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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(あれは性分なんだよなあ…)
 ついつい、やってしまうんだ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 そろそろ寝ようと入った寝室、ふと先刻の自分の姿を思い返して。
 いつもの寛ぎの一杯。愛用のマグカップに熱いコーヒー。
 楽しんだ後は風呂の時間で、上がって来たら明日に備えて寝るのだけれど。
 何をするわけでもないのだけれども、向き合ってしまう鏡の自分。
 風呂に入ったら髪も洗うから、タオルでゴシゴシ拭き取る水気。
 パジャマが濡れない程度に拭いたら、鏡を覗き込みながら…。
(なんだって、真面目に整えるんだか…)
 後は寝るだけ、誰とも顔を合わせないのに。
 オールバックに整えてみても、ベッドに入って眠ったら…。
(朝には乱れているってな)
 そうクシャクシャにはならないけれども、何処かがピョコンと跳ねたりもする。
 朝になったら洗面台の鏡に向かって、それをきちんと整える自分。
 仕事のある日は、「身だしなみってヤツは大事で…」と考えながら。
 休日だって、「誰かに会ったら大変だしな?」と、起きるなり。
 ジョギングにしても、ジムに行くにしても、きっと誰かに出会うから。
 顔見知りではない人にしたって、みっともない姿は見せられない。
(だから朝なら分かるんだが…)
 夜にもやってしまうってのが、と自分の頭にやってみた右手。
 ピタリと撫で付けられている髪、いつも通りのオールバックに。
 パジャマでなければ、玄関にも出られそうなほど。
(まったく、俺というヤツは…)
 妙な所で律儀なんだ、と本当に苦笑するしかない。
 こんな時間から何処に行くんだと、「第一、服がパジャマなんだが?」と。
 流石にパジャマで出られはしない家の外。チャイムが鳴っても、この姿では…、と。


 そうは思っても、こういう性分。
 子供時代は放っておいた髪だけれども、学生時代も多分、似たようなものだけど。
 「朝にきちんとすればいいんだ」と、夜はおかまいなしだったけれど。
 いつの間にやら、整える癖がついていた。
 きっと教師になった頃から、今の髪型になるずっと前から。
(キャプテン・ハーレイ風の方なら、まだ分かるんだが…)
 前の俺の記憶が身体の何処かに染み付いていて…、と思ったはずみに気が付いた。
 「それじゃないか?」と。
 風呂上がりで寝るだけの時間になっても、誰が見なくても整える髪。
 その習慣は前の自分が持っていたもので、今の自分に引き継がれたもの。
 記憶が戻ってくる前から。
 前の自分は誰だったのかを、思い出すよりずっと前から。
(…なんたって、あっちは三百年で…)
 そのくらいにはなる筈なんだ、と折ってみる指。
 白い鯨ではなかった船で、燃えるアルタミラを後にしてから流れた年月。
 アルテメシアで人類軍の前に浮上した時、三百年はとうに経っていた。
 其処から宇宙を放浪した後、ナスカで四年で、更に地球まで。
(…キャプテンになるまでに、十年もかかってないからな?)
 つまり三百年を超えているだろう、キャプテン歴。
 「キャプテンはきちんとしていなければ」と、いつから思い始めたか。
 厨房からブリッジに移った頃には、身だしなみなど気にしていない。
 とにかくキャプテンの役目が優先、「早く操舵を覚えねば」と。
 けれど制服が出来た頃には、もう間違いなく気にしていた。
 マントと肩章までついていた服、あの制服では髪に寝癖は許されない。
(毎朝、鏡に向かってキッチリ…)
 オールバックに整えていたし、休憩時間も覗いた鏡。
 「変になってはいないだろうな?」と。
 キャプテンは船の模範で「顔」だし、だらけた格好では駄目だ、と。


 あれのせいだな、と生まれた確信。
 今の自分に記憶が無くても、前の自分が三百年も真面目に続けた習慣ならば…。
(染み付いちまって、同じ髪型でなくてもだ…)
 キャプテン・ハーレイ風ではなかった頃でも、整えようとするだろう。
 学生時代が終わったら。…教師になって、社会に出たら。
(それで間違いなさそうだぞ)
 今の俺より、前の俺の方が社会経験ってヤツが長いわけで、とパジャマで腕組み。
 「あいつにはとても敵わんな」と。
 シャングリラの中だけが世界の全てで、外の世界に出てゆかなくても、社会は社会。
 皆の手本になるべきキャプテン、あらゆる場面で。
 制服を常にきちんと着こなし、髪型だって手を抜かない。
 朝にピョコンと跳ねていたなら、しっかり直して外に出るべき。
 でないと仲間が「あれでいいんだ」と思うから。
 「キャプテンだって寝癖がついたままだし、肩書きが無いなら別にいいよな?」と。
 一事が万事で、たかが寝癖でも侮れないのが船の中。
 それでいいのだと皆が思えば、たちまち「だらけた船」になる。
 寝癖どころか、寝起きの顔を洗いもしないで、持ち場に行く者が出るだとか。
 制服をきちんと着込む代わりに、着崩れた格好で歩き回るのが普通になるとか。
(そうなってからじゃ、遅いんだ…)
 楽な方へと流れてしまえば、引き締めるのは難しい。
 何度も怒鳴って叱り付けても、足並みが揃いはしないから。
 誰もが自分の周りを見回し、「この程度ならば、皆、やっている」と思うから。
 そうならないよう、気を引き締めていたキャプテン・ハーレイ。
 「皆の手本にならねば」と。
 髪といえども手抜きは駄目だと、気が付いた時に整えるべき、と。
 いったい何度確かめたろうか、一日の内に。
 朝はもちろん、食事の時やら、休憩でブリッジを離れる度に。
 乱れていたなら直ぐに整え、「これでいいな」と眺めた鏡。


