(んーと…)
また伸びてる、と小さなブルーがついた溜息。
夏休みの朝の爽やかな時間、木陰だと充分に涼しい時間。
今朝は早くに目が覚めたから、朝食も早め。
ハーレイが来るまでには時間もあるし、と出て来た庭で出会ったもの。
母が育てているハーブガーデン、庭の一角に色々なハーブ。
薄紫の花が優しいラベンダーやら、カモミールやらもあるけれど。
メインはやっぱり料理に使えるローズマリーやタイムやミント。
ローズマリーは木になってゆくハーブだから。
大きく育つし、それで当然。
ただし、みるみる大きく育ちはしないけど。
いずれ木になる植物なだけに、ゆっくり育ってゆくのだけれど。
問題はミント、ちょっと葉っぱに触っただけでも涼しさを運ぶ香りがするミント。
これが見る間に育つものだから。
暑い夏にはミントティーにと母がチョキンと切ったりするのに、大きく切ってしまうのに。
切られた脇からまたも芽を出す、新しい茎と言うべきか。
その茎がぐんぐん大きく育って、いつの間にやら元通りのミント。
母が惜しげもなく切ってしまっても、ミントティーになってしまっても。
(切られちゃう前とおんなじくらい…)
この前、母が切って行った茎。
途中から伸びた新しい茎がすっかりと伸びて、よく見なければ分からない。
一度は切られて短かったことも、其処に葉っぱが無かったことも。
なんという生命力だろう。
それになんという速さなのだろう、ミントの茎が伸びるのは。
切られたからには元の通りに、と頑張るのだろうか、ミントの茎も。
早く育って清しい香りを放つ葉をつけて、夏の太陽からエネルギーを沢山貰おうと。
羨ましいくらいに早く伸びるミント、切られても切られても、ぐんぐんと。
負けてたまるかと、もっと伸びねばと、切られた場所から新しい茎。
そんな具合に少し曲がってしまっている茎、此処で切られたと分かる茎。
けれども、ミントは青々と茂っているものだから。
いくら切られても、ミントティーにされても、また伸びて茂っているものだから。
(よく伸びるんだけど…)
ミントティーは自分も飲んでいるから、よく伸びることは嬉しいけれど。
まるで伸びなくなってしまって、ミントティーが飲めなくなってしまうのは困るけど。
夏のお菓子に涼しさを添えるミントの葉っぱも、消えてしまったら悲しいけれど。
でも…。
どうしてミントはこんなにグングン育つのだろうか、切られても元に戻れるほどに。
母がどんなにチョキンと切っても、けして負けない逞しいミント。
切られたのなら、切られた分を取り戻す。
それ以上の丈にならんばかりの勢いで新しい茎をつけ、伸ばして緑の葉を茂らせる。
まだ伸びられると、また切られたなら、また伸びようと。
夏の日射しを受けられるように、葉から太陽を取り込めるように。
見に来る度に伸びていると分かるミントの茎。
この間チョキンと切られていたのに、そんなことなど無かったかのように。
そうでなければ伸びる途中で、もう少し経てば元通りだとか。
(…ぼくもこんな風に伸びればいいのに…)
少しも育ってくれない背丈。
ハーレイと再会した日から少しも変わらず、百五十センチから伸びない背丈。
いくら切られても伸びるミントとは、まるで逆様に。
ほんの一ミリも伸びはしなくて、大きくなってはくれなくて。
(このままだと、ホントに困るんだけど…!)
子供も草木も、夏は一番の成長期。
自分の経験からしてもそうで、だからググンと伸びると思った。
ハーレイと出会った五月の三日は春だったけれど、それから夏へと向かったから。
初夏が来て、夏が来て、そして夏休み。
それまでの間にどのくらい育つか、もう楽しみでワクワクしていた。
クローゼットに書いてある印、前の自分の背丈の高さの百七十センチ。
そこまで育てばハーレイとキスが出来るから。
今年の夏には無理だろうけれど、目標にはきっと近付けると期待していたから。
一センチは確実、上手く育てば夏休みまでに三センチ。
どのくらい伸びるか、夏休みに入れば更に何センチ伸びるのか。
ぐんぐん育つに違いないと思った、前の自分と同じ背丈を目指して、大きく。
きっと育つと信じていたのに、今の有様はどうだろう?
(…ちっとも伸びない…)
ミントはとってもよく伸びるのに、と溜息をつく。
よく伸びるんだけど、これはミントで、ぼくじゃない、と。
(ミントが大きくなったって…!)
