「ねえ、ハーレイ。無理をするのは…」
良くないよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 無理をするって、それはどういう…」
状況のことを指しているんだ、とハーレイは問い返した。
確かに「無理のし過ぎ」は良くない。
(…しかしだな…)
無理をしている中身によっては、良いこともある。
実力以上を発揮したくて、自分の限界に挑む時などはそう。
だから、確認することにしたのだけれど、ハタと気付いた。
(こいつは、無理をするタイプだった…!)
前の生でも、そうだったブルー。
身体がすっかり弱っていたって、何も言わずに普段通り。
(今のブルーも、やっぱり同じで…)
学校に行くために無理をして起きて、倒れたりもしている。
家を出る時は我慢出来ても、学校で具合が悪くなるとか。
そういうヤツを指しているのか、とハーレイは納得した。
これを機会に「改めよう」と思ってくれれば、有難い。
「おい、ブルー。念のために、確認したいんだが…」
その無理は、今現在もやっているのか、と聞いてみた。
「ハーレイが来るから、寝てられないよ」だと、いけない。
(…実際、やっていたこともあるモンだから…)
風邪っぽいのに、隠していたとか、例は色々。
病み上がりのくせに、平気そうな顔で起きていただとか。
(…今日もそうなら、寝かせないと…)
せっかく自分で言い出したんだし、と心配になって来る。
すると、ブルーは「うん」と小さく頷いた。
「なんだって!?」
起きていないで、サッサと寝ろ、とハーレイは慌てた。
ブルーが話題を持ち出したからには、具合は、かなり…。
(悪い方だぞ、熱っぽいとか…!)
我慢出来ないレベルなんだ、と背筋が冷たくなって来る。
無駄な会話をしてはいないで、一刻も早く寝かせないと。
「無理をするのは、良くないんだ!」
無理の中身にもよるんだがな、とベッドの方を指差した。
「俺はいいから、今日は寝ていろ!」
黙って帰りもしないから、とブルーに向かって約束をする。
ブルーがベッドで眠る間も、この部屋にいる、と。
「晩飯の時間まで、ちゃんといてやる!」
俺の飯も、此処で食ったっていい、と真剣に言った。
ブルーが一人で寂しいのならば、両親と食べるのは断る。
ハーレイの分の食事も運んで貰って、ブルーと一緒に夕食。
それなら、ブルーも安心だろう。
無理をしてまで起きていなくても、ゆっくり眠れる。
「いいな、とにかくベッドに入れ!」
でないと、俺も安心出来んぞ、と赤い瞳を覗き込む。
此処でブルーが倒れたりすれば、ハーレイだって辛い。
「どうして無理をさせちまったんだ」と、自分を叱りたい。
そうなる前に未然に防いで、ブルーを休ませるべきだろう。
「もしも立つのも辛いんだったら、運んでやるから」
どうなんだ、とブルーに畳み掛けるけれど、無理強いも…。
(いいとは言えないトコがあるしな…)
無理と同じで、無理強いも駄目だ、と、ぐるぐるして来る。
ブルーが意地になってしまえば、逆効果でしかない。
無理をさせるか、無理強いすべきか、判断が難しい場面。
前のブルーだった時には、無理強いは常に裏目に出ていた。
(…大人しくしているどころか、全くの逆で…)
何度、俺を振り切って、無茶をしたやら、と記憶が蘇る。
今の場合は、ブルー自身が言ったことだし、休んで欲しい。
(…一言、寝ると言ってくれれば…)
俺も大いに助かるんだが、と祈るような気持ち。
(あれこれ俺に聞き返さないで、サッサとだな…)
ベッドに潜り込んでくれ、と思っていたら、赤い瞳が瞬く。
「ハーレイも、そう思うんだ?」
無理のしすぎは、良くないんだね、とブルーが口を開いた。
「うんと無理して我慢するのは、最悪かな…?」
「当然だろう!」
ゴチャゴチャ言わずに、早く寝てくれ、とハーレイは焦る。
これは相当に具合が悪いに違いない、と恐ろしい。
とにかくブルーを早く寝かせて、ブルーの母に伝えるべき。
(症状を聞いて、病院に行かなきゃ駄目な時には…)
俺の車で送って行こう、と決断をした。
「何処が具合が悪いんだ? 病院に行くくらいなのか?」
そうなりゃ、俺が運転しよう、とブルーに申し出る。
「行きも帰りも俺の車だ、それならいいだろ?」
家に帰ってしまいやしない、とパチンとウインク。
「寝込んじまうような羽目になっても、見舞いに来るから」
毎日は無理かもしれないがな、と苦笑交じりは仕方ない。
学校の方の仕事もあるから、確約は出来ない。
とはいえ、これだけ安心材料を並べておけばいいだろう。
ブルーは「無理をしてまで」起きていなくても済む。
ベッドでぐっすり眠るだけでも、かなり体力を回復出来る。
「分かったな? 無理をするのは良くない」
俺に聞いてる暇があったら、ベッドに行け、と繰り返した。
ブルーは、黙って聞いていたけれど…。
「そっか、ハーレイも、そう思うんなら…」
だったら、ぼくにキスをしてよ、と赤い瞳が煌めく。
「もう長いこと、無理をして我慢してるから…」
ホントに具合が悪くなりそう、とブルーはニッコリと笑む。
「早くキスして、無理をするのは良くないんでしょ?」
キスが最高の薬なんだよ、と嬉しそうなのだけれど…。
(…そういう無理を指していたのか!?)
無駄に心配させやがって、とハーレイは軽く拳を握った。
「馬鹿野郎!」
それは無理とは言わないんだ、と銀色の頭を一発、コツン。
「真面目に考えて損しちまった」と、しっかり「お返し」。
「無理して我慢しておくことだな」と、釘も刺して…。
無理をするのは・了
良くないよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 無理をするって、それはどういう…」
状況のことを指しているんだ、とハーレイは問い返した。
確かに「無理のし過ぎ」は良くない。
(…しかしだな…)
無理をしている中身によっては、良いこともある。
実力以上を発揮したくて、自分の限界に挑む時などはそう。
だから、確認することにしたのだけれど、ハタと気付いた。
(こいつは、無理をするタイプだった…!)
