「ねえ、ハーレイ」
覚悟しておいて欲しいんだけど…、とブルーが口にした言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
テーブルを挟んで向かい合わせの、ハーレイを見据えて。
「覚悟って…。何をだ?」
いったい何の覚悟なんだ、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今までの会話は、ごくごく普通。
他愛ないことを話していただけ、覚悟など思い当たらない。
まるで見当が付かないわけで、ハーレイは首を捻ったけれど。
「覚悟だってば、それ相応の」
ぼくにして来た意地悪の分、とブルーは答えた。
唇へのキスをくれないだとか、それを禁止した理由とか。
意地悪だったら山とあるから、きちんと覚悟するようにと。
「おいおいおい…。覚悟って、将来に向けてか?」
結婚した後で仕返しなのか、と返したハーレイ。
意地悪の必要が無くなった後で、俺を苛めに来るのか、と。
「違うよ、もしかしたら、明日かも」
「明日だって!?」
「うん。だけど、来年とか、再来年ってことも…」
ぼくにも分からないんだよね、とブルーが零した溜息。
自分でも努力はしているけれども、こればっかりは、と。
「努力だと? 俺に仕返しするためにか?」
そこまで恨まれているのだろうか、とハーレイは慌てた。
唇へのキスを禁じているのは確かだけれども、理由も確か。
十四歳にしかならないブルーに、恋人同士のキスは早すぎる。
(俺はブルーのためを思って…)
やっているわけで、意地悪じゃない、と言いたい気分。
けれどブルーには、恐らく通じないだろう。
(うーむ…)
甘んじて仕返しを受けるべきか、とブルーを見詰める。
ブルーの努力が実った時には、仕返しされてやろうか、と。
(…だが、妙だな?)
仕返しが来るのは、明日か、あるいは再来年なのか。
どんな努力か知らないけれども、どうにも幅がありすぎる。
(…俺に一発、お見舞いしようと…)
腕の筋肉を鍛えているなら、いきなり「明日」は無いだろう。
何か悪戯をするにしたって、準備期間は読めそうなもの。
(しかし、ブルーにも分からないとなると…)
全くの謎な「仕返し」の中身。
覚悟を決めておくのだったら、やはり心の準備はしたい。
(よし、その線で…!)
訊いてみるか、と閃いた。
仕返しをすると言ったブルーに、直接訊くのが一番だから。
「分かった。お前に恨まれるような、俺にも非がある」
仕返しは受けることにするが…、と赤い瞳を真っ直ぐに見た。
「俺にも心の準備が要るしな、仕返しについて教えてくれ」
殴るのか、それとも蹴り飛ばすのか、と、ぶつけた質問。
ブルーはニコリと笑みを浮かべた。
「どうしようかなぁ、ぼくのサイオン次第かな?」
「サイオン?」
「そう! ぼくだって、前みたいなサイオンがあれば!」
仕返しの方法はドッサリあるよ、と煌めく瞳。
「そこの窓から放り出すとか、公園の池に落とすとか」と。
ハーレイになんか負けはしないし、覚悟してよね、と。
「なるほど…。すると、お前が仕返しするのは…」
「サイオンが使えるようになった時!」
楽しみだよね、と仕返し宣言されたのだけれど。
(……永遠に無理だな)
こいつの不器用すぎるサイオンではな、と可笑しくなる。
今のブルーは、サイオンがとても不器用だから。
思念波もロクに紡げない身で、仕返しなどは不可能だから…。
覚悟してよね・了
「ねえ、ハーレイ。別れ話って…」
どう切り出したらいいのかな、とブルーが言い出したこと。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「別れ話だと?」
なんだそれは、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
普通に「別れ話」と言ったら、恋人同士の仲が壊れそうな時。
愛想を尽かした方の片割れ、それが相手を捕まえて「する」。
もうお互いに限界だから、別れようと。
二人の仲はこれでおしまい、会うのも今日で最後にしようと。
(しかしだな…)
どうしてブルーが気にするんだ、と其処が解せない。
切り出し方を尋ねるなどとは、穏やかではないものだから…。
(……学校の友達の話なのか?)
