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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(チビなんだが…)
 それでも俺のブルーなんだ、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
 ブルーの家には寄り損なった日、夜の書斎で。
 学校では姿を見掛けたけれども、挨拶も交わしていたのだけれど。
 それは生徒としてのブルーで、教え子の一人。
 どんなに愛おしく思ってはいても、見せていいのは教師の笑顔。
 掛けていい言葉も教師としてだけ、「愛している」とは言えない学校。
 ブルーに会えても、本当の想いを口に出来ない場所が学校。
 愛おしいと思う心も顔には出せない、そうしてもいい場所ではないから。
 だから、こうして眺める写真。
 小さなブルーと二人で写した、夏休みの思い出の写真。
 弾けるような笑顔で腕に抱き付いているブルー。
 それは嬉しそうに、両腕でギュッと。
 前の自分たちには一枚も無かった、こういうプライベートな写真。
 二人一緒の写真はあっても、あくまでソルジャーとキャプテンだから。
 こんな風にくっつき合った写真は、一枚も撮れなかったから。


 前のブルーが少年の姿だった頃なら、あるいは写せていたかもしれない。
 ただの友達同士としてなら、肩を組もうが、腕を組もうが自由だから。
 誰も不審に思いはしないし、仲のいい二人だとシャッターを切ってくれそうだから。
(だが、あの頃には写真なんかは…)
 撮ろうという発想自体が無かった、記念写真など。
 それに恋人同士でもなかった、親しかったというだけで。
(…こういう写真を撮っていたとしても…)
 友達と写しただけの一枚、今の自分が教え子たちと写すのと何も変わらない。
 特別な想いがこもってはいない、二人一緒に写っているだけ。
 けれども、今では事情が違う。
 ブルーの姿はアルタミラで出会った頃と同じに少年だけれど、まるで違っている中身。
 幼いながらも、ブルーは恋を知っているから。
 前の自分が恋をしたことを、誰を愛したかを覚えているから。
(そいつが少々、厄介なんだが…)
 前と同じに恋人同士だと主張してばかりいるブルー。
 何かといえばキスを強請るし、駄目だと叱れば膨れっ面。
 それでもブルーにある記憶。
 自分は誰に恋をしたのか、誰を愛して生きていたのか。


 恋人なのだと言い張るブルーと、ブルーを愛している自分。
 二人で写した記念写真は、恋人同士で写った写真。
 前のブルーが同じ姿をしていた頃には撮れなかった写真、恋人同士ではなかったから。
(…チビでも、ブルーは俺のブルーで…)
 誰よりも愛しい、大切な人。
 前の自分が愛し続けて、最後まで共にと誓っていた人。
 なのに失くした、前のブルーを。
 ブルーは一人で逝ってしまった、前の自分が知りもしなかった暗い宇宙で。
 「さよなら」も言わずに飛び立ったブルー、ソルジャーの道を選んだブルー。
 前の自分と恋をしていた、恋人としての生き方よりも。
 恋人の腕に抱かれて死ぬより、一人きりの死を選んだブルー。
(…後悔はしたと言っていたがな…)
 一人きりでも、絆はあるとブルーは信じて飛び去ったから。
 前の自分の腕の温もり、それを右手に持っているから、絆が切れてしまいはしないと。
 けれどブルーは失くしてしまった、その温もりを。
 右手が冷たく凍えてしまって、独りぼっちだと泣きながら死んだ。
 小さなブルーがそれを話すまで、思いもしなかった悲しすぎる最期。
 どれほどに辛くて悲しかったことか、前のブルーは。
 たった一人で泣きじゃくりながら、暗い宇宙に散ったブルーは。


 そうしてブルーが失くした絆。
 独りぼっちで死んでいったブルー、前の自分との絆を失くして。
 前の自分もブルーを失くした、ブルーを止めなかったから。
 メギドへ飛ぶのを止めもしないで、追ってゆくこともしなかったから。
 二人揃って失った相手、白いシャングリラで共に暮らした愛おしい人。
 誰よりも愛し続けた恋人、それを互いに失くしてしまった。
 前のブルーは、メギドでの死で。
 前の自分は、一人残されたシャングリラで。
 死という壁に引き裂かれてしまった、前の自分たち。
 前のブルーは、二度と会えないと泣きながら死んでいったのだけれど。
 前の自分は、そうではなかった。
 いつか会えると、自分の命が終わりさえすれば会えると信じた。
 失くしてしまった愛おしい人に、気高く美しかったブルーに。
 最後までソルジャーであろうとした人、自分の務めを迷いなく選び、二度と戻らなかった人。
 恋を選べば、前の自分の腕の中で逝くことも出来ただろうに。
 ソルジャーを支える立場のキャプテン、その腕に抱かれて死んでゆくことは出来るから。
 「ぼくの身体を支えておいて」と言いさえすれば。
 横たわって死を迎える代わりに、最期まで起きていたいと言えば。
 それを選ばず、逝ってしまった人。
 ソルジャーの道を選んで逝ってしまったブルーに、いつか会えると信じていた。
 自分の命が尽きた時には。
 肉を纏った器を離れて、まだ見ぬ世界へ飛び立ったならば。


 その日だけを思って生きていた自分。
 地球に着いたら全てが終わると、前のブルーに託された務めは地球で終わると。
 ジョミーを支えていつか地球まで、それだけを思って生きた孤独な時間。
 仲間たちがいようと、ゼルやヒルマンたちがいようと、自分は一人きりだった。
 ブルーを失くしてしまったから。
 愛おしい人の命と一緒に、魂は死んでしまったから。
 戦いに勝って船に活気が満ちていた時も、皆が笑顔になっていた時も、死んだ魂は動かない。
 皆と同じに笑みを浮かべても、笑い合っても、その場限りのものでしかなくて。
 部屋に戻れば失くしていた笑み、心にはブルーへの想いだけ。
 また一歩、地球に近付いたと。
 ブルーの許へと旅立てる日が近付いて来たと、また一歩前へ進んだからと。
 白いシャングリラの長かった旅路、地球までの長い戦いの日々。
 ナスカの子たちを失った時も、彼らが羨ましかったかもしれない。
 何故、自分ではなかったのかと。
 どうして彼らが先にゆくのかと、死への旅立ちを望んでいるのは自分なのにと。


