(地球なんだよね…)
ぼくが暮らしている星は、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイと二人、生まれ変わって青い地球の上にやって来た。
気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、前と同じに育つ身体を手に入れて。
(ぼくはちょっぴりチビなんだけど…)
子供になってしまったけれど、と眺めた自分の細っこい手足。
十四歳にしかならない子供の身体で、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と。
ハーレイが決めた酷すぎる決まり、恋人同士でも交わせないキス。
貰えるキスは頬と額にだけ、本当に子供向けのキス。
(あれは酷いと思うんだけど…)
いくら膨れても、「ハーレイのケチ!」と文句を言っても、変わらない決まり。
当分はキスは貰えそうもなくて、今の自分は子供扱い。「チビ」と言われて。
なんとも不幸な話だけれども、キスさえ貰えないチビの自分は…。
(地球に生まれて、地球で育って…)
宇宙から地球を見ていないだけ、と不思議な気分。
前の自分が焦がれ続けた、青い地球。憧れだった水の星が今の自分の故郷。
(地球から外に出たことが無いから…)
故郷なのだ、と実感したことは無いけれど。
地球はいつでも足の下にあって、外からは見ていないから。
(前のぼくだと、地球は夢の星…)
いつか行きたくて、幾つもの夢を描いていた星。
フィシスが抱いていた地球の映像、それが欲しくて彼女を攫って来たほどに。
白いシャングリラの仲間を欺き、「ミュウの女神だ」と嘘をついてまで。
機械が無から作ったフィシスに、自分のサイオンを分け与えてまで。
前の自分が憧れた地球。何度も夢に見ていた星。
(ハーレイと一緒に辿り着いたら…)
自由になれる筈だった。
白いシャングリラが地球に着いたら、ミュウが殺される時代は終わる。
そうなれば、もう要らないソルジャー。箱舟だって要らなくなるから、キャプテンだって。
(前のぼくたち、ソルジャーとキャプテンだったから…)
恋に落ちても誰にも言えずに、隠し続けるしかなかった二人。
皆を導く立場のソルジャー、船の舵を握っていたキャプテン。
そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、船はたちまち大混乱に陥ってしまう。
(だけど、地球まで辿り着けたら…)
ソルジャーもキャプテンも、シャングリラも必要とされない時代がやって来る。
その日を夢見て、ハーレイと生きた。
地球に着いたら恋を明かして、船を降りて二人で暮らそうと。
青い地球の上でやってみたいことも、幾つも幾つも夢を描いて。
(…夢の朝御飯…)
前の自分が食べたいと思った、地球ならではのホットケーキの朝食。
本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクで作ったバター。
熱でとろける金色のバターと、砂糖カエデの木から採れたシロップ。
それを絡めてホットケーキを食べてみたいと、きっと素敵な朝食だからと。
(ヒマラヤの青いケシも見たくて…)
地球の青さを写し取ったような、青い花びらを持ったケシ。
人を寄せ付けない高峰に咲く、天上の青を湛えた花。
蘇った地球なら、青いケシだって咲くのだろうから、見に行きたかった。
真っ青な地球の空の上を飛んで、白い雲の峰を幾つも越えて。
(ハーレイは空を飛べないから…)
抱えて飛ぼうと考えていた、前の自分。
強いサイオンを自在に操ることが出来たし、ハーレイを連れて飛ぶのも簡単。
ハーレイと一緒にケシを見ようと、ヒマラヤまでも飛んでゆこうと。
他にも幾つもあった夢。
五月の一日に恋人たちが贈り合っていた、白いシャングリラで咲いたスズランの花束。
それをハーレイに贈ろうと夢見て、「地球に着いたら」と心に決めた。
花壇に咲いた花とは違って、希少価値の高い森のスズラン。
栽培種よりも香り高いとヒルマンから聞いた、野生のスズランを見付け出そうと。
スズランは小さい花だけれども、心のこもった花束を作ってハーレイに、と。
(もっと他にも、夢は一杯…)
ハーレイと一緒に地球で暮らせる時が来たら、と描いた夢たち。
いつかシャングリラで辿り着こうと、ハーレイと二人で夢を叶えようと。
けれど、叶わなかった夢。
地球の座標さえも掴めない内に、思い知らされた命の終わり。
誰よりも長く生きたがゆえに、誰よりも早く迎えた寿命。
(地球に着くまでは、生きられないって…)
もう駄目なのだと分かった時から、夢は夢でしかなくなった。
どんなに焦がれて憧れようと、青い星には辿り着けない。自分の命は其処まで持たない。
諦めざるを得なかった地球。
憧れだった星は夢で終わると、けして其処には行けないのだと。
(それでもやっぱり、地球が見たくて…)
前のハーレイと寄り添い合っては、もう叶わない夢を語った。
地球に着いたら行きたかった場所や、やってみたかったことなどを。
叶いはしないと分かっていたって、夢を見るのは自由だから。
命尽きたら、魂だけでも地球へと飛んでゆけそうだから。
(…青い地球を見ることが出来たなら、って…)
夢見るように話した前の自分を、ハーレイは笑いはしなかった。
いつも笑顔で頷いてくれた、「いつか行けるといいですね」と。
