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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(……今日はツイてなかったよね……)
 ホントに駄目な一日だっけ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…来てくれるかと思ってたのに…)
 駄目だったよね、と悲しくなる。
 家に帰ってからの時間は、おやつを食べていた間を除いて、「待ち時間」。
 ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと、聞き耳を立てて。
(あんまり早い時間は、ハーレイ、来ないから…)
 早すぎるチャイムは他の来客、窓の所へ行くだけ無駄。
 ハーレイの「放課後」は、まずは柔道部の指導。
 それが終わった後の時間しか、「ブルー」のために割いてはくれない。
 今のハーレイは教師なのだし、そちらの仕事が最優先。
(…チャイムの音は聞いたんだけど…)
 残念なことに、「早い時間」のものばかり。
 今日に限って何回も鳴った。来客が多い日だったらしくて。
 それがパタリと途絶えた後には、「鳴らす人」はハーレイくらいの時間が来るのに…。
(一度も鳴ってくれなくて…)
 それっきりだよ、と残念な気分。
 あれだけチャイムが鳴っていたのに、「ハーレイ」の分は無かったなんて。
 一番、鳴って欲しいチャイムが「鳴らないまま」で終わったなんて。
(これじゃ、学校とおんなじだってば…)
 学校だってツイてなかった、と今日の昼間を思い出す。
 ハーレイを何度も見掛けていたのに、悉くハズレだったから。
 「あっ!」と気付いても、それだけのこと。
 いつも以上に、「ハーレイを見た」と思うのに。
 普段だったら、もっと「少なめ」な「会える」回数。
 同じ学校の中で過ごしていたって、登校してから放課後までの時間を共有してたって。


 学校でハーレイに会った時には、「ハーレイ」と呼ぶことは出来ない。
 呼ぶなら、あくまで「ハーレイ先生」。
 いくら「守り役」をしてくれていても、「先生」には違いないだけに。
 けれど、会えたら話は出来る。
 「ハーレイ先生!」と呼び止めて、ペコリと頭を下げて挨拶したら。
 ハーレイが急いでいなかったならば、廊下などで出来る立ち話。
 敬語で話さなくては駄目でも、「ハーレイ先生」としか呼べなくても。
(だけど、会えたら喋れるしね?)
 教師と生徒の間柄でしか「話が出来ない」時間でも。
 恋人同士の会話などは無理で、甘えることさえ出来なくても。
 それでも「会えれば」幸せな時間、「ハーレイ先生」と暫く過ごせるのに…。
(…今日はホントに、見掛けただけ…)
 声も届かないほど遠くだったり、廊下を曲がって去ってしまったり。
 そうでなければ、階段を上って行ってしまったりといった感じで…。
(ハーレイは何度も見たんだけどな…)
 立ち話どころか、挨拶さえも出来てはいない。
 きっとハーレイは「ブルーがいた」という事実にさえも…。
(気付いてないよね?)
 もしも気付いてくれていたなら、振り返ったと思うから。
 どれほど遠く離れていたって、ヒョイと振り向いて片手を上げてくれたろう。
 こちらがペコリと頭を下げたら、「分かっているさ」という風に。
 それをしないで「行ってしまった」今日のハーレイ。
 何度見掛けても、何処で目にしても。
(…家のチャイムが何回鳴っても、全部、ハーレイじゃなかったし…)
 今日はそういう日なんだよね、と零れる溜息。
 なんとも「ツイていない日」なのだ、と思うから。
(…学校であれだけ見掛けていたから、来てくれるかな、って…)
 縁があるかと考えたのに、縁は無かった方らしい。
 ハーレイは「来ずに」終わってしまって、鳴らなかったチャイム。
 学校でもハーレイを「目にした」だけだし、立ち話さえも出来なかったから。


 本当に「ツイていなかった」日。
 ハーレイを何回見掛けても無駄で、家のチャイムが何度鳴っても、ハーレイではなくて。
(…此処まで酷い日、そんなに無いよね?)
 あんまりだってば、と溜息が口から零れるばかり。
 どうしてこんなにツイていないのか、今日はよっぽど運が無いのか。
 「ハーレイを見掛けた」回数だけは多くても。
 家のチャイムを「鳴らす人」の数は、いつもよりずっと多くても。
(それって、ぼくには意味が無いから…!)
 学校でハーレイに「会う」のだったら、立ち話は無理でも、せめて挨拶くらいはしたい。
 遠すぎて声が届かなくても、ハーレイが片手を上げてくれる程度に。
 今日みたいに「ハーレイの背中」ばかりを見るよりは。
 階段を上がって行ってしまって、横顔は一瞬だけよりかは。
(家のチャイムだって…)
 同じ鳴るなら、ハーレイが鳴らすチャイムがいい。
 近所の誰かが鳴らした目的、それがどういうものであっても。
(…珍しいお菓子のお裾分けでも…)
 普段だったら、とても嬉しくても、今日に限っては「嬉しくない」。
 ハーレイは来てくれなかったのだし、珍しいお菓子を貰うよりかは、待ち人の方。
 同じにチャイムが鳴るのなら。
 チャイムを鳴らして、誰かがやって来るのなら。
(なんで、こういう日だったわけ…?)
 ぼくの今日の運は、よっぽど悪いの…、と尽きない溜息。
 もう幾つ目かも分からないほど、唇から「それ」を零したと思う。
 溜息の数が多くなっても、いいことは何も起こらないのに。
(…これじゃ駄目だと思うけど…)
 ガッカリした気分で零す溜息、それをつく度、落ち込む感じ。
 「ツイていない」と実感して。
 今日は溜息をついてばかり、と自覚する度に。


