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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日は来てくれなかったけれど…)
 柔道部が忙しかったのかな、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 毎日だって会いたいけれども、なかなか上手くいかないもの。
 今のハーレイは学校の教師で、今の自分はハーレイが教える学校の生徒。
 遠く遥かな時の彼方と、同じようには運びはしない。
 「ソルジャー・ブルー」と「キャプテン・ハーレイ」、そう呼ばれていた頃のようには。
 あの頃だったら、「ブルーの所を訪ねて来る」ことも、ハーレイの仕事の内だったのに。
 キャプテンとしての一日の報告、それを聞かない日は無かったのに。
(どんなに忙しい時だって…)
 夜も仕事で、青の間に来られなかった時でも、次の日の朝には「いた」ハーレイ。
 いつの間に仕事を終えて来たのか、「ソルジャーのベッド」に入っていて。
 ただ添い寝だけで夜を過ごして。
(それも無理なほど、忙しくっても…)
 やはり翌朝には「やって来た」。
 キャプテンの一日は、青の間で始まるのが常だったから。
 ソルジャーに対しての「朝の報告」、それがキャプテンの大切な仕事。
 前の日に来られなかった時には、その分の報告までも含めて。
 それが含まれていない時には、「これから始まる一日の予定」を伝えるもの。
 ソルジャーが行くべき視察の予定も、船のメンテナンスやら、様々なこと。
 「報告すべきこと」は多くて、けれど「少ない」のがキャプテンの「時間」。
 白いシャングリラを纏めてゆくには、ありとあらゆる仕事がある。
 端から全てこなしていたなら、アッと言う間に終わる一日。
 たまには暇な時があっても、「いつ、暇なのか」は読めないもの。
 急な修理が入る時だの、他のセクションから呼ばれて出掛けてゆく時だのと。
 そうなる前にと、朝一番に組まれていた予定が「ソルジャーとの朝食」。
 朝食は必ず食べるものだし、その間ならば「報告」も出来る。
 その日の予定も、前の日の間に伝え損ねたことなども。


 ソルジャーとキャプテン、そういう間柄で過ごした頃なら、毎朝、会えた。
 恋人同士になるよりも前から、その習慣があったお蔭で。
(…誰も変には思っていなくて、朝御飯の係もいたものね…)
 前の日の内に「明日は、これを」と頼んでおいたら、係の者が作った朝食。
 ハーレイの分も、前の自分が食べていた分も。
(ぼくの食事はホットケーキで、ハーレイの方はトーストだとか…)
 お互い、違うメニューにしたって、係は少しも困らなかった。
 ハーレイの方には、朝からオムレツやソーセージなどの料理がたっぷり。
 食が細かったブルーの方は、ホットケーキだけで済ませた時だって。
(どんな注文でも、朝御飯はきちんと作るのが食事係の仕事で…)
 朝食の支度を整えた後は、直ぐに青の間から退出した。
 ソルジャーとキャプテンの食事は、「朝の報告」の時間。
 船の仲間たちには「話せない内容」もあるだろうから、そうして出てゆくのが係の礼儀。
 それをいいことに、甘い時間を過ごしていた。
 重要な報告が無かった時は。
 ソルジャーとしても、キャプテンとしても、「話すべきこと」が無かった時は。
(だけど、今だと…)
 別々の家で暮らしている上、教師と生徒になってしまった。
 前の生のようにはゆかない毎日、「ハーレイが来ない日」も少なくない。
 今日が、そうなってしまったように。
 「まだ来ないかな?」と待っている内に、「来てくれる時刻」を過ぎていたように。
 今のハーレイは、遅い時間には、けして訪ねて来てくれない。
 「お母さんに迷惑かけるだろうが」と、食事の支度を心配して。
 夕食を食べる人間が一人増えたら、大変だからと。
 「俺も自分で飯を作るから、分かるんだ」と、ハーレイは、けして譲りはしない。
 母が「ご遠慮なく、いらして下さいな」と、何度も笑顔で言っても。
 父も同じに「いつでも、どうぞ」と繰り返しても。
 夕食の支度が始まる頃には、もう「来ない」のが今のハーレイ。
 柔道部で遅くなった時でも、会議が長引いたような時でも。


 今日のハーレイは、柔道部で遅くなっただろうか。
 それとも会議だっただろうか、と寂しい気分。
 学校では顔を見られたけれども、立ち話だって出来たのだけれど…。
(…学校じゃ、先生と生徒だから…)
 恋人同士の会話はもちろん、前の生の思い出話も出来ない。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、その「生まれ変わり」なことは秘密だから。
 本当に僅かな人間だけしか、「本当のこと」を知りはしないから。
(せっかく、生まれ変わって来たのにね…)
 会えない日だって、うんと沢山、と零れる溜息。
 同じ青い地球の上にいるのに、同じ町で暮らしているというのに。
(前のぼくたちなら、毎朝、色々、話をして…)
 それからハーレイをブリッジに送り出していた。
 「行って参ります」とハーレイが言う度、「うん」と頷いて。
 出来れば早く戻って欲しいと、少し我儘を言ったりもして。
(今は、それさえ出来なくて…)
 ハーレイの家も遠いんだから、と眺める窓のカーテンの方。
 夜だから閉めているカーテン。
 けれども、それが開いていたって、窓の向こうに「ハーレイの家」が見えることはない。
 何ブロックも離れている家、此処からは屋根の欠片も見えない。
 其処までの間に、何軒もの家が挟まって。
 家の庭にある大きな木だとか、色々なものが邪魔をして。
(ホントに、前とは違いすぎるよ…)
 青い地球には来られたのにね、と思ってはみても仕方ないこと。
 二人で地球まで来られただけでも、もう充分に奇跡だから。
 新しい命と身体を貰って、生まれ変わって来られただけでも。
 本当だったら、何もかも「終わっていた」のだから。
 メギドで「死んでしまった」時に。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまって。
 ハーレイとの絆が切れてしまったと、泣きじゃくりながら命を失った時に。