「その時は私も一緒ですよ」と、「二人で青い地球を見ましょう」と。
たとえ身体は消えてしまって、命も持っていなくても。
魂だけになっていようと、何処までも二人一緒なのだと。
(ハーレイと行けると思ったのにね…)
前の自分が焦がれた地球。憧れだった、青い水の星。
ハーレイと行こうと思っていたのに、寿命が尽きても二人で見ようと思ったのに。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
死んでしまって、それきりになった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くした右手。
冷たく凍えてしまったその手は、もうハーレイとは繋がっていない。
ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会うことは叶わないのだと溢れた涙。
死よりも恐ろしい絶望と孤独、泣きじゃくりながら死んだ前の自分。
地球への夢も、ハーレイへの想いも、何もかもが全部、儚く消えて迎える終わり。
このまま闇へと落ちてゆくのだと、独りぼっちになってしまったと。
(…おしまいになった筈だったのに…)
ふと気が付いたら、地球に来ていた。
ハーレイと二人で時を飛び越えて、前の自分が焦がれた星に。
憧れだった星に生まれ変わって、今の自分は地球で生まれた地球育ちの子。
地球しか知らずに育った子供で、宇宙から見た地球を知らない子供。
青い水の星に住んでいるのに、その星を外から見てはいなくて…。
(地球はこんなの、っていう写真とか…)
映像しか知らない、今の自分。
あまりにも身近になりすぎた地球。
宇宙から見たら、どんな具合か知らないほどに。
地球を離れて宇宙に出る旅、それを一度もしていないほどに。
(前のぼくが聞いたら、ビックリ仰天…)
憧れの地球で暮らすどころか、その上に生まれて来るなんて。
生まれた時から地球の子供で、他の星など一つも知らずに育つだなんて。
その上、持っている「本物の家族」。
養父母とは違って、血の繋がった父と母。
今の世界では当たり前だけれど、前の自分が生きた頃には無かった血縁。
なんだか凄い、と考えてしまう今の地球。
人工子宮から生まれた子供は一人もいなくて、皆が持っている本物の両親。
おまけに人間は誰もがミュウだし、もう人類に追われはしない。
第一、今の自分とハーレイが暮らす、この青い地球は…。
(…前のぼくたちが生きてた頃には、何処を探しても…)
無かったんだよ、と目をパチパチと瞬かせる。
前の自分は知らないままで終わったけれども、ハーレイは見た。
白いシャングリラで辿り着いた地球で、青い地球が浮かんでいる筈の座標で、死の星を。
赤茶けた砂漠と、毒素を含んだ海しか無かった本物の地球。
前の自分が辿り着けていても、青い地球を見られはしなかった。
そんな星は何処にも無いのだから。…無残に朽ちた地球しか無かったのだから。
(前のぼくが頑張って辿り着いても…)
憧れだった星を見ることも叶わず、泣き崩れるしかなかっただろう。
描いていた夢は全て砕けて、それでも地球に降りねばならない。
そうしない限り、機械の時代は終わらないから。ミュウの時代は来はしないから。
(うんと頑張って、戦ったって…)
御褒美の青い星などは無くて、また宇宙へと去ってゆくだけ。
地球よりはマシな星を求めて、人が暮らせる星を探して。
ノアに行くのか、アルテメシアに戻ることになるか、はたまた別の星なのか。
せっかく地球まで辿り着いても、約束の場所が無いのでは。
青く輝く水の星が宇宙に無かったのでは。
(…そうなるよりかは、今の方がずっと…)
素敵だよね、と思う地球。
青い水の星の上に生まれて、本物の両親だっている。…それにハーレイも、前と同じに。
ちょっぴりチビになった自分は、ハーレイとキスも出来ないけれど。
(だけど、憧れだった星…)
チビの身体は残念だけれど、ハーレイと二人で生まれて来られた憧れの星。
幸せだよね、と噛みしめる今の自分の幸福。
憧れの地球が自分の故郷で、地球で育った子供だから。今の自分は地球育ちだから…。
憧れだった星・了
※前のブルーが焦がれた地球。其処に生まれたのがブルー君。ちょっぴりチビの姿になって。
チビに生まれたのは残念ですけど、地球が故郷で地球育ちの子。それを思うと幸せですよねv
(地球なあ…)
そういや此処は地球だっけな、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今の自分は地球にいるのだと、ブルーと地球までやって来たと。
十四歳にしかならない恋人、前の自分が愛したブルー。
今の自分の教え子になって、また巡り会えた愛おしい人。
ブルーがいるのが当たり前になって、すっかり忘れていたけれど。
此処での暮らしも長いものだから、ついつい忘れがちなのだけれど。
(…俺たちは地球に来たんだなあ…)
身体は別物になっちまったが、と視線を落とした自分の手。
愛用のマグカップを持っている手は、前の自分の記憶と寸分違わないもの。
大きさも、それに褐色の肌も。
(しかしだな…)
俺がいる場所からして、まるで違うんだ、と今度は部屋を見回した。
気に入りの本を並べた本棚、部屋をぐるりと取り囲むそれ。
机も椅子も自分の好みで、落ち着くからと夜は大抵、此処でコーヒー。
(この部屋は俺の部屋なんだが…)
