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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(んー…)
 どうしたんだろ、とブルーが開いた瞼。ベッドの中で。
 とうに明かりを落とした部屋。眠ろうとしていたのだけれど。
 そのつもりでベッドに入ったけれども、どうしたわけだか訪れない眠気。
 コロンと横に寝返りを打っても、逆の方へと打ち返しても。
 いつもだったら、ベッドに入れば眠くなる。入る前から眠い夜だって。
(夜更かし、あんまり強くないから…)
 もう少しだけ、と本でも読もうものなら、出てくる欠伸。頑張る間に涙まで。
 これでは駄目だ、と本を閉じたら、急に襲ってくる眠気。そのまま机で寝そうなほどに。
 そういう夜にはベッドに入って、其処までで消えている記憶。
(明かり、消さなきゃ、って思っていても…)
 それさえ忘れて眠ってしまって、目覚めたら朝になっているとか。
 カーテンの隙間から射し込む朝日と、消し忘れたままの部屋の明かりと。
 「やっちゃった」と思う朝もしばしば、眠気は直ぐに訪れるもの。
 メギドの悪夢で夜中に起きたら、眠れない時もあるけれど。…怖くて身体が竦み上がって。
 いったいどちらが現実なのかと、恐ろしい思いに捕まって。
(…今のぼくの世界、前のぼくが見ている夢の世界で…)
 本当は自分は死んでしまったままなのでは、と思ったら震え出す身体。
 こうしてベッドに寝ている自分は、ただの幻。
 ソルジャー・ブルーの魂が紡ぐ夢の産物、何もかも「ありはしない」もの。
 優しい両親も、暖かな家も、チビの自分が眠るベッドも。
 「こういう風に暮らしたかった」と、ソルジャー・ブルーが夢を見ているだけで。
 ふと気付いたら、自分は其処にいるかもしれない。
 ソルジャー・ブルーに戻ってしまって、何一つ無い死の闇の中に。
 青い地球も「今」も何もかも消えて、あるのは闇の世界だけ。
 ハーレイさえも消えてしまって、死の闇の中に独りぼっちでいる「自分」。
 まだハーレイは、地球へと進み続けていて。
 白いシャングリラの舵を握って、ミュウの未来へと。


 たまに捕まる、恐ろしい夢。メギドの悪夢。
 前の自分が死んでゆく夢、自分の悲鳴で夜の夜中に飛び起きる。
 早鐘を打つように脈打つ心臓、暗い部屋のベッドで怖くて震える。「此処は何処なの?」と。
 本当に自分は「此処にいる」のか、ソルジャー・ブルーの夢の産物なのか。
(夢じゃないんだ、って分かってるけど…)
 見回せばきちんと部屋が見えるし、暗がりの中でも間違えない。自分の部屋は。
 勉強机にクローゼットに、本棚に、窓辺のテーブルと椅子。
 「全部、本物…」とホッと息をついて、けれどやっぱり消えない怖さ。
 一度捕まってしまったら。
 今の自分は幻なのかと、チラと思ってしまったら。
(ああいう時には寝られないけど…)
 ベッドで何度も打つ寝返り。怖い思いを追い払いたくて、コロン、コロンと。
 両腕で身体をギュッと抱き締めて、「生きてるよね?」と確かめもする。
 心臓の辺りに手を当ててみて、胸の鼓動を感じ取ることも。
(それでも駄目なら、ちょっと起きてみて…)
 明かりを点けて、本棚から取り出す白いシャングリラの写真集。
 ハーレイも同じのを持っている本で、父に強請って買って貰った豪華版。
 それのページをめくっていったら、ようやく「今」が戻って来る。
 前の自分が生きていた船は、今は何処にも無いのだと。
 遠く遥かな時の彼方に消えてしまって、シャングリラは写真集の中。
 前の自分が暮らした青の間、それも写真集のページの中に。
(写真集が出るほど、うんと昔になっちゃった、って…)
 分かるから安心できる現実。
 自分は確かに生きているのだと、長い長い時を飛び越えて来たと。…青い地球まで。
 白いシャングリラは写真集の中で、歴史の授業で習う船。
 地球まで行ったミュウの箱舟、SD体制の終わりを見届け、地球から去った。
 役目を終えた白い鯨は宇宙を旅して、流れゆく時と共に消え去り、今は写真が残るだけ。
 写真集の奥付に刷られた日付は、前の自分が生きた頃より遥かな未来。


 今の自分は「此処にいる」と教えてくれる写真集。
 白いシャングリラの写真の数々、それに奥付の日付などで。
(あれで安心して寝られるんだけど…)
 今はいつかを確かめられたら、怖い気持ちは和らぐから。…幻ではないと分かったら。
 現実に「此処」に生きているなら、眠れば「明日」がやって来る。
 運が良ければハーレイに会えて、この部屋で二人で過ごす時間も持てるから。
(…今日は来てくれなかったけどね…)
 そのせいだろうか、今夜はなかなか眠れないのは。ベッドに入っても寝付けないのは。
 自分では全く自覚が無くても、会えなくてガッカリしてしまって。
(そういうことって、あるかもね…?)
 悲しかったり、悔しかったり、心の何処かが騒いでいたなら、眠れない夜が来てしまう。
 今夜の自分はそれなのだろうか、まるで気付いていなかっただけで。
(学校ではハーレイに会えたから…)
 会えずに終わったわけではないから、そう悲しくはなかったけれど。
 「今日は駄目な日…」と溜息をついて、気分をきちんと切り替えたけれど。
 それが何処かで切り替わらないで、ちょっぴり残っていたろうか。
 「ハーレイと二人で話せなかったよ」と、「家に来て欲しかったのにな…」と。
 そういう気持ちが心にあるなら、眠れなくなることもあるだろう。
 今日という日に満足できない、不満な自分がいるのなら。
 「これでおしまい?」と悔しい自分が、何処かに隠れているのなら。
(…そうなのかも…)
 悔しい気持ちか、それとも寂しい気持ちなのか。
 ハーレイと二人で過ごす時間を、この部屋で持てなかったこと。
 そのせいで眠気が来ないのだろうか、「今日」に不満があるせいで。
 さっさと眠れば明日になるのに、きっとハーレイにも会えるだろうに、まだ眠れない。
 ベッドでコロンと寝返りを打って、右へ左へ、向きを変えてみても。
 「眠くなるかも」と目を閉じてみても、上掛けの下に頭まで潜ってみても。


