(…今日は流石に…)
疲れたかもな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
いつもよりも長引いてしまった会議。
そうなるだろうと思っていたから、覚悟はしていたのだけれど…。
(もうちょっと、結論というヤツをだな…)
早く出せていたら、もっと早くに終わったんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
会議の中身は、生徒の指導方法について。
遅刻が多い生徒をどう扱うか、というようなこと。
「一度くらいは追い返せ」との意見もあれば、「気長に待とう」という声も。
生徒の自主性に任せるべきか、強制的に指導をするか。
場合によっては「親を呼び出し」、生徒も交えて面談だとか。
「それは可哀相だ」と言う者もあれば、「そうするべきだ」と乗り気の者も。
(……俺は、自主性に任せてやりたい方で……)
ああいうヤツらは、言っても聞きやしないんだから、と分かっている。
その場では「ごめんなさい」と言おうが、「すみません」と頭を下げようが。
しおらしく詫びを入れて来たって、次の瞬間には「忘れている」もの。
なにしろ若くて、ヤンチャ盛りの生徒たち。
(…教師も、分かっちゃいるんだが…)
それでも「指導をしたい」性分の者だっていれば、逆の者だって。
教師も生徒と同じに「人間」、いろんなタイプがいるだけに。
(ああだこうだと、話が長引くばかりでだな…)
結局、最後は「このままで」となるんじゃないか、と思い返してみる会議の結論。
意見は二つに分かれたままで、どちらも「頷ける」所があるもの。
それだけに「このまま様子を見よう」と纏まって終わった、長かった会議。
(今日までに、何回やったことやら…)
あの手のヤツを、と疲れもする。
身体は疲れていないけれども、頭だけが。
やってられんな、とコーヒーを一口、それから座ったままで大きく伸び。
「疲れちまった」と肩をコキコキやってもみて。
(…俺には向いていないんだよなあ…)
結論が出せない会議ってヤツは、と首もゆっくり回してみる。
同じに長引く会議にしたって、もっと実りのあるものだったら、疲れないのに。
山ほどの議案を片付けようとも、参考資料が山と積まれようとも。
(まったく…)
ブルーの家にも寄り損なった、と残念な気分。
こんな具合に疲れていたって、ブルーに会えたら、疲れなんかは吹き飛ぶのに。
けれど、遅い時間になったら「寄って帰れない」ブルーの家。
ブルーの両親にも悪いだろうと、真っ直ぐ帰って来るしかない。
(…風呂に入って、寝るとするかな…)
疲れた時は、そいつが一番、と考える。
バスタブにたっぷり熱い湯を張って、身体を沈めて寛ぐひと時。
上がったら身体をタオルで拭いて、濡れた髪もザッと乾かしてから…。
(ベッドに入って、後はぐっすり…)
寝れば疲れも取れるってモンだ、と「風呂にするか」と立ち上がりかけて気が付いた。
「前の俺は、こうじゃなかった」と。
とても風呂など入れはしなくて、寝るどころでもなかったのだ、と。
(…どんなに疲れていてもだな…)
休めない夜が、幾つあったか。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた頃は。
前のブルーと恋人同士で、白いシャングリラで過ごした頃は。
(…シャングリラで、何か起こったら…)
それを解決するのがキャプテン。
機関部で起こったトラブルだろうが、農場などのシステムの故障だろうが。
その問題が「片付くまでは」取れない「休み」。
一日の間に片付かなければ、何日だって続いてゆく。
「疲れちまった」と思ってはいても、ゆっくり休めはしなかった夜が。
そうは言っても、前の自分も「一人の人間」。
不眠不休で生きていられるわけもないから、「休み」は取れる。
トラブルが解決しないままでも、「すまんが、今日はこれで帰る」と引き揚げて。
キャプテンの部屋に戻るふりをして、前のブルーがいた青の間へと。
(休んでいる俺に、緊急以外の連絡などは…)
まず来ないのだし、それに備えて「青の間の方にも」届くようにしてあった通信。
何処で「出たか」は分からないよう、ブルーがサイオンで細工をして。
(その連絡が、いつ来るんだか…)
分からないだけに、ゆっくり休むなど夢のまた夢。
どんなに疲れ果てていようと、風呂は「さっさと」入るもの。
バスタブにのんびり浸かっていないで、シャワーだけで済ませる日も多かった。
「ここでゆっくり浸かれたらな…」と、空のバスタブを眺めはしても。
ブルーが張った湯が「熱いままで」其処に満たされていても、入らなかった。
入ってしまえば、捕まる誘惑。
「もっと浸かっていたい」という風に。
そしてウッカリ浸かろうものなら、瞬く間に過ぎてゆく時間。
シャワーだけなら直ぐに済むのに、バスルームを出たら一時間近く経っていたりと。
(そいつはマズイし…)
入っては駄目だ、と自分自身を戒めた風呂。
シャワーは良くても、バスタブの方は「今は駄目だ」と、眺めるだけで。
入れば、疲れが取れるだろうに。
熱い湯で身体をほぐしてやったら、きっと極上の睡眠さえも取れる筈。
けれども、それは「許されはしない」。
キャプテンが「風呂でのんびりしている間」に、連絡が入りかねないから。
「来て下さい!」という連絡だったら、駆け付けるのが遅れるから。
(…前のあいつと、同じベッドで寝てる分には…)
起き上がって「飛び出してゆけばいい」だけ。
連絡が入りそうな時には、添い寝だけしかしていないから。
パッと起き出して、キャプテンの制服に袖を通して、駆けてゆくだけ。
(…風呂にも入れなかったってか?)
