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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は訪ねて来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は生徒と教師だけれど。
 十四歳にしかならない自分は、ハーレイが勤める学校に通う生徒だけれど。
(会議が長引いちゃったのかな?)
 ハーレイの帰りが遅くなった理由。仕事帰りに此処を訪ねてくれなかった原因。
 会議だろうと思うけれども、もしかしたら柔道部だろうか。
 部員の一人が怪我をしたなら、とても大変で気の毒だけれど。
(そうじゃなくって、特別に指導…)
 いつもより長く、一人一人に目を配って。「今日は調子が良さそうだな?」と。
 そんな日だってあるかもしれない、ハーレイの気分が乗ったなら。
 部員たちの方もやる気満々、「先生、よろしくお願いします!」と揃って頭を下げたなら。
(…柔道部員に盗られちゃった?)
 今日のハーレイ、と悲しい気分。
 そうと決まったわけでもないのに、「ひょっとしたら」と塞がる胸。
 家でハーレイを待っていたのに、そのハーレイは柔道部員たちといたのだろうか、と。
 指導の後には「腹が減ったろ?」と、何か御馳走しただとか。
(ハーレイが、浮気…)
 いきなりポンと浮かんだ言葉。
 「今日はハーレイ、浮気したかも」と、「ぼくを放って行っちゃったよ」と。
 この部屋でお茶とお菓子の代わりに、柔道部員たちとジュースとか。
 「頑張ったな」と近くの店に出掛けて、アイスクリームや、軽い食事や。
 まるで無いとは言えないから。…クラブによっては、そういう話も耳にするから。


 運動の後にはお腹がすっかり減ってしまうクラブ、陸上部だとか他にも色々。
 顧問の先生たちが、たまに御馳走するという。
 クラブ活動を終えた後には、みんなで店に出掛けて行って。
(…ハーレイの噂は聞かないけれど…)
 聖痕を持った自分の守り役、そういう役目があるハーレイ。
 そのせいなのか、いつも優先して貰えるのがチビの自分。
 柔道部員の生徒たちより、彼らを連れて食事や遊びに出掛けるよりも。
(でも、お休みの日に家に呼んだり…)
 していることは確かなのだし、自分の耳には入らないだけで、例外だってあるかもしれない。
 「今日は御馳走してやるからな」と、柔道部員たちと繰り出す放課後。
 クラブ活動が終わった後で。
 この家を訪ねて来てくれる代わりに、柔道部員たちを引き連れて。
(浮気しちゃったかな…?)
 ぼくを放って、と悲しいけれども、仕方ない。
 もしも自分が丈夫だったら、きっと入った柔道部。…ハーレイと一緒にいたいから。
 学校では「ハーレイ先生」でも。
 礼儀作法に厳しい柔道、ハーレイに学校の中で会ったら、深々とお辞儀が必要でも。
 そうなっていても、柔道部に入ったことだろう。
 入れていたなら、ハーレイの家にも遊びに行けた。他の部員たちと一緒でも。
 チビの自分が大きくなるまで、二度と呼んでは貰えない家。
 其処へワイワイ出掛けて行っては、賑やかに騒げた筈だった。
 柔道部員の御用達だという、徳用袋の美味しいクッキーを食べて。
 夏には庭でバーベキューもして、ハーレイの家で楽しめた。
 身体が丈夫だったなら。柔道部に入ることが出来たら。
 けれど、無理なのが柔道部。
 前と同じに弱く生まれてしまった自分は、体育の授業も見学のことが多いほど。
 柔道などとても出来はしないし、入部させても貰えない。
 朝の走り込みだけで倒れてしまって、柔道どころではないのだから。


 仕方ないよね、と諦めるしかない浮気。
 柔道部に入部出来ていたなら、ハーレイは浮気しないから。
 他の部員たちと少しも変わらず、ハーレイと一緒に出掛けてゆける。
 何処かで軽く食事にしたって、アイスクリームか何かを御馳走になるにしたって。
(…ぼくが弱いのが悪いんだから…)
 浮気されたって仕方ないよ、と考えた所で気が付いた。
 アイスクリームを食べに行くとか、食事を御馳走するとかだったら、いいけれど。
 大勢の柔道部員が一緒で、浮気の相手はドッサリだけれど。
(……本物の浮気……)
 そっちだったらどうしよう、と。
 ハーレイが他の誰かに惹かれて、本当に浮気してしまうこと。
 チビの自分のことは放って、デートに行ったり、ドライブしたり。
 そんなライバルが登場したなら、どうすればいいというのだろう…?
(…前のハーレイなら、安心だけど…)
 多分、安心だったと思う。
 白いシャングリラにいた女性たちは、ハーレイに興味が無かったから。
 それだけだったらまだマシだけれど、船で流れていた噂。
 「キャプテンには、薔薇の花びらで作ったジャムは似合わない」と。
 一部の女性が薔薇の花びらで作っていたジャム。
 沢山の量は作れないから、出来上がる度にクジ引きだった。希望者たちが引いたクジ。
 そのクジの箱は、ブリッジにも運ばれて行ったのに。
 「如何ですか?」とクジの箱が来たら、ゼルまでが引いていたというのに…。
(…ハーレイの前は、箱が素通り…)
 一度もクジを引けずに終わった、前のハーレイ。薔薇の花のジャムは似合わないから。
 それがキャプテン・ハーレイへの女性たちの評価で、まるで無かった浮気の心配。
 ところが今では、すっかり変わってしまった事情。
 生徒たちには、「憧れのハーレイ先生」だから。
 柔道をやらない女子たちにだって、うんと人気があるものだから。


