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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(あいつと、デート出来るのは…)
 まだまだ当分先なんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(なんと言っても、チビなんだし…)
 十四歳の子供なんだぞ、と頭に描いた恋人。
 チビのブルーは自分の教え子、とはいえ、誰よりも大切な人。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
 青い地球の上に生まれ変わって、再び巡り会えたから。
(あいつが、前の通りの姿だったら…)
 とうの昔に、デートに誘っていただろう。
 再会を遂げたその日の間に、約束を交わしていたかもしれない。
 ブルーが聖痕のショックで病院に運ばれ、ベッドに横たわっていようとも。
(青白い顔をしてたとしたって、ブルーは、きっと…)
 幸せそうな笑みを湛えて、チビのブルーと同じ言葉を言っただろう。
 「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
(それを聞いたら…)
 横たわるブルーの手を握らずにはいられない。
 ブルーが「ただいま」と口にする時は、周りには、誰も…。
(いない筈だしな?)
 両親も医者も、と確信に満ちた思いがある。
 チビのブルーでさえ、「ただいま」を言う前に、両親を遠ざけたのだから。
 「ハーレイと、二人きりにして欲しい」と、不審がられないよう、自然な言葉で。
 もっと育ったブルーだったら、当然、それをするだろう。
 だから、ブルーの手を握っても…。
(見てるヤツは、誰もいないってことで…)
 二人きりになれたついでに、デートの約束をしたっていい。
 そうしておいたら、心置きなく、二人きりでゆっくり話が出来る。
 二人で何処かへデートに出掛けて、再会出来た喜びを噛み締めながら。


 ブルーが大きく育っていたなら、恐らくは、そうなっただろう。
 出会ったその日に、病院の部屋で約束をして。
 「お前、空いてる日はいつなんだ?」とブルーに確かめ、自分も手帳を確認する。
 学校の用事が入っていないか、柔道部の試合などは無いか、と。
 そうして互いの予定を合わせて、何日か後に待ち合わせ。
 車で迎えに行くとしたなら、そのままドライブに行けるけれども…。
(…チビのあいつじゃ、どうにもこうにも…)
 ならないんだよな、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
 「俺が自分で決めたことだが」と、「家にも呼ばないわけなんだが」と。
 出会って間もなく決めた約束。
 チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、唇へのキスは贈らない。
 家に遊びに来るのも禁止で、もちろん、デートをするなど、論外。
 それは重々、承知していても、考えるくらいはいいだろう。
 「もしも、あいつとデート出来るなら」と、ほんの少しの間だけ。
 けしからぬことをしようという目的で、デートに誘おうという企みではないのだから。
(…うんと健全に…)
 十四歳のチビに合わせたヤツで、と夢を見てみることにした。
 どんなデートになるのだろうかと、場所や、ブルーの反応やらを。
(今のあいつを誘うなら…)
 まずは、ブルーの両親も許してくれる場所。
 「行ってらっしゃい」と、笑顔で見送ってくれる行き先を選ぶ。
 遊園地あたりが無難だろうか、チビのブルーを連れてゆくのなら。
(ドライブもいいが、最初のデートとなると、やっぱり…)
 子供が喜ぶトコがいいよな、と思うものだから、遊園地。
 チビのブルーは、ドライブも喜びそうだけれども、またの機会にしておいて。
(遊園地までは、俺の車で行くんだし…)
 ドライブ気分も、ちょっぴり味わえる筈。
 遊園地までは、最短コースで走る必要は無いのだから。
 ほんの僅かに回り道すれば、景色のいい所を走れるから。


(よし…!)
 遊園地ってことで、と決めたデートの行き先。
 チビのブルーに、「今度、遊園地に行かないか?」と尋ねる所から、初めてのデート。
 大きく育ったブルーと違って、チビのブルーの場合は、其処からのスタート。
 ブルーの家に何度も通って、両親とも、すっかり馴染んだ後で。
(でないと、お許し、出そうにないしな?)
 俺という人物に信用が無いと…、と苦笑する。
 いくら学校の教師といえども、ブルーの両親の目から見たなら、立派な他人。
 「前世は、キャプテン・ハーレイでした」と明かしても、何の信用も無い。
 歴史の上では英雄とはいえ、どんな人間かは分からないから。
 英雄に相応しい人物だったか、伝わる通りの人柄だったか、誰も保証はしてくれない。
(…つまり、信用ってヤツを、一から築いていかないと…)
 大事な一人息子のブルーを、任せてくれはしないだろう。
 今の自分がそうであるように、家族同様の付き合いをして貰えるようにならないと。
(出会って直ぐに、デートってのは…)
 無理なんだよな、と額を軽くトントンと叩く。
 「なんたって、俺はオジサンだから」と、「ブルーとは、年も違い過ぎだ」と。
 オジサンの自分が、ブルーを遊園地に連れてゆくとなったら、両親は恐縮しそうな感じ。
 「ブルーが無理を言ったのでは」と、「お休みの日に、申し訳ありません」と。
 本当の所は、誘ったのは「ハーレイ」の方なのに。
 今の生でも身体が弱いブルーを、遊園地などに連れてゆこう、と。
(…ブルーは、大喜びで「行く!」なんだろうが…)
 両親の方は、気が気ではないことだろう。
 「息子が、御迷惑をお掛けするのでは」と、「車に酔うとか、気分が悪くなるだとか」と。
 そういう事態は、ちゃんと織り込み済みなのに。
 ブルーを誘おうと決めた時点で、当日になって駄目になるのも、覚悟しているのに。
(…迎えに行ったら、寝込んでいたとか…)
 ありそうだしな、と思うけれども、そうなった時は、ブルーの両親は平謝りかもしれない。
 ガレージに車を入れた途端に、二人揃って飛んで来て。
 「ハーレイ先生、すみません」と頭を下げて、「ブルーは出られないんです」と。
 こちらは全く構わないのに、息子の具合が悪くなったことを、ひたすらに詫びて。


