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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日はハーレイに…)
 会えないままで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(同じ学校の、先生と生徒なんだけど…)
 全然、会えない日ってあるよね、と悲しい気分。
 白いシャングリラの中と比べれば、学校の方が狭いのに。
 何層にも重なっていたりしないし、移動手段も、シャングリラよりずっと少ないのに。
(…シャングリラだったら、通路の他にも…)
 バスみたいな乗り合いのコミューターとか、エレベーターとか。
 通路もあちこち入り組んでいたし、非常用の通路も張り巡らされて…。
(同じ方向に向かっていたって、必ず、顔を合わせるわけじゃあ…)
 なかったんだよね、と白い箱舟を思い出す。
 巨大な白い鯨よりかは、学校の方が、ハーレイと出会い易いのに。
 確率はずっと高そうなのに、会えない日には、とことん会えない。
(ハーレイの古典の授業が無くって、廊下でも階段でも出会わなくって…)
 グラウンドにも姿が見えずに、そのまま下校するしかない日。
 今日のような日も少なくないから、なんとも寂しい。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、どんなにハーレイが多忙だろうと、会えたのに。
 毎朝、食事を一緒に食べて、報告を聞くことが出来たのに。
(…いくらハーレイが、ぼくの守り役でも…)
 一日に一度は顔を見ること、などという決まりは設けられていない。
 だから、今日のような日だってある。
 一日どころか、何日も会えないことだって。
 流石に一週間も会えないままにはならないけれども、可能性はゼロではないだろう。
 週に一度は会うように、と医者が指示したわけではないから。


(……一週間は、長すぎるよね……)
 そんなことが起こりませんように、と心の中で神に祈った。
 「明日はハーレイに会えますように」と、「ほんのちょっぴりでも」と。
(…ホントに、ちょこっと会えるだけでも…)
 嬉しいんだから、と考えていたら、ポンと頭に浮かんだこと。
 「ぼくの身体が、もう少し、丈夫だったなら」と。
 学校でハーレイを待てる程度に、人並みの体力があったならば、と。
(…今の時代は、人間は、みんなミュウだから…)
 前の自分の頃と違って、ミュウは全く虚弱ではない。
 あの時代の人類がそうだったように、健康な身体を持っているのが普通。
 プロのスポーツ選手にしたって、今では、みんなミュウなのだから。
(…今のハーレイも、うんと丈夫で…)
 補聴器も要らない身体になって、プロのスポーツ選手になれる道だってあった。
 それを蹴って教師の道を選んだけれども、今も柔道部を指導している。
(今日も、柔道部が長引いたのかも…)
 あるいは会議があったのだろうか、それとも他に用があったか。
(…どれにしたって…)
 今の自分が丈夫だったら、待っていることは出来ただろう。
 急いで家に帰らなくても、身体は悲鳴を上げないから。
(ぼくは今度も、前と同じで弱くって…)
 体育の授業も見学が多いし、学校を休む日だってある。
 元気な子ならば歩いて通える、今の学校がある場所だって…。
(歩いて通うと、疲れちゃうから…)
 路線バスに乗って通っているほど、今の自分も身体が弱い。
 そのせいでクラブ活動もせずに、授業が終われば、真っ直ぐ家に帰るけれども…。
(元気だったら、何かのクラブに入って…)
 放課後の時間を潰せばいい。
 クラブが無い日も、友達と学校で遊んでいたなら…。
(じきに下校の時間になるよね?)
 そしたら、ハーレイに会えるんだけど、と思い描いた「もしも」の世界。
 「今のぼくが、丈夫だったなら」と。


 もしも丈夫に生まれていたなら、どんなに違っていただろう。
 今夜みたいに溜息をついて、「会えなかったよ」と悲しむ日は、きっと…。
(うんと減るよね?)
 ハーレイが研修とかで留守の時だけ、と「会えずに終わる日」を考えてみる。
 そうでない日は、ハーレイは学校に来ているから。
(…ハーレイが学校にいるんなら…)
 放課後まで会えずに終わった時には、何処かで待っていればいい。
 クラブ活動でも、友達と遊んで過ごすにしても、下校のチャイムが鳴る時間まで。
 チャイムが鳴ったら、友達やクラブの仲間たちは下校してゆくけれど…。
(…ぼくだけ残って、ハーレイが帰る時間になるまで、待っていたって…)
 他の先生は叱ったりせずに、逆に「待つための場所」を提供してくれそう。
 なんと言っても、ハーレイは「守り役」なのだから。
(…何か相談したいんだな、って…)
 いい方に誤解した解釈をして、ハーレイにも知らせてくれるだろう。
 「ブルー君が待っていますから」と。
 「帰る時には、ブルー君の所に行くのを、忘れたりしないで下さいよ」と。
(…絶対、そう!)
 そうなるよね、と自信はある。
 聖痕が再発しないようにと、守り役になったのがハーレイだから。
 そのハーレイを待っているのなら、相談事があるのだと、先生方は思う筈。
(聖痕のことが相談事なら、ぼくをウッカリ帰らせちゃったら…)
 「ハーレイに会えなかった」ばかりに、聖痕が再発するかもしれない。
 そうなったならば、「帰りなさい」と下校を命じた先生は…。
(うんと責任を感じちゃうから…)
 そんな事態は避けたいだろうし、触らぬ神に祟り無し。
 相談事が何であろうと、「ブルー」がハーレイを待っているなら…。
(この部屋で待っていなさい、って…)
 何処かの部屋へ案内してくれて、もしかしたら、飲み物も出るかもしれない。
 先生方が普段、休憩時間や放課後に飲んでいるものを。
 「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」などと尋ねてもくれて。


(…飲み物を貰って、お菓子もあるかも…)
 先生方が食べるお菓子が余っているなら、それだって分けてくれそうだよね、と考える。
 「ハーレイ先生」を待っている間、お腹を空かせないように。
 会議などが更に長引きそうなら、飲み物もお菓子も、追加になって。
(そうやって、終わるまで待ってたら…)
 やがて聞き慣れた足音がして、部屋の扉が開くのだろう。
 「待たせてすまん。すっかり遅くなっちまった」と、帰り支度をしたハーレイが来て。
(そしたら、ぼくも鞄を持って…)
 ハーレイと一緒に、校舎を出る。
 もう学校に用は無いから、ハーレイの車が停めてある駐車場に向かって。
 濃い緑色をしたハーレイの愛車、それの所まで行ったなら…。
(ハーレイが鍵を開けてくれて…)
 乗れよ、と促してくれるだろう。
 「お前の家まで送って行くから、助手席に乗れ」と。
 そしてハーレイも運転席に座って、シートベルトを締めながら…。
(腹が減ってないか、って聞いてくれるんだよ)
 ぼくの身体が丈夫だったなら、と広がる夢。
 今みたいに弱い身体でなければ、帰り道に何か食べたって…。
(家に帰ったら、晩御飯も、ちゃんと…)
 残さずペロリと平らげるから、間食したって大丈夫。
 ハーレイの車で、何処かの店に寄ったって。
 テイクアウト出来る物でなくても、お店に入って美味しく食べる。
 少しくらいの寄り道だったら、遅くなっても、両親も許してくれるだろう。
 晩御飯を残さず食べられるなら。
 家に帰ってからも元気で、きちんと宿題などもするなら。
(タコ焼きとかを買って貰って、車の中で食べてもいいけど…)
 どうせだったら、お店に入って楽しく食べたい。
 ハーレイの優しい笑顔を見ながら、ホットケーキや、パフェなんかを。
 元気な少年なら食べられそうな、ラーメンだって。
 「美味しいね」と、自分も笑顔になって。
 ハーレイお勧めの店の餃子や、大きなお好み焼きなんかも。


