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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(……うーん……)
 やっぱりハーレイ、背が高いよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど、学校では会えた。
 教師と生徒の間柄でも、交わせた言葉。
 廊下で出会って、少しの間、立ち話。
 恋人同士の会話ではなくて、ごくごく普通の話題だけれど。
(だって、ハーレイ先生だもの…)
 学校でハーレイと話をするなら、あくまで「教師と教え子」として。
 「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、敬語で話して。
(…もう慣れたけど…)
 すっかり慣れてしまったけれども、そうしてハーレイと話したら…。
(ぼくの背、ちっとも伸びてない、って…)
 分かっちゃうよね、と残念な気分。
 話している間は、まるで気が付かないけれど。
 ハーレイの顔を見上げているだけで、もう充分に幸せだから。
 「首が痛いよ」と思いもしないし、大満足の立ち話。
 それをこうして思い返したら、「ぼくの背、低い…」と気付かされる。
 ハーレイの方が、うんと背が高いから。
 前の生での背丈の差よりも、ずっと大きく違っているのが今だから。


 青い地球でハーレイと再会してから、季節は移り変わっていった。
 春から夏へ、そして秋へと。
(…夏は木だって、草だって…)
 面白いくらいに伸びる季節で、育ち盛りの子供も同じ。
 夏休みの間にグンと背丈が伸びてしまって、会ったら驚かされるような子だっている。
 だから「ぼくも」と思っていたのに、一ミリも伸びずに終わった背丈。
 制服のサイズも変わらないまま、今に至っている始末。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 ハーレイはキスを許してくれない。
 何度強請っても、叱られてばかり。
 「キスは駄目だと言っただろう」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 それが不満でプウッと膨れても、ハーレイは「フグみたいだな」と笑うだけ。
 「ハーレイのケチ!」と怒ってみたって、プンスカ膨れてやったって。
(…ぼくが膨れていたら、頬っぺた…)
 大きな両手で、ペシャンと押し潰されたりもする。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、面白そうに。
 恋人の顔を潰して遊んで、気にも留めない今のハーレイ。
(……ぼくの背、ちっとも伸びないから……)
 余計にそうなってしまうのだろう。
 きっとハーレイの頭の中には、「育ったブルー」はいはしない。
 「チビのブルー」が入っているだけで、大きなブルーは「前のブルー」だけ。
 今の自分の「恋敵」の。
 どんなにフーフー毛を逆立てても、決して勝てない「前の自分」。
 あちらは大きく育った姿で、ハーレイの心に住み着いている。
 キスも、その先のことも出来る姿で。
 前のハーレイが失くしたブルーが、そっくりそのまま。


(…今のぼくじゃ、敵わないんだから…)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた人には。
 今もハーレイが忘れられない、時の彼方に消えた人には。
(…ハーレイの車が、前のハーレイのマントの色なのも…)
 そのせいなのだ、と分かっている。
 ハーレイが車を買おうとした時、白い車に惹かれたという。
 「これもいいな」と思ったらしいし、濃い緑よりは青年に似合う色が白。
 けれど、ハーレイは選ばなかった。
 何故だか「違う」と感じ取って。
 「俺の車は、この色じゃない」と、白い車はやめてしまって。
(……白は、シャングリラの色だから……)
 乗りたくなかったんだろう、と今のハーレイは話していた。
 白いシャングリラに乗ってゆくなら、ハーレイだけでは寂しいから。
 共に旅をした「ソルジャー・ブルー」がいないドライブなど、悲しいだけ。
 前のハーレイは、そういう旅を続けたから。
 「何処までも共に」と誓い合った人が、何処にもいなくなってから。
 その人が遺した言葉に縛られ、たった一人で。
 シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、キャプテンとして舵を握り続けて。
(……あんまり悲しすぎたから……)
 今のハーレイは白い車を避けた。
 愛した人を乗せられないなら、そんな船など要らないから。
 船ではなくて車だけれども、「前のブルー」をどうしても忘れられなくて。
 前世の記憶が戻らなくても、ハーレイは忘れていなかった。
 遠く遥かな時の彼方で、恋をした人を。
 長い月日を共に暮らして、メギドに向かって飛び去った人を。


 「前の自分」は、今もハーレイの中に住んでいる。
 何かのはずみに顔を出しては、ハーレイを悲しませたりもして。
 今の自分が此処にいるのに、恋敵として。
 どう頑張っても勝てない姿で、きっとハーレイとキスも交わして。
(……そっちも、同じぼくなんだけど……)
 背が足りない分、うんと不利だよ、と項垂れる。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイのキスは貰えない。
 どんなに「ハーレイのケチ!」と言っても、馬耳東風で。
 膨れてもサラリと躱された上に、頬っぺたをペシャンと押し潰されて。
(…ぼくだって、背が伸び始めたなら…)
 負けないのにな、と悔しい気持ち。
 少しずつでも伸び始めたなら、日に日に「前の自分」に近付く。
 そうなったならば、ハーレイだって…。
(今みたいに余裕たっぷりじゃ…)
 いられないような気がするんだけれど、と傾げた首。
 チビだからこそ、膨れた時には「フグ」で「ハコフグ」。
 それが似合いの子供なのだと、ハーレイの瞳に映るから。
 前の自分とは月とスッポン、「銀色の子猫」がフーフー怒っているだけだから。
(だけど、今より大きくなったら…)
 もう「銀色の子猫」ではない。
 鏡に映った自分に向かって、「恋敵だ」と喧嘩を売るような。
 ハーレイの中に住む前の自分に、本気で嫉妬するような。
 何故なら、「同じ自分」だから。
 「銀色の子猫」は大きく育ち始めて、じきに「銀色の猫」になるから。
 そうなった時は、ハーレイの目にも「銀色の猫」が映るのだろう。
 まだ完全には、育ち切ってはいなくても。
 一回りほど小さな姿であっても、「子猫」ではない猫の姿が。


