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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(時間旅行かあ…)
 そういうモノもあるらしいよね、と小さなブルーの頭に浮かんだこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(タイムマシンが有名だけど…)
 小説の世界ではお馴染みだけれど、生憎と、まだ出来てはいない。
 地球が滅びてしまう前から、人間は夢を見ていたのに。
 自由自在に時を飛べたらと、本の世界や、映画なんかで。
(だけど、一応…)
 時間旅行をしたと言われる人物は、存在していたらしい。
 それが本当かどうかはともかく、タイムトラベラーだと名高かった人。
(サンジェルマン伯爵…)
 十八世紀のヨーロッパ社交界で活躍した人物。
 社交界で名を上げた頃には、もう七十歳近かった彼。
 ところが見た目は、四十代でしかなかったという。
 そんな昔は、人が老けるのは、今よりもずっと早かったのに。
 六十代なら立派な老人、四十代に見える筈もないのに。
(その上、それから何年経っても…)
 伯爵は年を取らなかった。
 久しぶりに再会した人たちが、「変わっていない」と驚いたほどに。
 まるで伯爵の上でだけ、時間が止まっているかのように。
(…不老不死だ、って…)
 そういう噂が流れたくらいに、不思議な現象。
 老けない人など、有り得ないから。
 人間が全てミュウになった今なら当たり前でも、十八世紀には無理だから。
(それだけじゃなくて…)
 サンジェルマン伯爵は、途方もない量の知識を持っていた。
 何千年も生きてきた人であるかのように。
 遥かな過去の時代の話を、その目で見たかのように語って。


(シバの女王とか、ソロモン王とか…)
 伝説に等しい王たちと親しく、アレクサンダー大王とも杯を交わした彼。
 十字軍にも出掛けたというし、カナの婚礼にも出席した。
(社交界で活躍してから、ずっと後になって…)
 それこそ何十年と月日が流れ去った後に、サンジェルマン伯爵に出会った人たちがいる。
 寿命が短かった時代に、百歳は越えているだろう彼に。
 けれども伯爵は全く変わらず、四十代にしか見えないまま。
 伯爵と再会した人の方は、もう老人になっていたのに。
 すっかりと老いて顔には皺が刻まれ、髪の毛は白くなっていたのに。
(…伯爵は、タイムトラベラー…)
 サンジェルマン伯爵を知っていた人は、そうは考えなかったけれど。
 十八世紀に生きた人には、時間旅行の概念など無い。
 だから伯爵が語った通りに、「不老不死だ」と思い込んだ。
 錬金術で不死の薬を手に入れ、それを飲んで生きているのだと。
 ソロモン王の時代よりも遠い昔に生まれて、何千年も世界を見て来たのだと。
(年を取らないのも、不老不死だから…)
 それできちんと説明がつく。
 人々は伯爵の正体を錬金術師と考え、不老不死だと信じたけれど…。
(もっと時代が後になったら…)
 時間旅行というアイデアが生まれ、小説などが登場した。
 そうなってくると、サンジェルマン伯爵の記録が脚光を浴びる。
 「本当は、タイムトラベラーだったのでは」と、大勢の人に注目されて。
 伯爵がタイムトラベラーなら、沢山の謎が解けるから。
 錬金術など使わなくても、何千年も生きていなくてもいい。
 四十代のサンジェルマン伯爵は、タイムマシンを好きに使うだけ。
 「今度は、あそこへ行ってみよう」と、シバの女王の所まで。
 アレクサンダー大王に会いに行くのも簡単、十字軍に参加するのも自由。
 彼の好奇心が趣くままに。
 思い付いた時にタイムマシンを使って、軽々と時を飛び越えていって。


 十八世紀のヨーロッパは、きっと、「お気に入りの時代」だったのだろう。
 拠点を定めて暮らしてゆくには、とても楽しくて活気があって。
(お屋敷を持って、社交界に出て…)
 気に入った人たちに、時間旅行の体験談を披露した。
 「ほら話」にしては出来すぎているから、誰もが喜んで聞き入ってくれる。
 何千年も生きているのだと言ったって。
 自分の生まれは遥かな昔で、広い世界を旅して来たと語っても。
(…本当は、どうだったんだろう…?)
 今も分からない、サンジェルマン伯爵の正体のこと。
 タイムマシンは出来ていなくて、「サンジェルマン伯爵」も出来ようがない。
 「我こそは」と勇み立つ人がいたって、肝心のマシンが無いのでは。
 瞬間移動が可能なミュウでも、時間跳躍は出来ないから。
(今でも、謎だよ…)
 ルーマニア王家の関係者なのだ、と話していたサンジェルマン伯爵のことは。
 伯爵がそう語った時代に、ルーマニアに「その名の王家」は無かった。
 後に王家は、本当に出現するのだけれど。
 彼らの子孫も、後世まで生きていたのだけれど…。
(……SD体制に入っちゃったら……)
 人間は誰の子孫でもなく、同時に誰の子孫でもあった。
 機械が統治していた時代は、そういう時代だったから。
 人工子宮から生まれた子供に、実の親などいる筈もない。
 養父母が育て、精子と卵子の提供者が誰かも分からない世界。
 「ルーマニア王家の関係者」などは、もういなかった。
 広い宇宙の何処を探しても。
 育英都市にも、首都惑星にも、あちこちに散らばる星を探しても。


