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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(またハーレイに叱られちゃった…)
 ケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが訪ねて来てくれて、二人きりで過ごせたのだけど。
 とても幸せな時間だったけれど、その最中に叱られた。
 「ぼくにキスして」と強請ったら。
 恋人同士が交わす唇へのキス、それが欲しくて頼んだら。
 「俺は子供にキスはしない」と睨んだハーレイ。鳶色の瞳に宿った、厳しい光。
 指先で額を弾かれもした。軽くだけれども、あの指でピンと。
(ハーレイのケチ…)
 いつも叱ってばかりじゃない、と悔しい気持ちで一杯になる。
 昼間の出来事を思い出したら、叱られた時の気分が胸に蘇ったら。
(ぼくはハーレイの恋人なのに…)
 ずっと昔から恋人なのに、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
 前の自分が暮らしていた船、前のハーレイと生きていた船に。
 白い鯨を思わせるようなミュウの箱舟、「シャングリラ」の名で呼ばれた船。
 あの船で共に生きた頃には、叱られたりはしなかった。
 ハーレイにキスを強請っても。…「ぼくにキスを」と、誘っても。
(…あの頃のぼくは、チビじゃないけど…)
 もっと育った姿だったけれど、今の自分は、その生まれ変わり。
 ちょっぴりチビになったというだけ、青い地球の上に新しく生まれてくる時に。
 十四歳にしかならないけれども、前の自分の記憶はきちんと引き継いでいる。
 どれほどハーレイを愛していたのか、別れがどんなに辛かったかも。
(離れてしまって、また会えたのに…)
 二人で地球に生まれ変わって、巡り会うことが出来たのに。
 ハーレイはチビの自分を子供扱い、キスの一つもしてくれない。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と叱るばかりで、睨み付けるだけで。


 それが不満でたまらないから、今日もプンスカ怒ってやった。
 「ハーレイのケチ!」と頬を膨らませて、唇だって尖らせて。
 もうプンプンと怒っているのに、ハーレイときたら、詫びるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
 大きな両手でペシャンと見事に潰してくれて、こう言った。
 「ハコフグだな」と。
 頬っぺたをプウッと膨らませたら、ハーレイの目には「フグ」に映るらしい。
 その頬っぺたを潰したならば、今度はフグから「ハコフグ」になる。
 尖った唇が特徴的な姿のハコフグ。
 それに例えて笑う恋人、「フグがハコフグになっちまった」と。
 「キスは駄目だ」と叱った挙句に、顔まで好きにするのがハーレイ。
 子供だからと馬鹿にして。
 前の自分が相手だったなら、そんなことなどしないだろうに。
(いつも叱られてばかりなんだよ…)
 ぼくがチビだから、と悲しい気分。
 前の自分と同じ姿をしていたのならば、きっと叱られはしないのに。
 「ぼくにキスして」と頼まなくても、唇へのキスは貰い放題。
(…キスのその先のことだって…)
 出来る筈だし、デートにも行ける。ハーレイの車で、ドライブにだって。
 そしてハーレイは叱りはしないで、甘やかしてくれることだろう。
 「あれも食うか?」と美味しそうな何かを指差してみたり、頼まない内から買ってくれたり。
 デートの誘いも、きっと幾つも。
 二人で過ごす時間が終わって、家まで送って来てくれたなら…。
(次のデートの約束で…)
 ハーレイは笑顔を見せるのだろう。
 「約束だぞ?」と、「また迎えに来てやるからな」と。
 もちろんキスもしてくれる。
 次に会えるまで忘れないように、寂しい思いをしないようにと。


 自分が大きく育っていたならば、そう。
 叱られはしないで、甘やかされて、我儘だって言いたい放題。
 子供みたいに駄々をこねても、ハーレイは嬉しそうな顔をするのだろう。
 「よし、分かった」と、断らないで、どんな我儘でも聞き入れてくれて。
 「ホントに子供みたいだよな」と言いはしたって、今みたいに叱ったりはしないで。
(…今のぼくが言ったら、叱られるのに…)
 ちゃんと育った姿だったら、同じことでも叱られない。
 「ぼくにキスして」と甘えたならば、幾らでも貰えるだろうキス。
 今の自分は「駄目だ」と叱られてしまうのに。
 「俺は子供にキスはしない」と、睨まれて、叱られておしまいなのに。
(ぼくが育った姿だったら…)
 けしてハーレイは叱りはしない。
 キスを強請っても、「デートに行きたい」と欲張りな駄々をこねたって。
 急に何処かへ出掛けたくなって、「車で行こうよ」と言い出したって。
(帰るの、遅くなりそうな場所でも…)
 ハーレイならきっと、「疲れないか?」と心配はしても、「駄目だ」と言いはしないだろう。
 疲れるくらいに遠い場所なら、その分、余計に…。
(普段のデートより、うんと気配り…)
 早め、早めに休憩するとか、「寝てていいぞ?」と言ってくれるとか。
 助手席の自分が眠っていたなら、ハーレイは一人で運転なのに。話し相手は寝ているから。
 それでも少しも気にはしないで、甘やかしてくれるのだろうハーレイ。
 目的地までに何度も起こして、「ほら、降りろよ?」と。
 「此処で少しだけ休んで行こう」と、「何か食いたいものでもあるか?」と。
 まるで壊れ物みたいな扱い、とても過保護になりそうな恋人。
 「疲れてないか?」と何回も訊いて、「もう少ししたら着くからな」などと。
 疲れてしまうほどの所へ「行きたい」と強請った、我儘な恋人を気遣って。
 「そんな所まで連れて行けるか」と言いはしないで、それは優しく。
 「駄目だ」と叱って断る代わりに、「お安い御用だ」と引き受けてくれて。