(……溜息の数だけ、幸せは逃げて行っちゃうんだ、って……)
 その言い回しを何処で聞いたろう。
 前の生でも知っていたのか、今の生で覚えた言葉なのか。
 きっと今だ、という気がする。
 遠く遥かな時の彼方では、幸せは「今ほど」無かったから。
 白いシャングリラでも、そうなる前の「人類のものだった船のまま」だった時代でも。
(…船の一日が無事に終わって、次の日の朝がやって来て…)
 新しい一日が「何事もなく」過ぎていったら、それが一番の幸せだった。
 「ソルジャー・ブルー」だった前の自分にとっては、船と仲間たちの「無事」が何より。
 皆が無事なら幸せな日々で、「ソルジャー」ではない「ブルー」には…。
(…ハーレイだよね?)
 幸せを感じられた時には、いつもハーレイがいたように思う。
 恋人同士になる前から。
 ハーレイが厨房で働いていて、其処を覗きに行った頃から。
(あの頃よりかは、今の方がずっと幸せなのに…)
 それでも溜息を零すだなんて、自分は我儘になっただろうか。
 「ハーレイが来てくれなかった」だとか、「ツイてない」だとか。
 前の自分がついた溜息、そちらは遥かに「重かった」のに。
(……ぼくの寿命は、地球に着くまで持たない、って……)
 そう悟ってから、何度溜息を零しただろう。
 あの白い船の行く末を思って、ミュウの未来を憂い続けて。
 今とは比べ物にならない「重さ」の、つくだけで辛い溜息を。
(…溜息の数だけ、幸せが逃げて行っちゃうんなら…)
 前の自分は、その言い回しを「知らずに」生きていたのだろうか。
 皆の幸せを願うのだったら、ソルジャーは溜息を零すより…。
(…幸せが逃げてしまわないように…)
 溜息を飲み込むべきだったろう。
 「ソルジャーがついた溜息」のせいで、皆の幸せが逃げないように。
 白いシャングリラとミュウの未来に、幸せが幾つもやって来るように。


 そういうことなら、溜息をグッと飲み込んだだろう「ソルジャー・ブルー」。
 けれども、チビの自分には無理で、ツイていないというだけで溜息。
 溜息の数だけ、幸せを逃しそうなのに。
 幸せは逃げて行ってしまうと、たった今、自分で考えたのに。
(…だけど、ついちゃう…)
 溜息だもの、と思ったはずみに気が付いた。
 その「溜息」にも、色々なものが無かったろうか、と。
(えーっと…?)
 ホッと安心した時に零れる、安堵の息。
 あれも「溜息」の一つだったと思う。同じように息をつくのだから。
(…とても綺麗な景色とかを見て…)
 凄い、と漏らす感嘆の息も、「溜息」の内ではなかったろうか。
 思わず知らず息が零れて、仕組みは「溜息」と同じだから。
(どっちも同じ溜息だったら…)
 ツイていない、と零す溜息よりかは、ずっと素敵なものだと思う。
 ホッとしたなら、心がじんわり温かくなるし、感動したなら、弾みもする。
 そういう溜息をつくのだったら、幸せも逃げて行かないだろう。
(逆に幸せが来てくれそうだよね?)
 溜息の数だけ、幸せなこと。
 安堵の息とか、感嘆の息をついたなら。
(そっちも溜息なんだけど…)
 さっきから繰り返す溜息よりかは、そういった息をつく方がいい。
 ついた数だけ、幸せがやって来そうな息を。
 今よりも、もっと幸せになれる気がするから。
 今でも充分、幸せだけれど、もっと幸せになりたいから。
(…溜息よりかは、そっちの息…)
 つけるといいな、と明日に期待する。
 平和な今の時代の地球では、明日は必ずやって来るから。
 溜息ばかりをついていなくても、もっと素敵な息を幾つもつけるのだから…。

 

          溜息よりかは・了


※今日は溜息をついてばかりのブルー君。「ツイてないよ」と、何回となく。
 けれど、溜息の種類も色々。幸せが逃げて行かない息をつく方が、ずっといいですよねv









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(……まったく……)
 とんだ日だった、とハーレイがフウとついた溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
 机の上には熱いコーヒー、愛用のマグカップにたっぷりと。
 ついた溜息で吐いた空気の分、コーヒーを喉に流し込む。
 独特の苦味や、香りなどを。
(…これで気分は直るんだがな…)
 それに切り替えも早い方だが、と思ってはいても、零れる溜息。
 今日の出来事を思い出したら。
 「とんだ日だった」と、放課後の方へと目を向けたら。
 その「放課後」は、学校に置いて来たけれど。
 とっくの昔に別れた放課後、「教師としての仕事」は終わり。
 けれども、最後の最後に「放課後に」起こってくれたこと。
 溜息の原因で、「とんだ日になった」理由というヤツ。
(まったく、あいつらと来たら…)
 あれだけ何度も言っているのに、と溜息しか出ない「柔道部員」。
 それも一人や二人ではなくて、今日の問題は全員分だと言えるほど。
(…会議があるから、少し遅れるとは言ってあったんだが…)
 朝練の時に、そう伝えておいた。
 「放課後は来るのが遅くなるから、先に稽古を始めるように」と。
 ただし、柔道は「危険と背中合わせ」な部分もある。
 気を抜いていたり、気が散ったりすれば、「慣れた者」でも怪我をすることも多い武道。
 そうならないよう、重々、注意をしておいた。
 「俺が来るまでの間は、自分の力量以上のことはするな」と、皆に向かって。
 自信が無いなら、「ストレッチでもしていろ」とまで。
 個々の力量には差があるものだし、主将でさえも「全体を」把握出来てはいない。
 稽古をするなら「誰と組ませるか」、彼自身の目で分かる範囲は狭い。
 いつもの部活の内容からして、「この辺りだ」と思う程度で。
 後は、それぞれの資格などを参考に決めるだけ。


