(…今日も一日、終わったってな)
ブルーの家には寄れなかったが…、とハーレイが帰り着いた家。
学校を出た後、いつもの食料品店で買い物をして。
前の自分のマントと同じ色の愛車を、ガレージの中に滑り込ませて。
ピタリと決まった停車位置。
運転席のドアを開けたら、「我が家」の地面が待っている。
助手席に置いていた荷物を手に持ち、降り立った其処。
薄暗くなっては来ているけれども、まだ真っ暗というわけでもない。
(しかし、明かりは…)
もう点いてるな、と眺めた門灯。
鍵を開ける時に困らないよう、暗くなったら自動で点ってくれる「それ」。
庭園灯も、ぼんやりと灯り始めていた。
そちらは「外の明るさ」で光を調節するから、まだ煌々と照らしてはいない。
(とにかく、帰って来たってわけで…)
後はのんびりやらせて貰おう、とガレージを出て庭を横切る。
玄関に向けて、大股で。
夕闇の中に沈みゆく庭を、瞳の端で捉えながら。
(まだ、芝刈りをするってほどじゃあ…)
そこまで伸びていないよな、と芝生をチェックし、生垣も。
伸びすぎた枝があるようだったら、切ってやらないといけないから。
(家の裏手は、此処からは見えやしないんだが…)
表の方は大丈夫だな、と大きく頷く。
生垣の手入れは、家を持つなら大切なこと。
庭木だったら、好き放題に伸びていたっていいけれど…。
(これが生垣だと、如何にも手入れをしていない、っていう風に見えて…)
住んでる人間の資質ってヤツが問われるんだ、と思う生垣。
長い間、留守にしている家なら、伸び放題になるのだけれども、住んでいるなら…。
(きちんと刈り込んでやらないと…)
無精者だと思われるじゃないか、と考える。
手入れをする暇が無いのだったら、「誰かに頼む」手もあるのだから。
生垣も家も、住んでいるなら「手入れしてこそ」。
もっとも、「家」は、自分の手では、なかなか手入れが出来ないけれど。
(…窓ガラスを拭くとか、その程度なら…)
誰でも出来るが…、と辿り着いた玄関。
家の中の掃除も、もちろん自分で出来るけれども、「家」そのものは、そうはいかない。
屋根や壁などを直すとなったら、その道のプロに頼むしかない。
世間は広いし、「趣味で自分の家を建てる」者も、いないわけではないけれど。
ログハウスのような「簡単なもの」の方はともかく…。
(…本格的な家を建てちまうのが…)
いるんだよな、と例を知らないわけではない。
大工だったら分かるけれども、「全くの畑違い」な人間。
そのくせに、趣味が日曜大工で、最初は犬小屋あたりから始めて…。
(腕が上がったら、物置を建てて…)
物置が上手く出来上がったら、お次は「仕事場」の増築など。
大工道具をズラリと揃えて、「プロ並みの」作業が出来るようにと。
(そういう道具を揃えちまったら、今度は自分の腕を磨きに…)
プロの大工と一緒に仕事で、ぐんぐんと腕を上げてゆく。
仕事で給料を貰う代わりに、「プロならではの技」を学んで。
「家は、こういう風に建てる」と、現場の知識を実地で覚えて。
(でもって、人脈も出来るもんだから…)
何処で資材を揃えればいいか、どういった資材が何に向くのか、それも学べる。
腕に自信を覚える頃には、立派に「仕入れのルート」も掴む。
柱を買うなら、此処だとか。
屋根に葺くものは、此処に頼めば買えるとか。
(…もう、すっかりとプロ顔負けになってしまってて…)
後は自分で「建ててみる」だけ。
「建てたい家」の敷地を確保出来たら、早速に。
整地のための重機なんかは、プロの大工の「知り合い」に借りて。
家の図面も自分で描いて、完璧な「自分好みの家」の建築に取り掛かる。
完成する日を心待ちにしつつ、コツコツと仕事を進めていって。
(…ああいうのも、きっと楽しいんだろうな)
文字通りに「夢」が形になる「家」。
こういう部屋が欲しい、と思った通りの部屋を「作って」いって。
そっくり丸ごと、「自分の手で」家を築いていって。
(…俺には、とても真似できないが…)
せいぜい、窓拭きくらいなんだが…、と鍵を開けて足を踏み入れた家。
玄関の明かりも自動で点いているから、暗くはない。
入って扉をパタンと閉めたら、もう完全に「家の中」。
ガレージや庭も家の一部だけれども、寝泊まり出来る場所ではない。
こうして「家」に入って初めて、「帰った」と言えるのだと思う。
その気になったら、ガレージでだって、眠れるけれど。
庭にテントを張りさえしたなら、庭でも暮らせるのだけれど…。
(家ってヤツは、こう…)
ガレージやテントとは違うんだよな、と見回してみる。
屋根も壁も床も、しっかりと出来ているのが「家」。
キッチンもあれば、バスルームだって。
(…テントだと、簡易コンロを置くとか…)
仮設の竈でも作らない限り、煮炊きは出来ない。
ガレージにしても、其処は同じで、ついでに「無い」のがバスルーム。
「ゆったりと風呂に浸かりたい」と考えたって、それは「家」にしか無いものだから。