 けれど、切れてはいなかった絆。
 ハーレイと二人で地球に来られて、前の記憶も取り戻した。
 これ以上を望みはしないけれども、贅沢を言っては駄目なのだけれど…。
(生まれ変わりなら、もっと絆が強くても…)
 良かったのにね、と思いもする。
 隣同士の家に住んでいるとか、赤ん坊の頃から知り合いだとか。
(今でも充分、絆はあるけど…)
 偶然なんかじゃないんだけれど、と考える「生まれ変わり」ということ。
 ありとあらゆる様々な要素、それを神様が組み上げた上で、今の二人を作ったろうと。
 ハーレイも自分も、「今の身体」に生まれたろうと。
 生まれ変わりというだけだったら、そういう言葉があるほどなのだし、きっとある。
 こういう強い絆などは無くて、ただ「偶然」に過ぎないものが。
 それこそ神様の悪戯のように、生まれ変わって「また出会う」人が。
(もしも偶然、生まれ変わった方だったら…)
 今の自分は、この地球の上で、誰に出会っていたのだろう。
 強い絆で結ばれたハーレイ、その人と出会うのでなかったら。
 前の生で「知り合いだった誰か」に、もう一度、巡り会うのなら。
(…ジョミーじゃ、縁が薄すぎるよね…)
 一緒にいた時間も長くない上、酷い苦労もさせてしまった後継者。
 彼と出会っても、きっと話が盛り上がる前に、詫びを言うことになりそうな感じ。
 「君を選んで済まなかった」と、ジョミーが「小さな子供」でも。
 幼稚園に通っているような子でも、「ブルー?」とジョミーに呼ばれたなら。
 自分の方でも、「ジョミー?」と気付いて、声を掛けたら。
(…幼稚園児に、ぼくがペコペコ謝って…)
 「心から済まなく思っている」では、あんまりすぎる。
 ジョミーよりかは、ゼルやヒルマンに出会いたい。
 「なんだ、ブルーか?」と、「まだ若い」ゼルに、「チビになったな」とからかわれても。
 同じように若いヒルマンに会って、「今は子供かね?」と微笑まれても。
 あの二人ならば、きっと話が弾むから。
 大人と子供の間柄でも、ゼルとヒルマン、どちらと地球で再会しても。


 そういう出会いも楽しいかもね、と思ったけれど。
 ゼルやヒルマンの家に招いて貰って、遊びに行くのも楽しそうだけれど…。
(でも、ハーレイ…)
 話の中には「ハーレイ」が何度も出て来るだろうに、「いない」ハーレイ。
 生まれ変わって来てはいなくて、「あいつは、いないな」とゼルやヒルマンが言うのだろう。
 それは悲しいだろうと思う。
 「どうして、ハーレイはいないんだろう」と、家で涙を零したりして。
(…君の代わりに、ゼルやヒルマンがいるなんて…)
 ジョミーだったりするかもなんて、と考えただけで恐ろしい。
 本当に「いて欲しい」人がいなくて、他の誰かと地球にいるなんて。
 どれほど平和で素敵な地球でも、「ハーレイがいない」世界だなんて。
 そうなるよりかは、今の世界がいいのだと思う。
 ハーレイに会えない時があっても、ちゃんとハーレイは「いる」のだから。
 今日は駄目でも明日があるのだし、明後日も、その先も、ずっとハーレイと一緒だから…。

 

          君の代わりに・了


※ハーレイ先生の代わりに、他の誰かと生まれ変わって来ていたら、と考えたブルー君。
 ジョミーだとお詫び、ゼルやヒルマンなら楽しそうでも…。ハーレイと一緒がいいですよねv







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(今日は、会いには行けなかったが…)
 明日には行ってやれるといいな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 まだ十四歳にしかならない、小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今日のように「行ってやれなかった日」は、ブルーは酷く寂しがる。
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と、鳴らなかったチャイムのことを思って。
 学校で顔を合わせていたって、其処では、あくまで教師と生徒。
 挨拶や立ち話などは出来ても、それだけのこと。
 恋人同士の会話は無理で、「元気そうだな」とか、どの生徒にも掛ける言葉だけ。
(俺があいつの守り役でも…)
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと、皆が知っているわけではない。
 単に「聖痕」を持っているブルーの守り役、再発を防ぐための人間。
 ブルーの身体に現れたのは、「ソルジャー・ブルーが受けた傷」だから。
 それを防ぐには、「キャプテン・ハーレイ」そっくりの「自分」が側にいるのが一番だから。
(キャプテン・ハーレイがいるってことは、其処はメギドじゃないってことで…)
 ブルーも安心するだろうから、聖痕が再発することはない。
 そういう読みで就いた「守り役」、本物のキャプテン・ハーレイなのに。
 ブルーの方だって、正真正銘、ソルジャー・ブルーだったのに。
(しかし、そいつは秘密だからな)
 他の人間がいるような場所で、ブルーを「ソルジャー・ブルー」としては扱えない。
 恋人同士の会話でなくても、前の生の思い出話でも。
 学校という場に相応しい話、そんなものしか交わせはしない。
 だからブルーは寂しがる。
 「今日はハーレイ、来なかったよ」と。
 きっと何度も、窓の向こうを眺めただろう。
 門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ちもしただろう。
 「もうハーレイは来ない時間」だと、悟るまで。
 ブルーの部屋の壁の時計が、そういう時刻を指し示すまで。


