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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(今日は、会えずに終わっちまったなあ…)
 お互い、運が無かったってな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それが温かな湯気を立てている。
 ゆったりと椅子に腰を下ろして、寛ぎの時間なのだけれども、ブルーの方はどうだろう。
 遅い時間になったとはいえ、今も膨れているかもしれない。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、パジャマ姿でベッドの縁に座って。
(膨れていないで、早く寝ろよ?)
 寝ていてくれると嬉しいんだが、とブルーの弱い身体を気遣わずにはいられない。
 今のブルーも前と同じに、虚弱な身体に生まれてしまった。
 膨れっ面も、「会えなかったよ」とぼやく姿も可愛いとはいえ、夜更かしは良くない。
 身体を冷やせば風邪を引くだろうし、そうでなくても体力を削られてしまう。
(…なあ、そうだろう?)
 お前だって、そう思うよな、とハーレイは机の引き出しを開けた。
 其処には日記が入れてあるけれど、日記の下に、そっと仕舞ってある写真集。
(……お前も頑固だったんだがなあ……)
 今のお前も、負けていないな、と、その写真集を取り出した。
 『追憶』というタイトルがつけられた、それ。
 表紙に刷られた、前のブルーの一番有名な写真。
(これがお前の本当の顔で…)
 誰にも見せやしなかったが、と今も鮮やかに思い出すことが出来る。
 正面を向いたブルーの赤い瞳の奥には、憂いと悲しみの色が秘められていた。
 前のブルーが、前のハーレイの前でだけ見せた表情。
 遠く遥かな時の彼方で、こういう写真を必死に探した。
 前のブルーを失った後で、データベースを端から掘り返すようにして。
(…なのに、どうしても見付けられなくて…)
 断念せざるを得なかったのに、後世の誰かが「それ」を見付けた。
 恐らく、残されたブルーの映像の中から、この表情に気付いたのだろう。
 「これだ」と、前のブルーの心を見抜いて、その一瞬を切り取った。
 「これこそ、ソルジャー・ブルーなのだ」と、「ソルジャーの顔ではない」本当の顔を。


 今では一番有名になった、その写真。
 それが表紙になっている本も、また多い。
 『追憶』もそういう中の一冊だけれど、選んで買って来た写真集。
 すっかり宝物になっている本、毎晩、日記を布団代わりに掛けてやる。
 前のブルーが寂しくないよう、温かく包み込むように。
 日記の下なら、「ハーレイと一緒にいる」のと変わらないだろう、と思っているから。
(お前も、寂しがり屋だったんだが…)
 今のお前も同じだよな、と写真集を机に置いて、心の中で前のブルーに語り掛ける。
 表紙に刷られた写真と向き合い、まるでブルーがいるかのように。
(お前からも言ってやってくれよな、夜更かししないで寝ろ、ってな)
 でないと風邪を引いちまうから、と前のブルーに頼み込む。
 「俺には、どうにも出来やしないし」と、「お前は、お前なんだから」と。
 とはいえ、自分でも分かってはいる。
 「前のブルー」は、そっくりそのまま、「今のブルー」だという事実。
 いくら「前のブルー」に頼み込んでも、それは「今のブルー」に届きはしない。
 全く同じ魂なのだし、写真は「ただの写真」でしかなくて、言わば幻影のようなもの。
 無駄だと分かっているのだけれども、時々、こうして話し掛けてしまう。
 「前のブルー」が、此処にいるような気持ちになって。
 時の彼方で失くした恋人、その人が今も、写真を通して、こちらを見詰めているようで。
(…そうじゃないって、百も千も承知なんだがなあ…)
 どうにも駄目だ、とハーレイは苦笑し、コーヒーのカップを傾けた。
 「この癖は、治りそうもない」と。
 いつか治る日が来るのだろうか、それとも一生モノなのだろうか。
(……さてなあ……?)
 今のブルーが前のブルーと同じ姿になった時には、あるいは治るのかもしれない。
 失くしたブルーが、あの頃と全く同じ姿で、側にいるようになるわけだから。
(その時には、嫁に来てくれるわけで…)
 二度と失くしはしないわけだし、「前のブルー」の面影を探し求める必要は無くなる。
 いつでも同じ顔を見られて、同じ声を聞ける日々が来るのだから。
 そうなったならば、この写真集を引っ張り出さなくても…。


(前のあいつに会えるんだしな?)
 きっと、この癖も治るだろう、と思う一方、治らないような気もしている。
 生まれ変わって来た今のブルーは、幸せ一杯に育ったブルー。
 『追憶』の表紙に刷られた表情、それと同じ瞳を見せる時など、永遠に来ない。
 悲しみも憂いも、前のブルーの味わったものとは、まるで全く違うから。
 せいぜい「ハーレイに会えなかったよ」程度で、前のブルーのそれとは重さが違いすぎる。
(…この表情を、俺が今のブルーで見ることは…)
 本当に永遠に無いんだよな、と思うからこそ、「この癖は治らないかもな」と感じている。
 前のブルーを想い続ける、この気持ちもまた、本物だから。
 どんなに「今のブルー」がいようと、この想いは消えてくれそうもない。
(…百年くらい、一緒に暮らせば…)
 治ってくれるかもしれないけれども、それまでは、きっと「前のブルー」を追い続ける。
 何かのはずみに、この写真集を取り出して。
 今夜みたいに、「お前だったら、どう思う?」などと「ブルー」に尋ねたりもして。
(例えば、あいつと喧嘩しちまって…)
 膨れっ面になったブルーが、「ぼくは一人で寝るからね!」とバンと扉を閉めたような夜。
 締め出しを食らって寝室に入れず、すごすごと書斎に来るしか道が無かった時。
 そうした夜には、この引き出しを開けることだろう。
 写真集を取り出し、前のブルーに向かって愚痴を零してしまうと思う。
 「流石、あいつもお前だよな」と、「今夜は放り出されちまった」と、コーヒー片手に。
(なんて頑固なヤツなんだ、と…)
 当の「ブルー」を相手に嘆いて、寝場所を失った惨めな自分の姿を披露して笑うことだろう。
 「見てくれ、俺はこのザマなんだ」と、「全部、お前がやったんだぞ?」と。
(お前からも、ちょっと、とりなしてくれ、と頼んだりして…)
 前のブルーに頭を下げたら、寝室の扉も開いてくれるかもしれない。
 なにしろ同じ「ブルー」なのだし、魂が何処かで共鳴して。
(…ところが、どっこい…)
 生憎と「ブルー」の魂は一つ、今のブルーが持っている以上、そんな救いは来はしない。
 哀れなハーレイの心の中では、「前のブルー」が同情をしてくれたって。
 「今夜は、ぼくと話して過ごそう」と、優しい言葉が聞こえたように思えたとしても。
 本物のブルーは寝室に籠って、プンスカと怒り続けたまま。
 「朝まで開けてやらないんだから」と、「今夜は、書斎かソファで寝たら?」と。


