(当てて欲しかったのは分かるんだがな…)
しかし俺にも都合があって、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
遠く遥かな時の彼方で「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた人、その生まれ変わり。
気高く美しかった人は帰って来てくれたけれど、子供の姿になってしまった。
十四歳にしかならない子供に、今の自分が勤める学校の生徒になって戻ったブルー。
今日はブルーのクラスで教えて、生徒たちに向かって投げた質問。
「これが分かるか?」と、「分かったヤツは手を挙げろ」と。
質問の答えが簡単だったら、「ハイッ!」と幾つも手が挙がるけれど。
答えが難しくなればなるほど、まるで挙がらなくなってゆく。
(そういう時でも、挙げるのがあいつで…)
今日も必死に挙げてたっけな、と小さなブルーを思い出す。
体育はまるで駄目らしいけれど、運動以外は成績優秀なのがブルー。
どの科目でもトップの成績、もちろん古典も文句なし。
(あいつに当てれば、もう間違いなく正解なんだが…)
それでは俺が困るんだ、と教師の立場で考えること。
挙がる手の数が少ないのならば、理解している生徒も少ない。
其処で「理解できている」生徒に当てれば、スラスラと答えが返るけれども…。
(それが刺激になる時もあるし、逆になる時もあってだな…)
他の生徒が「どうせ駄目だ」と思ってしまえば逆効果。
正解を聞いて「そうか!」と理解し、次のステップへ進んでくれれば「いい刺激」。
今日の質問は逆の効果が出そうな内容、だからブルーは当ててやれない。
「分かる人しか無理なんだ」と他の生徒が思うから。
やれば自分も出来るのだ、と生徒に自信を持たせてやるのも教師の仕事。
あえて「手を挙げなかった」生徒を選んで、名指しで訊いた。「これの答えは?」と。
自分の授業ではよくあること。
当てられた生徒は慌てるけれども、「よく考えろよ?」と与えるヒント。
教室のボードに書くこともある。正解に辿り着くための道順。
「これの場合は、こうなって、こう」と。「それなら、こいつはどうなるんだ?」と。
今日もそうやって、生徒に自分で考えさせた。「間違えてもいいから答えてみろ」と促して。
少し時間はかかったけれども、きちんと返って来た正解。
何度かミスを繰り返した末に。「本当にそうか?」と訊き返されながら。
(ああいう時には、あいつは当ててやれないんだ…)
どんなに頑張って手を挙げてもな、と心で謝る愛おしい人。
ブルーは「当てて欲しかった」のに。
質問の度に手を挙げ続けて、「ぼくも当ててよ」と赤い瞳が見詰めていたのに。
(どうして俺が当てなかったか、分かってくれてはいるんだろうが…)
それでも諦めないブルー。「もしかしたら」と挙げ続ける手。
「答えはきちんと分かっています」と主張するのではなく、ただ「当たりたい」だけ。
質問に答える間のひと時、独占できる「古典の教師」。
ブルーにだけ向けられる声と瞳と、それが欲しいから「当たりたい」。
その時間だけは、教室の他の生徒たちとは違う扱いになれるから。
「ブルー君」と当てられたならば、教師の自分と一対一で向き合えるから。
(…あいつの気持ちは分かるんだがな…)
そういう時間を欲しがる気持ち。
当てられて答えるだけのことでも、ほんの束の間、二人きりの時間。
大勢のクラスメイトが周りにいたって、一対一の教師と教え子。
他の生徒は割り込めはしない真剣勝負で、ブルーと自分の戦いの場で…。
(あいつが正解を答えて来たなら、俺が負けるというわけだ)
ブルーの答えが間違っていたら、余裕たっぷりに「そうなのか?」と返すのだけれど。
「答える前に、きちんと確かめるんだな」と笑いも出来るけれども、そうはならない正解の時。
よし、としか答えられないから。「よく分かったな」と褒めるだとか。
生徒のブルーを褒めた場合は、教師の自分の負けになる。
それが難問であればあるほど、「してやられる」のが教師というもの。
実際の所は、少しも負けてはいないのだけれど。「負けたふり」のようなものだけど。
(なんたって、こっちはプロなんだしな?)
ブルーがどんなに優秀だろうが、プロの教師には敵わない。
他の生徒も当然同じで、成績が悪い生徒となったら、もっと敵いはしないから…。
(そっちに当てて、頑張りを…)
引き出さないと、と考えた時は「当てない」ブルー。
二人きりの時間を欲しがられても、真剣勝負を挑まれても。
懸命に手を挙げていたって、けしてブルーを当てはしない。
「ぼくに当ててよ」と赤い瞳が訴えていても、「此処にいるよ」と見詰めていても。
(優秀な生徒だからこそ、当てないんだぞ?)