 学校でさえもそういう有様、ハーレイを「かっこいい」と思う生徒が大勢。
 ついでに学生時代のハーレイ、そちらはモテていたという。
 柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来たほど、試合に出れば負け知らず。
 応援に来ていた女性は多かったと聞いた。
(…プロの選手にならなかったから、みんな消えちゃったんだけど…)
 学生時代の話なのだし、女性たちだって若かった筈。
 ハーレイを応援しなくなったら、他に移っただろう関心。楽しいことは多いのだから。
 けれども、それから流れた時。
 ハーレイが年を重ねたみたいに、女性たちだって十年以上も歩んだ時。
 色々なことがあった筈だし、出会いも別れもありそうな感じ。
(結婚しちゃった人ならいいけど、まだ独身なら…)
 何処かでハーレイとバッタリ出会って、「久しぶりね」と挨拶をして…。
 ハーレイはとても人がいいから、「飯でも食うか?」と気軽に声を掛けそう。
 「近くに美味い店があるから」とか、「ゆっくり昔話はどうだ?」と。
 まるで下心は無くっても。…本当に懐かしかっただけでも。
(それで一緒に食事とか、お茶…)
 ハーレイは軽い気持ちで誘って、あれこれ楽しく話をして。
 女性の方もコロコロ笑って、相槌を打ったりしている内に…。
(…ハーレイの魅力を再発見…)
 そういうことも無いとは言えない、「やっぱり素敵な人なんだわ」と。
 魅力に気付けば、まだ独身の今のハーレイは、きっと輝いて見えるだろう。
 誰かのものではないのだから。
 ハーレイがその気になってくれたら、結婚だって出来るのだから。
(…また会いましょう、って約束しちゃって…)
 最初は時々、その内に増えてゆく逢瀬。
 ハーレイの方でも、「素敵な人だ」と思い始めて。
 キスも出来ないチビの恋人、デートも出来ないチビよりはずっと…。
 いいに決まっている女性。会えば楽しいし、食事もドライブも出来るのだから。


(…ハーレイが浮気しちゃうわけ?)
 ホントのホントに本物の浮気、とズキンと痛くなった胸。
 チビの恋人の自分を放って、デートに出掛けてゆくハーレイ。
 「すまん」と、「今度の土曜日は用があってな」と、言い訳をして。
 本当は女性とデートにゆくのに、そうは言わずに用があるふり。
(…そうされたって、今のぼくには…)
 見破れもしない、ハーレイの嘘。
 不器用になってしまったサイオン、ハーレイの心の中は読めない。
 「すまん」と顔を曇らせるくせに、本当は心が弾んでたって。
 次の週末はデートなんだと、土曜日は何処へ出掛けようかと計画を幾つも立てていたって。
(…今のハーレイなら、そうなっちゃっても…)
 ちっとも不思議じゃないんだよ、と自分にも分かるハーレイの魅力。
 白いシャングリラの頃と違って、今のハーレイは大勢の人を惹き付けるから。
 生徒に人気で、学生時代は女性のファンが沢山。
 もちろん今でも魅力たっぷり、そんなハーレイの心を掴む女性が現れたなら…。
(ハーレイが、浮気…)
 ぼくを放って誰かとデート、と受けた衝撃。
 今のハーレイなら、有り得るから。…まるで無いとは言えないから。
(……ぼくの家に来てくれる代わりに……)
 誰かとデートで浮気だなんて、と考えただけで泣きそうだけれど。
 本当に浮気をされてしまったら、きっと涙がポロポロ零れるだろうけれども…。
(でもハーレイなら、ぼくのこと…)
 いつか必ず、また思い出してくれるだろう。
 チビの自分が大きくなったら、前とそっくり同じ姿になったなら。
 そしたら戻ってくれるだろうし、いくら悲しくても、この家でじっと待てばいい。
 浮気されても、ハーレイのことが好きだから。
 他の人など好きになれなくて、ハーレイだけしか見えないから。
 だから浮気も我慢するよ、と浮かべた笑み。
 「浮気されたって、大好きだもの」と、「ぼくには、ハーレイだけなんだもの」と…。

 

          浮気されたって・了


※ハーレイ先生が浮気するかも、と気になって来たブルー君。本物の浮気で、女性と浮気。
 けれど健気に我慢する気で、「浮気されたって大好きだもの」。心配なさそうですけどねv








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(浮気なあ…)
 俺とは無縁の言葉だよな、とハーレイがふと思ったこと。
 夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を心に描いて。
 今日は寄れずに終わってしまった、小さなブルーが暮らしている家。
 きっとションボリしているのだろう、「ハーレイが来てくれなかったよ」と。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 まだ十四歳の子供だけれども、キスも出来ない恋人だけども。
(俺はブルーしか好きになれなくて…)
 これからもずっとブルーだけ。
 いくら小さな恋人でも。教師と教え子、そんな関係の今だけれども。
 なんと言っても、遠く遥かな時の彼方で恋をしていた人だから。
 前の自分が死の瞬間まで想い続けた人なのだから。
(いくらあいつがチビの子供でも…)
 浮気なんぞは有り得ないな、と溢れる自信。
 ブルー以外を愛しはしないし、他の誰かに恋だってしない。
 いつかブルーが大きくなったら、なおのこと。前とそっくり同じ姿に育ったら。
(そしたら、あいつにキスを贈って…)
 今のブルーが欲しがるキス。何度「駄目だ」と叱っても。
 恋人同士の唇へのキス、それが欲しくてたまらないブルー。
 まだまだチビの子供のくせに。本物のキスを贈ろうものなら、驚いて泣き出しかねないのに。
 けれどブルーが前と同じに育った時には、本物のキスを贈らなければ。
 キスを交わして、デートにも行って、一世一代のプロポーズ。
 そうすればブルーと結婚できるし、二人一緒に暮らすのだから…。
(ますます浮気は有り得ないってな)
 家に帰れば、あいつが待っているんだから、と幸せな未来へ思いを馳せる。
 ブルーと二人で暮らす家へと、「おかえりなさい」とブルーの声が聞こえる未来へと。