(…そんな夜には、やっぱり、こいつに…)
 愚痴を聞いて貰うのが一番だよな、とハーレイは『追憶』の表紙を指でトントンと叩く。
 「お前は、俺といてくれるしな」と、「いつまでも、俺と一緒なんだ」と、微笑み掛けて。
 ただの写真で幻影だろうと、「前のブルー」は何処へも行かない。
 本は歩いて逃げたりしないし、ハーレイを締め出すことだってしない。
 「いつだって、俺が望みさえすれば会えるんだしな」と、思った所でハタと気付いた。
 寝室から「ハーレイ」を締め出しそうな、前と同じに頑固なブルー。
 今のブルーと結婚したなら、ブルーは書斎にも出入りする。
 「ねえ、何の本を読んでいるの?」と、背後から覗きもすることだろう。
 そうなった時は、今、机の上に置いている『追憶』も…。
(どうして、こんな写真集なんかを持ってるの、って…)
 今のブルーは興味津々、ブルーがそれを見付けた途端に、質問攻めに遭うに違いない。
 何故、買ったのか、いつからあるのか、どうして普段は出ていないのか、と。
(…俺の愛読書は多いとはいえ、どれも本棚に並んでて…)
 引き出しの中が定位置の本など、一冊も無いという現実がある。
 気が向いた時に本棚からヒョイと手に取り、机に持って行って読むのが「ハーレイ流」。
 それが気に入りの読書のスタイル、ブルーも、じきに覚えるだろう。
 「また、その本? それって、そんなに面白い?」などと笑って、肩越しに読んでみたりして。
 時には、読書の邪魔をしないようにと、コーヒーだけ置いて去ってゆくことも。
(そんな具合に、俺のスタイルを覚えられちまった後にだな…)
 この『追憶』がブルーに見付かったならば、大変なことになるかもしれない。
 「どうして、これだけ」と、「引き出しの中って、宝物なの?」とブルーが怒り始めて。
 必死に言い訳してみたところで、ブルーが聞く耳を持つ筈もない。
 何故なら、今のブルーときたら…。
(…前の自分に嫉妬するんだ…)
 まるで銀色の子猫みたいに、鏡に映った自分に向かって、フーフーと毛を逆立てて。
 「こいつなんかは、大っ嫌いだ!」と、膨れっ面になって、プンスカ怒って。
 そうやって嫉妬していた日々が、ブルーの中で蘇ることは間違いない。
 「ハーレイ、やっぱり、前のぼくの方が好きだったんだ!」と、チビだった頃を蒸し返す。
 おまけに、今でも写真集を大切に持って、隠しているとなったら、怒り心頭。
 「あんまりだよ!」と、「今でも、前のぼくの方が好きで大事にしているなんて!」と。


 もう確実に、「バン!」と閉まるだろう、寝室の扉。
 ブルーは其処に立て籠ったまま、何日経っても、怒りっ放しで怒りは解けない。
 御機嫌伺いにノックしたって、食事やおやつを持って行っても、扉は固く閉まったまま。
 「食事なら、其処に置いておけば?」と、不機嫌な声が投げ掛けられて。
 「お皿が空いたら出しておくから、適当な時に持ってってよ」と、取りつく島も無い有様で。
 懸命に詫びて詫び続けたって、最後には、きっとこう言われる。
 「本当に悪いと思ってるんなら、あの本、捨ててしまってよ!」と閉じた扉の向こうから。
 「ぼくなら、此処にちゃんといるでしょ」と、「あんな写真は要らないんだから!」と。
(…そう言われてもだな…!)
 前のあいつを捨てたりなんか出来るもんか、と分かっているから、溜息と共に眉間を揉んだ。
 「どうしたもんか」と、未来の自分を思い描いて。
 この本を大切に持っておきたいなら、今のブルーに見付からないよう、隠すしかない。
 隠し事などしたくないのに、そうしない限り、大戦争が勃発しそう。
(弱ったな…)
 秘密にするなら、何処に隠せばいいんだか、と書斎を見回し、とても大きな溜息をつく。
 「簡単に思い付くような場所なら、ブルーも簡単に気付くってことだぞ」と、天井を仰いで。
 「何処に秘密の場所があるんだ」と、「まあ、もっと先になってからでいいか」と。
 恋人に隠し事をするなど、考えたことも無かったから。
 どう考えても出来そうになくて、けれど、バレたら大惨事だから…。



            秘密にするなら・了


※ハーレイ先生が大切にしている、前のブルーの写真集。一人暮らしの今はいいんですけど…。
 ブルー君と一緒に暮らす時が来たら、困ってしまうことになりそう。見付かったら大変。











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(こういう、独りぼっちの夜は…)
 その内に無くなるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…十八歳になったら、ハーレイと結婚出来るから…)
 誕生日が来たら、直ぐにでも結婚式を挙げることだろう。
 そしたら、ハーレイの家に引っ越し、一緒に暮らす。
 夜になっても、一人きりにはなったりしない、同じ家での日々が始まる。
(昼間は、ハーレイ、お仕事だけれど…)
 夜は必ず帰って来るから、今夜のように一人の夜など、消えて無くなる。
 家の何処かにハーレイがいて、呼べば答えてくれるから。
 返事が無くても捜しに行ったら、ハーレイの姿が見付かるから。
(幸せだよね…)
 昼間はお留守番だけど、と結婚出来る日が待ち遠しい。
 どんな時でもハーレイと一緒で、何処へ行くにも二人が普通な、幸せな日々がやって来る。
 休日となれば、朝から晩まで離れはしないし、ドライブも旅行も、二人で出掛ける。
 ハーレイが「行くか?」と誘ってくれて、運転したり、旅の手配をしてくれたりして。
(…ホントに朝から晩まで一緒…)
 夏休みとかなら、長い旅行も出来るよね、と顔が綻ぶ。
 船旅だって、他の星へと宇宙船で出掛けることだって、長い休暇の時なら簡単。
 アルテメシアにも行ってみたいし、地球一周の船旅もいい。
(だけど、普段は、お留守番…)
 昼の間は、と結婚してからの日常を思う。
 ハーレイは毎朝、スーツに着替えて、学校へ出勤しないといけない。
 柔道部などの指導もあるから、朝はかなり早いことだろう。
(…ぼくが寝ている間に行っちゃう?)
 寝坊してたら、そうなるよね、と肩を竦めた。
 「それが嫌なら、早起きしなくちゃ」と。
 ハーレイと朝食を食べたいのならば、眠くても、朝は起きなくては、と。


 早く出勤するハーレイに合わせて、毎朝、早起き。
 頑張って起きて、顔を洗って、着替えをしたりしている間に…。
(今と同じで、朝御飯、出来てるんだよね、きっと…)
 母の代わりに、ハーレイが作る朝食が待っているだろう。
 美味しそうな匂いが漂って来て、オムレツが焼けていたりして。
(きっとハーレイは、朝から、たっぷり食べるから…)
 ソーセージなどもあるのだろうし、もちろんサラダも。
 それらが載ったテーブルを前に、ハーレイがとびきりの笑顔を向けて来る。
 「おはよう、朝飯、出来ているぞ」と。
 「早く食べろよ」と、「トーストも、直ぐに焼けるから」などと。
(…ぼくが大きく育った後でも、朝御飯、そんなに沢山は…)
 食べられない気がするのだけれども、ハーレイは「食べろ」と勧めて来そう。
 「お前、身体が弱いからな」と、「食える時に、食べておかないと」と。
(寝込んじゃったら、食べないもんね…)
 そうなった時のために体力、と食べさせられる朝御飯。
 「このくらいは、食える筈だしな?」と、ハーレイが皿に盛り付けてくれて。
 「そんなに無理だよ!」と膨れてみたって、「駄目だ」と怖い顔で睨み返されて。
(…朝から、お腹一杯になって…)
 もう動くのも大変だよ、と文句を言っても、ハーレイは、きっと笑うだけ。
 「だったら、軽く運動しろよ」と、「後片付けは、お前がやって」と。
(わざわざ、言われなくっても…)
 後片付けくらい、毎朝、担当するだろう。
 ハーレイが作ってくれたのだから、そのくらいのことはしなくては。
(それから、お掃除…)
 出掛けるハーレイを玄関先で見送った後は、自分の役目に取り掛かる時間。
 掃除に洗濯、「お嫁さん」らしく、こなしてゆく家事。
(午前中の時間は、あっという間に…)
 終わっちゃうかな、と思うけれども、じきに家事にも馴れそうだから…。
(…早く終わって、自由時間が出来ちゃいそう…)
 ハーレイが出るのも早いものね、と壁の時計を眺めてみた。
 「十時頃には終わっていそう」と、「午前中のお茶の時間までには」と。