 それって素敵、と顔が綻ぶ、帰り道での小さなデート。
 ハーレイの顔を見られて満足だから、食べ終わった後は家に直行でも…。
(文句なんかは言わないし…)
 寄って行ってよ、と引き止めもしない。
 「今日はありがとう」と、笑顔でお礼を言って、ハーレイの車が走り去るのを見送る。
 「またね」と、大きく手を振りながら。
(…そういうデートが、沢山、出来そう…)
 もし、ぼくが丈夫だったなら、と容易に想像出来る光景。
 休日だって、この部屋でお茶を飲んでいるような暇があったら…。
(…外へ行こうよ、って…)
 誘わなくても、ハーレイの方から誘ってくれそう。
 「次の休みは、俺と釣りにでも行かないか?」などと。
 今のハーレイの父は、釣りの名人。
 ハーレイも直伝の腕前を披露したくて、川や湖や、海にだって…。
(行くぞ、って車を出してくれて…)
 二人で釣りをしながらのデート。
 「ほら、引いてるぞ」と教えて貰って、大きな魚を釣り上げて。
 何も釣れなくても、きっと座っているだけで…。
(うんと楽しくて、幸せで…)
 嬉しくてたまらないことだろう。
 行き先が海でも、きっと「地球の海だ」なんてことは考えない。
 ハーレイと過ごす時間だけで、もう充分だから。
 前の自分が誰だったのかは、どうでも良くなってしまっていて。
(…きっと、そう…)
 今の暮らしが楽しすぎて、と思いを馳せる、ハーレイとのデート。
 デートだという意識も、あるいは無いのかもしれない。
 「ハーレイと釣りをしている」今が、もう最高に幸せで。
 うんと健康な少年らしく、釣りという遊びに夢中になって。
(ハーレイが大きな魚を釣ったら…)
 羨ましくて、うんと悔しくて、自分も必死になりそうに思う。
 「ぼくも釣るんだ」と、「大きいのを釣るまで、絶対、帰らないからね!」と。


(…デートだなんて、思っていないよね…)
 丈夫なぼく、と思うけれども、そんな自分もいいかもしれない。
 学校でハーレイが帰る時間まで待って、帰りに二人でラーメンでも。
 キスが欲しいとは思いもしないで、「美味しかった」と大満足な自分でも。
(…釣りに行っても、魚を釣るので頭の中が一杯で…)
 デートだなどとは微塵も思わず、キスが欲しいとも思わなくても…。
(…そういうぼくなら、それで幸せなんだものね?)
 そっちの方でも良かったかな、と思いはしても、生憎、今の自分は虚弱。
 丈夫な身体になれはしないし、これからもキスを強請るだけ。
 「ハーレイのケチ!」と頬っぺたをプウッと膨らませて。
 唇にキスをくれないハーレイ、ケチな恋人に文句を言って。
 「丈夫なブルー」は、いないから。
 健康的なデートで喜ぶ、今のハーレイがホッとしそうな「ブルー」は存在しないのだから…。

 

            丈夫だったなら・了


※自分が丈夫だったなら、と想像してみたブルー君。ハーレイ先生と素敵なデートが出来そう。
 デートだという意識も無さそうな感じですけど、健康的なブルー君は存在しないのですv










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(今日はあいつに会えなかったが…)
 元気にしてるといいんだがな、とハーレイが思い浮かべた小さな恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今は小さくなってしまったブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今日は会えずに終わったけれども、ブルーは元気にしているだろうか。
(…心の方は…)
 あまり元気じゃないんだろうな、と想像がつく。
 もう寝ているかもしれないけれど、起きていたなら、今頃は…。
(今日はハーレイ、来てくれなかった、って…)
 しょんぼりとしているんだろう、と容易に分かるブルーの気持ち。
 学校でも顔を会わせていないから、しょげているのは間違いない。
(しかし、そいつはいつものことだし…)
 さほど心配はしないでいい。
 会えなかった日は元気が無くても、会えたら、たちまち元気になるから。
 気掛かりなのは、ブルーの心ではなくて…。
(…風邪でも引いていなけりゃいいが…)
 顔を見ないと心配なんだ、とブルーの身体が今日は気になる。
 さして寒かったわけでもないのに、少々、過保護に過ぎるけれども。
(とはいえ、今度も、あいつの身体は…)
 前と同じに虚弱だから、と小さなブルーの体質を思う。
 体育も見学の日が多いくらいに、今のブルーも身体が弱い。
 人間が全てミュウになった今では、ミュウといえども健康なのに。
 かつての人類がそうだったように、プロのスポーツ選手も大勢、存在する。
 だから、生まれ変わって来た今の自分も…。
(プロの選手にスカウトされてたほどなんだがなあ…)
 もっとも、前も強かったんだが、と苦笑した。
 「悪かった部分は、耳だけだったな」と。

