(…いつかは一緒に住めるんだよね)
今日は来てくれなかったけれど…、とブルーは微笑む。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
来てくれるかと待っていたのに、寄ってはくれなかったハーレイ。
学校で会議が長引いたのか、柔道部の方が忙しかったか。
(……分かんないけど……)
こんな寂しい日も、いつか無くなる。
ハーレイと一緒に暮らし始めたら、同じ家に住むことになるから。
(ぼくはこの家、大好きだけど…)
出来れば離れたくないのだけれども、ハーレイと一緒に住むのなら別。
ハーレイの家で暮らしてゆくなら、喜んで引越しの準備をする。
その日を心待ちにしながら、荷造りをして。
持ってゆくための家具を選んで、服なども箱に詰め込んで。
(…この部屋の、ハーレイの椅子とテーブル…)
窓際に据えてある椅子とテーブル、それは是非とも持って行きたい。
二人の思い出が山ほど詰まった、いつも使っている品だから。
(庭にある椅子とテーブルは…)
やはり思い出深いけれども、そちらは置いてゆくべきだろう。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと、それから椅子。
ハーレイと初めてデートをした日に、其処でキャンプ用の椅子に座った。
「こういうデートもいいだろう?」と、ハーレイが運んで来てくれて。
前のハーレイのマントと同じ色の愛車、そのトランクから魔法みたいに取り出して。
(ハーレイの家には、そっちがあるしね?)
庭にある白いテーブルと椅子は、この家に残してゆくのがいい。
たまにハーレイと訪ねて来た日は、思い出の場所に座りたいから。
「あの頃は、別々に暮らしていたね」と、過ぎ去った日々を語り合いながら。
けれど、その日は、まだまだ来ない。
今の自分はチビの姿で、ハーレイはキスもくれない始末。
結婚できる年も遠くて、今の自分は十四歳で…。
(…結婚できる年は十八歳だよ…)
学校を卒業しない限りは、その日は巡って来てくれない。
卒業式が済んだ後に迎える、三月の一番最後の日。
其処が誕生日で、やっと結婚できる年になるから…。
(……結婚式だって、それからで……)
ハーレイと一緒に暮らし始めるのも、それからのこと。
二人で暮らすための準備は、もう始まっているにしたって。
結婚式で着る衣装選びや、持ってゆく家具を新しく買いに出掛けるだとか。
(お揃いの食器も欲しいよね?)
ハーレイに聞いた夫婦茶碗は、現物を見たら、きっと欲しくなる。
そうでなくても、ハーレイと揃いの食器が欲しい。
(何枚も揃ったセットじゃなくて…)
二人きりで使うカップや、お皿。
来客用の物とは違って、二人分しか家に無い物。
(そういうの、絶対、欲しいんだから…)
食器売り場をあちこち歩いて、お気に入りのを二人で選ぼう。
自分の好みを主張しつつも、ハーレイのことも考えて。
(……ぼくは良くても、ハーレイは好きじゃない模様とか……)
実はあったりするかもしれない。
模様以前に、デザインだって。
(…だって、別々の人間だものね?)
シャングリラの頃なら、選ぶ余地など無かったけれども、今では違う。
好きに選んで、好きに買えるのが今の生活。
SD体制が倒れたお蔭で、文化もグンと多様になった。
前の自分が生きた頃とは、まるで違うのが今の世の中。
(ほうじ茶なんか、何処にも無かったし…)
それが無いなら、急須は要らない。
湯呑みなんかもあるわけがなくて、カップやグラスやコップの時代。
(…今は、湯呑みも一杯あって…)
売り場に行ったら悩むのだろう。
どれを買おうか、ハーレイはどれが好きなのかと。
(これがいいな、って思っても…)
ハーレイが「うん?」と首を捻ったなら、やめておいた方がいいかもしれない。
直ぐに「いいな」と頷かないなら、好みではないというサイン。
ハーレイ自身に自覚は無くても、きっと、そういうものだから。
(……難しいよね……)
一緒に暮らしてゆくための準備、と考える。
湯呑みだけでもそうなるのならば、他の品々も同じだろう。
結婚した後に暮らしていたって、様々な所で生まれそうな違い。
「俺の好みはこっちなんだが」と、ハーレイが考え込みそうな「何か」。
何も言わずに譲ってくれても、こちらの方はそうはいかない。
甘えっぱなしで我儘ばかりを言っているより…。
(気遣いの出来るお嫁さん…)
そっちがいいに決まっているよ、と思うからこそ、気遣いが大事。
ハーレイに我慢をさせるよりかは、「これでいいよ」と自分が譲って。
(……んーと……)
買い物がそんな具合だったら、一事が万事。
食事のメニューも、ハーレイを優先するべきだろう。
「何が食いたい?」と尋ねてくれても、自分の意見ばかりを言わずに。
たまには逆に「ハーレイは何が食べたいの?」と訊いたりもして。
(でないと、ハーレイ、我慢ばっかり…)
そんなのは駄目、と思うけれども、前の自分はどうだったろう。
ハーレイに迷惑をかけてばかりで、本当に最後の最後まで…。
(……好き勝手にして、ハーレイを置いて行っちゃって……)
前の自分がいなくなった後、ハーレイは辛い時間を生きた。
地球までの長く遠い道のり、それをただ一人で歩むしかなくて。
白いシャングリラを運ぶためにだけ、抜け殻のようになった身体で。
(…あんなの、今度は駄目だから…)
ちゃんと気遣い、と自分自身を戒める。
ハーレイに我儘ばかり言わずに、ハーレイの意見もきちんと聞いて、と。
(…二人で一緒に住むんなら…)
そうしていないと、ハーレイが困ってしまうだろう。
来る日も来る日も我儘ばかりの、とても困った「お嫁さん」では。
何もかもハーレイ任せの暮らしで、それでも自分が中心では。
(……もう、ソルジャーじゃないんだものね?)