 そんなトコだ、と分かっているから、「力量以上のことはするな」と刺しておいた釘。
 怪我をしてからでは遅いのだから、下手な部員はストレッチだ、とも。
(……なのにだな……)
 会議が終わって、急いだ着替え。
 柔道着を着て、有段者の証の黒帯を締めて、体育館へと出掛けたら…。
(あの馬鹿どもが…!)
 「下手な部員はストレッチ」どころか、皆がやっていた乱取りの稽古。
 「顧問の自分」がいない時には、「やるな」と前から言ってあるのに。
 直接指導をしている時でも、乱取りをしてもいい者は…。
(普段の腕やら、その日の調子を見極めてだな…)
 選び出しては、「この中でやれ」と決めてゆく。
 上手い者なら、上手い者ばかりをメンバーに決めて。
 下手な者だと出来はしないし、「やりたい」者には「自分が」相手。
 ダテに道場で「教えられる」資格を持ってはいなくて、プロへの道さえあったほど。
(そこまでの腕があって、初めて…)
 自分よりも遥かに下の者でも、怪我をさせずに試合が出来る。
 「かかって来い!」と一度に大勢を相手にしたって、何の問題も無いほどに。
(…それに憧れるのは分かるんだが…!)
 まずは自分の腕を磨け、と口を酸っぱくして指導して来た。
 充分に分かってくれているのだと思っていたのに、現に「分かっている」筈なのに…。
(…相手は所詮、悪ガキと言ってもいい年で…)
 顧問の教師が「いない」となったら、羽目を外しもするだろう。
 普段は出来ないことをやろうと、悪戯と「さほど変わらない」気分で。
(俺が入って行った途端に…)
 マズイ、とばかりに蜘蛛の子を散らすように「散った」のが、柔道部員の生徒たち。
 乱取りは中断、「普通の稽古」をしていた風に見せかけようと。
(悪戯だったら、逃げておしまいでもいいんだが…)
 そうじゃないんだ、と承知なだけに、彼らを集めて怒鳴り付けた。
 「大馬鹿者が!」と、「俺の言葉の意味も分かっていなかったのか!?」と。


 シュンとしてしまった部員たち。
 「すみませんでした」と皆が素直に謝ったけれど、その場で零してしまった溜息。
 彼らが「分かっていない」というのが、自分の力量不足に思えて。
(そうじゃないとは、分かっていても、だ…)
 あの年頃だと、目を離したなら「ああなる」ものだと思ってはいても、こたえるもの。
 現場を目にしてしまったら。
 「先生が来たぞ!」と言わんばかりに、「約束を守っている」ふりをされたら。
 だから彼らを叱り飛ばして、散々、垂れておいた説教。
 「怪我をしたなら、困るのは、お前たちなんだぞ!」と睨み付けて。
 「俺も困るが、それ以上に自分が困るってことを、きちんと肝に銘じておけ!」と。
 そうして部活は終わったけれども、「とんだ日だった」と残った溜息。
 夜の書斎まで「持ち込む」くらいに、珍しく尾を引いている。
(…この所、調子が良かったからなあ…)
 柔道部のヤツら、と「教え子たち」の顔を思い浮かべて、また溜息。
 彼らの目覚ましい成長ぶりに、目を細めることが多かった。
 それを「裏切られてしまった」気分で、余計に溜息が出るのだろう。
 「なんてこった」と、「俺がいなかっただけで、あそこまで弛んでしまうとは」などと。
 放課後は「学校に置いて帰って来た」のに、この始末。
 未だに消えてくれない溜息、コーヒーを淹れて飲むような時間を迎えても。
(……うーむ……)
 これじゃいかんぞ、と分かってはいる。
 気分の切り替えは早い方なのに、今日に限って引き摺るだなんて。
(溜息ってヤツは、良くはなくてだ…)
 ついた分だけ、不思議に気分が沈むもの。
 落ち込んでゆくと言うべきだろうか、「それ」をつく理由に捕まって。
(溜息の数だけ、幸せが逃げてゆく、っていう話も…)
 あるんだよなあ、と思う言い回し。
 前の生でも聞いたのだろうか、それとも「今の生」で覚えた言葉だろうか。
 白いシャングリラで暮らした頃には、幸せは今より遥かに少ないものだったから。


(…あの船で幸せなことと言ったら…)
 無事に夜が明けて、その一日を無事に終えられること。
 それがキャプテンとしての幸せ、「ハーレイ」としての幸せならばブルーのこと。
 前のブルーと過ごす時間は、「友達同士」だった頃から「幸せ」だった。
 それこそ、厨房でフライパンを使っていた時代から。
(…あいつのことなら、何でも幸せだったっけなあ…)
 今もだがな、と頭に浮かんだ小さなブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
(今日だって、あいつの家に寄れていたら…)
 もう溜息など引き摺ってはいない。
 小さなブルーと二人で過ごして、夕食はブルーの両親も一緒。
 それから食後のお茶を済ませて、愛車に乗り込む頃になったら…。
(溜息なんぞは忘れちまって、綺麗サッパリ…)
 洗い流していたんだろうな、と「とんだ日だった」と、またも溜息。
 「ツイてないな、というように。
 確かにツイてはいないのだろうし、溜息が出るのは「そのせい」だけれど。
(…そういや、溜息って言葉は、だ…)
 ガッカリした時とは限らなかった、と気付いた「意味」。
 同じ溜息にも「色々な種類があったんだ」と、古典を教える「教師」らしく。
(溜息は、古語っていうわけじゃないんだが…)
 その「溜息」を含んだ文には、ガッカリとは違うものもある。
 ホッとした時に零れる安堵の吐息も、「溜息」の一つと言っていい。
 素晴らしい何かに出会った時に、思わず漏らす感嘆の息も。
(溜息ってヤツにも、色々か…)
 どうせだったら、そっちの溜息が良かったんだが、と考える。
 小さなブルーの家に寄れていたら、そっちの溜息だっただろうか、と。
 好物のパウンドケーキが出たなら、「おっ?」と喜んで「美味い!」となって…。
(満足の息をつくってことも…)
 あっただろうし、前の生での何かを思い出したはずみに、今の平和を実感するとか。
 「なんて平和になったんだろう」と、今、生きていることに安堵の息。