 午前中の分の家事が済んだら、どうやって時間を過ごそうか。
 留守番なのだし、出掛けないで家にいるべきだろう。
 どうしても買いに行きたい物があるとか、特別な事情が無い限りは。
(まず、お茶を淹れて…)
 それからダイニングで、椅子に座って一休み。
 新聞を広げて、気になる記事を読んでゆく。
(ハーレイは、朝から読んだだろうから…)
 朝食を一緒に食べる間に、教えてくれた記事があるかもしれない。
 「今日は、こんなのが載っていたぞ」と、「面白いから、読んでおくといい」と。
(そういうのがあったら、一番に読んで…)
 ハーレイが感想を言っていたなら、「なるほど」と納得しながら読む。
 何も言わずに出掛けたのなら、ハーレイが仕事から戻った後に…。
(あのね、って…)
 夕食の席などで記事の話題を持ち出し、あれこれと二人で話すのもいい。
 記事によっては、おねだりだって出来ることだろう。
 「書いてあった場所に行ってみたいよ」とか、「あの料理、家で作れそう?」とか。
(お料理の記事もあるもんね?)
 他の地域の名物料理を紹介したり、食べ歩いたりしている記事。
 そんな記事なら、「其処に行きたい」と強請られたって、ハーレイは嫌な顔などはしない。
 「そうだな」と優しい笑みを浮かべて、「いつか行こうか」と相槌を打ってくれる筈。
 名物料理を作れそうか、と尋ねられても、同じこと。
 「それじゃ、作ってみるとするかな」と、「まずはレシピを探さないと」と頷いて。
(…ハーレイが、なんにも言ってなくても…)
 新聞をじっくり読み込んでいけば、色々な発見がありそうな感じ。
 「これは、ハーレイに話さなくっちゃ」と、夕方まで覚えていたい何かが。
 あるいは「これ、ハーレイなら、作れるよね?」と、目を留めてしまうレシピとか。
(…ハーレイが帰るまで、忘れないように…)
 メモしておいたり、新聞の記事を色のついたペンで囲んだりする。
 レシピの場合は、切り抜いても支障が無い場所だったら、切り抜いておこう。
 裏をチェックして広告だったら、ハサミを持って来て、もう早速に。


 午前中の時間は穏やかに過ぎて、お昼になったら、昼御飯。
(ハーレイが、何か作っておいてくれそう…)
 朝食のついでに拵えるとか、前の晩から作ってあるとか。
 なんと言っても、前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が得意なのだから。
(ぼくの昼御飯を作るついでに、自分のお弁当だって…)
 手際よく作って持って行きそうな、料理上手な今のハーレイ。
 学校の食堂でも姿を見かけるけれども、お弁当を持って来ることもある。
(一人暮らしでも、お弁当を作っているんだし…)
 結婚して「ブルーのお昼御飯」を作るとなったら、毎日、お弁当かもしれない。
 もしかしたら、用意して行くお昼御飯も…。
(お弁当箱に入っているかも!)
 ハーレイとお揃いのお弁当箱で、中身もお揃い、と胸がときめく。
 お昼になったら、ハーレイは学校で、自分は家で、それぞれ、お弁当箱の蓋を開けて…。
(いただきます、って…)
 一緒に食べている気分になって、楽しんで味わうお弁当。
 ハーレイが仕事から帰って来たなら、お弁当の話も出来るだろう。
 「今日のお弁当に入ってた、あれ、いいよね」などと、味や切り方について和やかに。
(…ウサギの形をしたリンゴとか、タコの形のウインナーとか…)
 ハーレイなら入れてくれそうだけれど、ハーレイの分のお弁当箱には…。
(タコもウサギも、いない気がする…)
 普通のリンゴやウインナーが入って、ごくごく平凡なお弁当。
 職場で食べるお弁当だし、ウサギやタコは似合わないから。
(…ぼくが作ったら、入れちゃうんだけど…)
 愛妻弁当って言うんだよね、と憧れるけれど、入れるチャンスは来そうにない。
 早く起きて出掛けるハーレイよりも、早く起きないと作れないのが大問題。
(うんと早起きして、作ろうとしても…)
 ハーレイなら、きっと目を覚ます。
 「ブルーがいないぞ」と気配で気付いて、キッチンに来るに違いない。
 「おい、お前、何をしてるんだ?」と、お弁当作りをチェックしに。
 「リンゴのウサギを入れちゃ駄目だぞ」と、「ウインナーのタコも駄目だからな?」と。


(…どうせ、そうなっちゃうんだから…)
 お昼御飯だの、お弁当だのは、ハーレイに全部任せてしまおう。
 留守番しながら美味しく食べて、後片付けをすれば充分。
(後は、ハーレイが帰って来るまで…)
 洗濯物を取り込んで、畳んで仕舞うくらいだろうか。
 他にするべき家事と言ったら、買い物や夕食の支度だけれど…。
(そっちも、ハーレイがやっちゃうしね?)
 仕事の帰りに買い物をして、帰宅してから夕食作り。
 今のハーレイの暮らしと変わらないから、結婚した後も同じやり方。
 留守番をするブルーの仕事は、少しだけしか無い毎日。
(…留守番するんなら、もっと頑張りたいけれど…)
 なんにも思い付かないよね、とフウと溜息が零れてしまう。
 「だって、ハーレイが凄すぎるから」と、「ぼくには何も出来ないもの」と。
 頑張って夕食を作ってみたって、出来栄えはハーレイに敵いはしない。
 いくらハーレイが褒めてくれても、自分の腕前は、自分が一番良く分かる。
(お弁当を作っても、ウサギのリンゴは入れちゃ駄目だ、って言われるし…)
 出来そうなことは、パウンドケーキを焼くくらい。
 ハーレイの母が作るのと同じ味がする、大好物のレシピを母に習って、練習して。
(…ホントのホントに、それくらいしか…)
 出来やしない、と嘆いてみたって、どうしようもない今の自分。
 ハーレイよりも遅く生まれて来た分、経験値が足りなさすぎるから。
 どれほど努力を重ねてみたって、ハーレイが先をゆくのだから。
(…もっと何か、ぼくに出来そうなこと…)
 同じ留守番するんなら、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
 留守番するのは、昼間だけとは限らないのだ、と。
 ハーレイが仕事で遅くなったら、夕食も外で食べて来る。
 会議が長引いたような時には、他の先生たちと外食。
(いくら結婚してたって…)
 毎回、断ることは無理だし、付き合いで食べに行くこともある。
 そうなった時は、夕食も一人きりで食べて、帰宅を待っているしかない。
 急に決まって遅くなったら、「すまん」と連絡が入ったきりで、独りぼっちで。