 どうやらそれだ、と解けた謎。髪を整えたがる習慣。
 制服を着ていた前の自分は、とっくにオールバックだったのだけれど…。
(そいつで長くやっていたから、今の俺に生まれて来てもだな…)
 教師になって社会に出るなら、きちんとせねばと思ったのだろう。
 柔道部や水泳部の指導をしたって、それが終われば整える髪。鏡に向かって、元通りに。
 オールバックではない髪型でも。
 キャプテン・ハーレイ風でなくても、「きちんとしよう」と、前の自分の習慣で。
(そんなトコまで引き摺ってたか…)
 別に困りはしないんだがな、と考える今の自分の習慣。
 「髪はきちんと」と考えることは「いいこと」なのだし、どちらかと言えば有難い。
 そういう習慣が元からあるなら、何も努力は要らないから。
 「お前は社会に出たんだろうが」と、自分自身を叱咤しなくて済んだのだから。
 学生気分から心機一転、教師の職に就いた途端に、自分の中身も変身して。
(実に有難いと思うわけだが、しかしだな…)
 寝る前にまで整えなくてもいいだろう、と頭が下がる前の自分の律義さ。
 如何にキャプテン・ハーレイといえど、眠る時には眠るもの。
 夜の夜中に通信が来たら、どう考えても「寝起き」だから。
 寝る前に髪を整えていても、「どうした?」と起きたら、きっと乱れているだろうから。
(それでもキッチリ整えてたとは、前の俺はだ…)
 なんて真面目な奴だったんだ、と自分に感心したけれど。
 「流石にキャプテン・ハーレイだな」と、ただの教師とは大違いだと思ったけれど…。
(…ちょっと待てよ?)
 そうじゃなかった、と頭に浮かんだブルーの顔。
 今の小さなブルーではなくて、ソルジャー・ブルーだった方。
(…原因は、あいつ…)
 あいつが恋人だったからだ、と気付いた「寝る前も整える」髪のこと。
 恋人の前でグシャグシャの髪では、少しも様にならないから。
 たとえブルーが「それでいいよ」と言ったとしたって、自分が納得できないから。


(うーむ…)
 それで寝る前も直すのか、と両手で軽く撫でてみた髪。
 「今もきちんとしているようだ」と、「そういや、前もそうだった」と。
 青の間にしても、キャプテンの部屋での逢瀬にしても、洗った後には整えた髪。
 ブルーに笑われないように。…この髪型で向き合えるように。
(その習慣まで、俺に染み付いてるってか?)
 まだ当分は、そっちの出番は無いんだが…、と小さなブルーを思い浮かべる。
 寝る前の姿を見せられる時は、まだまだ先になるんだが、と。
(しかし、まあ…)
 いつかは出番が来るんだしな、と湛えた笑み。
 今は単なる習慣でいいと、「誰も見てくれなくてもな?」と。
 きっといつかは、育ったブルーがこれを目にするだろうから。
 「ハーレイは少しも変わらないね」と、「いつもきちんとしてるんだから」と。
 その日が来るのが待ち遠しいな、と思うけれども、まだ先でいい。
 ブルーには幸せに生きて欲しいし、子供時代をゆっくり満喫して欲しいから。
 当分はチビのブルーでいいから、小さなブルーを眺めているのも、幸せな時間なのだから…。

 

         俺の髪型・了


※寝る前にも律儀に髪を整えるのがハーレイ先生。文字通り「後は寝るだけ」でも。
 キャプテン・ハーレイだった頃の習慣らしいですけど…。寝る前にきちんとするのは特別v







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(今日はハーレイが来てくれたから…)
 いい日だったよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は学校の教師のハーレイ、その恋人と二人で過ごせた。
 幸せ一杯だったからこそ、こうして今も思い出す。「いい日だったよ」と。
(ハーレイと二人だと、ホントに幸せ…)
 二人きりだと幸せだよね、と溢れる想い。
 学校でもハーレイには会えるけれども、二人で話も出来るけれども、学校は学校。
 ハーレイは「ハーレイ先生」なのだし、自分は教え子の一人。
 いくらハーレイが守り役でも。聖痕を持った自分の側にいることを役目にしていても。
(学校だと、ハーレイ先生だから…)
 どうしても限られてくる会話の中身。
 廊下を一緒に歩けても。何処かで出会って立ち話でも。
 家で会うようにはいかないのだから、今日のような日がやっぱり一番。
 この部屋で二人、ゆっくり話せる日が最高。誰もいなくて、二人きりで。
(だけど、今日だって…)
 駄目だったことが一つだけ。
 恋人の自分が強請ってみたって、ハーレイはけしてキスをくれない。
 「ぼくにキスして」と頼んでも駄目で、「キスしてもいいよ?」と誘っても駄目。
 それを言ったら睨むハーレイ、「俺は子供にキスはしない」と。
 鳶色の瞳でじっと見据えて、言われる言葉が「キスは駄目だと言ったよな?」。
 指で額を弾かれてしまう時だって。「チビのくせに」と。
 今の自分は十四歳にしかならない子供で、キスは額と頬にだけ。
 残念なことにそういう約束、今のハーレイがそう決めた。
 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、貰えないキス。
 唇へのキスは貰えないままで、恋人同士のキスの代わりに子供向けのキス。頬か額に。


