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脱いでいい靴

(さて、と…)
 今日も一日無事に終わった、と車で帰り着いた家。
 ブルーの家には寄り損なってしまったけれども、また明日がある。
 白いシャングリラの頃と違って、ちゃんと来る明日。
 太陽が昇れば新しい一日、次の日が消えてしまいはしない。
 シャングリラで前のブルーと生きた頃には、そういう保証は無かったけれど。
 夜の間に何が起こるか分かりはしなくて、明日があるとは言えなかったけれど。


 それが今では明日があるから、必ず来ると分かっているから。
 「また明日があるさ」と待ち侘びる心、明日が駄目でもまた次の日、と。
 ブルーにはきっと何処かで会えるし、ブルーの家にも必ず行ける。
 今日は行けずに終わったけれども、また次がある。
 明日とか明後日、そのまた次の日。
 いくらでも「明日」は訪れるのだから、それを思えば心も弾む。
 ブルーに会いに行ける日はいつかと、明日に行ければいいのだが、と。


 前の自分のマントの色をした愛車を停めたガレージを出て。
 庭を横切って、玄関へ。
 今の季節は昼が長いから、夜が来るのが遅いから。
 まだまだ充分に庭は明るい、玄関のドアの辺りも、家も。
 鍵を開けて家の中へと入って、ドアをパタンと閉じれば自由。
 自分の好きに過ごせる空間、それは庭でも同じだけれど。


(…庭だと裸じゃいられないしな?)
 まさか本当にはやらないけれども、家でも何か着ているけれど。
 その気になったら素っ裸でいても、誰も文句を言わない家。
 其処へ入ってドアを閉めたから、もう自由。
 何をしようが、どう過ごそうが、好きにしていい自分の家。


 まずは中へ、と脱いだ靴。
 学校へ履いて出掛けた革靴、いつも自分で手入れする靴。
 気に入りの靴ではあるけれど。
 履きやすいものを選んで買ったのだけれど、やはり靴では…。
(あまり自由じゃないってな)
 道を歩くには便利だけれども、足を余計に包む靴。
 少し自由が失せる気がする、外はともかく、屋内では。
 家でまで靴は履いていたくない、さっさと脱いでしまいたい。


 ポイと脱ぎ捨てはしないけど。
 きちんと揃えて置いておくけれど、やはり家では煩わしい靴。
 それを脱げたと、もう自由だと踏み締めた床。
(靴下はまだ…)
 靴に比べれば束縛されている気にはならない、所詮は薄い布だから。
 革靴のように重たくはないし、足も自由に動かせるから。


(そうは言っても、だ…)
 この季節は素足が一番なんだ、と歩いてゆく廊下。
 荷物を置いてワイシャツを脱いだら、靴下も脱いでしまおうと。
 素足に床が気持ちいい季節、そうしない手は無いのだから。
 リビングのソファに荷物を下ろして、脱いだワイシャツ。
 暑い夏でもこれでないと、と着込んで出掛ける長袖のシャツ。
 学校に出掛ける時の制服、どんな季節も長袖のシャツで、それからネクタイ。


 前の自分の制服よりかは、ずいぶんとラフなものだけど。
 マントもついていないわけだし、御大層でもないのだけれど。
(だがなあ、制服は制服なんだ)
 家ではこれじゃ落ち着かん、と半袖のシャツに着替えてしまう。
 ズボンも家用のラフなズボンに。
 そして靴下、それを脱いだら実に気持ちがいい素足。
 やはりこれだと、靴も靴下も履いていられるかという気分になる。
 自分の家ではこうでなくてはと、これでこそ自由な家なのだから、と。


 真っ裸でいようとは思わないけれど、夏は素足でいるのが好み。
 これに限ると、足が軽くなったと脱いだシャツなどを片付けに行って。
 洗うものは此処、と決めてある籠に放り込んだら、もう靴下とはお別れで。
 明日の朝まで履かなくて良くて、もちろん靴も。
(うん、こういうのが最高だってな!)
 柔道も水泳も靴を履かないからなのだろうか、靴を脱いだらスッキリとする。
 靴下も要らない、今の季節は家の中では履かなくていい。


 やはり裸足が最高なのだと思ったけれど。
 まして靴など履いていられるかと、誰が自分の家でまで履くか、と思ったけれど。
 地域によっては、それが普通の所もあるから。
 此処に生まれて良かったと思う、かつて日本があった辺りに。
 小さな島国だった日本は、家では靴は履かなかったから。
 家の中では土足厳禁、靴は玄関で脱いで入るのが日本の常識、日本の文化。
 それを復興した地域に生まれた自分だからこそ、靴も靴下も要らないわけで。


