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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…明日は、あいつに会えるんだ…)
 それも午前中から出掛けて行って、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 金曜日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 明日は土曜日、何の用事も入ってはいない「自由な日」。
 そういう時には、午前中からブルーの家へと出掛けてゆく。
 平日だと放課後にしか行けないけれども、休日は別。
 朝食が済んだら、時間調整。
 休日でも早くに目が覚めるだけに、朝食を食べるのは平日と変わらない時間。
 食べ終えて直ぐに出掛けて行ったら、いくらなんでも早すぎる。
 ブルーは「それでいいよ」と何度も言うのだけれど。
 朝早くに来ても「ぼくはちっとも困らないから」と、無邪気な顔で。
 ブルーの両親も同じ意見で、「よろしかったら、朝食もご一緒に」とまで誘われる。
 週末くらいは、朝食の席に「お客様」を迎えるのも楽しいから、と。
(…そうは言われても…)
 やはり気が引けてしまうもの。
 朝食の時間にもならない内から、他所の家を訪ねてゆくというのは。
 その家の「朝一番の食事」に、他人が同席するというのは。
(前の夜から泊まってたんなら、別だがなあ…)
 そうでもないのに「一緒に朝食」は、厚かましすぎるように思えて、固辞してばかり。
 何度、ブルーに誘われても。
 ブルーの父や母に「どうぞ」と言われても。
(ほどほどの時間に訪ねて行くのが、常識ってモンで…)
 目安として決めてある時間。
 「このくらいに家に着ければいいか」と、心の中で。
 そう決めた時間に到着するよう、休日の朝にする「あれこれ」。
 ジョギングに出掛けてゆく時もあれば、庭の手入れをすることも。
 雨の日だったら、新聞を隅から隅まで読んで、まだ時間があれば本も読んだり。
 明日は、どういうパターンだろうか。
 走りに行くのか、庭の手入れか、はたまた車でも洗い始めるのか。


 ともあれ、明日はブルーと二人で過ごせる日。
 午前中のお茶から一緒で、昼食もブルーの部屋で二人で。
 それが済んだら午後のお茶の時間、後は夕食の時間まで二人。
 夕食だけは、ブルーの両親も同じテーブルで。
 そういう習慣になっているけれど、夕食の後に飲むお茶は…。
(明日は、どっちになるんだろうな?)
 ブルーの両親も交えてダイニングで飲むか、あるいはブルーの部屋で二人か。
 こればっかりは、明日にならないと分からない。
 夕食のメニューが何になるかで決まるから。
(…食後の飲み物に、コーヒーがピッタリだった時には…)
 香り高いコーヒーが出て来て、それを飲む場所はダイニング。
 つまりは夕食のテーブルでそのまま、ブルーの部屋には「戻らない」。
 小さなブルーは、コーヒーがとても苦手だから。
 前のブルーも苦手だったけれど、今でも同じに「コーヒーが全く飲めない」ブルー。
 けれど、ハーレイはコーヒー党だし、ブルーの両親も知っている「それ」。
 お蔭で食後がコーヒーの時は、夕食のテーブルから移動はしない。
 コーヒーが苦手なブルーの部屋に移ったならば、飲み物は別の物になる。
 ブルーでも飲める紅茶や緑茶に化けてしまって、コーヒーが似合いの食事が台無し。
(それじゃ駄目だ、とコーヒーはダイニングで出るわけで…)
 夕食の後の時間も、ブルーの両親と一緒に過ごすことになる。
 ブルーは不満そうだけれども、流石に顔に出したりはしない。
 「今日は、ハーレイと二人きりじゃないの?」という、心の底からの落胆ぶりは。
(…あいつの両親は、何も知らないわけなんだし…)
 ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイの恋のこと。
 今のブルーも恋を引き継ぎ、「今のハーレイ」に恋をしていること。
 どちらも全く知らないだけに、「二人きりにしてやらねば」とは考えない。
 もっとも、ブルーは十四歳にしかならない子供。
 「恋人と二人きり」にするなど、両親にはとても出来ないだろう。
 何かと心配が多すぎて。
 「自分たちの大事な一人息子」が、恋人と部屋で二人きりなんて。


 そういった事情の方はともかく、明日は「二人で過ごせる日」。
 夕食の時間を迎えるまでは、本当にブルーと二人きり。
 たまに、ブルーの母がやっては来るけれど。
 昼食を届けに部屋に来るとか、その皿を下げに来るだとか。
 「お茶のおかわりは如何ですか?」と、失礼が無いか見に来る時も。
 けれども、そういう時間以外は、ブルーと二人で夕食まで過ごす。
 天気が良ければ、午後のお茶は庭で楽しんだりもして。
 庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
(今じゃ、すっかり、あいつのお気に入りで…)
 ブルーが好きな「初デートの場所」。
 元々は、ブルーを喜ばせようと、キャンプ用のテーブルと椅子を持って来たのが始まり。
 いつの間にやら、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子に変わった。
 そうしてブルーと二人で出掛けて、午後のお茶をのんびり飲んでいる場所。
(明日も、いい天気なら庭かもなあ…)
 今の季節にしては日差しが強い日だったら、そのまま木の下。
 とても穏やかな日だった時には、芝生の上へとテーブルと椅子を運び出して。
 それとも、ブルーの部屋で一日過ごすのだろうか。
 午前中から訪ねて行ったら、そのまま夕食の時間になるまで。
 窓辺に置かれたテーブルと椅子で、一日中、話しているのだろうか。
(はてさて、どっちになるのやら…)
 でもって、明日の話題は何だ、と考えてみる。
 ブルーのことだし、きっと言い出すのが「ぼくにキスして」。
 そうでなければ「キスしてもいいよ?」で、狙っているのは唇へのキス。
(そいつは、断固、お断りだし…)
 毎度、お決まりの攻防戦。
 「キスは駄目だと言ったがな?」と、「俺は子供にキスはしない」と睨み付けて。
 ブルーの方では、「ハーレイのケチ!」と膨れっ面で。
 膨れた頬っぺたを両手でペシャンと潰してやるのも、よくあること。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と笑いながら。
 ブルーはプンスカ怒るけれども、何回となく、からかってやった「ハコフグの顔」。