(…絶対、そっちの方だよね…)
 ぼくが大きく育っていたら、と零れる溜息。
 チビの自分なら叱られることも、育った姿の自分だったら許される。
 キスはもちろん、我儘だって。
 小さな子供が駄々をこねるように、「デートに連れて行ってってば!」と注文しても。
(…やってることは、同じなんだと思うんだけど…)
 キスを強請るのも、「デートに行きたい」と頼むのも。
 どちらも今の自分がやったら、叱られてしまっておしまいだけど。
 「俺は子供にキスはしない」と睨まれるだとか、「デートは駄目だ」と断られるとか。
 その辺りを散歩したいと言っても、ハーレイは断ってくれたから。
(…そいつは立派にデートだよな、って…)
 家の近所の散歩でさえも、断られるのがチビの自分。
 夏休みの間に公園でやっていた朝の体操だったら、「行くか?」と誘われたのだけど。
(…ぼくには無理、って知ってるから…)
 誘って来たのか、体力作りをさせるつもりだったか。
 デートなら駄目で、「朝の体操」に行くのだったら出るお許し。
 もう本当に子供扱い、姿がチビなだけなのに。
 十四歳にしかならない子供の姿は、きっと外見だけなのに。
(ぼくの中身は、前とおんなじ…)
 前の自分の記憶もあるから、少しも変わっていないと思う。
 キャプテン・ハーレイと恋をしていたソルジャー・ブルーで、中身はそのまま。
(ホントに外見だけだってば…)
 チビなのは、と言ってみたって、ハーレイは聞く耳を持ってくれない。
 「そいつが子供の証拠だよな」と、「お前はチビだ」と。
 そして、そのように扱われる。
 「キスは駄目だ」と叱られるよりかは、優しいキスが欲しいのに。
 抱き締めて貰って、唇にキスが欲しいのに。
 また巡り会えた恋人同士で、前の自分たちの恋の続きを二人で生きているのだから。


 そうは思っても、何度強請っても、ハーレイはまるで変わりはしない。
 いつも「駄目だ」と叱ってばかりで、甘い顔などしてくれない。
(叱った後には、ぼくの頬っぺた…)
 潰してしまって「ハコフグ」にもする。
 褐色をした大きな両手で、ペシャンと潰されてしまう頬っぺた。
(…ハーレイ、意地悪なんだから…)
 ケチで意地悪、と唇を尖らせたくもなる。
 もしもハーレイが此処にいたなら、「おっ、フグか?」と言いそうだけれど。
 「またハコフグになりたいのか?」などと、意地悪な言葉も遠慮なく。
(…ホントのホントに、酷いってば…)
 あんな風に叱られてばかりだなんて、あんまりだから。
 チビの姿をしていなかったら、ハーレイは甘い筈なのだから。
(ぼくにキスして、って言わなくてもキスで…)
 デートにだって誘って貰えて、我儘だって幾らでも聞いて貰える。
 「あそこに行きたい」と頼みさえすれば、何処にだって連れて行って貰えて。
(…叱られるよりかは、甘やかされる方…)
 おんなじことを言っていたって、絶対、そっち、と見当がつく。
 自分が育っていたならば。
 チビの子供の姿の代わりに、前の自分と同じ姿をしていたならば。
(…ハーレイのケチ…)
 ぼくの中身は同じだってば、と膨れてみたって、まるで無駄。
 ハーレイはいつも言うのだから。「お前は、まだまだ子供だしな?」と。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
(……ホントに、ぼくの中身はおんなじ……)
 叱られるよりかは、甘やかされる方がいいんだけれど、と悲しい気持ち。
 今の姿では、それは叶わないことだから。
 どんなに強請って駄々をこねても、ハーレイは子供扱いだから。
 それが悔しくて、今日も頬っぺたを膨らませる。「ホントにケチだ」と、夜に一人で…。

 

         叱られるよりかは・了


※「キスは駄目だ」と、叱られてしまったブルー君。けれど育った姿だったら違う筈。
 甘やかして貰えそうな感じですけど、生憎と今は子供の姿。膨れっ面が似合う姿ですv








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(…またまた叱っちまったな…)
 全部あいつが悪いんだがな、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家へと出掛けた日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 今日も叱ってしまったブルー。
 「ぼくにキスして」と強請って来たから、額を指で軽く弾いてやって。
 赤い瞳をじっと睨んで、「俺は子供にキスはしない」と。
 「何度言ったら分かるんだ」と叱ったわけで、悪いのはブルー。
 自分は何処も悪くはなくて、我儘なブルーが悪いだけ。
(そういう決まりになってるんだぞ)
 ずっと前からそうなんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 確かにブルーなのだけれども、小さくなったその姿。
 十四歳にしかならない今のブルーは、何処から見たって立派に子供。
 チビでしかなくて、自分が教える学校に通っている生徒。それも一番下の学年。
(あんな子供にキスが出来るか!)
 キスは額と頬だけなんだ、と決めてある。
 子供向けのキスはそういうものだし、ブルーも幾つも貰っている筈。
 両親や、親戚の誰かなどから。遠くに住んでいるという祖父母、その人たちからも。
(前のあいつと、同じ背丈に育つまでは、だ…)
 キスを贈るなら頬と額だけ、唇へのキスは贈らない。
 そう決めて何度も叱っているのに、一向に懲りないのがブルー。
 何かと言えば「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと恋人気取り。
 実際、恋人には違いなくても…。
(チビのあいつと、前のあいつじゃ…)
 扱い方も変わるってもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「それにしても、また叱っちまった」と、「たまには褒めてやりたいんだがな?」と。


