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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
 それに酷い、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたけれど、いつものように断られたキス。
 「ぼくにキスして」と強請ってみたのに、「俺は子供にキスはしない」と睨まれて。
 何度も言ってる筈なんだが、と叱ったハーレイ。
(それは間違いないんだけれど…)
 お互い、恋人同士なのだし、やっぱりキスが欲しくなる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ハーレイと二人きりの時には、交わしたくなる恋人同士の甘いキス。
 なのにハーレイは断るばかりで、今日もやっぱり駄目だった。
 だから怒ってプウッと膨れた、頬っぺたに空気を含ませて。
 唇も尖らせて怒ったけれども、ハーレイはキスをくれるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
 「ハコフグだよな」と笑ってくれた。「フグがハコフグになっちまった」と。
 恋人を捕まえてハコフグ呼ばわり、なんとも酷い恋人だけれど。
(酷くて、とってもケチなんだけど…)
 それでも許してあげたからね、と昼間の出来事を思い出す。
 ハーレイの両手に潰された頬っぺた、「ハコフグだよな」と笑われた顔。
 もうプンプンと怒ったとはいえ、膨れ続けてもいられない。
 ハーレイと二人きりで過ごせる時間は、ごく限られたものだから。
 夕食の時間が来てしまったら、其処で終わりになる日も多い。
 両親も一緒の夕食の後は、そのままダイニングで食後のお茶になりがちなもの。
(子供のお守りは大変だろう、ってパパもママも思っているんだから…)
 ハーレイの負担を軽くするべく、食後のお茶はダイニングで。
 その選択をされた時には、それっきり部屋に戻れはしない。
 お茶が済んだら、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
 軽く手を振って、車で、あるいは逞しい二本の足で歩いて。


 二人きりの時間が終わりかねない、夕食の支度が出来た時。
 その時間まで膨れていたなら、ハーレイは「またな」と帰るだけ。
 両親も交えた夕食のテーブル、其処で和やかに談笑してから、食後のお茶で。
(…ぼくがプンスカ怒っていたって…)
 ハーレイは何事も無かったかのように、夕食の席では笑顔の筈。
 時には「美味いぞ?」と料理を取り分けたりもしてくれて、普段と全く変わらない。
 食べ終えてお茶の時間も済んだら、軽く手を振って帰ってしまって…。
(それっきり…)
 次に訪ねて来てくれるまでは、もう二人きりの機会は無くなる。
 それは困るから、「キスは駄目だ」と叱られようが、頬っぺたをペシャンと潰されようが…。
(ちゃんと許してあげるんだもんね)
 いつまでも怒り続けていないで、頃合いを見て。
 ハーレイが機嫌を取ろうとしたなら、それにほだされたふりをして。
(ぼくって、偉いよ)
 見た目はチビの子供だけれど、と誇らしい気分。
 とても酷くてケチな恋人、そんなハーレイさえ許せる自分。
 心がうんと広いものね、と胸を張る。「だから許してあげられるんだよ」と。
 十四歳にしかならない自分だけれども、前の自分の恋の続きを生きている。
 普通の子供とは違うわけだし、心も広くて立派なもの。
(器が大きいって言うんだよね?)
 ぼくの年にしては大きいんだから、と誰かに自慢したいほど。
 自分くらいの年の頃なら、まだまだ我儘放題なのに。
 ケチな恋人に酷くされたら、怒ってしまって許さないことも多いだろうに。
(ハーレイの馬鹿、って胸をポカポカ叩くとか…)
 もう口なんか利いてやらない、とプイッとそっぽを向くだとか。
 十四歳ならそれが似合いで、自分のように我慢はしない。許してやろうと思いもしない。
(悪いの、ハーレイなんだから…)
 あっちが謝るべきだよね、と子供だったら考えるだろう。
 けれども自分はそうはしないし、なんとも器が大きいと思う。心も広くて。


 同い年の子たちとは違うものね、と思う自分の心の中身。
 前の自分の膨大な記憶、それをそのまま引き継いだのが今の自分。
(チビだけど、チビじゃないんだから…)
 器だって大きくなって当然、と思った所で気が付いた。
 今の自分は器が大きくて立派だけれども、前の自分はどうだったろうか、と。
(えーっと…?)
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋をした自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
 白いシャングリラを守り続けた、ソルジャーだった前の自分は…。
(ぼくのことより、船の仲間の方が優先…)
 ミュウの未来を守らなければ、と考え続けたソルジャー・ブルー。…どんな時でも。
 ハーレイと恋に落ちた後にも、変わらなかった考え方。
 仲間たちの信頼を裏切らないよう、恋さえも最後まで隠し続けた。
 船の仲間たちを導くソルジャー、白いシャングリラの舵を握っていたキャプテン。
 そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、きっと大変なことになる。
 船の頂点に立っている二人が、恋人同士となったなら…。
(何でも二人で決めるんだろう、って…)
 皆が背を向け、誰もついては来てくれない。
 そうなったならば船はバラバラ、もはや一つに纏まりはしない。
 それでは駄目だ、と分かっていたから、懸命に隠し通した恋。
 皆がいる場所ではソルジャーとキャプテン、友達同士の会話がせいぜい。
(メギドに向かって飛んだ時にも…)
 別れの言葉もキスも交わさず、思念をそっと送っただけ。
 ハーレイへの想いは微塵も出さずに、「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 たったそれだけ、口にした言葉も「頼んだよ、ハーレイ」と短いもの。
 もう生きて会えはしないのに。
 これが最後で、じきに自分の命は尽きてしまうのに。
(…前のぼく、なんだか凄くない…?)
 あの時にだって隠していたよ、と驚かされた「自分の気持ち」。
 死を前にしても本当の思いを言葉にしないで、ただ消えていったソルジャー・ブルー。