意地悪しているわけじゃないんだ、と愛おしい人を思い浮かべる。
当てて欲しくて手を挙げ続けた人を、それでも一度も当ててやらずに終わった人を。
(…あいつが欲しがる、俺と一対一の時間ってヤツが…)
ブルーにとってはどれほど大事か、自分だってちゃんと分かっている。
「他の生徒は割り込めない」時間、傍から見たなら教師と生徒の真剣勝負。
もちろん中身もそうだけれども、ブルーが欲しがるものは別。
(俺と真剣勝負をしてる間は…)
独占できる、教師の自分。
「ブルー君」と当てた時には、「よし、正解だ」と座らせるまで、ブルーと一対一。
他の生徒に視線を移しはしないし、ブルーと向き合うことになる。
スラスラと正解を口にするブルーと、ほんの少しの間だけでも。
(それが、あいつが欲しい時間で…)
教師の俺でもいいんだよな、と零れる苦笑。
それも「ハーレイ先生」どころか、授業の真っ最中の教師の自分。
休み時間なら立ち話なども出来るけれども、授業は別。
質問ともなれば真剣勝負で、大抵の生徒は「当てられないように」身を潜めるのに。
今日もブルーが欲しがった時間。
当てて貰って、立って答えたくて、何度も何度も挙げていた右手。
質問の度に「はいっ!」と、直ぐに。
「ぼくは此処だよ」と、「ぼくに当てて」と挙げ続けた手。
(…当ててやれなくて済まなかった、って気になっちまうぞ)
あいつが分かってくれていたって、と小さなブルーの胸の中を思う。
きっとブルーなら気付いた筈の、「当てなかった」理由。
今日までにも何度もあったことだし、当てられた他の生徒を見れば分かること。
どうして自分が名指しされずに、他の生徒が当てられたのか。
(分かってくれてる筈なんだが…)
一度もブルーから聞かされていない恨み言。「どうして当ててくれなかったの?」と。
だから気付いている筈なのだし、気付かないほど愚かでもない。
今の自分の教え子は。…教え子になってしまったブルーは。
(しかし、それでも当てて欲しいわけで…)
当たらないのだと分かっていたって、ブルーが挙げずにいられない右手。
「はいっ!」と何度も、諦めないで。
前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶を秘めた右手を何度でも。
「此処にいるよ」と赤い瞳で見詰めて。
「ぼくも当ててよ」と、無理だと分かっていても。
(…俺の教え子なんだがなあ…)
本当は俺の恋人だから、とブルーの気持ちを考えずにはいられない。
授業の間のほんのひと時、恋人の声を、視線を独占したくて挙げられる右手。
「はいっ!」と、いつまでも諦めないで。
今日は自分は当たりそうにない、と気付いていたって、何度でも「はいっ!」と。
当たりさえすれば、恋人を独占できるから。
「ハーレイ先生」よりも更に私的な会話が出来ない、「授業中のハーレイ先生」でも。
恋人には違いないのだから。
声も瞳も、別人になりはしないから。
そんなブルーを当ててやれずに終わった今日。
埋め合わせに帰りに訪ねることさえ、出来ないままで帰ってしまった。自分の家に。
(…あいつ、どうしているんだか…)
寂しがっていないといいんだが、と愛おしい人を想わないではいられない。
今日は話せずに終わったブルーを、当ててさえもやれなかったブルーを。
(教え子なんだが、あいつは俺の大切な…)
恋人だしな、と傾ける愛用のマグカップ。
明日はブルーの家に行けるといいんだが、と。
誰よりもブルーが大切だから。
授業中でも「此処にいるよ」と手を挙げてくれる、小さなブルー。
また巡り会えた愛おしい人の側にいたいと、溢れる想いは止まらない。
今日のブルーがそうだったように。
授業中でも手を挙げ続けて、「ぼくも当てて」と懸命に恋人の視線を求め続けたように…。
教え子なんだが・了
※ハーレイ先生が当ててあげられなかったブルー君。懸命に手を挙げていたのに。
教え子になってしまった恋人、それでも誰よりも大切な人。明日は会えるといいですよねv
(…ぼくの夢…)
夢は一杯あるんだけどね、とブルーの心に浮かんだこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
考えていたのは今夜の夢で、「何がいいかな」と挙げていた。
思い通りにならない世界が眠る時に見る夢だけれども、その夢について。
ハーレイとデートに行く夢もいいし、キスだってしたい。
前の自分の出番は抜きで、と考えていたらポンと出て来た言葉が「夢」。
眠る間に見る夢とは違って、起きている時に描く夢。
将来は何になりたいだとか、そういった現実の世界の夢。
(夢は一杯…)
ホントに沢山、と思うけれども、どの夢にも必ずいるのがハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ハーレイ抜きでは描けないのが、今の自分の将来の夢。幸せ一杯だろう未来。
(今はチビだけど、前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
唇にキスをして貰える。今は額と頬にしかキスは貰えないけれど、本物のキスを。
恋人同士のキスを交わして、キスのその先のことだって。
今だと、どちらも夢の中だけ。それも寝ている間に見る夢。
(…夢の中では幸せだけど…)
起きた途端に引き戻される悲しい現実。今の自分はチビの子供で、夢の中よりずっと小さい。
夢の世界でハーレイとキスを交わしていたのは、自分ではなくて…。
(…前のぼくだってば…)
あれはそうだ、と気付いてしまう。今の自分ではなかったのだ、と。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分が出てくる、目覚めたら悲しくなってしまう夢。
「ぼくじゃなかった」と、「前のぼくにハーレイを盗られちゃった」と。
何度も悲しい思いをしたから、前の自分は抜きで見たいのが夢。眠る時には。
けれども起きている時だったら、前の自分は出てこない。
いくらでも夢を描き放題、ハーレイとの幸せな未来について。
大きくなったらハーレイとキスで、キスのその先のことだって出来る。
デートにも行けて、ハーレイの車でドライブも。
(だけど、一番大きな夢は…)
結婚だよね、と顔が綻ぶ。今の自分の夢と言ったら、「ハーレイのお嫁さん」だから。
まだ両親にも話していなくて、心の中にだけ入っている夢。
