(幻っていうのがあるんだよね…)
ホントは存在していないものが見えちゃうんだよ、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(昔話とかに、よくあるヤツで…)
立派な屋敷やお城が見えていたのに、近くに行ったら消え失せるとか。
確かに見えていた筈の人が、フッと姿を消してしまうとか。
(サイオニック・ドリームだったら、簡単に出来ることなんだけど…)
昔の人はサイオンなどは持っていないし、色々な原因があったのだろう。
疲れ果てていて幻覚を見たとか、あるいは酒に酔っていたとか。
目の錯覚ということもあるのだけれども、見た人にとっては現実と同じ。
そう、その場所にいた時には。
幻だとは気付かないまま、その人と話していた時には。
(……うーん……)
だったら、あれも幻だよね、と思い浮かんだ青い水の星。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が焦がれた地球。
(行きたいなあ、って思っていただけの頃なら、夢なんだけど…)
いつか行きたい夢の星が地球で、幻だったとは言えないだろう。
たとえ、青い地球が無かったとしても。
本物の地球は蘇っておらず、死の星のままであったとしても。
(其処へ行きたい、って夢を持ってるだけで…)
幻の地球を見てなどはいない。
何度、心に思い描いても、それは憧れの星で、目標。
シャングリラと名付けた船で宇宙を旅して、いつの日か辿り着きたい星。
青く輝く銀河のオアシス、星の海に浮かんだ一粒の真珠。
(それを目標にしてるってだけで、幻を見てはいないよね)
行こう、と夢見ているだけで。
地球に着いたら「やりたいこと」を、幾つも夢に描いたとしても。
けれども、前の自分は出会った。
青い水の星の幻に。
その星を身に抱く少女に、よりにもよって、人類の世界で。
(……フィシス……)
忌むべき機械が、無から作った生命体。
強化ガラスの水槽の中で、機械に育てられていた少女。
(…理想の指導者を作り上げるために…)
機械が作り出したものだと、前の自分は知っていた。
ミュウとは対極にある存在で、その上、ヒトと呼べるかどうか。
三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡いで、機械が作ったのだから。
(…どう考えても、ミュウの長とは…)
相容れるモノではないのだけれども、何故か惹かれた。
人工羊水の中に浮かぶ少女に。
何故、惹かれたかは今も分からない。
あれが機械の罠だったならば、きっと酷い目に遭っていたろう。
水槽に手を触れた途端に、強い電流が流れるだとか。
タイプ・ブルーでも瞬時に避けられないほど、レーザーの雨が降り注ぐとか。
(…でも、そんなことは考えもせずに…)
前の自分は、水槽に触れて少女を眺めた。
胎児のように身体を丸めて、眠っているように見える少女を。
(……そうしたら……)
少女は不意に目覚めて、水槽の中からこちらを向いた。
とても愛らしい笑みを浮かべて。
それからまるで人魚みたいに、ゆらりと揺れて近付いて来て…。
(ぼくを見たから、水槽に手をくっつけて…)
少女が重ねて来た手を通して、ハッキリと見た。
自分を彼女に惹き付けたものを。
彼女が見ていた夢の中には、青く輝く地球が在るのだ、と。
フィシスが抱いていた、青い地球の映像。
機械が植え付けた記憶の一つ。
何故なら、機械が作った少女は、外の世界を「知らない」から。
無から生まれて、水槽の中で育って来たから、外の世界を知るわけがない。
本物の地球を見た筈も無いし、明らかに彼女の記憶ではない。
(…それは分かっていたんだけれど…)
一度、彼女の青い地球を見たら、忘れることなど、もう出来なかった。
水槽越しに彼女に触れれば、いくらでも青い地球が見られる。
焦がれ続けた、青い水の星が。
まだ座標さえも掴めていなくて、いつ行けるのかも分からない星が。
(……だから、とうとう……)
前の自分は、人類の施設から、彼女を攫った。
自分の強いサイオンの一部を彼女に移して、ミュウに仕立てて。
白いシャングリラの仲間を騙して、「ミュウの仲間だ」と偽ってまで。
(…本当のことを知っていたのは…)
前のハーレイだけだった。
他の仲間には、本当のことなど言えはしないし、隠すしかない。
それでも、フィシスが欲しかった。
彼女が抱く地球を「見たかった」から。
シャングリラに連れて来て側に置いたら、いつでも地球を見られるから。
(…あの青い地球は、本物なんだと信じていたけど…)
宇宙の何処かに、あの通りの地球が存在するのだ、と前の自分は思ったけれど。
船の仲間たちも信じたけれども、実際は、それは幻だった。
青い地球など、無かったから。
前の自分が命尽きた後、白いシャングリラが長い旅の果てに辿り着いた地球。
数多の犠牲を払った末に、ようやく目にした、地球という星は…。
(…赤茶けたままで、有毒の海と砂漠に覆われていて…)
かつて人間が放棄して去った、高層ビル群の廃墟までもが残されていた。
フィシスの地球は、青かったのに。
青く輝く美しい星が、その場所には在る筈だったのに。
(…フィシスの地球は、ただの幻…)
それが脆くも崩れ去った時を、自分は知らない。
前の自分は、とうの昔に、メギドで死んでしまっていたから。
どれほどの絶望が皆を襲ったか、考えただけでも恐ろしくなる。
もしも、その場に、前の自分が居合わせたなら…。
(なんて謝ったらいいのかさえも、分からないよね…)
青い地球を目指さなければ、と言い出したのは、前の自分だから。
地球を抱くフィシスを攫った時にも、自分自身に、そう言い訳した。
「いつか地球まで辿り着くには、フィシスが抱く地球を眺めることも必要なのだ」と。
どんなデータよりも確かだと思えた、青い地球へと降りてゆく映像。
それを見たなら、自分自身を鼓舞出来るから。
「地球へ行きたい」と願う気持ちが、より強いものになってゆくから。
(……そうやって、幻の地球を追い掛け続けて……)
前の自分の地球への思いは、夢から幻へと変化したと思う。
ただ「行きたい」と夢見た頃より、気持ちは強くなったのだけれど…。
(…一つ間違えたら、幻にすっかり夢中になって…)
現実を忘れかねない状態だった、と言えないこともないかもしれない。