 なんという生き方だったのだろう、と愕然とさせられた前の自分の人生。
 ハーレイとの恋を隠し続けて、最後まで誰にも明かさなかった。
 それにハーレイにも告げずに終わった、別れの言葉。
 胸の中には、離れ難い想いがあったのに。
 「せめて、これだけは」と、思念を送るために触れた腕から、その温もりを貰っただけで。
 もうそれだけで充分だから、とメギドへと飛んだ前の自分。
 ハーレイの温もりがあれば一人ではないと、「この温もりさえ持っていれば」と。
(…その温もりを、落として失くして…)
 独りぼっちになってしまった、前の自分が迎えた最期。
 銃で撃たれた痛みが酷くて、右手から消えてしまった温もり。ひと欠片さえも残さずに。
 冷たく凍えてしまった右の手、泣きじゃくりながら死んだ自分。
 もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、泣いてた間にも…)
 前の自分は忘れなかった。…ソルジャーとしての立場のことを。
 氷のように凍えた右手がとても悲しくて、死よりも恐ろしい絶望と孤独に追い込まれても。
 それでも祈り続けていた。祈りを忘れはしなかった。
 「どうか無事に」と、白いシャングリラが旅立てるよう。
 メギドの炎に焼かれることなく、ミュウの箱舟が地球へと船出してゆけるよう。
(ハーレイの無事も祈ってたけど…)
 それよりもミュウの未来を祈った。白い箱舟に幸多かれと。
 青い地球まで辿り着けるよう、いつか平和な時代が宇宙に訪れるよう。
(…あんなの、前のぼくにしか…)
 無理じゃないの、と思った祈り。
 自分の命が消える時にも、ただ仲間たちを思い続けた。深い悲しみの只中にいても。
 ハーレイとの絆が切れてしまって、もう会えないと泣きじゃくっていても。
(…前のぼく、ソルジャーだったから…)
 ああいう風に生きられたんだ、と驚かされる、その強さ。
 死の瞬間まで、自分のことより仲間たちを思ったソルジャー・ブルー。
 ハーレイの温もりを失くして独りぼっちでも。…もう会えないと涙を流していても。


 立派すぎる、と思う前の自分の生き方。
 あまりにも大きな、「ソルジャー・ブルー」という器。
 長い長い時が流れた今でも、大英雄と称えられるだけのことはあるらしい。
(…前のぼくの器、大きすぎるよ…)
 今のぼくにはとても無理、と痛感させられる前の自分の生きざま。
 「ハーレイのケチ!」と膨れるどころか、恋さえ隠して宇宙に散った。
 ハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで。…それでも仲間の無事を祈って。
(今のぼくだと、もう大騒ぎ…)
 とてもメギドに飛べはしないし、ハーレイの側を離れるだなんて、とんでもない。
 ミュウの未来など知ったことかと、追い求めそうな自分の幸せ。
(ソルジャーになんか、なれないよ…)
 じきに膨れる今のぼくは、と思い知らされた「器」の小ささ。
 自分では大きいつもりでいたって、ケチなハーレイを許せる程度。
 前の自分とは比べようもなくて、うんとちっぽけになっているのが今の自分。
(…今のぼくの器、前のぼくの半分にだって足りないよ…)
 百分の一でもまだ駄目だ、と思うけれども、億分の一にも足りなさそうなのだけれど。
 今は平和な時代なのだし、この器でもいいのだろう。
 ケチなハーレイにプンスカ怒って、「許してあげた」と大満足な自分でも。
 きっと「今」には似合いだから。
 ちっぽけな器になってしまっても、今の平和な時代だったら充分、大きな器だから…。

 

          今のぼくの器・了


※チビだけど器は大きいんだから、と考えていたブルー君。「ハーレイだって許せるよ」と。
 けれども、ソルジャー・ブルーだった頃と比べたら…。ちっぽけな器で、今にお似合いv







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(またしてもケチと言われちまったが…)
 ブルーのヤツに、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 恋人の家に出掛けた日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 今日も小さなブルーに言われた、「ハーレイのケチ!」という文句。
 頬っぺたをプウッと膨らませて。桜色をした唇だって、ツンと尖らせていたブルー。
 「キスは駄目だと言った筈だが?」と断った時の、お決まりのコース。
 プンプン怒って膨れっ面で、そう簡単には直らない機嫌。
(しかし、ケチだと言われてもだ…)
 俺はケチではないんだが、と心外な気分。とうに慣れてはいるけれど。
 キスをしないのはブルーのためだし、けして「ケチっている」わけではない。
 ブルーを大切に思っているから、キスをしないのが今の自分。
(俺の心が広いからこそ、キスをしないでいられるんだぞ?)
 あいつ、全く分かっちゃいない、と思うのがチビの恋人のこと。
 キスを断ったら膨れっ面で、文句たらたらの小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれどもブルーは、小さくなって帰って来た。
 十四歳にしかならない子供に、今の自分が通う学校の教え子として。
(それでもあいつは、俺のブルーで…)
 愛おしい気持ちに変わりはないから、最初の頃には途惑いもした。
 前のブルーと、今のブルーが重なって。…思わず重ねてしまいそうになって。
(…ウッカリ重なっちまったら…)
 何をしでかすか分からないぞ、と生まれた不安。
 小さなブルーはまだ子供なのに、前のブルーと同じに扱い、自分のものにするだとか。
(あいつの家なら、その心配は無いんだが…)
 監視の目が無い自分の家だと、なんとも心許ない話。
 何かが起こってからでは遅いし、ブルーを家から遠ざけた。
 「前のお前と同じ背丈になるまでは来るな」と、家に遊びに来ることを禁じて。
 それが一番安全な策で、ブルーのためでもあるのだから、と。