(…やっぱり、作り話なのかな?)
 タイムマシンも無いままなんだし…、と思うけれども、ふと気が付いた。
 本物の「ルーマニア王家の関係者」である必要など、何処にも全く無いと。
 どうせ十八世紀に生きた人には、事実かどうかは意味が無い。
 確かめようがないことなのだし、当時は「ほら」だと思われたこと。
 不老不死の伯爵が、周りを煙に巻こうとして語った「ほら話」。
(それなら、誰がサンジェルマン伯爵でもかまわないよね?)
 タイムマシンを持ってさえいれば。
 十八世紀まで時を旅して、その時代に拠点を定めさえすれば。
(…その気になったら、ぼくだって…!)
 なれちゃうんだよ、と思った時代の寵児。
 ソロモン王やシバの女王の宮廷に出掛けて、アレクサンダー大王とも宴。
 カナの結婚式に出席してみたり、十字軍にも加わってみたり。
(うん、最高…!)
 十八世紀の人たちの前では、「ルーマニア王家の関係者」だと名乗ればいい。
 「サンジェルマン伯爵」という名前で、屋敷を借りて。
 社交界にもツテを作って、楽しく遊び暮らしていったらいい。
 合間には、時間旅行をして。
 自分の行きたい時代へと飛んで、様々なことを見聞して。
(……ちょっぴり、年が違うんだけど……)
 四十代じゃないんだけどね、と其処が難点。
 その外見に見せかけるのなら、特殊メイクが必要だろう。
(それから、チビ…)
 十四歳の子供の背丈は、社交界に出るには足りなさすぎる。
 前の自分の背丈だったら、きっと充分だっただろうに。
(…髪の毛の色と、目の色も…)
 サイオニック・ドリームで、どうとでもなった。
 不器用な今の自分と違って、伝説のタイプ・ブルーだから。
 最強のミュウで、特殊メイクが無くても、四十代の姿になれそうだから。


 なかなか上手くいかないよね、と零れた溜息。
 今の自分はどう頑張っても、特殊メイクが必要だろう。
 タイムマシンを手に入れる頃には、ちゃんと背丈が伸びていたって。
 髪と瞳の色も、見た目の年も、サンジェルマン伯爵からは程遠いから。
(…前のぼくなら、簡単なのにな…)
 ちょっと残念、と肩を落として、其処で引き戻された現実。
 正確に言うなら、タイムマシンを手に入れた時に、どうするべきか。
(……時を飛べたなら、サンジェルマン伯爵になるよりも……)
 もっと大切な、「するべきこと」。
 十八世紀の社交界で楽しく遊んでいるより、SD体制の時代へ出掛けて…。
(…ミュウの歴史を変えなくちゃ…)
 ミュウを排除するシステム自体は変えられなくても、一人でも多く、生きられるよう。
 まずはアルタミラの虐殺を止める所から。
(……メギドが狙いを定める前に……)
 アルタミラに降りて、閉じ込められていたミュウたちを逃がす。
 牢獄だったシェルターを開けて、自由の身にしてやることが出来たら…。
(宙港には船が沢山あったし、全員、それに乗り込んで…)
 宇宙へと逃げて、そこから始まる新しい歴史。
 大勢のミュウが宇宙に船出したなら、その先も変わることだろう。
 「シャングリラ」という船は誕生しないで、ミュウの艦隊が出来るだろうか。
 何隻もで宇宙を旅する仲間に、「ソルジャー」は必要ないかもしれない。
 全ては会議で決めてゆくことで、リーダーだって…。
(任期があって交代するとか、そんなのかもね?)
 前の自分は「まだ子供だから」と出番は来ないで、ハーレイも厨房の係のまま。
 そうやって長く旅を続けて、大勢のミュウを救い続けて…。
(ナスカの悲劇も起こらないまま、いつか地球まで…)
 ミュウたちは辿り着くかもしれない。
 タイムマシンで時間を旅して、上手く歴史を変えていったら。
 社交界には出られなくても、誰も気付いてくれなくても。


(そうやって、歴史を変えちゃっても…)
 ハーレイとは、きっと出会えるよね、と浮かべた笑み。
 大英雄になる「ソルジャー・ブルー」は、ついに歴史に現れなくても。
 名高い「キャプテン・ハーレイ」だって、現れないままになったとしても。
(……ぼくとハーレイだったら、きっと……)
 出会えて、今の時代も一緒、と心がじんわり温かくなる。
 名も無いミュウでも、たとえヒトではなかったとしても、二人の絆は変わらないから。
 どれほどの時が流れようとも、離れずに、いつも一緒なのだと思えるから…。

 

         時を飛べたなら・了


※タイムマシンがあったらいいな、とブルー君が描いた夢。サンジェルマン伯爵の世界。
 けれど、本当にタイムマシンを手に入れたなら…。社交界より、ミュウの歴史なのですv










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(タイムスリップなあ…)
 そういう現象があるらしいよな、とハーレイの頭を掠めたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 タイムスリップ、時間をヒョイと飛び越えること。
 遠い昔から、ヒトが憧れた時間旅行。
 自由自在に時を越えるには、タイムマシンが欠かせないもの。
 それは未だに出来ていなくて、時間旅行は今でも「夢」。
 時間旅行は無理だけれども、タイムスリップらしき現象は何度か起こっている。
 今までのヒトの歴史というものの中で、「それであろう」と言われるものが。
(……昔から有名な所だと……)
 フランス革命で処刑された王妃、名高いマリー・アントワネット。
 彼女がギロチンの露と消えてから、長い歳月が流れた後に…。
(…ベルサイユ宮殿の庭を散歩していて、マリー・アントワネットらしき人物に…)
 出会ったという女性がいた。
 侍女たちを連れて歩みを進める、昔風のドレスを纏った王妃を見た女性。
 もちろん彼女は「今の出来事だ」と考えた。
 誰かがそういう格好をして、ベルサイユを散歩しているのだと。
 ところが王妃は瞬く間に消え、見回しても、何処にも無かった姿。
 ついさっき「其処を歩いていた」のに、誰かと見間違える筈も無いのに。
(時代がかったドレスでなければ、紛れちまうこともあるんだろうが…)
 そうではないから、「目撃者」の話はアッと言う間に広がった。
 友人知人に、更に知り合い、人から人へと。
 そうして導き出された一つの結論が「タイムスリップ」。
 目撃者の女性に聞けば聞くほど、何もかもが「王妃がいた時代」だったものだから。
 王妃と侍女のドレスだけではなくて、その時の庭の佇まいも。
 ベルサイユを散歩していた女性は、何かのはずみで時の流れを飛び越えた。
 マリー・アントワネットが「いた」時代まで。
 自分でも全く気付かない内に、ほんの短い間だけ、時間旅行をして。


