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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(……此処は地球だな……)
 今の俺は地球にいるんだっけな、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 信じられない話だけれども、「今の自分」は地球の住人。
 気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、この青い星に生まれて来た。
 やはり同じに生まれ変わった、愛おしい人と。
 前の生から愛し続けた、今はチビになったブルーと共に。
 何度も幸せを噛み締めたけれど、奇跡に感謝してきたけれど…。
(…その地球ってヤツが…)
 前の俺たちの夢だっけな、と改めて心に描いてみる。
 白いシャングリラで、改造前の船で、ブルーと二人で夢に見た星。
 いつか必ず地球に行こうと、母なる星に辿り着くのだと。
(……しかし、あいつは死んじまって……)
 前の自分だけが地球まで旅をして行った。
 ブルーが遺した言葉を守って、白いシャングリラの舵を握って。
(…なのに、俺たちが辿り着いた星は…)
 青く輝いてはいなかった。
 銀河の海に浮かんでいる筈の、一粒の真珠。
 誰もが憧れる水の星、地球。
 その星は醜く死に絶えたままで、不吉なくらいに赤黒かった。
 地球は、ブルーの夢だったのに。
 前の自分も、船の仲間たちも、夢の星だと信じていたのに。
(……夢が粉々に砕けちまって……)
 まだ若かったジョミーさえもが、スクリーンに映った地球を眺めて叫んだ。
 古株だった長老たちも、涙した地球。
 「こんな星のために、自分たちは戦い続けたのか」と。
 美しい星だと信じていたから、長く厳しい地球までの道を切り開いたのに。


 そうやって砕け散った夢。
 前の生では、ついに出会えなかった地球。
 夢に見ていた姿では。
 フィシスの心に刷り込まれていた、青く澄んだ海は何処にも無くて。
(…その地球に、俺は来たわけで…)
 今では地球の住人なんだ、と部屋をぐるりと見渡してみる。
 書斎に窓は無いのだけれども、この家が在るのは間違いなく地球。
 床の下にあるのは地球の地面で、地球の重力が作用している。
 家を丸ごと包む大気も、地球の大気圏が作り出すもの。
(……夢の星まで来ちまったんだなあ……)
 本当の意味で「夢」だったよな、と前の生での地球の姿を思う。
 広い宇宙の何処を探しても、「青い地球」など無かったから。
 青い水の星は夢でしかなくて、誰も見ることは出来なかったから。
(…前の俺は、其処で死んだんだがな…)
 どういうわけだか、此処にいるな、とカップを持つ手をしみじみと見る。
 前の生とそっくり同じ姿で、地球に生まれて来た「自分」を。
 夢だった星に生まれ変わって、当たり前に「地球」に生きている「今」を。


(地球といえば夢で、本当に夢で終わっちまって…)
 青い地球なんかは無かったからな、と赤茶けていた星を思い出す。
 赤黒いとさえ見えたくらいに、砂漠と毒の海に覆われた地球を。
 前の自分が知っていたのは、そういう地球。
 「ブルーの夢まで砕けちまった」と、どれほど悲しかっただろう。
 命を捨ててメギドを沈めた、前のブルー。
 白いシャングリラが地球に行けるよう、たった一人で飛び去って行って。
 自分は地球を見られなくても、船の仲間たちは行けるようにと。
(…あいつに、なんて説明すればいいんだ、って…)
 そう思ったのを覚えている。
 地球に着いたら、それで終わる役目。
 ブルーの許へと旅立てるのだと、死だけを願って生きていた日々。
 けれども、地球で待っていたのは「醜い星」。
 ブルーが命を懸ける値打ちは、まるで何処にも無かったような。
(……SD体制を倒すためには、地球に行くしか無かったんだが……)
 そうだと頭で分かってはいても、感情がついていかなかった。
 「こんな星のために、ブルーは死んだのか」と。
 命尽きてブルーと会えた時には、何と話せばいいのだろうか、と。
 夢の星など、無かったから。
 ブルーが焦がれ続けた星には、青い海さえ無かったから。


 そうして前の生は終わって、気付けば地球の上にいた。
 すっかり地球の暮らしに馴染んだ、今の自分が。
 生まれも育ちも、この青い地球で、地球が故郷だと言える自分が。
(……俺もブルーも、青い地球に着いて……)
 夢は見事に叶ったんだ、と幾度、心で呟いたろう。
 今のブルーと話しただろう。
 「地球に来られるとは思わなかった」と、何度も、何度も。
 自分たちが地球の住人だなんて、神様がくれた御褒美なのに違いない、と。
(そうやって地球に着いたわけだが…)
 夢は叶った筈なんだがな、とコーヒーのカップを傾ける。
 「前の俺たちの最大の夢だ」と、時の彼方に思いを馳せて。
 叶う筈もなかった、「青い地球」へと辿り着く夢。
 青い地球が宇宙の何処にも無いなら、その夢は叶うわけがないから。
(…とんでもない夢が叶ったんだが…)
 それ以上を望んじゃ駄目なんだがな、と思いはしても、そうはいかない。
 地球に着いても、それで「終わり」ではないのが今の自分だから。
 この地球は「旅の終わり」ではなくて、まだ「始まったばかり」の旅。
 十四歳にしかならないブルーと、共に歩いてゆくために。
 今度こそ二人、誰にも邪魔をされることなく。