 誰よりも大切で愛おしい人。前の生から愛したブルー。
 他の人など目にも入りはしなくて、ブルーしか好きにならないから…。
(浮気ってヤツとは、一生、無縁で…)
 あいつ一筋、と思った所で不意に頭を掠めたもの。
 小さなブルーは、見た目通りに中身もチビ。十四歳にしかならない子供。
 今の自分が教える学校、其処では一番下の学年。
 恋さえ無縁な年の子ばかり、今はそういう学年だけれど。
 授業で恋の話をしたって、まるで手応えが無い子ばかりが揃うけれども。
(もっと学年が上になったら…)
 同じ話でも食いつきが違う。「先生の場合はどうでしたか?」などと。
 十八歳になればできる結婚、今のブルーが通う学校を卒業したら。
 大抵の生徒は上の学校に進むとはいえ、中には結婚を選ぶ者だって。
(だからだな…)
 結婚までは考えなくても、異性を意識し始める生徒。学年が上がっていったなら。
 憧れの先輩が出来る子だとか、同級生と付き合い始める生徒とか。
(…そうなってくると…)
 ブルーの周りはどうなるんだ、と未来のブルーに向かった心。
 今はチビだし、周りの生徒も恋とは無縁。せいぜい、スターに恋する程度。
 とはいえ、ブルーが育っていったら、周りの生徒も育ってゆく。
 身体も心も、結婚できる年に向かって。
 先輩に恋する女子生徒だとか、気になる同級生にアタックする生徒。
(ちょっと待てよ…?)
 今のブルーはチビだけれども、前のブルーがチビだった頃の姿にそっくり。
 これから育ち始めたならば、似たような育ち方をする筈。前のブルーと。
 背が伸び始めて、まだ幼さの残る顔から大人びた顔へ。
 ブルーが育てば育つ分だけ、前のブルーの顔に近付く。
 それに身体もほっそりすらりと、前のブルーと同じに華奢に。
 誰もが振り返るような姿に、一目で惹き付けられる姿に。


 つまり美しく育ち始める、今のブルー。前のブルーと同じ姿になるために。
 今の時代も、前のブルーは多くの女性たちの憧れ。王子様のように。
(…写真集が何冊も出てるくらいに…)
 ファンが多いのがソルジャー・ブルー。大勢の人の心を捉える、その美貌。
 小さなブルーも、いつかそうなる。育ち始めたら、その日が近付く。
 「本物のようだ」と皆が驚く、ソルジャー・ブルーに瓜二つの「ブルー」が出来上がる時が。
 そうなる前には、生徒たちだって気付くだろう。
 毎日のように顔を合わせる学校、きっと誰でも目を留める。
 「ソルジャー・ブルー?」と、「ソルジャー・ブルーに、とても似て来た」と。
(今でも似てはいるんだが…)
 そっくりなんだが、と思いはしても、チビでは全く話にならない。
 周りの生徒も同じに子供で、「似ているよね」と眺めているだけ。チビのブルーを。
 けれども、育ち始めたら違う。前のブルーと同じ姿へと、ブルーが歩み始めたら。
(生きたソルジャー・ブルーなんだし…)
 憧れるだろう女生徒たち。夢の王子様にそっくりなブルーがいるとなったら。
 日に日に育って、ソルジャー・ブルーに似てゆくのなら。
(…放っておく馬鹿はいないよな?)
 ソルジャー・ブルーのようなタイプが好みなら。…あの容貌に惹かれるのなら。
 きっと学校中の噂で、同学年の女子生徒たちはもちろんのこと…。
(下の学年の生徒たちだって…)
 ブルーの周りに群がるだろう。少しでいいから話をしたいと、声が聞けたら素敵だと。
 その光景が目に見えるよう。キャーキャーと騒ぐ女子生徒たち。
(あいつ、運動はからっきしだが…)
 おまけに見学が多い体育、スポーツ万能とは縁遠いのがブルーだけれど。
 そんなブルーでも、きっと顔だけで大勢の女子を惹き付ける。
 スポーツが得意な男子生徒の周りを、女子生徒たちが取り巻くように。
 クラブ活動をしている場所に出掛けて、声援を送っているように。
 それと同じに、育ち始めたブルーの周りに出来る人垣。何人もの女子が群がって。


 なんてこった、と気付いた未来。…今のブルーに注目するだろう大勢の女子。
 誕生日でなくても、プレゼントを贈る子もいるだろう。
 「作ったんです」と手作りの菓子や、「使って下さい」と買った小物やら。
(…うーむ…)
 大勢の女子に囲まれたならば、ブルーはいったいどうするのだろう?
 前のブルーは「ソルジャー」だったし、憧れる仲間がいくら多くても、安全圏。
 アタックしようと思う勇者は誰もいなくて、フィシスを船に迎えた後ではなおのこと。
 だから「ソルジャー・ブルー」は知らない。大勢の女性に囲まれることも、恋の告白も。
(おいおいおい…)
 マズイかもな、と心配になった今のブルーの行く末。
 前のブルーに似れば似るほど、取り巻きの女子も増えてゆく。同級生も、後輩だって。
 ワイワイと周りを囲む女子たち、ブルーが歩けば一緒に移動してゆく人垣。
 黄色い声をキャーキャーと上げて、プレゼントを渡す子などもいて。
(あいつ、ついつい…)
 誰かに惹かれてしまわないだろうか、まるで免疫が無いのだから。
 「恋する女性」に接した経験、それを「ソルジャー・ブルー」は持たなかったのだから。
 ある日、ストンと落っこちる恋。取り巻きの女子の中の一人に。
 健気にプレゼントを贈り続けて頑張った子だとか、心打たれる手紙を書いた生徒とか。
 「この子は本当に真剣なんだ」と思った途端に、ほだされて。
 少し付き合ってみるのもいいかと、たまには一緒に下校しようかと。
(…でもって、その子と意気投合して…)
 ふと気が付いたら、週末は「その子と」出掛けるブルー。
 家で「ハーレイ」を待っている代わりに、待ち合わせ場所の約束をして。
 その子と一緒に出掛けるのだから、「今度の土曜日は、ぼくは留守だよ?」と言ったりして。
(…あいつが浮気するってか!?)
 俺じゃなくて、と愕然とさせられた未来の光景。
 週末の自分は独りぼっちで、ジョギングに行くとか、ジムや道場に出掛けるだとか。
 なにしろブルーはいないわけだし、女子の誰かとデートの真っ最中だから。


(俺は浮気をしないのに…)
 あいつが浮気しちまうのか、とショックだけれど。
 女子の誰かにブルーを攫われそうだけれども、きっとブルーのことだから…。
(いつか俺のことを、思い出してくれる日が来るんだよな?)
 きっとそうだ、と思いたい。
 本当に好きな人は誰かに気付けば、ブルーは「帰って来てくれる」と。
 「ハーレイを放っておいてごめんね」と、「今でも、ぼくのことが好き?」と。
 そう言われたなら、余裕たっぷりで迎えるのだろう。「もちろんだとも」と。
 ショックだった自分の心は隠して、欠片も顔に出さないで。
 浮気されても、ブルーのことが好きだから。
 前の生から愛し続けて、ブルー以外は見えないのが自分なのだから…。

