(……えーっと……)
そろそろ持って来てくれるのかな、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
きっと近い内に、その人が持って来てくれる筈。
夏ミカンの実から作った、金色をしたマーマレードを。
隣町で暮らすハーレイの両親、優しい人たちからのプレゼントを。
(マーマレード、ずいぶん減って来たから…)
ハーレイに告げてはいないけれども、催促する気も無いのだけれど…。
(切らしちゃう前に、絶対、届けてくれるんだものね)
学校の帰りに寄る日ではなくて、週末に。
土曜日だとか日曜が来たら、マーマレードの瓶を紙袋に入れて提げて来て。
(受け取っちゃうのは、ママなんだけど…)
ハーレイの声が耳に聞こえるよう。
「もう、そろそろかと思いまして」と、マーマレードを手渡す時の。
部屋の窓から見下ろしていたら、笑顔の二人が見えるから。
マーマレードが入った袋が、ハーレイの手から母の手に移動してゆくのも。
(…多分、今度の土曜か、日曜…)
そんな景色が窓から見られることだろう。
門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイに手を振ろうとしたら。
「ぼくは此処だよ!」と精一杯に手を振っていたら、振り返されて。
(…ママが門扉を開けに行くから…)
其処から庭に入った所で、マーマレードが引越しをする。
ハーレイの手から、母の手へと。
母にキッチンへと運んでゆかれて、この家のダイニングが定位置になって。
(マーマレード、ママたちも大好きだもんね?)
夏ミカンの実のマーマレードは、とても美味しい。
太陽の光を閉じ込めたような、金色に輝くマーマレード。
一度食べたら、きっと誰もが気に入るだろう。
家にある間は、毎朝、食卓に置きたくなって。
こんがりキツネ色に焼けたトースト、それにたっぷり塗り付けたりして。
(…スコーンに塗っても、美味しいんだよ)
遥かな昔は、スコーンを食べるのにマーマレードは、マナー違反だったらしいけれども。
マーマレードは朝食のもので、午後のお茶には出さないもので。
(そんなこと、今は言わないものね)
初めて貰ったマーマレードは、ハーレイと一緒にスコーンに塗った。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子の所で。
ハーレイと初めてデートした場所で、母に注文したスコーンを二人で頬張って。
(だけど、あの時のマーマレードは…)
一番乗りで食べるつもりが、両親に先を越されていた。
起きて行ったら、朝のテーブルにマーマレードの瓶が置かれて。
父が「美味いぞ」と笑顔を向けて、母も優しく微笑んでいて。
(…ぼくが貰ったマーマレードなのに…)
本当の所はそうだったのに、両親に言えるわけがない。
「未来のハーレイのお嫁さん用に、くれたんだから」なんて。
ハーレイも、そうは言えはしないし、「皆さんでどうぞ」と差し出すしかない。
だから、夏ミカンの実のマーマレードは…。
(……パパとママが、先に食べちゃってても……)
ごくごく自然で、普通のこと。
まだぐっすりと寝ている息子は、放っておいて。
けして「放っておく」つもりなど無くて、親切に瓶を開けてくれただけ。
一人息子が起きて来たなら、マーマレードを食べられるように。
ハーレイが家を訪ねて来た時、「美味しかったよ」と報告できるようにと。
そうだったのだと分かっているから、言えなかった文句。
とてもガッカリしたのだけれども、「酷い!」と怒りはしなかった。
ただションボリと肩を落として、ハーレイの顔を見上げただけ。
「マーマレード、先に食べられちゃった」と、悲しい気持ちを訴えながら。
(…じきに空っぽになっちゃうよ、って…)
その心配も口にした。
両親も「美味しい」と褒めているなら、マーマレードは早く減ってゆく。
朝の食卓に、毎日、置かれて。
父も母もスプーンでたっぷり掬って、トーストに塗るのだろうから。
(最後の一口は、ぼくが貰えても…)
マーマレードは、それでおしまい。
また食べたくても、二度と貰えはしないから。
ハーレイの両親がくれたプレゼントは、一回限りの特別なもの。
二度目なんかがあるわけがないし、金色に輝くマーマレードは、その内に…。
(すっかり空になってしまって、瓶だって…)
母が返すのに違いない。
綺麗に洗って、「また、お使いになるんでしょう?」と。
来年のマーマレード作りに備えて、ハーレイの母の手元に戻るように。
(そうなっちゃうよ、って思ってたから…)
気分はドン底だったけれども、ハーレイは笑い飛ばしてくれた。
「そんな心配なら、要らないぞ」と。
マーマレードは山ほどあるから、気に入ったのなら、くれるという。
「特別なプレゼント」とは違うけれども、いくらでも。
いつか新しい家族に迎える子供のためなら、ハーレイの両親も喜ぶから、と。
(……ホントに、ハーレイが言った通りで……)
マーマレードが半分くらいに減って来た頃、「まだあるのか?」と尋ねられた。
「切れちまったら、大変だしな?」と、新しく届けられた瓶。
前に貰ったのと、そっくり同じ。
太陽の光を詰め込んだ瓶を、ハーレイは提げて来てくれた。
「お母さんに渡しておいたからな」と、パチンと片目を瞑ってみせて。
それ以来、ずっと続いているのが、マーマレードの定期便。
「そろそろかな?」と思っている間に、新しい瓶がやって来る。
ハーレイは片手でポンと開けるのに、両親は開けるのに手間取る瓶が。
しっかりと蓋が閉まっているから、そう簡単には開かない瓶が。
(…ハーレイが帰って行く時は…)
空の瓶を提げてはいないけれども、それは前のが残っているから。
瓶がすっかり空になったら、母が洗って手渡している。
「頂いてばかりですみません」と、帰り際に。
「お母様たちにも、よろしくお伝え下さいね」と。
(…ハーレイのお父さんと、お母さん…)
まだ会ったことは無いけれど。
写真さえも見せては貰えないけれど、ハーレイの父は釣りの名人。
(ヒルマンに、少し似てるって…)
前にハーレイから、そう聞かされた。
マーマレード作りの名人の母は、誰に似ているとも聞いていないから…。
(…前のぼくだと、ピンと来ない顔…)
白いシャングリラでは、見なかった顔に違いない。
ついでに今の学校の中にも、ハーレイの母に似た人はいない。
(どんな顔のお母さんなんだろう?)