(……地球に着いても、終わらないなんて……)
 また途方もなくデカい夢だな、と苦笑する。
 前の自分が耳にしたなら、「贅沢すぎる」と言うのだろうか。
 「地球に着いたら、充分だろう」と、それ以上、何を望むのかと。
(…そうは言っても、前の俺も、だ……)
 着いた後の夢は幾つもあったぞ、と折ってゆく指。
 前のブルーと夢に見たこと。
 「地球に着いたら、これをしよう」と。
(…五月一日に、森にスズランを摘みに行くとか…)
 ヒマラヤの青いケシを見に行くだとか、幾つもあった前のブルーの夢。
 ホットケーキも、その一つだった。
 本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
 そういう朝食を食べてみたいと、夢見たブルー。
 「地球に着いたら」と、赤い瞳を輝かせて。
(…今のあいつは、ホットケーキは食べ放題で…)
 夢は叶っているわけだけれど、更に大きく広がった夢。
 メープルシロップが採れる砂糖カエデの森、其処へ行こうと。
(……採れるのは、雪がある季節だから……)
 その頃に二人で旅をしよう、と今のブルーは夢に見ている。
 いつか二人で暮らし始めたら、砂糖カエデの森に出掛けてゆきたいと。
(…前のあいつだと、ホットケーキの朝飯だったが…)
 今では砂糖カエデの森だぞ、と口に含んだコーヒー。
 「他にも幾つも夢があるな」と、「あいつの夢は、終わっちゃいない」と。
 憧れだった地球に着いても。
 青い水の星に生まれ変わっても、夢は広がる一方なんだ、と。


 まるで尽きない、ブルーの夢。
 それと同じに、今の自分の夢も尽きない。
 前のブルーと夢に見たこと、それを端から地球で叶えて、もっと、もっと、と。
(…あいつが幸せになってくれるんなら…)
 どんな夢でも叶えたいと思うし、そのための努力は惜しまない。
 この地球の上で。
 前の自分が夢に見ていた、「約束の場所」に着いた今でも。
(……まさか、こうなっちまうとは……)
 本当に夢にも思わなかった、と可笑しくなる。
 「地球に着いても」、それで願いが叶ったことにはならないなんて。
 前のブルーと交わした約束、それらを全て果たし終えても、先があるなんて。
(…流石は本物の地球、ってことか…)
 奥が深いな、と浮かべた笑み。
 赤黒くもさえ見えた星では、夢は広がりようもないから。
 前のブルーと辿り着いても、きっと回れ右していたのだろう。
 トォニィたちが、そうしたように。
 「百八十度回頭」と操舵士に言って、地球を後にして旅立ったように。
(…ところが、本物の青い地球ってヤツは…)
 俺たちを捕らえて離さないんだ、と今のブルーとの約束を思う。
 前の生より多くなっている、「地球でやりたいこと」たちの数を。
 いつか二人でやる筈のことを、旅やら、他にも様々なことを。
(……地球に着いても、夢は尽きんな……)
 贅沢だよな、と思う今の自分の幸せ。
 地球は終点ではないのだから。
 今のブルーと歩いてゆく道、それは始まったばかりなのだから…。

 

        地球に着いても・了


※前のハーレイの夢は「地球に着く」こと。その地球に生まれたのが、今のハーレイ。
 夢は叶ったわけですけれども、それでも尽きない夢の数々。贅沢すぎる幸せ。









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(……幸せだよね……)
 ぼくは幸せ、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
 今は学校の教師をしていて、チビの自分は、その教え子。
 学校では顔を合わせたけれども、家に寄ってはくれなかった。
 仕事が早く終わった時には、帰りに訪ねて来てくれるのに。
 前のハーレイのマントの色の愛車を、ガレージに停めて。
 門扉の脇のチャイムを鳴らして、この部屋の窓へ手を振りながら。
(だけど、幸せ…)
 ハーレイの顔は見られたもんね、と学校でのことを思い出す。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けて、ペコンと頭を下げた。
 足を止めてくれたハーレイに。
 恋人らしい会話は出来ない、教師の顔をした愛おしい人に。
(…会える分だけ、幸せだもんね?)
 それに、人生バラ色だもの、と小さな胸が温かくなる。
 誰が言ったか、「ラヴィアンローズ」。
 文字通りにバラ色の人生のことで、今の自分は「そうだ」と思う。
 ハーレイとキスは出来なくても。
 「俺は子供にキスはしない」と、すげなく断られてばかりの日々でも。
(……そうなっちゃうのは、ぼくがチビだからで……)
 いつか大きく育った時には、もう「駄目だ」とは言われない。
 前の自分と同じ姿になったなら。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃の姿を、もう一度、手に入れたなら。


 まだ遠い未来のことだけれども、その日は必ずやって来る。
 十四歳にしかならない自分が、結婚できる年の十八歳を迎える頃には。
 もっと早くに成長したなら、まだ学校の生徒でも…。
(……きっとキスして貰えるよね?)
 ハーレイと二人でデートに行って…、と膨らむ夢。
 今はデートも禁止なのだけど、ハーレイの家にも行けないけれど…。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 キスをしてやる、とハーレイは前に約束してくれた。
 その約束を、ハーレイは破りはしないだろう。
 学校でキスは出来なくても。
 教師と教え子、その関係は、まだ続いていても。
(…学校じゃない所だったら…)
 貰えるよね、と思う唇へのキス。
 頬や額へのキスとは違って、恋人同士で交わされるもの。
 そういったキスを、ちゃんと貰えるのに違いない。
 時と場所さえ、選んだなら。
 デートに出掛けた先の公園やら、ドライブの途中などだって。
(うん、ドライブにも行けるんだよ)
 隣町に住む、ハーレイの両親の家にも遊びに行ける。
 夏ミカンの大きな木がシンボルの、憧れの家に。
 チビの自分を「新しい家族」と認めてくれている、優しい人たちが暮らしている家に。
(……行きも帰りも、ハーレイの車で……)
 濃い緑色の車の助手席に乗って、隣町まで旅をする。
 一度目は「紹介」して貰いに。
 二回目からは、「ハーレイの未来のお嫁さん」として。
 じきに「お嫁さん」になる日が来るから、十回目頃ならば、もう…。
(…新しいお父さんと、お母さん…)
 そういう人たちに会いに行くことになるのだろう。
 ちょっとしたお菓子なんかを手土産に持って、「パパ、ママ!」と。