 ホントに駄目だ、と上掛けの下から覗かせた頭。
 瞼を開いて部屋を見回して、目覚まし時計を手に取ってみる。
(……三十分……)
 ベッドに入ってから半時間も経っているというのに、眠れない自分。
 いつもだったら眠っているのに、メギドの悪夢で飛び起きたわけでもないというのに。
(…前のぼくなら、こんな時には…)
 顔を横へと向ければ良かった。
 同じベッドで眠る恋人、前のハーレイの顔の方へと。…「眠れないよ」と。
 「ハーレイ?」と小さく呼んでみた名前。「起きているかい?」と。
 そうしたら、直ぐに返った返事。
 「どうなさいました?」と、「何か心配事でもおありですか?」と、優しい声で。
 応えて「ううん」と横に振った首。
 ただ眠れないというだけなのだし、恋人に心配は掛けられない。
 けれど眠れずにいるのは辛くて、ついつい起こしてしまっていた。
 ハーレイが寝息を立てていたって、遠慮がちに「起きているかい?」と呼び掛けて。
 恋人の名前を小声で呼んでは、起きてくれないかと考えながら。
(…ハーレイ、いつでも起きてくれたよ…)
 そして両腕で抱き締めてくれたり、背中をそっと撫でてくれたり。
 「大丈夫ですよ」と、「私がお側におりますから」と。
 時には「何か話でもしましょうか?」とも言ってくれたし、眠くなるまで付き合ってくれた。
 ハーレイだって、きっと眠かったろうに。
 キャプテンの仕事は多忙なのだし、夜はゆっくり休んで疲れを取りたかったのだろうに。
(だけど、いつでも、直ぐに起きてくれて…)
 前の自分が眠くなるまで、ハーレイは二度と眠らなかった。
 「私のことなら御心配なく」と、「あなたよりも頑丈ですからね」と。
 一日や二日、眠らなくても、少しも堪えはしないのだ、とも。
(ハーレイだったら、ホントにそう…)
 今と同じで丈夫だったものね、と前のハーレイを思い出す。「身体は弱くなかったっけ」と。


 補聴器を使っていたというだけの、前のハーレイ。
 ミュウは虚弱な者が殆どだったというのに、「虚弱」とは無縁だったキャプテン。
 だからこそ皆が安心できたし、前の自分も甘えていられた。
 眠れない夜は「ハーレイ?」と呼んで、「起きているかい?」と起こしてしまって。
(…うーん…)
 そのハーレイがいないんだけど、とコロンと横に寝返りを打つ。
 其処に恋人の姿は無くて、反対側に向いても同じ。
 前の自分が眠れない時には、ハーレイはいつも側にいてくれたのに。
 「ハーレイ?」と呼べば起きてくれたし、眠りに就くまで、ずっと見守ってくれたのに。
 けれど恋人の姿は無いから、ますますもって眠れない。
 何度寝返りを打ってみても無駄で、「ハーレイがいない」と思うから。
(…これじゃ駄目だよ…)
 明日、寝不足で倒れちゃう、と心配になった学校のこと。
 体育の授業は見学しておいた方がいいのだろうか、最初から?
 「あまり具合が良くないから」と母に頼んで、学校に手紙を書いて貰うとか。
 そうでなければ体育の時間に、自分で「今日は見学しておきます」と告げるとか。
(…見学してたら、ハーレイが通り掛かるかも…)
 たまにそういう時もあるから、それなら嬉しい。
 「おっ、見学か?」と声を掛けてくれて、ハーレイも暫く隣で見学してくれる時。
 それだといいな、と思ったら不意に口から出た欠伸。急に襲って来た眠気。
(えっと…?)
 明日の体育…、と決めない間に眠りの淵へと引き込まれる。ハーレイを思い浮かべたままで。
 このまま寝たならハーレイの夢が見られるだろうか、とても優しいハーレイの夢。
 前の自分が眠れない夜は、いつでも側にいてくれたから。
 「ハーレイ?」と呼んだら、「起きているかい?」と小声でそっと呼び掛けたなら…。

 

          眠れない夜は・了


※ベッドに入ったのに、眠れなくなったブルー君。右に左に寝返りを打っても、まるで駄目。
 前の生ならハーレイがいてくれたのに、と思う間にやって来た眠気。きっと夢では幸せですv








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(うーむ…)
 今日は運動が足りなかったかもな、とハーレイが開けてみた瞼。
 ブルーの家には寄れなかった日、「さて、眠るか」と入ったベッドの中で。
 いつもだったら直ぐに訪れる筈の眠気が来ない。
 待ってみても欠伸の一つも出なくて、もうどのくらい経ったろう?
 枕元の目覚まし時計を眺めて、「十五分か…」と呟いた。
 なんとも珍しい「眠れない夜」。寝付けないとも言えそうな夜。
(はてさて、こうなった原因は…)
 コーヒーのせいではない筈なんだ、と好きなコーヒーを思い返してみる。
 書斎で飲んだ夜の一杯、あれは普段と同じに淹れた。豆も、その後の手順なども。
(濃く淹れすぎちまったってことは…)
 今夜に限って言えば「無い」。
 飲んだ時にも、違和感は何も無かったから。いつもの味わい、寛ぎのひと時。
 夜にコーヒーを飲むと言ったら、人によっては驚くけれど。「眠れますか?」と。
 カフェインが苦手な人が飲んだら、まるで眠れなくなるらしい。
 夕食の後にデミタスカップに一杯だけでも、もう眠れないというタイプの人。
(前のあいつも、コーヒーは駄目で…)
 味も苦手な上、眠れなくなっていたのがブルー。遠く遥かな時の彼方で何回も。
 今のブルーも同じ目に遭って、散々文句を言っていた。「昨夜は眠れなかったよ!」と。
 けれど自分はそうではないし、夜のコーヒーは「いつもの一杯」。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、ゆっくりと傾けるのが習慣。
 前の自分の記憶が戻る前から、もうずっと長く。
(俺にとっては、ごくごく普通の一杯で…)
 眠れなくなることなどは無い。たまにウッカリ、濃くなっても。
 「少し濃すぎたか?」と思った時でも、ベッドに入れば直ぐに眠れる。
 今夜のように瞼を開けはしないで、ぐっすりと。


