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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(ハーレイのケチ…!)
 今日もキスしてくれなかった、と小さなブルーは膨れっ面。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、ハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
 午前中から二人で過ごして、夕食の後のお茶まで一緒だったのだけれど…。
(来てくれたのはいいんだけれど…)
 やっぱりキスしてくれないんだから、とプンスカ怒りたくもなる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 青い地球の上で会えたというのに、再会のキスも出来ないまま。
 ハーレイ曰く、「俺は子供にキスはしない」で、「キスは駄目だ」と叱られるばかり。
 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、貰えないキス。
 今のハーレイがしてくれるキスは、いつでも頬と額にだけ。
 子供向けのキスしか貰えないから、あの手この手で強請るのに…。
(キスは駄目だ、って叱るだけじゃなくて、ぼくの頬っぺた…)
 膨れっ面になったら潰すんだから、と唇を尖らせてプウッと膨れる。
 ハーレイがいたら、この顔も「潰される」ことだろう。
 大きな両手で、頬っぺたを両側から押してペッシャンと。
 「フグがハコフグになっちまったな」などと、可笑しそうな顔で。
(…ぼくが大きくならない間は…)
 そういう日々が続いてゆくだけ。
 どんなにキスを強請ってみたって、誘惑したって、全て空振り。
 ハーレイは応えてくれないばかりか、釣られもしない。
 「キスしてもいいよ?」と、前の自分みたいな顔のつもりで誘ってみても。
 この顔だったら大丈夫だよ、と自信たっぷりだった時でも。
(…恋人のぼくが誘ってるのに…!)
 ホントのホントに分からず屋で、うんとケチなんだから、と尽きない怒り。
 一日、一緒に過ごした日だって、この始末だから。
 ハーレイの心はビクともしなくて、キスを貰えなかったから。


 早い話が、チビの間は「駄目な」キス。
 ハーレイはキスをしてくれないし、許してくれるつもりもない。
(…何年、ぼくを待たせるつもり…!?)
 酷いんだから、と思うけれども、育たないものは仕方ない。
 ハーレイと再会した日から何日経っても、一ミリさえも伸びない背丈。
 前の自分に近付く気配も見えないわけだし、ただ溜息が零れるばかり。
 「いつになったら育つんだろう?」と。
 けれども、ものは考えよう。
 いつかは育ち始めるのだから、その時になれば仕返し出来る。
 とってもケチなハーレイに。
 もう最高の復讐が出来て、うんと後悔させられるだろう。
(…前のぼくと同じ背丈になるまでは、キスは駄目なんだものね?)
 前の自分の背丈は、忘れもしない百七十センチ。
 それが目前に迫って来たなら、きっと見た目は「前の自分」にそっくりだろう。
 背丈の方は、百六十九センチにしか伸びていなくても。
 ハーレイが「決めてしまった」背丈に、一センチばかり足りなくても。
(…その頃になったら、ハーレイだって…)
 キスしたい気持ちが湧いて来るのに違いない。
 「前のブルー」に「そっくりなブルー」が、周りをウロウロしていたら。
 毎日のように顔を合わせて、「ハーレイ?」と呼んでいたならば。
(だけど、決まりは絶対だしね?)
 ハーレイが「こうだ」と決めたからには、その約束は守るべき。
 「俺は子供にキスはしない」と言った言葉を、ハーレイは厳守しなければ。
 どんなに「ブルー」が、「前のブルー」にそっくりでも。
 キスしたい気持ちで一杯だろうが、決まりは決まりで、「約束」は「絶対」。
 ある日、ハーレイが「ブルー?」と顔を近付けて来たら、こう言うだけ。
 「ぼくは子供だから、キスは駄目だよ」と。
 まだ身長が足りていない、と「現実」を突き付けてやって。
 「あと一センチも足りていないから」と、大真面目な顔で「だから、まだ駄目」と。


(うんと待たせてやるんだから…)
 チビの自分が「我慢し続ける」年数に比べれば、短い筈の「待ち時間」。
 ハーレイが後悔しながら待つのは、きっと一年にも満たない間。
 「こんなことなら、もうちょっと…」と、「決まり」に幅を持たせるべきだった、という後悔。
 いくら後悔してみた所で、決まりは「変えられない」けれど。
(一年にも足りないなら、待てばいいじゃない…!)
 ぼくだって、復讐のためなら「待てる」、と思いもする。
 本当はキスをしたい気持ちで一杯にしても、それまでの日々の恨みをこめて。
 「フグ」だの「ハコフグ」だのと言われた時代の、チビのブルーのプライドにかけて。
 ほんの一年足らずだったら、余裕たっぷりに復讐するまで。
 「ハーレイが決めた決まりだものね」と、「ぼくは守らなきゃ駄目だから」と。
 それは残念そうな顔をして、悲しそうな表情もしてみせて。
 「まだ身長が足りないんだよ」と、涙を浮かべて、嘘泣きだって。
(……うん、いいかも……)
 やってやろう、と密かに固めた決心。
 いつか「その日」がやって来たなら、「今の自分」の仇を取ろう、と。
 ケチなハーレイに復讐してやる、とチビなりに誓いを立ててゆく。
 その日が来るまでグッと我慢で、今の屈辱に耐えるまで。
 「キスは駄目だ」とか、「フグ」や「ハコフグ」呼ばわりなんかの、惨憺たる「今」に。
 いずれ大きく育ち始めたら、出来る復讐。
 「あと一ミリも足りないんだから」と言える日が来たら、どれほど爽快な気分だろう。
 一ミリなんかは、誰が見ても誤差の範囲だろうに。
 百七十センチに「一ミリ足りない」だけなんて。
 けれど、その時も言い放つ。
 「ぼくは子供だから、キスは駄目だよ」と、顔だけは、とても辛そうに。
 心の中では、「ざまあみろ」と舌を出しても、そんな気配は見せもしないで。
(…ぼくの心の中身は、零れ放題らしいけど…)
 たとえ心が零れていたって、決まりは決まり。
 ハーレイが「それ」を決めた以上は、破ることなど出来ないから。