 

           浮気されても・了


※自分は浮気なんかはしない、と自信たっぷりのハーレイ先生。ブルーだけだ、と。
 ところが、お相手のブルー君の方。もしかしたら浮気するかもですけど、大丈夫ですよねv









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(うわあ…!)
 凄い、とブルーが心で上げた歓声。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 友達に貸して貰った本。その中にあった素敵な写真。
(今の地球だと、こうなるよね…)
 それは綺麗なサンゴ礁。南の方の海に行ったら、幾つも幾つも並んだサンゴ。
 色々な形のサンゴの中を泳ぐ綺麗な魚たち。
(此処で見るなら、水族館とか、熱帯魚がいるお店とか…)
 そういう所に行かないといない、鮮やかな色を纏った魚。
 けれどもサンゴ礁だと普通で、魚たちはどれも宝石のよう。
(…んーと…)
 説明もある、と覗き込んだページ。魚たちの名前が書いてある。
 色と模様で区別がつくよう、興味のある人は写真と照らし合わせるように。
(熱帯魚、いっぱい…)
 青いのはこれで、赤と白のは…、と夢中で追った魚たちの名前。
 南の海に行ったら出会える、生きて泳いでいる宝石。
 とっても素敵、とページを繰ったら、今度は空から映した写真。
 サンゴ礁を泳ぐ大きな魚の影が幾つも、イルカの群れだと書いてあるから…。
(きっとジャンプもするんだよね?)
 この青い海で、サンゴ礁の中を好きに泳いで。
 気が向いた時は空に舞い上がって、其処からザブンと海に戻って。
 なんて素敵な海なんだろう、と見詰める命に溢れた海。
 燦々と輝く南国の太陽、それが育てたサンゴ礁。其処に暮らしている魚たち。
(イルカは魚じゃなかったかも…)
 哺乳類だから、と思うけれども、見た目は魚。
 宝石みたいな熱帯魚だとか、イルカたちが暮らす南の海。
 蘇った青い地球ならではの景色、本当に胸がドキドキしてくる。
 なんて素敵な星なんだろうと、地球に来られて良かったと。


 南に行ったらサンゴ礁があって、北に行ったら氷の海。
 流氷に乗って旅するアザラシ、それにホッキョクグマだって。
(地球って、凄い…)
 ホントに素敵、と本のページをめくってみては心で歓声。
 生き物が好きな友達が貸してくれた本だし、写真があったら命が幾つも。
 様々な場所に命の輝き、海にも、それに森の中にも。
(ホントに生き物、一杯なんだ…)
 こうしている今も、南の海ではイルカたちが跳ねているだろう。
 サンゴ礁の中には鮮やかな色の、生きた宝石たちが沢山。
(この辺りだって、森の中なら…)
 夜行性の動物たちが、せっせと活動している筈。
 木から木へと飛んでゆくムササビたちとか、似たような姿のモモンガとか。
 きっと何処にも命が一杯、地球の恵みを味わいながら。
(今のぼくだと、ムササビにだって負けちゃうね)
 飛べないんだもの、と不器用すぎるサイオンを思って苦笑する。
 タイプ・ブルーに生まれたのなら、空を飛ぶ力を持っているのが普通なのに、と。
 どうしたわけだか、不器用なのが自分のサイオン。
 ムササビだったら軽々と飛んでゆける距離でも、一緒に飛んだら落っこちる。
 地面の上へと、それは無様に。
(うーん…)
 イルカにだって敵わないよね、とパタンと閉じた生き物の本。「続きは明日」と。
 本を勉強机に置いて、またベッドへと腰掛ける。
(イルカだったら、うんと高く飛べて…)
 おまけに曲芸だってする。
 ジャンプしてボールにタッチするとか、輪っかをくぐり抜けるとか。
 ムササビよりも凄いのがイルカ、魚みたいに見えるのに。
 住んでいるのは海の中だし、空とは縁が無さそうなのに。
 けれども高く飛ぶのがイルカで、ムササビだって空を飛ぶ。…モモンガだって。


 今の地球には、まるで敵わない生き物たちがいるらしい。
 空を飛べないタイプ・ブルーの自分なんかより、軽々と空を飛ぶ生き物たち。
(イルカにムササビ、それにモモンガ…)
 飛べるようには見えないんだけど、と思ってみたって、空を飛ぶ彼ら。
 今の時間も、きっと何処かで飛んでいるのに違いない。
 森や林の中に行ったら、真っ暗な中でムササビたちが飛んでゆく。
 音も立てずに滑空する空、木の上から飛んで、別の木へと。
 太陽が照らす南の海なら、イルカたちが飛んでいるのだろう。
 青い海から高くジャンプして、真っ青な空へ飛び出していって。
(…いいな…)
 それにとっても楽しそうだよ、と思うイルカやムササビたち。
 蘇った地球の自然を満喫しながら、自分のスタイルで飛んでゆく空。
(…海とか、森の中とかを飛んで…)
 友達に会いに行くのかな、と夢を広げていたら、掠めた思い。
 「今日のぼく、一人だったっけ」と。
 夕食を食べてお風呂に入って、いつの間にやら心から消えていたけれど。
 すっかり忘れていたのだけれども、今日は来てくれなかったハーレイ。
 仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓を眺めたのに。…チャイムが鳴るのを待ったのに。
(待っていたけど、来てくれなくて…)
 今日は駄目だ、と溜息をついた夕方の時間。
 もうハーレイは来てくれない、と時計が指した時間で分かった。
 遅くなったら迷惑だから、とハーレイが「来るのをやめる」時間。
 それを過ぎたら、もう来ない。
 両親が何度も「ご遠慮なくどうぞ」と言っているのに、絶対に。
(…来ない日だって多いから…)
 今日はそっち、と切り替えた気分。
 幸いなことに本も借りたし、今日は楽しめそうだから。
 夕食までの時間にしたって、キッチンに行けば母が相手をしてくれるから。