 溜息よりは、安堵の吐息。
 感嘆の息の方でもいい。
 そっちを口から吐き出していたら、今日は「いい日」になったろう。
 同じつくなら、そういった息。
 それがつけたら、今日は「素晴らしい日」になるのだけれど…。
(…また、明日だってあるんだしな?)
 今はいくらでも「明日」があるから、その「明日」に期待することにしよう。
 溜息よりは、安堵の息の方が「多い」のが今の自分の生。
 感嘆の息も「ずっと多い」から、そういった息をつけたらいい。
 今日は「溜息」に捕まったけれど、溜息よりは、嬉しくなる息をつきたいから…。

 

          溜息よりは・了


※ハーレイ先生が、ついつい零してしまう溜息。原因は柔道部員なんですけれど。
 そういった息を引き摺るよりは、嬉しくなる息の方がいい、というのは間違いないですよねv









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(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 学校では挨拶出来たのだけれど、たったそれだけ。
 立ち話さえもせずに終わって、今日という日も、もうすぐおしまい。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けただけで、終わる一日。
 恋人同士なのに、「ハーレイ」と呼ぶことは出来ないままで。
(…前のぼくだと、そんな日、一度も無かったのにね…)
 ハーレイは「ハーレイ」だったんだよ、と思い浮かべた恋人の顔。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」の名で呼ばれたハーレイ。
 皆が「キャプテン」と呼んでいたって、前の自分は「ハーレイ」と呼べた。
 恋人同士なことは秘密でも、前のハーレイは「ソルジャー・ブルー」の右腕。
(キャプテン、って呼ぶ時の方が珍しくって…)
 余程でなければ、「ハーレイ」とだけ呼んでいた。
 ハーレイの方でも、普段は「ソルジャー」が基本とはいえ、「ブルー」とも呼んだ。
 アルタミラの地獄で初めて出会った時から、お互い、一番の友達同士。
(…俺の一番古い友達だ、って…)
 前のハーレイは、船の仲間たちに、そう言って紹介してくれた。
 ハーレイの知り合いが増えてゆく度、前の自分を連れて行ってくれて。
 「俺の一番古い友達だから、よろしくな」と。
(…お蔭で、ぼくを怖がる人がいなくなって…)
 最強のタイプ・ブルーといえども、あの船で平和に暮らしてゆけた。
 皆から、恐れられたりせずに。
 強いサイオンを持ったチビでも、「ハーレイの一番古い友達なら」と。
 そうして友達同士だったから、ソルジャーになっても「ブルー」と呼ばれたことも。
 誰も咎めはしていなかったし、エラも文句は言わなかった。
 ハーレイが「ブルー」と呼んでいたって、「ソルジャー」と呼ばずに「ブルー」だって。


 そう考えると、前のハーレイと、前の自分は「いい関係」だったと言えるだろう。
 ソルジャーとキャプテンの間柄でも、お互い、普通に呼び合えて。
 キャプテンを「ハーレイ」と呼んでも良くて、ソルジャーが「ブルー」でも良くて。
 それに比べて、今の自分はどうだろう。
 学校に行けば「ハーレイ先生」、「ハーレイ」と呼べるのは「家で」だけ。
 ハーレイの方は、いつも「ブルー」と、前と同じに呼ぶのだけれど。
(…ハーレイは、前と変わらないよね…)
 言葉遣いは違うんだけど、と「前のハーレイ」の口調を思う。
 「ブルー」と名前を呼んだ時でも、言葉は敬語だったハーレイ。
 どんな時でも、何処であっても、けして敬語を崩さなかった。
 前の自分が「ソルジャー・ブルー」になった時から、船の仲間たちの手本として。
 船を纏めるキャプテンなのだし、誰よりも「きちんと」していなければ、と。
(…ソルジャーと話す時には、必ず敬語で、って…)
 そう決めて徹底させていたエラ。
 礼儀作法に厳しかったから、前のハーレイも、それに従った。
 ゼルやヒルマンや、ブラウは守らなかったのに。
 以前からの口調を変えはしないで、普通に話していたというのに。
(ハーレイとエラだけが、いつも敬語で…)
 船での作法を守り続けて、ハーレイは「ブルー」と呼んでも敬語。
 恋人同士になった二人でも、やはり敬語のままだった。
 二人きりで過ごしていた時でさえも。
(…普通の言葉遣いにしちゃうと、失敗した時に大変だから、って…)
 ハーレイは頑として敬語を崩さず、その辺りは「今の自分」と似ている。
 学校で「ハーレイ先生」と話す時には、いつも敬語を使うから。
 「ハーレイ先生!」と呼んだ途端に、頭の中身が切り替わる。
 今は敬語で話す時だと、キッチリと。
 ついでに話題も、それに合わせてすっかり変わる。
 学校でハーレイに甘えはしないし、恋人らしい話もしない。
 あくまで「教え子」、そういう立場の「ブルー」になって。