 楽しみだよね、と笑みを浮かべた「復讐の時」。
 育ち始めてどれほど経ったら、その時がやって来るのだろうか、と。
(前のぼくと、今のぼくは、見た目はそっくりだけど…)
 育つ環境がまるで違うから、前の自分の経験はアテにならないだろう。
 百六十センチを超えた途端にぐんぐんと伸びて、百七十センチになるのはアッと言う間とか。
 それこそ一年も経たない間に、もう「復讐の時」さえ過ぎてしまうほどに。
(たった一年も無いんだったら…)
 復讐したっていいと思うし、充分に我慢できると思う。
 それまでに「ケチなハーレイ」に意地悪をされる期間が、何年もある筈だから。
(ぼくだってキスしたいけど…)
 復讐のためなら、キスも我慢する。
 「キスは駄目だ」って言われ続けた、「今の自分」の仇を取れるなら。
 「ブルーにキスをしたい」ハーレイに向かって、「ざまあみろ」と心で言えるなら。
(…育ち始めたら、何年くらいで言えるのかな…?)
 二年だろうか、それとも三年かかるだろうか。
 ハーレイに心で「ざまあみろ」と舌を出せる日までは。
 とてもケチだったハーレイの前で、悲しそうな顔が出来る時までは。
 「ぼくは子供だから、キスはまだまだ駄目なんだよ」と。
 前の自分と同じ背丈になる日は、もう目の前に来ているのに。
 残りは一センチを切っているのに、とっくに誤差の範囲内なのに。
(どのくらいの間、復讐できるかな…)
 うんと長いといいんだけれど、と思いはしても、前の自分のようにはいかない。
 不器用すぎるサイオンのせいで、「引き延ばす」ことは、とても出来ない。
 「あと一ミリ」の所で「わざと」成長を止めてしまって、何ヶ月も苛め続けるとか。
 「まだ伸びないから」と復讐のために、気が済むまで「成長を止めておく」技は使えない。
(…なんだか残念…)
 前と同じに器用だったら出来たのに、と溜息をついて、気が付いた。
 今の自分には出来ない芸当、「此処で」と「わざと」止める成長。
 それが出来ないなら、もしかして…。


(…ぼくって、成長を止められない…?)
 前の自分と同じ背丈に育った後にも、まだ育つとか。
 もっと背が伸びて大きくなるとか、大人びた顔になるだとか。
(…前のぼくの顔は、充分、大人…)
 それよりも大人になってゆくなら、ハーレイのような年になるかもしれない。
 ハーレイどころか、ゼルやヒルマンくらいになるまで「育つ」とか。
(……それは育つって言うんじゃなくて……)
 老けると表現すべきだろう。
 成長を「自分の意志で止められない」なら、今の自分は「老ける」のだろうか。
(ぼくが老けたら…)
 ハーレイとの恋はおしまいだろうか、ほんの束の間の「復讐の時」が終わったら。
 「老けたブルー」を、ハーレイは捨ててしまうだろうか…?
(…ハーレイだったら、一緒に老けてくれそうだけど…)
 きっとそうだと思うけれども、「苛めた後」なら「苛め返されて」…。
(……ぼくの方が先に老けてしまうまで、わざと成長を止めて……)
 「お前、老けたな」とハーレイは笑うかもしれない。
 「俺の方がまだ若いようだが」などと、「苛められた時」の仕返しで。
(それは困るから…!)
 復讐はやめておこうと思う。
 成長は「止まる」と思いたいけれど、止まらなかったら大変だから。
 ハーレイと一緒に老けてゆく時に、「老けたな」と仕返しされそうだから…。

 

         ぼくが老けたら・了


※育ち始めたら、ハーレイに復讐しようと思ったブルー君。「キスはまだ駄目」と。
 けれど不器用すぎる今のサイオン。万一、老けてしまったら…。心配になったみたいですv









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(今日も、あいつはチビだったわけで…)
 まだまだ当分、チビってもんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家へと出掛けた休日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 今日も懲りずにキスを強請っていたブルー。
 「ぼくにキスして」と、チビのくせに。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれどブルーは、前の姿を「何処かに置いて来てしまった」。
 青い地球の上に生まれ変わる時に、多分、天国の片隅にでも。
 「今のブルーには、まだ要らない」と神が思ったか、それとも神の気まぐれなのか。
 十四歳にしかならないブルーは、前の生で初めて出会った頃と同じに子供。
 中身の方は、前のブルーとは、まるで全く違うのだけれど。
 前のブルーは、心も身体も成長を止めていた姿とはいえ、アルタミラの地獄を過ごした後。
 だから「不幸」を嫌と言うほど味わった子供。
 対して今のチビのブルーは、「幸せ」だけしか知らないような暮らしぶり。
 平和な青い地球に生まれて、血が繋がった本物の両親までがいる。
 暖かな家もあれば、友達と過ごせる学校もあって。
 見た目は同じ姿だとはいえ、あれほど中身が違えば別人。
 そんなブルーが愛おしいけれど、再会した日から、少しも育ちはしない。
 一ミリさえも伸びない背丈。
 顔も愛らしい子供のまま。
(あいつは、それが不満なんだが…)
 何も急いで育たなくても、と何度思ったか分からない。
 今のブルーには「幸せな時間」がたっぷりとあって、子供時代を満喫する日々。
 前の生では「忘れてしまって」、何も記憶が無かった頃を。
 成人検査と過酷な人体実験、それがブルーから「奪い去ったもの」。
 養父母でも「親」はいた筈なのに、育った家もあっただろうに。
 どちらも、前のブルーは「覚えていなかった」。
 その分、今を存分に楽しんで欲しいと思う。
 何十年でもチビの子供でかまわないから、育ち始めるまで気長に待つから。


