カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
- 2022.07.07 あいつが行くなら
- 2022.06.16 小人だったなら
- 2022.06.02 小人だったら
- 2022.05.19 記憶が消えちゃったら
- 2022.05.05 記憶が消えたら
(あいつと、地球に来られたんだが…)
それも蘇った青い地球に、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(青い地球といえば、前のあいつの憧れの星で…)
前の俺だって憧れたんだ、と今もハッキリと覚えている。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと描いた夢を。
「いつか、地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に焦がれたことを。
なのに、青い地球は何処にも無かった。
白いシャングリラから目にしたものは、毒素を含んだ海と砂漠に覆われた星。
死に絶えたままの赤茶けた星が、前の自分たちの時代の地球。
(そいつが青く蘇ってくれて、今の俺たちが暮らしてるんだが…)
実に素晴らしいことなんだが、と頬を緩めて、「しかし…」と思考を元へと戻す。
「あいつと生まれ変われるんだったら、地球でなくても良かったよな」と。
前の生から恋をしていた、愛おしい人。
生まれ変わって、また巡り会えた、大切なブルー。
今ではチビの子供だけれども、ブルーと一緒に暮らせるのならば、別の星でも構わない。
地球からは遠く離れ過ぎていて、そう簡単には行けない星でも。
(…今は平和な時代なんだし、うんと離れていたってだな…)
長い人生を生きる間には、地球へ行ける日も来るだろう。
伴侶になったブルーを連れて、憧れの地球を見に行くために旅をする。
シャングリラの舵輪を握る代わりに、快適な宇宙船の乗客になって。
(それであいつが、地球をすっかり気に入っちまって…)
地球に住みたいと言い出したならば、迷うことなく地球に引っ越す。
それまで暮らした星での仕事も、住み慣れた家も、あっさりと捨てて。
地球で新しい仕事を探して、ブルーの望みの地域に住んで。
(…今の時代なら、そう厄介なことじゃないしな?)
仕事探しも、引っ越しだって…、と大きく頷く。
「あいつが望むなら、お安い御用だ」と、「地球で一から、また始めるさ」と。
今の自分でも、同じ選択は出来ると思う。
地球とは違った何処か別の星で、ブルーが暮らしたいのなら。
「あの星で暮らせたらいいな」と、前の生で地球に焦がれていたのと、同じ瞳をするのなら。
(…絶対、有り得ないんだが…)
あいつの憧れは青い地球だし、と分かってはいても、「俺にだって出来るさ」と溢れる自信。
ブルーが行きたいと言うのだったら、どんな星にでも、一緒に引っ越してゆく。
古典の教師の仕事は捨てて、長く暮らした家さえも捨てて。
(…親父とおふくろも、置いてっちまうことになるんだが…)
マメに連絡すればいいさ、と思い浮かべる、隣町に住む両親の顔。
「遠くへ引っ越すことにしたんだ」と言っても、きっと許してくれる、と。
(俺の親父と、おふくろだしな?)
引っ越す理由を口にしたなら、「頑張れ」と励ますことだろう。
伴侶になったブルーの望みを、ちゃんと叶えてやるべきだ、と。
(幸せにしてやるんだぞ、と…)
父にバンバン背中を叩かれ、母からも貰う励ましの言葉。
「しっかり仕事を探しなさいよ」と、「ブルー君を幸せにしてあげなさいね」と。
(…引っ越し先には、古典の教師の仕事なんかは無くっても…)
なんとかなるさ、と眺める両手。
「力仕事も充分出来るし、料理も、そこそこ出来るんだしな」と。
ブルーを食べさせてゆける仕事を見付けて、家も見付けて、二人で暮らす。
地球からは遠く離れた星でも、其処でブルーが暮らしたいなら。
今のブルーの夢の星なら、たとえ砂漠の星であろうと。
(…そうさ、あいつが行くと言うなら…)
何処へだって行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「あいつが行くなら、何処へだって」と。
地球でなくても、どんな場所でも、ブルーが行くなら、一緒にゆく。
迷うことなく、瞬時に決めて。
「お前が行くなら、俺も行くさ」と、とびきりの笑顔をブルーに向けて。
(…行った先で、少々、苦労しようが…)
苦労の内にも入らないよな、と心から思う。
ブルーの望みを叶えるためなら、どんな苦労も厭いはしない。
前の生からそうだったのだし、今の生でも同じこと。
(砂漠で暮らして、毎日、水汲みから始まるようになってもだな…)
水場が遠くて大変だろうと、其処がブルーの望みの場所なら、気にしない。
ブルーは、其処がいいのだから。
砂まみれになって暮らす日々でも、幸せ一杯でいてくれるなら。
(…まあ、あいつだって、そんな人生は…)
望まないだろうし、一生、地球で平和に行くさ、と思ったところで、ハタと気付いた。
「じゃあ、この次はどうなんだ?」と。
青い地球の上で共に暮らして、此処での生を終えた後。
ブルーの望みは、「ハーレイが死ぬ時は、ぼくも一緒」で、同時に逝くこと。
二人揃って、この青い星に別れを告げるのだけれど、そうして身体を離れた後は…。
(…まずは天国に戻って行って…)
それから先は、どうするのだろう。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に戻るのか。
あるいは別の星に行くのか、そういったことは、どうなるのだろう、と。
(俺たちは多分、地球に来るまで…)
一度も、何処にも生まれちゃいない、と確信に満ちた思いがある。
前の自分たちと同じ姿に育つ肉体、それを得られる時が来るまで待っていたのだ、と。
(…神様が、そのように計らって下さって…)
長い時間を天国で待って、今の時代に生まれて来たのに違いない。
ブルーと二人で、今度こそ幸せに生きられるよう。
前の生で夢を描いていた星、青く蘇った水の星の上で。
(…俺たちの望みは、叶ったんだし…)
ブルーだって、きっと大満足の人生を送ってゆける。
前の生で地球に抱いていた夢、それを端から叶えていって。
今ならではの沢山の夢も、全て叶えて、幸せ一杯。
最高の人生を送ったブルーは、また天国に戻った後は、どんな選択をするのだろう。
もう一度、地球に行こうとするのか、天国でのんびり暮らしてゆくか。
(…さてな…?)
こればっかりは、俺には分からん、とコーヒーのカップを傾ける。
いくらブルーのことが好きでも、自分は「ブルー」ではないのだから。
ブルーが何を考えているか、どう望むのかは、ブルー自身にしか分からない。
(…心を読むのとは、別問題で…)
あいつにしか分かりはしないしな、と思うけれども、ブルーが選んだ道ならば…。
(俺は一緒について行くだけで、ずっと一緒だ)
さっきも考えていた通りにな、と迷いなどは無い。
ブルーが、また地球に生まれたいなら、自分も地球に生まれて来る。
のんびり天国暮らしをするなら、ブルーと一緒にのんびり暮らす。
(…あいつが行くなら、何処だって行くさ)
砂漠の星でも気にしないぞ、と脳裏に描いた、死の星だった地球。
「ああいう星でも、行ってやるさ」と、「あいつが行きたいと言うんならな」と。
(…今の時代じゃ、あんな星なんか…)
何処にも無いと思うんだがな、と分かるけれども、ブルーが「次」を決める所は…。
(天国って所で、此処とは違って…)
ありとあらゆる様々な世界、それを見渡せる場所かもしれない。
平和などとは縁遠い星や、前の自分たちが生きていた頃の世界みたいに…。
(…迫害されて、片っ端から殺されていく人間たちが…)
いる世界だって、もしかしたら、今もあるかもしれない。
全く違った別の世界なら、それも有り得る。
天国という場所から広く見渡せば、目に入る世界の中の一つに。
(あいつが、それを見付けちまったら…)
行こうとするかもしれないな、と零れた溜息。
「なにしろ、あいつなんだから」と。
今は我儘な甘えん坊のチビで、サイオンも不器用な子供であっても、中身は「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人。
(…うんと幸せに暮らした後だと…)
きっと放っておけないだろうな、と容易に分かる。
「次に選ぶのは、その世界だろう」と。
恐ろしい世界に生まれ変わって、迫害されている人々を助けようとするのだろう、と。
平和な青い地球があるのに、のんびり天国にいてもいいのに、違う世界へ行くブルー。
かつて背負って生きた重荷を、また背負うために。
苦しむ人々を救って、逃がして、生きられる道へ導くために。
(…そうするために、あいつが行くなら…)
俺も一緒に行くまでだ、とカップに入ったコーヒーを見詰める。
「またコーヒーとも、おさらばかもな」と。
時の彼方で暮らした船には、本物のコーヒーは無かったから。
キャロブから作った代用品だけ、そんな暮らしが長かったから。
(そうなったとしても、本望ってヤツだ)
ブルーと一緒に行けるのならな、と後悔しない自信はある。
「次の人生でも、あいつの側にいられるんなら、コーヒーなんぞは、要りはしないさ」と。
どうせブルーはコーヒーが苦手、次の生でも同じことだろう。
それなら、コーヒーなどは無用の長物、代用品さえ無くてもいい。
(次は、ブルーもコーヒーが好きになってりゃ、別なんだがな)
きっと必死にコーヒーを探す俺がいるさ、と思うくらいに、ブルーのことが、まずは第一。
わざわざ重荷を背負いに行くなら、なおのこと。
次は少しでも、重荷を軽くしてやりたい。
最初から二人で行く世界だから、ブルーが背負うのだろう荷物を…。
(俺が半分、いや、俺の方が身体がデカい分だけ、余計にだ…)
ブルーの肩から、背中から、ヒョイと取り上げて代わりに背負う。
「このくらい、俺に任せておけ」と。
「お前の身体は小さいんだから、無理をするな」と。
とはいえ、相手は「ブルー」なのだし…。
(そうもいかん、という気もするが…)
ついでに、俺の能力不足ということも…、と思っても決意は変わりはしない。
「次こそは、俺が背負ってやる」と。
ブルーにしか背負えないというのだったら、ブルーを背負う。
「ブルー」を丸ごと背負ってやったら、重荷も一緒についてくる筈。
「ハーレイ」の手には余るものでも、ブルーの心の重荷なら…。
(背負えるんだし、そうすりゃいいっていうだけのことだ)
丸ごと広い背中に背負って、ブルーの辛い人生までをも、自分が背負ってやったなら。
(うん、それでいいな)
それなら、あいつも辛くないさ、と固めた決心。
今の平和な、地球での暮らしもいいけれど…。
(あいつが行くなら、前みたいな地獄に逆戻りでも…)
次こそ、上手く生きてみせる、と一気に飲み干したコーヒーの残り。
「またコーヒーとは、おさらばでもな」と。
嗜好品などまるで無くても、ブルーと一緒にいられればいい。
地獄のような世界でも。
ブルーが重荷を背負ってゆくなら、それをブルーごと背負ってやって…。
あいつが行くなら・了
※ブルー君が行くと言うなら、どんな場所でも一緒に行くのがハーレイ先生。砂漠の星でも。
次の生でブルーが辛い人生を選び取っても、やはり一緒に行くのです。何処までも、二人でv
それも蘇った青い地球に、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(青い地球といえば、前のあいつの憧れの星で…)
前の俺だって憧れたんだ、と今もハッキリと覚えている。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと描いた夢を。
「いつか、地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に焦がれたことを。
なのに、青い地球は何処にも無かった。
白いシャングリラから目にしたものは、毒素を含んだ海と砂漠に覆われた星。
死に絶えたままの赤茶けた星が、前の自分たちの時代の地球。
(そいつが青く蘇ってくれて、今の俺たちが暮らしてるんだが…)
実に素晴らしいことなんだが、と頬を緩めて、「しかし…」と思考を元へと戻す。
「あいつと生まれ変われるんだったら、地球でなくても良かったよな」と。
前の生から恋をしていた、愛おしい人。
生まれ変わって、また巡り会えた、大切なブルー。
今ではチビの子供だけれども、ブルーと一緒に暮らせるのならば、別の星でも構わない。
地球からは遠く離れ過ぎていて、そう簡単には行けない星でも。
(…今は平和な時代なんだし、うんと離れていたってだな…)
長い人生を生きる間には、地球へ行ける日も来るだろう。
伴侶になったブルーを連れて、憧れの地球を見に行くために旅をする。
シャングリラの舵輪を握る代わりに、快適な宇宙船の乗客になって。
(それであいつが、地球をすっかり気に入っちまって…)
地球に住みたいと言い出したならば、迷うことなく地球に引っ越す。
それまで暮らした星での仕事も、住み慣れた家も、あっさりと捨てて。
地球で新しい仕事を探して、ブルーの望みの地域に住んで。
(…今の時代なら、そう厄介なことじゃないしな?)
仕事探しも、引っ越しだって…、と大きく頷く。
「あいつが望むなら、お安い御用だ」と、「地球で一から、また始めるさ」と。
今の自分でも、同じ選択は出来ると思う。
地球とは違った何処か別の星で、ブルーが暮らしたいのなら。
「あの星で暮らせたらいいな」と、前の生で地球に焦がれていたのと、同じ瞳をするのなら。
(…絶対、有り得ないんだが…)
あいつの憧れは青い地球だし、と分かってはいても、「俺にだって出来るさ」と溢れる自信。
ブルーが行きたいと言うのだったら、どんな星にでも、一緒に引っ越してゆく。
古典の教師の仕事は捨てて、長く暮らした家さえも捨てて。
(…親父とおふくろも、置いてっちまうことになるんだが…)
マメに連絡すればいいさ、と思い浮かべる、隣町に住む両親の顔。
「遠くへ引っ越すことにしたんだ」と言っても、きっと許してくれる、と。
(俺の親父と、おふくろだしな?)