実際、フィシスを攫ったから。
船の仲間たちを騙してまでも、幻の地球を手に入れたから。
(…おまけに、フィシスが抱いてた地球は、ホントに幻だったんだよね…)
あの青い地球は何処にも無かったんだから、と知っている今は、胸が微かにチリリと痛む。
「前のぼくは、幻を見ていたんだ」と。
酔っ払っていたわけではなくて、幻覚などでもなかったけれど。
機械に騙されていただけのことで、仕方ないとも言えるのだけれど…。
(あんな具合に、見たいものが見えてしまうっていうのが、幻かもね)
立派なお屋敷とか、お城だとか…、と考える。
会いたいと思う人が見えるとか、そんな具合に。
人の心は弱いものだから、簡単に騙されるのかもしれない。
見たいと思う幻に。
幻なのだと気が付くまでは、その幻が現実だから。
(…今は幻、もう見えないよね)
本物の地球に来たんだから、と見回した今の自分の部屋。
夜だからカーテンが閉まっているけれど、窓の向こうに見える景色は、地球のもの。
正真正銘、青い姿に蘇った地球の。
前の自分が生きた頃には、幻だった青い水の星。
それが今では現実になって、もう幻ではなくなった。
焦がれた星に生まれて来たから、今の生では、幻を追う必要は無い。
フィシスの地球を眺めなくても、好きなだけ地球を見られるから。
青く輝く地球の姿は、宇宙からしか見られないのだけれど。
(…今のぼくは、まだ見たことが無くて…)
宇宙旅行の予定も無いから、それを見られるのは、まだ先のこと。
とはいえ、宇宙から地球を眺められる日が来た時には…。
(……ハーレイが隣にいてくれるんだよ)
ちゃんと約束したんだものね、と見詰めた小指。
今のハーレイと交わした約束、宇宙から青い地球を見ること。
もう幻ではない地球を。
今の自分が住んでいる星を、ハーレイと暮らしてゆく星を。
今度こそ、共に生きられるから。
結婚出来る年になったら、ハーレイを選んでいいのだから。
(…まだ何年も先だけど…)
その日は必ず来るんだものね、と思った所で、掠めた思考。
「まさか、幻なんかじゃないよね?」と。
そういう幻も、あるものだから。
会いたいと思う人の姿が、ありありと目の前に見える幻。
昔話にはよくある話で、その人は、確かに其処にいたのに…。
(……朝になったら、消えてしまって……)
影も形も無かったという、悲しい話を幾つか読んだ。
幻だった人の方でも、「会いたい」と願ってくれていたから、会えた話を。
とても悲しい話の場合は、幻だった人はもう、この世にはいない。
魂だけが時空を越えて、会いに来ただけ。
会いたいと願った人の許へと、幻になって。
(……今のハーレイ……)
幻だったなら、どうしよう、と背筋がゾクリと冷えた。
今の自分は前の自分の生まれ変わりで、地球に生まれて来たのだけれど…。
(…ハーレイの方は、そうじゃなくって…)
生まれ変わって来てはいなくて、幻が見えているのかも、と。
「ソルジャー・ブルー」だった頃の記憶が戻って来たというのに、一人きりだから。
何処を探しても、どんなに待っても、ハーレイは現れなかったから。
(……そんなことって……)
絶対に無いよ、と思いたいけれど、前の自分さえもが追った「幻」。
青い地球の確かな姿を見たくて、フィシスを攫って来たほどに。
船の仲間たちを欺いてまでも、地球の幻に酔っていたくて。
(…今のぼくだと、前のぼくより…)
ずっと心が弱いのだから、ハーレイの幻を作りかねない。
「本物のハーレイ」に出会えなかった悲しみで。
もう一度、ハーレイに会いたいあまりに、幻のハーレイが見える世界に閉じ籠って。
(…でも、大丈夫…)
ハーレイは、ちゃんといる筈だもの、と机の上の写真に目を遣った。
夏休みの記念に撮った写真で、庭で一番大きな木の下、ハーレイと自分が写っている。
そこまで良く出来た幻なんかは、ある筈がない。
(うん、きっと…)
ハーレイは幻なんかじゃないよ、と浮かべた笑み。
他にも色々、探せば証拠が見付かるから。
今のハーレイは「今は、此処にはいないだけ」だから。
そういう証拠も、探せば幾つも見付かるだろう。
何故なら、一緒に地球に来たから。
今度こそ二人で生きてゆけるし、青い地球だって、もう幻ではないのだから…。
幻だったなら・了
※幻について考える内に、怖くなってしまったブルー君。ハーレイ先生も幻だったなら、と。
けれど、机の上には写真。他にも色々、証拠が見付かる筈なのです。本物だという証拠v
(幻なあ…)
そういうものがあるんだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…ずっと昔から…)
人間が地球しか知らなかった頃から、語り継がれて来たのが「幻」。
確かに「ある」と思えていたのに、儚く消えてしまう「幻」なるもの。
「幻」と纏めて呼ばれてはいても、現れるものは色々で…。
(…人間だったり、家や泉とか…)
規模の大きなものになったら、それは立派な町だったりする。
凄いものだと、理想郷の名に相応しいような場所とか。
(なんとも不思議なモノなんだよな)
幻ってヤツは、と書斎の本棚を見回してみた。
其処に並んだ趣味の本たち、それにも沢山出て来る「幻」。
昔話や伝説などには、よくある話なものだから。
(キツネやタヌキに化かされちまって、見る幻は…)
今の時代なら、サイオニック・ドリームの類なのだと言えるだろう。
遠い昔のキツネやタヌキが、サイオンを持っていたかどうかは、ともかくとして。
(…前のあいつでも、その気になったら…)
化かせたんだ、と前のブルーの比類なきサイオンを思い出す。
ブルーは化かさなかったけれども、もしも、やろうと考えたなら…。
(シャングリラの仲間を、端から化かして…)
昔話のキツネさながらに、肥溜めの風呂にも入れられただろう。
もっとも、白いシャングリラにも、改造前のシャングリラの時代にも…。
(肥溜めなんぞは、船には無かったんだがな)
だから肥溜めの風呂は無いな、とクスクスと笑う。
「その点だけは、安心だった」と
「もしも、ブルーに化かされていても、肥溜めに浸かる心配は無い」と。
おかしなことを考えちまった、と苦笑したくなる、シャングリラの肥溜め。
前のブルーが、サイオニック・ドリームで「化かした」時の話。
思考がズレてしまったけれども、「幻」は美しいものが多い気がする。