まるで想像できないからこそ、一日でも早く会いたいと思う。
隣町の家に、出掛けて行って。
ハーレイの車の助手席に乗って、庭に夏ミカンの木がある家まで。
その日が来るのが楽しみだよね、と思った所で気が付いた。
今のハーレイには両親がいて、父はヒルマンに少し似ているけれど…。
(…前のハーレイだと、お父さんなんか…)
何処を探してもいなかった。
養父母はいても、血が繋がった両親などは。
その上、養父母の記憶も失くして、子供時代は無いも同然。
前の自分も全く同じで、あの時代には無かった「家族」。
赤いナスカで、トォニィたちが生まれるまでは。
(…今だと、いるのが当たり前なのに…)
家族がいるって、普通なのに、と驚かされた。
今の自分には「普通のこと」でも、前の自分には「違う」らしい、と。
家族なんかは持っていなくて、いつか持てるとも思わなかった。
そういう世界ではなかったから。
機械が選んだ親子関係、それだけが「家族」だったから。
(…今のぼくは、ハーレイのお父さんとお母さんの…)
新しい息子だと言って貰えて、いずれ本当に息子になれる。
前の自分と同じ背丈に育ったら。
今のハーレイと結婚したなら、ハーレイの家族になるのだから。
ハーレイの両親の子供になって、ハーレイの方も…。
(…パパたちの息子になるんだよね?)
ちょっとビックリ、と目が丸くなる。
父と殆ど年が変わらないハーレイなのに、「息子」だなんて。
母とも兄妹で通りそうなのに、やっぱり「息子」。
(家族がいるって、うんと素敵で…)
面白いよね、と可笑しくなる。
ハーレイが両親の息子になったら、「大きすぎる息子」なのだから。
けれど、その日が待ち遠しい。
ハーレイの家族になれる日が来たら、二人で暮らしてゆけるから。
前の生から焦がれた青い地球の上で、ハーレイと家族になれるのだから…。
家族がいるって・了
※ブルー君には、当たり前のようにいる両親。今のハーレイにも、いて当たり前。
けれども、前は違ったのです。それが今度は、ハーレイの家族になれるんですよねv
(……ふうむ……)
そろそろ頼んでおかないと、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(この前、持って行ったのは…)
いつだったか、と指を折りながら、考えるのはマーマレードのこと。
小さなブルーも大好物の、夏ミカンの実で作られたもの。
(親父とおふくろからのプレゼントだ、と…)
初めて届けてやった日のことは、今も決して忘れはしない。
いつか家族になるブルーのために、と隣町に住む両親が寄越したマーマレード。
夏ミカンの木は、その家のシンボルツリーだから。
(金色の実がドッサリ実ったら、親父が採って…)
せっせとキッチンに運び込むのを、母が洗ってマーマレードに仕上げる。
皮を剥いて、マーマレード用に刻んで。
中の実だって、きちんと果汁を搾り取って。
(トロトロになるまで、鍋でコトコト煮込んでだな…)
それから瓶詰め、その瓶がまた特別と来た。
蓋がしっかり閉まっているから、並みの力では開かないと聞く。
(俺だと、片手でポンと開くんだが…)
ブルーの家では、そんな具合にはいかないらしい。
「開け方にコツがあるんですか?」と、ブルーの両親に尋ねられたほど。
新しい瓶を開ける時には、二人がかりだと言っていた。
ブルーの父が全力で捻って、ブルーの母がサイオンを乗せて。
(そうやって開けたマーマレードを…)
両親に先に食べられてしまった、と嘆いたブルー。
一番最初のマーマレードは、そうなったから。
(まさかブルーにプレゼントだとは、言えんしな?)