 「キスは駄目だ」と叱られる度に、ブルーはプウッと膨れてしまう。
 まるでフグみたいに頬を膨らませて、桜色の唇を尖らせて。
(ああいう顔も可愛いんだが…)
 今ではすっかり慣れてしまった、膨れっ面。
 小さなブルーは怒るけれども、からかってやるのも楽しみの一つ。
 膨らんだ頬を両手で潰して、「ハコフグだな」と笑い飛ばしたりして。
 「フグがハコフグになっちまった」と、「本当によく似ているよな」などと。
 今日も潰してしまった頬っぺた。
 あんまりプンプン膨れているから、頭を擡げた悪戯心。
 それでペシャンと潰した頬っぺた、ブルーはすっかりおかんむり。
 もっとも、いつまでも膨れたままではないけれど。
 「酷いよ、ハーレイ!」と怒った後には、機嫌を直して元の笑顔に戻るのだけれど。
 キスを強請られた時のお決まりのコースが、小さなブルーを「叱る」こと。
 何度叱ったのか、何度ブルーが膨れっ面で怒ったのかは、とても数えていられない。
(そうやって、あいつを叱ってばかりで…)
 褒めた覚えが無いんだよな、と考えたから零れた溜息。
 小さなブルーは「叱る」相手で、「褒める」相手ではないようだから。
 いくら記憶を探ってみたって、思い出すのは膨れっ面ばかり。
 それとブルーを叱る自分と、そんな記憶が文字通りに…。
(山のようにあって、山積みで…)
 今日だって叱っちまったんだ、と頭に蘇る膨れっ面。チビのブルーの。
 「ハーレイのケチ!」と怒って膨れて、挙句の果てに「ハコフグ」だった。
 ハコフグにしたのは自分だけれども、そうなる前の膨れっ面も…。
(俺が叱ったからでだな…)
 叱らなかったら、見られはしない膨れっ面。
 小さなブルーは怒りはしないし、ニコニコと笑顔だろうから。
 ご機嫌でお菓子を頬張っているか、紅茶のカップを傾けているか。
 ブルーの部屋で二人きりだと、本当に機嫌がいいものだから。…叱らなければ。


 もちろん、ブルーが悲しげな顔をする時もある。
 前の生での思い出話が切っ掛けだったり、理由は色々。
 けれど基本は御機嫌なブルー、家を訪ねて行ったなら。
 ブルーの部屋へと案内されて、窓辺のテーブルで向かい合わせに座ったら。
(俺の膝の上にチョコンと座ってる時も…)
 小さなブルーは上機嫌だし、けして見せない膨れっ面。
 「キスは駄目だ」と叱られるまでは、「ハーレイのケチ!」と機嫌を損ねるまでは。
(…今日も叱ったから、膨れちまって…)
 フグでハコフグ、と微笑ましくても、少し心に引っ掛かること。
 「たまには褒めてやりたいもんだ」と、「叱った記憶ばかりじゃないか」と。
 同じブルーを相手にするなら、叱るよりかは褒めてやりたい。
 その方がブルーも嬉しいだろうし、機嫌を損ねてしまいもしない。
(褒めてやったら、大喜びで…)
 年相応の笑顔が弾けることだろう。
 それは得意そうに、誇らしそうに。
 「ハーレイが、ぼくを褒めてくれた」と、「ぼくだって、やれば出来るんだから」と。
 褒められて喜ぶブルーの姿を見たいし、自分も褒めたい。
 「キスは駄目だ」と叱っているより、「よくやったな」と、色々なことで。
 「流石は俺のブルーだよな」と、「チビでも、お前は実に立派だ」と。
 そう思うけれど、本当に殆ど無い覚え。
 小さなブルーを「褒めた」こと。
(…褒めたようなこと、何かあったか?)
 今のあいつを…、と記憶の中を探ってみたって、出て来ない。
 褒めていないことは無い筈だけれど、何度も褒めたのだろうけれども。
(…学校だったら…)
 他の生徒と同じに褒めてやってはいる。
 ブルーがスラスラ答えた時やら、音読を見事にこなした時や。
 そちらの方なら覚えは沢山、最近だけでも何度褒めたか分からないけれど…。


(…学校以外で、今のあいつを褒めた覚えが…)
 まるで無いぞ、と思うくらいに、記憶にあるのは「ブルーを叱る」自分の姿。
 「キスは駄目だ」と叱って睨んで、額をピンと弾いたり。
 時には頭をコツンと小突いて、「何度言ったら分かるんだ?」とも。
 叱ってブルーが膨れた時には、頬を潰して遊びもする。
 「ハコフグだよな」と眺めて笑って、もうプンプンと怒るブルーをからかって。
 今日も同じに叱ってしまって、両手で潰したブルーの頬っぺた。
(…俺は叱るの専門なのか?)
 あいつを叱ってばかりじゃないか、と懸命に記憶を探ってみる。
 学校以外でブルーを褒めた覚えは無いかと、「まるで無い筈がないんだが」と。
 なにしろブルーは恋人なのだし、誰よりも愛おしい大切な人。
(前の俺は、あいつを失くしちまって…)
 悲しみと孤独の中で生きたし、ブルーの値打ちは分かっている。
 どんなに大事で、今のブルーが「生きている」ことが、どれほど素晴らしいことなのか。
 まさに奇跡と言うべきもので、どれほどの価値があることなのか。
(…なのにだな…)
 俺は叱ってばかりなんだ、と小さなブルーの膨れっ面を思い出す。
 今日もブルーは「ハーレイのケチ!」と怒って膨れて、その後はハコフグ。
 頬っぺたをペシャンと押し潰されて、唇だけを尖らせて。
(あいつがキスを強請らなかったら…)
 俺も叱りはしないんだがな、と思ってはみても、懲りないブルー。
 いくら叱っても、何度頬っぺたを両手で潰してからかってみても、ブルーは懲りない。
 「俺は子供にキスはしない」と繰り返すのに。
 そう決めた言葉を覆す気など、まるで持ってはいないのに。
(あいつ、本当に子供だからな…)
 分かっちゃいない、と思う約束のこと。
 どうして自分がキスをしないのか、「キスは駄目だ」と叱るのか。
 考えがあってのことだというのに、今のブルーは子供だから。