キツネやタヌキが化かした時にも、いつも肥溜めとは限らない。
(それは立派な屋敷が出て来て…)
絶世の美女がもてなしてくれて、山海の珍味が並ぶ食事に、フカフカの布団。
夢のような暮らしを満喫したのに、朝になったら…。
(…一面の野原のド真ん中で…)
パチリと目が覚め、美女も屋敷も跡形も無い、というケース。
その手の話も、珍しくはない。
ついでに、キツネやタヌキでなくても…。
(山奥で見事な花園を見るとか、そりゃあ色々と…)
美しい「幻」に出会う話も、それこそ世界中にある。
立派な町だの、理想郷だのも、美しいものには違いないから…。
(夢、幻って言われるくらいで…)
人間の願望から生まれて来るもの、それが「幻」なのかもしれない。
サイオニック・ドリームのように「かかる」ものではなく、自分で「かける」自己暗示。
「こういう暮らしをしてみたい」だとか、「此処に町があれば」という願望から。
(自分では、意識していなくても…)
知らない間に暗示をかけて、結果が出ることはあるだろう。
思いが切実になればなるほど、無意識にかけてしまいそうな暗示。
現実から「幻」の世界に逃げ込み、其処で安穏に暮らしたくて。
たとえ一夜の夢であっても、その夢も見ないで生きるよりかは…。
(少しは救いがあるってモンだな)
ほんの一瞬だけだとはいえ、現実から逃れられたから。
「夢だったのか」と思いはしたって、幻の世界では、確かに幸せだったから。
(…現実逃避というヤツも…)
程度によっては人を救うさ、と長い経験から知っている。
前の生で何度も夢見た、青く輝く水の星、地球。
青い地球まで辿り着けたら、と前のブルーと描いた夢たち、それも一種の幻だから。
まだ見ない地球を夢に見る度、ミュウの未来が見えない現実、その恐ろしさが和らいだから。
(…そう考えると、幻ってのも…)
悪いことばかりじゃないんだよな、と考える。
砂漠の真ん中で水が無い時に、オアシスの幻は、辛いけれども。
「これで助かる」と思っていたのに、オアシスは消えてしまうのだから。
(…それでもなあ…)
ただ干からびて死んでゆくよりは、まだ幸せな方なのだろうか。
ほんの一瞬、救いが見えたわけだから。
絶望も大きくなるだろうけれど、消えたオアシスの幻は、きっと救いにもなる。
「死んだら、あそこに行けるだろうか」と、最後に夢を見られるから。
今は一滴の水も無くても、水が溢れる世界に行ける、と。
(…そういう世界を夢に見ながら、死んで行けるなら…)
前のあいつより、ずっとマシだ、とギュッと握り締めた、自分の右手。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーの右手は凍えた。
白いシャングリラを守り抜こうと、一人きりでメギドを沈めた時に。
キースに銃で撃たれた痛みで、最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
(…前の俺の腕に、最後に触れて行った時に…)
前のブルーが感じた温もり、それがブルーの大切な宝物だったのに。
「この温もりさえあれば、一人ではない」と、メギドまで持って行ったのに。
(あいつは、それを失くしちまって…)
泣きじゃくりながら、たった一人で死んでいくしか無かった。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
(あの時のあいつに、俺の幻が…)
見えていたなら、きっと幸せだったと思う。
たとえ幻に過ぎないとしても、其処に「ハーレイ」がいるのだから。
失くしてしまった温もりの代わりに、前のブルーが、一番、見たいだろう姿で。
「ブルー、私なら此処にいますよ」と、笑みを湛えて。
(それが見えたら…)
前のブルーは、泣かずに済んだことだろう。
そんな幻が見えるのならば、絆は切れていないから。
いつか「ハーレイ」の命が尽きたら、もう一度、会えるだろうから。
けれど、ブルーは見られなかった。
誰よりも会いたいと願った筈の、愛おしい人の幻を。
ブルーの悲しみが強すぎたからか、あるいは意志が強すぎたのか。
「ソルジャー」だった前のブルーは、常に現実を見据えていたから。
青い地球には焦がれたけれども、幻の世界に逃げたりはせずに。
(そりゃあ、少しは、前の俺と同じで…)
現実逃避もしていたわけだし、地球の映像を抱くフィシスを攫っても来た。
それでも「幻」に逃げなかったから、最期の時にも、それが裏目に出たかもしれない。
「ハーレイの温もりが消えてしまった」という、現実だけがハッキリと見えて。
幻のハーレイを見ればいいのに、そちらへ逃げることは出来ずに。
(…そうだったかもなあ…)
可哀想に、と今更ながらに、前のブルーの悲しみと辛さを思わないではいられない。
幸いなことに、ブルーは帰って来たけれど。
絆は切れていなかったから。
青く蘇った水の星の上に、「ハーレイ」を追って生まれて来て。
(うん、俺たちは、また出会えたってな)
今度こそ、幸せになれるんだから、と広がる夢。
十四歳にしかならないブルーが、前のブルーと同じ姿に育ったならば…。
(結婚して、同じ家で暮らして…)
前の生で夢見た沢山のことを、二人で一緒に叶えてゆく。
「青い地球まで辿り着けたら」と、描いていた夢を、片っ端から。
(…全部、幻なんかじゃないんだ)
青い地球も、前の俺たちには夢だったことも…、と思った所で、掠めた不安。
「全部、幻ではないだろうな?」と。
何もかもが夢とは言わないけれども、「もしも、幻だったら」と。
青い地球にいる自分自身は、確かに存在しているとしても、他のこと。
また巡り会えた、小さなブルー。
前のブルーの生まれ変わりの、愛おしい人。
それが「幻」だったら、と。
実はブルーは何処にもいなくて、幻を見ているだけだったら、と。
(おいおいおい……)
いくらなんでも、それは無いだろ、と抓った頬。
確かに痛いし、夢を見ているわけではない。
机の上には、小さなブルーと二人で写した写真もある。
ブルーの家の庭で一番大きな木の下、其処で夏休みの記念に撮った。
だから「ブルー」は間違いなくいるし、幻のように消えてしまいはしない。
今、この瞬間、抱き締めることは出来ないけれど。
こんな夜更けに通信を入れて、声を聞くことも無理だけれども。
(…あいつは、ちゃんといるんだからな?)