(…そうなっちまったら、そうなった時で…)
 ブルーの部屋に通して貰って、ガッカリしているブルーを見舞う。
 「遊園地は、また今度にしような」と、「今日は眠って、しっかり治せよ」と。
 それでも少しも気にしないけれど、デートが駄目になるよりは…。
(行ける方が、いいに決まってるってな!)
 あいつと初めてのデートなんだぞ、と気持ちをそちらに切り替える。
 チビのブルーを愛車の助手席に乗せて、遊園地に向かって出発しよう、と。
 濃い緑色をしている車は、ブルーと二人で乗ってゆくための「シャングリラ」。
 助手席に座ったチビのブルーに、「シャングリラだぞ」と説明してやる。
 「俺たちのためだけにある、シャングリラなんだ」と、「白くないけどな」と。
(そしたら、あいつは…)
 顔を輝かせて、ハンドルを握る「ハーレイ」を見詰めてくるのだろう。
 「ハーレイの運転なら、安心だよね」と、「だって、キャプテンなんだもの」と。
(シャングリラ、発進! …ってな)
 そう言って走り出してやろうか、青い地球の上を走る「シャングリラ」で。
 飛べないけれども、ブルーと二人で乗ってゆくには、充分な「船」で。
(地球に来たんだ、って気持ちになれる所を走って…)
 遊園地の駐車場に着いたら、ブルーと一緒にゲートまで歩く。
 これが育ったブルーだったなら、手を繋いで歩いてゆきたいけれど…。
(チビのあいつだと、お父さんと息子みたいにしか…)
 見えないような気がするんだよな、と頭をカリカリと掻いた。
 「そいつは御免蒙りたいぞ」と、「手を繋ぐのは、あいつが育ってからだな」と。
 そうは思っても、ブルーの方では、どんな気持ちでいるかは謎。
 「デートに来たんだ」と浮かれているから、あちらから手を差し出して…。
(手を繋ごうよ、ってキュッと握られたら…)
 仕方ないな、とクックッと笑う。
 傍目には親子にしか見えていなくても、チビのブルーはカップルのつもり。
 手を繋ぐどころか、腕を組もうとする可能性も充分にある。
 「だって、恋人同士じゃない」と、「今日はデートに来てるんだよ」と。
 デートなら手を繋いで歩くか、腕を組んで歩くものなんだから、と。


 実際、カップルで恋人同士。
 ブルーは間違っていないのだから、親子に見えても、甘んじておこう。
 チケットを買う時も、係員に勘違いされていたって。
(でもって、中に入った後も…)
 息子を連れて遊園地に来た、「優しいお父さん」だと皆に思われる「自分」。
 デートに来たとは、誰も分かってくれなさそう。
(乗り物の順番待ちをしたって、何か食べようと店に入ったって…)
 お父さんと息子なのだけれども、それでもいい。
 チビのブルーとデート出来るなら、間違えられたままの一日でも。
(まあ、保護者には違いないんだし…)
 学校じゃ、親を保護者と呼ぶぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「お父さんでも、いいじゃないか」と、「ブルーは膨れそうだがな」と。
 そう、子供扱いされるブルーの心は、不満一杯になるだろう。
 「違うよ」と、「ぼくは恋人なのに」と、何度も何度も膨れっ面。
 「みんな、酷いよ」と、「なんで、そういうことになるの?」と、自分の姿は棚に上げて。
(お前がチビだからじゃないか、と言ってやったら…)
 「チビじゃないよ!」とプンスカ怒って、「あれに乗るよ」と言い出すだろうか。
 立派な大人でも悲鳴を上げる、絶叫マシン。
 チビのブルーには、どう考えても向いていそうにない乗り物。
(…前のあいつなら、絶叫マシンなんて代物は…)
 子供だましの遊具だけれども、チビのブルーは、そうではない。
 「お化けが怖い」と言い出すくらいに、見た目通りの弱虫で、子供。
(絶叫マシンなんぞに、乗ろうモンなら…)
 たちまち悲鳴で、乗り込んだことを後悔するのに違いない。
 「助けて!」と叫んで、「停めて」と悲鳴で、後は言葉にならなくて…。
(お約束通り、キャーキャーと…)
 騒ぐのが目に見えているけれど、「乗る」と言い張るのを止めるような真似は…。
(しないぞ、俺は)
 面白いしな、と笑いを堪える。
 「チビのあいつと、デートなんだから」と、「チビならではだ」と。
 育った後のブルーだったら、ちゃんと恋人同士に見えるし、絶叫マシンには挑まないから。


(あいつが大きくなっていたなら…)
 絶叫マシンに乗るとしたって、意地で挑むというのではない。
 「あれ、怖いかな?」などと躊躇った末に、「ハーレイと一緒なら」と乗る程度。
 二人だったら怖くないから、と頬を赤らめて。
 「ハーレイが隣にいるんだものね」と、「でも、怖がっても笑わないでよ?」と。
(…やっぱり、チビのあいつでしか…)
 出来ないデートがあるんだよな、と気付かされたから、想像の翼は更に広がる。
 「チビのあいつと、デート出来るなら」と。
 「遊園地でも、充分、楽しめそうだ」と、「次に乗るのは、何にするかな」と…。



           デート出来るなら・了


※チビのブルー君とデート出来るなら、どんな具合だろう、と想像してみたハーレイ先生。
 大きく育った後のブルーとは、違った楽しみが色々ありそう。絶叫マシンもいいですよねv









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(…シャングリラかあ…)
 何処にも残っていないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 白いシャングリラ、ミュウの箱舟だった船。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が長く暮らした宇宙船。
 その船と仲間たちの命を守って、前の自分は宇宙に散った。
(……思い出すと、やっぱり怖いんだけどね…)
 メギドのことだけは今も怖いよ、と肩を震わせて、右手をキュッと握り締める。
 「大丈夫、ぼくは此処にいるから」と。
 今の自分は、青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイだっているのだから。
(そう、ハーレイもいるんだから…)
 あの船が今も何処かにあったら良かったのに、と思考を元の所へ戻す。
 「もう一度、あの船に会いたいよ」と、「ハーレイと見に行きたいのにな」と。
 シャングリラは、もう何処を探しても、残ってはいない。
 トォニィが解体を決めてしまって、直ぐに実行されたから。
(…船体の一部の金属は、今も大事に残されていて…)
 加工されて、結婚指輪になるらしい。
 一年に一度だけ、抽選があって、希望するカップルが手に入れられる。
(ぼくも、ハーレイと結婚する時は…)
 もちろん申し込むのだけれども、当たるかどうかは分からない。
 それに、当たっても、船体に使われていた金属なだけで…。
(シャングリラが見られるわけじゃないしね…)
 思い出が手に入るだけ、と少し寂しい。
 他にシャングリラの名残りと言ったら、船で育てていた植物たち。
 解体する時、アルテメシアの公園に移植されたから…。
(アルテメシアで見られるけれども、そっちも代替わりしちゃっているし…)
 第一、植物だけなんだし、と零れる溜息。
 「船は何処にも残ってないよ」と、「行きたくても、もう無いんだから」と。