前の俺は…、と「如何に忙しかったか」を思う。
それに「余裕が無かった」ことも。
今の自分なら、たかが会議で「疲れた」だけでも、直ぐに「風呂だ」と考えるのに。
「ゆっくり浸かって、寝ればいいな」と。
そして実際、「そうしている」。
今も立ち上がって、「風呂にしよう」とバスルームに行こうとしたように。
思いがけずも、足が止まったけれど。
(……うーむ……)
たかが風呂だが、と思いはしても、「入れなかった」キャプテン・ハーレイ。
前の自分は、何度バスタブを「眺めるだけ」で終わっただろう。
空のを、あるいは熱い湯が満たされたバスタブを。
(今だと、疲れちまった時には…)
風呂に入るのが当たり前で…、と驚きながらも、後にした書斎。
飲み終えたコーヒーのカップを手にして、まずはキッチン。
風呂の前には、カップを洗っておかなければ。
(…こうして洗って、拭いてだな…)
棚に入れたら、バスルームにゆく。
バスタブに熱い湯を満たす間に、洗面台で歯を磨いたりもして。
「そろそろだな」と覗き込んだら、バスタブにたっぷり満ちた熱い湯。
それに湯気だって、「いい湯加減ですよ」と言わんばかりに押し寄せて来た。
「どうぞ、ゆっくり入って下さい」と、待ってくれているバスルーム。
それからバスタブ。
(よし、風呂だ!)
これで疲れが取れるってモンだ、と早速に服を脱ぎ落してゆく。
風呂に入るのに服は不要で、後はのんびり浸かるだけ。
熱いシャワーで身体をザッと洗ったら。
石鹸で軽く洗い終わったら、身体を伸ばして、あの熱い湯に。
思った通りに、「いい湯加減」。
手を、足をゆったりと伸ばせる大きなバスタブ、もうそれだけで疲れが取れる。
「疲れちまったな」と思った気分も、何処かに消えて。
「今日は疲れたが、明日はいい日になるだろうさ」と思いもして。
(……たったこれだけのことなんだがな……)
俺はバスタブに浸かっただけで…、と手で掬ってみる湯。
今の自分は「いつでも好きに」浸かれるバスタブ。
(…本当に、ただの風呂なんだが…)
なんとも贅沢な代物だよな、と身体を伸ばして、笑みを浮かべる。
「いい湯だよな」と、「今だからだな」と。
今の平和な地球に来たから、こうして風呂に浸かれもする。
「疲れた時には、風呂だ」と自然に思うくらいに。
思い付いたら、本当に直ぐに浸かれる風呂。
ただ「いい湯だな」と思いながら。
「明日はいい日になるだろうさ」と、今日の疲れは、もう忘れ果てて…。
疲れた時は・了
※疲れた時には、お風呂に浸かってリフレッシュ。それがハーレイ先生ですけど…。
キャプテン・ハーレイだった頃には、浸かれなかった日も沢山。贅沢なバスタイム。
(…英雄かあ…)
いろんな英雄がいるんだけどね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイが学校で教える古典の世界。
遥かな昔の小さな島国、日本と呼ばれていた頃の古典。
それを開けば英雄が大勢、彼らを巡る伝説だって。
(…日本の中だし、スケールは大きくないけれど…)
東洋の端っこにあった島国からでは、世界帝国などは築けない。
ギリシャから東へ遠征し続け、行く先々で都市を築いたアレクサンダー大王のようには。
彼が落とした国に置かれた、彼の名前を冠した都市。
名前そのままに「アレクサンドリア」で、その名の都市は幾つもあった。
地続きだったから出来た遠征、遥か東へ、もっと東へと。
ギリシャを出発して陸を伝って、エジプトを落として、更に東へ。
(川を渡るには、船にも乗って行っただろうけど…)
それでも渡ってゆく先の土地は、ギリシャから「続いている」大陸。
きっと「世界」は広かった。
アレクサンダー大王が幼い頃から見聞きした世界、それは途方もなく広いもの。
ギリシャから東に進んで行っても、世界の果てに辿り着くのは難しい、と。
だから目指した世界征服。
自分の力で何処まで行けるか、どれほどの領土を手に出来るのか。
文字通り「果てが見えない」帝国、それを築こうと旅立ったのがアレクサンダー大王。
志半ばで倒れたけれども、彼の名前は広く知られた。
彼が築いた「アレクサンドリア」は、後世にまでも残ったから。
「アレクサンダー大王が築いた町だ」と、誰もが知っていたのだから。
大王は、とうにいなくなっても。
遠征した先で命を落として、其処に凱旋して来なくても。
世界帝国を目指した、最初の王者。
「大王」と呼ばれたアレクサンダー。
後に一大帝国を築いたローマ、その皇帝たちからも尊敬された偉大な王。
彼のような英雄は、日本からは出て来なかった。
英雄の数は多いけれども、活躍した場は日本の中だけ。
海を越えての大遠征を繰り広げるには、あまりにも小さかった国。
「自分なら出来る」と思い込んだ挙句に、出兵した人物もいたけれど…。
(…どれも負け戦…)
彼らは英雄になれはしないで、逆に国力を失っただけ。
日本にはいない、世界帝国を立派に築き上げた英雄。
(島国だから、仕方ないけれど…)