皆さんでどうぞ、と渡した結果が、それだった。
ブルーは一番乗りを逃して、両親が先に食べてしまって。
夏の日の出来事だったけれども、マーマレードは今は定番。
決して切れることが無いよう、早めに届けに出掛けている。
ブルーの家の朝の食卓、そこに金色があるように。
隣町の家で生まれたマーマレードを、ブルーに食べて貰えるように。
(明日あたり、親父に通信を入れて…)
一瓶、届けて貰わなければ。
ブルーのためのマーマレードを。
(纏めて頼めば、早いんだがな…)
マーマレードの瓶なら、隣町の家に山ほど。
一度に幾つか貰っておいたら、当分の間は、頼まなくても済むけれど…。
(それじゃ、親父が納得しないんだ)
おふくろもな、と分かっている。
すっかり大きく育ってしまった息子であっても、子供は子供。
いつまで経っても「大事な息子」で、かまいたくなってしまうもの。
マーマレードを届けるついでに、他にも何かついてくるとか。
(おふくろが多めに作ったから、と…)
父が総菜を持って来ることは珍しくない。
そうかと思えば、帰宅したら父がいることだって。
「先にやってるぞ」と夕食を作って、味見しながら待っているとか。
釣って来た魚を自分で捌いて、「美味そうだろう?」と得意げな顔で。
(…今度も、きっとそうなるんだな)
ブルーのためにと、マーマレードを頼んだら。
「纏めて届けてくれればいいから」と言っておいても、そうはしないで。
(お前の分も、届けに来たぞ、という程度でだ…)
マーマレードは、二瓶もあれば上等だろう。
次に届けに来る時のために、最初から数を控えめにして。
(…はてさて、親父が釣った魚か、おふくろの料理か…)
今度のオマケは、どちらだろう。
「マーマレードを届けてくれ」と頼んだら。
通信機の向こうで、父か母かが、ブルーの家に届ける分もだ、と確認したら。
(どっちになるかは、分からんな…)
きっと、その日の両親の都合と気分次第。
「釣りに行くか」と父が思っていたなら、父が得意な魚料理。
特に計画していなかったら、母が何かを作るのだろう。
「多めに作ったから」と言いつつ、初めから「多めに作る」つもりで。
普段は離れて暮らす息子に、「おふくろの味」を届けたくて。
(…どっちにしたって、美味いんだ…)
父が作った魚料理も、母が作ってくれる料理も。
どちらも子供の頃から馴染んで、数え切れないほど食べて来たから。
(ゴージャスな飯でなくっても…)
美味しく感じられるもの。
父が、母が、作ってくれるのだから。
もう文字通りに「おふくろの味」で、ついでに「親父の味」になるから。
(いいもんだよなあ…)
家族ってのは、と改めて思う。
いずれ家族が増えた時には、ブルーも「あの味」に馴染むのだろう。
両親が心待ちにしている「新しい息子」。
今は夏ミカンの実のマーマレードだけしか、ブルーには食べて貰えないけれど。
いつかブルーと結婚したなら、一人増える家族。
その日を思うと頬が緩むし、早く両親に紹介したい。
「この子がブルーだ」と、前に押し出して。
恥ずかしがって頬を染めていたって、「遠慮するな」と両親の家に連れて入って。
(…そうなりゃ、四人家族になるんだ)
今は三人家族だけれども、ブルーが入れば四人になる。
ダイニングの椅子も、ブルーの分が増えるのだろう。
(…椅子の数だけは、今でも足りているから…)
新しく買いはしないとしても、そこに出来る「ブルーのための席」。
その席は、きっと…。
(俺が昔から座ってた席の、すぐ隣だな)
あそこだろう、と目に浮かぶよう。
ブルーが其処に座る姿も、今の小さなブルーのままで。
(流石に、チビじゃないんだろうが…)
前とそっくり同じ背丈に育ったブルーが、新しい家族になるとは思う。
けれど頭に浮かぶのはチビで、十四歳にしかならないブルー。
(すっかり馴染んじまったからなあ…)
今のあいつに、と苦笑していて気が付いた。
遠く遥かな時の彼方と、今の違いに。
前の自分が生きた世界と、青い地球での暮らしは違うということに。
(……家族なんかは……)
何処を探してもいやしなかった、と前の生の記憶を遡ってゆく。
ナスカの子たちが生まれて来るまで、あの世界に「家族」はいなかった。
子供は全て、人工子宮から生まれた時代。
それを養父母たちが育てて、十四歳を迎えたら…。
(成人検査で、養父母と引き離されちまって…)
子供時代の記憶も消されてしまったほど。
大人の社会で生きてゆくのに、子供時代は不要とされて。
(俺たちみたいに、ミュウじゃなくても…)
両親の記憶は薄れてしまって、誰も疑問に思わなかった。
そういうものだと誰もが信じて、逆らいさえもしなかった世界。
(……あそこで生きていた俺は……)
成人検査と、その後に受けた人体実験、それに記憶を奪い去られた。
養父母の記憶は欠片も残らず、前のブルーも全く同じ。
それが今では、二人とも「家族」を持っている。
