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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(不思議なもんだな…)
 ブルーがチビになっちまうなんて、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
 夏休みの終わりに二人で写した記念写真。
 今の自分の腕に両腕でギュッと抱き付いて笑顔のブルーは、まだ子供で。
 アルタミラで出会った頃と同じに本当に子供、まだまだ少年。
 あれから大きく育ったブルーを、自分は見ていた筈なのに。
 正確に言えば前の自分が、側で見ていた筈だったのに。
(…まさか縮むとは思わないよな?)
 いくら俺でも、とあの頃の自分を思い出す。
 前のブルーと共に暮らしたシャングリラ。
 少年だったブルーが育ってゆくのが嬉しかった自分。
 長く成長を止めていたらしいブルー、それが育ってゆくのだから。
 船での暮らしがブルーにはいいと、育ってゆけるのはいいことだと。
 アルタミラの地獄から無事に解放されたからこそ、ブルーは育ち始めたのだと。
 目に見えるほどに毎日、毎日、育ったわけではないけれど。
 古典に出て来る「かぐや姫」のように、アッと言う間に大きく育ちはしなかったけれど。
 それでも、何度気付いたことか。
 また育ったなと、前よりも伸びたブルーの背丈に。
 大人びてきたなと、その面差しに。


 楽しみにしていたブルーの成長、それは素晴らしいことだから。
 前のブルーの比類なきサイオン、育てば能力の方だって…。
(ぐんぐん伸びていたかもしれんが、そっちはなあ…)
 まるで気にしていなかった。
 もっと強くと一度も願いはしなかった。
 早く育って、強いブルーになってくれとは。
 ただただ、嬉しかっただけ。
 今のブルーは育ってゆけると、まだまだ大きくなれるのだと。
 長い年月、育ちもしないで少年の姿でいたというのに。
 成人検査を受けた日のまま、少しも育ちはしなかったのに。
(止まってたものが動き出すのはいいことなんだ)
 本来だったら動く筈のもの、それが止まってしまっていたら。
 早く動かしてやらなければ、と思うのが普通、どんなものでも。
 止まってしまった置時計だとか、立ち往生した車だとか。
 それが再び動き出したら、走り始めたらホッとするもの。
 こうでこそだと、これが正しいと。
 だから、人でも同じこと。
 育ってゆくべき筈の子供が、子供のままでいたならば。
 成長を忘れていたならば。


 前の自分は、成人検査よりも前の記憶をすっかり失くしていたけれど。
 記憶を殆ど奪われたけれど、覚えていた「子供は育つ」ということ。
(育ち切ったら、後は老けていくだけなんだがな?)
 老けると言うか、年を重ねると言うか。
 今の自分が前と同じに、こういう姿になっているように。
 けれども、それよりも前の子供は育つもの。
 目に見えなくても日に日に大きく、そして気付けば大人になるもの。
 それが正しいと、本当なのだと覚えていたから、とても嬉しかったブルーの成長。
 やっとブルーも育ち始めたと、あるべき姿に戻ったのだと。
 伸びてゆく背丈も、大人びてゆくその顔立ちも。
 とても良かったと、この船でブルーは幸せなのだと。
 そうでなければ、きっとブルーは育ちはしないで子供のままでいただろうから。
 育っても何も変わりはしないと、育つことを忘れていただろうから。
(あいつの時計は止まっちまって…)
 育つことさえ忘れてしまった。
 自分が何者なのかも忘れて、行くべき場所さえ無かったから。
 あの時代の子供たちが向かった教育ステーションすら、ブルーのためには無かったから。
 自分が誰かも分からない上に、目標さえも無かったブルー。
 それでは育つわけがない。
 止まってしまったブルーの時計は動いたりはしない、未来が無ければ。


 もしもブルーが、ミュウでなければ。
 成長を止める能力を持ったミュウでなければ、それでも育ちはしただろう。
 閉じ込められていても、辛い日々でも、未来が無くても。
 けれど、ブルーはミュウだったから。
 そのせいで未来も、記憶も失くしてしまったから。
 育つことすら忘れてしまって、長い長い時を少年のままで過ごしていた。
 他のミュウたちは自分も含めて、ちゃんと育っていたというのに。
(あいつと出会って、育ち始めたことに気付いて…)
 どんなに嬉しく、心が弾んだことだろう。
 大きく育ってゆくブルー。
 ある日ふと見れば伸びている背丈、それに大人びて見える面差し。
 もっと大きくと、元気に育ってくれと願った、気付く度に。
 また育ったなと気付かされる度に。
(どこまで育つんだろう、ってな)
 ブルーの背丈が何処まで伸びるか、顔立ちはどう変わるのか。
 いつか成長を自分の意志で止める日までに、ブルーはどれほど育つのかと。
 ただ楽しみに見守った自分、「大きくなれよ」と。
 ブルーのサイオン能力は抜きで、純粋な意味で。
 どんなブルーが出来上がるのかと、どういう姿に出会えるのかと。


(そしたら、凄い美人が出来てだ…)
 男だったけれど、誰が見たって「美しい」と形容しただろうブルー。
 それに気高さ、この世のものとも思えないほどに美しく成長したブルー。
 育つことを本当に止めたブルーは、誰もが振り向く美人になった。
 あの船の中では皆が顔馴染み、知った顔ばかりが揃っていても。
 ブルーがいるだけで空気が違った、能力や立ち位置を別にしたって。
 まるで一輪の花を添えたよう、一輪だけでも「花があるな」と気付く花。
(大輪の薔薇ってわけじゃないんだが…)
 どちらかと言えば百合だったろうか、誇らしげに咲く薔薇よりは。
 清楚でありながらも香り高い百合、俯いて咲いても人の視線を惹き付ける百合。
 ブルーはそういう姿に育った、それは気高く美しい人に。
 ソルジャーの肩書きが無かったとしても、きっと特別だったろう人に。
 たとえ人目に立たない所が、目立たない仕事がブルーに振られていたのだとしても。
 シャングリラの通路を掃除する係や、厨房の裏方だったとしても。
 其処にブルーがいると気付けば、誰もが一瞬、目を奪われる。
 そういう具合になっていたろう、あれほど美しくなったのだから。
 せっせと皿洗いをしていたとしても、床をモップで拭いていたとしても、ブルーはブルー。
 その美しさは損なわれないし、気高さだって。