 此処で良かったと、素晴らしい場所だと、素足でリビングに戻って行って。
 夕食の支度にかかる前にと、冷たく冷やしたお茶を一杯、と飲んでいて。
(……ん?)
 待てよ、と掠めた遠い遠い記憶。
 前の自分が生きていた船、ブルーと暮らした白いシャングリラ。
 あの頃の自分は素足などでは…。
(…歩いていなかったぞ!)
 そうだったのだ、と気が付いた。
 靴を履くのが当たり前の世界、其処で自分は生きていたと。
 今とはまるで違っていたと。


(……靴なあ……)
 さっき玄関で脱いで来ちまったが、とソファに座って足を眺める。
 靴下さえも履いていない素足、褐色の肌の鍛え上げられた足を。
 柔道も水泳も足は大事で、特に柔道。
 しっかりと床を踏み締めて掴む力が無ければ確実に負ける。
 だから昔から鍛えていた足、素足になったらハッキリと分かる。
 自分ではすっかり見慣れていた足、今の季節は家では素足と思うのに。
 ごくごく見慣れた風景なのに…。


 前の自分はそれを知らなかった、靴を脱ぐのが普通の世界を。
 自分が自由に過ごせる空間、其処へ入ったら靴も靴下も要らない世界を。
 いつもカッチリ着込んでいた制服、それと同じに靴だって。
 白いシャングリラの中、何処へ行くにも足には靴。
 自分の部屋でも、前のブルーと二人で過ごした青の間でも。


 風呂に入るか、眠る時か。
 そんな時しか脱がなかった靴、脱げなかった靴。
 前の自分は何の不自由も感じていなかったけれど。
 そういう記憶は無いのだけれども、今から思えば…。
(なんて窮屈な船だったんだ!)
 やっていられん、と頭を振らずにはいられない。
 制服はともかく靴だなんて、と。
 自分の部屋でくらいは脱いでもいいのに、どうして律儀に履いていたかと。


(二度と御免だぞ、あんな生活…)
 靴でなくても、あの生活は御免だけれど。
 いくらブルーと暮らした船でも、船の中でしか生きられない世界は本当に御免蒙るけれど。
 それの他にも靴があったか、と苦笑してしまう、なんと不自由な船だったか、と。
 自分の部屋でも素足で歩けず、靴を履くのが普通だったとは、と。
(あの頃の俺は知らないにしても…)
 靴を履かない暮らしがあるとは、思いもよらなかったのだけれど。
 プライベートな場所に入ったら脱いでいいとは、本当に思いもしなかったけれど。


(俺もブルーも…)
 クソ真面目に履いていたんだっけな、と前の自分たちの靴を思い浮かべた。
 キャプテンだった自分はまだしも、ブルーの靴。ソルジャーのブーツ。
(あいつ、あんなのを律儀に履いて…)
 脱いでいいかとも訊きはしなかった、二人きりでお茶を楽しむ時も。
 ソルジャーとキャプテンの立場を離れて過ごす時にも。
(今のあいつなら…)
 きっと自分と同じだろうな、と笑みが浮かんだ、家では靴を脱ぎたがるだろうと。
 前のブルーのようなブーツを履いたままでいろと言われたならば、きっと困るだろうと。


 今の暮らしは色々と自由だと思ったけれど。
 本当に自由に生きられる世界、其処へ来られたと常々思っていたけれど。
(そうか、靴もか…)
 脱いでいいのか、と顔が綻ぶ、此処では靴を脱いで自由に過ごせるのかと。
 今の自分には当たり前のことで、家に入れば脱ぐけれど。
 ブルーの家を訪ねた時にも、脱いで家へと入るけれども、それも今ならではのこと。
 自分もブルーも脱いでいい靴、家では履かずに過ごせる靴。
 ほんの些細なことだけれども、今の自由な世界の証。


 今は脱いでもかまわない。
 家に入るなら、靴を脱ぐ。
 素足で床を踏んで歩いて、重たい靴など要りはしなくて。
 自分もブルーも脱いでいい靴、今の時代は。
 そういう時代に、そういう地域に生まれて来たから、脱いでいい靴。
 本当に些細なことだけれども、それが嬉しい。
 此処では靴を脱いでいいのかと、好きにしていい世界なんだな、と…。

 

       脱いでいい靴・了


※キャプテンだった頃には履いているのが当たり前だった靴。自分の部屋でも。
 今は自分の家に入ったら脱いでいいのです、それも自由の一つですよねv





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