 あれも話題と言うのだろうか、と捻った首。
 もっと意義のあることを「話題」と言わないか、と思いもして。
(…前の俺たちの頃の話だったら、立派な話題になるんだが…)
 白いシャングリラで生きていた頃や、改造前の船でのこと。
 とても平和な今の時代とは、まるで違っていた暮らし。
 ミュウというだけで人類に追われて、踏みしめる地面も無かった日々。
 シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全てで。
(あの時代には、まるで無かった文化なんかも色々あって…)
 それだけでも話題は山ほどだが…、と自覚していても、急には何も浮かばない。
 明日には、何を話そうかと。
 ブルーの家を訪ねて行ったら、何の話から始めようかと。
(……うーむ……)
 思い付かんな、と唸った「話題」。
 閃く時には、面白いように閃くのに。
 「そうだ、コレだ!」と、手土産までも買って出掛ける時があるのに。
 白いシャングリラで生きた頃には、「何処にも無かった」食べ物だとか。
 あるいは「シャングリラでも食べた」思い出の品で、懐かしい記憶を連れて来るとか。
 けれども、今夜は「思い付かない」。
 明日はブルーを訪ねてゆくのに、「覚えてるか?」と差し出す何か。
 「覚えてるか?」と訊くのでなければ、「こんなの、昔は無かったよな」とか。
 そういう「何か」を持って行ったら、二人で話に花が咲くのに。
 何も土産を持って行かなくても、「思い出話」が一つあったら、ブルーも懐かしがるのに。
 なのに、一つも出て来ない。
 「明日は、こいつを話題にしよう」と思う「何か」が。
 小さなブルーと、夕食の前まで「その話題だけで」過ごせるものが。
(…こう、改めて考えちまうと…)
 出ないモンだな、と零れる溜息。
 「明日の話題が何も無いぞ」と、「せっかく一日、一緒なのに」と。


 そうは思っても、ものは考えよう。
 きっとブルーに会った途端に、「話題が無かった」ことなど忘れてしまうから。
 用意していた話題があっても、消し飛ぶことも多いのだから。
 ブルーの笑顔を見ただけで。
 「今日は、一緒」と、喜ぶ顔を目にしただけで。
 後は話は途切れもしなくて、きっと夕食前になったら、互いに残念なのだろう。
 「まだまだ話し足りないのに」と、「もう夕食の時間だなんて」と、顔を見合わせて。
 話題が無くても、それは幾らでも湧いてくる上、尽きることなど無いだけに。
(うん、きっと明日もそういう一日だよな)
 ついでに、あいつがキスを強請って…、と湛える笑み。
 そうでなければ、恋は続きはしない。
 話題が無くても「話が尽きない」仲でなければ、きっと壊れてしまうだろうから…。

 

          話題が無くても・了


※明日はブルー君の家に行く日、と楽しみにしているハーレイ先生。金曜日の夜に。
 ところが思い付かない話題。でも、話題が無くても話が尽きない仲が恋人同士ですよねv









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(……ハーレイが、教師じゃなかったら……)
 どうなってたのかな、と小さなブルーが、ふと考えたこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 その人は今は教師をしていて、「今の自分」が通う学校の古典の教師。
(ぼくがハーレイに出会った時から、先生で…)
 今も変わらず「先生」だけれど、そのハーレイ。
 もしも教師でなかったとしたら、どんな出会いになったのだろう。
 ハーレイとも何度も話したけれども、「もしも」の世界。
 「ハーレイが教師じゃなかったら」と、今日は一人で考えてみる。
 どんな出会いになっていたのか、ハーレイは何をしていたのかと。
(…ハーレイは、先生なんだけど…)
 今の学校には、ブルーよりも「遅れて」やって来た。
 忘れもしない五月の三日に、新しい「古典の先生」として。
(今の学校だと、ぼくの方がハーレイよりも先輩…)
 人生も、学校生活も「後輩」のチビの自分だけれども、「今の学校」に限って言えば先輩。
 ハーレイの方が年上でも。
 八月二十八日で三十八歳になって、二十四歳も上の大人でも。
(ハーレイは、今の学校に来るのは初めてなんだから…)
 それまでに表を車で通るようなことはあっても、足を踏み入れてはいない筈。
 ハーレイが育ったのは隣町だし、「この町の学校」は無関係。
 試合で遠征したとしたって、他所の学校に行くとなったら、同じ隣町か…。
(うんと離れた遠い学校とかだよね?)
 今の自分が通う学校、其処が柔道や水泳で「とても名高い」強豪校なら別だけど。
 様々な場所から遠征試合にやって来る生徒、それが多いなら、ハーレイも来る。
(でも、そういうのは知らないし…)
 ハーレイからも聞いていないし、学生時代に来てなどはいない。
 この町で教師になって初めて、学校の門をくぐっただろう。
 転任が決まって、着任して来た「その日」に、きっと。