前の俺のとは全く違う、と思い浮かべたキャプテンの部屋。前の自分が暮らした場所。
白いシャングリラの中にあった部屋は、これよりもずっと広かったけれど。
(今のようにはいかなかったな…)
色々と制約があったからな、とキャプテンの役目を思い出す。
ブリッジでの勤務を終えた後にも、しなくてはいけないことが色々。
航宙日誌をつけることとか、前のブルーに一日の報告をしに行くだとか。
(報告が済んだら、あいつと二人きりだったが…)
それまでは何かと忙しかった、と思うキャプテンの部屋での時間。
今のように寛ぐわけにはいかずに、仕事が山積みの日だってあった。
早く終わらせてブルーの所へ、と自分を急かしていた夜も。
とにかく忙しかったんだ、と前の自分と今の自分を重ねてみる。
「あの頃に比べりゃ天国だよな」と、「流石は地球だ」と。
前のブルーが焦がれた星。行きたいと夢を描いた地球。
ブルーの夢の星だったから、前の自分も憧れた。「いつか行こう」と。
いつかシャングリラで地球に行こうと、そしてブルーと二人で地球で暮らすのだと。
(あいつの夢は、俺の夢でもあったから…)
地球に幾つもの夢を抱いて、それが叶う日をブルーと夢見た。
白いシャングリラが地球に着く日を、展望室の窓の向こうに青い水の星が輝く時を。
あれもこれもと、ブルーが地球でやりたがったこと。
ミュウが殺されない時代が来たなら、シャングリラを降りて二人きりで…。
(地球で暮らそう、と約束したっけなあ…)
もうソルジャーでもキャプテンでもない、ただの二人のミュウとして。
秘密にしていた恋を明かして、シャングリラの仲間に別れを告げて。
(そういう風に生きる筈だったのに…)
ブルーの寿命が尽きると分かって、潰えてしまった地球への夢。
辿り着けない星に夢など見られない。
どんなに素晴らしい星であろうと、憧れた星であろうとも。
(あいつも、俺も、地球への夢を口にする時は…)
もう前のように語れはしないで、「行きたかった」と言葉は過去形。
二人で地球に行けはしないし、見ていた夢も叶いはしない。
だから二人で寄り添い合っては、辿り着けない地球を想った。
銀河の海に浮かぶ一粒の真珠、地表の七割が水に覆われた星。
それはどれほど美しいかと、いつかこの目で見てみたかったと。
未だ座標も掴めない地球、シャングリラが其処へ辿り着く前にブルーの命は燃え尽きる。
ブルーが逝ってしまった時には、後を追うのだと決めていた自分。
キャプテンとして船の今後を指示して、それが済んだらブルーの許へ、と。
二人揃って、見ることは叶わない青い星。
いつかシャングリラが辿り着いても、もう二人ともいないのだから。
(そうするつもりでいたんだが…)
狂った予定。思い描いたのとは違った未来。
前のブルーは一人きりでメギドに飛んでしまって、一人残された前の自分。
ブルーの望みを果たすためにと、白いシャングリラを地球へ運んで…。
(…とんでもない地球を見ちまった…)
何処も青くはなかったんだ、と今でも忘れられない衝撃。
やっとの思いで辿り着いた地球は、赤茶けた死の星だった。砂漠と、毒素を含んだ海と。
(あいつへの土産話にも…)
出来やしない、と思った地球。
ブルーが焦がれた青い星など、欠片もありはしなかったから。
地球に降りたら、一層それを見せ付けられて、ただ悲しみに囚われた。
人類はなんと愚かしいのかと、何のためにミュウは殺されたのかと。
SD体制は地球を蘇らせるためのシステム、そのシステムに排除されたミュウ。
(…地球が少しでも青かったなら…)
少しばかりは救われたろうに、何一つ蘇ってはいなかった地球。
六百年近く経っているのに、朽ち果てた高層ビル群さえもが放置されたまま。
地球再生機構の「リボーン」が入ったユグドラシルの周りですらも。
(ゼルが毒キノコと呼んだっけな…)
ユグドラシルを、と今も覚えている毒舌。言い得て妙だと思ったそれ。
死に絶えた地球に一つだけ生えた毒キノコ。
地球を再生させる代わりに、毒を吸って成長してゆくだけ。
(そんな毒キノコがあったわけだが…)
今の地球だと、毒キノコだって本物なんだ、と愉快な気分になってくる。
キノコの季節に山に入れば、あちこちに生えているキノコたち。
(食ったら美味いキノコもあるが、だ…)
毒キノコだってあるからな、と知っているのが今の自分。
父に教えられた、「食べられるキノコ」と「食べられないキノコ」。
青い地球に生まれた自分ならではの知識で、今の地球だから出来るキノコ狩り。
毒キノコさえも無かったっけな、と溜息しか出ない、前の自分が目にした地球。
憧れた星は無残な姿で宇宙に転がり、前のブルーの夢も砕けた。
もっとも、ブルーはいなかったけれど。…とうに死の国に行ってしまって。
(でもって、俺も地球の地の底で…)
死んだけれども、気付けば今や地球の住人。
前の自分が憧れた星は、今の自分が生まれて来た場所。新しい命と身体を貰って。
(上手い具合に、前の俺の身体とそっくりなんだ)
何処も変わっちゃいないよな、と改めて手を眺めてみる。
キャプテン・ハーレイだった自分と、まるで変わらない手なのだけれど。
(俺の周りが変わっちまった…)
憧れの地球に来ただけあって、と書斎の本たちを目で追ってゆく。
どれも好みで揃えた本で、キャプテンだった頃とは違う。航宙日誌も並んではいない。
ついでに、愛用のマグカップだって…。
(中身は本物のコーヒーだぞ?)