 今ではチビのブルーの姿に、前のブルーは重ならない。
 ブルーは今の身体に馴染んで、すっかり子供になったから。
 見た目そのままの十四歳の子供、こちらの方でも余裕たっぷり。
 「キスは駄目だと言ったがな?」とピンと額を弾いてみたり、膨れた頬を手で潰したりと。
 「ぼくにキスして」と強請ったブルーに、「ハーレイのケチ!」と睨まれる度に。
 けれどケチではない自分。キスを断るのはブルーのため。
(何もかも、あいつを思えばこそで…)
 心の広い俺は「ケチ」呼ばわりに甘んじてるんだ、と誇りたい自分の心の広さ。
 小さなブルーを見守り続けて、キスもしないでいる自分。
(俺の器が大きいからだな)
 最初はブルーを家から遠ざけたりもしたのだけれども、きっと今なら大丈夫。
 ブルーが遊びにやって来たって、快く迎えてやれるだろう。
 「間違いが起こるかもしれない」などと不安がらずに、「ゆっくりして行け」と。
 家に泊まりにやって来たって、ゲストルームに案内して…。
(お前のベッドは此処だからな、と教えてやって…)
 ブルーが荷物を置いた後には、ダイニングやリビングで楽しく会話。
 食事も作って食べさせてやるし、夜になったら「先に入れ」とバスルームも譲る。
 お風呂にゆっくり浸かったブルーが、ホカホカと温まった身体で戻って来ても…。
(いい湯だったか、と訊いてだな…)
 「俺も入るか」と立ち上がるだけで、けしからぬ気持ちは起こさない。
 ブルーの方から仕掛けて来たって、「ぼくにキスして」と言ったって。
(うん、実に心が広いってな)
 俺の器は大きいんだ、と今の自分に満足な気分。
 ブルーは「ケチ!」と怒るけれども、けしてケチではない自分。
 広い心でブルーを見守り、キスさえしないで、「ケチ」呼ばわりにも動じない。
 もしも器が小さかったら、今頃はきっと誘惑に負けて…。
(あいつにキスして、家に誘って…)
 道を踏み外しているだろうな、と容易に想像できること。
 小さなブルーに夢中で溺れて、前のブルーのように扱ったに違いない、と。


 幸いなことに、大きかった器。
 ブルーに何度誘惑されても、けして誘いに乗らない自分。
(でもって、今じゃチビの子供にしか見えなくて…)
 ちゃんとそのように扱っている、と思っているのに、ブルーにはケチに見えるらしい。
 今日も言われた、「ハーレイのケチ!」。
(俺の器が小さかったら、あいつ、大変なことになってるぞ?)
 前のブルーと同じに扱われて、恋人同士の行為に付き合わされて。
 チビのブルーは心も身体も子供なのだし、前のブルーのようにはいかない。
 ブルーが欲しがる唇へのキス、ただ唇を重ねるだけならまだいいとしても…。
(あいつが言ってる、本物のキスは…)
 今のブルーには早すぎる。
 それを贈れば、きっとブルーは逃げ出すだろう。生理的にとても耐えられなくて。
 「何をするの!」と悲鳴を上げて、抱き締める自分の腕をほどいて。
(キスだけでも、その有様だしな?)
 ブルーが夢見る「本物の恋人同士の時間」となったら、泣き叫ぶだろう小さなブルー。
 「やめて!」と叫んで、「誰か助けて」とバタバタ暴れて。
 そうなることが分かっているのに、小さなブルーは「分かっていない」。
 前のブルーの記憶があるから、そっくり同じブルーのつもり。
 一人前の恋人気取りで「ぼくにキスして」で、その先のことまで狙うのがブルー。
(まったく、あいつは…)
 分かっちゃいない、と零れる溜息。
 「俺の器が小さかったら、お前は酷い目に遭ってるんだが?」と。
 そうとも知らずにケチ呼ばわりとは、本当に幸せなチビで子供だ、と。
(チビのあいつに分かれと言っても無理なんだろうが…)
 今のブルーがどれほど恵まれているか、「器の大きな恋人」のお蔭で助かっているか。
 無理やりキスをされはしないし、組み伏せられて襲われもしない。
 おまけに「ぼくにキスして」と強請っていたって、叱られるだけで済むブルー。
 これ幸いとキスをされたら、ブルーは酷い目に遭うというのに。
 チビの子供には早すぎるキスに、それこそ縮み上がって震えて。


 そうはならずに平和に暮らしているブルー。
 チビだけあって我儘放題、「ハーレイのケチ!」とプンスカ膨れて。
(俺の器に感謝しろよ?)
 心が広くてデカイんだから、と考えた所で掠めた思い。心に引っ掛かったもの。
 「器だって?」と、その言葉が。
 今の自分は器が大きい、と誇らしい気持ちでいたのだけれども、その自分。
 確かに器は大きい方だし、それが自慢でもあるけれど。
(ガキの頃から、柔道と水泳で鍛えてたしな?)
 上下関係が厳しい世界で育って来たから、自然と大きくなる器。
 心技体を鍛える柔道の道では、器が小さくては大成できない。
 「目標は高く、心は広く」と何度も言われて、そう心がけて、今の自分がいるけれど。
 大きな器が自慢だけれども、その器。
(…前の俺に比べて、どうなんだ?)
 あっちはキャプテン・ハーレイだぞ、と前の自分を思ってみる。
 今に比べてどうだったのかと、「前の俺の器は、どうだったんだ?」と。
 白いシャングリラを預かるキャプテン、器が小さいわけがない。
 小さいようでは、誰もキャプテンに推しはしないし、務まりもしない。
(船の仲間が好き勝手なことを言ってても…)
 いちいち怒って相手にしたなら、船はたちまちバラバラになる。
 とにかくじっくり話を聞くこと、些細な喧嘩が起きた時にも、その情報を掴んだら。
 船の雰囲気が悪くなる前に、「何があったんだ?」と当事者に会って。
(呼び出したんでは、素直に話しちゃくれないから…)
 食堂で「隣、いいか?」と座ったりして、世間話のついでに愚痴や怒りを聞いた。
 それも両方の言い分を。…片方だけに話を聞いても、中身が偏ってしまうから。
(きちんと聞いたら、どうするべきかを考えて…)
 与えた的確なアドバイス。
 行き違いがあるならそれを正して、悪い所があったというなら助言して。
 謝りにくいと思っているなら、謝れる場を作ったりもして。