 思った以上の姿に育って、皆の心を捉えたブルー。
 おまけにソルジャー、シャングリラの皆が誇らしい気持ちで仰いだソルジャー。
 自分たちの長は特別なのだと、これほどの人は何処にもいないと。
 強いサイオンもそうだけれども、姿も、気高いその心も。
(成長を止めた後にも、あいつは育って…)
 姿ではなくて、中身の方。
 前のブルーの魂そのもの、それは止まらずに育ち続けた。
 仲間たちを思い、ミュウの未来を、地球を求めて、ただひたすらに。
 降りられる地面を持たない箱舟、シャングリラを守り、皆を未来へと導き続けて。
 ソルジャーゆえの深い悲しみや憂い、それを誰にも見せることなく。
 苦しみや辛さも育つ糧だった、前のブルーの魂には。
(そうして育って、育ち過ぎちまって…)
 逝っちまった、と思わず噛み締めてしまった唇。
 ブルーは帰って来たのだけれども、小さなブルーがいるのだけれど。
 あの悲しみは忘れられない、前のブルーを失くしたことは。
 たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻って来なかったブルー。
 そんな決断が出来る所まで、育たなくてもよかったのに。
 自分の命を投げ出せるほどに、皆のためにと犠牲になる道を選べるほどに。
 もっとブルーが弱かったならば、きっと行ってはいなかった道。
 それを思えば育ち過ぎだった、前のブルーは。
 育ってゆくのを止めもしないで、最後まで。
 並みの人間には出来ない決断、それを迷わず下せたほどに。


(前のあいつは、最後まで育つ一方で…)
 挙句に命を捨ててしまった、まるで総仕上げをするかのように。
 これが自分の生き方だったと、このために自分は今日まで生きたと。
(後悔はしたと言ってたが…)
 それはごくごく個人的なこと、前の自分の恋人としてのブルーの想い。
 前の自分の温もりを失くした右手が凍えて、泣きじゃくりながら死んだブルーだけれど。
 ソルジャーとしてのブルーには微塵も無かった後悔、悔いは無かったらしい人生。
 あんな最期を迎えても。
 看取る者さえいない所で、暗い宇宙で命尽きても。
(…最後の最後まで育ちやがって…)
 そうしてブルーは伝説になった、今の時代も語り継がれる英雄に。
 知らぬ者など誰一人いない、誰もが褒め称える人に。


(…そうやって育って、育ち続けて…)
 逝ってしまった筈のブルーが、何故だか小さく縮んでしまった。
 今の小さなブルーの姿で、前の自分が初めて出会った頃の姿で帰って来た。
 サイオンすらも上手く扱えない、不器用なチビのブルーになって。
(…まさか縮むと誰が思うんだ?)
 ブルーといったら育つもので、と苦笑する。
 最後まで育って育ち続けて、そのせいで逝っちまったほどだったのに、と。
 思いもしなかったことだけれども、縮んだブルーが愛おしい。
 小さなブルーが、これから育つのだろうブルーが。
 せっかく小さく縮んだのだから、今度は育ち過ぎないのがいい。
 姿は育って欲しいけれども、中身の方はほどほどに。
 前のブルーのようにはならずに、甘えて頼ってくれればいい。
 今度は自分が守るから。
 そう、今度こそは自分がブルーを守るのだから…。

 

         育ち過ぎたあいつ・了


※前のブルーは育ち過ぎだった、と考えてしまうハーレイ先生。強く育ってしまったブルー。
 今度はほどほどがいいらしいです。甘えん坊でも、頼りなくても、それがお好みv





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(…ぼくの部屋だと、此処でおしまい…)
 壁なんだよね、とブルーが眺める自分の部屋。
 ベッドに入る前のひと時、ベッドの端に腰掛けて。
 今の自分のためにある部屋、小さな頃から此処で暮らした子供部屋。
 幼かった頃は、眠る時には両親の部屋へ行ったけれども、昼間は子供部屋にいた。
 好きなオモチャを並べて遊んで、他にも色々、その日の気分。
 子供用のベッドが置かれた後には、此処が自分のお城になった。
 本当に自分のためだけの部屋で、いつ眠るのかも自分の自由。
 「早く寝なさい」と言われたりはしても、寝かしつけようと母が来たりはしないから。
 父も同じで、「もう寝ないとな?」と明かりを消されはしないから。
 そんな気に入りのお城だけれども、今では変わってしまった事情。
(…広さはもっとあったんだよ…)
 壁があったのはずっと遠く、と見回してみても消えない壁。
 部屋は四角く壁に囲まれて、そこで切り取られた空間。
 扉を開けても広がりはしない、今の自分が住んでいるお城。
 窓を大きく開けてみたって、その向こうに庭が広がるだけ。
 庭の広さは部屋の広さに足されはしなくて、部屋はやっぱり四角いまま。
(…狭い部屋ではないんだけれど…)
 ベッドの他にも勉強机やクローゼットや、ハーレイが来た時に使うテーブル。
 そのテーブルとセットの椅子だって二つ、それだけ置いても狭くない部屋。
 けれども、部屋は小さな四角。
 今の自分の瞳で見たなら、ぐるりと部屋を見渡したなら。