前の生でも、そうだったブルー。
身体がすっかり弱っていたって、何も言わずに普段通り。
(今のブルーも、やっぱり同じで…)
学校に行くために無理をして起きて、倒れたりもしている。
家を出る時は我慢出来ても、学校で具合が悪くなるとか。
そういうヤツを指しているのか、とハーレイは納得した。
これを機会に「改めよう」と思ってくれれば、有難い。
「おい、ブルー。念のために、確認したいんだが…」
その無理は、今現在もやっているのか、と聞いてみた。
「ハーレイが来るから、寝てられないよ」だと、いけない。
(…実際、やっていたこともあるモンだから…)
風邪っぽいのに、隠していたとか、例は色々。
病み上がりのくせに、平気そうな顔で起きていただとか。
(…今日もそうなら、寝かせないと…)
せっかく自分で言い出したんだし、と心配になって来る。
すると、ブルーは「うん」と小さく頷いた。
「なんだって!?」
起きていないで、サッサと寝ろ、とハーレイは慌てた。
ブルーが話題を持ち出したからには、具合は、かなり…。
(悪い方だぞ、熱っぽいとか…!)
我慢出来ないレベルなんだ、と背筋が冷たくなって来る。
無駄な会話をしてはいないで、一刻も早く寝かせないと。
「無理をするのは、良くないんだ!」
無理の中身にもよるんだがな、とベッドの方を指差した。
「俺はいいから、今日は寝ていろ!」
黙って帰りもしないから、とブルーに向かって約束をする。
ブルーがベッドで眠る間も、この部屋にいる、と。
「晩飯の時間まで、ちゃんといてやる!」
俺の飯も、此処で食ったっていい、と真剣に言った。
ブルーが一人で寂しいのならば、両親と食べるのは断る。
ハーレイの分の食事も運んで貰って、ブルーと一緒に夕食。
それなら、ブルーも安心だろう。
無理をしてまで起きていなくても、ゆっくり眠れる。
「いいな、とにかくベッドに入れ!」
でないと、俺も安心出来んぞ、と赤い瞳を覗き込む。
此処でブルーが倒れたりすれば、ハーレイだって辛い。
「どうして無理をさせちまったんだ」と、自分を叱りたい。
そうなる前に未然に防いで、ブルーを休ませるべきだろう。
「もしも立つのも辛いんだったら、運んでやるから」
どうなんだ、とブルーに畳み掛けるけれど、無理強いも…。
(いいとは言えないトコがあるしな…)
無理と同じで、無理強いも駄目だ、と、ぐるぐるして来る。
ブルーが意地になってしまえば、逆効果でしかない。
無理をさせるか、無理強いすべきか、判断が難しい場面。
前のブルーだった時には、無理強いは常に裏目に出ていた。
(…大人しくしているどころか、全くの逆で…)
何度、俺を振り切って、無茶をしたやら、と記憶が蘇る。
今の場合は、ブルー自身が言ったことだし、休んで欲しい。
(…一言、寝ると言ってくれれば…)
俺も大いに助かるんだが、と祈るような気持ち。
(あれこれ俺に聞き返さないで、サッサとだな…)
ベッドに潜り込んでくれ、と思っていたら、赤い瞳が瞬く。
「ハーレイも、そう思うんだ?」
無理のしすぎは、良くないんだね、とブルーが口を開いた。
「うんと無理して我慢するのは、最悪かな…?」
「当然だろう!」
ゴチャゴチャ言わずに、早く寝てくれ、とハーレイは焦る。
これは相当に具合が悪いに違いない、と恐ろしい。
とにかくブルーを早く寝かせて、ブルーの母に伝えるべき。
(症状を聞いて、病院に行かなきゃ駄目な時には…)
俺の車で送って行こう、と決断をした。
「何処が具合が悪いんだ? 病院に行くくらいなのか?」
そうなりゃ、俺が運転しよう、とブルーに申し出る。
「行きも帰りも俺の車だ、それならいいだろ?」
家に帰ってしまいやしない、とパチンとウインク。
「寝込んじまうような羽目になっても、見舞いに来るから」
毎日は無理かもしれないがな、と苦笑交じりは仕方ない。
学校の方の仕事もあるから、確約は出来ない。
とはいえ、これだけ安心材料を並べておけばいいだろう。
ブルーは「無理をしてまで」起きていなくても済む。
ベッドでぐっすり眠るだけでも、かなり体力を回復出来る。
「分かったな? 無理をするのは良くない」
俺に聞いてる暇があったら、ベッドに行け、と繰り返した。
ブルーは、黙って聞いていたけれど…。
「そっか、ハーレイも、そう思うんなら…」
だったら、ぼくにキスをしてよ、と赤い瞳が煌めく。
「もう長いこと、無理をして我慢してるから…」
ホントに具合が悪くなりそう、とブルーはニッコリと笑む。
「早くキスして、無理をするのは良くないんでしょ?」
キスが最高の薬なんだよ、と嬉しそうなのだけれど…。
(…そういう無理を指していたのか!?)