(…風呂だけ、他所に入りに行くのは…)
落ち着かんしな、と分かっている。
旅先で入る風呂ならともかく、「自分の家」にいるというのに、「他所で風呂」など。
(庭にテントを張っていたって、ガレージに寝袋を置いたって…)
風呂だけは「家」に入らないと「無くて」、それに入りに「家」に行ったら…。
(ついつい、ウッカリ…)
あれもこれもと、家の中でしてしまうのだろう。
「庭でテントだ」というつもりでいたって、気付けば書斎に座っているとか。
簡易コンロの代わりにキッチンに立って、コーヒーを淹れているだとか。
きっとそうなっちまうんだ、と考えながら脱いだ靴。
家の床を踏むと、「帰って来たな」という実感。
ブルーの家には寄れなかったけれども、「いい日」ではあった。
後はゆっくり、自分のペースで過ごすだけ。
夕食を作って、美味しく食べて、それから後片付けをして。
夜の習慣になっている一杯のコーヒー、それを愛用のマグカップに淹れて。
(そいつが、「家」の醍醐味ってヤツで…)
テントやガレージじゃ駄目なんだ、と家の奥へと歩いてゆく。
まずは買って来た食料品を、キッチンに置きに。
お次は仕事用の鞄を、ダイニングへと。
(家ってのは、本当にいいもんだよなあ…)
ホッとするんだ、と済ませた着替え。
スーツを脱いで、普段着に。
ネクタイなどを締めたままでは、料理も出来はしないから。
(これで良し、ってな)
さあ、やるぞ、と出掛けたキッチン。
自分で建てた家ではなくても、もう充分に気に入っている「家」。
帰り着いたら、「帰って来たぞ」と心の底から思える場所。
(これでこそ、家というもんで…)
帰った時に、「俺の家だ」と実感できる所がいい。
自分では窓を拭くのがせいぜい、屋根を葺くことは出来なくても。
「こういう部屋があればいいのに」と、増築する腕も持っていなくても。
(住めば都と言うからなあ…)
まさに都だ、と大満足の「家」だけれども、キッチンで、ふと思ったこと。
前の自分も立ったキッチン、それはシャングリラの厨房だった、と。
(…あそこで料理をしてたのに…)
気付けばキャプテンになっていた。
もう厨房には立つこともなくて、たまに料理をしていたのは…。
(…あいつのためのスープ作りで…)
野菜スープだ、と思い浮かべた恋人の顔。
今のブルーが寝込んだ時にも、作りに行ってやるスープ。
基本の調味料だけでコトコト煮込んで、野菜がトロトロになったスープを。
(…今じゃ、あいつは別の家にいて…)
スープを作ってやるにしたって、わざわざ出掛けるしかないんだった、と浮かべた苦笑。
「家に帰っても、あいつがいない」と、「まだ、当分は、そうなんだな」と。
(この家も、好きな家なんだが…)
欠点ってヤツが一つあるぞ、と始めた料理。
此処には「ブルー」が欠けているから。
帰った時に「お帰りなさい!」と、迎えてくれはしないから。
(…その日が来るまで、欠点が一つ…)
それでも好きな家ではある、と買ってきた野菜を刻み始める。
いつかブルーと結婚したなら、この家は、もっと良くなるだろうと。
「帰って来たぞ」とホッとする家、それが今より、ずっと素敵になるのだろうと…。
帰った時に・了
※家に帰って来たハーレイ先生。「やっぱり、我が家はいいもんだ」と満足ですけど…。
気付いた「其処に欠けているもの」。好きな家でも、ブルー君がいないと、欠点が一つv
(……んーと……)
どうしようかな、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日、夕食の後で部屋に戻って。
今日の授業で、出た宿題。
ハーレイの古典の授業ではなくて、まるで違う科目。
それのレポート、提出期限は来週の末。
帰宅してから、もう早速に手を付けたのだけれど…。
(ハーレイが来るか、気になっちゃって…)
何度も出掛けて、覗いた部屋の窓の外。
二階の窓から下を見下ろし、庭を隔てた門扉の向こうを眺めていた。
其処に立つ人影が見えないかと。
そうでなければ、表の通りを前のハーレイのマントの色の、車が走って来ないかと。
(あの色の車が走って来たら…)
大抵はハーレイが乗っているから、それを見たくて机を離れた。
「もう来るかな?」と、「今日は来てくれるといいのに」と。
そうやって気が散っていたから、無駄にしてしまった時間が沢山。
レポートは最後まで書けていなくて、きちんと仕上げたいのなら…。
(今日中に残りをやってしまって、明日、読み直して…)
それでおしまい、その形が「一番早い」と思う。
いつ提出の日がやって来たって、「もう出せるよ」と誇れる形にするのなら。
明日になって別の課題が出たって、「またレポートなの?」と慌てずに済むようにするなら。
(…普段のぼくなら、そうなんだけどな…)
今みたいにレポートが残っているなら、急いで「続き」。
母に「お風呂に入りなさい」と言われる前に、全部終わってしまうようにと。
流石に、パジャマでは出来ない宿題。