 じいっと壁を睨み付けても、消えてなくなりはしない壁。
 向こう側が透けて見えたりもしない、サイオンの扱いが不器用だから。
 仕方ないから、目を閉じてみた。
 そしたら壁はもう見えないから、何を見るのも自分の心次第だから。
(…壁はずっと向こう…)
 普通に見たって見えなかった、と思い浮かべた広大な部屋。
 前の自分が暮らした青の間、ソルジャー・ブルーのためにあった部屋。
 とてつもない広さを持っていた部屋、今の自分が住んでいる家がすっぽり入るくらいに。
 深い海の底のようにも思えた照明、青を基調としていた灯り。
 明るさを抑えてあったお蔭で、何処が壁だか分からなかったほど。
 サイオンを使えば見えたけれども、肉眼では闇があっただけ。
 何処まで続くか分からない闇が、果てなど何処にも無さそうな闇が。
(…今のぼくだと、見えないよね?)
 不器用すぎるサイオンの力は、あの壁を捉えられないだろう。
 どんなに瞳を見開いてみても、目を凝らしても。
(…ホントに広すぎ…)
 壁が見えない部屋なんて。
 いくら照明のせいであっても、狭い部屋なら壁は此処だと分かる筈。
 今の自分の子供部屋でも、夜に明かりを消してみたって壁のある場所は分かるから。
 あそこが壁だ、と四角い部屋の広さは把握出来るのだから。


 広すぎた前の自分の部屋。ソルジャー・ブルーが暮らしていた部屋。
 思い出そうにも、目を開けていたら上手くいかない。
 今の自分の小さなお城が邪魔をして。
 壁で四角く囲まれた空間、それよりも外には飛んでゆけない。
 想像の翼を広げて飛ぼうとしたって、壁に当たって行き止まりだから。
(…ちょっぴりなら頭に浮かぶんだけど…)
 青の間を丸ごと思い浮かべるなら、瞳を閉じてしまうしかない。
 今の自分が見ている世界を視界から消してしまうしかない。
 そうして両方の目を閉じてみたら、やっと青の間が見えて来る。
 前の自分が過ごしていた部屋、ソルジャー・ブルーのためだけの部屋が。
(…ずうっと広くて、こっちがスロープ…)
 壁とは違う方を向いたら、緩やかな弧を描いたスロープ。
 青の間と外とを繋ぐスロープ、そのスロープもまた長かった。
 部屋の入口から中へ入って、かなり歩かないと上には着かない。
 前の自分が暮らしたスペース、ベッドなどが置かれた所にまでは。
(一応、途中に出られるルートは…)
 あったのだけれど、滅多に使われなかったそれ。
 スロープの途中に出るためのルート、ジョミーは其処からやって来た。
 初めて青の間に現れた時は、そのルートから。
 スロープを上って来たりしないで、いきなり姿を現したジョミー。
 彼らしいと言えば彼らしい。
 入口に続く正規の通路も、自分は教えた筈なのに。
 青の間に来るための道はこれとこれだ、と誘導してやった筈なのに。


(すっ飛ばしたのがジョミーなんだよ)
 青の間を訪れる者は誰でも、入口から入るのが白いシャングリラでの礼儀作法。
 ソルジャーのプライベートな空間、其処へいきなり飛び込むことは不作法で。
 スロープの途中へ出られるルートは、本当に殆ど使われなかった。
 単にあったというだけのルート、ハーレイでさえも滅多に使いはしなかった。
 前の自分と一番親しく、恋人同士でもあったのに。
 そうでなくても礼儀作法など、自分は気にしていなかったのに。
(…ハーレイだって使わなかったのに…)
 いつも律儀に歩いたハーレイ、入口から入ってスロープを上って。
 急ぐ時には走ったりもした、前の自分が体調を崩して倒れそうになっていた時だとか。
(そんな時でも、ハーレイはスロープ…)
 ノルディを呼びに走った時には、ノルディと一緒に短縮ルートで来たけれど。
 スロープの途中へ出て来たけれども、それ以外は大抵、スロープだった。
(…ハーレイ、真面目なんだから…)
 恋人同士になった後でも、敬語を使い続けたハーレイ。
 「キャプテンですから」と、「皆の前でウッカリ間違えたらマズイですからね」と。
 今でこそ普通に話してくれるけれども、前のハーレイはいつでも敬語。
 スロープの途中へ出られるルートも、個人的な用では使わなかった。
 恋人の所へ急ぐのだったら、使ってくれても良かったのに。
 前の自分は咎めはしないし、むしろ喜んだだろうに。
(でも、ハーレイは使わなくって、ジョミーが来ちゃった…)
 よりにもよって、初対面で。
 誰もが敬意を表するソルジャー、それがどうしたと言わんばかりに。


 やるかもしれない、と思ってはいた。
 ジョミーだったらやりかねないと。
 その型破りな考え方こそ、前の自分が求めていたもの。
 前の自分には無かった強さを持っていたジョミー、常識に囚われないジョミー。
 彼なら新しい時代を築いてくれるだろうと、きっと地球へも行けるだろうと。
 だから教えた、あのルートを。
 来られるものなら来てみるがいいと、誰も此処から来はしないが、と。
 ジョミーは全く、それと気付いていなかったけれど。
 青の間へと続いているだろう通路、それを求めて闇雲に走っていただけだけれど。
(…どっちからでも来られたのにね?)
 ジョミーが走っていた通路なら。
 スロープへと続く入口の方でも、スロープの途中へ出るルートでも。
 どちらを選ぶのもジョミー次第で、前の自分は誘導しただけ。
 「青の間はこっちだ」と心を読ませて。
 前の自分が知っていた道筋、それを自由に読み取らせて。
 そしてジョミーは迷わず選んだ、前の自分に挑むかのように。
 この通り自分はやって来たのだと、文句があるかという勢いで。
(エラたちが見てたら、お説教だよ)
 次からは入口を通るようにと、スロープを上って来るようにと。
 ジョミーがどれほど怒っていようと、聞く耳を持っていなくても。
(あの時はリオしかいなかったから…)
 ジョミーがソルジャーに無礼を働いたことは、最後までバレはしなかった。
 リオには「言うな」と口止めをしたし、ハーレイにだって…。