 シャングリラが今も残っていたなら、人気絶大だっただろう。
 見学するにも、予約で抽選かもしれない。
(だけど、それでも…)
 当たるまで、申し込むんだもんね、と思うくらいに懐かしい船。
 前のハーレイと暮らした船だし、世界の全てでもあった。
 燃えるアルタミラを脱出したのも、改造前の「シャングリラ」だから。
(今もあったら、シャングリラを見に行ける星は…)
 間違いなく、この地球だと思う。
 白いシャングリラと縁が深いのは、雲海の星のアルテメシアでも。
 あの星にいた時間が、いくら一番長いと言っても、目指した星は地球だから。
 青い水の星が蘇ったのなら、其処に置こうとするだろうから。
(…植物が移植されてる、「シャングリラの森」っていうのは…)
 その当時の地球は、まだ蘇る前の段階だったから、そうなっただけ。
 SD体制が崩壊した時、燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
 それには長い時間がかかって、トォニィの時代には、今の姿には戻らなかった。
(そんな星には、植物は移植出来ないし…)
 アルテメシアが選ばれただけで、記念墓地だって、同じ理由でアルテメシアに作られた。
 どちらも、其処に落ち着いたから、地球には移されなかったけれど…。
(シャングリラだったら、宇宙船なんだし…)
 地球が青い星に戻ったならば、運んで来ようとするだろう。
 その時のために、メンテナンスも欠かすことなく、船を維持しているだろうから。
(…運んで来るなら、絶対、ぼくとハーレイが…)
 苦労しないで行ける此処だよ、と今の自分が暮らす地域を思う。
 人間が地球しか知らなかった頃には、「日本」という島国が在った場所。
 その島は、とうに無いのだけれども、今も「日本」を名乗っている。
 有難いことに、その「日本」には…。
(前のハーレイが作った、木彫りのウサギ…)
 本当はナキネズミだったのだけれど、それを所蔵する博物館がある。
 宇宙遺産になった「ウサギ」が、この地域で保管されているくらいだから…。


(シャングリラだって、きっと…)
 今の自分が暮らす地域に、やって来るのに違いない。
 此処が選ばれ、アルテメシアから、もう一度、地球まで旅をして来て。
 今度は平和な青い地球まで、平穏無事に宇宙を渡って。
(今のぼくとハーレイが、生まれて来るより、ずっと前から…)
 白いシャングリラは此処で保存され、人気を博していることだろう。
 もしかしたら、記憶が戻って来るよりも前に…。
(ぼくも、ハーレイも、シャングリラを見に…)
 出掛けたことがあるかもしれない。
 中の見学は抽選だとしても、船体ならば自由に見られる。
 とても大きな船だったのだし、近くまで行けば、誰だって…。
(あの船だよね、って指差して、見て…)
 船をバックに記念写真も撮れるだろう。
 「あの船が、ミュウの歴史の始まりの船」と、出会えた嬉しさを瞳に湛えて。
 抽選に当たって中を見られたら、もっと素敵な気分だろう、と夢を描いて。
(…もしも、抽選に当たるんだったら…)
 その幸運は、大切に取っておきたい。
 記憶が戻って来るよりも前に、知らずに使ってしまわないように。
 白いシャングリラの価値さえ知らない、幼かった頃に当たったのでは…。
(…パパやママと一緒に出掛けて、キョロキョロ眺めているだけで…)
 ろくに記憶に残らない上、幼い子供のことだから…。
(途中で疲れて、パパの背中に背負って貰って…)
 見て回る内に眠ってしまって、貴重なチャンスは、それでおしまい。
 その時に撮った写真が貼られた、アルバムを眺めては悔し涙で…。
(ハーレイと一緒に行きたかったよ、って…)
 何度も思うに違いないから、抽選に当たる運は「取っておく」。
 取っておくことが出来るなら。
 神様が許してくれるのだったら、いつか大きくなった時まで。
 ハーレイと二人で出掛けてゆける時が来るまで、使うことなく、大事にして。


 シャングリラが今も残っていたなら、この青い地球にあるのなら…。
(絶対、ハーレイと見に行くんだよ)
 行ってみたいな、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「もしも、あの船に行けたなら」と。
 今は宇宙の何処にも無い船、行きたくても行けない船だけれども。
(…この地球にあって、おまけに、ぼくが住んでる地域で…)
 シャングリラを見られる場所があるなら、きっと、それほど遠くはない。
 「木彫りのウサギ」を保管している博物館は、今の自分とハーレイが暮らす町にある。
 だからシャングリラも、そう遠くない所にあるだろう。
(木彫りのウサギは、宇宙遺産で…)
 五十年に一度、本物が公開される時には、長蛇の列が博物館を取り巻くほど。
 広い宇宙の遠い星から、わざわざ見に来る人だっている。
 それほど熱心な見学者ならば、シャングリラを見ずに帰ることなど…。
(絶対、したくない筈だしね?)
 普段はレプリカの「木彫りのウサギ」も、博物館の目玉の展示品。
 レプリカだって見に来る人は多くて、その人たちもシャングリラを見たいだろう。
(そういう人たちが、シャングリラを見に行きやすいように…)
 此処から近い場所が選ばれ、展示されるのは自然な成り行き。
 博物館の「木彫りのウサギ」と、シャングリラをセットで見られるように。
(大きい船だし、郊外の方に行かないと…)
 シャングリラの展示は無理だろうけれど、ハーレイの車なら充分、行けると思う。
 ちょっとドライブするほどの距離で。
 「今日は、シャングリラを見に行ってみるか」と、ハーレイが提案してくれて。
(抽選に当たっていなくても…)
 船体を見るのは自由なのだし、まずは二人で記念撮影。
 絶好の撮影スポットを調べて行って、同好の士にカメラのシャッターを押して貰って。
 とびきりの笑顔で二人並んで、あの懐かしい船を背景にして。
(撮ってくれた人に、記念撮影、お願いされちゃうかもね?)
 「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」なんだから、とクスクスと笑う。
 制服は着ていないけれども、見た目は瓜二つな自分たち。
 シャングリラを撮影したい人にとっては、格好の被写体になるだろうから。