引っ越す理由を口にしたなら、「頑張れ」と励ますことだろう。
伴侶になったブルーの望みを、ちゃんと叶えてやるべきだ、と。
(幸せにしてやるんだぞ、と…)
父にバンバン背中を叩かれ、母からも貰う励ましの言葉。
「しっかり仕事を探しなさいよ」と、「ブルー君を幸せにしてあげなさいね」と。
(…引っ越し先には、古典の教師の仕事なんかは無くっても…)
なんとかなるさ、と眺める両手。
「力仕事も充分出来るし、料理も、そこそこ出来るんだしな」と。
ブルーを食べさせてゆける仕事を見付けて、家も見付けて、二人で暮らす。
地球からは遠く離れた星でも、其処でブルーが暮らしたいなら。
今のブルーの夢の星なら、たとえ砂漠の星であろうと。
(…そうさ、あいつが行くと言うなら…)
何処へだって行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「あいつが行くなら、何処へだって」と。
地球でなくても、どんな場所でも、ブルーが行くなら、一緒にゆく。
迷うことなく、瞬時に決めて。
「お前が行くなら、俺も行くさ」と、とびきりの笑顔をブルーに向けて。
(…行った先で、少々、苦労しようが…)
苦労の内にも入らないよな、と心から思う。
ブルーの望みを叶えるためなら、どんな苦労も厭いはしない。
前の生からそうだったのだし、今の生でも同じこと。
(砂漠で暮らして、毎日、水汲みから始まるようになってもだな…)
水場が遠くて大変だろうと、其処がブルーの望みの場所なら、気にしない。
ブルーは、其処がいいのだから。
砂まみれになって暮らす日々でも、幸せ一杯でいてくれるなら。
(…まあ、あいつだって、そんな人生は…)
望まないだろうし、一生、地球で平和に行くさ、と思ったところで、ハタと気付いた。
「じゃあ、この次はどうなんだ?」と。
青い地球の上で共に暮らして、此処での生を終えた後。
ブルーの望みは、「ハーレイが死ぬ時は、ぼくも一緒」で、同時に逝くこと。
二人揃って、この青い星に別れを告げるのだけれど、そうして身体を離れた後は…。
(…まずは天国に戻って行って…)
それから先は、どうするのだろう。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に戻るのか。
あるいは別の星に行くのか、そういったことは、どうなるのだろう、と。
(俺たちは多分、地球に来るまで…)
一度も、何処にも生まれちゃいない、と確信に満ちた思いがある。
前の自分たちと同じ姿に育つ肉体、それを得られる時が来るまで待っていたのだ、と。
(…神様が、そのように計らって下さって…)
長い時間を天国で待って、今の時代に生まれて来たのに違いない。
ブルーと二人で、今度こそ幸せに生きられるよう。
前の生で夢を描いていた星、青く蘇った水の星の上で。
(…俺たちの望みは、叶ったんだし…)
ブルーだって、きっと大満足の人生を送ってゆける。
前の生で地球に抱いていた夢、それを端から叶えていって。
今ならではの沢山の夢も、全て叶えて、幸せ一杯。
最高の人生を送ったブルーは、また天国に戻った後は、どんな選択をするのだろう。
もう一度、地球に行こうとするのか、天国でのんびり暮らしてゆくか。
(…さてな…?)
こればっかりは、俺には分からん、とコーヒーのカップを傾ける。
いくらブルーのことが好きでも、自分は「ブルー」ではないのだから。
ブルーが何を考えているか、どう望むのかは、ブルー自身にしか分からない。
(…心を読むのとは、別問題で…)
あいつにしか分かりはしないしな、と思うけれども、ブルーが選んだ道ならば…。
(俺は一緒について行くだけで、ずっと一緒だ)
さっきも考えていた通りにな、と迷いなどは無い。
ブルーが、また地球に生まれたいなら、自分も地球に生まれて来る。
のんびり天国暮らしをするなら、ブルーと一緒にのんびり暮らす。
(…あいつが行くなら、何処だって行くさ)
砂漠の星でも気にしないぞ、と脳裏に描いた、死の星だった地球。
「ああいう星でも、行ってやるさ」と、「あいつが行きたいと言うんならな」と。
(…今の時代じゃ、あんな星なんか…)
何処にも無いと思うんだがな、と分かるけれども、ブルーが「次」を決める所は…。
(天国って所で、此処とは違って…)
ありとあらゆる様々な世界、それを見渡せる場所かもしれない。
平和などとは縁遠い星や、前の自分たちが生きていた頃の世界みたいに…。
(…迫害されて、片っ端から殺されていく人間たちが…)
いる世界だって、もしかしたら、今もあるかもしれない。
全く違った別の世界なら、それも有り得る。
天国という場所から広く見渡せば、目に入る世界の中の一つに。
(あいつが、それを見付けちまったら…)
行こうとするかもしれないな、と零れた溜息。
「なにしろ、あいつなんだから」と。
今は我儘な甘えん坊のチビで、サイオンも不器用な子供であっても、中身は「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人。
(…うんと幸せに暮らした後だと…)
きっと放っておけないだろうな、と容易に分かる。
「次に選ぶのは、その世界だろう」と。
恐ろしい世界に生まれ変わって、迫害されている人々を助けようとするのだろう、と。
平和な青い地球があるのに、のんびり天国にいてもいいのに、違う世界へ行くブルー。
かつて背負って生きた重荷を、また背負うために。
苦しむ人々を救って、逃がして、生きられる道へ導くために。
(…そうするために、あいつが行くなら…)
俺も一緒に行くまでだ、とカップに入ったコーヒーを見詰める。
「またコーヒーとも、おさらばかもな」と。
時の彼方で暮らした船には、本物のコーヒーは無かったから。
キャロブから作った代用品だけ、そんな暮らしが長かったから。
(そうなったとしても、本望ってヤツだ)
ブルーと一緒に行けるのならな、と後悔しない自信はある。
「次の人生でも、あいつの側にいられるんなら、コーヒーなんぞは、要りはしないさ」と。
どうせブルーはコーヒーが苦手、次の生でも同じことだろう。
それなら、コーヒーなどは無用の長物、代用品さえ無くてもいい。
(次は、ブルーもコーヒーが好きになってりゃ、別なんだがな)
きっと必死にコーヒーを探す俺がいるさ、と思うくらいに、ブルーのことが、まずは第一。
わざわざ重荷を背負いに行くなら、なおのこと。
次は少しでも、重荷を軽くしてやりたい。
最初から二人で行く世界だから、ブルーが背負うのだろう荷物を…。
(俺が半分、いや、俺の方が身体がデカい分だけ、余計にだ…)
ブルーの肩から、背中から、ヒョイと取り上げて代わりに背負う。
「このくらい、俺に任せておけ」と。
「お前の身体は小さいんだから、無理をするな」と。
とはいえ、相手は「ブルー」なのだし…。
(そうもいかん、という気もするが…)
ついでに、俺の能力不足ということも…、と思っても決意は変わりはしない。
「次こそは、俺が背負ってやる」と。
ブルーにしか背負えないというのだったら、ブルーを背負う。
「ブルー」を丸ごと背負ってやったら、重荷も一緒についてくる筈。
「ハーレイ」の手には余るものでも、ブルーの心の重荷なら…。
(背負えるんだし、そうすりゃいいっていうだけのことだ)
丸ごと広い背中に背負って、ブルーの辛い人生までをも、自分が背負ってやったなら。
(うん、それでいいな)
それなら、あいつも辛くないさ、と固めた決心。
今の平和な、地球での暮らしもいいけれど…。
(あいつが行くなら、前みたいな地獄に逆戻りでも…)
次こそ、上手く生きてみせる、と一気に飲み干したコーヒーの残り。
「またコーヒーとは、おさらばでもな」と。
嗜好品などまるで無くても、ブルーと一緒にいられればいい。
地獄のような世界でも。
ブルーが重荷を背負ってゆくなら、それをブルーごと背負ってやって…。
あいつが行くなら・了
※ブルー君が行くと言うなら、どんな場所でも一緒に行くのがハーレイ先生。砂漠の星でも。
次の生でブルーが辛い人生を選び取っても、やはり一緒に行くのです。何処までも、二人でv
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(夜、寝てる間に小人が出て来て、ぼくの代わりに…)
いろんなことをしてくれる、って話があったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小人さんの、お手伝い…)
作りかけだった靴を仕上げたり、掃除をしたり、小人がしてくれる仕事は色々。
この部屋にも、小人が住んでいたなら…。
(…ぼくの代わりに、何をしてくれるわけ?)
ぼくは仕事をしていないから、と首を捻った。
大人ではないから、仕事というものは全く無い。
あえて言うなら勉強が仕事、今の自分は十四歳の子供に過ぎないから。
(でも、勉強は…)
自分でやらないと身につかないし、小人に任せるわけにはいかない。
宿題を代わりにやって貰うなど、言語道断。
もっとも、その前に、自分の場合は…。
(夏休みとかの宿題だって、早めにやってしまうタイプで…)
小人の助けが必要なほどに、溜め込むような子供ではない。
つまり、小人がこの部屋に住んでいたって…。
(小人のお仕事、何も無いよね?)
ちょっぴり残念、とガッカリと床に視線を落として、其処に見付けた小人の仕事。
何かを床に落っことした時、拾える場所ならいいけれど…。
(ベッドの下とかに入ってしまって…)
うんと奥の方に行ってしまったら、チビの自分の手は届かない。
物差しを使って、精一杯に手を伸ばしたって、駄目な時にはどうしようもないから…。
(夜の間に、小人に拾って来て貰ったら…)
いいわけだよね、と大きく頷く。
今までにも、何度も代わりに拾って貰った、自分では取れなくなったもの。
ハーレイに拾って貰ったことも、何度かあって…。
(…ハーレイ…?)
もしも、ハーレイが小人だったら、とポンと頭に浮かんだ考え。
今のハーレイは、小人などではないけれど…。
(神様だったら、そういうことも…)
出来ちゃうよね、と閃いた。
聖痕をくれて、ハーレイを生まれ変わらせてくれた凄い神様。
青く蘇った水の星の上に、二人揃って連れて来てくれた力の持ち主。
(だったら、ハーレイを小人にするのも…)
きっと簡単なんだから、と自信を持って言い切れる。
「神様だったら、出来る筈だよ」と。
チビの子供に生まれ変わった自分の部屋に、小人のハーレイを連れて来ることだって、と。
(小人だったなら、今のハーレイとは違うよね?)
そもそも小人なんだから、と素敵な思い付きを追い掛けてみることにした。
どんな出会いになるのだろうかと、二人の日々はどうなるのか、と。
(えーっと…?)
小人のハーレイには、今のハーレイのような家族はいないのだろう。
前のハーレイが小さくなって、そのまま部屋に現れる。
それが一番、自然な形になるだろうから。
(小人の家族を作るよりかは、ハーレイだけを…)
小人の姿に生まれ変わらせる方が、神様も楽に違いない。
燃え上がる地球の深い地の底、其処で命尽きたという、前のハーレイ。
その魂をそっと拾って、新しく与える小人の身体。
ただし、記憶はそのままで。
見た目もキャプテン・ハーレイそのまま、何処も全く変わることなく。
(最初から大人で、前の命の続きを新しく貰ったハーレイ…)
そういう小人のハーレイなんだよ、と決めた設定。
キャプテンの制服を着込んだ小人で、「前のハーレイが小さくなっただけ」と。
そんなハーレイが、この部屋にやって来るのなら…。
(ぼくが寝ている間じゃないよね?)
再会出来ないと駄目なんだもの、と眺め回した自分の部屋。
「小人のハーレイが最初に現れる場所は、何処がいいかな?」と。
前のハーレイの記憶を持った、小人のハーレイ。
キャプテン・ハーレイの姿で出て来て、「ブルー!」と呼んでくれるのだろう。
現れる場所は、読書をしている机の上が良さそうな感じ。
読書中だし、勉強の邪魔にはならない時間。
しかも机の上だったならば、床と違って、知らずに踏んでしまう心配などは要らないから。
小人だから、声は小さいけれども、呼び掛ける声は、ちゃんと耳まで届く筈。
ハーレイの声を聞いた瞬間、チビの自分の記憶が戻って来るのだと思う。
聖痕の代わりに、ハーレイの声が切っ掛けになって。
遠く遥かな時の彼方で、恋をしていた人の懐かしい声で。
(…それもいいかも…)
聖痕と違って痛くないし、とキュッと握った小さな右手。
前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい思い出を秘めた手なのだけれど…。
(小人のハーレイが、来てくれたなら…)
メギドのことなんか、どうでもいいや、という気がする。
ハーレイと再び出会えたのなら、もうそれだけで充分だろう。
たとえハーレイが小人だろうが、今の自分が十四歳の子供だろうが。
(…小人だったなら、恋は出来ても…)
キスは無理そう、と苦笑する。
なにしろハーレイは小さすぎるし、再会のキスも出来そうにない。
会えて、どれほど嬉しくても。
小人のハーレイを手のひらに乗せて、「会いたかったよ」と顔の側まで持って来たって。
(…キスは駄目だ、って叱られなくても…)
とても小さいハーレイだしね、とハーレイのサイズを考えてみる。
手伝いをしてくれる小人のサイズは、どのくらいだろう、と絵本なんかを思い出して。
(……ぼくの親指くらいかな?)
十四歳の子供の手だから、もう少しくらい大きいだろうか。
手のひらに乗せるには、多分、そのサイズが一番、お似合い。
小さすぎもせず、大きすぎもしない、親指より少し大きいハーレイ。
キャプテンの制服を着込んでいたって、小さな小人。
けれど誰よりも愛していた人、小人になっても愛おしい人。
キスも出来ないサイズになっても、手のひらに乗っかる恋人でも。
(…ぼくの手のひらに、小人のハーレイ…)
再会したなら、手のひらに乗っけて、懐かしみながら眺め回すことになるだろう。
「うんと小さいけど、ハーレイなんだ」と。
「また会えるなんて思わなかった」と、「絆は切れていなかったんだ」と。
(……きっと、泣いちゃう……)
瞳から涙がポロポロ零れて、止まらなくなってしまいそう。
メギドで泣いた時とは違って、嬉しくて、懐かしくて、幸せ過ぎて。
(ぼくが泣いてたら、小人のハーレイが…)
どうしたんです、と優しく尋ねてくれるだろうから、ますます止まらない涙。
「ホントに本物のハーレイなんだ」と、心が一杯になってしまって。
(…メギドで、キースに撃たれちゃったこと…)
ハーレイを心配させたくなくても、話さずには、きっといられない。
今の自分はチビの子供で、前の自分とは違うから。
何もかも胸に秘めておくには、あまりにも幼すぎるから。
(……ぼくの右手、凍えちゃったんだよ、って……)
打ち明けたならば、小人のハーレイは怒り心頭、キースを憎むだろうけれど…。
(キース、何処にもいないしね?)
