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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(今日はハーレイに会えなかったよね…)
 家にも来てくれなかったから、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ホントは、ちょっぴり、ほんの少しだけ…)
 会えていないわけじゃないんだけれど、と昼間の出来事を思い返した。
 休み時間に友人たちと、校舎の外を歩いていた時のこと。
(…国語の先生たちのためにある、準備室…)
 それがある校舎に、ハーレイが入ってゆくのを見掛けた。
 一歩踏み出せば、もう校舎の中、そういう入口の直ぐ近くで。
(あと一歩、ってトコだったけれど…)
 大きな声で「ハーレイ先生!」と呼び掛けたならば、きっと振り向いて貰えただろう。
 こちらを向いて、笑顔で手だって振ってくれたと思うけれども…。
(……ぼくは友達と一緒だったし……)
 ハーレイの方も、他の先生と話をしながら歩いていた。
 そうでなかったら、ハーレイが一人だったなら…。
(真っ直ぐ、校舎に入る代わりに…)
 足を止めて、見回してくれた気がする。
 休み時間の最中なのだし、何人もの生徒が出歩いている時間帯。
 その中にブルーがいるかもしれない、とチビの恋人が歩いていないか、確かめるために。
(…そうだよね?)
 そうでなくても、其処まで歩いて来るまでの道中、「ブルー」を探していただろう。
 目の色を変えてとは言わないけれども、運良く、出会えるかもしれない、と。
(…キョロキョロしたりはしなくても…)
 何気ない顔で歩きながらも、探してくれてはいたのだと思う。
 他の先生と一緒でなければ、「ブルーに会えればいいんだがな」と。
 「ちょいと手を振るだけでもいいから、あいつに会えれば嬉しいんだが」と。


 ハーレイなら探してくれた筈だよ、と考えることは、思い上がりではないだろう。
 前の生からの恋人同士で、今も恋人なのだから。
 キスさえくれない恋人だけれど、「キスは早すぎる」と叱られるチビの子供だけれど。
(…でも、ハーレイなら…)
 探してくれたし、気付いてくれた筈なのに。
 他の先生さえ一緒でなければ、見回してくれたと思うのに…。
(……真っ直ぐ、入って行っちゃった……)
 振り向きさえもしなかったよね、と浮かぶのは「消えてゆくハーレイ」ばかり。
 こっちには顔も向けてくれずに、他の先生と話しながら。
 「ブルー」にはまるで気付きもしないで、校舎の中へと消えてゆく姿。
(…ぼくだって、声を掛けられなかったし…)
 お互い様だと思うけれども、やっぱり少し悲しくなる。
 「ぼくは、ハーレイに気付いてたのに」と。
 「ハーレイの方では、全然、気付いてくれなかったよ」と。
(…あれでも、会えたとは言うんだろうけど…)
 会えない時だと、姿も見られないんだから、と思いはしても、寂しい気持ちは変わらない。
 なまじ姿を見掛けた分だけ、「全く会えずに終わった」日よりも、辛い気もする。
 何故なら、自分は「気付いた」から。
 「あっ、ハーレイだ!」と心が躍った、そんな瞬間を味わったから。
(……気付いているのに、それっきりって……)
 なんだか酷い、と神様を恨みたい気分。
 ハーレイの姿を見掛けた時には、「今日はツイてる」と考えたほど。
 「今日はハーレイの授業は無いけど、会えちゃったよね」と。
 一方的な出会いだけれども、とても素敵な偶然で。
 「こんな所で会えるんだったら、後で、絶対、会えるんだから」と飛び跳ねた心。
 廊下で会うのか、グラウンドで会えるか、もっと違う場所で出会うのか。
(次に会えたら、ちゃんとハーレイが気付いてくれて…)
 声を掛けてくれて、話も出来ることだろう。
 学校の中では、教師と生徒の会話だけれども、それでも充分、幸せな時間。
 ついでに学校が終わった後には、家にも寄ってくれるのだろう、と膨らんだ期待。
 「今日はゆっくり、お喋り出来るよ」と、「晩ご飯だって、ハーレイと一緒なんだよね」と。


 ところがどっこい、期待外れに終わった一日。
 ハーレイには二度と出会えないまま、今日という日は暮れてしまって…。
(…ほんのちょっぴり、一方的に…)
 会えただけだよ、と零れる溜息。
 「あんまりだよね」と、「気付いているのに、話も出来なかっただなんて」と。
 大好きな笑顔も向けて貰えず、手だって、振って貰えていない。
 確かに「ハーレイ」を見掛けたのに。
 ハーレイの姿に心が躍って、ツイているとまで考えたのに。
(……今日の神様、ホントに意地悪……)
 こんなの酷い、と嘆いたはずみに、心を掠めていったこと。
 「気付いているのに、会えなかったら?」と。
 今日の出来事とは全く違って、「最初から、そういう出会いだったら?」と。
(…ぼくとハーレイ、五月の三日に出会ったけれど…)
 自分に現れた聖痕のお蔭で、二人揃って記憶が戻って、今では恋人同士だけれど…。
(……ああいう風な出会いじゃなくって……)
 ぼくだけ、ハーレイに気が付いちゃう、っていうことも…、と怖い考えが頭に浮かんだ。
 聖痕などとは全く無縁に、ある日、突然、記憶が戻る。
 「ハーレイ」の姿を何処かで見掛けて、「ハーレイなんだ」と気付いた時に。
 あそこに確かにハーレイがいると、前の生から愛した人だ、と。
(…でも、気付いたのは、ぼくだけで…)
 ハーレイの方は、少しも気付いていないんだよ、と「悲しすぎる出会い」が心に広がってゆく。
 自分の方では気付いているのに、ハーレイは、まるで気が付かない。
 その上、出会いは、ほんの一瞬、アッと言う間に離れてゆく距離。
 声を掛けてもいないのに。
 「ハーレイ!」と声を掛ける暇さえ、そのチャンスさえも無いままで。
(…学校から遠足に行った先とか…)
 有り得るよね、と嫌な想像が膨らみ始める。
 本当の出会いは「そうではない」のに、「そうじゃなかったら?」と、違う方へと。
 気付いているのに出会えない出会い、そういう出会いも有り得たのだ、と。