 なんとも困った、と溜息しか出ないブルーの我儘。
 「駄目だ」と言ってもキスを強請って、少しも懲りない小さなブルー。
(あいつを褒めた覚えが無いほど…)
 俺は叱ってばかりじゃないか、と残念な気分。
 褒めてやったら、きっとブルーは喜ぶだろうに。
 自分の方でも素敵な気分で、「流石は俺のブルーだよな」と言えるのに。
(叱るよりかは、褒めてやりたいと思うんだがなあ…)
 なんだって、ああなっちまうんだ、と今日の光景が蘇る。
 今日でなくても、いつも自分は叱ってばかりで、小さなブルーは膨れっ面。
(あいつがチビの子供の間は…)
 褒める種など無いのだろうか、と思うくらいに、「叱った」記憶しか無い自分。
 それでもブルーが愛おしいから、「仕方ないな」と浮かべた苦笑。
(褒めてやりたくても、あいつがだな…)
 悪いんだから、と愛おしい人を心に描いて。
 「叱るよりかは褒めてやりたいのに、お前、悪さしかしないからな?」と…。

 

         叱るよりかは・了


※ブルー君を褒めた覚えが無いらしいのが、ハーレイ先生。咄嗟には何も出て来ないほど。
 今日も叱ったわけですけれども、たまには褒めてあげたい気分。無理そうですけどねv








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(ハーレイの家、近ければいいのにね…)
 近所だったら良かったのに、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は平日、学校で授業を受けて来た日。
 けれどハーレイが訪ねて来てくれて、夕食までの時間を二人で過ごした。
 この部屋で色々な話をして。
 休日のようにはいかないけれども、充実の時間。
 母が「夕食をどうぞ」と呼びに来るまでは。
 部屋の扉を軽くノックし、支度が出来たと知らせるまでは。
 夕食は両親も一緒に摂るから、二人きりとはいかないけれど。
 食後のお茶も、今日は両親も一緒だったし、この部屋では飲めなかったのだけれど。
(でも、ハーレイが来てくれたから…)
 来てくれない日よりは、ずっといい。
 食後のお茶を飲んだ後には、「またな」と帰ってしまっても。
 ガレージに停めてあった車に乗り込み、軽く手を振って走り去っても。
(近いけど、ぼくには遠すぎるんだよ…)
 ハーレイが帰って行った家。
 前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の車、その車のためのガレージがある家。
 何ブロックも離れているから、窓から見たって屋根さえ見えない。
 「ハーレイの家は、あっちの方」と眺めてみても。
 間に幾つも家があるから、家の庭にある木々たちも何本も挟まるから。
(ハーレイには近いらしいけど…)
 この家と、ハーレイの家との間。
 晴れた週末には歩いて来るのがハーレイなのだし、実際、とても近いのだろう。
 柔道と水泳で鍛えた身体にとっては、大した距離ではないという。
 此処まで歩いて来る途中には、回り道までしているハーレイ。
 「ちょっと早いな」と思った時には、道を外れて。
 その日の気分で遠回りをして、顔馴染みになった猫に会いに行ったり。


 ジョギングも趣味にしているハーレイ、もっと長い距離でも平気で走る。
 歩くどころか、普通の人なら直ぐに疲れるような速さで。
 ジョギング中のハーレイを見たことは無いけれど…。
(柔道部の生徒たちと一緒に、朝の走り込み…)
 それをするのを何度も見たから、かなり速いと想像がつく。
 グラウンドを何周も走ってゆくのに、ハーレイはとても速いから。
 「遅いぞ!」と柔道部員たちを叱って、軽々と走ってゆくのだから。
 あの足だったら、この家までの距離も短いことだろう。
 ジョギングのコースに、此処を入れてはいないだけのことで。
(元から、こっちに走って来てたら別だけど…)
 そうではなかった、お決まりのコース。
 此処は普通の住宅街だし、近所の人しか走ってはいない。
 それも何処かへ走って行く時と、其処から帰って来た時と。
(…広い公園の方まで走りに行くとか、もっと遠くの方まで行くとか…)
 目標地点も、選ぶコースも、走る人次第。
 けれど普通は住宅街の中を選びはしなくて、あまり見かけないジョギング中の人。
 この家の庭や、窓からは。
 前の通りを歩いていたって、走ってゆく人は顔馴染み。
(みんな、近所の人ばかりだし…)
 ハーレイにしても、同じこと。
 一度だけ遊びに行ったあの家、あそこを拠点に走り始める。
 住宅街の中を走って、其処から表通りなどに出て。
(帰る時には、その逆になって…)
 行った先から走って戻って、また入ってくる住宅街。
 違うコースを通るにしたって、何処かで家への道と重なる。
 その道沿いに住んでいたなら、走るハーレイに出会えるのだろう。
 朝なら「おはようございます!」と。
 昼間だったら「こんにちは!」で、夕方だったら何と言うのだろう…?


 ハーレイの家が近かったならば、この家の近所だったなら。
 家の前の道が、ジョギングコースになっていた可能性はある。
 何処かへ向かって走ってゆく時、住宅街を抜ける間に通るコースに。
(そしたら、早起きするのにな…)
 今よりもずっと、それこそ暗い内からでも。
 ハーレイが通りそうな時間に、表の庭にいられるのなら。
(寝ぼけた顔とか、パジャマだと…)
 とても外には出られないから、身支度を整えるための時間も、充分に取れる時間に早起き。
 それから庭に出て行って待つ。
 「ハーレイ、通ってくれないかな?」と。
 一度、そうして見付けて貰えば、次からは通ってくれそうな感じ。
 他のコースを取りはしないで、この家の前を通るコースを。
(もう起きたのか、って…)
 声だって掛けて貰えるだろう。
 「元気そうだな」とか、「睡眠時間、ちゃんと取ってるか?」だとか。
 走りながらか、ほんの少し足を止めてくれるか、その辺りはよく分からないけれど。
(止まっちゃったら駄目なのかな…?)
 走るペースが乱れてしまうし、止まらない方がいいのかもしれない。
 それならばきっと、走りながら手を振ってくれるのだろう。
 「走ってくるぞ」と、「帰ってくるまで待っていなくていいからな」と。
 言われなくても、待たないけれど。
 走るコースは色々なのだし、帰って来る時間は分からない。
 それでも、きっと何回か…。
(朝御飯の後で、時計を眺めて…)
 そろそろかな、と思った時間に庭に出たりもするのだろう。
 運良くハーレイが戻って来たなら、「おかえりなさい!」と手を振りたいから。
 長い距離をジョギングして来た後にも、疲れ知らずだろうハーレイ。
 そのハーレイが走って来るのを、待ってみたい気もするものだから。