 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
 いや、キャプテンになるより前から、前の自分は頑丈だった。
 耳だけは聞こえにくかったけれど、他の部分は至って健康。
 身体が丈夫なミュウは珍しかったから、研究者たちが行う実験の方も…。
(…どっちかと言えば、体力の限界というヤツを…)
 試す類のものが多くて、お蔭で、更に頑丈になって、体格のいいミュウが出来上がった。
 聴力以外は、並みの人類より、ずっと優れていただろう身体。
(…キースの野郎と殴り合っても…)
 ダメージは受けなかっただろうさ、と思うくらいに強かった身体。
 それをそのまま、今の自分も引き継いだらしい。
 ついでに耳もすっかり治って、何処も健康そのものなのに…。
(…ブルーは、そうはいかなくて…)
 今でも弱くて、何かと言えば熱を出したり、寝込んだり。
 補聴器こそ要らなくなったけれども、体力の方は、前のブルーと変わらない。
(それどころか…)
 前よりも弱くなったかもな、と思えてしまう。
 今のブルーは、「弱くてもかまわない」人生を生きているものだから。
 ブルーがベッドで寝込んでいたって、誰一人として困りはしない。
 前のブルーが倒れてしまえば、それこそ大変だったのに。
(…幸いなことに、そんな場面は無かったわけだが…)
 物資の調達をブルーが一人でしていた頃なら、船はパニックに陥ったろう。
 食料はもちろん、他の物資も、ブルーが奪って来ていたから。
(そうならないよう、前の俺がだ…)
 倉庫の管理人を引き受けていて、中身をきちんと把握していた。
 もしもブルーが動けなくなっても、一ヶ月くらいは、充分、余裕があるように。
 ブルーが調達に出掛ける前には、不足しそうな物資は何かをきちんと伝えられるよう。
(…それでも、ブルーにしてみれば…)
 万が一ということもあるから、寝込んでなどはいられない。
 たまに倒れてしまった時でも、少しでも早く治そうとして…。
(嫌な薬も、嫌いな注射も、懸命に耐えていたんだっけなあ…)
 でないと皆が困ってしまう、と、小さな身体と幼かった心を叱咤したのが前のブルー。

 それに比べて、今のブルーはどうだろう。
 本物の両親と暮らす家には、暖かなベッドと居心地のいい自分専用の部屋。
 前の生の記憶が無かった頃でも、ブルーの心は「注射は嫌い」と覚えていたから…。
(…病院に行くのは絶対嫌だ、と…)
 我儘を言っては両親を困らせ、そんな調子だから病気も長引く。
 ただでも身体が弱いというのに、注射を嫌って、ギリギリまで隠しているものだから。
(…おまけに、丈夫になろうという努力も…)
 今のあいつは無縁なんだ、と苦笑い。
 寝込んでも何の支障も無いから、鍛える必要などは無い。
(前のあいつも、鍛えることは無理だったんだが…)
 身体がそれを許さなかっただけで、可能だったら、丈夫になろうと努力したろう。
 戦える者は他にいなくて、文字通り、ソルジャーだったのだから。
(…今のあいつは、ソルジャーなんかじゃないからなあ…)
 弱くても誰も困らないし、と平和な時代に感謝するけれど、その一方で…。
(もしも、あいつが丈夫だったら…)
 色々と変わっていたのかもな、という気がする。
 ブルーとの出会いは変わらなくても、その後のことが。
 再会してから今日までの日々は、きっと全く違っただろう。
(…あいつの右手が凍えちまうのは、変わらないとは思うんだがな…)
 それ以外のことは、ブルーが丈夫に生まれていたなら、違う過ごし方で彩られたろう。
 今日にしたって、「ハーレイ先生」の仕事が終わる時間まで…。
(…学校で待っていたかもなあ…)
 丈夫ならな、と考えてみる。
 弱いブルーは部活もしないで、授業が終われば帰ってしまう。
 健康だったら歩いて帰れる場所にある家まで、路線バスに揺られて。
(丈夫だったら、部活も出来るだろうし…)
 クラブの無い日だったとしたって、放課後の潰し方は色々。
 運動部が使っていない所で、友達とサッカーなんかも出来る。
 そうやって下校時刻を迎えて、下校のチャイムが鳴ったなら…。
(ハーレイ先生を待ってるんです、と言いさえすれば…)
 残っていたって問題は無いし、遅くまででも待てるのだから。

(会議で遅くなったって…)
 ブルーが待っていたとなったら、真っ直ぐ家に帰りはしない。
 もちろん車で送るけれども、それよりも前に、何処かに寄り道。
(…待っていて腹が減っただろう、と…)
 軽く何かを食べさせてやって、それから家まで送って行く。
 健康そのもののブルーだったら、帰りに何か食べていたって、夕食は充分、入るから。
(家の前で「じゃあな」と下ろしてやっても…)
 きっとブルーは、笑顔で手を振り、見送るのだろう。
 「送ってくれてありがとう」と、「今日は御馳走様!」と。
(寄っていかないの、と誘いはしたって…)
 誘いを断って帰った所で、「残念!」の一言で終わりそう。
 身体の弱いブルーと違って、一緒に過ごした後だから。
 「ハーレイ先生」を待っていた時間の方が、二人になってからよりも、ずっと長くても。
(…ちゃんと会えたし、二人で軽く食ったんだしな?)
 それに車で送って貰って、ブルーにしてみれば満足だろう。
 「ハーレイを待っていて良かった」と。
(そういう元気なブルーだったら…)
 休みの日だって、ゆっくりお茶など飲んではいない。
 何処かへ行きたくてウズウズだろうし、こちらにしたって誘いやすい。
 「健康的なデート」というヤツに。
 二人でジョギングなんかは日常、時には遠出もいいだろう。
 「今度の休みは山に登るか?」だとか、「二人で釣りに行くとするか」とか。
 ブルーが丈夫な身体だったら、体調を崩す心配は無い。
 だから気軽に誘い出せるし、ブルーの方も…。
(丈夫だったら、遊びたい盛りの年なんだから…)
 デートだなどと思いもしないで、ウキウキとついて来ることだろう。
 それまでは友達とやっていたことを、「ハーレイ先生」と楽しむだけ。
 山登りにしても、釣りに行くにしても、友達同士で出掛けて行くのとは…。
(違うからなあ、大人が一緒に行くとなったら)
 もうそれだけで気分は上々、「何処に行くの?」と興味津々。
 当日も張り切って早起きをして、期待に顔を輝かせて。

(…愛だの恋だの、今のあいつには早すぎることは…)
 ブルーの身体が丈夫だったら、自然と消えてしまうと思う。
 再会してから少しの間は、前のブルーを思わせるような表情をしても。
 「ハーレイ?」と見詰める赤い瞳が、前のブルーに似ていたとしても…。
(…うんと元気で、丈夫だったら…)
 今のブルーが夢中になるのは、プロのスポーツ選手になれる道もあった「ハーレイ先生」。
 ブルーくらいの年の頃なら、憧れの的のプロのスポーツ選手。
 その道を蹴って、教師をしている変わり種でも、眩しく見えることだろう。
 現に学校の男子生徒たちは、羨望の眼差しを向けて来るから。
(その俺を、独占出来るんだしな?)
 得意満面の丈夫なブルーは、恋に相応しい年になるまで、きっと忘れることだろう。
 「前の自分」と「前のハーレイ」が、大人の恋をしていたことを。
 どんな具合にキスを交わして、どういう夜を過ごしたのかを。
(…そっちだったら、なんとも平和だったんだがなあ…)
 俺の悩みも減りそうなんだが、と思うけれども、仕方ない。
 「丈夫だったら」と願ってみたって、ブルーは丈夫にならないから。
 前と同じに弱いブルーも、どうしようもなく愛おしいから…。

 