今の自分には、隣町に住む父と母。
チビのブルーには、同じ家で暮らす両親が。
(でもって、俺たちが結婚したら…)
どちらの家にも、家族が一人増えるのだろう。
「新しい息子」が一人ずつ。
(…俺の場合は、えらくデカすぎる息子なんだが…)
あいつの親父さんと変わらないぞ、と可笑しいけれども、新しい息子には違いない。
ブルーの父とは、それほど年が変わらなくても。
母の方とも、兄妹で通りそうな年でも。
(面白いもんだな…)
家族がいると、と今の自分には「当たり前」のことが面白い。
前の自分が生きた時代と比べたら。
「おふくろの味」さえ無かった世界を、こうして思い返してみたら。
(…まさに神様に感謝ってヤツだ)
ブルーと出会えたことも嬉しいけれども、「家族がいる」のが、とても嬉しい。
本物の父と母がいるのが、そして家族が増えてゆくのが。
(どっちにも親戚がいるもんだから…)
更に繋がりは広がってゆくし、なんと素晴らしい世界だろう。
「家族がいると、こうも違うか」と何もかもが違って見えてくる。
そんな世界で、いつかはブルーと…。
(新しい家族になれるんだ…)
結婚してな、と大きく頷く。
大切な未来の家族のためにも、マーマレードを頼んでおこう。
「届けてくれ」と、隣町の家に通信を入れて。
いつか家族になるブルーの家まで、マーマレードを届けなければいけないから…。
家族がいると・了
※今のハーレイには「当たり前のように」いる両親。隣町で離れて暮らしてはいても。
けれど、前の生では家族なんかはいなかったのです。それが今度は、ブルーとも家族にv
(……うーん……)
やっぱりハーレイ、背が高いよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれど、学校では会えた。
教師と生徒の間柄でも、交わせた言葉。
廊下で出会って、少しの間、立ち話。
恋人同士の会話ではなくて、ごくごく普通の話題だけれど。
(だって、ハーレイ先生だもの…)
学校でハーレイと話をするなら、あくまで「教師と教え子」として。
「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、敬語で話して。
(…もう慣れたけど…)
すっかり慣れてしまったけれども、そうしてハーレイと話したら…。
(ぼくの背、ちっとも伸びてない、って…)
分かっちゃうよね、と残念な気分。
話している間は、まるで気が付かないけれど。
ハーレイの顔を見上げているだけで、もう充分に幸せだから。
「首が痛いよ」と思いもしないし、大満足の立ち話。
それをこうして思い返したら、「ぼくの背、低い…」と気付かされる。
ハーレイの方が、うんと背が高いから。
前の生での背丈の差よりも、ずっと大きく違っているのが今だから。
青い地球でハーレイと再会してから、季節は移り変わっていった。
春から夏へ、そして秋へと。
(…夏は木だって、草だって…)
面白いくらいに伸びる季節で、育ち盛りの子供も同じ。
夏休みの間にグンと背丈が伸びてしまって、会ったら驚かされるような子だっている。
だから「ぼくも」と思っていたのに、一ミリも伸びずに終わった背丈。
制服のサイズも変わらないまま、今に至っている始末。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
ハーレイはキスを許してくれない。
何度強請っても、叱られてばかり。
「キスは駄目だと言っただろう」と、「俺は子供にキスはしない」と。
それが不満でプウッと膨れても、ハーレイは「フグみたいだな」と笑うだけ。
「ハーレイのケチ!」と怒ってみたって、プンスカ膨れてやったって。
(…ぼくが膨れていたら、頬っぺた…)
大きな両手で、ペシャンと押し潰されたりもする。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、面白そうに。
恋人の顔を潰して遊んで、気にも留めない今のハーレイ。
(……ぼくの背、ちっとも伸びないから……)
余計にそうなってしまうのだろう。
きっとハーレイの頭の中には、「育ったブルー」はいはしない。
「チビのブルー」が入っているだけで、大きなブルーは「前のブルー」だけ。
今の自分の「恋敵」の。
どんなにフーフー毛を逆立てても、決して勝てない「前の自分」。
あちらは大きく育った姿で、ハーレイの心に住み着いている。
キスも、その先のことも出来る姿で。
前のハーレイが失くしたブルーが、そっくりそのまま。
(…今のぼくじゃ、敵わないんだから…)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた人には。
今もハーレイが忘れられない、時の彼方に消えた人には。
(…ハーレイの車が、前のハーレイのマントの色なのも…)