ソルジャーだったら偉いけれども、今の自分は「ただのブルー」。
おまけにハーレイよりも年下、叱られたって文句は言えない。
(今だって、キスは駄目だ、って…)
何度も叱られ続けているから、結婚した後も同じこと。
ハーレイを困らせてばかりいたなら、叱られて…。
(こんな嫁さん、俺は要らんぞ、って言われたら…)
それで全てがおしまいだから、気を付けないといけないと思う。
せっかく始めた二人の暮らしが、パリンと壊れてしまわないよう。
ハーレイと二人で暮らし始めた家から、この家へ戻る羽目にならないように。
我儘は駄目、と自分を叱ってはみても、無い自信。
いつかハーレイと一緒に暮らすようになったら、より我儘になりそうな感じ。
「これが食べたい」とか、「こっちのデザインの方が好き」とか。
ハーレイの意見はすっかり無視して、自分の言いたいことばかりで。
(……同じ家で一緒に住むんなら……)
シャングリラの頃のようにはいかないけれど、と分かってはいても、やってしまいそう。
今と変わらない我儘っぷりで、気遣いなんかは忘れ果てて。
(…ハーレイ、ぼくを追い出さないよね?)
大丈夫だよね、と甘える気持ちばかりが先に立つ。
「きっとハーレイなら許してくれるよ」と、「叱られたって、その時だけ」と。
多分、自分は、昔から変わっていないのだろう。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃から、何処も、全く。
たった一人でメギドへと飛んで、前のハーレイを悲しみの淵に落とした日から。
(……ちゃんと分かってるんだけど……)
急に変われるわけもないから、ハーレイには我慢して貰おうか。
「一緒に住むんなら、我慢と気遣い」と分かっていたって、無理そうだから。
幸い、今度は本当に年下、ハーレイよりも「チビ」なのだから。
(……ハーレイよりも、ずっと若いんだから……)
甘えん坊なのも仕方ないよ、と開き直って微笑んだ。
二人一緒に生きられるのなら、きっとハーレイは満足だから。
前のハーレイが失くしてしまった「ブルー」が、一緒に住んでいるのだから…。
一緒に住むんなら・了
※ハーレイと一緒に暮らしてゆくなら、気遣いも大事、と思うブルー君。
ところが自信が全くないわけで、開き直ってしまったようです。きっと許して貰えますよねv
(……今度は一緒に住めるんだよな……)
まだまだ先の話なんだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれどブルーは、子供になって戻って来た。
十四歳にしかならない教え子、今のブルーは学校の生徒。
卒業までには何年もあって、卒業したら直ぐに十八歳になる。
(そしたら結婚できるんだ)
結婚できる年になるから、と何度思ったことだろう。
チビのブルーが大きく育って、結婚式を挙げる日のことを。
今は離れて暮らすけれども、結婚したら一緒に住む。
多分、この家にブルーを迎えて。
ブルーのための部屋を設けて、家具なども買って。
(うん、色々と準備が要るな)
この家でブルーが暮らしてゆくのに、必要なもの。
ブルーの家から運ばれてくる品も、きっと少なくないだろうけれど…。
(あいつと一緒に買いに行く物も…)
幾つも出来てくるのだろう。
たとえば、二人お揃いの食器とか。
夫婦茶碗は買わないにしても、揃いの食器は是非とも欲しい。
(…夫婦茶碗も夢があるしな?)
二人であれこれ選ぶのだろうか、食器売り場を回りながら。
ブルーの好みや使い勝手や、様々なことを話し合って。
今はまだ遠い夢だけれども、その日は、いつかやって来る。
ブルーと一緒に住み始める日も、結婚に向けて二人で準備を始める時も。
(いいもんだよなあ…)
きっと楽しい時間になるぞ、と考えずにはいられない。
二人きりの暮らしが素敵になるよう、ブルーと色々揃えるのは。
(ついでに、一緒に暮らし始めても…)
お揃いの服を買いに行くとか、食料品店に出掛けるだとか。
料理は自分がするにしたって、食材選びはブルーも一緒。
(何が食いたい、と訊いてやってだな…)
ブルーが食べたい料理を作りに、まずは二人で買い出しから。
肉や魚や、それから野菜。
他にも目に付いたものがあったら、「これはどうだ?」と勧めてみて。
「何が出来るの?」と尋ねるブルーに、出来そうな料理を教えてやって。
(…そういや、前のあいつもだ…)
遠く遥かな時の彼方で、同じ言葉を口にしていた。
まだ「シャングリラ」とは名ばかりの船で、キャプテンさえもいなかった頃に。
(俺は、厨房の最高責任者みたいなモンで…)
船の仲間が飽きないようにと、料理に工夫を凝らす毎日。
同じ食材が続いた時には、せっせと試作に励んだもの。
前のブルーは、それを覗きにやって来た。
「何が出来るの?」と首を傾げて。
今と変わらないチビの姿で、ヒョイと手元を覗き込んで。
(……ちょっと待ってろ、って……)
料理を仕上げて、「食ってみるか?」と差し出した。
スプーンで一匙掬ってだとか、試食用の皿に取り分けてだとか。
(…美味そうに食べてくれたんだ…)
好き嫌いが全く無かったからな、と懐かしい。
今のブルーもそうだけれども、そのせいで「何でも食べた」だろうか。
「美味しいね」と頬を緩めて、嬉しそうに。
不味いなどとは一度も言わずに、いつも出来上がりを楽しみにして。
(……俺の料理の腕はだな……)
けして悪くはなかっただろう。