都合のいい幻を見ちゃあいないさ、と思いはしても、恐ろしくなる。
「何もかも、幻だったら」と。
ブルーと再び出会えたことも、小さなブルーが、この世に存在していることも。
(…何もかも、俺の夢だったなら…)
きっと立ち直れはしないだろうな、と心臓が縮み上がるよう。
幸せな時を過ごして来た分、失くした時の痛みも強い。
いくら幻だったと知っても、「ブルー」がいた日々を諦めるなんて…。
(出来やしないし、そうなった時は…)
幻を追って行くんだろうな、という気がする。
自分が見ていた幻のブルーに、何処かで出会えはしないかと。
「きっと何処かに、いる筈なんだ」と、砂漠で幻のオアシスを追ってゆくように。
いつの日か、命尽きるまで。
そしてブルーが迎えに来るまで、ブルーの幻を追い掛けて。
(今のあいつが、幻だったら…)
間違いなく、俺はそうするだろうさ、と傾けたコーヒーのカップ。
たとえブルーが幻だろうと、忘れてしまえる筈がないから。
忘れてしまえるくらいだったら、幻のブルーの姿などには出会える筈もないのだから…。
幻だったら・了
※幻について考える内に、ブルー君が幻だったら、と恐ろしい考えになったハーレイ先生。
そうだった時は、幻を追ってゆくのです。きっと何処かで出会える筈だ、と幻のブルー君をv
(今度は年上なんだよね…)
正真正銘、ハーレイの方が、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青く蘇った水の星の上で、ハーレイは待っていてくれた。
チビの自分が、「ソルジャー・ブルー」だった魂が、再び生まれて来る時を。
二十四年も先に生まれていたというのに、他の誰かに恋もしないで。
(…ふふっ…)
ホントにハーレイの方が年上、と改めて考えて、嬉しくなった。
前の生では、違ったから。
外見だったら、ハーレイの方がずっと年上だったのだけれど…。
(本当の年は、前のぼくの方が…)
ずっとどころか、遥かに年上。
最初の間は、誰も気付いていなかったけれど。
なにしろ見た目は、誰よりも幼い、成人検査を受けたばかりの子供の姿。
それでは分かるわけがない。
本当の年は誰よりも上で、一番最初のミュウだったなんて。
(……自分でも、分かっていなかったかも……)
みんなに甘えていたんだものね、とアルタミラから脱出した船を思い出す。
まだ若かったゼルやヒルマン、ブラウにエラ。
みんな、「ブルー」を可愛がってくれた。
「まだ小さいんだから、沢山食べな」と言ってくれたり、頭を撫でてくれたり。
本当の年が分かった後にも、それは変わりはしなかったけれど。
(…だって、中身もチビの子供で…)
心も身体も成長を止めた、とても可哀想な「小さな子供」。
それをしっかり育ててやろう、と誰もが心を配ってくれた。
中でも一番、前の自分が頼っていたのが、前のハーレイ。
アルタミラから逃れる前から、ずっと二人でいたものだから。
前のハーレイと二人で懸命に駆けた、崩れ、燃え上がるアルタミラの地面。
他の仲間たちを助け出そうと、幾つものシェルターを開けて回って。
(…誰よりも息が合ったから…)
アルタミラから逃れた後の船でも、ハーレイについて回っていた。
「俺の一番古い友達だ」と、他の仲間に紹介してくれた、ハーレイに。
お蔭で、タイプ・ブルーを恐れ、遠巻きに見ていた仲間の視線も、優しくなった。
ハーレイは誰とも直ぐに打ち解け、信頼される人柄だったから。
(ホントに色々、助けて貰って…)
ついにはキャプテンにまで、なったハーレイ。
厨房で料理をしていたというのに、百八十度の方向転換をして。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と、操舵まで出来るキャプテンに。
(…前のぼくが、ハーレイを推したから…)
前のハーレイは、キャプテンの道に進んでくれた。
誰よりも頼りになったキャプテン、前の自分の右腕だったハーレイ。
(ハーレイがキャプテンだったから…)
前の自分は、しっかりと立っていられたのだ、と確信できる。
ソルジャーという皆を導く立場に、その重圧に押し潰されることもなく。
いつも毅然と前を見詰めて、ただ一人きりのソルジャーとして。
(…だけど、中身は…)
前のハーレイに甘えっ放し、とクスッと笑う。
恋人同士になるよりも前から、ずっと甘えて、恋人同士になった後まで。
最後の最後まで甘え続けて、そのせいで…。
(超特大のツケが来ちゃった…)
メギドで独りぼっちになっちゃって…、と笑みが苦笑に変わった。
今でも右手が冷えた時には、あの悲しみを思い出す。
最後まで持っていたいと願った、右手に残った前のハーレイの腕の温もり。
キースに銃で撃たれた痛みで、知らない間に失くしていた。
死んでゆく間際に、凍えた右手。
ハーレイとの絆は切れてしまって、もう会えないのだと、突き落とされた絶望の淵。
前の自分は、泣きじゃくりながら死ぬことになった。
誰よりも頼りにしていたハーレイ、大切な恋人を失くしてしまって。
酷い目に遭った前の自分だけれども、神様がくれた、粋な計らい。
気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来たら…。
(ハーレイの方が、ちゃんと年上…)
何の遠慮も要らないんだよね、と心がじんわり温かくなる。
ハーレイの方が遥かに年上なのだし、どんなに甘えても構わない。
傍から見たって可笑しくはないし、安心して甘えて、我儘も言える。
これが逆だったら、そういうわけには…。
(……いかないよね?)
ぼくの方が年上だったなら…、と想像してみて、肩を竦めた。
「そっちの方でなくて良かった」と。
もしも前の生での順番通りに、自分が先に生まれていたなら、ハーレイは…。
(…まだ生まれてもいないってこと?)
ぼくは十四歳だものね、と指を折る。
前の生での年の差だったら、ハーレイは、まだまだ生まれて来ない。
生まれるどころか、今のハーレイの両親だって、結婚しているかどうか怪しい。
(……うーん……)
今のハーレイとの年の差でもダメ、と愕然とする。
二十四歳も違うのだから、今のハーレイは、あと十年ほど経たないと…。
(…生まれて来てはくれないんだ…)
十年なんて長すぎるよ、と天井を仰いで溜息をついた。
今のハーレイは、長い年月を待ってくれたのだけれど、自分には無理な感じがする。
いくら記憶が無かったとはいえ、二十四年という歳月は長い。
それだけの間、他の誰にも目を向けないで、恋もしないでいられるかどうか。
けれど、神様の計らいがなければ、そうなっていたわけだから…。
(…ちょっとだけ…)
逆の世界を考えようかな、と好奇心が頭を擡げて来た。
「逆だったならば、どうなるわけ?」と。
今の自分が先に生まれて、ハーレイを待っていた場合。
どういう二人になっただろうかと、ちょっぴり「もしも」の世界を見よう、と。
(……んーと……)
待っている間の話は抜きで、と世界の設定を簡単にした。
他の誰かに恋をしたなら、厄介なことになるだろうから、ハーレイと出会う所から。
(逆にするんだし、年の差だって…)
今のぼくたちと同じでいいや、と二十四歳にしておくことに。
ただし、自分の方が年上。
出会いの年も、今の自分たちと同じでいいだろう。
(…ぼくの姿だって、前のぼくでいいよね)
今のハーレイの年になっちゃったら、前のぼくとは別になるから、と外見の年齢も決めた。
聖痕の方も、無視しておけばいいだろう。
どうせ「もしも」の世界なのだし、聖痕は抜きで、偶然の出会いということでいい。
(ぼくの仕事も、なんにも思い付かないから…)
ハーレイと同じで古典の先生、と、とびきり単純な世界を作った。
そういう世界で出会った二人は、どんな風に恋を育むのだろう。
(まず、ハーレイが十四歳で、ぼくの生徒で…)
うんと若くて、まだ子供だよ、と「十四歳のハーレイ」を頭に描く。
今のハーレイから、色々と話を聞いているから、ポンと浮かんだ元気一杯な少年の姿。
(きっと小さくても、ハーレイの面影、ある筈だよね)
どんな感じかな、と面差しを想像してみるけれど、どれが当たりか、よく分からない。
ヘアスタイルだって、どうだったのかは知らないし…。
(もしかして、それだけでも、うんと新鮮?)