(こうだったよ、って報告して…)
 あの時、前の自分の表情は多分、輝いていたことだろう。
 ジョミーは本当に強い子供だと、彼ならばきっと地球まで行けると。
 とんでもない場所からやって来たから、あれほどの強さがあったらきっと、と。
(ハーレイ、眉間に皺だったけどね…)
 苦虫を噛み潰したような顔をしていたハーレイ。
 ジョミーはシャングリラを離れて家に戻ったし、それだけでもハーレイが怒るには充分。
 そこへ無礼極まりない青の間への現れ方を聞いたら、ああいう顔にもなるだろう。
(ハーレイだって滅多に使わなかったんだから…)
 あれほど前の自分と親しく、恋人同士でもあったのに。
 ソルジャーに次ぐ地位にいたキャプテンでさえも、あのルートを使いはしなかったのに。
(ジョミーは一直線だったしね?)
 その上、前の自分に怒って怒鳴って、シャングリラから出てゆく有様。
 型破りどころではなかった少年、後の騒ぎはもう本当に…。
(シャングリラまで攻撃されちゃったしね?)
 前の自分も危うく命を落とす所で、シャングリラ中が大騒ぎ。
 けれど、間違ったとは思っていない。
 ジョミーを選んで連れて来たことも、アタラクシアの家に帰したことも。
 何もかもがきっと必要なことで、ジョミーは大きく育ったのだ、と。


 あそこから来たのがジョミーの強さの証明だよね、とパチリと開けた自分の瞳。
 今の自分のお城が映った、青の間もスロープも、何もかもが消えて。
(…ジョミーが飛び込んで来たルート…)
 ハーレイも自由に使ってくれたら良かったのに、と今も思いはするけれど。
 今のハーレイなら、ああいうルートで急いで来てくれそうだけど。
(青の間、無くなっちゃったしね?)
 もうシャングリラも無いんだものね、と目を閉じてみたら、見えた青の間。
 ジョミーの代わりにハーレイがパッと、あのルートから現れた。
 「待たせてすまん」と、「遅れちまったか?」と。
 そう、今のハーレイなら、何の遠慮も要らないから。
 今の自分もソルジャーなどではないのだから。
 目を閉じてみたら、こんな素敵な景色だって見える。
 今では消えてしまった青の間、其処に笑顔で立つハーレイ。
 「遅れてすまん」と、「こっちで来るのが早いからな」と、スロープの途中にパッと現れて…。

 

        目を閉じてみたら・了


※ブルー君が思い浮かべた青の間、思いがけなくもジョミーの思い出が浮かんだようです。
 けれども、それは昔のこと。ハーレイ先生だと、きっと短縮ルートですよねv





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(此処は俺の部屋で…)
 座っているのは俺の椅子で、と見てみるハーレイ。
 夜の書斎で、本に囲まれた部屋を見回し、気に入りの机に、それから椅子も。
 生まれ育った家があるのは隣町だけども、この家に越して来てからも長い。
 この町で教師になるのと同時に、此処へ引越して来たのだから。
 十五年以上も暮らしている家、自分好みに整えた書斎。
 使い勝手のいい机を据えて、座り心地のいい椅子を置いて。
 棚にズラリと並んでいる本、それも好みのものばかり。
 仕事用の本も混じるとはいえ、今の仕事も趣味の延長のようなものだから。
(…こんな具合に、俺は暮らしているってわけだが…)
 さて、と椅子に深く腰掛け、目を閉じてみた。
 そうしたら何が見えてくるかと、今夜は何処へ旅をしようかと。
 若い頃から好きだった。
 夜の書斎から旅に出るのが、想像の翼を羽ばたかせるのが。
 今の自分が座っている場所、其処を離れて遥か彼方へと。
 教室でいつも生徒に教える古典の世界へと時を越えたり、まだ見ぬ土地へと旅立ってみたり。
 もちろん思念体などではなくて、ただの想像。
 思念体で抜け出すほどの力は持っていないし、あった所で思念体で時間は越えられないから。


 行ったつもりで旅を楽しむ、夜のひと時。
 目を閉じてみると見えてくる世界、大海原の上を飛んでゆくとか、広い砂漠に立ってみるとか。
 資料でしか知らない、遠い昔の都大路を歩いたりもする。
 ギシギシとゆっくり進む牛車がゆくのを眺めて、壺装束の女性などともすれ違いながら。
 その時々で、思い付き次第で何処へでも行けた想像の旅。
 広い宇宙にも飛び立ったけれど、今では少し事情が変わった。
(…こいつは俺の夢じゃないんだ…)
 今日はこっちのパターンだったか、と目を閉じたままで浮かべた苦笑い。
 瞼の裏に浮かんだ光景、今と同じに本の背表紙が並ぶ部屋。
(俺の好みだか、そうじゃないんだか…)
 前は確かに好みで揃えた筈だったんだが、と目は開かないで本の背表紙を追ってゆく。
 今でも鮮やかに思い出せる本、これはあの本、こっちはこれ、と。
 おぼろげなものもあるけれど。
 曖昧にしか記憶に残っていない本だって、何冊も混じっているのだけれど。
(でもって、こっちが俺が書いたヤツで…)
 今や超一級の歴史資料だな、と可笑しさがこみ上げてくる立派な背表紙。
 なんだって、こんなに偉そうなモノを用意される羽目になったんだか、と。
 前の自分の航宙日誌。
 遠く遥かな時の彼方に、この光景は確かにあった。
 空想の翼を広げて飛ぶ旅、それとは違って本当に自分が見ていたのだから。