 俺は何十年でも待てる、と思う「ブルーが育ってくれる日」。
 前のブルーと同じに育って、文字通りに「帰って来てくれる日」を。
 遠く遥かな時の彼方で、メギドへと飛んで二度と戻らなかった人。
 前の自分が失くしたブルーが、いつか帰って来てくれる時を。
(俺はいくらでも待てるんだが…)
 ブルーは不満たらたらだよな、と思い出す、今日の膨れっ面。
 「キスは駄目だ」と額を指で弾いてやったら、毎度のように見事に膨れてしまったブルー。
 こちらも、その度に「フグだ」と可笑しくなっては、膨れた頬を手で潰しもする。
 両手でペシャンと潰してやったら、「ハコフグ」になってしまうから。
(何度やられても、懲りないのがなあ…)
 チビの証拠というヤツだよな、とクックッと漏らす笑い声。
 「いつまでチビの子供なのやら」と、「俺は少しもかまわないが」と。
 今のブルーの、愛らしい姿も気に入っている。
 声変わりしていない高い声だって、「いいじゃないか」と聴いてもいる。
 だから何十年でも「チビのブルー」で育たなくても、きっと困りはしないだろう。
 ブルーの方では、もはや膨れっ面では済まない状態でも。
 キスを断ったら「ハーレイのケチ!」と叫ぶどころか、「ドケチ!」になっていようとも。
(…ドケチの次は何なんだろうな?)
 まさか「ハーレイのバカ!」が「馬鹿野郎!」になりはしないと思う。
 「ボケ」とか「たわけ」にもならないだろう。
(…罵詈雑言を言うにしたって、チビなんだから…)
 自ずと限界があるのだろうし、そうそう酷い言葉は出て来ない筈。
 元は「前のブルー」なのだから。
 「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、「ボケ!」と叫びはしなかった。
 「馬鹿野郎!」にしても聞いてはいないし、そういった語彙は「今のブルー」でも…。
(…何処かで調べて来ない限りは…)
 まず言わないから、何とでも罵ってくれればいい。
 育たないせいでキスを断られて、「ハーレイのケチ!」の次は「ドケチ!」と。
 何処かで調べて来たのだったら、精一杯に「たわけ!」とでも。


 それでいいな、と思うのだけれど、いつまで待てばいいのだろう。
 今のブルーが育ち始めたら、後は順調だろうけれども…。
(…前のあいつが、あの姿に育つまでの間を…)
 ハッキリ覚えちゃいないからな、と零れる溜息。
 前の自分は、それどころではなかったから。
 白い鯨ではなかった頃の「シャングリラ」を指揮した、キャプテン・ハーレイ。
 キャプテンの前は厨房だったし、それはそれで忙しくもあった。
 厨房時代は「フライパンで」皆の命を守って、飢え死にしないよう気配りの日々。
 キャプテンになったら「船を」動かし、同じに守った仲間たちの命。
 そんな日々では、ブルーが「育ってゆく」のを見守ってはいても…。
(成長記録をつけちゃいないし、うろ覚えで…)
 何年かかって「あの姿」になったか、まるで根拠がない始末。
 「このくらいだろう」という大雑把なものしか、前の自分は覚えていない。
 それでは全くアテにならない、「ブルーが育つための」年数。
(第一、今度も当て嵌まるのか…)
 其処が分からん、と思いもする。
 前のブルーと今のブルーは、「育つ環境」が違いすぎるから。
 栄養状態はもちろんのことで、ブルーを取り巻く世界だって違う。
 前よりも「早く」育つ可能性もあるし、その逆だということだって。
 「急いで大きくなる」必要など、今のブルーには「無い」だけに。
(…分からんな…)
 育ち始めてみないことには…、と思った所で、ハタと気付いた。
 今のブルーと、前のブルーの「大きな違い」に。
(…今のあいつは、サイオンが酷く不器用で…)
 前と同じにタイプ・ブルーなのに、サイオンなんかは「無い」かのよう。
 思念波もろくに紡げないほど、今のブルーは「ミュウらしくない」。
 今の時代は、人間は全てミュウなのに。
 誰もが自然に成長を止めて、若々しい姿を保つのだけれど…。


(今のあいつは、成長を止めることが出来るのか?)
 あの不器用なサイオンで…、と思い返すブルーの「不器用っぷり」。
 思念波も駄目なら、サイオンで物を動かすことも出来ない。
 もしかしたら、今のブルーのサイオンでは…。
(…前のあいつと同じ姿で、成長を止めておくことは…)
 出来ないのではないだろうな、と背筋がゾクリと寒くなる。
 もしもブルーが育ち始めた時、「成長を止める」サイオンが働かなかったら…。
(前のあいつと同じ姿になった後にも…)
 ブルーは「成長し続けてゆく」。
 前のブルーが成長を止めた、「最もサイオンが強そうな時」を過ぎた後にも。
 もっと背が高く伸びてゆくのか、大人びた顔になってゆくのか。
(そのくらいなら、まだいいんだが…!)
 俺のような年になったりするのか、と愕然とさせられた「恐ろしい未来」。
 ブルーの成長が「止まらなかったら」、どうなるのかと。
 今の自分のような中年、そういう姿を迎えるブルー。
 それを過ぎたら、今度は「老けてゆく」ブルー。
 サイオンで成長を止められないなら、かつての「人類」のような速さで。
 気付けば、ゼルやヒルマンのような外見になってしまうまで。
(アッと言う間に老けちまって…)
 それでもブルーは「ミュウ」なのだから、老けた姿で何百年も生きるのだろう。
 とてもブルーとは思えない姿に成り果てていても、その姿で。
(…あいつが老けるようなことになったら…)
 俺も一緒に老けるまでだが、と思いはしても、それは悲しい。
 ブルーには「ブルーであって欲しい」し、前のブルーのままがいい。
 とはいえ、それが出来ないのなら…。
(…俺も一緒に老けちまって、だ…)
 あいつに似合いのジジイになるさ、と括った腹。
 「ブルーがジジイになると言うなら、俺もジジイになればいいよな」と。
 それで似合いのカップルだろうし、きっと仲良く暮らせそうだけれど…。