 普通は入学式よりも前に、着任して来るのが教師たち。
 新入生がやって来た時、「教師がいない」と話にならないものだから。
 直ぐに担任は持たないにしても、授業は早速、担当する。
 入学式が済んで、クラス分けやら、一連の行事が終わったら。
 「今日から授業」ということになれば、教師の出番。
 その学校では先輩格の教師も、ハーレイみたいに「今年からです」という教師たちも。
(だけど、ハーレイは遅かったから…)
 入学式が済んだ時にも、今の学校には「いなかった」。
 教師としての籍があったか、まだ無かったかは知らないけれど。
(学校便りの五月号に、ハーレイの写真が載っているんだから…)
 籍が移ったのも、五月に入ってからかもしれない。
 あるいは籍だけ先に移して、前の学校に留まっていたか。
(前の学校で、急な欠員が出て…)
 穴を埋められる教師が来るまで、ハーレイは「今の学校」には来ないまま。
 前の学校で古典を教え続けて、今の学校では他の教師が「ハーレイの代わり」をしていた。
 生徒の方では、事情を知らなかっただけ。
 最初の授業に来た先生が「先生なのだ」と、頭から思い込んでいて。
 ハーレイの代わりをしていた先生からも、説明は何も無かっただけに。
(…本当の先生は、後から来ます、って話したら…)
 きっと授業を真面目に聞かずに、怠ける生徒も出てくるだろう。
 「今は代わりの先生だから、後でいいや」と考えて。
 新しい先生がやって来るまで、中途半端にしておく勉強。
 それではマズイし、生徒のためにもならないこと。
(…だから、代わりの先生です、ってコトは内緒で…)
 如何にも本物の先生のように振舞っていたのが、古典の先生。
 ハーレイがやって来るまでは。
 「古典の先生、変わるらしいぜ」と、情報通のクラスメイトが聞いて来るまでは。
(宿題、沢山出さない先生だといいな、って…)
 皆が夢見た「新しい先生」、それがハーレイという人だった。


 きっとハーレイも引継ぎのために、五月三日よりも前に来ていただろう。
 着任した「その日」に、いきなり授業は始められない。
(詳しいことは聞いてないけど、前の日くらいには来てたよね…?)
 けれど「前の日」にハーレイが来たって、もっと早くに来ていたって…。
(入学式の方が先なんだよ)
 其処だけは間違いないことだから、「今の学校」については「自分」が先輩。
 ハーレイよりも先に門をくぐって、学校の中に馴染んでいた。
 校舎も、それにグラウンドも。
 体育館やら、ランチに出掛ける食堂なども。
(ぼくの方が、うんと先輩で…)
 少なくとも三週間ほどは先輩、ハーレイよりも「詳しかった」学校。
 教師としての仕事はともかく、「学校」という場所に関しては。
 植わっている木や、学校の中の景色なんかは「ハーレイよりも、よく知っていた」。
 今では、負けているけれど。
 学校の何処に何があるのか、ハーレイの方が遥かに詳しいのだけれど。
(…自転車で走っていたりもするしね…)
 離れた校舎へ急ぐ時には、自転車で颯爽と走るハーレイ。
 それを目にして、遠く遥かな時の彼方で見た光景を思い出したほど。
 「前のハーレイも乗っていたよ」と、白いシャングリラにあった自転車を。
 巨大な白い鯨へと改造された後の船、其処で初期に何度も起こったトラブル。
 船の中を結んで走る乗り物、コミューターが止まってしまった時には、自転車の出番。
 修理のために急いでゆくゼル、それに現場へ向かうキャプテン。
 二人が自転車で走っていた。
 備品倉庫の奥にあった自転車を二台、引っ張り出して。
 「足で走るより、この方が早い」と、ペダルを踏んで船の通路を。
(…シャングリラほどじゃないけれど…)
 今のハーレイは、今の学校にも充分、詳しいことだろう。
 ただの生徒の自分よりかは、ずっと遥かに。
 生徒は行かない場所についても、何処に行ったら何があるかを。


(…ぼくより後輩なんだけれどね…)
 今じゃ立派に「今の学校の人」なんだから、とハーレイを思う。
 そのハーレイは教師だけれども、違っていたなら、どんな出会いになったのかと。
(…プロのスポーツ選手って話もあったから…)
 そちらの道に進んでいたなら、ハーレイは講演に来たのだろうか。
 スポーツをしない生徒にしたって、「人生の先輩」の話を聞く意義はある。
 プロのスポーツ選手になるには、早くから決めねばならない目標。
 それに努力も欠かせないから、どんな人生にも応用できる「彼らの生き方」。
(この日は講演がありますから、って…)
 お知らせのプリントを貰っただろうか、何日も前に。
 ハーレイの名前や写真が刷られた、「講演会のお知らせ」なるもの。
(…スポーツ好きな生徒だったら、もうそれだけで大騒ぎで…)
 なんとかサインが貰えないかと算段したり、握手の機会を狙ったり。
 「憧れのハーレイ選手」なのだし、記念撮影だってしてみたいだろう。
 先生が「駄目です」と睨んでいたって、「お願いします!」と頭を下げて。
 けれども、同じプリントを見ても、「誰なの?」と首を傾げそうな自分。
 新聞を読んでも、スポーツ面など殆ど見ない。
 それでは「ハーレイ」を知るわけがないし、猫に小判と言ってもいい。
 「キャプテン・ハーレイに似ているよね」と思うだけだし、まるで無い値打ち。
 学校の方では、とても頑張って話をつけて来たのだろうに。
 毎日が多忙なプロの選手を呼んで来るために。
 「子供たちのために講演をお願いします」と、ハーレイに頼み込んだりもして。
(…そうやって呼んで来るんだから…)
 ハーレイは「今のハーレイ」と同じに、学校については「後輩」になる。
 「この学校には初めて来るな」と門をくぐって、教室に来るのか、演壇に立つか。
 其処で「再会する」わけなのだし、きっと聖痕が現れる。
 「ハーレイなんだ」と思い出すけれど、その「ハーレイ」はどうなるのだろう。
 同じに記憶が戻っても。
 「あれはブルーだ」と思い出しても、慌てて駆け寄って来てくれても。