(…パパとママだと、おかしいかな?)
 子供っぽい響きになりそうだから、「お父さん、お母さん」の方がいいのだろうか。
 「パパ、ママ」でも許してくれそうだけれど、背伸びをして。
 「子供じゃないよ」と、「ハーレイのお嫁さんだもの」と。
(……どっちでもいいよね……)
 大切な人たちに、呼び掛けることが出来るなら。
 新しい家族になってくれた人に、会いに行くことが出来るのならば。
(…まだ先だけど…)
 その日は必ず訪れるのだし、本当に幸せだと思う。
 今はキスさえ貰えなくても。
 ハーレイにキスを強請っては、「駄目だ」と断られても。
 その度ごとにプウッと膨れて、ハーレイを睨み付けるのが常。
 「ハーレイのケチ!」と、両の頬っぺたに空気を詰めて。
 リスが頬袋を膨らませるように、不平と不満を一杯に詰めて。
(……リスならいいけど……)
 可愛らしいと思うけれども、ハーレイは、そうは見てくれない。
 プンスカ怒って膨れてやる度、「フグだな」と言われてしまう顔。
 おまけに、大きな両手でペシャンと押し潰される頬。
 それは可笑しそうに笑いながら。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」などと、より酷いモノを持ち出して。
 リスの頬袋なら、可愛いのに。
 頬っぺたを膨らませた生き物だったら、フグの他にも、ちゃんといるのに。


 恋人のことを「ハコフグ」呼ばわりするハーレイ。
 とても酷いと思ってはいても、ハーレイが好きでたまらない。
 こうして会えずに終わった日だって、思い浮かべて微笑むほどに。
 「幸せだよね」と、「ぼくの人生、バラ色だよね」と。
(……ハーレイがいてくれるから……)
 君がいるから、ぼくは幸せ、と緩む頬。
 どんなにケチで意地悪だろうと、ハーレイがいるから、人生、バラ色。
 この先の未来も、何処までもバラ色に染まってゆく。
 今よりも、もっと幸せに。
 もっと遥かにバラ色になって、人生という道筋に、バラが咲き乱れて溢れるほどに。
(……バラの絨毯……)
 その上を歩く、未来の自分が見えるよう。
 ハーレイとしっかり手を繋いで。
 香り高いバラの花の間を、一面に散り敷いた花びらの上を。
(…ハーレイにバラは似合わない、って…)
 シャングリラの女性たちが、ずっと昔に笑ったけれど。
 ハーレイにだけは、バラの花びらのジャムが届かなかったのだけれど…。
(……バラの花びらのジャムが、当たるクジ引き……)
 女性クルーが「ジャムは如何ですか?」と抱えていた箱。
 それはブリッジにも行ったけれども、ハーレイの前は素通りだった。
 ゼルでさえもが、クジ引きの常連だったのに。
 クジ引きの箱がやって来る度、「どれ、運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。


(……ハーレイの前は、箱が素通り……)
 誰も異論を唱えなかった。
 「キャプテンは、クジ引き、しないんですか?」と尋ねる者さえもいなかった。
 ハーレイにバラは似合わないから、「それでいいのだ」と皆が思って。
 昔馴染みのゼルやブラウも、笑うだけで知らんぷりをして。
(…だけど、バラ色だったんだよ……)
 あの頃だって、と思う人生。
 ハーレイの意見は知らないけれども、きっと人生はバラ色だった。
 前のハーレイと、シャングリラという船で暮らした頃は。
 恋人同士になった後はもちろん、その前だって。
(……ハーレイがいてくれたから……)
 どんな暮らしでも、幸せに満ちていたのだろう。
 ミュウの未来を憂いていたって、悲しみが胸に満ちていたって。
 「ソルジャー・ブルー」という尊称の下に隠れた、「ただのブルー」は。
(…ハーレイも、敬語だったけど…)
 常に敬語で通したけれども、ちゃんと「ブルー」を見てくれていた。
 ソルジャーではない、ただのブルーを。
 それこそ、出会った瞬間から。
 メギドの炎で燃えるアルタミラ、地獄だった星で顔を合わせた時から。
(…お前、凄いな、って…)
 そう声を掛けてくれたハーレイ。
 無意識の内に使ったサイオン、それでシェルターを破壊した後に。
 呆然とその場に座り込んでいたら、同じシェルターに閉じ込められていたハーレイが来て。
 「他にも仲間がいるだろうから、助けに行こう」と。
(……ハーレイ、怖がらなかったんだよ……)
 強すぎるサイオンを持った「ブルー」を。
 自分よりも遥かに年上なのだと知った後にも、「チビだからな」と守ってくれて。
 身体と同じに心もチビだと、「子供だから育ててやらないと」と。