前のぼくは知らない姿だもの、と気が付いた。
アルタミラの地獄で出会った時には、青年だった前のハーレイ。
成人検査よりも前の記憶は失くしていた上、その後の記憶も、曖昧なもの。
繰り返された激しい人体実験、それが記憶を切り刻んだから。
そのせいで、前のハーレイは…。
(ぼくと違って、成長を止めていなかったから…)
子供時代の自分の姿を、すっかり忘れてしまっていた。
だから、当然、前の自分も知るわけがない。
十四歳だった頃の前のハーレイ、その面差しがどうだったかは。
逆の立場で出会った場合は、珍しいものが見られるらしい。
十四歳の頃のハーレイに出会って、そこから青年に育ってゆくのを。
(なんだか凄い…)
それもいいかも、と胸がときめく。
ハーレイが十四歳だった場合は、今と同じで、やっぱりキスはお預けだろう。
どうしてハーレイが「ダメだ」と言うのか、それもちょっぴり分かる気がする。
(…いい年の大人が、チビの子供とキスなんて…)
良くはないよね、と素直に頷いたけれど、それは相手が「十四歳のハーレイ」だから。
キスをくれる立場のハーレイの方が、小さな子供になっているから。
(もっと育ったハーレイじゃないと…)
ぼくだって、変な感じになるよ、と思考の中身は、うんと我儘。
「キスをしてくれるハーレイ」の姿は、前と同じで頼れる姿の方がいい。
せめて青年と呼べる年まで、大きく育ってくれなくては。
(…そのためには、栄養…)
沢山食べて、早く育って貰わないと、と思う気持ちは、ハーレイの方も同じだろう。
十四歳の子供のままでは、「ブルー先生」とデートしたって…。
(…どう考えても、微笑ましいだけ…)
全然、絵にもならないよ、と分かっているから、ハーレイも急いで育ちたい筈。
前のハーレイほどの年になるには、うんと時間がかかるから…。
(目標は、アルタミラで出会った頃の姿かな?)
あの頃は、恋はまだだったけど…、と考えるけれど、新しい生だから、かまわない。
青年の姿に育ったハーレイ、そのハーレイとデートしたって。
「ソルジャー・ブルー」だった頃の姿なら、あのハーレイと充分、釣り合う。
それまでの間、キスは我慢で、ハーレイとデートするのなら…。
(早く大きく育つといいね、って…)
食事に行くのが多いのだろうか、ハーレイが喜びそうな店へと。
洒落たレストランや喫茶店よりも、子供が山ほど食べられる場所。
(…丼だとか、ラーメンだとか…?)
今のぼくには馴染みが無いけど、と小食な自分を呪うけれども、ハーレイのためなら…。
(ハーレイが山ほど食べてる隣で、ぼくは見てるだけ…)
それでもいいから、頑張らなければ。
ハーレイが育ってくれない限りは、キスもお預けなのだから。
(うんと頑張って、ハーレイを育てて…)
青年の姿になってくれたら、晴れて本物のデートに出掛けて、それからキス。
きっと幸せ一杯になって、涙が溢れて来るかもしれない。
「やっとハーレイと、本物の恋人同士になれる」と。
青年になったハーレイだったら、結婚も出来る年なわけだし、もうそれ以上は…。
(待たなくっても、結婚しちゃってかまわないよね?)
さて、その後は…、と突き当たった壁。
ハーレイが「前のハーレイ」とそっくり同じになるのがいいか、青年の姿の方がいいのか。
(…えーっと…?)
似合いなのは、青年のハーレイとのカップルかもしれない。
けれど、年を重ねた「前のハーレイ」の姿も捨て難い。
(……どっちにするの?)
年を取ったら、もう逆戻りは出来ないのだから、悩ましい。
ハーレイが年を重ねた後で、「若い頃の方が良かったかも」と考えたって、もう手遅れ。
(…それだけで、凄く悩んじゃうから…)
やっぱり今の通りでいいや、と想像するのは、其処までにした。
逆だったならば、先の未来で後悔するかもしれないから。
「どうして、若いままでいてくれなかったの?」と。
そうはならないとは思うけれども、不安は残るし、自分に自信も無いものだから。
なんと言っても長い人生、先のことなど、誰にも分かりはしないのだから…。
逆だったならば・了
※ハーレイ先生との年の差が逆だったならば…、と考えてみたブルー君。どうなるのかと。
青年のハーレイには出会えますけど、その後が問題。何処で年齢を止めて貰うか、悩みそうv
(見た目通りになっちまったなあ…)
俺とブルーは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
十四歳にしかならない、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今では自分が年上だけれど、前の生では違っていたな、と。
(…アルタミラで初めて会った時には、前のあいつは…)
今のブルーとそっくり同じで、成人検査を受けたばかりのチビだった。
SD体制があった頃には、十四歳と言えば成人。
本当の大人とは違ったけれども、大人社会に出てゆくための船出の年齢。
(ところが、俺たちミュウにとっては…)
成人検査は地獄の入口、文字通り死へと突き落とされた者たちも多かった。
アルタミラがメギドに滅ぼされた後は、大抵の者は、そうなったろう。
生かしておいても、意味が無いから。
(…実験体など、そう沢山は要らないからな)
ごく少数の場合を除いて、その場で処分されたと思う。
白いシャングリラが救えた者など、本当に、ほんの一握りで。
アルテメシア以外の星で育てられたら、何処からも救いの手は来ないから。
(…おっと…)
暗い考えになっちまった、と思考を元の道へと戻す。
