カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
- 2022.11.17 そっくりだったなら
- 2022.11.03 そっくりだったら
- 2022.10.20 あの服があったなら
- 2022.10.06 あの服があったら
- 2022.09.15 デート出来るんなら
(…今のぼくの顔は、前のぼくにそっくり…)
チビだけれど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(神様って、ホントに凄いよね…)
ぼくも、ハーレイも、前とそっくり、と鏡の方を眺めて感心する。
遠く遥かな時の彼方でも、自分の顔は「これ」だったから。
それに恋人のハーレイの顔も、今と全く変わらなかった。
(ホントに、奇跡…)
聖痕だって凄いんだけど、と赤い瞳を瞬かせる。
「だけど、これには敵わないよね」と。
前とそっくり同じ顔だから、直ぐにハーレイだと気が付いた。
ハーレイの方も、「ブルーなんだ」と気付いてくれた。
これが前とは違う顔なら、そうすんなりと運んだかどうか。
(…違う顔でも、人間じゃない生き物になってても…)
きっと気付くと思うけれども、一瞬、悩むかもしれない。
記憶が戻って見詰めながらも、「ハーレイなの?」と首を傾げて。
「違う顔だけど、ハーレイだよね」と、探るような視線を向けたりもして。
(ハーレイだって、前とは違う顔になっちゃった、ぼくを見て…)
同じような反応をするだろうから、それで確信出来るとは思う。
「やっぱり、この人がハーレイなんだ」と、「ハーレイも、思い出したんだ」と。
とはいえ、違う顔だったならば…。
(…ちょっぴり、ガッカリしちゃいそう…)
せっかく巡り会えたのに、と溜息を零すかもしれない。
「どうして、前と同じじゃないの?」と、「ぼくの顔も違うし、仕方ないけど」とは思っても。
(いっそ、人間じゃなかった方が…)
まだ、しっくりと来そうな感じ。
「今度のハーレイは、ウサギなんだ」と、「ぼくたち、ウサギになったんだね」と。
違う生き物に生まれたのなら、別の姿になっていたって当然だから。
そう考えてみると、今の姿は本当に奇跡。
ハーレイも、自分も、前の姿とそっくり同じ。
(ぼくは小さくなっちゃったけど…)
もっと育てば、前の自分と変わらない姿になれる筈。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃と、何処も変わらない容姿になって。
そうなったならば、前の自分には叶えられなかった夢が実現する。
ハーレイと一緒に生きてゆく夢、二人で歩んでゆく人生が。
(二人一緒に、青い地球に生まれて来たんだから…)
前とおんなじ姿がいいよね、と神様の計らいに感謝する。
こういう身体が準備出来るまで、長く待たされたのかもしれないけれど、と。
(似ていない顔でも構わないなら、もっと早くに…)
生まれ変わって、再会出来ていたかもしれない。
それも悪くはないのだけれども、そっくり同じ姿の方が…。
(断然、いいよね?)
そうでなくっちゃ、と思ったはずみに、掠めた考え。
「同じ顔でも、逆さだったら?」と。
自分がハーレイの顔に生まれて、ハーレイが「ブルー」の顔だったなら、と。
(…えーっと…?)
神様の悪戯か、あるいは気まぐれ、そういう結果で入れ替わった顔。
記憶が戻って見詰めた先には、前の自分の顔がある。
(……ハーレイなんだ、って分かるだろうけど……)
ぼくの顔でも、愛せるのかな、と少し悩んで、「うん」と頷く。
「大丈夫だよ」と、「だって、ハーレイは、ハーレイだもの」と。
前とは全く違う顔でも、違う生き物でも、ちゃんと愛せる。
またハーレイに恋をするから、「自分の顔」でも大丈夫。
聖痕で倒れて、意識が戻った時に目に入ったのが「前の自分」でも。
その顔が「今のハーレイ」だったら、ちゃんと愛してゆけるけれども…。
(…ハーレイの方が、気の毒かも…)
逆さだったら、とハタと気付いた。
「だって、ぼくの顔が、ハーレイなんだよ?」と。
白いシャングリラで暮らしていた頃、前のハーレイはモテていなかった。
薔薇の花びらで作られたジャムを、クジ引きで配っていた時も…。
(ハーレイには似合わないから、って…)
クジが入った箱を抱えた女性は、いつもハーレイの前を素通りして行った。
箱が持ち込まれたブリッジの中では、ゼルまでがクジを引いていたのに。
「運試しじゃ」と手を突っ込んでいたのに、誰も笑わなかったのに…。
(…ハーレイの前だけは、いつも素通り…)
それが前のハーレイの顔への評価で、前の自分は不満でもあった。
「酷いよ」と、「みんな、見る目が無いんだから」と。
そうは思っても、逆に言うなら、自分に見る目が無いのだということになる。
誰もが「モテない」と評価を下した、ハーレイが「素敵に見える」のだから。
(…今のハーレイなら、モテるんだけどな…)
柔道や水泳の選手をしていた学生の頃は、女性のファンも少なくなかったと聞いた。
今の学校でも生徒に人気で、女子生徒だって「ハーレイ先生!」と呼び止めたりする。
そうは言っても、顔立ちは前と同じなのだし…。
(…いろんな要素が絡んだ結果で、顔への評価じゃないのかも…)
顔だけだったら駄目なのかもね、という気もする。
「今のハーレイ」の生き方や中身、そういったものが揃ってこそだ、と。
(それなら、やっぱり…)
生まれ変わった「ブルー」の顔が「ハーレイ」だったら、ハーレイはガッカリするだろう。
いくら「前の自分と同じ顔」でも、その顔でも愛してゆけるとしても…。
(…モテない顔っていうのは、ちょっと…)
残念だろうし、ガッカリだよね、と思ってしまう。
ハーレイが「俺は気にしていないから」と言ってくれても、「自分」が辛い。
鏡に映った姿を見る度、申し訳ない気分になってしまいそう。
「どうして、こんな顔になっちゃったの?」と。
「入れ替わっちゃったのは仕方ないけど、前のハーレイの顔なんだけど…」と溜息で。
何故なら、それは「モテない顔」。
前の「ブルー」の顔だったならば、船の誰もが見惚れたのに。
女性ばかりか、男性陣まで、高く評価をしたものなのに。
称賛の的だった「ブルー」の顔が、モテなかった「ハーレイ」の顔になる悲劇。
なんとも悲惨で、あまりにもハーレイが気の毒すぎる。
(…ハーレイの顔を、けなしてるわけじゃないけれど…)
そうなるよりかは、今のハーレイの顔が「前のブルー」にそっくりで…。
(……今のぼくの顔は、そのまんまで……)
同じ顔が二つの方がマシかも、と考えた。
「その方が、きっといいと思う」と、「同じ顔でもいいじゃない」と。
記憶が戻ったハーレイの前には、ちゃんと「ブルー」がいるのだから。
ハーレイの顔も「ブルー」だけれども、モテなかった「ハーレイ」の顔の恋人よりは…。
(…自分とそっくり同じ顔でも、前のぼくの顔になる「ぼく」を見付けた方が…)
きっと嬉しい筈なんだよ、と大きく頷く。
「絶対、そう」と、「そうに決まっているんだから」と。
モテない顔の恋人よりかは、その方がいいに違いない。
今のハーレイの顔も「ブルーの顔」で、とうの昔に見飽きていても。
「チビのブルー」に再会するなり、「子供の頃の俺じゃないか」と、愕然としても。
(…だって、モテない顔なんか…)
連れて歩いても、誰も振り返って見てはくれない。
しかも「ブルーの顔になったハーレイ」は、その姿だけで人目を引くだろうから…。
(似合わないのを連れてるな、って…)
違う意味で誰もが振り返って見るか、そうでなければ「ハーレイ」の顔で注目するか。
(ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが、並んで歩いてる、って…)
目を丸くしてポカンと見るとか、撮影なのかとキョロキョロするとか。
前の自分たちの制服を着ずに歩いていたって、撮影ということはあるだろう。
(タイムスリップものだとか…)
そんな感じで、と思うけれども、その程度にしかならないカップル。
「前のブルー」を連れて歩いていたなら、「今のハーレイ」でも注目されそうなのに。
誇らしい気分で歩けそうなのに、ハーレイの方が「前のブルー」の顔では…。
(ホントのホントに、似合わないのを連れて歩いていることに…)
なってしまうから、同じ顔が二つになったとしたって、「ブルーの顔」で揃えたい。
その方がハーレイも嬉しい気分で、「ブルー」を連れて歩けるから。
(もしも、ぼくもハーレイも、前のぼくの顔で、そっくりだったなら…)
どんな感じになるのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
今の自分がチビの間は、兄弟みたいに見えるだろうか、と。
(それとも、親子…?)
見た目がそっくりなんだものね、とクスッと笑う。
今のハーレイは、今の自分よりも二十四歳も年上なのだし、「お父さん」でも通る年齢。
ハーレイが外見の年を止めていたって、そういう人は少なくないのが今の世の中。
(…前のぼくだって、三百年以上も生きていたんだし…)
今のハーレイが「ブルー」の顔を持っていたなら、何歳にだって見えるだろう。
青年にだって、今のハーレイの年の三十八歳にだって、もっと年上にだって。
(十四歳の子供がいたって、ちっともおかしくないんだから…!)
親子かもね、と考えてみて、「それなら、デート出来るかも?」と顎に当てた手。
チビの自分を連れて出掛けても、誰も変には思わないから。
「お父さんが子供を連れて来ている」と微笑ましく見て、ついでに注目。
(だって、ソルジャー・ブルーと、チビのソルジャー・ブルーな親子…)
凄い、と誰もが見詰めるだろう。
「こんな親子がいるだなんて」と、「いいものを見た」と。
(ふざけて「パパ!」って呼ぶのもいいかも…!)
そこでハーレイが「こらっ!」と頭をコツンとやっても、周りの人は笑うだけ。
「若いお父さんだから、パパとは呼ばせていないんだな」と、クスクスと。
「きっと家でも、名前で呼ばせているんだろう」と、「友達みたいな感じにして」と。
そういう決まりになっているのに、それを破って「パパ!」と呼んだ子。
「こらっ!」と叱られ、頭をコツンと叩かれたって、仕方ないだろう。
(…誰も、親子じゃないなんて…)
思いはしなくて、ハーレイは「パパ」だと勘違いされる。
なんて愉快な光景だろうか、ハーレイの子供になれるだなんて。
(…ハーレイが、ハーレイの顔のまんまで…)
チビの自分を連れて歩いても、同じ悪戯は出来ると思う。
けれど、二人で出歩くことは出来はしないし、夢のまた夢。
代わりに、夢の世界で遊ぶ。
「ブルーそっくりの顔のハーレイ」と、親子みたいに出掛けたいよね、と。
(でもって、ぼくが大きくなったら…)
もう本当に、双子にしか見えないことだろう。
何処へ行っても、何をしていても、きっと仲のいい双子の兄弟。
(ハーレイが、前のぼくの顔になっていたなら…)
前の生での記憶が無くても、確実に年を止めている筈。
「俺のブルーは、このくらいだった」と、意識の底の声に従って。
「今よりも年を取っては駄目だ」と、「この姿なら、この年なんだ」と。
(だから絶対、前のぼくにそっくりな顔で…)
チビのブルーが育つのを待って、ちゃんとプロポーズしてくれる。
そっくり同じ顔をしていても、誰が見たって双子みたいなカップルになってしまっても。
「俺のブルーだ」と抱き締めてくれて、「一緒に暮らそう」と。
(ホントは、恋人同士なんだ、って…)
誰も思ってくれないとしても、ハーレイと二人で出掛けてゆく。
デートも、旅行も、ハーレイの車でドライブだって。
(ぼくとハーレイの顔が、ホントにそっくりだったなら…)
楽しそうだよ、と夢は果てしなく広がってゆく。
「おんなじ顔でも、ぼくはハーレイを愛せるものね」と。
ハーレイも、きっと愛してくれるし、同じ顔で恋をしてゆける、と。
(そういうのも、ホントに楽しそうだよ)
きっとハーレイも、そう思うよね、と夢を見る。
「おんなじ顔になるのも、いいと思わない?」と。
「前のぼくの顔になるのも素敵」と、「そしたら、ハーレイも、もっとモテるよ」と…。
そっくりだったなら・了
※生まれ変わったハーレイと自分の顔がそっくりだったなら、と想像してみるブルー君。
モテなかったキャプテン・ハーレイの顔より、前のブルーの顔になるのが素敵ですよねv
チビだけれど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(神様って、ホントに凄いよね…)
ぼくも、ハーレイも、前とそっくり、と鏡の方を眺めて感心する。
遠く遥かな時の彼方でも、自分の顔は「これ」だったから。
それに恋人のハーレイの顔も、今と全く変わらなかった。
(ホントに、奇跡…)
聖痕だって凄いんだけど、と赤い瞳を瞬かせる。
「だけど、これには敵わないよね」と。
前とそっくり同じ顔だから、直ぐにハーレイだと気が付いた。
ハーレイの方も、「ブルーなんだ」と気付いてくれた。
これが前とは違う顔なら、そうすんなりと運んだかどうか。
(…違う顔でも、人間じゃない生き物になってても…)
きっと気付くと思うけれども、一瞬、悩むかもしれない。
記憶が戻って見詰めながらも、「ハーレイなの?」と首を傾げて。
「違う顔だけど、ハーレイだよね」と、探るような視線を向けたりもして。
(ハーレイだって、前とは違う顔になっちゃった、ぼくを見て…)
同じような反応をするだろうから、それで確信出来るとは思う。
「やっぱり、この人がハーレイなんだ」と、「ハーレイも、思い出したんだ」と。
とはいえ、違う顔だったならば…。
(…ちょっぴり、ガッカリしちゃいそう…)
せっかく巡り会えたのに、と溜息を零すかもしれない。
「どうして、前と同じじゃないの?」と、「ぼくの顔も違うし、仕方ないけど」とは思っても。
(いっそ、人間じゃなかった方が…)
まだ、しっくりと来そうな感じ。
「今度のハーレイは、ウサギなんだ」と、「ぼくたち、ウサギになったんだね」と。
違う生き物に生まれたのなら、別の姿になっていたって当然だから。
そう考えてみると、今の姿は本当に奇跡。
ハーレイも、自分も、前の姿とそっくり同じ。
(ぼくは小さくなっちゃったけど…)
もっと育てば、前の自分と変わらない姿になれる筈。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃と、何処も変わらない容姿になって。
そうなったならば、前の自分には叶えられなかった夢が実現する。
ハーレイと一緒に生きてゆく夢、二人で歩んでゆく人生が。
(二人一緒に、青い地球に生まれて来たんだから…)
前とおんなじ姿がいいよね、と神様の計らいに感謝する。
こういう身体が準備出来るまで、長く待たされたのかもしれないけれど、と。
(似ていない顔でも構わないなら、もっと早くに…)
生まれ変わって、再会出来ていたかもしれない。
それも悪くはないのだけれども、そっくり同じ姿の方が…。
(断然、いいよね?)