(…そういうぼくなら、前のぼくにも負けないんだよ)
 ハーレイの頑固な心にしたって、きっとグラグラするだろう。
 心の中に住み着いている、「前のブルー」が目の前にチラつき始めたら。
 ハーレイの瞳に焼き付いた姿と、今の自分が少しずつ重なり始めたら。
(…絶対、ハーレイも揺れるんだから…)
 間違いないよ、と自信がある。
 「キスは駄目だ」と叱りながらも、心の中ではガッカリだろう、と。
 「もう少しだけの辛抱なんだ」などと、自分自身に言い聞かせながら。
(…前のぼくに、どんどん似てくるんだものね?)
 日ごとに姿が似始めたならば、今度はハーレイが「我慢する」番。
 こちらの我慢も続くけれども、それは前からの我慢の続き。
 でも、ハーレイの方はと言えば…。
(余裕たっぷりで笑っていたのが、笑えなくなって…)
 自分で作っておいた決まりを、破りたくなることだろう。
 「あと少しだしな?」などと、緩めたい気分になってしまって。
 背丈が僅かに足りないだけなら、「もういいだろう」と考えもして。
(…そうなっちゃったら、今の仕返し…)
 ぼくも我慢だけど、ハーレイも我慢、と可笑しくなる。
 きっとハーレイは「決まり」を破れはしないから。
 ありったけの理性を総動員して、懸命に守る筈だから。
(必死なんだよ、って分かっているから、今と同じで…)
 ハーレイにキスを強請ってやろうか、自分の背丈が伸び始めたなら。
 前の自分とそっくり同じ姿になる日が、どんどん近付き始めたら。


(…知らんぷりして、「ぼくにキスして」って…)
 そう言った時に「キスは駄目だ」と返すハーレイ。
 眉間には皺があるだろうけれど、その皺はきっと緩んでいる。
 今よりも、ずっと。
 懸命に刻んで見せているだけで、本当は「ブルーにキスをしたくて」。
(……楽しみだよね?)
 そんなハーレイ、と思うから、その日を夢見て微笑む。
 今は少しも伸びない背丈が、順調に伸び始めたなら、と。
 「銀色の子猫」が「銀色の猫」に育ち始めて、前の自分と重なったなら、と。
 きっと、その日はやって来るから。
 まだまだ遠い未来のことでも、いつか必ず「銀色の猫」になれるのだから…。

 

           伸び始めたなら・了


※少しも伸びない、ブルー君の背丈。自分でも悔しい気分ですけれど…。
 背丈がぐんぐん伸び始めたら、ハーレイ先生が困る番。「キスは駄目だ」は辛いですよねv











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(……うーむ……)
 相変わらずチビのままなんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 家には出掛けていないのだけれど、今日も学校で顔を合わせた。
 廊下で少し立ち話をして、「じゃあな」と別れたのだけど。
(…あいつは、俺を見上げてて…)
 俺はあいつを見下ろす方で…、と昼間のことを思い返してみる。
 とても小さな恋人のことを。
(前のあいつも、決してでかくはなかったが…)
 それでも、そこそこ身長はあった。
 シャングリラの中でも、低い方ではなかっただろう。
 百七十センチもあったのだから、充分、普通。
(俺がデカすぎたってだけだな)
 二十三センチも差があったのは…、と今だって分かる。
 今の自分も、けして小柄とは言えないから。
 人間が全てミュウになっても、ミュウが虚弱ではなくなっても。
(だが、シャングリラがあった時代には、だ…)
 ミュウは「何処かが欠けている」もので、殆どが虚弱体質だった。
 前のブルーもそうだったのだし、それにしては「育った方」だろう。
 アルタミラの地獄で、長く成長を止めていた時代もあったのに。
 出会った時には「子供なのだ」と思ったくらいに、チビだったのに。
(それが大きく育ったわけだが、今のあいつは…)
 まるで育たん、と可笑しくなる。
 青い地球の上に生まれたブルーは、少しも背丈が伸びないから。
 本当だったら、伸び盛りとも言える年頃なのに。


 前の生でブルーが焦がれた星。
 青く輝く、母なる地球。
 あの頃は何処にも青い星は無くて、死の星があっただけだけれども…。
(今じゃ立派に青い地球になって、俺も、ブルーも…)
 気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球に生まれ変わって来た。
 奇跡みたいにまた巡り会って、前と同じに恋人同士。
 ただ、年齢が邪魔をする。
 十四歳にしかならないブルーは、何処から見たって子供だから。
(中身もすっかり子供なんだが、あいつに自覚が無いからなあ…)
 前の生の頃と同じつもりで、キスを強請ってくるくらい。
 キスだけで済めばいいのだけれども、その先のことも狙っている。
 「どういうことをする」ことになるのか、まるで分かっていないのに。
 漠然とした記憶さえも怪しく、「一つになる」意味も、きっと掴めていないのに。
(だから駄目だと言ってあるわけで…)
 ブルーに固く禁じたキス。
 「前のお前と同じ背丈にならない限りは、キスはしない」と。
 キスをするなら、頬と額だけ。
 唇に落とすキスは厳禁、どんなにブルーが膨れようとも。