 白いシャングリラが今もあったら、ハーレイとのドライブ先の定番。
 中の見学は予約で抽選だろうし、その申し込みも抜かりなく。
(外れちゃっても、諦めないで…)
 申し込む内に、当たる日は、きっとやって来る。
 それに、聖痕をくれた神様もついているのだから…。
(一度目で、ポンと当たっちゃうかも!)
 だったらいいな、と膨らむ夢。
 ハーレイと二人で出掛けてゆく船、時の彼方で暮らした船。
 「二人で、あの船に行けたなら」と。
 その幸運がやって来たなら、どんなに素敵な気分だろう、と。
(…前の晩から、ワクワクしちゃって…)
 眠れないかもね、という気がする。
 平和な時代に、またシャングリラに出会えるなんて。
 ソルジャーでもキャプテンでもない恋人同士で、あの船に行ける日が来るなんて。
(今の時代は、ぼくもハーレイも、前のぼくたちにそっくりなだけの…)
 ごくごく普通の一般人だし、シャングリラに行っても、ただの見学者。
 前の生で長く暮らしていたから、船の中には詳しいけれど。
 見学者のための説明なんかは、読まなくても充分、承知だけれど。
(でも、見学者が行く船なんだから…)
 前の自分たちは知らないルールが、シャングリラに出来ていることだろう。
 見学してゆくための順路や、立ち入り禁止の区域を示すロープやら。
(次はこちらへ、って矢印があって…)
 前の自分たちが馴染んだ場所の幾つかは、ロープ越しに見学するだけで…。
(入って行ったり、触ったりとかは…)
 出来ないかもね、と肩を竦める。
 前のハーレイが握った舵輪は、間違いなく、その一つだろう。
 誰も勝手に触れないよう、警備員まで立っているかもしれない。
 展示されている船になっても、シャングリラはまだ「生きている」から。
 設備の多くは現役なのだし、舵輪を下手に触ったならば…。
(危ないもんね?)
 飛ばないにしても、と分かっているから、其処は「立ち入り禁止なんだよ」と。


 前の自分の部屋にしたって、事情は似たようなものだろう。
 やたらと広かった青の間の中にも、きっとロープが張られている。
 前の自分が使ったベッドに、手を触れる人が出て来ないように。
 警備員まではいないとしたって、前の自分のベッドには…。
(…腰掛けることも出来ないのかも…)
 きっとそうだ、と残念な気分。
 前のハーレイとの思い出が沢山詰まった、青の間と、其処に置いてあったベッド。
 長い時を経て再会したのに、記念写真も撮れないのかも、と。
(撮影禁止、ってこともあるもんね…)
 写真くらいは撮らせて欲しい、と思うけれども、これも規則に従うしかない。
 「今のシャングリラ」のためのルールに、見学者向けに作られた規則に。
(ぼくもハーレイも、ただ、似ているってだけの…)
 一般人になった以上は、今のルールに従うべき。
 どんなに舵輪を握りたくても、青の間のベッドに腰掛けたくても…。
(ハーレイも、ぼくも、我慢しなくちゃ…)
 でないと、船を下ろされちゃうしね、と苦笑する。
 規則を破ってしまったならば、警備の人に注意をされて、それが続けば追い出される。
 「他の方にも迷惑ですから」と叱られて。
 「見学を止めて降りて下さい」と、見学用とは違う通路に連行されて。
(…そんなの、勘弁して欲しいから…)
 きちんとルールを守って見るよ、と心に誓う。
 もうキャプテンでも、ソルジャーでもない、ただの見学者の恋人同士で行くのなら。
 今のハーレイと手を繋ぎ合って、懐かしい船を見るのなら。
(もしも、あの船に行けたなら…)
 ちゃんとルールは守るからね、と心の中で、ハーレイと歩く見学用のコース。
 「ブリッジの舵輪は、見るだけだから」と。
 「青の間だって、見るだけだから」と、「それだけでも充分、幸せだから」と…。



          あの船に行けたなら・了


※シャングリラが今もあったなら、と考え始めたブルー君。ハーレイ先生と行きたいな、と。
 見学者用になった船には、二人が知らないルールが幾つも。触れなくても、見られれば幸せv











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(シャングリラか……)
 あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
 船と言っても、水に浮かべる船ではない。
 遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
 前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
 その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
 ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
 「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
 あの船は、二度と見られはしない。
 せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
 シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
 船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
 人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
 船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
 見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
 場所によっては、きちんと張られていることだろう。
 例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
 ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
 ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
 ブリッジも、似たようなものだと思う。
 前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。


 見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
 長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
 メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
 「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
 今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
 元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
 味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
 「これなら、良し」と。
 あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
 皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
 食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
 肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
 スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
 それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
 美味くてもだ、と苦笑する。
 「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
 もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
 前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
 そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
 目玉メニューになっていた「餌」。
 アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
 ヘルシーで、とても美味しい、と。
 イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。


(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
 それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
 代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
 ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
 「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
 白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
 だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
 あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
 船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
 だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
 居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
 是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
 トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
 箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
 どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
 神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
 キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
 ただ、懐かしく見て回るために。
 「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
 いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
 ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
 「俺が、あの船に行けたら」と。
 どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。


 あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
 何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
 その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
 時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
 「そいつが大事だ」と。
 白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
 元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
 ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
 長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
 前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
 戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
 生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
 それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
 地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
 「其処にしよう」と。
 もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
 「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
 あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
 全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
 其処に、「ハーレイが居る」ことに。
 たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
 そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
 「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。


 出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
 けれど、それでも「行けたら」と思う。
 あの白い船が、懐かしくて。
 青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
 ブリッジだろうな、と決めた見学先。
 前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
 シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
 その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
 経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
 「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
 「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
 経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
 横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
 とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
 シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
 操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
 シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
 前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
 とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
 混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
 トォニィだけでは、それは難しかったろう。
 船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。


(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
 結果的に、と褒めたくなる。
 けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
 ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
 公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
 覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
 「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
 それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
 前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
 今はもういない、美しい人を。
 チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
 前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
 どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
 今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
 怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
 「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
 そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
 棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
 うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
 「もしも、あの船に行けたら」と。
 「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。



          あの船に行けたら・了


※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
 あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv








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(ハーレイと一緒に、地球まで来られたんだよね…)
 身体は新しくなっちゃったけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったけれども、ハーレイは同じ町にいる。
 青く蘇った地球の上にある、ごくごく普通の町の一つに。
(…夢がホントになっちゃった…)
 前のぼくの、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
 白いシャングリラで、どれほど地球に焦がれたことか。
 いつか行きたいと夢を描いて、前のハーレイと交わした約束。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、数え切れないほどの夢を託して。
(でも、前のぼくは…)
 地球への夢を、諦めざるを得なかった。
 寿命が足りなくなってしまって、行けないと悟った夢の星。
(…もしも、メギドで死ななかったら…)
 あるいは行けていたのかも、と考えて、直ぐに首をブンブンと左右に振った。
 「そんなのは、無理」と。
 前の自分が命を捨ててメギドを止めなかったら、ミュウは滅びていただろう。
 白い箱舟も焼かれてしまって、宇宙の藻屑。
(…ハーレイと地球まで行けるどころか、ハーレイだって…)
 ナスカで死んでしまっておしまい、と分かっているから、後悔は無い。
 前の生の終わりに、泣きじゃくりながら死んでいったことも、後悔なんかは…。
(多分、していなかったよね?)
 あまり自信が無いのだけれども、恐らく、してはいないと思う。
 ハーレイとの絆は切れてしまっても、ミュウの未来は守れたから。
 大勢の仲間を乗せた箱舟を、ハーレイが地球まで、きっと運んでくれるから。
(…だから、それでいい、って…)
 前の自分は納得していて、其処で終わりの筈だった。
 ハーレイと過ごした幸せな日々も、最後まで持っていたかった恋も。


 ところが、終わらなかった恋。
 気付けば自分は青い地球にいて、ハーレイまでがついて来た。
(ちょっぴりチビなのが、残念だけど…)
 育つまで結婚はお預けどころか、キスさえ、お預け。
 それでも、前の自分の夢は…。
(ちゃんと叶っているんだよ)
 ハーレイと地球に来られたものね、と今の幸せを噛み締める。
 前の生でハーレイと交わした沢山の約束、「地球に着いたら」と描いた夢が叶う人生。
 チビの自分が大きくなったら、今のハーレイが叶えてくれる。
 旅行に行ったり、ドライブしたりと、計画を立てて。
(生まれて来た星が、地球で良かった…)
 夢を叶えるには一番の場所、と嬉しくなる。
 他の星に二人で生まれていたなら、前の生での約束を果たそうと思ったら…。
(…地球まで、出掛けて行かないと…)
 地球での夢は叶わないから、とても大変だったろう。
 ハーレイの仕事が休みになる度、長期の旅行。
 夏休みくらいしか、無理かもしれない。
(そうなると、年に一回だけしか…)
 地球への旅は出来ないわけだし、旅行の時は予定がビッシリ。
 叶えたい約束をギュウギュウ詰め込み、あちこちの地域を駆け回って。
(考えただけでも、忙しそう…)
 バテちゃいそうだよ、と思うけれども、ハーレイと一緒に暮らせるのなら…。
(地球でなくても、気にならないよね?)
 だって、ハーレイがいるんだもの、と大きく頷く。
 前の生の終わりに切れたと思った、ハーレイとの絆。
 それが切れずに繋がっていたら、もう、それだけで充分だろう。
 地球からは遠い星に生まれてしまって、地球まで行くのが一苦労でも。
 前の生での夢を叶えるのが、ハードスケジュールな旅になっても。


(…ハーレイさえ、一緒にいてくれるなら…)
 ぼくは何処でも構わないや、と心から思うし、今の生でも、その点は同じ。
 ハーレイの仕事に、転勤なんかは無いのだけれど…。
(同じ町にある学校の中で、勤める学校が変わるだけだし…)
 他所の町には行かないけれども、仕事によっては、別の地域への転勤もある。
 違う町どころか、海を渡った遥か遠くの、全く違う文化の地域へ。
(もしも、そういう仕事だったら…)
 この町を離れて、引っ越す日がやって来たかもしれない。
 「そんなに遠いの?」と思う地域へ、もしかしたら砂漠があるような所。
 うんと暑くて、今の生でも弱い身体には、強い日差しが堪えるくらいに過酷な地域。
(住めば都だから、そういうトコにも…)
 好きで暮らしている人は多いし、ハーレイが転勤するのだったら、一緒に行く。
 毎日、「暑いよ」と、へばっていても。
 ちょっと散歩に出掛けることさえ、昼間は暑くて無理な場所でも。
(…ハーレイが一緒なら、ぼくは幸せ…)
 そのハーレイが行くと言うなら、何処へだってついて行くだろう。
 「今度の転勤、お前には、ちょっとキツそうだから」と、残るようにと勧められても。
 転勤が終わって帰って来るまで、両親の家で暮らすようにと、提案されても。
(ハーレイと離れるなんて、二度と嫌だよ)
 メギドの時だけで充分だから、と決意をこめて握った右手。
 前の生の終わりに、ハーレイの温もりを失くしてしまって、冷たく凍えてしまったから…。
(今度は、ハーレイの手を離さないってば)
 どんな場所でも、ついて行くよ、と右手を見詰める。
 「ハーレイが行くなら、何処だって行くよ」と。
(…君が行くなら、ぼくは必ず…)
 一緒に行くって言うからね、と。
 たとえハーレイが「駄目だ」と言おうが、絶対に「うん」と頷きはしない。
 「お前の身体には、良くないから」と、難しい顔をされたって。
 しょっちゅう寝込む羽目になろうが、ハーレイと離れるよりはいい。
 ハーレイが仕事に行っている間は、一人きりでベッドの住人でも。
 用意して行ってくれた食事を、食べる元気も出ない日々でも。