(うーむ…)
 前の俺の方が偉くないか、と感じた今。
 自分一人のことだけではなく、船の仲間の全てに気配り。
(俺が悪いってわけじゃなくても…)
 時には「すまん」と詫びていた。
 船の仲間たちに苦労をかけるような時には、不便を強いるような時には。
(あっちの方が遥かに上だな…)
 今の俺の器じゃ務まらないぞ、と思わないでもない「キャプテン」。
 けれど平和な時代なのだし、白いシャングリラも無い時代だから、今の器でいいのだろう。
 チビのブルーに広い心で接する自分で、「器が大きい」と思う自分で。
 今の自分に似合いの器がこれだから。
 もう充分に大きな器で、チビのブルーの我儘も受け止められるから…。

 

          今の俺の器・了


※今の自分の器の大きさ、それを誇りたかったハーレイ先生。「心が広い」と。
 けれども器の大きさだったら、前の自分の方が上。そうは言っても平和な時代はこれで充分v








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(本当にチビになっちゃったよね…)
 今のぼく、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は平日、仕事の帰りに寄ってはくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 学校での挨拶だけに終わって、残念な気持ちで迎えた夜。
(前のぼくだったら、昼間は全く会えなくたって…)
 夜になったらハーレイに会えた。
 前の自分が暮らした青の間、其処で待っていれば来たハーレイ。
 ただし、恋人としてではなくて。…白いシャングリラを預かるキャプテン、船の最高責任者。
 前のハーレイはキャプテンだったし、前の自分は皆を導くソルジャー。
(ソルジャーには報告が必須だから…)
 よほど忙しい日を除いたら、夜には必ずハーレイが報告にやって来た。大真面目な顔で。
 船のことやら、仲間たちのことやら、報告の内容は実に様々。
 それが終われば、ようやくハーレイの仕事も終わる。キャプテンとしての一日が。
 後は自由な時間になるから、報告を全て聞き終わったら…。
(キスして、夜食なんかも食べて…)
 ゆっくりと恋人同士で過ごして、愛を交わして二人で眠った。青の間のベッドで。
 けれど今では、キスさえも貰えない自分。
 青い地球の上に生まれ変わって、新しい命と身体を貰って、ハーレイと巡り会えたのに。
(ぼくがチビだから、ハーレイはキスもしてくれなくて…)
 もちろん一緒に暮らせもしなくて、夜はいつでもポツンと一人。
 こうしてベッドに座っていたって、ハーレイが訪ねてくるわけがない。
 きっと今頃は、何ブロックも離れた所にある家で…。
(コーヒーを淹れて、書斎でのんびり…)
 でなきゃリビングかダイニングだよ、と思い浮かべるハーレイの姿。
 本のページをめくっているのか、覚え書きだという日記でも書いている最中か。
 小さな恋人のことなど忘れて、一人の時間を楽しみながら。


 きっと忘れているんだから、と悔しい気持ちに包まれる。
 もしも自分がチビでなければ、今頃は一緒だった筈。二人きりの家で。
(ハーレイがお風呂に入っていたって、待ってれば…)
 その内に上がってくるのだろうし、「待たせてすまん」と貰えるキス。
 甘くて幸せなキスを交わして、けして側から離れはしない。
 ベッドで愛を交わした後には、ハーレイの逞しい腕に抱かれて眠るだけ。朝まで、ぐっすり。
(うーん…)
 チビに生まれたのが悪かったよね、と思っても「今」は変わらない。
 生まれた年も変わりはしないし、凄い速さで育つのも無理。
(もうちょっと早く生まれていたら…)
 四年くらい、と折ってみる指。
 それだけ早く生まれていたなら、今の自分は十八歳。
(ちゃんと結婚できる年だし、身体も育っていそうだし…)
 前の自分と同じ背丈に育っていたなら、ハーレイはキスをくれた筈。
 子供向けの頬や額に贈るキスの代わりに、唇と唇を重ねるキスを。
 プロポーズだってして貰えるから、とうに結婚して同じ家で暮らしていただろう。
 この家でポツンと一人ではなくて、ハーレイの家に部屋を貰って。
(ハーレイが仕事に行ってる間は、自分の部屋とかリビングで過ごして…)
 夜はハーレイの側を離れず、眠る時にも同じベッドで。
 一人の時間があるとしたなら、ハーレイがお風呂に入る時くらい。
(日記を書く時も、追い出されちゃうかもしれないけれど…)
 書斎からポイと放り出されて、「まだ終わらないの?」と待たされる時間。
 前のハーレイも何度も言っていたから、航宙日誌を書いていた時に。
 「俺の日記だ」と大きな身体で隠してしまって、読ませて貰えなかった「それ」。
 あれと同じで、今の日記も駄目かもしれない。
 「何を書いてるの?」と覗こうとしても、「俺の日記だ」と隠されて。
 書く時は書斎から放り出されて、独りぼっちで待たされる。…書き終えるまで。
 「覗くなよ?」と何度も念を押されて、書斎には入れない時間。
 けれど終わったら、また二人きりで過ごせる時間がやって来るのが毎日の夜。


 自分がチビの子供でなければ、手に入った筈の幸せな時間。
 もっと大きく育っていたら、と考える内に気が付いた。
(…前のぼくだって、最初はチビ…)
 年はハーレイよりも上だったけれど、身体は見事にチビだった自分。心の方も。
 成人検査でミュウと判断され、アルタミラの檻で過ごした日々。
 話相手など誰もいなくて、繰り返された過酷な人体実験。
 生きていたって希望など無いし、見えることさえ無かった未来。
(大きくなっても、いいことなんか何も無いから…)
 無意識の内に止めた成長。心も身体も、成人検査を受けた時のままで。
 だからハーレイと出会った時には、今と変わらない姿の子供。
(本当にチビで、中身も子供で…)
 ハーレイたちが育ててくれたけれども、本当の年は船の誰よりも上だった。
 今のハーレイと自分の年の差どころか、もっと開いていた互いの本当の年。
(あんな風に、ぼくが年上だったら…)
 生まれ変わった今の自分が年上だったら、どんな風になっていたのだろう?
 ハーレイよりも先に生まれて、ハーレイと再会したならば。
(…今のぼくたちの年の差、そのまま逆様だったなら…)
 自分の方は三十八歳、ハーレイが十四歳になる。
 再会した時の年でいくなら、ハーレイの誕生日はまだだったから…。
(ぼくが三十七歳で…)
 ハーレイが十四歳の子供で、と今の自分たちに置き換えてみる。
 チビの自分は前と同じに育った姿で、学校の教師。…何の教科かは知らないけれど。
 新しい赴任先で入った教室、其処にいるのが生徒のハーレイ。
(…ハーレイなんだ、って分かった途端に…)
 右の瞳や両肩から溢れ出す鮮血。前の自分がメギドで撃たれた時の傷痕。
 聖痕の痛みは、育っていたって耐えられるものではないだろうから…。
(ぼくは気絶で、ハーレイの方はきっとビックリ仰天で…)
 記憶を取り戻して駆け寄って来ても、生徒のハーレイに出来るのは其処まで。
 救急車に一緒に乗れはしないし、教室に置いてゆかれるだけ。不安で一杯の心を抱えて。