今の自分も料理は好きだし、レパートリーだって遥かに増えた。
シャングリラという船に縛られない分、食材は豊富に選べるもの。
おまけに倒れたSD体制、画一化された文化は消えて久しい。
日本の料理も、他の国々が誇った料理も、どんなレシピも好きに選べる。
ブルーのために作る料理も、前よりもずっと沢山あって…。
(もうキャプテンではないんだし…)
キッチンで料理を作っていたって、誰も困りはしない家。
緊急呼び出しなどは無いから、休日ともなれば、のんびり、ゆっくり…。
(…あいつと二人で買い出しに行って、キッチンに立って…)
ブルーに「どうだ?」と味見させながら、食べたい料理を仕上げてゆく。
昼食も、それに夕食も。
出掛ける前の朝の食事も、ブルーの好みに作ってやって。
(オムレツの卵は何個なんだ、って…)
尋ねる所から始まるだろう、二人きりの朝。
白いシャングリラで暮らした頃には、二人で朝食を食べてはいても…。
(……料理は係が作るもので、だ……)
キャプテンの出番は全く無かった。
それが今度はまるで違って、自慢の腕を披露し放題。
限られた食材での試作ではなく、欲しい食材をドッサリ買って。
(…まるで違ってくるんだなあ…)
一緒に住むなら、と思うブルーと二人の暮らし。
前の生とは違いすぎると、考えてさえもいなかったと。
(いつか地球まで辿り着いたら…)
ソルジャーもキャプテンも要らなくなるから、船を降りようと話していた。
恋人同士なことを明かして、二人きりで生きてゆくために。
(山ほど約束していたもんだが…)
あいつと二人で地球ですること、と指を折ってみる。
ヒマラヤの青いケシを見に出掛けるとか、森のスズランを摘みに行くとか。
(俺たちが暮らす家から出発するつもりでだ…)
地球での夢を描いたけれども、たったそれだけ。
「毎日の暮らし」は思いもしなくて、家具を揃えることさえも…。
(……俺もブルーも、そんなトコには……)
夢を見てなどいなかった。
地球という星に焦がれ続けて、青い星だけを思い続けて。
其処で二人で暮らしてゆけたら、もうそれだけで充分だと。
(…ままごと遊びみたいなモンだな)
肝心の部分が抜けていやがった、と可笑しくなる。
ブルーと一緒に住むのだったら、どういう物が必要なのか。
毎日の暮らしをどうしてゆくのか、食事は誰が作るのかさえも。
(…前のあいつは、厨房の手伝いをしてはくれたが…)
料理をしてはいなかったから、多分、二人で暮らしていたなら、今とおんなじ。
前の自分が料理を作って、ブルーに食べさせていたのだろう。
もしも、地球まで行けていたなら。
白いシャングリラで辿り着いた地球が、本当に青い星だったなら。
けれど無かった、青い地球。
地球まで行けずに、暗い宇宙に散ってしまったブルー。
(……何もかも、夢で終わっちまった……)
ままごと遊びに相応しかったな、と思わないでもない結末。
前のブルーとの「地球での暮らし」は無理だったから。
地球は滅びた死の星のままで、ブルーの命も潰えたから。
(しかし今度は、最初から地球に住んでいて…)
地に足がついているものだから、ままごと遊びになったりはしない。
一緒に住むなら準備が大切、暮らし始めても毎日が大事。
(あいつが朝に食べたい料理は、きちんとだ…)
注文通りに作れるように、食材を揃えておかなければ。
そうするためには、ブルーと買い出し。
二人一緒に出掛けて行って、馴染みの食料品店で…。
(今夜は何が食いたいんだ、と…)
ブルーに尋ねる所から。
そして食材を選ぶ合間に、他の何かが目に付いたなら…。
(これもいいぞ、と手に取ってだな…)
ブルーが首を傾げるのだろう。
前の生で何度も口にしたように、「何が出来るの?」と。
あの頃よりも育った姿で、赤い瞳を輝かせて。
(…一緒に住むなら、そうなるわけで…)
悪くないな、と未来への夢を噛み締める。
もう、ままごとではないのだと。
ブルーと一緒に住むということは、いつか実現するのだから。
一緒に住むなら、あれもこれも、と思い描く夢は、どれも必ず手が届く夢。
二人で買い出しに出掛けてゆくのも、二人暮らしに向けて家具などを選ぶのも。
その日までは、まだ遠いけれども。
チビのブルーが育つ日までは、キスさえも無理な二人だけれど…。
一緒に住むなら・了
※ブルー君と一緒に暮らす未来を考えてみるハーレイ先生。まずは買い出し、と。
前の生では思いもしなかった「毎日の暮らし」。今度は幸せに生きてゆけるのですv
(……ハーレイ、来てくれなかったよ……)
残念だよね、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
平日なのだし、仕方ないとは分かっている。
仕事が早く終わった時しか、ハーレイは来てはくれないから。
(……だけど、やっぱり……)
会いたい気持ちは募るもの。
学校で姿を見かけただけでは、恋する心は鎮まらない。
挨拶をしても、立ち話が出来ても、それの相手は「ハーレイ先生」。
学校では敬語で話すしかなくて、恋人同士の会話も無理。
教師と教え子、そういう二人が出会ったから。
おまけに自分は十四歳にしかならない子供で、恋をするには早すぎるから。
(…あんまりだよね…)
チビの子供になっちゃうなんて、と「今の自分」が情けない。
前の自分の記憶があっても、外見の方はどうにもならない。
ハーレイから見れば「立派な子供」で、それらしく扱われてしまう。