 そう、ハーレイが行くと言うなら、何処であろうと一緒に行く。
 「お前には無理だ」と説得されても、喧嘩になっても、諦めはしない。
 「ぼくも一緒に行くんだから」と、言い張るだけ。
 「でなきゃ、ハーレイも行かせやしないよ」と、まるで幼い子供みたいに駄々をこねて。
(…ハーレイが許してくれなくっても…)
 なんとかして、ついて行くんだもんね、と決心は固い。
 ハーレイが転勤して行った後で、自分もコッソリ纏めておいた荷物を送って…。
(其処へ行く便に乗って追い掛けて行けば、ハーレイだって…)
 諦めるしかないだろう。
 「ブルーの荷物」がドカンと届いて、本人もやって来たならば。
 「今日から、此処で暮らすからね」と、悪びれもせずに、上がり込まれたならば。
(…ハーレイが、ぼくを置いて行くほどの場所だから…)
 とても暑いとか、酷く寒いとか、とんでもない気候の場所だろう。
 ハーレイを追い掛けて着いた途端に、「こんなトコなの?」と後悔しそうなほどに。
 「ぼくの身体、ホントに大丈夫かな」と、クラリと眩暈を起こすくらいに。
(…路線バスとかで、ハーレイの家まで行こうとしてても…)
 その計画を立てて来ていても、たちまち挫折する自分がいそう。
 「そんなの無理だよ」と、手荷物さえも、もう重すぎて。
 ヨロヨロしながらタクシーに乗るのが、精一杯で。
(だけど、ハーレイがいる場所なんだし…)
 きっと心は幸せ一杯、「やっと来られた」と弾んでいることだろう。
 前の自分が、憧れの地球に着いたみたいな気分になって。
 どんなに過酷な気候の場所でも、ハーレイと一緒に暮らせるから。
(前のぼくにとっての、地球とおんなじ…)
 ハーレイさえいれば、それで充分、と自信はある。
 「ぼくは絶対、後悔しない」と。
 寝込んでばかりの日々になっても、身体が悲鳴を上げ続けても。
 ハーレイに「やっぱり、お前は帰った方がいい」と心配されても、「嫌だよ」と言うだけ。
 快適な暮らしが待っていたって、其処にハーレイはいないから。
 毎日、通信を入れてくれても、慰めになりはしないから。


(…君が行くなら、ホントに、どんな所へだって…)
 ぼくは必ずついて行くよ、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 今の自分が生まれて来たのは、青い地球。
 ハーレイも一緒について来たわけで、聖痕をくれた神様が起こした奇跡のお蔭。
 二人で地球に生まれる前には、きっと天国にいたのだろう。
 何処にも生まれ変わりはしないで、長い長い時を待っていた。
 青く蘇った水の星の上に、前の自分たちとそっくりに育つ身体が用意されるまで。
 神様がそれを創り出すまで、天国でずっと待ち続けて…。
(やっと生まれて来て、此処で暮らして…)
 生を終えたら、ハーレイと一緒に天国へ帰る。
 今度はけして離れることなく、呼吸も鼓動も、同時に止めて。
 二人一緒に身体を離れて、神の許へと戻ってゆく。
 問題は、それから後のこと。
 ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に生まれて来るか。
 あるいは他の星に生まれて、心機一転、新しい暮らしをしてみるだとか。
(どうするにしても、ハーレイと一緒…)
 それは絶対、譲らないからね、と思うけれども、ハーレイはどれを選ぶだろうか。
 のんびり天国で暮らしてゆくのか、地球に行くのか。
(…今度はスポーツ選手もいいな、って…)
 言い出すかもね、と平和な暮らししか浮かばないけれど、なにしろ、天国なのだから…。
(…他の世界も見えちゃうのかな?)
 平和になってはいない世界、と心配になる。
 神様が見ている世界の中には、そういう場所もあるかもしれない。
 前の自分たちが生きた世界みたいに、虐げられる人々が今もいる世界。
 ミュウが迫害されていたように、容赦なく殺されてゆくような。
(…もしも、そういう世界があったら…)
 ハーレイが、それに気が付いたならば、其処へ行こうと考え始めることだろう。
 とても放ってはおけないから。
 前のハーレイが、そうだったように。
 燃えるアルタミラで、他の仲間を助けなければ、と口にしたのはハーレイだから。


(…前のぼくには、そんな考えなんかは無くって…)
 ただぼんやりと座り込んでいたのに、前のハーレイの言葉で、二人一緒に駆け出した。
 他のシェルターに閉じ込められた仲間を、一人でも多く助け出そうと。
 燃え上がる地面を二人で走って、崩れ落ちて来る瓦礫なんかは気にもしないで。
(…だから、ハーレイなら、きっと…)
 今も苦しんでいる人々を放っておけずに、「俺は、あそこに行って来る」と言うのだろう。
 「なあに、その内に帰って来るさ」と笑みを浮かべて。
 「あそこのヤツらを助け出せたら、大急ぎで此処に戻るから」と。
 それまで天国で待っているよう、とても優しい笑顔を向けて。
 「ほんの少しの間だしな」と、「お前には危険すぎるから」と。
(…転勤先の気候が、ぼくには厳しすぎるから、って…)
 両親の家で暮らした方がいい、と提案するのと、全く変わらない顔をして。
 「俺なら一人で大丈夫だから」と、「一人暮らしは得意だってな」と。
(…だけど、そんなの、嫌だから…!)
 ハーレイだけが危険な場所に行くなど、我慢が出来るわけがない。
 自分はのんびり天国暮らしで、ハーレイだけ苦労するなんて。
 危ない目に遭ったり、怪我をするのを、天国から見ているだけだなんて。
(…君が行くなら、ぼくだって行くよ!)
 もう一度、メギドみたいなことになっても…、と握り締める右手。
 ハーレイの側から離れてしまって、一人きりで死ぬ羽目になろうと…。
(……安全な場所から、見ているだけの暮らしなんかは……)
 ぼくには絶対、出来やしない、と分かっているから、ついて行く。
 ハーレイが、その道を選ぶなら。
(…絶対、ついて来るんじゃないぞ、って言われるに決まっているけれど…)
 コッソリついて行くんだもんね、とニコリと微笑む。
 「君が行くなら、ぼくも行くから」と。
 「前みたいな地獄が待っていたって、君と一緒なら、天国だから」と…。