下手をしたら風邪を引いてしまうし、やるなら、服を着ている間。
自分でも充分、承知なだけに、いつもだったら机に向かう。
「今の間に頑張らなきゃね」と、気合を入れて。
レポートの続きをやってしまおうと、サッと勉強机の前に座って。
けれど、何故だか出て来ない「やる気」。
自分らしくないと思うけれども、机に向かおうという気がしない。
「どうしようかな?」などと、レポートのことを考えるだけで。
今日の間に仕上げるべきか、明日に延ばしてもいいものかと。
(提出期限は、来週の末になるんだから…)
何も急いで「今日」やらなくても、きっと安心だと思う。
明日も明後日も、その先だってあるのだから。
(週末は、ハーレイが来てくれるけど…)
午前中から訪ねて来てくれて、夕食の後のお茶まで一緒。
そんな風に週末を過ごしていたって、「レポートをやる時間」はある。
ハーレイが来るまでの時間にやるとか、「またな」と帰って行ってしまった後とかに。
(そういう日なら…)
きっと気分が弾んでいるから、宿題だって「やる気」充分。
ハーレイに会えて、大満足で。
とても御機嫌で、もしかしたら鼻歌混じりなくらいで。
(…鼻歌を歌いながらレポートでも…)
きちんと書けているのだったら、誰も怒りはしないだろう。
肝心のレポートの中身の代わりに、「歌詞」さえ書いていなければ。
ハミングしていた「お気に入りの歌」の、歌詞をウッカリ書かなかったら。
(それをやったら、先生、カンカン…)
いくら自分が優等生でも、きっと先生に呼び出される。
「ブルー君?」と先生の部屋に呼ばれて、レポート用紙を指差されて。
(…呼び出しを食らわなくっても…)
採点されて返されたレポート、其処には大きく「バツ印」がついていることだろう。
赤い色のペンで、デカデカと。
歌詞を書いてしまった部分の下には、赤い色で引かれた線だって。
(…遊び心のある先生で、先生も、その歌、大好きだったら…)
レポートは減点されていたって、歌詞の続きが赤いペンで書かれているかもしれない。
続きでなければ、先生が「特に気に入っている」部分の歌詞の抜粋。
それも悪くはないけれど。
レポートで減点されてしまっても、先生と「お気に入り」がお揃いだったら楽しいけれど。
(…そんなレポート、出してしまったら…)
きっとハーレイの耳にも入って、この家に来た時に笑われるだろう。
「お前、この歌、好きなんだってな?」と、可笑しそうに。
「レポートにまで歌詞を書いちまうほど、好きなんだったら、歌わないか?」と。
もちろん、鼻歌ではなくて。
「ちゃんと声に出して歌うんだぞ?」と、ハーレイは「聞き役」に徹してしまって。
一緒に歌ってくれるのだったら、恥ずかしいとは思わないのに。
「ハーレイと歌を歌えるなんて」と、嬉しい気持ちが膨らむのに。
(だけど絶対、そういう風にはならないんだよ…)
大恥をかいて終わりだよね、と分かっているから、レポートに歌詞を書いてはいけない。
どんなに御機嫌で取り組んでいても、鼻歌混じりに挑んでいても。
(その辺は、きちんとチェックするから…)
後で読み直して、「書いちゃってる!」と気付いて、消して書き直す。
そういう時間を充分に取るなら、早めに仕上げて、余裕を持たせるべきだけど。
いつもだったら、急いで取り組むものなのだけれど…。
(…今日は「やる気」が行方不明で…)
留守なんだよね、と零れる溜息。
どうしたわけだか、「やる気」が「いない」ようだから。
家出したのか、心の何処かで眠っているのか、顔を出してはくれないから。
(やるぞ、って気持ちが出て来なくって…)
こういう時には、やっても無駄、と子供ながらも経験は多数。
優等生でも、「やる気」が無ければ、何の成果も上がらないもの。
机に向かって、レポートを書こうと思っていても。
宿題の問題を解いてやろうと、勉強机の前に腰掛けていても。
(…とても効率、悪いんだよね…)
いつも以上に時間がかかって、いたずらに時が流れてゆくだけ。
「もう、こんな時間?」と、時計を眺めて驚くほどに。
まるで進んでいない宿題、それに愕然とするほどに。
こんな時には、やっても駄目、と頭をプルッと振ってみる。
「やる気」が留守なら、時間は無駄に「盗まれてゆく」だけだから。
どれほど自分に気合を入れても、「やる気」は戻って来てはくれない。
「戻るべき時」が来るまでは。
家出している「やる気」や、心の中で寝ている「やる気」が、「戻ろう」と動き出すまでは。
(…家出にしたって、寝てるにしたって…)
そういう「やる気」は、捜し出せない。
自分で頑張って捜してみたって、「戻るもんか」と逃げてしまって。
あるいはグッスリ眠ってしまって、捜索隊が出ていることにも気が付かないで。
(…行方不明になっちゃった時は…)
いない「やる気」を捜しに行っても、見付からない。
ついでに「やる気」がいない状態、それで何かに取り組んでみても…。
(…ろくなことにはならないものね?)