誰か悩んでいるのだろうか、と頭に浮かんだブルーのクラス。
それともクラスは別だけれども、幼馴染の誰かだとか。
(…そうかもしれんが、それにしたって…)
別れ話には早すぎないか、と思うブルーの年齢。
十四歳にしかならないのだから、恋にも別れ話にも早い。
(今じゃ人間は全員ミュウだし、寿命も長いし…)
恋をするのも、のんびり、ゆっくり。
初恋が芽生えるのは上の学校、それが今では標準コース。
(とはいえ、こいつの例もあるしな…)
一人前の恋人気取りのチビと言えば…、とブルーを眺めた。
前の生の記憶を継いだとはいえ、恋をしているのは事実。
そうなってくると、例外だって無いとは言えない。
ブルーと同い年で恋をした末に、別れ話な友達だって。
(…そいつを見かねて、俺に相談したってか?)
有り得るな、と納得したから、改めてブルーに問い掛けた。
「別れ話とは穏やかじゃないが、何がしたいんだ?」
「んーとね…。上手な切り出し方とか、あるのかな、って」
ハーレイだったら詳しそうだし、とブルーが傾げた首。
「今のハーレイも、前のハーレイもね」と。
「はあ? 今はともかく、前の俺って…」
どうしてそういうことになるんだ、とポカンとした。
キャプテン・ハーレイだった時代に、別れ話の相談などは…。
「船の仲間のトラブル解決、前のハーレイの役目でしょ?」
別れ話も管轄だと思う、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「だから訊くけど、どういう風に切り出すものなの?」と。
「うーむ…。そう言われれば、そうだったかもなあ…」
相談に乗ったこともあったか、と時の彼方を思い出す。
船には恋人たちも多くて、恋人同士の諍いだって。
今の自分も、別れ話の相談を受けたことはあるから…。
「相手のプライドを傷付けないよう、注意することかな」
そこが大事だ、と小さなブルーに教えてやった。
相手も同じ人間なのだし、思いやりを忘れないように、と。
そうしたら…。
「ありがとう! じゃあ、次にキスを断られるまでに…」
思いやりのある言葉を考えておくね、と微笑んだブルー。
「キスをくれないなら、別れてやるから」と。
「なんだ、お前の話だったか。なら、別れるか」
次でなくても、今日でもいいが、と返したらブルーは大慌て。
「酷いよ、別れてもいいの?」と。
脅しをかけてやったつもりが、アテが外れて。
別れ話に発展しそうで、繋ぎ止めないと大変だから。
(……面白いから、苛めてやるか)
ニヤニヤしながらブルーを見詰めて、ゆったり頷く。
「俺なら、別に別れてもいいぞ」と、「お別れだな」と…。
別れ話って・了
「ねえ、ハーレイ。もう一度、確認したいんだけど…」
念のために、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで。
「確認って…。何をだ?」
「ハーレイが、いつも言ってることだよ。キスは駄目なの?」
大きくなるまでしてくれないの、という質問。
耳にタコが出来そうな話だけれども、答えは、きちんと。
「当然だ。前のお前と同じ背丈に育つまではな」
俺の決心は変わらないぞ、とハーレイは怖い顔をしてみせた。
何かと言えば、ブルーはキスを強請って来る。
頬や額へのキスと違って、恋人同士の唇へのキスを。
それをしてやるつもりなど無いし、例外だって有り得ない。
だから睨んで「駄目だ」と叱る。
どんな手段を使って来ようと、唇にキスはしないからな、と。
「それじゃ訊くけど、浮気されてもいいんだね?」
「はあ?」
予想外だったブルーの言葉に、思わず間抜けな声が出た。
浮気というのは何なのだろうか、ブルーには似合わない言葉。
ところがブルーは真剣な顔で、「浮気だよ」と繰り返した。
「ハーレイがキスしてくれないんなら、浮気してやる!」
ぼくはホントに本気だからね、と赤い瞳が深みを帯びる。
「キスもくれないハーレイよりかは、優しい誰か」と。
「おい、浮気って…。お前がか?」
チビのくせに、と笑ってやったら、眉を吊り上げたブルー。
「中身は、チビじゃないんだから!」
三百年以上も生きたんだから、と前のブルーの歳を持ち出す。