 今日は会いには行けなかったし、ブルーは今頃、溜息をついているかもしれない。
 会えずに終わった「ハーレイ」の顔を思い浮かべて、ガッカリもして。
(…あいつ、まだまだチビだから…)
 俺よりも遥かに残念なのに違いない、と考えもする。
 大人の自分は、長く生きた分、「我慢すること」に慣れているもの。
 柔道と水泳の道で鍛えた子供時代も、何度も叩き込まれた「我慢」。
 辛抱だとか、根性だとか、そういった言葉で示された。
 「なんでも我慢だ」と、先輩や、その道の師匠から。
 それに比べれば、ブルーは「我慢」に慣れてはいない。
 今度も弱く生まれて来たから、両親に甘やかされて育って。
 我慢する代わりに我儘放題、そんな「小さな王子様」で。
(…酷い我儘は言わないんだがな?)
 あれが欲しいとか、これが欲しいとか、足をバタつかせて強請りはしない。
 本当に小さかった頃には、外出先で踏ん張ったこともあるらしいけれど。
(オモチャを買って欲しいんじゃなくて…)
 小さなブルーの場合は、食べ物。
 「食べ切れないわよ」と母に止められても、大きな綿菓子を欲しがるだとか。
 父が「無理だぞ」と言って聞かせても、沢山入ったフライドポテトを強請るとか。
(そうやって買って貰ったヤツを、食い切れなくて…)
 父や母が代わりに食べていたことも多かったと聞く。
 ブルーの我儘は「そんな程度」で、世間のヤンチャな子に比べれば可愛いらしいもの。
 「あれを買って」と、オモチャ屋の前で騒ぐわけではなかったから。
 手足をバタバタさせて叫んで、「欲しい」と泣きはしない子供で。
(それでも、やっぱり子供は子供で…)
 十四歳になった今でも、ブルーの「我慢」は足りてはいない。
 何かと言ったらキスを強請るし、叱った所で懲りないから。
(キスは駄目だと、何度言っても無駄なんだ…)
 我儘な上に我慢も足りん、と苦笑する。
 まるで修行がなっていないと、あれでは「我儘な王子様だ」と。


 我慢することが苦手なブルーは、今夜もきっと寂しいのだろう。
 「ハーレイに会えなかったよ」などと、心の中で繰り返して。
(…俺でも、残念なんだから…)
 会いたかったと思うんだから、と「思う」自分も、修行が足りない。
 ブルーの家に寄れずに帰って来たこと、それを「残念に思う」のだから。
 「今日は、そういう日だったんだ」と忘れる代わりに、こうして書斎で思い出すなら。
 コーヒーのカップを傾けながら、ブルーのことを思うなら。
(…俺でも、修行不足ってことか…)
 もっと鍛錬しないとな、と苦笑いする。
 ちょっとやそっとでは動じない心、それを手に入れなければ、と。
 「ブルーに会えずに終わる日」の方が、「会える日」よりも多いもの。
 毎日のように行けない以上は、「こんなものさ」と、サラリと流してしまいたい。
 家に帰って鍵を開けたら、それっきりだという風に。
 気ままな一人暮らしを楽しんだ頃に、サッと頭が切り替わるように。
(そうは思っても、これがなかなか…)
 上手くいかん、と心を離れてくれない恋人。
 小さなブルーと再会してから、心はブルーに「奪われた」まま。
 忙しい時には「忘れていたぞ」と、慌てることもあるけれど。
 片時さえも忘れないとは、言えない部分もあるのだけれど。
(あいつに出会っちまった時から、こんな具合で…)
 何もかもがブルー中心だよな、と自分でも可笑しくなるくらい。
 十四歳にしかならないブルーに、「全てを持っていかれる」なんて。
 来る日も来る日も、ブルーのことを思い続けているなんて。
(あいつと一緒に、生まれ変わって来たモンだから…)
 これからもずっと一緒だしな、とブルーとの絆に頷くけれども、そのブルー。
 前の生から愛していたから、青い地球の上にも二人で来た。
 当たり前のように「ブルー」と出会って、また恋に落ちて、これからも一緒。
 生まれ変わりとは、そういうものだと、自分でも思っているけれど。
 前のブルーと前の自分の「絆」だと信じているけれど…。


(…絆じゃなくって、偶然ってことも…)
 まるで無いとは言い切れないぞ、と不意に浮かんで来た考え。
 ブルーとの絆は「本物」だけれど。
 聖痕が証明しているけれども、生まれ変わりには「偶然」だってあるかもしれない。
 こうしてブルーと「生まれる」代わりに、他の誰かと生まれて来るとか。
 青い地球には違いなくても、街でバッタリ出会った相手が「別人」だとか。
(…向こうから、誰か歩いて来るな、と…)
 思いながら足を進めて行ったら、突然に戻って来る記憶。
 歩いて来た「誰か」とすれ違う瞬間、聖痕などは抜きにして…。
(あいつなんだ、と…)
 お互い、振り向くかもしれない。
 「お前なのか?」と声を掛けられて、こちらの方でも「お前なのか?」と。
 人違いなどは「よくある」ことだし、とにかく「声を掛けてみよう」と考えて。
(…そうして、間違いないと分かって…)
 意気投合して昔話で、「立ち話というのも、なんだから」と近くの店に入るだろうか。
 前の生での思い出話に興じるために。
 其処でお互い、名刺を出したり、「今じゃ、こういう仕事なんだ」と話したり。
(…ゼルに会うのか、ヒルマンなのか…)
 どちらもアルタミラ以来の古い友達、飲み友達でもあったゼルとヒルマン。
 ゼルの方なら喧嘩もしたし、ヒルマンとも徹夜で飲み明かしもした。
(あいつらと再会する人生も…)
 生まれ変わりが「偶然」だったら、可能性としては充分、あり得る。
 小さなブルーと出会う代わりに、再会した相手は「古い友達」。
 ゼルにしたって、ヒルマンにしたって、きっと楽しい人生になる。
 何かの折には飲みに誘って、誘われもして。
 お互いの家が離れていたって、招いたり、招かれたりもして。
(あいつの代わりに、ゼルやヒルマンか…)
 それも悪くはないんだがな、と思うけれども、どうだろう。
 ブルーはいなくて、ゼルやヒルマンだけだったなら。
 どんなに昔話をしようと、「ブルー」が何処にもいなかったなら。