 だからコーヒーのせいではないな、とハッキリ言える。
 他に原因があるとしたなら、さっき思った運動不足。
 身体が疲れていないのだったら、きっと眠気は来ないだろう。ベッドに入って目を閉じても。
(まだまだ起きていられるってわけで…)
 起きていたいのかもしれない身体。今夜はまだまだ動けるから、と。
 もっと本でも読んでいようと訴えているか、「軽く走りに行きたかった」と訴えるのか。
 夜にジョギングする日もあるから、少し走りに行けば良かった。
 今になって寝付けないのなら。直ぐに眠気が来ないのならば。
(俺としたことが…)
 失敗だな、と指でコツンと叩いた額。
 運動不足を今頃になって自覚するなど、なんとも間抜けな話だから。
 パジャマに着替えた今となっては、もうジョギングには出られない。
 なにしろ風呂にもゆったり入って、バスタブに張った湯はすっかり流してしまったから。
 起きて着替えて走りに行ったら、戻った後にはシャワーだけ。
 夜はゆっくり入浴するのが好きなのに。シャワーよりかは、浸かりたいバスタブ。
 まったくもって失敗だった、と嘆きたい気分の運動不足。
 何処かで気付けば、夜に走りに行ったのに。夕食前でも、夕食を食べた後にでも。
(……まったく……)
 朝に動いていないんだよな、と直接の原因は分かっている。
 いつもだったら柔道部員の生徒と一緒に走り込み。
 それが済んだら皆に稽古をつける時間で、「かかってこい!」と大勢を一度に相手にもする。
 朝一番には学校で運動、そういう毎日なのだけれども…。
(今朝は用事があったもんだから…)
 何処かでかかるだろう招集。
 職員室まで来て下さい、と同僚の誰かが呼びにやって来て。
 行くならきちんとした格好で出掛けたいから、今朝は脱がずにいたスーツ。
 それでは運動出来はしないし、走り込みだって出来るわけがない。
 ただ腕組みをして立っていただけ、皆に号令を飛ばしただけ。「しっかりやれよ!」と。


 アレのせいだな、と浮かべた苦笑。「朝の運動が足りなかった」と。
 朝から身体を動かしていたら、運動不足に陥りはしない。
(とはいえ、他にも何か原因はあるんだろうが…)
 思い付かんな、と考えてみても分からない。
 今日という日を思い返して、順にあれこれ数えてみても。
 起きた所から頭に浮かべて、ベッドに入るまでの時間をズラリと並べてみても。
(まさか、あいつに会えなかったくらいで…)
 眠れなくなりはしないよな、と思う小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 学校では姿を見られたのだし、「会えなかった」とは言わないだろう。
 家を訪ねてゆけなかっただけで、二人きりで会えはしなかっただけ。
(二人きりどころか、まるで会えずに終わる日だって…)
 たまにあるから、それが原因ではなさそうな感じ。
 きっと自分でも気付かない何処か、ほんの小さな何かが原因。
 運動不足で疲れていない身体にとっては、「起きていられる」と思わせる何か。
(特に嬉しいことも無かった筈だがなあ…)
 遠足前の子供じゃあるまいし、と挙げてみる例。はしゃぎすぎたら眠れない子供。
 今日は普通の一日だったし、明日もこれという予定は無い。
 心が躍って眠れないのではないらしい。「楽しかった」とか、「楽しみだ」と。
(その逆ってヤツもあるわけだが…)
 何か気にかかることがあるなら、人は眠れなくなったりもする。
 心配事とか、気乗りしない何かをやらねばならない時だとか。
(そっちの方も、まるで無くてだ…)
 いったい何が悪いんだか、と考えるほどに分からない。全く思い付かない原因。
 直接の理由になっているだろう、運動不足を除いては。
 心地よい眠りが訪れるほどには、動かさなかった身体のせいではあるけれど…。
(何が原因なんだかな?)
 まるで分らん、とベッドの中で指を折る。あれか、それともこれだったか、と。


 そうして指を折ってみたって、出てこない答え。
 眠れなくなるような原因は無くて、ただただ「運動不足」とだけ。
(…まあ、いいが…)
 その内に眠くなるだろうさ、と結論付けた。
 身体が眠くならないのならば、暫く放っておけばいい。ベッドの上に転がして。
 それでも眠気が訪れないなら、起き出して本を読むのもいい。
(寝酒なんぞをしなくても…)
 今日の俺なら眠くなるさ、と分かっている。心配事など抱えていないし、仕事も順調。
 こういう時には、眠気が来るまで待つだけでいい、と。
(何か悲しいことでもあったら、酒を飲みたい気分にもなるが…)
 生憎と今日はそうじゃない、と思った所で掠めた思い。「前は何度もあったんだ」と。
 今と同じに眠れない夜、それを幾つも過ごしたと。
 時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた自分。前の自分が生きていた頃。
(…あいつと二人だった時には…)
 眠れない夜など、まるで無かった。
 ブルーが眠りに落ちてゆくのを見守りながら、前の自分も同じに眠った。明日に備えて。
 白いシャングリラを導くソルジャー、その船の舵を握るキャプテン。
 誰にも言えない秘密の恋でも、夜には一緒だったから。同じベッドで眠ったから。
(なのに、あいつが長い眠りに就いちまって…)
 十五年間もブルーは目覚めないままで、とても気にかかったブルーの命。
 眠ったまま逝ってしまうのでは、と。
 深い眠りに就いた身体は、いつどうなるかも知れないから。
 今日は静かに眠っていたって、明日になったら二度と目覚めない眠りになるかもしれない。
 眠ったまま死の国に行ってしまって、身体だけがベッドに残される時。
 その日が来たなら、ブルーを追ってゆくけれど…。
(あいつの葬儀を済ませない内は…)
 放棄できないキャプテンの任務。
 愛おしい人を失った後も、冷静でなければいけないキャプテン。皆を指揮して。