(……学校の遠足、休んじゃったことも多いけど……)
 バスで遠くへ出掛けて行って、一日過ごして、学校のある町へ帰って来る。
 その遠足に出掛けた時に、ハーレイの姿に気が付く自分。
 バスから降りて、何かしている時ではなくて…。
(…バスの窓から、外を見ていて…)
 歩いているハーレイの姿を見掛けて、その瞬間に「思い出す」。
 「ハーレイなんだ」と。
 其処にいるのは愛おしい人で、遠く遥かな時の彼方で愛した人だ、と。
(だけど、ハーレイは気が付いてなくて…)
 こちらの方を眺めもしないで、何処かへ向かって歩いているだけ。
 そして窓から呼び掛けようにも、バスは走っているのだから…。
(…ハーレイなんだ、って気が付いたって…)
 その場で止まってなどはくれずに、目的地に向かって走り続ける。
 歩いているハーレイを一瞬で追い越し、たちまち後ろへ置き去りにして。
 「バスを止めて!」と叫びたくても、ただの生徒ではどうにもならない。
(……気分が悪くなったから、止めて下さい、って……)
 止めて貰えそうな言い訳を思い付く前に、ハーレイがいた場所は遠くなっている。
 それに「ハーレイ」の方にしたって、その道を真っ直ぐ、歩き続けるとは限らない。
(途中で曲がってしまってるとか、何処かの建物に入っちゃったとか…)
 そうなっていたら、言い訳を考えてバスを戻しても、もう「ハーレイ」は見付からない。
 他の道へと曲がって行って、違う所を歩いているから。
 あるいは建物の中に入って、バスが走るような道を離れてしまっているから。
(…頑張って、バスを戻しても…)
 二度と見付からない、愛おしい人。
 自分は確かに気が付いたのに。
 「ハーレイ」の姿を見付けた途端に、何もかも思い出したのに。
(……そういう風に出会っちゃったら……)
 どうやって「ハーレイ」を探せばいいのか、どうすれば、また会えるのか。
 今も「ハーレイ」という名前かどうかも、分からないのに。
 ハーレイが何処に住んでいるかも、考えるほどに、謎が深まるのに。


 そう、「ハーレイ」を見掛けた場所が、今の「ハーレイ」が暮らす町とは言い切れない。
 ハーレイの仕事が教師でなければ、出張なんかは普通のこと。
 他所の町から仕事で来ていて、たまたま歩いていたというだけ。
 「ブルー」を乗っけた遠足のバスが、其処を走っていた時に。
(…出張で来ていたんなら…)
 仕事が済んだら、帰って行ってしまうだろう。
 何処から来たのか知らないけれども、今の「ハーレイ」が住む町へ。
(学校の先生をやっていたって…)
 研修などで遠くに行くから、「他の町」で出会う可能性だって少なくない。
 つまり「ハーレイ」が住んでいる場所さえ、今の自分には分からない。
 「きっと、あそこの町なんだよ」と、見掛けた場所で探すにしたって…。
(……どうすればいいの?)
 その町に「こういう人はいませんか」と、新聞に投書するくらいしか思い付かない。
 「バスの窓から見掛けたんです」と、「うんと昔の知り合いなんです」と。
(…ぼくは子供だから、そう書いたって…)
 新聞記者の目に留まったなら、載せて貰えることだろう。
 幼かった日に、親切にして貰った「知らない人」を、見掛けて思い出したのかも、と。
 「会って、お礼を言いたいんだな」と、「見付かるといいが」と、考えてくれて。
(…でも、その新聞を、ハーレイが…)
 読んでくれないと、全く気付いて貰えない。
 今のハーレイは新聞を愛読しているけれども、新聞と言っても、幾つもあるから…。
(…ハーレイが取ってる新聞でないと…)
 投書は無駄になってしまって、ハーレイに読んで貰えはしない。
 運が良ければ、「ハーレイ」の知り合いの誰かが、気付いてくれて…。
(これは、お前のことじゃないか、って…)
 尋ねてくれるかもしれないけれど、あまり期待は出来そうもない。
 そうなれば「ハーレイ」には出会えないまま、時が流れてゆくのだろう。
 「あの日、確かに見付けたのに」と、心に想いを残したままで。
 何処かで再び出会えないかと、ただ、その日だけを待ち望みながら。


(…もう一度、ハーレイに会いたいよ、って…)
 会わせて下さい、と神に祈って、祈り続けて、願いが叶ったとしても。
 また「ハーレイ」に気付いたとしても、その時も「同じ」かもしれない。
(……気付いているのに、出会えなくって……)
 声さえも届けられないままで、離れていってしまう距離。
 今度は宙港で出会うのだろうか、宇宙船を見ようと展望台に出掛けた時に。
 離陸してゆく宇宙船の窓の向こうに、「ハーレイ」がいる、と気が付いた自分。
 「ハーレイ」の方でも、今度は視線を展望台の方に向けていて…。
(…あっ、ていう顔をするんだよ…)
 きっと「ブルー」に気が付いたのだ、と分かる表情。
 ようやく互いに気付いたけれど、「ハーレイ」も「ブルー」を見付けてくれたけれども…。
(……宇宙船、飛んで行っちゃって……)
 それっきりになってしまって、出会えない二人。
 ハーレイを乗せた宇宙船の前後に、何機も離陸した同じタイプの宇宙船。
 正確な時刻が分からないから、何処へ行った船か分からなくて。
 「ハーレイ」の方も、「ブルー」を探そうと努力するのに、実らなくて。
(…そんなの、嫌だ…)
 気付いているのに、会えないなんて、とゾッとするから、今日の不運は不運の内にも入らない。
 ハーレイには、ちゃんと会うことが出来て、今も恋人同士だから。
 今日は会えずに終わったけれども、会えた時には、幸せな時を過ごせるから…。



            気付いているのに・了


※ハーレイ先生を見掛けただけで終わってしまったブルー君。溜息が零れるばかりですけど…。
 互いの存在に気付いている分、幸せな今の人生。そうじゃない出会いも有り得たかも…?