 もしもハーレイがいなかったならば、どうなったろう。
 アルタミラからは逃げ出せたとしても、船の仲間たちは、どうだったろう。
(…船を守れるのは、前のぼくだけだから…)
 同じように「ソルジャー」と呼ばれたとしても、距離を置かれたかもしれない。
 「自分たちとは、全く違う」と、気味悪いものでも見るかのように。
 人類がミュウを忌み嫌ったように、ミュウの中でも同じことが起こって。
(……ハーレイの、一番古い友達……)
 ハーレイがそう言って、皆に紹介してくれた。
 お蔭で怖がる者はいなくて、すんなり溶け込んでゆけた船。
 そのハーレイに守られながら育っていって、いつしかハーレイに恋をしていた。
 恋をした後は、人生、バラ色。
 メギドに向かって飛び立つ前にも、ハーレイのことを想っていた。
 そう、死に瀕した瞬間でさえも。
 「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と泣きじゃくりながら。
(……本当に、君がいてくれたから……)
 バラ色だったんだよ、と思う人生。
 今の自分の人生もきっと、前よりもバラで一杯だろう。
 ハーレイには、バラが似合わなくても。
 バラの花びらで作られたジャム、それのクジ引きから外されたのがハーレイでも。
(今だって、ぼくは、君がいるから…)
 とても幸せ、とハーレイの姿を思い浮かべる。
 誰よりも愛おしい、大切な人を。
 キスもくれないケチな恋人、「フグだな」と笑う意地悪な人を…。

 

           君がいるから・了

※今も昔も、ハーレイがいれば、人生がバラ色なブルー君。今度は前よりバラが多くなって。
 ハーレイにはバラが似合わなくても、やっぱり人生はバラ色なのですv
 (本編の方では「薔薇」と書きましたが、こっちは軽めに「バラ」になりました)










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(人生、バラ色…)
 まさにラヴィアンローズってヤツだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は会えずに終わった恋人、前の生から愛した人。
 会えなかったとはいえ、学校で顔を合わせはした。
 「ハーレイ先生!」と、ペコリとお辞儀するブルーに。
 十四歳にしかならない恋人、今は教え子になってしまった人に。
(今はチビだが、何年かすれば…)
 チビではなくなるのがブルー。
 前の生で愛した姿そのまま、それは気高く美しい人になることだろう。
 道を歩けば、誰もが後ろを振り返るほどに。
 路線バスに乗っても、他の乗客の視線を集めてしまうくらいに。
(……なんたって、ソルジャー・ブルーだしな?)
 今も人気の王子様だぞ、と緩む頬。
 遠い昔に生きた人なのに、前のブルーの人気は不動。
 書店に行ったら、何冊も並ぶ写真集。
 その一つを「自分も」買って帰って、引き出しの中に入れている。
 『追憶』というタイトルを持っている「それ」を。
 表紙を飾ったブルーの瞳が、深い憂いに満ちているのを。
(…今のあいつは、ああいう目にはならないな…)
 写真集の表紙になったブルーの写真は、今では一番有名なもの。
 正面を向いた顔だけれども、「本当にブルーらしい」と思う。
 誰が見付けて世に出したのかは、もう分からなくなっているのだけれど。
 前の生では、いくら探しても、見付からなかった写真だけれど。


(……データベースを、端から探してみたのになあ……)
 あいつの写真、と前の生のことを思い出す。
 前のブルーを失った後に、手元に置こうと探した写真。
 けれども、どれも「何処か違った」。
 ソルジャーの顔をしたブルーばかりで、毅然としていた赤く澄んだ瞳。
(…いつも隠していやがったから…)
 憂いも、それに悲しみもな…、と分かってはいた。
 仲間たちが不安を抱かないよう、ブルーは「弱さを見せなかった」と。
 そんな人だけに、写真を撮ろうということになれば、あくまでソルジャー。
 笑顔で写ったものでなくても、綺麗に拭い去られた憂い。
 いつも心の奥深い場所に、沈め続けていた悲しみも。
 赤い瞳を覗き込んだら、揺れていた「それ」を。
(…前の俺でも、一枚も持っていなかったのに…)
 ブルーの素顔を写した写真、と苦笑する。
 それが後世に見付け出されて、広い宇宙に散らばるとは、と。
 「ソルジャー・ブルーと言ったら、これだ」と、誰もが思い浮かべるくらいに。
 とても美しかった面差し、お蔭で人気は俳優以上。
 ミュウの歴史の始まりの人で、メギドを沈めた英雄だから。
(…そんなブルーと、そっくりな姿に育つのが…)
 今のブルーで、もう楽しみでたまらない。
 チビのブルーが大きく育って、自分の隣にいてくれる日が訪れるのが。
 失くしてしまった前のブルーを、正真正銘、取り戻せる時が。


 今は、まだ遠い未来の話。
 十四歳のブルーが育つまでには、何年もかかる。
 結婚できる年の十八歳を迎える誕生日だって、まだ先だから。
(それでも人生、バラ色なんだ…)
 あいつに出会えて、一緒に生きていけるんだから、と心に満ちてゆく幸せ。
 今日のように「会えずに終わった」日だって、ブルーは生きているのだから。
 この時間ならば、とうに眠っているのだろうか。
 何ブロックも離れた所で、両親に「おやすみ」の挨拶をして。
 暖かなベッドの中にもぐって、小さな身体をコロンと丸めて。
(…でなきゃ、夜更かし…)
 あまり褒められたモンじゃないが、とブルーの弱い身体を思う。
 前と同じに弱く生まれた、すぐに寝込んでしまうブルーを。
(でもまあ、持病ってヤツは無いしな?)
 前のあいつも同じだったが、と時の彼方の記憶を辿る。
 ソルジャー・ブルーも身体が弱かったけれど、持病は持っていなかった。
 ただただ、壊れやすかっただけで。
 虚弱な身体が悲鳴を上げて、パタリと倒れてしまっただけで。