 その日が怖くて、何度も眠れない夜を過ごした。
 「まさか」と自分の考えを打ち消し、「いつかブルーは目覚めるから」と。
 眠ったままで逝きはしないと、きっと目覚めてくれる筈だと。
(そして実際、起きてくれたんだが…)
 ブルーの目覚めは死へのカウントダウンで、前の自分は気付かなかった。その真実に。
 二人きりで会える時間も無いまま、ブルーはメギドへ飛んでしまって…。
(俺は一人で残されちまって…)
 追ってもゆけずに、眠れない夜を幾つ過ごしたことだろう。
 いつになったら地球に着けるかと、ブルーを追ってゆけるのかと。
 どうして今も生きているのかと、愛おしい人はもういないのに、と。
(…あれに比べりゃ、今の俺なんか…)
 ただの運動不足ってだけで、とクシャリと掻き混ぜた短い金髪。
 「どうってこともありやしない」と、「ブルーは帰って来てくれたしな?」と。
 きっと明日にも会えるだろうから、眠れないならブルーを想おう。
 その内に眠くなる筈だから。
 小さなブルーも今頃はきっと、ベッドで眠っているだろうから…。

 

          眠れない夜に・了


※眠れなくなったハーレイ先生。原因は多分、運動不足。ジョギングでもすれば良かった、と。
 そして思い出した前の生での「眠れない夜」。それに比べれば、今は遥かに幸せですv








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「ねえ、ハーレイ。…シャングリラのお正月、覚えてる?」
 そういう言葉も無かったけれど、とブルーが投げ掛けた問い。
 訪ねて来てくれたハーレイと向かい合わせで、テーブルを挟んで。
「正月なあ…。そう呼んだりはしなかったよな」
 ただの年越しだ、とハーレイは遠く遥かな時の彼方を思う。
 白いシャングリラで前のブルーと過ごした頃には、「年が変わる」というだけのこと。
 SD体制が始まった年から、数えられて来た年号が。
 十二ヶ月ある月が全て終わって、また一月に戻るだけ。
 けれども、それは銀河標準時間で数えるから。
 何処の星でも「同じ」ではない、「一年の長さ」。
 それぞれの星系の中心にあった太陽、いわゆる恒星。
 その恒星の周りを一周する公転、それが星ごとの「一年」の筈。
 もっとも、誰も「そうとは」思わなかったけれども。
 SD体制があった時代も、それよりも前の「人類が宇宙に船出した頃」も。
 今の時代も変わらない「暦」。
 地球を基準に全てが動いて、年が変わるのも「地球に合わせて」。
 ただ、違うのは「今は、本物の地球にいる」こと。
 ブルーと二人で生まれ変わって、青く蘇った水の星の上に。


 雲海の星、アルテメシアに潜んでいた頃、何度も迎えた「年が変わる」日。
 正月などは無かったけれども、それに関する行事なら、あった。
「お正月…。前のぼく、お酒に弱かったから…」
 いつもハーレイに頼んでいたよ、とブルーが微笑む。
 皆で乾杯したのだけれども、その時に使った赤ワイン。
 前のブルーは酒に弱くて、グラスを空けてしまおうものなら…。
「お前、酔っ払っちまって、大変なことになるからな?」
 真っ赤な顔のソルジャーなんて、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 赤い顔だけで済めばいいけれど、確実だったろう、前のブルーの二日酔い。
 新年早々、それではマズイ。
 いくら「年が変わる」だけであっても、節目の時には違いないから。
「ぼくが酔っ払っちゃったら、大変だしね…。次の日だって、胸やけと頭痛」
 そんなソルジャーだと困るものね、と小さなブルーも覚えていること。
 乾杯のために配られたグラス、それに注がれた赤ワイン。
 シャングリラでは、酒は合成品だった。
 白い鯨になる前の船なら、本物の酒もあったのだけれど。
 人類の船から奪った物資に、酒が混じっていた時には。
 その「酒」が消えた、白いシャングリラ。
 自給自足で生きてゆく船で、本物の酒は作れない。…技術はあっても、無かった材料。
 農場で育てた葡萄の実たちは、「食べる」ための葡萄だったから。
 そのまま食べたり、干しブドウにしたり、果汁を搾ってジュースにしたり。
 「酒好きの者しか口にしない」酒は、けして作られはしなかった。
 ただ、例外が一つだけ。
 新年の時の乾杯用にと、樽で仕込まれた赤ワイン。
 船でじっくり熟成させて、新年を迎えた時の祝いに配られた。
 楽しみに待つ「酒好き」の仲間も多かったけれど、前のブルーは「そうではなかった」。


 グラスに一杯分のワインで、酔ってしまえたソルジャー・ブルー。
 本人にも自覚があったものだから、乾杯の時は「形だけ」。
 一年を無事に過ごせたことへの感謝と、新しい年も皆が息災であるよう、祈りをこめて。
 「乾杯!」とグラスを掲げた後には、ほんの一口。
 そして、ハーレイに「頼むよ」と渡した。
 ソルジャーの側に控えるキャプテン、「酒には強い」人に任せた「残り」。
「お前が、俺に渡すもんだから…。俺は多めに飲めたんだよな」
 一年に一度きりの本物の酒、とハーレイの舌に蘇る味。
 いつも「美味い」と思っていた。
 合成品の酒とは違って、きちんと樽で仕込まれたもの。本物の葡萄で作ったワイン。
「あれ、美味しかった…?」
 前のぼくには、少しも分からなかったけど、とブルーが尋ねる。
 「お酒の味なんか、前のぼくには本当に分からなかったから」と。
「美味かったぞ? なんと言っても、本物だしな?」
 おまけに一年に一回きりだ、とハーレイは「美酒」を懐かしむ。
 「あれはなんとも美味かったんだ」と、「俺には、おかわりもあったしな」と。
 前のブルーに譲られたグラス、それを飲み干すのもキャプテンの役目。
 「貴重な酒」を無駄にするなど、白いシャングリラでは許されない。
 いくらソルジャーが「飲めなくても」。
 酒に弱くて酔っ払うのが分かっていても、「口をつけた残り」を捨てられはしない。
 だからこそ、「これも俺の役目」と、毎年、空にしていたグラス。
 自分のグラスを空けた後には、ブルーの分まで。
「美味しかったんなら、いいんだけどね。いつも押し付けちゃってたから」
 前のぼくには美味しくないのを、とブルーは肩を竦めてみせる。
 「ハーレイにしか頼めないしね」などと、可笑しそうに。
「まあなあ…。残りの酒は希望者に、って言えば大騒ぎになっちまうしな?」
 酒好きのヤツやら、ソルジャーに憧れる女性やらで、と今でも容易に想像がつく。
 きっと、そうなっていただろう、と。
 皆がブルーの周りに押し掛け、飲み残しのワインを貰おうとして。


