(今は文字通りにチビなんだよなあ…)
本当にチビになっちまった、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ブルーは帰って来てくれたけれど、十四歳にしかならない子供。
(前のあいつも、出会った時にはチビだったんだが…)
見た目も中身もチビだったが、と思うけれども、前のブルーは前の自分よりも遥かに年上。
アルタミラの檻で暮らす間に成長を止めていたというだけ。
(あいつが生まれた年を聞いたら、俺が生まれるよりも昔の話で…)
とても驚いたブルーの生まれ。「こいつ、年上だったのか」と。
けれどブルーは心も身体も子供だったし、皆がそのように扱った。
成人検査を受けた時のままで止まった成長、心も身体もしっかり育ててやらねば、と。
(そうして大きく育ったわけで…)
美しく気高く育ったブルーは、今の時代も高い人気を誇っている。その美貌で。
本屋に行ったら、ソルジャー・ブルーの写真集が幾つも並ぶくらいに。
(あの姿のあいつに会えるまでには、まだまだかかるぞ)
年単位でな、と分かっているから、けして焦りも急かしもしない。
前のブルーは子供時代の記憶を失くして、何も覚えていなかったから。
養父母も育った家も忘れて、そのまま戻りはしなかった記憶。
前のブルーが失くした子供時代の分まで、今のブルーには幸せに生きて欲しいと思う。
子供らしい日々を、我儘たっぷりに。
(ちょいと我儘が過ぎる時も多いが…)
強請られてもキスは駄目だからな、と膨れっ面のブルーを頭に描いた。
何かと言えば「ぼくにキスして」と強請るのがブルー、何度「駄目だ」と叱っても。
叱り付ける度に膨れっ面になって、「ハーレイのケチ!」と尖らせる唇。
我儘の最たるものだけれども、そんなブルーも愛おしい。
「今はチビだな」と思うわけだし、子供ならではの我儘だから。
すっかりチビになった恋人、今の自分よりも遥かに年下。
こちらは今は三十八歳、ブルーはたったの十四歳。
(見た目通りの年の差だよなあ…)
ブルーに出会って「年を取るのをやめにした」から、三十八歳くらいの姿の自分。
上手い具合に、前の自分と丁度そっくり同じ顔立ち。
(あいつは今から育っていくから、年の差は縮んでいくんだが…)
俺の方が二十歳以上も年上だってか、と思った所でハタと気付いた。
前の自分とブルーとの差は、それどころではなかったような、と。
シャングリラで暮らした誰よりも早く、寿命を迎えてしまったブルー。
病死した仲間もいたのだけれども、ブルーの寿命はそれとは違った。
長い年月を生きた肉体、それが限界を迎えただけ。…病気などとは無関係に。
(…あいつが弱り始めた時にも、前の俺はピンピンしていたし…)
ゼルもヒルマンも実に元気で、誰も迎えていなかった寿命。肉体が衰え、滅びゆく時。
けれどブルーの身体は弱って、消えかかっていた命の灯。
そのくらいにブルーは皆より年上、前の自分よりもずっと年上。
今でこそ、チビに生まれたけれど。
姿そのままにチビの子供で、十四歳にしかならないけれど。
(年だけだったら、前とは逆になっちまうのか…)
俺の方が年上なんだから、と「見た目通りの年の差」を本当に嬉しく思う。
今度こそブルーを守ってやれるし、名実ともに保護者の立場になれるのだから。
いつかブルーと結婚したって、保護者は自分。ブルーを守ってやるべき夫。
(あいつは俺の嫁さんだしな?)
誰が見たって俺が保護者だ、と言い切れるけれど、そのブルー。
年下に生まれた今のブルーが、前と同じに年上だったら、どうなっていたか。
前ほどの差は無かったとしても、今の自分と逆だったなら、と。
(俺とブルーが逆様だったら…)
前の通りに生まれていたなら、ブルーの方が年上になる。
年の差をすっかり逆にするなら、出会った時にブルーが三十七歳ということで…。
俺が十四歳になるのか、と見開いた瞳。「とんでもないぞ」と。
もしもブルーが年上だったら、出会いからして違ってきそう。
教師と教え子として出会ったけれども、それをそのまま使うなら…。
(俺が十四歳で、ある日、教室に座っていたら…)
新しく赴任して来た教師のブルーが、その教室に入って来る。
何の教師かは謎だけれども、教科書や出席簿を持って。教室の扉を静かに開けて。
(でもって、俺を見付けた途端に…)
ブルーが倒れてしまうのだろうか、右の瞳や両肩などから出血して。
チビのブルーと全く同じに、聖痕現象を引き起こして。
(…それで記憶が戻ってもだな…)
どうすりゃいいんだ、と途方に暮れる。
まるでその場に居合わせたように。十四歳の自分がブルーと出会ってしまったように。
(俺の方は記憶が戻るだけだが…)
教師のブルーは倒れてしまって、酷い騒ぎになるだろう教室。
保健委員の生徒がいたって、指図すべき教師が床に倒れているのでは。
(…俺が保健委員ってことは無いからな…)
その手の委員は引き受けていない。もっと活動的な役目ばかりをしていたから。
つまり自分の出番ではなくて、「俺が先生を呼んで来る!」とは言えない立場。
(救急隊員がやって来たって…)
生徒の自分は救急車に一緒に乗れはしないし、運ばれてゆくブルーを見送るだけ。
思い出した膨大な記憶を抱えて、ブルーへの想いと心配と不安を抱え込んで。
(ブルー先生はどうなったんですか、と訊きに行こうにも…)
休み時間まで待つしかなくて、「無事だ」と教えて貰っても…。
(学校が終わって、放課後になるまで…)
見舞いに行くことも出来ない始末で、しかも放課後は部活の時間。
水泳にしても、柔道にしても、日々の練習が欠かせない。
終わってから病院に出掛けて行っても、ブルーは退院した後だろう。
聖痕は身体に傷を残さないし、ショックで倒れただけのこと。
落ち着いたと分かれば、大人のブルーは直ぐに退院。小さなブルーの時と違って。
きっと家へと帰ってしまって、もう病院のベッドにはいない。大急ぎで辿り着いたって。
(そうなってくると…)
ブルーの家に行くしかないのだけれども、十四歳にしかならない自分。
あまり帰宅が遅くなったら、家で心配するだろう両親。
(通信を入れて、遅くなるから、と言うにしたって…)
そうやってブルーの家に行っても、何の役にも立たない自分。
ブルーと昔話は出来ても、聖痕現象で疲れただろうブルーのためには何も出来ない。
看病はもちろん、キッチンを借りて何か料理を作りたくても…。
(ブルーが困るだけだよな?)