(……ハーレイは、プロのスポーツ選手で……)
 講演のためにと招かれた立場で、教師ではない。
 いくら記憶が戻って来たって、「私が付き添います」とは言えない。
 救急車が呼ばれて、救急隊員が駆け込んで来ても。
 血まみれになった「恋人」が、担架に乗せられても。
(…ハーレイは残って、講演を続けるのが仕事…)
 そして付き添いに来てくれるのは、担任の先生か、はたまた別の先生か。
 ハーレイは「学校」で講演を続けて、それが済んだら…。
(トレーニングがありますから、って帰っちゃうとか…)
 本人がそう言い出さなくても、先生たちが気を回しそうではある。
 「お忙しいでしょうから、早くお帰り下さい」と、迎えの車を呼んだりもして。
 ハーレイが「さっき運ばれて行った生徒は、大丈夫ですか?」と何度も尋ねていても。
(……うーん……)
 出会いからして駄目みたい、と大きな溜息が零れてしまう。
 「ハーレイが教師じゃなかったら、色々、狂っちゃうよ」と。
 だから、教師でいいのだと思う。
 出会いも、これから生きてゆく道も、「教師と生徒」の間柄で。
 今は「ハーレイ先生」だけれど、いつか「ハーレイ」と呼べる時が来るから。
 敬語で話さなければいけない立場も、卒業したら終わるのだから…。

 

          教師じゃなかったら・了


※もしもハーレイが教師じゃなかったら、と考えたブルー君ですけれど…。
 プロのスポーツ選手だった時は、出会いからして違って来そう。教師が一番みたいですねv









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(…俺が教師でなかったら…)
 どうなったんだろうな、とハーレイが、ふと考えたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを傾けて。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 そのブルーとは、五月の三日に「ブルーのクラスで」再会した。
 転任して来た今の学校、其処での初めての授業の日に。
(…俺の前には、別の教師が担当してて…)
 言わば場繋ぎ、「新しい担当教員」が赴任して来るまでの期間を乗り切るために。
 四月から赴任して来る筈だった教師、その着任が遅れたせいで。
(前の学校で、急な欠員が出たもんだから…)
 穴埋めのために残ってくれ、と来た要請。
 転任してゆく先の学校、其処では教師が足りているけれど、離任する方では足りていない。
 「暫く頼む」と請われて残った。
 前の学校で教えてくれる、「古典の教師」が見付かるまで。
 四月の末まで残って教えて、引継ぎをしてから移った学校。
(今の学校でも、引継ぎで…)
 代わりに授業を担当していた教員たち。
 彼らから「此処まで教えました」と伝えて貰って、幾つものクラスを引き継いだ。
 その中の一つがブルーのクラスで、授業のための名簿を貰っても…。
(…何の感慨も無かったよなあ…)
 名簿に「ブルー」の名を見付けても。
 「ソルジャー・ブルーと同じ名前か」と思った程度で、顔さえ想像してみなかった。
 其処に書かれていたブルーの成績、そちらの方も覚えていない。
 「学年で一番、優秀な生徒」と「ブルーの名前」は、結び付いてもいなかった筈。
 「優秀な生徒がいる」ことさえも、特に意識はしなかったろう。
 単に授業をするだけだったら、ブルーの成績は必要ない。
 何度もクラスで教える間に、自然と覚えてゆくことだから。
 どの生徒が特に優れているのか、その逆の生徒は誰だろうか、と。


 だから全く気にしないままで「入った」教室。
 足を踏み入れたら、「ソルジャー・ブルーに、そっくりな生徒」と目が合って…。
(…あいつの右目から、血が流れ出して…)
 何事なのかと思った途端に、血まみれになっていたブルー。
 前の生の最後に撃たれた傷痕、その全てから血が溢れ出して。
 身体には「本物の傷」は無いのに、まるで大怪我をしたかのように。
(聖痕だなんて、思わないしな?)
 てっきり事故だとばかり思って、もう大慌てで駆け寄った。
 「大丈夫か!?」とブルーを抱え起こして、そして記憶が戻ったけれど。
 ブルーが誰かを、「本当の自分」は誰だったのかを、教室で思い出したのだけれど…。
(…俺が教師でなかった場合は、どうだったんだろうな?)
 何処で出会って、どういう出会いになったのか。
 ブルーとも何度か話したけれども、「もしも」の世界。
 「教師ではないハーレイ」になっていたなら、きっと出会いも違っただろう、と。
(……学校という線は消えるんだ……)
 教師でないなら、ブルーと「学校」で出会いはしない。
 少なくとも「授業に出掛けた」教室、其処でブルーと出くわすことは。
(それ以外の形で、学校で会うことになったら…)
 柔道や水泳、そちらの道でプロになっていたなら、あるいは出会っていたのだろうか。
 プロの選手に講演を頼む、学校も少なくないだけに。
(特にスポーツが好きな生徒でなくても…)
 目標を立てて「進んだ道」は、大いに将来の参考になる。
 いつ頃から「それ」を志したか、夢を叶えるのに、どれほどの努力を積んだのか。
 そういった話は、別の道にも充分、通用するものだから。
 研究者の道に進みたい者でも、料理人を目指す者であっても。
(…なりたいものは特に無い、ってヤツらでも…)
 いつかは「なりたいもの」が出来るし、その時に役に立ってくるのが「聞いた講演」。
 スポーツ選手が語っていたって、他の分野にも応用出来て。
 「こうすればいいのか」と目標を立てて、努力して。