 今も出来ていないタイムマシン。
 ヒトの憧れの時間旅行。
(…時間旅行は、今でも無理なモンだから…)
 それを題材にした本などが人気を集めもする。
 行ってみたい時代へ旅をする人や、タイムスリップしてしまう人が主人公。
(ちょっと捻った所だと…)
 タイムリープも、昔からよく扱われる。
 時間旅行ではなくて時間跳躍、タイムマシンは無しで時間を飛び越えるもの。
 ちょっとした切っ掛けで時を越えるとか、専用のアイテムがあるだとか。
(…そうやって、時を越えてった先で…)
 主人公が出会う歴史の一コマ、それを書き換えたりもする。
 死ぬ筈だった人を救い出したり、負け戦を勝ち戦に変えてしまったり。
(過去に行ったら、自分の時代じゃ歴史の授業で教わることが…)
 これから起こる出来事なのだし、知識さえあれば変えられる流れ。
 窮地に陥りそうな人には、「そうしては駄目だ」と別のルートを示して。
 大きな戦で負けるというなら、敗因を先に取り除いて。
(一度で全部やり切れないなら、少しずつ…)
 タイムリープを繰り返しながら、過去の出来事を修正する。
 頑なに考えを変えない人でも、少しずつなら譲歩したりもする。
 「それなら右へ行ってみようか」とか、「右へ行くのも悪くないかも」だとか。
 右へ曲がって直進したなら、同じように破滅するのだとしても…。
(そうなった歴史の過去へ戻って、右折の次は左折したなら…)
 ほんの少しだけ、変わる状況。
 左折した次に直進しないで迂回したなら、免れる破滅。
(歴史がそっちへ進むようにと、タイムリープを繰り返して…)
 右折の次は左折、次は直進しないで迂回。
 その結果、歴史は大きく変わって、死ぬ筈の人が生き残る。
 たった一人の人のお蔭で。
 せっせと時間を飛び越え続けて、努力を重ねた人の力で。


(夢物語ってヤツなんだがな…)
 今の所は、と考える人の技術の限界。
 タイムマシンは出来ていないし、タイムリープ用のアイテムも無い。
 人間が全てミュウの今なら、サイオンの力で時間を飛び越えられそうなのに。
 瞬間移動が当たり前になってしまったみたいに、タイプ・ブルーの中の誰かが…。
(タイムリープを可能にしたって、かまわないように思うんだがなあ…)
 空間を瞬時に飛び越えてゆくか、時間を越えてゆくかの違い。
 たったそれだけ、サイオンのベクトルを時間の方に振り向けたなら…。
(一瞬の内に、望む時代へ…)
 飛んでゆけそうな気がするというのに、一人もいない時間旅行者。
 夢見る人は多いけれども、やっぱり今でも夢物語。
 タイムリープをする人の話は、読み物として人気を博していても。
 「自分もタイムリープをしたい」と、夢を描く人が大勢いても。
(…俺には、夢の夢ってヤツで…)
 どう考えても無理なんだよな、と零れる苦笑。
 残念なことに、タイプ・ブルーではないものだから。
 青い地球の上に生まれ変わっても、前と同じにタイプ・グリーン。
 いくらサイオンを持っていたって、瞬間移動さえ難しい。
(…タイプ・グリーンが、瞬間移動をしたって話は…)
 今の時代でも珍しいケース。
 前の自分が生きた時代は、たった一つしか無かった例。
 しかも目撃者は、ミュウの中には「いなかった」。
 瞬間移動をやってのけたのは、人類の中にいたミュウだったから。
 キース・アニアンの側近になった、マツカがキースを抱えて飛んだ。
 前のブルーが、自分の命を捨ててまで…。
(沈めたメギドから、キースの野郎を…)
 マツカは救って、旗艦まで飛んで行ったという。
 タイプ・グリーンのミュウだったのに。
 瞬間移動などしたことも無くて、初めての挑戦だったのに。


 あの時、マツカが「飛ばなかったら」、歴史は変わっていただろう。
 キースはメギドで死んでしまって、人類軍は指揮官を失くす。
 もっとも、あそこでキースが戻らず終いでも…。
(エンデュミオンの指揮は、スタージョン中尉が任されていたんだし…)
 旗艦も艦隊も無事に宙域を離れ、ソレイドに戻ったことだろう。
 「残党狩り」を命じたキースはいないし、グレイブが率いる艦隊と共に。
(ジルベスター星域での演習だと言ってたらしいしな?)
 人類軍の公式発表では、そういうことだった。
 メギドまで持ち出したミュウの殲滅作戦、その存在は伏せられていた。
 だからキースが戻らなくても、人類たちは気付きはしない。
 自分たちが「誰を」失ったのか。
 ミュウの反撃が開始されても、シャングリラがノアに迫って来ても。
 聖地の地球にまで、ミュウの艦隊が降下してゆこうとも。
(右往左往するだけで、アッと言う間に…)
 人類はミュウに敗れただろう。
 機械が無から作った指導者、キース・アニアンが「いなかった」なら。
 ミュウのマツカの瞬間移動が、失敗に終わっていたならば。