そのせいなのだ、と分かっている。
ハーレイが車を買おうとした時、白い車に惹かれたという。
「これもいいな」と思ったらしいし、濃い緑よりは青年に似合う色が白。
けれど、ハーレイは選ばなかった。
何故だか「違う」と感じ取って。
「俺の車は、この色じゃない」と、白い車はやめてしまって。
(……白は、シャングリラの色だから……)
乗りたくなかったんだろう、と今のハーレイは話していた。
白いシャングリラに乗ってゆくなら、ハーレイだけでは寂しいから。
共に旅をした「ソルジャー・ブルー」がいないドライブなど、悲しいだけ。
前のハーレイは、そういう旅を続けたから。
「何処までも共に」と誓い合った人が、何処にもいなくなってから。
その人が遺した言葉に縛られ、たった一人で。
シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、キャプテンとして舵を握り続けて。
(……あんまり悲しすぎたから……)
今のハーレイは白い車を避けた。
愛した人を乗せられないなら、そんな船など要らないから。
船ではなくて車だけれども、「前のブルー」をどうしても忘れられなくて。
前世の記憶が戻らなくても、ハーレイは忘れていなかった。
遠く遥かな時の彼方で、恋をした人を。
長い月日を共に暮らして、メギドに向かって飛び去った人を。
「前の自分」は、今もハーレイの中に住んでいる。
何かのはずみに顔を出しては、ハーレイを悲しませたりもして。
今の自分が此処にいるのに、恋敵として。
どう頑張っても勝てない姿で、きっとハーレイとキスも交わして。
(……そっちも、同じぼくなんだけど……)
背が足りない分、うんと不利だよ、と項垂れる。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイのキスは貰えない。
どんなに「ハーレイのケチ!」と言っても、馬耳東風で。
膨れてもサラリと躱された上に、頬っぺたをペシャンと押し潰されて。
(…ぼくだって、背が伸び始めたなら…)
負けないのにな、と悔しい気持ち。
少しずつでも伸び始めたなら、日に日に「前の自分」に近付く。
そうなったならば、ハーレイだって…。
(今みたいに余裕たっぷりじゃ…)
いられないような気がするんだけれど、と傾げた首。
チビだからこそ、膨れた時には「フグ」で「ハコフグ」。
それが似合いの子供なのだと、ハーレイの瞳に映るから。
前の自分とは月とスッポン、「銀色の子猫」がフーフー怒っているだけだから。
(だけど、今より大きくなったら…)
もう「銀色の子猫」ではない。
鏡に映った自分に向かって、「恋敵だ」と喧嘩を売るような。
ハーレイの中に住む前の自分に、本気で嫉妬するような。
何故なら、「同じ自分」だから。
「銀色の子猫」は大きく育ち始めて、じきに「銀色の猫」になるから。
そうなった時は、ハーレイの目にも「銀色の猫」が映るのだろう。
まだ完全には、育ち切ってはいなくても。
一回りほど小さな姿であっても、「子猫」ではない猫の姿が。
(…そういうぼくなら、前のぼくにも負けないんだよ)
ハーレイの頑固な心にしたって、きっとグラグラするだろう。
心の中に住み着いている、「前のブルー」が目の前にチラつき始めたら。
ハーレイの瞳に焼き付いた姿と、今の自分が少しずつ重なり始めたら。
(…絶対、ハーレイも揺れるんだから…)
間違いないよ、と自信がある。
「キスは駄目だ」と叱りながらも、心の中ではガッカリだろう、と。
「もう少しだけの辛抱なんだ」などと、自分自身に言い聞かせながら。
(…前のぼくに、どんどん似てくるんだものね?)
日ごとに姿が似始めたならば、今度はハーレイが「我慢する」番。
こちらの我慢も続くけれども、それは前からの我慢の続き。
でも、ハーレイの方はと言えば…。
(余裕たっぷりで笑っていたのが、笑えなくなって…)
自分で作っておいた決まりを、破りたくなることだろう。
「あと少しだしな?」などと、緩めたい気分になってしまって。
背丈が僅かに足りないだけなら、「もういいだろう」と考えもして。
(…そうなっちゃったら、今の仕返し…)
ぼくも我慢だけど、ハーレイも我慢、と可笑しくなる。
きっとハーレイは「決まり」を破れはしないから。
ありったけの理性を総動員して、懸命に守る筈だから。
(必死なんだよ、って分かっているから、今と同じで…)
ハーレイにキスを強請ってやろうか、自分の背丈が伸び始めたなら。
前の自分とそっくり同じ姿になる日が、どんどん近付き始めたら。
(…知らんぷりして、「ぼくにキスして」って…)
そう言った時に「キスは駄目だ」と返すハーレイ。
眉間には皺があるだろうけれど、その皺はきっと緩んでいる。
今よりも、ずっと。
懸命に刻んで見せているだけで、本当は「ブルーにキスをしたくて」。
(……楽しみだよね?)
