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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…車だと、近い方なんだがな…)
 あいつの家は、とハーレイが思い浮かべたブルーの家。
 夜の書斎でコーヒー片手に、今日の帰り道を考えてみて。
 平日だったから、朝から学校。
 柔道部の朝練が終われば授業で、放課後は柔道部の指導。朝よりもずっと本格的に。
 その後は、何も無かった日。
 残ってするべき仕事の類も、集まって会議することも。
 だからブルーの家に出掛けた。
 部活の後でシャワーを浴びたら、柔道着から元のスーツに着替えて。
 学校の駐車場にいつも停めておく愛車、濃い緑色のそれを走らせて。
 前の自分のマントの色をしている車で走れば、ブルーの家は遠くない。
 歩いても充分行ける距離だし、現にブルーと同じくらいの距離を通う生徒は…。
(普通は歩きか、自転車なんだ)
 学校までの通学手段は。
 体力自慢の生徒だったら、朝、ギリギリに起きて走って来るほど。
 「この時間だったら、まだ間に合う」と、朝食を食べたら一気に走り抜くような猛者。
 けれどブルーは、そうはいかない。
 前と同じに弱く生まれた身体が悲鳴を上げるから。
(走り抜くなんぞは、とんでもなくて…)
 家から歩いて来たとしたって、きっとその日はフラフラだろう。
 登校だけで体力を使い果たしてしまって、体育の授業があったとしたなら、見学組。
 体育でなくても、授業の途中で手を挙げていそう。
 「気分が悪いので、保健室に行ってもいいですか」と。少し青ざめた顔をして。
 そんなブルーだから、通学手段は路線バス。
 行きも帰りもバスで通って、歩きも自転車も夢のまた夢。
 それでも実は、それほど遠くはない所にあるブルーの家。
 普通の生徒なら歩いて来られて、体力自慢なら走って来たって平気な距離。
 もちろん自分も軽く走ってゆけるだろう。その気になったら、その道を選びさえすれば。


 そうは思っても、スーツの教師が走れはしない。
 おまけに学校には車で通勤、どうしても必要になる車。
(学校までが遠いってわけじゃないんだが…)
 同じ学校にずっと勤めはしない仕事で、前の学校は家から遠かった。
 フラリと歩いて行ける場所ではなかったのだし、その前にいた学校だって。
(そうやって、車の癖がついちまって…)
 一度使えば、便利で手放せなくなってしまうもの。
 沢山の資料を運んでゆけるし、クラブの生徒に差し入れをしようという時だって…。
(紙袋とかをドッサリ積み込めるしな?)
 車に限る、と考えるわけで、学校の同僚たちの方でも大歓迎。
 誰か車で行ける人は、と探している時に「私が行きます」と名乗り出るから。
 仕事帰りに食事に行こう、という話が出たって、何人か乗せてゆけるから。
(酒は好きだが、そういう時には我慢だ、我慢)
 学生時代に叩き込まれた、「我慢」ということ。
 先輩たちが最優先だし、食事も、それに酒だって…。
(思う存分、ってわけにはいかない世界で…)
 遠慮しなくてはいけない席なら、先輩たちに譲って我慢。とびきりの美酒があった時でも。
 そういう風に育ったお蔭で、「飲みに行きませんか?」という誘いの時も…。
(俺は便利に運転手なんだ)
 同僚たちを店まで乗せて運んで、帰りは家まで送り届ける。近い人から順番に。
 少しも苦にはならない送迎、そのためにも欠かせない車。
(本格的に飲もうって時なら、家に残して出勤だがな)
 生憎とその機会が減っちまったが、と思うのが今の学校に移ってからのこと。
 其処で出会ってしまった恋人、チビのブルーがいるものだから。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人が。
(飲みに行ってる暇があったら…)
 あいつの家に行ってやりたいからな、と断ってしまうことが多いのが酒席。
 食事の誘いも、あまり受けてはいないのが自分。


 そうやって通う、ブルーの家。
 仕事が早く終わった時には、車に乗って。
 ブルーの方でも首を長くして待っているけれど、その家までは…。
(近いようでも、遠いんだよなあ…)
 車で走れば直ぐなんだが、と思いはしても、歩いてゆけば距離はそこそこある。
 何ブロックも離れているから、二階の窓から覗いてみても、屋根の欠片も見えない場所。
(もうちょっと、近い所だったら…)
 近所だったら良かったんだが、と時々、思ったりもする。
 今のブルーには、「家には来るな」と言い渡してはあるのだけれど。
(それでも、家が近かったら…)
 家の表で、立ち話くらいはしてやれる。
 ブルーが前を通り掛かれば、「散歩中か?」などと呼び止めて。
 間に生垣を挟んでいたなら、何の心配も要らないから。
(あいつが、前のあいつとそっくりな表情をしたとしてもだ…)
 生垣越しでは、そのまま抱き寄せたりは出来ない。
 一年中葉を落とさない木たちが、間にズラリと並ぶのだから。
(邪魔と言えば邪魔で、安全だと言えば安全で…)
 間違ってもピタリと抱き合えないから、きっと冷静になる自分。
 それに人目もあるのが庭で、誰が見ているか分からない。隣近所の家の窓から。
(生垣を挟まなくても、だな…)
 ブルーを呼び止めて門扉を出たなら、其処は公道。
 信号があるような道ではなくても、近所の人たちの生活道路。
(人は通るし、たまに車も走って行くし…)
 やはり気になるのが人目。
 ブルーがどんな表情をしても、「俺のブルーだ」と抱き締めたい衝動に駆られても。
(俺の仕事は、近所の人なら知っているしな?)
 教え子と抱き合っていたとなったら、間違いなく立つだろう噂。
 あまり芳しくないものが。…自分の評価が下がりそうなものが。