           丈夫だったら・了


※ブルー君の身体が丈夫だったら、と考えてみたハーレイ先生。色々と違って来そうです。
 釣りに登山にと、健康的なデートも出来そう。でも、虚弱なのがブルー君。仕方ないですねv








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(今度は年上なんだよね…)
 正真正銘、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 ブルーが通っている学校で、古典の教師をしているハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…前だって、ぼくはチビだったけど…)
 出会った時には、子供だったんだけど、と時の彼方の記憶を辿る。
 アルタミラの地獄で初めてハーレイに会った時には、前の自分は今と同じで子供。
 姿も今とそっくり同じな、十四歳のチビだったけれど…。
(身体も心も、十四歳のままだったのに…)
 成長を止めてしまっていただけのことで、本当の年は、ハーレイよりも遥かに上。
 アルタミラから脱出した仲間たちの中でも、自分が一番の年上だった。
 まるで全く自覚は無くて、他の仲間も、子供として扱ってくれたけれども。
 「自分たちが育ててやらなければ」と、誰もが心を配ってくれて。
(だから、ハーレイも…)
 前の自分を子供扱い、甘やかしたり、時には叱ったり。
 そうして育って、ソルジャーとして立った後にも、前のハーレイを頼りにしていた。
 「ずっと年上の大人」として。
 「ぼくなんかよりも、ハーレイの方が大人だから」と。
(…ホントに、ハーレイの方が大人なんだ、って…)
 すっかり思い込んでいたというのに、時の流れは残酷だった。
 突然、やって来た「終わりの時」。
 前の自分の身体が弱って、寿命が尽きると分かった瞬間。
(……前のぼく、年寄りだったんだよ……)
 自分じゃ分かってなかっただけで、と、今、考えても悲しくなる。
 誰よりも愛した前のハーレイ、その人の側に、いられなくなると思い知らされた時。
 寿命は、どうしようもなかったから。
 どんなに「嫌だ」と泣き叫ぼうとも、時の流れは止まらないから。


 あの時の、前の自分の深い悲しみ。
 「どうして先に生まれたのか」と、「年下だったら良かったのに」と、何度も思った。
 ハーレイよりも年下だったら、そんな別れは起こらないから。
 恋人の寿命が尽きる時まで、側にいることが出来たから。
(…それが悲しくて、何度も泣いて…)
 辛くてたまらなかったけれども、結局、前の自分の最期は…。
(……ハーレイを置いて逝っちゃった……)
 おまけに、ぼくは独りぼっち、とメギドの記憶が降って来たから、頭を振って振り払う。
 「あんなの、思い出したくない」と。
 「今のぼくは、うんと幸せだから」と、「幸せなことを考えなくちゃ」と。
(ハーレイも、ホントに年上だしね?)
 ぼくが、ちょっぴり、チビすぎるけど、と、それだけが不満。
 とはいえ、前の生でも今の姿で出会ったのだし、文句を言うのは筋違いだろう。
(神様だって、きちんと考えてくれて…)
 この年の差にしたんだよね、と大きく頷いてから、ハタと気付いた。
 「ハーレイの方は、同じじゃないよ?」と。
 「アルタミラで出会った時のハーレイ、若かったよ」と。
(…えーっと…?)
 あのハーレイは何歳くらいなのかな、と頭を巡らせ、出した答えは二十代。
 まだ充分に青年だったし、今の世界なら、上の学校を卒業する年から…。
(二年か三年、…ううん、卒業したてなのかも…?)
 個人差ってヤツがあるものね、と考えたけれど、若いことだけは間違いない。
(…どうして、そこで出会わなかったの?)
 前の通りの出会いでいいのに、と尖らせた唇。
 「ぼくなら、待てるよ」と、「ハーレイが前の姿になるまで」と。
 前のハーレイがそうだったように、青年から、威厳のある姿になってゆくまで。
 自分が先に年を止めても、ハーレイは叱らないだろう。
 前の自分もそうだったのだし、何の問題も無いのだから。
(…だけど、ハーレイが若過ぎちゃうと…)
 新米の教師になってしまって、何かと難しいかもしれない。
 守り役になることは出来ても、思うように時間が取れないだとか。


(……うーん……)
 その可能性はありそうだよね、と教師の仕事を数えてみた。
 授業の他にも、ハーレイは色々、忙しそう。
 現に今日だって、帰りに寄ってはくれなかったし…。
(まだ駆け出しの先生だったら、研修だって、うんと多くて…)
 仕事の帰りに寄れる日、ずっと少ないかもね、と思うと、これでいいのだろう。
 ハーレイの方が「ずっと年上」、そういう年の差に生まれても。
 自分は前と同じにチビでも、ハーレイは「うんと年上」の姿でも。
(今度は本当に年上なんだし、その分、甘えられるから…)
 神様がそうしてくれたんだよね、と納得してから、違う方へと向かった思考。
(…それなら、神様が、やろうと思えば…)
 同い年になっていたのかも、と。
 ハーレイとの年の差は全く無くて、同じ学年の生徒だったかも、と。
(…うんと若くて、十四歳のハーレイ…)
 どんなのだろう、と瞬かせた瞳。
 前の自分は、そんな姿のハーレイは知らない。
 もちろん、今の自分にしても…。
(…アルバムか記憶を、ハーレイに見せて貰わないと…)
 分かりはしないし、当然、馴染みがあるわけがない。
 それだけに、「十四歳のハーレイ」は新鮮で、出会ってみたい気がする。
 同い年の二人に生まれ変わって。
 どんな出会いになっていたのか、出会った後は、どうなったのか。
(…今のハーレイ、育ったのは隣町だから…)
 学校の教室で再会することは無かった筈。
 だから偶然、何処かでバッタリ出会うのだろう。
 隣町から来たハーレイと、たまたま歩いていた自分とが。
(…遠征試合で、ぼくの学校にも来たりする?)
 それとも試合の帰りなのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「十四歳のハーレイと、今のぼくとが出会うんだよ」と。
 「出会った途端に記憶が戻って、ちゃんと再会出来るんだよね」と。