(あいつには、俺も泣かされたんだが…)
 我慢強すぎて…、と思い出すのは「ソルジャー・ブルー」。
 今のブルーも頑固だけれども、前のブルーは、それ以上だった。
 高い熱があっても「大丈夫だよ」と笑んで、すまして会議に出て来たりして。
 船の中を視察に回った挙句に、通路で倒れそうになったり。
(…本当に苦労させられたんだ…)
 あんなヤツだけに、と「前の自分」の役回りへと思いを馳せる。
 ソルジャーが隠し続ける不調を、見抜くのが役目だったから。
 「今日は、お休み頂かないと」と、青の間のベッドに押し込むのも。
(……それから、野菜スープ作りだ)
 ブルーの食欲が失せていたなら、もう食べ物は喉を通らない。
 そんな時には、厨房に出掛けてスープを作った。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、鍋でコトコト煮込んだものを。
 調味料といったら塩だけのものを、「どうぞ」とブルーに飲ませるために。
(何回、あれを作ったことやら…)
 数え切れんな、と思うけれども、あの頃の「自分」も幸せだった。
 何度、ブルーに泣かされようとも、こまごまと気を配りながら。
 恋人同士になった後はもちろん、「一番古い友達」だった時代も。


 そうだっけな、と船での日々を思い返して、ハタと気付いた。
 シャングリラという船で暮らした時代も、また「バラ色」ではなかったか、と。
 船の中だけが世界の全てで、何処に行くことも叶わなくても。
(…前のあいつと一緒に、旅して…)
 地球を探して宇宙を巡って、雲海の星、アルテメシアに辿り着いた。
 三百年近くも雲海の中に潜み続けて、その間に、様々なことがあったけれども…。
(……あいつがいたから……)
 きっと幸せだったのだろう。
 ブルーの身体が弱り始めて、「地球までは持たない」と悟らされても。
 愛おしい人を失くした時には、後を追おうと考えていても。
(…前の俺は、前のブルーに恋して…)
 恋をし続けて、こうして生まれ変わって来た。
 気が遠くなるほどの時を飛び越え、青い地球の上に。
 前のブルーの生まれ変わりの、チビのブルーと「また」出会うために。
 それは「ブルーがいてくれた」から。
 今も昔も、ただブルーだけを愛して、想い続けているから。
(……人生、バラ色……)
 前の俺もな、と前の自分の肩を叩いてやりたくなる。
 「お前さんもか」と、「お互い、人生、バラ色だよな」と。


(…うんと幸せに生きてたんだな、前の俺も…)
 前のあいつを失くした後には、どん底になっちまったんだが…、と零した溜息。
 バラ色の人生は色を失い、すっかり闇に沈んでしまった。
 いつの日かブルーの許に行こうと、それだけを思った地球までの旅路。
 「地球に着いたら、俺の役目は終わるんだ」と。
 前のブルーが遺した言葉を、頼まれたことをやり遂げたなら。
(……ソルジャーが、あいつだったから……)
 頼みを聞くことも出来たんだ、と今だから思う。
 あれがブルーの言葉でなければ、従ったりはしなかったろう。
 すぐにでもブルーを追ってしまって、船はキャプテンを失くした筈。
 地球を目指しての長い旅路が始まる前に。
(…そもそも、あいつがいなかったなら…)
 キャプテンなんかに、なっちゃいないな、という気もする。
 前のブルーが「なって欲しい」と頼みに来たから、キャプテンの道に転身した。
 ブルーを支えられるキャプテン、そういう存在になれたなら、と。
(アルタミラでも、あいつがいたから…)
 他のミュウたちを助けて回って、皆で宇宙へ逃げ出せた。
 出会ってすぐに「息が合った」のも、「ブルーだったから」。
 ブルー以外のミュウだったならば、あんな風には…。
(……いかなかった、って気がするなあ……)
 アルタミラからの脱出劇も、それから後の長い旅路も。
 前のブルーを失っても、なお、ひたすらに地球を目指した道も。


(……あいつがいたから……)
 頑張れたのが前の俺だ、と改めて思うブルーの「重さ」。
 今の人生がバラ色なように、前の人生も「バラ色」に染めていてくれた人。
 だから今度も、人生は、きっと最後までバラ色だろう。
 平和な地球に生まれたブルーは、逝ってしまいはしないから。
 ただ一人きりでメギドへと飛んで、戻らなくなることは無いから。
(うんうん、あいつがいるから、ってな)
 俺の人生、バラ色なんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
 ブルーさえいれば、人生は何処までも最高に幸せな、ラヴィアンローズ。
 今も昔も、そういう幸せ一杯のもの。
 そう、ブルーさえいたならば。
 「あいつがいるから、幸せなんだ」と、愛おしい人を想って微笑みながら…。

 

          あいつがいるから・了


※人生、バラ色なハーレイ先生。今はもちろん、前の生でもバラ色だったみたいです。
 ブルーさえいれば、ラヴィアンローズ。今度こそ、幸せ一杯の人生になるのでしょうね。