だから安心、とホッと息をつく。
もしもキースが、今の時代に、何処かに生まれていたならば…。
(小人のハーレイ、仇を討ちに行きそうだから…)
うんと怒って、と可笑しくなる。
今は平和な時代なのだし、仇を討ちに出掛けたところで、キースを殺しはしない筈。
日頃、今のハーレイが言っているように、一発、お見舞いする程度。
(でも、小人だから…)
渾身の一撃をお見舞いしたって、キースには堪えないだろう。
虫に刺された程度くらいの、小人のハーレイに殴られたダメージ。
顔の真ん中に食らったとしても、ちょっぴり赤くなるだけで。
ガツンと鈍い音もしなくて、せいぜい「パチン」か「ピシャン」くらいで。
(…キースがいたなら、面白いかもね?)
そういうのも、楽しそうだから、と思うけれども、キースはいない。
小人のハーレイがキースを殴りたくても、今の世界の、何処を探しても。
キースを一発殴りたいのに、殴れないのが小人のハーレイ。
そうする代わりに、右手を温めてくれるのだろう。
小人の手だから、ギュッと握って包み込むことは出来なくても。
右手をすっぽり包みたくても、自分の身体が親指サイズのハーレイでも。
(手のひらの上で、せっせと擦ってくれそうな感じ…)
小さな両手で、マッサージして。
「少し温かくなりましたか?」と、「一番冷たい所は、何処です?」と。
(…ハーレイ、汗だくになっちゃいそう…)
ぼくの右手は大きいものね、と右手を広げて眺めてみる。
小人には、とても大きそうだと、「ハーレイを乗っけられるくらいだもの」と。
それほど大きな右手の持ち主、けれどもチビで幼い子供。
前の生の終わりに凍えた右手は、やっぱりハーレイに温めて欲しい。
ハーレイが小人になっていたって、小さな身体でマッサージくらいしか出来なくても。
(…うんと甘えん坊な、ぼく…)
だけどハーレイなんだもの、と欲張りな気持ちは止められない。
メギドのことも話してしまうし、右手が凍えたことも喋ってしまう。
前の生から愛した人には、どうしても甘えてしまうから。
ソルジャー・ブルーだった頃のようには、今の自分は振る舞えないから。
(…そうだ、ハーレイの敬語…!)
それは直させなくっちゃね、と気が付いた点。
いくらキャプテンの制服姿で、前のハーレイの命の続きを生きていたって…。
(小人のハーレイは、新しく生まれて来たんだから…)
新しい命と身体を持っているのだし、敬語は直すべきだと思う。
チビの自分は、「ソルジャー・ブルー」ではないのだから。
敬語を使って話す必要など、欠片もありはしない今。
ハーレイが敬語で話し掛けたら、「違うよ」と、即座に直さなければ。
小人のハーレイが使う言葉が、今のハーレイのようになるまで。
自分のことを「俺」と言うようになって、「ブルー」を「お前」と呼び始めるまで。
でないと、きっと嬉しさ、半減。
敬語を話すハーレイのままでは、お手伝いの小人と変わらないから。
(…お手伝いをしてくれる小人だったら、敬語でも…)
いいんだけどね、と思う反面、小人のハーレイと暮らすのならば…。
(…お手伝いだって、してくれるよね?)
落っことした物を拾うだけでも、とベッドの下を覗いてみる。
小人のハーレイがヒョイと入って、「ほら」と渡してくれる鉛筆や消しゴム。
「けっこう重いな」と、「今の俺には、これでも充分、重労働だ」と笑いながら。
(…もっと身体を鍛えないと、ってトレーニングとかするのかな?)
この部屋の中を走り回ったり、あちこち、登って下りたりして。
落とし物を軽々と拾えるようにと、身体を鍛える姿が目に浮かぶよう。
今も昔も、ハーレイは、とても努力家だから。
(…そうやって鍛えた身体を使って、本のページも…)
ぼくの代わりに捲ってくれそう、と広がる想像の翼。
灯りなどを点けるスイッチの類も、小人のハーレイに頼んだならば…。
(お安い御用だ、って小さな身体で…)
点けたり、消したり、お手伝いしてくれると思う。
「俺のブルーのためなんだしな」と、小人に出来ることなら、何でも。
(…それも楽しそう…)
唇にキスは貰えないけど、と夢を見たくなる、小人になったハーレイとの日々。
「もしもハーレイが小人だったなら、こんな風かな?」と。
「小人でも、きっと幸せだよ」と、「小人でも、ハーレイはハーレイだもの」と…。
小人だったなら・了
※再会したハーレイが小人だったなら、と想像してみたブルー君。親指サイズのハーレイ。
キスも出来ない恋人ですけど、それはそれで幸せな日々になりそう。ハーレイは、ハーレイv
いろんなことをしてくれる、って話があったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小人さんの、お手伝い…)
作りかけだった靴を仕上げたり、掃除をしたり、小人がしてくれる仕事は色々。
この部屋にも、小人が住んでいたなら…。
(…ぼくの代わりに、何をしてくれるわけ?)
ぼくは仕事をしていないから、と首を捻った。
大人ではないから、仕事というものは全く無い。
あえて言うなら勉強が仕事、今の自分は十四歳の子供に過ぎないから。
(でも、勉強は…)
自分でやらないと身につかないし、小人に任せるわけにはいかない。
宿題を代わりにやって貰うなど、言語道断。
もっとも、その前に、自分の場合は…。
(夏休みとかの宿題だって、早めにやってしまうタイプで…)
小人の助けが必要なほどに、溜め込むような子供ではない。
つまり、小人がこの部屋に住んでいたって…。
(小人のお仕事、何も無いよね?)
ちょっぴり残念、とガッカリと床に視線を落として、其処に見付けた小人の仕事。
何かを床に落っことした時、拾える場所ならいいけれど…。
(ベッドの下とかに入ってしまって…)
うんと奥の方に行ってしまったら、チビの自分の手は届かない。
物差しを使って、精一杯に手を伸ばしたって、駄目な時にはどうしようもないから…。
(夜の間に、小人に拾って来て貰ったら…)
いいわけだよね、と大きく頷く。
今までにも、何度も代わりに拾って貰った、自分では取れなくなったもの。
ハーレイに拾って貰ったことも、何度かあって…。
(…ハーレイ…?)
もしも、ハーレイが小人だったら、とポンと頭に浮かんだ考え。
今のハーレイは、小人などではないけれど…。
(神様だったら、そういうことも…)
出来ちゃうよね、と閃いた。
聖痕をくれて、ハーレイを生まれ変わらせてくれた凄い神様。
青く蘇った水の星の上に、二人揃って連れて来てくれた力の持ち主。
(だったら、ハーレイを小人にするのも…)
きっと簡単なんだから、と自信を持って言い切れる。
「神様だったら、出来る筈だよ」と。
チビの子供に生まれ変わった自分の部屋に、小人のハーレイを連れて来ることだって、と。
(小人だったなら、今のハーレイとは違うよね?)
そもそも小人なんだから、と素敵な思い付きを追い掛けてみることにした。
どんな出会いになるのだろうかと、二人の日々はどうなるのか、と。
(えーっと…?)
小人のハーレイには、今のハーレイのような家族はいないのだろう。
前のハーレイが小さくなって、そのまま部屋に現れる。
それが一番、自然な形になるだろうから。
(小人の家族を作るよりかは、ハーレイだけを…)
小人の姿に生まれ変わらせる方が、神様も楽に違いない。
燃え上がる地球の深い地の底、其処で命尽きたという、前のハーレイ。
その魂をそっと拾って、新しく与える小人の身体。
ただし、記憶はそのままで。
見た目もキャプテン・ハーレイそのまま、何処も全く変わることなく。
(最初から大人で、前の命の続きを新しく貰ったハーレイ…)
そういう小人のハーレイなんだよ、と決めた設定。
キャプテンの制服を着込んだ小人で、「前のハーレイが小さくなっただけ」と。
そんなハーレイが、この部屋にやって来るのなら…。
(ぼくが寝ている間じゃないよね?)
再会出来ないと駄目なんだもの、と眺め回した自分の部屋。
「小人のハーレイが最初に現れる場所は、何処がいいかな?」と。
前のハーレイの記憶を持った、小人のハーレイ。
キャプテン・ハーレイの姿で出て来て、「ブルー!」と呼んでくれるのだろう。
現れる場所は、読書をしている机の上が良さそうな感じ。
読書中だし、勉強の邪魔にはならない時間。
しかも机の上だったならば、床と違って、知らずに踏んでしまう心配などは要らないから。
小人だから、声は小さいけれども、呼び掛ける声は、ちゃんと耳まで届く筈。
ハーレイの声を聞いた瞬間、チビの自分の記憶が戻って来るのだと思う。
聖痕の代わりに、ハーレイの声が切っ掛けになって。
遠く遥かな時の彼方で、恋をしていた人の懐かしい声で。
(…それもいいかも…)
聖痕と違って痛くないし、とキュッと握った小さな右手。
前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい思い出を秘めた手なのだけれど…。
(小人のハーレイが、来てくれたなら…)
メギドのことなんか、どうでもいいや、という気がする。
ハーレイと再び出会えたのなら、もうそれだけで充分だろう。
たとえハーレイが小人だろうが、今の自分が十四歳の子供だろうが。
(…小人だったなら、恋は出来ても…)
キスは無理そう、と苦笑する。
なにしろハーレイは小さすぎるし、再会のキスも出来そうにない。
会えて、どれほど嬉しくても。
小人のハーレイを手のひらに乗せて、「会いたかったよ」と顔の側まで持って来たって。
(…キスは駄目だ、って叱られなくても…)
とても小さいハーレイだしね、とハーレイのサイズを考えてみる。
手伝いをしてくれる小人のサイズは、どのくらいだろう、と絵本なんかを思い出して。
(……ぼくの親指くらいかな?)
十四歳の子供の手だから、もう少しくらい大きいだろうか。
手のひらに乗せるには、多分、そのサイズが一番、お似合い。
小さすぎもせず、大きすぎもしない、親指より少し大きいハーレイ。
キャプテンの制服を着込んでいたって、小さな小人。
けれど誰よりも愛していた人、小人になっても愛おしい人。
キスも出来ないサイズになっても、手のひらに乗っかる恋人でも。
(…ぼくの手のひらに、小人のハーレイ…)
再会したなら、手のひらに乗っけて、懐かしみながら眺め回すことになるだろう。
「うんと小さいけど、ハーレイなんだ」と。
「また会えるなんて思わなかった」と、「絆は切れていなかったんだ」と。
(……きっと、泣いちゃう……)
瞳から涙がポロポロ零れて、止まらなくなってしまいそう。
メギドで泣いた時とは違って、嬉しくて、懐かしくて、幸せ過ぎて。
(ぼくが泣いてたら、小人のハーレイが…)
どうしたんです、と優しく尋ねてくれるだろうから、ますます止まらない涙。
「ホントに本物のハーレイなんだ」と、心が一杯になってしまって。
(…メギドで、キースに撃たれちゃったこと…)
ハーレイを心配させたくなくても、話さずには、きっといられない。
今の自分はチビの子供で、前の自分とは違うから。
何もかも胸に秘めておくには、あまりにも幼すぎるから。
(……ぼくの右手、凍えちゃったんだよ、って……)
打ち明けたならば、小人のハーレイは怒り心頭、キースを憎むだろうけれど…。
(キース、何処にもいないしね?)
だから安心、とホッと息をつく。
もしもキースが、今の時代に、何処かに生まれていたならば…。
(小人のハーレイ、仇を討ちに行きそうだから…)
うんと怒って、と可笑しくなる。
今は平和な時代なのだし、仇を討ちに出掛けたところで、キースを殺しはしない筈。
日頃、今のハーレイが言っているように、一発、お見舞いする程度。
(でも、小人だから…)
渾身の一撃をお見舞いしたって、キースには堪えないだろう。
虫に刺された程度くらいの、小人のハーレイに殴られたダメージ。
顔の真ん中に食らったとしても、ちょっぴり赤くなるだけで。
ガツンと鈍い音もしなくて、せいぜい「パチン」か「ピシャン」くらいで。
(…キースがいたなら、面白いかもね?)
そういうのも、楽しそうだから、と思うけれども、キースはいない。
小人のハーレイがキースを殴りたくても、今の世界の、何処を探しても。
キースを一発殴りたいのに、殴れないのが小人のハーレイ。
そうする代わりに、右手を温めてくれるのだろう。
小人の手だから、ギュッと握って包み込むことは出来なくても。
右手をすっぽり包みたくても、自分の身体が親指サイズのハーレイでも。
(手のひらの上で、せっせと擦ってくれそうな感じ…)
小さな両手で、マッサージして。
「少し温かくなりましたか?」と、「一番冷たい所は、何処です?」と。
(…ハーレイ、汗だくになっちゃいそう…)
ぼくの右手は大きいものね、と右手を広げて眺めてみる。
小人には、とても大きそうだと、「ハーレイを乗っけられるくらいだもの」と。
それほど大きな右手の持ち主、けれどもチビで幼い子供。
前の生の終わりに凍えた右手は、やっぱりハーレイに温めて欲しい。
ハーレイが小人になっていたって、小さな身体でマッサージくらいしか出来なくても。
(…うんと甘えん坊な、ぼく…)
だけどハーレイなんだもの、と欲張りな気持ちは止められない。
メギドのことも話してしまうし、右手が凍えたことも喋ってしまう。
前の生から愛した人には、どうしても甘えてしまうから。
ソルジャー・ブルーだった頃のようには、今の自分は振る舞えないから。
(…そうだ、ハーレイの敬語…!)