そうでなくっちゃ、と思ったはずみに、掠めた考え。
「同じ顔でも、逆さだったら?」と。
自分がハーレイの顔に生まれて、ハーレイが「ブルー」の顔だったなら、と。
(…えーっと…?)
神様の悪戯か、あるいは気まぐれ、そういう結果で入れ替わった顔。
記憶が戻って見詰めた先には、前の自分の顔がある。
(……ハーレイなんだ、って分かるだろうけど……)
ぼくの顔でも、愛せるのかな、と少し悩んで、「うん」と頷く。
「大丈夫だよ」と、「だって、ハーレイは、ハーレイだもの」と。
前とは全く違う顔でも、違う生き物でも、ちゃんと愛せる。
またハーレイに恋をするから、「自分の顔」でも大丈夫。
聖痕で倒れて、意識が戻った時に目に入ったのが「前の自分」でも。
その顔が「今のハーレイ」だったら、ちゃんと愛してゆけるけれども…。
(…ハーレイの方が、気の毒かも…)
逆さだったら、とハタと気付いた。
「だって、ぼくの顔が、ハーレイなんだよ?」と。
白いシャングリラで暮らしていた頃、前のハーレイはモテていなかった。
薔薇の花びらで作られたジャムを、クジ引きで配っていた時も…。
(ハーレイには似合わないから、って…)
クジが入った箱を抱えた女性は、いつもハーレイの前を素通りして行った。
箱が持ち込まれたブリッジの中では、ゼルまでがクジを引いていたのに。
「運試しじゃ」と手を突っ込んでいたのに、誰も笑わなかったのに…。
(…ハーレイの前だけは、いつも素通り…)
それが前のハーレイの顔への評価で、前の自分は不満でもあった。
「酷いよ」と、「みんな、見る目が無いんだから」と。
そうは思っても、逆に言うなら、自分に見る目が無いのだということになる。
誰もが「モテない」と評価を下した、ハーレイが「素敵に見える」のだから。
(…今のハーレイなら、モテるんだけどな…)
柔道や水泳の選手をしていた学生の頃は、女性のファンも少なくなかったと聞いた。
今の学校でも生徒に人気で、女子生徒だって「ハーレイ先生!」と呼び止めたりする。
そうは言っても、顔立ちは前と同じなのだし…。
(…いろんな要素が絡んだ結果で、顔への評価じゃないのかも…)
顔だけだったら駄目なのかもね、という気もする。
「今のハーレイ」の生き方や中身、そういったものが揃ってこそだ、と。
(それなら、やっぱり…)
生まれ変わった「ブルー」の顔が「ハーレイ」だったら、ハーレイはガッカリするだろう。
いくら「前の自分と同じ顔」でも、その顔でも愛してゆけるとしても…。
(…モテない顔っていうのは、ちょっと…)
残念だろうし、ガッカリだよね、と思ってしまう。
ハーレイが「俺は気にしていないから」と言ってくれても、「自分」が辛い。
鏡に映った姿を見る度、申し訳ない気分になってしまいそう。
「どうして、こんな顔になっちゃったの?」と。
「入れ替わっちゃったのは仕方ないけど、前のハーレイの顔なんだけど…」と溜息で。
何故なら、それは「モテない顔」。
前の「ブルー」の顔だったならば、船の誰もが見惚れたのに。
女性ばかりか、男性陣まで、高く評価をしたものなのに。
称賛の的だった「ブルー」の顔が、モテなかった「ハーレイ」の顔になる悲劇。
なんとも悲惨で、あまりにもハーレイが気の毒すぎる。
(…ハーレイの顔を、けなしてるわけじゃないけれど…)
そうなるよりかは、今のハーレイの顔が「前のブルー」にそっくりで…。
(……今のぼくの顔は、そのまんまで……)
同じ顔が二つの方がマシかも、と考えた。
「その方が、きっといいと思う」と、「同じ顔でもいいじゃない」と。
記憶が戻ったハーレイの前には、ちゃんと「ブルー」がいるのだから。
ハーレイの顔も「ブルー」だけれども、モテなかった「ハーレイ」の顔の恋人よりは…。
(…自分とそっくり同じ顔でも、前のぼくの顔になる「ぼく」を見付けた方が…)
きっと嬉しい筈なんだよ、と大きく頷く。
「絶対、そう」と、「そうに決まっているんだから」と。
モテない顔の恋人よりかは、その方がいいに違いない。
今のハーレイの顔も「ブルーの顔」で、とうの昔に見飽きていても。
「チビのブルー」に再会するなり、「子供の頃の俺じゃないか」と、愕然としても。
(…だって、モテない顔なんか…)
連れて歩いても、誰も振り返って見てはくれない。
しかも「ブルーの顔になったハーレイ」は、その姿だけで人目を引くだろうから…。
(似合わないのを連れてるな、って…)
違う意味で誰もが振り返って見るか、そうでなければ「ハーレイ」の顔で注目するか。
(ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが、並んで歩いてる、って…)
目を丸くしてポカンと見るとか、撮影なのかとキョロキョロするとか。
前の自分たちの制服を着ずに歩いていたって、撮影ということはあるだろう。
(タイムスリップものだとか…)
そんな感じで、と思うけれども、その程度にしかならないカップル。
「前のブルー」を連れて歩いていたなら、「今のハーレイ」でも注目されそうなのに。
誇らしい気分で歩けそうなのに、ハーレイの方が「前のブルー」の顔では…。
(ホントのホントに、似合わないのを連れて歩いていることに…)
なってしまうから、同じ顔が二つになったとしたって、「ブルーの顔」で揃えたい。
その方がハーレイも嬉しい気分で、「ブルー」を連れて歩けるから。
(もしも、ぼくもハーレイも、前のぼくの顔で、そっくりだったなら…)
どんな感じになるのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
今の自分がチビの間は、兄弟みたいに見えるだろうか、と。
(それとも、親子…?)
見た目がそっくりなんだものね、とクスッと笑う。
今のハーレイは、今の自分よりも二十四歳も年上なのだし、「お父さん」でも通る年齢。
ハーレイが外見の年を止めていたって、そういう人は少なくないのが今の世の中。
(…前のぼくだって、三百年以上も生きていたんだし…)
今のハーレイが「ブルー」の顔を持っていたなら、何歳にだって見えるだろう。
青年にだって、今のハーレイの年の三十八歳にだって、もっと年上にだって。
(十四歳の子供がいたって、ちっともおかしくないんだから…!)
親子かもね、と考えてみて、「それなら、デート出来るかも?」と顎に当てた手。
チビの自分を連れて出掛けても、誰も変には思わないから。
「お父さんが子供を連れて来ている」と微笑ましく見て、ついでに注目。
(だって、ソルジャー・ブルーと、チビのソルジャー・ブルーな親子…)
凄い、と誰もが見詰めるだろう。
「こんな親子がいるだなんて」と、「いいものを見た」と。
(ふざけて「パパ!」って呼ぶのもいいかも…!)
そこでハーレイが「こらっ!」と頭をコツンとやっても、周りの人は笑うだけ。
「若いお父さんだから、パパとは呼ばせていないんだな」と、クスクスと。
「きっと家でも、名前で呼ばせているんだろう」と、「友達みたいな感じにして」と。
そういう決まりになっているのに、それを破って「パパ!」と呼んだ子。
「こらっ!」と叱られ、頭をコツンと叩かれたって、仕方ないだろう。
(…誰も、親子じゃないなんて…)
思いはしなくて、ハーレイは「パパ」だと勘違いされる。
なんて愉快な光景だろうか、ハーレイの子供になれるだなんて。
(…ハーレイが、ハーレイの顔のまんまで…)
チビの自分を連れて歩いても、同じ悪戯は出来ると思う。
けれど、二人で出歩くことは出来はしないし、夢のまた夢。
代わりに、夢の世界で遊ぶ。
「ブルーそっくりの顔のハーレイ」と、親子みたいに出掛けたいよね、と。
(でもって、ぼくが大きくなったら…)
もう本当に、双子にしか見えないことだろう。
何処へ行っても、何をしていても、きっと仲のいい双子の兄弟。
(ハーレイが、前のぼくの顔になっていたなら…)
前の生での記憶が無くても、確実に年を止めている筈。
「俺のブルーは、このくらいだった」と、意識の底の声に従って。
「今よりも年を取っては駄目だ」と、「この姿なら、この年なんだ」と。
(だから絶対、前のぼくにそっくりな顔で…)
チビのブルーが育つのを待って、ちゃんとプロポーズしてくれる。
そっくり同じ顔をしていても、誰が見たって双子みたいなカップルになってしまっても。
「俺のブルーだ」と抱き締めてくれて、「一緒に暮らそう」と。
(ホントは、恋人同士なんだ、って…)
誰も思ってくれないとしても、ハーレイと二人で出掛けてゆく。
デートも、旅行も、ハーレイの車でドライブだって。
(ぼくとハーレイの顔が、ホントにそっくりだったなら…)
楽しそうだよ、と夢は果てしなく広がってゆく。
「おんなじ顔でも、ぼくはハーレイを愛せるものね」と。
ハーレイも、きっと愛してくれるし、同じ顔で恋をしてゆける、と。
(そういうのも、ホントに楽しそうだよ)
きっとハーレイも、そう思うよね、と夢を見る。
「おんなじ顔になるのも、いいと思わない?」と。
「前のぼくの顔になるのも素敵」と、「そしたら、ハーレイも、もっとモテるよ」と…。
そっくりだったなら・了
※生まれ変わったハーレイと自分の顔がそっくりだったなら、と想像してみるブルー君。
モテなかったキャプテン・ハーレイの顔より、前のブルーの顔になるのが素敵ですよねv
PR
(今の俺はだ、前の俺にだな…)
瓜二つというわけなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(誰が見たって、今の俺の顔はキャプテン・ハーレイで…)
その顔に惚れ込んだ、キャプテン・ハーレイのファンだという理髪店主がいるくらい。
初めて店に入った瞬間、理髪店主はとても喜んだと、最近、知った。
(若きキャプテン・ハーレイが入って来たんですよ、と感激してたっけなあ…)
今は行きつけの、その理髪店で、今の髪型を勧められた。
キャプテン・ハーレイそのものになる、オールバックのスタイルを。
(俺も、嫌ではなかったし…)
それを選んで、服装以外は、前の自分と変わらない。
そっくりそのまま、「キャプテン・ハーレイ」。
(でもって、今のブルーの方も…)
少々、チビにはなっているけれど、ソルジャー・ブルーに瓜二つ。
いつか大きく育った時には、前のブルーそっくりの姿になる筈。
(神様も、実に気が利いてるよな)
前の俺たちと同じ姿を下さるなんて、と神に感謝する。
もちろん、ブルーがどんな姿でも、気にしないで恋をするけれど。
似ても似つかない顔立ちだろうと、人間ではないものになっていようと。
(あいつなのか、と信じられない顔であろうが、ウサギだろうが…)
俺は必ず、あいつを見付け出すんだから、と笑んだ所で、浮かんだ考え。
「待てよ?」と、「あいつが、俺にそっくりだったら?」と。
(…そう、今の俺に、そっくりなあいつ…)
キャプテン・ハーレイに瓜二つなブルー、そういうこともあったのかも、と。
(それでも、俺は気付くんだろうが…)
恋も出来るが、流石にちょっと…、と少し尻込みしたくなる。
なんと言っても、前の自分は「モテなかった」から。
白いシャングリラで暮らしていた頃、そんな定評があったものだから。
神様が生まれ変わらせてくれたのならば、姿に文句をつけてはいけない。
ブルーと二人で青い地球の上で、一緒に生きてゆけるのだから。
(とはいえ、前の俺が二人になるよりは…)
あいつが二人の方がいいな、と心の中で注文をつけた。
「どうせだったら、その方がいい」と、「それが、世の中のためってモンだ」と。
今の自分は、学生時代は、そこそこモテていたけれど。
ファンの女性もいたのだけれども、世間一般の認識からすれば…。
(断然、ソルジャー・ブルーの方が…)
人気があるのは、書店に並んだ写真集の数を見たって、ハッキリと分かる。
前のブルーの写真を収めた、写真集たちは大人気。
出版されている数も、ジョミーやキースの写真集よりも遥かに多い。
(そんなブルーと、同じ顔が増えた方がだな…)
きっと世間のためになる。
「キャプテン・ハーレイ」が二人いるより、「ソルジャー・ブルー」が二人がいい。
(目の保養というヤツだしな!)