 いつか、と目指し続けた地球。
 前の自分の旅が終わる場所。
 かつてはブルーと二人で夢見た、幾つもの夢を描いていた星。
 死の星だった地球は、ブルーの焦がれた青い星とは違ったけれど。
 とてもブルーに見せられはしないと思ったけれども、旅の終わりには違いないから。
 それを頼みに、心の支えにシャングリラを降りた、地球へ向かって。
 やっと自分の務めが終わると、もうすぐブルーの許へゆけると。
(…少しばかり、急ぎすぎちまったがな…)
 次のキャプテンも任命できずに、地球の地の底で終わった命。
 シャングリラのその後を託せないまま、務めの途中で死んでいった自分。
 けれど後悔は何も無かった、あの時には。
 崩れ落ちてくる天井と瓦礫、それが天からの使いにも見えた。
 自分をブルーの許へと導く翼が羽ばたく音さえ聞いた気がした。
 これで終わると、旅立てるのだと。
 愛おしい人を追ってゆけると。


 そう思いながら、笑みさえ浮かべて潰えた命。
 ブルーに会えると、もうすぐなのだと。
(…そうやって、会えはしたんだが…)
 まるで違っていた再会。
 前の自分が失くしたブルーは、少年の姿で戻って来た。
 魂だけの姿ではなくて、命と身体を持った姿で。
 前のブルーが持っていた記憶、前の自分と恋をしたことを覚えたままで。
(チビのくせして、中身はブルー…)
 前の自分が愛したブルーが、恋をした人が小さなブルーの中にいる。
 年相応に無垢な心で、幼い身体で。
 恋はしていても、子供の姿に似合いなのが今の小さなブルーの恋心。
 精一杯に背伸びしたって、前のブルーには敵わない。
 大人と子供の大きな違いは、まだまだ埋まりはしないから。
 どんなにブルーが望んでいようが、キスさえ出来ない子供だから。


(それでも、あいつは俺のブルーで…)
 こんなチビでもブルーなんだ、と写真のブルーを見ればこみ上げる愛おしさ。
 前の自分が愛していた人、ブルーが帰って来てくれたと。
 メギドへと飛んで行ったけれども、こうして帰って来てくれたのだ、と。
 今はチビでも、いつか育つだろうブルー。
 前の姿とそっくり同じに、気高く美しくなるだろうブルー。
 早く見たいと思うけれども、会いたい気持ちが募るけれども、小さなブルーも愛おしい。
 いつまでもチビのままでもいいか、と時には思ってしまうくらいに。
(ちゃんと出会えて、写真も撮れて…)
 それで充分、幸せだから。
 失くしたブルーともう一度会えた、それだけで心が満たされるから。
 小さなブルーも、前と同じに愛おしい。
 ブルーは同じにブルーだから。
 前の自分が失くしてしまった、ブルーが帰って来たのだから…。

 

       また会えたあいつ・了


※チビのブルー君も、ハーレイ先生にとっては大切な恋人なのです。また会えたから。
 とても大切で、愛おしい人。チビのままでもかまわないほど、充分に幸せv





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(明日は土曜日…)
 ハーレイが来てくれる日だものね、とブルーが眺めたカレンダー。
 待ち遠しかった、明日という日がやって来るのが。
 明日が来るまでは、一晩残っているけれど。
 今夜が過ぎてくれない限りは、明日の朝にはならないけれど。
(…ハーレイ、忙しかったから…)
 一日くらいは来てくれそうだと待っていたのに、来てくれなかった五日間。
 月曜も火曜も、水曜も。
 木曜日も駄目で、もしかしたらと思った今日も。
 今の自分に予知能力は無いけれど。
 サイオンの扱い自体が不器用、前の自分にも難しかった予知など全く出来ないけれど。
(嫌な予感はしてたんだよね…)
 日曜日を一緒に過ごしていた時、ハーレイに「すまん」と謝られたから。
 今週は忙しくなりそうだからと、来られなくても許してくれと。
 たまにそういう時がある。
 会議だとか、他にも色々と用事。
 仕事の帰りに寄れそうな時間、それを過ぎてもハーレイの手が空かない時が。
 そうは言っても、予定はあくまで予定だから。
 「早く終わった」と寄ってくれることも少なくないから、待ったのに。
 一日くらいは何処かできっと、と期待したのに、嫌な予感が当たった今週。
 だから今夜が待ち遠しかった、あと一晩で土曜日だから。
 たった一晩眠りさえすれば、確実にハーレイに会えるのだから。


 今日は来るかと、きっと今日こそと、五日も食らった待ちぼうけ。
 そう、今日だってチャイムが鳴るのを待っていた。
 ハーレイが来てくれそうな時間だった間は、今か今かと。
 けれどもチャイムは鳴ってくれなくて、ハーレイが来ない日が五日間。
 とうとう今日も駄目だったんだ、とガッカリしたのは昨日までと変わらないけれど。
 来てくれなかったと残念だったのは同じだけれども、もう金曜日。
 今日が駄目でも、明日は必ず会えるから。
 ハーレイが来ると分かっているから、待ち遠しかった土曜日が来る。
 多分、水曜あたりから。
 まるで自覚は無かったけれども、月曜日から待っていたかもしれない。
 今週は寄ってくれないかも、と分かっていたから、早々に。
 土曜日は絶対に会えるのだからと、日曜日が終わった途端に、直ぐに。
 その土曜日が間近に迫っているのが金曜なのだし、今夜が過ぎれば土曜日の朝。
 だから気分も前向きに変わる、気落ちしていた時間が流れ去ったら。
 ハーレイがいない夕食のテーブル、それを離れて部屋に帰ったら。
(もうちょっと…)
 あと少し待てば会える筈だよ、と指を折る。
 ハーレイが来てくれる時間までには、半日以上あるけれど。
 十二時間では足りないけれども、それでも丸々一日ではなくて…。
(お風呂に入ったりしてる間に…)
 もっと時間は減るだろう。
 ハーレイと過ごせる時間までにある待ち時間。