 そうした講演に出掛けた学校、其処でブルーと出会っていた可能性。
 教室に入るか、演壇に立つ形になるのか、どちらにしても…。
(…やっぱり、ブルーが血まみれになって…)
 大騒ぎになったことだろう。
 駆け寄るのは「教師の仕事」だけれども、きっと「自分」も駆け出した筈。
 ブルーが「ブルー」だとは気付かないままで、「事故ですか!?」などと叫びながら。
(そういう場合は、何処で記憶が戻るんだ?)
 倒れたブルーを抱え起こすのが、「自分」ではなくて他の誰かだったら。
 ブルーの担任の教師だったり、講演の場に居合わせた教師だったりと。
(……ブルーは、ブルーなんだから……)
 聖痕が身体に現れたのなら、それは「記憶が戻る」時。
 ブルーに「ソルジャー・ブルー」の記憶が戻って来るなら、「ハーレイ」のも戻る。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃の記憶。
 白いシャングリラの舵を握って、前のブルーと暮らした頃の。
(…俺の記憶が戻って来たって、ブルーは学校の先生たちが…)
 運んで行ってしまうのかもな、という気がする。
 「今の自分」は教師だったから、ブルーのクラスの生徒に助けを呼びに行かせた。
 保健委員の生徒だったろうか、「他の先生に、救急車を呼んで貰ってくれ!」と指示して。
 気を失ったブルーを抱えている間に、遠くから聞こえて来たサイレン。
 直ぐに「救急車が来た」と分かったし、とても頼もしく思えたもの。
 救急隊員たちが駆け込んで来てくれた時は、「これで大丈夫だ」と安心もした。
 ブルーの傷は酷いけれども、病院に行けば手当てが出来る。
 命を落としはしないだろうし、「もう安心だ」と。
 そして一緒に乗り込んで行った救急車。
 「大出血を起こした生徒」を「最初から見ていた」大人は、自分一人だけ。
 生徒では話になりはしないし、こうした時には教師が行くべき。
 赴任して来たばかりの教師であっても、生徒よりかは頼りになる。
 「当然のように」ブルーに付き添い、救急隊員たちと一緒に駆けた。
 救急車が待っている所まで。
 担架に乗せられたブルーが運び込まれて、「先生も!」と中に呼び込まれるまで。


(教師だったから、俺が付き添いで乗ってったんだが…)
 そうでなかったら、あの役目は別の誰かだろうな、と簡単に分かる。
 講演にやって来た「プロのスポーツ選手」は、行かずに「其処に残る」もの。
 ブルーが搬送されて行っても、他の生徒は「そのまま残っている」のだから。
 彼らの目的は「講演を聞くこと」、騒ぎが落ち着いたら「そちらに戻る」。
 担任の教師が、ブルーと一緒に救急車で行ってしまっても。
 「ブルーのヤツ、いったいどうなったんだよ!?」と上を下への大騒ぎでも。
 講演に来た「プロの選手」だったら、「落ち着きなさい」と諭すべきなのだろう。
 「君たちのクラスメイトなら、きっと大丈夫だから」と騒ぎを鎮めて。
 ぐるりと見渡し、「さっきは何処まで話してたかな?」と彼らの心を掴み直して。
(……ブルーと一緒に行けはしなくて……)
 留守番なのか、と気付かされた「プロのスポーツ選手」の役割。
 どんなにブルーの身が心配でも、どうなったのかと気がかりでも。
 救急車に一緒に乗って行きたくても、その資格は「持っていない」らしい。
(…後から話を聞きたくてもだ…)
 いったい何処まで聞けるものやら、心許ない。
 「あの生徒だったら大丈夫ですよ」で済んでしまって、学校でお茶でもご馳走になって…。
(今日は、ありがとうございました、と…)
 送り出されて「おしまい」だろうか。
 せっかくブルーに会えたというのに、その後も「一人で講演の続き」。
 講演が終われば学校を離れて、さっき再会を遂げたばかりの「ブルー」のことは…。
(…病院へ見舞いに行くにしたって、大げさなことになっちまって…)
 下手をしたなら、「何も其処までなさらなくても」と、止められてしまうのだろうか。
 ブルーの家を訪ねて行こうとしたって、「お気になさらず」と気を回されて。
(プロのスポーツ選手ってヤツは、忙しいから…)
 そんなことまでさせられない、と止められそうな感じもする。
 「今すぐ、ブルーに会いたいのに」と思っても。
 講演を終えた足でそのまま、病院を、家を訪ねたくても。


(そいつは困るし…)
 やっぱり俺は教師でなくちゃな、と改めて思う「ブルーとの出会い」。
 もしも教師でなかったら「狂う」様々なこと。
 きっと、「教師と生徒」が一番ピッタリだったのだろう。
 ブルーと無事に再会を遂げて、その後も付き合い続けるには。
 今は「教師と生徒」だけれども、いつか一緒に生きてゆくにも、あの出会いが、きっと…。

 

         教師でなかったら・了


※ハーレイ先生が教師でなかった場合は、ブルー君との再会からして違って来そう。
 救急車にも一緒に乗ってゆけないどころか、お見舞いまで遅くなりそうな感じ。教師が一番v









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(…記憶喪失っていうのが…)
 あるんだよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 そのハーレイのことを「覚えている」から、今の自分には二人分の記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた自分と、今の自分と。
(今のぼくだと、チビで弱虫…)
 おまけにサイオンは、とても不器用。
 今の時代まで語り継がれる、大英雄の「ソルジャー・ブルー」は凄かったのに。
 生身で宇宙を駆けてゆけたし、巨大な惑星破壊兵器のメギドでさえも沈めたのに。
 ところがどっこい、今の自分は、思念波さえもロクに紡げないレベル。
 前の自分と全く同じに、タイプ・ブルーに生まれて来ても。
 アルビノだった姿形まで、そっくりそのまま受け継いでいても。
(…だけど、前のぼくの記憶が戻って来るまでは…)
 まるで無かった「ソルジャー・ブルーだ」という自覚。
 他人の空似で似ているだけの、大英雄のソルジャー・ブルー。
 出会った人たちが「小さなソルジャー・ブルー」だと言ってくれても、可愛がられても。
 「やっぱり似てる?」と思っただけで、鏡を覗いては「似てるよね…」と眺めた程度。
 同じアルビノだし、髪型までも「ソルジャー・ブルー風」だから、と。
 そっくりに見えるのも当然だろうと、疑いもせずに。
(…生まれ変わりだなんて、思わないものね?)
 友達にそう言われた時にも、「違うよ」と直ぐに答えたくらい。
 ソルジャー・ブルーの記憶など無いし、サイオンだって不器用だから。
(こんなのが、ソルジャー・ブルーなわけがなくって…)
 本当に見た目だけだよね、と何度思ったか分からない。
 もっとも、「ソルジャー・ブルーのようになりたい」と考えたことは無かったけれど。
 チビで弱虫、身体も虚弱に生まれた自分には、とても真似られそうにない。
 伝説の人とも言えるくらいに、偉大な英雄がソルジャー・ブルー。
 それと同じに立派な生き方、そんな「凄いこと」は出来はしない、と。