(…あいつと俺がジジイになるのか…)
 それよりはチビのあいつと俺の方が…、と思いもする。
 いつまで経ってもブルーがチビでも、罵詈雑言を投げ付けられても。
 「ハーレイのケチ!」が「ドケチ!」に変わって、「たわけ!」と怒鳴り飛ばされても。
 チビのブルーなら、前の自分も知っているから。
 前の自分も「見たことがない」老けたブルーよりは、チビのブルーが良さそうだから…。

 

          あいつが老けたら・了


※ブルー君が「育たない」件はともかく、育ち始めて成長が止まらなかったなら…。
 ハーレイ先生も一緒に老けるそうですけど、ジジイよりは「チビのブルー」がお好みv









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(…美味しいんだけど……)
 あんまり沢山は食べられないよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど今では教師と生徒で、学校でしか会えない日だって多い。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けて、ペコリと頭を下げるだけの日。
 今日もそうやって過ぎてしまって、夕食のテーブルには無かったハーレイの姿。
 両親と三人で囲んだテーブル、その後に食べた砂糖菓子。
 父が会社の人に貰って帰って、「食べるか?」と出してくれたから。
 「ハーレイ先生がおいでだったら、足りないんだがな」と、「丁度良かった」と。
 会社の人は「家族は三人」と思っているから、砂糖菓子は三つ。
 ハーレイがいたなら、一つ足りない。
(…そうなった時は、パパだから、ちゃんと取っておいてくれて…)
 今日は出さずに、ハーレイが来なかった日に、「ほら」と出して来たことだろう。
 砂糖菓子だけに腐りはしなくて、日持ちだってするものだから。
(でも、ハーレイがいなかったから…)
 テーブルに置かれた砂糖菓子。
 可愛らしくて、美味しそうだった「それ」。
 早速、パクンと頬張った。
 一口で食べるには大きすぎたけれども、齧りついて。
(うんと甘くて…)
 とろけるように口の中でほどけた、砂糖の塊。
 「美味しいね!」と顔を綻ばせたら、「パパのもやるぞ」と言ってくれた父。
 「ホント!?」と嬉しくなったというのに、一個食べただけで…。
(……お腹、一杯……)
 そういう気分になってしまった。
 甘いお菓子は、「もう入らない」と。


 胃袋には多分、まだ空きがあったことだろう。
 母も「ママのもあげるわ」と微笑んだから、あと二つあった砂糖菓子。
 それを二つとも食べてしまっても、胃袋は、きっと…。
(…一杯じゃないと思うんだけどな…)
 いくら食が細い子だと言っても、相手は小さな砂糖菓子。
 量だけだったら、残り二つも入る筈。
 けれど入ってくれそうになくて、「欲しいけど、無理…」と俯いた。
 「パパとママが食べてくれていいよ」と、「お腹、一杯になっちゃった」と。
 そうしたら、「残しておいてあげるわよ」と母が優しい言葉をくれた。
 「残りは明日ね」と、父が貰って来た箱に仕舞って。
(…パパも、食べずにおいてくれたし…)
 とても美味しかった砂糖菓子は、明日も食べられる。
 おやつの時間に一つ食べるか、二個ともペロリと平らげるか。
 それとも二個目は大事に残して、明後日のおやつに食べるのがいいか。
(…どうしようかな…?)
 楽しみだよね、と母が蓋をしていた箱を思い出す。
 明日になったらあの箱を開けて、中から一個、砂糖菓子を出して…。
(美味しいってことが分かっているから…)
 大切に食べてみたいと思う。
 今日は「知らずに」齧りついた分、一口目のが「もったいなかった」気がするから。
 美味しいのだと知っていたなら、「味わうつもりで」齧ったろうから。
(そういう心の準備も大切…)
 あれほど美味しい砂糖菓子なら、それに相応しい心の準備。
 「美味しいんだから」と、味わう時間を楽しみにして。
 口の中でふわりと溶けてゆく時、舌の上で転がす間なんかも考えて。
 そうすれば、うんと値打ちが出る。
 同じ砂糖菓子を食べるにしたって、今日よりも、ずっと。
 残りの二つを食べる時には、そうしなければ。
 「うんと甘くて」美味しいのだと、心を弾ませて箱の蓋を開けて。


(…幾らでも食べられそうなのに…)
 お腹一杯になっちゃうなんて、と不思議な気分。
 胃袋には空きがあると思うのに、「もう、入らない」と訴えたお腹。
 母は笑って、「砂糖菓子だからよ」と教えてくれた。
 甘いお菓子は、「それだけでお腹が一杯になる」ものだとも。
 ケーキやプリンの類だったら、砂糖ばかりで出来ていないから、大きくても平気。
 けれども、砂糖菓子となったら、見かけ以上に「食べごたえ」があるものらしい。
 ほんの小さな砂糖菓子でも、プリン一個と同じくらいに。
 甘さを抑えたケーキだったら、一切れ分と変わらないほどに。
(…そう言われたら、分かるんだけど…)
 それは「理屈の上で」だけ。
 どうにも納得できない気分で、「まだ入りそうなのに…」と思ってしまう。
 実際には「お腹に入らなくって」、残りは箱の中なのだけれど。
 明日か、もしかしたら明後日までもの「お楽しみ」になった砂糖菓子。
 見た目だけの量なら、今日中に、全部食べられたのに。
(……うーん……)
 母が教えてくれた理由は、正しいのだろう。
 甘い砂糖の塊の菓子は、沢山は入らないのだろう。
 お腹の方では、「プリンを一個食べました」というつもりになって。
 あるいは「ケーキを一切れ、食べましたから」と、砂糖の量だけで思い込んで。
(…小さかったんだけどな…)
 プリンなんかより、ずっと。
 ケーキの一切れなどよりも、ずっと。
 なのに、お腹は「一杯」になった。
 父と母が「譲ってくれた」時には、「三つとも食べる」気でいたのに。
 「ハーレイがいなくて、良かったよね」と、チラと思ったほどなのに。
 もしも、ハーレイが来ていたならば、今日は「出会えなかった」砂糖菓子。
 それに出会えて、しかも三つも食べられる。
 「今日は、とってもツイているかも!」などと、心の何処かで。