 同い年になったハーレイと、青い地球の上で巡り会う。
 とても素敵な思い付きだ、と広がる夢。
(…街角とかで、試合帰りのハーレイと…)
 行き会うとしたら、ハーレイはきっと、クラブの仲間と一緒だろう。
 柔道にしても、水泳にしても、元気一杯の少年たちのグループ。
(何処のお店に入ろうか、って賑やかにしてて…)
 遠目にも目立つ、命の輝きに溢れた少年たち。
 身体の弱い自分の目には、眩しいほどに違いない。
(楽しそうだよね、って…)
 羨望の眼差しで見ながら近付き、擦れ違おうとした瞬間に…。
(右目の奥が、ズキッて痛んで…)
 目から、肩から、溢れる鮮血。
 神様が自分にくれた聖痕。
(ぼくは、ハーレイ、見付けられるけど…)
 あの少年がハーレイなのだ、と気付くと同時に、痛みで消えてゆく意識。
 膨大な記憶が戻って来たって、身体は痛みに耐えられないから。
(…ハーレイも、見付けてくれるだろうけど…)
 慌てて駆け寄り、「大丈夫か!?」と叫ぶ姿が目に浮かぶよう。
 意識を失くしてしまった自分を、抱き起こして。
 「誰か、救急車を呼んで下さい!」と、周りの大人たちに頼む所も。
(…そっか、救急車が来ても…)
 同い年のハーレイは、一緒に救急車には乗ってゆけない。
 通りすがりの子供なだけで、知り合いでも何でもないのだから。
(もしも周りに、お医者さんとか、看護師さんがいたら…)
 その人が名乗りを上げた時点で、ハーレイは退場するしかない。
 「君は下がって」と、応急手当が始まって。
(…そうでなくても、ぼくに付き添って行くんなら…)
 いくらハーレイが「試合は終わりましたから」と言ったとしても、所詮は子供。
 「誰か、目撃していた人は?」と救急隊員が頼むとしたら、大人だろう。
 「一緒に救急車に乗って貰えませんか」と、「お忙しいでしょうが、お願いします」と。


 つまり、出会った途端に、お別れ。
 少年のハーレイはその場に置き去り、ただ呆然とするしかない。
 運ばれて行った少年が誰か、名前さえ分からないままで。
 一緒にいたクラブの仲間たちの方は、すっかり野次馬騒ぎだろうに。
 「凄い現場を見ちまったよな」と、「明日の新聞に載るのかな?」などと。
(…帰りに食事をするんだったら、その間だって…)
 目撃した事件の話題でワイワイ、其処でもハーレイは置き去りになる。
 きっとハーレイの頭の中は、「ブルー」で一杯だろうから。
 「怪我は大丈夫なんだろうか」と、「何処の病院に行ったんだろう」と。
(…聖痕だなんて知らないから…)
 大怪我をしたと思い込んだまま、過ごしてゆくしかないハーレイ。
 「俺は今度も、ブルーを失くしちまったのか?」と、気が気ではなくて。
 「出会った途端に、ああなるなんて」と、「前よりも、ずっと酷いじゃないか」と。
(……うんと心配しちゃうよね……)
 そして不安でたまらないよね、と思うけれども、自分にはどうすることも出来ない。
 病院で意識を取り戻した時には、もうハーレイはいないから。
 「ぼくが倒れた時に、抱き起こしてくれた人は誰?」と、尋ねても、多分、無駄だろう。
 救急車に乗って来てくれた大人は、とうの昔に帰った後。
 仮に残ってくれていたって、その人は「ハーレイ」なんかは知らない。
 救急隊員にしても同じで、「さあ…?」としか答えられないと思う。
 ハーレイは名乗る暇も無ければ、名乗るほどのことさえ「していない」から。
(…そうなってくると…)
 探す手掛かりがあるとしたなら、制服くらい。
 ただし、ハーレイが「制服姿で」いたならば。
(…だけど、制服…)
 遠征試合に出掛ける時にも、着るかどうかは分からない。
 部活のための服があるなら、当然、そっちの方が優先。
(…強豪校なら、有名なのかもしれないけれど…)
 今の自分は、制服にさえも興味が無いから、探すのはとても大変だろう。
 「何処の学校の生徒だろう」と、どんなに知りたくてたまらなくても。
 両親に「お願い!」と縋ってみたって、両親も詳しい筈が無いから。


(きっと、ハーレイが探し出す方が…)
 早くなるよね、とチビの自分にも分かる。
 ハーレイの方には、手掛かりがドッサリあるのだから。
 なにしろ「事故に遭った少年」、新聞の記事にはならなくっても…。
(救急車を出した所に聞いたら、きっと教えてくれるから…)
 ある日、いきなり、ハーレイが訪ねて来るのだろう。
 隣町から、父が運転する車に乗って。
 「事故の時に、側で見ていたんです」と、「とても心配で、お見舞いに来ました」と。
(…ハーレイのお父さんも、一緒だから…)
 二人きりの再会は、うんと遅れるのに違いない。
 ハーレイを部屋に誘わない限り、二人きりにはなれないから。
 「ぼくと友達になってくれる?」とでも言って、部屋へと案内して。
(…なんだか、ちょっぴり…)
 恥ずかしい気もするのだけれども、部屋で二人で抱き合ったなら…。
(…唇にキス…)
 ただ触れるだけの幼いキスでも、貰えそうな気がしてしまう。
 同い年になったハーレイだったら、今の大人のハーレイよりも…。
(うんと素直で、好きって気持ちをぶつけてくれそう…)
 いいな、と夢を見るのだけれども、生憎と、今のハーレイは大人。
 それは今更、変えられないから、心の中で呟いてみる。
 「年の差が無かったら、素敵だったのに」と。
 「キスを貰えて、デートにも行けて、幸せ一杯だったのにね」と…。

 

          年の差が無かったら・了


※ハーレイ先生と同い年に生まれ変わっていたら、と想像してみたブルー君。
 再会した後、次に会えるまでが大変ですけど、幸せなお付き合いが出来るのかも…v










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(今度は年の差が小さかったな…)
 前よりはな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、書斎の椅子に腰掛けて。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わったブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 青い地球の上で出会ったブルーは、十四歳のチビだった。
 よりにもよって自分の教え子、教師と生徒というだけでも…。
(年の差は、そこそこ、あるってモンだが…)
 自分たちの場合は、干支が二回り分も離れていた。
 同じウサギ年で、ブルーは十四、今の自分は三十八歳。
(出会った時には、俺は三十七だったがなあ…)
 誕生日が来たもんだから、と零れた苦笑。
 「あそこで一歳、年を食っちまった」と、「ちと離れたな」と。
 ブルーの誕生日は三月の末だし、それまでは差は縮まらない。
 とはいえ、前の生での、自分たちと比べてみたなたらば…。
(年の差は、うんと小さいってな)
 たったの二十四年なんだし、と考えてみると、可笑しくなる。
 前の生では、もっと年の差があったというのに…。
(…出会った時には、あいつは今と変わらなくって…)
 チビだったんだ、とアルタミラの地獄で出会ったブルーを思い出す。
 前の自分の目で見たブルーは、ほんの子供に過ぎなかった。
 けれど、見かけとは全く違って、そのサイオンは…。
(俺たちが閉じ込められていたシェルターを、木っ端微塵に…)
 吹き飛ばしたほどで、凄い子供だと思ったものだ。
 脱出する船に乗り込んだ後も、子供だと思い込んでいたのに…。
(…見た目も中身も子供だったが、年だけは…)
 うんと年上だったんだよな、と今でも覚えている衝撃。
 「嘘だろう!?」と驚いたことを。
 「まさか、ブルーが年上だなんて」と、誰もがポカンとしていたことを。