前のブルーがチビに見えたのは、成人検査のせいだったよな、と。
(俺なんかよりも、ずっと昔に、ブルーは脱落しちまって…)
しかも初めてのミュウだったから、過酷な実験を受け続けた。
おまけに貴重なタイプ・ブルーでは、研究者たちが放っておかない。
死なないようにと治療されては、繰り返される人体実験。
それでブルーは、無意識の内に成長を止めた。
成長したって、いいことは何も起こらないから。
心も身体も育たなくても、困ることなど無いのだから。
そういうわけで、前の自分が出会ったブルーは、十四歳になったばかりの子供。
(シェルターを破壊しちまうような、凄いサイオンの持ち主だったが…)
ほんの子供には違いないから、そのように接して、扱った。
「子供には、優しくしてやらないと」と、年長らしく振る舞って。
なのに、後から分かった真実。
見た目も中身も子供のブルーは、本当は、とても年上なのだ、と。
アルタミラから脱出した船、それに乗っていた仲間たちよりも、遥かに、ずっと。
(…なんてこった、と思ったもんだが…)
幸いなことに、ブルーは再び育ち始めた。
ゼルやヒルマン、エラにブラウといった仲間が、色々、気を付けてやって。
心も身体も育ててやろう、とブルーの日常に気を配って。
(…そして今では、ソルジャー・ブルーと言えば大英雄だよなあ…)
立派に育ってくれたもんだ、と思うけれども、最後まで埋まらなかった年の差。
実年齢の方はもちろん、中身の年も。
どんなにブルーが育ったところで、他の仲間も、前の自分も成長してゆく。
(老けてゆくのは、また別として、だ…)
日々、経験を積んでゆくから、ブルーとの差は埋まらない。
お蔭で、前の自分とブルーは、最後まで…。
(…立場の上では、ソルジャーのあいつが上だったんだが…)
他の所じゃ、俺の方が年長のままだったよな、と苦笑する。
白いシャングリラで暮らした仲間は、気付かなかったかもしれないけれど。
あるいは長老と呼ばれるくらいになったゼルたち、彼らにしても。
(…俺はブルーに、敬語だったし…)
いつでも礼を取っていたから、ブルーが上に見えていたろう。
会議の席でもブルーを立てたし、視察の時にも付き従っていたけれど…。
(どっこい、実は前のブルーは…)
最後まで、甘えん坊だった。
「前のハーレイ」に対してだけは。
あれこれ我儘なことを言ったり、注文したり、と。
メギドに向かって飛んだ時でさえ、「前のハーレイ」にだけ、無理に遺言を押し付けて。
(…あいつは、そういうヤツだったんだが…)
今度は本当に年下だよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
二十四歳も年の離れた、小さなブルー。
だから今度は、どんな我儘を言い出そうとも、年長者としてゆったり構えて…。
(何でも聞いてやりたいってな)
前のあいつが苦労した分、と常に思っているのだけれど…。
(…ちゃんと年下に生まれて来たのも、神様の粋な計らいってヤツで…)
あいつにピッタリな人生だよな、と考えた所で、ヒョイと覗いた別の考え。
もしも、今度は逆だったなら、と。
(…いや、逆と言うより、それが正しいと言うのか、これは…?)
今度もブルーの方が年上に生まれていた場合…、と顎に当てた手。
前ほど離れているかどうかは、この際、考えに入れないとして…、と。
(今のあいつと、今の俺とが逆だったなら…)
ちょいと愉快なことになるぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
「聖痕も横に置いておくか」と、「アレを考えたら、ややこしくなる」と。
(…出会いも、適当にしておくとして…)
ハーレイ先生と教え子のブルーな関係の代わりに、それの逆。
ブルー先生がいて、今の自分が教え子な立場。
(ふうむ……)
これはなかなか…、と緩んだ頬。
けっこう楽しそうじゃないか、と「逆だった場合」を思い描いて。
(年の差は、今の逆でいいだろう)
あいつが今の俺の年で…、と決めた最初の設定。
「でもって、俺は、あいつの年だ」と。
そういう二人だった場合を、少し考えてみるとするか、と。
今とは逆な関係の二人。
ブルー先生と、教え子のハーレイ。
(…もちろん、あいつは、外見の年をとっくに止めていて…)
前のあいつと同じ姿でいるんだろうな、とソルジャー・ブルーを頭に描く。
当然、髪型も前とそっくり、とてもモテるに違いない。
今の時代は「ソルジャー・ブルー」は大英雄だし、それにそっくりとなったなら。
しかも写真集が沢山あるほど、気高く美しいソルジャー・ブルー。
(引く手あまたというヤツだろうが、子供の俺と出会うからには…)
ブルー先生は、独身でいるに違いない。
いつか「ハーレイ」と再会を遂げて、もう一度、恋を育むために。
そう、今の自分が結婚しないで、ブルーを待っていたように。
(…俺に自覚は無かったんだが、そうなったしな?)
俺だって、ちゃんとモテたんだから、と学生時代を思い返して誇らしい気持ち。
誰とも付き合わなかっただけで、大勢の女性のファンがいた頃を。
(だから、とてもモテるブルー先生も…)
独身のままで待っていてくれて、ちゃんと再会するのだろう。
それから恋が始まるけれども、生憎と、今の自分の方は…。
(…十四歳にしかならないチビで…)
体格は良くてもチビはチビだ、と十四歳だった頃の自分を振り返る。
「やっぱり、中身は子供だよな」と、「ブルー先生とは、だいぶ違うぞ」と。
(…ブルー先生も、古典の教師になるのか?)