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(気付いてるのに、だ…)
 出会えない日ってのは、あるもんだな、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わったブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…あいつが気付いていなかっただけで…)
 俺の方では見てたんだよな、と今日の出来事を思い出す。
 ブルーに会えずに終わったけれども、姿だけなら目にしていた。
 授業の合間の空き時間に通った、ブルーの教室の横にある廊下、其処の窓から。
(たまたま、用事があって通ったら…)
 教室の中から、教師の声が聞こえて来た。
 つまり、ブルーは授業中。
(あいつがいるな、と思ったから…)
 足は止めずに、目だけで探した教室の中。
 「ブルーの席は、あの辺りだった筈なんだがな」と、古典の授業で覚えた席を。
 予想通り、其処に座っていたブルー。
 机の上に教科書を広げて、熱心に教師の方を見ていた。
(邪魔しちゃいかん、と早足になって…)
 通り過ぎたから、ブルーは気付かなかっただろう。
 今、廊下の方へ視線を向けたら、「ハーレイがいる」ということに。
 恋人の目が自分の方へと、向けられていた時間があったことにも。
(…だから、あいつは…)
 今日は「ハーレイ」を見てはいなくて、会えずに終わってしまった一日。
 家に寄ってもくれなかったから、今頃は不満たらたらだろう。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、膨れっ面で。
(それとも、ションボリ項垂れちまって…)
 溜息を零して泣きそうな顔で、不運を嘆いているのだろうか。
 「ツイてないよ」と、「ハーレイに会えずに終わっちゃった」と。


 どちらなのかは分からないけれど、ブルーの気持ちは想像がつく。
 姿だけは見ていた自分の方でも、溜息をついていたのだから。
(…なまじ、気付いちまったしなあ…)
 余計に気分が参るのかもな、という気がする。
 これが全く出会わなかったら、「そういう日なんだ」と割り切れたろう。
 同じ学校に行っていたって、出会わない日は珍しくない。
 ブルーと自分が歩く場所やら、其処を歩いた時間によっては。
(…うまい具合に、って言い方はおかしいんだが…)
 互いが移動してゆく線が、交わらない日。
 留まる点も重ならないまま、学校にいる時間が終われば、そうなってしまう。
(すれ違い、っていうヤツだよな)
 そっちなら諦めもつくんだが…、と今日の不運に零れる溜息。
 ブルーの姿を目にした時には、「ツイているな」と思ったから。
 まさかそのまま、二度と会えずに…。
(終わっちまうとは、あの時、思いもしなかったんだ…)
 ツイているから、何処かで会えると浮き立った心。
 廊下でバッタリ顔を合わせるか、グラウンドや中庭で出会うことになるか。
 放課後は会議の予定だけれども、それが早めに終わってくれて、ブルーの家へと…。
(行けるかもな、と思ったのにな?)
 生憎と予想は悉く外れ、ブルーには二度と出会えなかった。
 ついでに、愛おしいブルーの方では、「ハーレイに会えずに終わった一日」。
(……なんてこった……)
 ただ会えないより酷いじゃないか、とコーヒーを一口、コクリと飲んだ。
 「なんて日なんだ」と、「俺は気付いてたっていうのに」と。
 確かにブルーの姿を見たのに、愛おしい人を目に出来たのに…。
(…会えずじまいで終わっちまった…)
 ツイてるどころか、その逆だったぞ、と神様を恨みたくもなる。
 想いが中途半端に残って、溜息ばかりが出て来るから。
 最初から会えずに終わっていたなら、「ツイてないな」で済んだのに。
 熱いコーヒーで気分転換、気持ちを別の方へと向けて。


(…こんな気分で、別のことをと言われてもなあ…?)
 何が浮かんでくると言うんだ、と心の中で愚痴った途端に、掠めた考え。
 「気付いてるのに、出会えなかったら?」と。
(……今日のは、まさにそれだったんだが……)
 自分とブルーは恋人同士で、ちゃんと互いを、よく知っている。
 今日は会えずに終わったけれども、明日には会えることだろう。
 学校では会えずに終わったとしても、放課後に用は入っていないし、家まで行ける。
 だから何処かで必ず会えるし、今日の不運は、今日だけでおしまいのなのだけれども…。
(そうじゃなくって、出会いの時から…)
 気付いてるのに出会えないんだ、と思い描いた「ブルーとの出会い」。
(俺があいつに、初めて出会ったのは…)
 今の学校に赴任して来て、ブルーの教室に入った日。
 忘れもしない五月の三日で、其処でブルーに現れた聖痕。
(あれでお互い、記憶が戻って…)
 めでたく恋人同士だけれども、それとは違った出会いだったら。
 何処かで、ブルーの姿を見掛けて…。
(その瞬間に、ブルーなんだ、と気が付いて…)
 聖痕などとは全く無縁で、けれど「ブルーだ」と気付く瞬間。
 前の生での記憶が戻って、「ブルーなんだ」と、愛おしい人の存在に気が付く。
 「あれはブルーだ」と。
 「俺のブルーが帰って来た」と、「あそこにいる」と心が跳ねて。
(でもって、駆け出して抱き締めたいのに…)
 それは叶わない、そういう出会い。
 「ブルーなんだ」と気付いているのに、手が届かないというケース。
(…全く無いとは言い切れないぞ…)
 あいつがバスに乗っているとか、と直ぐに浮かんだシチュエーション。
 今のブルーも身体が弱くて、バスで通学しているから。
(…俺の学校に通っているなら、バスの中でもいいんだが…)
 また会える日が来るからな、と頭にあるのは全く違う別のバス。
 それに乗っているブルーを見たって、手も足も出ない、悲しすぎる出会い。