(…あの部屋も好きではあったんだ、うん)
 前の自分が暮らしていた部屋。キャプテン・ハーレイのためにあった部屋。
 白いシャングリラの中でも特別な部屋で、他の仲間の部屋とは違った。
(あいつの部屋とは桁が違ったが…)
 前のブルーが使った青の間、あの広さにはとても及ばない。
 けれど、シャングリラを預かるキャプテン、仲間たちと同じようにはいかない。
 ゼルやヒルマン、エラやブラウもそうだったけれど。
 仲間たちよりも上の立場に置かれた以上は、部屋の設えもそのように。
(…ちょっとスペースが広かったりな)
 立場からして、客が来ることも多いから。
 狭い部屋では何かと不便で、不都合なこともあるものだから。
 仰々しいとは思ったけれども、悪くはなかったキャプテンの部屋。
 こうして懐かしく思い出せるのが、その証拠。
 苦手なものなら、頭にヒョイと浮かんだとしても、眺める代わりに追い払うから。
 アルタミラで長く閉じ込められた檻などだったら、早々に消えて貰うから。
(俺の部屋なあ…)
 座り心地も似ていたっけな、と椅子の感触に笑みが零れる。
 今の自分の体格に合わせて大きなものを、と買った椅子。
 あれこれ試して選んだけれども、ずっと昔も似たような椅子に座っていたか、と。


 いい部屋だった、と今はもう無いキャプテンの部屋を心で眺める。
 目を閉じたままで、心の中でだけ使える瞳で。
 今の自分が座っている椅子、この書斎には他に椅子など無いのだけれど。
(こっちにも椅子があってだな…)
 気心の知れたヤツが来た時には使っていたんだっけな、と思い浮かべる別の椅子。
 航宙日誌を書いていた机、それとセットの椅子の他にもあった椅子。
 よくヒルマンが座っていた。それから、ゼルも。
 二人揃って現れた時は、来客用のスペースに移動したのだけれど。
 どちらか片方だった時には、活躍していたもう一つの椅子。
 ヒルマンは「此処でいいよ」と自分で引っ張って来たし、ゼルも同じで。
 「一杯やろう」と彼らが土産に持って来た酒。
 今とは違って合成の酒で、地球の美味しい水で仕込んだものとは比べようもない味だったのに。
(…あの頃はアレが美味かったんだ…)
 それしか無かったこともあるけれど、何より、友と飲んでいた酒。
 アルタミラから共に逃れた昔馴染みと傾ける酒は、やはり格別だったから。
 昔語りや、愉快な話や、飲んでも飲んでも尽きなかった話題。
 ボトルがすっかり空になるまで飲んでいたことも少なくなかった。
(当然、加減はしてたんだがな…)
 翌日まで酒を引き摺ることがないように。
 この体調なら大丈夫だ、と思った時だけ空にしたボトル。
 自分はもちろん、ヒルマンもゼルも他の仲間には任せられない役目を担っていたのだから。
 病で倒れたならばともかく、二日酔いでは仲間に示しがつかないのだから。


(あの椅子なあ…)
 あいつも座っていたんだっけな、と浮かんだ前のブルーの姿。
 酒は苦手なブルーだったから、酒を持っては来なかったけれど。
 それでも、あの椅子に座ったブルー。
 前の自分が航宙日誌を書いていた時や、書類を見ている時などに来たら。
(…あいつの場合は…)
 断りの言葉は無かった気がする、「此処でいいよ」とも、「此処でいい」とも。
 当たり前のように引っ張って来た椅子、これは自分の椅子だとばかりに。
(あいつの椅子ではなかったんだが…)
 俺の部屋のただの備品なんだが、と思うけれども、ブルーはいつでも運んで来た。
 机でやるべき仕事が済むまで、椅子に腰掛けて待っていた。
(ついでにだな…)
 興味津々で見ていたブルー。
 書類だった時にはそうでもないのに、航宙日誌を書いていた時は。
 いったい何を書いているのかと、何回、覗き込まれたことか。
 読まれて困るようなことなど、何一つ書いてはいなかったけれど…。
(一応、俺の日記なわけで…)
 だから読ませはしなかった。覗き込まれたら、サッと隠して。
 「俺の日記だ」と身体で隠していた日誌。
 考えてみれば、あの時だけは…。
(俺だったんだ…)
 私と言わずに、「俺」で「日記だ」。
 本当だったら、そんな言葉を使うべきではなかったのに。
 「私の日記ですから駄目です」と、敬語で断るべきだったのに。


 何度ブルーに言っただろう。
 ちゃっかりと椅子に座ったブルーに、覗き込もうとしていたブルーに。
 「俺の日記だ」と、キャプテンらしくもない言葉。
 ソルジャーに向かって言い放つには、失礼に過ぎる言葉遣い。
(…あの椅子だったせいかもなあ…)
 ひょっとしたら、と掠めた考え。
 ブルーが勝手に引っ張って来ては座っていた椅子、けして立派ではなかった椅子。
 来客用とは違っていたから、座り心地もそこそこなもので。
 広大な青の間で暮らすソルジャー、皆が敬うブルーのためには相応しくなくて。
(ヒルマンやゼルなら、充分なんだが…)
 あいつらが使う分には申し分のないものではあった、と思う椅子。
 座り心地は悪くなかった、素晴らしいとまでは言えなかっただけ。
 ソルジャーに「どうぞ」と勧めるためには、些かよろしくなかっただけで。
(…あれに座っていたもんだから…)
 ついつい、昔の自分に戻っていたかもしれない。
 ブルーと普通に言葉を交わしていた頃に。
 敬語など使っていなかった頃に、「私」ではなくて「俺」だった頃に。


(そうか、椅子なあ…)
 椅子だったかもな、とクッと笑って目を開けた。
 今の自分の部屋に戻った、時の彼方のシャングリラから。
 キャプテン・ハーレイが暮らした部屋から、今の自分の書斎へと。
 もう一度、椅子に座り直して、書斎をぐるりと見渡してみて。
(…椅子は一つか…)
 一人暮らしの書斎なのだし、椅子は一つで当然だけれど。
(いずれは此処にも椅子が増えるのか?)
 小さなブルーが大きく育って、この家にやって来た時は。
 前のブルーがやっていたように、覗き込もうと現れた時は。
(何処から椅子を持って来るやら…)
 目を閉じてみると、小さなブルーの姿が浮かんでプッと吹き出す。
 チビのブルーが運んで来るには重たすぎる椅子を、懸命に運んでいたものだから。
 それは決して有り得ないけれど、小さなブルーは来ないけれども。
 こんな光景も見えたりするから、目を閉じる旅は面白い。
 身体は椅子に座ったままで。
 心の翼を自由に広げて、本物の過去へ飛んで行ったり、想像の世界を旅してみたり…。