 そうやってカレンダーを眺める間に、呼ばれたお風呂。
 これで時間が減るんだから、と御機嫌で浸かって、鼻歌も少し。
 パジャマ姿で部屋に戻れば、案の定、進んだ時計の針。
 十二時間と少し待ったら、ハーレイが訪ねて来てくれるだろう。
 あと半日とも言うのだけれども、その十二時間の内のかなりの分は…。
(寝ちゃってるしね?)
 ベッドに入って眠りに落ちたら、ヒョイと時間を飛び越えられる。
 怖い夢さえ見なかったならば、もう最高の明日への早道。
 起きていたなら長く感じるだろう時間も、眠ればほんの一瞬だから。
 アッと言う間に目覚まし時計の音に起こされる朝が来るから。
(ぐっすり寝てたら、ホントに一瞬…)
 今の自分もそう思うけれど、そういう自覚があるけれど。
 本を読みながらベッドに入って、ハッと気付けば朝ということも多いのだけれど。
(…前のぼくだと、十五年だよ?)
 今の自分が生まれてから今日まで過ごした時間より、長く眠ったソルジャー・ブルー。
 赤ん坊だった自分が此処まで育っても、十四歳にしかならないから。
 母のお腹の中にいた頃、それを加えてもギリギリ届くか届かないかが十五年。
 それだけの時を眠り続けたのが前の自分で、長いとも思っていなかった。
 目が覚めてみたら十五年も経っていたというだけ、寝ていた間はほんの一瞬。
 だから眠りが一番だと分かる、明日への早道。
 ベッドに入って眠ってしまえば、ヒョイと明日まで飛べるのだと。


 早く眠れば眠った分だけ、明日が来るのが早いから。
 ハーレイと会える土曜日の朝へ、眠りが運んでくれるから。
 眠るのがいいと思ったけれども、どうやらワクワクし過ぎた自分。
 普段だったら、そろそろ欠伸が出る頃なのに。
 もう少しだけ起きていようと考えていても、身体が「嫌だ」と言う頃なのに。
 一向に眠気がやって来なくて、ベッドに入っても駄目な気がする。
 寝付けないままコロンコロンと、右へ左へと向きそうな気が。
(…前のぼくなら十五年なのに…)
 そこまで寝たいと言わないから、と思うけれども、眠れそうにない。
 今のままでベッドに入っても。
 きっと眠りはやって来なくて、コロンコロンと転がるだけ。
 それだと時間は逆に長いと感じてしまうものだから。
 一瞬でヒョイと越える代わりに、飴のように伸びるものだから。
 眠気がやって来るまで待とうと変えた考え、本でも読んで暫く待とうと。
(…シャングリラの本…)
 白いシャングリラの姿を収めた写真集。
 あれなら眠気をそっと運んでくれるかもしれない、前の自分が十五年も眠った船だから。
 十五年間もの長い眠りを分けて貰おうと、ほんの少しでいいんだから、と手を伸ばしかけて。


(ちょっと待って…!)
 前の自分が眠り続けた、十五年もの長い歳月。
 自分にとっては一瞬だったけれど、その間に起きていたハーレイたちは…。
(うんと大変…)
 シャングリラの存在を人類に知られてしまったから。
 追い掛けられては逃げ続けた日々、赤いナスカに辿り着くまで。
 前の自分は眠っていたから、何も知らずにいられただけ。
(…前のぼく…)
 眠っている間に終わりが来たって、文句は言えなかっただろう。
 人類軍の船に攻撃されて、シャングリラごと宇宙に消えていたとしても。
 そうとも知らずに、ぐっすり眠っていたけれど。
 ぐっすりと言っていいかはともかく、眠り続けていたけれど。
(…それに、あの船…)
 十五年間も眠る前から、シャングリラは危うい船だった。
 いつ人類に発見されてもおかしくなかった、ミュウの箱舟。
 雲海に潜み、ステルス・デバイスで姿を隠してはいても。
 なんのはずみに知られてしまうか分からなかったし、見付かったら攻撃されるから。
(…逃げ切れるとは限らなくって…)
 沈んでいたなら、そこでおしまい。
 前の自分が守ろうとしても、ハーレイが懸命に舵を取っても。
 人類軍の方が上なら、其処で終わっていたろう命。
 前の自分も、船の仲間たちも。
 もちろん、前のハーレイだって。


 楽園という名の白い鯨は、明日を持たない船だった。
 夜が明けるとは誰も言い切れない、危うすぎる日々を送っていた船。
 人類軍に沈められたら、夜明けは二度と来ないのだから。
 それと同じに明けた夜もまた、必ず暮れて夜になるとは言えなかった船がシャングリラだから。
(…前のぼくだって…)
 何度思ったことだろう。
 ハーレイと共に夜を過ごして、愛を交わす度に。
 この夜は無事に明けるだろうかと、明日の夜明けは来るのだろうかと。
 夜が明けても、ハーレイと別れる時に思った、これが最後になりはしないかと。
 また二人きりの夜を迎えられるかと、その前に全てが終わってしまいはしないだろうかと。
 ハーレイの腕の中で眠る時には、それは幸せだったのだけれど。
 満ち足りた気持ちで眠ったけれども、いつも何処かにあったろう不安。
 明日は来るのかと、自分は再び目を覚ますことが出来るだろうかと。
 目覚めたとしても、ハーレイとの甘い別れの代わりに戦いが待っていないだろうかと。
(…そうやって終わっちゃうのが怖くて…)
 夜が怖かったことだってあった、前の自分は。
 眠ったら最後、明日は無いかもしれなかったから。
 今のようにヒョイと飛び越えて辿り着ける筈の明日は、前の自分には無かったから。