 今日は確かにいい日だったけれど、ハーレイと幸せに過ごしたけれど。
 キスが貰えたらもっと幸せ、恋人同士の唇へのキス。
(でも、ハーレイは許してくれないから…)
 いつもと同じに断られた今日、「キスは駄目だ」と。
 せっかく二人きりだったのに。…ハーレイと二人だったのに。
(ママがいたなら、仕方ないけど…)
 ハーレイとの恋は秘密なのだし、母のいる所でキスは出来ない。父だって同じ。
 両親に恋を知られてしまえば、二人きりでは会えなくなる。
 下手をしたならハーレイは出入り禁止だろうし、家に来てくれたとしても…。
(二人きりでは会えないよね…)
 母が目を光らせているダイニングやリビング、でなければ客間。
 そんな所でしか会えはしなくて、恋人同士の会話も無理。
 前の自分たちの思い出話も、当たり障りのないものばかり。
(シャングリラのこととか、ゼルたちのこととか…)
 きっとそういう話題だけ。
 前の生での恋の思い出、それを話せはしないから。
 懐かしく二人で話したくても、母が聞き耳を立てていたのでは無理だから。
(その辺は、ちょっと似てるかも…)
 前のぼくたちだった頃と、と重なる前の自分たちの恋。
 誰にも言えない恋人同士で、皆の前ではソルジャーとキャプテン。
 一番の友達同士としてなら話せたけれども、恋人同士だと知られるわけにはいかない。
 前の自分は、皆を導くソルジャーという立場だったから。
 ハーレイは船を預かるキャプテン、白いシャングリラを纏め上げる立場。
 船の頂点に立っていた二人が恋に落ちたと知れたなら…。
(誰もついて来てくれないものね…?)
 何を言っても、「それは二人で決めたのだろう」と誰もが苦い顔。
 私情は交えていないというのに、「船を私物化している」と。
 きっと誰もがそっぽを向いて、船の仲間はバラバラになっていただろうから。


 そうならないよう、懸命に隠し続けた恋。
 前のハーレイは最後まで敬語で話し続けて、けして崩しはしなかった。
 二人きりの時も、いつだって敬語。「愛しています」と告げる時だって。
(…今だと、ぼくが敬語だけど…)
 それは「ハーレイ先生」にだけ。学校で話す時にだけ。
 この家で二人で会った時には、前と同じに普通の言葉。「ねえ、ハーレイ」と。
(ちょっぴり、子供っぽいかもだけど…)
 子供なのだし仕方ない。
 前の自分の記憶があっても、今の自分は確かに子供。
 青い地球の上に生まれて来てから、十四歳になるまで生きただけ。
(前のぼくの記憶が戻って来たって…)
 あんな風には話せはしないし、話してみたって誰もが笑うことだろう。
 父も母も、それにハーレイだって。
(分かってるけど、ぼくの中身は前と同じで…)
 ちゃんとハーレイに恋しているのに、そのハーレイは自分を子供扱い。
 今日もやっぱり断られたキス、お決まりの台詞で。ついでにギロリと睨んでくれて。
 それが不満でプウッと頬っぺたを膨らませてやった、「ハーレイのケチ!」と。
 恋人にキスもくれないなんて、と不満たらたら、唇だって尖らせて。
 けれどハーレイは涼しい顔で、まるで堪えていなかったから…。
(…前のぼくになら、キスをくれたくせに…)
 ホントにケチだ、と前の自分と比べて溜息。
 前の自分なら、強請らなくてもキスを幾つも貰えたのに。
 ハーレイと二人きりになったら、頼まなくても幾つものキス。
(…キャプテンの報告が終わった途端に…)
 抱き締められて、「ソルジャー」ではなくて「ブルー」と呼ばれて。
 広い胸の中に強く抱き込まれて、ハーレイのキスが降って来た。
 頬や額にではないキスが。
 今の自分は貰えないキスが、恋人同士の唇へのキスが。


 二人きりの時はそうだったのに、と零れてくるのは溜息ばかり。
 前の自分たちなら、挨拶代わりのようだったキス。
 青の間で、時にはキャプテンの部屋で、二人きりになったら交わしたキス。
 恋人同士で過ごせる時間は短かったから、それを少しも無駄にしないように。
(キスは当たり前で、その先だって…)
 自分が寝込んでいなかった時は、交わした愛。
 なのに今では自分はチビで、キスすらも貰えない子供。
 ハーレイが家を訪ねてくれても、二人きりの時間を過ごしていても。
(二人きりだけど、全然違うよ…)
 前のぼくたちだった時と、と違いを数えればきりがないほど。
 キスは駄目だし、もちろんベッドにも行けはしなくて、ただ二人きりで会えるだけ。
 ハーレイの膝には座れても。…大きな身体に抱き付いて甘えることは出来ても。
(なんだか色々、違うんだけど…)
 やっぱり、ぼくがチビだからかな、と残念な気持ちがこみ上げる。
 もっと大きく育っていたなら、事情は違っていたのだろうに。
 両親にだってきちんと話して、もう堂々と恋人同士。
 ハーレイが家に来てくれたならば、二人で過ごせる時間をあれこれ考えてみて…。
(今日みたいな日なら、二人でドライブ…)
 行ってきます、と玄関から出て、ハーレイの車に乗り込んで。
 使える時間で行って戻れる、何処か景色のいい所まで。
 夕食だって、家で両親も一緒に食べる代わりに、二人で食事。
 ドライブの途中で見付けた店とか、ハーレイお勧めのレストランとか。
(絶対、そういうコースなんだよ…)
 二人きりの時間を楽しみたいなら、両親は抜きでゆっくり夕食。
 ハーレイと二人で美味しく食べたら、家まで送って貰えるのだろう。
 家に着いたら降ろして貰って、「またな」とキス。
 帰ってゆくハーレイの車を見送っていても、きっと幸せ。
 二人きりの時間を過ごせたのだし、ドライブも食事も楽しめたから。