そっくりだったら、そっちのコースでお願いしたい、とマグカップの縁を指で弾いた。
神様にだって、美意識くらいはあるだろうし、と笑いながら。
(俺が、前のあいつとそっくりだったら…)
人生が変わって来そうな感じ。
生まれた時から、とても可愛い赤ん坊で…。
(その上、アルビノってわけなんだが…)
なんと言っても中身は俺だ、と、頑丈さには自信がある。
今の小さなブルーと違って、弱い身体ではないだろう。
サイオンにしても、不器用ではなく、今の自分と同じ程度に使える筈。
(つまり人生、何も困りはしない上に、だ…)
両親も環境も、今の自分と全く同じ。
「ソルジャー・ブルーにそっくり」だろうと、進んでゆく道は変わらない。
けれども、姿形が変わるのだから…。
(思いっ切りモテるに違いないぞ…)
とびきりの美形が、柔道と水泳の凄い腕前を持つんだから、と顎に当てた手。
「周りが放っておかないよな?」と、「試合に出る度、花束の山だ」と。
人生のコースは変わらなくても、彩りは大きく変わって来そう。
プロの選手になる道だって、今の自分は易々と蹴って来たけれど…。
(前のあいつにそっくりだったら、そう簡単には…)
断らせては貰えないな、と苦笑する。
プロの選手になった場合は、大勢のファンがつくだろうから、スカウトの方も諦めない。
「この条件で如何ですか」と、しつこく追って来るだろう。
家の前まで押し掛けて来たり、あらゆる所で待ち伏せたり、と。
(それでも、俺は断るんだが…)
教師の道に進むんだがな、と思うけれども、学校に来ても、その顔だから…。
(新人教師で、着任するなり…)
キャーッと黄色い悲鳴が上がって、年長組の女子生徒たちが騒ぎそう。
男子生徒も、ポカンとした顔で見詰めているのに違いない。
「凄い先生がやって来たぞ」と、「おまけに、柔道と水泳が強いんだって?」と。
(学校でも、モテてしまうんだ…)
今の自分も、生徒たちに人気の教師だけれども、それ以上に人気が出るだろう。
休み時間は引っ張りだこで、食堂に行っても、取り囲まれるに違いない。
(それから、此処が大事なトコで…)
前のあいつにそっくりだったら、外見の年は若いままだ、と大きく頷く。
けして年齢を重ねることなく、前のブルーと同じ姿になったら年を取るのを止めるだろう、と。
(だから当然、若い姿で…)
今の自分の年になっても、外見は「ソルジャー・ブルー」のまま。
「年齢を重ねた、三十代のソルジャー・ブルー」には、決してならない。
若い姿を保ったままだから、ファンの生徒も増えてゆく。
勤めた学校で出会った数だけ、「ハーレイ先生!」と慕う生徒が。
(そうなるに決まってるんだよなあ…)
俺の人生は大きく変わるぞ、と思うのは、その点。
前の自分も、今の自分も、年を重ねるのが好きなタイプで、その道を選んだ。
けれど、前のブルーにそっくりだったら、そちらを選びはしないだろう。
前の自分の記憶が無くても、魂は「全て覚えている」から。
「ブルーが年を重ねる」だなんて、「有り得ないことだ」と知っているから。
そういうわけで、「ソルジャー・ブルー」にそっくりだったら、年は取らない。
若い姿を保ち続けて、今のブルーと再会を遂げることになる。
チビのブルーの教室で出会って、ブルーに聖痕が現れて…。
(俺の記憶も、あいつの記憶も…)
一気に戻って、互いに恋に落ちるけれども、顔はそっくりな二人の出会い。
ブルーがチビの姿な分だけ、少々、救いはあるのだけれど…。
(…俺の記憶が戻ったら…)
なんと恋人は、今の自分と瓜二つな顔。
今は十四歳の子供で、年の差の分、まだマシだけれど、いずれ育てば、もう完全に…。
(見た人たちが、双子なのか、と思うくらいに…)
そっくりになって、見分けがつかない程だろう。
おまけに、チビのブルーと再会した後、家に帰って鏡を見たら…。
(……鏡の中に、前の俺が恋をしていた顔が……)
映るんだよな、と愕然とした。
いくら想像の世界と言っても、「そいつは、ちょっと…」と。
(おいおいおい…)
なんとも心臓に悪いじゃないか、という気がする。
鏡の向こうに、恋人の顔があるなんて。
前の生から愛し続けて、生まれ変わって、また巡り会えた人に、そっくりな顔が。
(…それまでは、俺の顔だと思っていたのが…)
実は違って、遠く遥かな時の彼方で、自分が恋をした人の顔。
しかも、その顔の「本当の持ち主」は、今ではチビになってしまって…。
(前と同じ姿に育つまでには、まだ何年もかかるってか?)
チビのブルーが大きくなるまで、前の自分が長く見ていた恋人の顔は見られない。
「ブルー」には違いないのだけれども、恋人同士になる前の顔をしたのがチビのブルー。
そして恋人だった「ブルー」の顔は、自分の身体にくっついている。
鏡を覗けば、いつだって、其処に「恋人だったブルー」にそっくりな顔が映る寸法。
本物のブルーは、まだ唇へのキスも出来ないチビなのに。
一緒に暮らせる日が来るのだって、何年も先のことなのに…。
(鏡の中には、俺が恋したブルーの顔が…)
いつ覗いてもあるんだよな、と泣きたいような、悔しいような、複雑な気分。
ブルーのことを想い続けて眠れない夜も、鏡を覗けば「ブルー」がいる。
それは自分の顔なのだけれど、見る度、ドキリとすることだろう。
「ブルーなのか!?」と心が跳ねて、直ぐにガッカリする夜だって、少なくない。
「今のあいつは、まだチビだった」と、「こういう姿は、まだ何年も見られないんだ」と。
(…そう思う度に、鏡の前に行ってだな…)
覗き込んだりするのだろうか、映っているのは「自分自身の顔」なのに。
其処に「ブルー」はいないというのに、愛おしい人の姿を重ねて。
キャプテン・ハーレイにそっくりな今の自分が、前のブルーの写真集を眺めているように。
(……お前なのか、と……)
メギドで散ったブルーに向かって、心で語り掛けるのだろうか。
「お前は帰って来たんだよな」と、「今度こそ、俺と暮らすんだろう?」と。
(鏡に映った自分に話し掛けてだな…)
チビのブルーには語れない恋を、切々と打ち明けているとなったら、まるで水仙。
そう、水仙になってしまった、ナルキッソスという少年。
(…水鏡に映った自分の姿に恋をしたヤツと…)
大して変わりはしないんだが、と思いはしても、そうなるだろう。
「ブルーの顔」が、其処にあるのなら。
前の自分が愛し続けた、愛おしい人の顔が「それ」なら。
(そっくりだったら、そういうことになっちまうから…)
早く育って欲しいモンだ、と「チビのブルー」の成長を待ち焦がれる日々。
「鏡の中の自分に恋をする」のは、なんとも不毛で悲しいから。
(…俺があいつの顔だった場合、ブルーの方も…)
かなりショックかもしれないけれども、自分と同じで、恋を投げ出しはしないだろう。
どんな「ハーレイ」が現れようとも、間違いなく恋をしてくれる筈。
健気に慕って、頑張って食べて、早く育とうと努力してくれて…。
(俺が鏡に語り掛ける夜を、少しでも…)
減らしてくれると嬉しいんだが、とコーヒーのカップを傾ける。
「でないと、俺は、当分、ナルキッソスなんだしな?」と。
努力したブルーが大きくなったら、そっくり同じ「ブルー」が二人。
片方は「キャプテン・ハーレイ」だけれど、見た目は「ソルジャー・ブルー」が二人。
(二人でデートに出掛けりしたら…)
注目を浴びて、熱い視線に追い掛けられることだろう。
道行く人が、片っ端から振り返って。
「今の顔、見た!?」などと、あちこちから声が聞こえて来て。
(だが、そんなのは…)
気にもしないで、ブルーとデートなんだからな、と深く吸い込むコーヒーの香り。
「俺は、あいつに恋してるんだし、周りなんか見えやしないから」と。
ブルーの方でも、間違いなく同じ気持ちだから。
(俺の顔が、あいつにそっくりだったら…)
大勢の人が、目の保養ってヤツを楽しめたんだが、とクックッと笑う。
「生憎と、今度も俺はキャプテン・ハーレイだった」と、「仕方ないな」と。
そっくりだったら、世の中、愉快だったのに。
双子のようなブルーと二人だったら、人生、違っていたのだろうに…。
そっくりだったら・了
※自分の顔が、ソルジャー・ブルーにそっくりだったら、と考えてみたハーレイ先生。
とてもモテそうな人生ですけど、チビのブルーに出会った途端に、ナルキッソスかも…v
瓜二つというわけなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(誰が見たって、今の俺の顔はキャプテン・ハーレイで…)
その顔に惚れ込んだ、キャプテン・ハーレイのファンだという理髪店主がいるくらい。
初めて店に入った瞬間、理髪店主はとても喜んだと、最近、知った。
(若きキャプテン・ハーレイが入って来たんですよ、と感激してたっけなあ…)
今は行きつけの、その理髪店で、今の髪型を勧められた。
キャプテン・ハーレイそのものになる、オールバックのスタイルを。
(俺も、嫌ではなかったし…)
それを選んで、服装以外は、前の自分と変わらない。
そっくりそのまま、「キャプテン・ハーレイ」。
(でもって、今のブルーの方も…)
少々、チビにはなっているけれど、ソルジャー・ブルーに瓜二つ。
いつか大きく育った時には、前のブルーそっくりの姿になる筈。
(神様も、実に気が利いてるよな)
前の俺たちと同じ姿を下さるなんて、と神に感謝する。
もちろん、ブルーがどんな姿でも、気にしないで恋をするけれど。
似ても似つかない顔立ちだろうと、人間ではないものになっていようと。
(あいつなのか、と信じられない顔であろうが、ウサギだろうが…)
俺は必ず、あいつを見付け出すんだから、と笑んだ所で、浮かんだ考え。
「待てよ?」と、「あいつが、俺にそっくりだったら?」と。
(…そう、今の俺に、そっくりなあいつ…)
キャプテン・ハーレイに瓜二つなブルー、そういうこともあったのかも、と。
(それでも、俺は気付くんだろうが…)
恋も出来るが、流石にちょっと…、と少し尻込みしたくなる。
なんと言っても、前の自分は「モテなかった」から。
白いシャングリラで暮らしていた頃、そんな定評があったものだから。
神様が生まれ変わらせてくれたのならば、姿に文句をつけてはいけない。
ブルーと二人で青い地球の上で、一緒に生きてゆけるのだから。
(とはいえ、前の俺が二人になるよりは…)
あいつが二人の方がいいな、と心の中で注文をつけた。
「どうせだったら、その方がいい」と、「それが、世の中のためってモンだ」と。
今の自分は、学生時代は、そこそこモテていたけれど。
ファンの女性もいたのだけれども、世間一般の認識からすれば…。
(断然、ソルジャー・ブルーの方が…)
人気があるのは、書店に並んだ写真集の数を見たって、ハッキリと分かる。
前のブルーの写真を収めた、写真集たちは大人気。
出版されている数も、ジョミーやキースの写真集よりも遥かに多い。
(そんなブルーと、同じ顔が増えた方がだな…)
きっと世間のためになる。
「キャプテン・ハーレイ」が二人いるより、「ソルジャー・ブルー」が二人がいい。
(目の保養というヤツだしな!)
そっくりだったら、そっちのコースでお願いしたい、とマグカップの縁を指で弾いた。
神様にだって、美意識くらいはあるだろうし、と笑いながら。
(俺が、前のあいつとそっくりだったら…)
人生が変わって来そうな感じ。
生まれた時から、とても可愛い赤ん坊で…。
(その上、アルビノってわけなんだが…)
なんと言っても中身は俺だ、と、頑丈さには自信がある。
今の小さなブルーと違って、弱い身体ではないだろう。
サイオンにしても、不器用ではなく、今の自分と同じ程度に使える筈。
(つまり人生、何も困りはしない上に、だ…)
両親も環境も、今の自分と全く同じ。
「ソルジャー・ブルーにそっくり」だろうと、進んでゆく道は変わらない。
けれども、姿形が変わるのだから…。
(思いっ切りモテるに違いないぞ…)
とびきりの美形が、柔道と水泳の凄い腕前を持つんだから、と顎に当てた手。
「周りが放っておかないよな?」と、「試合に出る度、花束の山だ」と。
人生のコースは変わらなくても、彩りは大きく変わって来そう。
プロの選手になる道だって、今の自分は易々と蹴って来たけれど…。
(前のあいつにそっくりだったら、そう簡単には…)
断らせては貰えないな、と苦笑する。
プロの選手になった場合は、大勢のファンがつくだろうから、スカウトの方も諦めない。
「この条件で如何ですか」と、しつこく追って来るだろう。
家の前まで押し掛けて来たり、あらゆる所で待ち伏せたり、と。
(それでも、俺は断るんだが…)
教師の道に進むんだがな、と思うけれども、学校に来ても、その顔だから…。
(新人教師で、着任するなり…)
キャーッと黄色い悲鳴が上がって、年長組の女子生徒たちが騒ぎそう。
男子生徒も、ポカンとした顔で見詰めているのに違いない。
「凄い先生がやって来たぞ」と、「おまけに、柔道と水泳が強いんだって?」と。
(学校でも、モテてしまうんだ…)
今の自分も、生徒たちに人気の教師だけれども、それ以上に人気が出るだろう。
休み時間は引っ張りだこで、食堂に行っても、取り囲まれるに違いない。
(それから、此処が大事なトコで…)
前のあいつにそっくりだったら、外見の年は若いままだ、と大きく頷く。
けして年齢を重ねることなく、前のブルーと同じ姿になったら年を取るのを止めるだろう、と。
(だから当然、若い姿で…)
今の自分の年になっても、外見は「ソルジャー・ブルー」のまま。
「年齢を重ねた、三十代のソルジャー・ブルー」には、決してならない。
若い姿を保ったままだから、ファンの生徒も増えてゆく。
勤めた学校で出会った数だけ、「ハーレイ先生!」と慕う生徒が。
(そうなるに決まってるんだよなあ…)
俺の人生は大きく変わるぞ、と思うのは、その点。
前の自分も、今の自分も、年を重ねるのが好きなタイプで、その道を選んだ。
けれど、前のブルーにそっくりだったら、そちらを選びはしないだろう。
前の自分の記憶が無くても、魂は「全て覚えている」から。
「ブルーが年を重ねる」だなんて、「有り得ないことだ」と知っているから。
そういうわけで、「ソルジャー・ブルー」にそっくりだったら、年は取らない。
若い姿を保ち続けて、今のブルーと再会を遂げることになる。
チビのブルーの教室で出会って、ブルーに聖痕が現れて…。
(俺の記憶も、あいつの記憶も…)
一気に戻って、互いに恋に落ちるけれども、顔はそっくりな二人の出会い。
ブルーがチビの姿な分だけ、少々、救いはあるのだけれど…。
(…俺の記憶が戻ったら…)
なんと恋人は、今の自分と瓜二つな顔。
今は十四歳の子供で、年の差の分、まだマシだけれど、いずれ育てば、もう完全に…。
(見た人たちが、双子なのか、と思うくらいに…)
そっくりになって、見分けがつかない程だろう。
おまけに、チビのブルーと再会した後、家に帰って鏡を見たら…。
(……鏡の中に、前の俺が恋をしていた顔が……)
映るんだよな、と愕然とした。
いくら想像の世界と言っても、「そいつは、ちょっと…」と。
(おいおいおい…)
なんとも心臓に悪いじゃないか、という気がする。
鏡の向こうに、恋人の顔があるなんて。
前の生から愛し続けて、生まれ変わって、また巡り会えた人に、そっくりな顔が。
(…それまでは、俺の顔だと思っていたのが…)
実は違って、遠く遥かな時の彼方で、自分が恋をした人の顔。
しかも、その顔の「本当の持ち主」は、今ではチビになってしまって…。
(前と同じ姿に育つまでには、まだ何年もかかるってか?)