母に「お風呂よ!」と呼ばれる時間になっても、きっと終わっていないレポート。
「やる気」が家出をしていなかったら、とうに仕上げているのだろうに。
(…ホントに、ちっとも出来ていなくて…)
時間を盗まれるだけだろうから、こうした時には「しない」方がいい。
「やる気」が戻って来るまでは。
明日か明後日か、週末なのか、とにかく「帰って来てくれる」までは。
(…時間を無駄にしてしまうよりは…)
サボっちゃうのが一番だよね、と考える。
「やる気」が行方不明なのだし、つまりは「やりたくない」ということ。
とても珍しいことだけれども、今日の自分は「サボりたい」。
宿題のレポートに取り組むよりかは、他の何かをやってみたくて、まるで出ない「やる気」。
家出したのか、眠っているのか、「やる気」の行方は分からないけれど。
「サボろうかな?」と囁く「心の声」なら、今も聞こえているのだけれど。
(…サボりたい時には、サボッちゃうのが…)
きっと一番、と固めた決意。
このまま「やる気」を捜しているより、「今日はサボリ」と。
母が「お風呂よ」と呼びに来るまで、レポート以外のことをしよう、と。
サボッちゃおう、と決めた途端に、ポンと浮かんだ「読みたい本」。
お気に入りの本で、何度読んでも飽きない「それ」。
(よーし…)
お風呂に入るまでの時間で、どのくらい読めることだろう。
それに本なら、お風呂上がりにも、ベッドで続きを読めるから…。
(風邪も引かなくて、一石二鳥…)
そうしようっと、と本棚から本を引っ張り出した。
すっかり覚えてしまっているから、「一番、読みたい気分」の箇所を広げて読む。
本の世界に吸い込まれるように、夢中で読み進める内に…。
「ブルー、お風呂よ!」
「はぁーい!」
続きは後で、と本に栞を挟もうとして気が付いた。
有意義な時間を過ごしたけれども、その「時間」。
レポートをしないで、すっかりサボって、本の世界に引き込まれて過ごしていたけれど…。
(…前のぼくだと、サボリだなんて…)
けして許されはしなかった。
「やる気が無いから」と、「ソルジャー・ブルー」がサボっていたら…。
(…ミュウの子供が殺されちゃうとか…)
とんでもない結果を招いただろう、前の生。
今ならサボってしまっていたって、何も起こりはしないのだけれど。
(……凄く贅沢……)
サボりたい時には、サボってしまっていいなんて…、と今の人生に感謝する。
「やる気」が行方不明だったら、今はサボっていいのだから。
いない「やる気」が見付からないまま、歯を食いしばって頑張らなくてもいいのだから…。
サボりたい時には・了
※宿題のレポートをやる気が出ないブルー君。「サボっちゃおう」と決めるくらいに。
今はサボリも平気ですけど、前の生だと出来なかったこと。サボれる世界は贅沢ですv
(……うーむ……)
まだまだ余裕はあるんだがな、とハーレイが考えた仕事のこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食を終えたダイニングで。
もしもブルーの家に行けていたら、今頃はまだ帰宅していないことだろう。
ブルーの両親も交えた夕食、それを済ませて、食後のお茶を飲んでいる頃で。
(あいつの部屋で二人きりなのか、ダイニングなのかは分からんが…)
食後のお茶には間違いないぞ、と眺めた壁の時計の時刻。
ブルーの家に出掛けてゆくには「遅すぎた」だけで、学校を出たのは遅くない。
帰宅して直ぐに食事の支度で、食べ終えた時間が、ついさっき。
後片付けをして、仕事で使う資料を作るべきなのだけれど。
古典の授業で、生徒たちに配るためのプリント、それが必要なのだけれども…。
(その気になったら、直ぐ作れるし…)
おまけに、それを使う授業は、まだ先のこと。
来週の後半といった所で、急ぎの仕事というわけではない。
ついでに何故だか、今日は「気乗りがしない」感じで、椅子から全く立つ気がしない。
普段だったら「さて、やるか」と、立ち上がるのに。
さっさと食器を洗い終わって、テーブルも拭いて、と身体が自然に動くのに。
(…いったい、どうしたわけなんだかな?)
ブルーとゆっくり話せなかったせいでもあるまいに…、と思い浮かべる恋人の顔。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(学校では顔を見られたんだし、挨拶だって…)
ちゃんと交わして、「ハーレイ先生!」と弾ける笑顔も見た。
「ブルー不足」になってはいないし、それが原因ではないだろう。
仕事をする気がしないのは。
椅子から立って、後片付けを始める気にもなれないのは。
(学校でも、特にこれということは…)
無かったんだがな、と指を折ってゆく。
「柔道部の方は順調だった」と、「仕事でも何も無かったぞ?」と。
強いて言うなら「会議で遅くなった」ことだとはいえ、予め予想していたこと。
今日の会議は長引くことも、ブルーの家には寄れない時間になることも。
どうにも解せん、と思う「やる気」が出ないこと。
仕事は「溜め込まない」のが信条、早め早めに進める主義。
けれども、自分も「人間」だから…。
(…たまには、こういう気分になる日も…)
あるんだよな、と思う「サボリ根性」が頭をもたげる日。
「まだまだ余裕は充分にあるし、急がなくても」と聞こえる「心の声」。
急いで仕事をこなさなくても、ゆっくり、のんびり進めればいいと。
サボッた所で、何も問題ないだけに。
明日も明後日も時間はあるし、期限までには、たっぷり余裕があるだけに。
(…どうするかな…)
仕事があるのは本当だから、「エイッ!」と気合で立ち上がるべきか。
まずはキッチンで食器を洗って、きちんと拭いて棚へと戻す。
それから「いつものコーヒー」を淹れて、仕事を片付けに書斎へ向かう。
棚にギッシリ詰まった本から、「これだ」と資料を引っ張り出しに。
プリント作りに役に立つ本、それを端から選び出しに。
(中身は頭に入っているしな?)