同じ島国でも、イギリスの方は頑張った。
「大英帝国」と称されたほどに、海を渡って、領土を広げて。
けれども一人の力ではなくて、何代もかかって築き上げた国が大英帝国。
やはり島国から「広い世界」を相手にするのは、難しいのに違いない。
よほどの英雄が生まれない限り、そんなことは出来はしないのだろう。
(日本の中だけで、英雄になるのが精一杯…)
小さな器に相応しく。
東洋の端の小さな島国、其処に似合いの英雄たち。
海を越えての戦いなどには挑むことなく、日本の中だけで名を上げていった。
後世まで語り継がれるように。
古典の中にも名前が残って、今の時代も忘れ去られてはいない英雄。
世界帝国を築かなくても、日本だけでの英雄でも。
(だけど、一人だけ…)
いたんだっけね、と気が付いた。
一大帝国を築いた英雄、その人物と結び付けられた人が。
日本から海を渡って行った末に、皇帝になったと伝わる人が。
(…源義経…)
壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼし、武士の時代の幕を開けたのが義経だった。
けれど、凄すぎた彼の功績。
様々な戦法で戦い続けて、見事に平家を打ち破ったのに…。
(…実のお兄さんに、疎まれちゃって…)
自分が追われる身になった。
言いがかりのような理由をつけられ、「敵」として。
「義経を殺せ」と、追討令まで出されて。
殺されたのではたまらないから、義経は懸命に北へ逃れた。
幼かった頃に助けられた国、奥州の藤原一族を頼って。
ようやくのことで逃げ込めたけれど、時代は味方してくれなかった。
彼を匿い、守ろうとしていた一族の長が代替わりして。
跡を継いだ者が、「義経を殺す」側に回って。
(それで、死んじゃったんだけど…)
義経は実は死んではいない、という伝説が生まれて来た。
「もっと北へと落ち延びたのだ」と、「義経は生きて北に逃げた」と。
奥州の奥の奥まで逃れて、海を渡って北海道へ。当時は蝦夷地と呼ばれた場所へ。
そればかりか、中国大陸にまで行ったという。
其処でモンゴルの初代皇帝、チンギスハンになったのだ、とも。
(チンギスハンなら、世界征服…)
そのために戦い続けた英雄。
東へ、西へと兵を進めて、広げていった自分の領土。
義経は彼と結び付けられて、まことしやかな噂が囁かれた。
「チンギスハンは、義経なのだ」と、「だから皇帝になれたのだ」などと。
もちろん伝説、根拠なんかは何処にもない。
義経とチンギスハンは別人、その証拠ならば揃うけれども。
「絶対に違う」と言えるのだけれど、伝説の中ではそうなっていた。
義経はモンゴルまでも逃げ延び、大帝国を築き上げたのだと。
小さな島国、日本で語り継がれた伝説。
そんなことなど有り得ないのに、義経がチンギスハンだった筈がないのに。
けれど、大勢の人が信じた。
「そうではない」ことが常識になるまで、そういう時代がやって来るまで。
非業の最期を迎えた義経、彼の肩を持つ者は多かったから。
「判官贔屓」という言葉が出来たくらいに、同情する人が多かった。
義経が貰った「判官」の位、それを言葉に織り込んで。
「義経贔屓」と言いはしないで、「判官贔屓」。
それほどなのだし、義経に「生きていて欲しかった」人も大勢生まれた。
衣川では死なずに逃げたと思いたい人が。
(北に逃げるのは正しいから…)
義経は本当に「逃げて生き延びた」のかもしれない。
衣川で死んだと伝わる義経の方は、替え玉か、その辺に転がっていた死体だったとか。
当時の技術では、特定できないDNA。
鎌倉に運ばれた義経の首を、「似ている」と皆が考えたならば、それで幕引き。
本物の義経は、生きて北へと向かっていても。
鎌倉からは遠い奥州、その北の果てや、北海道まで逃げ延びて其処で暮らしていても。
(追手は、南から来るんだものね?)
だから逃げるなら北へ、北へと。
そして実際、其処に残った幾つもの伝説。
「義経は此処まで逃げて来た」とか、「此処から更に北に向かった」とか。
モンゴルに行くのは流石に無理があるのだけれども、チンギスハンにはなれないけれど。
ただ「北の土地で」生きるだけなら、きっと問題なかっただろう。
「義経を殺せ」と命じた兄は、首を眺めて「義経は死んだ」と信じたから。
もう死んだ者を探すだけ無駄で、そうする暇があったなら…。
(政権を固めていかないと…)
今度は自分が危うくなるから、そちらの方で精一杯。
義経のことなど忘れてしまって、鎌倉幕府を盤石のものにしてゆこうと。
そう考えると、「義経は生きていても」いい。
チンギスハンとは別人とはいえ、名も無い人間としてならば。
「義経」の名前は捨ててしまって、鎧も兜も、弓も刀も捨てるのならば。
(…そうなっちゃったら、ただの男の人…)
畑を耕して生きていてもいいし、海で魚を捕ったっていい。
山に入って狩りをしたって、「そうやって生きている」人がいるだけ。
(…本当に生きていたかもね?)