 そうやって今日という日を過ごして、お風呂の後に広げた本。
 思った通りに素敵な本で、何度も心で上げた歓声。「地球って、凄い」と。
 けれど、気付いてしまったこと。
 「地球って、凄い」と思う自分は、普通の子供とは少し違った。
 前世の記憶を持った子供で、正確に言えば「前世の記憶を取り戻した」子供。
 この春までは、何も知らずに生きていたから。
 弱いながらも普通に育って、不器用なサイオンにも特に困りはしなかったから。
(でも、前のぼくは凄くって…)
 本を読みながらもチラと考えていたというのに、忘れ去っていた「一人」ということ。
 前の生で同じ船で暮らした、大切な人が来なかった今日。
 つまり自分は独りぼっちで、両親はいてもポツンと部屋で一人きり。
 愛おしい人はいないから。ハーレイは来てくれなかったから。
(…イルカやムササビや、モモンガだったら…)
 今の時間も仲間と一緒か、仲間の所に向かっているか。
 恋人と一緒のイルカやムササビ、モモンガだっているだろう。
(イルカだったら、家は無いけど…)
 ムササビやモモンガは家がある筈。木の幹の中に作った家。
 其処で恋人が待っているから、せっせと飛んでいるかもしれない。
 「早く行こう」と、木から木へと。
 もしかしたら、お土産まで持って。美味しい木の実を咥えて飛ぶとか。
(…イルカだって、一緒に餌を探して…)
 恋人と泳いでいるかもしれない。美味しい餌がある場所を目指して。
 其処へと一緒に泳ぐ途中で、仲良くジャンプしたりもして。
(…今日のぼく、独りぼっちなのに…)
 同じ地球には、恋を楽しむイルカやムササビ。それにモモンガ。
 飛べそうもないのに空を飛んでゆく、彼らが語らっていそうな恋。
 タイプ・ブルーなのに飛べない自分は、独りぼっちで家にいるのに。
 ポツンと一人で座っていたって、恋人は来てくれないのに。


 そう思ったら、とても寂しい気持ち。「独りぼっちだ」と。
 地球の上には命が溢れて、イルカやムササビやモモンガたちが飛んでゆく。
 恋人の所に会いにゆくとか、恋人と一緒に海の中から高くジャンプで舞い上がるとか。
(…せっかく、ぼくも地球に来たのに…)
 今日は一人、と捕まった「独りぼっち」の寂しさ。
 部屋の中をどんなに見回してみても、愛おしい人はいないから。
 こんな時間に待っていたって、ハーレイは来てくれないから。
(……寂しいよ……)
 なんでいないの、と涙がじんわり溢れてきそう。
 さっきまでは楽しかったのに。「地球って、凄い」と夢中で本を読んでいたのに。
(ハーレイだって、今頃は書斎…)
 きっとそうだよ、と愛おしい人を思い浮かべて、ハタと気付いた。
 あんなに楽しく読んでいた本、何度も感動していたのに。心の中で歓声だって。
 けれど、本の世界に溢れる命の輝きに酔っていた自分は…。
(…ハーレイと一緒に見られたら、って…)
 一度も思いはしなかった。
 ハーレイと二人で地球に来たのに、二人で生まれ変わったのに。
 いつかは二人で旅をしようと、何度も約束しているのに。
(…ハーレイとサンゴ礁を見に行きたいな、って…)
 思いもしないでいたのが自分で、ムササビやモモンガの森だって同じ。
 ハーレイを「行こうよ」と誘ったならば、もちろん許してくれるだろうに。
 「今は駄目だが、お前が大きくなったらな」と。
 結婚したら二人で行こうと、イルカが泳ぐサンゴ礁にも、ムササビやモモンガが住む森にも。
(…ハーレイのこと、忘れちゃってたから…)
 罰が当たったのかな、と思う今の寂しさ。「俺を忘れていただろう?」と。
 そういう声が聞こえた気がする、何処からか。
 「本に夢中で忘れていたな?」と、「そんなチビには、お仕置きだってな」と。


(…お仕置きなの?)
 それで寂しい気持ちになるの、とハーレイに訊けるわけがない。
 思念波を上手く紡げはしないし、第一、マナー違反だから。
(…でも、ハーレイなら…)
 本当に自分を苛めたりはしないことだろう。「お仕置きだ」などと、意地悪に。
 「俺を忘れていただろう?」と言った後には、きっと額をピンと弾いて…。
(…子供らしくて、いいことだ、って…)
 チビはチビらしく過ごすことだな、と優しい声が聞こえてきそう。
 「恋人気取りでキスを強請るより、忘れてるくらいが断然、いいな」と。
 きっとハーレイならそうだよね、と思ったら紛れた今の寂しさ。
 ハーレイの声が、また何処からか届いたようで。
 「俺がいるだろ?」と、「いつも一緒だ」と。「お前と一緒に地球に来たしな?」と。
(…うん、今だって、ハーレイは…)
 同じ地球の上にいてくれるのだし、寂しがっていないで甘えてみよう。
 寂しい時だって、心はきっと繋がっている筈だから。
 ハーレイのことを想っていたなら、心がふうわり軽くなるのが自分だから…。

 

        寂しい時だって・了


※生き物たちの本に夢中で、ハーレイ先生のことを忘れていたのがブルー君。一人なことも。
 けれど気付いてしまった寂しさ、それでも繋がっていそうな心。いつでも心は一緒ですよねv








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(すっかり遅くなっちまったよな…)
 こんな時間か、とハーレイが眺めた腕時計。
 家のガレージに車を停めて、ドアを開けて外に出た後で。暗い外へと。
 車の中にも時刻は表示されるけれども、そちらを見てはいなかった。
(遅いってことは分かってたしな?)
 とうの昔に、車を運転し始める前に。
 今日は会議が長引いたから、ブルーの家には寄れずに終わった。
 早めに済んでくれていたなら、寄れたかもしれなかったのに。
 思った以上にかかった時間。何度も時計を眺める内に。
 これは駄目だと分かった時には、残念に思ったのだけど。
 「今日は行けないな」と考えたけれど、同時に頭を掠めたこと。
 こんな時こそ絶好のチャンス、書斎の友を増やしにゆこうと。
 つまりは書店に出掛けてゆくこと、そしてあれこれ探して買うこと。
(ゆっくり時間が取れる日でないと…)
 掘り出し物には出会えない。目当ての本を買って出るだけ、それで終わるから。
 だから会議が済んだ後には、もう早速に乗り込んだ愛車。
 街へ向かって走らせてやって、いつもの書店に出掛けて行って…。
(収穫の方は山ほどなんだ)
 この頑丈な身体でなければ、きっと書店で訊かれただろう。
 買った本を家まで送るサービス、それを使って送りましょうか、と。
 それはドッサリ買った本たち、どれから読もうか迷うくらいに。
 あちこちの棚を端から巡って、目に付いた本はどれも手に取っていたものだから…。
(本屋で過ごした時間だけでも…)
 充分に長くて、出た時に腕の時計を眺めた。「こんな時間になっちまったぞ」と。
 其処から車に戻って運転、家に着いたらこの時間にもなるだろう。
 自分でも承知の遅い帰宅で、けれど収穫は袋に山ほど。何冊もの本。