家まで訪ねて来てはくれても、本当の意味では…。
(……恋人同士じゃないんだよ……)
一つに溶け合うことは出来なくて、キスさえ許して貰えはしない。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、子供扱い。
「俺は子供にキスはしない」と叱られて。
唇へのキスを強請ってみる度、「キスは駄目だと言ったよな?」と睨まれもして。
(…ぼくが文句を言ったって…)
まるで取り合わないハーレイ。
頬っぺたをプウッと膨らませても。
プンスカ怒って当たり散らしても、涼しい顔で。
前の自分なら、こんなことなど無かっただろう。
ハーレイに向かって文句を言ったら、きっと平謝りだったと思う。
(だって、ソルジャーなんだから…)
前のハーレイよりも上の立場で、船で一番偉かった。
権力を笠に着てはいなくても、自然と周りに敬われた。
(…エラがみんなにうるさく言うから、ハーレイも敬語…)
船の仲間の手本になるのが、キャプテンという立場のハーレイ。
だから「ソルジャー」には敬語で話して、それを決して崩さなかった。
恋人同士になった後にも、二人きりで過ごす時間にも。
(前のぼくが膨れて、怒っちゃったら…)
ハーレイは大きな身体を縮めて、「すみません」と謝ったのだろう。
それとも「申し訳ございません」と言ったのだろうか、場合によっては。
(……だけど今では、そんなの言わない……)
ぼくを苛めてばかりじゃない、と思わず尖らせてしまった唇。
ハーレイの前で膨れた時には、よく頬っぺたを潰される。
大きな両手で、両側から挟むようにして。
ペシャンと潰して、お決まりの台詞が「ハコフグだな」。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、さも可笑しそうに。
(…ぼくはハーレイの恋人なのに…)
ハコフグだなんて、酷いと思う。
そうされる前の「フグ」呼ばわりも。
(本物の恋人同士だったら、そんなこと…)
絶対、言いはしないよね、と沸々と怒りがこみ上げてくる。
前の自分がそうだったように、ハーレイと夜を過ごしていたら。
キスを交わして、愛を交わして、夜ごと、一つに溶け合ったなら。
つまりはチビな身体のせいだ、と改めて眺める自分の両手。
何処から見ても「子供の手」だから、ハーレイが馬鹿にするのも分かる。
「お前は、まだまだチビなんだしな?」と片目を瞑って。
時には片手で頭をクシャリと撫でたりもして。
(……うーん……)
世の中、上手くいかないよね、と悲しい気分。
せっかくハーレイに会えたというのに、中途半端な関係のまま。
こちらは恋人のつもりだけれども、ハーレイの方はどうなのだろう。
チビの子供が相手なのだし、あるいは面白半分だろうか。
(…ぼくに聖痕、出来ちゃったから…)
守り役という役どころなのが今のハーレイ。
だから家まで訪ねて来てくれて、週末は大抵、一緒に過ごす。
けれどそれだけ、一向に進展しない仲。
キスを許してくれはしないし、デートにだって行けないまま。
前の生なら、心も身体も、本当に一つだったのに。
シャングリラという名の白い箱舟、あそこで共に生きていたのに。
(……今だと、家も離れてて……)
ホントにどうにもならないんだから、と悔しいけれども、それが現実。
今、ハーレイがどうしているのか、それさえ分からない自分。
すっかり不器用になったサイオンは、ハーレイの思いも読み取れはしない。
本当に恋をしてくれているか、子供相手の「ままごと」なのか。
いつか大きく育つ日までは、ハーレイは恋してくれないのか。
(…お前だけだ、って言ってくれるけど…)
キスも出来ないチビの子供に恋をするのは、大人のハーレイには辛いだろうか。
今のハーレイは、若い頃には大いにモテたらしいから。
(柔道も水泳も、プロの選手になれるくらいで…)
そちらの道に進んでいたなら、ファンに囲まれていたのだろう。
今も腕前は落ちていないし、学校の生徒にも人気が高い。
見る人が見たら「かっこいい教師」で、惚れる女性もいるかもしれない。
(…そういう人より、ぼくを選んでくれているなら…)
自信を持てばいいのだけれども、生憎と「膨れてばかり」の自分。
話が「恋」に及んだ時には、フグみたいに、プウッと。
「ハーレイはホントに、ぼくが好きなの?」と、プンスカ怒ってみたりもして。
一人前の女性だったら、そんなこと、言いはしないのに。
前の自分の方であっても、ハーレイの前では膨れないのに。
(……なのに膨れて、プンスカ怒って……)
それだけでは済まずに、「ハーレイのケチ!」と言ったりもする。
「ケチ」で済んだら、まだマシな方。
(……ハーレイの馬鹿、って……)
言い放つのがチビの自分で、ハーレイの気分はどうなのだろう。
立派に育った恋人だったら、「仕方ないヤツだ」と許せはしても…。
(…チビのぼくだと、生意気なヤツ…)
そっちの方かも、と思い至った。
今のハーレイの年は三十八歳、今の自分は十四歳。
二十四歳も年下のチビが、「ケチ」だの「馬鹿」だの、言いたい放題。
ハーレイは笑って見てはいるけれど、心の中では…。
(うんと生意気なチビだ、って…)
実は怒っているかもしれない。
「ハーレイのケチ!」と言われる度に。
生意気なチビにキッと睨まれて、「ハーレイの馬鹿!」とやられる度に。
そうだとしたら、とても大変。
「堪忍袋の緒が切れる」という言葉もあるから、そうなった時は大惨事。