幾つも伝わる伝説の一つ、それが「真実」だったりして。
義経は死なずに北の地で生きて、衣川で死んだと伝わる妻子も生き延びていて。
(生きていたなら、今の時代も…)
その血を引く者がいるかもしれない。
SD体制の時代を経てなお、死の星だった地球が蘇るほどの時が流れても。
義経の血を引いている筈の人は、全く気付かないままで。
記録は残っていないのだから、誰一人として「本当のこと」を知らないままで。
(…ぼくだったりして…)
義経の子孫、と考えてみる。
長い長い時が流れたのだし、義経の血を引いていたって、姿はまるで違うだろう。
色々な血が混ざり続けて、今の自分のような姿ということもある。
その上、アルビノに生まれたのだし、もう「まるっきりの」別人に見えても変ではない。
(…義経の血を引いているなら…)
ぼくの中にも英雄の血が、と手を眺めてみて、ハタと気付いた。
義経の血などは、全く引いていなくても…。
(…前のぼく、英雄だったっけ…)
それも「大英雄」と呼ばれるくらいのソルジャー・ブルー。
メギドを沈めてミュウの時代の礎になった、偉大なソルジャー。
その魂を持っているなら、もう間違いなく英雄だろう。
薄れに薄れた義経の血よりも、よほど英雄に相応しい生まれ。
ちっぽけなチビの子供でも。…前と同じに弱く生まれた身体でも。
(うーん…)
ぼくも英雄だったんだっけ、と考え込む。
中身は確かにソルジャー・ブルーで、誰に訊いても「大英雄だ」と答えるだろう。
義経などより、よほど凄くて、アレクサンダー大王よりも上の筈。
世界帝国を築くどころか、ミュウの時代を築く礎になったのだから。
(…それに比べたら、今のぼくって…)
うんと平凡、と呆れそうなほど、今の自分はチビでしかない。
大きくなっても平凡なままで、ソルジャー・ブルーそっくりに育つだけ。
けれど、その方がきっといい。
英雄よりかは、「ただのブルー」でいる方が。
ハーレイと幸せに生きてゆくなら、英雄などでなくてもいい。
今の自分に似合いの幸せ、それを掴んで生きてゆくのが、きっと最高に幸せだから…。
英雄よりかは・了
※ブルー君が考えてみた英雄。日本には凄い英雄はいない、と。義経もチンギスハンとは別人。
けれど、気付けば前の自分は大英雄。義経の血を引いているより凄いですけど、普通が一番v
(…英雄なあ…)
そういう人間もいるんだっけな、とハーレイの頭に浮かんだ言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
遠い昔から、大勢の英雄がいるけれど。
自分が教える古典の中にも、それこそ何人も出て来るけれど。
(…源義経ってヤツもそうだよなあ…)
小さな島国、日本の英雄。
平安時代の終わりに生まれて、駆け抜けるように生きて散った義経。
あまりにも最期が悲しすぎたから、荒唐無稽な伝説までが生まれたほど。
「義経は、実は死んではいない」と、多くの人に語り継がれて。
(衣川では死んじゃいなくて、もっと北へと落ち延びて…)
海を渡って、その頃は蝦夷地と呼ばれた北海道に逃げて、無事だったとか。
北海道どころか、日本海を越えて中国大陸にまで渡った末に…。
(モンゴルに行って、チンギスハンになるんだっけな)
とんでもないぞ、と可笑しくなる。
チンギスハンと言えば、モンゴル帝国の創始者だから。
義経よりも遥かに名高い英雄、その伝説が生まれた頃でも、知名度は桁が違ったろう。
中国大陸の人に「源義経を知っていますか?」と訊いたら、「さあ…?」と返ったと思う。
小さな島国で戦いに負けて、死んでいっただけの源義経。
それに比べてチンギスハンは、一大帝国を築いた男。
遥か西へも遠征したから、多分、ヨーロッパにも名が轟いていただろう。
英雄として知られていたのか、征服者として恐れられたかは、ともかくとして。
(義経とは桁が違うんだがなあ…)
その二人を結び付けられてもな、と考えるのは、自分が後世の人間だから。
伝説と史実は違うことなど、百も承知で生きているせい。
けれども、当時の人は違った。
義経を英雄と称え続けて、非業の最期を嘆き続けた人々は。
そうして生まれた、「義経は死んでいない」という伝説。
最初は北へと逃げる話が出来たのだろう。
南に逃げれば、敵が増えてゆく一方だけれど、北に逃れればそうではない。
敵の支配は及んでいなくて、「義経を知らない」人間も多くいただろうから。
甲冑を捨てて、ただの旅人に身をやつしたなら、きっと誰もが手を貸してくれる。
飢えているなら、食料をくれて。
宿などが無くて困っているなら、「どうぞ」と家に泊めたりもして。
(実際、そういうことが無かったとも言えんよなあ…?)
義経の首は、後に鎌倉まで届いたけれど。
「間違いなく死んだ」と皆が納得したのだけれども、なんと言っても昔のこと。
(保存技術も、確立してはいなかったんだ…)
せいぜい酒に浸す程度で、凍らせるなどの技術は無い。
酒に浸せば、そのアルコールで保存できるのは確かだけれど…。
(ふやけちまうし、人相だって変わっちまうぞ?)
どう頑張っても、生前のままとはいかないだろう。
第一、館に火を放ったという説もある。
それが本当なら、人相など確かめようもない。
替え玉の首を持って行こうが、放り込んであった死人の首であろうが。
(首の方が本物と言い切れないなら…)
誰だって夢を見たくなる。
義経の側に味方していた武士でなくても、戦とは無縁の庶民でも。
なんと言っても「英雄」だから。
驕る平家を滅ぼした英雄、その英雄の最期が悲劇でいい筈がない。
きっと何処かへ逃れた筈だ、と「ありそうな話」を皆が考え始めて、北へ逃がした。
敵のいない北へ逃げて行ったと、そちらだったら安全だから、と。
(本当に逃げていたかもしれんし…)
ただの伝説なのかもしれない。
けれど「義経の伝説」は北に幾つもあったという。「此処に来たのだ」と。
北に逃れた、悲劇の英雄。
其処までは「真実」かもしれない。
確かめる術は何処にも無いから、「逃げていない」とは誰にも言えない。
後の時代に書き記された、「義経は北へ逃れた」という伝説たち。
それの一つは、本当なのかもしれないから。
義経は妻子と共に逃れて、敵などはやって来ることも無い、鄙びた村で…。
(生きていたかもしれないしな?)
其処までだったら、充分、有り得る。
鎌倉に届いた「義経の首」が本物なのかは、当時の技術では分からない。
DNAを調べることなど不可能だから。
外から眺めて「これがそうだ」と、誰かが言えば「確定」だから。
(偽物の首でも、届いちまったら…)
それが本物だと断定されたら、もはや追手はかからない。
義経は死んで、何処を探しても、もう「いない」者。
いつまでも探し続けているより、政権を固める方が大切。
(そうなっちまえば、安全だしな?)