こうだったな、と確認のために「調べる」だけで、本を脇に置いて作るプリント。
広げたページを覗き込んでは、ミスが一つも無いようにと。
(取り掛かっちまえば、アッと言う間に終わるんだが…)
長くなっても、一時間もかからないだろう。
ほんの一時間で終わる仕事なら、今から始めれば「簡単に」作業は全て完了。
プリントを印刷している間に、「一仕事終わった」と飲めるコーヒー。
(…二杯目を飲んでも、俺の場合は…)
眠りに就くのに障りはしないし、いつもだったら、そのコース。
後片付けを急いで済ませて、書斎に出掛けて「資料を作る」。
「仕事の後のコーヒーは美味い」と、二杯目のコーヒーを楽しみにして。
「早いトコ、仕上げちまうとするかな」と、椅子から立って。
そうは思っても、出ないのが「やる気」。
今日は何処かに行ってしまって、すっかり行方不明になって。
家出したらしい、自分の「やる気」。
原因の方はサッパリ不明で、けれど捜しても見付からない。
何処へ行ったか、それとも心の深い所でグッスリ眠ってしまっているのか。
(…いなくなっちまったというのがなあ…)
こんな時には、捜すだけ無駄というヤツで…、と自分でもよく分かっている。
家出したのか、眠っているのか、とにかく「見当たらない」やる気。
それを懸命に捜してみたって、徒労に終わるということを。
いなくなった「やる気」は、向こうの方から帰って来るまで、戻っては来ない。
どんなに自分に喝を入れても、「やってやるぞ」と思っても。
「頑張らなきゃな」と踏ん張ってみても、「やる気」がいないと始まらない。
無理やり仕事を始めてみたって、効率が悪いに決まっている。
あちら、こちらと気が散って。
「資料用に」と出して来た本、それをウッカリ読み耽ったりも。
そうする間に、刻一刻と経ってゆく時間。
ハッと気付けば、「とんでもない量の」時間を無駄にしているもの。
肝心の「やる気」が家出したまま、気乗りしないのに、取り掛かったら。
「やるぞ」とファイトが湧いて来ないのに、「仕方なく」仕事をすることにしたら。
(…そうなるのが見えているからなあ…)
今日は駄目だな、と目を遣る壁のカレンダー。
資料のためのプリント作りは、明日だって出来る。
明後日もあるし、それが駄目でも、まだまだ余裕がある日数。
(…週末はブルーの家に行くんだが…)
その土日だって、出掛ける前と、帰宅した後は「仕事が出来る」。
ブルーと二人でゆっくり過ごして、リフレッシュして。
「今日はブルーと過ごせたんだ」と、心の底から満足して。
同じ「仕事をする」のだったら、そういう日の方が向いている。
明らかに「やる気」が高まった時は、作業効率が上がるから。
今日のように「やる気」が留守の時より、「家出してしまった」らしい時より。
そういうもんだ、と分かっているから、心を決めた。
「今日はサボるぞ」と、自分自身に宣言して。
早めに仕事を片付ける主義は、今日の所は返上しよう、と。
(サボりたい時は、サボッちまうのが一番なんだ)
その方が時間も無駄にならん、と今日までの経験を思い返して、大きく頷く。
「今日の所はサボッちまおう」と、椅子に座ったまま、伸びをして。
後片付けをするよりも先に、コーヒーを淹れてくるのもいい。
ダイニングでのんびり「食後のコーヒー」、そんな日だって多いから。
今日のように「仕事」が待っていないなら。
(…ふむ…)
コーヒーを淹れに行って来るかな、と思ったら、素直に動いた身体。
さっきは「立つ気もしなかった」のに。
仕事をするか、と考えてみても、椅子から立てなかったのに。
(……現金なモンだな、俺ってヤツは)
サボると決めたら、急に元気になるらしい、と浮かべた苦笑。
別の意味での「やる気」が出て来たようだから。
仕事ではなくて、「今日はサボって、のんびりしよう」という「やる気」だけれど。
ダイニングでコーヒーを飲むのだったら、テーブルは綺麗に片付けたい。
「食べ終わった後の汚れた食器」を置いておくより、すっかり下げて。
キッチンで洗って、棚に仕舞って、それから淹れる熱いコーヒー。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、ダイニングの椅子にゆったり座って…。
(ちょいと新聞でも読んで…)
目に付いた記事を端から読むのも、なかなか楽しい時間ではある。
授業の合間に挟む雑談、そのためのネタを拾えたりもして。
(今日はサボってしまうんだしな?)
楽しくやらなきゃ損じゃないか、と自分自身に言い聞かせる。
「仕事のことは忘れちまえ」と、「やる気が戻って来るまでな」と。
家出した「やる気」は戻らないから、別の「やる気」でコーヒータイム。
書斎に行かずに、ダイニングのテーブルを片付けて。
「此処でコーヒーも、いいもんなんだ」と、笑みを浮かべて。
サボりたい時にはサボるのが一番、それも自分の信条だけれど。
作業効率を上げるためには、サボリも必要なのだけれども…。
(…おいおいおい…)
今ならではだぞ、と気付いた贅沢。
前の自分に、サボリは許されなかったから。
ミュウの箱舟を纏めるキャプテン、そのキャプテンがサボっていたなら「おしまい」だから。
(シャングリラが沈んじまうじゃないか…!)