代用品のキャロブじゃなくて、と指先で軽く弾いたカップ。「幸せ者め」と。
前の自分が白いシャングリラで飲んだコーヒー、それはいつでも代用品。
キャロブと呼ばれたイナゴ豆の粉、カフェインは後から加えたもの。
けれど今では本物のコーヒー、青い地球で採れたコーヒー豆から淹れて飲む。
(これ一つ取っても、流石は俺たちが憧れた星で…)
思った以上に素晴らしいんだ、と気付かされる地球の「本当の姿」。
前の自分たちが辿り着けていても、青い地球が其処にあったとしても…。
(所詮はSD体制が生み出した地球で…)
不自然なんだ、と今だから分かる。
青い地球の上に暮らしているのは、人工子宮から生まれた者ばかり。
血の繋がった本物の家族は何処にもいないし、きっと子供の姿さえ無い。
子供は育英都市で育って、成人検査を受けて地球へと旅立つもの。
あの時代に青い地球があっても、地球の上で生まれ育った子たちは…。
(きっと一人もいやしないってな)
カナリヤの子たちだっていないぞ、と思い返す、地の底にいた人類の子供。
地球が青いなら、カナリヤの子たちは不要な存在。
優秀な大人たちだけが地球で暮らして、ミュウが殺されない時代が来ても…。
(子供たちの姿を地球で見られる時代ってヤツは…)
ずっと先のことになっただろうな、と噛みしめる今の自分の幸せ。
正真正銘、地球で生まれて地球育ち。
自分もブルーも、本物の両親の許で育って、地球の上には本物の家族たちしかいない。
こんな地球など、前の自分たちは夢にも思いはしなかった。
SD体制の時代に生まれて、時代に振り回されたから。
(前の俺たちが思った以上に…)
素晴らしい星に来られたよな、と零れた笑み。
前の自分たちが憧れた星は、今は自分たちの生まれ故郷。
此処でブルーと生きてゆけるから、この星に来られて良かったと思う。
生まれ変わって別の身体でも、新しい別の命でも。
憧れた星よりも素晴らしい地球、それを自分は手に入れたから。
ブルーと二人で其処に生まれて、その上で生きてゆけるのだから…。
憧れた星・了
※前のハーレイが憧れた地球。ブルーと一緒に「いつか行こう」と。けれど叶わなかった星。
そして本物の地球に着いてみたら…。死の星だった地球が、今は青い星。幸せですよねv
(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
それに酷い、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが来てくれたけれど、いつものように断られたキス。
「ぼくにキスして」と強請ってみたのに、「俺は子供にキスはしない」と睨まれて。
何度も言ってる筈なんだが、と叱ったハーレイ。
(それは間違いないんだけれど…)
お互い、恋人同士なのだし、やっぱりキスが欲しくなる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ハーレイと二人きりの時には、交わしたくなる恋人同士の甘いキス。
なのにハーレイは断るばかりで、今日もやっぱり駄目だった。
だから怒ってプウッと膨れた、頬っぺたに空気を含ませて。
唇も尖らせて怒ったけれども、ハーレイはキスをくれるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
「ハコフグだよな」と笑ってくれた。「フグがハコフグになっちまった」と。
恋人を捕まえてハコフグ呼ばわり、なんとも酷い恋人だけれど。
(酷くて、とってもケチなんだけど…)
それでも許してあげたからね、と昼間の出来事を思い出す。
ハーレイの両手に潰された頬っぺた、「ハコフグだよな」と笑われた顔。
もうプンプンと怒ったとはいえ、膨れ続けてもいられない。
ハーレイと二人きりで過ごせる時間は、ごく限られたものだから。
夕食の時間が来てしまったら、其処で終わりになる日も多い。
両親も一緒の夕食の後は、そのままダイニングで食後のお茶になりがちなもの。
(子供のお守りは大変だろう、ってパパもママも思っているんだから…)
ハーレイの負担を軽くするべく、食後のお茶はダイニングで。
その選択をされた時には、それっきり部屋に戻れはしない。
お茶が済んだら、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
軽く手を振って、車で、あるいは逞しい二本の足で歩いて。
二人きりの時間が終わりかねない、夕食の支度が出来た時。
その時間まで膨れていたなら、ハーレイは「またな」と帰るだけ。
両親も交えた夕食のテーブル、其処で和やかに談笑してから、食後のお茶で。
(…ぼくがプンスカ怒っていたって…)
ハーレイは何事も無かったかのように、夕食の席では笑顔の筈。
時には「美味いぞ?」と料理を取り分けたりもしてくれて、普段と全く変わらない。
食べ終えてお茶の時間も済んだら、軽く手を振って帰ってしまって…。
(それっきり…)
次に訪ねて来てくれるまでは、もう二人きりの機会は無くなる。
それは困るから、「キスは駄目だ」と叱られようが、頬っぺたをペシャンと潰されようが…。
(ちゃんと許してあげるんだもんね)
いつまでも怒り続けていないで、頃合いを見て。
ハーレイが機嫌を取ろうとしたなら、それにほだされたふりをして。
(ぼくって、偉いよ)
見た目はチビの子供だけれど、と誇らしい気分。
とても酷くてケチな恋人、そんなハーレイさえ許せる自分。
心がうんと広いものね、と胸を張る。「だから許してあげられるんだよ」と。
十四歳にしかならない自分だけれども、前の自分の恋の続きを生きている。
普通の子供とは違うわけだし、心も広くて立派なもの。
(器が大きいって言うんだよね?)
ぼくの年にしては大きいんだから、と誰かに自慢したいほど。
自分くらいの年の頃なら、まだまだ我儘放題なのに。
ケチな恋人に酷くされたら、怒ってしまって許さないことも多いだろうに。
(ハーレイの馬鹿、って胸をポカポカ叩くとか…)
もう口なんか利いてやらない、とプイッとそっぽを向くだとか。
十四歳ならそれが似合いで、自分のように我慢はしない。許してやろうと思いもしない。
(悪いの、ハーレイなんだから…)
あっちが謝るべきだよね、と子供だったら考えるだろう。
けれども自分はそうはしないし、なんとも器が大きいと思う。心も広くて。
同い年の子たちとは違うものね、と思う自分の心の中身。
前の自分の膨大な記憶、それをそのまま引き継いだのが今の自分。
(チビだけど、チビじゃないんだから…)
器だって大きくなって当然、と思った所で気が付いた。
今の自分は器が大きくて立派だけれども、前の自分はどうだったろうか、と。
(えーっと…?)
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋をした自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
白いシャングリラを守り続けた、ソルジャーだった前の自分は…。
(ぼくのことより、船の仲間の方が優先…)
ミュウの未来を守らなければ、と考え続けたソルジャー・ブルー。…どんな時でも。
ハーレイと恋に落ちた後にも、変わらなかった考え方。
仲間たちの信頼を裏切らないよう、恋さえも最後まで隠し続けた。
船の仲間たちを導くソルジャー、白いシャングリラの舵を握っていたキャプテン。
そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、きっと大変なことになる。
船の頂点に立っている二人が、恋人同士となったなら…。
(何でも二人で決めるんだろう、って…)
皆が背を向け、誰もついては来てくれない。
そうなったならば船はバラバラ、もはや一つに纏まりはしない。
それでは駄目だ、と分かっていたから、懸命に隠し通した恋。
皆がいる場所ではソルジャーとキャプテン、友達同士の会話がせいぜい。
(メギドに向かって飛んだ時にも…)
別れの言葉もキスも交わさず、思念をそっと送っただけ。
ハーレイへの想いは微塵も出さずに、「ジョミーを支えてやってくれ」と。
たったそれだけ、口にした言葉も「頼んだよ、ハーレイ」と短いもの。
もう生きて会えはしないのに。
これが最後で、じきに自分の命は尽きてしまうのに。
(…前のぼく、なんだか凄くない…?)