(それでプンスカ怒っちまって…)
 何度言われたことだろう。
 頬を膨らませて、「ハーレイのケチ!」と。
 キスもくれない恋人のことを、何度、詰られたか数えてもいない。
(…あいつのためを思ってやってることだしな?)
 ケチでも何でも気にしないけれど、たまに、こうして気になること。
 一向に伸びないブルーの背丈。
 再会してから、季節が移り変わっても。
 五月の三日に出会った後には、草木が伸びる夏があっても。
(草木だけじゃなくて、子供も大きく育つ季節で…)
 夏休みが明けて登校した子は、驚くほど成長していたりする。
 「デカくなったな」と感心するのも、ブルーくらいの年の頃には珍しくない。
 なのに、ブルーは育たなかった。
 それこそ、ほんの一ミリでさえも。
 夏が終わって秋が来たって、小さいままで。


 今日の立ち話も、上からブルーを見下ろしながら。
 「元気そうだな」と挨拶してから、学校ならではの普通の会話。
 恋人同士らしい言葉は抜きで、教師と教え子の間の話。
(なんたって、学校なんだしなあ…)
 いつものことだし、ブルーの方も承知の上。
 「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、きちんと敬語で話をする。
 精一杯に「背の高い恋人」の顔を見上げて。
 「首が痛くはならないだろうか」と、たまに心配になるくらいに。
 その差が、少しも縮まらない。
 チビのブルーは育たないままで、本人も不満たらたらの日々。
 ブルーが背丈のことで嘆く度、「それでいいのさ」と答えるけれど。
 「子供時代を楽しまないとな?」と返すけれども、それがいつまで続くのだろう。
 まるで背丈が伸びない日が。
 一ミリも育ってくれないブルーを、今日のように上から見下ろす日々が。
(それはそれで悪くないんだが…)
 育たないままでも、俺は一向、かまわないんだが…、と思ってはいる。
 今のままで、ブルーが十八歳になってしまっても。
 結婚できる年を迎えて、「結婚したい」と言い出しても。
(……流石に、あいつがチビのままでは……)
 結婚したって、やっぱりキスはお預けだろう。
 ブルーが夢見る、「キスの先のこと」も。
 子供相手に、無茶なことなど出来ないから。
 いくらブルーが望んでいたって、「すべきではない」と思うから。


 そういう覚悟を決めてはいる。
 あまりにもブルーが育たないから、「もしかしたら」と予想を立てて。
 「チビのあいつが嫁に来たって、大事にしよう」と。
 きっと、いつかは育つから。
 いつまで待っても「チビのまま」など、どう考えても有り得ないから。
(…いったい、いつから育つんだかな?)
 神様次第と言った所か…、とチビのブルーを頭に描く。
 前のブルーも、あの姿から育っていったのだけれど…。
(生憎と、俺も忙しくって…)
 残念なことに、覚えてはいない。
 どんな具合に育っていったか、途中の経過というものを。
 断片的な記憶はあっても、たったそれだけ。
 毎日顔を合わせていたって、しみじみと見てはいないから。
 「大きくなったか?」と背を測ったり、横に並んだりはしなかったから。
(……今度は、それが出来るんだ……)
 あいつの背丈が伸び始めたら、と心待ちにしている「ブルーの成長」。
 前と同じに育ったブルーも欲しいけれども、そうなる前の…。
(チビから大人になっていくのを…)
 ブルーの側で見守りたい。
 同じ家には住んでいないから、会った時しか見られなくても。
 今日のように学校の廊下で会うとか、ブルーの家を訪ねた時などに。
(また伸びたな、と…)
 ブルーの頭を撫でられたらいい。
 隣に並んで笑えたらいい。
 「あと何センチになるんだかな?」と、前のブルーとの差を挙げて。
 「前のお前は、これくらいだぞ」と手で示して。


(そうやって、あいつが育ち始めたら…)
 今と同じでいられるだろうか、余裕たっぷりに笑みを浮かべて。
 「まだまだだな」とブルーの額を指で弾いて、「キスは駄目だ」と叱れるだろうか。
(……どうなんだかな?)
 そっちの方が自信が無いな、と苦笑する。
 チビのブルーが相手だったら、いくらでも我慢できるのに。
 成長するまで待たされる時間が、何十年でもかまわないのに。
(…伸び始めたら、前のあいつに近付くんだし…)
 今よりも少し育ったブルーに、「ぼくにキスして」と言われた時はどうだろう。
 「キスしてもいいよ?」と誘われたならば、鼻で笑って躱せるだろうか。
(……チビに見える間はいいんだが……)
 どのくらい背が伸びているかによるな、と無い自信。
 前と殆ど同じになったら、今度は「こちらに」無さそうな余裕。
 口では何と言ったって。
 「キスは駄目だと言っただろうが!」と、ブルーを叱り付けたって。
(…とんだ決まりを作っちまった…)
 いつかは我が身に返ってくるぞ、と辛いけれども、決まりは決まり。
 小さなブルーに告げたからには、自分から決まりを破れはしない。
 ブルーの背丈が伸び始めたら、破りたい気分になったって。
 「こんなに大きく育ったんだし…」と、心がブルーを欲しがったって。
(…そうなった時は、災難なんだが…)
 まあ、楽しみに待つとするか、と傾けるカップ。
 ブルーの背丈が伸び始めたら、「前と同じ」になるのだから。
 前の自分が失くしたブルーの姿そのまま、それは気高く美しい人に。
 誰よりも愛した月の精のような人、その人が戻って来るのだから…。