やる気が出るまで待っていたなら、そうなったろう。
無理にでも「やる気」を出して頑張り、足を踏ん張らない限りは。
(…サボりたい時は、サボっていいのも…)
今だからだな、と傾けるコーヒーを「美味い」と思う。
こうして「やる気」が出ない時でも、今はサボってかまわないから。
仕事の代わりにコーヒータイムも、許されるのが今の人生だから…。
サボりたい時は・了
※仕事があるのに、何故だか「やる気」が出ないハーレイ先生。行方不明になった「やる気」。
そういう時にはサボリが一番、と思えるのが「今」。前のハーレイには出来ない贅沢v
(今日は来てくれなかったけれど…)
柔道部が忙しかったのかな、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
毎日だって会いたいけれども、なかなか上手くいかないもの。
今のハーレイは学校の教師で、今の自分はハーレイが教える学校の生徒。
遠く遥かな時の彼方と、同じようには運びはしない。
「ソルジャー・ブルー」と「キャプテン・ハーレイ」、そう呼ばれていた頃のようには。
あの頃だったら、「ブルーの所を訪ねて来る」ことも、ハーレイの仕事の内だったのに。
キャプテンとしての一日の報告、それを聞かない日は無かったのに。
(どんなに忙しい時だって…)
夜も仕事で、青の間に来られなかった時でも、次の日の朝には「いた」ハーレイ。
いつの間に仕事を終えて来たのか、「ソルジャーのベッド」に入っていて。
ただ添い寝だけで夜を過ごして。
(それも無理なほど、忙しくっても…)
やはり翌朝には「やって来た」。
キャプテンの一日は、青の間で始まるのが常だったから。
ソルジャーに対しての「朝の報告」、それがキャプテンの大切な仕事。
前の日に来られなかった時には、その分の報告までも含めて。
それが含まれていない時には、「これから始まる一日の予定」を伝えるもの。
ソルジャーが行くべき視察の予定も、船のメンテナンスやら、様々なこと。
「報告すべきこと」は多くて、けれど「少ない」のがキャプテンの「時間」。
白いシャングリラを纏めてゆくには、ありとあらゆる仕事がある。
端から全てこなしていたなら、アッと言う間に終わる一日。
たまには暇な時があっても、「いつ、暇なのか」は読めないもの。
急な修理が入る時だの、他のセクションから呼ばれて出掛けてゆく時だのと。
そうなる前にと、朝一番に組まれていた予定が「ソルジャーとの朝食」。
朝食は必ず食べるものだし、その間ならば「報告」も出来る。
その日の予定も、前の日の間に伝え損ねたことなども。
ソルジャーとキャプテン、そういう間柄で過ごした頃なら、毎朝、会えた。
恋人同士になるよりも前から、その習慣があったお蔭で。
(…誰も変には思っていなくて、朝御飯の係もいたものね…)
前の日の内に「明日は、これを」と頼んでおいたら、係の者が作った朝食。
ハーレイの分も、前の自分が食べていた分も。
(ぼくの食事はホットケーキで、ハーレイの方はトーストだとか…)
お互い、違うメニューにしたって、係は少しも困らなかった。
ハーレイの方には、朝からオムレツやソーセージなどの料理がたっぷり。
食が細かったブルーの方は、ホットケーキだけで済ませた時だって。
(どんな注文でも、朝御飯はきちんと作るのが食事係の仕事で…)
朝食の支度を整えた後は、直ぐに青の間から退出した。
ソルジャーとキャプテンの食事は、「朝の報告」の時間。
船の仲間たちには「話せない内容」もあるだろうから、そうして出てゆくのが係の礼儀。
それをいいことに、甘い時間を過ごしていた。
重要な報告が無かった時は。
ソルジャーとしても、キャプテンとしても、「話すべきこと」が無かった時は。
(だけど、今だと…)
別々の家で暮らしている上、教師と生徒になってしまった。
前の生のようにはゆかない毎日、「ハーレイが来ない日」も少なくない。
今日が、そうなってしまったように。
「まだ来ないかな?」と待っている内に、「来てくれる時刻」を過ぎていたように。
今のハーレイは、遅い時間には、けして訪ねて来てくれない。
「お母さんに迷惑かけるだろうが」と、食事の支度を心配して。
夕食を食べる人間が一人増えたら、大変だからと。
「俺も自分で飯を作るから、分かるんだ」と、ハーレイは、けして譲りはしない。
母が「ご遠慮なく、いらして下さいな」と、何度も笑顔で言っても。
父も同じに「いつでも、どうぞ」と繰り返しても。
夕食の支度が始まる頃には、もう「来ない」のが今のハーレイ。
柔道部で遅くなった時でも、会議が長引いたような時でも。
今日のハーレイは、柔道部で遅くなっただろうか。
それとも会議だっただろうか、と寂しい気分。
学校では顔を見られたけれども、立ち話だって出来たのだけれど…。
(…学校じゃ、先生と生徒だから…)
恋人同士の会話はもちろん、前の生の思い出話も出来ない。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、その「生まれ変わり」なことは秘密だから。
本当に僅かな人間だけしか、「本当のこと」を知りはしないから。
(せっかく、生まれ変わって来たのにね…)
会えない日だって、うんと沢山、と零れる溜息。
同じ青い地球の上にいるのに、同じ町で暮らしているというのに。
(前のぼくたちなら、毎朝、色々、話をして…)
それからハーレイをブリッジに送り出していた。
「行って参ります」とハーレイが言う度、「うん」と頷いて。
出来れば早く戻って欲しいと、少し我儘を言ったりもして。
(今は、それさえ出来なくて…)
ハーレイの家も遠いんだから、と眺める窓のカーテンの方。
夜だから閉めているカーテン。
けれども、それが開いていたって、窓の向こうに「ハーレイの家」が見えることはない。
何ブロックも離れている家、此処からは屋根の欠片も見えない。
其処までの間に、何軒もの家が挟まって。
家の庭にある大きな木だとか、色々なものが邪魔をして。
(ホントに、前とは違いすぎるよ…)
青い地球には来られたのにね、と思ってはみても仕方ないこと。
二人で地球まで来られただけでも、もう充分に奇跡だから。
新しい命と身体を貰って、生まれ変わって来られただけでも。
本当だったら、何もかも「終わっていた」のだから。