 それを思えば、なんと贅沢なことだろう。
 早く土曜日になって欲しいと、眠ろうとしている今の自分は。
 明日への早道になる筈の眠り、それが来ないと不満を心に抱く自分は。
(…前のぼくだと、早道どころか…)
 眠ったままで二度と目覚めず、シャングリラごと沈んでしまうとか。
 目覚めたとしても戦いに負けて、シャングリラと共に夜明けを待たずに息絶えるとか。
(…それって、怖すぎ…)
 けれども、前の自分は確かにそういう時代を生きた。
 十五年間の眠りの内にも、危機は何度もあっただろう。
 眠ったままでシャングリラごと終わったかもしれない、危うい局面。
(…眠れないからって、文句を言ったら…)
 罰が当たるよ、と気が付いた。
 今は眠れば明日が必ず来るのだから。
 明日の朝までヒョイと時間を飛び越えてゆくことが出来るのだから。
 眠気はまだまだ来ないけれども、まだ眠れそうにないけれど。
(でも、明日になったら、ハーレイに会えて…)
 幸せな時間が始まるのだから、眠気が来るまで座っていよう。
 今の眠りは明日が来る眠り。
 明日は必ずやって来るのだし、明日はハーレイが来てくれるのだから…。

 

       明日が来る眠り・了


※明日はハーレイが来てくれるから、とワクワクし過ぎて眠れなくなったブルー君。
 けれども、眠れば明日が必ず来るというのは幸せなこと。眠くなるまで待ちましょうねv





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 明日はブルーの家に行く日、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夕食の後に書斎で飲んだコーヒー、それのカップを洗いに出掛けたキッチンで。
 愛用の大きなマグカップ。
 使った後にはきちんと洗って片付ける主義で、次の朝まで置いたりはしない。
 朝には棚から出して使いたいマグカップ。
 前の夜に綺麗に洗って拭いて、仕舞っておいた気持ちのいいものを。
 料理の支度も後片付けの方も慣れているから、マグカップを一個洗うくらいは手間でさえない。
 手際よく洗ってキュキュッと拭き上げ、いつもの棚へ。
(次にこいつを使う時は、だ…)
 明日の朝食、そのテーブルで。
 トーストや卵料理やソーセージなどをゆっくりと食べて、それからコーヒー。
 仕事に出掛ける日ではないから、コーヒー片手に時間調整。
(早く行きすぎたらマズイしな?)
 ブルーの家に早く着きすぎないよう、いつもより時間をかけて味わう。
 朝食も、それにコーヒーも。
 後片付けが済んだら家を出るわけで、次にマグカップを棚へ仕舞ったら…。
(ブルーに会いに行けるってな!)
 前の生から愛し続けた、愛おしい人に。
 今は少年の姿のブルーに、十四歳にしかならないブルーに。


 それが楽しみな金曜日の夜、ブルーと一緒に過ごせる週末。
 何も用事は入っていないし、土曜日も、それに日曜も。
 浮き立つ心でキッチンを出たら、バスタイム。
 ついつい零れてしまう鼻歌、明日はブルーに会いに行けると思ったら。
 キスさえ出来ない恋人だけれど、まだまだ幼いブルーだけれど。
 それでもブルーはブルーだから。
 前の生から愛してやまない、大切な恋人なのだから。
 会えば心に溢れる幸せ、それにブルーへの愛おしさ。
 明日は確実に会えるのが嬉しい、平日ではなくて土曜日だから。
 平日でも仕事が早く終われば会えるけれども、思い通りにはいかないもの。
 きっと帰りに寄れる筈だ、と考えていても狂うのが予定。
 早く終わると思った会議が終わらず、駄目になるのはよくある話。
 同僚の誘いを断り切れずに、食事に出掛けてしまう日も。
 会いに行けずに終わってしまう日、平日にありがちな予定の狂い。
 けれど、週末は予定が狂いはしないから。
 ブルーが寝込んでしまうことはあっても、家へ会いには行けるから。
(明日はブルーに会える日なんだ)
 間違いなく、と遠足の前の子供さながらに心が弾む。
 子供と違って、寝付けないことはないけれど。
 ベッドに入れば、ちゃんと眠れるのだけれど。


 パジャマ姿で寝室に行って、後は一晩眠るだけ。
 目覚めたら朝で、時間次第で何をするかを決める朝。
 軽いジョギングに出掛けてゆくとか、庭に出て身体を動かすだとか。
 それは目覚めた時間次第で、その日の気分次第だけれど。
 朝食は必ず食べるわけだし、またマグカップのお世話になる。
 風呂に入る前に洗って片付けておいた、マグカップに熱いコーヒーを。
(飲み終わって洗ったら、出発なんだ)
 ブルーに会いに行ける日だから、とベッドに入ろうとしたけれど。
 遠足前の子供と違って、ストンと眠りに落ちるベッドに上がったけれど。
(…待てよ?)
 こうしてベッドにもぐった後には、訪れる眠り。
 目覚まし時計はかけるけれども、きっと早めに覚めるだろう目。
 起きたらパジャマを脱いで着替えて、ジョギングに行くか、庭で体操か。
 とにかく朝の軽い運動、それから始める朝食の支度。
 トーストを焼いて、卵料理やサラダなど。
 熱いコーヒーは欠かせないから、香り高いのをたっぷりと。
 いつも通りの週末の朝で、何処も変ではないのだけれど…。


(前の俺だと、有り得なかったぞ…!)
 こんな風には暮らせなかった、とベッドの端に腰掛けた。
 眠れば確実に明日の朝が来て、思った通りの時間が流れ始めるなどは。
 その日の気分で変わるとはいえ、軽い運動が済んだら朝食の支度。
 出来上がったら食べて、片付けて、それから出発。
 小さなブルーが待っている家へ、愛おしい人が住む家へ。
 一晩眠れば、その日が始まる。
 眠るだけでヒョイと時を越えられる、明日の朝へと。
 ブルーの家へと出掛けられる朝へ、いつも通りに。
 週末はこうだと思う通りに、目覚めたら始まる土曜日の朝。
(…前の俺には無かったんだ…)
 間違いなく明ける夜というものは。
 眠れば必ずヒョイと越えられる、訪れる朝というものは。