前の自分たちのことはともかく、今は教師と教え子の二人。
見舞いに来てくれた学校の生徒に、食事を作らせるなど言語道断。
(あいつがベッドで寝込んでたって…)
サッと着替えて起きて出て来て、家に迎え入れてくれるのだろう。
「もうすぐ夕食の時間になるから、食べて行くかい?」と優しい笑顔で。
そしてキッチンで夕食の支度を始めるブルー。
「前の君ほど、料理は上手くないんだけどね」と、苦笑しながら二人分を。
出来上がったら「どうぞ」と呼ばれる食卓、食器などもきちんと並べてくれて。
(うーむ…)
感動の再会はどうなったんだ、と頭を抱えたい気分。
ブルーが外見の年を止めていたって、中身はとうに三十七歳。
もう充分に大人なのだし、十四歳の「ハーレイ」を前にしたって冷静だろう。
(…「ただいま、ハーレイ」も、「帰って来たよ」も無いってか?)
小さなブルーはそう言ったけれど、教師のブルーは言いそうにない。
遠い昔に「ソルジャー・ブルー」だった頃のように、ふわりと笑んで…。
(また会えたね、とか、「久しぶりだね」とか…)
それから右手を差し出すだろうか、握手しようと。
前の生の最後に凍えた右手に、また温もりを戻そうとして。
「キースに撃たれた」ことは言わずに、何気ないふりで、ごく自然に。
子供の姿になった恋人、教え子の恋人に心配などはかけられない。
きっとブルーならそうするのだろう、悲しすぎた前のブルーの最期を秘密にして。
それでは駄目だ、と振った首。
今のブルーを守るどころか、逆に気を遣わせる「子供の自分」。
もしも逆様になっていたなら、そういう展開。
ブルーの方が年上だったら、自分が年下だったなら。
(俺が今と同じくらいの年に育ってたって…)
ブルーが若い日の姿を保っていたって、きっと成長している心。
年上として生きた年の分だけ、早く生まれて来た分だけ。
(…俺があいつを守ると言っても、噛み合わないぞ…)
色々な所でズレちまうんだ、と分かるから「今」に感謝する。
チビのブルーが「年下」に生まれて来たことに。…自分よりも遥かに幼いことに。
これが逆様だったとしたなら、とてもブルーを守れないから。
「逆様だったら厄介だよな」と、「我儘なチビでも、年下のブルーで良かったんだ」と…。
逆様だったら・了
※ブルー君との年の差が逆様になっていたら、と思ったハーレイ先生。年上になったブルー君。
前の生では本当に年上だったんですけど、今だと少し困ったことになりそう。年下が一番v
(ハーレイのことは好きなんだけど…)
ちゃんと愛しているんだけれど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
この部屋で二人でゆっくり過ごして、夜は両親も一緒に夕食。
それは幸せな日だったけれども、こうして部屋で一人になったら…。
(…ハーレイ、今日も酷かったよね?)
とっても意地悪、と思い出してしまう昼間の出来事。
二人きりの時間にキスを強請って、いつもと同じに断られた。「キスは駄目だ」と。
「俺は子供にキスはしないと言ってるよな?」と、鳶色の瞳で睨まれて。
お決まりの言葉で、ハーレイときたら、そればかり。…恋人がキスを頼んでも。
どんなに「キスして」と強請ってみたって、まるで取り合ってはくれないハーレイ。
前の生からの恋人同士で、再び巡り会えたのに。
青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(本当にケチで、うんと意地悪なんだから…)
あれでもホントに恋人なの、とプウッと頬を膨らませる。
ハーレイは此処にいないけれども、昼間にやって見せていたように。
キスを断られてプンスカ怒って、膨れっ面になっていたように。
(この顔だって、ハーレイ、苛めてくれるんだから…)
今日もやられた、と意地悪なハーレイの手の感触が蘇る。両の頬っぺたに。
褐色の肌の大きな両手で、ペシャンと押し潰された頬。プンプン怒って膨れていたら。
(頬っぺたを潰して、笑って、ハコフグ…)
あれだって酷くて意地悪だよ、と尽きない不満。
何処の世界に、恋人の頬を押し潰すような酷い輩がいるだろう?
しかもペシャンと潰した後には、その顔を眺めて可笑しそうに笑う。「ハコフグだな」と。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、「お前、ホントにそっくりだよな」と。
似てはいないと思うハコフグ。
尖った唇がトレードマークの、ちょっと四角いフグなんて。
頬っぺたを潰される前の顔だって、フグなんかとは似てもいないと思うのに…。
(ハーレイ、いつもフグって言うし…)
おまけにハコフグ、恋人の頬を自分の両手で押し潰して。
まるでこの顔で遊ぶみたいに、「フグだよな?」と面白がっては「ハコフグ」にして。
(どうして、あんなに意地悪なわけ…?)