 

        伸び始めたら・了


※少しも伸びない、ブルー君の背丈。ハーレイ先生、余裕たっぷりですけれど…。
 伸び始めた時は困るようです、自分が作った決まりのせいで。まあ、そうですよねv









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(…明日はハーレイが来てくれるんだよ)
 楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は週末、土曜、日曜と続く休日。
 ハーレイにも特に予定は無いから、午前中から訪ねて来てくれる。
 予報では晴れになるのが明日。
 この家までの距離を、散歩代わりに歩いて来て。
 何ブロックも離れているのに、ハーレイにとっては軽い運動。
(…ジョギングだったら、アッと言う間に…)
 此処まで走って来るのだろう。
 残念なことに、そういうコースで走ってくれはしないけれども。
 この家があるのを知っていたって、違うコースを走り続けて。
(……酷いよね……)
 通ってくれてもいいじゃない、と思う「家の前」の道。
 けれど、ハーレイが通ると知ったら、毎日でも待っているだろう自分。
 「もう来るかな?」と、生垣越しに道を眺めて。
 ひょっとしたら家の表に立って、「まだ来ないかな?」と首を長くして。
(…だけどハーレイ、毎日、走るわけじゃないから…)
 待ちぼうけのままで終わってしまって、ガッカリする日もあるに違いない。
 それだけで済めばいいのだけれども、待つ間にすっかり疲れてしまって…。
(……おまけにハーレイが来なくて、ガッカリ……)
 気分まで落ち込んでしまった挙句に、寝込んでしまうことも有り得る。
 前の生と同じに弱い身体は、ちょっとしたことで熱を出すから。
 そうなれば学校も休むしかなくて、ベッドで寝ていることしか出来ない。
 きっとハーレイは、そんな所まで考えて…。
(ぼくの家の前を通るコースは…)
 わざと作らず、避けて走っているのだろう。
 来ない日でも待っていそうな恋人、その身体に負担をかけないように。


 本当の所は、どうなのか知らないジョギングコース。
 もしかしたら「避けて走る」理由は、まるで違っているかもしれない。
(…ぼくがキスばかり強請っているから…)
 ジョギングの途中で呼び止められて、「ぼくにキスして」は勘弁とばかり…。
(……ぼくの家の前、避けられてる?)
 そうなのかも、と考えてから「違うよね」と思い直した。
 いくらなんでも、生垣越しや家の前でキスは強請らない。
 母に見付かったら大変なのだし、そのくらいのことはわきまえている。
(…ハーレイだって、分かっている筈で…)
 避ける理由は「それ」ではない。
 気遣いなのか、単に今までと同じコースを走りたいのか。
(お気に入りのコース、あるだろうしね?)
 隣町から引っ越しして来て、十五年ばかり経つハーレイ。
 今の自分が生まれて来た日も、ハーレイは街を走っていた。
(…ぼくが初めて、病院の外に出た時だって…)
 ハーレイは走っていたのだと聞く。
 それも「ブルー」と名付けられた自分が、生まれた病院の玄関前を。
(季節外れの雪が降ってて…)
 外は冷えるから、と母がストールにくるんだ赤ん坊。
 「そういう子供」を、ハーレイは見たと言っていた。
 ストールの色は忘れたけれども、包まれて退院してゆく子を。
(…その子は、きっと、ぼくなんだ、って…)
 ハーレイも、自分も思っている。
 確信に近いものがあるから。
 まだ出会ってはいない頃でも、運命の糸で繋がっていたと思うから。


 そのハーレイと、明日は一緒に過ごせる。
 両親も交えた夕食までは、ずっと二人きり。
(どういう話をするのかな?)
 ハーレイが手土産でも持って来てくれるか、前の生の思い出話になるか。
(ぼくの方には、そういう話は…)
 今の所は、話の種が無い。
 「是非、ハーレイに話さなければ」と意気込むような話は、何も。
 けれど、話の種が無くても、会えば話は弾むもの。
 次から次へと言葉が湧いて出て来て、気付けば時が経っている。
 「もうお昼なの?」といった具合に。
 まだまだ話は尽きていないのに、夕食の支度が出来てしまったり。
(明日だって、きっと…)
 ハーレイと楽しく過ごす間に、時計の針がぐんぐん進む。
 太陽だって、東の空から西の空へと移って行って。
(……ホントに楽しみ……)
 ハーレイが来てくれるのが、と思った所で気が付いた。
 こうして待っている休日。
 楽しみでならない土曜と日曜、それは以前はどうだったろう、と。
 まだハーレイと出会わない頃には、どんな休日だったのか。
(…えーっと…?)
 長い休みはともかくとして、週末は二日間だけの休み。
 丈夫な子ならば、一泊二日でキャンプや旅行に行くけれど…。
(…ぼくだと、じきに疲れちゃうから…)
 出掛けるとしたら、日帰りばかり。
 それも「疲れてしまわない場所」、せいぜい近くでハイキングくらい。
 ハーレイと出会っていなかったならば、それの延長だっただろうか。
 休みになったら、両親と一緒に出掛けるだけ。
 そうでなければ家でのんびり、あるいは友達と遊ぶ程度で。