メギドで「死んでしまった」時に。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまって。
ハーレイとの絆が切れてしまったと、泣きじゃくりながら命を失った時に。
けれど、切れてはいなかった絆。
ハーレイと二人で地球に来られて、前の記憶も取り戻した。
これ以上を望みはしないけれども、贅沢を言っては駄目なのだけれど…。
(生まれ変わりなら、もっと絆が強くても…)
良かったのにね、と思いもする。
隣同士の家に住んでいるとか、赤ん坊の頃から知り合いだとか。
(今でも充分、絆はあるけど…)
偶然なんかじゃないんだけれど、と考える「生まれ変わり」ということ。
ありとあらゆる様々な要素、それを神様が組み上げた上で、今の二人を作ったろうと。
ハーレイも自分も、「今の身体」に生まれたろうと。
生まれ変わりというだけだったら、そういう言葉があるほどなのだし、きっとある。
こういう強い絆などは無くて、ただ「偶然」に過ぎないものが。
それこそ神様の悪戯のように、生まれ変わって「また出会う」人が。
(もしも偶然、生まれ変わった方だったら…)
今の自分は、この地球の上で、誰に出会っていたのだろう。
強い絆で結ばれたハーレイ、その人と出会うのでなかったら。
前の生で「知り合いだった誰か」に、もう一度、巡り会うのなら。
(…ジョミーじゃ、縁が薄すぎるよね…)
一緒にいた時間も長くない上、酷い苦労もさせてしまった後継者。
彼と出会っても、きっと話が盛り上がる前に、詫びを言うことになりそうな感じ。
「君を選んで済まなかった」と、ジョミーが「小さな子供」でも。
幼稚園に通っているような子でも、「ブルー?」とジョミーに呼ばれたなら。
自分の方でも、「ジョミー?」と気付いて、声を掛けたら。
(…幼稚園児に、ぼくがペコペコ謝って…)
「心から済まなく思っている」では、あんまりすぎる。
ジョミーよりかは、ゼルやヒルマンに出会いたい。
「なんだ、ブルーか?」と、「まだ若い」ゼルに、「チビになったな」とからかわれても。
同じように若いヒルマンに会って、「今は子供かね?」と微笑まれても。
あの二人ならば、きっと話が弾むから。
大人と子供の間柄でも、ゼルとヒルマン、どちらと地球で再会しても。
そういう出会いも楽しいかもね、と思ったけれど。
ゼルやヒルマンの家に招いて貰って、遊びに行くのも楽しそうだけれど…。
(でも、ハーレイ…)
話の中には「ハーレイ」が何度も出て来るだろうに、「いない」ハーレイ。
生まれ変わって来てはいなくて、「あいつは、いないな」とゼルやヒルマンが言うのだろう。
それは悲しいだろうと思う。
「どうして、ハーレイはいないんだろう」と、家で涙を零したりして。
(…君の代わりに、ゼルやヒルマンがいるなんて…)
ジョミーだったりするかもなんて、と考えただけで恐ろしい。
本当に「いて欲しい」人がいなくて、他の誰かと地球にいるなんて。
どれほど平和で素敵な地球でも、「ハーレイがいない」世界だなんて。
そうなるよりかは、今の世界がいいのだと思う。
ハーレイに会えない時があっても、ちゃんとハーレイは「いる」のだから。
今日は駄目でも明日があるのだし、明後日も、その先も、ずっとハーレイと一緒だから…。
君の代わりに・了
※ハーレイ先生の代わりに、他の誰かと生まれ変わって来ていたら、と考えたブルー君。
ジョミーだとお詫び、ゼルやヒルマンなら楽しそうでも…。ハーレイと一緒がいいですよねv
(今日は、会いには行けなかったが…)
明日には行ってやれるといいな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
まだ十四歳にしかならない、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日のように「行ってやれなかった日」は、ブルーは酷く寂しがる。
「ハーレイが来てくれなかったよ」と、鳴らなかったチャイムのことを思って。
学校で顔を合わせていたって、其処では、あくまで教師と生徒。
挨拶や立ち話などは出来ても、それだけのこと。
恋人同士の会話は無理で、「元気そうだな」とか、どの生徒にも掛ける言葉だけ。
(俺があいつの守り役でも…)
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと、皆が知っているわけではない。
単に「聖痕」を持っているブルーの守り役、再発を防ぐための人間。
ブルーの身体に現れたのは、「ソルジャー・ブルーが受けた傷」だから。
それを防ぐには、「キャプテン・ハーレイ」そっくりの「自分」が側にいるのが一番だから。
(キャプテン・ハーレイがいるってことは、其処はメギドじゃないってことで…)
ブルーも安心するだろうから、聖痕が再発することはない。
そういう読みで就いた「守り役」、本物のキャプテン・ハーレイなのに。
ブルーの方だって、正真正銘、ソルジャー・ブルーだったのに。
(しかし、そいつは秘密だからな)
他の人間がいるような場所で、ブルーを「ソルジャー・ブルー」としては扱えない。
恋人同士の会話でなくても、前の生の思い出話でも。
学校という場に相応しい話、そんなものしか交わせはしない。
だからブルーは寂しがる。
「今日はハーレイ、来なかったよ」と。
きっと何度も、窓の向こうを眺めただろう。
門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ちもしただろう。
「もうハーレイは来ない時間」だと、悟るまで。
ブルーの部屋の壁の時計が、そういう時刻を指し示すまで。
今日は会いには行けなかったし、ブルーは今頃、溜息をついているかもしれない。
会えずに終わった「ハーレイ」の顔を思い浮かべて、ガッカリもして。
(…あいつ、まだまだチビだから…)
俺よりも遥かに残念なのに違いない、と考えもする。
大人の自分は、長く生きた分、「我慢すること」に慣れているもの。
柔道と水泳の道で鍛えた子供時代も、何度も叩き込まれた「我慢」。
辛抱だとか、根性だとか、そういった言葉で示された。
「なんでも我慢だ」と、先輩や、その道の師匠から。
それに比べれば、ブルーは「我慢」に慣れてはいない。
今度も弱く生まれて来たから、両親に甘やかされて育って。
我慢する代わりに我儘放題、そんな「小さな王子様」で。
(…酷い我儘は言わないんだがな?)