(案外、簡単に切り替わるけど…)
 前のハーレイは、そうしなかった。
 チビの自分でも「切り替えられる」のに、切り替えはしないで敬語のまま。
 自信が無かったとも思えないから、キャプテンらしく律儀に「決まり」を守ったのだろう。
 万一を恐れて、「船の仲間の手本」の立場を、けして裏切ったりしないようにと。
(…うんと真面目で、前のぼくを大事にしてくれて…)
 今のハーレイよりも優しかったかも、と思う「キャプテン・ハーレイ」。
 どんな時でも「前の自分」の味方だったし、誰よりも側にいてくれた。
 けれども、今のハーレイの場合は、「今の自分」がチビの子供なせいで…。
(…キスは駄目だ、って叱ってばかりで…)
 おまけに苛めるんだから、と膨らませた頬。
 思い出したら腹が立ったから、唇だって尖らせて。
 不満を頬っぺた一杯に詰めて、「ハーレイのケチ!」と、此処にはいない人に向かって。
(この顔をしたら、ぼくの頬っぺた…)
 両手でペシャンと潰すのがハーレイ、それは楽しそうに、面白そうに。
 「おっ、フグか?」と手を伸ばして来て、潰した後には「ハコフグだな」と。
 何処の世界に、恋人の顔を「フグ」呼ばわりする酷い人間がいるだろう。
 フグで済ませずに、「ハコフグ」にまでしてしまうだろう。
(…前のハーレイなら、絶対、しないよ…)
 ホントにしない、と思ったはずみに、ポンと頭に浮かんだこと。
 「取り替えちゃったら、どうなるのかな?」と。
 前のハーレイと今のハーレイ、そっくりな二人を取り替えたならば、と。
(…前のハーレイが、来てくれたなら…)
 きっと優しくしてくれるだろう。
 今みたいな「チビ」の「ブルー」にだって。
 キスは駄目かもしれないけれど。
(…前に、そういう夢を見たしね?)
 あの夢の中では、「ソルジャー・ブルー」と「チビの自分」が入れ替わったけれど。
 白いシャングリラに行ってしまう夢で、とても困った夢だったけれど。


 前に見てしまった「入れ替わった」夢。
 サイオンが全く使えないのに、青の間へ行ってしまった夢。
(あの夢のハーレイ、優しかったし…)
 もしもハーレイを「前のハーレイ」と取り替えたならば、色々とお得になるのだろうか。
 夢の世界の「前のハーレイ」も、キスは許してくれなかったけれど。
(…未来の私も、キスは駄目だと言うのでしょう、って…)
 お見通しだったから、キスの件は期待していない。
 けれども、他の様々なことは、「前のハーレイ」だと変わって来そう。
(ぼくがプウッと膨れてたって…)
 頬っぺたを潰しにかかる代わりに、「どうなさいました?」と心配するかもしれない。
 「私が何か致しましたか?」と、慌てて謝ったりもして。
(…キスを断ったからじゃない、って膨れてやったら…)
 キスは贈ってくれないにしても、機嫌を取ろうとしそうなハーレイ。
 「私のケーキでよろしかったら、どうぞお召し上がりになって下さい」と言うだとか。
 お皿が空になった後なら、「では、どうすれば機嫌を直して頂けますか?」と尋ねるだとか。
(そんな風にして貰えたら…)
 同じにキスは貰えなくても、きっと幸せな気分だろう。
 「フグだな」と頬っぺたを潰されるよりは、ハコフグにされてしまうよりかは。
 ハーレイの言葉は、敬語でも。
 チビの自分に向かって喋るのも、敬語のままで変わらなくても。
(取り替えた方が、お得かも…)
 今の意地悪なハーレイよりは、と思ってしまう。
 取り替える方法は分からないけれど、「今のハーレイ」ならシャングリラでも…。
(…立派にやって行けそうだもんね?)
 キャプテンの制服を着て、ブリッジに立って。
 皆を指揮して、前のハーレイがやったように「地球へ」。
 きっと立派に進んでゆけるし、こちらの世界には「前のハーレイ」。
 何かとお得で優しい人が来てくれて、学校に行ったら「古典の先生」。
 それも何とかなりそうだよね、と「前のハーレイ」のことを思ったけれど…。


(…ちょっと待ってよ?)
 前のハーレイは「此処で」幸せでも、「今のハーレイ」はどうなるのだろう。
 遠く遥かな時の彼方にも、「前のブルー」がいるのだけれど…。
(…そのぼくは、メギドで死んじゃって…)
 ハーレイは独りぼっちで残って、シャングリラを地球まで運んでゆく。
 何の望みも、生きる夢さえも失くしてしまって、ただ一人きりで。
 船には仲間たちがいたって、恋人の「ブルー」を失って。
(…それは、ハーレイが可哀相すぎるかも…)
 いくら酷くてケチのハーレイでも、「もう一度」辛い目に遭わせるのはどうか。
 ハーレイが「そうなる」と分かっているのに、前のハーレイと取り替えられるのか。
(……出来ないよね?)
 フグ呼ばわりする酷い恋人でも、酷い目に遭わせたくはない。
 だから我慢、と「前のハーレイ」は諦めた。
 そっちの方が、優しくて何かとお得そうでも。
 幸せな毎日を過ごせそうでも、「今のハーレイ」にも、幸せに過ごして貰いたいから…。

 

           取り替えたならば・了


※前のハーレイは優しかったのに、と思ったブルー君。取り替えたならば、お得かも、と。
 けれど、取り替えたら、辛い目に遭うのが今のハーレイ。可哀相すぎるよ、と此処は我慢v








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(……ふうむ……)
 あいつは今もやっぱりチビで、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 まだ十四歳だから当然だけれど、ブルーの身体は「子供」のもの。
 遠く遥かな時の彼方で、アルタミラの地獄で出会った頃と変わらないチビ。
 ただし、あの時の「チビのブルー」は、今よりも年上だったのだけれど。
 本当の年は、前の自分よりも遥かに上で。
(それでも、見た目も中身もだな…)
 子供だったっけな、と今も鮮やかに思い出せる。
 アルタミラで檻に閉じ込められたブルーは、心も身体も、成長を止めてしまっていた。
 ブルー自身は、全く意識さえしていないままに。
(成長したって、いいことは何も無いんじゃなあ…)
 夢も未来も失くしてしまって、それきり「止めてしまった」成長。
 育っても「未来」は無さそうだから。
 希望や夢など持っていても無駄で、「死を待つだけ」の人生だから。
(そのせいで、出会ってもチビだと思い込んでいて…)
 チビ扱いして、どのくらい経った頃に知ったのだったか。
 前のブルーが「生まれた年」の年号を。
 辛うじてブルーが「覚えていた」それを。
(前の俺も、あいつも、誕生日なんぞは忘れちまってたが…)
 生まれた年だけは記憶にあった。
 実験の度に、研究者たちが「読み上げる」データ。
 其処に「含まれていた」せいで。
(何年モノの被験者なんだか、そいつを確認していたんだな…)
 発覚したばかりの若いミュウなのか、数々の実験を生き抜いて来た古株なのか。
 お蔭で「ブルーも」忘れなかった、生まれ年。
 見た目も中身もチビだったけれど、本当の年は「そうではなかった」。
 今のブルーとは、其処が大きく違っている点。