無駄に心配させやがって、とハーレイは軽く拳を握った。
「馬鹿野郎!」
それは無理とは言わないんだ、と銀色の頭を一発、コツン。
「真面目に考えて損しちまった」と、しっかり「お返し」。
「無理して我慢しておくことだな」と、釘も刺して…。
無理をするのは・了
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(昼間は、危なかったよね…)
パパのカップ、割れるトコだったよ、と小さなブルーが竦めた肩。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……危機一髪……)
ホントに危なかったんだから、と思い返して、首も竦める。
(ウッカリしていた、ぼくが悪いんだけど…)
置いてあった場所も悪かったよね、と少しだけ、母に責任転嫁をしたくなった。
なんと言っても、食器棚の中の置き場が、ブルーのカップと近すぎる。
(いつものカップを出そうとしたら、どうしても…)
すぐ隣にある「父のカップ」に、ブルーの手だって近付いてしまう。
近いわけだから、手が当たっても仕方ない。
うんと離れて置いてあるなら、当たる心配などはゼロだけれども…。
(お隣さんでは、仕方なくって…)
あそこに置いてるママも、ちょっぴり悪いだんだよ、と舌をペロリと出したい気分。
(…でも、舌なんか出せるのも…)
カップが今も無事だからこそ、あそこで落として割っていたなら、そうはいかない。
(……きっと今頃、気分、ドン底……)
父が叱るとは思えない上、母だって、きっと許してくれる。
許すどころか、カップが割れた音に気付いて、すっ飛んで来て…。
(大丈夫!? 怪我はしてない? って…)
大慌てするに違いない。
「動かないでね、怪我をするから!」と、叱られる代わりに注意されるだろう。
「ママが片付けるまで、動いちゃ駄目よ」と、床の破片を掃除しながら。
(…ぼくは、もちろん、謝るんだけど…)
母の答えは、「仕方ないわよ、わざとやったんじゃないんだもの」で、叱られはしない。
割れたカップが「父のお気に入り」でも、母の心は狭くはない。
(…それに、パパだって…)
仕事から帰って「ごめんなさい! カップ、割っちゃった…」と謝れば、許してくれる筈。
母と同じに「それより、怪我はしなかったのか?」などど、優しく尋ねてくれて。
(……そうなんだけどね……)
きっとそうだよ、と分かっているから、「割ってしまっていた」時の気分が怖くなる。
もう間違いなく「気分ドン底」、落ち込んだ夜になるだろうから。
あそこでカップが割れていたって、誰一人として「怒らない」。
父も母も、ブルーを「叱り付けない」。
(…子供なんだし、仕方ない、って済むような年じゃないのにね…)
これが学校のカップだったら、場合によっては叱られる。
(…食堂でウッカリ落としたんなら、「注意してね」で済みそうだけれど…)
友達と話に夢中になっていて、余所見していて肘が当たったとかだと、そうではない。
(…食事中には、気を付けて、だとか…)
お喋りする前に、カップだけでも返しに来てね、って言われるよね、と想像はつく。
食堂に「たまたま」先生がいたら、大目玉を食らうかもしれない。
「お前たち、はしゃぎすぎだろう!」と、「カップよりも、話に夢中」だったことを。
(…学校だったら、叱られてしまう方が多そう…)
だけど、家だと、違うんだよね、と「まだまだ子供」な扱いなことが、よく分かる。
割れたカップよりも「ブルーの無事が優先」、怪我をしたなら、大変だから、という方向へ。
(…ぼくが、とっくに大人だったら…)
家といえども、父の雷が落ちる可能性もありそう。
なにしろ父の「お気に入りのカップ」、父とは長い付き合いになる「愛用品」。
(…お前は、何をしてたんだ、って…)
うんと叱られて、「あのカップはもう、売っていないんだぞ!」とトドメの一撃。
(…そういうことだって、ありそうだよね…)
カップの製造元の会社は今もあっても、「同じカップ」を作っているとは限らない。
シリーズ自体は「定番」にしても、モチーフが同じというだけで…。
(形が少し変わってるとか、サイズが、ほんの少しだけ…)
変わるというのは、よくあること。
父が「このカップは、今もありますか?」と問い合わせてみたら、製造が終わっている悲劇。
(…似てるカップは、ちゃんとあるのに…)
新しいカップを取り寄せてみても、父の手に馴染むカップかどうかは、届くまで謎。
(…パパには、合わないタイプだったら…)
次の「お気に入り」を探すことになるから、当分、怒っているかもしれない。
食後のコーヒーなどを飲む度、「今一つ、馴染まないんだよなあ…」などと、呟いたりして。
(…ぼくが大人になっていたなら、そうなんだけど…)
子供の間は無罪放免、それが複雑な気分でもあるし、ドン底になりそうな理由。
「本当は、ブルーが悪い」わけなのに、誰も「ブルーを叱らない」から。
(…そういうの、逆に落ち込んじゃいそう…)
誰も「ブルーを叱らない」分、自分で自分を責める気持ちが膨らんでしまう。
「どうして、あそこで落としちゃったの」と、「普段はやらないミス」を思い返して。
(…こうやって、考えてみてるだけでも…)
ドン底の気分を「ほんのちょっぴり」味わえるだけに、昼間に割らなくて済んで良かった。
(あっ、危ない、って…)
咄嗟に動いて「受け止められた」のが、幸運だったと言えるだろう。
立っていた場所と、ブルーの運が良かった。
(…ちょっとだけ場所がズレていたとか、運が無かったとか…)
どちらの場合も、父のカップは木っ端微塵に割れていた。
食器棚から床へ真っ直ぐ、落っこちていって。
(……ホントのホントに、危機一髪……)
もしも、あそこで割れていたなら、その後、ハーレイが寄ってくれていても…。
(…いつもみたいに、楽しくお喋り出来なかったよね…)
父のカップを割ったショックで、気分は何処か沈んだまま。
ドン底な部分は、「ハーレイに会えた」お蔭で消えていたって、カップを割ったことは現実。
父が仕事から帰宅したなら、ハーレイに「ちょっと、下に行って来るね」と断って…。
(…パパの所に行って、「ごめんなさい」って…)
謝らなくちゃ、と思うものだから、その方面にも神経を配ることになる。
「パパの車、まだ帰らないかな?」だとか、「パパの車だ、行かなくっちゃ!」とか。
(…なんて謝るか、それで頭が一杯になって…)
ハーレイと話す間にだって、上の空ということだって、ありそうな感じ。
愉快な話をしてくれているのに、「うん」や「そうだね」と、生返事になって。
(…最悪だよ…)
いろんな意味で最悪すぎ、と頭をポカポカ叩きたくなる。
幸い、カップは割れなかったし、「割れた後に、ハーレイが来る」のも避けられたけれど…。
(……注意しなくちゃ……)
注意しないと、いつかやりそう、と自分自身を戒めた。
本当に割ってしまったが最後、「最悪のシナリオ」が始まってしまう。
父も母も「ブルーを叱らない」のに、気分はドン底、ハーレイの前でも上の空なのが。
そうならないよう、今日の反省を活かさなくては、と気を引き締めて、ハタと気付いた。
今日のは「父のカップ」だったけれど、これから先の人生は長い。
子供の間は「ほんの一瞬」、前の自分と同じ背丈になったら、じきに「大人」で…。
(…大人になってたら、パパの雷…)
落ちそうだよね、という点はともかく、「大人の自分」が、いつまで家にいるか。
(…結婚出来る年になったら、ハーレイの家へ…)
引っ越すわけで、ハーレイの家に移った後に「やりそうなミス」が大問題。
(…ウッカリ壊すの、パパのカップじゃないんだよね…?)