あれが欲しいとか、これが欲しいとか、足をバタつかせて強請りはしない。
本当に小さかった頃には、外出先で踏ん張ったこともあるらしいけれど。
(オモチャを買って欲しいんじゃなくて…)
小さなブルーの場合は、食べ物。
「食べ切れないわよ」と母に止められても、大きな綿菓子を欲しがるだとか。
父が「無理だぞ」と言って聞かせても、沢山入ったフライドポテトを強請るとか。
(そうやって買って貰ったヤツを、食い切れなくて…)
父や母が代わりに食べていたことも多かったと聞く。
ブルーの我儘は「そんな程度」で、世間のヤンチャな子に比べれば可愛いらしいもの。
「あれを買って」と、オモチャ屋の前で騒ぐわけではなかったから。
手足をバタバタさせて叫んで、「欲しい」と泣きはしない子供で。
(それでも、やっぱり子供は子供で…)
十四歳になった今でも、ブルーの「我慢」は足りてはいない。
何かと言ったらキスを強請るし、叱った所で懲りないから。
(キスは駄目だと、何度言っても無駄なんだ…)
我儘な上に我慢も足りん、と苦笑する。
まるで修行がなっていないと、あれでは「我儘な王子様だ」と。
我慢することが苦手なブルーは、今夜もきっと寂しいのだろう。
「ハーレイに会えなかったよ」などと、心の中で繰り返して。
(…俺でも、残念なんだから…)
会いたかったと思うんだから、と「思う」自分も、修行が足りない。
ブルーの家に寄れずに帰って来たこと、それを「残念に思う」のだから。
「今日は、そういう日だったんだ」と忘れる代わりに、こうして書斎で思い出すなら。
コーヒーのカップを傾けながら、ブルーのことを思うなら。
(…俺でも、修行不足ってことか…)
もっと鍛錬しないとな、と苦笑いする。
ちょっとやそっとでは動じない心、それを手に入れなければ、と。
「ブルーに会えずに終わる日」の方が、「会える日」よりも多いもの。
毎日のように行けない以上は、「こんなものさ」と、サラリと流してしまいたい。
家に帰って鍵を開けたら、それっきりだという風に。
気ままな一人暮らしを楽しんだ頃に、サッと頭が切り替わるように。
(そうは思っても、これがなかなか…)
上手くいかん、と心を離れてくれない恋人。
小さなブルーと再会してから、心はブルーに「奪われた」まま。
忙しい時には「忘れていたぞ」と、慌てることもあるけれど。
片時さえも忘れないとは、言えない部分もあるのだけれど。
(あいつに出会っちまった時から、こんな具合で…)
何もかもがブルー中心だよな、と自分でも可笑しくなるくらい。
十四歳にしかならないブルーに、「全てを持っていかれる」なんて。
来る日も来る日も、ブルーのことを思い続けているなんて。
(あいつと一緒に、生まれ変わって来たモンだから…)
これからもずっと一緒だしな、とブルーとの絆に頷くけれども、そのブルー。
前の生から愛していたから、青い地球の上にも二人で来た。
当たり前のように「ブルー」と出会って、また恋に落ちて、これからも一緒。
生まれ変わりとは、そういうものだと、自分でも思っているけれど。
前のブルーと前の自分の「絆」だと信じているけれど…。
(…絆じゃなくって、偶然ってことも…)
まるで無いとは言い切れないぞ、と不意に浮かんで来た考え。
ブルーとの絆は「本物」だけれど。
聖痕が証明しているけれども、生まれ変わりには「偶然」だってあるかもしれない。
こうしてブルーと「生まれる」代わりに、他の誰かと生まれて来るとか。
青い地球には違いなくても、街でバッタリ出会った相手が「別人」だとか。
(…向こうから、誰か歩いて来るな、と…)
思いながら足を進めて行ったら、突然に戻って来る記憶。
歩いて来た「誰か」とすれ違う瞬間、聖痕などは抜きにして…。
(あいつなんだ、と…)
お互い、振り向くかもしれない。
「お前なのか?」と声を掛けられて、こちらの方でも「お前なのか?」と。
人違いなどは「よくある」ことだし、とにかく「声を掛けてみよう」と考えて。
(…そうして、間違いないと分かって…)
意気投合して昔話で、「立ち話というのも、なんだから」と近くの店に入るだろうか。
前の生での思い出話に興じるために。
其処でお互い、名刺を出したり、「今じゃ、こういう仕事なんだ」と話したり。
(…ゼルに会うのか、ヒルマンなのか…)
どちらもアルタミラ以来の古い友達、飲み友達でもあったゼルとヒルマン。
ゼルの方なら喧嘩もしたし、ヒルマンとも徹夜で飲み明かしもした。
(あいつらと再会する人生も…)
生まれ変わりが「偶然」だったら、可能性としては充分、あり得る。
小さなブルーと出会う代わりに、再会した相手は「古い友達」。
ゼルにしたって、ヒルマンにしたって、きっと楽しい人生になる。
何かの折には飲みに誘って、誘われもして。
お互いの家が離れていたって、招いたり、招かれたりもして。
(あいつの代わりに、ゼルやヒルマンか…)
それも悪くはないんだがな、と思うけれども、どうだろう。
ブルーはいなくて、ゼルやヒルマンだけだったなら。
どんなに昔話をしようと、「ブルー」が何処にもいなかったなら。
それは悲しい、と直ぐに気付いた。
話の中には「ブルー」がいるのに、本物の「ブルー」がいなければ。
何処を探しても、「ブルー」が見付からなかったら。
(そんな人生は、我慢出来んぞ…!)
あいつの代わりに、他の誰かがいるなんて…、と「今の人生」に感謝する。
いくら我慢に慣れてはいても、「ブルー以外の誰か」と出会って、過ごす人生は嫌だから。
ブルーのいない人生なんかは、きっとつまらない人生だから…。
あいつの代わりに・了
※ハーレイ先生が「ふと、考えた」こと。生まれ変わって出会う相手が他の誰かなら、と。
ゼルやヒルマンでも楽しいでしょうけど、ブルー君がいない人生なんかは、嫌ですよねv