(…そうなっちゃうよね?)
 ハーレイと出会わなかったなら。
 前の生での恋の続きが、地球で始まらなかったならば。
(…パパとママでも、いいんだけれど…)
 友達と過ごす休日なども、充分、楽しんで来たのだけれど。
 今となっては、物足りない。
 ハーレイに会えない休日なんて。
 たまに用事で来てくれない時は、なんとも寂しくなるのだから。
(それに、普段も…)
 ハーレイのことばかり考えている。
 ふと気が付いたら、今みたいに。
 「ハーレイ、どうしているのかな?」と、家のある方角を眺めてみたり。
 そうなるのは恋をしているせいで、もしも、この恋が無かったら…。
(……つまらないよね?)
 毎日の暮らしが、色褪せて見えることだろう。
 恋をする前は、それで満足だったけれども。
 もっと素敵な日が来るなんて、夢にも思っていなかったけれど。
(ハーレイとの恋が、無かったら…)
 子供らしく過ごしていたのだろうし、それはそれで幸せなのだと思う。
 優しい両親と、暖かな家。
 前の自分には無かったものを、しっかりと持っているのだから。
(だけど、それだけ…)
 記憶も戻って来てはいなくて、平凡な日々が過ぎてゆくだけ。
 それではあまりにつまらない。
 前なら、それで良かったけれど。
 ハーレイと出会って恋をする前は、最高の人生だったのだけれど。


 なのに、今では恋が大切。
 毎日が輝いてくれているのは、ハーレイに恋をしているお蔭。
 恋が無かったら、自分はただのチビの子供で…。
(…学校のある日は学校に行って、お休みの日だって、うんと普通で…)
 ハーレイにキスを強請ることだって、思い付きさえしなかったろう。
 子供はキスをしないから。
 キスは額と頬に貰えば、それで満足するものだから。
(……うーん……)
 そうなってくると、ハーレイに「キスは駄目だ」と叱られるのも…。
(恋してるからで、恋が無かったら…)
 ハーレイと出会っている筈もなくて、叱られることも有り得ない。
 「キスは駄目だ」と睨まれる度に、自分は不満たらたらだけど。
 プンスカ怒って脹れてしまって、「フグだ」と笑われてばかりだけれど。
(…ぼくの頬っぺた、押し潰されて…)
 大きな両手でペシャンとやられて、「ハコフグだな」とまで言われる有様。
 けれど、そういうことが起こるのも、恋をしている今があるから。
(…あんまり怒ってばかりだと…)
 罰が当たるかな、という気がする。
 神様が聖痕をくれたお蔭で、ハーレイと巡り会えたのに。
 前の生での恋の続きが、青い地球の上で始まったのに。
(恋が無かったら、とても大変…)
 たちまち色が褪せる人生、おまけに消えてしまうハーレイ。
 それは困るし、現状で満足すべきだろうか。
 「キスは駄目だ」と叱られても。
 ハーレイと結婚できる日までは、まだまだ先が長いチビでも。


(…神様がくれた恋なんだものね…)
 きちんと大事にしなくっちゃ、と思うけれども、きっと明日にも、また繰り返す。
 「ぼくにキスして」と、我儘を。
 そして叱られて、フグみたいに膨れてしまうのを。
 恋が無かったら大変だけれど、その恋を満喫したいから。
 ハーレイと出会えた幸せな今を、もっともっとと、欲張らずにはいられないのだから。
(…子供は我儘一杯だもんね?)
 だから許して貰えそう、と言い訳をする。
 天国にいる神様に。
 「キスは駄目だ」と叱ってばかりの、明日は訪ねて来てくれる人に…。

 

           恋が無かったら・了


※ハーレイ先生との恋が無かったら…、と考えてしまったブルー君。つまらないよね、と。
 その恋をくれた神様のためにも、我儘は我慢、という心構えは一瞬だけ。子供ですものねv








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(…明日は、あいつに会えるんだ)
 しかも一日一緒なんだぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 金曜の夜にいつもの書斎で、愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
 明日から週末、特に用事は無い土曜と日曜。
 つまりブルーと過ごせるわけで、もう楽しみでたまらない。
 会ったら何を話そうかと。
 せっかくの休日をどう使おうかと、恋人の顔を頭に描いて。
(……これというネタは無いんだが……)
 生憎とな、と少し残念ではある。
 前の生での思い出話や、前の生では「無かった」何か。
 そういったものを捕まえた時は、ブルーと二人でゆっくりと話す。
 思い出話をする時だったら、今は無い船に思いを馳せて。
 SD体制の時代に無かった何かが話題だったら、互いに驚きを深めながら。
(…なにしろ、文化がまるで違って…)
 画一化されちまっていたもんだから、と時の彼方で見たものを思う。
 広い宇宙の何処へ行こうと、判で押したように「同じだった」世界。
 建物も、街も、食べ物なども。
 其処に住む人が纏う服さえ、何の特徴さえも無いまま。
(流行くらいはあったんだろうが、俺たちにはなあ…)
 全く関係無かったんだ、と零れる溜息。
 SD体制から弾き出された、異分子の「ミュウ」。
 シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全て。
 外の世界で何が流行ろうが、シャングリラにまでは伝わって来ない。
 情報という形でしか。
 「人類の世界は、こうらしい」と流れてくるデータを捉えるだけで。
 そういう時代に生きていたから、新鮮なのが今の生。
 「前とは全く違っているぞ」と驚かされて。
 普段、何気なく食べているものが、「思いもよらない」ものだったりして。