前のハーレイなら苛めなかった、と時の彼方に思いを馳せる。
恋人同士になった後にはもちろん、その前だって一度も苛められてはいない。
前の自分がチビだった頃も、今とそっくりだった頃にも。
(そりゃ、本当の年はハーレイよりもずっと上だったけど…)
アルタミラの檻で心も身体も成長を止めて、長く暮らした前の自分。
未来に希望を持てはしなくて、育ったとしても「いいこと」は何も起こらないから。
繰り返される過酷な人体実験ばかりの日々では、未来など思い描けないから。
(自分では意識していなかったけど…)
成人検査を受けた時のまま、止まった成長。身体も、中身の心の方も。
だからハーレイと出会った時にも、姿と同じにチビだった。
今の自分と変わらないチビで、アルタミラから脱出した後の船の中では…。
(ぼくだけがチビで、みんなは大人だったから…)
どうすればいいのか分からないまま、ハーレイの後ろをついて歩いた。
親鳥を追い掛ける雛鳥みたいに、何処へ行くにも。
ハーレイの方でも承知だったし、いつも面倒を見てくれた。
船の中で出来た友達などには、「俺の一番古い友達だ」と言って紹介してくれて。
「サイオンは強いが、まだ子供だから」と、前の自分を守ってもくれた。
ただ一人きりのタイプ・ブルーを恐れる仲間もいたものだから。
(俺の友達だから大丈夫だ、って…)
ハーレイが保証してくれたお蔭で、怖がる者は無くなった。
見た目通りのチビの子供で、少しサイオンが強いだけだ、と安心して。
「ハーレイの一番古い友達なら、怖がらなくても大丈夫」と。
そんな具合に、親切だった前のハーレイ。
チビだった前の自分を苛めるどころか、守ってくれてさえもいた。
不安がる船の仲間たちから、「タイプ・ブルー」を恐れた者たちから。
(前のハーレイは、とても優しくて…)
持ち場にしていた厨房に行けば、あれこれと試食させてもくれた。
「何が出来るの?」と覗き込んだら、「食ってみるか?」と向けられた笑顔。
「すぐに出来るから、其処で待ってろ」と、手早く仕上げた試作品の料理。
皿にちょっぴり取り分けてくれたり、スプーンで掬って渡されたり。
(とっても美味しかったんだよ…)
前のハーレイの自信作。
試作品でも、検討してから作るから。データベースの資料やレシピを参考に。
「美味いか?」と訊かれて「うん」と頷いたら、追加を貰えたこともしばしば。
「お前は食が細いからな」と、「少しずつでも食っておくのが一番だ」と。
何度も貰った試作品の料理。ハーレイが目の前で仕上げた料理。
(前のぼくは何度も食べられたのに…)
すっかり変わってしまった今。
青い地球の上で巡り会ったら、ハーレイはケチになっていた。
唇へのキスをくれないどころか、今のハーレイが作る料理も…。
(一つも御馳走してくれないんだよ!)
ハーレイが言うには、「俺が手料理を持って来たなら、お母さんが困っちまうだろ?」。
客の立場でそれは出来ない、と断られてしまった「手料理のお土産」。
家で色々作っていたって、試食させてはくれないハーレイ。
作って貰える料理と言ったら、「野菜スープのシャングリラ風」だけ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイがそれを作ってくれた。
何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
今でもレシピは変わらないけれど、作って貰える時の条件まで変わらない。
学校を休んで寝込んだ時だけ、ベッドの住人になった時だけ。
それ以外では、一向にお目にかかれない。
ハーレイは料理が得意らしいのに、「野菜スープのシャングリラ風」にさえも。
手料理もキスもくれないハーレイ、なんともケチになった恋人。
その上、苛められたりもする。
今日みたいに頬っぺたをペシャンと潰して、「ハコフグだな」などと笑ったりして。
(ケチだし、酷いし、おまけに意地悪…)
あれでも本当に恋人だろうか、あんなにケチで酷いのに。…意地悪なのに。
前の自分になら、いつも優しくしてくれたのに。苛めはしないで、守ってくれて。
(…同じハーレイなんだけど…)
見た目は変わらないんだけれど、と悲しい気分になったりもする。
意地悪になってしまった恋人、酷くてケチでキスもくれない。
キスを強請れば「俺は子供にキスはしない」で、断った後も苛めにかかる。
膨れっ面になった顔を「フグだ」と笑った挙句に、両手で潰してしまう頬っぺた。
そうやった時は「ハコフグ」になって、見る方は愉快らしいから。
やられた恋人が怒っていたって、ハーレイは少しも気にしない。
なにしろ意地悪で酷い恋人、可笑しそうに笑い続けるだけ。
ハコフグにされて不満たらたら、唇を尖らせている顔を。
前の生から愛し続ける恋人の顔を、笑って眺めて楽しむハーレイ。
(ホントのホントに酷いんだから…)
それに意地悪、とプウッと膨らませる頬っぺた。今ならハーレイも潰せないから。
この時間ならばきっとコーヒー、書斎かリビングか、ダイニングかで。
(ぼくを苛めたことも忘れて、きっとのんびり…)
傾けているだろうマグカップ。苦い飲み物をたっぷりと淹れて。
コーヒーが苦手な恋人のことも忘れてしまって、本でも読んでいるのだろうか?