(…最悪のヤツは、観光バスだな)
 俺が見付けたブルーが乗っているバスは、と考えただけで恐ろしくなる。
 そんな出会いになっていたなら、どうしようもない、と。
(…あいつの方でも、俺に気付いて…)
 明らかに表情が変わるのだけれど、それでおしまい。
 ブルーを乗せた観光バスは、信号で止まっていたか何かで…。
(…赤信号が青に変わったら、走り始めて…)
 あっという間にスピードを上げて、視界から消えてしまうのだろう。
 見付けたばかりの愛おしい人、前の生から愛し続けたブルーを乗せて。
 追い掛けて走って行こうとしたって、バスの方が遥かにスピードが上で。
(…その上、俺も焦っちまってて…)
 バスのナンバープレートどころか、どんなバスかも記憶に残っていないと思う。
 赤いバスだったか、青だったのかも、他の色かも分からないほどに。
(…そんなじゃ、まるで手掛かりがなくて…)
 ブルーを乗せたバスが何処から来たのか、それさえも掴むことが出来ない。
 この町に拠点があるバス会社か、他の町から来たバスなのかも。
(バスの会社が分からないんじゃ、乗客なんかは…)
 何処の誰だか、探す方法さえ無いことだろう。
 せめてブルーが今と同じに子供だったら、運が良ければ、少しくらいは絞り込める。
(ただし、旅行に来ていた時だな)
 遠足では駄目だ、と分かっている現実。
 学校単位で旅行に来ていて、この町に宿泊していた場合。
 そういう時だけ、幾つかの学校に絞れるけれども…。
(…それにしたって、学校から旅行に来ていた、という条件でしか…)
 無理なんだよな、とコーヒーを一口、飲み下した。
 「家族旅行じゃどうにもならん」と、「ツアーの観光バスではなあ…」と。
 旅行客を乗せた観光バスなど、それこそ星の数ほどあるから。
 バス会社さえも分からないのでは、文字通り、お手上げ。
 ブルーを乗せたバスの行方も、ブルーが何処から来たのかも。
 今も「ブルー」という名前なのか、それさえも分からないままで。


 あったかもしれない、そういう出会い。
 確かに「ブルー」に気付いて、見付けて、ブルーの方でも気が付いたのに。
 お互い、時の彼方の記憶も、恋の記憶も取り戻したのに。
(…あいつを乗っけたバスは、そのまま行っちまって…)
 追い付くことも出来なかったから、ブルーとの出会いはそれっきり。
 同じ世界に、あれほど愛した人がいるのに。
 今も恋しくて堪らないのに、ブルーには手が届かない。
 何処へ行ったか、何処から来たのか、手掛かりが何も無いものだから。
 どうやって「ブルー」を探せばいいのか、まるで見当も付かないから。
(…地球にいるのか、そうじゃないのか、それも謎だし…)
 本当に無理だ、と溜息が出る。
 同じ地域に住んでいるなら、新聞に投書するという手もあるけれど…。
(…ブルーの家でも、同じ新聞を取っていないと…)
 無駄足になる可能性が大。
 ブルーの知り合いの誰かが気付いて、ブルーに連絡しない限りは。
 「こういう投書が載っていたけど、心当たりが無いだろうか」と、親切な誰かが。
(アルビノだしなあ、あるいは、そういうことだって…)
 あるのかもな、と思うけれども、そうそう上手くはいかない出会い。
 「ブルー」を見付けることは出来ずに、時だけが空しく流れていって…。
(…ある時、ひょいと、また出会うんだ…)
 今度は宙港での出会いだろうか、飛び立ってゆく船に見付けるブルー。
 たまたま展望台に行ったら、離陸直前の船に「ブルー」がいる。
 窓の向こうから、展望台を見て驚く「ブルー」が。
 「ハーレイ」を確かに見付けたと分かる、そんな瞳をしている「ブルー」。
(…なのに、宇宙船は…)
 ブルーを乗せて飛び立ってしまい、追い掛けてゆくことは、もちろん出来ない。
 空を飛ぶことなど出来はしなくて、思念波だって…。
(…今の世界じゃ、宇宙船には…)
 届きはしなくて、ブルーとの出会いは其処までで終わる。
 お互い、相手に気が付いたのに。
 これが街角で出会ったのなら、駆け寄って抱き締められただろうに。


(…見付けられればいいんだがなあ、宇宙船に乗って行っちまった、あいつを…)
 あいつの方でも探してくれれば、と思うし、きっと「ブルー」も探すと思う。
 けれど、それでも、何年経っても、ずっと互いに出会えないままで…。
(…また何年か経った頃にだ、気付いてるのに、どうしようもないって出会いを…)
 やらかしそうで怖いんだがな、と背筋が寒くなるから、此処で打ち切り、と飲んだコーヒー。
 幸い、ブルーと、そんな出会いはしなかったから。
 ちゃんとお互い気が付いているし、明日には、きっと会えるのだから…。



           気付いてるのに・了


※ブルー君との出会いについて、考えてみたハーレイ先生。こんな出会いをしていたら、と。
 お互い、ちゃんと気付いているのに、抱き合うことは叶わない出会い。辛すぎですよね。








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(今日はハーレイに会えなかったけど…)
 きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
 仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
 ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
 会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
 他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
 言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
 それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
 「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
 そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
 明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
 楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
 ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
 皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
 前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
 明日には、聞ける筈だから。
 学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
 風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
 「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。


 そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
 運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
 学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
 「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
 仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
 他の先生との食事なんかは、断って。
 会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
 教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
 熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
 急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
 前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
 ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
 前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
 そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
 身体を治すには、まず栄養をつけないと。
 ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
 少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
 今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
 「これくらいなら、食えるだろ」と。
 「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
 明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
 「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
 「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。