 けれど、食べ切れなかった三つ。
 一つ目だけでお腹は一杯、残りは置いてくるしかなかった。
 お楽しみは明日に残ったけれども、なんとも解せない。
 あれほど美味しい砂糖菓子なら、幾らでも入りそうなのに。
 父が三つしか貰わなかったことを、残念に思いもしていたのに。
(十個くらい貰って来てくれてたら…)
 パクパクと食べて、大満足な気分だったろう、と。
 ところが「たったの一個」でおしまい、一杯になってしまった「お腹」。
 胃袋には空きがありそうだけれど、残りは入ってくれなくて。
(…甘いお砂糖で出来ているから…)
 そうなるのだ、と母は言ったのだけれど。
 その通りだろうと考えはしても、「どうして?」と首を傾げてしまう。
 甘くて美味しいお菓子だったら、きっと飽きたりしないのに。
 飽きる筈など、ないと思うのに。
(…うんと幸せな気分になれて…)
 おまけに、とっても美味しいんだよ、と思った所で気が付いた。
 幸せになれる「甘いもの」なら、砂糖菓子の他にもあったのだった、と。
(…ハーレイが家に来てくれた日は…)
 とても幸せで、甘い時間を過ごしている。
 ハーレイは、「俺は子供にキスはしない」と、キスを強請ったら断るけれど。
 叱られたりもするのだけれども、それでも甘い時間ではある。
 前の生から愛した人と、二人きりでいられる幸せな時。
(ああいう時間は、幾らあっても…)
 砂糖菓子みたいに「入らなくなる」ことはないだろう。
 「もう一杯」だと、ハーレイを放っておくことも。
 もちろん「帰って」と言いはしないし、何時間でも一緒にいられる。
 ハーレイが「じゃあな」と「帰ってしまいさえ」しなければ。
 もう遅いからと、ハーレイの家へ。
 「またな」と軽く手を振って、帰ってしまわなければ。


(…砂糖菓子みたいに甘いのに…)
 あの時間ならば、お腹一杯には、なったりしない。
 「残りは明日」などと思いはしないし、ある分を全部、味わうだけ。
 きっとそうだ、と考えるけれど、もしかしたら、あれも「今の自分には」無理なのだろうか。
 ハーレイが「キスは駄目だ」と叱る通りに、チビの自分には「今ので充分」。
 「またな」とハーレイが帰ってしまって、甘い時間は「おしまい」なのが。
 もっと、と心で願っていたって、「続きは、またな」と時間切れなのが。
(……ひょっとして、そう……?)
 ぼくが子供だから、砂糖菓子みたいに甘い時間も「期限付き」なの、と悲しい気分。
 「もう充分に味わったろう」と、ハーレイが「終わり」にしてしまうのが。
(……お腹、一杯にはならない筈で……)
 幾らでも入る筈なんだよ、と思うけれども、夕食の後の砂糖菓子。
 三つとも食べられるつもりでいたのが、一個でおしまい。
 残り二つは「明日以降のお楽しみ」なのだから、ハーレイと過ごす甘い時間も…。
(…欲張ったら、入らなくなっちゃう…?)
 「もうハーレイは充分だから!」と思ってしまう時が来るとか。
 「早く帰ってくれないかな?」と、「お腹一杯で」思う日が来るだとか。
 あの時間が「砂糖菓子みたいに甘い」のだったら、そうかもしれない。
 チビの自分には「今のが適量」、それ以上は「入らない」だとか。
(…そうだとしても……)
 もう入らない、と思うくらいに「ハーレイと二人で過ごしてみたい」。
 砂糖菓子みたいに甘い時間を、お腹一杯になるほどに。
 ハーレイが「またな」と帰ってゆく時、「残りは今度で充分だよね」と見送れるほどに…。

 