(どうせ、そういう夜なんだから…)
うんと意地悪なハーレイだしね、と腹が立つけれど、ますます頬っぺたが膨れるけれど。
それでも思考が向いてしまうのが、その意地悪なハーレイのこと。
この時間ならどうしているかと、何をして過ごしているのだろうかと。
(だって、ハーレイなんだもの…)
いくら意地悪でケチになっても、酷い恋人になってしまっても、愛おしい人。
誰よりも好きな恋人なのだし、忘れていろという方が無理。…苛められた日でも。
(ハーレイが、ぼくを忘れてたって…)
すっかり忘れてコーヒー片手に読書中でも、そのハーレイに恋する自分。
前の生から愛し続けて、今も変わらず愛しているから、忘れるなんてとても出来ない。
「酷い」とプンスカ怒っていたって、「意地悪だよ」と頬を膨らませたって。
(やっぱり好きだし、ハーレイしか好きになれないし…)
悔しいよね、と思い浮かべる恋人の顔。
こんなに好きでたまらないのに、今も想っているというのに、意地悪な人。
ケチで酷くて、頬っぺたを潰しにかかる恋人。
けれどもハーレイのことが好きだし、どうにもならない。
「お返し」とばかりに忘れたくても、頭から消えてくれないから。
こうして膨れっ面の今でも、気になって仕方ないのだから。
(…ハーレイのことは、愛してるけど…)
誰よりも大切なんだけど、と尖らせた唇。「ハコフグだってかまわないや」と。
「愛してるけど意地悪だよね」と、「おまけにケチで酷いんだよ」と。
そうは思っても忘れられない、その意地悪な恋人の顔。
ケチで酷くても、誰よりも好きで大切な人。
愛しているから文句を言いたい、「酷すぎるよ」と。
「苛めないでよ」と、「ぼくはこんなに、ハーレイが大好きなんだから」と…。
愛してるけど・了
※ハーレイは意地悪になっちゃった、と不満たらたらのブルー君。おまけに酷い、と。
けれど忘れることも出来なくて、自分の部屋で膨れっ面。意地悪でも、誰よりも好きな恋人v
(あいつを愛しちゃいるんだが…)
嫌いだなんて言いやしないが、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーと過ごした休日の夜に、いつもの自分の家の書斎で。
夕食を御馳走になって来たから、帰宅してから淹れたコーヒー。
愛用のマグカップに熱いのをたっぷり、それを片手の時間だけれど。
(なんだって、今のあいつはだな…)
ああも我儘になっちまったんだか、と思い浮かべる小さなブルー。
今日は午前中から一緒だった人。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ブルーも自分も生まれ変わりで、遠く遥かな時の彼方で共に暮らした。
二人きりではなかったけれど。他に仲間が大勢いた船、恋さえ秘密だったのだけれど。
(前のあいつと言えばだな…)
それは立派で、皆の手本で…、と前の自分が愛したブルーを考える。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。白いシャングリラで生きたミュウたちの長。
ただの一度も、我儘など言いはしなかった。前のブルーは。
(アルタミラから、脱出した直後の船でもだ…)
まだソルジャーではなかった頃でも、ブルーは我儘を言ってはいない。
今と同じにチビだったブルー。
本当の年はともかくとして、ブルーの中身はチビだった。見た目そのままに少年で。
閉じ込められていた檻の中では、心も身体も、長く成長を止めていたから。
(今のあいつとそっくりにチビで…)
子供だったが、我儘などは一回も…、と今も鮮やかに覚えている。
少年の姿をしていた前のブルーが、あの船でどう生きたのか。
(もうすぐ食料が尽きちまうんだ、って話したら…)
皆が飢え死にしないようにと、ブルーは船から飛び出して行った。たった一人で。
そして奪って戻った食料、人類の輸送船を見付けて其処の倉庫から。
奪った物資で皆が暮らし始めて、初期の頃には食材が偏ったこともしばしば。
ジャガイモだらけのジャガイモ地獄に、キャベツだらけのキャベツ地獄だって。
愚痴を零す仲間も多かったけれど、ブルーはいつでも素直に食べた。どんな食事でも。
あの頃のあいつはそうだったんだ、とブルーの笑顔を思い出す。
まだキャプテンなどいなかった船で、前の自分は厨房担当。
偏った食材をせっせと調理し、「文句があるか!?」と皆に食べさせていた。
「これでも昨日のとは変えてあるんだ」と、「食材は全く同じだがな!」などと。
いくら工夫を凝らしてみたって、同じ食材では限界がある。
皆の不満も仕方ないことで、それは分かっていたのだけれど…。
(前のあいつは、文句の一つも言わないで…)
ジャガイモ地獄もキャベツ地獄も、明るい笑顔で付き合ってくれた。
時には「ごめんね」と謝りながら。
「ぼくが色々と奪っていたなら、食材、偏っていなかったのにね」と。
謝られる度に「何を言うんだ」と返した自分。「お前の安全が第一だろうが」と。
危険を冒して奪うことはないと、ジャガイモ地獄やキャベツ地獄で充分だからと繰り返して。
食料があれば生きてゆけるし、もうそれだけで幸せなこと。
文句を言う者が現れるのも、船が平和な証拠だから。
(アルタミラの檻じゃ、食事どころか餌と水だぞ?)
それしか食えなかったじゃないか、と皆を睨んでも、一度覚えた楽な暮らしは癖になる。
食事は色々な食材があって、調理方法も味付けも豊かで、美味しく食べて当然のもの。
そういうものだと思ってしまえば、それが無くなったら不満な者も出てくるだろう。
けれどブルーは文句どころか、「美味しいね」と笑顔で頬張ってくれた。
ジャガイモだらけの日が続こうが、キャベツまみれの毎日だろうが。
(どれも美味しい、って言ってくれてだな…)
ずいぶんと励みになったもの。
他の仲間が何と言おうが、ブルーが笑顔で食べてくれたら。
「お昼に食べたのと、ちょっと違うね」と、工夫に気付いてくれたなら。
(…前のあいつは、そういうヤツで…)
同じチビでも、まるで違うぞ、と思ったブルーの中身のこと。
なにしろ今のブルーときたら、本当に我儘放題のチビ。
我慢という言葉は知っていたって、少しも我慢しようとしない。
幸せ一杯に育ったお蔭で、今のブルーはとびきり我儘。…前に比べて。
そうなっちまった、と今日のブルーを思う。
ブルーの家に出掛けて行ったら、また炸裂したブルーの我儘。
キスは駄目だと言ってあるのに、「ぼくにキスして」と強請ったブルー。
もちろん「駄目だ」と断ったけれど、ブルーが納得するわけがない。
たちまちプウッと膨れた頬っぺた、尖ってしまった桜色の唇。「ハーレイのケチ!」と。
(いったい何回、アレを言われたやら…)
今じゃすっかりお馴染みなんだ、と耳が覚えている言葉。不満そうな響きの声と一緒に。
「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、赤い瞳で睨み付けるブルー。
悪いのはブルーの方だというのに、まるでこちらが悪いかのように。
(俺は子供にキスはしない、と何度も説明してあるんだがな?)