 明日になったら会える恋人。
 そう考えたら、心はグンと軽くなる。
 「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
 運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
 会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
 たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
 週末は、学校が休みだから。
 其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
 必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
 会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
 寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
 前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
 ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
 どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
 そういう決まりになっていたから。
 シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
 誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
 聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
 ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
 特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
 決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
 それは贅沢というものだから。
 会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。


 だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
 「ハーレイに会えなくなったなら」と。
 今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
 そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
 行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
 星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
 会えなくなっちゃう、と愕然とする。
 この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
 その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
 合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
 「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
 同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
 日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
 やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
 研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
 それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
 その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
 研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
 一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
 何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
 ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。


(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
 ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
 なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
 其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
 どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
 今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
 キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
 やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
 絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
 再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
 「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
 次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
 夏休みだとか、冬休み。
 学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
 いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
 一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
 今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
 なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
 週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
 おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
 ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
 「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
 「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
 そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。


(……そんなの、困る……)
 会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
 今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
 同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
 一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
 何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
 ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
 まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
 家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
 玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
 もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
 ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
 「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
 ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
 手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
 ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
 幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
 もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
 長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。



          会えなくなったなら・了


※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
 会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv








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(…今日は会えずに終わっちまったが…)
 明日は間違いなく会えるだろうさ、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で、コーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人、それがブルー。
 十四歳の子供になってしまったけれども、ブルーは帰って来てくれた。
 青く蘇った水の星の上で、新しい命と身体を貰って。
 今は自分の教え子のブルー。
 学校に行けば、大抵、会うことが出来る。
 会えないままで放課後が来ても、仕事の帰りにブルーの家に寄ることも出来る。
(今日は、どっちもダメだったんだが…)
 きっと明日には会える筈だぞ、と自分の仕事に感謝した。
 今の仕事は古典の教師で、明日はブルーのクラスでの授業。
(あいつが欠席してない限りは…)
 其処で会えるし、もしもブルーが休んでいたなら、仕事帰りに見舞いに出掛ける。
 明日は会議などの予定も無いから、柔道部の部活を済ませた後で。
(…頼むから、誰も怪我してくれるなよ?)
 でないと俺の予定がパアだ、と柔道部の部員の無事を祈った。
 誰かが怪我でもしようものなら、病院に連れて行かねばならない。
 すると時間を取られてしまって、ブルーの家に出掛けるどころか…。
(…怪我した生徒を家まで車で送り届けて、そいつの家で…)
 お茶を御馳走になる羽目に…、と分かっているから、部員には無事でいて貰わねば。
 部活の後には、ブルーの家へ。
 ブルーが元気に登校していても、それとこれとは話が別。
(学校じゃ、教師と教え子だしなあ…)
 そういう風にしか振る舞えなくて、会話にしたって、ブルーは敬語を使って話す。
 遠い昔に、前の自分が、前のブルーにそうしたように。
 ソルジャーとキャプテンの恋というのは、誰にも知られてはならなかったから。
 教師と教え子の恋と同じで、秘めておかねばいけなかったから。
(…遠慮なく、あいつと話すためには…)
 あいつの家に行くしかないしな、と苦笑する。
 「だから、明日には会いに行くんだ」と、「誰も怪我してくれるんじゃないぞ」と。


 明日には会える筈の恋人。
 どうせだったら、風邪など引かずに、元気に登校して来て欲しい。
 学校では教師と教え子だけれど、それでもブルーの席に姿が無かったら…。
(…残念なんてモンじゃないんだ)
 他の生徒の手前もあるから、もちろん顔には出したりしない。
 「ふむ、今日はブルーは欠席なんだな」と、教卓の上で欠席の印を書き込むだけ。
 誰かが「風邪を引いたらしいです」とでも教えてくれたら、「そうか」と静かに頷いて。
 心配でも、それは口には出さずに、「授業を始める」と話を切り替えて。
(でもって、平気な顔して、授業を…)
 するのだけれども、視線は何度も、ブルーのいない席を捉えることだろう。
 風邪を引いたというのだったら、熱は高くないか、辛くないか、と。
 特に病名を聞かなかったら、「腹を壊したか、風邪でも引いたか…」と気になって。
(学校が終わったら、あいつの家まで一直線だな)
 顔を見るまで落ち着かないぞ、と自分でもよく分かっている。
 今日のように会えずに終わった日だって、ブルーが気になって仕方ないから。
 夜にこうして思い出すほど、ブルーの顔を見たいのだから。
(…前の俺だと、あいつに会えない日なんかは…)
 一日だって無かったからな、と時の彼方に思いを馳せる。
 恋人同士だったことは伏せていたけれど、前のブルーには、毎日会えた。
 ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラの頂点に立つ二人だったから。
 毎日、一度は顔を合わせて、色々なことを話し合うべき、と船の仲間たちは考えた。
(そういう方針だったからなあ…)
 忙しい日でも、そのための時間を確保出来るよう、朝食の席が選ばれた。
 朝食は必ず食べるものだし、青の間で会食すればいい、と。
(…朝食係まで拵えちまって…)
 青の間の奥の小さなキッチン、其処で作られていた朝食。
 それをブルーと二人で食べた。
 毎朝、必ず、顔を合わせて。
 どんなに多忙な時であろうと、朝は青の間に出掛けて行って。