チビのブルーが大きくなるまで、前の自分が長く見ていた恋人の顔は見られない。
「ブルー」には違いないのだけれども、恋人同士になる前の顔をしたのがチビのブルー。
そして恋人だった「ブルー」の顔は、自分の身体にくっついている。
鏡を覗けば、いつだって、其処に「恋人だったブルー」にそっくりな顔が映る寸法。
本物のブルーは、まだ唇へのキスも出来ないチビなのに。
一緒に暮らせる日が来るのだって、何年も先のことなのに…。
(鏡の中には、俺が恋したブルーの顔が…)
いつ覗いてもあるんだよな、と泣きたいような、悔しいような、複雑な気分。
ブルーのことを想い続けて眠れない夜も、鏡を覗けば「ブルー」がいる。
それは自分の顔なのだけれど、見る度、ドキリとすることだろう。
「ブルーなのか!?」と心が跳ねて、直ぐにガッカリする夜だって、少なくない。
「今のあいつは、まだチビだった」と、「こういう姿は、まだ何年も見られないんだ」と。
(…そう思う度に、鏡の前に行ってだな…)
覗き込んだりするのだろうか、映っているのは「自分自身の顔」なのに。
其処に「ブルー」はいないというのに、愛おしい人の姿を重ねて。
キャプテン・ハーレイにそっくりな今の自分が、前のブルーの写真集を眺めているように。
(……お前なのか、と……)
メギドで散ったブルーに向かって、心で語り掛けるのだろうか。
「お前は帰って来たんだよな」と、「今度こそ、俺と暮らすんだろう?」と。
(鏡に映った自分に話し掛けてだな…)
チビのブルーには語れない恋を、切々と打ち明けているとなったら、まるで水仙。
そう、水仙になってしまった、ナルキッソスという少年。
(…水鏡に映った自分の姿に恋をしたヤツと…)
大して変わりはしないんだが、と思いはしても、そうなるだろう。
「ブルーの顔」が、其処にあるのなら。
前の自分が愛し続けた、愛おしい人の顔が「それ」なら。
(そっくりだったら、そういうことになっちまうから…)
早く育って欲しいモンだ、と「チビのブルー」の成長を待ち焦がれる日々。
「鏡の中の自分に恋をする」のは、なんとも不毛で悲しいから。
(…俺があいつの顔だった場合、ブルーの方も…)
かなりショックかもしれないけれども、自分と同じで、恋を投げ出しはしないだろう。
どんな「ハーレイ」が現れようとも、間違いなく恋をしてくれる筈。
健気に慕って、頑張って食べて、早く育とうと努力してくれて…。
(俺が鏡に語り掛ける夜を、少しでも…)
減らしてくれると嬉しいんだが、とコーヒーのカップを傾ける。
「でないと、俺は、当分、ナルキッソスなんだしな?」と。
努力したブルーが大きくなったら、そっくり同じ「ブルー」が二人。
片方は「キャプテン・ハーレイ」だけれど、見た目は「ソルジャー・ブルー」が二人。
(二人でデートに出掛けりしたら…)
注目を浴びて、熱い視線に追い掛けられることだろう。
道行く人が、片っ端から振り返って。
「今の顔、見た!?」などと、あちこちから声が聞こえて来て。
(だが、そんなのは…)
気にもしないで、ブルーとデートなんだからな、と深く吸い込むコーヒーの香り。
「俺は、あいつに恋してるんだし、周りなんか見えやしないから」と。
ブルーの方でも、間違いなく同じ気持ちだから。
(俺の顔が、あいつにそっくりだったら…)
大勢の人が、目の保養ってヤツを楽しめたんだが、とクックッと笑う。
「生憎と、今度も俺はキャプテン・ハーレイだった」と、「仕方ないな」と。
そっくりだったら、世の中、愉快だったのに。
双子のようなブルーと二人だったら、人生、違っていたのだろうに…。
そっくりだったら・了
※自分の顔が、ソルジャー・ブルーにそっくりだったら、と考えてみたハーレイ先生。
とてもモテそうな人生ですけど、チビのブルーに出会った途端に、ナルキッソスかも…v
(前のぼくって……)
十五年間もパジャマ無しだったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今のブルーが着ているのは、パジャマ。
お風呂から上がったら、いつもパジャマで、それを着てベッドに入るけれども…。
(……十五年間も……)
パジャマは着ないで、ソルジャーの衣装で眠り続けたのが「ソルジャー・ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
(正確に言えば、ぼくがやったんじゃなくて…)
白いシャングリラにいた仲間たちが、着せつけてくれたソルジャーの衣装。
ベッドで昏々と眠り続けるソルジャー・ブルーが、いつ目覚めてもいいように、と。
(…心遣いは分かるんだけどね…)
途中からパジャマにしちゃえば良かったのに、と今だから思う。
「あんな衣装を着せておいても、起きて直ぐには、動けるわけがないんだから」と。
実際、前の自分は、そうだった。
キースの気配で目覚めたけれども、思念波さえも飛ばせなかったくらいの弱りっぷり。
「船が危ない」と知らせたくても、誰にも思念が届かないから、自分の二本の足を頼りに…。
(…ヨロヨロ歩いて、格納庫まで行って先回り…)
そうするしかなくて、その途中でも、何度も倒れた。
十五年間も眠り続けた上に、寿命の残りも少なくなってしまった身体は、弱すぎたから。
(あれじゃ、パジャマで歩いてたって…)
そんなに変わりはしないと思う、と振り返ってみる遠い出来事。
前の自分は、パジャマ姿で良かったのでは、と。
(そりゃあ、パジャマを着ていたら…)
キースの前にも、それで出て行くことになったけれども、構わないだろう。
あちらが「馬鹿にしているのか?」と怒ったとしても、結果が全て。
要はキースと対峙するだけ、もしかしたなら…。
(パジャマで、意表を突かれたキースは…)
隙が出来たかもしれないものね、という気だって、多少、するものだから。
それはともかく、前の自分が十五年間も着ていた衣装。
手袋もブーツも身に着けたままで、前の自分は眠り続けた。
(意識が無いから、邪魔だと思いはしないけど…)
着せつけた仲間も、それでいいのだと考えていたに違いない。
ソルジャーの衣装は、そういう風に出来ていたから。
特別な生地で作られていた、ソルジャーだけのための制服。
手袋もブーツも、着けたままでも「邪魔だと感じる」ことなどは無い。
まるで身体の一部のように、しっくりと馴染んだ手袋やブーツ。
そうだからこそ、誰一人として「パジャマの方がいいのでは」とは、言い出さなかった。
十五年間も眠っていようと、衣装のせいで身体に悪影響は出ないから。
むしろパジャマを着せつけた方が、体調管理が難しいほどで。
(…シャングリラの中は、空調が効いているけれど…)
青の間の空調も完璧だけれど、万一ということはある。
宇宙空間を飛んでいる船で、空調が壊れてしまったならば…。
(アッと言う間に、とんでもなく冷えて…)
部屋の中でも氷が張るほど、寒くなってしまうというのは常識。
逆に、恒星の近くを飛んでいたなら、とんでもなく暑くなることだろう。
絶え間なくシャワーを浴びていたいほど、水風呂に浸かっていたいくらいに。
(そうなるまでは、ほんの一瞬…)
いくら青の間が広いと言っても、「丁度いい温度」を長く保ってはいられない。
それに、青の間に影響が出るほどだったら、他の場所だって大変な状態。
(…青の間を後回し、ってことは無いけど…)
手が回らないことは確実、どうしても遅れが出てしまう。
その間に、弱って昏睡状態の「ソルジャー・ブルー」の身に何かあったら…。
(もう、取り返しがつかないものね?)
だからパジャマじゃ危ないんだよ、と渋々、納得せざるを得ない。
「パジャマに着替えさせた方がいいのでは」なんて、言えやしない、と。
善意でパジャマを着せたばかりに、空調の故障で、ソルジャーが風邪を引いたなら…。
(命が危なくなることだって…)
ありそうなのだし、あの制服を着せておくのが一番安全。
見た目は窮屈そうに見えても、そうではないのは、誰もが知っていたことだから。
(…そうなんだけど…)
今のぼくだと、パジャマがいいな、と眺めた自分のパジャマの袖。
ベッドでぐっすり眠るためには、断然、パジャマの方がいい。
(……ソルジャーの制服、着心地は悪くないんだけれど……)
ブーツまで履いて、ベッドに入るというのはちょっと…、と足をぶらぶらさせてみる。
ベッドに入って、シーツの海と掛け布団の波にくるまれる時には、素足がいい。
ブーツなんかが間に入れば、せっかくの幸せなフカフカ気分が台無しだから。
(…そうはならない、って分かってるけど…)
ソルジャーのブーツは特別だから、シーツも布団も、フカフカ感も分かる筈。
手袋も同じで、着けていたって、ベッドの心地良さは伝わるけれど…。
(やっぱり、普通に寝たいってば!)
あんな服なんか着たままよりも、とプウッと頬を膨らませた。
「前のぼくって、我慢強いよ」と、「いつだって、あれを着てたんだから」と。
(十五年間、眠っていた時は…)
意識なんかは無かったけれども、そうなる前は違っていた。
何処へ行くにも、何をするにしても、あの制服をきちんと着ていた。
仲間たちの目に入る場所では、手袋を外すことさえしないで、背中にはマント。
それがソルジャーの正装だったし、仕方なくと言えば「仕方なく」。
(…いつの間にか、ぼくも慣れてしまって…)
そういうものだと思っていたから、特に不自由は感じなかった。
「マントを外して、のんびりしたいな」とは思わなかったし、手袋も同じ。
たまに、チラリと思いはしたって…。
(実行したりはしなかったしね?)
今のぼくなら、絶対に無理、とフウと溜息を零したけれど…。
(…今、あの服があったなら…)
どうなるのかな、と思考が別の方へと向いた。
「ソルジャー・ブルー」は、今の時代は、絶大な人気を誇っている。
あの制服だって、似たものが売られていそうな感じ。
特別な生地ではないだろうけれど、見た目だけなら瓜二つのが。
だから「着よう」と思いさえすれば、あの服はきっと、手に入るけれど…。
(でも、そんなのじゃなくて…)
本物の制服だったなら…、と「もしも」の世界が頭に浮かんだ。
前の自分が着ていた衣装が、今の世界に現れたなら、と。
(…普通なら、有り得ないんだけれど…)
聖痕をくれた神様だったら、そのくらいは「お安い御用」だろう。
ある日、神様が悪戯心を起こして、あの制服を届けて来るとか。
(朝、目が覚めたら、枕元に…)
綺麗に畳まれたソルジャーの衣装が、ポンと置かれているかもしれない。
ブーツも手袋も、それにマントも、ちゃんと揃っているものが。
(これは何なの、って目を丸くして見ていたら…)
高い空から、神様の声が降って来る。
「今日は一日、その服を着て過ごしなさい」と。
(そんなの困るよ、って、大慌てで…)
クローゼットの扉を開けたら、普段の服は消えてしまって何処にも無い。
朝、着るつもりで用意していた服はもちろん、学校の制服までもが消え失せた世界。
(…着ていたパジャマはあるけれど…)
他には何も残っていなくて、学校へ行こうと思うのならば…。
(ソルジャーの服を着るしかなくって…)
神様が寄越した服の側には、「その服は誰にも見えませんよ」と書かれた紙が置いてある。
「だから安心して、それを着なさい」と、「学校にだって行けますから」と。
(そう言われたら、着るしかないじゃない…!)
パジャマだけはあるから、学校を休めば、ソルジャーの衣装は着なくていい。
「具合が悪いよ」と母に訴えたら、「寝ていなさい」と言われるから。
「学校には連絡を入れておくから」と、「無理に起きたりしちゃ駄目よ」と。
(でも、そんな日に限って…)
古典の授業があるんだよね、と頭に描いたハーレイの顔。
前の生から愛した恋人、今は学校の古典の教師。
そのハーレイに会いたいのならば、学校を休むわけにはいかない。
ソルジャーの衣装を着るしかなくても、ハーレイの授業は受けたいのだし…。
(諦めて、着るしかないってこと…)
他に選択肢は一つも無いから、パジャマを脱いで、神様が悪戯で寄越した衣装を。
着込むしかない、ソルジャーの衣装。
前の自分で馴れているから、チビの自分でも困らずに着られる。
シャングリラの仲間たちが来ていた制服に似た服、それを最初に身に着けて…。
(それから上着で、手袋をはめて…)
ブーツを履いたら、最後にマント。
あの制服が出来た時には、前の自分は育っていたから、チビの姿で着たことは無い。
(そういう意味では、とっても新鮮…)
鏡に映ったチビの自分は、「少年の姿のソルジャー・ブルー」。
凛々しいと言うより、可愛らしい、といった感じだろうか。
(…パパやママとか、ハーレイの感想…)
是非とも聞いてみたいけれども、残念なことに、他の人の目には映らない。
階段を下りて、朝食を食べにダイニングに行っても、母にソルジャーの衣装は見えない。
(早く食べないと遅刻するわよ、って…)
言われるだけで、朝食を載せたお皿が並べられるだけ。
トーストか、あるいはホットケーキか。
それにサラダと、紅茶かミルク。
(前の晩に、あまり食べてなかったら…)
「食べなさいね」と、目玉焼きかオムレツもあることだろう。
珍しいメニューではないのだけれども、ソルジャーの衣装というのが問題。
手袋をはめたまま、トーストを口にするしかない。
トーストを千切るのも、バターを塗るのも、手袋をはめた手。
(それじゃ、食べた気、しないんだけど…!)
前のぼくとは違うんだから、と文句を言っても始まらない。
神様は承知で衣装を寄越したのだし、母には「見えてはいない」のだから。
(…ホットケーキだったら、少しはマシかも…)
ナイフとフォークで食べるんだしね、と思いはしても、やっぱり馴染まない。
「手袋をはめたまま食事」だなんて、今の自分は未経験だから。
前の自分の記憶があっても、それとこれとは別問題。
(お昼御飯も、晩御飯の時も、おやつの時間も手袋なの…?)
何処に食べたか分からないよ、と泣きたい気分。
「酷い」と、「手袋を外したいよ」と。
(…御飯も、おやつも、美味しさ半減…)
半分どころか、八割ほど減ってしまうかも、と嘆くしかない「手袋をはめた手」。
それだけでもツイていないというのに、そんな思いをしてまで着ているソルジャーの服は…。
(ハーレイに会っても、見ては貰えないんだよ!)