ハーレイと何度も約束していて、いつかは夢が叶う日が来る。
前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚できる年になったら。
プロポーズされて、「うん」と返事をしたならば。
(そしたら、ハーレイのお嫁さんだよ)
今はハーレイが家に来てくれても、必ず別れの時が来る。
この部屋でお茶を飲んでいたって、「またな」と椅子から立ち上がるハーレイ。
(…今日は来てくれなかったから…)
別れの言葉は無かったけれども、来てくれた時には耳にするのが「またな」という声。
ハーレイは帰って行ってしまって、一人ポツンと残される。
同じ屋根の下に両親がいても、包まれる独りぼっちの寂しさ。
愛おしい人と一緒に帰れはしなくて、此処に取り残されるから。
(またな、って言ってくれるけど…)
次にハーレイが来てくれる日がいつになるのか、大抵は分からない別れ。
週末だったら確実だけれど、平日の場合はそうはいかない。
(ハーレイが来ようと思っていても…)
会議があったり、柔道部の指導が長引いたりと、何が起こるか読めない翌日。
同僚との食事に誘われたって、ハーレイはそちらを優先だから…。
(来るって約束、してくれなくて…)
別れ際に聞く「またな」の言葉は、挨拶代わりのようなもの。
「また」が明日なのか、明後日なのか、それさえも教えて貰えはしない。
だから、いつでも見送るだけ。
日曜だったら、歩いて帰ってゆくハーレイを。平日だったら、ハーレイが乗っている車を。
そんな具合に別れなくてはいけない今。
キスを貰えないことより何より、辛いのが置いてゆかれること。
何度涙を零しただろうか、「独りぼっちになっちゃった」と。
もっと悲しい「独りぼっち」を知っていたって、寂しい気持ちは変わらない。
(…メギドでも独りぼっちだったけど…)
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして泣きじゃくった自分。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
あの悲しさに比べたら、と思ってはみても、前の自分と今の自分は違うから…。
(やっぱり悲しくなっちゃうんだよ…)
ハーレイが帰って行ってしまって、この家に一人、残されたら。
遠ざかる背中やテールライトを見送った後で、家の中に戻る時になったら。
両親の前では平気なふりを装うけれども、心の中には穴がぽっかり。
愛おしい人は帰ってしまって、次に会う約束も交わしてはいない。
何の約束も聞いていなくて、「またな」の「また」は、いつなのか謎。
二階の部屋へと続く階段、それを上ってゆく間も溜息。
「ハーレイ、帰って行っちゃった」と。
幸せだったのに、また来てしまった別れの時間。次はいつかも分からないなんて、と。
(だけど、ハーレイと結婚したら…)
もうお別れをしなくてもいい。ハーレイは「またな」と帰りはしない。
ハーレイがいるのは、ハーレイが暮らす家だから。
今は「またな」と帰ってゆく家、其処に自分が「お嫁さん」になって行くのだから。
二人一緒に暮らしているなら、ハーレイは帰らなくていい。
自分も背中やテールライトを寂しく見送らなくてもいい。
ハーレイは背中を向ける代わりに、「ただいま」と家に帰ってくる。
仕事を終えたら、前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の愛車に乗って。
それがガレージに入ってくるのに気付いたら…。
(おかえりなさい、って…)
玄関まで迎えに出てゆけばいい。ガレージまで駆けて行ったりもして。
お嫁さんならそうだよね、と思うこと。
「いってらっしゃい」と見送りはしても、「またな」と置いてゆかれはしない。
ハーレイが仕事に行っている間は、家で何をして過ごそうか…?
(お料理はハーレイの方が上手いし…)
家事はしなくていいとも言われた。「お前が家にいてくれるだけでいいんだ」と。
きっとハーレイなら言葉通りに、何もかもやってしまうのだろう。
一人暮らしが長いのだから、掃除も洗濯も慣れたもの。
慣れない自分が格闘するより、ずっと早いに決まっている。何をするにしても。
(…ぼくが寝てる間に、朝御飯の支度も掃除も全部…)
済んでいそうで、留守番くらいしか出来そうなことがない自分。
昼御飯も出来ていそうだから。「お前の昼飯、其処だからな」と作ってあって。
もしかしたら、午前と午後のおやつも用意してあるだとか。
(…おやつだったら、ハーレイの好きなパウンドケーキ…)
母が焼いてくれるパウンドケーキが、今のハーレイの大好物。
隣町に住むハーレイの母が焼くのと、そっくりな味がするという。不思議なことに。
つまりハーレイのおふくろの味で、留守番の間にそれが焼けたらいいけれど…。
(ママにレシピを教わって、練習…)
最初から上手くは出来ないだろうし、きっと何度も練習だろう。
ハーレイが仕事をしている間に、母に習いに出掛けてゆくとか、家で一人で練習だとか。
(卵と、バターと、お砂糖と…)
それに小麦粉、全部を一ポンドずつ使って焼くから「パウンド」ケーキ。
材料を計ってせっせと混ぜて、オーブンに入れて…。
(上手く焼けたらいいけれど…)
失敗して見事に焦げてしまっても、ハーレイなら、きっと…。
(美味そうだな、って…)
気にせずに食べてくれるのだろう。
真っ黒焦げで、パウンドケーキに見えないような出来上がりでも。
味見した自分も「大失敗だよ」と泣きそうなくらいに、とんでもない味に焼き上がっても。
ハーレイだったらきっとそうだ、と夢見る二人で暮らす毎日。
酷い仕上がりのパウンドケーキさえ、喜んでくれるだろう恋人。
家に帰って来てそれを見るなり、「お前、作ってくれたのか?」と。
「俺はこいつが大好きなんだ」と、「今日のも、きっと美味いだろうな」と。
(…どんな出来でも、褒められちゃうから…)
本当に美味しく出来上がった時に、それを分かって貰えるかどうか、ちょっぴり心配。
自分の努力は報われるのかと、とびきりの笑顔が見られるのかと。
(でも、ハーレイのお母さんの味…)
再現したなら、ハーレイが気付かない筈がない。母のケーキに気付いたのだから。
今もパウンドケーキが出る度、「美味いんだよな」と喜ぶから。
(やっと出来たな、って大感激とか…?)