 それは悲しい、と直ぐに気付いた。
 話の中には「ブルー」がいるのに、本物の「ブルー」がいなければ。
 何処を探しても、「ブルー」が見付からなかったら。
(そんな人生は、我慢出来んぞ…!)
 あいつの代わりに、他の誰かがいるなんて…、と「今の人生」に感謝する。
 いくら我慢に慣れてはいても、「ブルー以外の誰か」と出会って、過ごす人生は嫌だから。
 ブルーのいない人生なんかは、きっとつまらない人生だから…。

 

        あいつの代わりに・了


※ハーレイ先生が「ふと、考えた」こと。生まれ変わって出会う相手が他の誰かなら、と。
 ゼルやヒルマンでも楽しいでしょうけど、ブルー君がいない人生なんかは、嫌ですよねv









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(…明日はテストで…)
 今日は宿題も出てたんだよね、と小さなブルーが思うこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、明日はどうなることだろう。
 毎日だって会いたいけれども、世の中、上手くいかないもの。
 週末はともかく、平日には。
 ハーレイの仕事が休みでない日は、「会えない日」が続くこともある。
 柔道部の指導が長引くだとか、放課後に会議が入るとか。
(明日のハーレイは、どうなんだろう…?)
 気になるけれども、こればっかりは分からない。
 ハーレイは、けして「予定」を話してくれはしないから。
 学校の中で顔を合わせても、「今日は帰りに寄るからな」とは言ってくれない。
 「予定通りに仕事が進むとは限らないから」が、その理由。
 行けるから、と約束したのに駄目になったら、「お前のお母さんにも迷惑だしな?」と。
 ハーレイが来た日は、夕食を用意するのが母。
 「せっかくの支度が無駄になったら悪いだろう」と、ハーレイは平日の約束をしない。
 夕食くらい、母なら何とでも出来るのに。
 多めに作ってしまったのなら、次の日の食事に役立てもして。
(それに、ハーレイが遅い時間に来たって…)
 夕食の支度が済んでいたって、母なら手早く追加で作る。
 「いくらでも出来ますから、遅くても家にいらして下さい」と、母は何度も口にするのに…。
(…ハーレイ、絶対、来ないんだよね…)
 夕食の用意に充分に間に合う時間しか。
 それを過ぎたら、もう来ない。
 今日だって、きっとそうだった。
 柔道部の方か、会議があったか、いずれにしたって「遅くなった」時間。
 この家に寄るには「遅すぎた」から、ハーレイは来ずに帰って行った。
 前のハーレイのマントの色の、濃い緑色の愛車を運転して。
 此処へは来ないで、自分の家へと真っ直ぐに。
 そうでなければ、他の先生たちと食事に行ったか、そういう一日だったのだろう。


 来なかった理由は分からないけれど、この家では会えなかったハーレイ。
 明日もどうなるか、未来はまるで見えては来ない。
(…テストと宿題、ハーレイの授業じゃないんだよね…)
 そっちだったら良かったのに、と思ってしまう。
 古典の授業で出た宿題なら、いつだって、うんと張り切るもの。
 「次回はテストをするからな」と言われた時にも、やはり同じに頑張る勉強。
 ハーレイに成果を見せたくて。
 「頑張ってるな」と褒めて欲しくて、人並み以上に。
(ぼくの成績なら、テスト勉強、しなくても…)
 大丈夫だろうと思っていたって、ついつい熱が入る前日。
 「明日の授業は、テストなんだよ」と、教科書やノートを机に広げて。
(…古典のテストでなくたって…)
 やはり同じに重ねる努力。
 クラスメイトは、「やらない」ことも多いのに。
 宿題が出ていることも忘れて、帰ったら遊びほうけたりして。
 もちろんテストがあるのも忘れて、酷い場合は、授業の直前になってから…。
(宿題も、テスト勉強も何もしていない、って…)
 慌てふためいて、右往左往なクラスメイトたち。
 「誰か、宿題をやってきた人は?」と辺りを見回し、やった人のを丸写し。
 それではテストに間に合わないから、悲劇になるのは目に見えている。
 教室の扉を開けて先生が「入って来た」途端に、あちこちで悲鳴。
 「もう少しだけ待って下さい!」と、ノートや教科書を広げたままで。
 あと五分だけあれば覚えられるだとか、「せめて三分、待って貰えませんか」とか。
(先生によっては、待ってくれることもあるけれど…)
 大抵は無駄で、「始めるぞ」と片付けさせられてしまう教科書。
 頼みの綱のノートにしたって、「早く仕舞え」と急かされるだけ。
 「やってこなかった、お前たちが悪い」と睨まれて。
 実際、宿題をやっていたなら、其処から問題が出るのだから。
 テストの予告もされていたのだし、「やってこない生徒」が悪いに決まっているのだから。