 同じチビでも、かなり違うな、と思わざるを得ない、二人の「ブルー」。
 まるで異なる二人の境遇、けれども見た目は「そっくり」なだけに…。
(…取り替えちまったら、どうなるんだ?)
 ふと考えてしまった、「もしも」。
 二人のブルーを取り替えたなら、と。
(…今のあいつが、アルタミラ送りになっちまったら…)
 まず間違いなく、泣きの涙の毎日だろう。
 前のブルーの記憶があっても、どうすることも出来ない運命。
 いつか「メギドが持ち出されるまで」、アルタミラからは逃れられない。
 前のブルーが自由自在に使いこなした、最強のサイオン。
 人体実験を繰り返される度に、それを使って「生き延びていた」筈だけれども…。
(逃げ出そうっていう意志も無ければ、思い付きさえしなくてだな…)
 ただ檻の中に蹲っていたのが、前のブルー。
 本気で「逃げよう」と考えたならば、それは叶っていたろうに。
 あの狭苦しい檻を壊すどころか、研究所そのものが微塵に砕けてしまったろうに。
(なのに、あいつは檻で暮らして…)
 終わりの時がやって来るまで、何一つしようとしなかった。
 星ごと滅ぼされることが決まって、シェルターに押し込められるまで。
 人類は残らず逃げ出した星を、メギドの劫火が襲うまで。
(…前のあいつでも、その始末だから…)
 平和な今の時代に育った「ブルー」は、きっと泣きじゃくるだけ。
 ある日、突然、「前のブルー」と取り替えられてしまったら。
 アルタミラの檻で目が覚めるとか、気付いたら「其処にいた」とかならば。
(目に見えるようだな…)
 どうなるのか、と零れる苦笑。
 アルタミラに行ってしまったのなら、「生き残れるよう」サイオンも使える筈なのに…。
(そいつを使って逃げ出す代わりに、泣いてばかりだな)
 いつになったら「皆と」逃げ出せるか、その日ばかりを考えて。
 「あと少しかも」とか、「あと何年?」とか、泣き暮らしながら、「その日」を待って。


 きっとそうだな、と思う「ブルー」の末路。
 今のブルーが、アルタミラに行ってしまった時。
 何かのはずみで「取り替えた」なら。
 前のブルーと、今のブルーが取り替えられてしまったら。
(あいつは泣きの涙で暮らして、こっちの方には前のあいつが…)
 やって来るのか、と「前のブルー」を思い描いてみる。
 取り替えたのなら、そちらのブルーはどうなるだろう、と。
 アルタミラで悲惨な日々を送り続けていた「ブルー」ならば、此処ではどう暮らすのか。
(…まずは、平和な時代にビックリ仰天だな)
 もう「檻」は無くて、人体実験などは「全く無い」今。
 その上、きちんと「帰る家」があって、「本物の両親」までがいる世界。
 驚いた後は、順調に育ち始めるだろうか。
 未来も希望も、「当たり前にある」のが「今」だけに。
(…育たないままで生きる理由は、此処じゃ何処にも無いわけなんだし…)
 まるで「育たない」今のブルーと違って、すくすくと背が伸びるだろうか。
 育ち盛りの少年らしく、昨日よりも今日、今日よりも明日といった具合に。
(…そうかもしれんな…)
 幸せそうに笑顔ではしゃいで、学校に行って。
 家に帰ったら、母の手作りの美味しいケーキに、舌鼓を打って。
 「あのブルー」だとは思えないほど、明るい表情を見せるのだろう。
 毎日がとても幸せな上に、未来も希望も山ほどだから。
 こんなに幸せに生きていいのか、と感激の涙も流すかもしれない。
 「何処かに消えた」アルタミラの地獄を、ふと思い出したような時には。
(……しかしだな……)
 此処に「今のハーレイ」が生きている以上、いつかブルーは「知る」だろう。
 「前のブルー」は、誰だったかを。
 歴史の授業で知ることになるか、あるいは「今のハーレイ」に聞くか。
 「アルタミラの檻で生きたブルー」は、大英雄の「ソルジャー・ブルー」なのだと。
 ミュウの時代の礎になって、暗い宇宙に散った人だと。


(…それを、あいつが知っちまったら…)
 どうなるのかは、考えるまでもないこと。
 たとえ「アルタミラの檻しか知らない」ブルーだとしても、望むことは、ただ一つだけ。
 平和な今の暮らしを捨てて、元の世界に戻ろうとするに違いない。
 戻った後には、どうなるのかが分かっていても。
 シャングリラで長く宇宙を旅して、焦がれた地球にも行けずに死んでゆく命でも。
(なんたって、中身があいつなんだ…)
 前のブルーはチビだったけれど、仲間たちのために生きていた。
 食料が尽きて飢え死にの危機だと知った途端に、船を飛び出して行ったくらいに。
 生身で宇宙空間を駆けて、輸送船から食料を奪って戻ったほどに。
 …誰も教えはしなかったのに。
 そうして欲しいと、望むことさえしなかったのに。
(…それでも、あいつは、自分の意志で…)
 食料を奪いにゆくのだと決めて、ただ一人きりで船を後にした。
 皆を飢え死にさせないために。
 今のブルーと変わらないほどの、心も身体も成長を止めたチビだったのに。
(そんなあいつだから、自分が誰かを知ったなら…)
 どんな人生が待っていようと、「あの生」に戻ってゆくのだろう。
 此処で幸せに生きる代わりに、「ソルジャー・ブルー」になる運命に。
 最後はメギドで終わる命に、きっと躊躇うことさえもせずに。
(…とんでもなく強いチビだな、おい?)
 今のブルーとは違いすぎるぞ、と思わされる。
 アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「ブルー」とは。
 平和な時代に生まれ育った、甘えん坊のチビのブルーとは。
(…そういうブルーに出会っちまったら…)
 俺が困ってしまうのでは、と気付かされた。
 「前のブルー」が「戻ってゆく」のを、果たして自分は見送れるのか。
 悲しい最期が待つと分かっている場所へ。
 ソルジャー・ブルーとしての生き方、それがブルーを待っている場所へ。