 雲の上の人だった「ソルジャー・ブルー」。
 顔立ちと姿が似ているだけで、赤の他人だと思っていた人。
 けれど、「その人」が今では「自分」。
 もっとも、記憶が戻って来たって、ソルジャー・ブルーになったって…。
(ぼくの中身は、チビで弱虫…)
 其処の所は変わらないままで、サイオンが不器用な所まで同じ。
 変わった所があるとしたなら、恋をしたこと。
 より正確に言うなら「思い出した」こと。
 前の自分が、ソルジャー・ブルーが愛した人を。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人を。
(…今じゃ、ハーレイが大好きだけど…)
 今日のように「家に来てくれなかった日」を残念に思うけれども、記憶が戻って来るよりも前。
 何も覚えていなかった頃は、「誰も来ない」のが当たり前。
 友達を家に招いたのなら、別だけど。
 「遊びに来てよ」と約束をして、待っていたなら「誰か来る」けれど…。
(…そうでなければ、ぼくを訪ねて来る人なんて…)
 誰もいないし、門扉の脇にあるチャイムが鳴っても、ただの来客。
 父や母を訪ねて来た「お客さん」か、近所の誰かが用事があって鳴らしたか。
 どちらにしたって、自分とは関係ないだけに…。
(窓から覗いてみたりもしないし、気にもしないし…)
 チャイムが鳴った、と思うだけ。
 お客さんなら、何か「お土産」があるだろうか、と考える程度。
 近所の人がやって来たなら、お裾分けのお菓子を貰うこともあるから、そういったことも。
(ぼくも貰えるケーキとか…)
 珍しいお菓子や、何処かの名物の美味しいお菓子。
 そういう期待を抱くくらいで、それ以上のことは夢見なかった。
 けれど今では、チャイムが鳴るのを待つ毎日。
 ハーレイが「それ」を鳴らすのを。
 仕事の帰りに寄ってくれるのを、休日に訪ねて来てくれるのを。


 すっかり変わってしまった「今」。
 前の自分と今の自分と、二人分の記憶を持っているせいで。
 「ソルジャー・ブルー」だったことは大して意味が無いけれど、その恋人には意味がある。
 今の自分も、ハーレイのことが大好きだから。
 ハーレイに恋して、いつでも一緒にいたいのだから。
(…そのハーレイを忘れてたなんて…)
 思い出しさえしなかったなんて、本当に信じられないこと。
 「ハーレイが来てくれなかった」だけでガッカリ、そんな自分が普通なだけに。
 来てくれた日には、とても嬉しくてたまらないだけに。
(俺は子供にキスはしない、って…)
 キスをくれないケチな恋人、なんとも意地悪で酷いハーレイ。
 けれども会えれば胸が弾むし、会えなかったらシュンと気持ちが萎んでしまう。
 「今日はハーレイ、来なかったよ」と、部屋で一人で項垂れたりも。
 その大切な恋人のことを「忘れていた」自分。
 赤ん坊だった頃はともかく、物心ついてからだって。
 十四歳になって、ハーレイと再会した日まで。
 学校の教室で現れた聖痕、それが記憶を取り戻させてくれるまで。
(それまでのぼくは、記憶喪失みたいなもので…)
 ハーレイのことをすっかり忘れて、別人として生きていた。
 見た目は「小さなソルジャー・ブルー」でも、誰が見たって「そう見えても」。
 ソルジャー・ブルーの記憶が無いなら、似ているだけの「他人」に過ぎない。
 とはいえ中身は「本物」なのだし、あれだって記憶喪失だろう。
 何かのはずみに記憶を失くしてしまう病気が記憶喪失。
 自分が誰かも分からなければ、家族の顔も忘れてしまう。
(まるで違う人になっちゃって…)
 何一つとして思い出せないまま、別人として生きた人さえもいたのだと聞く。
 今の時代は医学が進んで、記憶喪失も直ぐに治るけれども、ずっと昔の地球の上では。
 失くした記憶が「自然に」戻って来ない限りは、別人のまま。
 時には新しい家族まで出来て、人によっては違う国の言葉を覚えもして。