 ぼくが大きく育っていたなら、そうだったよね、と思う今日のこと。
 同じに二人きりの時間でも、全く違う中身になる。
 前の自分たちがそうだったように、キスだって出来る二人だから。
(…前のぼくたちだと、ドライブなんかは無理だけど…)
 もちろんデートも無理だったけれど、今度は違う。
 ソルジャーでもなければキャプテンでもないし、何の制約も無い二人。
 自分がチビでなかったら。…十四歳にしかならない子供でなかったら。
(…チビだから、ハーレイは「ハーレイ先生」で…)
 キスだって貰えないんだよ、と悲しい気持ちに包まれる。
 どうして自分はチビなのだろうと、前の自分と同じ姿ではないのだろうと。
(せっかくハーレイと二人きりでも…)
 値打ちが全く無いんだから、と悔しくなる二人きりの時間。
 ハーレイにキスを強請ってみたって、叱られるから。「キスは駄目だ」と睨まれるから。
 前の自分なら、そうはならずに貰えたキス。頼まなくても、数え切れないほど。
 今だって大きく育っていたなら、ハーレイから貰えた筈のキス。
(今日だって、二人きりだけど…)
 ホントに中身が足りなさすぎ、と考えてしまうハーレイと二人で過ごした時間。
 もっと有効に使えるのにと、ドライブに行けて、食事にだって、と。
(だけど、大きくならない間は…)
 駄目なんだよね、と諦めざるを得ないキス。それにデートも。
 「二人きりだけど、前のぼくたちとは違いすぎ」と。
 早く大きくなりたいのにと、今日だってキスも貰えなかった、と。
 けれど我慢をしていたならば、いつか来る筈のハッピーエンド。
 ハーレイと結婚できる時が来たら、前の自分よりもずっと幸せになれるから…。
(今だけの我慢…)
 「二人きりだけど、色々違いすぎるよ」と嘆くのは。
 前よりもずっと幸せな未来があるから、今だけの我慢、と繰り返す。
 「二人きりだけど…」と膨れていたって、それは今だけのことなのだから…。

 

         二人きりだけど・了


※ハーレイ先生と二人きりで過ごしていたって、前とは中身が違うみたい、と思うブルー君。
 キスも貰えないよ、と不満ですけど、それは今だけ。大きくなったらハッピーエンドv








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(今日はあいつと過ごせたからな)
 いい日だった、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 小さなブルーと過ごして来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 会うとますます愛おしくなるし、別れた後も愛おしい。
 こうして思い出すほどに。ブルーの笑顔が浮かぶくらいに。
(ただなあ…)
 キスを強請るのは困ったもんだ、と思うのがチビのブルーのこと。
 十四歳にしかならない恋人、それが自分が愛する人。
 いくら「キスして」と強請られたって、「キスしてもいいよ?」と誘われたって…。
(俺は子供にキスはしないぞ)
 あいつ、分かっちゃいないんだから、と確信している、チビのブルーが欲しがるキス。
 ブルーにキスを贈るのだったら、あくまで頬と額にだけ。
 子供にはそれで充分なのだし、唇へのキスはまだ早すぎる。
 ブルーは欲しいと強請るけれども、一人前に誘う言葉も口にするけれど、分かっていない。
 恋人同士のキスはどういうものなのか。
(分かってるよ、と膨れそうだが…)
 前のブルーの記憶がある分、知識くらいはあるのだと思う。
 けれども、心がついてゆかないことだろう。無垢で小さな身体の方も。
 もしも本物のキスを贈ったら、強張るだろうブルーの身体。「これはなに!?」と。
 身体も心も竦み上がって、泣き出しさえもするかもしれない。
 「何をするの」と、「ハーレイ、酷い!」と。
 下手をしたなら、「気持ち悪かった」とまで言いそうなブルー。
 なにしろ、今は子供だから。
 前のブルーよりも遥かに幼い、チビになったのがブルーだから。
 もっとも前のブルーにしたって、出会った頃にはチビだったけれど。
 燃えるアルタミラで出会った時には、今のブルーと変わらない姿だったのだけど。


 そうは言っても、前のブルーがチビだった頃は「ただの友達」。
 恋人同士ではなかったのだし、ブルーはキスなど強請らない。
 自分の方でもキスのことなど思いもしないし、恋人だとも思わなかった。
 とても気の合う小さな友達、それがチビだった頃の前のブルー。
 本当は自分よりも遥かに年上、なのに心も身体もチビ。
(…そういう所は今のあいつと重なるかもなあ…)
 前のブルーの記憶があるから、今のブルーは見た目通りの十四歳とは違う筈。
 三百年以上も生きていた頃の記憶があるなら、精神年齢もグンと上がって来そうだけれど。
(まるで全く、関係ないと来たもんだ…)
 今のブルーも、前のブルーがそうだったように、見た目そのままに中身も子供。
 恋人同士のキスを贈ってやったら、驚いて泣き出しそうなほど。
 それに普段も我儘な子供、幸せ一杯に育って来たから。
(…そこの所は、前と違うな)
 前のブルーはチビだった頃も、我儘は言わなかったから。
 アルタミラの檻で、燃えるアルタミラで地獄を見た分、脱出した後はそれだけで幸せ。
 船の仲間と生きてゆけたら、前のブルーは満足だった。
 我儘なんかは言いもしないし、どちらかと言えば我慢強かった方。
(それが今では、変わっちまって…)
 じきに膨れて怒るんだから、と可笑しくなる。
 キスを断ったら膨れっ面だし、今日もやっぱり膨れっ面。「ハーレイのケチ!」と。
(あんな台詞も言われちゃいないな)
 チビだった前のブルーには。
 前の自分にくっついて歩いていた頃だって。
(御礼だったら、山ほど聞いたが…)
 ケチとは一度も言われていない。
 チビでもブルーは我慢強くて、辛抱だって出来たから。
 それに船での暮らしに満足、充分に幸せだったのだから。