ハーレイの大事なカップなんだよ、と背筋が冷えそう。
前にハーレイの家に行った時に、目にした「大きなマグカップ」。
あれが愛用のカップだと思う。
(…ハーレイの家には、二回だけしか…)
行けていないけれど、その二回とも、記憶にあるのは同じカップだった。
恐らく「ハーレイ愛用の品」で、きっと「大切にしている」カップ。
(…アレを割ったら、どうなっちゃうわけ…!?)
ハーレイも、きっと、今の「父や母」のように、ブルーを叱りはしないだろう。
(割れた音を聞いて、すっ飛んで来て…)
「大丈夫か!?」と叫んで、割れたカップよりも、ブルーの心配をする。
「怪我してないか?」だとか、「動くなよ、すぐに掃除するから!」だとか。
(…だけど、ハーレイの、割れちゃったカップ…)
何かの記念で貰った品とか、うんと愛着のある品だとか、父と同じで有り得るから怖い。
(…同じカップは、売っていなくて…)
それでも、ハーレイは怒ることなく、いつも通りの優しい笑顔。
「かまわないさ」と、「また新しいのを買えばいいしな」と、何事も無かったかのように。
(…ぼくの前では、そうだろうけど…)
心の中までは、見えはしなくて、うんと悲しいのかもしれない。
「俺のカップ、壊れちまったなあ…」と、カップとの日々を振り返って。
「二度とお目にはかかれないんだ」と、寂しい気持ちで、捨てるために包み込みながら。
(…絶対、ぼくには、言ってくれなくて…)
うんと叱ってくれればいいのに、そうはしないで、微笑むだけ。
「次の休みに、新しいのを買いに行こうな」と、ブルーを誘ってくれたりもして。
(最悪だから…!)
そんなの、ホントに最悪だよ、とゾッとするから、気を付けないとダメだろう。
結婚した後は、今よりも、もっと。
「父のカップを割ってしまう」よりも、「ハーレイのカップを割った」時の方が、ドン底。
(……一生、引き摺ってしまいそうだし……)
ハーレイの「新しいカップ」を目にする度に、心がチリッと痛みそう。
(壊しちゃったら、そうなるよね…)
カップ以外の「何か」でも、と気付かされたからには、気を付けよう。
ハーレイの大事な愛用の品を、ウッカリ壊さないように。
ほんの僅かな不注意のせいで、「ハーレイの前から、サヨナラ」にしてしまわないよう。
(…ハーレイだったら、「前のお前を失くしたショックに比べればな」って…)
心の底から「大したことではないんだ、うん」と、考えていてくれそうではある。
「ブルーが怪我さえしてなきゃ、いいさ」と、「ブルー」の無事だけを喜んでくれて。
(…きっとホントに、ハーレイなら、そう…)
だから余計に注意しなくちゃ、と未来の自分に「気を付けてね!」と言い聞かせる。
ハーレイの大切な「何か」を壊したら最後、その品が戻って来ないばかりか…。
(…前のぼくのことまで、思い出させちゃって…)
悲しさが、うんと膨らむもんね、と「壊す前から」分かってしまうだけに、注意しないと。
(…ぼくがウッカリ壊しちゃったら、ハーレイまでが、うんとドン底…)
道連れにしちゃうのは、確実だもの、と「遥か未来」に向けて気を引き締める。
(壊しちゃったら、ぼくも、ハーレイも、気分、ドン底…)
それだけは避けて通らないと、と思うけれども、いつか、やりそう。
やった時には、気分ドン底、ハーレイに助けて貰うしかない。
(…落ち込むなよ、って…)
優しく肩を叩いて貰って、新しい品を選びに行く。
「お前は、どれがいいと思う?」などと、笑顔で声を掛けて貰って。
「お揃いのヤツにするのもいいな」と、二つ揃えて買って帰ったりして。
(それもいいけど…)
壊さないのが一番だよ、と思いながらも、夢を見てしまう。
「ハーレイの新しいカップを買うなら、お揃いになれば、嬉しいよね」と。
「壊しちゃったら、そうなるかもね」と、気分ドン底になった先に来そうな、遠い未来を…。
壊しちゃったら・了
※ハーレイ先生の大事な何かを、壊してしまったら、大変だよ、と怖くなったブルー君。
けれど、ちょっぴり、その後の夢を見てしまうわけで、お揃いの品にするのも素敵かもv
パパのカップ、割れるトコだったよ、と小さなブルーが竦めた肩。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……危機一髪……)
ホントに危なかったんだから、と思い返して、首も竦める。
(ウッカリしていた、ぼくが悪いんだけど…)
置いてあった場所も悪かったよね、と少しだけ、母に責任転嫁をしたくなった。
なんと言っても、食器棚の中の置き場が、ブルーのカップと近すぎる。
(いつものカップを出そうとしたら、どうしても…)
すぐ隣にある「父のカップ」に、ブルーの手だって近付いてしまう。
近いわけだから、手が当たっても仕方ない。
うんと離れて置いてあるなら、当たる心配などはゼロだけれども…。
(お隣さんでは、仕方なくって…)
あそこに置いてるママも、ちょっぴり悪いだんだよ、と舌をペロリと出したい気分。
(…でも、舌なんか出せるのも…)
カップが今も無事だからこそ、あそこで落として割っていたなら、そうはいかない。
(……きっと今頃、気分、ドン底……)
父が叱るとは思えない上、母だって、きっと許してくれる。
許すどころか、カップが割れた音に気付いて、すっ飛んで来て…。
(大丈夫!? 怪我はしてない? って…)
大慌てするに違いない。
「動かないでね、怪我をするから!」と、叱られる代わりに注意されるだろう。
「ママが片付けるまで、動いちゃ駄目よ」と、床の破片を掃除しながら。
(…ぼくは、もちろん、謝るんだけど…)
母の答えは、「仕方ないわよ、わざとやったんじゃないんだもの」で、叱られはしない。
割れたカップが「父のお気に入り」でも、母の心は狭くはない。
(…それに、パパだって…)
仕事から帰って「ごめんなさい! カップ、割っちゃった…」と謝れば、許してくれる筈。