 白いシャングリラで暮らした頃にも、予定は色々あったのだけれど。
 キャプテンだったから、それは色々あったのだけれど。
(…そいつを確実に出来る保証は…)
 何処にも無かった、実の所は。
 夜の間に人類軍に見付かったならば、明日は無いかもしれなかったから。
 夜が明ける前に白いシャングリラは沈んでしまって、終わりだったかもしれないから。
(…いつも何処かで思ってたんだ…)
 楽園という名の船だけれども、その楽園は仮のものだと。
 地面の上には居場所が無いから、こうして浮いているのだと。
 ミュウの仲間たちが暮らす箱舟、楽園という名のシャングリラ。
 其処で誰もが予定を立てては、それをこなしていたけれど。
 明日は会議だとか、来週だとか、そんな風に予定は組まれたけれど。
(…来週どころか、明日ってヤツも…)
 来るとは限らなかった船。
 誰にも言い切れなかった船。
 前のブルーは船を守ると言ったけれども、前の自分も精一杯のことをしようと思ったけれど。
 力及ばず沈んでしまえば、明日は永遠に来ない船。
 立てた予定をこなす代わりに、何もかもが消えてしまう船。
 まるで水面に浮かぶ泡のように、儚かった船がシャングリラ。
 考えないようにしていただけで。
 暗い考えに囚われていては、心を強く持てないから。


 けれど、忘れることはなかった。
 朝を迎える度に思った、心の何処かで「無事に朝が来た」と。
 前のブルーと夜を過ごして、愛を交わして別れる時にも、やはり思った。
(…これが最後かもしれない、ってな…)
 昼の間も、危険は同じにあるのだから。
 人類軍の船が来たなら、夜は来ないかもしれないから。
 白いシャングリラは沈んでしまって、全て終わりかもしれないから。
 何度思ったか分からない。
 前のブルーと夜を過ごす度に、その夜は無事に明けるだろうかと。
 夜が明けてブルーと別れる時には、こうして再び会えるだろうかと。
(…なんの保証も無かったんだ…)
 予定どころか、前のブルーとの逢瀬でさえも。
 いつ断ち切られても不思議は無かった、前の自分が生きていた時間。
 突然に消えて終わったとしても、仕方なかった儚い世界。
 白いシャングリラが存在したこと、それ自体が奇跡だったから。
 生きることさえ許されなかったミュウの箱舟、あってはならなかったもの。
 マザー・システムにしてみれば。
 人類の視点から考えてみれば、忌むべきもので消えるべきもの。
 前の自分は其処で暮らした、明日は無いかもしれない船で。
 夜が必ず明けるものとは、誰にも言い切れない船で。


(前の俺だと、こんな風には…)
 きっと眠れなかっただろう。
 心浮き立つ予定がある日の前の夜なら、余計なことまで考えただろう。
 その日は本当に来るだろうかと、この夜は明けてくれるだろうかと。
 楽しみな予定であればあるほど、心配も募ったに違いない。
 それは実現するだろうかと、無事に夜明けが来るだろうかと。
(気にし過ぎちまって、目が冴えちまって…)
 酒のお世話になったかもしれない、あの船ならではの合成の酒。
 本物の麦や葡萄から出来たのではない、合成品の酒を一杯やってベッドへ。


 前のブルーとは夜を一緒に過ごしたけれども、会えない日が続いていたならば。
 明日は会えるという日になったら、その夜はきっと…。
(眠れないんだ、コーヒーなんかを飲んでなくても)
 待ち遠しいと思う心と、夜が明けるかという心配と。
 弾む心と不安な気持ちと、それを抱えて寝付けない夜になったろう。
 それが今ではまるで違って、コーヒーまで飲んでしまっても…。
(ベッドに入れば、ぐっすりなのか…)
 そうしてヒョイと朝が来るのか、と今の幸せに感謝せずにはいられない。


 今は必ず明ける夜。
 明日になったらコーヒーを淹れて、飲み終わったら片付けて。
 愛おしい人の家へ出掛ける、前の生から愛し続けたブルーの家へ。
 ベッドにもぐって眠ればヒョイと越えられる夜。
 コーヒーを飲んでしまった後でも、待ってましたとやって来る眠り。
 それに意識を委ねるだけで、明日という日が訪れる。
 けして断ち切られはせずに流れてゆく時間。
 ブルーと二人で地球に来たから。
 明日は来るだろうかと案じていた船、あの船で夢見た青い地球に生まれて来たのだから…。

 

        明日がある眠り・了


※ハーレイ先生にとっては、明日が来るのは当たり前。眠ればヒョイと次の日の朝。
 けれど、前の生では来るという保証が無かった朝。幸せの証は、こんな所にもあるのですv





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(今はハーレイがいてくれるしね…)
 いつでも一緒、とブルーが握ってみた右手。
 自分の左手を使って、キュッと。
 いつもそうしてくれる大きな手の真似をして。
 ハーレイの逞しい褐色の手には、まだ敵わない子供の手。
 それでも思い出せる温もり、ハーレイがくれる優しい温もり。
 「もう平気か?」と、「ちゃんと温かくなったか、右手?」と。
 前の自分が、それを失くしてしまったから。
 最後まで持っていたいと願いながらも、落として失くしてしまったから。
 キースに撃たれた痛みのせいで。
 弾が身体に撃ち込まれる度、酷い痛みで薄れた温もり。
 「これで終わりだ」と砕かれた右目、それと一緒に砕けて消えてしまった温もり。
 ハーレイの腕から貰った温もり、ハーレイとの絆だと思った温もり。
 その温もりは、何処にも残っていなかった。
 バーストさせた最後のサイオン、それをメギドにぶつけた後は。
 自分の方でも「これで終わりだ」と、キースと刺し違えるつもりだった捨て身の攻撃。
 けれど、逃げられてしまったキース。
 思いもしなかったミュウの青年、キースを救って逃げたミュウ。
 その驚きから覚めた時には、もう温もりは何処にも無かった。
 右目と一緒に失くしたと知った、痛みが全てを奪い去ったと。