ある日突然、ハーレイが椅子からガタンと立って。
「俺は帰る」と、「お前は好きに膨れていろ!」と見放されて。
クルリと踵を返してしまって、ズンズン歩いて帰るハーレイ。
部屋の扉を乱暴に閉めて、階段を下りて行ってしまって。
(…パパやママには、きちんと挨拶するだろうけど…)
それが最後の挨拶になったら、どうしよう。
何日待っても、ハーレイは訪ねて来てくれなくて。
週末になってもチャイムは鳴らずに、独りぼっちの休日が過ぎて。
(…もしも、ハーレイに嫌われちゃったら…)
どうすればいいと言うのだろう。
チビの自分に愛想を尽かして、「俺は知らん!」と突き放されたら。
前の自分と同じ背丈に育つよりも前に、見放されたら。
(……ハーレイは、ぼくが嫌いになっちゃったんだし……)
他に恋人を見付けるだろうか、今のハーレイに似合いの人を。
ハーレイに向かって「ケチ」だの「馬鹿」だの、酷い言葉を言わない人を。
(…そういう人を見付けちゃったら、ぼくを放って…)
結婚式を挙げてしまって、幸せに暮らしてゆくかもしれない。
「今の俺には、ブルーは合わん」と考えて。
前の生での恋に、キッパリ別れを告げて。
(……そんなの、嫌だよ……)
嫌われちゃったら、と涙が出そう。
キスさえ交わしていないというのに、ハーレイに捨てられてしまうだなんて。
(…嫌われちゃったら、どうしたらいいの?)
一人で生きて行けって言うの、と考えただけで身が凍りそう。
ハーレイのいない人生だなんて、あまりにも酷い話だから。
せっかく青い地球に来たのに、ハーレイが離れてゆくなんて。
(……そうなっちゃったら、生きていく意味……)
なんにも無いよ、と気が付いたけれど、嫌われないようにするためには…。
(…「ハーレイのケチ」も、「ハーレイの馬鹿」も…)
言わないように努力の日々で、それはとっても難しい。
ハーレイは本当にケチなわけだし、キスもくれない恋人だから。
(……ぼく、子供だから……)
ちょっとくらいは許されるよね、と言い訳をする。
嫌われてしまったら大変だけれど、これからもきっと言うだろうから。
子供は我慢が出来ないものだし、「ハーレイなら、許してくれるよね?」と。
前の生から愛し続けた人だから。
きっと「ケチ」だの「馬鹿」だのくらいで、絆が切れはしないだろうから…。
嫌われちゃったら・了
※もしもハーレイに嫌われたなら…、と心配になったブルー君。日頃の行いを顧みて。
けれどケチなのが今のハーレイ、つい言いそうな「ハーレイのケチ!」。大丈夫ですよね?
(…今も昔も変わらんなあ…)
この手の悩みというヤツは…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のリビングで。
今日はいつもの書斎に行かずに、此処でコーヒー。
そういう気分。
夕食の片付けを済ませた後で、愛用のマグカップに淹れた熱い一杯。
それを飲みながら眺めた新聞。
其処に書かれた、恋の悩みの相談記事。
(…恋人に嫌われちまったってか…)
ありがちだよな、と相談者の境遇に大きく頷く。
嫌われる原因は実に色々、恋の数だけあるかもしれない。
大切な記念日を忘れていたとか、デートの時に失敗したとか。
(何気なく言った一言ってヤツで…)
相手がカチンとなってしまって、「嫌い!」と言われることだってある。
下手をしたなら、「もう知らない!」と、放って帰ってしまわれることも。
(喫茶店なら飛び出されちまって、デート先なら一人で帰られちまって…)
二人仲良く乗って来た車に、帰りは自分だけだとか。
助手席は空っぽになってしまって、楽しい会話も無い車で。
(…今の時代だと、車なんだが…)
ずっと昔はどうだったろうか。
今の自分が教える古典に描かれるような、遠い昔は。
(…ああいう時代も、恋人と喧嘩は普通にあって…)
恋に悩んだ人も多いし、車の代わりに牛車で揉めていたのだろうか。
せっかく牛車を出したと言うのに、「もう知らない!」と恋人が怒り出して。
「車になんか乗るもんですか!」と、機嫌を損ねて帰ってしまって。
そんなデートもあったかもな、と考えたけれど、時代が時代。
牛車が大路を行き交った頃には、高貴な女性は滅多に外に出なかった。
外に出るなら、牛車か、輿か。
誰にも顔を見られないよう、きちんと簾を下ろしておいて。
(…それで喧嘩になっちまっても、牛車を降りて帰るってのは…)
無理だろうな、と苦笑する。
どんなに激しい喧嘩になっても、喧嘩の相手の牛車で帰るしか無かっただろう。
高貴な身分のお姫様では、一人で歩いて帰れはしない。
そのような着物を着てはいないし、履物だって「見た目」が大切。
いくら都の大路といえども、お姫様の足には難儀な道。
自分の家まで歩けはしなくて、一人でトボトボ歩き始めても…。
(…もうちょっと時代が後になったら、駕籠という手もあるんだが…)
牛車の時代に「誰でも乗れる」駕籠などは無い。
流しの牛車があるわけもないし、お姫様は一人で歩くしかない。
屋敷がどれほど遠かろうとも、「降りる!」と降りてしまったならば。
(…ウッカリ喧嘩も出来ん時代か…)
喧嘩しながら牛車に揺られて帰ってゆくか、全く口を利かずにいるか。
なんとも不自由な時代だけれども、仲直りするにはいいかもしれない。
カッとなっても、「さよなら!」と言えはしないから。
お互いムスッと膨れたままでも、一緒に牛車の中なのだから。
(…牛車というのも、いいモンかもな?)