母と同じに「それより、怪我はしなかったのか?」などど、優しく尋ねてくれて。
(……そうなんだけどね……)
きっとそうだよ、と分かっているから、「割ってしまっていた」時の気分が怖くなる。
もう間違いなく「気分ドン底」、落ち込んだ夜になるだろうから。
あそこでカップが割れていたって、誰一人として「怒らない」。
父も母も、ブルーを「叱り付けない」。
(…子供なんだし、仕方ない、って済むような年じゃないのにね…)
これが学校のカップだったら、場合によっては叱られる。
(…食堂でウッカリ落としたんなら、「注意してね」で済みそうだけれど…)
友達と話に夢中になっていて、余所見していて肘が当たったとかだと、そうではない。
(…食事中には、気を付けて、だとか…)
お喋りする前に、カップだけでも返しに来てね、って言われるよね、と想像はつく。
食堂に「たまたま」先生がいたら、大目玉を食らうかもしれない。
「お前たち、はしゃぎすぎだろう!」と、「カップよりも、話に夢中」だったことを。
(…学校だったら、叱られてしまう方が多そう…)
だけど、家だと、違うんだよね、と「まだまだ子供」な扱いなことが、よく分かる。
割れたカップよりも「ブルーの無事が優先」、怪我をしたなら、大変だから、という方向へ。
(…ぼくが、とっくに大人だったら…)
家といえども、父の雷が落ちる可能性もありそう。
なにしろ父の「お気に入りのカップ」、父とは長い付き合いになる「愛用品」。
(…お前は、何をしてたんだ、って…)
うんと叱られて、「あのカップはもう、売っていないんだぞ!」とトドメの一撃。
(…そういうことだって、ありそうだよね…)
カップの製造元の会社は今もあっても、「同じカップ」を作っているとは限らない。
シリーズ自体は「定番」にしても、モチーフが同じというだけで…。
(形が少し変わってるとか、サイズが、ほんの少しだけ…)
変わるというのは、よくあること。
父が「このカップは、今もありますか?」と問い合わせてみたら、製造が終わっている悲劇。
(…似てるカップは、ちゃんとあるのに…)
新しいカップを取り寄せてみても、父の手に馴染むカップかどうかは、届くまで謎。
(…パパには、合わないタイプだったら…)
次の「お気に入り」を探すことになるから、当分、怒っているかもしれない。
食後のコーヒーなどを飲む度、「今一つ、馴染まないんだよなあ…」などと、呟いたりして。
(…ぼくが大人になっていたなら、そうなんだけど…)
子供の間は無罪放免、それが複雑な気分でもあるし、ドン底になりそうな理由。
「本当は、ブルーが悪い」わけなのに、誰も「ブルーを叱らない」から。
(…そういうの、逆に落ち込んじゃいそう…)
誰も「ブルーを叱らない」分、自分で自分を責める気持ちが膨らんでしまう。
「どうして、あそこで落としちゃったの」と、「普段はやらないミス」を思い返して。
(…こうやって、考えてみてるだけでも…)
ドン底の気分を「ほんのちょっぴり」味わえるだけに、昼間に割らなくて済んで良かった。
(あっ、危ない、って…)
咄嗟に動いて「受け止められた」のが、幸運だったと言えるだろう。
立っていた場所と、ブルーの運が良かった。
(…ちょっとだけ場所がズレていたとか、運が無かったとか…)
どちらの場合も、父のカップは木っ端微塵に割れていた。
食器棚から床へ真っ直ぐ、落っこちていって。
(……ホントのホントに、危機一髪……)
もしも、あそこで割れていたなら、その後、ハーレイが寄ってくれていても…。
(…いつもみたいに、楽しくお喋り出来なかったよね…)
父のカップを割ったショックで、気分は何処か沈んだまま。
ドン底な部分は、「ハーレイに会えた」お蔭で消えていたって、カップを割ったことは現実。
父が仕事から帰宅したなら、ハーレイに「ちょっと、下に行って来るね」と断って…。
(…パパの所に行って、「ごめんなさい」って…)
謝らなくちゃ、と思うものだから、その方面にも神経を配ることになる。
「パパの車、まだ帰らないかな?」だとか、「パパの車だ、行かなくっちゃ!」とか。
(…なんて謝るか、それで頭が一杯になって…)
ハーレイと話す間にだって、上の空ということだって、ありそうな感じ。
愉快な話をしてくれているのに、「うん」や「そうだね」と、生返事になって。
(…最悪だよ…)
いろんな意味で最悪すぎ、と頭をポカポカ叩きたくなる。
幸い、カップは割れなかったし、「割れた後に、ハーレイが来る」のも避けられたけれど…。
(……注意しなくちゃ……)
注意しないと、いつかやりそう、と自分自身を戒めた。
本当に割ってしまったが最後、「最悪のシナリオ」が始まってしまう。
父も母も「ブルーを叱らない」のに、気分はドン底、ハーレイの前でも上の空なのが。
そうならないよう、今日の反省を活かさなくては、と気を引き締めて、ハタと気付いた。
今日のは「父のカップ」だったけれど、これから先の人生は長い。
子供の間は「ほんの一瞬」、前の自分と同じ背丈になったら、じきに「大人」で…。
(…大人になってたら、パパの雷…)
落ちそうだよね、という点はともかく、「大人の自分」が、いつまで家にいるか。
(…結婚出来る年になったら、ハーレイの家へ…)
引っ越すわけで、ハーレイの家に移った後に「やりそうなミス」が大問題。
(…ウッカリ壊すの、パパのカップじゃないんだよね…?)
ハーレイの大事なカップなんだよ、と背筋が冷えそう。
前にハーレイの家に行った時に、目にした「大きなマグカップ」。
あれが愛用のカップだと思う。
(…ハーレイの家には、二回だけしか…)
行けていないけれど、その二回とも、記憶にあるのは同じカップだった。
恐らく「ハーレイ愛用の品」で、きっと「大切にしている」カップ。
(…アレを割ったら、どうなっちゃうわけ…!?)
