(凄い青空…!)
真っ青だ、とブルーが見上げた夏の空。
夏休みの一日、涼しい内にと出てみた庭の芝生から。
雲一つ無い夏の青空、まだ朝と言ってもいい時間なのに高く昇っている太陽。
今の季節は日が昇るのがとても早いから、この時間でも日は高い。
おまけに日射しも朝から眩しい、昼間の暑さが今から容易に分かるくらいに。
(今日は快晴…)
雲の欠片も見当たらない空、「快晴」なのだと思ったけれど。
前の自分には殆ど馴染みが無かった言葉で、仲間たちには更に無縁で。
(シャングリラはいつも雲の中…)
雲海の星、アルテメシアに隠れ住んでからは、船の周りはいつも雲。
昼は白くて夜は闇の色で暗くなる雲、それに取り巻かれていたシャングリラ。
あの雲たちは船の隠れ蓑、白いシャングリラを隠してくれた。
巨大な白い鯨だった船を、仲間たちを乗せた箱舟を。
雲が無いなど考えられない、そうなることは死を意味していたから。
人類に見付かり猛攻を浴びて、シャングリラは沈んでいただろうから。
前の自分が乗っていた船では無縁とも言えた「快晴」なる言葉。
雲はいつでも空にあるもの、船の周りにあったもの。
シャングリラから外へ出ていた時には、そうした空も目にしたけれど。
雲一つ無い空を飛んだけれども、地上に降りてそれを見上げもしたけれど。
(…やっぱり雲はあるのが普通…)
仲間たちには普通の光景、シャングリラからは見えなかった快晴、青く澄んだ空。
今ならではの景色だよね、と真っ青な空を見上げていたら。
雲の欠片も見えない夏の青空、それをしみじみ仰いでいたら。
(…もっと青いかな?)
海に行ったら、と頭に浮かんだ青い海。
水平線の彼方まで広がる大海原の上にある空、その空はもっと青いだろうか。
何処までも青い地球の海の青、それを映して青く濃く深く見えるだろうか。
海辺から空を見上げたら。
白い砂浜や、景色が綺麗な岩が幾つもある場所や。
そういった海から直ぐの所で、この青空を眺めたならば。
生まれつき身体の弱い自分は、海にも長くは入れないけれど。
身体が冷えてしまう前にと、両親に「上がりなさい」と言われたけれども、知っている海。
浮き輪を頼りにプカプカ浮いたり、波打ち際で砂のお城を作ったり。
急に深くなる岩場で泳ぎはしなかったけれど、其処へも行った。
見える景色が綺麗だからと、両親に連れて行って貰って。
「こんな所で泳ぐ人もいるんだ」と感心しながら眺めたりもした。
一人前の大人はともかく、今の学校には入れそうにない年の子供も泳いでいたから。
何が獲れるのか、浮き輪を浮かべておいて海へと潜っていたから。
(…ハーレイだったら、きっとやっていたよね?)
水泳が得意だと聞くハーレイ。
前の生から愛した恋人、今日も来てくれる筈の恋人。
「キスは駄目だ」と叱られるけれど、唇へのキスはくれないけれど。
それでもハーレイはこう言ってくれる、「俺のブルーだ」と。
あのハーレイなら、子供の頃から深い海でも平気で泳いでいたのだろう。
獲った獲物を入れるための袋、それを括った浮き輪を浮かべて海の底まで潜ってゆこうと。
そう思ったら、ますます見たくなった空。
海の青を映して青いだろう空、それを海辺で眺めてみたい。
家の庭から、青い木々の梢が見える場所から仰ぐ青空もいいのだけれども、海の空。
きっと青いに違いないから、この芝生から見るよりも、ずっと。
(…海で見たいな…)
見てみたいな、と考えながら庭に別れを告げて。
家に入って、今度は二階の自分の部屋から夏の青空を見上げてみる。
暑い風が入って来ないようにと、もう窓は閉めてあるけれど。
冷房が弱めに入っているけれど、真夏の空はガラス窓越しでも色褪せない。
ガラスを一枚隔てたくらいでは褪せない青色、何処までも青い快晴の空。
こんな日だったら、海に行けばもっと青いだろう。
水平線の彼方まで遥かに広がる大海原の青を映して、空の青も、きっと。
(…でも、空の青は…)
海の青色を映すのだったか、海も空の青を映すのだったか。
少し違ったような気がする、どちらも恐らく太陽のせい。
細かい仕組みは忘れたけれども、太陽が作る青い色。
空の青さも、海の青さも。
今の自分は空の青さと海の青さは学校でチラリと習った程度。
詳しい仕組みは教わらなかった、まだまだ年が幼いから。
太陽の光を反射して青く光るのが海で、空の青さも太陽の光が青く散らばるからだったか。
(…前のぼくだって、詳しくないしね…)
戯れに資料を見てはいたのだけれども、専門にやってはいないから。