その頃の記憶を持っている以上は、チビではないと。
浮気くらいは立派に出来ると、相手にも不自由しない筈、と。
「ほほう…。相手には不自由しないと来たか」
そりゃ上等だ、と余裕たっぷりに腕組みをした。
ブルーが如何に綺麗だろうと、十四歳には違いない。
前のブルーの方ならともかく、今の姿では浮気なんかは…。
(まず無理と言うか、そもそも相手がいないと言うか…)
第一、困るのはブルーなんだが、と可笑しくなる。
浮気相手が見付かった時は、ピンチなのに、と。
「笑ってる場合じゃないよ、ハーレイ!」
本当に浮気しちゃうからね、とブルーは続けた。
キスしてくれる優しい相手と、幸せにデートして浮気、と。
「そりゃいいな。お前の欲しいキスが出来る、と」
「いいって、其処で焦らないわけ!?」
浮気されても平気なんだね、と怒ったブルー。
「そうなる前に、キスしようとは思わないんだ」と。
「思わんな。そもそも、俺は少しも困らん」
困るとしたら、お前の方だ、とピタリと突き付けた指。
「初めてのキスは、浮気相手になるんだからな」と。
「えっ…?」
そんな、とブルーの瞳が真ん丸になる。
「ハーレイとじゃなくて、別の誰か…?」と。
「そうなるだろうが。俺はそれでも気にしないがな」
ファーストキスは貰えなくてもかまわんぞ、と笑んでやる。
「他の誰かにプレゼントしろ」と、「俺の心は広いから」と。
「嫌だってば!」
浮気しないよ、と慌てるブルーが可愛らしい。
腕組みしたまま、ゆったり構えて心の広い恋人になる。
「遠慮しないで浮気してこい」と、鳶色の瞳を煌めかせて…。
浮気してやる・了
「ねえ、ハーレイ。ちょっと質問があるんだけれど…」
かまわないかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、いつものテーブルを挟んで。
向かい合わせでお茶を飲みながら、「かまわない?」と。
(……また来たか……)
ろくな質問じゃあるまいに、とハーレイは心で溜息をつく。
こういった時のブルーの質問、それは大抵、キスのこと。
十四歳にしかならないブルーは、唇へのキスを禁止された身。
一人前の恋人気取りなだけに、その仕打ちが嫌で質問する。
あの手この手で、なんとかしてキスを勝ち取ろうと。
意地悪な恋人に「参った」と言わせて、キスを貰おうと。
(だが、俺にだって、事情があるんだ)
その手に乗るか、と今日も身構える。
ブルーが何と言って来たって、バッサリと切って捨てようと。
まずは質問の確認から。
ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて、問い返した。
「質問なあ…。中身にもよるが、お前は何を訊きたいんだ?」
「えっとね…。ハーレイ、告白されたら、どうする?」
「はあ?」
あまりにも予想外だっただけに、思わず、変な声が出た。
告白とは恋の告白だろうか、そんなものを誰がしてくるのか。
(……俺に告白しようってか?)
ブルーのことかと思ったけれども、よく考えたら毎度のこと。
しょっちゅう告白しているような感じなのだし、今更だろう。
(だったら、誰が…?)
サッパリ分からん、と鳩が豆鉄砲を食らったよう。
鳶色の目を丸く見開いて、ポカンとブルーを見ているだけ。
「だから、ハーレイが告白された時だよ!」
痺れを切らしたように、ブルーが叫んだ。
「もしも誰かに告白されたら、どうするの?」と。
「ハーレイには、ちゃんとぼくがいるのに」と、心配そうに。
(……なるほど……)
そういうことか、と納得がいった。
かつてはモテたのが今の自分で、ブルーも承知。
それで不安になったのだろう、誰かに奪い取られないかと。
(…だったら、いつもの仕返しにだな…)
少し苛めてやるとするか、と悪戯心が頭をもたげた。
キスを強請られてばかりなのだし、お返しだ、と。
たまにはブルーを困らせてやろうと、心の中でほくそ笑んで。
(そうと決まれば…)
よし、と小さなブルーに向き合った。
「相手によるな」と、余裕たっぷりに。
「俺の好みの相手だったら、受けるかもな」と。
「えっ…。受けるって、どういう意味?」