 それは充分承知なのだし、ブルーと家が近かったならば、自重する。
 自制心なら、ちゃんと培ってあるのだから。
(俺の家の中に入れさえしなけりゃ…)
 ブルーと何度顔を合わせても、きっと不埒な真似などはしない。
 前を通ったのを呼び止めようとも、ブルーの方から声を掛けられようとも。
(時間はいいのか、と確かめてだな…)
 いくらでも出来る立ち話。
 ブルーがコロコロ嬉しそうに笑って、自分の方でも笑ったりして。
 そうやって話して、お互い、満足したならば…。
(気を付けて帰れよ、って手を振ってやって…)
 ブルーも「さよなら!」と手を振るのだろう。
 「楽しかった」と無邪気な笑顔で、「また来るね」とも。
 家に入れては貰えなくても。
 いつも生垣越しの会話や、門扉の前での立ち話でも。
(そういうのも楽しそうだよな…)
 帰ってゆくブルーを、自分が「またな」と見送る立場。
 今はブルーの家に行く度、その逆になっているのだけれど。
 「またな」と席を立つのが自分で、今日のように車に乗り込む時やら、歩く時やら。
 どちらにしたって「見送られる」方で、ブルーは懸命に手を振っている。
 車だったら、きっと見えなくなる時まで。
 歩いて帰ってゆく時だって、振り返ってみればブルーの姿。
 とっくに夜になっているのに、街灯が灯っている時刻なのに。
(早く入れよ、って手を振るんだが…)
 ブルーはいつも、家の中には入らない。
 「入れ」と大きく手を振ってみても、「入るように」と身振りで促しても。
 家の表で手を振りながら、名残惜しげに立っているブルー。
 そうして見送られるのが自分で、ブルーはいつも「見送る」だけ。
 家が近かったら、逆になることもありそうなのに。…ブルーを見送れそうなのに。


(うーむ…)
 もう少し家が近かったらな、と思わないでもない自分。
 こんな風に考えてしまった夜には、「近所だったら良かったんだが」と。
 ブルーが欲しがる手料理だって、近ければきっと振舞ってやれた。
 家には入れてやれないけれども、「味見するか?」と、生垣越しに差し出して。
 「焼いたばかりの菓子なんだが」とか、試食用のを楊枝に刺して。
 きっと大喜びだろうブルー。
 ほんの小さな欠片にしたって、「美味しいね」と頬張って。
 食べた後には笑顔で話して、「またね」と帰ってゆくのだろう。
 「今度はこういうのが食べたいな」と、リクエストなども残していって。
(そういうのも悪くないんだが…)
 残念なことに、あいつの家は遠いんだ、と浮かべてしまった苦笑い。
 これも神様の悪戯だろうかと、「そうそう上手くはいかんのかもな」と。
 ブルーの家が近所だったら、色々と楽しそうなのに。
 たまにこうして考えてみては、「近かったらな」と夢を広げる夜もあるのに…。

 

        近所だったら・了


※ブルー君の家が近かったらな、と考えてみるハーレイ先生。家の前で出来そうな立ち話。
 それにブルー君を見送れるわけで、なんとも素敵ですけれど…。近所じゃないのが残念かもv








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(今日は、ちょっぴり聞けただけ…)
 それもハーレイ先生の方、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、学校で少し話しただけ。
 休み時間に「ハーレイ先生!」と、廊下で呼び止めて。
 ほんの少しの立ち話だけで終わってしまった、ハーレイとの時間。
 恋人同士の会話は出来ずに、「ハーレイ先生」と話しただけ。
(だけど、ハーレイの声は聞けたし…)
 聞けない日よりはよっぽどマシ、と自分の胸に言い聞かせる。
 まるで会えない日もあるのだから、そんな日よりかはずっとマシだよ、と。
 それに挨拶だけでは終わらず、短い時間でも交わせた会話。
(ぼくが話して、ハーレイが返事してくれて…)
 ハーレイからも「元気そうだな」などと言葉を貰った。
 「次の授業は何なんだ?」とも訊いてくれたし、耳に届いたハーレイの声。
 あの声が好きでたまらない。
 古典の授業があった時なら、聞き惚れていると言ってもいいほど。
 自分は当てては貰えない日でも、聞いていられるだけで幸せ。
(だって、ハーレイの声なんだもの…)
 遠く遥かな時の彼方で、耳にしたのと同じ声。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 同じ声をまた聞けるだなんて、なんと幸せなことだろう。
 たとえ「ハーレイ先生」だろうと、自分に向けられた声でなくとも。
(あの声は変わらないものね…)
 ホントに少しも変わっていない、と前の自分の記憶と重ねてみる。
 前の自分を呼んでくれた声、「ブルー?」と呼び掛けてくれた声。
 あの声がとても好きだったのだし、同じ声を聞けるだけで幸せ。
 家を訪ねて来てくれなくても、恋人同士の会話は交わせないままに終わった日でも。
 そうは思っても残念な気分、「ハーレイ先生の方だったよね」と。


 同じ聞くなら、「ハーレイ」の声の方がいい。
 誰もに人気の「ハーレイ先生」、どの生徒にも分け隔ての無い先生よりも。
(ぼくだけ、特別扱いの方が…)
 断然いいよ、と思ってしまう。
 欲張りなのだと分かっていても。…声を聞けたら充分なのだ、と考えても。
(そんな贅沢、ホントは言っちゃ駄目なんだけど…)
 神様の罰が当たっちゃうよね、と眺めた右手。
 前の自分の最期に冷たく凍えた右手は、今も悲しい記憶を其処に秘めている。
 メギドでキースに撃たれた痛みで、失くしてしまったハーレイの温もり。
 切れてしまったと思った絆。
(もうハーレイには、二度と会えないんだ、って…)
 泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
 なのに其処から時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来た。
 ハーレイも先に生まれていたから、奇跡のように叶った再会。
 前の自分たちの恋の続きを、今の自分は生きている。
 あまりにもチビで、ハーレイはキスも許してくれないけれど。
 唇へのキスを貰おうとしたら、いつも叱られてばかりだけれど。
(俺は子供にキスはしない、って…)
 額をコツンと軽く小突かれたり、鳶色の瞳で睨まれたり。
 その度に「ハーレイのケチ!」と怒って、プウッと膨れていられるのも…。
(神様が新しい命と身体をくれて…)
 聖痕をくれて、前の自分とハーレイの記憶を、ちゃんと戻してくれたから。
 恋人同士として生きてゆけるよう、青い地球の上で出会えるように。
(ハーレイの声を聞けるのだって…)
 そのお蔭だから、言えない贅沢。
 「ハーレイ先生」よりも、「ハーレイ」の方がいいなんて。
 大好きな声を聞けたというのに、「もっと」と欲を出すなんて。
 「ぼくだけ、特別扱いがい」と、我儘な気持ちを持つなんて。