それは直させなくっちゃね、と気が付いた点。
いくらキャプテンの制服姿で、前のハーレイの命の続きを生きていたって…。
(小人のハーレイは、新しく生まれて来たんだから…)
新しい命と身体を持っているのだし、敬語は直すべきだと思う。
チビの自分は、「ソルジャー・ブルー」ではないのだから。
敬語を使って話す必要など、欠片もありはしない今。
ハーレイが敬語で話し掛けたら、「違うよ」と、即座に直さなければ。
小人のハーレイが使う言葉が、今のハーレイのようになるまで。
自分のことを「俺」と言うようになって、「ブルー」を「お前」と呼び始めるまで。
でないと、きっと嬉しさ、半減。
敬語を話すハーレイのままでは、お手伝いの小人と変わらないから。
(…お手伝いをしてくれる小人だったら、敬語でも…)
いいんだけどね、と思う反面、小人のハーレイと暮らすのならば…。
(…お手伝いだって、してくれるよね?)
落っことした物を拾うだけでも、とベッドの下を覗いてみる。
小人のハーレイがヒョイと入って、「ほら」と渡してくれる鉛筆や消しゴム。
「けっこう重いな」と、「今の俺には、これでも充分、重労働だ」と笑いながら。
(…もっと身体を鍛えないと、ってトレーニングとかするのかな?)
この部屋の中を走り回ったり、あちこち、登って下りたりして。
落とし物を軽々と拾えるようにと、身体を鍛える姿が目に浮かぶよう。
今も昔も、ハーレイは、とても努力家だから。
(…そうやって鍛えた身体を使って、本のページも…)
ぼくの代わりに捲ってくれそう、と広がる想像の翼。
灯りなどを点けるスイッチの類も、小人のハーレイに頼んだならば…。
(お安い御用だ、って小さな身体で…)
点けたり、消したり、お手伝いしてくれると思う。
「俺のブルーのためなんだしな」と、小人に出来ることなら、何でも。
(…それも楽しそう…)
唇にキスは貰えないけど、と夢を見たくなる、小人になったハーレイとの日々。
「もしもハーレイが小人だったなら、こんな風かな?」と。
「小人でも、きっと幸せだよ」と、「小人でも、ハーレイはハーレイだもの」と…。
小人だったなら・了
※再会したハーレイが小人だったなら、と想像してみたブルー君。親指サイズのハーレイ。
キスも出来ない恋人ですけど、それはそれで幸せな日々になりそう。ハーレイは、ハーレイv
(寝ている間に、小人がだな…)
色々なことをやってくれるって話があるんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(生憎と俺は、小人の手助けが必要なほどには…)
仕事を溜め込みはしないんだがな、と苦笑しながら、机の上を眺め回した。
「片付けの必要も無さそうだぞ」と。
ブルーに貰った白い羽根ペン、夏休みにブルーと一緒に写した写真。
本なども置いてあるのだけれども、雑然としてはいない其処。
たとえ小人がやって来たって、片付けて貰う物などは無い。
書斎に並んだ本にしたって、整理してあるものだから…。
(小人の用事は、何も無いなあ…)
他の部屋でも同じことだな、と考えてみるリビングやダイニング。
それにキッチン、何処にも小人の出番などは無い。
家事も雑事も、日頃からマメにやっているものだから。
(…こんな家には、小人なんかは…)
来てくれないな、と改めて見渡していたら、ポンと頭に浮かんだこと。
「あいつだったら?」と。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
今ではチビに生まれ変わって、同じ町に住んでいるのだけれど…。
(…前のあいつが、生まれ変わって来る代わりにだな…)
小人になって現れたなら、と思い付いた「もしも」。
再会出来ることは間違いないから、そういう出会いもアリかもしれない。
神様の粋な計らいなのか、遊び心かは知らないけれど。
(……小人の、あいつなあ……)
そいつも、ちょいといいかもしれん、と顎に当てた手。
前のブルーは、強大なサイオンを誇っていたから、小さな小人になったって…。
(充分、手伝いが出来そうじゃないか)
サイオンでやればいいんだからな、と考える。
「小人のブルーが、俺の目の前に現れるってのも、素敵じゃないか」と。
手伝いをしてくれる小人というのは、本来、姿を見せないもの。
家の持ち主が眠っている間に、様々なことを手伝ってくれて、姿を消す。
だから、手伝って貰った人間の方は、目が覚めてから…。
(昨夜は有難うございました、と…)
お礼の品物を置いておくわけで、それも知らない間に消える。
小人はコッソリ持って帰って、姿を見せたりしないから。
(…しかし、あいつが小人になるなら…)
神様が巡り会わせてくれるわけだし、事情は全く違ってくる。
小人のブルーは、最初から姿を見せるのだろう。
ある日、いきなり、この書斎にでも。
懐かしい声で、「ハーレイ?」と呼び掛けて。
「ただいま」と、「ちゃんと帰って来たよ」と。
(…途端に、俺の記憶も戻って…)
小人の正体も、時の彼方で恋をしたことも、何もかも思い出すのだろう。
「俺のブルーが帰って来た」と。
とても小さくなったけれども、「俺のブルーだ」と。
(小人だからなあ…)
今のあいつどころじゃないチビだよな、と鳶色の瞳を瞬かせる。
小人になってしまったブルーは、どのくらいのサイズなのだろう、と。
(俺の手のひらに乗るくらいなのか、もっと小さいか…)
親指サイズじゃ小さすぎだぞ、と思いはしても、そう大きくもなさそうなブルー。
なんと言っても小人なのだし、やはり親指くらいだろうか。
(…俺の親指サイズなら…)
こんなものか、と右手を軽く開いて、「よし」と大きく頷いた。
親指サイズのブルーだったら、手のひらに丁度いい具合。
チョコンと座らせてやるにしたって、乗っけて移動するにしたって。
(うん、そのくらいのブルーってことで…)
考えてみるか、と想像の翼を広げてゆく。
小人になってしまったブルーと、どんな暮らしが始まるか。
どういう日々が待っているのか、この思い付きを追ってみよう、と。
(…あいつのことだし、小人になって現れたって…)
メギドで何が起こったのかは、きっと話しはしないだろう。
「もういいだろう?」と、「ぼくは帰って来たんだから」と言うだけで。
何もかも自分の胸に隠して、ニッコリ笑うに違いない。
「ぼくは充分、幸せだから」と。
「ちゃんとハーレイに会えたんだから」と、「それに地球にも来られたしね」と。
(…そう言われたら、俺も聞くわけにはいかないし…)
メギドのことは、それっきり。
「また会えたのだし、それだけでいい」と。
(でもって、あいつの寿命もだな…)
小人の姿になった時点で、新しく貰った命なのだし、尽きたりはしない。
前のブルーの姿のままでも、「ハーレイ」と一緒に生きてゆける命。
先に燃え尽きてしまいはしないで、「ハーレイ」の命が終わる時まで。
(…ちと、小さすぎて…)
キスをするのも難しいんだが、と思うけれども、それでも嬉しい。
ブルーが戻って来たのだから。
今度こそ一緒に生きてゆけるし、住んでいる場所も、青く蘇った地球の上。
時の彼方で前のブルーと描いた幾つもの夢を、二人で叶えてゆくことが出来る。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に託した夢を。
(…なんたって、此処は地球なんだしな?)
いくらでも夢は叶えられるさ、と自信はたっぷり。
チビの子供になったブルーとも、沢山、約束しているけれど…。
(前のあいつが、小人になって現れるんなら…)
待ち時間などは必要無い。
チビのブルーに、「お前が大きく育ったらな」としか言えないのとは違う。
最初から二人で暮らしてゆけるだけでも、大きな違い。
小人のブルーなら、そのまま家に住み付けるから。
結婚式を挙げていなくても、現れた日から、何の支障も無く。
家の持ち主で恋人の「ハーレイ」、つまり「自分」が許可すればいい。
「今日から、此処で暮らすんだろう?」と、「俺の家だし」と。
もちろんブルーも、現れた時から、そのつもりだろう。
「ハーレイの家で暮らしてゆこう」と、「地球で暮らせる」と。
だから意見は一致しているし、ブルーが住む家は「ハーレイの家」。
(姿を見せずに暮らすんじゃなくて…)
真昼間でも、小人のブルーは気にしない。
来客があれば別だけれども、そうでない時は、姿を隠しはしない。
(そして、サイオンで…)
俺の手伝いをするんだよな、と思ったけれども、それに関しては如何なものか。
手伝うことが無いというのも、問題の一つではあるけれど…。
(…前のあいつは、裁縫の腕はからっきしで…)
ボタンの一つも満足につけられはしなかった。
キャプテンの制服の袖を直そうとして、直す前よりも酷くなったほど。
(それが可笑しくて、スカボローフェアを教えてやったら…)
前のブルーはサイオンを使って、歌に出て来る無理難題をやり遂げた。
「縫い目も針跡も無い、亜麻のシャツ」を作って、誇らしげに持って来たブルー。
もっとも、難題は果たせたものの…。
(あのシャツ、着られなかったんだよなあ…)
サイズぴったりの亜麻のシャツじゃな、とクックッと笑う。
ボタンもファスナーも無かったシャツでは、頭から被って着るしかない。
なのに、そのための「余裕」が無かった、奇跡のシャツ。
被ろうとしたら、ビリビリと破れてしまうしかない、身体にぴったり過ぎたシャツ。
(…ああいうヤツだし、俺の手伝いは…)
まるっきり期待出来そうにない、と天井を仰ぐ。
サイオンで出来そうな手伝いと言えば…。
(…米も研げないし、包丁をサイオンで使われても…)
なんだかなあ、と思うものだから、卵を割って貰うくらいだろうか。
朝、オムレツをこしらえる前に、「ちょっと頼む」と。
「卵を割っておいてくれるか」と、「今日は二個だな」と。
(……その程度だな)
まあ、いいんだが、とマグカップを指でカチンと弾く。
小人の手伝いは要らない家だし、特に何かをしてくれなくても、と。
(そもそも、あいつがいてくれるだけで…)
俺は充分に幸せなんだ、と「小人のブルー」との暮らしを追ってゆく。
ブルーに手伝いをして貰うよりは、自分がブルーの役に立ちたい方だよな、と。
(小人なんだし、いくらサイオンが使えても…)
この家で暮らしてゆこうとしたなら、前の生のようにはいかないだろう。
「ハーレイ」のサイズに合わせて出来ている家は、小人のブルーには大きすぎるから。
階段の上り下りにしたって、「えいっ!」と飛ばないと、一段さえも…。
(上れないよな、親指サイズじゃ…)
ちと愉快だが、と階段を上ろうと頑張るブルーを想像してみる。
サイオンを使って飛べばいいのに、断崖を登る登山家みたいに、ロープをかけているブルー。
(…でなきゃ、小さな箱でも積んで…)
せっせと上っていくのだろうか、「やっと一段、上ることが出来た」と、二階に向けて。
一段、上に上がることが出来たら、ロープや箱を引き上げながら。
(大仕事だよな、二階まで行くというだけで)
それでも頑張って上りそうだ、と「前のブルー」の頑固さを思う。
こうと決めたら、けして譲らなかったから。
そのせいでメギドに行ってしまって、二度と戻りはしなかったから。
(だが、それは…)
分かっちゃいるんだが、今度は俺が手助けするんだ、と思う「小人のブルー」との暮らし。
ブルーが「一人で出来る」と言っても、手伝えることは手助わなくては。
(階段を一人で上ってる所を俺が見たなら、ヒョイと掴んで…)
手のひらに乗せて、スタスタと二階へ上ってゆく。
ブルーが使っていたロープや箱も、「置いておいたら、踏んじまうしな?」と一緒に持って。
「お前は頑張らなくていいんだ」と、「今度は俺に頼ってくれ」と。
帰って来てくれた愛おしい人に、二度と苦労をさせたくはない。
どんな些細なことであろうと、ブルーに頑張らせるよりは…。
(俺が代わりに、あれこれやって…)
あいつに楽をさせてやるさ、とコーヒーのカップを傾ける。
「小人なんだし、何も頑張らなくてもな?」と。
「俺の家には、小人の手伝いは要らないんだから」と。
小人のブルーと暮らしてゆくなら、ブルーにも幸せでいて欲しい。
青い地球の上をあちこち旅して、見せてやるのもいいけれど…。
(まずは、あいつの夢の朝食…)
そいつを、うんと豪華にやるか、と広がる夢。
前のブルーが夢見た朝食、本物の砂糖カエデから採れたメープルシロップと…。
(地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味いバターと…)
それを添えて食べるホットケーキが、前のブルーが地球に描いていた夢の一つ。
(小人のブルーじゃ、普通サイズのホットケーキでも…)
ベッドよりデカいサイズだからな、と浮かぶ笑み。
「帰って来たブルーが小人だったら、豪華なベッドをプレゼントだ」と。
ホットケーキのベッドに転がり、好きなだけ食べてくれればいい。
「食べ切れないよ」と言うだろうけれど、毎朝だってプレゼントする。
ブルーと暮らしてゆけるのならば、もうそれだけで幸せだから。
小人の姿で、キスさえ難しいようなブルーでも、いてくれるだけで充分だから…。
小人だったら・了
※戻って来たブルーが小人だったら、と考えてみるハーレイ先生。ブルー君より小さな小人。
キスをするのも難しいくらいに小さいですけど、それでも一緒に暮らせたら、幸せv
色々なことをやってくれるって話があるんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(生憎と俺は、小人の手助けが必要なほどには…)
仕事を溜め込みはしないんだがな、と苦笑しながら、机の上を眺め回した。
「片付けの必要も無さそうだぞ」と。
ブルーに貰った白い羽根ペン、夏休みにブルーと一緒に写した写真。
本なども置いてあるのだけれども、雑然としてはいない其処。
たとえ小人がやって来たって、片付けて貰う物などは無い。
書斎に並んだ本にしたって、整理してあるものだから…。