 それを防ごうと、前のブルーが渡したグラス。
 一口飲んだら、「頼むよ」とキャプテン・ハーレイに。
「あのお酒…。今のワインと比べたら、どう?」
 どっちの方が美味しいと思う、とブルーが傾げた首。
 「地球の赤ワインと、シャングリラの赤ワインなら、どっちが上?」と。
「どっちが美味いかって、そんなのは…」
 俺に訊くまでもないだろう、とハーレイは答えたのだけど。
 青く蘇った地球の土と水と、降り注ぐ地球の太陽の光。
 それが育てた葡萄の実。
 たわわに実った葡萄の房たち、それを搾って仕込まれたものが、今の地球のワイン。
 赤でも白でも、ロゼであっても。
(当たり年のワインってヤツでなくても…)
 とびきりの美酒に決まっている。
 銘柄などにこだわらなくても、ごくごく安いワインでも。
 どれも「シャングリラの赤ワイン」よりは、遥かに優れた味わいと香り。
 船の中だけで育てた葡萄は、「地球の葡萄」に敵わないから。
 最初から勝てる筈などはなくて、わざわざブルーに問われなくても…。
(今の赤ワインの勝ちに決まっているだろう…!)
 断然、こっちが美味いんだから、と軍配を上げて、其処で気付いた。
 「本当にそうか?」と、「今の赤ワインの勝ちなのか」と、シャングリラの赤いワインの味に。
 地球のワインとは比較にならない、白いシャングリラで作られたワイン。
 本物の葡萄を使っていようと、葡萄の味で既に負けていたから。
 けれど、あの船の「唯一の本物」。
 年に一度しか味わえなかった、グラスに一杯分だけのワイン。
(俺の場合は、ブルーの飲み残しがあって…)
 二杯分ほどを飲めたけれども、あれも最高に美味ではあった。
 一年を無事に過ごせたことを祝うワインで、新しい年を迎えるワイン。
 あの「特別なワイン」と比べてみたなら、今のワインに、どれほどの価値があるのだろう…?


 まるで無いな、と思わされた「それ」。
 どれほど名高いワインであろうと、シャングリラのワインに敵いはしない。
 「ミュウの箱舟」、其処で作られた「本物」には。
 皆の命が懸かっていた船、その船の「祝いのワイン」の味には。
「…すまん、ワインの味なんだが…。シャングリラの方が美味かったようだ」
 あっちが上だ、と訂正した。
 小さなブルーに、「間違いない」と。
「えっ、だけど…。本当に?」
 今の方が美味しい筈なんだけど、とブルーが言うのも、また正しい。
 同じ条件で「味比べ」したら、シャングリラのワインに勝ち目は無い。
 地球のワインを白いシャングリラに運んで、皆に飲み比べをさせたなら。
 「どっちが美味い?」と注いでやったら、ゼルもブラウも、ヒルマンも、エラも…。
(迷いもしないで、地球のワインを選ぶんだろうな…)
 その光景が見えるようだけれど、流れ去った時は遡れない。
 「安いものでも最高に美味い」地球のワインを、白いシャングリラに運べはしない。
 だから、ブルーに微笑み掛ける。
 「あの船だったからこそ、美味かったのさ」と。
「同じワインを此処に持って来たら、地球のワインに負けちまう。だがな…」
 あそこで飲むから美味かったんだ、と小さなブルーに教えてやった。
 「酒を飲むには、時と場所ってヤツも大切なんだ」と。
 白いシャングリラで飲んだ「新年のワイン」、あの場はどんなパーティーにも勝る。
 「あれを越える酒は、まず飲めんだろう」と。
「…そうなんだ…。じゃあ、ぼくたちの結婚式で飲んでも負けちゃう?」
 あの赤ワインに負けてしまうの、と心配そうな顔になるブルー。「負けちゃうよね」と瞬いて。
「いや、俺たちの結婚式なら、正月よりもめでたいからな?」
 あれよりも美味いワインになるさ、とハーレイは「その日」を思い浮かべる。
 きっとブルーは「頼むよ」と、また乾杯のグラスを寄越すのだろう。
 純白の花嫁衣裳を纏って、そのたおやかな白い手で。
 「ハーレイが飲んで」と、「花嫁さんが酔っ払ったら、大変だもの」と、最高の美酒を…。

 

          最高の美酒・了


※シャングリラで新年を迎えた時に、乾杯していた「本物の」赤ワイン。遠い昔に。
 地球のワインには敵わなくても、そちらの方が美味だった酒。そしていつかは最高の美酒を。
 2017年の元旦用です、pixiv のハレブル更新日と重なったんで…。ゆえに単品v