義経は生きて、子供も無事に育ったろうか。
衣川で義経が手にかけたという、女の子。
その子も義経や母と一緒に北へ落ち延び、其処で大きくなっただろうか。
弟や妹なども生まれて、「ただの平凡な女の子」として。
その血は後の時代に継がれて、今も何処かに子孫が生きているかもしれない。
SD体制の時代さえをも、遺伝子の形で生き延びて。
自分でもそうとは気付かないまま、義経の血を引き続けて。
(そういうヤツなら、現実味だってあるんだが…)
チンギスハンはどうかと思う、と浮かべた苦笑。
いくら義経を逃がしたくても、色々な説を唱えたくても…。
(モンゴル帝国の初代皇帝になるというのは…)
無茶すぎだよな、とクックッと笑う。「そいつはスケールがデカすぎだ」と。
けれども、一種の英雄譚。
そうした話が生まれるくらいに、「源義経」は英雄だった。
「死んだことなど、認めないぞ」と大勢の人が思ったくらいに。
まずは北へと逃がしてしまえ、と伝説が生まれて、更に北へと逃がし続けた。
海を渡って北海道へ、其処から中国大陸へと。
(英雄ってのは、大したもんだな…)
みんなが話を作るんだから、と感心せずにはいられない。
古今東西、その手の英雄には事欠かないと言っていいほど。
悲劇の色が濃ければ濃いほど、「生き延びた」話が出来て広まる。
子孫を名乗る者が現れたり、子孫の証を持っていたりと。
(…何処までが本当だったんだか…)
今となっては知りようがない。
チンギスハンになった義経は明らかに嘘だけれども、北には逃れたかもしれない。
敵に知られないよう命を繋いで、その血を引く者が「今もいる」とか。
義経が滅ぼした平家の方でも、似たような伝説が同じにある。
彼らが奉じた安徳天皇、壇ノ浦の海に沈んだ幼帝。
その天皇を連れて逃げた武者たち、彼らの伝説もあちこちにあった。
(安徳天皇は英雄じゃないが…)
そっちの方も、生き延びたかもしれないよな、と思ったりもする。
真実を確かめようがないなら、可能性は否定できないから。
(しかし、やっぱり義経だよなあ…)
あの時代の英雄と言ったら義経なんだ、と断言できる。
「義経記」という古典があるほど、愛された英雄だったから。
「生きていて欲しい」と願った人々、彼らがせっせと北に逃がして、中国大陸にまでも。
英雄というのは大したもんだ、と感動したくもなるというもの。
「みんなが生かしてくれるんだよな」と、「悲劇に終わった時は、そうして」と。
生き延びたのだ、と生まれる伝説。
時を経るほどに伝説は増えて、途方もないスケールになるくらいに。
(英雄ってヤツは、そうしたもんで…)
伝説も其処から生まれるんだ、と思ったけれど。
非業の最期を遂げた英雄だったら、皆が話を作ってゆくのだ、と考えたけれど。
(……待てよ?)
前の俺だって英雄じゃないか、と気が付いた。
SD体制を倒した英雄、その中の一人がキャプテン・ハーレイ。
今の時代も名前が残って、記念墓地にも墓碑があるほど。
(でもって、非業の最期なんだが…)
地球の地の底で死んじまったぞ、と思い返す「前の自分の最期」。
前の自分は「これでブルーの所へ行ける」と、夢見るように死んでいったのだけれど…。
(そんなことは誰も知らんよな?)
誰も知らないなら、道半ばでの「非業の最期」。
世が世だったら伝説が出来て、前の自分もジョミーやキースと逃れたろうか。
「実は地球では死んでいない」と、「シャングリラに乗って宇宙に旅立ったのだ」と。
生憎と時代が時代だっただけに、そうはなってはいないどころか…。
(英雄とは無縁の俺に生まれてしまったぞ?)
ただの教師だ、と思ってはみても、これが自分には似合いだと思う。
一緒に生まれ変わったブルーと、幸せに生きてゆけたなら。
前のブルーが焦がれ続けた、青い地球の上で暮らせるのなら。
英雄よりは、その方がいい。
身の丈に合ったように暮らして、ブルーと二人で平凡に生きてゆく方が…。
英雄よりは・了
※英雄について考え始めたハーレイ先生。古典を教える教師なだけに、源義経の伝説を。
けれど、同じに英雄だったのがキャプテン・ハーレイ。でも英雄より、平凡なのが一番ですv
(ハーレイ、今日は来てくれなくて…)
次に来てくれるのはいつなんだろう、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれるかと思ったハーレイ、前の生から愛した恋人。
首を長くして待ったのだけれど、チャイムは鳴りはしなかった。
門扉の横にあるチャイム。
いつもハーレイが鳴らすチャイムで、その音が聞きたかったのに。
(明日も駄目かも…)
会議があるとか、柔道部の指導が長引くだとか。
ハーレイの帰りが遅くなる理由は幾らでもあるし、そういった日は来てくれない。
学校を出たら、ハーレイの家に帰ってしまって。
途中で寄り道するにしたって、この家には来てくれないで。
(今日も何処かに寄ってたのかな…)
ハーレイの家から近い食料品店とか、あるいは街に出掛けて大きな書店とか。
此処に寄るには遅すぎる日でも、それはハーレイが「そう決めた」だけ。
「お母さんに迷惑かけられないしな?」と、夕食の支度が出来そうにない日は避けるだけ。
ハーレイは自分で料理をするから、大体のことは分かるらしい。
「夕食の支度を始める時間は、この辺り」と。
それを過ぎたら、もう来ない。
父も母も、何度も言っているのに。
「夕食は直ぐに作れますから、いつでもどうぞ」と。
けれどハーレイは固辞してしまって、寄らずに家へ帰ってゆくだけ。
学校の駐車場を後にしたなら、こちらへハンドルを切らないで。
寄り道するには充分な時間、それがあるなら、街の書店に行ったりもする。
今日もそういう日だったろうか、あるいは食料品店に寄って…。
(晩御飯、何を作ろうか、って…)
買い物をして帰ったのかもしれない。
店の籠にあれこれ突っ込んでいって、レジに並んで。
ハーレイが何をしたかはともかく、来てくれなかったことだけは確か。
この家で会ってはいないから。
部屋の窓際に置かれたテーブル、其処で話してはいないのだから。
(次に会えるの、ホントにいつかな…?)