(えっと…?)
 ぼくの晩御飯はどうするの、と困った途端に頭に浮かんだ、両親の顔。
 何ブロックも離れていたって、この家は、ちゃんとあるのだから…。
(…食べさせて、って家に帰って、ハーレイの食事とかが終わったら…)
 家まで迎えに来て貰うとか、と大きく頷く。
 「どうせ役には立たないんだし」と、「下手に作ったら、焦がしそうだし」と。
(ハーレイに迷惑かけちゃうよりは、迎えに来て貰う方がいいよね?)
 連絡があった時に「じゃあ、晩御飯は、ぼくの家に行くね」と、言っておいたら大丈夫。
 ハーレイが車で迎えに来るまで、家で晩御飯を御馳走になって…。
(お土産に、ママが作ったケーキとかを貰って…)
 お礼を言って、ハーレイの車で帰ってゆくのが一番いい。
 誰にも迷惑はかからない上、両親だって喜ぶから。
(うん、夜も留守番するんなら…)
 ぼくの家に行って待つのがいいよ、とニッコリと笑う。
 「お土産、ママのパウンドケーキがあったら、ホントに最高なんだけど」と。
 帰りの車で、ハーレイに自慢出来るから。
 「ママのケーキを貰って来たよ」と、「ハーレイの大好きな、パウンドケーキ」と…。



           留守番するんなら・了


※ハーレイ先生と結婚した後、どうやって留守番しようかな、と考えてみたブルー君。
 出来ることは殆ど無さそうな上に、留守番が夜まで続く時には、実家で晩御飯らしいですv










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(いつか、こういう夜も無くなるんだな…)
 あと何年か経ったならな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺は、一人暮らしなんだが…)
 ブルーが結婚出来る年になったら、一人暮らしではなくなるだろう。
 待ちかねていた恋人が、この家に早々に引っ越して来て。
(あいつのことだし、何年も待ってるわけがないしな?)
 上の学校にも進学しないで、ブルーは、来るに違いない。
 十八歳になった途端に、結婚式を挙げて、この家の住人になるブルー。
 そうなったならば、今夜のような「一人の夜」は、消えて無くなる。
 コーヒー片手に書斎に来たって、ブルーは、ついて来るだろう。
 「何を読むの?」と興味津々、書棚から本を選ぶ間も、きっと隣に立っている。
(邪魔するなよ、と言ってみたって…)
 ブルーは「うん」と返事はしても、書斎から出てはいかないと思う。
 自分は自分で何か選んで、そのままストンと床に座って、勝手に読書。
 「これなら邪魔にならないでしょ?」と言わんばかりに、黙って本を読むブルー。
(…書斎で、テストとかを採点していても…)
 同じ理屈で、ブルーはいるに違いない。
 「ハーレイの邪魔にならない範囲」で、ブルー自身のスタイルで。
 本を読んだり、新聞や雑誌を持ち込んだりと、暇つぶしになる何かを見付け出して。
(確かに、邪魔にはなっていないし…)
 そういう時間も、とても幸せに思えることだろう。
 少々、ブルーに気を取られようと、それは「ブルーがいるからこそ」。
 今夜のように一人きりでは、気を取られたりすることさえ無い。
 だから待ち遠しく思うけれども、「ブルーがいる」のが、当たり前になってしまった後。
 「ちょっと邪魔だぞ」と、ふざけて言ったりもしたくなる頃、一人きりの夜が来たならば…。
(…どうなるだろうな?)
 今とは逆の状況なんだが…、と首を捻った。
 「そんな夜には、どうするんだ?」と。


 ブルーと結婚式を挙げたら、二人で暮らすに決まっている。
 この家にブルーの荷物が運び込まれて、ブルーのための部屋も出来上がる。
 毎日、朝には一緒に朝食、それから仕事に出掛けて行って…。
(あいつが留守番してるってわけで…)
 仕事が終わって帰って来たなら、ちゃんとブルーが待っている。
 夕食の支度は、多分、ブルーがするのではなくて、自分の担当だろうけれども。
(なんたって、俺は料理が得意で、経験も豊富なんだしな?)
 帰宅してからササッと作って、ブルーと二人で食べるのがいい。
 「今日は、こいつがあったからな」と、買って来た食材を披露して。
 「こうやって食うのが美味いんだぞ」などと、料理する姿も、ブルーに見せて。
(…仕事の無い日は、もちろん、朝から夜まで一緒で…)
 何処に行くのも、ブルーと一緒。
 買物も、散歩に出掛けてゆくのも、何をするのもブルーと二人で当たり前の休日。
 そういった暮らしが、判で押したように続いてゆきそうだけれど…。
(…あいつと違って、俺が留守番する時だって…)
 無いとは言い切れないだろう。
 ブルーにも、ブルーの人生があって、ブルーの世界があるのだから。
 学校の友人たちと出掛けて、留守にする日も来そうではある。
(明日の昼間は、出掛けて来るね、って…)
 留守にすることも、まるで無いとは言えないと思う。
 ついでに言うなら、昼間どころか、夜になっても…。
(帰って来ないってこともあるよなあ?)
 次の日もな、と顎に当てる手。
 「なんたって、あいつは若いんだから」と。
 ブルーは結婚する気だけれども、ブルーの友人たちの場合は、そうではない。
 彼らは十八歳になれば進学、上の学校へと進むだろう。
 中には、今、住んでいる町を離れて…。
(ちょっと遠い所の学校に行こうってヤツも…)
 いるだろうから、そういう友人に招かれたならば、ブルーは家を留守にする。
 「友達の家まで行って来るね」と、泊りがけで遊びに出掛けて行って。


(…大いに有り得る話だよなあ…)
 あいつが出掛けちまって留守番、とカップを片手に頷いた。
 ブルーが泊まりで出掛けて行ったら、今夜と同じで、一人きりの夜が訪れる。
 それより前の昼間の時点で、既に一人の時間だけれど。
 家に帰ってもブルーはいなくて、この家の中に、ポツンと一人。
(…いやいや、そこは上手にだな…)
 やってみせるさ、と想像してみることにした。
 「ブルーがいなくて、留守番するなら」と、その間の自分の状況を。
 どんな具合に時間を潰して、どういう夜を過ごすのかと。
(…仕事のある日じゃ、想像し甲斐が無いってモンだし…)
 休み中ってことで考えるかな、と場面を長期休暇に設定した。
 如何にもブルーが留守にしそうで、友達も招待しそうな時期が夏休みなど。
(朝に、あいつを送り出して、だ…)
 車で何処かまで送ってやったら、その後は、自分一人の時間。
 まずはそのまま、ドライブもいい。
 いつもはブルーと出掛ける所を、一人、気ままに。
 「その辺で、休憩した方がいいよな」などと、気遣う相手がいないドライブ。
(何処まで行こうが、休憩無しで突っ走ろうが…)
 自由なのだし、とても新鮮に感じることだろう。
 今の自分には普通だけれども、結婚した後は、もう出来なくなるドライブだから。
 気ままに走ってゆくことなんかは、ブルーと一緒では難しいから。
(うん、なかなかに…)
 悪くないぞ、と出だしは上々。
 ブルーがいない留守番の暮らしは、ドライブで始めるのが良さそうだ。
 思いのままにハンドルを切って、気の向くままに愛車で走る。
 休憩場所など考えないで、「此処にしよう」と思ったら、停めて入ってゆく。
 喫茶店でも、農産物の直売所でも、「これだ」とピンと来た場所に。
(入ったら、ぐるっと見回して…)
 此処だ、と決めた席に座るとか、あるいは立ったまま、飲むとか、齧るとか。
 ブルーと一緒では出来ない冒険、行儀なんかも気にしない。
 気ままな男の一人旅だし、誰にも気兼ねは要らないから。