せっかくチビの自分の姿で、あの制服を着ているのに。
もしハーレイが気付いてくれたら、「似合うじゃないか」と言ってくれそうなのに。
(チビでも、ちゃんと似合うもんだな、って…)
あの大きな手で、頭をクシャリと撫でてくれそう。
学校では時間が無かったとしても、仕事帰りに、わざわざ家まで訪ねて来てくれて。
(だけど、ハーレイには見えていなくて…)
ついでに、そういう時に限って、仕事が忙しいのだろう。
帰りに寄ってはくれない日。
「今日はハーレイ、来てくれなかった…」と、ガッカリする日。
(制服だけでも厄介なのに、ハーレイは来てくれなくて…)
手袋をはめて、おやつと、それに晩御飯、と情けない気分。
「あの服があったなら、そうなっちゃいそう」と、肩を落として。
ちょっと想像してみただけでは、いいことは思い付かなくて。
(…もしも、あの服があったなら…)
一日だけでクタクタだよ、と溜息だけしか出て来ないから、あの服は要らない。
いくら特別な衣装でも。
前の生では馴染んだ服でも、今の時代も瓜二つの服が売られるくらいに大人気でも…。
あの服があったなら・了
※今の自分が、ソルジャーの制服を着ることになったなら、と想像してみたブルー君。
手袋をはめたまま食事するだけでも、大変そうな感じです。きっと一日でクタクタですねv
十五年間もパジャマ無しだったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今のブルーが着ているのは、パジャマ。
お風呂から上がったら、いつもパジャマで、それを着てベッドに入るけれども…。
(……十五年間も……)
パジャマは着ないで、ソルジャーの衣装で眠り続けたのが「ソルジャー・ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
(正確に言えば、ぼくがやったんじゃなくて…)
白いシャングリラにいた仲間たちが、着せつけてくれたソルジャーの衣装。
ベッドで昏々と眠り続けるソルジャー・ブルーが、いつ目覚めてもいいように、と。
(…心遣いは分かるんだけどね…)
途中からパジャマにしちゃえば良かったのに、と今だから思う。
「あんな衣装を着せておいても、起きて直ぐには、動けるわけがないんだから」と。
実際、前の自分は、そうだった。
キースの気配で目覚めたけれども、思念波さえも飛ばせなかったくらいの弱りっぷり。
「船が危ない」と知らせたくても、誰にも思念が届かないから、自分の二本の足を頼りに…。
(…ヨロヨロ歩いて、格納庫まで行って先回り…)
そうするしかなくて、その途中でも、何度も倒れた。
十五年間も眠り続けた上に、寿命の残りも少なくなってしまった身体は、弱すぎたから。
(あれじゃ、パジャマで歩いてたって…)
そんなに変わりはしないと思う、と振り返ってみる遠い出来事。
前の自分は、パジャマ姿で良かったのでは、と。
(そりゃあ、パジャマを着ていたら…)
キースの前にも、それで出て行くことになったけれども、構わないだろう。
あちらが「馬鹿にしているのか?」と怒ったとしても、結果が全て。
要はキースと対峙するだけ、もしかしたなら…。
(パジャマで、意表を突かれたキースは…)
隙が出来たかもしれないものね、という気だって、多少、するものだから。
それはともかく、前の自分が十五年間も着ていた衣装。
手袋もブーツも身に着けたままで、前の自分は眠り続けた。
(意識が無いから、邪魔だと思いはしないけど…)
着せつけた仲間も、それでいいのだと考えていたに違いない。
ソルジャーの衣装は、そういう風に出来ていたから。
特別な生地で作られていた、ソルジャーだけのための制服。
手袋もブーツも、着けたままでも「邪魔だと感じる」ことなどは無い。
まるで身体の一部のように、しっくりと馴染んだ手袋やブーツ。
そうだからこそ、誰一人として「パジャマの方がいいのでは」とは、言い出さなかった。
十五年間も眠っていようと、衣装のせいで身体に悪影響は出ないから。
むしろパジャマを着せつけた方が、体調管理が難しいほどで。
(…シャングリラの中は、空調が効いているけれど…)
青の間の空調も完璧だけれど、万一ということはある。
宇宙空間を飛んでいる船で、空調が壊れてしまったならば…。
(アッと言う間に、とんでもなく冷えて…)
部屋の中でも氷が張るほど、寒くなってしまうというのは常識。
逆に、恒星の近くを飛んでいたなら、とんでもなく暑くなることだろう。
絶え間なくシャワーを浴びていたいほど、水風呂に浸かっていたいくらいに。
(そうなるまでは、ほんの一瞬…)
いくら青の間が広いと言っても、「丁度いい温度」を長く保ってはいられない。
それに、青の間に影響が出るほどだったら、他の場所だって大変な状態。
(…青の間を後回し、ってことは無いけど…)
手が回らないことは確実、どうしても遅れが出てしまう。
その間に、弱って昏睡状態の「ソルジャー・ブルー」の身に何かあったら…。
(もう、取り返しがつかないものね?)
だからパジャマじゃ危ないんだよ、と渋々、納得せざるを得ない。
「パジャマに着替えさせた方がいいのでは」なんて、言えやしない、と。
善意でパジャマを着せたばかりに、空調の故障で、ソルジャーが風邪を引いたなら…。
(命が危なくなることだって…)
ありそうなのだし、あの制服を着せておくのが一番安全。
見た目は窮屈そうに見えても、そうではないのは、誰もが知っていたことだから。
(…そうなんだけど…)
今のぼくだと、パジャマがいいな、と眺めた自分のパジャマの袖。
ベッドでぐっすり眠るためには、断然、パジャマの方がいい。
(……ソルジャーの制服、着心地は悪くないんだけれど……)
ブーツまで履いて、ベッドに入るというのはちょっと…、と足をぶらぶらさせてみる。
ベッドに入って、シーツの海と掛け布団の波にくるまれる時には、素足がいい。
ブーツなんかが間に入れば、せっかくの幸せなフカフカ気分が台無しだから。
(…そうはならない、って分かってるけど…)
ソルジャーのブーツは特別だから、シーツも布団も、フカフカ感も分かる筈。
手袋も同じで、着けていたって、ベッドの心地良さは伝わるけれど…。
(やっぱり、普通に寝たいってば!)
あんな服なんか着たままよりも、とプウッと頬を膨らませた。
「前のぼくって、我慢強いよ」と、「いつだって、あれを着てたんだから」と。
(十五年間、眠っていた時は…)
意識なんかは無かったけれども、そうなる前は違っていた。
何処へ行くにも、何をするにしても、あの制服をきちんと着ていた。
仲間たちの目に入る場所では、手袋を外すことさえしないで、背中にはマント。
それがソルジャーの正装だったし、仕方なくと言えば「仕方なく」。
(…いつの間にか、ぼくも慣れてしまって…)
そういうものだと思っていたから、特に不自由は感じなかった。
「マントを外して、のんびりしたいな」とは思わなかったし、手袋も同じ。
たまに、チラリと思いはしたって…。
(実行したりはしなかったしね?)
今のぼくなら、絶対に無理、とフウと溜息を零したけれど…。
(…今、あの服があったなら…)
どうなるのかな、と思考が別の方へと向いた。
「ソルジャー・ブルー」は、今の時代は、絶大な人気を誇っている。
あの制服だって、似たものが売られていそうな感じ。
特別な生地ではないだろうけれど、見た目だけなら瓜二つのが。
だから「着よう」と思いさえすれば、あの服はきっと、手に入るけれど…。
(でも、そんなのじゃなくて…)
本物の制服だったなら…、と「もしも」の世界が頭に浮かんだ。
前の自分が着ていた衣装が、今の世界に現れたなら、と。
(…普通なら、有り得ないんだけれど…)
聖痕をくれた神様だったら、そのくらいは「お安い御用」だろう。
ある日、神様が悪戯心を起こして、あの制服を届けて来るとか。
(朝、目が覚めたら、枕元に…)
綺麗に畳まれたソルジャーの衣装が、ポンと置かれているかもしれない。
ブーツも手袋も、それにマントも、ちゃんと揃っているものが。
(これは何なの、って目を丸くして見ていたら…)
高い空から、神様の声が降って来る。
「今日は一日、その服を着て過ごしなさい」と。
(そんなの困るよ、って、大慌てで…)
クローゼットの扉を開けたら、普段の服は消えてしまって何処にも無い。
朝、着るつもりで用意していた服はもちろん、学校の制服までもが消え失せた世界。
(…着ていたパジャマはあるけれど…)
他には何も残っていなくて、学校へ行こうと思うのならば…。
(ソルジャーの服を着るしかなくって…)
神様が寄越した服の側には、「その服は誰にも見えませんよ」と書かれた紙が置いてある。
「だから安心して、それを着なさい」と、「学校にだって行けますから」と。
(そう言われたら、着るしかないじゃない…!)
パジャマだけはあるから、学校を休めば、ソルジャーの衣装は着なくていい。
「具合が悪いよ」と母に訴えたら、「寝ていなさい」と言われるから。
「学校には連絡を入れておくから」と、「無理に起きたりしちゃ駄目よ」と。
(でも、そんな日に限って…)
古典の授業があるんだよね、と頭に描いたハーレイの顔。
前の生から愛した恋人、今は学校の古典の教師。
そのハーレイに会いたいのならば、学校を休むわけにはいかない。
ソルジャーの衣装を着るしかなくても、ハーレイの授業は受けたいのだし…。
(諦めて、着るしかないってこと…)
他に選択肢は一つも無いから、パジャマを脱いで、神様が悪戯で寄越した衣装を。
着込むしかない、ソルジャーの衣装。
前の自分で馴れているから、チビの自分でも困らずに着られる。
シャングリラの仲間たちが来ていた制服に似た服、それを最初に身に着けて…。
(それから上着で、手袋をはめて…)
ブーツを履いたら、最後にマント。
あの制服が出来た時には、前の自分は育っていたから、チビの姿で着たことは無い。
(そういう意味では、とっても新鮮…)
鏡に映ったチビの自分は、「少年の姿のソルジャー・ブルー」。
凛々しいと言うより、可愛らしい、といった感じだろうか。
(…パパやママとか、ハーレイの感想…)
是非とも聞いてみたいけれども、残念なことに、他の人の目には映らない。
階段を下りて、朝食を食べにダイニングに行っても、母にソルジャーの衣装は見えない。
(早く食べないと遅刻するわよ、って…)
言われるだけで、朝食を載せたお皿が並べられるだけ。
トーストか、あるいはホットケーキか。
それにサラダと、紅茶かミルク。
(前の晩に、あまり食べてなかったら…)
「食べなさいね」と、目玉焼きかオムレツもあることだろう。
珍しいメニューではないのだけれども、ソルジャーの衣装というのが問題。
手袋をはめたまま、トーストを口にするしかない。
トーストを千切るのも、バターを塗るのも、手袋をはめた手。
(それじゃ、食べた気、しないんだけど…!)
前のぼくとは違うんだから、と文句を言っても始まらない。
神様は承知で衣装を寄越したのだし、母には「見えてはいない」のだから。
(…ホットケーキだったら、少しはマシかも…)
ナイフとフォークで食べるんだしね、と思いはしても、やっぱり馴染まない。
「手袋をはめたまま食事」だなんて、今の自分は未経験だから。
前の自分の記憶があっても、それとこれとは別問題。
(お昼御飯も、晩御飯の時も、おやつの時間も手袋なの…?)
何処に食べたか分からないよ、と泣きたい気分。
「酷い」と、「手袋を外したいよ」と。
(…御飯も、おやつも、美味しさ半減…)
半分どころか、八割ほど減ってしまうかも、と嘆くしかない「手袋をはめた手」。
それだけでもツイていないというのに、そんな思いをしてまで着ているソルジャーの服は…。
(ハーレイに会っても、見ては貰えないんだよ!)
せっかくチビの自分の姿で、あの制服を着ているのに。
もしハーレイが気付いてくれたら、「似合うじゃないか」と言ってくれそうなのに。
(チビでも、ちゃんと似合うもんだな、って…)
あの大きな手で、頭をクシャリと撫でてくれそう。
学校では時間が無かったとしても、仕事帰りに、わざわざ家まで訪ねて来てくれて。
(だけど、ハーレイには見えていなくて…)
ついでに、そういう時に限って、仕事が忙しいのだろう。
帰りに寄ってはくれない日。
「今日はハーレイ、来てくれなかった…」と、ガッカリする日。
(制服だけでも厄介なのに、ハーレイは来てくれなくて…)
手袋をはめて、おやつと、それに晩御飯、と情けない気分。
「あの服があったなら、そうなっちゃいそう」と、肩を落として。
ちょっと想像してみただけでは、いいことは思い付かなくて。
(…もしも、あの服があったなら…)
一日だけでクタクタだよ、と溜息だけしか出て来ないから、あの服は要らない。
いくら特別な衣装でも。
前の生では馴染んだ服でも、今の時代も瓜二つの服が売られるくらいに大人気でも…。
あの服があったなら・了
※今の自分が、ソルジャーの制服を着ることになったなら、と想像してみたブルー君。
手袋をはめたまま食事するだけでも、大変そうな感じです。きっと一日でクタクタですねv
(俺の服なあ……)
すっかり変わっちまったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
一口、飲もうと口に運んだ時、目に入ったものが服の袖口。
なんということも無いのだけれども、今夜は、それに「気が付いた」。
(いつもの見慣れたシャツなんだがな…)
何処も変わっちゃいないんだが、と改めて、しげしげと見る。
仕事に着ていくわけではないから、ワイシャツではない、ただの普段着。
家でゆったり寛げるように、選んで買った中の一枚。
とはいえ、高級品ではなくて…。
(大抵の店には、置いてるような類のヤツで…)
値段の方も、ごくごく普通の、平凡なシャツに過ぎない「それ」。
(…ところが、どっこい…)
百八十度の転換なんだ、と袖口を軽く引っ張った。
「こんな服、前は着ちゃいなかった」と。
前と言っても、子供時代のことではなくて、それよりも、ずっと昔のこと。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
あの頃の、自分の服と言ったら…。
(カッチリとしてた、キャプテンの服で…)
上着ばかりか、マントまでもがくっついていた。
そう、「マントまで着けて」仕上がる服装、省略することは許されない。
何故なら、それが「制服」だから。
キャプテンと言えば上着にマントで、何処へ行くにも、その恰好。
(うんと暑くて、入っただけで汗が出て来るような…)
機関部の奥へ入る時にも、キャプテンは上着とマントを着用。
汗をかくのが嫌なのだったら、シールドを張れば済むことだから。
ただし、シャングリラでの約束事は…。
(むやみにサイオンを使わないことで…)
キャプテンが進んで破るのは…、と考えたから、いつも汗だくになっていた。
機関部のクルーも汗だくだったし、其処へ入ってゆくのだから。
実にとんでもない服だった、と今になったら思える制服。
当時の自分は、それに馴染んでいたけれど。
「汗をかいたら着替えればいい」と、暑い場所にも行ったくらいに「普段の服装」。
(今なら、御免蒙りたいぞ…)
行き先が暑いと分かっているなら、まずは上着を置いて出掛ける。
それでも汗が出そうだったら、袖を捲って、襟元のボタンも外してやって…。
(許されるんなら、シャツなんてヤツは…)
脱いでしまって、下着の方のシャツになるのがいいだろう。
誰も咎めはしないのだったら、下着のシャツも脱いだっていい。
(そうすりゃ、うんと暑くったって、だ…)
流れる汗をタオルで拭きつつ、其処での仕事を片付けてやって、その後は…。
(タオルを冷たい水で絞って、身体を拭いて、サッパリとして…)
元の服を着て、爽やかな気分で帰ればいい。
「よし、一仕事、片付いたぞ」と、充実感を噛み締めながら。
(今の俺だと、そう出来るんだが…)
キャプテンだった頃は、違うんだよな、と「今の普段着」を眺めてみた。
「こんな服さえ、着られなかった時代なんだ」と。
シャングリラで暮らすミュウは制服、私服なんかは無かったから。
(…制服が出来る前の時代は、前の俺だって…)
自分のサイズに合えばいいから、と適当な服を選んで着ていた。
その時代ならば、暑い場所では袖を捲って…。
(脱いじまってた時もあるんだが、制服が出来てからの時代は…)
何処へ行くにも常に制服、ご丁寧にも、背中にはマント。
朝、目覚めたら、直ぐに着替えねばならなかった。
何の役職も無い仲間ならば、「これで完成」という服を身につけ、その上に制服。
(上着に、ズボンに、背中にはマント…)
よくも毎日、着ていたもんだ、と我が事ながら感心させられる。
「スーツだったら、馴れたモンだが」と、「スーツより、よっぽど御大層だぞ」と。
スーツも「きちんとしている」けれども、上着を羽織って、ネクタイを締めれば完成する。
マントなんかは要らないわけだし、ネクタイは好みで選べるのだから。
(アレを毎日、着ていたってか…)
ご苦労なことだ、と思うけれども、懐かしくもある。
今はもう、持ってはいない服だし、袖を通す日も来ないから。
クローゼットの何処を探しても、あの服は、出ては来ないのだから。
(…キャプテン・ハーレイの制服、ってヤツは…)
探せば、売られていそうではある。
なんと言っても英雄なのだし、少ないとはいえ、ファンがいるのも間違いない。
行きつけの理髪店の店主も、その一人。
「キャプテン・ハーレイに瓜二つ」の「ハーレイ」、その来店を心待ちにしているほどに。
(ファンがいるなら、ニーズの方も…)
きっとあるから、レプリカとまではいかないまでも、似たような服があるだろう。
上着とズボンとマントのセットで、着れば「キャプテン」の気分になれるのが。
(まあ、そういうのは、先のお楽しみで、だ…)
いつかブルーと暮らし始めたら、探してみるのもいいかもしれない。
あの制服を着て「キャプテン・ハーレイ」風に暮らす一日。
ブルーには、ちゃんと敬語を使って、白いシャングリラにいた頃のように。
(ちょいと素敵な日になるかもな?)