(小人の用事は、何も無いなあ…)
他の部屋でも同じことだな、と考えてみるリビングやダイニング。
それにキッチン、何処にも小人の出番などは無い。
家事も雑事も、日頃からマメにやっているものだから。
(…こんな家には、小人なんかは…)
来てくれないな、と改めて見渡していたら、ポンと頭に浮かんだこと。
「あいつだったら?」と。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
今ではチビに生まれ変わって、同じ町に住んでいるのだけれど…。
(…前のあいつが、生まれ変わって来る代わりにだな…)
小人になって現れたなら、と思い付いた「もしも」。
再会出来ることは間違いないから、そういう出会いもアリかもしれない。
神様の粋な計らいなのか、遊び心かは知らないけれど。
(……小人の、あいつなあ……)
そいつも、ちょいといいかもしれん、と顎に当てた手。
前のブルーは、強大なサイオンを誇っていたから、小さな小人になったって…。
(充分、手伝いが出来そうじゃないか)
サイオンでやればいいんだからな、と考える。
「小人のブルーが、俺の目の前に現れるってのも、素敵じゃないか」と。
手伝いをしてくれる小人というのは、本来、姿を見せないもの。
家の持ち主が眠っている間に、様々なことを手伝ってくれて、姿を消す。
だから、手伝って貰った人間の方は、目が覚めてから…。
(昨夜は有難うございました、と…)
お礼の品物を置いておくわけで、それも知らない間に消える。
小人はコッソリ持って帰って、姿を見せたりしないから。
(…しかし、あいつが小人になるなら…)
神様が巡り会わせてくれるわけだし、事情は全く違ってくる。
小人のブルーは、最初から姿を見せるのだろう。
ある日、いきなり、この書斎にでも。
懐かしい声で、「ハーレイ?」と呼び掛けて。
「ただいま」と、「ちゃんと帰って来たよ」と。
(…途端に、俺の記憶も戻って…)
小人の正体も、時の彼方で恋をしたことも、何もかも思い出すのだろう。
「俺のブルーが帰って来た」と。
とても小さくなったけれども、「俺のブルーだ」と。
(小人だからなあ…)
今のあいつどころじゃないチビだよな、と鳶色の瞳を瞬かせる。
小人になってしまったブルーは、どのくらいのサイズなのだろう、と。
(俺の手のひらに乗るくらいなのか、もっと小さいか…)
親指サイズじゃ小さすぎだぞ、と思いはしても、そう大きくもなさそうなブルー。
なんと言っても小人なのだし、やはり親指くらいだろうか。
(…俺の親指サイズなら…)
こんなものか、と右手を軽く開いて、「よし」と大きく頷いた。
親指サイズのブルーだったら、手のひらに丁度いい具合。
チョコンと座らせてやるにしたって、乗っけて移動するにしたって。
(うん、そのくらいのブルーってことで…)
考えてみるか、と想像の翼を広げてゆく。
小人になってしまったブルーと、どんな暮らしが始まるか。
どういう日々が待っているのか、この思い付きを追ってみよう、と。
(…あいつのことだし、小人になって現れたって…)
メギドで何が起こったのかは、きっと話しはしないだろう。
「もういいだろう?」と、「ぼくは帰って来たんだから」と言うだけで。
何もかも自分の胸に隠して、ニッコリ笑うに違いない。
「ぼくは充分、幸せだから」と。
「ちゃんとハーレイに会えたんだから」と、「それに地球にも来られたしね」と。
(…そう言われたら、俺も聞くわけにはいかないし…)
メギドのことは、それっきり。
「また会えたのだし、それだけでいい」と。
(でもって、あいつの寿命もだな…)
小人の姿になった時点で、新しく貰った命なのだし、尽きたりはしない。
前のブルーの姿のままでも、「ハーレイ」と一緒に生きてゆける命。
先に燃え尽きてしまいはしないで、「ハーレイ」の命が終わる時まで。
(…ちと、小さすぎて…)
キスをするのも難しいんだが、と思うけれども、それでも嬉しい。
ブルーが戻って来たのだから。
今度こそ一緒に生きてゆけるし、住んでいる場所も、青く蘇った地球の上。
時の彼方で前のブルーと描いた幾つもの夢を、二人で叶えてゆくことが出来る。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に託した夢を。
(…なんたって、此処は地球なんだしな?)
いくらでも夢は叶えられるさ、と自信はたっぷり。
チビの子供になったブルーとも、沢山、約束しているけれど…。
(前のあいつが、小人になって現れるんなら…)
待ち時間などは必要無い。
チビのブルーに、「お前が大きく育ったらな」としか言えないのとは違う。
最初から二人で暮らしてゆけるだけでも、大きな違い。
小人のブルーなら、そのまま家に住み付けるから。
結婚式を挙げていなくても、現れた日から、何の支障も無く。
家の持ち主で恋人の「ハーレイ」、つまり「自分」が許可すればいい。
「今日から、此処で暮らすんだろう?」と、「俺の家だし」と。
もちろんブルーも、現れた時から、そのつもりだろう。
「ハーレイの家で暮らしてゆこう」と、「地球で暮らせる」と。
だから意見は一致しているし、ブルーが住む家は「ハーレイの家」。
(姿を見せずに暮らすんじゃなくて…)
真昼間でも、小人のブルーは気にしない。
来客があれば別だけれども、そうでない時は、姿を隠しはしない。
(そして、サイオンで…)
俺の手伝いをするんだよな、と思ったけれども、それに関しては如何なものか。
手伝うことが無いというのも、問題の一つではあるけれど…。
(…前のあいつは、裁縫の腕はからっきしで…)
ボタンの一つも満足につけられはしなかった。
キャプテンの制服の袖を直そうとして、直す前よりも酷くなったほど。
(それが可笑しくて、スカボローフェアを教えてやったら…)
前のブルーはサイオンを使って、歌に出て来る無理難題をやり遂げた。
「縫い目も針跡も無い、亜麻のシャツ」を作って、誇らしげに持って来たブルー。
もっとも、難題は果たせたものの…。
(あのシャツ、着られなかったんだよなあ…)
サイズぴったりの亜麻のシャツじゃな、とクックッと笑う。
ボタンもファスナーも無かったシャツでは、頭から被って着るしかない。
なのに、そのための「余裕」が無かった、奇跡のシャツ。
被ろうとしたら、ビリビリと破れてしまうしかない、身体にぴったり過ぎたシャツ。
(…ああいうヤツだし、俺の手伝いは…)
まるっきり期待出来そうにない、と天井を仰ぐ。
サイオンで出来そうな手伝いと言えば…。
(…米も研げないし、包丁をサイオンで使われても…)
なんだかなあ、と思うものだから、卵を割って貰うくらいだろうか。
朝、オムレツをこしらえる前に、「ちょっと頼む」と。
「卵を割っておいてくれるか」と、「今日は二個だな」と。
(……その程度だな)
まあ、いいんだが、とマグカップを指でカチンと弾く。
小人の手伝いは要らない家だし、特に何かをしてくれなくても、と。
(そもそも、あいつがいてくれるだけで…)
俺は充分に幸せなんだ、と「小人のブルー」との暮らしを追ってゆく。
ブルーに手伝いをして貰うよりは、自分がブルーの役に立ちたい方だよな、と。
(小人なんだし、いくらサイオンが使えても…)
この家で暮らしてゆこうとしたなら、前の生のようにはいかないだろう。
「ハーレイ」のサイズに合わせて出来ている家は、小人のブルーには大きすぎるから。
階段の上り下りにしたって、「えいっ!」と飛ばないと、一段さえも…。
(上れないよな、親指サイズじゃ…)
ちと愉快だが、と階段を上ろうと頑張るブルーを想像してみる。
サイオンを使って飛べばいいのに、断崖を登る登山家みたいに、ロープをかけているブルー。
(…でなきゃ、小さな箱でも積んで…)
せっせと上っていくのだろうか、「やっと一段、上ることが出来た」と、二階に向けて。
一段、上に上がることが出来たら、ロープや箱を引き上げながら。
(大仕事だよな、二階まで行くというだけで)
それでも頑張って上りそうだ、と「前のブルー」の頑固さを思う。
こうと決めたら、けして譲らなかったから。
そのせいでメギドに行ってしまって、二度と戻りはしなかったから。
(だが、それは…)
分かっちゃいるんだが、今度は俺が手助けするんだ、と思う「小人のブルー」との暮らし。
ブルーが「一人で出来る」と言っても、手伝えることは手助わなくては。
(階段を一人で上ってる所を俺が見たなら、ヒョイと掴んで…)
手のひらに乗せて、スタスタと二階へ上ってゆく。
ブルーが使っていたロープや箱も、「置いておいたら、踏んじまうしな?」と一緒に持って。
「お前は頑張らなくていいんだ」と、「今度は俺に頼ってくれ」と。
帰って来てくれた愛おしい人に、二度と苦労をさせたくはない。
どんな些細なことであろうと、ブルーに頑張らせるよりは…。
(俺が代わりに、あれこれやって…)
あいつに楽をさせてやるさ、とコーヒーのカップを傾ける。
「小人なんだし、何も頑張らなくてもな?」と。
「俺の家には、小人の手伝いは要らないんだから」と。
小人のブルーと暮らしてゆくなら、ブルーにも幸せでいて欲しい。
青い地球の上をあちこち旅して、見せてやるのもいいけれど…。
(まずは、あいつの夢の朝食…)
そいつを、うんと豪華にやるか、と広がる夢。
前のブルーが夢見た朝食、本物の砂糖カエデから採れたメープルシロップと…。
(地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味いバターと…)
それを添えて食べるホットケーキが、前のブルーが地球に描いていた夢の一つ。
(小人のブルーじゃ、普通サイズのホットケーキでも…)
ベッドよりデカいサイズだからな、と浮かぶ笑み。
「帰って来たブルーが小人だったら、豪華なベッドをプレゼントだ」と。
ホットケーキのベッドに転がり、好きなだけ食べてくれればいい。
「食べ切れないよ」と言うだろうけれど、毎朝だってプレゼントする。
ブルーと暮らしてゆけるのならば、もうそれだけで幸せだから。
小人の姿で、キスさえ難しいようなブルーでも、いてくれるだけで充分だから…。
小人だったら・了
※戻って来たブルーが小人だったら、と考えてみるハーレイ先生。ブルー君より小さな小人。
キスをするのも難しいくらいに小さいですけど、それでも一緒に暮らせたら、幸せv
(ぼくは、ハーレイに一目惚れ…)
前のぼくの記憶が戻ったものね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
十四歳にしかならないチビだけれども、もう恋人がいる自分。
結婚出来る年になったら、結婚すると決めている人が。
(…ぼくの人生、あの瞬間に決まっちゃったよね)
ふふっ、と零れた幸せな笑み。
忘れもしない五月の三日に、今のハーレイと再会した時、決まった人生。
「ハーレイと生きてゆくんだ」と。
前の生では叶わなかった、愛おしい人と一緒に生きてゆくこと。
それが叶うのが、今の人生。
「今度こそ、共に生きてゆける」と、「ハーレイと一緒に、何処までもゆこう」と。
(…再会した瞬間は、まだ、そこまでは…)
全く考えていなかったけれど、恋に落ちたというのは確か。
青い地球の上に生まれ変わって、「今」を生きているハーレイに。
前の生から愛し続けた、愛おしい人に。
(ホントのホントに、一目惚れだよ)
あの瞬間から、ハーレイしか見えていないものね、と運命の不思議さを思う。
恋さえ知らなかった自分が、あの日を境に、ガラリと変わった。
気付けば視線がハーレイを追って、ハーレイの姿を探している。
いつも、学校に行く度に。
「今日はハーレイに会えるといいな」と、胸をときめかせて登校して。
会えなかった日はガッカリだけれど、それでも、こうしてハーレイのことを考えたりする。
一目で恋に落ちてしまった、今の時代に生きているハーレイ。
その人は何をしているだろう、と家がある方角に視線を向けて。
「明日は会えるといいんだけれど」と、期待に胸を膨らませもして。
なにしろ、一目惚れだから。
ハーレイがいない人生なんかは、考えられもしないのだから。
出会った時から、今の自分は、もう「ハーレイ」のことばかり。
ハーレイと再会出来た幸せ、それを噛み締める時間が過ぎたら、出て来た欲。
「早くハーレイと暮らしたいよ」と、「ぼくは、ハーレイの恋人なのに」と、溢れるように。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が夢に見ていた未来のこと。
(…ハーレイと一緒に、やりたかったこと…)
とても沢山あるというのに、まだチビだから叶わない。
ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、旅行にさえも行けないから。
(……せっかく、一目惚れなのに……)
つまらないよね、と不満だけれども、こればかりは我慢するしかない。
今の自分が大きく育って、結婚出来る年になるまで。
プロポーズをして貰える時が、やって来るまで。
(…前のぼくたちの、恋の続きを生きてるのにね…)
なんだか、ずいぶん遠回りだよ、と残念な気持ち。
もっと自分が大きかったら、再会して直ぐに、恋の続きが始まったのに。
その場でハーレイにプロポーズされて、アッと言う間に結婚式で。
(…今だって、恋の続きだけれど…)
ずっと足踏みしているみたい、と考える内に、頭を掠めたこと。
「もしも、記憶が消えちゃったら?」と。
今のハーレイに一目惚れしたのは、前の自分の記憶のお蔭。
聖痕が思い出させてくれた、時の彼方で恋をしていた人のこと。
(…前のぼくの記憶が戻って来たから…)
ハーレイに恋をしたわけなのだし、その記憶が消えてしまったとしたら、どうなるだろう。
チビの自分に、あの日、突然、戻った記憶。
それがすっかり消えてしまって、「ただのブルー」になったなら。
「ソルジャー・ブルー」の記憶など無い、チビのブルーに戻ったら。
(…そんなこと、絶対、起こらないよね…?)