 残念なことに、今はそういうわけにはいかない。
 いくらブルーの守り役とはいえ、「毎日、必ず会って下さい」とは言われていない。
(…そう言われていりゃ、なんとしてでも…)
 時間を作って、会えるんだがな、と少しばかり、もどかしい気持ち。
 今日は忙しかったけれども、何処かで時間は作れただろう。
 ブルーが欠席だったとしたって、授業の合間の空き時間になら、家まで行ける。
 ちょっと車を走らせたならば、ブルーの家に着けるから。
 ブルーの顔を見て、僅かな時間でも言葉を交わして、急いで学校に戻ればいい。
 元気に登校していた時でも、仕事を全部済ませた後で…。
(遅くなりましたが、会いに来ました、と…)
 訪ねてゆくのが許される上に、それが役目なら、歓待されることだろう。
 ブルーの両親に感謝されて。
 「お忙しいのに、本当にありがとうございます」と、夕食まで用意されたりして。
(ところがどっこい、そんな役目は…)
 俺は貰っちゃいないんだ、と残念至極。
 お蔭で、今日のように会えない日だって珍しくない。
 前の生なら、毎日、必ず会えたのに。
 ブルーが深く眠ってしまって、何年も目覚めずにいた時だって。
(…あいつに会えなくなっちまったのは…)
 いなくなっちまった後なんだよな、と零れる溜息。
 前のブルーはメギドへと飛んで、二度と戻って来なかった。
 長い長い時を共に過ごして、深い眠りに沈んでしまっていても、いてくれたのに。
 青の間を訪ねて行きさえすれば、前のブルーは、其処にいた。
 まるで目覚めることが無くても、儚く消えてしまったりはしないで。
 手を伸ばしたなら、いつでも頬に、その手に触れることさえも出来て。
(…そういうモンだと思っていたから…)
 失った後は、前の自分も死んでしまった。
 身体は生きていたのだけれども、魂は死んだ「生ける屍」。
 今の自分は、そんな羽目には陥るわけもないけれど…。


(…会えなくなったら、どうするんだ?)
 頭を過っていった考え。
 もしもブルーに会えなくなったら、と。
(……今の俺には、そんなことなど……)
 起こらないと分かっているんだがな、と言えるからこそ、「もしも」と思った。
 そういうことが起きたとしたなら、今の自分はどうするのだろう、と。
(…たまたま、教師だったから…)
 ブルーの学校に赴任した日に、今のブルーと再会出来た。
 その後も、教師と教え子として、毎日のように学校で会える。
 今日のように会えない時が続いたとしても、せいぜい数日。
(…しかしだな…)
 自分の仕事や、暮らしている場所。
 それによっては、今のブルーと再会出来ても…。
(ほんの数日、この町にいられるというだけで…)
 とても幸せな日々が過ぎたら、離れるしかないということもある。
 同じ教師の仕事にしたって、遠い所の学校で教師をしていた場合など。
(この町には、研修に来たってだけで…)
 本来だったら、ほんの一泊二日くらいでの出張。
 それをブルーと出会ったからと、何か理由を付けて延長。
(休暇だったら、取れないこともないからなあ…)
 同僚たちを拝み倒して、何日か。
 再会を遂げた愛おしい人と、思い出話などをして過ごすために。
(なんたって、ブルーはチビだから…)
 いくら前の生での恋人とはいえ、連れて帰るというわけにはいかない。
 休暇が終われば、「またな」と手を振り、住んでいる土地へ戻るしかない。
 其処へ帰れば、当分の間、ブルーに会うことは出来ないのに。
 次に会える日は、週末どころか、長期休暇しか無いだろう。
 夏休みだとか、冬休みといった学校が長い休みの時。
 その間だけ、また、この町に来る。
 少しでも長く側にいられるよう、懸命に仕事を片付けて。
 何処かに安い宿でも取って、其処からブルーの家に通って。


 そんなことなど、起こりはしない。
 ブルーに聖痕を与えた神なら、会えなくなるような出会いはさせない。
 そうだと分かっているのだけれども、考えてしまう。
 「ブルーに、会えなくなったら」と。
 いったい自分はどうするだろうと、どういう日々を送るのだろう、と。
(…同じ地球の上に、あいつがいるのに…)
 会いに行くことが出来ない暮らし。
 どんなにブルーの声が聞きたくても、顔を見たいと思っても。
(週末しか会えない、ってことになっても…)
 もう充分に辛いと思う。
 学校で顔を合わせることも出来なくて、ブルーの家にも寄れない毎日。
 会いに行けるのは土曜と日曜、そんな生活になっただけでも、きっと溜息が増えるだろう。
 日曜日の夜、家に戻る度、気分が暗く沈んでしまって。
 「また来週まで、ブルーに会えないわけだよなあ…」と、カレンダーの日付を眺めて。
(…ほんの一週間足らずでも…)
 そうなるんだ、と容易に想像がつく。
 今はブルーを軽くあしらい、「キスは駄目だ」と叱り付けたりしているけれど…。
(…週末どころか、長い休みまで会えないってことになっちまったら…)
 果たしてブルーを叱れるだろうか、今の自分と同じ調子で。
 「まだキスは早い!」と頭を小突いて、膨れっ面になるのを笑ったりもして。
(……キスは許してやれないんだが……)
 頭ごなしには叱れんかもな、と額を指でトントンと叩く。
 キスをしたいとは思わないけれど、離れたくない気持ちはあるから。
 「また帰らないといけないのか」と心が痛くて、ブルーを抱き締めたくもなるから。
(…会えなくなったら、そうなるだろうなあ…)
 今は書こうとも思わないブルー宛の手紙を、せっせと書いては、投函するとか。
 強請られても入れてやらない通信、それを自分から入れるとか。
 ブルーの声が聞きたくて。
 手紙にしたって、ブルーの返事が来るだろうから、ブルーが書いたそれを見たくて。


 会えなくなったら、きっとそうなる。
 ブルーに会えずに過ごすしかない、毎日が辛く、空虚になって。
 同僚と笑い合っていたって、心がお留守になったりもして。
(…生ける屍とまでは、いかないだろうが…)
 前の俺よりマシなんだが、と思いはしても、それは勘弁願いたい。
 ブルーに会えない日が続くなんて、考えただけでも悲しいから。
 溜息に埋もれて過ごす日々など、絶対に御免蒙りたいから…。