 

       目を閉じてみると・了


※今のハーレイ先生の部屋からキャプテン・ハーレイの部屋へと、ちょっとした旅。
 思いがけない発見なんかもあったようです、こういう旅も楽しいですよねv





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「誰も来ないね…」
 今日もぼくたちだけみたい、とブルーが眺めた窓の外。
 本当に誰も来ないから。
 此処には誰も来はしないから。
「お前はその方がいいんじゃないか?」
 二人きりだぞ、とハーレイが穏やかに微笑むけれど。
 大好きな大きな褐色の手で、頭をクシャリと撫でられたけれど。
「でも…。寂しくない?」
 誰も来ないなんて、と俯いた。
 気付けば、いつも二人だけだから。
 自分とハーレイ、二人だけしかいない部屋。…他には誰も来ないから。
 もちろん家には、優しい母がいるのだけれど。
 だからこそ、テーブルの上にお茶とお菓子があるのだけれど。


 ハーレイが好きなパウンドケーキ。
 「おふくろが焼くのと同じ味なんだ」と、いつも嬉しそうに食べているケーキ。
 今日のお菓子は、ちょっぴり特別。
 香り高い紅茶がカップに淹れられ、ポットの中にはたっぷり、おかわり。
(ハーレイはコーヒーの方が好きだけど…)
 自分に合わせてくれている。
 前の生から、ソルジャー・ブルーだった頃から、そう。
 ソルジャー・ブルーも、チビの自分も、まるでコーヒーが飲めないから。
 何処が美味しいのか分からないほど、苦い飲み物。そういう認識。
 けれど、ハーレイはコーヒー好き。
 キャプテン・ハーレイだった頃から、大のコーヒー好きのハーレイ。
 それでもずっと自分に合わせて、いつだって紅茶。
 前の生でも、今の生でも。


 今の自分の小さなお城。家の二階にある子供部屋。
 其処でハーレイと過ごす時間が大好きだけれど、たまに寂しく思うこと。
 「誰も此処には来てくれない」と。
 前の自分が焦がれた地球。今では青く蘇った星。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えたハーレイと自分。
 二人揃って記憶が戻って、もう一度恋が始まったけれど。
 前の自分たちの恋の続きを、思いがけなく生きているけれど。
(…誰も気付いてくれないんだよ…)
 ハーレイに恋をしていること。
 またハーレイと恋をしていて、幸せな今を生きていること。
 こんなに幸せで満ち足りた思い、ハーレイと二人で過ごすひと時。


(…前は気付かれちゃ、駄目だったけど…)
 前の生では、お互い、ソルジャーとキャプテンだったから。
 シャングリラを導く立場のソルジャー、船を纏める立場のキャプテン。
 恋人同士だと知れてしまったら、誰も付いては来てくれない。
 どんな意見も述べるだけ無駄で、「恋人同士で決めた話か」と向けられる背中。
 そうなったならば、もうシャングリラは前に進めはしないから。
 ミュウの未来も危うくなるから、懸命に隠し通した恋。
 本当に命尽きるまで。
 前の自分がメギドで死ぬまで、前のハーレイが地球の地の底で命尽きるまで。


 そうやって隠し続けた恋。
 誰にも言えずに終わってしまって、宇宙に散ってしまった恋。
 けれども、悲しい恋の終わりは、幸せな今に繋がっていた。
 気付けば青い地球に来ていて、恋の続きが始まった。
 まだ小さいから、ハーレイとはキスも出来ないけれど。
 キスのその先のこととなったら、許される筈もないのだけれど。
 ハーレイが「駄目だ」と叱るから。
 恋人同士の唇へのキス、唇と唇を重ねるキス。
 唇が触れるだけでも駄目だ、とハーレイは怖い顔をする。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 せっかく巡り会えたのに。
 青く蘇った地球に来られて、恋の続きが始まったのに。


 キスも出来ない、物足りない恋。
 おまけに、誰も気付いてくれない。
 今度の恋は、隠さなくてもいい恋なのに。
 もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、いつかは結婚出来る恋。
 ただ、今は教師と生徒という関係だし、その上、男同士だから。
(パパやママが知ったら、きっと大変…)
 両親は腰を抜かしてしまって、ハーレイと二人きりで過ごす時間は無くなる恐れ。
 「ドアを開けておきなさい」と叱られるだとか、リビングでしか会えないだとか。
 だから、二人きりで過ごす時間は、今の通りでいいのだけれど。
 ハーレイと二人でいるだけの方が、きっと一番なのだけれども。


(…でも、寂しいよ…)
 せっかくの恋を、誰かに自慢してみたくなる。
 またハーレイと巡り会えたと、幸せな恋をしているのだと。
 今度は祝福して貰える恋。
 いつか大きく育った時には、きっと結婚出来る恋。
 それを誰かに見て貰いたいし、幸せ自慢をしてみたい。こんなに幸せなんだから、と。
「誰か来ないかな…」
 来て欲しいのに、と外を眺めてまた呟いたら、覗き込んで来た鳶色の瞳。
「おいおい、誰かって…。誰か来ちまったら、恋人同士じゃいられないぞ?」
 俺はお前の守り役な上に教師なんだし、とハーレイは真剣な顔だから。
「それは分かっているんだけれど…。でも、誰か…」
 自慢したいよ、ハーレイと恋人同士なんだよ、って。
 今度は結婚出来るんだから、って誰かに自慢したいんだけどな…。