それも聞かない我儘なヤツ、と今のブルーの我儘っぷりに呆れるばかり。
キスを断ったら不満たらたら、「ケチだ」と文句で膨れっ面。
命に関わることでもないのに、キスが無くても飢えて死んだりしないのに。
膨れっ面など、前のブルーは一度もしてはいないのに。
(ジャガイモ地獄だの、キャベツ地獄だのと比べたら…)
今の暮らしは天国だろうが、と思うけれども、その「天国」が我儘なブルーを作った。
優しい両親と暖かな家と、何の不自由も無い暮らし。
十四年間もそれを続けていたなら、今のようにもなるだろう。
「欲しいもの」は何でも手に入るのだし、する必要すら無い我慢。
たまに小遣いを切らしていたって、両親に頼めばきっと補充をして貰える筈。
そうでなければ、代わりに買って来てくれるとか。
(シャングリラの写真集がソレだよなあ…)
俺が持ってるのとお揃いだが、とチラと本棚に目を遣った。
白いシャングリラの姿を収めた豪華版。
下調べをして出掛けた本屋で、「やはり買おう」と決めたそれ。
買うなりブルーに教えてやって、「お前が買うには少し高いが…」とも付け加えたけれど。
ブルーの両親なら、きっと買い与えてくれる筈だと考えた。
可愛い一人息子のためなら、喜んで。
案の定、ブルーは買って貰って、持っている。「ハーレイの本とお揃いだよ」と。
そんな具合で我儘放題、我慢を知らない小さなブルー。
あれでも我慢はしているだろう、と思ってはみても、前のブルーと比べたら…。
(我慢のガの字も無いってくらいで…)
少しも我慢しないんだ、と頭が痛くなってくる。
これから先も、いったい何度聞くことだろう。「ハーレイのケチ!」と。
膨れっ面を何度目にするのだろう、プンプン怒っているブルーの顔を。
(フグみたいだから、可愛いんだが…)
今ならではの顔なんだが、と思考を別の方へと向けた。
我儘一杯に育ったブルーを、前の自分は見ていない。
アルタミラの檻で心も身体も成長を止めて、希望さえも失くしていたブルー。
人としてさえ生きられなかった辛すぎた日々が、前のブルーから奪った「我儘」。
檻で我儘など言えはしないし、その中で長く生きる間に、ブルーが失くしてしまった未来。
「こうしたい」だとか、「こうなればいい」とか、そういった夢も全て失くした。
其処から再び歩み出しても、もう「我儘なブルー」は出来ない。
すっかり我慢に慣れてしまって、欲しいものなど無いのだから。
たとえ「欲しい」と思ったとしても、「手に入ればいいな」と考える程度。
何が何でも手に入れたい、と我儘を炸裂させはしなくて、せいぜい努力してみるくらい。
「こうすれば手に入るのかな?」と、仲間たちに迷惑が掛からないよう、控えめに。
(前のあいつは、そうだったから…)
我儘なブルーは「いなかった」。シャングリラの何処を探しても。
三百年以上も共に暮らしても、そんなブルーに会ってはいない。ただの一度さえも。
(そいつを思えば、我儘で膨れっ面のあいつも…)
うんと可愛くて好きなんだが、と思った所へ、耳に蘇った「ハーレイのケチ!」。
小さなブルーの愛らしい声で、まだ声変わりをしていない声で。
(…しかし、ケチだと言われるのは、だ…)
実に不本意で心外なんだ、と傾けるコーヒー。「俺はあいつのためを思っているのに」と。
ブルーの幸せを思っているから、子供の間は子供らしく。キスなどしないで。
なのにブルーは「ケチ!」ばかりだから、溜息だって零れてしまう。
「愛してるんだが、我儘なヤツ」と、「そんな所も、纏めて愛してるんだがな」と…。
愛しているが・了
※前のブルーは我儘なんかは言わなかった、と思うハーレイ。我慢することに慣れてしまって。
ところが今のブルー君は我儘放題なわけで、零れる溜息。それでも愛してるんですけどねv
(王子様かあ…)
前のぼくならそうなんだけどな、とブルーの頭に浮かんだ言葉。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
その人のことを想うつもりが、どうしたはずみか「王子様」と、ポンと。
(んーと…)
王子様と言えば王族、王様と王妃様との子供。
お伽話の世界の中には何人もいるし、現実にもいた王子様。ずっと昔は。
人間が地球しか知らなかった頃に、幾つも生まれては消えた王国。
何処の国にも王子様がいて、それは幸せに暮らした筈。
悲劇に見舞われてしまった王子も、きっと大勢いただろうけれど。
(人間が宇宙に出ていく頃になったら…)
もう王国の興亡は無くて、緩やかに消えて行った王族。それに貴族たちも。
王国はすっかり時代遅れで、広い宇宙で暮らす人間には馴染まない。
そうして本物の「王子様」は消えて、お伽話の王子様が残った。
ハッピーエンドの人生を生きる王子様。
辛く悲しい思いをしたって、お伽話はハッピーエンドで終わるもの。
(白鳥に変えられた王子様だって、最後は幸せ…)
片方の腕が白鳥の翼のままで残っても、ちゃんと迎えたハッピーエンド。王子に戻って。
他にもお伽話は色々、王子様に憧れる人だって多い。「本物」はとうにいなくても。
SD体制の時代に入るよりも前に、王族は消えてしまっていても。
(今の時代だと、前のぼくだって…)
どういうわけだか、立派に「王子様」扱い。王子様たちの仲間入り。
ミュウの時代の礎になったソルジャー・ブルーは、今の時代は大英雄。
写真集が幾つも出版されて、大勢の女性たちの憧れ。
まるで本物の王子様みたいに、ソルジャー・ブルーに夢を見ている女性たち。
「こういう人がいればいいのに」と。「理想の王子様」だとも。
なんだか不思議、と思うけれども、それが現実。
死の星だった地球が蘇るほどの時が流れて、青い地球の上に生まれてみたら、そうなっていた。
(王子様みたいなソルジャー・ブルー…)
ホントに王子様扱いだよ、と苦笑する。
前の自分は王子様など、まるで意識していなかったのに。懸命に生きていただけで。
(エラやヒルマンは、とても喜びそうだけど…)
ソルジャー・ブルーが王子様のように扱われる時代、それが未来と知ったなら。
大勢の女性たちが夢中で、写真集だって幾つもあると聞かされたなら。