運が良ければ、明日には会える。
ハーレイがチャイムを鳴らしてくれて、母が門扉を開けに出掛けて。
けれども運が悪かったならば、明日もやっぱり会えはしなくて…。
(明後日も駄目で、会えるの、土曜日…)
そうなることも、充分、有り得る。
学校で会議があったなら。…柔道部の指導が長引くだとか、遅くなる理由は幾つでも。
(そんなの嫌だ…)
来て欲しいよ、と思うけれども、どうにもならない。
ハーレイは学校の教師なのだし、仕事が一番。
聖痕を持った生徒の「守り役」とはいえ、そちらを優先したりはしない。
あくまで「仕事が早く終わった日」と、「仕事が休みの週末」と。
この家に来る日は、そういう日だけ。
会議などの仕事を蹴散らしてまでは、来てはくれない。
(…仕事だから、仕方ないけれど…)
それでもやっぱり寂しくなる。
「次に会える日はいつなんだろう?」と考えてしまう。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、窓からは見えもしないから。
隣同士や向かいの家なら、窓からだって手を振れるのに。
朝一番なら、「おはよう!」と。
ハーレイが遅い時間に帰って来たって、「おかえりなさい!」と。
別々の家に住んでいたって、そういう挨拶が出来た筈。
現に自分も、近所の人たちにしているから。
朝、学校へ行く時に会えば、元気に「おはようございます」。
学校からの帰りに会った時には、「おかえり」などと声を掛けられて、「こんにちは!」と。
そんな挨拶さえ出来ない今。
ハーレイの家は遠くにあるから、窓から外を見るだけ無駄。
家さえ隣や向かいだったら、いくらでも手を振れるのに。
(晩御飯、もう済んでいたって…)
ハーレイの車が帰って来たなら、窓を大きく開け放つ。
車がガレージに入ってゆくのを見届けに。
前のハーレイのマントと同じ、濃い緑色をした車。
それが停まってハーレイが降りたら、「おかえりなさい!」と窓から手を振る。
精一杯に、乗り出すようにして。
「ぼくは此処だよ!」と、「今日も元気にしているからね!」と。
そう出来たならば、どんなに嬉しいことだろう。
ハーレイと二人で話せなくても、窓越しに手を振り合えたなら。
「ただいま」とハーレイの声が返って、「早く寝ろよ?」と気遣って貰えたら。
「もう遅いぞ」だとか、「風邪を引くから、窓を閉めろ」だとか。
そう言われたなら、「うん!」と窓を閉めるだろう。
「おやすみなさい!」と挨拶してから、夜風が入らないように。
それでもガラス越しにハーレイを見詰め続けて、今度はハーレイに追い払われる。
「さっさと寝ろ」といった具合に、手が振られて。
そうなった時は首を竦めて、仕方なく窓のカーテンを引く。
もう一度「おやすみなさい」と、心の中で小さく言って。
カーテンを閉めても、隙間から外を覗いたりして。
(…ハーレイが家に入るまで…)
きっと眺めているのだろう。
玄関の扉が閉まった後にも、飽きずに家を見ていそう。
ハーレイが点けてゆくだろう明かり、その順番を追い掛けて。
「リビングかな?」とか、「もう二階?」とか。
明かりは順に点いてゆくから、ハーレイが移動するのが分かる。
「今は一階」とか、「二階に着いたみたい」とか。
けれども、それも今は出来ない。
ハーレイの家が遠すぎて。
どんなに窓から目を凝らしたって、屋根の欠片さえも見えなくて。
(…ハーレイの家が見えたら、寂しくないのにな…)
今と同じに「遊びに来るな」と言われていたって、その家が直ぐ近くなら。
隣や向かいで、窓から眺められるなら。
(ハーレイが帰って来たら分かって、家にいるのも明かりで分かって…)
朝は窓から「おはよう!」と挨拶。
それが出来たら、毎日がとても素敵だろうに。
(でも、出来なくて…)
こうしてハーレイを待っているだけで、「今日は駄目だった」と項垂れるだけ。
「明日は会えたらいいのにな」と、夢見ることしか出来ない自分。
いつもこの家に独りぼっちで、ただ待つだけ。
(…ホントは一人じゃないけれど…)
両親も一緒の家だけれども、会いたくてたまらないハーレイ。
いつかは結婚できるとはいえ、その日がやって来るまでは…。
(ぼくはハーレイを待つしか無くて…)
来てくれなかった日は溜息ばかり。
「次はいつかな?」と考えてみては、「当分、駄目かも」と思ったりもして。
結婚したなら、もう待たなくてもいいと言うのに。
ハーレイが「ただいま」と帰って来る家、それが自分の家になるから。
(おかえりなさい、って玄関に行って…)
笑顔で迎えて、荷物を持ったりもするのだろう。
「これは重いぞ?」と言われても。
持った途端に、本当に重くてよろけても。
(重たいね、って…)
目を丸くしても、きっと荷物は離さない。
「ぼくが持つよ」と頑張って。「リビングでいい?」と、運ぶ先などを訊いて。
いつか、その日がやって来る。
この家で一人で待っていないで、ハーレイの家で待てる日が。
二人で同じ家で暮らして、「おかえりなさい」と迎えられる日。
朝は「おはよう」と挨拶してから、同じテーブルで朝食を食べられる日が。
(結婚したら、そうなるんだけど…)
とても幸せになれるんだけど、と小さな胸を膨らませる。
「お嫁さんだものね?」と、「ハーレイのお嫁さんになるんだから」と。
そうするためには結婚式で、ウェディングドレスを着るのだろう。