 これじゃ駄目だ、と分かってはいる。
 好きでたまらないハーレイの声を、今日の自分は聞けたから。
 「ハーレイ先生」の方にしたって、ちゃんと話も出来たのだから。
(…まるで会えない時だってあるし…)
 ハーレイの古典の授業が無い上、学校の中でも会えずに終わる日。
 家に帰って「来てくれるかな?」と待っていたって、チャイムが鳴ってくれない日。
 そういう日だって珍しくないし、そんな寂しい日に比べたら…。
(よっぽど幸せで、ツイていた日で…)
 ぼくは幸せ、と思いたくても、どうしても出て来てしまう「欲」。
 「ハーレイの方が良かったのに」と、「ハーレイ先生よりも、ハーレイがいい」と。
 学校で出会って話すよりかは、家で会う方がずっといい。
 どんな話題も好きに選べて、使わなくてもいい敬語。
 それに叱られてもかまわないなら、「ぼくにキスして」と注文だって。
(言ったら、叱られちゃうけれど…)
 あれもハーレイの声なんだよね、と思うと、叱られたい気持ちになる。
 額をコツンと小突かれたって、怖い顔をして睨まれたって。
(キスは駄目だ、って叱る声だって…)
 大好きな声で、好きでたまらないハーレイの声。
 普段の自分は、それを忘れているけれど。
 少しも気付きさえもしないで、不満たらたらで膨れっ面。「ハーレイのケチ!」と。
 怒ってプウッと膨らませる頬、唇だって尖らせる。
 そのままプンスカ怒る日もあれば、ハーレイの手で頬っぺたをペシャンと潰されて…。
(フグがハコフグになっちまったな、って…)
 苛められたことも、何回も。
 恋人を捕まえて「フグ」で「ハコフグ」、なんとも酷い今のハーレイ。
 その「ハコフグ」にしたのは、ハーレイの大きな両手なのに。
 頬っぺたを包んで潰してしまって、ハコフグにしてくれたのに。
 けれど、そう言って笑っているのも、ハーレイの声。「ハコフグだな」と。


(うーん…)
 叱られる時もハーレイの声なら、苛められる時もハーレイの声。
 いつも自分は怒って膨れて、機嫌を損ねているけれど…。
(あの声だって、ちゃんとハーレイの声なんだから…)
 幸せだと思うべきだろう。
 「ハーレイ先生」ではない「ハーレイ」の方しか、そんな真似などしないから。
 恋人同士の二人だからこそ、叱られもするし、苛められもする。
 「キスは駄目だ」と叱り付ける声も、「ハコフグだぞ」と可笑しそうな声も、ハーレイの声。
(…どっちも、ぼくは怒ってるけど…)
 もうプンプンと怒るけれども、ハーレイの声には違いない。
 今日は聞きそびれた「ハーレイ」の声で、「ハーレイ先生」からは聞けない言葉。
 学校の中でハーレイに会っても、キスを強請れはしないから。
 強請れないなら、ハーレイが断るわけもない。
 自分の方でも「ハーレイのケチ!」と膨れはしないし、膨れないなら、フグにはならない。
 フグの頬っぺたをペシャンと潰された、「ハコフグだ」という顔にもならない。
(…叱られちゃっても、フグでハコフグでも…)
 それを言うのはハーレイの声で、今日の自分は聞けてはいない。
 聞いたら「ケチ!」と怒るけれども、膨れっ面になるけども…。
(ハーレイに会えないと、それも出来なくて…)
 今みたいに零れてしまう溜息。
 「今日は、ちょっぴり聞けただけ」と。
 ハーレイの声はほんのちょっぴり、しかも「ハーレイ先生」の方。
 声はどちらも変わらなくても、中身の言葉が全く違う。
 「元気そうだな」と、どの生徒にも向けられる言葉と、「ハコフグ」とでは。
 「次の授業は何なんだ?」と尋ねられるのと、「キスは駄目だ」と叱られるのとは。
 叱るハーレイも、ハコフグ呼ばわりをするハーレイも、いつも腹立たしいけれど…。
(ハーレイ先生じゃなくて、ハーレイ…)
 そっちなんだ、と気付くと聞きたい。叱り付ける声も、酷い「ハコフグ」呼ばわりも。