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(ハーレイのケチ…!)
 ちっとも分かってくれないんだから、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
 この部屋で二人で過ごしたけれども、なんとも残念な結果に終わった。
(ぼくにキスして、って頼んだのに…)
 即座に「駄目だ」と返したハーレイ。「俺は子供にキスはしない」と。
 「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」が、ケチな恋人の言い分で、決まり。
 ハーレイが勝手に決めてしまって、自分は従わされるだけ。その決まりに。
 今の自分はチビだから。…ハーレイよりもずっと年下だから。
(…前のぼくなら、負けないんだけどな…)
 年でも、それに立場でも。
 アルタミラの檻で心も身体も長く成長を止めていたから、出会った時にはチビだった。
 前のハーレイと、燃えるアルタミラの炎の地獄を走った時は。
 だからアルタミラを脱出した後も、何かと気に掛けてくれたハーレイ。
 本当の年を知った後にも、「それでも、お前は子供だしな?」と。
 前の自分の心も身体も、育ててくれたのはハーレイたち。
 食が細くても「しっかり食べろ」と励まされたり、散歩という名の軽い運動を勧められたり。
 もっとも散歩は、主にブラウやエラたちと。
 前のハーレイは走っていたから、とてもついてはいけなかった。今と同じに弱かったから。
(だけど、そうやって育ち始めたら…)
 自然と身についていった知識や考え方。
 船の仲間たちの命を繋ぐためには、人類の船から食料や物資を奪うしかない。
 それが出来るのは自分一人で、責任感だって生まれるもの。
 いつしか「リーダー」と呼ばれ始めて、ついには「ソルジャー」。
 船の頂点に立つのがソルジャー、前のハーレイだって従うしかない。命令とあれば。
 そんな権力を使いはしなかったけれど。振りかざしてさえも、いないけれども。


 やってはいないというだけのことで、前の自分なら「勝てた」ハーレイ。
 「ぼくの方がずっと年上だから」と言いさえしたなら、年長者として上に立つことが出来る。
 ソルジャーとしての立場だったら、誰が見たってハーレイより上。
 船を纏めるキャプテンとはいえ、ソルジャーに敵いはしないから。
 シャングリラが白い鯨に改造されても、其処は変わりはしなかった。
 自給自足の船になっても、タイプ・ブルーは一人しかいない。
 万一の時に白いシャングリラを守れ抜けるのは、ソルジャーの自分だけだったから。
 キャプテンが懸命に舵を切っても、どうにもならない局面はある。
 その時はソルジャーの出番なのだし、キャプテンといえども前の自分には…。
(頭を下げるしかなかったんだよ)
 下げさせたことは無いけれど。
 船が危ういような場面は、ジョミーが来るまでただの一度も無かったから。
 それに権力を振りかざすことも、前の自分はまるで好みはしなかった。
 どちらかと言えば、「権力などは要らない」人間。
 ソルジャーとして崇め敬われるより、皆と同じでいたかった。同じ服を着て、同じ所で。
(なのに、青の間を作られちゃって…)
 其処に押し込められたようなもので、些か不本意でもあった。「どうして、ぼくが」と。
 皆と同じに暮らしたいのに、大袈裟な衣装に立派すぎる部屋。
 どうしてこういうことになるのかと、「みんなと同じで良かったのに」と。
 誰もが敬うソルジャー・ブルー。
 前の自分はそうだったのだし、ハーレイにだって勝てた筈。その気になれば。
 サイオンでも決して負けはしないし、年も立場も負けてはいない。
 けれども、今のチビの自分はどうだろう…?
(年は負けてるし、今のハーレイ、先生だし…)
 ハーレイが勤める学校に通うチビの自分は、生徒で教え子。
 学校の中でハーレイに会えば、「ハーレイ先生」と「先生」をつけて、おまけに敬語。
 前の生なら、ハーレイが敬語だったのに。
 ソルジャーには敬語で話すべきだと、二人きりの時も敬語を崩さなかったのに。


 本当の所は、二人きりの時も敬語だったのは「用心のため」。
 友達同士だった頃はともかく、恋人同士になった後には、隠さなくてはならない仲。
 ソルジャーとキャプテンの恋が知れたら、大混乱だろうシャングリラ。
 船を纏める立場の二人が恋仲だなんて、歓迎する者は誰一人としていない筈。
 背を向ける者は多くても。
 「船を私物化していたのか」と、裏切り者のように扱われることはあったとしても。
(だからハーレイ、ずっと敬語で…)
 二人きりで愛を交わす時にも、頑なに敬語を貫き通した。
 出会った頃には、気さくに話してくれていたのに。「俺はな…」と、いつも砕けた口調で。
 あの口調が懐かしかったけれども、ハーレイに無理を言えはしない。
 皆の前で敬語が崩れたならば、たちまち誰もが疑い始める。「何かあるのか?」と。
 それでは駄目だ、と諦めていた。「普通の言葉遣い」に戻して貰うことは。
 前のハーレイが使った敬語はそういう敬語で、今の自分が使う敬語と…。
(似ているんだよね、恋人同士なのがバレないように、って所だけは…)
 そうは思っても、相手は「先生」。
 学校の中では「ハーレイ先生」、生徒は必ず敬語で話さなくてはならない。
 いくらハーレイが、聖痕を持った自分の「守り役」でも。
 家に来てくれた時は「ハーレイ」と呼んで、敬語は抜きで話していても。
(年も立場も、サイオンも全部…)
 今のぼくだと負けちゃってるよ、と情けない限り。今のハーレイには惨敗な自分。
 勝てたとしたって、権力や立場を振りかざすつもりは無いけれど。
 そういったことは嫌いだけれども、負けているのがなんとも悔しい。
 これでは勝てはしないから。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、膨れっ面が精一杯。
 キスは駄目だと断られたって、「何故、駄目なのか」と理詰めで論破するのは無理。
 今の自分は本当にチビで、立場も力も何も持たない。
 ハーレイの方が何もかも上で、「俺が決めた」と決まりも作れる。
 それだけの力を持っているから、言える立場にいるのだから。