 それでもジョミーに「みんなを頼む」と、ソルジャーとしての思いを託した。
 メギドに来たのは、そのためだから。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を、命と引き換えに守るためだから。
 あの白い船に幸多かれと、皆が地球まで行けるようにと、祈りを捧げはしたけれど。
 ソルジャーの務めは、そうあるべきだと己を律し続けた通りの務めは果たしたけれど。
(…なんにも残っていなかったんだよ…)
 自分自身のためには、何も。
 死にゆく自分を看取ってくれる仲間はいなくて、白いシャングリラもありはしなかった。
 三百年以上もの時を過ごした船は自ら後にしたから。
 仲間たちにも心で別れを告げて来たから、それで当然だったのだけれど。
 一人きりで死ぬとは知っていたけれど、独りではない筈だった。
 最後まで一緒にいてくれる人の温もりを持って、白い鯨を飛び立ったから。
 ハーレイの腕に触れた時の温もり、それはある筈だったから。
 その温もりさえ抱いていたなら、最後まで温かいだろう。
 右手から全身に広がる温もり、それに包まれて旅立てるだろう。
 命の灯が消える時まで、きっとハーレイと共にいられる。
 互いの間に、どれほどの距離があろうとも。
 シャングリラが何処に向かってワープしようとも、遥か彼方へ飛び去ろうとも。
 それさえあれば、と思った温もり。
 けして自分は一人ではないと、独りぼっちで逝くのではないと。
 ハーレイの腕が、その眼差しが、自分を送ってくれるだろう。
 行くべき所へ、優しく包んで送り出してくれることだろう。


(…そう思ったのに…)
 気付けば、消えていた温もり。
 失くしてしまった、ハーレイとの絆。
 温もりは欠片も残っていなくて、自分は独りぼっちになった。
 人類軍の船しか無いだろう宇宙、其処で壊れてゆくメギドの中で。
 白いシャングリラも、ミュウの仲間たちも、愛した人さえ見えない場所で。
(右手、冷たくて…)
 温もりを失くした右手はとても冷たくて、凍えてしまって、それが悲しくて。
 ハーレイとの絆が切れてしまったと、独りぼっちだと泣くしかなかった。
 泣いたところで、温もりが戻りはしないのだけれど。
 ハーレイが届けに来ない限りは、もう戻る筈もないのだけれど。
 白いシャングリラと共に何処かへ行ったハーレイ、メギドに来てくれるわけがない。
 とうにワープをして行っただろう、仲間たちを乗せた白い鯨で。
 自分が「頼む」と言った通りにジョミーを支えて、まだ見ぬ地球へと向かうのだろう。
 本当に切れてしまった絆。
 もうハーレイが何処にいるのかも分からない。
 追ってもゆけない、自分の命は尽きるのだから。
 キースに撃たれた傷が命を奪い去るのか、メギドの爆発に巻き込まれるのか。
 どちらにしたって、見えている終わり。
 自分の命は此処で終わって、ハーレイとの絆は取り戻せない。
 白い鯨は行ってしまって、自分は追ってはゆけないから。
 ハーレイが今は何処にいるのか、もうそれさえも分からないから。


 独りぼっちになってしまったと、ハーレイには二度と会えないのだと分かった時の深い絶望。
 自分で選んだ道だとはいえ、こうなるとは思いもしなかった最期。
 ソルジャーとしての務めを終えたら、心安らかに眠る筈だったのに。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を、自分はきちんと守り抜いたと。
 やるべきことは全てやったと、これで満足だと、全力で生きた人生だったと。
(…なのに、独りぼっち…)
 誰も側にはいてくれなくて、ハーレイとの絆も切れてしまって。
 満足どころか、悲しみだけしか残らなかった。
 死よりも辛くて深い悲しみ、絶望の淵に叩き込まれてしまった自分。
 救いの手などは何処からも来ない、一条の光も射し込まない闇。
 片方だけになった瞳に映る世界は、光に溢れていたけれど。
 地獄の劫火を造り出すメギド、青い炎と同じ色をした光が満ちていたのだけれども、深い闇。
 絶望という名の闇に覆われ、光を失くしてしまった心。
 一人きりだと、もうハーレイには会えないのだと。
 それに気付いたら泣くしかなかった、まるで幼い子供のように。
 泣いてもどうにもなりはしなくても、それより他には何も出来なかった。
 白いシャングリラを、ハーレイを追ってはゆけないから。
 自分の命は此処で終わりで、絆を元には戻せないから。
 もうおしまいだと、独りぼっちだと、泣きじゃくりながら迎えた最期。
 いつ息絶えたか、それすらも自分の記憶には無い。
 ただ泣いていたということだけ。
 涙の記憶が最後の記憶で、泣きじゃくりながら自分は死んだ。
 ソルジャー・ブルーだったのに。
 今の時代も讃え続けられる、伝説の戦士だったのに。


 悲しみの中で終わってしまった、前の自分の長かった生。
 ハーレイとシャングリラで共に暮らして、恋をして、愛されて生きていたのに。
 何が起ころうとも一緒なのだと思っていたのに、最後に無残に断ち切られた絆。
 そうするつもりでメギドに向かったわけでは決してなかったのに。
 あそこでキースに撃たれなかったら、絆は残っていたのだろうに。
(…ぼくの失敗…)
 シールドを張り損なったから。
 最初の弾さえ防いでいたなら、きっと持ち堪えただろうから。
 そうしていたなら、温もりを失くしはしなかった。
 ハーレイとの絆を抱き締めたままで、満足して死んでいっただろう。
 白い鯨が無事に旅立つ夢を見ながら、青い地球へと向かう姿を思い描きながら。
 唇にはきっと笑みさえ浮かべて、安らかな顔で。
 たとえ身体はメギドの爆発で砕け散ろうとも、最後まで自分は幸せに包まれていただろう。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それにすっぽりと包まれて。
 まるでハーレイの腕に抱かれているかのように、優しい温もりに全てを委ねて。
 心も、身体も、それに命も。
 何もかもを全てハーレイに委ね、愛おしい人に見守られて。
 ハーレイの姿は其処に無くとも、見えない腕に抱き締められて。
 「此処にいますよ」という声を聞いて、温かな胸に、強く逞しい腕に抱かれて旅立っただろう。
 滅びゆく身体を後にして、遠く。
 いつか再びハーレイと会える世界に向かって、それは幸せに。