(…そうなると、だ…)
 俺が夢物語を描くなら…、と思案してみる。
 もしも自分が時を飛べたら、何処を目指して飛べばいいのかと。
 ミュウの未来を楽に切り開くのなら、まずは「キースを消す」ことだろう。
 E-1077へと飛んで、まだ水槽の中のキースを…。
(…コントロールユニットを、ちょいと弄って…)
 水槽の中で窒息させればいい。
 「キース」が死ねば、「代わりのモノ」が用意されるのだろうけれども…。
(それも端から窒息させれば済むことだよな?)
 ヤツさえいなければ済むんだから、と考えたものの、少し心許ない。
 何人ものキースを処分するより、完成品を消した方が確実。
(とはいえ、あいつはメンバーズで…)
 戦闘技術に長けているから、そう簡単には殺せないだろう。
 殺すチャンスがあるとするなら、ナスカで彼を捕虜にした後。
(トォニィは失敗しちまったんだが、俺なら出来る)
 キースを押し込めたドームの中へと、毒ガスを注入してやればいい。
 酸素の供給を断ってしまって、じわじわと窒息させてもいい。
(歴史の転換点で言ったら、マツカを消せば解決なんだが…)
 それでキースは逃げ場を失うわけなんだが…、と思うけれども、その方法は使えない。
 ナスカが燃えてしまった後では、大勢のミュウの犠牲が出るから。
 何よりもメギドを沈めたブルーを、愛おしい人を救えないから。


(時を飛べたら、歴史を変えられるんだがなあ…)
 変えるポイントが難しいよな、と傾けるカップ。
 「だから未だに、その能力は誰も持たんのかもな」と考えながら。
 誰もがサイオンを持つ時代でも、時を越えられるミュウはいないから。
 時間旅行は今も夢物語で、時の流れを司る神しか、歴史を紡いでゆけないから…。

 

           時を飛べたら・了


※今の時代でも出来ていないのが、タイムマシン。未だに不可能なタイムリープ。
 夢物語に思いを馳せたハーレイですけど、歴史を変えるのは、時を越えても難しそうですv









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(ホントに分からず屋なんだから…!)
 それにドケチ、と小さなブルーがついた悪態。
 ハーレイと過ごした休日の夜に、一人きりの部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが午前中から来てくれた。
 この部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。
 お茶を飲むのも昼食もずっと、ハーレイと一緒だった。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 幸せ一杯の休日だけれど、今日はイラッとさせられた。
 ハーレイのことは好きだけれども、許せないことは「ある」ものだから。
(ちっとも、ぼくにキスしてくれない…!)
 どんなに強請っても、誘っても。
 あの手この手で頼み込んでも、どう頑張っても。
 そう、今日だって「そう」だった。
 「ねえ、キスしたいと思わない?」と投げ掛けた問い。
 「今だったら、ママも来ないものね」と、ちゃんと状況を確かめた上で。
 それなのに、つれなかった恋人。
 「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞。
 おまけに頭も小突かれた。
 痛くないよう、軽めに拳を落とされて。
 「キスは駄目だ」と、鳶色の瞳で睨まれもして。
 いつも、いつだって「こうなる」けれども、こうして腹が立つ夜もある。
 チビの子供には違いなくても、恋人なのに。
 遠く遥かな時の彼方では、何度もキスを交わしたのに。


 青い地球の上に生まれ変わって、また会うことが出来たハーレイ。
 失くした筈の身体を貰って、前とそっくり同じ姿で。
(でも、そっくりなのは…)
 今の時点では、ハーレイだけ。
 自分の方は残念なことに、前とそっくり同じ姿でも…。
(…チビだった頃の姿なんだよ!)
 前のハーレイに出会った頃と、全く同じ。
 メギドの炎で燃えるアルタミラで、若かった頃のハーレイに初めて会った。
 まだ青年と呼べる姿で、実年齢もそれに見合ったもの。
 一方、前の自分はと言えば、年だけは取っていたくせに…。
(…心も身体も、成長を止めてしまってて…)
 成人検査を受けた時から少しも変わらず、チビの子供のままだった。
 だから「子供だ」と皆に思われ、事実が知れても変わらなかった。
 なにしろ、中身が子供だから。
 年だけは皆より遥かに上でも、見た目と同じに中身は子供。
(もっと食べろよ、って…)
 前のハーレイは何度も言ったし、他の仲間もよく口にした。
 「子供はしっかり食べないと」だとか、「これも食べろ」と寄越すだとか。
 その頃の姿を貰っても困る。
 ハーレイの瞳に映る姿は、その頃と同じ「チビ」だから。
 恋人だった頃の「ブルー」は、何処を探しても「いない」のだから。


(……神様の意地悪……)
 酷い、と愚痴を零してみたって、どうにもならない。
 今の自分が「いる」だけでも奇跡、贅沢を言えば叱られる。
 「要らないのならば、返して貰おう」と、神様が言ったら全ておしまい。
 せっかく来られた青い地球から、遠い天国へと連れ戻される。
 魂が身体から抜けてしまって。
 「今の自分」は死んでしまって、優しい両親が泣くことになって。
(……ハーレイだって、泣くだろうけど……)
 案外、早いかもしれない切り替え。
 「死んじまったものは、仕方ないな」と、歩み始める「ブルーのいない人生」。
 もしも再会しなかったならば、歩んでいたかもしれない道。
(…好きな人が出来て、結婚して…)
 子供も生まれて、あの家で幸せに暮らしてゆく。
 生まれた子供が男の子ならば、「ブルー」と名付けるかもしれない。
 死んでしまった「ブルー」の代わりに、うんと幸せにしてやろう、と。
 恋人ではなく、父親として。
 休日はドライブに連れて行ったり、旅行やキャンプや、魚釣りにだって。
(…ぼくだと、連れてってくれないけれど…)
 ハーレイ自身の子供だったら、まるで全く無い問題。
 隣町に住むハーレイの両親の家にも、何度でも行くことだろう。
 釣りの名人だというハーレイの父と、海や川へと釣りに行ったりも。
(…ホントに、そうかも…)
 ハーレイだしね、と尖らせた唇。
 分からず屋でケチなハーレイなのだし、そのくらいのことはやりかねない。
 「ブルー」がいなくなったなら。
 チビのまんまで死んでしまって、ハーレイだけが地球に残ったならば。