(今だと、まさにそうなんだがなあ…)
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜にドライブするような時。
 思い立ったら車を走らせ、目についた店で食事したりもするけれど…。
(あいつと一緒に暮らし始めたら、そいつは無理だ)
 遅くなったら、ブルーは疲れて眠ってしまうし、身体にも悪い。
 そうでなくても虚弱な恋人、そうそう引っ張り回せはしない。
(…ドライブもそうだし、街に出掛けて行ったって…)
 ブルーのためには、こまめに休憩、飲食する店も気を遣わねば。
 騒がしい店など選べはしないし、席もゆったりしている店しか入れないだろう。
(そりゃあ、たまには…)
 カウンター席もいいだろうけれど、あくまで「たまに」。
 ブルーの身体の調子が良くて、「ちょっと冒険したって、いい日」。
 だから自然と生まれる制約、二人だからこそ失う「自由」。
(あいつが出掛けて、留守番するなら…)
 失くしてしまった自由を満喫、思い切り羽を伸ばして暮らす。
 ドライブの後は、街へと走って、あちこち一人で歩くのもいい。
 ブルーと二人だった時には、入れなかった店を回って、一日、のんびり。
 「あいつは退屈するだろうから」と御無沙汰だった、いろんなスポットを楽しんで。
(…あいつが一緒でも、少しくらいは…)
 そうした場所にも寄るだろうけれど、早めに出るのは間違いない。
 「お前には、ちょっと退屈だろう」と、ブルーの気持ちを気遣って。
 いくらブルーが「ううん」と首を横に振っても、瞳を見れば本音が分かる。
 「ハーレイの好きな場所なんだから」と、好奇心一杯だろうけれども、疲れている、と。
(…あいつは、そういうヤツなんだ…)
 自分の身体が辛くなっても、相手の気持ちが最優先。
 それに「ハーレイが大好きなもの」は、体験したくなるのがブルー。
 今の所は、コーヒーに挑戦程度だけれども、結婚したなら、挑戦は増える。
 「ハーレイのお気に入り」に片っ端から挑んで、それで疲れて寝込んでも…。
(ちっとも懲りやしないんだ、きっと)
 その分、俺が気を付けないと…、と分かっているから、出来ないことが増えてゆく。
 気ままなドライブや、足の向くまま歩くことやら、今は「普通」にある自由を失くして。


(留守番するなら、そういったことを…)
 思う存分、謳歌した後、買い物をして家路につく。
 「今夜は、俺しかいないんだしな?」と、一人分の食材を買い込んで。
 普段は買わない総菜などを買うのもいいし、インスタントも悪くないだろう。
 ブルーと一緒の暮らしだったら、そんな手抜きはしないから。
(弁当を買って、食うのもいいよな)
 酒とつまみも買うとするかな、と「独身の夜」を計画してゆく。
 今の自分なら「気が向いた時に出来ること」が、ブルーと一緒では出来ないから。
 ブルーが留守にしている時しか、手抜きの夕食などは不可能。
(もっとも、普段の俺にしたって…)
 手抜きなんぞはしないんだがな、と思うからこそ、手抜きがいい。
 せっかくの「独身に戻った夜」だし、それっぽいのが楽しそうだから。
 料理などとは無縁の男子学生だったら、こうなるだろう、といった夕食。
(インスタントか、はたまた弁当…)
 それでも酒があったら上々、と学生時代の友人たちを思い浮かべてニヤリとする。
 「気ままな一人暮らしってヤツだ」と、「ブルーが留守の間だけだが」と。
 手抜きの夕食を食べるからには、後片付けの方も手抜きが一番。
 「明日の朝、纏めて洗えばいいさ」と、キッチンのシンクに突っ込んで終わり。
(流石に、水で軽く流して…)
 汚れは軽く取っておくが、と考える辺りが、少々、所帯じみているけれど、仕方ない。
 一人暮らしが長すぎるのと、料理好きなのと、マメなのが「悪い」。
(手抜きした後は、酒をゆっくり楽しんで…)
 眠くなったら、ベッドに潜り込んでおしまい。
 「ブルーがいない」寂しさなんかは、何処かへ消し飛んでいそうな夜。
 あまりにも、「一人」が楽しくて。
 独身時代に戻った一日、それですっかり満足して。


(…おいおいおい…)
 それじゃ、あいつに悪くないか、と思うけれども、どうやら自分は…。
(…ブルーが留守でも、ちっとも寂しくないようだぞ?)
 留守番するなら、楽しんじまうタイプなんだな、と浮かべた苦笑。
 「きっと、前の俺のせいなんだろう」と。
 前のブルーがいなくなった後、一人きりで長く生きていたのが悪い、と言い訳する。
 「ブルーが何処にもいない」人生は辛いけれども、留守ならば、別。
 気を遣わないでも大丈夫な分、「羽を伸ばしたくなったりするさ」と。
 「留守番するなら、ちょいと御褒美を貰うくらいは、許されるってモンなんだから」と…。



          留守番するなら・了


※結婚した後、ブルー君が留守で、留守番するなら…、と想像してみたハーレイ先生。
 泊りがけで出掛けて行ったら、独身生活を満喫するようです。人生を楽しめるタイプですねv









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(…今度のぼくも、無理そうだよね…)
 前と同じで、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……今のハーレイも、苦いコーヒー、大好きなのに……)
 ぼくには、ただの苦い飲み物、と夕食の席を思い出す。
 今日、両親が食事の後に飲んでいたのは、そのコーヒー。
 後片付けを済ませた母が、父と自分の分をカップに淹れて、二人で、ゆっくり。
 ブルーも其処にいたのだけれども、ブルーの分のカップは無かった。
 何故なら、飲めはしないから。
 元々、飲んではいなかった上に、ハーレイと再会した後に…。
(…ハーレイも飲んでいるんだから、って、強請って…)
 淹れて貰って、ハーレイと一緒に飲んだのだけれど、苦すぎて酷い目に遭った。
 一口目から「駄目だ」と感じて、頑張ってみても飲み干せない。
 結局、砂糖とミルクをたっぷり入れて貰って、ホイップクリームまで足して…。
(やっと飲めたの、パパもママも、ちゃんと見てたから…)
 飲めないことが分かっているから、母は「ブルーも飲む?」とは訊いてくれない。
 代わりにカップに注がれるのは、ホットミルクだったり、ココアだったり。
(…あんまりだよね…)
 訊いてくれてもいいのにな、と不満だけれども、飲めないことは明白な事実。
 それに両親は気付いていない、飲んだ後の後遺症まであった。
(後遺症って言うより、体質の問題なんだけど…)
 コーヒーのカフェインにやられてしまって、飲んだ日の夜、眠れなかった。
 お蔭で寝不足、前の自分にも、よくあったこと。
 前のハーレイに「ぼくも飲むよ」と強請った後に、目が冴えて困った経験は多数。
 そういう夜には、前のハーレイが寝かせてくれていたのに、今の自分は一人きり。
 「眠れないよ」と訴えようにも、両親は別の部屋で寝ている。
 ついでに、そんなことを言ったら、ますますコーヒーが遠ざかる。
 「ブルーは、どうせ飲めないんだし」と、ミルクやココアばかりが出て来て。