面倒だから、それで考えとくか、と加えた設定。
ブルー先生は古典の教師で、生徒にも人気があるだろう、と。
(……しかしだな……)
柔道部の指導はしてくれないぞ、と早速、難問にぶつかった。
今のブルーも身体が弱いし、水泳部の指導も無理だろう。
きっと顧問になったとしても、名ばかりの顧問。
指導は他の誰かに任せて、部活には顔を出すというだけ。
(…参ったな…)
まあ、今のブルーも似たようなモンだが、と思いはしても、不満は残る。
「同じ部活をやるんだったら、ブルー先生の指導がいい」と。
そうなってくると、ブルー先生の方に合わせて、自分が変わるしかないだろう。
柔道と水泳は趣味の範囲に留めて、ブルー先生と過ごす時間を増やす。
(…今の俺みたいに打ち込んでいたら、休みの日だって…)
練習なのだし、ブルー先生とは、そうそう会えない。
今のブルーがやっているように、休日は二人で過ごすというのは、とても無理。
(…仕方ない…)
ブルー先生と出会った時点で、柔道と水泳は捨てるとするか、と決心した。
そっちのプロにはなっていないから、別に困りはしないだろう。
(よし、休日はブルー先生と…)
お茶に食事だ、と思ったけれども、それが自分に似合うだろうか。
自分の部屋に椅子とテーブルを据えて、ブルー先生とお茶の時間を楽しむのが。
(……うーむ……)
致命的に似合っていない気がする、と抱えた頭。
十四歳の自分が、ブルー先生と食事をするのなら…。
(店に出掛けて、ラーメンとか、お好み焼きだとか…)
絶対、そっちだ、と思うものだから、それはそれで愉快な光景ではある。
今の時代も人気が高い「ソルジャー・ブルー」にそっくりなブルー先生と、ラーメンの店。
お好み焼きの店にしたって、周りの人が驚くだろう。
「チビのハーレイ」には似合いの店でも、ブルー先生の方は…。
(…掃き溜めに鶴というヤツだ)
こいつはいいな、と可笑しくなった。
きっと「ハーレイ」が成長してゆく間に、そんな場面が掃いて捨てるほど。
(ブルー先生は、俺に合わせてくれるんだろうし…)
洒落た店が似合う年になるまで、そういった店に付き合ってくれる。
ついでに、「チビのハーレイ」が、前のハーレイと同じ年齢になるまでには…。
(うんと時間がかかっちまって、同い年くらいに見える時代も…)
やって来るから、面白い。
その頃には、もう「ブルー先生」がいる学校は、とうに卒業していて…。
(堂々とデートに誘えるってモンだ)
同い年だが、とクックッと笑う。
「ちょうど似合いのカップルだよな」と。
(こりゃ、いいな)
逆だったなら、前とは違う楽しみ方が…、と夢が広がる。
ブルーと同じ年頃でデートなんかは、前の生では出来ていないから。
前のブルーが追い付く前に、前の自分が年を重ねたから。
(…ブルー先生の方じゃ、どう思ってるかは分からんが…)
そいつも悪くないじゃないか、とコーヒーのカップを傾ける。
「ブルー先生と、ハーレイ君だ」と、「俺の人生も変わっちまうぞ」と。
残念なことに、夢物語に過ぎないけれども、逆の立場も悪くはない。
きっと色々、新鮮だから。
前の生では出来なかったこと、驚きが山ほどあるだろうから…。
逆だったなら・了
※ハーレイ先生とブルー君が、逆の立場で出会っていたら、と考えてみたハーレイ先生。
なかなか愉快なことになりそう、同い年のカップルでデートなんかも。それも素敵かもv
(……聖痕かあ……)
ハーレイをビックリさせちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
忘れもしない五月の三日に、自分の身の上に起こった事件。
少し前から、その兆候はあったのだけれど…。
(ソルジャー・ブルーの名前を聞いたら、右目の奥が…)
ツキンと痛む感じを受けた、今の学校に入学した日。
校長先生の話に出て来た、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」という言葉。
今の時代では決まり文句で、そういった時には必ず出て来る。
人間が全てミュウになった時代、SD体制が崩れた後の平和な世界。
それを築くための礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」だから。
彼の存在が無かったならば、ミュウの時代が来るのは遅れて…。
(…青い地球だって、蘇ったかどうか分からないから…)
全ての始まりになった英雄なのだ、と讃えられているソルジャー・ブルー。
(学校で勉強できるのだって、ソルジャー・ブルーのお蔭なんだ、って…)
入学式などではお決まりの挨拶、だから不思議に思わなかった。
下の学校でも何度も聞いたし、珍しくもない言葉だから。
(…だけど、ぼくには…)
自分では全く知らなかっただけで、「ソルジャー・ブルー」の魂が中に入っていた。
その魂が目覚める兆候、それが右目の奥で起こった痛み。
じきに痛みでは済まなくなって、家で勉強していた時に…。
(…ソルジャー・ブルーの名前を見たら、ズキンと痛んで…)
右目から真っ赤な涙が零れて、ノートに血の色の染みを作った。
もちろん自分も仰天したし、両親の所へ言いに行ったら、二人とも慌てふためいて…。
(…病院に連れていかれて、検査…)
なのに、異常は何処にも無かった。
それまでの経緯を聞かされた医者が、口にしたのが「聖痕」と呼ばれている現象。
あるいは、それが起こったのかも、と。
ソルジャー・ブルーが最期に受けたという傷、その傷跡が現れたのかも、と。
もしも聖痕が本物だったら、今の自分は「ソルジャー・ブルー」なのかもしれない。
生まれ変わって来た彼の魂が、身体の中に入っていて。
何かのはずみで目覚めた「それ」が、聖痕を引き起こしているのかも、と話した医者。
病院でそう聞かされた後は、とても怖くて堪らなかった。
自分が自分でなくなるようで。
「ソルジャー・ブルー」の魂が目を覚ましたならば、「自分」がいなくなるようで。
(…今のぼくは、すっかり消えてしまって…)
元はソルジャー・ブルーだった魂、それだけが残るのかもしれない。
そうなったならば、今の自分が生きた記憶も、大切なものも…。
(何もかも、全部なくなっちゃう…)
そんなの怖い、と怯えていたのに、本当に現れてしまった聖痕。
いつもと同じに学校に行った、今は記念日になった日に。
前の生から愛し続けたハーレイと、再会を遂げた五月の三日に。
(…ハーレイそっくりの先生がいるんだ、って…)
病院の医者から聞かされたけれど、まるで繋がってはいなかった。
クラスメイトが噂していた、新しく来たという古典の教師。
(前の学校で、急な欠員が出ちゃったから…)
新学期の開始より少し遅れて、赴任して来た教師がハーレイ。
けれども、クラスメイトの噂話に「ハーレイ」の名前は欠片も入っていなかったから…。
(ふうん、って思っただけだったんだよ)
新しい先生が来るんだな、と考えただけ。
まさか「ハーレイ」がやって来るとは、夢にも思っていなかった自分。
目覚めかけていた魂の方も、特に反応しなかった。
右目の奥は少しも痛まなかったし、「聖痕」なんかも忘れていた。
それなのに…。
(ハーレイが、教室に入って来た瞬間に…)
聖痕は一気に、その全貌を現した。
兆候があった右目どころか、両方の肩と左の脇腹に。