           砂糖菓子みたいに・了


※甘い砂糖菓子で、お腹一杯になったブルー君。もっと食べられそうだったのに。
 ハーレイ先生と過ごす時間も、砂糖菓子と同じようなものかも。ブルー君には今のが適量v








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(砂糖菓子なあ…)
 あれも悪くはないんだよな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(コーヒーに砂糖を入れるかどうかは…)
 その日の気分次第なんだが、とキッチンでのことを思い返してみる。
 いつものようにコーヒーを淹れて、どうしようかと考えた砂糖。
 今日は入れるか、入れずに飲むかと、「今日の気分」を。
 「入れたい気分」だった今日。
 だから砂糖を取り出そうとして、其処で迷った。
 「どれを入れる?」と、砂糖のことで。
 この家で長く一人暮らしだし、料理をするのも好きではある。
 料理好きなら揃えておきたい砂糖が色々、「コーヒー用の」砂糖以外にも。
 グラニュー糖なら、料理にも菓子にも、コーヒーにも良し。
 少し癖のあるザラメも案外、コーヒーに合う。
(どれにするかで迷っちまって…)
 いつものでいいか、と選んだ角砂糖。
 これなら好みで「ピッタリの量」を入れられる。
 「お砂糖の量はどれだけですか?」などと問われるのも、多分、これが多いだろう。
(スプーンに何杯、っていうヤツもあるが…)
 あっちはスプーンで計っているだけに、個人の癖が出そうではある。
 「一杯分でお願いします」と頼んだ一杯、それが「山盛り」とか「少なめ」だとか。
 それを思えば、角砂糖の方が「大いに便利」。
 一個の量は決まっているし…、とポチャンと入れて、この書斎へとやって来た。
 夜にコーヒーを飲むなら書斎が多いし、「今夜も此処だ」と。
 角砂糖を溶かしたコーヒーを傾け、ふと思ったこと。
 「角砂糖だって、色々じゃないか」と、「塊になった砂糖」のことを。
 コーヒーなどに「ポチャンと」入れてやる砂糖。
 四角ばかりとは限らなかった、と様々な形を思い浮かべて。


 塊でコーヒーに入れる砂糖も、気まぐれな量のものがある。
 少しいびつになった塊、あれならば塊の大きさによって量だって変わる。
(小さいのもあれば、大きいのもあるし…)
 同じ「一個」でも違うもんだな、と思う「その手の砂糖」。
 そうかと思えば、薔薇の花などの形をしている砂糖なんかも。
 其処から頭に「砂糖細工」と、ポンと浮かんで来た言葉。
(砂糖細工がくっついている角砂糖ってヤツも…)
 あるんだよな、と可愛らしいのを思い出したから。
 角砂糖の白い塊の上に、砂糖細工の小さな花などがくっついた、それ。
 せっかくの「とても繊細な細工」は、コーヒーに溶けてしまうのに。
 紅茶に入れても同じに溶けて、楽しむことは出来ないのに。
(ちょいと贅沢な砂糖ってことか…)
 値段も高めになるモンだしな、と愛用のマグカップを傾ける。
 「こいつに入れるには、上等すぎる砂糖ってモンだ」と。
 ああいう角砂糖を入れてやるなら、もっと高級なカップが似合い。
 ついでに「一人で」飲んでいるより、来客の時。
(…柔道部のヤツらじゃ、話にならんが…)
 あいつらに出しても猫に小判だ、と考えるまでもなく分かること。
 「豚に真珠」とも言うだろう。
 柔道部員の教え子たちには、クッキーでさえも「徳用袋」が丁度いい。
 上品に形が揃ったものより、割れたり欠けたりしているクッキー。
 要は「量さえあればいい」わけで、砂糖にしても全く同じ。
(…角砂糖さえも要らないかもな?)
 グラニュー糖もな、と浮かべる苦笑い。
 「安売りの砂糖で充分だろう」と、料理用の砂糖を思い描いて。
 食料品店のチラシなんかで、よく「お買い得」と書かれていたりする砂糖。
 それをスプーンで「どれだけだ?」と入れてやっても、彼らは気にもしない筈。
 ちゃんと「甘くなって」いたならば。
 間違えて塩を、ドカンと入れさえしなければ。


 柔道部員たちに出してやるには、上等に過ぎる角砂糖。
 砂糖細工がくっついたもの。
(そういう砂糖を出してやるなら…)
 いつかブルーが来た時だよな、と愛おしい人を思い浮かべる。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛した人。
 今は「この家には」呼んでやれないブルー。
 前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、家には呼ばない。
 そう決めて約束させたからには、まだまだ当分、来はしない人。
(あいつが此処にやって来る時は…)
 張り切って準備することだろう。
 何の料理を出せばいいかと、何日も前から考えて。
 「これだ」と決めたメニューによっては、前日よりも前から仕込みもして。
 食事だけで帰す筈もないから、菓子だってちゃんと用意する。
 手作りにするか、「とびきり上等な」評判の菓子を買いに行くかと、迷うのだろう。
 どちらに決めても、欠かせないのが紅茶になる。
 ブルーは「コーヒーが苦手」なのだし、美味しい紅茶を淹れなければ。
(でもって、砂糖を入れるんだから…)
 砂糖細工がくっついたような、高級品の角砂糖がいい。
 ただの角砂糖よりは、断然、そっち。
(なにしろ、二人きりだしな?)
 ブルーを招いて「家でのデート」、そういった特別な日なのだから。
 何度招いても、きっと飽きたりすることはない。
 「明日はブルーが来る日だからな」と、心躍らせる未来の自分が見えるよう。
 何を出そうか、料理は、菓子は…、とメモだって書いてゆくかもしれない。
 「この菓子は前に出しちまったから…」と、重ならないよう、気を配るために。
 料理も同じで、「前とおんなじ…」とブルーが思わないように。
 そんな「特別な人」を呼ぶなら、角砂糖も、素敵で特別なものを。
 くっついている砂糖細工は、紅茶に溶けてしまっても。
 ブルーが「綺麗だよね」と眺めてくれても、ポチャンと紅茶に落とせば、消えてしまっても。


