
(…この髪だけは、どうにもならんぞ)
 ガシガシ洗えばこうなっちまうが、と眺める少しくすんだ金髪。
 すっかりと濡れてペシャンとへこんで、それをタオルで拭いたものだから…。
(好き勝手な方を向いていやがる)
 前にパラリと垂れているのや、あちらこちらに跳ねているのや。
 まるで締まらない、今の髪型。
 濡れたままでも撫でつけてやれば、いつものスタイルに戻るけれども。
(こうすりゃ、元の木阿弥なんだ)
 タオルで拭きにかかったら、と乱れ放題の髪を見る。
 短いたてがみのライオンよろしく、もう本当にメチャクチャだから。


 生徒たちには見せられないな、と思う自分のヘアスタイル。
 ただし、スーツの時だけれども。
(学校でも、シャワーを浴びた後なら…)
 こうなるもんだ、と分かっている。
 柔道部で汗を流した後にはシャワーなのだし、其処へ生徒がやって来たなら見る姿。
 夏はプールで泳いでもいたし、水泳部の生徒たちも見ていた。
 プールからザバッと上がった後に、プールサイドでタオルで拭いていたから。
(しかし、TPOってヤツで…)
 そうなって当然の時ならともかく、授業に出ては行けない頭。
 何処から見たって「たるんでいる」姿、寝起きでやって来たかのよう。
(家だからこいつでいいんだが…)
 我ながら間抜けな姿だよな、と拭いてゆく髪。
 水気をそこそこ拭い取れるまで、雫が落ちない程度まで。
(…こんなモンかな)
 後は寝るまで部屋でゆったり、コーヒー抜きでの軽い休憩。
 ベッドサイドに置いてある本、それを広げてみたりして。
 そうしている間に乾く髪。
 すっかり乾けば丁度頃合い、ベッドに入って眠るだけ。
(その前に、と…)
 一応、いつもの俺のスタイル、と撫でつけた髪。
 パラリと前に垂れているのを、頭の上へ掻き上げて。
 好き放題に跳ねているのも、含んだ水気でオールバックに。
(これで良し、ってな)
 俺の髪だ、と大満足。
 自分しかいない家の中でも、ライオンのたてがみは酷いから。
 やはりきちんとしておきたいから、どうせ寝癖がつくにしたって…。
(こいつでないと駄目なんだ)
 俺はコレだ、と眺めたキャプテン・ハーレイ風の髪型。
 もう何年もこれ一筋だし、すっかり馴染んだヘアスタイル。


 ライオンよりもキャプテン・ハーレイ、それでないと、と思ったけれど。
 それでこそ自分のヘアスタイルだし、「よし」と満足したけれど。
(…おいおいおい…)
 俺なんだがな、と改めて覗いた鏡の向こう。
 キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイルで映った自分は、まさにその…。
(…キャプテン・ハーレイそのものだぞ?)
 前はそうではなかったんだが、と瞬かせた瞳。
 少なくとも春には違ったんだと、「四月は明らかに違っていたな」と。
 四月だったら、今の学校にはいなかったから。
 前に勤めていた学校。
 其処から今の学校へ転任してくる予定が、途中で狂った。
 急な欠員が出来た前の学校、新しい教師を急いで見付け出さないと…。
(古典の授業が上手く回らないと来たもんだ)
 だから頼む、と請われて残った。
 今の学校なら、一人足りなくても間に合うだけの数の教師がいたから。
(でもって、俺の代わりが見付かって…)
 引き継ぎなどを無事に済ませて、キリのいい所で今の学校へ。
 五月からの着任、こちらでも急いで引き継ぎしてから…。
(…あいつのクラスに行ったってな)
 小さなブルーがいる教室へと、颯爽と。
 忘れもしない五月の三日に、挨拶なんかを考えながら。
 生徒の心を掴むためには、大切なのが第一印象。
 足を踏み入れたクラスの雰囲気、それを見定めて放つ第一声。
 「はじめまして」とやるのがいいか、「こら、静かに!」とやらかすか。
 此処のクラスはどうしたもんか、と扉を開けて入って行ったのに…。
(…挨拶どころじゃなかったんだ…)
 入った自分の顔を見るなり、ブルーに現れた聖痕。
 たちまち血まみれになったのがブルー、挨拶は何処かへ吹き飛んだ。
 いきなり倒れた生徒の出血、それが最優先だから。