あの時にだって隠していたよ、と驚かされた「自分の気持ち」。
死を前にしても本当の思いを言葉にしないで、ただ消えていったソルジャー・ブルー。
なんという生き方だったのだろう、と愕然とさせられた前の自分の人生。
ハーレイとの恋を隠し続けて、最後まで誰にも明かさなかった。
それにハーレイにも告げずに終わった、別れの言葉。
胸の中には、離れ難い想いがあったのに。
「せめて、これだけは」と、思念を送るために触れた腕から、その温もりを貰っただけで。
もうそれだけで充分だから、とメギドへと飛んだ前の自分。
ハーレイの温もりがあれば一人ではないと、「この温もりさえ持っていれば」と。
(…その温もりを、落として失くして…)
独りぼっちになってしまった、前の自分が迎えた最期。
銃で撃たれた痛みが酷くて、右手から消えてしまった温もり。ひと欠片さえも残さずに。
冷たく凍えてしまった右の手、泣きじゃくりながら死んだ自分。
もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、泣いてた間にも…)
前の自分は忘れなかった。…ソルジャーとしての立場のことを。
氷のように凍えた右手がとても悲しくて、死よりも恐ろしい絶望と孤独に追い込まれても。
それでも祈り続けていた。祈りを忘れはしなかった。
「どうか無事に」と、白いシャングリラが旅立てるよう。
メギドの炎に焼かれることなく、ミュウの箱舟が地球へと船出してゆけるよう。
(ハーレイの無事も祈ってたけど…)
それよりもミュウの未来を祈った。白い箱舟に幸多かれと。
青い地球まで辿り着けるよう、いつか平和な時代が宇宙に訪れるよう。
(…あんなの、前のぼくにしか…)
無理じゃないの、と思った祈り。
自分の命が消える時にも、ただ仲間たちを思い続けた。深い悲しみの只中にいても。
ハーレイとの絆が切れてしまって、もう会えないと泣きじゃくっていても。
(…前のぼく、ソルジャーだったから…)
ああいう風に生きられたんだ、と驚かされる、その強さ。
死の瞬間まで、自分のことより仲間たちを思ったソルジャー・ブルー。
ハーレイの温もりを失くして独りぼっちでも。…もう会えないと涙を流していても。
立派すぎる、と思う前の自分の生き方。
あまりにも大きな、「ソルジャー・ブルー」という器。
長い長い時が流れた今でも、大英雄と称えられるだけのことはあるらしい。
(…前のぼくの器、大きすぎるよ…)
今のぼくにはとても無理、と痛感させられる前の自分の生きざま。
「ハーレイのケチ!」と膨れるどころか、恋さえ隠して宇宙に散った。
ハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで。…それでも仲間の無事を祈って。
(今のぼくだと、もう大騒ぎ…)
とてもメギドに飛べはしないし、ハーレイの側を離れるだなんて、とんでもない。
ミュウの未来など知ったことかと、追い求めそうな自分の幸せ。
(ソルジャーになんか、なれないよ…)
じきに膨れる今のぼくは、と思い知らされた「器」の小ささ。
自分では大きいつもりでいたって、ケチなハーレイを許せる程度。
前の自分とは比べようもなくて、うんとちっぽけになっているのが今の自分。
(…今のぼくの器、前のぼくの半分にだって足りないよ…)
百分の一でもまだ駄目だ、と思うけれども、億分の一にも足りなさそうなのだけれど。
今は平和な時代なのだし、この器でもいいのだろう。
ケチなハーレイにプンスカ怒って、「許してあげた」と大満足な自分でも。
きっと「今」には似合いだから。
ちっぽけな器になってしまっても、今の平和な時代だったら充分、大きな器だから…。
今のぼくの器・了
※チビだけど器は大きいんだから、と考えていたブルー君。「ハーレイだって許せるよ」と。
けれども、ソルジャー・ブルーだった頃と比べたら…。ちっぽけな器で、今にお似合いv
(またしてもケチと言われちまったが…)
ブルーのヤツに、とハーレイが浮かべた苦笑い。
恋人の家に出掛けた日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
今日も小さなブルーに言われた、「ハーレイのケチ!」という文句。
頬っぺたをプウッと膨らませて。桜色をした唇だって、ツンと尖らせていたブルー。
「キスは駄目だと言った筈だが?」と断った時の、お決まりのコース。
プンプン怒って膨れっ面で、そう簡単には直らない機嫌。
(しかし、ケチだと言われてもだ…)
俺はケチではないんだが、と心外な気分。とうに慣れてはいるけれど。
キスをしないのはブルーのためだし、けして「ケチっている」わけではない。
ブルーを大切に思っているから、キスをしないのが今の自分。
(俺の心が広いからこそ、キスをしないでいられるんだぞ?)