 けれども、叶わなかった夢。
 ハーレイの温もりを失くした自分に残されたものは、涙だけ。
 後から後から頬を伝った涙だけしか、前の自分には残らなかった。
 悲しみと深い絶望の中で泣きじゃくりながら、自分は逝った。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになったから。
 包んでくれる腕も、優しかった声も、何もかも失くしてしまったから。
(…あんなのは、もう…)
 二度と御免だと、ブルッと肩を震わせた。
 今でも時々、あの時を夢に見てしまう。
 メギドで撃たれて死んでゆく夢、泣きじゃくりながら死にゆく夢。
 心の傷は癒えていなくて、メギドの夢を見ない時でも右手が冷えると悲しくなる。
 寂しくなるから、何もなくてもキュッと左手で握ってしまう。
 今はハーレイがいつでも温めてくれるんだから、と。
(…夢を見た時は、側にいてくれないのが困るんだけど…)
 夜中にハーレイがいるわけがないし、温めてくれる筈もない。
 それが難点、本当にハーレイの温もりが欲しい時には温めて貰えない自分。
 なんとも困る、と思うけれども、いつかはそれも…。


(…一緒に暮らせるようになったら、夜中だって温めて貰えるしね?)
 メギドの悪夢で飛び起きたならば、「どうした?」と声が聞こえるだろう。
 温かい胸に抱き寄せて貰って、身体ごと温めて貰えるだろう。
 前の自分が、もう会えないと泣きじゃくった筈の恋人に。
 奇跡のように、また巡り会えたハーレイに。
 一度は失くしたハーレイだけれど、また繋がった二人の絆。
 だから、自分は泣かなくていい。
 右手が凍えるメギドの悪夢は、遠い昔の出来事だから。
 ハーレイを失くして泣いた自分は、生まれ変わって幸せだから。
 一度失くしてしまったハーレイ、だから前より強まった絆。
 そんな気がする、もう失くさないと。
 ハーレイとの絆は切れはしないと、今度は何処までも二人で歩いてゆけるのだからと…。

 

        君を失くして・了


※前のブルーが失くしてしまった、ハーレイの温もり。メギドでの悲しい記憶です。
 もう会えないと思ったハーレイに会えて、温もりも貰えて、今は幸せv





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(ああ、お前だな…)
 此処にいるんだな、とハーレイが取り出した写真集。
 夜の書斎で、机の引き出しの中から、そっと。
 白いシャングリラの写真集とは違って、前のブルーの写真集。
 シャングリラの写真集を買いに出掛けた時に見付けた、愛おしいけれど悲しい一冊。
 タイトルは『追憶』、その副題が「ソルジャー・ブルー」。
 名前の通りに、前のブルーの写真を集めて編まれた本。
 前の自分が愛し続けた、気高く美しかった人。
 深い眠りの中にいた姿さえも、天の御使いを思わせるほどに。
 長い長い時が流れた今でも、ブルーの姿は人の心を魅了するから、何冊もある写真集。
 けれど、ただの写真集とは違った『追憶』。
 最終章にはメギドが在った。
 メギドに向かって宇宙を駆けたソルジャー・ブルーの、最後の飛翔で始まる章。
 彗星のように青いサイオンの尾を曳き、ただ真っ直ぐに。
 忌まわしいメギドの装甲を破った後には、もうサイオンの光も見えない。
 爆発するメギドの閃光で終わる最終章、漆黒の宇宙空間で。
 悲しくて辛い本だけれども、滅多に開きはしないけれども。
 表紙には前のブルーがいる。
 正面を向いた、今も一番広く知られたブルーの写真。
 強い瞳の奥、消えない悲しみ。前のブルーが決して見せなかった顔。
 それを何処から探して来たのか、奇跡のように存在するのがこの肖像。
 前のブルーを知る自分にとっても、「ブルーだ」と心から思える一枚。


 たまに、こうして向き合いたくなる。
 前のブルーと、前の自分が最後まで愛し続けた人と。
 ブルーは帰って来たと言うのに、小さなブルーが同じ町に今もいるというのに。
 この時間ならば、きっとベッドの中だろう。
 ぐっすりと眠っていてくれて欲しい、悲しいメギドの夢などは見ずに。
 前の自分が迎えた最期の記憶に苦しめられずに、幸せな夢を見ていて欲しい。
 そう思うくせに、そうあってくれと心から願っているくせに。
 忘れられない、愛おしい人。
 前の自分が失くしてしまった、ソルジャー・ブルーと呼ばれたブルー。
 今は見えない面影を求めて、それに会いたくて写真と向き合う。
 十四歳にしかならないブルーは、この姿とはやはり違うから。
 同じブルーでも、少年のブルー。
 アルタミラの地獄で初めて出会った頃の姿で、まだ育ってはいないから。
(あいつも俺のブルーなんだが…)
 お前も俺のブルーなんだ、と写真集の表紙を指先で撫でる。
 前のブルーの頬を優しく撫でていたように。
 触れて口付けていた頃のように。
 写真の中にしか、もういないブルー。
 その面影を愛おしみながら、前のブルーに語りたくなる。
 お前は幸せになれただろうかと、今は幸せに生きているかと。