(…ぼくは宿題も、テスト勉強も…)
 下の学校の生徒の頃から、いつでも「きちんと」やっていた。
 お蔭で今でも成績優秀、ハーレイにだって褒めて貰える。
 「流石、お前だな」と、何かのはずみに。
 他の先生のテストで「いい点数を取った」時にも、ハーレイに聞こえていたりもして。
(だから、ハーレイのテストでなくても…)
 頑張らなくちゃ、と思うものだし、明日の分だって頑張った。
 「ハーレイが寄ってくれたら、忘れちゃうしね?」と、早い時間から。
 学校から帰って、おやつのケーキを食べたら、直ぐに。
(…ちゃんと宿題も、勉強もやって、待ってたのにな…)
 ハーレイ、寄ってくれなかったよ、と残念な気分。
 明日もどうだか分からないから、勉強の成果を「ハーレイに」見て欲しいのに。
 宿題は「ハーレイに」提出したいし、ハーレイのテストを受けたいのに。
(だけど、全然、関係なくて…)
 古典とは全く違う科目が、明日のテストと宿題の正体。
 なんとも悔しい気持ちだけれども、宿題にしても、テストにしても…。
(…学校の生徒をやってるんだし、仕事みたいなものだよね?)
 決められたことを「やってゆく」のも、「理解しているか」をテストされるのも。
 仕事だからこそ、殆どの生徒が背中を向ける。
 クラブ活動とかには、全力投球していても。
 好きなサッカーなどのスポーツ、そっちだったら、どんな努力も厭わなくても。
(みんな、勉強って聞いた途端に…)
 嫌そうな顔で、誰一人として喜びはしない。
 「もっと宿題を出して下さい」と頼む生徒はいなくて、テストでも同じ。
 これがクラブの活動だったら、「増やして下さい」と掛け合う生徒も多いのに。
 学校が休みの期間でさえも、進んで登校するというのに。
(やっぱり、仕事は嫌がられるよね…)
 少しも楽しくないんだろうし、と思い浮かべるクラスメイトたちの顔。
 クラブ活動なら、厳しい練習が続いていたって、皆、喜んで取り組むもの。
 それはクラブが「楽しいから」で、「好きなこと」が出来る時間だから。


 柔道部にしても、サッカーなどにしても、傍から見たなら「大変そう」。
 けれど「仕事」の「勉強」よりかは、遥かに楽しいものらしい。
 宿題やテストは忘れていたって、クラブを忘れる生徒はいない。
 「今日は部活だ」と張り切っていたり、遠征試合に向けて毎日頑張っていたり。
(…勉強は嫌われているんだけどな…)
 ぼくには、これしか無いみたい、と考え込む。
 クラブ活動をしていないからには、学校でするのは「勉強」だけ。
 つまりは「仕事をしに行く」わけで、家に帰っても、同じに「仕事」。
 今日のように宿題に取り組んでいたり、テスト勉強を頑張ったりと、色々と。
(…ぼくには、仕事しか無いけれど…)
 別に勉強は嫌いじゃないし、と「勉強嫌いでなくて良かった」とホッとする。
 もしも「勉強嫌い」だったら、どんなにつまらなかっただろう。
 「学校に行く」ということが。
 宿題が出たり、テストがあったりすることが。
(…ハーレイが先生をしてたって…)
 きっとやっぱり、宿題もテストも、苦手だったに違いない。
 ハーレイが家に来てくれる度に、せっせと頼んでいたかもしれない。
 「今日の宿題、出来てないんだよ」と、「提出期限をもっと延ばして」と。
 そうでなければ、ハーレイにペコリと頭を下げていたろうか。
 「ぼくの代わりに、宿題をやって欲しいんだけど」と、その宿題を出したハーレイに。
 テストをすると言われたのなら、「山を教えて」と強請るとか。
 「このままだったら、ぼくは零点になっちゃうよ」と、切実な顔で。
 本当に零点を取りそうなだけに、ハーレイの前で土下座までして。
 「ぼくに零点、取らせたいの?」と、涙ぐみさえするかもしれない。
 恋人に恥をかかせたいのかと、泣き落としで。
(……うーん……)
 なんという情けない光景だろうか、と想像してみて零れた溜息。
 訪ねて来てくれたハーレイと二人で過ごす時間に、土下座で「お願い」。
 テストの山を教えてくれとか、「代わりに宿題をやって欲しい」だとか。


(…そうならなくて良かったよね…)
 きっと百年の恋も冷めるに違いない、と思ってしまう。
 生徒の仕事は「勉強」なのに、それを「やらない」恋人なんて。
 ハーレイは教師で、今の自分は「勉強の成果」を見て貰う方の立場なのに。
(…前のぼくの仕事は、ソルジャーで…)
 白いシャングリラの仲間の命を、懸命に守ることだったけれど。
 それに比べれば勉強なんかは、「仕事」の内にも入らないのだけれど…。
(…今のぼくの仕事も、うんと大事で…)
 やらなかったら、ハーレイの前で大恥をかいて、恋もおしまいになりそうな感じ。
 「また勉強をやってないのか」と、「お前の土下座は何度目なんだ?」と呆れられて。
 だから「仕事」は、きちんとしよう。
 ハーレイのテストや、ハーレイが出した宿題などとは違っても。
 生徒の間は、「勉強すること」が仕事だから。
 ハーレイに呆れられたくなければ、今の仕事も、きちんとやるのが大切だから…。

 

          今のぼくの仕事・了


※ハーレイが出した宿題じゃないよ、とブルー君が残念に思ったこと。テスト勉強も。
 けれども、今のブルー君の仕事は「勉強」。ハーレイ先生の前で大恥は困りますよねv









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(……うーむ……)
 明日は会議か、とハーレイがフウとついた溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は会議は無かったけれども、寄り損ねてしまったブルーの家。
 柔道部の部活が、いつもより少し長引いたせいで。
 熱意溢れる部員の一人に、頼まれた稽古。
 「クラブの時間は終わりですけど、個人的にお願い出来ますか?」と。
 この所、目覚ましく伸びている「彼」。
 此処で稽古をつけておいたら、更に上へと行くことだろう。
 だから「いいぞ」と頷いた途端、我も我もと出て来た柔道部員たち。
 「よろしかったら、お願いします!」と、頭を下げて。
 そう頼まれたら、断れない。
 「一人だけだ」などと言えはしないし、何人もの稽古を見ることになった。
 最初に名乗りを上げた一人だけなら、さほど時間はかからなかったと思うのに…。
(あれだけの数が来ちまうと…)
 大いに狂った、放課後の予定。
 今日はブルーの家に行けると考えたのに。
 部活の後には柔道着を脱いで、シャワーも浴びて、スーツに着替えて。
(少しばかり遅くなったって…)
 充分、行けると読んでいた時間。
 「今日は終わりだ」と稽古をつける部員に宣言、走って体育館を出て。
 急いでシャワーで、急いで着替えで、それから愛車に乗り込んで。
(そいつが、すっかり狂っちまって…)
 ブルーの家には行けなかった上に、明日の放課後は会議がある。
 内容からして、もう間違いなく長引くのが。
 終わった頃には、ブルーの家に行ける時刻は過ぎているのが。
(ブルーもガッカリするんだろうが…)
 俺の方だって同じなんだ、と心で溜息。
 いくらチビでも、ブルーは恋人。
 会えない日よりは、会える日の方がずっといいのに決まっているから。