 色々と違いはあるもんだ、と思ってしまう今のブルーと前のブルー。
 同じチビでも違うようだし、育った後なら、もっと大きく違っていた。
(俺と恋した後のあいつは…)
 キスなど強請って来なかったぞ、と考えなくても分かること。
 強請らなくても、ブルーはキスを貰えたから。
 自分の方でも、強請られなくても惜しみなくキスを贈ったから。
 二人きりでいられる時間は長くはなかったのだし、ケチな真似などしていられない。
 少しでもブルーを幸せにしたくて、幾つも幾つも贈ったキス。
(…うーむ…)
 今日だってあいつと二人だったが、と思い返してみる状況。
 小さなブルーの部屋で二人きり、ここぞとキスを強請ったブルー。
 母の姿が消えるなり。…階段を下りてゆく足音が小さくなって消えてしまうなり。
(下に行ったら、暫くは来ないもんだから…)
 今の間に、と甘えてくるのが小さなブルー。
 抱き付いて来たり、膝の上にチョコンと座ってみたり。
 甘えるだけならいいのだけれども、その内に強請り始めるキス。
 「ぼくにキスして」と、時には捻って「キスしてもいいよ?」と誘う形で。
 そうされたってキスはしないし、絶対にしてやらないけれど。
 どんなにブルーが膨れていたって、キスは額と頬にしか贈らないけれど。
(…前のあいつと二人きりなら、そうはならんぞ)
 頼まれなくてもキスを贈ったし、ブルーを抱き締めたりもした。
 キャプテンとしての報告が終わった途端に、目の前の愛おしい人を。
 さっきまで「ソルジャー」と呼んでいた人を、「ブルー」と呼んで。
 精一杯の想いをこめて、キスを贈って、腕の中に強く抱き込んで。
(…敬語だけは崩さなかったがな…)
 そいつは崩しちゃ駄目だったから、と今も忘れない前のブルーに贈った言葉。
 「愛しています」と、いつも敬語で繰り返し。
 前のブルーはソルジャーだったし、それを忘れてはならないから。


 それに比べて、今のブルー。…敬語の出番は全くない。
 二人きりで過ごせる時間に使いはしないし、普段もブルーに使いはしない。
(あいつの方が使ってやがるぞ)
 学校だと「ハーレイ先生」だしな、と思うけれども、それは学校の中でだけ。
 ブルーの部屋で過ごす時には、ブルーは普通の言葉で話す。
 前よりも子供っぽいけれど。
 何かと言ったら「ハーレイのケチ!」で、プンスカ膨れているけれど。
(二人きりには違いないんだが…)
 本当に色々と違うもんだな、と前の自分たちと比べてみれば山ほどの違い。
 前のブルーがチビの子供だった頃はもちろん、大きく育って恋人同士になった後にも。
 キスにしたって、言葉遣いのことにしたって、もう色々と違いすぎ。
(人目を忍んで会うって所は同じだが…)
 ブルーの両親には内緒の恋だし、其処は似ている前の自分たち。
 船の仲間に恋を明かせはしなかった。
 白いシャングリラを導くソルジャー、それがブルーで自分はキャプテン。
 船を預かる立場なのだし、そんな二人が恋をしたなら誰もが疑い始めるだろう。
 「何もかも二人で決めるんだろう」と、「船を私物化している」と。
 そうなったら誰もついては来ないし、船も無事ではいられない。
 だから最後まで恋を隠して、ブルーの前ではいつでも敬語。
 皆の前でウッカリ間違えないよう、常に敬語を崩さなかった。
 ブルーと二人で過ごす時にも。
 青の間やキャプテンの部屋でキスを交わして、愛を交わしていた時さえも。
(恋がバレたら大変なのは…)
 今だって同じなんだがな、と分かっているから、チビのブルーも大人しい。
 両親の目があると分かっている時は、抱き付いたりもしてこない。
 けれども、そうでない時は…。
(ぼくにキスして、と強請ってだな…)
 断られたら見事に膨れて、「ハーレイのケチ!」。そう、今日のように。


 本当に色々と違うもんだ、と苦笑する自分たちの恋。
 「今日だって、二人きりだったんだがな?」と。
 あいつがチビでなかったんなら、違う時間になるんだが、と。
 前の自分たちのように、限られた時間しか持たないわけではないのだから。
 ブルーが大きく育っていたなら、デートにだって行けるのだから。
(今日と同じだけ時間があったら…)
 ドライブにだって誘ってやれるし、もちろん食事も二人きり。
 ブルーの両親は抜きの夕食、何処かへ食べに出掛けて行って。
 食事の後にはブルーの家までドライブがてら、送り届けて「またな」とキス。
 もちろん額や頬にではなくて、ちゃんと唇に贈るキス。
(やっぱりあいつがチビだからだな…)
 何もかも変わって来ちまうのはな、と思うけれども愛おしい。
 「二人きりだが、キスも出来ない恋人ってな」と。
 それでもブルーは恋人なのだし、膨れられても愛おしい人。
 唇へのキスを贈らないから、「ハーレイのケチ!」と言われても。
 これからもずっとブルーと一緒で、今は色々違いすぎても、時が解決してくれるから。
 「二人きりだが、違いすぎるよな」と思わなくても、今度は結婚できるのだから…。

 

        二人きりだが・了


※ブルー君と二人きりで過ごしていたって、前とはずいぶん違うと思うハーレイ先生。
 同じチビでも、育った前のブルーでも。違いは山ほどあるようですけど、いつかは解決v






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(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたけれど、二人でゆっくり過ごしたけれど。
(うんと幸せだったから…)
 もっと幸せになってみたくて、ハーレイにキスを強請ってみた。
 膝の上に座って甘えるついでに、「ぼくにキスして」と。
 頬や額へのキスと違って、唇へのキス。
 恋人同士でキスをするなら、そういうキスになるのだから。
 唇にキスを貰えるもので、贈って貰える筈なのだから。
 けれど、やっぱり断られたキス。「俺は子供にキスはしない」と。
 キスをするなら頬と額だけ、唇へのキスは前とそっくり同じ背丈に育ってから。
 「それまでは駄目だと言っているよな?」と叱られた上に、睨まれた。
 何度言ったら分かるんだ、と立派に子供扱いで。
(…ハーレイ、いつもああなんだから…!)
 分かっているから、余計にカチンと来てしまう。「子供扱いされちゃった」と。
 確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
 青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイと恋をしているのに。
 前の自分の恋の続きを生きているのに、いつも貰えない唇へのキス。
 「ぼくにキスして」と強請ってみたって、「キスしてもいいよ?」と誘い掛けたって。
 ケチなハーレイはキスをくれずに、鳶色の瞳で睨むだけ。
 「お前、まだまだ子供だろうが」と。
 十四歳にしかならない子供で、キスをするには早すぎる年。
 だからキスなどしてやらない、と言うのがハーレイ。
 今日も断られて、叱られたから膨れてやった。「ハーレイのケチ!」と。