 前の生では見なかったものを見付けた時には、ブルーに話す。
 それが食べ物だった時には、手土産に持って行ったりも。
(だが、今週は…)
 ネタが無いんだ、と顎に手を当てる。
 新しい発見も一つ無ければ、思い出話の一つも無いぞ、と。
(……ネタ切れの時も、よくあるんだがな……)
 会えば何とかなるもんだ、と分かっているのがブルーとの会話。
 今の生での話だけでも、アッと言う間に流れ去る時間。
 午前中から訪ねて行っても、じきに日が暮れて。
 ブルーの両親も交えた夕食、そういう時間になってしまって。
(明日も、そういう日になりそうだぞ)
 でもって、あいつを叱るのかもな、と苦笑い。
 十四歳にしかならないブルーは、子供のくせにキスを強請るから。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと、あの手この手で。
 その度、ブルーを叱り付ける。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまで待て」と。
(…そう言って叱り付けたら、だ…)
 たちまちプウッと膨れてしまって、フグみたいな顔になる恋人。
 その頬っぺたを押し潰すのも、楽しみの内。
 両手でペシャンと、からかい半分。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、ブルーを苛めて。
 もちろん、遊びなのだけど。
 本気で苛めるわけなどは無くて、コミュニケーションなのだけれども。



 明日も、そういう日なのだろうか。
 それとも突然、思い出話や「前の生では無かった何か」が見付かるか。
 ブルーの家まで歩く途中で、ヒョッコリと。
 あるいは朝に目覚めた途端に、空からストンと降って来るように。
(…どうなるんだかな?)
 どちらにしても、素敵な時間を過ごせる筈。
 ブルーの部屋から出ないにしても、庭にあるテーブルと椅子に行くにしても。
(いいもんだよなあ…)
 あいつと二人きりの休日、と思った所で気が付いた。
 今でこそ「当たり前」になっている日々。
 週末はブルーの家に出掛けて、お茶を飲んだり、食事をしたり。
 けれども、前はどうだったろう、と。
 小さなブルーと出会う前には、恋の続きが始まるまでは。
(……うーむ……)
 休みといえば…、と前の学校でのことを思い出す。
 クラブの試合などが無ければ、自分のために使えた時間。
 書斎でのんびり本を読んだり、気ままにドライブしてみたり。
 柔道の道場で教えていたり、プールに出掛けて泳ぎもした。
(料理に凝ってみたりもしたし…)
 充実した休日だったけれども、今と比べたら褪せる輝き。
 「ブルーがいない」というだけで。
 何をしたって、大勢で何処かへ行くにしたって。
(あの頃は、あれで良かったんだが…)
 今じゃ駄目だな、とハッキリと分かる。
 毎日の暮らしに足りないスパイス。
 小さなブルーが、いなければ。
 前の生での恋の続きの、恋が無ければ。



 もしもブルーと出会わなかったら、今でも同じだったろう。
 ジョギングしたり、料理をしたりと、自分では充分、満足している休日。
 平日にしても同じこと。
 「俺の人生は最高なんだ」と、日々の幸せを噛み締めながら。
 けれど、今では知ってしまった。
 「ブルーがいる」という人生を。
 今は小さな恋人だけれど、前の生から愛した人。
 もしもブルーとの恋が無ければ、たちまち色を失う人生。
 「なんだか一味、足りていないぞ」と。
 どんなにスパイスを入れてみたって、味が決まらないシチューみたいに。
(…膨れっ面のチビで、フグだろうとだ…)
 ブルーとの恋が無い人生など、今となっては考えられない。
 前ならば、それで良かったのに。
 チビのブルーと出会う前なら、輝きに満ちた日々だったのに。
(……あいつが一人いるってだけで……)
 こうも違うか、と思う人生。
 まだ一緒には暮らせなくても。
 結婚できる日はずっと先でも、今はキスさえ交わせなくても。