 わざわざ写真に問い掛けなくても、ブルーは幸せな今を生きている。
 何ブロックも離れた所にある家、其処で両親に愛されて。
 この時間はきっとベッドでぐっすり、今のブルーのためのベッドで。
 前のブルーが暮らした青の間、それよりはずっと狭いけれども、ブルーの部屋。
 小さなブルーが好きに使える部屋のベッドで、眠りに落ちているだろう。
 ちゃんと分かっているのだけれども、ついついブルーに尋ねてしまう。
 前のブルーの写真を見詰めて、「幸せなのか」と。
 今は幸せに暮らしているかと、今のお前は幸せだろうかと。
 そうなってしまう理由は、きっと…。
(…こいつのせいだな)
 今も、開けば涙が溢れる『追憶』の一番最後の章。
 前の自分が知らない所で、暗い宇宙で、たった一人で逝ってしまったブルー。
 どうして止めなかったのか。
 追い掛けることをしなかったのか。
 そうなることが分かっていたのに、ブルーの覚悟を前の自分は知っていたのに。
 シャングリラの仲間の誰が知らなくても、ジョミーでさえ気付いていなくても。
 ブルーが寄越した思念の言葉で、これが最後だと分かっていたのに。
(…それなのに、俺が止めなかったから…)
 引き止めることも、追い掛けてゆくこともしなかったから。
 ブルーは一人で逝くしかなかった、前の自分の温もりさえも失くしてしまって。
 独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら、暗い宇宙で。


 死よりも辛い絶望の中で逝ってしまったブルーの悲しみ。
 それを知ったのが今の自分で、小さなブルーが話してくれた。
 どれほどに辛く悲しかったか、温もりを失くした右手がどんなに冷たかったか。
(…前の俺は、そんなことさえ知らずに…)
 自分だけの悲しみに囚われていたような気さえしてくる、ブルーのことは思い遣らずに。
 そうではなかったと分かっていてさえ、自分を責めたい気持ちになる。
 どうしてブルーを止めなかったかと、追い掛けさえもしなかったのかと。
 失くしてしまって泣くくらいならば、あの時、止めるか、追い掛けてゆくか。
 白いシャングリラも、キャプテンの務めも放り出してしまえば出来た筈だと、叶わないことを。
 出来もしなかったことを考えてしまう、ブルーの最期を知った今では。
(…俺はお前を、失くしちまった…)
 勇気が足りなかったせいでな、と零れた涙。
 ほんの少しだけ、チラリと眺めた『追憶』の悲しい最終章。
 それが運んで来た涙。
 前のブルーを止め損なったと、追い掛けることさえ出来なかったと。
 取り返しのつかない時の彼方の過ち、失くしてしまった愛おしい人。
 誰よりも深く愛していたのに、ブルーのためなら命も要らなかったのに。
(…俺はそいつを捨て損なって…)
 ブルーを追ってゆきさえしたなら、共にメギドで捨てられた命。
 それを抱えて生きたばかりに、何度涙を流しただろう。
 もう戻らない人を想って、帰っては来ないブルーを想って。
 早くブルーの許に行きたいと、シャングリラが地球に辿り着いたら、その時が来ると。
 それまで会えないことが辛いと、もう一度ブルーに会いたいのに、と。


 前の自分が流した涙。
 何度も何度も、前のブルーを想って流していた涙。
 それはなんとも自分勝手で、自分の悲しみばかりに満ちて。
 前のブルーを最後に襲った深い絶望、それを思いはしなかった。
 死よりも辛くて深い絶望、その中で逝ったブルーのことは。
(…失くしちまったことばっかりで…)
 ブルーも同じに失くしたのだとは、夢にも思っていなかった自分。
 右手が凍えて冷たいと泣いて、温もりを失くしてしまったと泣いて、終わったブルーの前の生。
 暗い宇宙で、たった一人で。
 独りぼっちで、泣きじゃくりながらブルーは逝った。
 そんなこととも知りはしなくて、自分自身の悲しみの中に沈み込んでいた前の自分。
 愛おしい人を失くしてしまって、一人きりになってしまったと。
 このシャングリラに独り残されたと、ブルーが何処にもいない船に、と。
 魂はとうに死んでしまって、屍のように生きていた自分。
 ブルーの許へと旅立つ日だけを思い続けて、失くしてしまった悲しみに何度も涙しながら。
 まさかブルーも失くしていたとは、本当に思いもしなかったから。
 泣きじゃくりながら逝ったことなと、知る術さえも無かったから。


(…そうして、お前を放りっ放しで…)
 自分の悲しみだけを訴えていたような気がする、前のブルーに。
 早く地球まで辿り着きたいと、お前の所に行かせてくれと。
 ブルーはもっと辛かったのに。
 前の自分との絆なのだとブルーが信じた、右手に持っていた前の自分の腕の温もり。
 それを失くして失った絆、独りぼっちになってしまったブルー。
 そうとも知らずに、自分の悲しみだけをぶつけた、前のブルーに。
 逝ってしまった愛おしい人に、涙の数だけぶつけた悲しみ。
 前の自分が何度も流した幾つもの涙、それはブルーを救わなかったことだろう。
 自分勝手な悲しみばかりが満ちた涙をぶつけられても、前のブルーは…。
(…救われるばかりか、俺を置いてっちまったことを…)
 きっと悲しみ、辛く思っていただろう。
 そうするしか道が無かったとはいえ、それを選んだ自分を責めて。
 自分のせいで悲しませていると、またハーレイを泣かせてしまったと。


(…すまない、俺のことばっかりで…)
 お前のことなど考えもせずに、と零れる涙。
 自分勝手ですまなかったと、俺はようやっと気付いたから、と。
 たまに、こうして零れ落ちる涙。
 前のブルーと向き合った時に、今の自分だから流せる涙。
 こうして流す涙は決して、前の自分のように無駄にはすまい。
 自分一人の悲しみに囚われ、ブルーを忘れることだけはすまい。
 今のブルーは幸せに暮らしているのだけれども、悲しみの記憶を残した右手。
 それがすっかり癒える時まで、ブルーの心に寄り添おう。
 メギドで一人で泣きじゃくった記憶、前のブルーが流した涙が消えるまで。
 幸せの涙に取って代わられて、ブルーがそれを忘れる日まで…。

 

       お前を失くして・了


※前のハーレイには知りようもなかった、ブルーの最期と、凍えてしまった右手のこと。
 知っている今だから、流せる涙もあるのです。今のブルーの幸せを願って…。





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