           会えなくなったら・了


※ブルー君と、今のようには会えなくなったら、と考えてしまったハーレイ先生。
 起こるわけがないことですけれど、そうなった時は、かなり辛そうです。会えるのが一番v








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(兄弟かあ……)
 今のぼくにも、いないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくにも、いなかったけど…)
 多分、と遠い時の彼方に思いを馳せる。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた前の自分は、子供の頃の記憶が無かった。
 成人検査で消された上に、過酷な人体実験を繰り返されたせいで。
(…育ててくれた養父母も、育った家も…)
 全く覚えていなかったから、あるいは、兄弟がいたかもしれない。
 人工子宮から生まれた子供を、血縁の無い養父母が育てていた時代でも。
(あの時代でも、ちゃんと兄弟、いたもんね…)
 とても珍しいケースだったけれど、と二組の兄弟を思い出す。
 一つは、ゼルと弟のハンス。
 成人検査でミュウと判断された後まで、離れずに一緒だった兄弟。
(…二人とも、ミュウになっちゃったんだから…)
 ゼルとハンスは、本物の兄弟だったのだろうか。
 遺伝子的にも繋がりがあった、正真正銘の兄と弟。
(……んーと……?)
 その辺のことは、自分は知らない。
 シャングリラでも調べていないし、第一、調べようが無かった。
(…ハンスは、アルタミラから逃げ出す時に…)
 開いたままだった宇宙船の扉から、外へと放り出されたから。
 燃える地獄に落ちてゆく彼を、前の自分は助けることが出来なかったから。
(…ハンスがいなくちゃ、ゼルのデータと比較出来ないし…)
 船の中では、どうにもならない。
 マザー・システムが持っていたデータを調べたならば、一目瞭然だったろうけれど…。
(そんな力は、前のぼくが生きてた時代には…)
 ミュウは持ってはいなかったから、どうだったのかは分からない。
 今の時代なら、資料を当たれば分かることでも。


 本物の兄弟だったのかどうか、確信が無いのがゼルとハンス。
(でも、もう一つ、前のぼくが知ってた兄弟は…)
 どう考えても、本物だよね、と鮮やかに覚えている双子の兄弟。
 正確に言えば双子の兄妹だった、ヨギとマヒル。
(…検査なんかはしていないけど…)
 誰もが信じて疑わなかった、双子の兄弟だという事実。
 あんな時代に、どんな機械の気まぐれだったかは謎だけれども。
(それでも、ホントに兄弟だったし…)
 人類よりも数が少ないミュウの世界だけで、二組も知っていた兄弟。
 だから「兄弟」は珍しくても、きっと、そこそこ存在していただろうと思う。
 前の自分にも、いたかもしれない。
 まるで記憶に無いというだけで、兄がいたとか、弟だとか。
(…そっちは、仕方ないんだけれど…)
 いたとしたって、ミュウになった時点でお別れだから、と零れた苦笑。
 ゼルとハンスのように「二人ともミュウ」なら、研究施設で再会しただろうけれど。
(でも、そんなのは…)
 嬉しくないや、と思うものだから、前の自分に兄弟は要らない。
 いたとしたなら、ミュウにはならずに、「ブルー」のことなど綺麗に忘れて…。
(幸せになっていて欲しいよね?)
 成人検査を無事にパスして、子供時代の記憶が薄れてしまったとしても。
 「ブルー」がミュウになった時点で、機械に「ブルー」の記憶を全て消されたとしても。
(…兄弟がいたことなんか…)
 すっかり忘れてしまっていたって、その方がいい。
 二人揃ってミュウになるより、研究施設でバッタリと顔を合わせるよりも。
(…前のぼくなら、そういうことでいいんだけれど…)
 今度は、ちょっぴり欲しかったかも、と残念な気持ちがする「兄弟」。
 せっかく青い地球に生まれて、本物の両親がいるのだから。
 今、兄弟がいたとしたなら、血の繋がった本物の兄弟。
(…お兄ちゃんとか、弟だとか…)
 いてくれたら楽しかったのに、と少し寂しい。
 「今のぼくにも、いないんだよね」と。


 今の自分に兄弟がいたら、毎日、賑やかだったろう。
 兄弟がいる友達も多いから、どんな感じかは想像がつく。
(お兄ちゃんなら、小さい頃から、ぼくの面倒を見てくれて…)
 うんと優しくて、頼もしくて、と思う一方、「でも…」と不安な面だってある。
 仲がいい筈の兄弟だって、喧嘩するのを知っているから。
 それも、とびきり、つまらないことで。
 おやつに出て来たケーキのサイズが、ほんのちょっぴり違ったとかで。
(ぼくが大きいのを食べるんだ、って…)
 優しい筈の「お兄ちゃん」でも、たまには主張したくなる。
 「ぼくの方が身体が大きいんだから、大きい方だ」と、普段なら我慢する所を。
(でもって、大きい方のケーキを…)
 サッと自分の物にしたなら、弟の方は、いつも甘やかされているから…。
(酷い、って、お兄ちゃんの頭を…)
 ポカッと殴るとか、髪の毛を掴んで引っ張るだとか、子供ならではの怒りの表現。
 子供なのだし、口よりも先に手が出てしまうこともあるから。
(…そしたら、「よくもやったな」って…)
 お兄ちゃんの方も、弟の頬っぺたを引っぱたく。
(後は、取っ組み合いの喧嘩で…)
 母が飛んで来て止めに入るまで、勝負がつかないかもしれない。
 でなければ、弟の方が、おんおんと泣いて、おやつどころではなくなるだとか。
(…そういうことも、ありそうだよね…)
 ぼくなら、おんおん泣いちゃう方だよ、と分かっている。
 「お兄ちゃん」に大きなケーキを取られた上に、頬っぺたを引っぱたかれたのだから。
(…でも、ぼくの方が、お兄ちゃんでも…)
 優しい「お兄ちゃん」でいられるかどうか、自信が無い。
 何のはずみで「いつも、弟の方ばかり…」と羨ましくなるか、分からないから。
(…そういうの、うんと困るけど…)
 でも、お兄ちゃんは欲しかったかも、と思った拍子に、閃いた。
 「前のぼくなら、いいお兄ちゃんになれそうだよ」と。
 「一日だけでいいから、なってくれないかな」と、「ぼくのお兄ちゃんに」と。