 てっきり何かの事故だと思った、小さなブルーが起こした出血。
 「大丈夫か!?」と慌てて駆け寄った途端、前の自分が戻って来た。
 キャプテン・ハーレイだった自分が、前の記憶が。
 遠く遥かな時の彼方から、まるで知らなかった前の自分の正体が。
(…あれで人生、変わっちまった…)
 恋人までが出来ちまったぞ、と思う鏡に映った自分。
 キャプテン・ハーレイ風の髪型、「生まれ変わりか?」と何度も言われた顔。
 ただの偶然だと、「他人の空似だ」と思っていたのが、今や本物のキャプテン・ハーレイ。
 生まれ変わって別人とはいえ、中身は本物。
 キャプテン・ハーレイの記憶を引き継ぎ、魂も同じものだから。
 前の自分が愛した恋人、その人も忘れていないから。
(…あいつはチビになっちまったが…)
 それでも俺のブルーなんだ、と思い浮かべた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、今は自分の教え子だけれど。
 キスさえ出来ない子供だけれども、それでも中身は前と同じで…。
(…あいつ、ソルジャー・ブルーなんだ…)
 だからこそ持っていた聖痕。
 ソルジャー・ブルーがメギドで撃たれた時の傷痕、それを背負っていたブルー。
 今は欠片も現れないから、本当にただの子供だけれど。
 前のブルーがチビだった頃に、アルタミラで出会った頃のブルーにそっくりなだけの。
(…そして俺はキャプテン・ハーレイでだな…)
 髪型通りになっちまった、と見詰める鏡。
 キャプテン・ハーレイそっくりな顔に、キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイル。
 今もやっぱり、何も知らない人が見たなら…。
(似てるってだけのことなんだがな…)
 前と少しも変わらないが、と思うけれども、変わった中身。
 本物になってしまったから。
 前の自分の記憶が戻って、正真正銘、キャプテン・ハーレイそのものだから。


(うーむ…)
 まさか本当にこうなるとはな、と鏡の自分に困った笑みを向けてみた。
 「おい、お前さんはどう思う?」と。
 「お前が前の俺だとしたなら、今の状態をどう思う?」と。
 キャプテンとして船を纏めていたのが、今ではただの古典の教師。
 ソルジャーだった恋人の方は、チビの教え子という現状。
(…まるで想像もつかないよな?)
 俺と同じで、とキャプテン・ハーレイだった頃に思いを馳せる。
 今の自分が驚いたように、あちらもきっと驚くのだろう。
 「どうして俺が」と鏡を見て。
 キャプテンの自分はどうなったのだと、なんだって地球にいるのかと。
(ブルーもついてて、幸せな日々じゃあるんだが…)
 もうとびきりのサプライズだぞ、と「前の自分がこうなったなら」と考える。
 ある日突然、古典の教師になったなら。
 白いシャングリラは消えてしまって、洗面台の鏡の前にいたならば。
(髪型が妙になってるぞ、ってトコまではいいが…)
 其処までは前の人生でも何度もあったことだし、同じに撫でつけていたものの。
 キャプテンたるもの、こうでないと、と心がけてはいたものの…。
(…こう変わるとは思わんぞ?)
 ビックリだよな、と眺めた鏡。
 鏡の向こうは前と同じに自分だけれども、違うから。
 キャプテン・ハーレイだった自分は、古典の教師になったから。
 しかも小さなブルーつき。
 きっと幸せに生きてゆけるし、青い地球までが自分を迎えてくれたのだから…。

 

        鏡の向こうは・了


※ハーレイ先生が何の気なしに眺めた鏡。ヘアスタイルのことを考えていた筈が…。
 気付けば、鏡に映る自分が前とは違っている現実。ビックリですけど、きっと幸せv






拍手[0回]

Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]