 近所だったら出来るのにね、と思う見送り、それに出迎え。
 家の前の道が、ハーレイのジョギングコースだったなら。
(だけど、ハーレイの家は遠くて…)
 走ってくれない、家の前の道。
 ハーレイがいつも走ってゆくのは、ハーレイの家から近い場所にある家の前だけ。
 その家の一つに住んでいたなら、どんなに素敵だったろう。
 ジョギングに出掛けるハーレイに手を振り、出迎えだって出来たなら。
(それに、家から近かったら…)
 自分にとっても、ハーレイの家の辺りは通り道になる。
 学校の行き帰りには通らないとしても、母に頼まれてお使いに行く時だとか。
(ちょっと散歩、って歩く所にあるだとか…)
 そういう所に家があるなら、ハーレイも「通るな」とは言わない。
 ハーレイの家に遊びに行くのは、今は「駄目だ」と禁止になっているけれど…。
(ぼくの通り道で、前を通って行くだけなら…)
 きっと「駄目だ」とは言われない。「俺の家の前を通るな」とも。
 中に入りさえしないのだったら、家の前は「ただの道」だから。
 人も車も通る道路で、公共の道という所。
(歩いてる時に、ハーレイが庭に出ていたら…)
 声を掛けても叱られはしない。
 むしろ黙って通り過ぎる方が変で、失礼というものだから。
(…「ハーレイ先生」じゃなくてもいいよね…?)
 学校ではなくて、家の近所でのこと。
 親しげに話し掛けたとしたって、敬語は抜きでの会話だって。
 顔馴染みのご近所さんたちだったら、そんな風にも話すから。
 お孫さんがいるような年の人にでも、「その花の名前、なんて言うの?」という風に。
 だからハーレイが「ご近所さん」なら、要らない敬語。
 「ハーレイ先生」と呼ばなくても良くて、ただの「ハーレイ」。
 歩いている時に見掛けたら。生垣の向こうで、ハーレイが何かしていたなら。


(声を掛けたら、来てくれるしね?)
 庭仕事などの手を止めて。
 「散歩中か?」だとか、「お使いに行く途中か?」とか。
 そして始まる立ち話。
 生垣を間に挟んでいたって、二人とも立ったままだって。
 そうやって楽しく話していたなら、もっといいこともあるかもしれない。
(さっき作ったから、食べてみるか、って…)
 ハーレイが家の中に入って、持って来てくれる試食用の何か。
 お菓子を作っている日もあるらしいから、クッキーとか、ケーキの端っこだとか。
(ハーレイの手料理、持って来てなんかくれないけれど…)
 「お母さんに気を遣わせちまう」と、何も持っては来ないのだけれど。
 近所に住んでいて、たまたま通り掛かった自分だったなら…。
(きっと味見させて貰えるんだよ)
 家の中には入れないから、生垣越しとか、門扉の前で。
 楊枝に刺して持ってくるのか、小さなお皿に乗っけて「ほら」と差し出されるか。
 ほんの一口、それで終わりな試食用。
 けれどハーレイが作った何かで、お菓子や、時によっては美味しい料理。
(美味しいね、って味見させて貰って…)
 感想を話して、リクエストだって出来そうな感じ。
 「今度はこんなのが食べたいな」と、「次に通った時は、ちょうだい」と。
 ハーレイは苦笑しそうだけれども、約束してくれるかもしれない。
 「お前の運が良かったらな」と、「次はそういうのも作ってみよう」と。
 「その日に上手く通り掛かれよ」と、日付は言ってくれないで。
(…ぼくの運次第で、それを作った日に通らなかったら…)
 食べることなど出来ないけれども、それも楽しい。
 「今度はあれが食べられるかも」と、胸を躍らせて歩くのは。
 ハーレイが住んでいる家の前の通りを、お使いや散歩で通るのは。


 なんて素敵な毎日だろう、と広がる夢。
 ハーレイの家から近かったならば、あの家が近所だったなら。
(だけど、ハーレイの足なら近いってだけで…)
 自分の足では、とても歩いて行けない距離。何ブロックも離れた場所。
 神様はなんて意地悪だろう、と溜息を零したりもする。
 近所だったら幸せなのに、ハーレイの家は遠いから。
 今日もやっぱり見送っただけで、ハーレイの家の前を散歩は出来ないから…。

 

         近所だったなら・了


※ハーレイ先生の家が近所だったなら、と思うブルー君。出会えるチャンスは沢山ありそう。
 手作りのお菓子や料理も食べられるかも、と夢は大きいですけれど…。近所じゃなくて残念v








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(…車だと、近い方なんだがな…)
 あいつの家は、とハーレイが思い浮かべたブルーの家。
 夜の書斎でコーヒー片手に、今日の帰り道を考えてみて。
 平日だったから、朝から学校。
 柔道部の朝練が終われば授業で、放課後は柔道部の指導。朝よりもずっと本格的に。
 その後は、何も無かった日。
 残ってするべき仕事の類も、集まって会議することも。
 だからブルーの家に出掛けた。
 部活の後でシャワーを浴びたら、柔道着から元のスーツに着替えて。
 学校の駐車場にいつも停めておく愛車、濃い緑色のそれを走らせて。
 前の自分のマントの色をしている車で走れば、ブルーの家は遠くない。
 歩いても充分行ける距離だし、現にブルーと同じくらいの距離を通う生徒は…。
(普通は歩きか、自転車なんだ)
 学校までの通学手段は。
 体力自慢の生徒だったら、朝、ギリギリに起きて走って来るほど。
 「この時間だったら、まだ間に合う」と、朝食を食べたら一気に走り抜くような猛者。
 けれどブルーは、そうはいかない。
 前と同じに弱く生まれた身体が悲鳴を上げるから。
(走り抜くなんぞは、とんでもなくて…)
 家から歩いて来たとしたって、きっとその日はフラフラだろう。
 登校だけで体力を使い果たしてしまって、体育の授業があったとしたなら、見学組。
 体育でなくても、授業の途中で手を挙げていそう。
 「気分が悪いので、保健室に行ってもいいですか」と。少し青ざめた顔をして。
 そんなブルーだから、通学手段は路線バス。
 行きも帰りもバスで通って、歩きも自転車も夢のまた夢。
 それでも実は、それほど遠くはない所にあるブルーの家。
 普通の生徒なら歩いて来られて、体力自慢なら走って来たって平気な距離。
 もちろん自分も軽く走ってゆけるだろう。その気になったら、その道を選びさえすれば。