 ハーレイが作ってしまった決まり。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈に育たない内は、唇へのキスは貰えない。
 恋人同士のそれが欲しくても、「駄目だ」とすげなく断られる。今日みたいに。
(…ハーレイ、分かってくれないんだから…)
 どれほどキスが欲しいのか。
 両親もくれる頬や額へのキスとは違った、唇へのキス。
 恋人同士はキスを交わすもの、前の生でも何度も交わした。
 青の間でも、それにキャプテンの部屋でも、船の通路に誰もいなければ通路でだって。
(恋人同士なら、キスは挨拶みたいなもので…)
 愛してるよ、と心をこめて交わすもの。
 会った時には重ねる唇、もちろんベッドの中でだって。
(…ベッドに行くのは、今は無理だし…)
 その分だけでもキスが欲しい、と余計にキスが欲しくなる。
 愛を交わして「本物の恋人同士」になってみたくても、無理だから。
 両親の目があるこの部屋のベッドでそれは無理だし、ハーレイの家に行くのは禁止。
 だから、そっちは諦めた。「駄目でも仕方ないよね」と。
 けれどキスなら此処でも充分。
 母の足音にさえ気を付けていれば、幾らでもキスを交わせる場所。
 なのにハーレイは「駄目だ」と言うだけ、「俺は子供にキスはしない」と。
 子供なのは「姿だけ」だと思うし、中身は前の自分と同じ。
 きちんと記憶を受け継いだから、キスをしたことも覚えている。
 どんなにハーレイを愛していたかも、別れがどんなに辛かったかも。
(生まれ変わって、また会えたのに…)
 再会のキスも出来ないだなんて、いったい誰が思うだろう?
 前の自分が耳にしたなら、「ハーレイ?」と青の間に呼び付けていそう。
 「君はどういうつもりなんだい?」と、「再会のキスもしないだなんて」と。
 それでも本当に恋人なのかい、と呆れた口調で。
 「まさかね?」と、「君が未来のぼくに向かって、そんな仕打ちをするだなんてね」と。


 前の自分がそう言ったならば、ハーレイはどうするだろう?
 きっと慌てて「いいえ」と叫ぶに違いない。
 「未来のあなたも大切です」と、「きっと何かの間違いでしょう」と。
 本当にきっと、心の底から。「未来のブルーに、キスをしないなんて有り得ない」と。
 何かのはずみで引き離されることになったら、再会した時は贈るキス。
 「会いたかった」と砕けた口調になるのか、「お会い出来て良かった」と敬語なのか。
 どちらにしたって、再会のキスは貰えたと思う。
 前の自分とハーレイならば。…前の自分が今の状況を問い詰めたなら。
(…うーん…)
 やっぱりキスはするものだよね、と考える。
 強請っては叱られてばかりだけれども、今のハーレイが悪いのだろう。
 チビの自分よりも立場が上で、年上だから。
 「俺は子供にキスはしない」と言える立場で、学校の中では「ハーレイ先生」。
 前の自分たちのように立場が逆なら、「駄目だ」と断れはしないと思う。
 いくら自分がチビの子供でも、十四歳にしかなっていなくても。
(…ハーレイ、ちっとも分かってくれない…)
 恋人同士のキスがどんなに大切なものか、どれほど欲しいと願っているか。
 唇を重ねる本物のキスが、恋人同士で交わし合うキスが。
 ホントに分かってくれないんだから、と悲しいけれども、今のハーレイでは仕方ない。
 今の自分は「ハーレイ?」と、青の間に呼び付けたりは出来ないから。
 「キスは駄目だ」と叱られるだけで、膨れっ面をするのが精一杯だから…。

 

        分かってくれない・了


※「ハーレイはキスの大切さを分かってくれない」と、不満一杯のブルー君。叱られた、と。
 今のハーレイの立場が悪い、と結論を出したみたいですけど…。子供ならではv








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(まったく、あいつは…)
 いつになったら分かるんだか、とハーレイの口から零れた溜息。
 ブルーの家へと出掛けた休日の夜に、書斎で熱いコーヒー片手に。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それが苦手な小さな恋人。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わってまた巡り合えた愛おしい人。
 ブルーは戻って来てくれたけれど、今日も二人でゆっくり過ごしていたのだけれど。
(アレだけは、どうにもならないってな)
 いくら恋人でもチビなんだから、と思い浮かべる恋人の顔。
 前の生では、それは気高く美しかったソルジャー・ブルー。
 死の星だった地球が青く蘇るほどの時が流れても、大勢のファンがいる美貌。
 本屋に行ったら、写真集が幾つも出ているくらいに。
(前の俺と恋人同士だった頃のあいつは…)
 とっくにああいう姿だった、とハッキリ言える。
 燃えるアルタミラで出会った時にはチビだったけれど、それから育ったのだから。
 シャングリラと名前をつけていた船、その船が改造された後に、お互い、恋だと気付いた。
 「一番古い友達同士」から「恋人同士」に変わっていった。
 ブルーはといえば、改造前の船だった頃に既にソルジャー。
 今でも称えられる美貌と、すらりと華奢な身体の持ち主。
(ソルジャーの衣装が良く似合ってて…)
 本当に綺麗だったんだ、と今も鮮やかに思い出せる。かの人のことを。
 ところが遥かな時を飛び越え、青い地球の上で出会ったブルーは…。
(俺の教え子で、思いっ切りチビ…)
 十四歳のチビときたもんだ、と嘆いてみたって始まらない。
 今のブルーは前と違って、今の自分よりも「ずっと年下」。
 再会したのも今の自分が勤める学校、其処の一番下の学年のクラス。
 下の学校から入学したての子供ばかりが集まるクラスに、今のブルーがいたのだから。


 愛おしい人がチビだったことは、今は全く苦にならない。
 最初の間は、「何故だ」と思いもしたけれど。
 小さなブルーが見せる表情、それに昔のブルーが重なって見えもしたけれど。
(…あの頃は、正直、危なかったが…)
 ブルーの中に前のブルーを求めて、ともすれば外れそうな気がした心の箍。
 何かのはずみに外れたならば、もはや自分でも止められはしない。
 たとえブルーが泣き叫ぼうが、「嫌だ」と暴れて抵抗しようが、力任せに組み伏せて…。
(強引に俺のものにしちまうってことも…)
 まるで無かったとは言い切れない。
 それを恐れて、ブルーを家から遠ざけた。「大きくなるまで此処には来るな」と。
 ションボリと肩を落として帰ったブルー。
 まさかそうなるとは思いもしないで、遊びに来てはしゃいでいたのだから。
 けれど、あの時は「ああするのが正しかった」と思う。
 ブルーが何度も家に来ていたら、何が起きたか分からない。
 なにしろ一人暮らしの家だし、止めに入る者は誰もいないから。
 泣き叫ぶブルーの悲鳴を聞き付け、何事なのかと飛び込んで来る者だって。
(あいつを家から遠ざけてなけりゃ、本当に危なかったんだ…)
 俺だって男なんだから、と分かっているのが自分の本能。
 自制心は強いつもりだけれども、恋人となれば話は別。
 前の生では心も身体も、強く結ばれていた愛おしい人。
 それがブルーで、なのに最後は引き裂かれるように死に別れた。
 前のブルーには、何度も誓っていたというのに。
 死の世界までも共に行くからと、けして離れはしないからと。
 けれども、それを禁じたブルー。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と思念を残して、前の自分を船に縛って。
 一人残された前の自分は、深い悲しみと孤独の中で地球までの道を歩み続けた。
 ブルーは何処にもいないのに。…愛おしい人を失ったのに。
 抱き締めたくても、もう戻っては来なかったブルー。ただ一人きりで逝ってしまって。