 なんという酷い話だろう。
 チビの姿を貰ったばかりに、損をしている今の人生。
 あと少しばかり育っていたなら、きっと全ては違っていた。
 ほんの数年分、大きくなっていたならば。
 前の自分が成長を止めた頃の姿を、今の自分が持っていたならば。
(そしたら、すぐにハーレイとキス…)
 再会した時にキスを交わして、もう早速にデートの約束。
 アッと言う間に話が進んで、プロポーズだってされていただろう。
(再会したのが五月の三日で…)
 今は秋だから、そろそろ結婚式かもしれない。
 人を大勢招待するには、いい季節だから。
(結婚式、もう済んでるかもね…?)
 秋は秋でも、季節は晩秋。
 朝晩、冷え込む時もあるから、それよりも前に結婚式。
 もしもガーデンウェディングだったら、暖かい季節の方がいい。
 肌寒い日になってしまえば、招待客だって困ってしまう。
(…ウェディングドレスの、ぼくも寒いけど…)
 おめかしして来る女性も寒い。
 男性よりかは女性が薄着で、お洒落するほど薄くなりがち。
 寒さでカタカタ震えないよう、結婚式は秋の初めの方に。
(うん、そうかも…)
 とっくに式を挙げた後かも、という気もする。
 自分がチビでなかったら。
 ハーレイと再会を遂げたその日に、抱き合ってキスを交わせていたら。


(…ハーレイは、そんなの、考えないわけ?)
 いつも怒ってばかりだもんね、と思い出すハーレイの眉間の皺。
 「俺は子供にキスはしない」と、眉間の皺も深めになる。
 拳をコツンと落とされる時は。
 鳶色の瞳で睨み付けられて、「何度言ったら分かるんだ?」と叱られる時も。
(……ホントにケチで、分からず屋だよ……)
 ぼくのことなんか少しも分かってくれない、と恨みたくなる。
 ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
 こんなにハーレイを愛しているのに、ハーレイの目から見たならば…。
(…ぼくなんかチビで、キスをするだけの値打ちも無くて…)
 ただの子供で叱られるだけ、と尽きない文句。
 愛していたって、腹が立つ時はあるものだから。
 分からず屋でケチな恋人のことを、詰りたくなる夜もあるから。
(いつだって、ぼくは我慢するだけ…)
 「キスは駄目だ」と言われる度に。
 「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの言葉が飛び出す度に。
 ただの一度も例外は無くて、本当に、なんとも損な人生。
 前とそっくり同じ姿が、数年分、ズレていたせいで。
 ほんの数年足りていなくて、チビの子供の姿で再会したせいで。


 けれど文句を重ねていたなら、神様が怒ることだろう。
 「要らない身体なら、返して貰おう」と、連れ戻されてしまう天国。
 ハーレイだけが地球に残って、人生を謳歌してゆく結末。
 「ブルーの分まで、幸せにしてやらんとな」と、自分の子供を可愛がって。
 よりにもよって「ブルー」と名付けた子供を、死んでしまった「ブルー」の代わりに。
(……ハーレイ、ホントにやりかねないから……)
 文句を言うならハーレイの方にしておこう、と考える。
 いつかは育つ予定の身体を、神様に取り上げられないように。
 それでも文句は言いたくなるから、全部ハーレイに向かってぶつける。
 腹が立ったら、今夜みたいに心の中で。
 「分からず屋のケチ!」と、前の生から愛した人に。
 どんなに深く愛していたって、許せないことはあるものだから。
 チビの子供の心は狭くて、そうそう広くはないものだから。
(……ハーレイのケチ……!)
 それに分からず屋、と文句は尽きない。
 キスをくれないケチな恋人に、今日もプンスカ腹が立つから。
 まだまだこういう日々が続いて、結婚式だって、何年も先のことなのだから。
(…ハーレイのことは、好きなんだけど…)
 でも本当に腹が立つよ、と「此処にはいない」恋人を恨み続ける。
 愛していたって、全てを許せはしない気持ちになる時だって、あるものだから。
 チビの子供になっている分、心もそれに見合ったサイズ。
 だから許せはしないんだよね、とベッドに腰掛けて並べる苦情。
 「ハーレイのケチ!」と、「分からず屋だよ」と。
 キスの一つも許してくれないと、「今日も叱られただけだったよ」と…。

 

         愛していたって・了

※「キスは駄目だ」と叱られてしまったブルー君。今夜は腹を立てているんですけど…。
 チビの身体に文句を言ったら、神様に回収されるかも。だから文句はハーレイにv









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(……まったく……)
 あの忌々しいクソガキめが、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日はゆっくり話せたブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 とても大事な人だけれども、それとこれとは別問題。
 「クソガキめが」と愚痴を言いたくもなるし、「忌々しい」とも思ってしまう。
 こうして家へと帰った後に、書斎に腰を落ち着けたら。
 昼間の出来事を思い返して、ブルーの言動を思い出したなら。
(…何度言ったら分かるんだ…!)
 あいつは学習しないのか、と苦々しい気分で傾けるカップ。
 心なしか、馴染んだコーヒーまでが、普段よりも苦く思えるほどに。
(勉強は出来るヤツなんだが…)
 きっと「学習」はしないんだな、と頭に描いたブルーの顔。
 十四歳にしかならない今のブルーは、自分が勤める学校の生徒。
 極めて成績優秀だけれど、得意なのは、きっと「勉強」だけ。
 いわゆる学習能力は無くて、「学ばない」のに違いない。
 動物でさえも「学ぶ」のに。
 根気よく何度も教え込んだら、同じ失敗はしなくなるものなのに。
(あいつの場合は、失敗だとも思っていないからなあ…)
 本当に学習しないヤツだ、と頭が痛い。
 まだ何年も、この状態が続くから。
 チビのブルーが前と同じに育つ日までは、「クソガキめが」と呻くことになるから。