もう高々と抱き上げてくれて、幾つものキスを貰えるだろうか。
唇はもちろん、頬にも、額にも、幾つも幾つも御褒美のキス。
「流石は俺の嫁さんだ」と、「このケーキが食いたかったんだ」と。
(きっと、そんな感じ…)
大喜びでケーキを食べた後には、自分も食べて貰えるのだろう。
チビの自分はキスさえ許して貰えないけれど、結婚したなら一緒にベッドに行けるから。
(お別れどころか、朝まで一緒…)
そして起きたら、ハーレイが作ってくれた朝御飯。
二人で幸せに食べ終わったら、「いってらっしゃい」と見送る平日。
休日だったらデートにドライブ、考えるほどに尽きない夢。
いくら見たって、次から次へと幸せな夢が湧き上がる。
(…今のぼくの夢、とても沢山…)
だけど一番の夢は結婚、と浮かべた笑み。
どんな夢にも出て来るハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイとの「お別れ」が二度と来なくなるのが、結婚だから。
結婚したら二人一緒に暮らして、朝まで同じベッドで眠っていられるのだから…。
今のぼくの夢・了
※ハーレイ先生との結婚を夢見るブルー君。結婚以外の夢もハーレイ先生で一杯の未来。
結婚したらこんな感じ、と描いてみる今の自分の夢。お別れは無しで、幸せな日々v
(…夢なあ…)
夢か、とハーレイの心に浮かんだ言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒーを口に含んだら。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、何の変哲もないけれど。
特別なものではないのだけれども、不意に掠めた「夢」というもの。
眠っている間に見る夢とは違って、心に描く夢の方。
子供だったら将来の夢とか、そんな具合に言われる夢。
(俺の場合は、とっくに教師になっちまったし…)
柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来るほど、腕を磨いた。
教師の道に進んだ後にも、行く先々で頼りにされる。クラブ活動の顧問として。
(好きな古典の教師をやりつつ、柔道も水泳も続けられてだ…)
俺の夢は叶っているわけなんだが、と歩んだ道を振り返ってみる。
「描いた夢なら叶えて来た」と、「諦めなければ夢は必ず叶うものだ」と。
教え子たちにも、何度そう繰り返して来たことか。
「諦めるなよ」と、「諦めたら其処で終わりだからな」と授業で、クラブ活動で。
そういうものだと信じているし、自分でもそれを証明して来た。
自分の夢は掴み取って来たし、掴み損ねた夢などはない。
(人間、夢をしっかりとだな…)
持ち続けていれば叶うもんだ、というのが自分の信条。
そうして夢を幾つも叶えて、これからだって。
(今は我慢の時でだな…)
何年か待ったら、もう最高の夢が叶うんだ、と思い浮かべた小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はまだ十四歳にしかならない子供で、キスも出来ない恋人だけれど…。
(あいつが育って、十八歳になったら結婚式だぞ)
それが今の俺の夢だよな、と幸せな気分。
まだまだ夢はこれからなんだと、しっかり掴んでゆかないと、と。
小さなブルーが育たない内は、叶ってくれない自分の夢。
キスさえ交わせはしないわけだし、恋人と言っても見守るだけ。
(それも悪くはないんだが…)
前のブルーが失くしてしまった子供時代。成人検査と人体実験で失くした記憶。
何一つ覚えていなかったブルー、それを自分も覚えているから、今は幸せでいて欲しい。
優しい両親と暮らす暖かな家があるのだし、子供らしく、うんと我儘も言って。
そういうブルーを見守る日々も幸せなもので、何十年でも待てるけれども…。
(しかし、やっぱり…)
夢は結婚することだよな、と改めて自分に確認してみる。
小さなブルーと過ごす時間も好きだけれども、必ず来るのが別れの時間。
一緒に暮らしていないのだから、「またな」と別れを告げるしかない。
軽く手を振って、「また来るから」と乗り込む愛車や、歩き始める道路やら。
ブルーも名残惜しそうだけれど、自分の方でも思いは同じ。
もっと一緒にいられたら、と振り返りながら歩く道やら、名残惜しく思う車の運転席。
(あいつと結婚できない間は…)
別れの時間が訪れるのだから、なんとも寂しい気持ちではある。
ブルーの家族ではない今の自分は、ブルーの側で暮らせはしない。
それはブルーの方も同じで、今の自分が仕事を終えて家に帰っても…。
(迎えてくれる人はいない、ってな)
灯りは自動で点くのだけれども、人の気配がしない家。
前はそれでも平気だったのが、小さなブルーに出会って変わった。
大抵の日は「やっと我が家だ」とホッとするのに、たまに零れてしまう溜息。
ガレージに愛車を停めてみたって、中から開きはしない玄関。
庭を横切って歩く間も、カーテンさえも開かない家。
帰りを待っていてくれる人はいないから。
「おかえりなさい!」と玄関を開けて、愛おしい人が顔を覗かせはしないから。
それに気付くと少し寂しい。「独りだよな」と。
一人暮らしは長いわけだし、まるで感じはしない不自由。
料理は得意で趣味と呼べるほど、他の家事だって苦にならない。
掃除や洗濯、そういったことも叩き込まれた学生時代。運動部員だったから。
(先輩たちが厳しく躾けるからなあ…)
元から料理が好きでなくても、誰だって出来るようになる。そういう世界で育った自分。
お蔭で、教師の道を選んで、この町で暮らし始めた時にも…。
(何処にどういう店があるのか、ザッと確認さえしたら…)