車よりも、と可笑しくなる。
高い身分の者しか持てない「車」でも。
牛車の維持費や牛の飼育に、とんでもない金がかかっても。
(…降ろしてちょうだい、と言われることだけは無いからなあ…)
メリットのある車だったか、と思いを馳せる「昔の車」。
牛車でデートに出掛けた場合は、喧嘩別れで恋が砕けてしまうケースは…。
(今よりは少なそうだしな?)
お姫様が怒って、一人で帰ってしまわない分。
家まで送り届ける分だけ、時間はたっぷりあるのだから。
今も昔も恋の悩みは変わらないけれど、恋を取り巻く環境は違う。
牛車と車はまるで違うし、宇宙船なら比較にならない。
(…牛車なんかじゃ、どう転がっても空は飛べんし…)
宇宙に出ていくのも無理だ、と頭に浮かんだシャングリラ。
今の自分は知らないけれども、前の自分が乗っていた船。
白い鯨を思わせる船で、前のブルーと恋をした。
あの船でブルーと喧嘩したって、ブルーは降りられなかっただろう。
シャングリラの他には居場所を持たない、悲しい種族がミュウだったから。
(それにあいつは、ソルジャーだったし…)
責任感が強かったから、いくら恋人と喧嘩したって、出てゆきはしない。
「ぼくは降りる!」と、白いシャングリラを捨てたりはしない。
(…少しばかり牛車と似ていたかもな?)
もう嫌だ、とブルーが降りてゆけない辺り。
大喧嘩をした恋人がキャプテンを務める船でも、乗っているしかない所が。
(そんな喧嘩はしちゃいないんだが…)
毎日、平和なモンだったが…、と懐かしく思う白い船。
前の自分が舵を握って、前のブルーが守った船。
恋人同士になった後にも、大喧嘩などはしなかった。
もしかしたら牛車と同じだったろうか、シャングリラという船にいた頃は。
ブルーが「降りる!」と怒りたくても、降りることなど出来ないだけに。
(…まさかなあ?)
シャングリラのせいで喧嘩が無かったわけでもあるまい、と顎に当てる手。
船のせいで喧嘩をしないことなど、あるわけがない。
(シャングリラを降りたら、帰る所が無いと言っても…)
きっとブルーなら「降りてやる!」くらいのことは怒って言っただろう。
ソルジャーをやっていたほどなのだし、気が強いから。
実際、降りるかどうかはともかく、言うだけならば。
(…でもって、今のあいつだったら…)
もう間違いなく言うだろうな、と容易に想像がつく。
今のブルーは幸せに生きて、我儘一杯の子供時代を過ごしているだけに…。
(ハーレイの馬鹿とか、ハーレイのケチとか…)
何度言われたか分からない。
頬っぺたをプウッと膨らませては、プンスカ怒っていることだって。
そんなブルーとデートに出掛けて、機嫌を損ねられたなら…。
(もう帰る、って…)
クルリと踵を返してしまって、車には戻らず、駅へ真っ直ぐ。
真夏の太陽が溶けるくらいに照らしていたって、ズンズン歩いて。
(でなきゃバス停に突っ立ったままで、動かないとか…)
その姿が目に見えるよう。
「ハーレイの車になんか乗らない!」と、眉を吊り上げて怒るブルーが。
助手席になんか乗りはしない、と別の帰り方を選ぶのが。
(……うーむ……)
そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
ブルーは身体が弱いのだから、遠出した時なら帰るだけでも一苦労。
意地を張って駅まで歩いて行っても、眩暈を起こして倒れそうな感じ。
バス停に黙って突っ立っていても、やっぱり同じに具合が悪くなって。
(…そうなるに違いないんだから…)
デートには「嫌な思い出」が増えて、本当に「嫌われる」のかもしれない。
「ハーレイとは二度と出掛けないよ」と、家の表にも出て来なくなって。
通信を入れて話そうとしても、ブルーは通信に出てくれなくて。
(…そんな風に嫌われちまったら…)
どうすればいいか、分かりはしない。
前の自分は「ブルーと喧嘩しなかった」から。
シャングリラと牛車が似ていたせいかは、謎だけれども。
(……前のあいつとは、そこまで派手な喧嘩は……)
してはいないし、参考にならない「前の生の記憶」。
ブルーに嫌われてしまった時には、どういう風にすればいいのか。
(早いトコ、仲直りしないとだな…)
誰かにブルーを盗られちまうぞ、と心配なだけに、余計に怖い。
ブルーがチビの間は良くても、育ったブルーは「モテそう」だから。
女性が放っておきはしないし、男性だってアタックする。
ブルーの恋人だった自分が、ブルーに嫌われてしまったならば。
(……何が何でも、謝りまくって……)
平身低頭、土下座してでもブルーの許しを得るべきだろう。
デートの途中でブルーが怒って、「帰る!」と言い出した、その時に。
気まずい雰囲気が漂おうとも、同じ車の助手席に乗って「一緒に」帰ってくれるようにと。
(…俺の車は牛車じゃないが、だ…)
なんとしてでも乗って貰おう、と今の間に固める決意。
ブルーを一人で帰らせたならば、本当に嫌われかねないから。
(あいつに嫌われちまったら…)
人生、お先真っ暗なのだし、たとえ周りに人がいようと、土下座したってかまわない。
前の生から愛し続けた、ブルーとの恋のためならば。
もしもブルーに嫌われたならば、生きる意味など無いのだから…。
嫌われちまったら・了
※もしもブルー君と喧嘩したなら、土下座してでも謝るらしいハーレイ先生。
嫌われてしまったら、人生、お先真っ暗らしいです。ブルー君、我儘、言いたい放題…?