そんなハーレイ、と思うから、その日を夢見て微笑む。
今は少しも伸びない背丈が、順調に伸び始めたなら、と。
「銀色の子猫」が「銀色の猫」に育ち始めて、前の自分と重なったなら、と。
きっと、その日はやって来るから。
まだまだ遠い未来のことでも、いつか必ず「銀色の猫」になれるのだから…。
伸び始めたなら・了
※少しも伸びない、ブルー君の背丈。自分でも悔しい気分ですけれど…。
背丈がぐんぐん伸び始めたら、ハーレイ先生が困る番。「キスは駄目だ」は辛いですよねv
(……うーむ……)
相変わらずチビのままなんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
家には出掛けていないのだけれど、今日も学校で顔を合わせた。
廊下で少し立ち話をして、「じゃあな」と別れたのだけど。
(…あいつは、俺を見上げてて…)
俺はあいつを見下ろす方で…、と昼間のことを思い返してみる。
とても小さな恋人のことを。
(前のあいつも、決してでかくはなかったが…)
それでも、そこそこ身長はあった。
シャングリラの中でも、低い方ではなかっただろう。
百七十センチもあったのだから、充分、普通。
(俺がデカすぎたってだけだな)
二十三センチも差があったのは…、と今だって分かる。
今の自分も、けして小柄とは言えないから。
人間が全てミュウになっても、ミュウが虚弱ではなくなっても。
(だが、シャングリラがあった時代には、だ…)
ミュウは「何処かが欠けている」もので、殆どが虚弱体質だった。
前のブルーもそうだったのだし、それにしては「育った方」だろう。
アルタミラの地獄で、長く成長を止めていた時代もあったのに。
出会った時には「子供なのだ」と思ったくらいに、チビだったのに。
(それが大きく育ったわけだが、今のあいつは…)
まるで育たん、と可笑しくなる。
青い地球の上に生まれたブルーは、少しも背丈が伸びないから。
本当だったら、伸び盛りとも言える年頃なのに。
前の生でブルーが焦がれた星。
青く輝く、母なる地球。
あの頃は何処にも青い星は無くて、死の星があっただけだけれども…。
(今じゃ立派に青い地球になって、俺も、ブルーも…)
気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球に生まれ変わって来た。
奇跡みたいにまた巡り会って、前と同じに恋人同士。
ただ、年齢が邪魔をする。
十四歳にしかならないブルーは、何処から見たって子供だから。
(中身もすっかり子供なんだが、あいつに自覚が無いからなあ…)
前の生の頃と同じつもりで、キスを強請ってくるくらい。
キスだけで済めばいいのだけれども、その先のことも狙っている。
「どういうことをする」ことになるのか、まるで分かっていないのに。
漠然とした記憶さえも怪しく、「一つになる」意味も、きっと掴めていないのに。
(だから駄目だと言ってあるわけで…)
ブルーに固く禁じたキス。
「前のお前と同じ背丈にならない限りは、キスはしない」と。
キスをするなら、頬と額だけ。
唇に落とすキスは厳禁、どんなにブルーが膨れようとも。
(それでプンスカ怒っちまって…)
何度言われたことだろう。
頬を膨らませて、「ハーレイのケチ!」と。
キスもくれない恋人のことを、何度、詰られたか数えてもいない。
(…あいつのためを思ってやってることだしな?)
ケチでも何でも気にしないけれど、たまに、こうして気になること。
一向に伸びないブルーの背丈。
再会してから、季節が移り変わっても。
五月の三日に出会った後には、草木が伸びる夏があっても。
(草木だけじゃなくて、子供も大きく育つ季節で…)
夏休みが明けて登校した子は、驚くほど成長していたりする。
「デカくなったな」と感心するのも、ブルーくらいの年の頃には珍しくない。
なのに、ブルーは育たなかった。
それこそ、ほんの一ミリでさえも。
夏が終わって秋が来たって、小さいままで。
今日の立ち話も、上からブルーを見下ろしながら。
「元気そうだな」と挨拶してから、学校ならではの普通の会話。
恋人同士らしい言葉は抜きで、教師と教え子の間の話。
(なんたって、学校なんだしなあ…)
いつものことだし、ブルーの方も承知の上。
「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、きちんと敬語で話をする。
精一杯に「背の高い恋人」の顔を見上げて。
「首が痛くはならないだろうか」と、たまに心配になるくらいに。
その差が、少しも縮まらない。
チビのブルーは育たないままで、本人も不満たらたらの日々。
ブルーが背丈のことで嘆く度、「それでいいのさ」と答えるけれど。
「子供時代を楽しまないとな?」と返すけれども、それがいつまで続くのだろう。
まるで背丈が伸びない日が。
一ミリも育ってくれないブルーを、今日のように上から見下ろす日々が。
(それはそれで悪くないんだが…)
育たないままでも、俺は一向、かまわないんだが…、と思ってはいる。
今のままで、ブルーが十八歳になってしまっても。
結婚できる年を迎えて、「結婚したい」と言い出しても。
(……流石に、あいつがチビのままでは……)
結婚したって、やっぱりキスはお預けだろう。
ブルーが夢見る、「キスの先のこと」も。
子供相手に、無茶なことなど出来ないから。
いくらブルーが望んでいたって、「すべきではない」と思うから。
そういう覚悟を決めてはいる。
あまりにもブルーが育たないから、「もしかしたら」と予想を立てて。
「チビのあいつが嫁に来たって、大事にしよう」と。
きっと、いつかは育つから。
いつまで待っても「チビのまま」など、どう考えても有り得ないから。
(…いったい、いつから育つんだかな?)
神様次第と言った所か…、とチビのブルーを頭に描く。
前のブルーも、あの姿から育っていったのだけれど…。
(生憎と、俺も忙しくって…)
残念なことに、覚えてはいない。
どんな具合に育っていったか、途中の経過というものを。
断片的な記憶はあっても、たったそれだけ。
毎日顔を合わせていたって、しみじみと見てはいないから。
「大きくなったか?」と背を測ったり、横に並んだりはしなかったから。
(……今度は、それが出来るんだ……)
あいつの背丈が伸び始めたら、と心待ちにしている「ブルーの成長」。
前と同じに育ったブルーも欲しいけれども、そうなる前の…。
(チビから大人になっていくのを…)
ブルーの側で見守りたい。
同じ家には住んでいないから、会った時しか見られなくても。
今日のように学校の廊下で会うとか、ブルーの家を訪ねた時などに。
(また伸びたな、と…)
ブルーの頭を撫でられたらいい。
隣に並んで笑えたらいい。
「あと何センチになるんだかな?」と、前のブルーとの差を挙げて。
「前のお前は、これくらいだぞ」と手で示して。
(そうやって、あいつが育ち始めたら…)
今と同じでいられるだろうか、余裕たっぷりに笑みを浮かべて。
「まだまだだな」とブルーの額を指で弾いて、「キスは駄目だ」と叱れるだろうか。
(……どうなんだかな?)