 そうは思っても、スーツの教師が走れはしない。
 おまけに学校には車で通勤、どうしても必要になる車。
(学校までが遠いってわけじゃないんだが…)
 同じ学校にずっと勤めはしない仕事で、前の学校は家から遠かった。
 フラリと歩いて行ける場所ではなかったのだし、その前にいた学校だって。
(そうやって、車の癖がついちまって…)
 一度使えば、便利で手放せなくなってしまうもの。
 沢山の資料を運んでゆけるし、クラブの生徒に差し入れをしようという時だって…。
(紙袋とかをドッサリ積み込めるしな?)
 車に限る、と考えるわけで、学校の同僚たちの方でも大歓迎。
 誰か車で行ける人は、と探している時に「私が行きます」と名乗り出るから。
 仕事帰りに食事に行こう、という話が出たって、何人か乗せてゆけるから。
(酒は好きだが、そういう時には我慢だ、我慢)
 学生時代に叩き込まれた、「我慢」ということ。
 先輩たちが最優先だし、食事も、それに酒だって…。
(思う存分、ってわけにはいかない世界で…)
 遠慮しなくてはいけない席なら、先輩たちに譲って我慢。とびきりの美酒があった時でも。
 そういう風に育ったお蔭で、「飲みに行きませんか?」という誘いの時も…。
(俺は便利に運転手なんだ)
 同僚たちを店まで乗せて運んで、帰りは家まで送り届ける。近い人から順番に。
 少しも苦にはならない送迎、そのためにも欠かせない車。
(本格的に飲もうって時なら、家に残して出勤だがな)
 生憎とその機会が減っちまったが、と思うのが今の学校に移ってからのこと。
 其処で出会ってしまった恋人、チビのブルーがいるものだから。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人が。
(飲みに行ってる暇があったら…)
 あいつの家に行ってやりたいからな、と断ってしまうことが多いのが酒席。
 食事の誘いも、あまり受けてはいないのが自分。


 そうやって通う、ブルーの家。
 仕事が早く終わった時には、車に乗って。
 ブルーの方でも首を長くして待っているけれど、その家までは…。
(近いようでも、遠いんだよなあ…)
 車で走れば直ぐなんだが、と思いはしても、歩いてゆけば距離はそこそこある。
 何ブロックも離れているから、二階の窓から覗いてみても、屋根の欠片も見えない場所。
(もうちょっと、近い所だったら…)
 近所だったら良かったんだが、と時々、思ったりもする。
 今のブルーには、「家には来るな」と言い渡してはあるのだけれど。
(それでも、家が近かったら…)
 家の表で、立ち話くらいはしてやれる。
 ブルーが前を通り掛かれば、「散歩中か?」などと呼び止めて。
 間に生垣を挟んでいたなら、何の心配も要らないから。
(あいつが、前のあいつとそっくりな表情をしたとしてもだ…)
 生垣越しでは、そのまま抱き寄せたりは出来ない。
 一年中葉を落とさない木たちが、間にズラリと並ぶのだから。
(邪魔と言えば邪魔で、安全だと言えば安全で…)
 間違ってもピタリと抱き合えないから、きっと冷静になる自分。
 それに人目もあるのが庭で、誰が見ているか分からない。隣近所の家の窓から。
(生垣を挟まなくても、だな…)
 ブルーを呼び止めて門扉を出たなら、其処は公道。
 信号があるような道ではなくても、近所の人たちの生活道路。
(人は通るし、たまに車も走って行くし…)
 やはり気になるのが人目。
 ブルーがどんな表情をしても、「俺のブルーだ」と抱き締めたい衝動に駆られても。
(俺の仕事は、近所の人なら知っているしな?)
 教え子と抱き合っていたとなったら、間違いなく立つだろう噂。
 あまり芳しくないものが。…自分の評価が下がりそうなものが。


 それは充分承知なのだし、ブルーと家が近かったならば、自重する。
 自制心なら、ちゃんと培ってあるのだから。
(俺の家の中に入れさえしなけりゃ…)
 ブルーと何度顔を合わせても、きっと不埒な真似などはしない。
 前を通ったのを呼び止めようとも、ブルーの方から声を掛けられようとも。
(時間はいいのか、と確かめてだな…)
 いくらでも出来る立ち話。
 ブルーがコロコロ嬉しそうに笑って、自分の方でも笑ったりして。
 そうやって話して、お互い、満足したならば…。
(気を付けて帰れよ、って手を振ってやって…)
 ブルーも「さよなら!」と手を振るのだろう。
 「楽しかった」と無邪気な笑顔で、「また来るね」とも。
 家に入れては貰えなくても。
 いつも生垣越しの会話や、門扉の前での立ち話でも。
(そういうのも楽しそうだよな…)
 帰ってゆくブルーを、自分が「またな」と見送る立場。
 今はブルーの家に行く度、その逆になっているのだけれど。
 「またな」と席を立つのが自分で、今日のように車に乗り込む時やら、歩く時やら。
 どちらにしたって「見送られる」方で、ブルーは懸命に手を振っている。
 車だったら、きっと見えなくなる時まで。
 歩いて帰ってゆく時だって、振り返ってみればブルーの姿。
 とっくに夜になっているのに、街灯が灯っている時刻なのに。
(早く入れよ、って手を振るんだが…)
 ブルーはいつも、家の中には入らない。
 「入れ」と大きく手を振ってみても、「入るように」と身振りで促しても。
 家の表で手を振りながら、名残惜しげに立っているブルー。
 そうして見送られるのが自分で、ブルーはいつも「見送る」だけ。
 家が近かったら、逆になることもありそうなのに。…ブルーを見送れそうなのに。