何も困りはしなかった。
仕事が終われば帰りに買い出し、その日の気分で色々な料理。
一人の食卓も充分満足、「美味い!」と自分で自分の料理を褒めたりもして。
(次はこういう工夫をしよう、とか…)
考えることは幾つもあったし、夕食の後はコーヒーを淹れて寛ぎの時間。
書斎だったりリビングだったり、これまたその日の気分で決めて。
(…その辺は今も、まるで変わっちゃいないんだが…)
基本の所は同じなんだ、と思ってはいても、たまに覚えてしまう寂しさ。
「此処にあいつがいてくれたら」と。
今は無理だと分かっていても。
小さなブルーが前と同じに育たない内は、キスも出来ないと分かっていても。
(あいつが此処にいてくれたらなあ…)
もう何もかもが違うんだ、と何度も夢を描いて来た。
まだこの家には来ない恋人、来られない小さなブルーを想って。
今のブルーは、この家を訪ねて来るのも禁止。自分が「来るな」と言い渡したから。
(自業自得だと思いはしないが…)
あれは必要な決まり事だ、と理解していても、寂しくなるのはまた別の話。
「ブルーが此処にいてくれたら」と、「まだまだ来てはくれないんだが」と。
家に帰ってもブルーはいなくて、玄関の鍵も扉も自分で開けて入るしかない。
「おかえりなさい!」という声も聞けずに、人の気配が無い家に。
前はこうではなかったんだが、と思ってみても始まらない。
自分はブルーに出会ってしまって、前と同じに恋をしたから。
それも前よりずっと小さくなったブルーに、まだ十四歳にしかならない人に。
(いったい何処で間違えたんだか…)
今のあいつとの出会い方、と苦笑したくなる神の悪戯。本当は奇跡なのだけれども。
小さなブルーに現れた聖痕、あれで取り戻した前の生の記憶。
だから奇跡で、神の悪戯ではないと知っている。
今のブルーが子供時代を楽しめるように、神が選んで決めた出会いの時なのだけれど…。
(待ち時間ってヤツがたっぷりでだな…)
まだまだブルーは来やしないんだ、と見回してみる自分の周り。
本がズラリと並んだ書斎にブルーはいなくて、他の部屋へ捜しに行っても無駄。
小さなブルーは両親と一緒に、何ブロックも離れた家にいるのだから。
(あいつと結婚できない間は、俺は一人で…)
寂しい独身人生ってヤツだ、と心の中で思う「今」。
これが当分続くわけだと、「あいつが育って十八歳にならないと」と。
ブルーが結婚できる年になったら、もう早速にプロポーズ。
もちろんブルーは断らないから、後はブルーの両親次第。
(可愛い一人息子が、男の俺と結婚するってことになったら…)
腰を抜かすと思うんだが、と今から未来が見えるよう。驚き慌てるブルーの両親。
「息子さんを下さい」と頼みに行ったら叩き出されて、門前払いの日々かもしれないけれど。
結婚までには苦労が山ほど、茨の道が待っているかもしれないけれど。
(そうなった時は、頑張って乗り越えていかんとな?)
夢は諦めたら終わりなんだぞ、と自分自身を叱咤する。
ブルーと結婚するのが今の自分の夢なら、しっかり掴み取らないと、と。
思いがけない壁に阻まれて、そう簡単には進めなくても。
夢に見ているデートさえもが、あっさりと叶いはしなくても。
ブルーを迎えに出掛けてみたって、「お帰り下さい」と門前払い。
二階のブルーの部屋の窓から、悲しい瞳の恋人がこちらを見ているだとか。
(何が起こっても、負けてたまるか…!)
其処で諦めたらおしまいなんだ、と改めて思う「夢」のこと。
夢は自分で掴むものだし、諦めなければいつか必ず叶うもの。
生徒たちにもそう教えて来て、自分だってそう歩んで来た。子供時代から今に至るまで。
(だからだな…)
今の俺の夢がそれなら叶えるまでだ、と思う結婚。
小さなブルーが育った時には、夢を叶えてブルーと二人。
この家で暮らして、別れの時間は来はしない。「またな」と別れなくてもいい。
(あいつを嫁さんに貰うってことが…)
夢だからな、と自分に誓う。
今度こそブルーと幸せに生きてゆきたいのだから、夢は必ず叶えねば。
ブルーの両親に叩き出されて、門前払いの試練が続いても。
玄関先で追い払われては、デートも出来ない日々ばかりでも。
(それでも、俺が諦めなければ…)
夢が叶って結婚なんだ、と夢見る未来。
いつかはあいつと結婚式だと、ブルーと二人で暮らすんだから、と…。
今の俺の夢・了
※幾つもの夢を叶えて来たのがハーレイ先生。そして今の夢はブルー君との結婚ですけど。
もしかしたら門前払いの日々になるかも、けれど諦めたら其処でおしまい。夢は掴むものv
(今日はハーレイ、盗られちゃった…)
柔道部員の生徒たちに、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校でしか会えなかったハーレイ。
挨拶をして、ほんの少しの立ち話。
それでも充分、嬉しいけれど。会えないよりはマシなのだけれど、ちょっぴり寂しい。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
時間が許す限り一緒にいたいし、出来れば二人きりがいい。
(学校だったら、先生と生徒になっちゃうし…)
それに人目もあるものだから、恋人同士の会話は無理。
恋人のハーレイに会いたかったら、この部屋で。
仕事帰りや、週末などに家を訪ねて来てくれるハーレイ。
その時だけが恋人同士の時間で、この部屋の中でないといけない。
両親は何も知らないのだから、父と母の目が届かない場所でだけ恋人同士になれる。
もっとも、キスも出来ないけれど。
キスを強請っても、「俺は子供にキスはしない」とハーレイは叱るのだけれど。
(それでも恋人同士だしね?)