ハーレイも、きっと、今の「父や母」のように、ブルーを叱りはしないだろう。
(割れた音を聞いて、すっ飛んで来て…)
「大丈夫か!?」と叫んで、割れたカップよりも、ブルーの心配をする。
「怪我してないか?」だとか、「動くなよ、すぐに掃除するから!」だとか。
(…だけど、ハーレイの、割れちゃったカップ…)
何かの記念で貰った品とか、うんと愛着のある品だとか、父と同じで有り得るから怖い。
(…同じカップは、売っていなくて…)
それでも、ハーレイは怒ることなく、いつも通りの優しい笑顔。
「かまわないさ」と、「また新しいのを買えばいいしな」と、何事も無かったかのように。
(…ぼくの前では、そうだろうけど…)
心の中までは、見えはしなくて、うんと悲しいのかもしれない。
「俺のカップ、壊れちまったなあ…」と、カップとの日々を振り返って。
「二度とお目にはかかれないんだ」と、寂しい気持ちで、捨てるために包み込みながら。
(…絶対、ぼくには、言ってくれなくて…)
うんと叱ってくれればいいのに、そうはしないで、微笑むだけ。
「次の休みに、新しいのを買いに行こうな」と、ブルーを誘ってくれたりもして。
(最悪だから…!)
そんなの、ホントに最悪だよ、とゾッとするから、気を付けないとダメだろう。
結婚した後は、今よりも、もっと。
「父のカップを割ってしまう」よりも、「ハーレイのカップを割った」時の方が、ドン底。
(……一生、引き摺ってしまいそうだし……)
ハーレイの「新しいカップ」を目にする度に、心がチリッと痛みそう。
(壊しちゃったら、そうなるよね…)
カップ以外の「何か」でも、と気付かされたからには、気を付けよう。
ハーレイの大事な愛用の品を、ウッカリ壊さないように。
ほんの僅かな不注意のせいで、「ハーレイの前から、サヨナラ」にしてしまわないよう。
(…ハーレイだったら、「前のお前を失くしたショックに比べればな」って…)
心の底から「大したことではないんだ、うん」と、考えていてくれそうではある。
「ブルーが怪我さえしてなきゃ、いいさ」と、「ブルー」の無事だけを喜んでくれて。
(…きっとホントに、ハーレイなら、そう…)
だから余計に注意しなくちゃ、と未来の自分に「気を付けてね!」と言い聞かせる。
ハーレイの大切な「何か」を壊したら最後、その品が戻って来ないばかりか…。
(…前のぼくのことまで、思い出させちゃって…)
悲しさが、うんと膨らむもんね、と「壊す前から」分かってしまうだけに、注意しないと。
(…ぼくがウッカリ壊しちゃったら、ハーレイまでが、うんとドン底…)
道連れにしちゃうのは、確実だもの、と「遥か未来」に向けて気を引き締める。
(壊しちゃったら、ぼくも、ハーレイも、気分、ドン底…)
それだけは避けて通らないと、と思うけれども、いつか、やりそう。
やった時には、気分ドン底、ハーレイに助けて貰うしかない。
(…落ち込むなよ、って…)
優しく肩を叩いて貰って、新しい品を選びに行く。
「お前は、どれがいいと思う?」などと、笑顔で声を掛けて貰って。
「お揃いのヤツにするのもいいな」と、二つ揃えて買って帰ったりして。
(それもいいけど…)
壊さないのが一番だよ、と思いながらも、夢を見てしまう。
「ハーレイの新しいカップを買うなら、お揃いになれば、嬉しいよね」と。
「壊しちゃったら、そうなるかもね」と、気分ドン底になった先に来そうな、遠い未来を…。
壊しちゃったら・了
※ハーレイ先生の大事な何かを、壊してしまったら、大変だよ、と怖くなったブルー君。
けれど、ちょっぴり、その後の夢を見てしまうわけで、お揃いの品にするのも素敵かもv
(さっきは、危なかったよな…)
ちっとばかり、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをお供に。
(…危うく、大事な、こいつとだ…)
サヨナラしちまう所だった、と湯気を立てているマグカップを眺める。
(いつものことだ、と思ってるから…)
食事の後に、コーヒーを淹れる時には、特に注意はしていない。
手順通りの作業をこなせば、熱いコーヒーが出来るけれども…。
(ついつい、ウッカリ…)
マグカップの何処かに、手が引っ掛かった。
カップはコロンと倒れてしまって、テーブルの上で一回転して…。
(その角度がまた、悪かったってな…)
持ち手の部分に近い所が、転がり始めた最初だったのだろう。
文字通り、クルンと一回転の末に、テーブルの縁に着いていた。
(うわっ、落ちるぞ、と…)
慌ててカップをグイと掴んで、転落事故は防いだのだけれど…。
(あそこで上手く掴めていなけりゃ、今頃は…)
大事なカップは木っ端微塵で、ゴミ箱の中に行っていた筈。
破片で怪我をする人が無いよう、不要な紙か何かで包み込まれて、紐も掛かって。
(……危なかった……)
まだまだオサラバしたくはないし、と「コーヒーの友」を、まじまじと見る。
こだわりの品と言っていいのか、このカップには愛着がある。
(なんてことないカップなんだが…)
買った店さえ、「あそこだったな」と思う程度で、わざわざ選んだ店ではない。
普段出掛ける店の一つで、「これにしよう」と買って来ただけ。
(そりゃまあ、決める前にだな…)
重さやサイズを、手に取って確かめてはみた。
幾つか候補のカップを「並べて、比べて」、「これがいいな」とレジに運んだ。
ただ、それだけの「出会い」だけれども、今やすっかり、毎日の「友」になっている。
コーヒーを飲むには「コレだ」と、迷いもしないで、出して来るカップ。
もしも、あそこで割れていたなら…。
(ガッカリだよな…)
立ち直れないような気がするぞ、と可笑しくなる。
「たかがカップで、きっと同じの、売っているよな」とも、思えるから。
そう、いくら大事に思っていたって、相手は「ただのマグカップ」。
手に馴染むサイズで、いつも使うというだけのこと。
(前のあいつを、失くしたような時と違って…)
代わりのカップを「買えばいいだけ」、それなのに、「立ち直れない」気がするなんて。
(…平和ボケとでもいうべきかな…)
前の俺なら、有り得ないぞ、と時の彼方に思いを馳せる。
毎日が死と隣り合わせの船だったから、カップくらいで「立ち直れない」などは言えない。