あいつ、全く分かっちゃいない、と思うのがチビの恋人のこと。
キスを断ったら膨れっ面で、文句たらたらの小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれどもブルーは、小さくなって帰って来た。
十四歳にしかならない子供に、今の自分が通う学校の教え子として。
(それでもあいつは、俺のブルーで…)
愛おしい気持ちに変わりはないから、最初の頃には途惑いもした。
前のブルーと、今のブルーが重なって。…思わず重ねてしまいそうになって。
(…ウッカリ重なっちまったら…)
何をしでかすか分からないぞ、と生まれた不安。
小さなブルーはまだ子供なのに、前のブルーと同じに扱い、自分のものにするだとか。
(あいつの家なら、その心配は無いんだが…)
監視の目が無い自分の家だと、なんとも心許ない話。
何かが起こってからでは遅いし、ブルーを家から遠ざけた。
「前のお前と同じ背丈になるまでは来るな」と、家に遊びに来ることを禁じて。
それが一番安全な策で、ブルーのためでもあるのだから、と。
今ではチビのブルーの姿に、前のブルーは重ならない。
ブルーは今の身体に馴染んで、すっかり子供になったから。
見た目そのままの十四歳の子供、こちらの方でも余裕たっぷり。
「キスは駄目だと言ったがな?」とピンと額を弾いてみたり、膨れた頬を手で潰したりと。
「ぼくにキスして」と強請ったブルーに、「ハーレイのケチ!」と睨まれる度に。
けれどケチではない自分。キスを断るのはブルーのため。
(何もかも、あいつを思えばこそで…)
心の広い俺は「ケチ」呼ばわりに甘んじてるんだ、と誇りたい自分の心の広さ。
小さなブルーを見守り続けて、キスもしないでいる自分。
(俺の器が大きいからだな)
最初はブルーを家から遠ざけたりもしたのだけれども、きっと今なら大丈夫。
ブルーが遊びにやって来たって、快く迎えてやれるだろう。
「間違いが起こるかもしれない」などと不安がらずに、「ゆっくりして行け」と。
家に泊まりにやって来たって、ゲストルームに案内して…。
(お前のベッドは此処だからな、と教えてやって…)
ブルーが荷物を置いた後には、ダイニングやリビングで楽しく会話。
食事も作って食べさせてやるし、夜になったら「先に入れ」とバスルームも譲る。
お風呂にゆっくり浸かったブルーが、ホカホカと温まった身体で戻って来ても…。
(いい湯だったか、と訊いてだな…)
「俺も入るか」と立ち上がるだけで、けしからぬ気持ちは起こさない。
ブルーの方から仕掛けて来たって、「ぼくにキスして」と言ったって。
(うん、実に心が広いってな)
俺の器は大きいんだ、と今の自分に満足な気分。
ブルーは「ケチ!」と怒るけれども、けしてケチではない自分。
広い心でブルーを見守り、キスさえしないで、「ケチ」呼ばわりにも動じない。
もしも器が小さかったら、今頃はきっと誘惑に負けて…。
(あいつにキスして、家に誘って…)
道を踏み外しているだろうな、と容易に想像できること。
小さなブルーに夢中で溺れて、前のブルーのように扱ったに違いない、と。
幸いなことに、大きかった器。
ブルーに何度誘惑されても、けして誘いに乗らない自分。
(でもって、今じゃチビの子供にしか見えなくて…)
ちゃんとそのように扱っている、と思っているのに、ブルーにはケチに見えるらしい。
今日も言われた、「ハーレイのケチ!」。
(俺の器が小さかったら、あいつ、大変なことになってるぞ?)
前のブルーと同じに扱われて、恋人同士の行為に付き合わされて。
チビのブルーは心も身体も子供なのだし、前のブルーのようにはいかない。
ブルーが欲しがる唇へのキス、ただ唇を重ねるだけならまだいいとしても…。
(あいつが言ってる、本物のキスは…)
今のブルーには早すぎる。
それを贈れば、きっとブルーは逃げ出すだろう。生理的にとても耐えられなくて。
「何をするの!」と悲鳴を上げて、抱き締める自分の腕をほどいて。
(キスだけでも、その有様だしな?)
ブルーが夢見る「本物の恋人同士の時間」となったら、泣き叫ぶだろう小さなブルー。
「やめて!」と叫んで、「誰か助けて」とバタバタ暴れて。
そうなることが分かっているのに、小さなブルーは「分かっていない」。
前のブルーの記憶があるから、そっくり同じブルーのつもり。
一人前の恋人気取りで「ぼくにキスして」で、その先のことまで狙うのがブルー。
(まったく、あいつは…)
分かっちゃいない、と零れる溜息。
「俺の器が小さかったら、お前は酷い目に遭ってるんだが?」と。
そうとも知らずにケチ呼ばわりとは、本当に幸せなチビで子供だ、と。
(チビのあいつに分かれと言っても無理なんだろうが…)
今のブルーがどれほど恵まれているか、「器の大きな恋人」のお蔭で助かっているか。
無理やりキスをされはしないし、組み伏せられて襲われもしない。
おまけに「ぼくにキスして」と強請っていたって、叱られるだけで済むブルー。
これ幸いとキスをされたら、ブルーは酷い目に遭うというのに。
チビの子供には早すぎるキスに、それこそ縮み上がって震えて。
そうはならずに平和に暮らしているブルー。
チビだけあって我儘放題、「ハーレイのケチ!」とプンスカ膨れて。
(俺の器に感謝しろよ?)
心が広くてデカイんだから、と考えた所で掠めた思い。心に引っ掛かったもの。
「器だって?」と、その言葉が。
今の自分は器が大きい、と誇らしい気持ちでいたのだけれども、その自分。
確かに器は大きい方だし、それが自慢でもあるけれど。
(ガキの頃から、柔道と水泳で鍛えてたしな?)
上下関係が厳しい世界で育って来たから、自然と大きくなる器。
心技体を鍛える柔道の道では、器が小さくては大成できない。
「目標は高く、心は広く」と何度も言われて、そう心がけて、今の自分がいるけれど。
大きな器が自慢だけれども、その器。
(…前の俺に比べて、どうなんだ?)