こんなチビでも「俺のブルーだ」と、優しく抱き締めてくれるハーレイ。
膝の上に座って甘えてもいいし、キスは駄目でも幸せな時間。
けれども、今日は駄目だった。
「来てくれるかな?」とチャイムが鳴るのを待っていたのに、日が暮れて。
ハーレイが来るには遅すぎる時間、そういう時刻になってしまって。
(…会議か、仕事だったんだろうけど…)
でも、と頭に浮かんでくるのが柔道部員。
彼らは放課後、ハーレイに会った筈だから。
会議がある日も、仕事がある日も、ハーレイは指導に行くのだから。
まるで詳しくない柔道。
けれど分かっていることが一つ、ハーレイが学校に来ている日なら…。
(放課後は絶対、柔道部の方に行くんだよ)
自分が指導する時間は無くても、その日のクラブ活動について、部員に伝えに。
どういう練習内容にするか、何時まで練習を続けるのか。
(それを伝えないと駄目だ、って…)
前にハーレイから聞いた。「そいつが俺の役目だからな」と。
お飾りではない、「柔道部の顧問」という立場。
学生時代はプロの選手に誘われたほどの、柔道の腕を持っているのがハーレイ。
柔道部員の力を伸ばしてやるにはどうすればいいか、よく分かっているものだから…。
(必ず指導で、柔道部員の体調とかも確かめて…)
それから会議や仕事にゆく。どんな時でも、顔を合わせる柔道部員たち。
ハーレイはとても真面目なのだし、全員に声を掛けながら。
自分が指導できない日ならば、普段以上に心を配って。
一人ずつ順に名前を呼んでは、「調子はどうだ?」と訊いたりもする。
(ハーレイ、凄く優しいから…)
それに勘だって鋭いのだし、柔道部員の僅かな変化にも気付く筈。
無理をして出て来た生徒がいたなら、「お前、具合が悪いんじゃないか?」と。
何処かを傷めた生徒がいたって、直ぐに指摘して。
(その足じゃ、今日の練習は無理だ、って叱ったり…)
体調が悪い生徒に気付けば、「お前は今日は見学だ」とか。
きっとハーレイなら見落とさない。
いつも見ている部員たちだけに、彼らが嘘をついたって見抜く。
「大丈夫です」とやせ我慢をするとか、怪我をしていないふりだとか。
生徒の顔をじっと見詰めて、「本当か?」と。
「俺にはそうは思えないがな」と、「その足、ちょっと動かしてみろ」と。
それで嘘をついたことがバレても、ハーレイならば叱らない。
決して、頭ごなしには。…彼らが無理をしようとしたこと、それにも理由があるのだから。
練習を休めば、柔道の腕は落ちるという。
体育さえも見学ばかりの自分にはよく分からないけれど、「なまっちまう」と聞かされた。
毎日きちんと練習すること、その積み重ねで上達してゆく。
(今日は出来なかったことが、明日になったら出来るとか…)
そんな具合に伸びてゆくけれど、休んでしまえば伸びてくれない。
練習を休めば、たちまち身体が忘れてしまう。
どう動くのがいいか、対戦相手にどう向き合うか。
せっかく練習を重ねて来たのに、忘れるのはとても早いらしい。
(一日くらいなら、忘れなくても…)
まるで練習しないでいたなら、三日もすれば、もう動けない。
そうなる前に、サッと動けていたようには。
考えなくても身体が動いて、技をかけたり、かけられた技を躱したようには。
(そうなっちゃったら、置いていかれちゃうから…)
他の部員は先へと進んで、取り残されてしまう「休んだ」部員。
「それは嫌だ」と、無理をしたくもなるだろう。
ほんのちょっぴり頭痛がするとか、熱っぽいとかいうだけならば。
足が痛いと思っていたって、歩く分には問題が無いようならば。
(…ぼくなら休んで見学だけど…)
体育の授業を休むけれども、休みたくないのが柔道部員。毎日の放課後の練習を。
朝の練習が終わった後に、何処か具合が悪くなっても。
休み時間に歩いた廊下や階段、其処でウッカリ足を捻ったりしていても。
(…休んじゃったら、その分、腕が落ちちゃうから…)
無理をしてでも練習を、と思うのが柔道部員たち。
けれども、それは間違いらしい。
ハーレイがそう言っていた。
無理をした分、回復が遅くなってゆくから、大きな故障に繋がりかねない。
ほんの一日休んでいたなら、治った筈の体調不良。それで一週間寝込むとか。
何日か休めば引いた筈の痛みが取れなくなって、一ヶ月ほど見学する羽目に陥るだとか。
まだまだ未熟な生徒だからこそ、見極められない自分の体調。
無理をしていいか、しては駄目なのか、その判断も出来ないくらいに。
(だからハーレイが見に行って…)
一人一人の様子を確かめ、それから決める練習内容。自分が指導できない日でも。
今日はそういう日だっただろうか、それとも柔道部を指導した後で…。
(会議だったとか、他の先生たちと食事とか…)
ハーレイがどう過ごしたのかは分からないけれど、間違いないことが一つだけ。
柔道部員の生徒たちとは、放課後に顔を合わせたこと。
全員と幾つか言葉を交わして、適切な指示をしたということ。
ハーレイが指導をする時にだって、健康チェックは欠かさないから。
朝の練習では元気だった生徒、それが放課後には体調不良になっていることもあるのだから。
(…柔道部員は、ちゃんと放課後にハーレイに会って…)
一人ずつ言葉も掛けて貰って、もしかしたら一緒に練習だって。…いつものように。
けれど自分は家に一人で、ハーレイは来てくれなくて…。
(…柔道部員に盗られちゃったよ…)
身体のことを心配してくれるハーレイを、と悔しい気持ち。
ハーレイだったら、身体ばかりか心にも気を配るだろう。
悩み事を抱えた生徒がいたなら、きっと見抜いてしまうから。「どうしたんだ?」と。
心に悩みを抱えたままだと、練習中に起こりかねない怪我。
上の空では技を躱せはしないし、かけたつもりの技に失敗したりもする。
(ハーレイ、前に言ってたもんね…)
心技体を鍛える武道が柔道、心も強くなければ、と。
強い心を作るためには、自分に打ち克つことも大切。
悩みがあるならきちんと整理し、自分自身が克服すること。
「その手伝いも俺の役目だからな」と、「気付いたら無視は出来んだろうが」と。
今日も誰かが悩みを聞いて貰っただろうか、ハーレイに…?