神様がくれた聖痕だもの、とキュッと握り締めた小さな右手。
前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が今も残っているけれど…。
(あの時、切れてしまったと思った絆…)
ハーレイとの絆を、神様は結び直してくれた。
こうして再び出会えるようにと、今度こそ、共に生きられるように。
(…聖痕を下さった、神様なんだし…)
記憶が消えてしまうようなことは、けして起こりはしないだろう。
事故で頭を打ったとしたって、ハーレイのことを忘れはしない。
時の彼方で生きた記憶も、欠片も損なわれはせずに残る筈。
(…うん、絶対に大丈夫…)
消えやしないよ、と安心したら、湧き上がって来た好奇心。
「もしも、記憶が消えちゃったら?」と、「ぼくたち、どうなっちゃうのかな?」と。
自分の記憶が消えるのならば、ハーレイの記憶も消え失せるだろう。
聖痕で戻った記憶なのだし、お互い、綺麗サッパリ忘れて…。
(…赤の他人になっちゃうんだよね?)
ハーレイ先生と、教え子のブルー、と考えてみると、面白そう。
そんな二人は、どんな具合になるのだろう。
赤の他人になってしまえば、ハーレイに恋をしている自分は、それも忘れてしまうのだから…。
(…ただのハーレイ先生、ってこと?)
古典の教師の「ハーレイ先生」。
記憶が消えてしまった後には、そういうハーレイが残る勘定。
聖痕の記憶も無くなるからには、もう、守り役ではなくなって、普通の教師として。
(…そうなっちゃうと、一目惚れなんか…)
出来る理由は無さそうだよね、と赤い瞳を瞬かせた。
「やっぱり、赤の他人なのかな」と。
一目惚れなどしないのだったら、「ただのハーレイ先生だよ」と。
(…でも…)
だけど、と時の彼方を思った。
前の自分も、「ハーレイに、一目惚れだっけ」と。
そういう自覚は無かったけれども、出会った時から恋をしていた、前の自分。
(…燃えるアルタミラで、ハーレイに声を掛けられて…)
其処から始まった、二人の関係。
会ったばかりなのに、息がピッタリ合ったハーレイ。
他の仲間たちを助け出すために、二人で走った。
燃えて崩れてゆく星の地面を、渦巻く激しい炎の中を。
(ハーレイだったから、上手くいったんだよ)
最初からね、と後になってから気が付いた。
誰でも良かったわけではなくて、ハーレイがパートナーだったからこそ、出来たこと。
そう、ハーレイは「特別」だった。
前の自分の大切な人で、他の誰かには代えられない人。
(…気が付いたのは、うんと後だったけれど…)
呆れるほど後のことだったけれど、前の自分は、前のハーレイに一目惚れ。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その瞬間に恋をした。
自分では恋だと気付かないまま、長い長い時が流れたけれど。
「とても大切な友達なのだ」と思い込んだまま、宇宙を旅していたのだけれど。
(…前のぼくが、一目惚れだったんだから…)
今のぼくだって、そうなるんじゃあ…、と顎に当てた手。
「だって、中身はおんなじだよ?」と。
たとえ記憶が消えてしまっても、「ブルー」の中身は変わらない。
(成人検査とか、人体実験とかは無くって…)
まだ十四年しか生きていないけれども、「ブルー」の魂は「ブルー」のもの。
サイオンが不器用になっていようと、子供だろうと、「ブルー」は「ブルー」なのだから…。
(…ハーレイに会ったら、恋をしそうだよ)
一目惚れで、と想像の翼を広げてゆく。
「今のぼくだって、きっと、恋だと気が付かないんだよ」と。
「記憶が消えてしまってるんだし、前とおんなじ」と。
つまり、最初から「やり直し」。
振り出しに戻った恋の始まり、それが恋へと育つのだけれど…。
(……うんと時間がかかるんだよね?)
前のぼくだって、そうだったから、と苦笑する。
「結婚出来る年になっても、結婚式は無理みたい」と。
「そんなの、考えてもいやしないよね」と。
十八歳を迎える頃になっても、自分は気付いていないのだろう。
「ハーレイ先生」が恋の相手だとは、まるで全く。
もちろん相手のハーレイの方も、「ブルー」のことを恋人だなんて、思っていなくて。
きっとそうだよ、とクスクスと笑う。
前の自分がそうだったように、今の自分も気が付かない。
「ハーレイ先生」のことは大好きだけれど、そう思う気持ちが恋だとは。
(…ぼくの記憶が消えちゃったら…)
やり直しになる、ハーレイとの恋。
ハーレイの記憶も同じに消えているから、「はじめまして」のようなもの。
とうに出会って、「ハーレイ先生」と「教え子のブルー」な関係だけが残っていて。
(えーっと…?)
それでも、ハーレイは優しいんだし…、と考えてみる「特別」になる切っ掛け。
記憶が無いなら、何か無ければ、ハーレイの「特別」にはなれないけれど…。
(…今のぼくも、身体が弱いから…)
その辺りかな、と見当をつけた。
ハーレイの授業の真っ最中に、気分が悪くなってしまうとか。
(どうしたんだ、って、慌てて走って来てくれて…)
保健委員に任せる代わりに、保健室まで背負って連れて行ってくれそう。
「俺が行った方が早いからな」と、他の生徒には自習をさせて。
(…うんと広い背中で、頼もしくって…)
保健室に着いたら、優しく額を撫でてくれたりもして。
「後で様子を見に来るからな」と、「無理せずに、此処でゆっくり寝てろ」と。
(…授業が終わって、ハーレイが来る頃になっても…)
具合が悪いままだったならば、とても面倒見のいいハーレイだから…。
(時間が空いてるなら、ぼくの家まで…)
「俺の車で送ってやろう」と、言ってくれるに違いない。
「待ってろよ」と、教室に戻って、鞄とかを取って来てくれて。
ベッドから下りても、足がふらつくようだったなら…。
(無理するな、って…)
ヒョイと抱き上げて、車まで運んでくれるのだろう。
手には鞄も持っているのに、軽々と。
柔道と水泳で鍛えた逞しい腕には、「ブルー」なんて、軽いものだから。
そうやって大股でスタスタ歩いて、車に乗せたら、真っ直ぐ家まで。
母はビックリするだろうけれど、ハーレイに何度もお礼を言って…。
(ハーレイに、時間があるのなら…)
お茶とお菓子でおもてなしして、それから帰って貰う筈。
時間が無いなら、「学校で召し上がって下さいね」と、お菓子のお土産。
(うん、きっと…)
そんな感じで、「ハーレイ」との仲が始まるのだろう。
いつの間にやら、「特別」になって。
「あいつ、しょっちゅう倒れるからな」と、ハーレイが気を配ってくれるようになって。
(そうなったら、家まで送ってくれる日も増えて…)
何度も家までやって来る内に、ハーレイはすっかり、父や母とも顔馴染み。
一人暮らしをしていることも、その内に伝わるだろうから…。
(週末とかに、食事においでになりませんか、って…)
両親が招いて、和やかに囲む夕食の席。
きっと自分も、心が弾むことだろう。
「今日は、ハーレイ先生が来てくれるんだよ」と、朝からはしゃいで。
夕食のメニューは何になるのか、母に何度も尋ねたりして。
(恋だと思っていないから…)
ハーレイの方も、今と違って、家に招いてくれると思う。
「今度は、お前が遊びに来ないか?」と、「俺も、料理には自信があるんだ」と。
(家に行けるし、柔道部の試合を見に行ってもいいし…)
きっとドライブにも行けるんだよね、と緩んだ頬。
「今のぼくだと、そんなの、許して貰えないけど」と、「楽しそうだよ」と。
互いに恋だと気が付かないから、結婚出来るまでに、何年かかってしまうのかは…。
(…ホントに謎で、二百年くらいかかるかもだけど…)
きっと、ハーレイに恋をするよね、と大きく頷く。
「だって、一目惚れしちゃうんだから」と。
前の自分の記憶が消えても、きっとハーレイに恋をする。
それが恋だと気が付かないまま、長い時が流れてしまったとしても。
結婚式を挙げる日がやって来るまで、何百年もかかってしまう恋でも…。
記憶が消えちゃったら・了
※前の自分の記憶が消えたら、ハーレイ先生とはどうなるんだろう、と想像してみたブルー君。
記憶が消えても、やっぱり一目惚れしそうな感じ。恋だと気付くまでが長いですけどねv
前のぼくの記憶が戻ったものね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
十四歳にしかならないチビだけれども、もう恋人がいる自分。
結婚出来る年になったら、結婚すると決めている人が。
(…ぼくの人生、あの瞬間に決まっちゃったよね)
ふふっ、と零れた幸せな笑み。
忘れもしない五月の三日に、今のハーレイと再会した時、決まった人生。
「ハーレイと生きてゆくんだ」と。
前の生では叶わなかった、愛おしい人と一緒に生きてゆくこと。
それが叶うのが、今の人生。
「今度こそ、共に生きてゆける」と、「ハーレイと一緒に、何処までもゆこう」と。
(…再会した瞬間は、まだ、そこまでは…)
全く考えていなかったけれど、恋に落ちたというのは確か。
青い地球の上に生まれ変わって、「今」を生きているハーレイに。
前の生から愛し続けた、愛おしい人に。
(ホントのホントに、一目惚れだよ)
あの瞬間から、ハーレイしか見えていないものね、と運命の不思議さを思う。
恋さえ知らなかった自分が、あの日を境に、ガラリと変わった。
気付けば視線がハーレイを追って、ハーレイの姿を探している。
いつも、学校に行く度に。
「今日はハーレイに会えるといいな」と、胸をときめかせて登校して。
会えなかった日はガッカリだけれど、それでも、こうしてハーレイのことを考えたりする。
一目で恋に落ちてしまった、今の時代に生きているハーレイ。
その人は何をしているだろう、と家がある方角に視線を向けて。
「明日は会えるといいんだけれど」と、期待に胸を膨らませもして。
なにしろ、一目惚れだから。
ハーレイがいない人生なんかは、考えられもしないのだから。
出会った時から、今の自分は、もう「ハーレイ」のことばかり。
ハーレイと再会出来た幸せ、それを噛み締める時間が過ぎたら、出て来た欲。
「早くハーレイと暮らしたいよ」と、「ぼくは、ハーレイの恋人なのに」と、溢れるように。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が夢に見ていた未来のこと。
(…ハーレイと一緒に、やりたかったこと…)
とても沢山あるというのに、まだチビだから叶わない。
ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、旅行にさえも行けないから。
(……せっかく、一目惚れなのに……)
つまらないよね、と不満だけれども、こればかりは我慢するしかない。
今の自分が大きく育って、結婚出来る年になるまで。
プロポーズをして貰える時が、やって来るまで。
(…前のぼくたちの、恋の続きを生きてるのにね…)
なんだか、ずいぶん遠回りだよ、と残念な気持ち。
もっと自分が大きかったら、再会して直ぐに、恋の続きが始まったのに。
その場でハーレイにプロポーズされて、アッと言う間に結婚式で。
(…今だって、恋の続きだけれど…)
ずっと足踏みしているみたい、と考える内に、頭を掠めたこと。
「もしも、記憶が消えちゃったら?」と。
今のハーレイに一目惚れしたのは、前の自分の記憶のお蔭。
聖痕が思い出させてくれた、時の彼方で恋をしていた人のこと。
(…前のぼくの記憶が戻って来たから…)
ハーレイに恋をしたわけなのだし、その記憶が消えてしまったとしたら、どうなるだろう。
チビの自分に、あの日、突然、戻った記憶。
それがすっかり消えてしまって、「ただのブルー」になったなら。
「ソルジャー・ブルー」の記憶など無い、チビのブルーに戻ったら。
(…そんなこと、絶対、起こらないよね…?)
神様がくれた聖痕だもの、とキュッと握り締めた小さな右手。
前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が今も残っているけれど…。
(あの時、切れてしまったと思った絆…)
ハーレイとの絆を、神様は結び直してくれた。
こうして再び出会えるようにと、今度こそ、共に生きられるように。
(…聖痕を下さった、神様なんだし…)
記憶が消えてしまうようなことは、けして起こりはしないだろう。
事故で頭を打ったとしたって、ハーレイのことを忘れはしない。
時の彼方で生きた記憶も、欠片も損なわれはせずに残る筈。
(…うん、絶対に大丈夫…)
消えやしないよ、と安心したら、湧き上がって来た好奇心。
「もしも、記憶が消えちゃったら?」と、「ぼくたち、どうなっちゃうのかな?」と。
自分の記憶が消えるのならば、ハーレイの記憶も消え失せるだろう。
聖痕で戻った記憶なのだし、お互い、綺麗サッパリ忘れて…。
(…赤の他人になっちゃうんだよね?)
ハーレイ先生と、教え子のブルー、と考えてみると、面白そう。
そんな二人は、どんな具合になるのだろう。
赤の他人になってしまえば、ハーレイに恋をしている自分は、それも忘れてしまうのだから…。
(…ただのハーレイ先生、ってこと?)