そっちの方が自信が無いな、と苦笑する。
チビのブルーが相手だったら、いくらでも我慢できるのに。
成長するまで待たされる時間が、何十年でもかまわないのに。
(…伸び始めたら、前のあいつに近付くんだし…)
今よりも少し育ったブルーに、「ぼくにキスして」と言われた時はどうだろう。
「キスしてもいいよ?」と誘われたならば、鼻で笑って躱せるだろうか。
(……チビに見える間はいいんだが……)
どのくらい背が伸びているかによるな、と無い自信。
前と殆ど同じになったら、今度は「こちらに」無さそうな余裕。
口では何と言ったって。
「キスは駄目だと言っただろうが!」と、ブルーを叱り付けたって。
(…とんだ決まりを作っちまった…)
いつかは我が身に返ってくるぞ、と辛いけれども、決まりは決まり。
小さなブルーに告げたからには、自分から決まりを破れはしない。
ブルーの背丈が伸び始めたら、破りたい気分になったって。
「こんなに大きく育ったんだし…」と、心がブルーを欲しがったって。
(…そうなった時は、災難なんだが…)
まあ、楽しみに待つとするか、と傾けるカップ。
ブルーの背丈が伸び始めたら、「前と同じ」になるのだから。
前の自分が失くしたブルーの姿そのまま、それは気高く美しい人に。
誰よりも愛した月の精のような人、その人が戻って来るのだから…。
伸び始めたら・了
※少しも伸びない、ブルー君の背丈。ハーレイ先生、余裕たっぷりですけれど…。
伸び始めた時は困るようです、自分が作った決まりのせいで。まあ、そうですよねv
(…明日はハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は週末、土曜、日曜と続く休日。
ハーレイにも特に予定は無いから、午前中から訪ねて来てくれる。
予報では晴れになるのが明日。
この家までの距離を、散歩代わりに歩いて来て。
何ブロックも離れているのに、ハーレイにとっては軽い運動。
(…ジョギングだったら、アッと言う間に…)
此処まで走って来るのだろう。
残念なことに、そういうコースで走ってくれはしないけれども。
この家があるのを知っていたって、違うコースを走り続けて。
(……酷いよね……)
通ってくれてもいいじゃない、と思う「家の前」の道。
けれど、ハーレイが通ると知ったら、毎日でも待っているだろう自分。
「もう来るかな?」と、生垣越しに道を眺めて。
ひょっとしたら家の表に立って、「まだ来ないかな?」と首を長くして。
(…だけどハーレイ、毎日、走るわけじゃないから…)
待ちぼうけのままで終わってしまって、ガッカリする日もあるに違いない。
それだけで済めばいいのだけれども、待つ間にすっかり疲れてしまって…。
(……おまけにハーレイが来なくて、ガッカリ……)
気分まで落ち込んでしまった挙句に、寝込んでしまうことも有り得る。
前の生と同じに弱い身体は、ちょっとしたことで熱を出すから。
そうなれば学校も休むしかなくて、ベッドで寝ていることしか出来ない。
きっとハーレイは、そんな所まで考えて…。
(ぼくの家の前を通るコースは…)
わざと作らず、避けて走っているのだろう。
来ない日でも待っていそうな恋人、その身体に負担をかけないように。
本当の所は、どうなのか知らないジョギングコース。
もしかしたら「避けて走る」理由は、まるで違っているかもしれない。
(…ぼくがキスばかり強請っているから…)
ジョギングの途中で呼び止められて、「ぼくにキスして」は勘弁とばかり…。
(……ぼくの家の前、避けられてる?)
そうなのかも、と考えてから「違うよね」と思い直した。
いくらなんでも、生垣越しや家の前でキスは強請らない。
母に見付かったら大変なのだし、そのくらいのことはわきまえている。
(…ハーレイだって、分かっている筈で…)
避ける理由は「それ」ではない。
気遣いなのか、単に今までと同じコースを走りたいのか。
(お気に入りのコース、あるだろうしね?)
隣町から引っ越しして来て、十五年ばかり経つハーレイ。
今の自分が生まれて来た日も、ハーレイは街を走っていた。
(…ぼくが初めて、病院の外に出た時だって…)
ハーレイは走っていたのだと聞く。
それも「ブルー」と名付けられた自分が、生まれた病院の玄関前を。
(季節外れの雪が降ってて…)
外は冷えるから、と母がストールにくるんだ赤ん坊。
「そういう子供」を、ハーレイは見たと言っていた。
ストールの色は忘れたけれども、包まれて退院してゆく子を。
(…その子は、きっと、ぼくなんだ、って…)
ハーレイも、自分も思っている。
確信に近いものがあるから。
まだ出会ってはいない頃でも、運命の糸で繋がっていたと思うから。
そのハーレイと、明日は一緒に過ごせる。
両親も交えた夕食までは、ずっと二人きり。
(どういう話をするのかな?)