 それほどの年の差だったけれども、今度は、ほんの二十四年。
 ついでに自分が年上なことも、違和感が無くて、丁度いい。
(前の俺は、あいつよりもかなり年下だったが…)
 アルタミラの研究所で人体実験を繰り返されたブルーは、その成長を止めていた。
 生きていたって、いいことは何も無かったから。
 育ったところで未来など無いし、希望の欠片も見えなかったから。
(成人検査を受けた直後で、そのまま全てを止めちまって…)
 心も身体も子供のままで、長い長い時を過ごしたブルー。
 だからブルーは、年上なだけで、実際は、見た目通りの子供。
 そこから少しずつ育ってゆくのを、前の自分は側で見ていた。
 今度も、それと同じこと。
 違いと言ったら、今のブルーが…。
(正真正銘、十四歳のチビっていうことだよな)
 神様も粋なことをなさる、と嬉しくなる。
 前の生での出会いの時より、今の自分は年を食ってはいるのだけれど…。
(これぞ、キャプテン・ハーレイってな!)
 そういう姿になっているから、ブルーにとっては、頼もしいのに違いない。
 それに、ブルーは…。
(…前のあいつは、メギドで俺の温もりを失くしちまって…)
 泣きじゃくりながら死んだと聞いた。
 「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
 絶望の底で死んでいったブルーが、もう一度、「ハーレイ」に出会うのならば…。
(今の姿の俺でないとな)
 若かりし日の俺じゃ駄目だ、と大きく頷く。
 前のブルーが失くした温もり、それをブルーに与えた「ハーレイ」。
 メギドに向かって飛び立つ前に、「頼んだよ」と、ブルーが触れていった腕。
(そいつを持ってた、キャプテン・ハーレイ…)
 この姿で再会してこそなんだ、と思っているから、これでいい。
 二十四歳も年上だろうと、ブルーがチビの子供だろうと。
 ブルーが大きく育つまでには、まだ何年も待たされようと。


 流石は神だ、と感謝するしかない粋な計らい。
 チビのブルーの方はといえば、不平と不満で一杯だけれど。
 「どうして、今のぼくはチビなの」と、「ハーレイとキスも出来やしない」と。
(…そこが素敵なところなんだが、あいつには、まだ…)
 分からんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
 前のブルーも、前の自分も、成人検査よりも前の記憶は無かった。
 子供時代の記憶どころか、養父母の顔も名前も、育った場所も、何も覚えてはいなかった。
 その分、今の新しい生で、子供時代を満喫すべき。
 今の自分が、そうだったように。
(あいつと違って、俺の場合は、前の生の記憶は無かったんだが…)
 子供時代は楽しかったし、ブルーも、存分に楽しまなくては。
 どんなに年の差が不満だろうと、子供時代は大切だから。
(…子供時代か…)
 いいモンだよな、と思ったはずみに、ポンと浮かんで来た「もしも」。
 今のブルーと自分の年の差、それが神様の計らいならば…。
(……あいつと俺とを、同い年にだって……)
 出来たんだろうな、と顎に当てた手。
 「そうなっていたら、どうなったんだ?」と。
 自分とブルーに年の差が無ければ、どんな具合になったのだろう、と。
(出会いの年は、今のブルーの年でいいよな)
 あいつも、俺も十四歳だ、と決めた年齢。
 その年になったら、ブルーと出会う。
 自分と同い年の少年の姿の、今のブルーと。
(その頃だと、俺は隣町で暮らしていたからなあ…)
 再会の場所は、教室ではなく、この町の何処か。
 あまり出歩かないブルーと違って、少年だった頃の自分は、この町にだって何度も来た。
 遠征試合で来たこともあるし、家族で来たこともあるけれど…。
(…遠征試合の帰り道とかか?)
 この町で打ち上げもやっていたしな、と少年時代の記憶を辿る。
 「試合の相手だったヤツらと、飯とかを食いに行ったっけな」と。


 試合の後に、友達や対戦相手と一緒に、町に繰り出した自分。
 そこでバッタリ、ブルーと出会う。
 自分と変わらない年のブルーと、出会った途端に…。
(…あいつに、聖痕…)
 そして自分の記憶も戻って、けれど、周りは大騒ぎだろう。
 血まみれになって倒れたブルーを、大勢の大人たちが取り囲んで。
 「救急車を呼べ」と叫ぶ者やら、手当てをしようと屈む者やら。
(…救急車が来たら、あいつと一緒に乗って行くのは…)
 ブルーに連れがいたとしたなら、その人になる。
 家族ではなくて、同い年の友達だったって。
 ブルーが一人だったとしたって、赤の他人の自分なんかは…。
(下がってなさい、と大人に後ろに下がらされて…)
 代わりに大人の中の誰かが、救急車に乗ってゆくのだろう。
 現場を目撃していたわけだし、病院の医者に事情を説明出来るから。
 医師や看護師の資格は無くても、立派な大人なのだから。
(…俺は、置き去り…)
 なんて出会いだ、と情けない限り。
 おまけに、自分の友人たちは…。
(凄い現場を見ちまった、って野次馬根性丸出しで…)
 その場を離れて食事に行っても、話に花が咲くのだろう。
 「今日の夕刊に出ると思うか?」だとか、「明日の朝刊に載りそうだよな」とか。
 ワイワイ騒ぐ彼らに囲まれ、其処でも自分だけが置き去り。
 野次馬どころか、頭の中はブルーで一杯。
 「あんな酷い怪我をして、大丈夫だろうか」と。
 「何処の病院に運ばれて行ったんだろう」と、「あいつの名前も聞けていない」と。
(……うーむ……)
 出会いからして厄介だよな、と眉間の皺をトンと叩いた。
 「あいつが怪我をしていないことさえ、当分の間、分からんぞ」と。
 「もう一度、あいつに会おうとしたって、俺だけの力じゃ、どうにもならん」と。