 今のブルーと再会して直ぐ、自分の中でルールを決めた。
 ブルーが口では何と言おうと、中身は間違いなく子供。
 心も身体も幼いのだから、「前と同じ」には扱わない、と。
 どれほどブルーを愛していても。
 片時も離れたくはないほど、ブルーのことを想っていても。
(あいつは、子供なんだから…)
 どんなに「ませた」ことを言っても、それは「口だけ」。
 前の生の記憶を持っているから、その通りに真似て言っているだけ。
 「ぼくにキスして」と強請って来ようが、「キスしてもいいよ?」と誘おうが。
(…俺は真に受けちゃ駄目なんだ…)
 そこはセーブする所なんだ、と分かっているから、定めたルール。
 ブルーの背丈が前のブルーと同じになるまで、けして唇へのキスはしないと。
(……なのにだな……!)
 そう言い渡されたブルーの方は、とてつもなく諦めが悪かった。
 何度「駄目だ」と叱り飛ばしても、懲りたりはしない。
 頭をコツンと小突かれても。
 「馬鹿野郎!」と軽く睨み付けても、一向に諦めてはくれないキス。
 あの手この手でキスを強請って、忘れた頃に仕掛けてくる。
 そう、今日だって、そうだった。
 向かい合わせでお茶を楽しんでいたら、小首を傾げて。
 「ハーレイ?」と赤い瞳を揺らして。
 何事なのかと問い掛けてみたら、返った言葉はこうだった。
 「ねえ、キスしたいと思わない?」と、笑みを浮かべて。
 「今だったら、ママも来ないものね」と、それは得意そうに。


(クソガキめが…!)
 もちろん、その場でブルーを叱った。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
 今ではすっかり、お決まりの台詞。
 これを何回口にしたのか、覚えてさえもいないほど。
 なのに懲りないのが今のブルーで、「学習する」ことは無いらしい。
 動物だって、「覚える」のに。
 やっていいことと悪いこととを、きちんと学習するというのに。
(…動物以下だ…!)
 あいつは確かウサギなんだが、と心で毒づく。
 幼かった頃のブルーの夢は「ウサギ」で、ウサギになりたかったという。
 ウサギだったら、元気に駆け回れるから。
 今度も前と同じに虚弱な、身体が元気になると思って。
(幼稚園で飼ってたウサギと仲良くなって…)
 ウサギになろうと考えたブルー。
 本当にウサギになれた時には、両親に飼って貰おうと。
(……庭にウサギ小屋を作って貰って……)
 庭の芝生で遊ぶつもりで、幼いブルーは「ウサギ」を夢見た。
 もしもウサギになっていたなら、どんな出会いになったのだろう。
 前の生の記憶が戻って来たって、ブルーがウサギだったなら。
(…ブルーなんだ、と分かるだろうが…)
 人間とウサギで恋をするより、同じウサギの方がいい。
 だから…。
(俺もウサギになるんだっけな)
 ブルーは白いウサギだろうけれど、自分はきっと茶色のウサギ。
 庭の小屋など捨ててしまって、広い野原に巣穴を作る。
 誰にも邪魔をされることなく、のびのび暮らしてゆけるようにと。
 人の姿はもう要らないから、ブルーと同じウサギになって。


 奇しくも今の自分もブルーも、ウサギ年。
 昔の地球の干支で言うなら、二人とも正真正銘のウサギ。
(…前よりも縁は深いんだがな…)
 ウサギのブルーは頭が悪いに違いない、とぼやきたくなる。
 いくら叱っても「覚えない」から。
 少しも学習してはくれずに、「ぼくにキスして」と繰り返すから。
(本物のウサギでも、もう少しだな…!)
 きっと覚えはマシだろうさ、と長い耳のウサギを思い浮かべる。
 野生のウサギは「学習しないと」生きてゆけないことだろう。
 何処に行ったら餌があるのか、危険な場所は何処なのかと。
 人間のペットのウサギにしたって、それなりのことを覚える筈。
 飼い主の機嫌を取る方法とか、家の中で行ってもいい場所だとか。
 そういったことを覚えなければ、叱られるから。
 名前を呼ばれて、額を指で弾かれるとか。
 あるいは「今日のおやつは無しよ」と、目の前で取り上げられるだとか。
(…絶対、本物のウサギの方が…)
 ブルーよりかは頭がいいぞ、と考えずにはいられない。
 ウサギは「学習してくれる」から。
 少々バカなウサギだとしても、ブルーよりかはマシだろう。
 何度も何度も叱ってゆく内、いつかは覚える。
 「これをやったら駄目なんだ」と。
 小さなウサギの脳味噌でも。
 勉強なんかはまるで出来ない、長い耳のついた頭でも。


(それなのにだな…)
 ブルーときたら、と尽きない嘆き。
 微塵も「学んでくれない」ブルーは、これから先も学習しない。
 「キスは駄目だ」と叱ってみたって、一向に。
 頭を、額をコツンとやろうが、まるで全く。
(…クソガキめ、としか言えんじゃないか…!)
 愛しててもな、と顰める顔。
 それとこれとは話が別だ、と最初に戻って。
 まだまだ終わりの見えない日々に、「お先真っ暗」な気持ちになって。
(…あいつはいいんだ、あいつの方は…!)
 キスは駄目だと叱られようが、ブルーにとっては「叱られた」だけ。
 大した被害も無いものだから、次の機会を耽々と狙う。
 けれど、「誘われた」自分の方は…。
(……精一杯、我慢しているんだぞ……!)
 前よりかは遥かに落ち着いたがな、とブルーに向かって言いたい文句。
 今のブルーがチビの子供だから、少しずつ余裕が生まれてもくれた。
 ブルーが何と言って来ようが、「駄目だ」と叱り飛ばせるだけの。
 心がグラリと揺れたりはせずに、年上の大人の広い心で。
(…しかしだな…!)
 初めの頃には違っていた。
 今のブルーの顔の向こうに、重なった前のブルーの面影。
 時折垣間見える表情、それに心が揺れ動きもした。
 「俺のブルーだ」と、「前の自分」が反応して。
 直ぐにでもブルーを手に入れたいと、心の奥がざわつきもして。
 それで禁じた、「この家をブルーが訪ねて来る」こと。
 過ちを犯してからでは遅いと、自分自身を戒めて。
 悲しそうな顔になったブルーに、「今は駄目だ」と言い聞かせて。