 聞きたかったな、と零れる溜息、聞けずに終わった「ハーレイ」の声。
 「ハーレイ先生」の声は聞けても、「ハーレイ」の方は。
(…苛められても、叱られちゃっても…)
 聞けないよりはずっといい、と思ってはみても、とっくに夜。
 もうハーレイは来るわけがなくて、自分もお風呂に入ってパジャマに着替えた後。
 けれど聞きたい、ハーレイの声。
 「あれもハーレイの声なんだよ」と気付かされたら、もう聞きたくてたまらない。
 「キスは駄目だ」と叱る声でも、「ハコフグだよな」と笑う声でも。
 言われる度にプウッと膨れて、怒って、文句ばかりの言葉でも。
(好きな声だけど、言ってることが酷いから…)
 プンスカ怒ってしまうというだけ、よくよく聞いたらハーレイの声。
 そうだと気付かず、怒ってばかりの我儘な自分。「酷すぎるよ!」と。
 「ハーレイ先生」は、それを言わないのに。
 恋人同士の「ハーレイ」だけしか、そんな言葉は口にしないのに。
(…あれでもいいから、聞いてみたいな…)
 ハーレイの声、と心の中で言ってみたって、ハーレイに届くわけがない。
 大好きな声は聞こえて来なくて、夜の静けさに包まれるだけ。
(…聞きたいよね…)
 叱る声でも、苛めて笑う方の声でも、とハーレイを思い浮かべるけれど。
 愛おしい人を想うけれども、聞こえてはこない笑う声。…叱る声だって。
(いつものぼくって、ホントに我儘…)
 それに贅沢、と自分自身に言い聞かせる。
 「好きな声だけど、言葉が酷いだけじゃない」と、「あんまり膨れてばかりじゃ駄目」と。
 ハーレイの声が聞けないよりかは、叱られた方が幸せだから。
 たとえハコフグ呼ばわりだろうが、それを言うのは、大好きなハーレイの声なのだから…。

 

         好きな声だけど・了


※ブルー君が好きな、ハーレイの声。「ハーレイ先生」の方でも、聞き惚れるくらいに。
 「それでもハーレイの声の方がいいな」と思う欲張り。ハコフグ呼ばわりでも聞きたい声v









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(あいつの声か…)
 ずいぶん変わっちまったもんだ、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は学校でしか会っていないブルー。
 休み時間に「ハーレイ先生!」と声を掛けられて、ほんの少しの立ち話。
 恋人同士の会話などは無理で、他の生徒と話すのと何処も変わらないけれど。
(それでも、あいつは嬉しそうな顔で…)
 自分の方も、同じに嬉しい。
 ブルーの顔を見られるだけで、その声を聞いていられるだけで。
 なんと言っても、遠い昔からの恋人同士。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(学校じゃ、教師と教え子なんだが…)
 そうして二人でいられることさえ、夢のような話なのだから。
 遠く遥かな時の彼方で、メギドへと飛んでしまったブルー。
 二度と戻らないと分かっていたのに、見送るしかなかったブルーの背中。
(なのに、あいつは戻って来たし…)
 自分も同じに生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きている。
 もっとも、何かと制約が多いのだけれど。
 十四歳にしかならない恋人、すっかり子供になったのがブルー。
 とてもキスなど交わせはしないし、二人一緒に暮らすことも無理。
(当分は待つしかないってわけで…)
 ブルーが育って、前の自分が見送った時と同じ姿を手に入れるまで。
 結婚できる年になるまで、待って、見守って、ブルーの家を訪ねてやって…。
 まだまだ続くだろう日々。ブルーをこの家に迎えられるまでの待ち時間。
(なんたって、声もああだから…)
 前のあいつとは違うんだよな、と耳に蘇るブルーの声。
 「ハーレイ先生!」と呼び止められた時の、廊下で立ち話をしていた時の。


 今のブルーは、前のブルーと違ってチビ。
 背丈はもちろん、顔立ちだって少年のそれで、幼さが残るブルーの面差し。
(学年でも一番のチビらしいしな?)
 女子を除けば、一番小さいのがブルー。
 そんなわけだから、声だってそれに見合ったもの。
 前のブルーが「ハーレイ?」と呼んだ、あの柔らかくて甘い声。
 それをブルーは持ってはいない。…少年の姿の、今のブルーは。
(いわゆるボーイソプラノってヤツで…)
 きっと歌わせたら、天使の歌声。そういう感じ。
 音楽の授業中のブルーを、覗いたことは無いけれど…。
(そりゃあ綺麗で、透き通るような声で歌っているんだろうなあ…)
 恥ずかしがらずに歌ったら。他の生徒と一緒に合唱していたら。
 独唱となれば、ブルーは尻込みしそうだけれど。
(いい声なんだし、俺が音楽の担当だったら、指名するがな?)
 ソロのパートがある曲だったら、「ブルー君」と。
 「是非、この部分を歌って欲しい」と、「一度、歌ってみたらどうだ?」と。
 そうやってブルーを指名したなら、慌てそうなのが今のブルー。
 「そんなの無理です!」と悲鳴を上げるか、真っ赤になって俯くのか。
 引っ込み思案ではないのだけれども、目立つのは苦手そうだから。
 皆で合唱している途中に、一人だけ高らかに歌い上げるのは…。
(…今のあいつの性分じゃないぞ)
 どうしても、と割り振られたなら、引き受けはしても、そうでなければ断るタイプ。
 恥ずかしくて歌えそうにないから、詰まってしまいそうだから。
(はてさて、実際、どうなんだか…)
 ブルーと二人で過ごす時間に、学校の話題は滅多に出ない。
 出たとしたって、自分が受け持つ古典の話か、柔道部の活動に関することか。
 音楽の授業の報告などは聞いていないし、知らない実態。
 ブルーがソロで歌っているのか、ひたすらに逃げて断っているか。