(今のぼくだって、それみたい…)
 ハーレイのことを思い出す前は、一種の記憶喪失状態。
 自分が誰かも知らない上に、恋人さえも忘れてしまってそれっきり。
 町でハーレイとすれ違っていても、きっと気付きもしなかったろう。
 ジョギング中のハーレイを何処かで目にしていたって、恋人だとは思いもしない。
 「知らない誰か」が頑張ってるな、と応援に手を振るくらいのことで。
 胸がドキンと弾むことも無くて、「呼び止めなくちゃ」とも考えないで。
(……なんだか悲しい……)
 そういうことがあったのかも、と想像するだけで胸が痛くなる。
 前の生でも、今の生でも、ハーレイが誰よりも大切なのに。
 ハーレイさえいれば、それで充分だと思いもするのに、その人を「忘れていた」なんて。
 キャプテン・ハーレイの写真を見たって、ただの「知らないおじさん」だった。
 歴史の授業で習った時にも、教科書や本で目にした時も。
 今なら忘れはしないのに。
 記憶喪失にでもならない限りは、けしてハーレイを忘れないのに。
(…記憶喪失になる人は…)
 何処かで頭を酷く打ったとか、激しいショックを受けた人。
 すっかり記憶を失くすくらいの事故などに遭った人だけれども…。
(…今のぼくなら、そういう事故も…)
 遭わないとは言い切れないのだった、と気が付いた。
 ソルジャー・ブルーだった頃なら、軽々と避けられた様々な危機。
 最強のサイオンを誇っていたから、頭を打つような事故には遭わない。
 「そうなる」前にシールドを張るし、落ちたのだったら「落下を止める」。
 サイオンを自由自在に使って、自分の身体を守り抜いて。
 それに比べて、今の自分はどうだろう。
 学校の階段や家の階段、それを踏み外すようなことがあったら…。
(アッと思ったら、もうバランスを崩してて…)
 コロンコロンと落ちてゆくだけ、サイオンで止めることは出来ずに。
 頭を打つと分かっていたって、危険を充分に知っていたって、コロンコロンと。


 そうやって落ちて頭を打ったら、またハーレイを忘れるだろうか。
 助け起こしに来てくれたのに、キョトンと見上げてしまうのだろうか。
 「誰なの?」と、自分が恋した人を。
 前の生から愛し続けた愛おしい人を、「まるで知らない人」を見る目で。
(おじさん、誰、って言っちゃうとか…?)
 それだけで済めばまだマシな方で、怯えてしまうのかもしれない。
 ハーレイが眉間に皺を寄せていたら、「大丈夫か!?」と慌てる顔が怖そうだったら。
(大丈夫だから、手を離して、って…)
 手を振り払ってしまったりしたら、ハーレイはどれほどショックだろう。
 それに治療して「記憶が戻った」自分も、とても悲しいだろうと思う。
 「またハーレイを忘れた」なんて。
 忘れたばかりか、ハーレイに向かって「離して」なんて。
(…忘れちゃったら、そうなっちゃうから…)
 気を付けなくちゃ、と自分自身に言い聞かせる。
 記憶喪失になっていたのは、「記憶が戻るまで」の間だけで充分。
 直ぐに治っても二度目は駄目だと、「忘れちゃったら、悲しいから」と…。

 

          忘れちゃったら・了


※記憶が戻るまでの自分は記憶喪失みたいなものかも、と考えたのがブルー君。
 今だと本物の記憶喪失も「起こしそう」だけに…。ハーレイを忘れたらショックですよねv









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(……記憶喪失なあ……)
 そういう病気もあったんだっけな、とハーレイがふと考えたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今の自分は記憶喪失どころか、二人分も持っているのだけれど。
 キャプテン・ハーレイだった頃の記憶と、古典の教師のハーレイの分と。
(なんとも贅沢な話ってモンで…)
 何をするにも二人分だ、と嬉しくもなる。
 「古典の教師のハーレイ」だけなら、半分以下に減る感動。
 こうしてコーヒーを傾けるにしても、書斎にのんびり座るにしても。
(前の俺だと、コーヒーなんぞは代用品しか無かったからな?)
 白いシャングリラで飲んだコーヒー、それはキャロブから作られたもの。
 イナゴ豆とも呼ばれたキャロブ、その豆を挽いて作ったチョコレートやら、コーヒーやら。
 自給自足の船になる前は、本物のコーヒーだったのに。
 人類の船から奪いさえすれば、香り高いコーヒーがあったのに。
(しかし、そいつは前のブルーにしか出来なくて…)
 ブルーの強いサイオンがあれば、リスクは皆無だったけれども、それではいけない。
 ミュウが「一つの種族」として生きてゆくには、自分の力で歩かなければ。
(そのために船を改造したわけで、自給自足が前提だから…)
 コーヒーは代用品に変わって、酒の類は合成品。
 前の自分は其処で暮らして、キャプテンの任に就いていた。
 肩書きに相応しく広い部屋まで貰ってはいても、「今の自分」とは違った人生。
 壁の棚には、同じように本が並んでいても。
 木で出来ていた机、その趣が今の机とよく似ていても。
(…所詮は、宙に浮いていた船で…)
 おまけに明日さえ知れない毎日、夜が明ける度にホッとしていた日々。
 今では当たり前に朝が来るのに、それさえ無かった遠い時の彼方。
(前の俺の記憶を持ってるってことは、今の人生の有難味が…)
 よく分かるのだし、素晴らしいこと。
 二人分の記憶を「一人で持つ」ということは。


 けれど、その記憶が戻るより前。
 「ただの古典の教師」だった頃は、何も覚えてはいなかった。
 白いシャングリラも、愛おしい人がいたことさえも。
 生まれ変わったブルーと出会って、その聖痕を目にするまでは。
 「ブルーなんだ」と気付いて、記憶が蘇るまでは。
(…あれも一種の記憶喪失というヤツかもな?)
 ある筈の記憶が無かったのなら、そうだとも言えるかもしれない。
 「本当の自分」が誰か分からず、困り果てるのが記憶喪失。
 今の時代は、もう無いけれど。
 医学がとても進んだ今では、記憶喪失に罹った患者も、直ぐに回復するのだけれど。
(一時的には、あるらしいよなあ…)
 治療を始めて、それの結果が出るまでは。
 自分が何者なのかも掴めず、家族の顔さえ分からないと聞く記憶喪失。
(ずっと昔だと、治らないままで…)
 何十年も「別人」として生きていた例も多かったらしい。
 ある日、突然、記憶が戻ってみたら「新しい家族」の家にいたとか。
(…俺たちは、思い出したんだが…)
 そして忘れやしないんだが、と改めて思う「ブルーとの絆」。
 今の自分も、子供になった今のブルーも、もう忘れない。
 「記憶喪失だった時代」は終わって、お互い、記憶が二人分。
 前の生で目指した青い地球の上で、二人分の記憶を大切に持って生きている。
 色々なことに、「二人分の感動」を覚えながら。
 「此処は地球だ」とか、「なんて平和な世界なんだ」といった具合に。
 のんびりと傾ける愛用のマグカップ、中身は本物の地球のコーヒー。
 この書斎だって、「今の自分」の好みの本がズラリと並ぶ。
 キャプテン・ハーレイだった頃の本棚、其処に並べられていた本と違って。
 毎日綴った航宙日誌も、航宙学などの本さえ一冊も無くて。
 これほど素晴らしい世界に来たなら、もう忘れない。
 何があろうと、「取り戻した」前の自分だった頃の懐かしい記憶たちを。