           君が行くなら・了


※ハーレイ先生が行くのだったら、砂漠だろうと、ついて行くのがブルー君。反対されても。
 前の生のような世界だろうと、やはり一緒に行くのです。止められても、コッソリとv








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(あいつと、地球に来られたんだが…)
 それも蘇った青い地球に、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(青い地球といえば、前のあいつの憧れの星で…)
 前の俺だって憧れたんだ、と今もハッキリと覚えている。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと描いた夢を。
 「いつか、地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に焦がれたことを。
 なのに、青い地球は何処にも無かった。
 白いシャングリラから目にしたものは、毒素を含んだ海と砂漠に覆われた星。
 死に絶えたままの赤茶けた星が、前の自分たちの時代の地球。
(そいつが青く蘇ってくれて、今の俺たちが暮らしてるんだが…)
 実に素晴らしいことなんだが、と頬を緩めて、「しかし…」と思考を元へと戻す。
 「あいつと生まれ変われるんだったら、地球でなくても良かったよな」と。
 前の生から恋をしていた、愛おしい人。
 生まれ変わって、また巡り会えた、大切なブルー。
 今ではチビの子供だけれども、ブルーと一緒に暮らせるのならば、別の星でも構わない。
 地球からは遠く離れ過ぎていて、そう簡単には行けない星でも。
(…今は平和な時代なんだし、うんと離れていたってだな…)
 長い人生を生きる間には、地球へ行ける日も来るだろう。
 伴侶になったブルーを連れて、憧れの地球を見に行くために旅をする。
 シャングリラの舵輪を握る代わりに、快適な宇宙船の乗客になって。
(それであいつが、地球をすっかり気に入っちまって…)
 地球に住みたいと言い出したならば、迷うことなく地球に引っ越す。
 それまで暮らした星での仕事も、住み慣れた家も、あっさりと捨てて。
 地球で新しい仕事を探して、ブルーの望みの地域に住んで。
(…今の時代なら、そう厄介なことじゃないしな?)
 仕事探しも、引っ越しだって…、と大きく頷く。
 「あいつが望むなら、お安い御用だ」と、「地球で一から、また始めるさ」と。


 今の自分でも、同じ選択は出来ると思う。
 地球とは違った何処か別の星で、ブルーが暮らしたいのなら。
 「あの星で暮らせたらいいな」と、前の生で地球に焦がれていたのと、同じ瞳をするのなら。
(…絶対、有り得ないんだが…)
 あいつの憧れは青い地球だし、と分かってはいても、「俺にだって出来るさ」と溢れる自信。
 ブルーが行きたいと言うのだったら、どんな星にでも、一緒に引っ越してゆく。
 古典の教師の仕事は捨てて、長く暮らした家さえも捨てて。
(…親父とおふくろも、置いてっちまうことになるんだが…)
 マメに連絡すればいいさ、と思い浮かべる、隣町に住む両親の顔。
 「遠くへ引っ越すことにしたんだ」と言っても、きっと許してくれる、と。
(俺の親父と、おふくろだしな?)
 引っ越す理由を口にしたなら、「頑張れ」と励ますことだろう。
 伴侶になったブルーの望みを、ちゃんと叶えてやるべきだ、と。
(幸せにしてやるんだぞ、と…)
 父にバンバン背中を叩かれ、母からも貰う励ましの言葉。
 「しっかり仕事を探しなさいよ」と、「ブルー君を幸せにしてあげなさいね」と。
(…引っ越し先には、古典の教師の仕事なんかは無くっても…)
 なんとかなるさ、と眺める両手。
 「力仕事も充分出来るし、料理も、そこそこ出来るんだしな」と。
 ブルーを食べさせてゆける仕事を見付けて、家も見付けて、二人で暮らす。
 地球からは遠く離れた星でも、其処でブルーが暮らしたいなら。
 今のブルーの夢の星なら、たとえ砂漠の星であろうと。
(…そうさ、あいつが行くと言うなら…)
 何処へだって行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 「あいつが行くなら、何処へだって」と。
 地球でなくても、どんな場所でも、ブルーが行くなら、一緒にゆく。
 迷うことなく、瞬時に決めて。
 「お前が行くなら、俺も行くさ」と、とびきりの笑顔をブルーに向けて。


(…行った先で、少々、苦労しようが…)
 苦労の内にも入らないよな、と心から思う。
 ブルーの望みを叶えるためなら、どんな苦労も厭いはしない。
 前の生からそうだったのだし、今の生でも同じこと。
(砂漠で暮らして、毎日、水汲みから始まるようになってもだな…)
 水場が遠くて大変だろうと、其処がブルーの望みの場所なら、気にしない。
 ブルーは、其処がいいのだから。
 砂まみれになって暮らす日々でも、幸せ一杯でいてくれるなら。
(…まあ、あいつだって、そんな人生は…)
 望まないだろうし、一生、地球で平和に行くさ、と思ったところで、ハタと気付いた。
 「じゃあ、この次はどうなんだ?」と。
 青い地球の上で共に暮らして、此処での生を終えた後。
 ブルーの望みは、「ハーレイが死ぬ時は、ぼくも一緒」で、同時に逝くこと。
 二人揃って、この青い星に別れを告げるのだけれど、そうして身体を離れた後は…。
(…まずは天国に戻って行って…)
 それから先は、どうするのだろう。
 ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に戻るのか。
 あるいは別の星に行くのか、そういったことは、どうなるのだろう、と。
(俺たちは多分、地球に来るまで…)
 一度も、何処にも生まれちゃいない、と確信に満ちた思いがある。
 前の自分たちと同じ姿に育つ肉体、それを得られる時が来るまで待っていたのだ、と。
(…神様が、そのように計らって下さって…)
 長い時間を天国で待って、今の時代に生まれて来たのに違いない。
 ブルーと二人で、今度こそ幸せに生きられるよう。
 前の生で夢を描いていた星、青く蘇った水の星の上で。
(…俺たちの望みは、叶ったんだし…)
 ブルーだって、きっと大満足の人生を送ってゆける。
 前の生で地球に抱いていた夢、それを端から叶えていって。
 今ならではの沢山の夢も、全て叶えて、幸せ一杯。
 最高の人生を送ったブルーは、また天国に戻った後は、どんな選択をするのだろう。
 もう一度、地球に行こうとするのか、天国でのんびり暮らしてゆくか。