(うーむ…)
 もう少し家が近かったらな、と思わないでもない自分。
 こんな風に考えてしまった夜には、「近所だったら良かったんだが」と。
 ブルーが欲しがる手料理だって、近ければきっと振舞ってやれた。
 家には入れてやれないけれども、「味見するか?」と、生垣越しに差し出して。
 「焼いたばかりの菓子なんだが」とか、試食用のを楊枝に刺して。
 きっと大喜びだろうブルー。
 ほんの小さな欠片にしたって、「美味しいね」と頬張って。
 食べた後には笑顔で話して、「またね」と帰ってゆくのだろう。
 「今度はこういうのが食べたいな」と、リクエストなども残していって。
(そういうのも悪くないんだが…)
 残念なことに、あいつの家は遠いんだ、と浮かべてしまった苦笑い。
 これも神様の悪戯だろうかと、「そうそう上手くはいかんのかもな」と。
 ブルーの家が近所だったら、色々と楽しそうなのに。
 たまにこうして考えてみては、「近かったらな」と夢を広げる夜もあるのに…。

 

        近所だったら・了


※ブルー君の家が近かったらな、と考えてみるハーレイ先生。家の前で出来そうな立ち話。
 それにブルー君を見送れるわけで、なんとも素敵ですけれど…。近所じゃないのが残念かもv








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(今日は、ちょっぴり聞けただけ…)
 それもハーレイ先生の方、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、学校で少し話しただけ。
 休み時間に「ハーレイ先生!」と、廊下で呼び止めて。
 ほんの少しの立ち話だけで終わってしまった、ハーレイとの時間。
 恋人同士の会話は出来ずに、「ハーレイ先生」と話しただけ。
(だけど、ハーレイの声は聞けたし…)
 聞けない日よりはよっぽどマシ、と自分の胸に言い聞かせる。
 まるで会えない日もあるのだから、そんな日よりかはずっとマシだよ、と。
 それに挨拶だけでは終わらず、短い時間でも交わせた会話。
(ぼくが話して、ハーレイが返事してくれて…)
 ハーレイからも「元気そうだな」などと言葉を貰った。
 「次の授業は何なんだ?」とも訊いてくれたし、耳に届いたハーレイの声。
 あの声が好きでたまらない。
 古典の授業があった時なら、聞き惚れていると言ってもいいほど。
 自分は当てては貰えない日でも、聞いていられるだけで幸せ。
(だって、ハーレイの声なんだもの…)
 遠く遥かな時の彼方で、耳にしたのと同じ声。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 同じ声をまた聞けるだなんて、なんと幸せなことだろう。
 たとえ「ハーレイ先生」だろうと、自分に向けられた声でなくとも。
(あの声は変わらないものね…)
 ホントに少しも変わっていない、と前の自分の記憶と重ねてみる。
 前の自分を呼んでくれた声、「ブルー?」と呼び掛けてくれた声。
 あの声がとても好きだったのだし、同じ声を聞けるだけで幸せ。
 家を訪ねて来てくれなくても、恋人同士の会話は交わせないままに終わった日でも。
 そうは思っても残念な気分、「ハーレイ先生の方だったよね」と。


 同じ聞くなら、「ハーレイ」の声の方がいい。
 誰もに人気の「ハーレイ先生」、どの生徒にも分け隔ての無い先生よりも。
(ぼくだけ、特別扱いの方が…)
 断然いいよ、と思ってしまう。
 欲張りなのだと分かっていても。…声を聞けたら充分なのだ、と考えても。
(そんな贅沢、ホントは言っちゃ駄目なんだけど…)
 神様の罰が当たっちゃうよね、と眺めた右手。
 前の自分の最期に冷たく凍えた右手は、今も悲しい記憶を其処に秘めている。
 メギドでキースに撃たれた痛みで、失くしてしまったハーレイの温もり。
 切れてしまったと思った絆。
(もうハーレイには、二度と会えないんだ、って…)
 泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
 なのに其処から時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来た。
 ハーレイも先に生まれていたから、奇跡のように叶った再会。
 前の自分たちの恋の続きを、今の自分は生きている。
 あまりにもチビで、ハーレイはキスも許してくれないけれど。
 唇へのキスを貰おうとしたら、いつも叱られてばかりだけれど。
(俺は子供にキスはしない、って…)
 額をコツンと軽く小突かれたり、鳶色の瞳で睨まれたり。
 その度に「ハーレイのケチ!」と怒って、プウッと膨れていられるのも…。
(神様が新しい命と身体をくれて…)
 聖痕をくれて、前の自分とハーレイの記憶を、ちゃんと戻してくれたから。
 恋人同士として生きてゆけるよう、青い地球の上で出会えるように。
(ハーレイの声を聞けるのだって…)
 そのお蔭だから、言えない贅沢。
 「ハーレイ先生」よりも、「ハーレイ」の方がいいなんて。
 大好きな声を聞けたというのに、「もっと」と欲を出すなんて。
 「ぼくだけ、特別扱いがい」と、我儘な気持ちを持つなんて。