(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
教師をしている今のハーレイは、平日は訪ねて来ない日も多い。
仕事帰りに時間があったら、寄ってくれるというだけのこと。
この部屋でお茶を飲んで話して、夕食を共にするために。
(あんまり遅くまでいてくれないし…)
それに御飯はパパとママだって一緒だし、と思う平日の過ごし方。
夕食のテーブルは両親も交えて賑やかに食事、そういう決まり。
両親は何も知らないだけに、「子供の相手は大変だろう」とハーレイのことを気遣って。
大人と話せる方がいいのだと、見事に勘違いしてしまって。
(だけど、恋人同士だってことがバレちゃったら…)
それはそれで困ることになる。
今のように部屋で二人きりだと、両親はきっと心配する。
「ブルーは、まだまだ子供なのに」と、前の生との違いを思って。
子供の間は子供らしくと、やはり色々と気を回して。
(ぼくの部屋で会っちゃいけません、って…)
客間で会うよう言い渡されるか、部屋の扉を閉めないように言われるか。
そうでなければ、父か母かが「必ず」同席するだとか。
(…そうなっちゃったら、とても大変…)
ハーレイにキスを強請るどころか、甘えることさえ出来なくなる。
両親の目が光っていたなら、どうにもならない恋人同士。
(ぼくが結婚できる年になるまで…)
監視の日々が続くだろうから、まるで全く楽しくない。
今と同じに、ハーレイが訪ねて来てくれても。
明日と明後日のような休日、午前中から夕食までずっと一緒にいても。
待ちに待った週末、それが明日。
土曜日だから、ハーレイは午前中から家に来てくれる。
部屋を掃除して待っていたなら、門扉の脇のチャイムが鳴って。
この部屋の窓から下を見下ろしたら、生垣の向こうで手を振るハーレイがいて。
(…明日もハーレイ、早いんだよね?)
休日の朝も、ハーレイは早く目覚めると聞く。
朝一番からジョギングしたり、庭の手入れをしてみたり。
此処に着くのが早すぎないよう、時間を調整するために。
朝食を済ませて家を出たって、その気配りを忘れないのが今のハーレイ。
少し早すぎると思った時には、途中で回り道をする。
お気に入りのコースが幾つもあるから、その中から一つ、好きに選んで。
(…ミーシャに会いに行くのかな?)
そうなのかもね、と頭の中に描いた猫。
ハーレイの回り道の一つに、猫のミーシャがいる家がある。
本当の名前は「ミーシャ」ではなくて、違う名前がありそうだけれど…。
(…名前が分からない猫は、どれもミーシャで…)
ミーシャと呼ぶのがハーレイの流儀。
猫の方でも、特に文句は無いらしい。
「ミーシャ」と呼ばれたら「ミャア!」と返事で、頭を撫でて貰いもする。
ハーレイの足に身体を擦り付け、「遊んで行って」と甘えたりも。
(いいな、ミーシャは…)
好きなだけハーレイに甘えられて、と思うけれども、前にハーレイに叱られた。
「猫になりたい」と言い出して。
ハーレイの母が飼っていた猫、真っ白なミーシャに憧れて。
(ぼくが猫なら、いつもハーレイと一緒にいられて…)
ベッドに入る時も一緒で、甘え放題で幸せ一杯。
それがいいな、と考えたけれど、ハーレイは真顔で「駄目だ」と言った。
猫の寿命は短いのだから、じきに別れがやって来る。
それでは駄目だと、「長い人生を一緒に過ごせる人間がいい」と。
叱られたから、もう分かっている。
猫の短い寿命などより、人間の寿命が大切だと。
三百年以上も一緒にいられる、今の人生がいいのだと。
(…だけど、まだまだ待たなくちゃ駄目で…)
ハーレイと二人で暮らすどころか、キスさえ許して貰えない自分。
結婚できる年は十八歳なのに、十四歳にしかならないチビ。
(……うーん……)
本当に先は長いよね、と考えただけでも溜息が出そう。
まだ誕生日を無駄に三回も迎えないとなれない、「十八歳」。
十五歳と十六歳、十七歳は「単なる記念日」。
ハーレイがプレゼントを贈ってくれても、たったそれだけ。
母が焼いてくれたケーキに立てる、蝋燭の数が増えてゆくだけ。
十五歳になったら、去年のよりも一本分。
その次の年は、また一本分。
(…今年のケーキより、蝋燭、三本も増えたって…)
祝う誕生日は十七歳で、十八歳までは一年もある。
三百六十五日もあるのが、十七歳から十八歳の誕生日まで。
誕生日は三月三十一日、次の日から四月になるけれど…。
(春と夏と秋と、それから冬と…)
四つの季節が過ぎない限りは、十八歳にはなれない勘定。
待って、待ち続けて、待ちくたびれそうな長い年月。
ハーレイとキスさえ出来ないままで。
二人でデートに行けもしないで、ハーレイの家にも招かれないで。
(…前のぼくと同じ背丈にならないと…)