 本当は、飲んでみたいコーヒー。
 前のハーレイも、今のハーレイも、紅茶よりコーヒーが好きだから。
(ハーレイも、ぼくも、好き嫌いは全く無いけれど…)
 それとは違って嗜好の問題、側にあったら嬉しい飲み物。
 前の自分の場合は紅茶で、前のハーレイはコーヒーだった。
 白いシャングリラに、本物のコーヒーは無かったのに。
(…改造前のシャングリラだった頃は、本物のコーヒーがあったから…)
 前の自分が人類の船から奪った物資には、コーヒーなども混ざっていた。
 だから「本物」を楽しめたわけで、ハーレイは、すっかりコーヒー党。
 自給自足の船になっても、その味が忘れられなかった。
 酒好きの仲間たちと一緒に、合成の酒を飲んでいたけれど、それでは足りない。
(お酒は、仕事の合間なんかに飲めないし…)
 朝食や昼食の時に飲むにも、アルコール類は駄目に決まっている。
 そうなると、やはりコーヒーが欲しい、と思う仲間も多かったから…。
(…代用品が出来たんだよね…)
 最初の間は酒と同じで合成品だった、白いシャングリラのコーヒー。
 ところが、ひょんなことから生まれた、代用品のコーヒーがあった。
(船に子供たちが加わったから…)
 子供たちには、合成品のチョコレートよりも本物を、と検討した末に出来た代用品。
 イナゴ豆とも呼ばれるキャロブで、その豆から作られたチョコレートやコーヒー。
(キャロブは、カフェインが入ってないから…)
 カフェインを加えて、コーヒーを作った。
 前のハーレイは、それを好んで、休憩と言えば熱いコーヒー。
 美味しそうに飲んでいるものだから、前の自分も欲しくなる。
(…美味しそうだ、っていうのもあったけど…)
 それより何より、「ハーレイと同じ飲み物」を飲んでみたかった。
 誰よりも愛した恋人なのだし、側にいる時は、一緒にカップを傾けたくなる。
 もちろん、前のハーレイも同じで、そのために紅茶を飲んでいた。
 青の間に来たら、いつでも紅茶。
 コーヒーが飲めない恋人に合わせて、船で作られた紅茶を淹れて。


(…紅茶だったら、一緒に飲んでいたんだけれど…)
 今の自分もそうなのだけれど、付き合ってくれるハーレイの好みは紅茶ではない。
 遠く遥かな時の彼方でも、青い地球でも、ハーレイと言えばコーヒー党。
 知っているから、飲みたいコーヒー。
 ハーレイと一緒に、「美味しいよね」とカップを傾けて。
 流石にブラックで飲むのは無理だし、適量の砂糖とミルクを入れて。
(…それが出来たら、いいのにね…)
 ハーレイと一緒に飲めたなら、と溜息が零れ落ちてゆく。
 「今度も、ぼくは駄目みたい」と、悲しくなって。
 背丈が前と同じになっても、飲めるようになるとは思えないから。
(……ハーレイ、笑っていたんだもの……)
 チビの自分がコーヒーに挑んで、苦さに閉口していた時に、笑ったハーレイ。
 「ほらな」と、「やっぱり無理だったろう?」と、可笑しそうに。
 それから母にアドバイスをした。
 砂糖とミルクをたっぷりと入れて、おまけにホイップクリームを、と。
 「前のブルーも、そうでしたから」と、「ブルーでも飲めるコーヒー」の作り方を伝えて。
(…そりゃ、ハーレイは、前のぼくのことを覚えているから…)
 あのアドバイスも当然だけれど、笑っていたのは、きっとそれだけではないだろう。
 自分自身の過去を踏まえて、その分までも…。
(可笑しくて、たまらなかったんだよ…!)
 そうに決まっているんだから、と確信に近いものがある。
 過去というのは、前のハーレイではなくて…。
(今のハーレイにも、本物のパパとママがいて…)
 成人検査などは無いから、子供時代の記憶をきちんと持っている。
 その中に、きっと、コーヒーのこともあるのだろう。
 初めてコーヒーを飲んだ日のこと、どういう経験をしたのか、などが。
(…コーヒー党になってるんだし、ぼくと違って…)
 酷い目などには、遭わなかったに違いない。
 子供の舌には、コーヒーは苦すぎたのだとしても。
 「苦い!」と顔を顰めたにしても、ちょっと背伸びをして、飲み終えた後は大満足。
 大人の仲間入りをした気分になって、得意になって。


 そうなんだろうな、と思う「今のハーレイと、コーヒーの出会い」。
 けして最悪の出会いではなくて、最良とも言える初めてのコーヒー体験。
 其処から道を歩み始めて、今は立派なコーヒー党。
 だからこそ、「ブルー」を笑ったのだろう。
 「今度も、やっぱり飲めないんだな」と、「前と全く同じじゃないか」と。
 自分自身の過去と重ねてみたなら、違いは明らかなのだから。
 コーヒーを好むか、そうでないかは、恐らく、出会いで分かるもの。
 背伸びしてでも飲みたい子供か、白旗を掲げて逃げ出してしまう子供かで。
(…ホントに残念…)
 コーヒーの才能は無さそうだから、と心底、残念で堪らない。
 今の自分は、前とは別の人間なのに。
 魂と見た目はそっくりだけれど、身体は違うものなのに。
(…せっかく、生まれ変わって来て…)
 新しい身体を手に入れたのに、どうして同じになったのだろう。
 「コーヒーが駄目だった」前の自分と、似ていなくても良かったのに。
(…ぼくがコーヒー党だったら…)
 ハーレイは驚きそうだけれども、多分、嘆きはしない筈。
 「俺のブルーは、どうなったんだ?」と慌てはしても、それだけのこと。
(…ぼくのおでこに、手を当てちゃって…)
 熱を測って、「正気なのか?」と鳶色の瞳をパチパチとさせて、笑顔になる。
 「それでも、お前はブルーだよな?」と。
 「コーヒー党でも、俺のブルーだ」と、「そうか、今度は飲めるんだな」と。
(…ビックリした後は、喜びそうだよ…)
 ぼくがコーヒー党だったなら、と容易に想像出来ること。
 きっと、ハーレイは大喜びして、チビのブルーが育つ日を待ち侘びるのだろう。
 デートに出掛けてゆける日を。
 お気に入りの喫茶店に連れてゆく日を、まだか、まだか、と首を長くして。
(…ぼくが一緒に飲めたなら…)
 出来るものね、と思いはしても、その日はどうやら来そうにない。
 今の自分も、コーヒーは駄目なようだから。
 前と同じに苦手に生まれて、育っても飲めそうにない身体だから。