 前の自分が失くした恋人、死の瞬間まで想い続けた愛おしい人。
 ブルーの許へ、と夢見るように命尽きたことを覚えている。
 崩れゆく地球の地の底深くで、落ちてくる瓦礫に押し潰されてゆく中で。
 「これでブルーの所へ行ける」と、「やっと終わった」と。
 其処で自分の記憶は途切れて、気付いたら青い地球の上。
 その上、戻って来てくれたブルー。新しい命と身体とを得て。
(いくらチビでも、やっぱり重なっちまうよなあ…?)
 魂は同じブルーなのだし、気高く美しかったブルーが。身体も心も溶け合った人が。
 子供に手を出す気など無くても、「ブルー」だったら事情は変わる。
 遠く遥かな時の彼方で、毎夜のように愛を交わした人。
 その人なのだと分かっているから、小さなブルーに前のブルーが重なるから。
 これは危ない、と考えたからこそ退けた。
 ウッカリ間違いを起こさないよう、今のブルーを傷付けないよう。
(あいつ、中身もチビだから…)
 姿と同じにチビなんだよな、と見抜くまでには、さほど時間はかからなかった。
 最初こそ錯覚したけれど。
 今の小さなブルーの身体に、「前のブルー」が戻ったのだと。
 「ただいま、ハーレイ」と言われた時には、「帰って来たよ」と聞いた時には。
 姿こそ小さな子供だけれども、中身は「前のブルー」だと。
 ソルジャー・ブルーだった頃そのままに、凛としたブルーが戻って来たと。
(しかし、そいつは違ったわけで…)
 ブルーの中身は、見た目通りに十四歳にしからならない子供。
 恋の記憶は残っていたって、年相応にぼやけたもの。
 「ハーレイが好き」と口にしていても、前のブルーの頃とは違う。
 好きな気持ちは同じでも。…恋した気持ちは本物でも。
(チビはチビでしかないってな)
 今度は結婚できると喜び、夢を描いているブルー。
 夢は叶えてやれるのだけれど、いつか必ず叶えるけれど…。


 それよりも前が問題なんだ、と今の状況に溜息が出る。
 今のブルーは、まるで自覚が無いものだから。
(チビのくせして、前のあいつと同じつもりで…)
 恋人同士の時が欲しくて、何かといえば強請られるキス。「ぼくにキスして」と。
 今日もやられて、「俺は子供にキスはしない」と断った。
 決まり文句で、小さなブルーが前のブルーと同じ背丈にならない間は、キスは額と頬にだけ。
 そう言ったならば、プウッと膨れるのがブルー。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、「ぼくはハーレイの恋人なのに」と。
 どうしてキスをしないと言うのか、それでも本当に恋人なのかと。
 今日もプンプン怒って膨れて、フグのようだった小さなブルー。
 「分からず屋!」と書いてあった顔。「なんというケチな恋人だろう」と。
(ああして膨れる辺りがな…)
 立派に子供な証拠なんだが、とクックッと笑う。
 そういうブルーを見慣れた今では、もう揺らぎさえもしないのが心。
 「ブルーを襲ってしまうかも」という恐れは消え去り、ただゆったりと見守るだけ。
 大人ならではの余裕でもって。
 前のブルーは子供時代の記憶を全て失ったのだし、「子供時代を楽しめばいい」と。
 優しい両親も暖かな家も、今のブルーは持っている。
 それを存分に満喫すべきで、ゆっくり育ってくれればいいと。
(何十年でも待ってやれるんだがな…)
 ブルーが幸せに生きてゆけるなら、幸せな子供でいられるのなら。
 結婚までの日がどんなに延びても、きっと辛いとは思わない。
 小さなブルーが笑顔だったら、幸せ一杯だったなら。
(しかしだ、それを全く分かってないのが今のあいつで…)
 キスを断ったら「ハーレイのケチ!」で、フグみたいにプウッと膨らませる頬。
 顔にも「ケチ」と書かれている上、「分からず屋」とも書いてある。
 今日もやっぱり怒って膨れて、お決まりのパターン。
 じきに機嫌は直るのだけれど、プンスカ膨れる小さなブルー。


(分からず屋なあ…)
 分かってないのは、実はあいつの方なんだが、と思ってもブルーに通じはしない。
 一人前の恋人気取りで、前の自分と同じつもりでいるのだから。
 本当にキスをされたとしたなら、チビのブルーは竦み上がってしまうだろうに。
 夢を見ていた「甘いキス」とは違うキス。
 それに怯えて動けなくなって、涙もポロポロ零すだろうに。
 「何をするの」と、「怖いからやめて」と。
 けれど気付いていないのがブルー、だから自分は「分からず屋」でいい。
 いつかブルーが大きくなるまで、キスを交わせる時が来るまで。
(それまでは、分かってやらないんだ…)
 俺は決して分かってやらない、と傾ける少し冷めたコーヒー。
 それがブルーのためだから。
 愛おしい人をとても大切に思っているから、子供のブルーは子供らしいのが一番だから…。

 

        分かってやらない・了


※ブルー君に「ハーレイのケチ!」とやられたハーレイ先生。「分からず屋だ」という顔も。
 けれど、分からず屋でいいそうです。ブルー君が大きく育つ日までは、分からず屋v









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