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(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 寄ってくれるかと思ったんだけどな、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は平日、学校で普通に授業があった日。
 ハーレイは仕事があった日なのだし、そうそう帰りに寄ってはくれない。
 けれど、期待をしてしまう。
 「今日はどうかな?」と、壁の時計を眺めて。
 もう来てくれない時刻になるまで、何回となく。
(……今日は、駄目な日……)
 会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
 それとも他の先生たちと、食事に出掛けて行っただろうか。
 ハーレイの愛車に、他の先生たちが乗り込んで。
 この時間にも何処かで食事か、ハーレイ以外はお酒を飲んでいるだとか。
(…仕方ないけどね…)
 ぼくはハーレイの家族じゃないもの、と落とした肩。
 この家だって、ハーレイの家とは違うから。
(……ぼくがハーレイのお嫁さんなら……)
 食事に行かずに帰って来るよね、と思ってしまう。
 もしも出掛けて行ったとしても、早めに帰って来ることだろう。
 まだ続いている酒宴を抜けて、「お先に」と。
 奥さんや子供がいる先生なら、そういう人も多いだろうから。
(ハーレイ、独身なんだもの…)
 引き留められても困りはしないし、周りだってそう思っている。
 一番最後まで皆と残って、最後は「送り届ける」役目、と。
 ハーレイから何度も聞いているから。
 「俺は、みんなを送って行くんだ」と、片目を瞑って。
 皆がお酒を飲んでいたって、ハーレイは「送る役目」が好き。
 お酒なんかは一滴も飲まずに、前のハーレイのマントの色の愛車で。
 もう路線バスは走っていない時間に、一緒に出掛けた先生たちを何人も乗せて。


 そういう役目のハーレイだけれど、いつかは変わることだろう。
 チビの自分が大きく育って、結婚できる年になったら。
(ウェディングドレスもいいけど、白無垢もいいよね?)
 迷っちゃうよね、と思う花嫁衣裳。
 それを纏って結婚式を挙げて、ハーレイの「お嫁さん」になったら。
 ハーレイの家で一緒に暮らして、「いってらっしゃい」と送り出す時が来たなら。
(……家では、ぼくが待ってるんだから……)
 食事は断って真っ直ぐ帰るか、あるいは早めに切り上げて来るか。
 どっちにしたって、遅い時間にはならないだろう。
 「おかえりなさい!」と迎えるのは。
 ハーレイの車がガレージに入って、玄関の扉が開くのは。
(だけど、今だと…)
 まるで関係ないのが自分。
 此処でションボリ項垂れていても、ハーレイが気付くことはない。
 「寂しがってるかな?」と思いはしても、それだけのこと。
 酒宴を抜けて、此処に帰って来はしないから。
 ハーレイが帰るのは「自分の家」で、何ブロックも離れた所。
 何時に其処に帰り着こうと、ハーレイの自由。
 たとえ日付が変わる頃でも。
 もっと遅くに帰っていたって、チビの自分は無関係。
 ハーレイが帰ったことさえ知らずに、この部屋で眠っているだけだから。
 「ただいま」の声は聞こえもしなくて、ハーレイの家のドアが開くだけ。
 そしてパタンと再び閉まって、やがて灯りが消えるのだろう。
 ハーレイがお風呂に入ったら。
 明日の仕事の準備を終えて、「そろそろ寝るか」と思ったなら。


 今の自分は、ハーレイを家で迎えられない。
 「おかえりなさい」と言えはしないし、朝だって笑顔で送り出せない。
 その日が来るのは、まだずっと先で、何年も待つしかないのだけれど…。
(……ちょっと待ってよ?)
 ハーレイの年は、三十八歳。
 前のハーレイよりは遥かに若いのだけれど、とうに結婚していたとしてもおかしくない。
 その上、昔はモテたのだと聞いた。
 柔道と水泳の選手だった頃には、「プロの選手にならないか」と誘われたほど。
 大勢の女性ファンに囲まれ、花束だって貰っていた。
 もしも「その中の誰か」と気が合い、お付き合いをしていたならば…。
(…とっくの昔に…)
 プロポーズして、結婚していたことだろう。
 子供部屋までついている家を、ハーレイは持っているのだから。
 この町で教師の職に就く時、隣町に住むハーレイの父に買って貰って。
(……お嫁さんを貰っちゃったら、じきに子供も……)
 生まれていたのに違いない。
 とても可愛い女の子だとか、ハーレイに似てヤンチャな男の子とか。
(…ハーレイ、絶対、可愛がって…)
 目の中に入れても痛くないほど、子供たちを愛したことだろう。
 もちろん、妻になった女性も。
 食事の誘いがあった時にも、「早く帰らないと」と言い出すほどに。
 三度に一度は断るだとか、最初から行きもしないくらいに。
(…奥さんも子供も、大切だもんね…?)
 きっとハーレイなら、いい父親になるのだろう。
 最高の夫で、最高のパパ。
 そうなっていても、何の不思議もない。
 今のハーレイの年ならば。
 三十八歳にもなっているなら、奥さんも、それに子供もいても。


(……もしも、出会うのが遅すぎたなら……)
 ハーレイとの再会が遅れていたなら、ハーレイには家族がいたろうか。
 隣町に住む両親の他にも、妻や子供たちが。
 一度だけ遊びに出掛けたあの家、あそこに住んでいる人たちが。
(…ハーレイが、パパになっちゃってたら…)
 子供はまだでも奥さんがいたら、いったい、どうなってしまったのだろう。
 忘れもしない五月の三日に、あの教室で再会したら。
 右の瞳や両肩や脇腹、聖痕から血が溢れ出したら。
(……ぼくとハーレイの、記憶は戻って来るけれど……)
 前の生での恋だって思い出すのだけれども、その恋はもう続きはしない。
 ハーレイには妻がいるのだから。
 もしかしたら子供も待っている家に、帰ってゆくのがハーレイだから。
(…聖痕が出た日に、夜にお見舞いに来てくれたけど…)
 その時に告げた「ただいま」の言葉。
 「帰って来たよ」と微笑み掛けたら、ハーレイは抱き締めてくれたのだけれど。
(……奥さんや子供が待ってるんなら……)
 ハーレイの顔に浮かんでいたのは、濃い途惑いの色だったろうか。
 いくら恋人と再会したって、恋を育めはしないから。
 「すまん」と詫びて帰ってゆくのが、今のハーレイには似合いだから。
(…ぼくなんかと、恋をしてるより…)
 もっと大切な妻や子供が、ハーレイの帰りを待っている。
 学校で起きた事件のことも、きっと知らせているだろうから。
 「病院に運ばれた生徒がいるから、見舞いに行ってから家に帰る」と。
(……奥さんも子供も、待ってるんだし……)
 ハーレイは急いで帰らなくては。
 聖痕で倒れた「生徒」の無事を確認したら。
 それが「かつての恋人」でも。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人の生まれ変わりでも。