(ソルジャーはとても偉いんだから、って…)
せっせと旗を振っていたエラ、ヒルマンだって頑張っていた。
船の中だけが全ての世界で、白い鯨になった後でも、二千人ほどしかいなかったのに。
大きな船でも世界は狭くて、仲間たちの数も少なかったのに、努力を重ねたエラとヒルマン。
「ソルジャーはとても偉いのだから」と、青の間まで作ってしまったほど。
そうでなくても、「ソルジャー」の称号を決める時には、暗躍していたあの二人。
(カイザーに、ロード…)
彼らが持ち出した称号の候補。
カイザーは皇帝、ロードの方は、場合によっては「神」の意味にもなる言葉。
そんなとんでもない候補を作って、船の仲間たちに説いて回った。「これが一番」と。
前のハーレイの機転が無ければ、きっと「ソルジャー」を名乗る代わりに…。
(…カイザーか、ロード…)
そのどちらかを名乗る羽目になっていただろう。前の自分は。
「皇帝」だなどと、偉そうに威張り返りたいとは、全く思わなかったのに。
場合によっては「神」になる「ロード」は、それこそ論外だったのに。
(だけど、どっちも凄く人気で…)
船の仲間たちは、それに投票する気満々。「カイザーかロードがいいと思う」と。
それを聞き付けて真っ青になった前の自分。
「大変なことになった」と慌てふためき、前のハーレイに助けて貰った。
カイザーとロードは絶対に嫌だと、「ぼくはソルジャーでいいんだけれど」と。
お蔭で「ソルジャー」になれたけれども、不満だったのがエラとヒルマン。
ハーレイが策を講じるまでは、カイザーとロードが大人気。
そのどちらかに決まりそうだと、二人とも思っていたのだから。
「カイザーになっても、ロードになっても、威厳たっぷりで偉そうだ」と。
けれども蓋を開けてみたなら、圧倒的多数で決まった「ソルジャー」。
ただの「戦士」にしかならない言葉で、とてもガッカリした二人。
(…それでも二人とも、負けていなくて…)
ソルジャーに決まってしまった後にも、あれこれと策を巡らせていた。
マントの色を「皇帝の色」の紫にしたり、皆の制服にあしらう石の色を選ぶ時にも…。
(お守りだから、前のぼくの瞳の色にしよう、って…)
赤い石に、と強引に話を進めたほど。
遠い昔の地球のお守り、魔除けだったという「メデューサの瞳」。
そのお守りは「青い瞳」だから、ミュウのお守りには「ソルジャーの瞳」の赤い石だ、と。
何かと言ったら、前の自分を祭り上げていたエラとヒルマン。
「他の仲間たちとは違うのだ」と、重ねた演出。
(…ずっと未来に、前のぼくが王子様扱いになるって聞いたら…)
踊り上がって喜んだだろう。「やはり自分たちは正しかった」と、手を取り合って。
自分たちの努力が報われるのだと、もっと頑張ってゆかなくては、と。
(祭り上げられる方は、とても迷惑…)
普通のミュウで良かったのに、と何度ぼやいたことだろう。
遠く遥かな時の彼方で、特別扱いされてしまう度に。
他の仲間たちと同じに暮らしたくても、「駄目です」と文句を言われる度に。
(王子様扱いになっちゃったのは…)
エラとヒルマンのせいだけではない、と分かってはいる。
前の自分の姿形も大きかったと、どちらかと言えば、そのせいだ、とも。
(でも、紫のマントとかを着せられていなかったら…)
扱いはきっと違っただろうし、責任が無いとも言えない二人。
今更文句を言った所で、二人とも、とうにいないけど。…時の彼方に逃げ去ったけれど。
青い地球に来て、気付いてみたら、前の自分が「王子様」。
王族の血など引いてはいなくて、ミュウの初代の長だったのに。
人類から見れば異分子の長で、さながら蛮族の族長みたいなものだったのに…。
(ミュウの時代が来てしまったら、王子様…)
ホントに不思議、と目をパチクリと瞬かせた。
アルタミラの檻で暮らしたチビが、いつの間にやら「王子様」。
今や多くの女性の憧れ、王子様扱いのソルジャー・ブルー。お伽話の王子様みたいに。
(前のぼくだと、王子様で人気も凄いのに…)
ぼくはちっともそうじゃないよね、と零れた溜息。
今の自分はチビの子供で、恋人にさえも鼻であしらわれる始末。
「お前は、まだまだ子供だしな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
チビの子供になってしまったから、ハーレイの扱いも変わったろうか。
王子様のようだった前の自分なら、とても大事にしてくれたのに。遠く遥かな時の彼方で。
いつも大切に扱ってくれて、今みたいに苛めはしなかった。ただの一度も。
キスを強請ったら断るだとか、それで膨れっ面になったら、頬っぺたを両手で潰すとか。
(…頬っぺたをペシャンと潰して、ハコフグ…)
恋人に向かって酷い渾名をつけたハーレイ。「ハコフグだな」と。
膨れていたなら「フグ」呼ばわりだし、実にとんでもない扱い。
ソルジャー・ブルーだった頃には、そんな目には遭っていないのに。
ハーレイはいつも優しかったし、けして苛めはしなかったのに。
(ぼくが本物の王子様だったら…)
あんな風には出来ないよね、と思うこと。今のハーレイのつれない態度。
いくらチビでも、本当に本物の王子様。
そういう身分に生まれていたなら、きっと大きく違ってくる。
今の時代に「本物の王子様」はいなくて、前の自分が生きた頃にもいなかったけれど。
SD体制が始まった時に、途絶えただろう「王族の血筋」。
彼らの遺伝子を引き継ぐ者がいたとしたって、それは遺伝子だけの問題。
誰がそうかは分かりもしないし、データは全て破棄されたから。
もう分からない「王族の血筋」。今も誰かが血を引いているか、いないかさえも。
(だけど、今のぼくが王子様なら…)
ハーレイはきっと、「ハコフグ」と呼びはしないだろう。
頬っぺたをプウッと膨らませても、「フグ」と笑いはしない筈。
なにしろ相手は王子なのだし、失礼があっては駄目だから。…ソルジャーよりも、ずっと。
(どうなさいました、って訊いて、それから謝って…)
御機嫌を取ってくれるんだよ、と思ったけれど。
上手くいったらキスだって、と考えたけれど、それをハーレイにさせる自分は…。
(前のぼくより、うんと偉そう?)