 例えば木に来る小鳥とかに…、と窓の向こうを指差した。
 誰か覗いてくれればいいのに、ぼくたちの姿を見て欲しいのに、と。
「なるほど、小鳥か…。それなら確かに安全だな」
「でしょ? 仲間を呼んで来て覗いていたって、ママにもパパにも分からないしね」
 今日は小鳥が賑やかだな、って思うだけ。
 そういう風に、ぼくたちの幸せ、見て欲しいのに…。
「ふうむ…。そうだな、言われてみれば…」
 そこの木に鳥はよく来ているが…。覗き込まれたことは無いなあ、ただの一度も。
 チョンチョンと枝を飛び移るだけで、窓から中は覗いてないか…。
「うん。…遠慮しないでいいのにね」
 ホントに寂しくなっちゃうよ。…小鳥、覗いてくれないんだもの…。


 ぼくたちをチラッと眺めただけで飛んでっちゃうよ、と零した不満。
 窓から覗いてくれはしなくて、ぼくたちの恋を見てくれない、と。
「今のぼく、こんなに幸せなのに…。またハーレイと会えたのに…」
「仕方ないだろ、鳥には鳥の都合があるのさ」
 鳥には鳥の世界があるんだ、その中で恋をして、歌を歌って。
 空を飛んでは、また別の場所へ。
 俺たちのことまで、じっくり見ている暇なんか持っちゃいないってな。
 餌を探したり、雛を育てたり、小鳥だって毎日、忙しいんだ。
 そんな中でも、チラッと窓から眺めてくれる。
 「幸せそうだな」って見てくれてるのさ、それで満足しておいてやれ。
 覗いて欲しいなんて駄々をこねずに、今日も小鳥が来てたな、ってことで。
「…そっか……」
 そうだね、小鳥にもきっと、恋人も友達もいるものね…。それに家族も、ご近所さんも。


 仕方ないな、と思ったけれど。小鳥には小鳥の世界があるし、と考えたけれど。
 それでも、自分の大切な恋を誰かに知って欲しいから。
 ハーレイとの幸せな恋の続きを見て欲しいから、窓の向こうを見てしまう。
 「誰か覗いてくれないかな?」と。
 雀でも鳩でも、シジュウカラでも、旅の途中の小鳥でも。
 庭の木の枝を渡る途中で、チラと眺めてゆくのではなくて、窓から部屋を覗き込んで。
 「恋人同士の二人なんだな」と、「幸せそうなカップルだな」と。
 そんな小鳥に覗いて欲しい。ほんの一羽でかまわないから。
 今はこんなに幸せだから。
 前の悲しい恋の続きの、幸せな今を生きているから…。

 

        誰か見に来て・了


※ハーレイ先生との恋を誰かに自慢してみたいブルー君。小鳥でもいいから、と。
 けれど、小鳥には小鳥の世界。思い通りにはいかないようです、残念ですけどねv





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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっぴり残念、と小さなブルーが眺めた写真。
 勉強机の上に飾った、ハーレイと写した夏休みの記念。
 写真の中で笑顔のハーレイ、好きでたまらない笑顔はこちらを向いているけれど。
 間違いなく自分のものなのだけれど、本物のハーレイは此処にはいない。
 今日は仕事の帰りに寄ってはくれなかったから。
 ハーレイのいない夕食の席は、やっぱり寂しかったから。
(…パパとママは、いてくれるんだけど…)
 前はそれだけで幸せな食卓、家族が揃った素敵な夕食だったのに。
 今ではハーレイがいないと寂しい、物足りないと思ってしまう。
 両親にはとても言えないけれども、ハーレイは大切な恋人だから。
 前の生から愛し続けて、今も変わらず恋しているから。
 今日は会えずに終わったハーレイ、学校で挨拶したというだけ。
 学校でいくら顔を合わせても、会った内には入らない。
(…会えたってことは、嬉しいけれど…)
 教師と教え子として会えたというだけ、恋の欠片も混じりはしない。
 ハーレイの笑顔は変わらなくても、瞳に映った自分の姿は恋人ではなくて、ただの教え子。
 自分の方でも「ハーレイ先生」としか呼べはしないし、「大好きだよ」とも言えない学校。
 だから寂しい、家では会えずに終わった日の夜。
 恋人との逢瀬が少しも無かった、顔を合わせただけの日の夜。


 そんな夜には写真を眺める、ハーレイと二人で写した写真。
 ハーレイの腕に両腕でギュッと抱き付いた自分、あの日の弾んだ気持ちが鮮やかに蘇る。
 まさかハーレイと写真が撮れるとは、思いもよらなかったから。
 前のハーレイの写真でもいいから持っていたいと、写真集を探したくらいだから。
(…ハーレイ、ちゃんと分かってくれてた…)
 お前の写真が欲しかったんだ、とハーレイは言っていたけれど。
 それは自分を恋人扱いしてくれているという証拠だから。
 自分も同じにハーレイの写真を欲しがっていると、何処かで気付いてくれただろうから。
 そうして写せた記念写真。
 シャッターを切ってくれた母には、夏休みの記念と言ってある写真。
 けれど本当は恋人同士で写した写真で、今だからこういう写真が撮れる。
 ハーレイと二人、くっつき合って。
 恋人同士で同じ写真に収まっていられる、写真を飾っておくことも出来る。
(…前のぼくたちだと、絶対に無理…)
 ソルジャーとキャプテン、そういう二人だったから。
 恋人同士なことさえ秘密で、最後まで明かせずに終わった恋。
 二人一緒に写った写真は、どれもソルジャーとキャプテンだった。
 恋人同士で写ることなど、ただの一度も無かった二人。
 それを思う度、幸せが心に満ちて来る。
 今はこうして写真が撮れると、恋人同士で写せるのだと。