 書斎の友が増えてゆくのは楽しいもの。
 読み終えるまでは机に積んで、読み終わったら棚に入れてゆく。
 お仲間の本がいる辺りを選んで、「此処だな」と決める新入りの居場所。
 本のサイズも色々だから、時には移動も必要になる。「これをこっちに」という引っ越し。
 今日の収穫を全て収めるなら、きっと引っ越しもあるだろう。
(はてさて、どういう風になるやら…)
 一気に入れるわけじゃないしな、と心が躍る。
 読み終えた本から入れてゆくから、全部を棚に収めた時には引っ越す本が何冊あるか。
 新入りの隣に並ぶ本たちはどれになるのか、それを考えるのもまた楽しい。
 「いい日だった」と庭を横切り、玄関に着いて取り出した鍵。
 玄関の灯りは自動で点いているから、扉を開けて中に入っても暗くはない。
 けれど廊下は暗いわけだし、パチンと灯りを点けた途端に…。
(…俺一人だよな)
 この家には誰もいないんだ、と何故だか思った。
 一人暮らしだから、当たり前なのに。いつも一人で戻る家なのに。
 どうして「一人だ」と考えたのか、自分でもまるで分からない。
(ふうむ…?)
 この家じゃそれで普通だろうが、と靴を脱いで奥へ進んだけれど。
 鞄や買った本の袋をドサリと置いて、楽な普段着に着替えたけれども、消えない思い。
 「一人だよな」と、心の中から。
 一度そうだと気付いてしまえば、「一人」なことがよく分かる。
 行く先々で点けてゆく灯り、リビングでも、それに洗面所なども。
 この家に他に人がいるなら、とっくに点いているだろう灯り。
 点けないと何処も暗いのだから。
 真っ暗な中で手を洗えはしないし、暗いリビングではソファも見えない。
 ダイニングやキッチンもそれは同じで、サイオンを使って見ない限りは…。
(何一つ見えやしないんだ…)
 暗いままでは、灯りをつけていない部屋では。


 灯りを幾つも点ける間に、何度「一人だ」と思ったことか。
 着替える時にもやはり思った、スーツを脱いでも「お疲れ様」とは言って貰えない。
(まあ、仕事だけではなかったんだが…)
 本屋でたっぷり本探しもだ、とは思うけれども、仕事帰りには違いない。
 この家に他に住人がいたら、掛けて貰える筈の声。「お疲れ様」と。
 そうでなくても、玄関の扉を開けた途端に「おかえりなさい」と迎えられる筈。
 誰かが家にいるのなら。…一緒に暮らしているのだったら。
(本当に、俺一人だよな…)
 何処を見たって一人暮らしだ、とキッチンで作ってゆく夕食。
 手早く作れて美味しいものを、と冷蔵庫などの中を覗いて作る時間も好きなのだけれど。
(これだって、一人分なんだ…)
 量は多くても、一人分。自分の身体が大きい分だけ、食事の量も多いから。
 それを器に盛り付けてみたら、「一人なのだ」と一目で分かる。
 同じ料理が入った器は一つも無くて、どの器にも違った中身。
 他に誰かがいるのだったら、「誰か」の分だけ、料理の器が増えるのに。
 炒め物なら炒め物の器が、煮物だったら煮物の分が。
(味噌汁も、それに飯だって…)
 一人分ずつあるもんだよな、とテーブルの上を眺めてみたって、どちらも一つ。
 この家には自分だけだから。
 一人暮らしのテーブルの上に、同居人の分が載りはしないから。
(…なんともはや…)
 とんだ所に気付いちまった、と着いた食卓。「いただきます」と。
 誰もいなくても「いただきます」と挨拶するのは、若かった時代に叩き込まれたこと。
 家でも厳しく躾けられたけれど、柔道や水泳の先輩たちにも何度も言われた。
 「誰もいなくても「いただきます」だ」と、「食事に感謝の気持ちをこめて」と。
 作って貰った食事はもちろんのことで、自分で作った料理も同じ。
 感謝する相手は「作り手」だけれど、料理を作った人よりも前に…。
(食材を作ってくれた人がだな…)
 大勢いるし、神様もだ、と「いただきます」。感謝をこめて。


 そうして一人で食べ始めてみても、やはり「一人だ」と拭えない気持ち。
 テーブルの向かいには誰もいなくて、他の部屋から物音もしない。
 誰かこの家で暮らしているなら、人の気配があるのだろうに。
 此処で一人で食べていたって、何処かでドアを開ける音がするとか…。
(階段を上がる足音だとか、キッチンで水の音だとか…)
 そういう音さえ聞こえやしない、と寂しくなる。「一人だよな」と心で繰り返して。
 家に帰ってくる時までは、収穫に胸が躍っていたのに。
 「今日は山ほど買い込んだぞ」と、本たちの置き場を考えたりもしていたのに。
(…一人ってヤツに捕まっちまった…)
 なんてこった、と見回す辺り。同居人などいない家。
 ダイニングには自分一人きりだし、他の部屋にも人影はない。
 一人で食事をしている間に、遅れて帰ってくる人も。「遅くなってごめん」と。
(…遅くなってごめん?)
 聞こえた気がする、ブルーの声。
 今のブルーの声とは違って、時の彼方のブルーの声で。
(…前のあいつは、そんな言葉は…)
 言っていないぞ、と思ったけれども、あるいは聞いていたのだろうか。
 いつもは自分がブルーの部屋を訪ねて行った。あの広かった青の間へと。
 けれど、ブルーが来る時もあった。…キャプテンの部屋へ。
(…そういう時に、聞いていたかもしれんな)
 約束の時間よりも遅れて来たとか、色々な時に。「遅くなってごめん」と、あの声で。
 今のブルーは「遅くなってごめん」と言いはしないし、いつでも家で待っている方。
 恋人の自分が訪ねてゆくのを、首を長くして。
(…あいつの所に寄れなかったのに、楽しく本屋で過ごしたから…)
 罰が当たったというヤツかもな、と首を竦める「一人」な呪い。
 普段は少しも気にならないのに、今日は何度も思うから。
 寂しい気持ちがしてくるくらいに、「一人なのだ」と次から次へ。
 其処へ聞こえたように思ったブルーの声。「遅くなってごめん」と、前のブルーの声で。