ハーレイの母が着たという白無垢、そちらにも心惹かれるけれど。
(どっちも、真っ白…)
純白の花嫁衣裳を纏って、ハーレイと挙げる結婚式。
それが済んだら新婚旅行で、二人で宇宙へ出掛けてゆく。
今の自分は地球にいるけれど、その青い星を「宇宙から見た」ことが無いから。
前の生で最後まで焦がれ続けた、地球の姿を見ていないから。
(宇宙船で、地球を一周する旅…)
衛星軌道を何周もするのだけれども、言葉の上では「一周」でいい。
窓の向こうはいつだって地球で、青い水の星が見えている筈。
そういう素敵な旅を終えたら、ハーレイの家に二人で帰って…。
(ハーレイが仕事に行っている間は、ぼくが留守番…)
本を読んだり、時には買い物に行ったりもして。
ハーレイが「ただいま」と帰って来るのを待ちながら。
(ホントに幸せ…)
それに楽しみ、と今との違いを思ってみる。
同じ「ハーレイを待つ」にしたって、まるで違った日々になる。
ハーレイの家が向かいにあるより、ずっと幸せ。
隣同士で住んでいるより、遥かに、もっと。
同じ家に二人で暮らすのだから、もう何もかもが違ってくる。
「来てくれなかった…」と溜息なんかは、零さなくてもいいのだから。
ホントに素敵、と思ったけれど。
早くその日が来ればいいのに、と考えたけれど…。
(…ぼくって、まだチビ…)
十四歳にしかならない子供で、結婚できる十八歳は何年も先。
おまけにチビで、前の自分と同じ背丈に育ってさえもいないから…。
(ハーレイはキスもしてくれないし…)
この状態では、プロポーズもして貰えない。
プロポーズが無ければ、結婚に向けての準備は始まりさえしない。
どんなに夢見て焦がれてみたって、前の自分が「青い地球」に焦がれていたのと同じ。
(地球までの道はうんと遠くて、いつ着けるのかも分からなくって…)
それに比べればマシだけれども、結婚はいつか出来るのだけれど…。
(……先は長いよね……)
まだまだ先だ、と零れた溜息。
幸せな日々を迎えるまでには、まだ待たないといけないから。
その日は必ず訪れるけれど、今の自分には、遠すぎて手が届かないから…。
先は長いよね・了
※ハーレイ先生が来てくれなかった、と溜息をつくブルー君。いつも一人で待つだけの日々。
結婚したなら、同じ「待つ」のでも、まるで変わって来ますけど…。まだまだ先v
(ゴールなあ…)
ふと、ハーレイが思い浮かべた言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
ゴール、すなわち決勝点。それに「目標」の意味もある言葉。
柔道の試合にゴールは無いのだけれども、水泳の方ならゴールは馴染み。
「プロの選手にならないか」と誘いが来ていた学生時代は、何度も其処を目指して泳いだ。
あと少しだ、と懸命に。力の限りに水を切って。
(でもって、一番でゴールした時は…)
それは気分が良かったもの。充実感も、達成感も。
勝敗とは無縁の練習の時も、やはりゴールを決めたりもした。
「あそこまでだ」と、「何処までタイムを縮められる?」などといった具合に。
自分が努力を重ねたならば、最高の気分になれるのがゴール。
やり遂げたことを自分に誇って、自信も持てるものだから。
(今じゃ、試合に出やしないから…)
昔ほどには意識していないゴール。
ジムに出掛けて泳ぐ時にも、決めずに泳いでいる日も多い。
「だいたい、こんなトコだよな」と、その日の気分で切り上げたりして。
柔道の方だと、目標としてのゴールはあっても、目に見える形の「ゴール」は無い。
試合で勝敗を決める時にも、まるで関係ないのがゴール。
「此処で勝負が決まる」という地点は存在しない。
試合の流れで技を決めるだけ、試合の相手を畳に投げたり、叩き付けたりしてゆくだけ。
技が決まれば、それでゴールになるけれど…。
(水泳と違って、目には見えんな…)
あそこがそうだ、と分かる形のゴールなどは。
試合の場としての畳があっても、其処に「ゴール」は刻まれていない。
水泳だったら、プールの端を「ゴール」に定めて泳ぐのに。
海などで泳ぐ競技の時にも、ゴール地点は必ず決まっているものなのに。
いろんな形があるもんだよな、と考えた「ゴール」。
水泳なら分かりやすいけれども、柔道の試合ではとても曖昧。
試合前から分かりはしなくて、技が見事に決まって初めて「ゴールなのだ」と知らされる。
それを見ている観客だって、何処がゴールか分かってはいない。
水泳だったら、「あそこなのだ」と素人でも直ぐに分かるのだけれど。
(ゴールが分かりやすいスポーツは多いんだが…)
サッカーならば、ゴールがある。
ボールがネットを揺らした時には、それで点数が入るもの。
バスケットボールだって、同じにゴール。
ボールがネットをくぐっていったら、入る得点。
ラグビーにもゴールポストがつきもの、ボールを其処まで運んでこそ。
(走る方なら…)
マラソンだろうが、短距離だろうが、必ずゴールが決められている。
其処に先頭で走り込んでゆけば、勝者になれるゴール地点が。
(…柔道ってスポーツは、ゴールってヤツに関しては…)
どうやら分かりにくいらしい、と苦笑してから気が付いた。
柔道は今でこそスポーツだけれど、元々は武道。
武道の道には終わりなど無い。
ゴールは存在しなくて当然、何処までも自分を高めてこそ。