(…今の俺だと、もう柔道も達人だしな?)
 入門したての頃と違って、試合で負けることなどは無い。
 もちろん練習の真っ最中に「頭を打つ」ような目にも遭わない。
(…柔道の稽古で頭を打つなど、論外なんだが…)
 あってはならないことなんだがな、と思いはしても、たまにそういう事故もある。
 投げられたはずみに、上手く受け身を取れなかったり、仕掛けられた技が未熟だったりして。
(そういった時に、記憶喪失ってのも…)
 昔だったらあっただろうか、と考えてみる。
 遠い昔の「日本」の柔道、その道場では記憶喪失になった人間もいただろうか、と。
 昔は治療法も無いから、さぞや困ったことだろう。
 記憶喪失になった人間も、周りの者も。
(そう簡単には、記憶は戻らなかったようだし…)
 年単位だったりしたかもしれん、と昔の人たちに思いを馳せる。
 どんなに困ったことだろうかと、記憶喪失なるものを。
(まるで覚えていないんだから、今の俺の場合と変わらないよな…)
 ソルジャー・ブルーの写真を見ようと、名前を聞こうと、何も反応しなかった頃。
 それが愛おしい人だとさえも気付かないまま、ただ漫然と写真を眺めて、名を聞いただけ。
 ミュウの時代の礎になった人だと、英雄の中の英雄なのだと。
(あんな具合に、記憶がスッパリ消えちまうとなると…)
 記憶喪失というのは、なんとも悲しい。
 自分が誰かも分からない上、愛した人さえ思い出せないままなのだから。
(もう一度、アレになっちまったら…)
 大変だから、柔道の達人で良かったと思う。
 頭を打ってしまったはずみに、ブルーを忘れはしないから。
 治療を受けるまで「ブルーを忘れてしまう」ことなど、絶対にありはしないから。
 大丈夫だな、と考えたけれど、これが逆だったらどうなるのだろう。
 ブルーは柔道をしないけれども、事故に遭うことはあるかもしれない。
 学校の階段を踏み外すだとか、家の階段から落ちるとか。
 サイオンが不器用な今のブルーは、落下する身体を止められない。
 落ちたら危険だと分かっていたって、コロンコロンと落ちてゆくだけ。


(…あいつが頭を打つってか?)
 学校や家の階段から落ちて…、と気付いた危険。
 チビだから身は軽いだろうけれど、上手く受け身を取ることなどは…。
(あいつには、出来やしないんだから…)
 落っこちた時に頭を打つような不幸な事故も、ブルーの場合は起こり得ること。
 サイオンがとことん不器用なだけに、「身を守る」ことさえ出来はしなくて。
(…家で落ちても、学校で落ちても…)
 直ぐに病院、治療の方も安心だけれど、肝心の治療を始める前。
 ブルーの中から「ハーレイ」の記憶が抜け落ちていたら、どうだろう。
 「大丈夫か!?」と抱え起こしてやったら、キョトンとした瞳が見上げてくるとか。
 そうでなければ、酷く怯えた瞳。
 「…誰ですか?」と、とても他人行儀に口にしながら。
 まるで知らない人を見る目で、それは不安そうに。
(俺を見たって、俺だと分かってくれなくて…)
 安心して身を任せるどころか、後ずさりさえしそうなブルー。
 「知らない誰かが、ぼくを見てる」と、「大きくて、とても怖そうな人」と。
 ブルーの記憶が無かったならば、「大きな人」でしかない「ハーレイ」。
 しかも眉間に皺まであるから、その人となりを知らなかったら…。
(大丈夫だからな、と俺が微笑み掛けない限りは…)
 きっと「怖い人」でしかないのだろう。
 ブルーが頭を打ったことで慌てて、「大丈夫か!?」と焦っていたら。
 記憶喪失になってしまったと知って、険しい顔になったなら。


(……うーむ……)
 忘れちまったら、そうなるのか、と気付かされた「ブルーから見た」自分。
 ブルーの記憶がストンと抜けたら、それが戻って来るまでは。
 病院できちんと治療を済ませて、「元通りのブルー」になるまでは。
(……怖い人なあ……)
 そいつは困る、と思うものだから、ブルーには忘れて欲しくない。
 自分は決して忘れないから、ブルーにも覚えていて欲しい。
 頭なんかを打ったりしないで、記憶喪失にならないで。
 今の時代は「直ぐに治る」けれど、忘れられたらショックだから。
 「怖い人だ」と思われるのも、「ハーレイ」を覚えていないブルーも悲しいから。
 二人分の記憶を手放すことなく、今のブルーのままがいい。
 我儘なチビの子供だろうと、「ぼくにキスして」ばかり言われて困ろうとも…。

 

          忘れちまったら・了


※記憶喪失について考えるハーレイ先生。今は二人分の記憶を持っていて、お得ですけど…。
 「忘れていた頃」もあっただけに、怖いのが記憶喪失。ブルー君に忘れられたら、ショック。









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