全員が元気だったとしたって、ハーレイはそれを確かめに出掛けたのだから…。
いいな、と零れてしまう溜息。
自分は家で独りぼっちで過ごしていたのに、柔道部員はハーレイと一緒。
ほんの少しの間だけでも、一人一人に配られる視線。それから言葉。
(…ハーレイは、ぼくのハーレイなのに…)
柔道部の顧問の先生だけれど、前のぼくだった時から恋人、と悲しい気分。
「今日はハーレイを盗られちゃった」と、「ハーレイ、来てくれなかったから」と。
もしも自分がチビの子供でなければ、ハーレイは側にいてくれるのに。
結婚して一緒に暮らしていたなら、「ただいま」と帰って来てくれるのに。
(柔道部の生徒と会った後には、ぼくが待ってる家に帰って…)
それからゆっくり二人で過ごして、眠る時にも同じベッドで。
ハーレイの帰りが遅くなっても、先にベッドで眠っていたら…。
(遅くなってすまん、って…)
声が聞こえて、ふわりと抱き締められるのだろう。温かな腕で、広い胸の中に。
ハーレイは自分の恋人だから。…前の生から恋人同士で、生まれ変わっても出会えたから。
(…今は柔道部員に盗られちゃうけど…)
結婚したら、ハーレイは誰にもあげないんだから、と眺めたハーレイの家の方角。
何ブロックも離れているから、ハーレイの姿は見えないけれど。
窓から覗いても家の屋根さえ見えないけれども、其処で暮らしているハーレイは…。
(絶対、誰にもあげないからね)
ぼくと結婚した後は、と思う自分の未来のこと。
ハーレイが柔道部員をどんなに気にしていたって、家に帰れば自分のもの。
「おかえりなさい」と抱き付いて迎えて、キスを交わして、二人きり。
後は朝まで誰にもあげない、とハーレイの顔を思い浮かべる。
「ハーレイは、ぼくのハーレイだもの」と。
結婚したら二人で暮らすんだからと、ハーレイはぼくだけのハーレイだよ、と…。
誰にもあげない・了
※ハーレイ先生を「柔道部員に盗られちゃった」と思うブルー君。自分の家で会えなくて。
けれども、いつか結婚したなら、家に帰って来たハーレイ先生をしっかり一人占めv
(まだ何年もかかるんだよなあ…)
少なくとも四年近くはかかる、とハーレイがふと考えたこと。
夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い浮かべて。
今日はブルーの家には寄らずに帰って来たから、学校で言葉を交わしただけ。
挨拶の後に、ほんの少しの立ち話。
それだけでおしまいだったけれども、会えただけでも充分、嬉しい。
前の生から愛し続けた恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ブルーと一緒に青い地球の上にいられるだけでも、今の自分は幸せ者だと思うから。
それにいつかは結婚できるし、今度こそブルーといつまでも一緒。
同じ家で暮らして、二人で食事。もちろん眠る時だって…、と未来への夢は尽きないけれど。
その日が来るのはまだ先のことで、四年近くはかかる現実。
十四歳にしかならないブルーは、結婚できる年を迎えてさえいない。
今の学校を卒業してから、やっと迎える十八歳の誕生日。三月の一番最後の日に。
其処でようやく結婚できる年になるわけで、「まだまだ先」と言ってもいい。
おまけにチビの子供のブルー。
前の生で初めて出会った頃と全く同じに、細っこい手足をした子供。
(小さなあいつも可愛いんだが…)
幼さの残るブルーの顔立ち、声変わりしていない声。
前のブルーが失くしてしまった子供時代の記憶の一切、それをもう一度手に入れたブルー。
今もせっせと幸せな記憶を増やしているから、見守る自分も幸せな気分。
前の分まで楽しんで欲しい子供時代。ゆっくり育って、存分に。
(そう思って、あいつを見てるわけだが…)
先は長いな、と改めて気付かされたこと。
小さなブルーが子供の間は、一向に来ない結婚できる日。
ブルーと二人で暮らせる日までは、まだまだ時間がかかるのだな、と。
とはいえ、とうに覚悟の上。何年も待つということは。
いつもブルーに「ゆっくり育てよ」と言い聞かせるのも、心の底から思うこと。
急いで育って前のブルーと同じ姿にならなくても…。
(子供時代は二度と戻って来ないしな?)
せっかくだから、うんと楽しめ、とブルーにも何度も言ってある。
小さなブルーは渋々といった顔だけど。…不満そうではあるけれど。
なにしろブルーの望みときたら、前のブルーと同じ背丈になるまで育つこと。
そうすればキスが出来るから。
「それまで俺はキスはしない」と叱り付けたり、睨んだりする日々だから。
キスを断ったら、たちまちプウッと膨れるブルー。フグみたいに。
そんな姿も可愛く思う自分がいるから、何年だって待つけれど。
何十年でも待てるけれども、ブルーが育ち始めたら…。
(…そりゃあ幸せな気分だろうな?)