(そうは言っても、それなりにだ…)
愛用の品はあったっけな、と思い出すのは、部屋にあった机。
(シャングリラが改造されるよりも、ずっと前から…)
あいつとは長い付き合いだった、と今も鮮やかに覚えている。
木で作られた、とてもレトロな品だったけれど、前の自分は好きだった。
(なにしろ素材が、本物の木だし…)
磨けば磨くほど味わいが出る、と暇な時には、せっせと磨いた。
お蔭で、とても深い色合い、そういう机になったのだけれど…。
(…壊れちまう前に、俺がサヨナラ…)
地球の地の底で死んじまったし、と今では懐かしくもある。
あの机はもう、残ってはいない。
(…シャングリラにあった備品は、トォニィが…)
処分させてしまったと伝えられていて、実際、机も、前のブルーのベッドも、もう無い。
(…あったら、会いに行くかもなあ…)
俺の机、と惜しくなるから、あの机もまた「愛用の品」では、あったのだろう。
生きていた時には、気付いていなかっただけで。
(アレが突然、無くなっていても…)
仕方ないな、と切り替えるしか無かった時代なのだし、気付かなくても不思議ではない。
もっと遥かに「大切なもの」を、前の自分は背負っていた。
船の仲間の命の前には、何もかもが霞む。
(…それに、ブルーだ…)
前のブルーの「命」を守っていたのも、シャングリラだった。
ブルーだけでも、きっと生きてはゆけたろうけど、それは寂しすぎる。
ミュウの仲間の命を背負う「ソルジャー」とはいえ、責任よりも喜びが大きかった筈。
「今日も、みんなが無事だった」と、安堵出来るのは、最高の気分だったから。
そんなシャングリラで生きていたなら、「愛用の品」への愛は薄れる。
正確に言えば、影が薄くなる。
(だから、机を失くしちまっても…)
クヨクヨ引き摺ったりはしないし、新しい机にも、じきに馴染んだだろう。
(幸いなことに、俺の方からサヨナラで…)
そういうシーンは無かったけれども、今、思い出すと「会いたくなる」のが面白い。
時の彼方に消えた机が「今もあったら、会いに行くのに」と。
(…残っていたって、例の木彫りのウサギと一緒でだな…)
博物館のケースの向こうで、一般人では、触ることなど出来ない。
「世話になったな」と磨きたくても、それも出来ない。
(…そうなっちまえば、残念で…)
ケースの前から離れ難いし、前の自分にも「愛用の品」への愛は、確かにあった。
それと気付かず「生きていた」わけで、そうなると…。
(カップ一つで、立ち直れないような気がする、今の俺は、だ…)
平和ボケしたとも言えるだろう。
前の自分とは違う人生、青く蘇った地球に生まれて、自由気ままに生きて来たから。
(…たかが、カップで…)
しかし、割れたら、ショックだよな、と「今の自分」だからこそ、分かる。
カップ一つが割れた結果は、失われるものは「カップ」だけ。
運が悪いと、絨毯に「コーヒーの染みが残ってしまって」、巻き添えが増えるくらいのこと。
(服も巻き添えにしたとしたって、絨毯も服も…)
惜しいことをした、と悔やみはしても、誰の命も消えたりはしない。
怪我人さえも出ないわけだし、「カップが一つ、消えて無くなる」だけなのだけれど…。
(…そいつが、なんとも…)
寂しい気分になるんだよな、と今の自分は「よく知っている」。
今日までの「新しい人生」の中で、何度か、そういう「悲しい別れ」を経験して来た。
(大事にしていた、鞄とかがだ…)
ある日、不注意で破れたりして、お別れになる。
ご飯茶碗や、カップなどでも、そういう「サヨナラ」があった。
代わりの品は「ちゃんと、来てくれる」けれど、前の品物が忘れられない。
(あっちの方が、使いやすかったよなあ…、なんて…)
思うものだから、惜しくて、寂しい。
「もう少し、気を付けていたなら、失くさなかった」と。
今日のカップは、まさに「その危機」。
割れずに残ってくれたお蔭で、前の生まで思い返せて、有難いと思う。
(…割れちまってたら、今頃は…)
気分ドン底だったかもな、とカップの縁を指で弾いて、ハタと気付いた。
(…待てよ?)
今の自分に「愛用の品」があるなら、「今のブルー」も同じだろう。
大事にしているカップにしても、きっと…。
(あいつの家には、ある…んだよな…?)
俺といる時は、見ないだけで…、と顎に手を当てて記憶を探ってみる。
ティータイムには、いつも、お揃いのカップ。
けれど、夕食を一緒に食べる時には、どうだったろう。
(…俺がお客で、お邪魔してるし…)
食後のお茶には、来客用のものが並んでいる覚えしかない。
(…しかしだな…)
普段の「ブルー」の食事の席には、違うカップが置かれていそう。
今のブルーが愛用している、お馴染みのものが。
(…子供によっては、幼稚園とかで…)
クリスマスなどの機会に、プレゼントにカップを貰ったりする。
「大きくなっても使えるように」と、大きめのカップ。
(…俺も貰って、使ってたっけな…)
柔道と水泳に夢中になった頃には、仕舞われていたが…、と懐かしい。
運動をするような子供は、マグカップなどで「ちびちび」飲んだりはしない。
「喉が渇いた!」と、容器を掴んで、喉へと流し込む勢い。
(…そんな具合になったわけだし、もう使わない、と…)
母が何処かに片付けただけで、「サヨナラ」はしていなかった。
今でも、隣町の家に帰れば、納戸の奥に仕舞われている。
母に在り処を聞きさえしたなら、会えるけれども…。
(…割っちまっていたら、サヨナラで…)
寂しい記憶が残ってたよな、と思うものだから、「ブルー」が気になる。
(…今のあいつも、幼稚園で貰ったようなカップとかを…)
とても大事に使っているなら、いつか一緒に暮らす時には…。
(引っ越し用の荷物の中に、ちゃんと包んで…)
入れて運んで、この家に持って来ることだろう。
そして毎日、馴染んだカップで、お茶を飲んだりするわけだけれど…。
(…その大切なカップを、俺がだな…)
壊しちまったら、どうなるんだ、と背筋が一瞬、ゾクリとした。
(…あいつの目の前で、壊しちまったら…)
赤い瞳が、真ん丸になるのを、スローモーションで「見る」ことになりそう。
たちまち涙が盛り上がって来て、頬を伝ってゆく瞬間も。
(…マズいんだが…!)