ちょっとデートをするだけだよね、とブルーが慌てる。
その場で断るのも申し訳ないし、断る前に、と。
「さあ、どうだか…。俺としては、やはり色々と…」
思う所もあるわけだしな、と瞑った片目。
「いい嫁さんになってくれそうだったら、考えないと」と。
「ちょ、ちょっと…! ぼくはどうなるの!?」
「さてなあ…。俺が結婚しちまった時は、まあ、幸せにな」
お前も誰か見付ければいい、とニヤリと笑う。
「いい男は他にも沢山いるし、女の子だって」と。
「嫌だってば! ハーレイ、告白、断ってよ!」
「俺にも選ぶ権利はあるしな、何も急いで断らなくても…」
暫くお付き合いをしてみるのも…、などとブルーを苛める。
「こんな意地悪も、たまにはいいさ」と。
ブルーが自分で言い出したのだし、焦る姿も可愛いから。
「可愛い子ほど、苛めたくなるもんだ」と心で言い訳して…。
告白されたら・了
「ねえ、ハーレイ。ちょっと訊きたいんだけど…」
答えてよね、と小さなブルーが言い出したこと。
二人きりで過ごす休日の午後に、向かい合わせで。
ティーカップやお菓子が載ったテーブル、それを挟んで。
「質問か? 勉強のことでは無さそうだな」
中身によるが、とハーレイは慎重に答えた。
とんでもないことを尋ねられても、困るから。
なにしろブルーは前科が山ほど、安易な返事は危険だから。
するとブルーも分かっているのか、ニコリと笑んだ。
「心配しなくても、普通のことだよ」と、愛らしい顔で。
警戒などは必要ないと、無垢な瞳を煌めかせて。
そういうことなら、答えてやってもいいだろう。
ハーレイは「よし」と促した。
まずは質問を受け付けなければ、答えは言えない。
「いったい何を訊きたいんだ? 普通のことだと言ってたが」
「えっとね…。ハーレイはコーヒー、大好きだよね?」
ぼくはコーヒーは苦手だけれど、とブルーが傾げた首。
「あんな苦いもの、何処がいいの」と不思議そうに。
「何処がって…。そりゃまあ、コーヒーは嗜好品だから…」
俺が美味いと思えば美味いもんだ、と答えてやった。
自分の好みに合っているから、舌が美味しく感じるのだと。
ブルーには苦くてたまらなくても、「其処が美味い」と。
遠く遥かな時の彼方でも、同じことをよく訊かれたもの。
前のブルーもコーヒーが苦手で、何度も文句を言っていた。
「こんな苦いもの、とても飲めない」と不満そうに。
自分が「飲みたい」と言い出したくせに、音を上げて。
(挙句に砂糖とミルクたっぷり、クリーム山盛り…)
そんなコーヒーに変えてしまって、飲んだのがブルー。
何処から見たって邪道だけれども、ブルーにはそれ。
(カフェの本場じゃ、無いこともないが…)
様々な種類のコーヒーがある街、其処なら甘い種類もある。
砂糖に加えて、泡立てたミルクがたっぷりだとか。
(…しかしだな…)
やっぱりコーヒーは普通が一番、というのが信条。
たとえブルーが何と言おうと、大好きなものはやめられない。
「お前には理解出来ないだろうが、あれがいいんだ」
コーヒーの無い人生なんて、と鼻を鳴らした。
今も昔もあれが好きだと、あの一杯があってこそだ、と。
するとブルーは、赤い瞳を輝かせて…。
「じゃあ、禁止!」
「はあ?」
何が禁止だ、とサッパリ意味が分からない。
けれどブルーは得々として、勝ち誇ったように微笑んだ。
「ハーレイは今日から、コーヒー禁止」と。
「ママにもちゃんと言っておくから、もう出さない」と。
「なんだって?」
何故コーヒーが禁止なんだ、と見開いた瞳。
どう転がったら、そんな話になるのだろう。
「え、だって…。好物なんでしょ、だから禁止だよ!」
ぼくも好物が貰えないから、とブルーは言った。
唇にキスが貰えない日々、おあずけばかりの人生だと。
ハーレイも一緒に我慢すべきだと、「コーヒーは禁止!」と。
「そう来たか…。まあ、かまわんがな」
好きにするといい、と小さなブルーに微笑み掛けた。
「コーヒーは家で飲めるからな」と、大人の余裕たっぷりに。
「俺は少しも困らないから、付き合ってやる」と。
所詮は小さな子供の浅知恵、ブルーはポカンとしているけど。
狙いがすっかり外れてしまって、ガッカリだけれど…。
禁止してやる・了