(ソロで歌っちゃいなくても…)
 音楽の時間には、きっとあるだろうテストの時間。
 一人ずつ前に出て歌うだとか、「自分の席でもかまわないから」と指示されて…。
(あいつも歌っている筈だよな?)
 優等生らしく、つかえもしないで歌い上げるか、途中で声が消えるのか。
 今のブルーなら、どちらもありそうな可能性。
 目立ちたがりたいタイプではないし、注目を浴びるのも好きではなさそうだから。
(…前のあいつも、そうだったがな…)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
 船の仲間たちに「ソルジャー」と仰がれ、白と銀の上着に紫のマント。
 気高く美しかったブルーは、あの船でとても目立ったけれど。
 何処へ行っても、何をしていても、周りの視線を惹き付けたけれど…。
(あいつにとっては、不本意なことで…)
 他の仲間たちと同じ生活、それに憧れていたブルー。
 白と銀の上着を脱いでしまって、紫のマントも外せたら、と。
 黒が基調のアンダーウェアなら、仲間たちの制服とさほど変わりはしないから。
(ブリッジクルーの印の模様も…)
 袖に入っていないわけだし、もう本当に「普通の制服」。
 そんな具合に「皆と同じで」いたかったブルー、あれほどの美貌だったのに。
 その整った顔立ちだけでも、並ぶ者などいなかったのに。
(声だって、顔に似合ってて…)
 やはり誰もが聞き惚れる声で、ソルジャーとしての威厳もあった。
 たった一言、「行こう」と言うだけで、皆が納得したほどに。
 長い年月、隠れ住んでいた雲海の星を、ワープして後にしたほどに。
(前のあいつも、いい声を持ってたんだよなあ…)
 今でも耳に残る声。
 ふとしたはずみに、「ハーレイ?」と心に蘇る声。
 あの声が懐かしくなる夜もある。今は聞けない、ブルーは持たない声だから。


 チビのブルーが迎えてはいない声変わり。
 今は立派なボーイソプラノ、きっと歌ったなら透き通るよう。
 「ハーレイ?」と甘えた声を出す時も、もう本当に愛らしい。
 子供の間だけしか持てない、今のブルーのボーイソプラノ。
(…前のあいつも、持ってた筈だが…)
 同じ声だった筈なんだがな、と記憶を辿れば、ちゃんと覚えてはいるのだけれど。
 燃えるアルタミラを脱出した後、ブルーはそういう声だったけれど…。
(いつの間に、変わっちまったんだか…)
 残念なことに、覚えていない声変わりの時期。
 前のブルーの高かった声が、いつの間に低くなったのか。
 甘く柔らかな声に変わったか、生憎と記憶に残ってはいない。
 そうなる前には、きっと前兆もあっただろうに。
(声が出にくくなっちまうとか、掠れちまうとか…)
 声変わりの時期は、そうしたもの。
 今の自分にも経験があるし、友人たちも通った道。
 「風邪かな?」などと言いながら。「音楽の授業、困りそうだぞ」などとも言って。
 いつかブルーの声もそうなる。
 前の自分の記憶に無いから、どのくらいまで育った時に起こるかは分からないけれど。
 けれど、必ずその時は来る。
 今のブルーのボーイソプラノ、それが失われてしまう時。
(なんだか残念な気もするな…)
 消える日が来ると思ったら。
 前のブルーと同じ姿になる日を待ってはいても、あの声が消えると思ったら。
(子供らしい声で、チビの証拠で…)
 どう比べても、前のブルーとは違う声。…ソルジャー・ブルーだった頃とは。
 前のブルーと同じに育つ日、それを心待ちにしている自分。
 待ち時間は長いと思ったけれども、待っている間に消えてしまうブルーのボーイソプラノ。
 声変わりをして、前のブルーと同じ声へと変化して。


(うーむ…)
 ちょいと残念になるじゃないか、と思った声。
 前のブルーが持っていた声、甘く柔らかく「ハーレイ?」と呼んでくれた声。
(俺は、あの声が好きだったんだが…)
 今でも思い出せるんだが、と耳に鮮やかに蘇るけれど、今のブルーの声も愛しい。
 子供らしくて高いあの声、ボーイソプラノを持ったブルーも…。
(俺をしっかり捕まえちまった…)
 愛らしい声で、「ハーレイ?」と呼んで。
 何度もチビのブルーと話して、すっかり囚われの自分。今のブルーが持っている声に。
(前のあいつの声も好きだが…)
 まだ暫くは聞いていたいな、と思うブルーのボーイソプラノ。
 「前のあいつの声も好きだが」と、「好きな声だが、あれは一生モノだしな?」と。
 いつかブルーが育った時には、もう変わらない甘い声。今の声から変化を遂げて。
 そして一生そのままなのだし、貴重なのが今のボーイソプラノ。
 今しか聞けない声なんだぞ、と思うと、まだまだ聞き続けたい。
 待ち時間が少し長くなろうと、ブルーが少しも育たなくても。
 前のブルーの声の方なら、一生、聞いていられるから。
 声変わり前のブルーのボーイソプラノ、それはいつかは消えるのだから…。

 

         好きな声だが・了


※ハーレイが好きな、前のブルーが持っていた声。甘くて柔らかな声だった、と。
 けれど今のブルーのボーイソプラノ、そちらも貴重。聞き続けたいとも思いますよねv








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(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
 この部屋で二人、お茶とお菓子をお供に話して、昼食も。
 「夕食の支度が出来たわよ」と母が来るまで、たっぷりとあった二人きりの時間。
 母が部屋には来ない時間も、今では把握しているから…。
(ぼくにキスして、って…)
 ハーレイの膝に座って頼んだ。
 「おでこや頬っぺたは駄目だからね」と、恋人同士の唇へのキスを。
 けれども、くれなかったハーレイ。
 「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞。
 眉間の皺まで少し深くなって、こちらを睨んでくるものだから…。
 叫んでやった「ハーレイのケチ!」。
 これは自分のお決まりの台詞、ハーレイにキスを断られた時にぶつける言葉。
 もうプンプンと怒って膨れて、唇だって尖らせてやる。
 あまりにもケチな酷い恋人、いつも断られる「本物のキス」。
 遠く遥かな時の彼方で、何度もキスを交わしたのに。
 恋人同士で長く暮らした白い船。
 キスを交わして、愛を交わして、本当に幸せだったのに。
(それなのに、ケチになっちゃって…!)
 酷いんだから、と思い出すだけで腹が立つから、またまたプウッと膨らませた頬。
 此処にはいない恋人に向けて、「ハーレイのケチ!」と。
 この時間ならば、きっとコーヒーを飲んでいるだろう。
 昼間に叱ったチビの恋人、此処で膨れている自分。
 その存在などすっかり忘れて、気に入りだと聞く夜のコーヒーブレイク。
 休日なのだし、豆から挽いてみたりもして。