 プンスカ怒って膨れてやっても、ハーレイはいつも涼しい顔。
 困る代わりに余裕たっぷり、「好きなだけ其処で膨れていろ」と。
 「フグみたいに膨れた顔をしてろ」と、「俺は少しも困らないから」と。
 そして実際、困らないのがケチな恋人。
 膨れっ面をして睨んでいたって、「俺は知らんな」と何処吹く風。
 紅茶のカップを傾けてみたり、「美味いが、お前は食わないのか?」とケーキを頬張ったり。
 膨れっ面を保つためには、どちらも出来はしないから。
 紅茶を飲んだらへこむ頬っぺた、ケーキをフォークで口に運んでも…。
(膨れたままだと、噛めないんだよ!)
 モグモグしたなら、頬っぺたはへこんでしまうから。
 リスが頬袋に溜めるみたいに、膨れたままではいられないから。
(…頬袋だって、食べる時にはへこむんだもの…)
 可愛らしいリスが頬っぺたに沢山詰め込む木の実は、それを持ち運ぶためだから。
 美味しい木の実を後でゆっくり食べるためにと、両の頬っぺたに詰めるのだから。
(詰めたままだと、食べられないしね?)
 幾つも詰めた、ドングリなどは。
 頬っぺたに仕舞っておいたままでは、どう考えても食べられはしない。
 それとは少し違うけれども、自分がプウッと膨れている時。
 ケーキを食べようと頑張ってみても、膨れたままだと口に入れるのが精一杯。
 味わうために噛もうとしたなら、途端にへこむだろう頬っぺた。
 どんなに努力してみても。
 へこまないように保とうとしても、モグモグ噛んだらそれでおしまい。
(そうなっちゃうから、食べられなくて…)
 ケーキは無理だし、紅茶も飲めない。
 それを承知で苛めてくるのが、「キスは駄目だ」と叱ったハーレイ。
 「今日のケーキも美味いのにな?」と。
 「お母さんのケーキは実に美味いが、お前、食べたくないんだな?」などと。
 ケーキを食べたら膨れっ面が駄目になるのに、だから食べずに膨れているのに。


 今日もそうやって苛めたハーレイ。
 膨れっ面をした自分の前で、「美味いんだがな?」と頬張ったケーキ。
 「紅茶とも良く合うんだ、これが」と、「お前は食いたくないようだが」と。
 食べられない理由は、ハーレイも百も承知のくせに。
 膨れっ面を保ちたかったら、ケーキも紅茶も無理なこと。
(…リスの頬袋とおんなじだってば…!)
 ハーレイが言うには「フグ」だけれども、頬っぺたの仕組みはリスとおんなじ。
 プウッと膨れていたいのだったら、美味しい餌は食べないこと。
 リスの頬袋も、自分が膨らませている頬っぺたの方も、食べる時にはへこむのだから。
 そういう仕組みを承知の上で苛めるハーレイ、「食べないのか?」と。
 ケーキを食べたら、頬っぺたはへこんでしまうのに。
 紅茶を飲んでも同じにへこんで、膨れっ面は消えてしまうのに。
(…知ってるくせして、苛めるんだよ…)
 頬っぺたを両手で潰されることもあるけれど。
 とても大きな褐色の手で挟んで潰して、「ハコフグだよな」と笑われる日もあるけれど。
 今日は頬っぺたを潰しはしないで、見物していたケチな恋人。
 「お前は好きなだけ膨れていろ」と、「俺だって好きにするからな?」と。
 ニヤニヤ笑って、紅茶にケーキ。「美味いんだがな?」と。
 欲しくないなら食べなくていいと、「俺だけ好きに食べるから」と。
 挙句の果てに、「要らないのか?」とハーレイが指差したケーキのお皿。
 もちろんハーレイのお皿ではなくて、膨れていた自分の前のもの。
 「要らないんなら、俺が貰うが」と、「俺は何個でも食えるしな?」と。
 大きな身体のハーレイだったら、本当にそう。
 チビの自分は二つも食べたら、お腹一杯になるけれど。
 下手をしたなら、夕食も入らなくなってしまうけれども、ハーレイは違う。
 ケーキの二個や三個くらいは軽いもの。
 だから慌ててケーキを守った、「ぼくのだから!」と。
 「あげないからね」と、「ぼくのケーキまで盗らないでよ!」と。


 そう叫んだら、へこんだ頬っぺた。
 膨れっ面を保ったままでは、けして叫べはしないから。
 リスの頬袋も、仲間に助けを求める時なら、きっとペシャンとへこむから。
(ドングリとかは、吐き出しちゃって…)
 それから助けを呼びそうなリス。あんな頬っぺたでは叫べない。
 ケーキを守った自分も同じで、一瞬で消えた膨れっ面。
 もう一度膨れてみようとしたって、きっとハーレイに笑われるだけ。
 「その頬っぺたでは食えんだろう?」と。
 代わりに食ってやるから寄越せと、「美味いケーキは大歓迎だ」と。
(キスもくれないハーレイなんかに、ぼくのケーキはあげないんだから…!)
 もっと優しいハーレイだったら考えるけど、と思い出して唇を尖らせる。
 「ホントに酷い」と、「今日もやっぱりケチだったよ」と。
 唇にキスをくれないハーレイ、おまけに恋人を苛めてくれた。
 プンスカ怒って膨れているのに、涼しい顔で紅茶やケーキを頬張って。
 自分のケーキを食べてしまったら、「要らないのか?」とケーキを盗ろうとして。
 それで崩れた膨れっ面まで、可笑しそうに笑っていたハーレイ。
 「フグの時間はおしまいか?」と。
 「今日は営業終了なのか」と、「フグは何処かに消えちまったな」と。
 キスもくれないケチな恋人、その上、苛める酷い恋人。
 もうプンプンと怒ったけれども、膨れてみたって無駄だから…。
(ぼくが降参しておしまい…)
 いつもと少しも変わらないよ、と悔しい気分。
 唇へのキスを貰い損ねて、ケチな恋人にオモチャにされる。
 フグ呼ばわりの末にハコフグにされたり、ケーキを奪われそうになったり。
 なんとも酷いケチな恋人、もう溜息しか出て来ない。
 「前のぼくなら、キス出来たのに」と。
 頼まなくてもキスが貰えたし、キスのその先のことだって。