古典の教師の「ハーレイ先生」。
記憶が消えてしまった後には、そういうハーレイが残る勘定。
聖痕の記憶も無くなるからには、もう、守り役ではなくなって、普通の教師として。
(…そうなっちゃうと、一目惚れなんか…)
出来る理由は無さそうだよね、と赤い瞳を瞬かせた。
「やっぱり、赤の他人なのかな」と。
一目惚れなどしないのだったら、「ただのハーレイ先生だよ」と。
(…でも…)
だけど、と時の彼方を思った。
前の自分も、「ハーレイに、一目惚れだっけ」と。
そういう自覚は無かったけれども、出会った時から恋をしていた、前の自分。
(…燃えるアルタミラで、ハーレイに声を掛けられて…)
其処から始まった、二人の関係。
会ったばかりなのに、息がピッタリ合ったハーレイ。
他の仲間たちを助け出すために、二人で走った。
燃えて崩れてゆく星の地面を、渦巻く激しい炎の中を。
(ハーレイだったから、上手くいったんだよ)
最初からね、と後になってから気が付いた。
誰でも良かったわけではなくて、ハーレイがパートナーだったからこそ、出来たこと。
そう、ハーレイは「特別」だった。
前の自分の大切な人で、他の誰かには代えられない人。
(…気が付いたのは、うんと後だったけれど…)
呆れるほど後のことだったけれど、前の自分は、前のハーレイに一目惚れ。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その瞬間に恋をした。
自分では恋だと気付かないまま、長い長い時が流れたけれど。
「とても大切な友達なのだ」と思い込んだまま、宇宙を旅していたのだけれど。
(…前のぼくが、一目惚れだったんだから…)
今のぼくだって、そうなるんじゃあ…、と顎に当てた手。
「だって、中身はおんなじだよ?」と。
たとえ記憶が消えてしまっても、「ブルー」の中身は変わらない。
(成人検査とか、人体実験とかは無くって…)
まだ十四年しか生きていないけれども、「ブルー」の魂は「ブルー」のもの。
サイオンが不器用になっていようと、子供だろうと、「ブルー」は「ブルー」なのだから…。
(…ハーレイに会ったら、恋をしそうだよ)
一目惚れで、と想像の翼を広げてゆく。
「今のぼくだって、きっと、恋だと気が付かないんだよ」と。
「記憶が消えてしまってるんだし、前とおんなじ」と。
つまり、最初から「やり直し」。
振り出しに戻った恋の始まり、それが恋へと育つのだけれど…。
(……うんと時間がかかるんだよね?)
前のぼくだって、そうだったから、と苦笑する。
「結婚出来る年になっても、結婚式は無理みたい」と。
「そんなの、考えてもいやしないよね」と。
十八歳を迎える頃になっても、自分は気付いていないのだろう。
「ハーレイ先生」が恋の相手だとは、まるで全く。
もちろん相手のハーレイの方も、「ブルー」のことを恋人だなんて、思っていなくて。
きっとそうだよ、とクスクスと笑う。
前の自分がそうだったように、今の自分も気が付かない。
「ハーレイ先生」のことは大好きだけれど、そう思う気持ちが恋だとは。
(…ぼくの記憶が消えちゃったら…)
やり直しになる、ハーレイとの恋。
ハーレイの記憶も同じに消えているから、「はじめまして」のようなもの。
とうに出会って、「ハーレイ先生」と「教え子のブルー」な関係だけが残っていて。
(えーっと…?)
それでも、ハーレイは優しいんだし…、と考えてみる「特別」になる切っ掛け。
記憶が無いなら、何か無ければ、ハーレイの「特別」にはなれないけれど…。
(…今のぼくも、身体が弱いから…)
その辺りかな、と見当をつけた。
ハーレイの授業の真っ最中に、気分が悪くなってしまうとか。
(どうしたんだ、って、慌てて走って来てくれて…)
保健委員に任せる代わりに、保健室まで背負って連れて行ってくれそう。
「俺が行った方が早いからな」と、他の生徒には自習をさせて。
(…うんと広い背中で、頼もしくって…)
保健室に着いたら、優しく額を撫でてくれたりもして。
「後で様子を見に来るからな」と、「無理せずに、此処でゆっくり寝てろ」と。
(…授業が終わって、ハーレイが来る頃になっても…)
具合が悪いままだったならば、とても面倒見のいいハーレイだから…。
(時間が空いてるなら、ぼくの家まで…)
「俺の車で送ってやろう」と、言ってくれるに違いない。
「待ってろよ」と、教室に戻って、鞄とかを取って来てくれて。
ベッドから下りても、足がふらつくようだったなら…。
(無理するな、って…)
ヒョイと抱き上げて、車まで運んでくれるのだろう。
手には鞄も持っているのに、軽々と。
柔道と水泳で鍛えた逞しい腕には、「ブルー」なんて、軽いものだから。
そうやって大股でスタスタ歩いて、車に乗せたら、真っ直ぐ家まで。
母はビックリするだろうけれど、ハーレイに何度もお礼を言って…。
(ハーレイに、時間があるのなら…)
お茶とお菓子でおもてなしして、それから帰って貰う筈。
時間が無いなら、「学校で召し上がって下さいね」と、お菓子のお土産。
(うん、きっと…)
そんな感じで、「ハーレイ」との仲が始まるのだろう。
いつの間にやら、「特別」になって。
「あいつ、しょっちゅう倒れるからな」と、ハーレイが気を配ってくれるようになって。
(そうなったら、家まで送ってくれる日も増えて…)
何度も家までやって来る内に、ハーレイはすっかり、父や母とも顔馴染み。
一人暮らしをしていることも、その内に伝わるだろうから…。
(週末とかに、食事においでになりませんか、って…)
両親が招いて、和やかに囲む夕食の席。
きっと自分も、心が弾むことだろう。
「今日は、ハーレイ先生が来てくれるんだよ」と、朝からはしゃいで。
夕食のメニューは何になるのか、母に何度も尋ねたりして。
(恋だと思っていないから…)
ハーレイの方も、今と違って、家に招いてくれると思う。
「今度は、お前が遊びに来ないか?」と、「俺も、料理には自信があるんだ」と。
(家に行けるし、柔道部の試合を見に行ってもいいし…)
きっとドライブにも行けるんだよね、と緩んだ頬。
「今のぼくだと、そんなの、許して貰えないけど」と、「楽しそうだよ」と。
互いに恋だと気が付かないから、結婚出来るまでに、何年かかってしまうのかは…。
(…ホントに謎で、二百年くらいかかるかもだけど…)
きっと、ハーレイに恋をするよね、と大きく頷く。
「だって、一目惚れしちゃうんだから」と。
前の自分の記憶が消えても、きっとハーレイに恋をする。
それが恋だと気が付かないまま、長い時が流れてしまったとしても。
結婚式を挙げる日がやって来るまで、何百年もかかってしまう恋でも…。
記憶が消えちゃったら・了
※前の自分の記憶が消えたら、ハーレイ先生とはどうなるんだろう、と想像してみたブルー君。
記憶が消えても、やっぱり一目惚れしそうな感じ。恋だと気付くまでが長いですけどねv
(俺はあいつに一目惚れで、だな…)
出会った途端に恋に落ちたんだ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(ああなるとは、思いもしなかったよなあ…)
それまでの俺の人生ではな、と可笑しくなる。
学校の教室で初めて出会ったその瞬間に、教え子に恋をするなんて。
しかも女の子とは全く違って、男の生徒だっただなんて。
(ついでに、たったの十四歳のチビで…)
同い年の子よりもチビだと来たぞ、と考えるほどに笑い出しそうになる。
(こうなるんだぞ、と一年ほど前の俺に言ったって…)
絶対、信じやしないだろうな、と一年前の自分を振り返って。
もっと年齢を遡ってゆけば、ますます「信じない」自分がいそう。
将来はプロの選手になるかも、と自分も周りも思っていた学生時代とか。
(お前は将来、チビの男の子に一目惚れして…)
そいつが育つのを、じっと待つんだ、と言おうものなら、「自分」は笑い出すだろう。
「まさか」と、「そんな馬鹿なことが」と。
「俺は将来、うんと美人の嫁さんを貰う予定だしな?」などと。
なにしろ、前の生とは違って、若かった頃は、よくモテた。
彼女なんかは選び放題、そう言えるくらい、ファンの女性も多かったけれど…。
(…何故だか、誰もピンと来なくて…)
付き合おうとさえしなかった。
教師の仕事に就いてからでも、機会は何度もあったのに…。
(今の年まで独り身で来て、あいつに一目惚れをして…)
あいつしか目に入らないのが今なんだよな、と不思議だけれども、それは運命。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
生まれ変わって再び巡り会えるくらいに、深い絆があったから。
チビのブルーが、聖痕を持って生まれたように。
その聖痕を目にした自分も、前の生の記憶が戻ったように。
全ては、其処から始まった恋。
前の生での記憶が戻って、チビのブルーに恋をした。
「あいつなんだ」と、気が付いたから。
失くしてしまった愛おしい人が、チビの姿で帰って来た、と。
(…そんなわけだから、昔の俺に言ったって…)
信じる筈が無いんだよな、と苦笑する。
いくら「キャプテン・ハーレイ」に似ていようとも、自分でも他人だと思っていたから。
「生まれ変わりか?」と尋ねられる度、「赤の他人だ」と答えた自分。
ところが、記憶が戻ってみれば…。
(俺はキャプテン・ハーレイだった上に、ソルジャー・ブルーが恋人だったと来たもんだ)
いったい誰が気付くというんだ、と思う、前の生での自分の恋。
時の彼方で隠し通して、死ぬまで黙っていたものだから…。
(研究者たちにも見抜けないままで、今の時代も、誰も知らないままなんだよな)
キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの関係は、とクックッと笑う。
「そんな恋では、記憶が戻って来ない限りは、俺にも分からん」と。
(…そうやって、あいつに恋しちまって…)
今ではチビのブルーにぞっこん、そういう自分が此処にいる。
ブルーに会えずに終わった今日という日を、とても残念に思う自分が。
「明日は、あいつに会えるといいな」と、心の底から願う男が。
(…前の俺の記憶が、運んで来た恋というヤツか…)
そして運命の恋なんだよな、とコーヒーを傾けたはずみに、掠めた考え。
「記憶が消えたら、どうなるんだ?」と。
前の自分だった頃の記憶が、すっかり消えてしまったならば。
(……いや、有り得ないことなんだが……)
神様がいらっしゃるんだからな、と首を左右に振って、即座に打ち消す。
自分もブルーも、記憶が消えることなどは無い、と。
ブルーが神から貰った聖痕、それが起こした素晴らしい奇跡。
青く蘇った水の星の上で、幸せに生きてゆくために。
前の生では叶わなかった幾つもの夢を、二人で叶えてゆけるように、と。
だから記憶は消えはしないし、消える筈など無いのだけれど…。
(…もしも消えたら、どうなるだろうな?)
せっかくだから、ちょいと想像してみるか、と心の中に生まれた余裕。
「有り得ないしな」と確信しているからこそ、「もしも」の世界を覗いてみたい。
聖痕を目にして戻った記憶が、自分の中から失われたら、と。
そうなったならば何が起こるか、どんな具合になるのだろうか、と。
(…俺の記憶が消えるってことは、あいつの記憶も…)
恐らく同時に、ブルーの中から消えてしまうに違いない。
互いに一目惚れだけれども、その恋をブルーに運んだ記憶が。
(……ということは、消えた途端に、あいつとの恋も……)
消えてしまって、他人同士になるということ。
前の生から続いた絆が、記憶と一緒に消えてしまうから。
自分は「ただのハーレイ」になって、ブルーも「ただのブルー」になって。
(そうなったら、教師と教え子だよなあ?)
聖痕とか、守り役とかも無しになるんだ、という考えは、多分、正しいだろう。
記憶が消えてしまうとなったら、神が起こした奇跡も消える。
チビのブルーと「出会った」現実、それは消えてはしまわなくても。
今の学校の教師と教え子、その関係は残っていても。
(…ただのハーレイ先生、ってことか…)
あいつから見た今の俺はな、と顎に当てた手。
「でもって、あいつも、俺から見れば、生徒の一人になるってことだ」と。
柔道部員などではないから、本当に「ただの生徒」の一人。
そういうブルーを、記憶が消えてしまった自分は、どう見るだろう、と。
(……さてな?)
可愛い子なのは確かなんだが、とチビのブルーの顔立ちを思う。
小さなソルジャー・ブルーそのもの、赤い瞳のアルビノも印象的だけれども…。
(…ただそれだけのことだよなあ?)
惹かれる理由は何も無いぞ、とマグカップの縁を指でカチンと弾いた。
「確かに人目を惹く顔なんだが、だからって、惚れるわけがないよな」と。
そう、顔だけで惚れはしないから、ピンとくる女性もいなかった。
だから「ブルー」でも同じことだし、一目惚れなどするわけがない、と。
その上、チビのブルーの場合は、可愛い顔でも「男の子」。
「惚れはしないな」と思ったけれども、其処で蘇った、遥かな時の彼方の記憶。
(…今、考えてる設定の場合、前の俺の記憶は無しなんだが…)
消えちまってるわけなんだしな、と頷きはしても、それとこれとは別件だ、と思うこと。
時の彼方で、前のブルーと初めて顔を合わせた時に…。
(……俺は、一目惚れしちまったんだ……)
自分じゃ気付いていなかったがな、と後になってから分かった事実。
「あの瞬間から、あいつは、俺の特別だった」と。
だからこそ、最初から息が合ったし、アルタミラの地獄で、大勢の仲間を助けられた、と。
(…ということはだ、俺の記憶が消えちまっても…)
もう一度、そいつが起こりそうだぞ、という気がする。
自分も、ブルーも、前の生の記憶が無くなっても。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな二人になったとしても。
(…何故だか、あいつが気になっちまって…)
何かと世話を焼きそうだよな、と想像の翼が広がってゆく。
今のブルーも身体が弱くて、直ぐに具合が悪くなったりするものだから…。
(大丈夫か、って、顔を合わせる度に尋ねるかもなあ…)
柔道部の部員じゃなくっても、と思うくらいに、今の自分も面倒見がいい。
もうキャプテンではないというのに、何かと周囲に気を配って。
同僚だろうと、生徒だろうと、分け隔てなく。
(だから、あいつの具合が悪けりゃ…)
時間さえあれば、車で家まで送るのだろう。
「ちょっと待ってろ」と、「俺が送ってやるから」と。
保健室に行く途中のブルーを、見掛けたりしたら。
付き添っている保健委員の生徒を、「俺がついてくから、帰っていいぞ」と教室に帰して。
(…放っておけずに、そうやってだな…)
何度も家まで送る間に、いつの間にか、恋をしていそう。
自分でもそれと気付かないまま、「ブルー」が特別な存在になって。
学校に行く度、ついつい、ブルーを探してしまう。
ブルーのクラスでの授業が無くても、廊下や、中庭や、グラウンドなどで。
(…恋だと気付いちゃいないんだがな…)
そいつを一目惚れと言うんだ、と前の自分の記憶と重ねる。
恋だと全く気付かないまま、長い年月、とても大切な友人なのだと思い込んでいた。
「ブルー」を誰より大事に思って、特別に扱っていたというのに。
後から振り返って考えてみれば、確かに一目惚れだったのに。
(今の俺だって、記憶が消えたら…)
そのコースでブルーに恋をするんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな関係になってしまっても。
前の生での記憶が消えても、二人とも忘れてしまっていても。
(…あいつの方でも、一目惚れだったと聞いてるしな?)