(……うーむ……)
 きっと見送れずに止めちまうんだ、と出て来た答え。
 「今のブルー」がアルタミラにいると分かっていたって、「前のブルー」を見送れはしない。
 取り替えて元に戻すことが「正しい」と、理屈の上では理解していても。
 「前のブルー」を、「あの人生」に向かって送り出すなどは。
(…前の俺なら、きっと出来たんだろうがな…)
 平和ボケした今の俺には、出来やしない、と思う「見送る」こと。
 そんな自分に似合いのブルーは、「今のブルー」の方なのだろう。
 アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「チビのブルー」。
 甘えん坊でチビのブルーが、きっと自分には似合っている。
 強かった「前のブルー」よりも、ずっと。
 平和な時代に生きてゆくなら、あの「強さ」はもう、要らないだけに…。

 

          取り替えたなら・了


※今のブルー君と、前のブルーを取り替えた場合。想像してみたハーレイ先生ですけど…。
 アルタミラの檻に戻って行きそうなのが、前のブルー。それを見送るのはキツそうですねv









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(……悪戯かあ……)
 ブルーの頭に、何の前触れもなく浮かんだ言葉。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
 今日は来てくれなかったハーレイ、その人を想っていた筈なのに。
(なんで悪戯…?)
 ハーレイはとっくの昔に大人で、おまけに学校の教師でもある。
 悪戯なんかはしないだろうし、するわけもないと思うけれども…。
(…昔は、悪ガキ…)
 古典の授業の真っ最中に、武勇伝を聞かされたことが何回も。
 この家でだって、何度も聞いた。
 子供時代のハーレイが何をやったか、どんな悪戯をしたのかを。
 そのせいだろうか、ふと「悪戯」だと思ったのは。
 悪戯という言葉が頭に浮かんだのは。
(…ぼくは悪戯、しないんだけど…)
 意識して「やった」ことは一度も無い。
 結果的には「悪戯をした」ようなことになっても、最初から「やろう」と思ってはいない。
 母が育てていた花壇の花を、ウッカリ傷めてしまった時もそうだった。
 美しく花開く前の蕾を見ていて、手伝いたくなってしまっただけ。
(花びら、何枚も重なってるから…)
 それを咲かせるのは大変だろう、と子供心に考えた。
 自分が一枚めくってやったら、その分、花は楽になる筈。
 二枚めくったら二枚分だけ、三枚だったら三枚分も。
(そう思ったから、お手伝い…)
 花びらを破ってしまわないよう、気を付けて、そっとめくってやった。
 一番外側の「大きく育った」花びらから順に、一枚、二枚、と緩めてやって。
 「明日の朝には、きっと綺麗に咲いているよ」と、御機嫌で。
 けれども、次の日、蕾は萎れてしまっていたから…。
(もっとしっかり手伝わないと、って…)
 新しい蕾を順にめくって手伝った。花びらが傷むとは、知りもしないで。


 そうやって幾つ、花壇の蕾を駄目にしたろう。
 ある時、母が庭に出て来て、「ブルーだったの?」と目を丸くした。
 花びらが傷んで花が咲かないのは、病気なのだと思っていた母。
 園芸店に出掛けて相談したり、薬をやったりと気を配って。
 それでも花は咲いてくれないから、「育て方が悪いのかもしれない」とまで考えて。
(…でも、犯人はチビだった、ぼくで…)
 母が「蕾に悪戯しちゃ駄目よ」と叱るものだから、「悪戯じゃないよ」と言い張った。
 自分では「本当に」そのつもり。
 花びらを早めに開いてやったら、手伝えると信じていただけに。
 理由をきちんと説明したら、「あらあらあら…」と母は叱るのをやめた。
 「ブルーは、お手伝いしたかったのね」と分かってくれて。
 花を傷めるつもりなどは無くて、悪戯したわけでもなかったのだ、と。
(…ぼくが、柔らかすぎる花びらを、無理にめくっちゃって…)
 花びらの付け根が壊れてしまって、花は咲くことが出来なくなった。
 頑張って咲こうと力を入れても、そのための仕組みが壊れて動かなくなって。
 まさかそうなるとは思わなかったし、蕾を応援していたのに…。
(酷い悪戯になっちゃった…)
 母が楽しみにしていた花が、幾つも幾つも駄目になって。
 「病気かもしれない」と心配もさせて、「育て方が悪いのかも」と不安にもさせて。
(…そういう悪戯だったら、あるけど…)
 ハーレイの「武勇伝」に匹敵しそうな悪戯は「無い」。
 他の友達がやっているような、悪戯だって。
(ぼくは走って逃げられないから…)
 下の学校に通っていた頃から、悪戯の誘いは来なかった。
 皆が楽しそうに「悪戯の計画」を練っていたって、「一緒に、練る」だけ。
 それを実行しに行く時には、いつもその場にいなかった。
 「ブルーは、やめといた方がいいと思うぜ」と、皆が止めるから。
 きっと一番に取っ捕まるから、来ない方がいい、と。
 走って逃げてゆけはしなくて、逃げた友達の分まで「一人で叱られちまうぞ」と。