劇的なことは何も起こらないと思う、母がチョキンと切ってゆくだけ。
「また伸びたからお茶にしましょう」と、「夏はミントティーが美味しいものね」と。
たったそれだけ、ミントがぐんぐん伸びたって。
切られた分だけ伸びて育っても、ミントティーになるというだけのこと。
でなければ、葉っぱを持ってゆかれて、お菓子の材料などになるとか。
伸びたところで、ぐんぐん大きく育ったところで、ミントはただのハーブだから。
自分と違って、切実な悩みは抱えていなくて、太陽が欲しいだけだから。
なのに、見る間に伸びてゆくミント。
今日もやっぱり伸びているミント、この前に見に来た日よりも、ずっと。
ほんの二日ほど、見ていないというだけなのに。
ハーブガーデンになった一角、其処へ来なかっただけなのに。
ミントのくせに、と思ってしまう。
伸びてもミントティーになるだけ、葉っぱが料理の材料になるだけ。
それなのに、こんな速さで伸びてゆくなんて、と。
同じ伸びるなら、自分の背丈。
それが伸びればいいと思うのに、そちらは少しも伸びてくれない。
今は夏休み、一番伸びる時期なのに。
どうしたわけだか伸びてくれない、どう頑張っても。
毎朝ミルクを飲んでいるのに、背が伸びるようにと祈る気持ちで飲んでいるのに。
(ミント、ホントによく伸びるんだけど…)
何か秘訣があるのだろうか、太陽の光や水や土からの栄養の他に。
それがあるなら知りたいけれども、是非とも教えて欲しいけれども。
ミントの葉っぱをチョンとつついても、爽やかな香気が立ち昇るだけ。
指に香りが移るというだけ。
ミントの声は聞こえてこなくて、コツも秘訣も習えはしない。
こうすればとてもよく伸びるだとか、背を伸ばすのならこうだとか。
役に立たない、と溜息をついた、此処を覗きに来た時と同じに。
ミントはぐんぐん育ってゆくのに、自分はそうはゆかないと。
チョキンと切られてもまた育つミント、前とそっくり変わらないほどに。
自分だってそうしたいのに。
前とそっくり同じ姿に育ちたいのに、まるで伸びてはくれない背丈。
ミントにとっては容易いことで、今日も大きくなっているのに。
前に見た時よりグンと育っているのに、自分の役には立たないミント。
ミントティーになるというだけで。
料理やお菓子に使われるだけで、それ以外の役に立ちはしなくて。
(…ミントが伸びても仕方ないのに…)
そう思うけれど、どうしてミントは伸びるのだろうと悲しいけれど。
伸ばしたいものは自分の背丈で、ミントではないと悲しい気持ちになるけれど。
ハーブガーデンに入ってみたって、ミントを踏み付けて立ってみたって…。
(…伸びないよね?)
自分はミントと違うのだから。
其処に立っても、突っ立っていても、お腹が減ってしまうだけ。
太陽の光も、降り注ぐ水も、土も栄養をくれないから。
すっかりお腹が減ってしまって、育つどころか栄養不足で倒れるだけ。
それが分かるから、ハーブガーデンに自分を植えても無駄だから。
(よく伸びるんだけど…)
其処で伸びるのはミントやタイムやローズマリーで、人間ではなくて。
本当に自分が育ちたいなら、背丈をグンと伸ばすのなら。
(…やっぱり栄養…)
きっと食べるしかないのだろう。
沢山食べるのは苦手だけれども、そこは精一杯、頑張って。
ミルクも欠かさず飲むべきだろう、ミントの茎が水を土から吸い上げるように。
前の自分と同じ背丈に育ちたいなら、ハーレイとキスをしたいなら。
ハーブガーデンに突っ立ってミントの真似をするより、しっかりと食事。
よく伸びるミントが羨ましくてたまらないけれど、コツも秘訣も習えないから。
ミントは教えてくれないから。
よく伸びるけれど、自分の役には立ってくれない、秘訣を教えてくれないミント。
だから大きな溜息をつく。
本当によく伸びるんだけどと、ぼくも大きくなりたいのに、と…。
よく伸びるんだけど・了
※ぐんぐんと育つミントが羨ましくてたまらないブルー君。ミントのくせに、と。
ハーブガーデンに立っても無駄なんですから、しっかり食べるしかないですねv
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