 なんだか大変、と思ったハーレイとの出会い。
 自分の方が年上だったら、再会したって今よりも苦労しそうな感じ。
(ハーレイが病院に来ようとしても…)
 生徒は学校を抜けられないから、放課後まで外に出られはしない。
 それにハーレイなら、放課後はクラブ活動だろう。柔道か、それとも水泳なのか。
(どっちも、勝手に帰れないから…)
 クラブが終わるまでは校門を出られず、その時間には救急搬送された自分も帰宅している。
 聖痕は本物の傷とは違って、要はショックを引き起こすだけ。
 意識が戻れば、大人だったら早く退院できるだろう。「家で様子を見て下さい」と。
 学校は暫く休むにしたって、多分、必要ない入院。
(家に帰って、ベッドで寝てたら…)
 ハーレイが訪ねて来るのだろうか、学校で家の住所を聞いて。
 チャイムの音で目を覚ましたら、「ブルー先生?」と表に立っているハーレイ。
(着替えて、表に出て行って…)
 ハーレイを家に招き入れたら、お茶とお菓子を出すのだろうか。
 「よく来てくれたね」と、前の自分のような口調で。
 なにしろハーレイは子供なのだし、自分の方は大人で教師。
(…「ただいま、ハーレイ」なんて、言えないよね?)
 いくらハーレイが恋人でも。…遠く遥かな時の彼方で、共に暮らした人であっても。
 十四歳にしかならないハーレイ、きっと姿も少年のそれ。
(今のぼくよりかは、大きくっても…)
 大人の自分に敵いはしないし、顔立ちだって子供の顔。
 前のハーレイの少年時代を、前の自分は知らないけれど。…今の自分も話に聞くだけ。
 運動が好きな悪ガキだった、と今のハーレイの少年時代を。
 ヤンチャで悪ガキだったハーレイ、それでも「子供」には違いない。
 「ただいま、ハーレイ」と告げられたって、途惑うだろう子供のハーレイ。
 「帰って来たよ」と微笑み掛けても、ハーレイはきっと困ってしまう。
 だから言えない、そんな言葉は。…今のハーレイに自分が告げた言葉は。
 「久しぶりだね」とでも言うしかなくて、抱き合えもしない。…ハーレイが子供だったなら。


 出会いからして大変な上に、再会した後も厄介そうな「年が逆様だった」時。
 前の自分はそれよりも遥かに上だったけれど、姿も中身もチビだったから…。
(ハーレイから見たら、チビの子供で…)
 年上なのだと知った後にも、それまでと変わらず接してくれた。
 「お前、子供でチビだしな?」と、大きな手で頭を撫でてくれたりもして。
 ところが平和な今の時代に、自分の方がハーレイよりも早く生まれて来てしまったら…。
(ぼくがハーレイの面倒を見るわけ?)
 少なくとも学校では教師と生徒で、ハーレイを指導する立場。
 学校の外で会うにしたって、ハーレイの姿が前と同じにならない内は…。
(甘えるどころか、ぼくがハーレイを連れて歩いて…)
 休日ともなれば食事だろうか、「御馳走するよ」と店に出掛けて。
 「早く大きくならなきゃね?」と、ハーレイの食べっぷりに感嘆しながら。
(…それって、先生としてはどうなの?)
 未来の恋人を早く育てようと、休日の度に御馳走するなんて。
 「もっと食べていいよ」と、食の細い自分は笑顔で見守り続けるだけで。
(…ハーレイがちゃんと育ってくれないと、キスをする気にもなれないし…)
 なんとも困った、と思うものだから、今の年の差でいいのだろう。
 チビの自分は部屋にポツンと一人きりでも、ハーレイに忘れ去られていても。
 互いの年が逆様だったなら、どうやら悲劇らしいから。
 どちらかがチビになるのだったら、今の自分がチビだった方が、きっと幸せなのだろうから…。

 

          逆様だったなら・了


※ハーレイ先生よりも、自分の方が年上だったら、と考えてしまったブルー君。今の年の差で。
 教師と生徒で再会したなら、なんとも大変そうな日々。ブルー君がチビの方が幸せですv








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(今は文字通りにチビなんだよなあ…)
 本当にチビになっちまった、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ブルーは帰って来てくれたけれど、十四歳にしかならない子供。
(前のあいつも、出会った時にはチビだったんだが…)
 見た目も中身もチビだったが、と思うけれども、前のブルーは前の自分よりも遥かに年上。
 アルタミラの檻で暮らす間に成長を止めていたというだけ。
(あいつが生まれた年を聞いたら、俺が生まれるよりも昔の話で…)
 とても驚いたブルーの生まれ。「こいつ、年上だったのか」と。
 けれどブルーは心も身体も子供だったし、皆がそのように扱った。
 成人検査を受けた時のままで止まった成長、心も身体もしっかり育ててやらねば、と。
(そうして大きく育ったわけで…)
 美しく気高く育ったブルーは、今の時代も高い人気を誇っている。その美貌で。
 本屋に行ったら、ソルジャー・ブルーの写真集が幾つも並ぶくらいに。
(あの姿のあいつに会えるまでには、まだまだかかるぞ)
 年単位でな、と分かっているから、けして焦りも急かしもしない。
 前のブルーは子供時代の記憶を失くして、何も覚えていなかったから。
 養父母も育った家も忘れて、そのまま戻りはしなかった記憶。
 前のブルーが失くした子供時代の分まで、今のブルーには幸せに生きて欲しいと思う。
 子供らしい日々を、我儘たっぷりに。
(ちょいと我儘が過ぎる時も多いが…)
 強請られてもキスは駄目だからな、と膨れっ面のブルーを頭に描いた。
 何かと言えば「ぼくにキスして」と強請るのがブルー、何度「駄目だ」と叱っても。
 叱り付ける度に膨れっ面になって、「ハーレイのケチ!」と尖らせる唇。
 我儘の最たるものだけれども、そんなブルーも愛おしい。
 「今はチビだな」と思うわけだし、子供ならではの我儘だから。