 今日も駄目なら、明日も会えずに終わってしまう小さな恋人。
 学校では顔を合わせられても、ブルーの家には行けないままで。
 教師と生徒の間柄でしか、挨拶も言葉も交わせないままで。
(…どうして会議になっちまうんだか…)
 せめて明後日なら良かったのに、と考えてしまう会議の予定。
 明後日でも良さそうな内容なのに、と。
(しかし、こいつも俺の仕事で…)
 教師の仕事をやっている以上、学校の会議には「出席する」もの。
 自分とは無関係な内容だったら、そもそも招集されたりはしない。
 呼ばれたからには「行く」のが仕事で、それをサボって逃げるのは…。
(…俺の性には合わないってな)
 根が真面目だから、サボることなど考えられない。
 同僚の中には「逃げてゆく」者もいるけれど。
 どうしても行きたいコンサートだとか、そういったものと重なった時。
 「その日は都合がつかなくて…」と断りの言葉と、それに謝罪と。
 教師仲間でも分かっているから、無理に引っ張り出したりはしない。
 なんと言っても「明日は我が身」で、次の会議では「自分が言う」かもしれないだけに。
 コンサートでなくても、遠い星から旧友が訪ねて来るだとか。
 その日を逃せば、次に会えるのは何年先だか分からないとか、そういった「事情」。
(お互い、分かっているもんだから…)
 都合がつかない理由の中身が何であろうと、許してしまう。
 「仕方ないですね」と、「次の会議は出て下さいよ」と。
(…俺だって、遠くの星から誰か来るなら…)
 きっとサボる、と思うけれども、その手のサボリは未経験。
 なにしろ根っから真面目な性分、友人たちも承知している。
 「あいつを誘うなら、休日でないと」と、「教師」の仕事に就いた時から。
 平日に会おうと言うのだったら、遅い時間にしてくれる。
 先に始めていたとしたって、「お前はゆっくり来ればいいから」と。
 お蔭でサボリの経験は無しで、会議を欠席したことは無い。
 ゆえにブルーに会いに行きたくても、明日もやっぱり「出てしまう」だけ。


 そんな自分の性分だけれど、今は些か恨めしい。
 今日もブルーの家に行けなくて、明日も「行けない」のが確実だから。
 どう考えても明日の会議は、早く終わってはくれないから。
(あいつも俺も、お互い会えないままでだな…)
 残念な気分になるというのが、既に分かっているのが辛い。
 こうなるのならば、今日の放課後、柔道部員に稽古をつけずに帰ったなら、と思っても…。
(それも出来ないのが、俺ってわけで…)
 頑張る生徒を「放っておいて帰る」ことなど、とても出来ない。
 会議をサボらないのと同じで、これも教師としての信条。
 たかがクラブの顧問なのだし、放っておく同僚も多いのだけれど。
 「顧問だけれども、素人だから」と、さっさと白旗を掲げて逃げて。
 「今日の活動時間は此処まで」と、時間通りに切ってしまって。
 運動部でなくても、その手の顧問は少なくない。
 芸術などとは無縁だったのに、美術部の顧問をしている者やら、色々と。
(俺の場合は、柔道も水泳もプロ級だしなあ…)
 新任教師で入った時から、もう早速に任された。
 「ハーレイ先生なら、安心だ」と、学校中から期待されて。
 担任さえも持たない内から、ただの新米教師の頃から。
(俺に指導を任せておいたら、大会に出るのも夢じゃない、と来たもんだ)
 そして実際、其処まで「引っ張って行った」お蔭で、「その後」も決まった。
 何処の学校に赴任しようと、着任前からポストを空けて「待たれている」。
 柔道部か、水泳部の「どちらか」に。
 場合によっては、「手が空いた時にはお願いします」と、もう一方のコーチ役まで。
 顧問をしているのは柔道部なのに、水泳部で教える日があるだとか。
 水泳部で「泳ぎ」を教えているのに、柔道部の方にも行くだとか。
(教師をしていて、プロ級の腕も持ってるってのは…)
 珍しいケースだと承知している。
 だから何処でも引っ張りだこだし、着任早々、柔道部か水泳部の顧問。
 前の年の顧問が在籍中でも、「お願いします」と交代になって。