ハーレイが手土産でも持って来てくれるか、前の生の思い出話になるか。
(ぼくの方には、そういう話は…)
今の所は、話の種が無い。
「是非、ハーレイに話さなければ」と意気込むような話は、何も。
けれど、話の種が無くても、会えば話は弾むもの。
次から次へと言葉が湧いて出て来て、気付けば時が経っている。
「もうお昼なの?」といった具合に。
まだまだ話は尽きていないのに、夕食の支度が出来てしまったり。
(明日だって、きっと…)
ハーレイと楽しく過ごす間に、時計の針がぐんぐん進む。
太陽だって、東の空から西の空へと移って行って。
(……ホントに楽しみ……)
ハーレイが来てくれるのが、と思った所で気が付いた。
こうして待っている休日。
楽しみでならない土曜と日曜、それは以前はどうだったろう、と。
まだハーレイと出会わない頃には、どんな休日だったのか。
(…えーっと…?)
長い休みはともかくとして、週末は二日間だけの休み。
丈夫な子ならば、一泊二日でキャンプや旅行に行くけれど…。
(…ぼくだと、じきに疲れちゃうから…)
出掛けるとしたら、日帰りばかり。
それも「疲れてしまわない場所」、せいぜい近くでハイキングくらい。
ハーレイと出会っていなかったならば、それの延長だっただろうか。
休みになったら、両親と一緒に出掛けるだけ。
そうでなければ家でのんびり、あるいは友達と遊ぶ程度で。
(…そうなっちゃうよね?)
ハーレイと出会わなかったなら。
前の生での恋の続きが、地球で始まらなかったならば。
(…パパとママでも、いいんだけれど…)
友達と過ごす休日なども、充分、楽しんで来たのだけれど。
今となっては、物足りない。
ハーレイに会えない休日なんて。
たまに用事で来てくれない時は、なんとも寂しくなるのだから。
(それに、普段も…)
ハーレイのことばかり考えている。
ふと気が付いたら、今みたいに。
「ハーレイ、どうしているのかな?」と、家のある方角を眺めてみたり。
そうなるのは恋をしているせいで、もしも、この恋が無かったら…。
(……つまらないよね?)
毎日の暮らしが、色褪せて見えることだろう。
恋をする前は、それで満足だったけれども。
もっと素敵な日が来るなんて、夢にも思っていなかったけれど。
(ハーレイとの恋が、無かったら…)
子供らしく過ごしていたのだろうし、それはそれで幸せなのだと思う。
優しい両親と、暖かな家。
前の自分には無かったものを、しっかりと持っているのだから。
(だけど、それだけ…)
記憶も戻って来てはいなくて、平凡な日々が過ぎてゆくだけ。
それではあまりにつまらない。
前なら、それで良かったけれど。
ハーレイと出会って恋をする前は、最高の人生だったのだけれど。
なのに、今では恋が大切。
毎日が輝いてくれているのは、ハーレイに恋をしているお蔭。
恋が無かったら、自分はただのチビの子供で…。
(…学校のある日は学校に行って、お休みの日だって、うんと普通で…)
ハーレイにキスを強請ることだって、思い付きさえしなかったろう。
子供はキスをしないから。
キスは額と頬に貰えば、それで満足するものだから。
(……うーん……)
そうなってくると、ハーレイに「キスは駄目だ」と叱られるのも…。
(恋してるからで、恋が無かったら…)
ハーレイと出会っている筈もなくて、叱られることも有り得ない。
「キスは駄目だ」と睨まれる度に、自分は不満たらたらだけど。
プンスカ怒って脹れてしまって、「フグだ」と笑われてばかりだけれど。
(…ぼくの頬っぺた、押し潰されて…)
大きな両手でペシャンとやられて、「ハコフグだな」とまで言われる有様。
けれど、そういうことが起こるのも、恋をしている今があるから。
(…あんまり怒ってばかりだと…)
罰が当たるかな、という気がする。
神様が聖痕をくれたお蔭で、ハーレイと巡り会えたのに。
前の生での恋の続きが、青い地球の上で始まったのに。
(恋が無かったら、とても大変…)
たちまち色が褪せる人生、おまけに消えてしまうハーレイ。
それは困るし、現状で満足すべきだろうか。
「キスは駄目だ」と叱られても。
ハーレイと結婚できる日までは、まだまだ先が長いチビでも。
(…神様がくれた恋なんだものね…)
きちんと大事にしなくっちゃ、と思うけれども、きっと明日にも、また繰り返す。
「ぼくにキスして」と、我儘を。
そして叱られて、フグみたいに膨れてしまうのを。
恋が無かったら大変だけれど、その恋を満喫したいから。
ハーレイと出会えた幸せな今を、もっともっとと、欲張らずにはいられないのだから。
(…子供は我儘一杯だもんね?)
だから許して貰えそう、と言い訳をする。
天国にいる神様に。
「キスは駄目だ」と叱ってばかりの、明日は訪ねて来てくれる人に…。
恋が無かったら・了
※ハーレイ先生との恋が無かったら…、と考えてしまったブルー君。つまらないよね、と。
その恋をくれた神様のためにも、我儘は我慢、という心構えは一瞬だけ。子供ですものねv