 救急車に置き去りにされた自分が、今のブルーに会う方法。
 どう考えても、父に頼むしかなさそうだけれど…。
(恋人なんだ、なんて言えやしないぞ)
 今の俺は、親父たちに言っちまったが、と、またも難関。
 「男の子に一目惚れしたから、探して欲しい」などと、十四歳ではとても言えない。
(…事故の現場に居合わせたから、心配なんだ、と…)
 大嘘をついて、探して貰うしかないだろう。
 なにしろ、ブルーの方も少年、「ハーレイ」を探す方法は無い。
 その上、現場に居合わせただけの少年なんかは、何の手掛かりも無いのだから。
(俺が頑張って、親父に探し出して貰って…)
 ようやくブルーが見付かったならば、父の車に乗せて貰って、ブルーの家へ。
 「お見舞いに来たんです」と、これまた大嘘、お見舞いの品も母に用意して貰って。
(…親父ごと、お邪魔することに…)
 なっちまうな、と、これまた情けない話。
 ブルーと水入らずの再会どころか、双方の家族でテーブルを囲むという光景。
 きっと、ブルーが「ぼくの部屋に来る?」と、誘ってくれるまで。
 「せっかく友達になれたんだから」と、二人で二階の部屋に行くまで。
(…あいつにエスコートされちまうのか…)
 なんともはや、と情けない気持ちが膨らむけれども、仕方ない。
 ブルーの家に押し掛けておいて、リードなんか出来るわけがないから。
 「君の部屋を見せて貰えるかな?」なんて、厚かましいことは言えないから。
(……これじゃ、あいつの部屋に着いても……)
 俺は借りて来た猫なのかもな、と思ったけれども、相手はブルー。
 しかもメギドで泣きながら死んだブルーの生まれ変わりで、寂しがり屋な所は同じ。
 部屋で二人きりになった瞬間、飛び付くようにして抱き付くのだろう。
 「会いたかった」と。
 「ずっとハーレイに会いたかった」と、「帰って来たよ」と。
(…そうなったら、俺も…)
 ブルーを強く抱き締め返して、思いのままにキスを贈ると思う。
 十四歳の少年らしく、互いの唇が触れ合うだけの。


(……やっちまうんだろうな……)
 多分な、と頬をポリポリと掻いた。
 「同い年のあいつと出会っちまったら、そうなっちまう」と。
 それからは、何かと理由をつけては、ブルーとデート。
 試合の無い休日は、隣町からせっせと通って、ブルーと二人で遊んで、食事。
(…こりゃ、学校の成績だって…)
 下がっちまいそうだな、と思いはしても、もう止められないことだろう。
 ブルーに夢中で、ブルーしか見えなくなるだろうから…。
(…今の俺の年で出会うのが、一番だってな)
 年の差が無ければ、とんでもないことになっちまうから、と傾けるコーヒーのカップ。
 「あいつはともかく、俺は赤点で追試だしな」と。
 「溺れちまって身の破滅だぞ」と、「結婚以前の問題なんだ」と…。

 

          年の差が無ければ・了


※ブルー君と年の差が無かった場合の、ハーレイ先生とブルー君。色々と変わって来る事情。
 早々にキスは出来そうですけど、ハーレイ少年の成績は下がりそう。ダメすぎますねv







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(人生をやり直すっていうのが…)
 あるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小説とかだと、けっこう人気があるヤツなんだよ)
 人生をやり直すというストーリー。
 何かのはずみで出来た切っ掛け、過去に戻って、自分の人生をやり直す。
 「あそこで失敗した筈なんだ」と思う時点を、失敗しないように修正して。
(…右に行かずに左に行くとか、立ち止まるとか…)
 ほんの小さな修正だけで、やり直せてしまう自分の人生。
 とても人気のテーマだけれども、現実の世界で「やり直せた」人は…。
(……いないと思う……)
 人間が全てミュウになった今の世界でも、それは不可能だと思う。
 もしも誰かが「やり直せた」なら、きっと話題になっている筈。
 今の時代は平和なのだし、隠さなくてもいいのだから。
 それに「自分だけの秘密」にするより、他の人にも教えてあげれば役に立つ。
 どうすれば「やり直す」ことが出来るか、アドバイスをして。
(前のぼくたちの世界じゃないしね?)
 人生で失敗すると言っても、致命的なミスは起こらない。
 「あそこで喧嘩をしなかったならば、恋人に振られはしなかった」という程度。
 小説の世界では、もっとスリリングで、ドラマチックに描かれるけれど。
 「やり直す」主人公にしたって、歴史上の人物だったりもして。
(…人生のやり直し…)
 今のぼくだと、意味が無いよね、と考えるまでもない自分の人生。
 十四歳にしかなっていないし、やり直したいことも、まだ起きていない。
(……ハーレイとの再会で、失敗してたら……)
 二度と会えなくなっていたなら、やり直さないといけないけれども、無事に出会えた。
 「前の自分と同じ姿で出会いたかった」件については、やり直しても無駄。
 どう頑張っても、生まれる前の時点に戻って「もっと前から」は不可能だから。


 やり直すべきことも無ければ、やり直したいことも無いのが、今の人生。
 そうなってくると、「人生をやり直す」ことが出来るのならば…。
(…前のぼくだよね?)
 あっちだったら、うんと劇的に変わるんだよ、と赤い瞳を瞬かせる。
 なにしろ「ソルジャー・ブルー」だから。
 ミュウの時代の礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」。
(…前のぼくが、人生をやり直すってヤツ…)
 誰かが小説にしているかも、と思うくらいに、前の自分は名高い歴史上の人物。
 やり直せるなら、どうなるだろう、と想像する価値は充分にある。
(…前のぼくの人生、やり直せるんなら…)
 どの時点に戻ればいいのかな、と振り返ってみた前の人生。
 やり直すのなら、今の記憶を持ったままで、其処へ戻ってゆける。
 今の記憶を持っていないと、やり直す意味が無くなるから。
(……えーっと……?)
 前の自分の最初の記憶は、成人検査を受ける直前。
 検査を受けるための施設の中の、待合室に座っていた時のもの。
(…其処からしか残っていなくって…)
 それよりも前は皆無だけれども、やり直すのなら、事情は変わる。
 今の自分が覚えてはいない、子供時代にも戻れるだろう。
 もちろん、記憶を持ったまま。
 「その後の自分」がどうなったのかを、しっかりと記憶したままで。
(…そういうことなら…)
 顔も覚えていない養父母、何処にあったかも分からない家。
 其処に戻って、やり直すのもいいかもしれない。
 今度は、ミュウだとバレないように。
 成人検査で正体がバレて、捕まってしまわないように。
(…そしたら、あの時のパパやママの顔も…)
 忘れることなく、生きてゆくことが出来るだろう。
 成人検査は上手くやり過ごして、教育ステーションに入学して。
 メンバーズ・エリートには選ばれなくても、平凡な一般市民として。