 そうなっていたら、きっと自分も、ハーレイを止めることは出来ない。
 「俺には妻と子供がいるんだ」と打ち明けられたら、何も言えない。
 どれほどハーレイのことが好きでも、「そんな人たち、放っておいてよ」なんて酷い言葉は。
 「ぼくだけを見て」などという我儘も、「ぼくだけのハーレイに戻ってよ」とも。
 そう言いたくても、遅すぎるから。
 ハーレイにとっては妻も子供も、とても大切な存在だから。
(……もしも出会うの、遅すぎたなら……)
 そうなっちゃっていたのかも、と震わせた肩。
 青い地球の上で再会したのに、もう、この恋に望みは無くて。
 どんなにハーレイの側にいたくても、其処には別の人たちがいて。
(…学校に行ったら、ハーレイ先生に会えるんだけど…)
 それだけのことで、もう「ハーレイ」は手に入らない。
 たとえ大きく育っても。
 前の自分と同じ背丈に育ったとしても、花嫁になれる日は来ない。
 もうハーレイには「お嫁さん」がいて、子供だって生まれているのだから。
 誠実で優しい「ハーレイ」ならば、家族を捨ててしまいはしない。
 それに自分も、そんなことなど望みはしない。
 今のハーレイの家族を壊して、代わりに自分が入り込むなど。
 妻や子供を放り出させて、あの家で暮らしてゆくことなんて、とても出来ない。
 きっとハーレイは悲しむから。
 「ブルー」を愛する気持ちはあっても、妻や子供を忘れることなど、有り得ないから。
(…そうならなくって、ホントに良かった…)
 良かったよね、と撫で下ろした胸。
 もしも出会いが遅すぎたなら、悲劇が待っていただろうから。
 ハーレイが好きでたまらなくても、涙を堪えて諦めなければならない道が…。

 

          遅すぎたなら・了


※ブルー君が考えてしまったこと。「ハーレイと出会うのが遅すぎたなら」と。
 ハーレイ先生に奥さんや子供がいたなら、諦めるしかないのが恋。悲しすぎますよね。










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(……ふうむ……)
 この所、とんと御無沙汰なんだが…、とハーレイが眺めた新聞広告。
 ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のダイニングで。
 折り込みチラシの広告ではなく、紙面に載っている広告。
 記事の下の方に、目に付くように。
 ブライダル関係の店のものだから、新郎新婦の写真もつけて。
 職業柄、列席することが多い結婚式。
 あちこちの学校に赴任するから、次々に増える同僚たち。
 自然と付き合いが増えてゆくだけに、結婚式への招待も多い。
 「是非、来て下さい」と声を掛けられ、招待状が送られて来て。
 以前の学校の同僚からも、ある日、招待状が届いて。
 けれど、最近、行ってはいない。
 小さなブルーと再会してから、ただの一度も。
(まあ、偶然ってヤツなんだがな?)
 それにその方が有難いが…、と思いもする。
 結婚式に招待されたら、確実に潰れてしまう休日。
 ブルーの家を訪ねたくても、結婚式が優先になってしまって。
(あいつが家でポツンとだな…)
 寂しく過ごしているだろう頃に、自分の方は結婚式に披露宴。
 新郎新婦を祝福した後、それは華やかなパーティーの席に招かれて。
(……なんだか、後ろめたいしな?)
 小さなブルーが憧れている結婚式。
 「早くハーレイと結婚したいよ」と夢を見ながら。
 他人のものでも、きっとブルーは「いいな…」と言うに違いない。
 幸せ一杯の新郎新婦を祝福できて、おまけにパーティーなのだから。
 「ぼくも一緒に行きたいのに…」などと、無茶なことを言って。
 招待されていない客など、披露宴には行けないのに。
 結婚式には、誰でも参列できても。
 教会の前を通りかかった人なら、その場で一緒に祝福できる習わしでも。


 そういう意味では、招待状が届かないのは嬉しいこと。
 ブルーが「いいな…」と零さないから。
 「すまんな」とブルーの家に行くのを断り、披露宴などに出なくていいから。
(…いずれ、あいつが主役になるまで…)
 招待状なんかは来なくていいな、という気がしないでもない。
 小さなブルーが大きく育って、結婚式を挙げられる日まで。
 ウェディングドレスか白無垢なのか、まだ決まってもいないけれども、花嫁衣装を纏って。
(それでも俺はかまわないなぁ…)
 ブルーの寂しそうな顔を見るより、結婚式には行けない方が。
 何度ポストを覗いてみたって、招待状が入っていない方が。
(…俺の年だと、どちらかと言えば、出す方で…)
 待っている者も、きっと少なくないだろう。
 学校の同僚たちはもちろん、柔道や水泳の仲間たちでも。
 「あいつの結婚式はまだか?」と気をもんでいる、大先輩だっているに違いない。
 若い頃には、モテていただけに。
 「プロの選手にならないか?」という声が来ていた頃には、女性ファンも多かったから。
(いい子を見付けて、結婚しろよ、と…)
 肩を叩いた先輩もいた。
 「今なら選り取り見取りだから」と、ウインクをして。
 プロの道には進まないにせよ、付き合っておけばいいだろうに、と。
(しかしだな…)
 何故だか、とんと御縁が無かった。
 あれほど女性に囲まれていても、花束などを貰っても。
 差し入れをくれた女性も多かったけれど、「付き合おう」とは思わないままで。
 デートの一つもしたことが無い、と明かせばブルーは喜ぶだろうか。
 女性の方では、「あれはデートだ」と思ったとしても。
 他の友人の「彼女」も交えて、バーベキューなどはしていたから。
 いつも差し入れをくれる女性たちを招いて、それは賑やかに。