悪くないぞ、と考えるけれど、今、あの服が此処にあったら。
ブルーとの素敵な時間などとは、まるで関係なく「現れる」服。
(…一日だけ、これを着ていろ、と…)
神様の気まぐれで湧いて出たなら、どうだろう。
(なんたって、神様のなさることだし…)
あの制服を着込んでいたって、誰も変には思わない。
チビのブルーにバッタリ会っても、ブルーも「それ」とは気付かない仕組み。
ただ「自分」だけが、「あの服なんだ」と自覚する服。
(…裸の王様みたいだが…)
裸ってことではないわけなんだ、と顎に手を当てた。
マントまでついた面倒な服は、今の自分を縛っているだけ、他の人とは無関係。
生徒に会おうが、同僚に会おうが、「その服は?」などと訊かれはしない。
彼らの目には、いつも通りの「ハーレイ」の姿が映るから。
ブルーに会っても同じ理屈で、普段通りの服の「ハーレイ」がいるだけだから。
神様が仕掛けた、「キャプテンの制服」で過ごす一日。
たった一日だけだとはいえ、前の自分の服装で暮らすことになったなら…。
(…どうなるんだ?)
俺の暮らしは、と想像の翼を羽ばたかせる。
朝、目を覚ましたら、枕元に揃えて置かれている「それ」。
神様からのメッセージつきで、「他の人には見えませんから」と説明つきのキャプテンの服。
(一日だけ、これで過ごして下さい、と…)
そう神様が仰るからには、他の選択肢は無いのだろう。
家の中から、普段の服やらスーツなんかは消えてしまって、何処にも無い。
「他の服は?」と慌てて探し回っても、クローゼットの中は空っぽで。
「無いなら、急いで洗って着るぞ」と走って行っても、洗濯物の籠も綺麗に空で。
(…そうなると、着るしかないわけで…)
パジャマ姿で顔を洗ったら、「あの服」に袖を通すしかない。
他のミュウたちも着ていた服から、先に纏って。
(出来れば、其処で朝飯をだな…)
食いたいんだが、と思うけれども、きっと神様に叱られる。
天から、声が降って来て。
「あの頃のように暮らしなさい」と、「朝食は、着替えてからですよ」と。
(…つまりは、アレを着込んでだな…)
上着もマントも、きちんと着けて、それから朝食の支度をする。
トーストを焼いたり、コーヒーを淹れるのは、まだいいとしても…。
(俺の気に入りの朝飯ってヤツは…)
オムレツなどの卵料理に、ソーセージやベーコンを添えたもの。
サラダも欲しいし、そういったものを「キャプテンの服で」用意しなければ。
白いシャングリラでは、朝食は作らなかったのに。
厨房に立つことさえも無くて、料理は全て、厨房のクルー任せだったのに。
(…だが、たった一つ…)
前のブルーのための野菜スープは、あの制服で作っていた。
クルーに混じって厨房に立って、ただし、腕捲りなどはしないで。
キャプテンの威厳を保たなければ、とマントも外さず、着込んだままで。
(…ということは、今の俺が朝飯を作るのも…)
条件は全く同じなんだな、とクラリとした。
「あの格好でフライパンか」と、「卵を割って、焼けってことか」と。
確かに、前の自分だった頃には、こう言ったものだ。
片目を軽くパチンと瞑って、「フライパンも船も、似たようなものさ」と。
どちらも焦がさないのが大切、そう嘯いていたけれど。
後継者のシドも、同じ言葉で励ましたけれど、今の自分の敵はフライパン。
いきなりキャプテンの制服を着せられ、オムレツを焼けと言われても…。
(焦がしちまう気しかしないんだが…!)
袖とかに気を取られてて…、と嫌な予感がこみ上げてくる。
普段の服なら、鼻歌交じりにオムレツを焼いて、スクランブルエッグも慣れたもの。
目玉焼きも好みの加減に焼けるし、ご機嫌な朝の始まりなのに…。
(…あの服があったら、卵料理は…)
失敗だろうな、と零れる溜息。
そうして出来た失敗作を、あの制服を纏って食べる。
テーブルも椅子も、ダイニングからの庭の景色も、いつもと全く変わらない朝。
その中で「自分」だけが異分子、キャプテンの制服を着ての朝食。
食べ終わったら、白いシャングリラの頃と違って…。
(皿もカップも、焦がしちまったフライパンも…)
自分で洗うしかない運命で、其処でも袖は捲れない。
エプロンを着けるなど言語道断、キャプテンは、あくまでキャプテンらしく。
(……威厳たっぷりに、皿洗いなんぞ……)
あってたまるか、と言いたいけれども、あの服があったら、そうするしかない。
神様は「あの服を着て、一日、過ごしなさい」と、キャプテンの制服を寄越したから。
他の人には見えないように細工までして、枕元に置いて行ったのだから。
(…なんとか、汚さないように…)
気を遣いながら洗い物を済ませて、お次は出勤。
愛車の運転席に座って、エンジンをスタート。
(シャングリラ発進! と、普段から、やってはいるんだが…)
まさか制服で運転する日が来るなんて、と、其処は愉快な気分ではある。
シャングリラの舵輪を握っていた服、それで車のハンドルを握って走るのだから。
(学校の仕事は、皿洗いとかに比べれば…)
あの制服でも問題は無くて、ブルーが気付いてくれないことが寂しい程度。
柔道部の指導は、神様が制服を寄越したからには、その日は、恐らく無いのだろう。
(会議に出て下さい、とか、そんな具合で…)
柔道着に着替える場面は無しで、仕事が終われば、ブルーの家には寄れないで…。
(買い物をして帰りなさい、と、神様が…)
そんな所だ、と思い浮かべる買い物の風景。
「この服でも、作るのに困らん料理を選ばないと」と、スーパーで頭を悩ませる自分。
手抜きではなくて、しっかり食べられて、洗い物の数は少なめで…。
(鍋ってトコだな、そして食っても、寝るまでは、ずっと…)
書斎でも制服のままなんだぞ、と考えただけで肩が凝りそう。
「あの服があったら、俺は一日でヘトヘトだ」と。
前の自分は、よく平気だったと、感心しながらコーヒーのカップを傾ける。
「尊敬するぞ」と、「キャプテンだった俺に、乾杯だな」と…。
あの服があったら・了
※もしも今、キャプテンの制服を着ることになったら、と想像してみたハーレイ先生。
あの制服で普段通りの一日、考えただけでも大変そう。ヘトヘトになって、肩凝りまでv
すっかり変わっちまったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
一口、飲もうと口に運んだ時、目に入ったものが服の袖口。
なんということも無いのだけれども、今夜は、それに「気が付いた」。
(いつもの見慣れたシャツなんだがな…)
何処も変わっちゃいないんだが、と改めて、しげしげと見る。
仕事に着ていくわけではないから、ワイシャツではない、ただの普段着。
家でゆったり寛げるように、選んで買った中の一枚。
とはいえ、高級品ではなくて…。
(大抵の店には、置いてるような類のヤツで…)
値段の方も、ごくごく普通の、平凡なシャツに過ぎない「それ」。
(…ところが、どっこい…)
百八十度の転換なんだ、と袖口を軽く引っ張った。
「こんな服、前は着ちゃいなかった」と。
前と言っても、子供時代のことではなくて、それよりも、ずっと昔のこと。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
あの頃の、自分の服と言ったら…。
(カッチリとしてた、キャプテンの服で…)
上着ばかりか、マントまでもがくっついていた。
そう、「マントまで着けて」仕上がる服装、省略することは許されない。
何故なら、それが「制服」だから。
キャプテンと言えば上着にマントで、何処へ行くにも、その恰好。
(うんと暑くて、入っただけで汗が出て来るような…)
機関部の奥へ入る時にも、キャプテンは上着とマントを着用。
汗をかくのが嫌なのだったら、シールドを張れば済むことだから。
ただし、シャングリラでの約束事は…。
(むやみにサイオンを使わないことで…)
キャプテンが進んで破るのは…、と考えたから、いつも汗だくになっていた。
機関部のクルーも汗だくだったし、其処へ入ってゆくのだから。
実にとんでもない服だった、と今になったら思える制服。
当時の自分は、それに馴染んでいたけれど。
「汗をかいたら着替えればいい」と、暑い場所にも行ったくらいに「普段の服装」。
(今なら、御免蒙りたいぞ…)
行き先が暑いと分かっているなら、まずは上着を置いて出掛ける。
それでも汗が出そうだったら、袖を捲って、襟元のボタンも外してやって…。
(許されるんなら、シャツなんてヤツは…)
脱いでしまって、下着の方のシャツになるのがいいだろう。
誰も咎めはしないのだったら、下着のシャツも脱いだっていい。
(そうすりゃ、うんと暑くったって、だ…)
流れる汗をタオルで拭きつつ、其処での仕事を片付けてやって、その後は…。
(タオルを冷たい水で絞って、身体を拭いて、サッパリとして…)
元の服を着て、爽やかな気分で帰ればいい。
「よし、一仕事、片付いたぞ」と、充実感を噛み締めながら。
(今の俺だと、そう出来るんだが…)
キャプテンだった頃は、違うんだよな、と「今の普段着」を眺めてみた。
「こんな服さえ、着られなかった時代なんだ」と。
シャングリラで暮らすミュウは制服、私服なんかは無かったから。
(…制服が出来る前の時代は、前の俺だって…)
自分のサイズに合えばいいから、と適当な服を選んで着ていた。
その時代ならば、暑い場所では袖を捲って…。
(脱いじまってた時もあるんだが、制服が出来てからの時代は…)
何処へ行くにも常に制服、ご丁寧にも、背中にはマント。
朝、目覚めたら、直ぐに着替えねばならなかった。
何の役職も無い仲間ならば、「これで完成」という服を身につけ、その上に制服。
(上着に、ズボンに、背中にはマント…)
よくも毎日、着ていたもんだ、と我が事ながら感心させられる。
「スーツだったら、馴れたモンだが」と、「スーツより、よっぽど御大層だぞ」と。
スーツも「きちんとしている」けれども、上着を羽織って、ネクタイを締めれば完成する。
マントなんかは要らないわけだし、ネクタイは好みで選べるのだから。
(アレを毎日、着ていたってか…)
ご苦労なことだ、と思うけれども、懐かしくもある。
今はもう、持ってはいない服だし、袖を通す日も来ないから。
クローゼットの何処を探しても、あの服は、出ては来ないのだから。
(…キャプテン・ハーレイの制服、ってヤツは…)
探せば、売られていそうではある。
なんと言っても英雄なのだし、少ないとはいえ、ファンがいるのも間違いない。
行きつけの理髪店の店主も、その一人。
「キャプテン・ハーレイに瓜二つ」の「ハーレイ」、その来店を心待ちにしているほどに。
(ファンがいるなら、ニーズの方も…)
きっとあるから、レプリカとまではいかないまでも、似たような服があるだろう。
上着とズボンとマントのセットで、着れば「キャプテン」の気分になれるのが。
(まあ、そういうのは、先のお楽しみで、だ…)
いつかブルーと暮らし始めたら、探してみるのもいいかもしれない。
あの制服を着て「キャプテン・ハーレイ」風に暮らす一日。
ブルーには、ちゃんと敬語を使って、白いシャングリラにいた頃のように。
(ちょいと素敵な日になるかもな?)