 それもいいかも、と思ったけれど。
 「前の自分」がミュウとして覚醒しなかったならば、歴史も変わって来そうだけれど…。
(…ホントに、ぼくがミュウでなければ…)
 アルタミラの悲劇は起きずに済んだか、其処の所が自信が無い。
 人体実験をしていた研究者たちは、そのように言っていたけれど。
 「タイプ・ブルー・オリジン」が存在するから、次々にミュウが生まれて来る、と。
(だからアルタミラを、メギド兵器で…)
 星ごと砕いてしまったけれども、それでもミュウは「生まれ続けた」。
 アルタミラがあった育英惑星、ガニメデが滅びてしまった後も。
 宇宙に散らばる育英都市で、それこそ、ジョミーが生まれて来た時代に至るまで。
(…前のぼくのせいで加速したのか、それは謎だけど…)
 そうだったとしても、前の自分が姿を消したら、それで終わりではなかっただろう。
 やっぱりミュウは生まれただろうし、人類は、ミュウを滅ぼそうとする。
(…ぼくが一般市民になったら…)
 そのミュウたちを助けられないよね、と心がツキンと痛んだ。
 「ぼくは良くても、他のみんなが困っちゃう」と。
(…それじゃ駄目だし…)
 研究者になって、ミュウの研究に携わったなら、仲間を逃亡させられるだろうか。
 アルタミラの惨劇が起こる直前に、研究者たちを裏切って。
 船を確保し、シェルターに閉じ込められた仲間を、合鍵で端から解放して。
(…いいかもだけど、その頃まで生きていたんなら…)
 前の自分も、とうにミュウだと判断されていることだろう。
 老けない上に、寿命が異常に長いのだから。
(…何処かの時点で、ちょっと来い、って…)
 連行されて、検査をされる羽目になる。
 「こいつもミュウの可能性がある」と、「奴らは老けないらしいからな」と。
(そうなる前に、逃げ出さないと…)
 そして仲間を助けなくちゃ、と思うけれども、そうなるのなら…。
(最初から、研究者になんかならなくて…)
 一般市民の道へも行かずに、仲間を助ける時が来るのを待つべきだろう。
 成人検査を受けずに逃げ出し、「その時」まで、何処かに隠れ住んで。


(…隠れる場所には、困らないよね?)
 本当だったら、成人検査が引き金になって覚醒する筈のサイオン。
 とはいえ、今の記憶を持ったままで「やり直せる」なら、きっと最初から使えるだろう。
 今の自分のサイオンは不器用だけれど、前の自分は違ったから。
(…今のぼくとは違うもんね?)
 成人検査を切り抜けることが出来るくらいに、巧みにサイオンを使いこなせる自分。
 検査から逃れて逃亡するのも、お安い御用。
(上手く機械の目から逃れて…)
 暮らせる場所を探し出すことも、サイオンがあれば早くて簡単。
 其処に隠れて、食料や衣服も、自分で調達。
(たまには、人類の中に紛れて食事も…)
 出来る筈だよ、と夢は広がる。
 機械の目さえ誤魔化せたならば、人類のふりをするのは容易い。
 レストランで食事と洒落込んだって、誰一人として気付きはしない。
(…一人で食事をしに来た子供の正体が…)
 成人検査を受けずに逃げた、異分子だなんて。
 「ご馳走様」と店を出る時に払ったお金が、何処かから奪ったお金だなんて。
(そうやって隠れて、隠れ続けて…)
 メギド兵器が持ち出された時、仲間を助けに飛び出してゆく。
 シェルターを端から開けて回って。
 「早く逃げて」と、「向こうにある船に、早く乗って」と。
(…サイオンは、ちゃんと使えるんだし…)
 メギドの炎が起こした地震で、壊れてしまったシェルターだって、その前に救える。
 研究者たちが逃げた時点で、シールドすればいいのだから。
 仲間が閉じ込められたシェルターは、全て。
(…それに、ハンスも…)
 アルタミラから脱出する時、乗降口から転落して死んだゼルの弟。
 彼の悲劇も、未然に防げる。
 乗降口を開け放したまま、離陸なんかはさせないから。
 「しっかり閉めて」と指示を飛ばして、余裕を持って離陸させるから。


(うん、いい感じ…!)
 この後だって、上手くいくよ、と溢れる自信。
 船に積み込んであった食料、それが尽きると前のハーレイは嘆いたけれど…。
(そうなる前に、きちんと調達できちゃうし…)
 「今度は、何を奪えばいい?」と、前もって質問できるほど。
 ハーレイが料理したい食材はもちろん、船にあったら便利なあれこれ。
 そういったものを揃えていったら、船の暮らしは快適になるし、改造だって…。
(うんと早くに出来ちゃうよね!)
 白いシャングリラが完成するよ、と頭に描ける人生の航路。
 船さえ出来れば、地球にだって行ける。
 座標を必死に探さなくても、今の自分が知っているから。
 その知識を元にデータを漁れば、「これが地球だ」と仲間を納得させるデータも…。
(絶対、ある筈…)
 地球に行ければ、グランド・マザーを破壊するだけ。
 どんなに手強い相手なのかは、歴史の授業や今のハーレイの話などで承知しているから…。
(…一人で行くような無茶はしないし、壊し方だって、考え抜いて…)
 失敗なんかはしないものね、と漲る闘志。
 「負けやしない」と、「SD体制を倒して、自由になるんだから」と。
 ミュウの時代がやって来たなら、白いシャングリラは、もう要らない。
 ソルジャーも、それにキャプテンだって。
(…ぼくもハーレイも、ただのミュウになることが出来るから…)
 青い地球など何処にも無くても、他の星で二人で暮らしてゆける。
 ノアでもいいし、アルテメシアでもいい。
 もっと辺境の地味な星でも、ハーレイと生きてゆけるなら…。
(…うんと幸せ…)
 人生をやり直した甲斐があるよ、と思ったけれど。
 最高に幸せな日々を送れる、と考えたけれど…。


(…ちょっと待ってよ?)
 アルタミラに長く潜伏していて、仲間たちを無事に逃がした自分。
 「船はこっち」と皆を導き、ソルジャーになるのはいいのだけれど…。
(…見た目の姿は、ちゃんと子供のままだったとしても…)
 成長を始めるのはアルタミラを脱出してから、そうすることは簡単だけれど。
 サイオンで調整できるけれども、中身の方。
 「時が来るまで」隠れていたなら、精神は確実に成長する。
 長い長い時を隠れ続けて、ミュウの未来を考える内に。
 どうしたら上手くゆくだろうかと、人生のやり直しを検討している間に。
(…だから、ハーレイと出会った時には、姿は子供でも、中身はすっかり…)
 大人なのだし、その後の事情が変わって来る。
 果たしてハーレイに恋をするのか、ハーレイは恋をしてくれるのか。
(…恋は出来ても、ぼくの方が、うんと年上だなんて…!)
 悲劇だってば、と抱えた頭。
 「そんなの困る」と、「ぼくはハーレイより、子供でなくちゃ」と。
(…やり直せるんなら、何もかも上手くいきそうだけど…)
 やり直さないのがいいに決まってる、と出した結論。
 前のハーレイとは、前と同じ恋をしたいから。
 自分の方が年上だなんて、絶対に御免蒙りたいから…。

 

            やり直せるんなら・了


※前の人生をやり直すのなら、こんな感じ、と想像してみたブルー君。地球にも行けそう。
 けれど、前のハーレイよりも年上になりそうな精神年齢。やり直さないのが一番ですよねv









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