 今のハーレイはホントに酷い、と膨れたけれど。
 本当にケチになっちゃった、と思うけれども、そのハーレイ。
(…今のハーレイなんだから…)
 前のハーレイとは違って当然、と考えた所で気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと別れた自分。
 白いシャングリラからメギドへと飛んで、二度と戻りはしなかった自分。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまった。
 銃で何発も撃たれた痛みで、いつの間にやら消えてしまって。
 何処にも残っていなかった温もり、冷たく凍えてしまった右手。
(もうハーレイには、二度と会えないって…)
 泣きじゃくりながら、前の自分の生は終わった。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、それを手繰れはしなかったから。
 最後まで一緒だと思ったハーレイの温もり、その温かさは二度と戻って来なかったから。
(…前のぼく、失くした筈なんだけど…)
 ハーレイとの絆も、右手に持っていた温もりも、全て。
 もうハーレイには会えないのだと、絶望と孤独に囚われたままで失くした意識。
 なのに今ではケチなハーレイ、キスもくれない恋人がいる。
 今日もハーレイに苛められたし、今までに何度も断られたキス。
(前のぼくなら、キスは貰えたけど…)
 でもハーレイの温もりを失くしたんだっけ、と眺めた右手。
 前の生の終わりに凍えた右手で、ハーレイも失くしてしまった筈。
 けれどハーレイは今もいるから、ケチになってしまっただけなのだから…。
(…怒って膨れていたら駄目…?)
 またハーレイに会えたんだから、と今の自分の幸せを思う。
 「失くした筈だけど、ハーレイはちゃんといてくれるものね」と。
 そうは思っても、キスもくれないケチなハーレイ、やっぱり膨れたくもなる。
 せっかく二人で地球に来たのにキスは駄目だし、「ケチな恋人には違いないよね」と…。

 

        失くした筈だけど・了


※「ハーレイのケチ!」と膨れっ面のブルー君。「今日も苛められた」と。
 けれど、ハーレイの温もりさえも失くしてしまった前の自分。それを思えば幸せな筈v







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(ハーレイのケチ、と言われてもだな…)
 なんと言われても、駄目なものは駄目だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い返して。
 今日はブルーの家に出掛けて、二人で過ごしていたのだけれど。
 ブルーが強請って来たのがキスで、頬や額では駄目なキス。
 恋人同士の唇へのキス、それをブルーは欲しがるけれども、贈らないのが約束だから。
 チビのブルーが前のブルーと同じ背丈に育ってから、という決まりだから。
(断るのが筋というモンだってな)
 いくらあいつが膨れたって、と思い出すブルーの膨れっ面。
 頬っぺたをプウッと膨らませた上に、「ハーレイのケチ!」と怒ったブルー。
 こちらは、とうに慣れっこだけど。
 膨れっ面でもケチ呼ばわりでも、一向に気にならないけれど。
(…しかし、まだまだかかりそうだぞ)
 小さなブルーが前と同じに育つまで。
 いったい何年かかることやら、ブルーはチビのままだから。
 再会してから少しも育たず、今もチビ。…出会った頃と全く同じ。
(此処はアルタミラじゃないんだが…)
 檻の中なら分かるんだがな、と思うブルーが育たない理由。
 アルタミラの狭い檻の中では、ブルーは育たなかったから。
 心も身体も成長を止めて、子供の姿のままで過ごした長い年月。
 そんなこととは思わないから、出会って直ぐの前の自分は…。
(凄い力を持った子供だ、と…)
 頭から思って、前のブルーを子供扱い。「俺よりもずっと小さな子供だ」と。
 それも間違いではなかったけれど。
 ブルーは実際、心も身体も見た目通りのチビだったけれど。


 俺たちが育ててやったんだっけな、と懐かしく思う前のブルーとの日々。
 後ろにくっついて歩いていたほど、前のブルーは中身までチビ。
(声を掛けてやって、船の中をあちこち連れて歩いて…)
 身体も心も育ててやった。
 もう一度、「育ち始める」ように。止めていた時が動き出すように。
 船の中でしか暮らせなくても、檻よりはずっとマシだから。
 仲間も大勢いる船なのだし、あの檻のように独りぼっちではないのだから。
(前のあいつは、そうやって育ってくれたわけだが…)
 今度は育たないってな、と小さなブルーを思い浮かべる。
 アルタミラとは違うのに。
 育っても未来が無かった頃とは、まるで事情が違うのに。
(…幸せすぎて育たないっていうのもなあ…)
 あるようだよな、と今のブルーが育たない理由を考えてみる。
 きっと理由はそれだから。
 前のブルーが失くしてしまった、幸せだった子供時代。
 成人検査で記憶を消されて、その後に何度も繰り返された人体実験。
 前のブルーも、自分もすっかり失くした記憶。
 どんな養父母に育てられたか、どういう家で暮らしていたか。
 成人検査にパスしていたなら、おぼろげながらも記憶は残るものなのに。
 生まれ故郷も両親のことも、幾らかは残る筈なのに。
(…俺たちの場合は、全部失くして…)
 何一つ残りはしなかった。
 記憶の始まりは成人検査で、其処から後は檻での暮らしと過酷な人体実験の記憶。
 燃えるアルタミラから脱出するまで、夢も希望も無かった日々。
(今のあいつは、そうじゃないから…)
 幸せな今を噛みしめるように、ゆっくりと育ってゆくのだろう。
 子供時代を満喫しながら、チビの時代を楽しみながら。