悪くないぞ、と考えるけれど、今、あの服が此処にあったら。
ブルーとの素敵な時間などとは、まるで関係なく「現れる」服。
(…一日だけ、これを着ていろ、と…)
神様の気まぐれで湧いて出たなら、どうだろう。
(なんたって、神様のなさることだし…)
あの制服を着込んでいたって、誰も変には思わない。
チビのブルーにバッタリ会っても、ブルーも「それ」とは気付かない仕組み。
ただ「自分」だけが、「あの服なんだ」と自覚する服。
(…裸の王様みたいだが…)
裸ってことではないわけなんだ、と顎に手を当てた。
マントまでついた面倒な服は、今の自分を縛っているだけ、他の人とは無関係。
生徒に会おうが、同僚に会おうが、「その服は?」などと訊かれはしない。
彼らの目には、いつも通りの「ハーレイ」の姿が映るから。
ブルーに会っても同じ理屈で、普段通りの服の「ハーレイ」がいるだけだから。
神様が仕掛けた、「キャプテンの制服」で過ごす一日。
たった一日だけだとはいえ、前の自分の服装で暮らすことになったなら…。
(…どうなるんだ?)
俺の暮らしは、と想像の翼を羽ばたかせる。
朝、目を覚ましたら、枕元に揃えて置かれている「それ」。
神様からのメッセージつきで、「他の人には見えませんから」と説明つきのキャプテンの服。
(一日だけ、これで過ごして下さい、と…)
そう神様が仰るからには、他の選択肢は無いのだろう。
家の中から、普段の服やらスーツなんかは消えてしまって、何処にも無い。
「他の服は?」と慌てて探し回っても、クローゼットの中は空っぽで。
「無いなら、急いで洗って着るぞ」と走って行っても、洗濯物の籠も綺麗に空で。
(…そうなると、着るしかないわけで…)
パジャマ姿で顔を洗ったら、「あの服」に袖を通すしかない。
他のミュウたちも着ていた服から、先に纏って。
(出来れば、其処で朝飯をだな…)
食いたいんだが、と思うけれども、きっと神様に叱られる。
天から、声が降って来て。
「あの頃のように暮らしなさい」と、「朝食は、着替えてからですよ」と。
(…つまりは、アレを着込んでだな…)
上着もマントも、きちんと着けて、それから朝食の支度をする。
トーストを焼いたり、コーヒーを淹れるのは、まだいいとしても…。
(俺の気に入りの朝飯ってヤツは…)
オムレツなどの卵料理に、ソーセージやベーコンを添えたもの。
サラダも欲しいし、そういったものを「キャプテンの服で」用意しなければ。
白いシャングリラでは、朝食は作らなかったのに。
厨房に立つことさえも無くて、料理は全て、厨房のクルー任せだったのに。
(…だが、たった一つ…)
前のブルーのための野菜スープは、あの制服で作っていた。
クルーに混じって厨房に立って、ただし、腕捲りなどはしないで。
キャプテンの威厳を保たなければ、とマントも外さず、着込んだままで。
(…ということは、今の俺が朝飯を作るのも…)
条件は全く同じなんだな、とクラリとした。
「あの格好でフライパンか」と、「卵を割って、焼けってことか」と。
確かに、前の自分だった頃には、こう言ったものだ。
片目を軽くパチンと瞑って、「フライパンも船も、似たようなものさ」と。
どちらも焦がさないのが大切、そう嘯いていたけれど。
後継者のシドも、同じ言葉で励ましたけれど、今の自分の敵はフライパン。
いきなりキャプテンの制服を着せられ、オムレツを焼けと言われても…。
(焦がしちまう気しかしないんだが…!)
袖とかに気を取られてて…、と嫌な予感がこみ上げてくる。
普段の服なら、鼻歌交じりにオムレツを焼いて、スクランブルエッグも慣れたもの。
目玉焼きも好みの加減に焼けるし、ご機嫌な朝の始まりなのに…。
(…あの服があったら、卵料理は…)
失敗だろうな、と零れる溜息。
そうして出来た失敗作を、あの制服を纏って食べる。
テーブルも椅子も、ダイニングからの庭の景色も、いつもと全く変わらない朝。
その中で「自分」だけが異分子、キャプテンの制服を着ての朝食。
食べ終わったら、白いシャングリラの頃と違って…。
(皿もカップも、焦がしちまったフライパンも…)
自分で洗うしかない運命で、其処でも袖は捲れない。
エプロンを着けるなど言語道断、キャプテンは、あくまでキャプテンらしく。
(……威厳たっぷりに、皿洗いなんぞ……)
あってたまるか、と言いたいけれども、あの服があったら、そうするしかない。
神様は「あの服を着て、一日、過ごしなさい」と、キャプテンの制服を寄越したから。
他の人には見えないように細工までして、枕元に置いて行ったのだから。
(…なんとか、汚さないように…)
気を遣いながら洗い物を済ませて、お次は出勤。
愛車の運転席に座って、エンジンをスタート。
(シャングリラ発進! と、普段から、やってはいるんだが…)
まさか制服で運転する日が来るなんて、と、其処は愉快な気分ではある。
シャングリラの舵輪を握っていた服、それで車のハンドルを握って走るのだから。
(学校の仕事は、皿洗いとかに比べれば…)
あの制服でも問題は無くて、ブルーが気付いてくれないことが寂しい程度。
柔道部の指導は、神様が制服を寄越したからには、その日は、恐らく無いのだろう。
(会議に出て下さい、とか、そんな具合で…)
柔道着に着替える場面は無しで、仕事が終われば、ブルーの家には寄れないで…。
(買い物をして帰りなさい、と、神様が…)
そんな所だ、と思い浮かべる買い物の風景。
「この服でも、作るのに困らん料理を選ばないと」と、スーパーで頭を悩ませる自分。
手抜きではなくて、しっかり食べられて、洗い物の数は少なめで…。
(鍋ってトコだな、そして食っても、寝るまでは、ずっと…)
書斎でも制服のままなんだぞ、と考えただけで肩が凝りそう。
「あの服があったら、俺は一日でヘトヘトだ」と。
前の自分は、よく平気だったと、感心しながらコーヒーのカップを傾ける。
「尊敬するぞ」と、「キャプテンだった俺に、乾杯だな」と…。
あの服があったら・了
※もしも今、キャプテンの制服を着ることになったら、と想像してみたハーレイ先生。
あの制服で普段通りの一日、考えただけでも大変そう。ヘトヘトになって、肩凝りまでv
(ハーレイとデートは出来ないんだよね…)
残念だけど、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ、前の生から愛した人。
青く蘇った地球に生まれて、再び巡り会えたのだけれど…。
(…ぼくがちょっぴり、チビすぎちゃって…)
デートは当分、お預けなんだよ、と悔しい気持ち。
十四歳にしかならない子供でなければ、直ぐにでもデート出来たのに。
再会を遂げたその日の間に、デートの約束を取り付けるようなことだって。
(…ぼくが学校の生徒じゃなくても、ハーレイは、きっと…)
聖痕で血塗れになった「ブルー」を案じて、病院に来てくれるだろう。
でなければ、後で家まで訪ねて来るとか、必ず、「ブルー」に会いに来てくれる。
「大丈夫か?」と、「傷は痛まないか」と、大怪我をしたと思い込んで。
(だけどホントは、怪我してないから…)
ハーレイに向かって微笑み返して、「大丈夫だよ」と怪我はしていないことを伝えねば。
それから自分の周りを見回し、両親や医者がいるようだったら、出て行って貰う。
「ハーレイと二人きりにして」と、ごくごく自然に、二人きりで再会を祝うふりをして。
(絶対、怪しまれないもんね?)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだった二人の再会。
二人きりで話したいことも多い筈だし、両親たちも気を利かせるだろう。
現に、ハーレイと再会した時だって…。
(ママを部屋から追い出しちゃって…)
その後、ハーレイに告げた「ただいま」の言葉。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
とても劇的な瞬間だけれど、チビの自分の場合は、其処まで。
ハーレイとデートの約束なんかは、しなかった。
そもそも思い付かなかったし、ハーレイの方も、申し込んではくれなかったから。
あれは絶対、今の自分がチビなせいだ、と改めて思う。
ちゃんと育った姿だったら、自分の方から言い出さなくても、ハーレイから…。
(次の休みに、何処かへ行かないか、って…)
デートに誘って貰えただろう。
「俺の休みは、この日なんだが」と、ハーレイが手帳を取り出して。
空いている日は何処か確かめ、「ブルー」の都合を尋ねてくれて。
(そしたら、もちろん…)
二つ返事で、デートの約束。
何か予定があったとしたって、「空いているよ」と答えるだろう。
育った姿になっていたって、まだまだ学校の生徒の筈だし、大丈夫。
(上の学校の生徒かもだけど…)
学校の生徒の予定なんかは、中身もたかが知れたもの。
友達と何処かへ遊びに行くとか、その程度。
(だから、そっちを断っちゃって…)
ハーレイとのデートを選ぶけれども、生憎と、それは出来ない相談。
何故なら、自分はチビだから。
どう頑張ってもチビの子供で、今だってチビのままなのだから。
(…前のぼくだった頃と、同じ背丈になるまでは…)
ハーレイは唇にキスをくれないし、デートのお許しも決して出ない。
そういう決まりになってしまって、決まりが緩むことさえも…。
(ハーレイなんだし、有り得ないよね…)
昔から頑固だったんだもの、と溜息がポロリと零れ出る。
「そんなトコまで、前とそっくりにならなくても」と、「頑固すぎだよ」と。
そうは思っても、それが「ハーレイ」の「ハーレイ」たる所以。
前のハーレイとは違う中身だったら、ガッカリするのは分かっている。
姿形は前と同じでも、性格が違っていたならば。
「キャプテン・ハーレイ」だった頃と違って、うんと軽薄だったりしたら。
(ぼくがチビでも、再会した日に、デートに誘って…)
口説き文句を囁きながら、熱烈なキスをするような男。
その場はウットリ酔いしれていても、後で絶対、頭を抱えるに違いない。
「あれは誰なの」と、「ハーレイとは、思えないんだけれど」と。
勘弁願いたい、別人のようになった「ハーレイ」。
そうなるよりかは、今の頑固なハーレイでいい。
デート出来る日はいつになるのか、まるで見当がつかなくても。
「連れて行ってよ」と強請ってみたって、鼻で笑われることばかりでも。
(公園にだって、行けないんだから…)
ホントにケチで頑固なんだよ、とハーレイの頭の固さを呪う。
それでこそ「ハーレイ」なのだけれども、「もう少し、柔らかくったって」と。
(キャプテンなんだし、臨機応変に…)
対応すればいいじゃない、と頭の中でこねた屁理屈。
「ぼくが子供になっちゃったんなら、それらしく」と。
「子供向けのデートでいいと思うけど」と、「ハーレイは、大人なんだから」と。
(大人なんだし、余裕たっぷりに…)
エスコートだって出来ると思う、と考えてみる。
「ハーレイ」は知らんぷりだけれども、「本当は、ちゃんと出来るんじゃないの?」と。
それをやったら、「ブルー」は必ず調子に乗るから、「駄目だ」と言い続けるだけで。
「頑固なハーレイ」を貫くつもりで、決して譲りはしないだけで。
(…それに、学校の先生なんだよ?)
子供の相手には慣れている筈、いくらでも応用出来るだろう。
「ブルー」が喜ぶ「子供向けのデート」を、素敵にアレンジすることだって。
(ハーレイさえ、その気になってくれたら…)
チビの子供の自分のままでも、「ハーレイとデート」は可能だと思う。
ハーレイが「よし」と頷かないだけ、お許しを出してくれないだけで。
(…お許しなんか、ハーレイは出してくれないけれど…)
出さないからこそ「ハーレイ」だけれど、夢を見るのはいいだろう。
「もしも、ハーレイとデートが出来るなら」と。
「デート出来るんなら、どんな感じ?」と、あれこれ想像するだけならば。
(…そんなの、ホントに有り得ないけど…)
ほんのちょっぴり、と夢の世界に羽ばたいてみることにした。
ハーレイとデートに出掛ける自分。
チビの子供のままだけれども、ハーレイのエスコートで、子供向けのデートコースに。
(今のぼくと、デートするんなら…)
ハーレイは何処を選ぶだろうか、二人でデートに出掛ける場所。
大人向けでも、「ブルー」は少しも構わないのだけれど…。
(ハーレイが選ぶわけがないしね?)
そんな場所は、と最初から答えは決まっている。
いくらデートのお許しをくれる「ハーレイ」といえども、「ハーレイ」には違いないのだから。
真面目で頑固な「キャプテン・ハーレイ」、その性分は変わりはしない。
だから「大人がデートに行く場所」、それは初めから除外だろう。
立派な大人のハーレイにとっては、馴れた馴染みの場所であっても。
(だけど、大人向けの場所っていうのも…)
そう沢山は無いと思う、と「大人限定の場所」を挙げてみた。
お洒落なバーとか、夜しか開いていない店。
(チビのぼくには、そのくらいしか…)
思い付かないから、ハーレイが「避けて」選んでいたって、きっと気付かないことだろう。
「大人向けのデート」で誘う場所には、誘われていないという事実には。
(気が付かないなら、子供向けのデートコースでも…)
充分、満足出来ると思うし、ハーレイに文句を言ったりもしない。
「違う所に行きたかったよ」と、膨れっ面にもならない筈。
(…何処を選んでくれたって…)
大喜びで、ハーレイについてゆく。
デートに出掛ける前の晩から、ワクワクと胸を弾ませて。
「明日は、ハーレイとデートなんだよ」と、眠れないくらいにウキウキとして。
(…女の子じゃないから、何を着ていくかで…)
真剣に悩みはしないけれども、少しくらいは悩みそう。
「こんな服だと、子供っぽいかな?」と、鏡の前で服を身体に当ててみて。
もしかしたら、何着か袖を通して、ズボンもそれに合わせてみて。
(…普段、ハーレイが、お休みの日に…)
此処へ着て来る、ラフな服たち。
学校でのスーツ姿とは違う、ハーレイの「休日の、お気に入り」。
その服たちを思い浮かべながら、隣にいるのがお似合いの服を選びたい。
せっかくデートに出掛けるのだから、「お父さんと息子」にならないように。
ハーレイと二人でデートするなら、心配なのが二人の年の差。
なにしろ二十四歳違いで、チビの自分は「息子」に見えてもおかしくない年。
ただでも「そういう年の差」なのに、今の時代は、更に厄介。
人間は全てミュウになったから、何歳だろうと、自分の好みで年を取るのを止められる。
ハーレイよりも「若い」姿で、もっと年寄りな人だって多い。
(…今のハーレイ、キャプテン・ハーレイそっくりだけど…)
その外見まで老けるよりも前に、若い姿を保ち始めるケースは、けして珍しくない。
だから、ハーレイと「チビの自分」が、並んで歩いていたならば…。
(似ていなくても、親子連れとか…)
場合によっては、「おじいちゃんと孫」でも通る世の中。
デートを楽しんでいるというのに、周りの人の目には、そんな光景に映ってしまう。
「お父さんと一緒に、仲良くお出掛け」、あるいは「おじいちゃんと遊びに来ました」。
(…とっても、ありそう…)
頑張って服を選ばないと、と俄然、気合いが入り始める。
「服を選ぶのは、やっぱり大事」と、「お父さんどころか、おじいちゃんなんて」と。
ハーレイとのデートは、まずは其処から。
誰が見たって「他人同士」に見える服装、けれどハーレイとも「お似合い」の服。
(…簡単そうでも、難しいってば…!)