(はてさて、俺の人生のスパイスは…)
 ブルーとの恋か、ブルーそのものか、どちらなのか。
 考えるまでもなく答えは出ていて、大切なのは「ブルー」だけれど…。
(…あいつに恋をしてるってことが…)
 とても大事なことなんだよな、と大きく頷く。
 ブルーが「ただの知り合い」だったら、こうも違いはしないから。
 「明日は会える」と考えるだけで、胸が弾みはしないのだから。
(…俺の人生、恋が無ければ…)
 駄目なようだな、と可笑しくなる。
 ブルーとの恋を思い出す前は、恋とは縁が無かったのに。
 「恋をしたい」と思いもしなくて、実際、恋はしていないのに。
(それが今では、あいつに夢中で…)
 平日だろうが、休日だろうが、ブルーを思わない日などは無い。
 すっかりブルーに魅せられて。
 前の生でも愛した人に、心を見事に奪い去られて。
(…それでも、かまわないってな)
 ブルーだけが世界の全てでいいんだ、とまで思ってしまう。
 今の人生を彩るスパイス、それが人生の決め手でも。
 ブルーとの恋が、自分の世界の中心でも。
(…なんたって、昔は、スパイスってヤツは…)
 うんと高価なものだったしな、と傾ける愛用のマグカップ。
 同じ重さの金と引き換えになったくらいに、スパイスが貴重な品だった昔。
(もしも、あいつとの恋が無ければ、人生に彩りが無くて…)
 つまらないぞ、と思うものだから、ブルーが世界の全てでいい。
 今はまだ、チビの恋人でも。
 二人一緒に暮らせる日までは、まだ何年も待たされても。
 恋が無ければ、きっと人生、つまらないから。
 それに気付いてしまった今では、色褪せた日々しか無いだろうから。



(しかしだな…)
 この話は明日はしてやらないぞ、とクッと鳴らした喉。
 ブルーにウッカリ話したならば、得意満面に決まっている。
 「やっぱり、ぼくがいないと駄目でしょ?」と、誇らしげに瞳を輝かせて。
 恋が無ければ駄目だと言うなら、「ぼくにキスして」と。
(……その手は桑名の焼き蛤ってな)
 この話だってしてやるもんか、と「桑名の焼き蛤」も封印。
 ブルーとの恋は大切だけれど、それとこれとは話が別。
(あいつが大きくなるまでは…)
 恋の話はお預けでいい、と明日の話題は決まらないまま。
 それでも、いい日になるだろうから。
 恋が無ければつまらない日々、そんな人生はもう、とっくに彼方に流れ去ったから…。

 

          恋が無ければ・了


※ブルー君との恋が無ければ、つまらないらしいハーレイ先生の人生。大事なスパイス。
 そのスパイスが世界の全てでもいいんだそうです、ブルー君には内緒ですけどねv









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(…いつかは一緒に住めるんだよね)
 今日は来てくれなかったけれど…、とブルーは微笑む。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 来てくれるかと待っていたのに、寄ってはくれなかったハーレイ。
 学校で会議が長引いたのか、柔道部の方が忙しかったか。
(……分かんないけど……)
 こんな寂しい日も、いつか無くなる。
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、同じ家に住むことになるから。
(ぼくはこの家、大好きだけど…)
 出来れば離れたくないのだけれども、ハーレイと一緒に住むのなら別。
 ハーレイの家で暮らしてゆくなら、喜んで引越しの準備をする。
 その日を心待ちにしながら、荷造りをして。
 持ってゆくための家具を選んで、服なども箱に詰め込んで。
(…この部屋の、ハーレイの椅子とテーブル…)
 窓際に据えてある椅子とテーブル、それは是非とも持って行きたい。
 二人の思い出が山ほど詰まった、いつも使っている品だから。
(庭にある椅子とテーブルは…)
 やはり思い出深いけれども、そちらは置いてゆくべきだろう。
 庭で一番大きな木の下、白いテーブルと、それから椅子。
 ハーレイと初めてデートをした日に、其処でキャンプ用の椅子に座った。
 「こういうデートもいいだろう?」と、ハーレイが運んで来てくれて。
 前のハーレイのマントと同じ色の愛車、そのトランクから魔法みたいに取り出して。
(ハーレイの家には、そっちがあるしね?)
 庭にある白いテーブルと椅子は、この家に残してゆくのがいい。
 たまにハーレイと訪ねて来た日は、思い出の場所に座りたいから。
 「あの頃は、別々に暮らしていたね」と、過ぎ去った日々を語り合いながら。


 けれど、その日は、まだまだ来ない。
 今の自分はチビの姿で、ハーレイはキスもくれない始末。
 結婚できる年も遠くて、今の自分は十四歳で…。
(…結婚できる年は十八歳だよ…)
 学校を卒業しない限りは、その日は巡って来てくれない。
 卒業式が済んだ後に迎える、三月の一番最後の日。
 其処が誕生日で、やっと結婚できる年になるから…。
(……結婚式だって、それからで……)
 ハーレイと一緒に暮らし始めるのも、それからのこと。
 二人で暮らすための準備は、もう始まっているにしたって。
 結婚式で着る衣装選びや、持ってゆく家具を新しく買いに出掛けるだとか。
(お揃いの食器も欲しいよね?)
 ハーレイに聞いた夫婦茶碗は、現物を見たら、きっと欲しくなる。
 そうでなくても、ハーレイと揃いの食器が欲しい。
(何枚も揃ったセットじゃなくて…)
 二人きりで使うカップや、お皿。
 来客用の物とは違って、二人分しか家に無い物。
(そういうの、絶対、欲しいんだから…)
 食器売り場をあちこち歩いて、お気に入りのを二人で選ぼう。
 自分の好みを主張しつつも、ハーレイのことも考えて。
(……ぼくは良くても、ハーレイは好きじゃない模様とか……)
 実はあったりするかもしれない。
 模様以前に、デザインだって。