(…そうか、お前がいてくれるのか…)
 今ではチビになっちまったが、と思い浮かべる恋人の顔。
 「此処にいるよ」と、「ぼくがいつでもいるじゃない」と、得意そうな顔。
 さっき聞こえたブルーの声とは、まるで違った子供の声で。
 「ハーレイは一人なんかじゃないでしょ」と、「ぼくは帰って来たんだから」と。
(…うん、そういえばそうだよなあ…)
 俺は確かに一人じゃないな、と前の自分の孤独を思う。
 前のブルーがいなくなった後、独りぼっちで生きた白いシャングリラ。
 どんなに仲間が大勢いたって、心は一人きりだった。
 愛おしい人を失くしたから。もう戻っては来てくれないから。
(…あの時の俺に比べれば…)
 今は最高に幸せだよな、と浮上した気分。「今はあいつがいるんだしな?」と。
 寂しい時でも、同じ世界にいるブルー。声が聞こえたと思うくらいに。
(よし、それじゃ飯が終わったら…)
 二人で一緒に今日の収穫を見てみような、と小さなブルーに心で掛けてやる声。
 色々な本を二人で見ようと、「いつか本物をお前が見られる日が来るからな」と。
 この家で二人で暮らし始めたら、ブルーも目にする棚の本たち。
 いつか一人ではなくなるのだから、それを思えば幸せな今。
 一人暮らしは今だけだから。寂しい時でもブルーを思えば、心がふわりと軽くなるから…。

 

         寂しい時でも・了


※ハーレイ先生が捕まってしまった「一人」の呪い。気付かされる「一人だよな」ということ。
 けれど本当は、「一人きり」ではない世界。寂しい時でも、同じ世界にブルー君v








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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 それに当ててもくれなかった、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 来てくれるかと待っていたのに、鳴らないままで終わったチャイム。
 訪ねて来てはくれなかったハーレイ、何度も窓を眺めたのに。チャイムの音を待ったのに。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は自分が通う学校、其処で古典の教師をしているハーレイ。
(頑張って手を挙げたのに…)
 古典の授業がある日だったから、胸を弾ませて登校した今日。
 もう確実に会える恋人、学校では「ハーレイ先生」だけれど。
 授業中には「古典の先生」、「ハーレイ先生」以上に距離が開くのだけれど。
 それでも顔が見られる時間。
 好きでたまらない声も聞けるし、どの授業よりも待ち遠しいのが古典の時間。
 今日もドキドキ胸を高鳴らせて、ハーレイが入ってくるのを待った。
 授業の始まりを告げるチャイムが聞こえたら。…教科書やノートを机に置いて。
 直ぐに入って来たハーレイ。
 「今日は此処から」と広げた教科書、「この前の授業は覚えているな?」と。
 そして授業が始まったけれど、残念なことに…。
(ぼくには当ててくれない日…)
 今日はそうだ、と何回か手を挙げたら分かった。
 ハーレイが生徒に投げる質問、それに応えて「はいっ!」と右手を挙げている内に。
(…いつも当たるとは限らないけど…)
 同じ生徒ばかりが指されはしないし、そう簡単には当てて貰えない。
 けれど難しい問題だったら、格段に上がる「当てて貰える」確率。
 他に手を挙げている生徒が減るほど、当たりやすくなる「手を挙げた生徒」。
 それで運よく当たった時には、張り切って「はいっ!」と立ち上がる。
 ハーレイと二人で向き合えるから。
 教師と教え子、そんな二人でも、その時は「二人きり」だから。


 授業中に誰かを名指ししたなら、ハーレイはけして余所見をしない。
 当てた生徒を真っ直ぐ眺めて、「答えは?」と鳶色の瞳で促す。
 もちろん、温かな声までついて。
(ぼくが当たったら、「ブルー君」って…)
 それで始まる二人きりの時間、他の生徒は割り込めない。
 当てられたのは自分なのだし、答えを期待されるのも自分。
(他に答えられる生徒がいたって…)
 横から勝手に正解を言えば、私語と同じで叱られるだけ。それは余計なことだから。
 当たった生徒が答えられなくて、詰まっていたなら別だけど。
 何も言えずに俯いたままで、ハーレイが「誰か、答えが分かるヤツ!」と言ったなら。
 その場合でも、やはり「手を挙げる」ということが大切。
 ハーレイが誰かを指さない限りは、自分の席から叫べはしない。どの生徒だって。
 教師と生徒の真剣勝負が「質問に答えている」間。
 いわば試合で、一対一で勝負する時。
 其処に横から割り込むなどは言語道断、ハーレイが許さない限り。
 割り込む時にも必要な作法、手を挙げて当てて貰うこと。
 だから自分が当たった時には、暫く独占できるハーレイ。
 「ブルー君!」と当てて貰って、「はいっ!」と椅子から立ち上がったら。
 質問の答えをスラスラ答えて、「よし」とハーレイが頷くまで。
 とても難しい質問だったら、「しっかり勉強しているな」と褒めて貰える時だって。
(先生と教え子なんだけど…)
 その間だけは二人きりだよ、と思えるハーレイとの時間。
 私的な会話はまるで無しでも、質問に答えるだけのことでも。
 ハーレイは余所見をしないから。
 自分の方でも、ハーレイだけを真っ直ぐ見詰めていられるから。
 誰も変だと思いはしないし、「それで当然」なのが「当てられた」時。
 どの生徒でも同じになるから、みんな一対一だから。
 教室に立つハーレイと。質問を投げて、当てた「ハーレイ先生」と。