 すっかりチビになった恋人、今の自分よりも遥かに年下。
 こちらは今は三十八歳、ブルーはたったの十四歳。
(見た目通りの年の差だよなあ…)
 ブルーに出会って「年を取るのをやめにした」から、三十八歳くらいの姿の自分。
 上手い具合に、前の自分と丁度そっくり同じ顔立ち。
(あいつは今から育っていくから、年の差は縮んでいくんだが…)
 俺の方が二十歳以上も年上だってか、と思った所でハタと気付いた。
 前の自分とブルーとの差は、それどころではなかったような、と。
 シャングリラで暮らした誰よりも早く、寿命を迎えてしまったブルー。
 病死した仲間もいたのだけれども、ブルーの寿命はそれとは違った。
 長い年月を生きた肉体、それが限界を迎えただけ。…病気などとは無関係に。
(…あいつが弱り始めた時にも、前の俺はピンピンしていたし…)
 ゼルもヒルマンも実に元気で、誰も迎えていなかった寿命。肉体が衰え、滅びゆく時。
 けれどブルーの身体は弱って、消えかかっていた命の灯。
 そのくらいにブルーは皆より年上、前の自分よりもずっと年上。
 今でこそ、チビに生まれたけれど。
 姿そのままにチビの子供で、十四歳にしかならないけれど。
(年だけだったら、前とは逆になっちまうのか…)
 俺の方が年上なんだから、と「見た目通りの年の差」を本当に嬉しく思う。
 今度こそブルーを守ってやれるし、名実ともに保護者の立場になれるのだから。
 いつかブルーと結婚したって、保護者は自分。ブルーを守ってやるべき夫。
(あいつは俺の嫁さんだしな?)
 誰が見たって俺が保護者だ、と言い切れるけれど、そのブルー。
 年下に生まれた今のブルーが、前と同じに年上だったら、どうなっていたか。
 前ほどの差は無かったとしても、今の自分と逆だったなら、と。
(俺とブルーが逆様だったら…)
 前の通りに生まれていたなら、ブルーの方が年上になる。
 年の差をすっかり逆にするなら、出会った時にブルーが三十七歳ということで…。
 俺が十四歳になるのか、と見開いた瞳。「とんでもないぞ」と。


 もしもブルーが年上だったら、出会いからして違ってきそう。
 教師と教え子として出会ったけれども、それをそのまま使うなら…。
(俺が十四歳で、ある日、教室に座っていたら…)
 新しく赴任して来た教師のブルーが、その教室に入って来る。
 何の教師かは謎だけれども、教科書や出席簿を持って。教室の扉を静かに開けて。
(でもって、俺を見付けた途端に…)
 ブルーが倒れてしまうのだろうか、右の瞳や両肩などから出血して。
 チビのブルーと全く同じに、聖痕現象を引き起こして。
(…それで記憶が戻ってもだな…)
 どうすりゃいいんだ、と途方に暮れる。
 まるでその場に居合わせたように。十四歳の自分がブルーと出会ってしまったように。
(俺の方は記憶が戻るだけだが…)
 教師のブルーは倒れてしまって、酷い騒ぎになるだろう教室。
 保健委員の生徒がいたって、指図すべき教師が床に倒れているのでは。
(…俺が保健委員ってことは無いからな…)
 その手の委員は引き受けていない。もっと活動的な役目ばかりをしていたから。
 つまり自分の出番ではなくて、「俺が先生を呼んで来る!」とは言えない立場。
(救急隊員がやって来たって…)
 生徒の自分は救急車に一緒に乗れはしないし、運ばれてゆくブルーを見送るだけ。
 思い出した膨大な記憶を抱えて、ブルーへの想いと心配と不安を抱え込んで。
(ブルー先生はどうなったんですか、と訊きに行こうにも…)
 休み時間まで待つしかなくて、「無事だ」と教えて貰っても…。
(学校が終わって、放課後になるまで…)
 見舞いに行くことも出来ない始末で、しかも放課後は部活の時間。
 水泳にしても、柔道にしても、日々の練習が欠かせない。
 終わってから病院に出掛けて行っても、ブルーは退院した後だろう。
 聖痕は身体に傷を残さないし、ショックで倒れただけのこと。
 落ち着いたと分かれば、大人のブルーは直ぐに退院。小さなブルーの時と違って。
 きっと家へと帰ってしまって、もう病院のベッドにはいない。大急ぎで辿り着いたって。