航宙学でさえも齧った程度で、白いシャングリラを動かせるほどの知識は無かった。
いざとなったら船を丸ごとサイオンで包んで運んでゆけば済む話。
ブリッジにあった計器のデータを読み取れはしても、使い方となれば…。
(ハーレイに勝てやしないんだよ)
いつも計器やデータを睨んでいたハーレイ。
キャプテンとして培った膨大な知識、それに敵いはしなかった。
もっとも、元から勝とうとも思っていなかったけれど。
シャングリラはハーレイに任せておくのが一番だったし、口を挟もうとも思わなかった。
前の自分には自分の役目が、ハーレイにはハーレイの役目がきちんとあったのだから。
お互いに支え合うのが一番、信頼し合っているのが一番。
前の自分が船を守って、ハーレイが船の舵を握って。
シャングリラはそういう船だった。
白い鯨になるよりも前も、白い鯨になった後にも。
そうやって二人、宇宙を旅した。
仲間たちを乗せた白い鯨で、箱舟だったシャングリラで。
雲海の星に長く留まっていた間も、旅は旅。
いつか地球へと飛び立てる日を待って隠れ住んでいた、アルテメシアの雲海の中に。
青い空さえ見えない雲海、快晴かどうかも船からは見えない雲の海に。
(…今だと、空はうんと青くて…)
雲一つ無い空だって見える、快晴なのだと窓から見られる。
その青を映した青い海だって、見たいと思えば見に出掛けられる。
車を出したら、充分に日帰り出来る距離。
其処まで行ったら海に出会えるし、今日のような日なら…。
(きっと、真っ青…)
空はもちろん、何処までも青く広がる海も。
この窓から見るよりもっと青い空、それが見られるだろう海。
真っ青な海を眺めたいなら、今日は絶好のチャンスで、空で。
今日でなくても夏の間は、夏空は海によく似合う。
海が一番輝く季節。
青く広がる海と戯れる人が大勢繰り出す季節で、空も海もきっと一番青い。
(見に行きたいな…)
青い空と海、と思うけれども、もうすぐ来てくれる筈の恋人。
晴れた日は歩いて訪ねて来てくれるハーレイ、その恋人の方が大切。
のんびり海には行っていられない、せっかくの逢瀬を捨ててまで。
両親に頼めば行けるだろう海、其処へ行ってはいられない。
(だって、ハーレイと一緒じゃないもの…)
ウッカリ頼んで家族旅行などということになれば、ハーレイに会えなくなるわけで。
ほんの二日か三日のことでも、それは寂しくて悲しいわけで。
(でも、ハーレイは「良かったな」なんて言うんだよ、きっと)
今の恋人は優しいけれども、ちょっぴり意地悪を言ったりするから。
「キスは駄目だ」と叱る恋人、そのハーレイならきっと言う。
「お前が旅行に行くんだったら、俺もゆっくり羽を伸ばせるな」などと笑顔で意地悪なことを。
「チビの相手をしないで済むなら、俺も泳ぎに行くとするかな」などとケロリとした顔で。
そして本当にやりかねないから、自分が行くのとは違った海に行きかねないから。
(海は見たいけど…)
今が一番綺麗に見える季節だろうけれど、諦めるのがいいのだろう。
海には夏が似合うのに。
真っ青な空と青い海とが、最高に輝く季節だろうに。
夏が似合うと分かっている海、快晴の日に見てみたい海。
見てみたいものは空から海へと変わってしまって、無いものねだりになりそうな自分。
部屋の窓から空は見えても、青い海など見えないから。
水泳が好きなハーレイが好きだと言っていた海、それは何処にも見えないから。
(…見たいんだけどな…)
海が見たいな、と窓の向こうを眺めていたら気が付いた。
今は駄目でも、いつか大きくなったなら。
ハーレイとキスが出来るくらいに大きくなったら、ドライブにだって行けるから。
(海を見たいよ、って言ったらドライブ…)
断られることは絶対に無いし、ハーレイが海で泳ぐ姿も見られるのだろう。
それまで我慢をしさえすれば、と空を見上げて、「青い」と思って。
(そっか、地球の青…)
海の青さは地球の青だった、前の自分が焦がれた青。
それをハーレイと見に行こう。
二人で地球に来たのだから。
青い海へと車で気軽に行ける地球まで、シャングリラではなくて車で海へと行ける地球まで…。
夏が似合う海・了
※ブルー君が見てみたくなった夏の海。家族で行くならハーレイ先生とは別行動になるわけで。
ハーレイ先生とドライブ出来る日がやって来るまで、海はお預けみたいですねv
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