あっちはキャプテン・ハーレイだぞ、と前の自分を思ってみる。
今に比べてどうだったのかと、「前の俺の器は、どうだったんだ?」と。
白いシャングリラを預かるキャプテン、器が小さいわけがない。
小さいようでは、誰もキャプテンに推しはしないし、務まりもしない。
(船の仲間が好き勝手なことを言ってても…)
いちいち怒って相手にしたなら、船はたちまちバラバラになる。
とにかくじっくり話を聞くこと、些細な喧嘩が起きた時にも、その情報を掴んだら。
船の雰囲気が悪くなる前に、「何があったんだ?」と当事者に会って。
(呼び出したんでは、素直に話しちゃくれないから…)
食堂で「隣、いいか?」と座ったりして、世間話のついでに愚痴や怒りを聞いた。
それも両方の言い分を。…片方だけに話を聞いても、中身が偏ってしまうから。
(きちんと聞いたら、どうするべきかを考えて…)
与えた的確なアドバイス。
行き違いがあるならそれを正して、悪い所があったというなら助言して。
謝りにくいと思っているなら、謝れる場を作ったりもして。
(うーむ…)
前の俺の方が偉くないか、と感じた今。
自分一人のことだけではなく、船の仲間の全てに気配り。
(俺が悪いってわけじゃなくても…)
時には「すまん」と詫びていた。
船の仲間たちに苦労をかけるような時には、不便を強いるような時には。
(あっちの方が遥かに上だな…)
今の俺の器じゃ務まらないぞ、と思わないでもない「キャプテン」。
けれど平和な時代なのだし、白いシャングリラも無い時代だから、今の器でいいのだろう。
チビのブルーに広い心で接する自分で、「器が大きい」と思う自分で。
今の自分に似合いの器がこれだから。
もう充分に大きな器で、チビのブルーの我儘も受け止められるから…。
今の俺の器・了
※今の自分の器の大きさ、それを誇りたかったハーレイ先生。「心が広い」と。
けれども器の大きさだったら、前の自分の方が上。そうは言っても平和な時代はこれで充分v
(本当にチビになっちゃったよね…)
今のぼく、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、仕事の帰りに寄ってはくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
学校での挨拶だけに終わって、残念な気持ちで迎えた夜。
(前のぼくだったら、昼間は全く会えなくたって…)
夜になったらハーレイに会えた。
前の自分が暮らした青の間、其処で待っていれば来たハーレイ。
ただし、恋人としてではなくて。…白いシャングリラを預かるキャプテン、船の最高責任者。
前のハーレイはキャプテンだったし、前の自分は皆を導くソルジャー。
(ソルジャーには報告が必須だから…)
よほど忙しい日を除いたら、夜には必ずハーレイが報告にやって来た。大真面目な顔で。
船のことやら、仲間たちのことやら、報告の内容は実に様々。
それが終われば、ようやくハーレイの仕事も終わる。キャプテンとしての一日が。
後は自由な時間になるから、報告を全て聞き終わったら…。
(キスして、夜食なんかも食べて…)
ゆっくりと恋人同士で過ごして、愛を交わして二人で眠った。青の間のベッドで。
けれど今では、キスさえも貰えない自分。
青い地球の上に生まれ変わって、新しい命と身体を貰って、ハーレイと巡り会えたのに。
(ぼくがチビだから、ハーレイはキスもしてくれなくて…)
もちろん一緒に暮らせもしなくて、夜はいつでもポツンと一人。
こうしてベッドに座っていたって、ハーレイが訪ねてくるわけがない。
きっと今頃は、何ブロックも離れた所にある家で…。
(コーヒーを淹れて、書斎でのんびり…)
でなきゃリビングかダイニングだよ、と思い浮かべるハーレイの姿。
本のページをめくっているのか、覚え書きだという日記でも書いている最中か。
小さな恋人のことなど忘れて、一人の時間を楽しみながら。
きっと忘れているんだから、と悔しい気持ちに包まれる。
もしも自分がチビでなければ、今頃は一緒だった筈。二人きりの家で。
(ハーレイがお風呂に入っていたって、待ってれば…)
その内に上がってくるのだろうし、「待たせてすまん」と貰えるキス。
甘くて幸せなキスを交わして、けして側から離れはしない。
ベッドで愛を交わした後には、ハーレイの逞しい腕に抱かれて眠るだけ。朝まで、ぐっすり。
(うーん…)
チビに生まれたのが悪かったよね、と思っても「今」は変わらない。
生まれた年も変わりはしないし、凄い速さで育つのも無理。
(もうちょっと早く生まれていたら…)
四年くらい、と折ってみる指。
それだけ早く生まれていたなら、今の自分は十八歳。
(ちゃんと結婚できる年だし、身体も育っていそうだし…)
前の自分と同じ背丈に育っていたなら、ハーレイはキスをくれた筈。
子供向けの頬や額に贈るキスの代わりに、唇と唇を重ねるキスを。
プロポーズだってして貰えるから、とうに結婚して同じ家で暮らしていただろう。
この家でポツンと一人ではなくて、ハーレイの家に部屋を貰って。
(ハーレイが仕事に行ってる間は、自分の部屋とかリビングで過ごして…)
夜はハーレイの側を離れず、眠る時にも同じベッドで。
一人の時間があるとしたなら、ハーレイがお風呂に入る時くらい。
(日記を書く時も、追い出されちゃうかもしれないけれど…)
書斎からポイと放り出されて、「まだ終わらないの?」と待たされる時間。
前のハーレイも何度も言っていたから、航宙日誌を書いていた時に。
「俺の日記だ」と大きな身体で隠してしまって、読ませて貰えなかった「それ」。
あれと同じで、今の日記も駄目かもしれない。
「何を書いてるの?」と覗こうとしても、「俺の日記だ」と隠されて。
書く時は書斎から放り出されて、独りぼっちで待たされる。…書き終えるまで。
「覗くなよ?」と何度も念を押されて、書斎には入れない時間。
けれど終わったら、また二人きりで過ごせる時間がやって来るのが毎日の夜。
自分がチビの子供でなければ、手に入った筈の幸せな時間。
もっと大きく育っていたら、と考える内に気が付いた。
(…前のぼくだって、最初はチビ…)
年はハーレイよりも上だったけれど、身体は見事にチビだった自分。心の方も。
成人検査でミュウと判断され、アルタミラの檻で過ごした日々。
話相手など誰もいなくて、繰り返された過酷な人体実験。
生きていたって希望など無いし、見えることさえ無かった未来。
(大きくなっても、いいことなんか何も無いから…)
無意識の内に止めた成長。心も身体も、成人検査を受けた時のままで。
だからハーレイと出会った時には、今と変わらない姿の子供。
(本当にチビで、中身も子供で…)
ハーレイたちが育ててくれたけれども、本当の年は船の誰よりも上だった。
今のハーレイと自分の年の差どころか、もっと開いていた互いの本当の年。
(あんな風に、ぼくが年上だったら…)
生まれ変わった今の自分が年上だったら、どんな風になっていたのだろう?