(そうなってくると…)
 ブルーの家に行くしかないのだけれども、十四歳にしかならない自分。
 あまり帰宅が遅くなったら、家で心配するだろう両親。
(通信を入れて、遅くなるから、と言うにしたって…)
 そうやってブルーの家に行っても、何の役にも立たない自分。
 ブルーと昔話は出来ても、聖痕現象で疲れただろうブルーのためには何も出来ない。
 看病はもちろん、キッチンを借りて何か料理を作りたくても…。
(ブルーが困るだけだよな?)
 前の自分たちのことはともかく、今は教師と教え子の二人。
 見舞いに来てくれた学校の生徒に、食事を作らせるなど言語道断。
(あいつがベッドで寝込んでたって…)
 サッと着替えて起きて出て来て、家に迎え入れてくれるのだろう。
 「もうすぐ夕食の時間になるから、食べて行くかい?」と優しい笑顔で。
 そしてキッチンで夕食の支度を始めるブルー。
 「前の君ほど、料理は上手くないんだけどね」と、苦笑しながら二人分を。
 出来上がったら「どうぞ」と呼ばれる食卓、食器などもきちんと並べてくれて。
(うーむ…)
 感動の再会はどうなったんだ、と頭を抱えたい気分。
 ブルーが外見の年を止めていたって、中身はとうに三十七歳。
 もう充分に大人なのだし、十四歳の「ハーレイ」を前にしたって冷静だろう。
(…「ただいま、ハーレイ」も、「帰って来たよ」も無いってか?)
 小さなブルーはそう言ったけれど、教師のブルーは言いそうにない。
 遠い昔に「ソルジャー・ブルー」だった頃のように、ふわりと笑んで…。
(また会えたね、とか、「久しぶりだね」とか…)
 それから右手を差し出すだろうか、握手しようと。
 前の生の最後に凍えた右手に、また温もりを戻そうとして。
 「キースに撃たれた」ことは言わずに、何気ないふりで、ごく自然に。
 子供の姿になった恋人、教え子の恋人に心配などはかけられない。
 きっとブルーならそうするのだろう、悲しすぎた前のブルーの最期を秘密にして。


 それでは駄目だ、と振った首。
 今のブルーを守るどころか、逆に気を遣わせる「子供の自分」。
 もしも逆様になっていたなら、そういう展開。
 ブルーの方が年上だったら、自分が年下だったなら。
(俺が今と同じくらいの年に育ってたって…)
 ブルーが若い日の姿を保っていたって、きっと成長している心。
 年上として生きた年の分だけ、早く生まれて来た分だけ。
(…俺があいつを守ると言っても、噛み合わないぞ…)
 色々な所でズレちまうんだ、と分かるから「今」に感謝する。
 チビのブルーが「年下」に生まれて来たことに。…自分よりも遥かに幼いことに。
 これが逆様だったとしたなら、とてもブルーを守れないから。
 「逆様だったら厄介だよな」と、「我儘なチビでも、年下のブルーで良かったんだ」と…。

 

          逆様だったら・了


※ブルー君との年の差が逆様になっていたら、と思ったハーレイ先生。年上になったブルー君。
 前の生では本当に年上だったんですけど、今だと少し困ったことになりそう。年下が一番v







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(ハーレイのことは好きなんだけど…)
 ちゃんと愛しているんだけれど、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
 この部屋で二人でゆっくり過ごして、夜は両親も一緒に夕食。
 それは幸せな日だったけれども、こうして部屋で一人になったら…。
(…ハーレイ、今日も酷かったよね?)
 とっても意地悪、と思い出してしまう昼間の出来事。
 二人きりの時間にキスを強請って、いつもと同じに断られた。「キスは駄目だ」と。
 「俺は子供にキスはしないと言ってるよな?」と、鳶色の瞳で睨まれて。
 お決まりの言葉で、ハーレイときたら、そればかり。…恋人がキスを頼んでも。
 どんなに「キスして」と強請ってみたって、まるで取り合ってはくれないハーレイ。
 前の生からの恋人同士で、再び巡り会えたのに。
 青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(本当にケチで、うんと意地悪なんだから…)
 あれでもホントに恋人なの、とプウッと頬を膨らませる。
 ハーレイは此処にいないけれども、昼間にやって見せていたように。
 キスを断られてプンスカ怒って、膨れっ面になっていたように。
(この顔だって、ハーレイ、苛めてくれるんだから…)
 今日もやられた、と意地悪なハーレイの手の感触が蘇る。両の頬っぺたに。
 褐色の肌の大きな両手で、ペシャンと押し潰された頬。プンプン怒って膨れていたら。
(頬っぺたを潰して、笑って、ハコフグ…)
 あれだって酷くて意地悪だよ、と尽きない不満。
 何処の世界に、恋人の頬を押し潰すような酷い輩がいるだろう?
 しかもペシャンと潰した後には、その顔を眺めて可笑しそうに笑う。「ハコフグだな」と。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、「お前、ホントにそっくりだよな」と。


 似てはいないと思うハコフグ。
 尖った唇がトレードマークの、ちょっと四角いフグなんて。
 頬っぺたを潰される前の顔だって、フグなんかとは似てもいないと思うのに…。
(ハーレイ、いつもフグって言うし…)
 おまけにハコフグ、恋人の頬を自分の両手で押し潰して。
 まるでこの顔で遊ぶみたいに、「フグだよな?」と面白がっては「ハコフグ」にして。
(どうして、あんなに意地悪なわけ…?)
 前のハーレイなら苛めなかった、と時の彼方に思いを馳せる。
 恋人同士になった後にはもちろん、その前だって一度も苛められてはいない。
 前の自分がチビだった頃も、今とそっくりだった頃にも。
(そりゃ、本当の年はハーレイよりもずっと上だったけど…)
 アルタミラの檻で心も身体も成長を止めて、長く暮らした前の自分。
 未来に希望を持てはしなくて、育ったとしても「いいこと」は何も起こらないから。
 繰り返される過酷な人体実験ばかりの日々では、未来など思い描けないから。
(自分では意識していなかったけど…)
 成人検査を受けた時のまま、止まった成長。身体も、中身の心の方も。
 だからハーレイと出会った時にも、姿と同じにチビだった。
 今の自分と変わらないチビで、アルタミラから脱出した後の船の中では…。
(ぼくだけがチビで、みんなは大人だったから…)
 どうすればいいのか分からないまま、ハーレイの後ろをついて歩いた。
 親鳥を追い掛ける雛鳥みたいに、何処へ行くにも。
 ハーレイの方でも承知だったし、いつも面倒を見てくれた。
 船の中で出来た友達などには、「俺の一番古い友達だ」と言って紹介してくれて。
 「サイオンは強いが、まだ子供だから」と、前の自分を守ってもくれた。
 ただ一人きりのタイプ・ブルーを恐れる仲間もいたものだから。
(俺の友達だから大丈夫だ、って…)
 ハーレイが保証してくれたお蔭で、怖がる者は無くなった。
 見た目通りのチビの子供で、少しサイオンが強いだけだ、と安心して。
 「ハーレイの一番古い友達なら、怖がらなくても大丈夫」と。