 時の彼方で「ソルジャー・ブルー」だった、前の自分。
 大勢のミュウの仲間を率いて、最後は命まで投げ出したほど。
(…もし、お兄ちゃんになってくれたら…)
 絶対、優しい筈なんだよね、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「たった一日だけでいいから、兄弟みたいに過ごしたいな」と。
 神様が起こしてくれた奇跡で、前の自分が、この世界に来て。
(前のぼくの方が、大きいんだから…)
 お兄ちゃんだよ、と大きく頷く。
 きっと「弟」になった自分を、可愛がってくれることだろう。
 青い地球の上で暮らしているのを、羨ましいと思ったとしても、苛めないで。
 「ずるい」と頬っぺたを叩いたりせずに、「幸せそうだね」と微笑んで。
(…前のぼくが、ぼくのお兄ちゃん…)
 素敵だよね、と緩む頬。
 お兄ちゃんなのだし、前の自分にも、たった一日だけ、家族が出来る。
 「パパ、ママ!」と呼んでいい人が。
 今の自分の本物の両親、それが「前の自分」の「パパ」と「ママ」。
(…前のぼくだって、喜びそう!)
 本当の年は、両親よりも、ずっと年上だとしても。
 三百歳をとうに超えていたって、「パパ」と「ママ」がいれば嬉しい筈。
(それに、一日だけだって…)
 「お兄ちゃん」になってくれるからには、両親から見ても、大事な子供。
 母のお腹から生まれた子ではなくても、一日だけの間は、長男。
(…だから、きちんと、お兄ちゃんの部屋とか…)
 服とかだって、あるんだよね、と考える。
 神様が奇跡を起こすからには、そういったことも抜かりはないだろう。
 「お兄ちゃん」になった前の自分が、ソルジャーの衣装のまま、なんてことは。
(…もしかして、学校の制服もある?)
 それとも上の学校だろうか、そっちだったら制服は無い。
 自分の好きな服で通って、通学鞄も好みの鞄。
 そうなのかも、と広がる夢。
 「上の学校に通ってる、お兄ちゃんなんだ」と。


 そういう「お兄ちゃん」が出来るのだったら、断然、休日の方がいい。
 別々の学校に登校するより、一日、一緒に過ごしていたい。
 朝は、おんなじ食卓に着いて。
 前の自分が夢見た朝食、ホットケーキに本物のメープルシロップをかけて。
(…前のぼく、うんと感激しそう…)
 憧れ続けた地球での朝食、それを「お母さん」が作ってくれる。
 ホットケーキだけではなくって、目玉焼きなども。
(ソーセージだって、焼いてくれるし…)
 飲み物だって、「何にするの?」と尋ねてくれる母。
 ホットミルクか、紅茶にするか、紅茶にするなら、ミルクティーか、などと。
(…ぼくのホットケーキ、お兄ちゃんに…)
 一枚、譲ってあげてもいいな、と、「弟」なのに「お兄ちゃん」な気分。
 前の自分は、一日だけしか、青い地球にはいられないから。
 神様がくれた夢の一日、幸せ一杯でいて欲しいから。
(朝御飯が済んだら、パパに頼んで…)
 家族揃って、ドライブに行くのも素敵だと思う。
 前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星、地球。
 当時は死の星だったけれども、前の自分は「青い」と信じていたのだから。
(…本当のことは、言えやしないし…)
 前の自分が、どんな最期を迎えたのかも、絶対、言えない。
 「青い地球に生まれて来られたんだよ」と、それだけしか。
(…ハーレイだって、来てるんだよ、って…)
 もちろん、きちんと話すけれども、ハーレイには「会いに行かせない」。
 「それより、みんなでドライブしようよ」と、連れ出して。
 ドライブに出掛けた先で食事で、帰りは街の方に行くのもいいだろう。
 前の自分は、デパートなんかは知らないから。
 知識としては知っていたって、其処で買い物していないから。
(…うんと楽しいことを、沢山…)
 でも、ハーレイに会うのだけは駄目、とキュッと拳を握り締める。
 「もしも会ったら、ハーレイを盗られちゃうから」と。
 ハーレイが今も忘れてはいない、「ソルジャー・ブルー」は、絶対に駄目、と。


(…まさか、そんなので喧嘩なんかに…)
 ならないよね、と肩を竦めた。
 前の自分は優しいのだから、「チビの子供になってしまった自分」にだって優しいだろう、と。
 「ハーレイには、絶対、会っちゃ駄目だよ」と駄々をこねても、怒りはしない、と。
(…悲しそうな顔はしそうだけれど…)
 きっと、「うん、大丈夫。分かっているよ」と頭を撫でてくれる筈。
 優しい「お兄ちゃん」らしく。
 とてもハーレイに会いたいだろうに、その気持ちを、グッと飲み込んで。
(いいな、優しいお兄ちゃん…)
 うんと我儘な弟になってしまうけれど、と夢を見る。
 「たった一日だけでいいから、前のぼく、お兄ちゃんになってくれないかな」と。
 「兄弟みたいに過ごしたいな」と、「でも、ハーレイには、会わせられないけどね」と…。



             兄弟みたいに・了


※兄弟がいたらいいのに、と思ったブルー君。前の自分なら、いいお兄ちゃんになれそう。
 うんと優しい「お兄ちゃん」が出来ても、ハーレイに会いに行くのは駄目。我儘な弟ですv









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