ハーレイよりも先に生まれて、ハーレイと再会したならば。
(…今のぼくたちの年の差、そのまま逆様だったなら…)
自分の方は三十八歳、ハーレイが十四歳になる。
再会した時の年でいくなら、ハーレイの誕生日はまだだったから…。
(ぼくが三十七歳で…)
ハーレイが十四歳の子供で、と今の自分たちに置き換えてみる。
チビの自分は前と同じに育った姿で、学校の教師。…何の教科かは知らないけれど。
新しい赴任先で入った教室、其処にいるのが生徒のハーレイ。
(…ハーレイなんだ、って分かった途端に…)
右の瞳や両肩から溢れ出す鮮血。前の自分がメギドで撃たれた時の傷痕。
聖痕の痛みは、育っていたって耐えられるものではないだろうから…。
(ぼくは気絶で、ハーレイの方はきっとビックリ仰天で…)
記憶を取り戻して駆け寄って来ても、生徒のハーレイに出来るのは其処まで。
救急車に一緒に乗れはしないし、教室に置いてゆかれるだけ。不安で一杯の心を抱えて。
なんだか大変、と思ったハーレイとの出会い。
自分の方が年上だったら、再会したって今よりも苦労しそうな感じ。
(ハーレイが病院に来ようとしても…)
生徒は学校を抜けられないから、放課後まで外に出られはしない。
それにハーレイなら、放課後はクラブ活動だろう。柔道か、それとも水泳なのか。
(どっちも、勝手に帰れないから…)
クラブが終わるまでは校門を出られず、その時間には救急搬送された自分も帰宅している。
聖痕は本物の傷とは違って、要はショックを引き起こすだけ。
意識が戻れば、大人だったら早く退院できるだろう。「家で様子を見て下さい」と。
学校は暫く休むにしたって、多分、必要ない入院。
(家に帰って、ベッドで寝てたら…)
ハーレイが訪ねて来るのだろうか、学校で家の住所を聞いて。
チャイムの音で目を覚ましたら、「ブルー先生?」と表に立っているハーレイ。
(着替えて、表に出て行って…)
ハーレイを家に招き入れたら、お茶とお菓子を出すのだろうか。
「よく来てくれたね」と、前の自分のような口調で。
なにしろハーレイは子供なのだし、自分の方は大人で教師。
(…「ただいま、ハーレイ」なんて、言えないよね?)
いくらハーレイが恋人でも。…遠く遥かな時の彼方で、共に暮らした人であっても。
十四歳にしかならないハーレイ、きっと姿も少年のそれ。
(今のぼくよりかは、大きくっても…)
大人の自分に敵いはしないし、顔立ちだって子供の顔。
前のハーレイの少年時代を、前の自分は知らないけれど。…今の自分も話に聞くだけ。
運動が好きな悪ガキだった、と今のハーレイの少年時代を。
ヤンチャで悪ガキだったハーレイ、それでも「子供」には違いない。
「ただいま、ハーレイ」と告げられたって、途惑うだろう子供のハーレイ。
「帰って来たよ」と微笑み掛けても、ハーレイはきっと困ってしまう。
だから言えない、そんな言葉は。…今のハーレイに自分が告げた言葉は。
「久しぶりだね」とでも言うしかなくて、抱き合えもしない。…ハーレイが子供だったなら。
出会いからして大変な上に、再会した後も厄介そうな「年が逆様だった」時。
前の自分はそれよりも遥かに上だったけれど、姿も中身もチビだったから…。
(ハーレイから見たら、チビの子供で…)
年上なのだと知った後にも、それまでと変わらず接してくれた。
「お前、子供でチビだしな?」と、大きな手で頭を撫でてくれたりもして。
ところが平和な今の時代に、自分の方がハーレイよりも早く生まれて来てしまったら…。
(ぼくがハーレイの面倒を見るわけ?)
少なくとも学校では教師と生徒で、ハーレイを指導する立場。
学校の外で会うにしたって、ハーレイの姿が前と同じにならない内は…。
(甘えるどころか、ぼくがハーレイを連れて歩いて…)
休日ともなれば食事だろうか、「御馳走するよ」と店に出掛けて。
「早く大きくならなきゃね?」と、ハーレイの食べっぷりに感嘆しながら。
(…それって、先生としてはどうなの?)
未来の恋人を早く育てようと、休日の度に御馳走するなんて。
「もっと食べていいよ」と、食の細い自分は笑顔で見守り続けるだけで。
(…ハーレイがちゃんと育ってくれないと、キスをする気にもなれないし…)
なんとも困った、と思うものだから、今の年の差でいいのだろう。
チビの自分は部屋にポツンと一人きりでも、ハーレイに忘れ去られていても。
互いの年が逆様だったなら、どうやら悲劇らしいから。
どちらかがチビになるのだったら、今の自分がチビだった方が、きっと幸せなのだろうから…。
逆様だったなら・了
※ハーレイ先生よりも、自分の方が年上だったら、と考えてしまったブルー君。今の年の差で。
教師と生徒で再会したなら、なんとも大変そうな日々。ブルー君がチビの方が幸せですv