(…さてな…?)
 こればっかりは、俺には分からん、とコーヒーのカップを傾ける。
 いくらブルーのことが好きでも、自分は「ブルー」ではないのだから。
 ブルーが何を考えているか、どう望むのかは、ブルー自身にしか分からない。
(…心を読むのとは、別問題で…)
 あいつにしか分かりはしないしな、と思うけれども、ブルーが選んだ道ならば…。
(俺は一緒について行くだけで、ずっと一緒だ)
 さっきも考えていた通りにな、と迷いなどは無い。
 ブルーが、また地球に生まれたいなら、自分も地球に生まれて来る。
 のんびり天国暮らしをするなら、ブルーと一緒にのんびり暮らす。
(…あいつが行くなら、何処だって行くさ)
 砂漠の星でも気にしないぞ、と脳裏に描いた、死の星だった地球。
 「ああいう星でも、行ってやるさ」と、「あいつが行きたいと言うんならな」と。
(…今の時代じゃ、あんな星なんか…)
 何処にも無いと思うんだがな、と分かるけれども、ブルーが「次」を決める所は…。
(天国って所で、此処とは違って…)
 ありとあらゆる様々な世界、それを見渡せる場所かもしれない。
 平和などとは縁遠い星や、前の自分たちが生きていた頃の世界みたいに…。
(…迫害されて、片っ端から殺されていく人間たちが…)
 いる世界だって、もしかしたら、今もあるかもしれない。
 全く違った別の世界なら、それも有り得る。
 天国という場所から広く見渡せば、目に入る世界の中の一つに。
(あいつが、それを見付けちまったら…)
 行こうとするかもしれないな、と零れた溜息。
 「なにしろ、あいつなんだから」と。
 今は我儘な甘えん坊のチビで、サイオンも不器用な子供であっても、中身は「ブルー」。
 遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人。
(…うんと幸せに暮らした後だと…)
 きっと放っておけないだろうな、と容易に分かる。
 「次に選ぶのは、その世界だろう」と。
 恐ろしい世界に生まれ変わって、迫害されている人々を助けようとするのだろう、と。


 平和な青い地球があるのに、のんびり天国にいてもいいのに、違う世界へ行くブルー。
 かつて背負って生きた重荷を、また背負うために。
 苦しむ人々を救って、逃がして、生きられる道へ導くために。
(…そうするために、あいつが行くなら…)
 俺も一緒に行くまでだ、とカップに入ったコーヒーを見詰める。
 「またコーヒーとも、おさらばかもな」と。
 時の彼方で暮らした船には、本物のコーヒーは無かったから。
 キャロブから作った代用品だけ、そんな暮らしが長かったから。
(そうなったとしても、本望ってヤツだ)
 ブルーと一緒に行けるのならな、と後悔しない自信はある。
 「次の人生でも、あいつの側にいられるんなら、コーヒーなんぞは、要りはしないさ」と。
 どうせブルーはコーヒーが苦手、次の生でも同じことだろう。
 それなら、コーヒーなどは無用の長物、代用品さえ無くてもいい。
(次は、ブルーもコーヒーが好きになってりゃ、別なんだがな)
 きっと必死にコーヒーを探す俺がいるさ、と思うくらいに、ブルーのことが、まずは第一。
 わざわざ重荷を背負いに行くなら、なおのこと。
 次は少しでも、重荷を軽くしてやりたい。
 最初から二人で行く世界だから、ブルーが背負うのだろう荷物を…。
(俺が半分、いや、俺の方が身体がデカい分だけ、余計にだ…)
 ブルーの肩から、背中から、ヒョイと取り上げて代わりに背負う。
 「このくらい、俺に任せておけ」と。
 「お前の身体は小さいんだから、無理をするな」と。
 とはいえ、相手は「ブルー」なのだし…。
(そうもいかん、という気もするが…)
 ついでに、俺の能力不足ということも…、と思っても決意は変わりはしない。
 「次こそは、俺が背負ってやる」と。
 ブルーにしか背負えないというのだったら、ブルーを背負う。
 「ブルー」を丸ごと背負ってやったら、重荷も一緒についてくる筈。
 「ハーレイ」の手には余るものでも、ブルーの心の重荷なら…。
(背負えるんだし、そうすりゃいいっていうだけのことだ)
 丸ごと広い背中に背負って、ブルーの辛い人生までをも、自分が背負ってやったなら。


(うん、それでいいな)
 それなら、あいつも辛くないさ、と固めた決心。
 今の平和な、地球での暮らしもいいけれど…。
(あいつが行くなら、前みたいな地獄に逆戻りでも…)
 次こそ、上手く生きてみせる、と一気に飲み干したコーヒーの残り。
 「またコーヒーとは、おさらばでもな」と。
 嗜好品などまるで無くても、ブルーと一緒にいられればいい。
 地獄のような世界でも。
 ブルーが重荷を背負ってゆくなら、それをブルーごと背負ってやって…。



         あいつが行くなら・了


※ブルー君が行くと言うなら、どんな場所でも一緒に行くのがハーレイ先生。砂漠の星でも。
 次の生でブルーが辛い人生を選び取っても、やはり一緒に行くのです。何処までも、二人でv








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