 そうやって「守って来た」ブルー。
 傷付けないよう、幼くて無垢なままの心が健やかに育ってくれるよう。
(それなのに、だ…)
 クソガキめが、とブルーを詰りたくなる。
 誰よりも愛しているというのに、こんな夜には。
 まるで「学習しない」駄目なウサギを、ウサギ以下だと思うブルーを。
(頼むから、学習して欲しいんだが…!)
 そのちっぽけな脳味噌でな、と繰り返す愚痴。
 小さなブルーを愛していても、それとこれとは別だから。
 どんなにブルーを想ってはいても、時には恨みたくもなるから。
 「クソガキめが」と。
 「少しも学習しないウサギだ」と、「あいつの頭はウサギ以下だ」と…。

 

         愛していても・了


※珍しいハーレイ先生の愚痴。ブルー君を愛していても、クソガキ呼ばわり。
 きっとたまには、そういった夜もあるのです。ウサギ以下でも、愛していますけどねv









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(今日は、挨拶出来ただけ…)
 たったそれだけで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は、寄ってはくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど自分はチビの子供で、ハーレイは学校の教師で大人。
 仕事の帰りに寄ってくれなかったら、寂しく過ごすことになる。
 いくら両親が家にいたって、夕食を一緒に食べたって…。
(ハーレイがいないと、つまらないよね…)
 それに寂しい、と悲しい気持ち。
 もしもハーレイが来てくれていたら、賑やかだっただろう夕食の席。
 ハーレイを両親に取られても。
 「おかわりは如何ですか?」と微笑む母やら、あれこれ話が合う父やらに。
(…パパもママも、何も知らないから…)
 自分たちの一人息子が、ハーレイと恋人同士だなんて、両親は夢にも思っていない。
 だからハーレイに気を遣う。
 「ソルジャー・ブルーの生まれ変わり」でも、自分たちの息子はチビだから。
 子供の相手は退屈だろうと、夕食の席では「大人同士の話題」に興じて。
(…そうなっちゃっても、ハーレイと一緒に晩御飯…)
 食べられるだけでいいんだけどな、と今日も残念でたまらない。
 ハーレイは来てくれなかったから。
 学校の廊下で挨拶しただけ、ただそれだけで終わったから。


 こんな日だって、あるものだ、と分かってはいる。
 挨拶出来ただけでもマシで、顔を見られただけで充分。
(…本当に運が悪い日だと…)
 ハーレイの姿も見られないまま、学校を後にすることになる。
 「会えるかな?」と思っている間に、放課後になって。
 後ろ髪を引かれるような思いで、校門まで歩く間にだって…。
(何回、後ろを振り返っても…)
 会いたい人には出会えないまま。
 その上、家に帰った後にも、ハーレイは来てはくれないまま。
 窓辺に寄っては、濃い緑色をした車が走って来ないか、家の表の道路を見ても。
 門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ち焦がれても…。
(…来ない日は、そのまま日が暮れちゃって…)
 溜息ばかりで、夜が更けてゆく。
 「今日はハーレイ、来てくれなくって、会えてもいない」と肩を落として。
 ツイていない日だと、泣きたいような気分に深く包まれもして。
(それよりは、ずっとマシなんだけど…)
 でも寂しいよ、とハーレイの家の方に目を遣る。
 そうしても見えはしないのだけど。
 サイオンが不器用な今の自分は、透視なんかは出来ないから。
 そうでなくても、何ブロックも離れているのがハーレイの家。
 屋根に登って見ようとしたって、他の家の屋根や、木立なんかが邪魔をする。
 見通しのいい昼間でも。
 「灯りだけでも」と、暗くなってから探してみても。
 それくらい遠い、ハーレイがいる場所との距離。
 心は近いつもりでも。
 思念波は全く紡げなくても、「ハーレイ?」と心で呼び掛けていても。


(遠いんだよね…)
 ホントに遠い、と思う距離。
 ハーレイの家が「お隣」だったら、こんなことにはならないのに。
 道路を挟んだ向かい側でも、窓から手を振れば見えるのに。
(…ハーレイが庭に出ていたら…)
 直ぐに分かるし、家の中で移動するのも分かる。
 夜だったならば、順に灯りが灯っていって。
 昼の間でも、どの部屋の窓が開いているのか、それを眺めれば。
(……隣だったら良かったのにな……)
 何度、そう思ったことだろう。
 いつでも「ハーレイ!」と呼べる所に、ハーレイの家があったなら、と。
(もっと贅沢を言っていいなら…)
 同じ家に住んでいれば良かった。
 朝一番から顔を合わせて、夜も「おやすみ」の挨拶をするまで一緒。
 そういう距離なら、どんなに嬉しいことだろう。
 目覚ましの音で目を覚ましたら、じきにハーレイに会えたなら。
 顔を洗いに行った洗面所で、バッタリと顔を合わせるだとか。
 朝食を食べに下りて行ったら、ハーレイもテーブルに着いているとか。
(それって、最高…!)
 最高だよね、と広がる夢。
 たとえハーレイが、父と同じで、面倒見が少し良すぎても。
 「これも食べろよ?」などと笑って、自分のお皿から分けてくれても。
(…お腹一杯になっちゃうけれど…)
 きっと心も幸せ一杯。
 ハーレイがくれたソーセージのせいで、朝からお腹がパンパンでも。
 「もうこれ以上は、食べられないよ」と思うくらいに、お裾分けの量が多すぎても。