(…ピンとくる子が、いなくてだな…)
 とうとう誰とも「付き合わない」まま。
 愛車の助手席に一人だけ乗せて、ドライブに出かけてゆくこともせずに。
 けれど、ブルーと出会わなかったら、どうだったろう。
 今も気楽な独り身のままで、のんびり過ごしていたならば…。
(ある日バッタリ、俺のファンだった誰かと出会ってだ…)
 せっかくだからと、一緒にお茶か、食事か。
 そして相手も独り身だったら、「またお茶でも」となっていたかもしれない。
 お互い時間はたっぷりあるから、気が向いた時に都合を合わせて。
 お茶に食事にと繰り返す内に、ドライブにも誘う日が来たろうか。
 「俺が車を出すから」と。
 車を運転するのは好きだし、行きたい先が一致したなら。
(そうして楽しくやっている内に…)
 とても気が合う、と気付いたならば、その後のことはトントン拍子。
 「自分の家」は持っているから、プロポーズして。
 子供部屋までついている家で、「俺と暮らしてくれないか」と。
(…断られるってことは、無いだろうしな?)
 婚約指輪を渡せたならば、日取りを決めて結婚式。
 この家に妻になる人を迎えて、きっと幸せ一杯の日々。
 やがて子供も生まれるだろうし、そうなれば自分は「パパ」になる。
 女の子だったら、お姫様のように大事にしたろうか。
 生まれて来た子が男だったら、柔道や水泳を教えたろうか。
(俺が親父に習ったみたいに…)
 釣りも教えたに違いない。
 女の子でも、ピクニックのついでに「やってみるか?」と。
 後ろから釣竿を支えてやって、「ほら、引いてるぞ」と。


 きっと、そういう人生もあった。
 ブルーと出会っていなければ。
 前の生から愛したブルーと、あの日に再会しなかったなら。
 忘れもしない五月の三日に、赴任した先の学校で。
 初めて入ったブルーのクラスで、小さなブルーに聖痕が現れなかったならば。
(……そうするとだ……)
 もしも、出会うのが遅すぎたら。
 小さなブルーと再会するのが、まだ何年も先だったなら。
(…俺はとっくに、嫁さんを貰っちまってて…)
 愛する子供の一人や二人も、いたかもしれない。
 家に帰れば「パパ!」と迎えてくれる子供が。
 夕食を作って「おかえりなさい」と、笑顔で待っている妻も。
(……それでブルーと出会ったら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 大切な妻も子供もいるのに、ブルーが目の前に現れたら。
 「帰って来たよ」と健気に微笑み、「ただいま」と瞳が煌めいたら。
(…俺が独身だったから…)
 そのままブルーを受け止めたけれど。
 「俺のブルーだ」と喜んだけれど、家族がいたなら、そうはいかない。
 どんなにブルーが愛おしくても、ブルーの想いは受け入れられない。
 そうすれば「家族」が壊れるから。
 妻も子供も、見捨ててしまうことになるから。
(俺には出来んぞ、そんな選択…!)
 どれほどブルーが欲しくても。
 ブルーの方でも、「ハーレイ」と一緒にいたがっても。


(…すまん、と頭を下げるしか…)
 なかったろうな、と容易に想像がつく。
 あの日、再会を遂げたブルーを、抱き締めることは出来なくて。
 「今の俺には、家族がいるんだ」と、消え入りそうな声を絞り出して。
 青い地球の上で再会できても、もう一緒には暮らせないから。
 ブルーの想いには応えられなくて、自分の恋さえ消すしかない。
 「今の自分」の大事な家族を、バラバラにしたくないのなら。
 愛する妻や可愛い子供を、捨てることなど出来ないから。
(……あいつも辛いが、俺だって……)
 とても辛くて、苦しい思いをしただろう。
 前の生から愛した人を、手に入れられなくて。
 そうするどころか、逆に別れを告げるしかなくて。
(あいつと会うのが、遅すぎたら…)
 全ては違っていたかもしれん、と恐ろしくなる。
 「そんなことは、無いに決まっているさ」と分かってはいても。
 ブルーに聖痕をくれた神なら、出会いの場まで用意してくれた筈、と知ってはいても。
(…俺に嫁さんと子供がいるってヤツは…)
 それだけは勘弁願いたいな、と改めて眺めた新聞広告。
 結婚式を挙げるのだったら、ブルーしか考えられないから。
 ブルーと式を挙げられないまま、妻や子供と暮らしてゆくのは辛すぎるから。
(本当に、少し遅すぎたら…)
 無いとは言えなかったんだ、と竦める首。
 ブルーと出会えて良かったよな、と。
 他の誰かと結婚式を挙げて、妻や子供に囲まれる前に…。

 

          遅すぎたら・了


※ハーレイ先生が気付いた、ブルー君との「出会いの時が遅すぎたら」という話。
 そんなことは無い、と分かってはいても怖いですよね。ブルー君と暮らせないなんて…。










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