弓道にだってゴールは無いし、剣道にもゴールは無いのだから。
(…此処で終わりだ、ってのが無いわけだな)
柔道はともかく、弓道や剣道、それは昔の武士たちのもの。
命を懸けて戦うための技術で、生き残っても、また次がある。
生きている限り、いつ敵が来るか分からないから。
「この戦に勝てば、二度と戦は起こらない」という保証など、何処にも無かったから。
明日は誰かが裏切るかも知れず、奇襲だって充分、起こり得ること。
武道にゴールは「ありはしなくて」、何処まで行ってもゴールは見えない。
自分自身の技を磨いて、次の勝負に備えなければならなかった武士。
(ゴールが無いのも、当然ってことか…)
柔道も武道なんだから、と大きく頷く。
目に見える形のゴールが無いのも、武道だったら当たり前。
武道というものが生まれた時代に、ゴールがありはしなかったから。
どんな武士でも、最後の息が絶える時まで、ゴールイン出来なかったから。
(病気で伏せっちまっても…)
好機とばかりに攻め込んでくる敵もいただろう。
そうなれば弓を、剣を取って戦わねばならない。
戦えなければ其処で終わりで、不本意な最期を遂げるだけ。
「自分のゴール」を、攻め込んで来た敵に奪われて。
「これで終わりだ!」ととどめを刺されて、人生は其処で終わりになる。
そうならないとは限らないから、生涯を終えるその瞬間まで、見えなかったゴール。
「いい人生だった」と死んでゆけるか、「こんな筈では…」と命を落とすのか。
敵に命を奪われたくなければ、ひたすらに技を磨くのみ。
弱っていようと、敵を相手に戦えるように。
弓が引けなくても、枕の下から取り出した剣で勝利を自ら掴めるように。
そう考えてみると、武道を始めた武士というのは…。
(ゴールするまで、一生、頑張り続けたわけで…)
なんとも気の長い話だよな、と自分が教える古典の世界を思ってみる。
平家物語は、平家と源氏の長い戦の物語。
太平記ならば、もっと戦は長くなる。
鎌倉時代の終わりに始まり、何度も戦を繰り返しながら変わる政権。
誰にとってのゴールだったか、それすら見えないくらいの戦。
戦が一つ終わった途端に、またも戦が起こるのだから。
(あんな中では、ゴール出来んぞ)
剣も弓もな、と思う激しい合戦。
きっと誰もが「見えないゴール」を目指して、懸命に剣を振るい続けた。
生き残るために矢をつがえては、敵に向かって何本も射て。
ゴールが見えない戦いなのか、と今の時代との大きな違いに驚くばかり。
同じ武道でも、今ならゴールが「あるもの」なのに。
目には見えない形にしたって、一応、「ゴール」は定められている。
試合をするなら、「これがゴールだ」と。
柔道だったら、文字通り技を決めた時。
試合の相手を倒した瞬間、其処がゴールで、試合終了。
弓道ならば、如何に高得点を出したか、何本の矢を的に当てたのか。
それで決まるし、剣道の方は、柔道の試合と似たようなもので…。
(技だよな…)
相手よりも優れた技を繰り出し、それでゴールを作り出すだけ。
自分が「勝ち」を収めたならば、その時がゴール。
(今じゃ、ゴールがあるんだが…)
それでも一時的なものだ、と分かってはいる。
武道に本物のゴールは無いから、極めたいなら、自分自身との勝負。
何処までゆけるか、それこそ一生をかけての戦い。
武士との違いは、「命が懸かっていない」ことだけ。
(…柔道の道も先は長いぞ…)
俺の場合も、まだまだ終わっちゃいないから、と確認してみる「ゴールが無い」こと。
いくら自分が強いと言っても、上には上があるものだから。
けして頂点に立ってはいなくて、一生、磨き続ける技。
(まあ、武士よりは楽なんだが…)
奇襲も無ければ、裏切りもない、戦争などは無い世界。
のほほんと平和に生きて暮らせて、柔道だって「ただの趣味」。
(本当にいい時代だよなあ…)
前の俺だと、戦ってヤツもあったんだが、と苦笑い。
柔道などやっていなかったけれど、「戦争」ならばあったから。
白いシャングリラの舵を握って、人類軍の船との戦い。
地球まで辿り着くために。…前のブルーが遺した言葉を、ただ守るために。
(前の俺には、戦があったが…)
今は無いな、と笑んだけれども。
「いい時代だ」と思ったけれども、青い地球の上に生まれた自分。
前のブルーも其処に生まれて、今は自分の教え子のチビで…。
(…あいつを嫁に貰うんだが…)
そいつはずいぶん先のことだぞ、と目を丸くした。
まだまだブルーは子供なわけで、結婚式など挙げられはしない。
プロポーズさえも出来はしなくて、ブルーの両親に結婚の許しを得ることも…。
(あいつがチビの間はだな…)
無理じゃないか、と唸ってしまった。
今度はブルーと一生、二人で暮らすのだけれど。
そのために挙げる結婚式の日、それも一種のゴールなのだけど…。
(いつになるやら、まるで見えんぞ?)
この戦も先が長そうだ、と零れた溜息。
今は平和な時代だけれども、武道さえも「ゴール」が設けられている時代だけれど。
(…先は長いよな…)
あいつとゴール出来る日までは、とコーヒーのカップを傾ける。
「早くその日が来ないもんかな」と、「まだまだゴールは見えないんだが」と…。
先は長いよな・了
※ゴールについて考えていた、ハーレイ先生。「水泳にはあっても、柔道には無いな」と。
武道には「無い」のが当たり前のゴール。そしてブルー君との結婚式だって、まだまだ先v