「前の自分」がメギドでキースに撃たれた、全ての箇所に。
(…誰が見たって、大怪我だよね…)
教室中に上がった悲鳴を覚えている。
ハーレイが慌てて、駆け寄って来た時の表情も。
(聖痕、とっても痛かったけど…)
痛みで意識が飛びそうだったけれど、その最中に思い出したこと。
「ハーレイなんだ」と。
倒れた自分を抱き起こしてくれた、今のハーレイの逞しい腕。
自分の中から鮮血と一緒に溢れ出して来た、前の自分の膨大な記憶。
それが「ハーレイだ」と告げていた。
またハーレイに巡り会えたと、愛おしい人と再び出会えのだ、と。
同時にハーレイの記憶も戻って、二人分の記憶が絡み合った。
「やっと会えた」と。
遠く遥かな時の彼方で引き裂かれてしまった、誰よりも大切に思った人と。
(…ハーレイも、学校の先生も、クラスのみんなも…)
うんとビックリさせちゃったけど、と自分の身体を眺めてみる。
あれきり聖痕は現れないから、その役目はもう、終わったのだろう。
今の自分と、今のハーレイとを、無事に再会させられたから。
もうお互いに離れはしなくて、何処までも一緒に生きてゆけるから。
(…ホントはちょっぴり、足りないんだけどね…)
今のぼくの背丈と、それから年が、と零した溜息。
結婚するには幼すぎる年で、前の自分より小さな身体。
お蔭で、せっかく巡り会えても、まだ二人では暮らせない。
暮らすどころか、唇へのキスもして貰えなくて、デートも断わられる始末。
なんとも悲しくて情けないけれど、我慢するしかないのだろう。
神様がくれた不思議な聖痕、それでハーレイと巡り会うことが出来たから。
今のハーレイを驚かせてしまって、学校にも迷惑をかけたけれども。
(でも、聖痕が現れたから…)
ハーレイと再会出来たんだよ、と嬉しくなる。
「神様が奇跡を起こしてくれた」と、「神様からの贈り物なんだ」と。
身体中が血に染まるだなんて、とても傍迷惑な聖痕。
それに自分も痛かった。
おまけに、聖痕を目にしたハーレイときたら…。
(キースを絶対、許さない、って…)
心の底から怒り狂っていて、今は何処にもいないキースを、今も激しく憎んでいる。
本物のキースがいないものだから、朝顔のキースに八つ当たりするほど。
(…秋朝顔の、キース・アニアン…)
ご近所さんが育てている、秋に花を咲かせる種類の朝顔。
幾つも品種があるのだけれど、ご近所さんのは「キース・アニアン」。
その花の名前を知ったハーレイは、朝顔の「キース」に復讐する気満々で…。
(…もしも垣根から顔を出したら、毟ってやる、って…)
本気かどうかは謎だけれども、ハーレイならばやりかねない。
朝顔の花をブツッと毟って、指で八つ裂きにするくらいは。
引き裂いた後はグチャグチャに潰して丸めてしまって、ポイとゴミ箱に捨てるくらいは。
(……本物のキースに、地球で会った時……)
ハーレイは何も知らなかったから、キースに挨拶したという。
メギドの中で何があったか知っていたなら、一発、お見舞いすべき所で。
(だから、ホントに憎んでて…)
復讐を果たし損ねた恨みの分まで、余計に憎くて堪らないらしい。
キースに撃たれた「ソルジャー・ブルー」は、キースを憎んでいないのに。
むしろ、キースに会えたなら…。
(話したいことが、一杯あるのに…)
それをハーレイに何度言っても、ハーレイの怒りは消えてくれない。
「あいつは、お前を撃ったんだぞ」と言うだけで。
「俺は、絶対、あいつを許さん」と、憎しみを引き摺り続けるだけで。
(……いつかは、消えると思うんだけど……)
その時が来るまで、ハーレイはキースを憎み続けて、自分自身にも怒りを向ける。
「どうして、気付かなかったんだ」と。
キースが「ブルー」に何をしたのか、知らないままで死んだ前のハーレイ。
そんな自分を「間抜けだった」と、その愚かしさを呪い続けて。
(ハーレイ、聖痕を見てしまったから…)
時の彼方で何が起きたか、今頃になって知ることになった。
メギドに飛び去った「ソルジャー・ブルー」が、どんな風に死んでいったのか。
もしも聖痕を見なかったならば、ハーレイは知らないままだったろう。
そうなればキースを憎みはしないし、自分自身に怒りを覚えることだって無い。
ソルジャー・ブルーが受けた傷跡、それを知ることは無いのだから。
「前のブルーは、メギドを沈めて死んだんだ」としか、思ってはいないわけだから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
聖痕なんかは、無かった方が良かったのかな、と傾げた首。
あの聖痕があったからこそ、ハーレイと巡り会えたのだけれど…。
(…もしも、聖痕が無くっても…)
ちゃんと出会えていた気がするよ、と溢れる自信。
なんと言っても、ハーレイと自分なのだから。
気が遠くなるほどの時が流れても、地球の上で再会出来たのだから。
(…前のハーレイと、ぼくとの絆…)
二人の間を結ぶ絆は、とても強くて確かなもの。
たとえ聖痕が無かったとしても、お互いに巡り会えたと思う。
何処かの街角でバッタリ会うとか、公園で偶然、出会うだとか。
その瞬間に、ハーレイも自分も、互いを見付けて、互いに思い出すことだろう。
「前の自分」が何者だったか、目の前にいるのは誰なのかを。
きっと互いに、見詰め合わずにはいられない。
「本物なのか?」と。
本当に再び出会えたのかと、今度こそ、共に生きられるのかと。
(…前のぼくは、メギドで泣きじゃくったけど…)
ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えて冷たくて泣いた。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
それでもこうして巡り会えたし、聖痕が無くても、何処かで必ず出会えただろう。
ならば、ハーレイにキースを憎ませ、自分自身を責めさせるような聖痕は…。
(…無かった方が良かったのかも…)
聖痕が無くっても、ぼくたちは、きっと出会えるものね、と思ったけれど。
あんな無残な傷の跡など、現れない方が平和だよね、と考えたけれど…。
(…それだと、右手が冷たくなっても…)
前の自分の悲しい最期を夢に見たりして辛くなっても、ハーレイに甘えることは出来ない。
何があったか語らなければ、ハーレイには通じないのだから。
「右手が冷たい、って…。冷やしたんだろ?」と言われるだけで、何も分かって貰えない。
前の自分の悲しい最期も、思い出すと辛くなることも。
右手が冷えてしまった時には、嫌でも蘇る悲しみのことも。
(…聖痕が無くっても、出会えそうだけど…)
やっぱり、あって正解だよね、とコクリと頷く。
今のハーレイには気の毒だけれど、今の自分は強くないから。
ソルジャー・ブルーと同じ強さを持っていたなら、一生、黙っていられたとしても。
(…ごめんね、ハーレイ…)
弱虫なぼくで、と思うけれども、ハーレイなら許してくれるだろう。
聖痕が現れなかったとしても、出会えただろう恋人だから。
二人で青い地球に生まれて、今度こそ、共に生きるのだから…。
聖痕がなくっても・了
※もしも聖痕が無かったとしても、ハーレイ先生とは出会えそうだ、と思うブルー君。
でも、前の自分の悲しかった最期は知って欲しいし、やっぱり必要。弱虫ですものねv