 ぼくのことなんか忘れているよ、と思うと余計に膨らむ頬っぺた。
 唇だって尖ってくるし、ハーレイが此処にいたならば…。
(昼間みたいに、ぼくの頬っぺた…)
 両側からペシャンと潰すのだろう、褐色をした大きな手で。
 前の自分にキスをくれる時は、同じ手が優しく頬を包んでくれたのに。
(頬っぺたの扱い方まで違うよ)
 愛おしむように触れてくれたのが、前のハーレイの武骨な手。
 その手は今も変わらないのに、潰されてしまう自分の頬っぺた。
 挙句にプッと吹き出すハーレイ、「フグがハコフグになっちまったぞ」と。
 頬っぺたを膨らませた時は「フグ」だし、その頬っぺたを潰された後は「ハコフグ」になる。
 なんとも酷い渾名をつけて、クックッと笑い続ける恋人。
 フグはともかく、ハコフグの方は、ハーレイがやったことなのに。
 大きな両手で頬っぺたを潰してしまわなかったら、そんな顔にはならないのに。
(もう、本当に酷すぎるってば…)
 それにケチだ、と嘆くしかないハーレイのこと。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 出会えた時には、どれほど嬉しかっただろう。
 「ハーレイなんだ」と、「また会えたんだ」と、薄れゆく意識の中で思った。
 聖痕からの酷い痛みと出血、それでも胸に溢れた喜び。
 二度と会えないと思った人に、また会えたから。
 絆は切れてしまったのだと、前の自分は泣きながら死んでいったのに。
(…ただいま、ハーレイ、って…)
 見舞いに来てくれたハーレイに此処で告げた時には、また始まると信じた恋。
 「帰って来たよ」と微笑んで、二人、抱き合った時は。
 母がこの部屋を出ている間に、束の間の逢瀬を果たした時は。
(前のぼくたちの、恋の続きを…)
 生きてゆける、と頭から信じて疑わなかった。
 何もかもが元に戻ったのだと、またハーレイに会えたのだから、と。


 そう思ったのに、こうして一人で膨れっ面。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒っている自分。
 前の自分の恋の続きは、まるで意のままにならないもの。
(ハーレイとキスも出来ないなんて…)
 いったい誰が思うだろうか、気が遠くなるほどの時を飛び越えて出会った恋人同士なのに。
 今だって好きでたまらないのに、キスの一つも交わせはしない。
 ハーレイはケチになったから。
 どんなにキスを強請ってみたって、「俺は子供にキスはしない」の一点張り。
 「キスしてもいいよ?」と誘惑したって、いつもハーレイは笑うだけ。
 そうでなければ叱られる。「子供は子供らしくしていろ」と。
 今の自分はチビだから。
 十四歳にしかならない子供で、前の自分と同じ姿を持たないから。
(だけど、そんなの、見た目だけだよ…)
 ぼくの中身は前とおんなじ、と思うけれども、それに自信が無いのも事実。
 前の自分は、膨れっ面などしなかったから。
 今と同じにチビの頃にも、きちんと自分を律していた。
 船の仲間たちに、要らぬ心配をさせぬよう。…皆の負担にならないよう。
(チビでも、頑張らなくちゃ、って…)
 脱出したばかりの船の片付けに励みもしたし、食料だって奪いに出掛けた。
 元から船にあった食料、それが尽きると分かった時に。
 前のハーレイから聞かされて知って、「そんなの嫌だ」と思った時に。
 食料が尽きてしまうのだったら、後は飢え死にするしかない。
 しかも、ハーレイたちは優しい。ゼルもブラウも、ヒルマンたちも。
(…最後の食事は、ぼくに譲って…)
 きっと自分たちは食べもしないで、「いいから、食べろ」と言いそうな感じ。
 そうしたら皆は死んでしまって、チビの自分が最後に飢える。
 もはや誰一人生きていない船で、一人きりで飢えて死ぬしかない。
 それは嫌だ、と懸命に奪って来た食料。…今と同じにチビだったのに。


 前の自分と比べてみたなら、今の自分は「ただのチビ」。
 両親に守られて育つ子供で、なんの不自由もしていない。
 暖かい家も、自分だけの部屋も、何もかも揃った幸せな子供。
(…前のぼくとは、環境ってヤツが違うから…)
 我儘にだってなっちゃうよね、と自分に言い訳したくなる。
 膨れっ面をしてしまうのも当然だよねと、「そんな風に育ったんだから」と。
 おまけに正真正銘の子供、前の自分のように成長を止めてはいない。
 生まれた時から十四年しか経っていないのだし、檻に閉じ込められてもいない。
 人体実験をされる代わりに、優しい両親が育ててくれた。
 熱を出したら「大変!」と面倒を見てくれる母と、「病院に行こう」と車を出す父。
 甘やかされて育った自分は、前の自分と違って当然。
(ハーレイだって、前と違うじゃない…!)
 隣町に住む、今のハーレイの父と母。
 釣りの名人だと聞いている父と、夏ミカンの実のマーマレード作りが得意な母と。
 そういう両親がハーレイを育てて、今もハーレイを見守っている。
 ハーレイはこの町で一人暮らしをしているけれども、隣町の家に行ったら「大きな子供」。
(自分だって、子供扱いのくせに…)
 どうして、ぼくだけチビって言うの、とプンプンと怒りたくもなる。
 見た目は確かにチビだけれども、中身はちゃんと前の自分。
 ちょっぴり自信が持てない部分は、今の自分の環境のせい。
(ぼくはぼくだし、ハーレイのことも思い出したし…)
 前の自分の恋の続きを、生きられたって良さそうなのに。
 抱き締めて貰ってキスを交わして、とても幸せな二人きりの時間。
 両親と一緒に住んでいるから、愛を交わすのは難しそうだけれども。
(…ママがいきなり来ちゃったら…)
 キスの方なら、サッと離れておしまいだけれど、そうはいかない「愛を交わしていた時」。
 ベッドの中に二人でいたなら、もう言い訳は出来ないから。
 二人とも服を着ていなかったら、絶望的な状況だから。