(…飲める身体に生まれていたら…)
 デートだけでなくて、家でも飲めて…、と想像だけが広がってゆく。
 「もしも」と、「ぼくも、ハーレイと一緒に飲めたなら」と。
 そうなっていたら、デートに出掛けて、美味しいコーヒーを二人で楽しむ。
 飲めない自分には分からないけれど、コーヒーにも色々あるらしい。
 淹れ方だとか、コーヒー豆の種類も沢山、奥の深い世界。
(……前のぼくたちには、キャロブのコーヒーしか無かったけれど……)
 今なら、いくらでもコーヒーの世界を追い掛けてゆける。
 淹れ方はもちろん、豆だって。
 あの頃は無かった青い地球の上で、何種類もの豆が育っていて。
(…いろんな豆のを、喫茶店で飲んで、お気に入りが出来たら…)
 何度も通ってゆくのもいいし、家でも挑戦したっていい。
 ハーレイも自分もコーヒー党なら、それだけの価値はあるだろう。
 「あのお店の味、家でやっても出せるかな?」などと、持ち掛けて。
 「だって、家でも飲みたいものね」と、「淹れ方、二人で研究しようよ」と。
(…お店によっては、豆を売ってるトコだって…)
 あると聞くから、そういう店なら、お気に入りの豆を買って持ち帰る。
 そして二人で淹れるのだけれど、きっとお店のようにはいかない。
 あちらはプロだし、ただのコーヒー党とは比較にならないノウハウがある。
 だからこそ、その味に近付けたい。
 ハーレイと二人で、頑張って。
 「淹れ方かな?」と首を傾げたり、コーヒーメーカーのせいなのかも、と考えたり。
 家にあるのでは駄目なのかも、とプロ仕様のを買い込んだり、と。
(…そういうのって、きっと楽しいよね?)
 ハーレイと研究の日々を重ねて、美味しいコーヒーを目指す毎日。
 「今日のは、ちょっと近付いたかな?」と、二人でカップを傾けて。
 「次も、この淹れ方でやってみようか」などと、専用のノートに記録したりして。
(…記録は、ハーレイの係だよね?)
 航宙日誌じゃなくって、コーヒー日誌、と笑みが零れる。
 ハーレイなら、几帳面に書きそうだから。
 日付も、使った豆の種類も、淹れた方法も、きちんと、細かく。


(…キャプテン・ハーレイの、コーヒー日誌…)
 もうキャプテンじゃないんだけどね、と思いはしても、ハーレイは、同じハーレイのまま。
 新しい身体になっていたって、コーヒー党のハーレイだから…。
(…コーヒー日誌、つけてくれそう…)
 記録しようよ、と言ったなら。
 「美味しいコーヒーを研究するには、記録も大事」と、そそのかしたら。
(…それとも、とっくに作ってるかな…?)
 あのハーレイのことだものね、とクスッと笑う。
 日記は今も書いているようだし、日記が兼ねているかもしれない。
 美味しいコーヒーが出来上がった時は、覚え書きとして、日記に記録。
 「この豆で、こういう淹れ方をしたら、美味しかった」といった具合に。
(…ぼくも一緒に飲めたなら…)
 二人で暮らし始めた時には、コーヒー日誌が欲しいよね、と広がる夢。
 「もしも、一緒に飲めたなら」と。
 喫茶店で飲んで、家でも飲んで、あれこれ研究、と。
 ハーレイが好きなコーヒーだから。
 今の自分も駄目そうだけれど、ハーレイと一緒に楽しめたならば、最高だから…。



          一緒に飲めたなら・了


※今の生でもコーヒーが飲めそうにない、ブルー君。ハーレイ先生と一緒に飲みたいのに。
 もしも飲めたら、とても楽しいことになりそう。コーヒー日誌をつけるハーレイ先生とかv







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(…今度のあいつも、駄目そうだよなあ…)
 コーヒーってヤツは、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(俺は昔から、コーヒーが好きで…)
 本物が無かったシャングリラでも飲んでいたんだ、と今も鮮やかに思い出せる。
 キャプテン・ハーレイだった頃にも、休憩のお供はコーヒーだった。
(自給自足の船になる前は、本物のコーヒーがあってだな…)
 すっかりコーヒー党だったから、白い鯨になった船でも、コーヒー党。
 ただし、本物のコーヒーは無くて、キャロブで作った代用品。
 それでも満足だったくらいに、コーヒーと共に生きた人生。
(…そのせいってわけでもないんだろうが…)
 青い地球の上に生まれ変わっても、同じコーヒー党に育った。
 気付けば、コーヒーと歩む人生、けして紅茶と歩んではいない。
(もちろん紅茶だっていけるし、好き嫌いだって無いんだが…)
 選んでいいならコーヒーだよな、と断言出来る。
 「どちらになさいますか?」と尋ねられたなら、迷わず選ぶものはコーヒー。
 好き嫌いとは違った次元で、好んでいると言えるだろう。
(…そういう点では、今のブルーも…)
 前と同じで、好き嫌いの無い子供だけれども、コーヒーよりは紅茶を好む。
 好むどころか、前のブルーと全く同じに、どうもコーヒーは苦手な模様。
(俺が飲むから、欲しがったくせに…)
 苦すぎて飲めなかった挙句に、眠れなかったと文句たらたら。
 カフェインの仕業で、前のブルーも、同じ目に何度も遭っていた。
(今のあいつは、まだチビだから…)
 もっと育ったら、カフェインは克服するかもしれない。
 けれど、コーヒーを好むようになるかどうか、と考えてみたら…。
(…どうやら、絶望的ってヤツで…)
 望みは薄いな、と諦めの境地。
 何故なら、自分が子供だった頃には、今のブルーよりもマシだったから。


 いくらコーヒー党と言っても、生まれた時からそうではない。
 赤ん坊ならミルクなのだし、少し育っても、子供が飲むのはミルクなど。
(ジュースとかを飲む年になっても…)
 コーヒーは、まだまだ、大人の飲み物。
 紅茶の方なら、両親の友人が来た時などに、お相伴したりもしたけれど…。
(…コーヒーは出て来なかったよなあ…)
 チビの頃には、と懐かしく、隣町の家を思い出す。
 あの家で飲んだ初めてのコーヒー、それは両親に強請ったもの。
 両親が美味しそうに飲んでいるから、「欲しい」とカップを差し出して。
(まだ早い、とは言われたんだが…)
 そう言われると、一層、背伸びをしたくなる。
 だから強引に注いで貰って、口に含んで、「苦い!」とビックリ仰天した。
 そこまでは、今のブルーと同じ。
 違うのは、「苦い!」と驚いた後。
(…これが大人の飲み物なんだ、と…)
 心の中で噛み締めながら、気取って、ちゃんと飲み干した。
 砂糖やミルクを加えたのかは、生憎、覚えていないけれども。
(…それからも、懲りはしなかったよなあ…)
 それを思うと、カフェインに負けはしなかったらしい。
 昼間は元気に走り回って、夜は疲れてグッスリだった子供なのだし、眠れて当然。
 つまりコーヒーは「苦かった」だけで、成長と共に舌だって馴れる。
 いつの間にやら、コーヒー党になっていた。
 いわゆる「上の学校」時代は、喫茶店などで飲むなら、コーヒー。
 そうして今に至るけれども、ブルーの場合は無理な気がする。
(既に苦さに敗北してるし、カフェインの方も惨敗だしなあ…)
 今のブルーが飲める「コーヒー」は、前のブルーと同じもの。
 砂糖をたっぷり、ミルクも加えて、おまけにホイップクリームまで。
 もはや「コーヒー」とは呼べない代物、それがブルーでも飲める「コーヒー」。
 前のブルーは最後まで「それ」で、終生、変わりはしなかった。
 「ぼくも飲むよ」と言い出した時は、必ず、そういう結末になって。