 そんな具合に、親切だった前のハーレイ。
 チビだった前の自分を苛めるどころか、守ってくれてさえもいた。
 不安がる船の仲間たちから、「タイプ・ブルー」を恐れた者たちから。
(前のハーレイは、とても優しくて…)
 持ち場にしていた厨房に行けば、あれこれと試食させてもくれた。
 「何が出来るの?」と覗き込んだら、「食ってみるか?」と向けられた笑顔。
 「すぐに出来るから、其処で待ってろ」と、手早く仕上げた試作品の料理。
 皿にちょっぴり取り分けてくれたり、スプーンで掬って渡されたり。
(とっても美味しかったんだよ…)
 前のハーレイの自信作。
 試作品でも、検討してから作るから。データベースの資料やレシピを参考に。
 「美味いか?」と訊かれて「うん」と頷いたら、追加を貰えたこともしばしば。
 「お前は食が細いからな」と、「少しずつでも食っておくのが一番だ」と。
 何度も貰った試作品の料理。ハーレイが目の前で仕上げた料理。
(前のぼくは何度も食べられたのに…)
 すっかり変わってしまった今。
 青い地球の上で巡り会ったら、ハーレイはケチになっていた。
 唇へのキスをくれないどころか、今のハーレイが作る料理も…。
(一つも御馳走してくれないんだよ!)
 ハーレイが言うには、「俺が手料理を持って来たなら、お母さんが困っちまうだろ?」。
 客の立場でそれは出来ない、と断られてしまった「手料理のお土産」。
 家で色々作っていたって、試食させてはくれないハーレイ。
 作って貰える料理と言ったら、「野菜スープのシャングリラ風」だけ。
 前の自分が寝込んだ時には、ハーレイがそれを作ってくれた。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
 今でもレシピは変わらないけれど、作って貰える時の条件まで変わらない。
 学校を休んで寝込んだ時だけ、ベッドの住人になった時だけ。
 それ以外では、一向にお目にかかれない。
 ハーレイは料理が得意らしいのに、「野菜スープのシャングリラ風」にさえも。


 手料理もキスもくれないハーレイ、なんともケチになった恋人。
 その上、苛められたりもする。
 今日みたいに頬っぺたをペシャンと潰して、「ハコフグだな」などと笑ったりして。
(ケチだし、酷いし、おまけに意地悪…)
 あれでも本当に恋人だろうか、あんなにケチで酷いのに。…意地悪なのに。
 前の自分になら、いつも優しくしてくれたのに。苛めはしないで、守ってくれて。
(…同じハーレイなんだけど…)
 見た目は変わらないんだけれど、と悲しい気分になったりもする。
 意地悪になってしまった恋人、酷くてケチでキスもくれない。
 キスを強請れば「俺は子供にキスはしない」で、断った後も苛めにかかる。
 膨れっ面になった顔を「フグだ」と笑った挙句に、両手で潰してしまう頬っぺた。
 そうやった時は「ハコフグ」になって、見る方は愉快らしいから。
 やられた恋人が怒っていたって、ハーレイは少しも気にしない。
 なにしろ意地悪で酷い恋人、可笑しそうに笑い続けるだけ。
 ハコフグにされて不満たらたら、唇を尖らせている顔を。
 前の生から愛し続ける恋人の顔を、笑って眺めて楽しむハーレイ。
(ホントのホントに酷いんだから…)
 それに意地悪、とプウッと膨らませる頬っぺた。今ならハーレイも潰せないから。
 この時間ならばきっとコーヒー、書斎かリビングか、ダイニングかで。
(ぼくを苛めたことも忘れて、きっとのんびり…)
 傾けているだろうマグカップ。苦い飲み物をたっぷりと淹れて。
 コーヒーが苦手な恋人のことも忘れてしまって、本でも読んでいるのだろうか?
(どうせ、そういう夜なんだから…)
 うんと意地悪なハーレイだしね、と腹が立つけれど、ますます頬っぺたが膨れるけれど。
 それでも思考が向いてしまうのが、その意地悪なハーレイのこと。
 この時間ならどうしているかと、何をして過ごしているのだろうかと。
(だって、ハーレイなんだもの…)
 いくら意地悪でケチになっても、酷い恋人になってしまっても、愛おしい人。
 誰よりも好きな恋人なのだし、忘れていろという方が無理。…苛められた日でも。


(ハーレイが、ぼくを忘れてたって…)
 すっかり忘れてコーヒー片手に読書中でも、そのハーレイに恋する自分。
 前の生から愛し続けて、今も変わらず愛しているから、忘れるなんてとても出来ない。
 「酷い」とプンスカ怒っていたって、「意地悪だよ」と頬を膨らませたって。
(やっぱり好きだし、ハーレイしか好きになれないし…)
 悔しいよね、と思い浮かべる恋人の顔。
 こんなに好きでたまらないのに、今も想っているというのに、意地悪な人。
 ケチで酷くて、頬っぺたを潰しにかかる恋人。
 けれどもハーレイのことが好きだし、どうにもならない。
 「お返し」とばかりに忘れたくても、頭から消えてくれないから。
 こうして膨れっ面の今でも、気になって仕方ないのだから。
(…ハーレイのことは、愛してるけど…)
 誰よりも大切なんだけど、と尖らせた唇。「ハコフグだってかまわないや」と。
 「愛してるけど意地悪だよね」と、「おまけにケチで酷いんだよ」と。
 そうは思っても忘れられない、その意地悪な恋人の顔。
 ケチで酷くても、誰よりも好きで大切な人。
 愛しているから文句を言いたい、「酷すぎるよ」と。
 「苛めないでよ」と、「ぼくはこんなに、ハーレイが大好きなんだから」と…。

 

         愛してるけど・了


※ハーレイは意地悪になっちゃった、と不満たらたらのブルー君。おまけに酷い、と。
 けれど忘れることも出来なくて、自分の部屋で膨れっ面。意地悪でも、誰よりも好きな恋人v








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