 前の自分は撮れずに終わった、ハーレイとのプライベートな写真。
 いつも、いつでも、ソルジャーとキャプテン、最後まで崩せはしなかった貌。
 これが別れだという時でさえも。
 メギドへ飛ぶ前に会った時さえ、やはり自分はソルジャーだった。
 ハーレイに「さよなら」と伝える代わりに、ソルジャーとしての伝言だけ。
 別れのキスも抱擁も無しで、白いシャングリラを離れた自分。
 二度と戻れはしないのに。
 ハーレイの声さえ届かない場所で、自分の命は終わるのに。
(…でも、前のぼくは…)
 どれほどハーレイを愛してはいても、それよりも前にソルジャー・ブルー。
 「ただのブルーだよ」とは言ったけれども、果たさねばならないソルジャーの務め。
 ただのブルーになれはしなかった、ハーレイに恋をしたブルーには。
 恋に生きる道を選ぶ代わりに、ソルジャーとしての死を選ぶしかなかった自分。
 けれど微塵も無かった後悔、白いシャングリラを離れる時は。
 ハーレイと別れて飛び立った時は、ただ前だけを見詰めていた。
 さよならも言えずに別れたけれども、ハーレイとの絆はあったから。
 ハーレイの腕に触れた右手に残った温もり、それをしっかりと抱いていたから。
 温もりさえあれば、ハーレイは其処にいるのだから。
 遠く離れた場所へ飛ぼうと、命尽きようと、かまいはしない。
 ハーレイと二人、切れない絆があるならば。
 絆が二人を結んでいるなら、けして一人ではないのだから。


 そう思ったから、何も迷いはしなかった。
 ハーレイと離れて死んでゆくことも、キスさえ出来ない別れであっても、それでいいのだと。
 ソルジャーが取るべき道は一つで、恋を選んではならないと。
 そんな生き方などして来なかったと、最後までソルジャーであらねばならぬと。
(…なのに、失くしちゃった…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、ハーレイと繋がる大切な絆。
 それさえあればと思っていたのに、自分は落として失くしてしまった。
 キースに撃たれた痛みが奪った、ハーレイの優しい温もりを。
 死にゆく自分の右手に温もりは残っていなくて、切れてしまったハーレイとの絆。
(失くしちゃった、って気が付いた時は…)
 もう目の前に迫っていた死。
 温もりを取り戻せないままに。
 ハーレイがメギドに来るわけがなくて、自分もシャングリラに戻れはしない。
 どんなに求めても、右の手に温もりは戻っては来ない、絆は切れてしまったまま。
 絆が切れたら、ハーレイは何処にもいないから。
 探すことさえ出来はしないから、二度とハーレイには出会えない。
 自分の命は此処で終わって、もうハーレイの許へは行けない。
 絆は切れてしまったから。
 ハーレイと自分を繋いでいた糸が、温もりが消えてしまったから。


 独りぼっちになってしまった、と気付かされた時の絶望と悲しみ、それに後悔。
 どうしてハーレイと離れたのかと、この道を選んでしまったのかと。
(もう会えないって…)
 最後まで一緒だと思ったハーレイ、前の自分が恋したハーレイ。
 誰よりも愛して、愛し続けて、死をも越えられる絆があった筈だったのに。
 たとえ自分が命尽きようとも、共にいられる筈だったのに。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、メギドには自分一人だけ。
 死んだ後にもたった一人で、ハーレイには二度と巡り会えない。
 切れた絆は、二人を繋いでくれないから。
 二度と結んでくれはしないから、何処へゆこうとも、もう会えはしない。
 撃たれた痛みより、死んでゆくことより、ハーレイとの絆が切れたことがただ悲しくて。
 何故この道を選んだのかと、たった一人で来たのだろうかと、酷く後悔したけれど。
 それでも自分はソルジャーだからと、間違った道は選ばなかったと捧げた祈り。
 白いシャングリラが、仲間たちが無事であるようにと。
 けれど溢れる涙は止まらず、止めることさえ出来はしなかった。
 独りぼっちになってしまったと、ハーレイには二度と会えはしないと泣き叫ぶ心。
 深い悲しみと絶望の中で、後悔の中で、前の自分の命は終わった。
 看取る者さえ誰もいない場所で、泣きじゃくりながら。
 愛おしい人との絆を失くして、たった一人で。


 そうして全ては終わってしまって、何もかも終わりの筈だった。
 前の自分は死んでしまって、ハーレイとの絆も切れてしまって。
 なのに、終わりは来なかった。
 終わった筈の命の続きに、今の小さな自分の命。
 十四歳までを普通に暮らして、ハーレイに出会って戻った記憶。
 自分は誰を愛していたのか、誰と恋をして生きたのか。
 遥かな遠い時の彼方で、互いの絆を育んだのか。
(…またハーレイと会えただなんて…)
 メギドで泣きながら死んだ時には、見えもしなかった遠い遠い未来。
 其処で再びハーレイと会って、また恋に落ちて、二人一緒に写真まで撮れた。
 今の自分は小さすぎるから、前と同じにはいかないけれど。
 ハーレイはキスさえくれないけれども、ハーレイは今も変わらずハーレイ。
 前の自分と恋をしたことも、共に暮らした長い時間も、ハーレイはちゃんと覚えているから。
(…また君に会えると分かっていたら…)
 泣きじゃくりながら死んでゆく代わりに、ソルジャーらしい最期だったろう。
 ミュウの未来を、白いシャングリラの地球への旅路を思い描きながら逝ったのだろう。
 自分はソルジャーらしく生きたと、これで良かったと。
 思い残すことなど何一つ無いと、ミュウの未来に幸多かれと。


(…そうなっていたら、カッコいいんだけどね?)
 きっと世間の人たちが思い浮かべるソルジャー・ブルーは、そういう立派な人物だろう。
 後悔しながら、泣きじゃくりながら死んだとは思いもしないだろう。
(だけど、ホントは…)
 泣いてたんだよ、とクスッと小さく笑える幸せ。
 またハーレイと出会えたからこそ、泣きじゃくりながら死んだ自分に幸せな時が戻って来た。
 失くしてしまった温もりの代わりに、今は本物のハーレイがいる。
 今日は会えずに終わったけれども、小さな自分を大切にしてくれる恋人が。
(…君に会えたから、ホントに幸せ…)
 また会えたものね、と写真に向かって微笑みかける。
 今度こそずっと一緒だよねと、君と歩いてゆくんだものね、と…。

 

        また会えた君・了


※ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
 けれど、またハーレイと会えて、二人一緒に写真まで。ブルー君、とっても幸せですv





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