 いいな、と顔が綻んだ。
 この家にハーレイも暮らしていたなら、もう毎日が最高の日々。
 「会えなかったよ」とガッカリしなくてもいいし、溜息だって零れはしない。
 ハーレイは「家にいる」のだから。
 たまに会えない時があっても、それは「本当に仕方ない」こと。
 研修旅行で留守にするとか、クラブの遠征試合のお供で行ってしまっただとか。
(そういう時には、ぼくは留守番…)
 何日か待てば、ハーレイは、ちゃんと帰って来る。
 「元気にしてたか?」とお土産を持って。
 玄関先まで迎えに出たなら、「ただいま」と笑顔で頭を撫でてくれたりもして。
(……家族みたい……)
 そんなのがいい、と憧れるハーレイと同じ家での暮らし。
 家に帰ればハーレイがいたり、その逆でハーレイが帰って来たり。
(幸せだよね…)
 毎日が天国にいるみたい、と夢は尽きない。
 ハーレイの仕事が休みの時には、朝から晩まで一緒にいられる。
 もちろん二人で出掛けてもいいし、ドライブにだって行けるのだろう。
 なにしろ家が同じだから。
 今のように「お前が大きくなったらな」と言われはしないで、誘って貰えて…。
(ドライブに行って、何処かで食事…)
 デートみたいに素敵な時間を過ごせると思う。
 もしも一緒に暮らしていたら。
 ハーレイと同じ家にいたなら。


(ずっと一緒で、何処へ行くのも一緒だよ)
 大きなお兄ちゃんみたい、とハーレイの姿を思い浮かべる。
 二十四歳も年上だから、年の離れた「お兄ちゃん」。
 ハーレイは、父と年がそれほど変わらないから、父のようだとも言えるだろう。
(大きなお兄ちゃんか、パパ…)
 そうなれば、きっと甘え放題。
 ハーレイと家族だったなら。
 年の離れたお兄ちゃんだとか、とても優しいパパだったなら。
(……うんと幸せ……)
 ぼくがハーレイを一人占めだよ、と思った所で気が付いた。
 最高に幸せな日々だけれども、ハーレイと家族だったなら…。
(…ハーレイの記憶…)
 いくら待っても、戻って来てはくれないだろう。
 遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで生きた記憶は。
 キャプテン・ハーレイだったことなど、欠片も思い出しはしないで…。
(…ぼくのお兄ちゃんか、パパのまんまで…)
 年の離れたチビの弟を可愛がるとか、一人息子を溺愛するとか、その程度。
 どんなに愛を注いでくれても、それは家族としての愛情。
 前の生での恋の記憶は、戻らずに。
 「弟」だか「息子」の正体などには、一生、気付くこともないまま。
(…だって、気付いたら…)
 家族がパチンと壊れてしまう。
 シャボン玉がパチンと弾けるみたいに、あっけなく、脆く。
 「お兄ちゃん」と恋は出来ないから。
 「パパ」とも恋は出来はしなくて、お互い、辛くなるだけだから。
 そうならないよう、神様は「忘れさせておく」ことだろう。
 ハーレイの記憶を固く封じて、何一つ、思い出さないように。
 再会の切っ掛けだった聖痕、あれも現れないように。


(……家族だったなら……)
 そうなっちゃうんだ、と冷えてゆく背筋。
 どれほど幸せに暮らしていたって、決してなれない「恋人同士」。
 ハーレイの記憶が戻らなくて。
 戻らないどころか、ハーレイが「パパ」の方だった時は…。
(…ハーレイの恋人、ママになっちゃう…)
 とっくの昔に結婚していて、生まれた子供が「自分」だから。
 息子を可愛がってはくれても、ハーレイが恋をした人は…。
(…ハーレイのお嫁さんで、ぼくのママ…)
 恋敵とさえ呼べないけれども、実の母親が恋敵。
 しかも勝負になっていなくて、ハーレイの心は「ママ」のもの。
 嫉妬したって、その恋敵の「ママ」が微笑むことだろう。
 「どうしたの、ブルー?」と、それは優しく。
 「最近、なんだか御機嫌斜めね」と、美味しいお菓子でも作ってくれて。
(……ハーレイだって、パパなんだから……)
 機嫌が悪くなった息子を、せっせと連れ出したりするのだろうか。
 「次の休みは、何処に行きたい?」と、ガイドブックを広げたりして。
(…ハーレイが、お兄ちゃんだったとしても…)
 やっぱり記憶は戻りはしない。
 弟を可愛がって暮らして、そしていつかは…。
(結婚して、家を出て行っちゃう…)
 生涯を共にする伴侶を見付けて、結婚式を挙げて。
 「ブルーも、いつでも遊びに来いよ」と、新しい住まいに引越して行って。
(……独りぼっちになっちゃうよ、ぼく……)
 そうでなければ、「恋敵のママ」の側で暮らしてゆくコース。
 「ハーレイではない誰か」に出会って、恋をして、家を出ない限りは。
 そんなことなど有り得ないのに、ハーレイしか好きになれないのに。


(……やだよ、そんなの……)
 絶対に嫌だ、と強く思うから、今みたいに遠い距離でいい。
 ハーレイと一緒に暮らしていたなら、幸せでも、きっと悲劇だから。
 もしもハーレイと家族だったなら、待っているのは悲しい別れ。
 そうでなければ恋敵が母で、けしてハーレイは、こっちを向いてはくれないから…。

 

          家族だったなら・了


※ハーレイ先生と家族だったら幸せだよね、と考えたブルー君ですけれど…。
 そうだった時は、悲劇が待っているみたいです。今の関係が一番いいんですよねv









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