 これじゃ駄目だ、と分かってはいる。
 好きでたまらないハーレイの声を、今日の自分は聞けたから。
 「ハーレイ先生」の方にしたって、ちゃんと話も出来たのだから。
(…まるで会えない時だってあるし…)
 ハーレイの古典の授業が無い上、学校の中でも会えずに終わる日。
 家に帰って「来てくれるかな?」と待っていたって、チャイムが鳴ってくれない日。
 そういう日だって珍しくないし、そんな寂しい日に比べたら…。
(よっぽど幸せで、ツイていた日で…)
 ぼくは幸せ、と思いたくても、どうしても出て来てしまう「欲」。
 「ハーレイの方が良かったのに」と、「ハーレイ先生よりも、ハーレイがいい」と。
 学校で出会って話すよりかは、家で会う方がずっといい。
 どんな話題も好きに選べて、使わなくてもいい敬語。
 それに叱られてもかまわないなら、「ぼくにキスして」と注文だって。
(言ったら、叱られちゃうけれど…)
 あれもハーレイの声なんだよね、と思うと、叱られたい気持ちになる。
 額をコツンと小突かれたって、怖い顔をして睨まれたって。
(キスは駄目だ、って叱る声だって…)
 大好きな声で、好きでたまらないハーレイの声。
 普段の自分は、それを忘れているけれど。
 少しも気付きさえもしないで、不満たらたらで膨れっ面。「ハーレイのケチ!」と。
 怒ってプウッと膨らませる頬、唇だって尖らせる。
 そのままプンスカ怒る日もあれば、ハーレイの手で頬っぺたをペシャンと潰されて…。
(フグがハコフグになっちまったな、って…)
 苛められたことも、何回も。
 恋人を捕まえて「フグ」で「ハコフグ」、なんとも酷い今のハーレイ。
 その「ハコフグ」にしたのは、ハーレイの大きな両手なのに。
 頬っぺたを包んで潰してしまって、ハコフグにしてくれたのに。
 けれど、そう言って笑っているのも、ハーレイの声。「ハコフグだな」と。


(うーん…)
 叱られる時もハーレイの声なら、苛められる時もハーレイの声。
 いつも自分は怒って膨れて、機嫌を損ねているけれど…。
(あの声だって、ちゃんとハーレイの声なんだから…)
 幸せだと思うべきだろう。
 「ハーレイ先生」ではない「ハーレイ」の方しか、そんな真似などしないから。
 恋人同士の二人だからこそ、叱られもするし、苛められもする。
 「キスは駄目だ」と叱り付ける声も、「ハコフグだぞ」と可笑しそうな声も、ハーレイの声。
(…どっちも、ぼくは怒ってるけど…)
 もうプンプンと怒るけれども、ハーレイの声には違いない。
 今日は聞きそびれた「ハーレイ」の声で、「ハーレイ先生」からは聞けない言葉。
 学校の中でハーレイに会っても、キスを強請れはしないから。
 強請れないなら、ハーレイが断るわけもない。
 自分の方でも「ハーレイのケチ!」と膨れはしないし、膨れないなら、フグにはならない。
 フグの頬っぺたをペシャンと潰された、「ハコフグだ」という顔にもならない。
(…叱られちゃっても、フグでハコフグでも…)
 それを言うのはハーレイの声で、今日の自分は聞けてはいない。
 聞いたら「ケチ!」と怒るけれども、膨れっ面になるけども…。
(ハーレイに会えないと、それも出来なくて…)
 今みたいに零れてしまう溜息。
 「今日は、ちょっぴり聞けただけ」と。
 ハーレイの声はほんのちょっぴり、しかも「ハーレイ先生」の方。
 声はどちらも変わらなくても、中身の言葉が全く違う。
 「元気そうだな」と、どの生徒にも向けられる言葉と、「ハコフグ」とでは。
 「次の授業は何なんだ?」と尋ねられるのと、「キスは駄目だ」と叱られるのとは。
 叱るハーレイも、ハコフグ呼ばわりをするハーレイも、いつも腹立たしいけれど…。
(ハーレイ先生じゃなくて、ハーレイ…)
 そっちなんだ、と気付くと聞きたい。叱り付ける声も、酷い「ハコフグ」呼ばわりも。


 聞きたかったな、と零れる溜息、聞けずに終わった「ハーレイ」の声。
 「ハーレイ先生」の声は聞けても、「ハーレイ」の方は。
(…苛められても、叱られちゃっても…)
 聞けないよりはずっといい、と思ってはみても、とっくに夜。
 もうハーレイは来るわけがなくて、自分もお風呂に入ってパジャマに着替えた後。
 けれど聞きたい、ハーレイの声。
 「あれもハーレイの声なんだよ」と気付かされたら、もう聞きたくてたまらない。
 「キスは駄目だ」と叱る声でも、「ハコフグだよな」と笑う声でも。
 言われる度にプウッと膨れて、怒って、文句ばかりの言葉でも。
(好きな声だけど、言ってることが酷いから…)
 プンスカ怒ってしまうというだけ、よくよく聞いたらハーレイの声。
 そうだと気付かず、怒ってばかりの我儘な自分。「酷すぎるよ!」と。
 「ハーレイ先生」は、それを言わないのに。
 恋人同士の「ハーレイ」だけしか、そんな言葉は口にしないのに。
(…あれでもいいから、聞いてみたいな…)
 ハーレイの声、と心の中で言ってみたって、ハーレイに届くわけがない。
 大好きな声は聞こえて来なくて、夜の静けさに包まれるだけ。
(…聞きたいよね…)
 叱る声でも、苛めて笑う方の声でも、とハーレイを思い浮かべるけれど。
 愛おしい人を想うけれども、聞こえてはこない笑う声。…叱る声だって。
(いつものぼくって、ホントに我儘…)
 それに贅沢、と自分自身に言い聞かせる。
 「好きな声だけど、言葉が酷いだけじゃない」と、「あんまり膨れてばかりじゃ駄目」と。
 ハーレイの声が聞けないよりかは、叱られた方が幸せだから。
 たとえハコフグ呼ばわりだろうが、それを言うのは、大好きなハーレイの声なのだから…。

 

         好きな声だけど・了


※ブルー君が好きな、ハーレイの声。「ハーレイ先生」の方でも、聞き惚れるくらいに。
 「それでもハーレイの声の方がいいな」と思う欲張り。ハコフグ呼ばわりでも聞きたい声v









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