 ハーレイと二人きりの時間が欲しくて、いつも懸命に手を挙げる。
 質問の度に「はいっ!」と、前の生の最後に凍えた手を。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、メギドで冷たく凍えた右手を。
(…授業中は、そんなの忘れてるけど…)
 少しも意識はしていないけれど、挙げている手はいつでも右手。
 ただの偶然、元から右手が利き手だから。
 下の学校でも、幼稚園でも、いつも右手を挙げていたから。
(でも、ハーレイなら気付いてるよね?)
 とうの昔に、「あの右手だ」と。
 何度も大きな褐色の手で、包んで温もりを移してくれるハーレイ。
 「温めてよ」と右手を差し出す度に、「これでいいか?」と、「温まったか?」と。
 だからハーレイも知っている筈。自分が「はいっ!」と挙げる右手を。
 それがどんなに悲しい記憶を秘めているのか、どれほど冷たく凍えたのか。
(分かっているんだろうけれど…)
 授業の時には「ハーレイ先生」、前の生のことは無関係。
 挙げている手が右手だろうが、左手だろうが、「手を挙げている」というだけのこと。
 「あいつもだな」と気付いてくれれば、当てて貰える時だってある。
 今日も期待に胸を弾ませ、「はいっ!」と何度も手を挙げたのに…。
(…当てて貰えない日だったんだよ…)
 途中で「そうだ」と気が付いた。
 手を挙げる生徒が少なかった質問、「ぼくが当たるかも!」と思った途端に指された生徒。
 名前を呼ばれて慌てた生徒は、手などは挙げていなかった。
 なのにハーレイは名指しで当てて、「答えは?」と訊いたものだから。
 立ち上がった生徒が答えられなくても、「よく考えろよ?」とヒントを出したから…。
(……今日は駄目な日……)
 自分は当てて貰えない日だ、と分かってしまった。
 今日のハーレイは「答えられる生徒」を求めていない、と。
 質問に答えられない生徒を指導する日で、授業を理解できる生徒は「聞いているだけ」。


 そっちの方だ、と気付いたけれども、諦められない二人きりの時間。
 ハーレイが当ててくれないとしても、手を挙げずにはいられない。
 「此処にいるよ」と、「ぼくも当ててよ」と、何度でも。
 他の生徒ばかりが当てられていても、優等生の出番は無い日でも。
(…だって、手を挙げるのをやめちゃったら…)
 もう気付いてさえくれないハーレイ。
 自分が教室にいることに。…この瞬間にもハーレイを見詰め続けていることに。
 手を挙げたならば、「いるな」と思ってくれるだろうに。
 「今日はお前は当てられないんだ」と、チラと意識してくれるだろうに。
 当たらないから、と手を挙げるのをやめてしまえば、埋もれてしまう自分の存在。
 他の生徒の間に紛れて、「クラスの一人」になってしまって。
 頑張って右手を挙げ続けたなら、「あそこにいる」と目を引けるのに。
 一度も当てては貰えなくても、ハーレイの目には入るのに。
(…だから、頑張ったんだけど…)
 最後まで手を挙げ続けたけれど、やはり当てては貰えなかった。
 二人きりの時間は貰えないまま、「今日は此処まで」と教科書をパタンと閉じたハーレイ。
 授業の終わりを知らせるチャイムが響いたら。
 前のボードに書いていた字を、最後まで書き終わったら。
(…後は、「質問は無いか?」って…)
 ぐるりと教室の生徒を見回し、ハーレイは去って行ってしまった。
 「質問のあるヤツは、いつでも来いよ」と穏やかな笑顔を投げ掛けて。
 それでおしまい、何人かの生徒が追い掛けて行った。「ハーレイ先生!」と早足で。
 古典の教科書やノートを手にして、何処から見たって質問が目当て。
 きっとハーレイは、廊下に出るなり捕まっただろう。
 彼らに囲まれ、質問に丁寧に答えていたのか、「ついて来い」と纏めて連れて行ったか。
 どちらにしたって、其処に混じれはしない自分。
 …質問などは無かったから。
 授業について訊きたい生徒がいたなら、とても立ち話は出来ないから。


(…今日は、それっきり…)
 ハーレイが訪ねて来てくれていたら、色々と話が出来たのに。
 学校では出来ない恋人同士の話が出来て、甘えることも出来た筈なのに。
(…来てくれたらいいな、って待っていたのに…)
 何度も何度も窓を眺めて、耳を澄ませたチャイムの音。ハーレイが鳴らしてくれないかと。
 けれどチャイムは鳴らずに終わって、もうじき今日という日も終わる。
 日付が変わるのはまだ先だけれど、自分がベッドに入ったら。
 眠りの淵へと落ちて行ったら、終わってしまうのが今日で、無かったハーレイとの時間。
 二人きりの時間は、ほんの少しも。
 当てられて質問に答えるだけの、教師と教え子の時間でさえも。
(…ハーレイ、分かってくれてるよね…?)
 今の寂しい自分の気持ち。「来てくれなかったよ」と零れる溜息。
 この時間ならば書斎だろうか、夜は書斎でコーヒーを飲むことが多いと聞いているから。
 書斎でなくても一杯のコーヒー、それが憩いの時らしいから。
(ぼくのこと、ちゃんと思い出してよ…?)
 頑張って手を挙げたんだから、と愛おしい人に心の中で呼び掛ける。
 思念波は上手く紡げないから、ハーレイに届きはしないけど。
 届けられるほど器用ではないし、想うことしか出来ないけれど。
(学校じゃ教え子なんだけど…)
 でも、ハーレイの恋人だよね、と念を押したくなる恋人。
 忘れられたリしてはいないと分かっていても。
 ハーレイはけして忘れはしないと、きっと想っていてくれるのだと分かっていても。
 …今日は当てては貰えないまま、授業が終わってしまったから。
 帰りに訪ねて来てもくれなくて、二人きりの時間は無しの一日だったから…。

 

        教え子なんだけど・了


※ハーレイ先生に当てて貰えなかったブルー君。おまけに家にも来てくれなくて…。
 夜になっても零れる溜息、「教え子だけど、恋人だよね?」と。寂しがり屋のブルー君ですv








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