(あいつのためなら、惜しいとは全く思わんな…)
 柔道部員のヤツらには、もったいなくて出せないんだが…、と思う上等な角砂糖。
 砂糖細工で小さな花などが描かれたもの。
 招いた客がブルーだったら、そういう砂糖を惜しげもなく入れてやるのだろう。
 「砂糖は幾つだ?」と尋ねて、返った答えの分だけ。
 たとえ「五つ」と言われようとも、「六つかな?」などと笑みが返っても。
(…普通は二つくらいなモンだが…)
 普段のあいつも、そのくらいだが…、と小さなブルーの好みを思う。
 甘い飲み物が好きだけれども、流石に砂糖が「五つ」や「六つ」ほどではない。
 けれども、ブルーが望むのだったら、砂糖細工がついた角砂糖を十個でも。
(百個と言われても、かまわんな…)
 そう思ってから、「いや、カップから溢れるか…」とクックッと笑う。
 それだけ入れたら、紅茶は溢れて、カップの中には砂糖だけ。
 カップの中には入り切らずに、こんもりと盛り上がったりもして。
(だが、あいつになら…)
 あいつとだったら、そんな時間も最高なんだ、と思えてくるから愛おしい。
 たとえカップから紅茶が溢れて、砂糖が山と積み上がっても。
 砂糖細工がくっついている角砂糖を見て、ブルーが「百個!」と注文しても。
(…あいつと過ごす時間ってヤツは…)
 きっと甘いに決まっているから、砂糖菓子のような時間だろう。
 砂糖菓子のように甘い時間を過ごすのだったら、角砂糖の山も似合う筈。
 紅茶が溢れるほどの量でも、二人で眺めて笑い合って。
 「百個は多すぎたみたいだよね」と、ブルーが肩を竦めたりもして。
(…食べ物で遊ぶのは、良くないんだが…)
 ちょいとやってみたい気にもなるよな、と思えてしまう、遠い未来に「ブルーが来た日」。
 砂糖細工がくっついた角砂糖を沢山、用意しておいて。
 「砂糖は幾つだ?」とブルーに訊いたら、「二つ」と答えが返ったとしても…。


(俺たちには、これが似合いだろう、と…)
 何処までカップに砂糖が入るか、一つずつ入れていくのもいい。
 砂糖菓子のように甘い時間に似合いの砂糖は、幾つなのかと。
 一つ、二つとポチャンと入れては、まるで溶けなくなる所まで。
 もうそれ以上は甘く出来ない、そんな量の砂糖を落とし込むまで。
(二十個くらいは溶けるモンかな…)
 凄い甘さの紅茶だろうな、と思うけれども、そんな「甘すぎる」紅茶もいい。
 砂糖菓子のように甘い時間を過ごしてゆくなら、砂糖さえも溶けてくれない甘い紅茶も…。

 

         砂糖菓子のように・了


※ブルー君と過ごすんだったら、砂糖の量は「溶けなくなるほど」なハーレイ先生。
 まさか本気でやることはないでしょうけれど…。そういう甘い紅茶が似合いの時間ですv









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(今日は、ちょっぴり…)
 疲れちゃった、と小さなブルーが漏らした溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 それも「疲れちゃった」と、思ってしまう理由の一つ。
 もしもハーレイが来てくれていたら、疲れなんかは吹っ飛ぶから。
 具合が悪くて寝ていた時でも、ハーレイに会えばホッとするもの。
 学校を休んでしまったような日に、「大丈夫か?」と見舞いに来てくれるだけで。
 けれども、会えなかったハーレイ。家では、だけど。
(…ハーレイ先生の方だったら…)
 会えたんだけどな、と思い出すハーレイの姿。
 学校の廊下で出会って、挨拶をして、たったそれだけ。
 立ち話は出来ずに、お互い、別の方へと歩いて行っただけ。
(会えないよりかはマシなんだけど…)
 ずっとマシだと分かってはいても、残念な気持ちは拭えない。
 ハーレイが「家に来てくれない」なら、「学校で少し話したかった」と。
 「恋人ではない」ハーレイ先生、教師と生徒の間柄にしか過ぎなくても。
 他の生徒に聞かれてもいい、無難なことしか話せなくても。
(…ツイてないよね…)
 そんな日に限って、帰りがアレ、と学校からの帰りのバスを思い出す。
 いつも乗っている路線バス。
 学校の側のバス停から乗って、家の近くまでの「ほんのちょっぴりの」旅。
 短い間の旅だけれども、お気に入りの席があったりもする。
 「此処が大好き」と決めている席。
 空いていたなら真っ直ぐに行って、ストンと座って乗ってゆく席が。
 たまに「誰かが先に座って」、塞がっていたりするけれど。
 少しガッカリするのだけれども、バスには他にも席が沢山。
 自分が「乗って帰る」時間は、混み合う頃ではないだけに。


 ところが、そうではなかった今日。
 学校の側のバス停で待って、其処へと滑り込んで来たバス。
(…ドアが開いたら、凄く賑やかで…)
 入口の側にまで、ギッシリ「詰まっていた」子供たち。
 下の学校の一番下の学年くらいか、その上くらいの年頃の子たち。
 遠足だったら「学校からバスで行く」だろうから、クラスで何処かへ出掛けた帰り。
 そういう子たちで寿司詰めのバスで、一瞬、乗るのを躊躇った。
 「次のバスが来るのを、待とうかな?」と。
 バスの本数は少なくないから、暫く待ったら次のが走ってやって来る。
 それに乗ったら、いつもと同じに「お気に入りの席」に座って帰ってゆける筈。
 「その方がいい」と思っていたのに、ついつい「乗ってしまった」バス。
 運転手の人が親切に呼び掛けてくれたから。
 「お乗りにならないんですか?」と、運転席から、マイクを使って。
(あんな風に呼び掛けられちゃったら…)
 乗ろうかな、と考えてしまうもの。
 「とても親切な運転手さん」が運転するバス、それを「乗らずに」見送るなんて、と。
 だから乗り込んだ、子供たちがギュウギュウ詰まったバス。
 「乗ってる時間は、ちょっぴりだしね?」と、子供たちを掻き分けるようにして。
 けれども、いささか甘かった読み。
 バスに詰まっていた子供たちは、元気が「余っていた」ものだから。
(走り回ったりはしないんだけど…)
 あっちでこっちで、大きな声で話して、笑い合って。
 バスの前の方と後ろの方とで「声を飛ばし合って」、ジャンケンなども。
 もちろん「お気に入り」の席は無かった。
 子供たちがちゃっかり座ってしまって、他の席にも子供たち。
 座れる席は一つも無いまま、吊り革を掴んで揺られていくしかなかったバス。
 エネルギーの塊みたいな、子供たちに圧倒されながら。
 「…ぼくは、こんなに元気じゃなかった…」と、小さかった頃を思い出しながら。
 それは賑やかな声が響く中、座ることさえ出来ないままで。