チビのくせに椅子にふんぞり返って、「ぼくにキスして」と命令をする王子様。
ハーレイが「それは…」と詰まっていたなら、プウッと膨れて怒ってしまう我儘な王子。
「ぼくにキスしてくれないなんて」と、「ハーレイはぼくを怒らせたいの?」と。
とても偉そうで、生意気なチビ。
王子という身分を振りかざすチビで、ハーレイは従うしかないわけで…。
(…それだとハーレイ、ぼくのことを…)
今のように愛してくれるのかどうか、「俺のブルーだ」と嬉しそうに言ってくれるかどうか。
もしも自分が王子様だと、ハーレイの身分は下になる。
家臣か、それとも騎士になるのか、どういう身分になるにしても、下。
(そんなの、なんだか…)
幸せじゃない、という気がするから、王子様の身分は諦めた。
王子様だと我儘放題できそうだけれど、ハーレイの「心」が手に入らないかもしれないから。
「我儘王子め」と思うハーレイしか、得られないかもしれないから。
それは困るし、今のままでいい。
たとえハーレイに苛められても、「キスはしない」と断られてハコフグ呼ばわりでも…。
王子様だと・了
※今の時代は王子様扱いのソルジャー・ブルー。前のブルーにそんなつもりは無かったのに。
チビのブルー君も「なってみたい」とチラと思ったようですけれど。普通が一番v
(王子様なあ…)
ふと、ハーレイの頭に浮かんだ言葉。「王子様」と。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
コーヒー片手に寛いでいたら、そういう言葉がポンと浮かんだ。頭の中に。
今の時代は、何処にもいない「王子様」。お伽話の世界にしか。
(前の俺が生きた時代にも、とうにいなかったんだが…)
そういう人種は、と思い描いてみる「王子様」。
王子には王と王妃がつきもの、王の息子が王子だから。娘だったら、王女様。
(…王侯貴族ってヤツがいないと…)
そもそも存在しやしないんだ、と簡単に分かる「王子様」。
王国があって王族がいれば、王子様も存在するのだけれど…。
(その王国が消えてしまっていたから…)
人間が宇宙に版図を広げて、地球が窒息し始めた時は、もう王国は無かったという。
とうの昔に時代遅れで、王族も貴族も、いつの間にやら普通の人間。
(財産だけは持っていたかもしれないが…)
それさえも地球が滅びた時には、何の意味すらも無くなった。
「人間は全て地球を離れる」ことが決定されたから。
他の星へと散って行った後は、誰一人として表舞台に戻れはしない。
SD体制に入った世界に、旧世代の「人」は不要のもの。
人間は全て人工子宮から生まれる世界で、血縁などは誰も持たない。
(そんな時代に、世襲の財産が入り込む余地が無いからな?)
彼らの財産は没収されたか、あるいは最期を迎える星へと宇宙船で運ばれて行ったのか。
どちらにしたって、彼らは二度と戻らなかった。
財産も血筋も消えてしまって、その最期さえも分からない。
SD体制を始めた機械は、何の関心も彼らには「持たなかった」から。
何処で死のうが、滅びてゆこうが、不要な者たちが消えただけ。
そうして彼らは宇宙から消えて、何も残りはしなかった。身分も血筋も、財産さえも。
宇宙から消えた王侯貴族。SD体制の時代の幕開けと共に、もう完全に。
前の自分が生きた頃には、とっくに別の世界の住人。お伽話の中にいただけ。
(それでも言葉は知っていたがな)
王子様という言葉なら。王も王妃も、王侯貴族も。
お伽話は残っていたし、人類の歴史も調べれば分かる。
遠い昔は、本物の王子や王や王妃が存在したと。彼らを取り巻く貴族たちだって。
地球のあちこちにあった王国、お伽話ではない本物の国。
(しかし、現実味は無いモンだから…)
シャングリラで生きる自分たちには、何もかも夢の世界のもの。
船の中だけが世界の全てで、外に出たなら殺されるだけ。異分子として。
だから実在した王子も王族たちも、お伽話と変わらなかった。
自分たちとは無縁の世界で暮らす人々、「遠い昔に暮らした」人間。
それが王子や王族たちで、夢の世界の住人たち。本物だろうが、お伽話の人物だろうが。
(まあ、人類の方にしたって…)
事情は同じだっただろう。
血縁の無い家族関係、養父母の家で暮らす子供たち。
けれど十四歳の誕生日が来たら、大人の社会へ旅立たされる。
記憶を処理され、教育ステーションへと。大人社会の入口へと。
(それまでに読んでた、本の記憶は残るんだろうが…)
王子や王女が出てくる話が好きな子だったら、その記憶までは消えない筈。
それは「知識」で、そういう話を好むというのは「個性」だから。
本を与えた養父母の記憶は曖昧になっても、きっと残るだろう「読んだ本」の記憶。
(定番のお伽話なんかは、常識だしな?)