 きっとそうだと分かっているから、急かそうとは思わないけれど。
 ブルー自身にも「ゆっくり育てよ?」と、何度も言っているけれど。
(…あいつ、分かっちゃいないしな?)
 「俺は子供にキスはしない」と叱り付けても、懲りないブルー。
 キスを強請ってはプウッと膨れて、「ハーレイのケチ!」とお決まりの台詞。
 もう何度目になるんだか、と数える気にもならないくらい。
 いつになったら育つのだろうか、チビのブルーは?
 前のブルーと同じに育って、キスを贈れる日が来るのだろうか…?
(何十年でも待てるんだがな…)
 そうは思うが先は長い、と思ったはずみに気付いたこと。
 何十年でも待ってやれるのは、何故なのか。
 小さなブルーは何処から来たのか、どうしてブルーはチビなのか。
(…あいつ、生きてて、生まれ変わりで…)
 前のブルーとそっくり同じに育つ身体を手に入れたブルー。
 新しい命と身体を貰って、青い地球に生まれて来たのがブルー。
 前のブルーと同じ魂、それを抱いて。
 遠く遥かな時の彼方の、恋の記憶もそのまま持って。
(俺はあいつを、失くしてしまった筈なのに…)
 前のブルーを失ったのに、今は目の前に小さなブルー。
 今は此処にはいないけれども、何ブロックも離れた場所にいるのだけれど。
(あいつは、前と同じに生きてて…)
 生きているから、温かな身体。
 「ハーレイのケチ!」と膨れたりもするし、プンスカ怒ったりもする。
 恋人扱いしてくれない、とプンプンと。
 唇へのキスが貰えないからと、今日みたいに。
 そういうチビでも、育たなくても、きちんと生きているブルー。
 いつかは大きく育つ筈だし、何十年でも待っていられるのは、そのお蔭。
 小さなブルーは生きているから、これから育ってゆくのだから。


 そうなんだよな、と改めて思う今の幸せ。
 前の自分が失くしたブルーは、生きて帰って来てくれた。
 すっかり小さくなったけれども、今ではチビの子供だけれど。
(…いつ育つのやら、サッパリなんだが…)
 まるで育ってくれないとしても、文句を言っては駄目だろう。
 前のブルーと同じ姿に育ってくれる日、それが何十年も先のことでも。
 「キスは駄目だ」と叱り付けながら、何十年も待つ羽目になっても。
 小さなブルーがいなかったならば、待つことさえも出来ないから。
 チビの恋人が育ってゆくのを、見守ることも出来ないから。
(…贅沢を言っちゃいかんよな、うん)
 失くした筈のあいつが此処にいるんだから、と思った前の自分の悲しみ。
 前のブルーを失くした後には、何も見えてはいなかった。
 キャプテンとしての務めがあるから、そのために生きていたというだけ。
 ブルーがそれを望んだから。
 前のブルーがメギドに飛ぶ前、前の自分にだけ言い残したから。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 肉声ではなくて、思念の声で。口にしたのは「頼んだよ、ハーレイ」という言葉だけ。
 それが自分を縛ってしまって、ブルーを追えずに取り残された。
 たった一人で、シャングリラに。
 あの船を地球まで運ぶためにだけ、キャプテンの務めを果たすためにだけ。
(たまには冗談も言ったりしたが…)
 それさえも多分、キャプテン・ハーレイだったから。
 船の雰囲気を和ませるために、和らげるために、たまには冗談。
 笑ったこともあったけれども、皆と別れてしまったら…。
(…直ぐにあいつを思い出すんだ…)
 ブルーがいたなら、どうだったろう、と。
 あいつも同じに笑ったろうかと、早くブルーに会いたいのに、と。


 失くしたブルーを追ってゆくこと、それだけが前の自分の望み。
 いつか地球まで辿り着いたら、キャプテンの務めを終えたなら。
(そしたら、あいつを追ってゆこうと…)
 夢見ていたのは命の終わり。ブルーと同じ場所に行くこと。
 其処が何処でもかまわないから、ブルーと一緒にいられればいい。
 失くしたブルーを取り戻せるなら、側にいることが出来るなら。
(前の俺の夢は、それだったんだが…)
 とんでもない形で叶っちまったぞ、と今だから分かる前の自分の夢の結末。
 死の星だった地球の地の底、其処で自分は死んだのに。
 命は尽きた筈だというのに、こうして生きている自分。
 青く蘇った水の星の上で、あの時よりも遥か未来で。
(ついでに、あいつを失くしちまった筈なのに…)
 あいつも一緒に地球にいるんだ、と思うのはチビのブルーのこと。
 まだ幼くてキスも出来ない、本当にチビの子供だけれど。
 十四歳にしかならないブルーは、一向に育ってくれないけれど。
(それでもあいつは、俺のブルーで…)
 前と同じに生きているから、育ってくれる日を夢に見られる。
 何十年でも待っていられる、前のブルーとそっくり同じ姿に育ってくれる時まで。
 「ハーレイのケチ!」と膨れられても、不満そうな顔で睨まれても。
 再会してから、少しも育ってくれないチビの子供のブルーでも。
(あいつがいてくれるからなんだよなあ…)
 ケチ呼ばわりをされるのも、と幸せな気分に包まれる。
 「俺は幸せ者だよな」と、「贅沢を言ったら、罰が当たるぞ」と。
 失くした筈なのに、ブルーは戻って来てくれたから。
 自分はブルーを取り戻したから、今日もブルーに「ハーレイのケチ!」と膨れられたから…。

 

        失くした筈なのに・了


※前のハーレイが失くした筈の、前のブルー。けれども、今は目の前に生きているブルー。
 いくらチビでも、取り戻せたなら贅沢を言ってはいけませんよね。膨れられてもv







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