(…だって、別々の人間だものね?)
 シャングリラの頃なら、選ぶ余地など無かったけれども、今では違う。
 好きに選んで、好きに買えるのが今の生活。
 SD体制が倒れたお蔭で、文化もグンと多様になった。
 前の自分が生きた頃とは、まるで違うのが今の世の中。
(ほうじ茶なんか、何処にも無かったし…)
 それが無いなら、急須は要らない。
 湯呑みなんかもあるわけがなくて、カップやグラスやコップの時代。
(…今は、湯呑みも一杯あって…)
 売り場に行ったら悩むのだろう。
 どれを買おうか、ハーレイはどれが好きなのかと。
(これがいいな、って思っても…)
 ハーレイが「うん?」と首を捻ったなら、やめておいた方がいいかもしれない。
 直ぐに「いいな」と頷かないなら、好みではないというサイン。
 ハーレイ自身に自覚は無くても、きっと、そういうものだから。
(……難しいよね……)
 一緒に暮らしてゆくための準備、と考える。
 湯呑みだけでもそうなるのならば、他の品々も同じだろう。
 結婚した後に暮らしていたって、様々な所で生まれそうな違い。
 「俺の好みはこっちなんだが」と、ハーレイが考え込みそうな「何か」。
 何も言わずに譲ってくれても、こちらの方はそうはいかない。
 甘えっぱなしで我儘ばかりを言っているより…。
(気遣いの出来るお嫁さん…)
 そっちがいいに決まっているよ、と思うからこそ、気遣いが大事。
 ハーレイに我慢をさせるよりかは、「これでいいよ」と自分が譲って。


(……んーと……)
 買い物がそんな具合だったら、一事が万事。
 食事のメニューも、ハーレイを優先するべきだろう。
 「何が食いたい?」と尋ねてくれても、自分の意見ばかりを言わずに。
 たまには逆に「ハーレイは何が食べたいの?」と訊いたりもして。
(でないと、ハーレイ、我慢ばっかり…)
 そんなのは駄目、と思うけれども、前の自分はどうだったろう。
 ハーレイに迷惑をかけてばかりで、本当に最後の最後まで…。
(……好き勝手にして、ハーレイを置いて行っちゃって……)
 前の自分がいなくなった後、ハーレイは辛い時間を生きた。
 地球までの長く遠い道のり、それをただ一人で歩むしかなくて。
 白いシャングリラを運ぶためにだけ、抜け殻のようになった身体で。
(…あんなの、今度は駄目だから…)
 ちゃんと気遣い、と自分自身を戒める。
 ハーレイに我儘ばかり言わずに、ハーレイの意見もきちんと聞いて、と。
(…二人で一緒に住むんなら…)
 そうしていないと、ハーレイが困ってしまうだろう。
 来る日も来る日も我儘ばかりの、とても困った「お嫁さん」では。
 何もかもハーレイ任せの暮らしで、それでも自分が中心では。
(……もう、ソルジャーじゃないんだものね?)
 ソルジャーだったら偉いけれども、今の自分は「ただのブルー」。
 おまけにハーレイよりも年下、叱られたって文句は言えない。
(今だって、キスは駄目だ、って…)
 何度も叱られ続けているから、結婚した後も同じこと。
 ハーレイを困らせてばかりいたなら、叱られて…。
(こんな嫁さん、俺は要らんぞ、って言われたら…)
 それで全てがおしまいだから、気を付けないといけないと思う。
 せっかく始めた二人の暮らしが、パリンと壊れてしまわないよう。
 ハーレイと二人で暮らし始めた家から、この家へ戻る羽目にならないように。


 我儘は駄目、と自分を叱ってはみても、無い自信。
 いつかハーレイと一緒に暮らすようになったら、より我儘になりそうな感じ。
 「これが食べたい」とか、「こっちのデザインの方が好き」とか。
 ハーレイの意見はすっかり無視して、自分の言いたいことばかりで。
(……同じ家で一緒に住むんなら……)
 シャングリラの頃のようにはいかないけれど、と分かってはいても、やってしまいそう。
 今と変わらない我儘っぷりで、気遣いなんかは忘れ果てて。
(…ハーレイ、ぼくを追い出さないよね?)
 大丈夫だよね、と甘える気持ちばかりが先に立つ。
 「きっとハーレイなら許してくれるよ」と、「叱られたって、その時だけ」と。
 多分、自分は、昔から変わっていないのだろう。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃から、何処も、全く。
 たった一人でメギドへと飛んで、前のハーレイを悲しみの淵に落とした日から。
(……ちゃんと分かってるんだけど……)
 急に変われるわけもないから、ハーレイには我慢して貰おうか。
 「一緒に住むんなら、我慢と気遣い」と分かっていたって、無理そうだから。
 幸い、今度は本当に年下、ハーレイよりも「チビ」なのだから。
(……ハーレイよりも、ずっと若いんだから……)
 甘えん坊なのも仕方ないよ、と開き直って微笑んだ。
 二人一緒に生きられるのなら、きっとハーレイは満足だから。
 前のハーレイが失くしてしまった「ブルー」が、一緒に住んでいるのだから…。

 

          一緒に住むんなら・了


※ハーレイと一緒に暮らしてゆくなら、気遣いも大事、と思うブルー君。
 ところが自信が全くないわけで、開き直ってしまったようです。きっと許して貰えますよねv









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