もうすぐだよな、と心の中で指折り数えて待つハッピーエンド。
今のブルーを手に入れられる日。
(プロポーズはともかく、難関は色々あるんだが…)
何も知らないブルーの両親、教師で守り役の自分が「息子さんを下さい」と申し込んだら…。
いったい何が起こるやら、と心配の種は山のよう。
男同士の結婚だけでも、途惑うだろうブルーの両親。
その上、いつも家に出入りしていた「ハーレイ先生」が、一人息子を欲しがるのだから。
(まあ、その時になればだな…)
案外、上手くいくかもしれない、と楽観的な自分もいる。
前の生から恋人同士で、こうして生まれ変わった二人。
もう間違いなく運命の恋人同士なのだし、「上手くいくさ」と。
壁にぶつかっても、それもいつかは「いい思い出」。
神様が手を貸して下さるだろうし、ブルーと越えてゆける筈、と。
ハッピーエンドのウェディングベルを、幸せ一杯で鳴らせるだろうと。
いつか迎えるハッピーエンド。
小さなブルーが育ち始めたら、ぐんぐん近付く結婚式の日。
(前のあいつとそっくり同じに育ったら…)
一番に贈りたいのがキス。恋人同士の唇へのキス、それをブルーに。
小さなブルーが欲しくて欲しくて、あの手この手で強請り続ける「本物のキス」を。
キスを交わせるようになったら、デートも解禁。
ブルーと二人で出掛けてゆけるし、車に乗せてドライブだって。
(結婚に向けて、準備もしないといけないが…)
その前にまずは楽しまないと、と思うブルーとのデートやドライブ。
前の生では誰にも言えない恋だったのだし、デートなど出来るわけがない。
そうでなくても白いシャングリラが世界の全てで、デートもドライブも無理だった二人。
(前の俺たちの分までデートだ)
それにドライブ、と顔が綻ぶ。
結婚までにも素晴らしい日々がやって来るのが、小さなブルーが前と同じに育った時。
「その日が来るのが楽しみだよな」と、「あいつが育ってくれたなら」と。
きっとブルーが育ち始めたら、胸が躍るような毎日だろう。
学校で、ブルーの家で会う度、「昨日よりも育った」ブルーの姿。
自分との背丈の差が少しずつ縮み始めて、顔立ちも大人びてゆくブルー。
(声変わりもして、チビは卒業で…)
どんどん美人になっていくんだ、と誇らしい気持ち。
今の時代も、前のブルーは絶大な人気。写真集が幾つも出るほどに。
気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーに日毎に似てゆく今のブルー。
(そのブルーが俺の恋人で…)
俺は最高の美人を手に入れるんだ、と思った所で気が付いた。
小さなブルーが育ち始めたら、誰もが目にする「美しく育ってゆく」ブルー。
すらりと伸びた華奢な手足に、非の打ち所がない美貌。
前のブルーと瓜二つの美人、それが日に日に育つのだから…。
(…見てりゃ、誰でも分かるよな?)
今のブルーが凄い美人に育つこと。
チビの子供の今は全く気付かれなくても、背が伸びて育ち始めたら。
(…そうなってくると…)
きっと誰もが目を向ける。
ソルジャー・ブルーとそっくり同じに育ちそうなブルーに、育つ途中の今のブルーに。
「凄い美人になりそうだ」と。
その片鱗が見え始めたなら、もう早速に…。
(学校の女子が目を付けそうだぞ、なんたってソルジャー・ブルーだからな)
恋に恋するような年頃の子でも、放っておきはしないだろう。
夢の王子様に恋をするように、群がるだろうブルーの周り。
(…あいつが困っちまっていても…)
気にもしないでキャーキャー騒いで、手渡しそうなプレゼント。
手作りの菓子だの、頑張って作った小物だの。
学校でさえも、そういう有様。…ブルーの周りに群がる女子たち。
(でもって、あいつが街にでも出たら…)
上の学校に通う生徒や、大人たちだって気付くだろう。
「凄い美人が歩いている」と、「声を掛けたら、話くらいは出来るかも」と。
小さなブルーが育ち始めても、人柄は今と同じだから…。
(知らんぷりして行きやしないぞ…)
何の用かと振り返りそうな、今よりも育った小さなブルー。
もう小さくはないけれど。前のブルーとそっくり同じに育つ途中の姿だけれど。
(まさか、一緒にお茶を飲んだり…)
飯を食ったりはしないと思うが、と分かっていたって、気掛かりなこと。
何人がブルーに目を付けるだろうと、呼び止めて話そうとするだろうかと。
(運が良ければ、ちょっぴり話すくらいはな…?)
出来るわけだし、それが出来たら充分、ラッキー。
そんな気持ちでブルーを呼び止め、話す輩が出て来そうだが、と。
なんてこった、と見開いた瞳。
育ってゆくブルーを自分が見守る間に、一足お先にブルーに声を掛ける人間。
学校だったら女子生徒たちで、それは賑やかに騒ぐのだろう。
ブルーに振り向いて貰いたいから、菓子などのプレゼントを用意して。
学校ではなくて街角だったら、「駄目で元々」とブルーを呼び止めそうな連中。
(あいつ、絶対、止まって話を聞くんだから…)
興味を引かれる話題だったら、熱心に聞いていそうなブルー。
相槌を打って、「それで?」と先を促しもして。
「何処かでゆっくり座って話そう」と誘われたって、断りそうにないブルー。
今の時代は「よからぬ輩」はいない時代で、とても平和な時代だから。
見知らぬ誰かとお茶を飲もうが、食事をしようが、要らない心配。
(…それで気が合えば、また待ち合わせで…)
どんどん仲良くなったりするから、ブルーにも掛けられそうな声。
運が良ければ凄い美人と付き合えるのだし、「いいな」と思った男性たちから。
(…それは大いに困るんだが…!)
ブルーは俺のブルーなんだ、と思うけれども、育つ途中は出来ないデート。
自分がそういう決まりを作って、ブルーと約束したのだから。
(…あの約束はマズかったか?)
もっと柔軟にすべきだろうか、と今から心配する未来。
「ブルーは俺のブルーだからな」と。
けして誰にも譲りはしないし、自分よりも先にデートされてはたまらない。
誰にもやらない、と思う恋人。
いつか決まりを変えてでも。前と同じに育つ前から、デートすることになったとしても…。
誰にもやらない・了
※ブルー君との未来を夢見るハーレイ先生。いつか必ずハッピーエンド、と。
けれどブルー君が育ち始めたら、誰かに先を越される恐れがあるデート。譲れませんよねv