(会議に、クラブ活動に…)
 実に多忙だ、と思う教師の仕事。
 恋人に会うのも「ままならない」ほど、都合がつかない時だってある。
 今日はクラブが長引いて駄目で、明日には会議。
(…俺の性分なんだとはいえ…)
 ブルーにゆっくり会いたいもんだ、と思った所で気が付いた。
 前の自分は、どうだったろうと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃には。
(…あの頃の俺も、今と同じでクソ真面目でだ…)
 キャプテンの仕事が多忙な時には、青の間にさえ行けなかったほど。
 それこそ夜勤の時間になっても、仕事が終わらなかったなら。
 「これさえ済めば」と踏んでいたって、急な仕事が入りもして。
 白いシャングリラを纏めるキャプテン、言わば年中無休の仕事。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、それを纏めてゆくのだから。
(ブルーを遅くまで待たせているのが、分かっていても…)
 次から次へと仕事が入れば、青の間になど行っていられない。
 ブリッジで指示を出し続けるだけが仕事ではなくて、他にも色々。
(そいつを端からこなしてたわけで、それでもなんとかなったのは…)
 厨房時代に戻りたい、などと思わなかったのは、ブルーのため。
 「ハーレイになら、命を預けられるよ」と、前のブルーが言ったから。
 ソルジャーだった「前のブルー」を支えるためにと、引き受けた仕事だったから。
(…それに比べりゃ、今の仕事は…)
 前よりも遥かに軽い責任、その上、「ブルーのために」働くわけでもない。
 将来的には、いつかブルーを「養う」ことになるけれど。
 ブルーを伴侶に迎えた時には、自分の稼ぎで食べさせてやって。
(…前と違って、あいつの命は俺に懸かってないんだが…)
 俺が仕事をサボった所で、ブルーは困りはしないんだがな、と捻った首。
 どちらかと言えば「喜ぶ」だろうかと、「サボって」会いに行ったなら、と。


 そう考えてみると、お互い、変わったのだろう。
 仕事をサボって会いに行っても、ブルーに「喜ばれる」のなら。
 自分の方でも、ブルーに会えて「嬉しい」のなら。
(…前の俺だと、考えられんな…)
 今の俺の仕事は、前よりも遥かに「軽い」ものか、と思うけれども、仕事は仕事。
 明日はサボらずに、きちんと会議に出なければ。
 いくら責任の軽いものでも、仕事には違いないのだから。
 ブルーに会えなくて寂しかろうが、いずれブルーを養うのが「今の仕事」だから…。

 

           今の俺の仕事・了


※ブルー君の家に寄り損ねた上、明日も寄れないハーレイ先生。会議のせいで。
 これも教師の仕事だから、と思ってはいても残念な気分。けれど仕事も大切ですよねv









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(…明日はハーレイが来てくれるんだよね…)
 一日、一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は金曜、明日は待ち焦がれた土曜日が来る。
 ハーレイに用事が出来ない限りは、家を訪ねて来てくれる日が。
(平日だって、来てくれることもあるけれど…)
 あくまで放課後、顧問をしている柔道部の部活が終わってから。
 それに、こちらも「生徒」なのだし、平日の昼間は学校で授業。
 午前中に家にいられはしなくて、訪ねて来てくれる人だっていない。
 家にいないと分かっているのに、誰も来てくれる筈がないから。
(…ハーレイが、学校の先生じゃなくても…)
 プロのスポーツ選手だったり、自分で店をやったりしているならば、休みは色々。
 平日でも休暇を取れたりするし、定休日でなくても休めもする。
 けれど、そうして「ハーレイの時間」が空いていたって、こちらは「学校」。
 登校していると分かっているなら、けして訪ねて来ることはない。
 「今日はブルーは学校だから」と、やはり放課後まで「来ない」のだろう。
 「この時間なら家にいるな」と、確実な時間になるまでは。
(…ハーレイが学校の先生で良かった…)
 お互い、休みの日が合うから。
 ハーレイに用事さえ入らなかったら、週末は二人で過ごすことが出来る。
 午前中から、ハーレイが訪ねて来てくれて。
 朝食が済んで暫く経ったら、門扉の脇にあるチャイムが鳴って。
(もっと早くに、来てくれたっていいのにね…)
 そう思うことも、少なくない。
 ハーレイは休日も早起きらしいし、朝食も一緒に食べてくれたらいいのに、と。
 早い時間に起きているなら、この家に来るのも苦にはならないことだろう。
 家では軽く腹ごしらえして、それから此処まで歩いて来る。
 「おはようございます」とチャイムを鳴らしてくれれば、両親だって歓迎なのに。
 ハーレイが朝食の席にいたって、父も母も困りはしないのに。


 なのに、ハーレイは訪ねては来ない。
 「早すぎる時間にお邪魔するのは、失礼ってモンだ」が口癖で。
 今では、すっかり家族の一員みたいになっているというのに、頑なに。
 母が「どうぞ」と言ったって。
 父も「是非に」と誘っていたって、休日の朝に来てはくれない。
 朝からハーレイが来てくれたならば、朝食の席も賑やかだろうに。
(ハーレイのお母さんの、マーマレードだって…)
 もしもハーレイが一緒だったら、きっと輝いて見えることだろう。
 夏ミカンの実で出来たマーマレードは、元から金色をしているけれど。
 真夏の太陽をギュッと閉じ込めたみたいに、とても素敵な金色だけれど。
(あの金色が、もっと眩しくて…)
 美味しさだって、いつも以上に違いない。
 同じテーブルに、ハーレイが座っているだけで。
 「こうやって食うのが美味いんだぞ」と、トーストにバターを先に塗り付けているだけで。
 夏ミカンの実のマーマレードを、より美味しくするという食べ方。
 こんがりキツネ色のトースト、その上に先にバターを乗せる。
 トーストの熱でバターが直ぐに溶けてゆくのも、かまわずに。
(バター、すっかり溶けちゃうけれど…)
 それが美味しさの秘密の一つ。
 すっかり溶けてしまわなくても、ただ柔らかくなるだけのことでも、とにかくバター。
 金色のバターをたっぷりと塗って、その上からマーマレードを乗せる。
 これまた金色に輝くのを。
 夏ミカンの実の皮の金色を、砂糖と蜂蜜でじっくり煮込んで仕上げたのを。
(…ハーレイに教えて貰った食べ方…)
 隣町にあるハーレイの家では、そうやって食べるのが定番だという。
 「試してみろよ」と言われて食べたら、本当に美味しかった「金色の食べ方」。
 教わって以来、お気に入りだけれど、ハーレイがいたら、もっと美味しい。
 同じテーブルで、ハーレイもバターを塗り付けていたら。
 「次は、こいつだ」と、マーマレードの大きな瓶へと、手を伸ばしたら。