 最初から無かった、「逃げられる」自信。
 今も生まれつき弱い身体は、走れるように出来てはいない。
 体育の授業についてゆくのが精一杯で、見学する日も多い方。
(悪戯していて、「こら!」って叱られちゃった時には…)
 急いで逃げ出すものだけれども、準備体操も無しに走り出したら、直ぐに息が切れる。
 そうでなくても「走り慣れていない」だけに、足がもつれて転ぶかもしれない。
 他の友達は一目散に逃げてゆくのに、一人だけ「捕まっていそう」なのが自分。
(きっと、そうなっちゃうもんね…)
 自分でも充分、分かっているから、悪戯は「いつでも」留守番だった。
 計画を練る時は、参謀よろしく「こうした方がいいかもね?」と知恵を出しても。
 友達から意見を求められては、何かとアドバイスをしていても。
(…ぼくの計画、上手くいった、って…)
 報告を貰うことはあっても、一度も「現場」にいたことは無い。
 だから「叱られた」ことも無ければ、取っ捕まった経験だって「無し」。
 悪戯をしても「叱られる」だけで済むのは、「今」だと思うのに。
 子供だからこそ、悪戯したって「許される」時期の筈なのに。
(……うーん……)
 だけど無いよ、と悪戯の記憶を探ってみる。
 自分でやってしまった悪戯、それは「結果がそうなった」だけ。
 友達と悪戯の計画を練っても、「やっていない」なら、ただの「計画」。
 上手くゆこうが、失敗しようが、自分とは「何の関係も無い」。
 なにしろサイオンが不器用すぎて、皆が悪戯に出掛けて行っても…。
(…何をやってるのか、ちっとも分からないで待ってるだけで…)
 皆が笑顔で帰って来たなら、作戦成功。
 そうではないなら、作戦失敗。
(…見付かって、叱られて来ちゃったとか…)
 逃げおおせたものの、学校に苦情が行きそうだとか。
 そういった時に、学校で友達が呼び出されたって、関係なかった「参謀」の自分。
 現場には姿が無かった上に、「どう失敗をやらかしたのか」も知らないだけに。


(…ホントに悪戯、縁が無いよね…)
 するんなら今の内なのに、と溜息が出そう。
 いつか大きく育った時には、もう悪戯をしてもいい時代はとうに過ぎている。
 ハーレイと「結婚」を考えるような、十八歳になった頃には。
 今の学校を卒業してしまった後となったら。
(…上の学校でも、悪戯する人はいるだろうけど…)
 大人たちは、きっと「今ほど」大目に見てはくれない。
 十八歳を越えた子供なんかは、同じ子供でも「悪ガキ」扱いされるよりかは…。
(…酷い悪戯をするんだから、って…)
 こっぴどく叱られて、ただでは済まないことだろう。
 今の年なら「ごめんなさい」で終わることでも、もっと誠意を求められるとか。
 悪戯をした相手の所に出掛けて、お詫びの気持ちをこめて「掃除を一ヶ月」だとか。
(掃除じゃなくても、犬の散歩を毎朝お願いされるとか…)
 ロクな結果になりやしない、とチビの自分でも想像がつく。
 今なら「許して貰えること」が、育ったら「許して貰えなくなる」と。
 「悪戯するんなら、今の内だよ」と、心の中で唆す声さえも。
 けれど、出来そうもない悪戯。
 友達と一緒にするのは無理だし、第一、悪戯するというのが…。
(…経験が無いから、出来ないってば…)
 今日まで「いい子」で育って来たのが、悪ガキになれる筈もない。
 悪戯の参謀をやっていたって、「計画」は他の友達のアイデア。
 「こういう悪戯をしようと思う」と誰かが言い出し、話がぐんぐん進んで行って…。
(…さあ、やるぞ、って…)
 皆が勇んで出掛ける時には、いつでも「留守番」していた自分。
 これでは「悪戯」は机上の空論、本で読んだのと変わりはしない。
 何の役にも立っていないし、経験だって積めてはいない。
 今の内だ、と思うのに。
 何か悪戯をするのだったら、子供の間が「いい時期」なのに。


 けれど、一つも思い付かない悪戯なるもの。
 誰に悪戯すればいいのか、誰なら叱られずに済むか。
(…パパやママなら、叱らないけど…)
 急に「悪ガキ」になった「ブルー」に、両親は途惑うことだろう。
 熱でもあるのかと心配するとか、「何かあったの?」と母が尋ねるだとか。
 それでは悪戯をした甲斐がないし、他所でやったら「逃げ足が遅くて」捕まるし…。
(……何処か、やっても大丈夫なトコ……)
 無いだろうか、と考えていたら、閃いた。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ハーレイだったら、元は悪ガキ…)
 悪戯するんなら、ハーレイがいいよ、と浮かべた笑み。
 どんな悪戯を繰り出そうとも、ハーレイなら許してくれるだろう。
 取っ捕まえて叱りもしないで、「仕方ないな」と困り顔で。
(……よーし……)
 同じ悪戯するんなら、と計画を立てて、「キスだよね?」と出した結論。
 きっと叱られて終わるだろうけれど、ハーレイに「キスをする」のがいい。
 上手くハーレイの隙を突けたら。
 あの唇にキスが出来たら、「悪戯だってば!」と笑って逃げる。
 悪戯するのなら今の内だし、キスも「悪戯」なら、ハーレイは唸るしかないだろうから…。

 

          悪戯するんなら・了


※悪戯するなら今の内だ、と考えたのがブルー君。悪戯の経験は皆無と言っていいほどなのに。
 キスも「悪戯」なら出来そうだ、と結論を出していますけど…。失敗して叱られそうv









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