着こなしなんかも大切かもね、と思いはしても、チビの子供では足りない経験。
どんな具合に着こなせばいいか、分かるほど「お洒落」の知識も無い。
(ついでに言うなら、前のぼくだって…)
ずっとソルジャーの衣装だったし、お洒落なんかはしていない。
つまり「全く役に立たない」、前の自分の膨大な記憶。
端から引き出し、吟味してみても、デートに着ていく服を選ぶには「ただのガラクタ」。
(……酷いってば……!)
着ていく服が選べないよ、と出掛ける前から躓いた。
ハーレイがデートに誘ってくれた日、その日に袖を通したい服。
シャツやズボンや、季節によっては上着まで並べて、ウンウンと唸る自分が見える。
「どれがいいの?」と、「どの服だったら、ハーレイの隣が似合うのかな?」と。
翌日はデートに行くというのに、いつまで経っても決まらない服。
「早く寝ないと」と焦っていたって、着てゆく服が選べないから、眠れないままで。
(……デートの日、寝不足になっちゃって、起きられないかも……)
具合まで悪くなっちゃうかも、と情けない気もするけれど。
そうなったならば、デートはお預け、ベッドの住人になってしまうのだけれど…。
(でもでも、せっかく、ハーレイとデート…)
素敵な服を選びたいよ、と前の日の夜で躓いたままで進めない。
何処へ行くのか、何をするのか、それよりも前に「お似合いの服」を決めたくて。
ちゃんと「デート」に見えてくれる服、その一着を選びたくて。
(…いっそ、デートを申し込まれたら…)
ハーレイに頼んでみることにしようか、「その前に、服を選んでくれる?」と。
クローゼットの扉を開けて、シャツやズボンを引っ張り出して。
「この中から、決めて欲しいんだけど」と、「デートに行く日に、着ていく服」と。
そしてハーレイにも、「お願い」をする。
「デートの日は、この服に似合う服を着て来てね」と。
「そしたら恋人同士に見えるし、ちゃんとデートに見て貰えるよ」と。
(…悩んじゃうなら、それもいいかも!)
ハーレイとデート出来るんなら、と幸せな夢が広がってゆく。
「服を選んで貰うんだよ」と、「デートする前から、うんと楽しみだよね」と…。
デート出来るんなら・了
※チビのままでも、ハーレイ先生とデート出来るんなら、と考え始めたブルー君。
けれど年の差が問題なのです、何を着てゆくかが、とても大切。服を選ぶのが大仕事かもv
残念だけど、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ、前の生から愛した人。
青く蘇った地球に生まれて、再び巡り会えたのだけれど…。
(…ぼくがちょっぴり、チビすぎちゃって…)
デートは当分、お預けなんだよ、と悔しい気持ち。
十四歳にしかならない子供でなければ、直ぐにでもデート出来たのに。
再会を遂げたその日の間に、デートの約束を取り付けるようなことだって。
(…ぼくが学校の生徒じゃなくても、ハーレイは、きっと…)
聖痕で血塗れになった「ブルー」を案じて、病院に来てくれるだろう。
でなければ、後で家まで訪ねて来るとか、必ず、「ブルー」に会いに来てくれる。
「大丈夫か?」と、「傷は痛まないか」と、大怪我をしたと思い込んで。
(だけどホントは、怪我してないから…)
ハーレイに向かって微笑み返して、「大丈夫だよ」と怪我はしていないことを伝えねば。
それから自分の周りを見回し、両親や医者がいるようだったら、出て行って貰う。
「ハーレイと二人きりにして」と、ごくごく自然に、二人きりで再会を祝うふりをして。
(絶対、怪しまれないもんね?)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだった二人の再会。
二人きりで話したいことも多い筈だし、両親たちも気を利かせるだろう。
現に、ハーレイと再会した時だって…。
(ママを部屋から追い出しちゃって…)
その後、ハーレイに告げた「ただいま」の言葉。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
とても劇的な瞬間だけれど、チビの自分の場合は、其処まで。
ハーレイとデートの約束なんかは、しなかった。
そもそも思い付かなかったし、ハーレイの方も、申し込んではくれなかったから。
あれは絶対、今の自分がチビなせいだ、と改めて思う。
ちゃんと育った姿だったら、自分の方から言い出さなくても、ハーレイから…。
(次の休みに、何処かへ行かないか、って…)
デートに誘って貰えただろう。
「俺の休みは、この日なんだが」と、ハーレイが手帳を取り出して。
空いている日は何処か確かめ、「ブルー」の都合を尋ねてくれて。
(そしたら、もちろん…)
二つ返事で、デートの約束。
何か予定があったとしたって、「空いているよ」と答えるだろう。
育った姿になっていたって、まだまだ学校の生徒の筈だし、大丈夫。
(上の学校の生徒かもだけど…)
学校の生徒の予定なんかは、中身もたかが知れたもの。
友達と何処かへ遊びに行くとか、その程度。
(だから、そっちを断っちゃって…)
ハーレイとのデートを選ぶけれども、生憎と、それは出来ない相談。
何故なら、自分はチビだから。
どう頑張ってもチビの子供で、今だってチビのままなのだから。
(…前のぼくだった頃と、同じ背丈になるまでは…)
ハーレイは唇にキスをくれないし、デートのお許しも決して出ない。
そういう決まりになってしまって、決まりが緩むことさえも…。
(ハーレイなんだし、有り得ないよね…)
昔から頑固だったんだもの、と溜息がポロリと零れ出る。
「そんなトコまで、前とそっくりにならなくても」と、「頑固すぎだよ」と。
そうは思っても、それが「ハーレイ」の「ハーレイ」たる所以。
前のハーレイとは違う中身だったら、ガッカリするのは分かっている。
姿形は前と同じでも、性格が違っていたならば。
「キャプテン・ハーレイ」だった頃と違って、うんと軽薄だったりしたら。
(ぼくがチビでも、再会した日に、デートに誘って…)
口説き文句を囁きながら、熱烈なキスをするような男。
その場はウットリ酔いしれていても、後で絶対、頭を抱えるに違いない。
「あれは誰なの」と、「ハーレイとは、思えないんだけれど」と。
勘弁願いたい、別人のようになった「ハーレイ」。
そうなるよりかは、今の頑固なハーレイでいい。
デート出来る日はいつになるのか、まるで見当がつかなくても。
「連れて行ってよ」と強請ってみたって、鼻で笑われることばかりでも。
(公園にだって、行けないんだから…)
ホントにケチで頑固なんだよ、とハーレイの頭の固さを呪う。
それでこそ「ハーレイ」なのだけれども、「もう少し、柔らかくったって」と。
(キャプテンなんだし、臨機応変に…)
対応すればいいじゃない、と頭の中でこねた屁理屈。
「ぼくが子供になっちゃったんなら、それらしく」と。
「子供向けのデートでいいと思うけど」と、「ハーレイは、大人なんだから」と。
(大人なんだし、余裕たっぷりに…)
エスコートだって出来ると思う、と考えてみる。
「ハーレイ」は知らんぷりだけれども、「本当は、ちゃんと出来るんじゃないの?」と。
それをやったら、「ブルー」は必ず調子に乗るから、「駄目だ」と言い続けるだけで。
「頑固なハーレイ」を貫くつもりで、決して譲りはしないだけで。
(…それに、学校の先生なんだよ?)
子供の相手には慣れている筈、いくらでも応用出来るだろう。
「ブルー」が喜ぶ「子供向けのデート」を、素敵にアレンジすることだって。
(ハーレイさえ、その気になってくれたら…)
チビの子供の自分のままでも、「ハーレイとデート」は可能だと思う。
ハーレイが「よし」と頷かないだけ、お許しを出してくれないだけで。
(…お許しなんか、ハーレイは出してくれないけれど…)
出さないからこそ「ハーレイ」だけれど、夢を見るのはいいだろう。
「もしも、ハーレイとデートが出来るなら」と。
「デート出来るんなら、どんな感じ?」と、あれこれ想像するだけならば。
(…そんなの、ホントに有り得ないけど…)
ほんのちょっぴり、と夢の世界に羽ばたいてみることにした。
ハーレイとデートに出掛ける自分。
チビの子供のままだけれども、ハーレイのエスコートで、子供向けのデートコースに。
(今のぼくと、デートするんなら…)
ハーレイは何処を選ぶだろうか、二人でデートに出掛ける場所。
大人向けでも、「ブルー」は少しも構わないのだけれど…。
(ハーレイが選ぶわけがないしね?)
そんな場所は、と最初から答えは決まっている。
いくらデートのお許しをくれる「ハーレイ」といえども、「ハーレイ」には違いないのだから。
真面目で頑固な「キャプテン・ハーレイ」、その性分は変わりはしない。
だから「大人がデートに行く場所」、それは初めから除外だろう。
立派な大人のハーレイにとっては、馴れた馴染みの場所であっても。
(だけど、大人向けの場所っていうのも…)
そう沢山は無いと思う、と「大人限定の場所」を挙げてみた。
お洒落なバーとか、夜しか開いていない店。
(チビのぼくには、そのくらいしか…)
思い付かないから、ハーレイが「避けて」選んでいたって、きっと気付かないことだろう。
「大人向けのデート」で誘う場所には、誘われていないという事実には。
(気が付かないなら、子供向けのデートコースでも…)
充分、満足出来ると思うし、ハーレイに文句を言ったりもしない。
「違う所に行きたかったよ」と、膨れっ面にもならない筈。
(…何処を選んでくれたって…)
大喜びで、ハーレイについてゆく。
デートに出掛ける前の晩から、ワクワクと胸を弾ませて。
「明日は、ハーレイとデートなんだよ」と、眠れないくらいにウキウキとして。
(…女の子じゃないから、何を着ていくかで…)
真剣に悩みはしないけれども、少しくらいは悩みそう。
「こんな服だと、子供っぽいかな?」と、鏡の前で服を身体に当ててみて。
もしかしたら、何着か袖を通して、ズボンもそれに合わせてみて。
(…普段、ハーレイが、お休みの日に…)
此処へ着て来る、ラフな服たち。
学校でのスーツ姿とは違う、ハーレイの「休日の、お気に入り」。
その服たちを思い浮かべながら、隣にいるのがお似合いの服を選びたい。
せっかくデートに出掛けるのだから、「お父さんと息子」にならないように。
ハーレイと二人でデートするなら、心配なのが二人の年の差。
なにしろ二十四歳違いで、チビの自分は「息子」に見えてもおかしくない年。
ただでも「そういう年の差」なのに、今の時代は、更に厄介。
人間は全てミュウになったから、何歳だろうと、自分の好みで年を取るのを止められる。
ハーレイよりも「若い」姿で、もっと年寄りな人だって多い。
(…今のハーレイ、キャプテン・ハーレイそっくりだけど…)
その外見まで老けるよりも前に、若い姿を保ち始めるケースは、けして珍しくない。
だから、ハーレイと「チビの自分」が、並んで歩いていたならば…。
(似ていなくても、親子連れとか…)
場合によっては、「おじいちゃんと孫」でも通る世の中。
デートを楽しんでいるというのに、周りの人の目には、そんな光景に映ってしまう。
「お父さんと一緒に、仲良くお出掛け」、あるいは「おじいちゃんと遊びに来ました」。
(…とっても、ありそう…)
頑張って服を選ばないと、と俄然、気合いが入り始める。
「服を選ぶのは、やっぱり大事」と、「お父さんどころか、おじいちゃんなんて」と。
ハーレイとのデートは、まずは其処から。
誰が見たって「他人同士」に見える服装、けれどハーレイとも「お似合い」の服。
(…簡単そうでも、難しいってば…!)
着こなしなんかも大切かもね、と思いはしても、チビの子供では足りない経験。
どんな具合に着こなせばいいか、分かるほど「お洒落」の知識も無い。
(ついでに言うなら、前のぼくだって…)
ずっとソルジャーの衣装だったし、お洒落なんかはしていない。
つまり「全く役に立たない」、前の自分の膨大な記憶。
端から引き出し、吟味してみても、デートに着ていく服を選ぶには「ただのガラクタ」。
(……酷いってば……!)
着ていく服が選べないよ、と出掛ける前から躓いた。
ハーレイがデートに誘ってくれた日、その日に袖を通したい服。
シャツやズボンや、季節によっては上着まで並べて、ウンウンと唸る自分が見える。
「どれがいいの?」と、「どの服だったら、ハーレイの隣が似合うのかな?」と。
翌日はデートに行くというのに、いつまで経っても決まらない服。
「早く寝ないと」と焦っていたって、着てゆく服が選べないから、眠れないままで。
(……デートの日、寝不足になっちゃって、起きられないかも……)
具合まで悪くなっちゃうかも、と情けない気もするけれど。
そうなったならば、デートはお預け、ベッドの住人になってしまうのだけれど…。
(でもでも、せっかく、ハーレイとデート…)
素敵な服を選びたいよ、と前の日の夜で躓いたままで進めない。
何処へ行くのか、何をするのか、それよりも前に「お似合いの服」を決めたくて。
ちゃんと「デート」に見えてくれる服、その一着を選びたくて。
(…いっそ、デートを申し込まれたら…)
ハーレイに頼んでみることにしようか、「その前に、服を選んでくれる?」と。
クローゼットの扉を開けて、シャツやズボンを引っ張り出して。
「この中から、決めて欲しいんだけど」と、「デートに行く日に、着ていく服」と。
そしてハーレイにも、「お願い」をする。
「デートの日は、この服に似合う服を着て来てね」と。
「そしたら恋人同士に見えるし、ちゃんとデートに見て貰えるよ」と。
(…悩んじゃうなら、それもいいかも!)
ハーレイとデート出来るんなら、と幸せな夢が広がってゆく。
「服を選んで貰うんだよ」と、「デートする前から、うんと楽しみだよね」と…。
デート出来るんなら・了
※チビのままでも、ハーレイ先生とデート出来るんなら、と考え始めたブルー君。
けれど年の差が問題なのです、何を着てゆくかが、とても大切。服を選ぶのが大仕事かもv