(そっちは駄目だ、って分かってるけど…)
 キスくらいなら平気なのに、と胸一杯に膨らむ不満。
 「ぼくにキスして」と強請る度に「駄目だ」と断られては、叱られる。
 今日みたいに頬っぺたを潰されもするし、なんともケチになったハーレイ。
(なんでキスしてくれないの?)
 前のぼくたちの恋の続きはどうなってるの、と責めたいけれど。
 ハーレイに文句を言いたいけれども、それで喧嘩になったなら…。
(…もう来てやらん、って言われちゃうとか…)
 今のハーレイなら言いかねないから、本気で喧嘩はとても出来ない。
 「当分、俺は来ないからな」と言い放ったなら、ハーレイはきっと実行する。
 学校で会ったら「元気そうだな」と笑顔を見せても、家には訪ねて来てくれないで。
(ホントにやりかねないんだから…)
 それは困る、と売らない喧嘩。せいぜい頬っぺたを膨らませるだけ。
 ハコフグにされてしまった時にも、プンスカ怒りはするけれど…。
(…ハーレイが怒って、来なくなったら悲しいもの…)
 キスが貰えないだけの今より、もっと悲惨になる毎日。
 いくら待っても、ハーレイが来てくれなかったら。
 門扉の脇のチャイムは鳴らずに、どんどん月日が経っていったら。
 それは嫌だし、ハーレイに会えない毎日だなんて、考えただけでも悲しくて辛い。
 頬っぺたをペシャンと潰されるよりも、「ハコフグだよな」と笑われるよりも。
(…どっちもホントに許せちゃうよね…)
 ハーレイが来てくれるからこそ、潰されてしまう両の頬っぺた。
 「ハコフグだな」と笑う姿も、ハーレイが来てくれなかったら見られない。
 それを思うと許せちゃうよね、と許すしかないケチな恋人。
 前の自分の恋の続きは、ハーレイ無しでは無理だから。
 キスも貰えない日々が続いても、恋が壊れてしまうよりかは、ずっと幸せでマシなのだから…。

 

          許せちゃうよね・了


※「ハーレイのケチ!」と頬を膨らませるブルー君。夜になっても、昼間のことを思い出して。
 けれど怒っても、許してしまう「ケチなハーレイ」。ハーレイ無しでは辛いですものねv









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(ハーレイのケチ、なあ…)
 俺はケチではないんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は休日、午前中からブルーと過ごした。
 お茶とお菓子や、二人きりでの昼食や。
 ブルーの部屋だから、両親の目は届かない。母がやってくる時を除けば。
 そういう時には甘えるブルー。
 膝の上にチョコンと座りたがったり、抱き付いてみたり。
(そのくらいなら、可愛いんだが…)
 どんどんエスカレートするのがブルーで、やがて言い出す困った言葉。
 「ぼくにキスして」と、「おでこや頬っぺたは駄目だからね!」と。
 唇へのキスが欲しいのがブルー、恋人同士が交わすキスなら、そうだから。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーとは何度もキスしたものだから。
(しかしだな…)
 今は全く事情が違う。
 相手は同じブルーでも。前の自分の記憶そのまま、そういうブルーなのだけど。
(あいつ、忘れちゃいない筈だが…?)
 前のブルーが、今の姿をしていた時期を。
 成人検査を受けた日のまま、心も身体もまるで育っていなかった頃を。
 燃えるアルタミラで出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
(てっきり子供なんだと思って…)
 何かと面倒を見てやったもの。自分よりも遥かに幼かったから。
 年上なのだと分かった後にも、やはり中身は「本当にチビ」だったものだから…。
(俺たちが育ててやらないと、と俺もブラウやエラたちも…)
 せっせとブルーに話し掛けたり、船の中を散歩に連れ出したり。
 そうやってブルーを育てていた時期、それが今のブルーが持っている姿。
 十四歳にしかならない子供で、心も同じに見た目通りのチビのブルーが。


 前の自分は、ブルーに恋をしたけれど。
 恋人同士のキスを交わして、愛も交わしていたけれど…。
(今のああいうチビじゃなくって…)
 育った姿だったからな、と断言できる。
 前のブルーが大きく育って、その成長を止めた後。
 若々しい姿だったけれども、強いサイオンを保つためには丁度いい器だったのだろう。
 チビの姿を卒業したのは、脱出してから何年経った頃だったか。
 けれど、ブルーが美しい姿に育った後にも、前の自分は恋してはいない。
 もちろん、ブルーの方だって。
(俺の一番古い友達で、船で一番の親友で…)
 互いにそうだと思っていたから、親しく行き来していた部屋。
 ブルーがソルジャーを名乗るようになって、前の自分の言葉遣いは変わったけれど。
 「ソルジャーには敬語で話すように」と、皆に徹底させたのがエラ。
 だから敬語に切り替えた。
 ヒルマンやゼルや、ブラウ辺りは「それまで通りに」ブルーと話していたけれど。
 敬語など使いはしなかったけれど、前の自分の立場はキャプテン。
 船の仲間たちの手本でもあるし、ソルジャーと話すなら、必ず敬語で。
(二人きりの時にも、きちんとしないと…)
 それがけじめだ、と貫いた敬語。
 初めの内こそ寂しがったブルーも、その内に慣れてしまっていた。
 「ハーレイの言葉遣いは、こう」と。
 それでも壊れなかった友情。
 敬語で話すのが常になっても、ブルーを「ソルジャー」と呼び始めても。
(もっとも、二人きりの時には…)
 前と同じに「ブルー」と呼んでいたけれど。
 ただし、あくまでブルーは「友達」。
 ブルーにとっても、前の自分は一番の友達、そういう関係。
 恋などは無くて、友情だけ。互いを誰よりも大切に思っていたというだけ。