 青い地球の上に生まれたブルーも、恐らく同じことだろう。
 まだ子供だから、可能性はゼロではないけれど…。
(…今の時点で、コーヒー党の欠片も無いんだし…)
 才能の片鱗さえ見えていないから、大きくなっても、変わるとはあまり思えない。
 今は紅茶を好んでいるのが、コーヒー党に育つだなんて、万に一つも無いだろう。
 いくら「ハーレイ」がコーヒー党でも、それに合わせて舌を変えるのは…。
(…どう考えても、無理だよなあ?)
 殆ど修行になっちまうぞ、とカップの縁をカチンと弾く。
 ブルーはコーヒーが「苦手」なのだし、それを克服しないといけない。
 気取って飲める子供ならまだしも、そうではないから、修行になる。
 「苦いけれども、飲まなければ」と、喉へと無理やり流し込む日々。
 それを今から重ねていったら、飲めるようになるかもしれないけれど…。
(今のあいつは、甘えん坊の弱虫なんだし…)
 修行なんかは、したくもないに違いない。
 第一、前のブルーにしたって、修行を積みはしなかった。
 「ハーレイと一緒に飲みたいから」と、コーヒー党になるための努力をしてなどはいない。
 前のブルーなら、強い意志と心を持っていたから、修行するなら、出来ただろうに。
 「この日までには、飲めるようにする」と、目標を決めて、挑んだならば。
(…前のあいつなら、きっと出来たぞ)
 他にやるべきことが多くて、やっていないというだけだ、と確信出来る。
 仲間たちを地球まで導くことが、前のブルーの唯一の、そして最大の務め。
 そのための努力は惜しまなかったし、それ以外は切り捨ててゆかねばならない。
 「コーヒー党になるための修行」なんかは、している暇さえ無かっただろう。
 そのための時間はあったとしても、それに割く心の余裕が無くて。
 「頑張って、飲めるようになろう」と、思い付きさえしないで生きて。
(…そうして、修行はしないままで、だ…)
 前のブルーは逝ってしまって、今のブルーが戻って来た。
 甘えん坊で弱虫のブルー、修行なんかは「無理だってば!」と泣き出しそうなブルーが。
 修行と聞いただけで逃げ出し、「許して」と悲鳴を上げそうなブルー。
 たかが「コーヒー」が相手でも。
 コーヒー党になれたとしたら、人生の幅が広がるとしても。


(…其処なんだよなあ…)
 あいつがコーヒー党だったなら、と思考が最初の所に戻る。
 「もしもブルーが、コーヒー党に育ってくれたら」と、今の自分の願いと共に。
 叶う見込みは少ない夢。
 今のブルーが、コーヒーを好むタイプになるのは難しい。
 分かっているから、夢の世界を追い掛けたくなる。
 「あいつの舌が変わってくれたら」と、コーヒー党のブルーがいる世界へと。
 ブルーがコーヒーを好きになったら、きっと素敵なことだろう。
 前のブルーとは出来なかったこと、その中の一つが今度は出来るようになるから。
 寛ぎの時間に二人でコーヒー、そんなひと時が持てる人生。
(あいつと、コーヒーを一緒に飲めたら…)
 家での過ごし方も変わるな、と大きく頷く。
 二人で一緒に暮らし始めたら、もちろん、食事の時間も一緒。
 休日でなくても、食事が済んだら、今夜みたいに…。
(後片付けを済ませて、コーヒーを淹れて…)
 ブルーと二人で、ゆっくりとカップを傾ける。
 淹れたばかりの熱いコーヒー、香り高い湯気が漂うカップ。
(そいつを、二人で…)
 味わいながら、色々と話して、笑い合って、という夜の過ごし方。
 ブルーもコーヒー党だったならば、コーヒーについての話だけでも盛り上がるだろう。
 いつもと違う豆で淹れたら、あれこれと味を評価して。
 淹れ方を変えてみた日だったら、普段に比べてどうなのか、などと。
(一緒に飲めたら、そんな話が出来るんだ)
 これはブルーが「飲む」というだけでは、出来ないこと。
 ブルーも心底、コーヒーが好きで、味わって飲めるタイプでないと、けして出来ない。
 何故なら、コーヒー党でなければ、ブルーはコーヒーを楽しめないから。
 「ぼくも飲むよ」と付き合うだけでは、修行するのと変わらない。
 ブルーにとっては「苦いだけ」の飲み物、それを無理やり飲み下したって…。
(美味しいね、とは言えやしないんだしなあ…)
 残念だ、と思うからこそ、夢の世界で遊びたい。
 ブルーがコーヒー党な世界で、ブルーと一緒に飲めたら、と。


 そういうブルーになってくれたら、初めてのデートも変わりそう。
 チビのブルーが大きく育って、初めて二人で出掛ける時。
(飲まず食わず、ってわけにはいかないんだしな?)
 何処かで食事で、お茶にも誘うわけだけれども、そのための店。
 厳選したい店の候補に、「コーヒーが美味しい喫茶店」が入ることだろう。
 コーヒー党の今の自分の行きつけの店で、雰囲気もいい店を選ばなければ、と。
(…紅茶の方だと、サッパリなんだが…)
 何処が評判の店になるのか、調べないと分からないほどだけれども、コーヒーは違う。
 なにしろ自分の好きな飲み物、初めて入る店にしたって…。
(だいたい、勘で分かるんだよな)
 美味いコーヒーを出すかどうかは、とコーヒー党の勘には自信がある。
 紅茶の店だと迷うけれども、コーヒーの店なら迷わない。
 「よし、美味そうだ」と思えば入って、それを外したことは無いのが自分。
(だから、あいつと一緒に飲めたら…)
 コーヒーの美味しい店を選んで連れてゆく。
 「美味いんだぞ?」と、店の表で、小さな看板を指差して。
 中に入ったら、ブルーと二人でメニューを広げる。
 コーヒーと一緒に頼みたいケーキ、それを選ぶのも大切だけれど…。
(どのコーヒーを注文するのか、も…)
 とても重要なことなんだよな、とコーヒーのカップを傾ける。
 豆や淹れ方、それでコーヒーは変わるから。
 行きつけの店で選ぶにしても、その日の気分で決めたいくらいに、奥の深い世界。
(あいつと二人で、メニューを眺めて…)
 コーヒーで決めるか、ケーキに合わせてコーヒーを選ぶか、それも楽しい。
 「どっちにする?」と、迷うような店もあるだろう。
 美味しそうなケーキが幾つもあって、ブルーの瞳が釘付けになって。
 「コーヒーもいいけど、先にケーキかな?」と、訊かれたりして。
 そのケーキだって、ブルーの目を惹くものが幾つもあったなら…。
(残したら、俺が食ってやるから、って…)
 全部、注文したっていい。
 そして、それに合いそうな味のコーヒー、それはどれかと二人で悩んで。


(…そんな具合に、うんと楽しいデートってヤツが…)
 出来るんだよなあ、と夢の世界に酔いしれながら、溜息をつく。
 「あいつがコーヒーを一緒に飲めたら、出来るんだが」と。
 家での夕食の後の時間も、二人でコーヒーを淹れられるのに、と。
(こうやって、今のようにだな…)
 カップに淹れるコーヒーにしても、ブルーと二人分を淹れて楽しむ。
 「今日はどれだ?」と、豆を選んで、淹れ方も決めて。
(…しかし、今度のあいつも、きっと…)
 飲めないだろうし、夢で終わるぞ、と少し悲しい。
 ブルーがコーヒーを一緒に飲めたら、本当に素敵だろうから。
 家での時間も、デートの時間も、飲めないブルーと二人より、幅が広がるのだから…。



           一緒に飲めたら・了


※ブルー君がコーヒー党だったら、と考え始めたハーレイ先生。「一緒に飲めたら」と。
 もしもブルー君がコーヒー党なら、確かに色々変わりそう。無理な感じしかしませんけどv







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