やはり自覚は無かったようだが、と時の彼方でのブルーの言葉を思い出す。
「ハーレイは最初から、ぼくの特別だったんだよ」と、何度も語っていた人を。
前のブルーも、恋だと気付いていなかったけれど、同じに一目惚れだったという。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その場で恋に落ちていたのだ、と。
(つまり、今のあいつも、記憶が消えても…)
ただの「先生」になってしまった「ハーレイ」、面倒見のいい教師に惚れるのだろう。
自分では、恋だと思いもせずに。
とても優しい「ハーレイ先生」、担任でも無いのに、気のいい教師に。
(…身体が弱いから、心配をしてくれるんだ、って…)
ブルーは思って、疑いもせずに、無防備に甘えてくるのだろう。
車で家まで送ってやったり、保健室まで背負って行ったりする度に。
「ごめんなさい、先生…」と申し訳なさそうに言いはしたって、断りはせずに。
(俺の方でも、せっせとブルーの世話を焼いて、だ…)
ブルーの家へと通う間に、ブルーの家族とも顔馴染み。
最初の間は、お茶を出して貰っていた程度なのに、いつの間にやら、夕食の誘い。
一人暮らしだと分かっているから、「今日は夕食を御一緒に」と。
そしてブルーも大喜びで、楽しい夕食になるのだろう。
何度も夕食に招いて貰って、その内に、休日なんかにも…。
(食事にいらっしゃいませんか、と…)
誘われて、まるで家族の一員。
記憶が消える前の自分が、そうして過ごしていたのと同じに。
(…そうなるんだろうなあ…)
恋だと気付くのに、うんと時間はかかりそうだが、と思うけれども、一目惚れ。
いつか互いに恋だと知るまで、ゆっくりと時が流れるのだろう。
前の生での記憶が消えても、きっと二人の行く道は同じ。
自分は、ブルーに恋をするから。
ブルーの方でも、きっと「ハーレイ」に恋をするから…。
記憶が消えたら・了
※もしも前の生での記憶が消えてしまったら、と想像してみたハーレイ先生。どうなるか、と。
結果は、きっと前の生での恋と同じで、また一目惚れ。記憶が消えても、運命の恋v
出会った途端に恋に落ちたんだ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(ああなるとは、思いもしなかったよなあ…)
それまでの俺の人生ではな、と可笑しくなる。
学校の教室で初めて出会ったその瞬間に、教え子に恋をするなんて。
しかも女の子とは全く違って、男の生徒だっただなんて。
(ついでに、たったの十四歳のチビで…)
同い年の子よりもチビだと来たぞ、と考えるほどに笑い出しそうになる。
(こうなるんだぞ、と一年ほど前の俺に言ったって…)
絶対、信じやしないだろうな、と一年前の自分を振り返って。
もっと年齢を遡ってゆけば、ますます「信じない」自分がいそう。
将来はプロの選手になるかも、と自分も周りも思っていた学生時代とか。
(お前は将来、チビの男の子に一目惚れして…)
そいつが育つのを、じっと待つんだ、と言おうものなら、「自分」は笑い出すだろう。
「まさか」と、「そんな馬鹿なことが」と。
「俺は将来、うんと美人の嫁さんを貰う予定だしな?」などと。
なにしろ、前の生とは違って、若かった頃は、よくモテた。
彼女なんかは選び放題、そう言えるくらい、ファンの女性も多かったけれど…。
(…何故だか、誰もピンと来なくて…)
付き合おうとさえしなかった。
教師の仕事に就いてからでも、機会は何度もあったのに…。
(今の年まで独り身で来て、あいつに一目惚れをして…)
あいつしか目に入らないのが今なんだよな、と不思議だけれども、それは運命。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
生まれ変わって再び巡り会えるくらいに、深い絆があったから。
チビのブルーが、聖痕を持って生まれたように。
その聖痕を目にした自分も、前の生の記憶が戻ったように。
全ては、其処から始まった恋。
前の生での記憶が戻って、チビのブルーに恋をした。
「あいつなんだ」と、気が付いたから。
失くしてしまった愛おしい人が、チビの姿で帰って来た、と。
(…そんなわけだから、昔の俺に言ったって…)
信じる筈が無いんだよな、と苦笑する。
いくら「キャプテン・ハーレイ」に似ていようとも、自分でも他人だと思っていたから。
「生まれ変わりか?」と尋ねられる度、「赤の他人だ」と答えた自分。
ところが、記憶が戻ってみれば…。
(俺はキャプテン・ハーレイだった上に、ソルジャー・ブルーが恋人だったと来たもんだ)
いったい誰が気付くというんだ、と思う、前の生での自分の恋。
時の彼方で隠し通して、死ぬまで黙っていたものだから…。
(研究者たちにも見抜けないままで、今の時代も、誰も知らないままなんだよな)
キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの関係は、とクックッと笑う。
「そんな恋では、記憶が戻って来ない限りは、俺にも分からん」と。
(…そうやって、あいつに恋しちまって…)
今ではチビのブルーにぞっこん、そういう自分が此処にいる。
ブルーに会えずに終わった今日という日を、とても残念に思う自分が。
「明日は、あいつに会えるといいな」と、心の底から願う男が。
(…前の俺の記憶が、運んで来た恋というヤツか…)
そして運命の恋なんだよな、とコーヒーを傾けたはずみに、掠めた考え。
「記憶が消えたら、どうなるんだ?」と。
前の自分だった頃の記憶が、すっかり消えてしまったならば。
(……いや、有り得ないことなんだが……)
神様がいらっしゃるんだからな、と首を左右に振って、即座に打ち消す。
自分もブルーも、記憶が消えることなどは無い、と。
ブルーが神から貰った聖痕、それが起こした素晴らしい奇跡。
青く蘇った水の星の上で、幸せに生きてゆくために。
前の生では叶わなかった幾つもの夢を、二人で叶えてゆけるように、と。
だから記憶は消えはしないし、消える筈など無いのだけれど…。
(…もしも消えたら、どうなるだろうな?)
せっかくだから、ちょいと想像してみるか、と心の中に生まれた余裕。
「有り得ないしな」と確信しているからこそ、「もしも」の世界を覗いてみたい。
聖痕を目にして戻った記憶が、自分の中から失われたら、と。
そうなったならば何が起こるか、どんな具合になるのだろうか、と。
(…俺の記憶が消えるってことは、あいつの記憶も…)
恐らく同時に、ブルーの中から消えてしまうに違いない。
互いに一目惚れだけれども、その恋をブルーに運んだ記憶が。
(……ということは、消えた途端に、あいつとの恋も……)
消えてしまって、他人同士になるということ。
前の生から続いた絆が、記憶と一緒に消えてしまうから。
自分は「ただのハーレイ」になって、ブルーも「ただのブルー」になって。
(そうなったら、教師と教え子だよなあ?)
聖痕とか、守り役とかも無しになるんだ、という考えは、多分、正しいだろう。
記憶が消えてしまうとなったら、神が起こした奇跡も消える。
チビのブルーと「出会った」現実、それは消えてはしまわなくても。
今の学校の教師と教え子、その関係は残っていても。
(…ただのハーレイ先生、ってことか…)
あいつから見た今の俺はな、と顎に当てた手。
「でもって、あいつも、俺から見れば、生徒の一人になるってことだ」と。
柔道部員などではないから、本当に「ただの生徒」の一人。
そういうブルーを、記憶が消えてしまった自分は、どう見るだろう、と。
(……さてな?)
可愛い子なのは確かなんだが、とチビのブルーの顔立ちを思う。
小さなソルジャー・ブルーそのもの、赤い瞳のアルビノも印象的だけれども…。
(…ただそれだけのことだよなあ?)
惹かれる理由は何も無いぞ、とマグカップの縁を指でカチンと弾いた。
「確かに人目を惹く顔なんだが、だからって、惚れるわけがないよな」と。
そう、顔だけで惚れはしないから、ピンとくる女性もいなかった。
だから「ブルー」でも同じことだし、一目惚れなどするわけがない、と。
その上、チビのブルーの場合は、可愛い顔でも「男の子」。
「惚れはしないな」と思ったけれども、其処で蘇った、遥かな時の彼方の記憶。
(…今、考えてる設定の場合、前の俺の記憶は無しなんだが…)
消えちまってるわけなんだしな、と頷きはしても、それとこれとは別件だ、と思うこと。
時の彼方で、前のブルーと初めて顔を合わせた時に…。
(……俺は、一目惚れしちまったんだ……)
自分じゃ気付いていなかったがな、と後になってから分かった事実。
「あの瞬間から、あいつは、俺の特別だった」と。
だからこそ、最初から息が合ったし、アルタミラの地獄で、大勢の仲間を助けられた、と。
(…ということはだ、俺の記憶が消えちまっても…)
もう一度、そいつが起こりそうだぞ、という気がする。
自分も、ブルーも、前の生の記憶が無くなっても。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな二人になったとしても。
(…何故だか、あいつが気になっちまって…)
何かと世話を焼きそうだよな、と想像の翼が広がってゆく。
今のブルーも身体が弱くて、直ぐに具合が悪くなったりするものだから…。
(大丈夫か、って、顔を合わせる度に尋ねるかもなあ…)
柔道部の部員じゃなくっても、と思うくらいに、今の自分も面倒見がいい。
もうキャプテンではないというのに、何かと周囲に気を配って。
同僚だろうと、生徒だろうと、分け隔てなく。
(だから、あいつの具合が悪けりゃ…)
時間さえあれば、車で家まで送るのだろう。
「ちょっと待ってろ」と、「俺が送ってやるから」と。
保健室に行く途中のブルーを、見掛けたりしたら。
付き添っている保健委員の生徒を、「俺がついてくから、帰っていいぞ」と教室に帰して。
(…放っておけずに、そうやってだな…)
何度も家まで送る間に、いつの間にか、恋をしていそう。
自分でもそれと気付かないまま、「ブルー」が特別な存在になって。
学校に行く度、ついつい、ブルーを探してしまう。
ブルーのクラスでの授業が無くても、廊下や、中庭や、グラウンドなどで。
(…恋だと気付いちゃいないんだがな…)
そいつを一目惚れと言うんだ、と前の自分の記憶と重ねる。
恋だと全く気付かないまま、長い年月、とても大切な友人なのだと思い込んでいた。
「ブルー」を誰より大事に思って、特別に扱っていたというのに。
後から振り返って考えてみれば、確かに一目惚れだったのに。
(今の俺だって、記憶が消えたら…)
そのコースでブルーに恋をするんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな関係になってしまっても。
前の生での記憶が消えても、二人とも忘れてしまっていても。
(…あいつの方でも、一目惚れだったと聞いてるしな?)
やはり自覚は無かったようだが、と時の彼方でのブルーの言葉を思い出す。
「ハーレイは最初から、ぼくの特別だったんだよ」と、何度も語っていた人を。
前のブルーも、恋だと気付いていなかったけれど、同じに一目惚れだったという。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その場で恋に落ちていたのだ、と。
(つまり、今のあいつも、記憶が消えても…)
ただの「先生」になってしまった「ハーレイ」、面倒見のいい教師に惚れるのだろう。
自分では、恋だと思いもせずに。
とても優しい「ハーレイ先生」、担任でも無いのに、気のいい教師に。
(…身体が弱いから、心配をしてくれるんだ、って…)
ブルーは思って、疑いもせずに、無防備に甘えてくるのだろう。
車で家まで送ってやったり、保健室まで背負って行ったりする度に。
「ごめんなさい、先生…」と申し訳なさそうに言いはしたって、断りはせずに。
(俺の方でも、せっせとブルーの世話を焼いて、だ…)
ブルーの家へと通う間に、ブルーの家族とも顔馴染み。
最初の間は、お茶を出して貰っていた程度なのに、いつの間にやら、夕食の誘い。
一人暮らしだと分かっているから、「今日は夕食を御一緒に」と。
そしてブルーも大喜びで、楽しい夕食になるのだろう。
何度も夕食に招いて貰って、その内に、休日なんかにも…。
(食事にいらっしゃいませんか、と…)
誘われて、まるで家族の一員。
記憶が消える前の自分が、そうして過ごしていたのと同じに。
(…そうなるんだろうなあ…)
恋だと気付くのに、うんと時間はかかりそうだが、と思うけれども、一目惚れ。
いつか互いに恋だと知るまで、ゆっくりと時が流れるのだろう。
前の生での記憶が消えても、きっと二人の行く道は同じ。
自分は、ブルーに恋をするから。
ブルーの方でも、きっと「ハーレイ」に恋をするから…。
記憶が消えたら・了
※もしも前の生での記憶が消えてしまったら、と想像してみたハーレイ先生。どうなるか、と。
結果は、きっと前の生での恋と同じで、また一目惚れ。記憶が消えても、運命の恋v