 それが恋だと気付くまでには、気が遠くなるほどかかった時間。
 元はコンスティテューション号だった船、名前だけが「シャングリラ」だった船。
 人類の船を失敬しただけで、武装さえもしてはいなかった船。
(あれを改造することになって…)
 長い時間をかけて準備し、白いシャングリラを造り上げた。
 新造船とも呼べるくらいに、何もかもが姿を変えた船。白い鯨を思わせた船。
(前のあいつの部屋も出来たし…)
 とんでもなく大きかった部屋。
 ブルーのサイオンは水と相性がいいのだから、と巨大な貯水槽まで備えた青の間。
 其処でブルーが暮らし始めても、やはり恋人ではなかった自分。
(俺がブルーの恋人だったら、もういそいそと…)
 夜ごと通って、青の間に泊まっていたことだろう。
 キャプテンの部屋も立派になったし、ブルーが泊まりに来ることだって。
 けれども、そうではなかった二人。
 互いの部屋を行き来したって、話す間に遅い時間になったって…。
(あいつが「おやすみ」と帰っちまうか、俺が「失礼します」と帰るか…)
 そんな具合で、友達同士。
 やっと恋だと気付いた頃には、かなりの時が経っていた。
 つまりは本当に「遅咲き」の恋で、それを思うと今のブルーは…。
(遅咲きどころか、早咲きにも程があるってな)
 あの姿の頃は文字通りに子供だったんだぞ、と前の自分が知っている。
 育った後にも「友達」だったと、「恋人になるまでに、何年かかった?」と。
(あいつも覚えている筈なんだが…)
 そういう過程を全部すっ飛ばして、「ぼくにキスして」と強請るのがブルー。
 「俺は子供にキスはしない」と叱ってみたって、懲りさえしない。
 そして膨れて、「ハーレイのケチ!」と、ケチ呼ばわり。
 「恋人なのにキスもくれない」と、「ハーレイはケチになっちゃった」と。
 もうプンプンと怒って膨れてしまう恋人。…今日も言われた「ハーレイのケチ!」。


 いくらブルーが膨れてみたって、そうなることが子供の証拠。
 前のブルーは膨れっ面などしてはいないし、プンプン怒りもしなかった。
(そりゃ、怒ることもあったんだが…)
 どちらかと言えば拗ねた方だ、と今の自分も忘れてはいない。
 前のブルーは大人だったし、頬っぺたを膨らませて怒るよりかは、拗ねてしまって…。
(話し掛けても返事が無いとか、そっぽを向いているだとか…)
 もっと大人びた「怒り方」。
 そういう「育った」ブルーだったから、恋に落ちたらキスを交わした。
 今のブルーには贈りはしない、唇へのキス。
 それに相応しいブルーにだったら、今だってキスを贈るだろう。
 ブルーに「ケチ!」と言わせはしないで、腕の中に強く抱き込んで。
(なのに、あいつは分かっちゃいなくて…)
 ケチ呼ばわりだ、と些か不本意ではある。
 ブルーのためを思っているのに、まるで通じていないから。
 心も身体も幼いブルーは、恋人同士のキスをするには早すぎる。
 頬と額へのキスが似合いで、まだまだ幼いチビの恋人。
(唇にキスをしようものなら、固まっちまうと思うんだがな…?)
 こんな気味悪いキスは知らない、と震え上がって、泣きそうになって。
 そうならないよう、「キスはしない」と言っているのに、通じないブルー。
(駄目だと言ったら、ケチだと怒って膨れるんだから…)
 堪忍袋の緒が切れるとは思わないのか、とフウと溜息。
 並みの恋人なら、喧嘩別れになりそうな「ケチ!」と、膨れっ面と。
 「其処まで言うなら、好きにしろ」と、椅子を蹴るように立ち上がってもいいくらい。
 「二度と此処には来てやらん!」と怒鳴って怒って、足音も荒く出て行ったって。
 無理ばかりを言う恋人なのだし、こちらの心も分かってくれずに「ケチ」呼ばわり。
 いつでもプンスカ怒るのはブルー、悪口を言ってくるのもブルー。
 「ハーレイのケチ!」と何度言われたか、膨れっ面を何度見たことか。
 「キスは駄目だ」と睨み付ける度に、断る度に。


 今日もやっぱり膨れたブルー。
 「ハーレイのケチ!」と怒って膨れていたものだから…。
(そういう時には、俺だって…)
 少しばかりは仕返ししたくもなるもんだ、と潰してやったブルーの頬っぺた。
 フグみたいに見事に膨れているのを、大きな両手で包んでペシャンと。
 そして笑った、「ハコフグだな」と。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、尖った唇を眺めながら。
 それをやるとブルーは「酷い!」と叫んで、「ぼくはハーレイの恋人なのに」と文句たらたら。
 機嫌が元に戻るまでには、暫くかかるのだけれど…。
(それでも許せちまうんだ…)
 膨れっ面になったブルーも、ケチ呼ばわりも。
 頬っぺたを潰された後の文句も、何もかも全て。
(なんたって、あいつがいてくれるだけで…)
 俺は幸せ者なんだから、と自然と笑みが浮かんでくる。
 「何を言われても許せちまうな」と、「俺としては不本意なことだって」と。
 ブルーと二人で過ごせる時間を、また持てるとは夢にも思いはしなかったから。
 前の自分が失くしたブルーが、生きて戻って来てくれたから。
 だから許せる、「ケチ」と言われても。
 ブルーが怒って膨れっ面でも、愛おしい人がいてくれるだけで幸せだから…。

 

          許せちまうな・了


※ブルー君の膨れっ面と、「ハーレイのケチ!」と。並みの恋人なら、確かに怒るかも。
 けれど怒らないハーレイ先生、何を言われても許せるようです。ブルー君ならばv








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