 そんな朝食を何度夢見たことだろう。
 「明日は土曜日」という日が来る度に。
 その土曜日の朝に目覚めて、「ハーレイが来る日」と嬉しい気持ちになる度に。
 けれども、夢は叶いはしなくて、明日の朝もハーレイは来てはくれない。
 いつもと同じに、ハーレイの家で時間調整。
 「まだ早すぎだ」と、ジョギングに出掛けて行くだとか。
 庭の手入れを始めるだとか、車を洗うこともあるかもしれない。
 雨が降って外には出られないなら、じっくり新聞を隅から隅まで。
 それでも時間が余っているなら、ダイニングかリビングで本でも広げて。
(…朝御飯、一緒に食べに来てくれればいいのにな…)
 そしたら、もっと楽しいのに…、と思う土曜日。
 日曜日だってハーレイは来るし、朝御飯の時から一緒だったなら、と広がる夢。
 朝食の席では、二人きりとはいかないけれど。
 夕食と同じで両親も一緒、ハーレイと二人で過ごせるわけではないけれど。
(…ハーレイと、二人きりで過ごせるのは…)
 午前中のお茶の時間から、夕食の支度が出来たと呼ばれるまでの間だけ。
 これはハーレイが「朝食の時から」来てくれても、変わらないだろう。
 両親にとっては、ハーレイは「お客様」だから。
 家族同然の扱いとはいえ、「一人息子の面倒を見てくれている人」。
 「子供のお相手ばかりをさせては、申し訳ない」と思っている両親。
 いくら「ソルジャー・ブルー」の生まれ変わりでも、子供は子供。
 十四歳にしかならない「一人息子」は、ハーレイの話し相手には向かないだろう、と。
(…本当は、そうじゃないのにね…)
 遠く遥かな時の彼方で、恋人同士だったソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 青い地球の上に生まれ変わっても、恋も絆もそのまま続いた。
 だから「十四歳のチビ」でも、ハーレイにとっては「大事な恋人」。
 キスもくれないケチっぷりでも、それは間違いない事実。
 両親が間に入って来るより、二人きりの方が「お似合い」なのに。
 恋人同士の二人だったら、ゆっくり二人で過ごしていたいと思うのに。


 けれども、そうはいかない現実。
 もしも恋人同士と知れたら、両親は警戒するかもしれない。
 まだ十四歳の一人息子に、「恋をする」のは早すぎる、と考えて。
 今は「ハーレイと二人きり」の時間がたっぷりあるのだけれども、それも無くなって。
(二人きりだと、何をしてるか分からないから、って…)
 ハーレイに会うなら、必ず客間で、と言われるだとか。
 部屋で二人で過ごすことなど、出来なくなって。
(…そうなっちゃったら、大変だから…)
 今のままでも、まだ当分は仕方ないのだろう。
 夕食の席では両親も一緒、二人きりの時間は「夕食の支度が出来るまで」。
 そんな約束事があっても、ハーレイと一緒に朝御飯を食べることさえ出来なくても。
(だけど、明日には来てくれるから…)
 晩御飯の用意が出来るまでは二人、と笑みが零れる。
 明日はハーレイと何を話そうかと、どういう風に過ごそうかと。
(キスは絶対、頼まなくちゃね…)
 連戦連敗、強請るだけ無駄な「唇へのキス」。
 恋人同士のキスが欲しくても、ハーレイは一度もしてくれない。
 「俺は子供にキスはしない」と、腕組みをして睨み付けて。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と、指で額を弾いたりもして。
(ハーレイのケチ…!)
 そう叫ぶのも、今ではお決まり。
 ケチだと怒って膨れっ面をしてしまうのも、その顔を「フグだ」と言われるのも。
 それでもプンスカ怒っていたなら、頬っぺたをペシャンと潰されるのも。
(ぼくの頬っぺた、潰して、ハコフグ…)
 そういう酷い名前まで付けてしまったハーレイ。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、さも可笑しそうに笑われる。
 いったい何度、あれをやられたことだろう。
 懲りない自分も悪いけれども、ハーレイだって酷いと思う。
 恋人を捕まえて、フグなんて。
 フグだけで済まずに、ハコフグだなんて。


(…キスを強請ったら、フグでハコフグ…)
 そんな話になっちゃうんだから、と尖らせた唇。
 同じ話なら、もっと素敵なことがいいのに。
 恋人同士の甘い雰囲気、それを引き出せる話題でもあれば、と思うけれども…。
(…ぼくが言ったら、チビには早すぎる話だから、って…)
 まるで取り合わないハーレイ。
 聞いてもくれずに「知らんぷり」だったり、別の話に変えられたり。
(甘い話題は、まるで無いよね…)
 あんまりだよ、と膨れたけれども、ものは考えようだろう。
 甘い話題が一つも無くても、ハーレイに会う度、アッと言う間に流れ去る時間。
 「もう夕食なの?」と、母の声で驚かされる休日。
 もっと話していたかったのにと、ハーレイと顔を見合わせて。
(甘い話題が無くっても…)
 これといった話題が無かった時でも、いつまでも続けられそうな話。
 きっと、それだけで充分なのだ、という気がする。
 恋人同士の二人でなければ、話は途切れそうだから。
 甘い話題も、何の話題も無かったとしても、途切れないのが恋人同士の会話。
 互いの顔を見詰めていたなら、話は幾らでも続いてゆく。
 そうでなければ、恋は続きはしないから。
 話題を作って話をするなど、恋人同士の二人の間では、有り得ないから…。

 

        話題が無くっても・了


※ハーレイ先生と話をするのに、甘い雰囲気になれる話題があれば、と思ったブルー君。
 けれど、そういう話題が無くても、途切れない会話。それだけで充分、恋人同士v









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