キスは駄目だし、ハーレイの家を訪ねてゆくのも禁止。
制約だらけの今の人生、「猫になりたい」と思うくらいに。
もしも猫なら、ハーレイのキスが貰えるから。
ヒョイと抱き上げて、唇にチュッと。
猫に唇があるかどうかは、ともかくとして。
なんとも残念な今の状況、明日は会えても話すだけ。
それでも充分満足だけれど、やっぱり不満に思いもする。
もっと大きく育っていたなら、直ぐに結婚できただろうに。
とうにハーレイと一緒に暮らして、毎日が甘い日々だったろうに。
(……なんでこうなっちゃったんだろう……)
チビだなんて、と零れる溜息。
こんな出会いは望んでいないし、同じ人生だったなら…。
(ちゃんと大きく育った姿で、ハーレイと会って…)
記憶が戻って、その場でプロポーズして欲しかった。
たとえ聖痕で血だらけだろうと、痛みがどれほど酷かろうとも。
(絶対、そっちの方がいいよね?)
今みたいに待ちぼうけの人生よりも、と考えた所で気が付いた。
ハーレイと再び出会えたけれども、これが出会えていなかったなら、と。
出会いもしないで、記憶も戻らず、そのままで生きていたならば、と。
(……んーと……?)
そうなっていたら、今の自分はどうなったろう。
聖痕が現れることも無いから、ただの「ブルー」という名の子供。
ソルジャー・ブルーに似てはいたって、出会った相手が驚くだけ。
「よく似てますね」と目を瞠って。
時にはしげしげ眺めた挙句に、「写真を撮ってもいいですか?」などと。
きっと自分も「いいですよ」と気軽に答えて、記念撮影にも応じるのだろう。
今より大きく育った後には、瓜二つの姿になるだろうから。
(ソルジャー・ブルーの服を着せたら、もうそっくりで…)
そのものにしか見えないだけに、モデルの口さえあるかもしれない。
ソルジャー・ブルーは今も人気で、写真集が山ほど売られているくらい。
彼にそっくりのモデルとなったら、きっと引っ張りだこの日々。
色々な服を着てファッションショーとか、旅行雑誌の取材なんかで旅をしたりも。
コマーシャルにも出られるだろうし、運が良ければ…。
(ちょっとしたドラマとかに出て…)
俳優にだってなれそうだよね、と自分の未来を描いてみる。
前の生の記憶が戻らないままで、ハーレイにも会わずに歩む人生。
いくらサイオンが不器用だろうと、外見の年は止められるに違いないのだから…。
(…ソルジャー・ブルー役を探しています、ってスカウトが来て…)
名のある監督の作品に出れば、賞だって貰えるのかもしれない。
受賞したなら、スター街道を一直線に走るのだろうか。
モデル業の方は辞めてしまって、「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」を売りにして。
撮影のために、広い宇宙をあちらこちらと飛び回って。
(……凄い売れっ子……)
目が回るほどに忙しい日々でも、きっと満足なのだろう。
演技力を磨いて、うんと輝いて、やり甲斐のある仕事をして。
(…天職なんだ、って思うんだろうし…)
自分の見た目に感謝しながら、努力の方も怠りなく。
宇宙で一番のスターになるのも、夢ではない気がするけれど…。
(…だけど、ハーレイには会えなくて…)
ハーレイのことを思い出しさえしないで、充実の人生を終えるのだろう。
晩年になっても若い姿で、インタビューなどを受けながら。
「とても素敵な人生だった」と、最期の息を引き取って。
(…それで天国に行った途端に…)
ハーレイとバッタリ出会うのだろうか、ずっと忘れていた恋人に。
華やかなスター人生の後で、「ハーレイ!?」と目を見開いて。
(…うんと嬉しいだろうけど…)
再会の喜びに涙し合っても、何処か、なんだか後ろめたい。
ハーレイのことをすっかり忘れて、スターとして生きていたなんて。
「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」が、スターの座を招き寄せただなんて。
(…それって、酷い…)
今の人生よりも、ずっと酷い、と思った「忘れて生きる人生」。
ハーレイのことを思い出さずに生きていたなら、そうなっただろう人生の一つ。
それは嫌だし、ハーレイと生きていたいから…。
(…キスも出来ないチビなんだけど…)
今が無かったなら、うんと悲惨な人生だよ、と気付いた「今」の有難さ。
ハーレイと出会えていなかったならば、とんでもないことになるだろうから。
待ちぼうけが長い人生だろうと、忘れたままで生きるよりかは、幸せ一杯なのだから…。
今が無かったなら・了
※ハーレイのことを思い出さずに生きた場合の、ブルー君の人生。スターだったかも。
それはそれで素敵な人生とはいえ、後ろめたい気分になるようです。今の人生こそが最高v