 お蔭でバスを降りた時には、すっかりクタクタ。
 家の近くのバス停で「バスから降りる」だけでも苦労した。
 小さな子たちで溢れたバスでは、降車ボタンを押すのも大変。
 うんと頑張って腕を伸ばして、ようやっと押せた「次で降ります」の合図のボタン。
 押した後には、子供たちの群れの中を「泳ぐようにして」、懸命にバスの前へと進んだ。
 「次で降ります!」と叫んだりもして、前へ、前へと。
 バスがバス停で停まった時にも、まだ「出口まで」着けていない有様。
 親切だったバスの運転手は、アナウンスをしてくれたけれども。
 「降りる人に道を空けてあげて下さい!」と、バスを埋める子供たちに向かって。
 やっとのことで辿り着けたから、運転手にペコリと頭を下げた。
 「ありがとうございました!」と、いつも「そうやって」降りているように。
 運転手も「ありがとうございました!」と返してくれて、バスは走って行ったけれども…。
(…もう本当に、疲れてクタクタ…)
 なんという酷いバスだったろう、と足を引き摺るようにして歩いた道。
 家までの道は、長くないのに。
 普段だったら、道沿いの家の庭などを、覗き込んだりしながら帰るのに。
(…疲れちゃってたから、それどころじゃなくて…)
 家に着いて門扉を開けた時には、もう「鞄さえも」重かった。
 通学鞄は、それほど重くはないものなのに。
 庭を横切って家に入って、「ただいま」と呼び掛ける声にも、まるで無かった元気。
 リビングにいた母に「疲れちゃった…」と言うなり、その場に座り込んだほど。
 母が「どうしたの!?」と、病気ではないかと驚いたのも、きっと当然。
(だけど、病気じゃなかったから…)
 暫く休んで、それから出掛けた洗面所。
 手を洗って、ウガイもしておかないと、と。
 それが済んだら、普段は着替えにゆくのだけれど…。
(今日は、そうする元気も無くって…)
 制服のままで、リビングでおやつを頬張った。
 母が焼いておいてくれたケーキや、とびきり甘いココアなんかを。


 おやつを食べたら、戻った元気。
 あれほど「疲れ果てていた」のに、美味しいおやつの効果は絶大。
 「ちょっぴり疲れた」程度になるまで、奪われた体力を戻してくれた。
 もちろん、気力の方だって。
(…だから、ちょっぴりなんだけど…)
 今日はちょっぴり疲れたんだけど、とベッドに座って考える。
 「これでハーレイが来てくれていたら、もっと元気になってたよね?」と。
 疲れなんかは消えてしまって、元気だったに違いない、と。
 「今日は、とってもいい日だったよ」と思ったりもして、御機嫌で。
(……おやつくらいじゃ……)
 全部は戻ってくれないのかな、と「疲れちゃった」気分が気になりもする。
 「ハーレイ」も必要なのだろうかと、「おやつだけでは、やっぱり駄目?」と。
 けれども、其処で気が付いた。
 その「ハーレイ」は、今日は来なかったけれど…。
(…前のぼくがいたから、今のぼくがいて、ハーレイがいて…)
 今もやっぱり恋人同士で、家を訪ねてくれる日もある。
 病気で学校を休んでいたって、「具合はどうだ?」と仕事帰りに。
 そのハーレイと「初めて出会った」、前の自分は、どうだったろう。
 遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人は。
 白いシャングリラで、ミュウたちの長だった頃の自分は。
(……ちょっぴりどころか、うんと疲れていた時だって……)
 仲間たちのためにと、どれほど努力していたことか。
 「ただいま」と言うなり、その場にへたり込んだりはせずに。
 皆の前では凛と立ち続けて、疲れた顔など見せもしないで。
(…もちろん、おやつなんかは無くって…)
 白いシャングリラに「菓子」はあったけれど、それだけのこと。
 青の間に届けられはしたって、「おやつちょうだい!」と言えはしなかった。
 ソルジャーは、「そういったこと」はしないから。
 どんな時でも、甘えたことなど言えはしなかったから。


(…今のぼくだと、疲れた時には…)
 母が焼いてくれた美味しいケーキや、甘くて疲れが癒えてゆくココア。
 「ママ、おやつ!」と頼まなくても、「はい、お待たせ」と出てくる、おやつ。
 それを食べたら、元気が戻って来てくれるもの。
 今日のようにバスで疲れ果てても、通学鞄さえ「とても重い」と思った日でも。
(…ハーレイは来てくれなかったけど…)
 だけど元気は戻ったよね、と見詰める自分の小さな両手。
 なんて幸せなんだろうかと、「前のぼくより、ずっと幸せ」と。
 疲れた時には、それを少しも隠すことなく、「疲れちゃった」と言えるから。
 その場にペタリと座り込んでも、母が慌てる程度だから。
(疲れた時には、おやつを食べて…)
 元気になれるのが今のぼくだ、と零れた笑み。
 「前のぼくとは、全然違う」と。
 平和になった地球に来たから、ハーレイがいてくれて、おやつまである。
 疲れた時にも、ただ食べるだけで、元気が戻ってくるおやつ。
 ハーレイに会えなかった時でも、「ちょっぴり疲れた」とだけ思うくらいに…。

 

            疲れた時には・了


※「疲れちゃった」と思った時にも、おやつを食べたら元気になれるブルー君。
 けれど、ソルジャー・ブルーだった頃は、そうではなかったのです。幸せなのが今v






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