大人社会でも何かのはずみに、話題になることもあったろう。
だから人類も、王子様なら知っていた。
「夢の世界の住人」として。
かつては本物がいたのだけれども、SD体制の時代は「不要な存在」。
とはいえ、夢はたっぷりあるから、時には本物の彼らの歴史を追ったりもして。
それから遥かな時が流れて、青い地球が宇宙に戻ったけれど。
SD体制も微塵に壊れて、人間は昔と同じ形で命を紡いでいるのだけれど…。
(王子様は戻って来なかったよなあ…)
今でもやっぱりお伽話の中だけなんだ、と平和な今の時代を思う。
人間は誰もがミュウになった世界、戦いも武器も無い世界。
頂点に立とうと野心を抱く者はいないし、世界征服を目論む輩もいない世の中。
それでは出来ない「王」や「王族」、王国だって生まれては来ない。
「王子様」は夢の世界の住人のままで、お伽話の世界の外には出てこない。
もちろん歴史の本の外にも、データを集めたライブラリーなどの外の世界にも。
(それでも、夢は一杯で…)
憧れるヤツも多いのが「王子様」なんだ、と前のブルーを思い浮かべる。
ミュウの時代の礎になった、ソルジャー・ブルー。
今の時代の始まりの英雄、誰もが称える初代のソルジャー。
(おまけに、ああいう姿だから…)
それは気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
前の自分が恋をしたのを抜きにしたって、振り向かない人などいはしない美貌。
(キースの野郎は、遠慮しないで撃ちやがったが…)
普通だったら躊躇うぞ、と考えずにはいられない。
あの美しい赤い瞳に向かって、弾を一発ブチ込むなんて。
非の打ち所がない美を損ねるだなんて、たとえ敵でも迷うだろうと。
(こう、罰当たりな気がしちまって…)
俺なら引き金を引けないんだが、と思う、あの顔。
どうしても殺さねばならない敵なら、ただ息の根を止めればいい。
わざわざ瞳を砕かなくても、心臓を狙えばそれで済むこと。
神が作り上げた美を損ねずとも、ブルーの息は絶えるのだから。
(キースの野郎が例外なだけで、普通は惹かれるのがブルーの顔で…)
だからあいつは「王子様」だっけな、と思いを馳せる、今の時代のブルーの立ち位置。
すっかり「王子様」扱いだったと、憧れる女性が山ほどだぞ、と。
英雄な上に、あの美しさ。それに気高さ。
写真集が沢山出ているブルーは、「王子様」にも負けない勢い。
お伽話の王子様にも、遠い昔に実在していた「本物」の王子様たちにも。
(王族の血なんか引いちゃいなくて、人類に追われるミュウの長でだ…)
アルタミラじゃ檻で暮らしてたんだが、と前のブルーの人生を思う。
成人検査で発見された最初のミュウ。
ただ一人きりのタイプ・ブルーで、それもブルーに災いを呼んだ。
繰り返された過酷な人体実験、けれど死ぬことは許されない。生かしてデータを集めるために。
未来も希望も見えない中で、心も身体も成長を止めていたブルー。子供のままで。
(まるで囚われの王子様だな)
逃げ出した後は、ちゃんと育っていったんだが、と思い出す船の中での日々。
少年だったブルーは育って、やがてソルジャー・ブルーになった。
今も写真が何枚も残る、あのソルジャーの衣装を纏って。
白と銀の上着に、紫のマント。…お伽話の王子たちにも負けない姿。
(あれだけ揃えば、立派に王子になれるよなあ…)
今の時代も人気の王子に、とブルーを収めた写真集の多さに零れる溜息。
「前のあいつは、今じゃすっかり王子様だな」と。
そういうつもりで生きたわけではなかっただろうに、時が流れた今となっては「王子様」。
大勢の女性たちの憧れ、お伽話の世界の王子や、本物の王子に負けないほどの。
(…でもって、今のあいつの方も…)
王子様だぞ、と可笑しくなった。生まれ変わったブルーの方。
十四歳にしかならない子供で、まだまだチビの姿だけれど…。
(前に比べりゃ我儘一杯、幸せ一杯といった所で…)
前のブルーの人生とは違う、それは幸せな今のブルーの人生。
優しい両親も、暖かな家も、何もかも持っているブルー。それは贅沢に、王子様のように。
(財産は持っちゃいないんだが…)
恋人の俺まで持っていやがる、とチビの王子様な恋人を想う。
何かと言ったら我儘放題、「ぼくにキスして」と強請る恋人を。
(…本当に王子様だな、あいつ)
そしていずれは俺が足元に跪くんだ、とクックッと笑う。
いつかブルーが大きくなったら、プロポーズ。その時は跪くだろうから。
(文字通りに跪くかはともかく…)
ブルーに自分の人生を捧げ、一生守ると誓いを立てるだろう瞬間。
まるで王子に跪く騎士か、はたまた忠実な家臣なのか。
(…あいつが王子様なら、だ…)
俺はいったい何になるんだ、と想像するのも、また楽しい。
我儘なチビの王子様なブルーが君臨する今は、自分は何になるのだろうと。
教育係か、はたまた下僕か、あるいは王子に跪く騎士か。
(何でもいいよな、あいつの側にいられれば…)
充分なんだ、と浮かべた笑み。
もしもブルーが王子様なら、自分は跪くだけだから。
家臣だろうが、騎士であろうが、ブルーの側で守ってやれたら、もう充分に満足だから…。
王子様なら・了
※前のブルーが王子様扱いされる今。平和な時代ならではですけど、今のブルーも王子様。
我儘一杯で幸せ一杯、王子様みたいなブルー君。ハーレイ先生の役柄が気になりますよねv