俺のを壊しちまうよりも、遥かにマズイ、と考えるまでもない。
ブルーは、床に座り込んでしまって…。
(割れたカップを、じっと眺めて…)
涙をポロポロ零し続けて、カップとの長い付き合いを思い出すのに違いない。
何処で出会って、どんな具合に、今まで「一緒に」生きて来たのか、片っ端から。
(…謝ったくらいで済むようなことじゃ…)
無さそうだぞ、と嫌というほど分かってしまう。
ブルーは「許してくれそう」だけれど、寂しさも辛さも、分かるものだから…。
(今日の反省、未来に活かすしか…)
俺のカップは割れちゃいないが…、と「割れそうになったカップ」に頭を下げた。
「すまん」と、「お前のお蔭で、未来の俺が助かりそうだ」と。
(…ブルーのカップを壊しちまったら、もう取り返しがつかなくて…)
それ以外の「大事なもの」も同じなんだ、と痛感する。
遠く遥かな時の彼方と違って、今は「愛着のある品」を、お互い、持っている世界。
(…うんと注意して、扱わないと…)
壊しちまったら、悲劇だしな、と自分自身に言い聞かせる。
「いいか、しっかり覚えとけよ」と、何回も。
「壊しちまったら、自分の大事なものも辛いが、壊された方は、もっと辛いんだ」と。
今のブルーと暮らし始めた時には、注意するべき。
「 今のブルー」の大切なものを、ウッカリ壊さないように。
赤い瞳から落ちる涙を、見るような羽目になってしまったら、お互い、悲しすぎるから…。
壊しちまったら・了
※愛用のカップを壊しそうになった、ハーレイ先生。割れずに済んで、コーヒーの時間。
けれど、将来、一緒に暮らすブルー君にも、大切なカップとかがありそう。注意しないとv
ちっとばかり、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをお供に。
(…危うく、大事な、こいつとだ…)
サヨナラしちまう所だった、と湯気を立てているマグカップを眺める。
(いつものことだ、と思ってるから…)
食事の後に、コーヒーを淹れる時には、特に注意はしていない。
手順通りの作業をこなせば、熱いコーヒーが出来るけれども…。
(ついつい、ウッカリ…)
マグカップの何処かに、手が引っ掛かった。
カップはコロンと倒れてしまって、テーブルの上で一回転して…。
(その角度がまた、悪かったってな…)
持ち手の部分に近い所が、転がり始めた最初だったのだろう。
文字通り、クルンと一回転の末に、テーブルの縁に着いていた。
(うわっ、落ちるぞ、と…)
慌ててカップをグイと掴んで、転落事故は防いだのだけれど…。
(あそこで上手く掴めていなけりゃ、今頃は…)
大事なカップは木っ端微塵で、ゴミ箱の中に行っていた筈。
破片で怪我をする人が無いよう、不要な紙か何かで包み込まれて、紐も掛かって。
(……危なかった……)
まだまだオサラバしたくはないし、と「コーヒーの友」を、まじまじと見る。
こだわりの品と言っていいのか、このカップには愛着がある。
(なんてことないカップなんだが…)
買った店さえ、「あそこだったな」と思う程度で、わざわざ選んだ店ではない。
普段出掛ける店の一つで、「これにしよう」と買って来ただけ。
(そりゃまあ、決める前にだな…)
重さやサイズを、手に取って確かめてはみた。
幾つか候補のカップを「並べて、比べて」、「これがいいな」とレジに運んだ。
ただ、それだけの「出会い」だけれども、今やすっかり、毎日の「友」になっている。
コーヒーを飲むには「コレだ」と、迷いもしないで、出して来るカップ。
もしも、あそこで割れていたなら…。
(ガッカリだよな…)
立ち直れないような気がするぞ、と可笑しくなる。
「たかがカップで、きっと同じの、売っているよな」とも、思えるから。
そう、いくら大事に思っていたって、相手は「ただのマグカップ」。
手に馴染むサイズで、いつも使うというだけのこと。
(前のあいつを、失くしたような時と違って…)
代わりのカップを「買えばいいだけ」、それなのに、「立ち直れない」気がするなんて。
(…平和ボケとでもいうべきかな…)
前の俺なら、有り得ないぞ、と時の彼方に思いを馳せる。
毎日が死と隣り合わせの船だったから、カップくらいで「立ち直れない」などは言えない。
(そうは言っても、それなりにだ…)
愛用の品はあったっけな、と思い出すのは、部屋にあった机。
(シャングリラが改造されるよりも、ずっと前から…)
あいつとは長い付き合いだった、と今も鮮やかに覚えている。
木で作られた、とてもレトロな品だったけれど、前の自分は好きだった。
(なにしろ素材が、本物の木だし…)
磨けば磨くほど味わいが出る、と暇な時には、せっせと磨いた。
お蔭で、とても深い色合い、そういう机になったのだけれど…。
(…壊れちまう前に、俺がサヨナラ…)
地球の地の底で死んじまったし、と今では懐かしくもある。
あの机はもう、残ってはいない。
(…シャングリラにあった備品は、トォニィが…)
処分させてしまったと伝えられていて、実際、机も、前のブルーのベッドも、もう無い。
(…あったら、会いに行くかもなあ…)
俺の机、と惜しくなるから、あの机もまた「愛用の品」では、あったのだろう。
生きていた時には、気付いていなかっただけで。
(アレが突然、無くなっていても…)
仕方ないな、と切り替えるしか無かった時代なのだし、気付かなくても不思議ではない。
もっと遥かに「大切なもの」を、前の自分は背負っていた。
船の仲間の命の前には、何もかもが霞む。
(…それに、ブルーだ…)
前のブルーの「命」を守っていたのも、シャングリラだった。
ブルーだけでも、きっと生きてはゆけたろうけど、それは寂しすぎる。
ミュウの仲間の命を背負う「ソルジャー」とはいえ、責任よりも喜びが大きかった筈。
「今日も、みんなが無事だった」と、安堵出来るのは、最高の気分だったから。
そんなシャングリラで生きていたなら、「愛用の品」への愛は薄れる。
正確に言えば、影が薄くなる。
(だから、机を失くしちまっても…)
クヨクヨ引き摺ったりはしないし、新しい机にも、じきに馴染んだだろう。
(幸いなことに、俺の方からサヨナラで…)
そういうシーンは無かったけれども、今、思い出すと「会いたくなる」のが面白い。
時の彼方に消えた机が「今もあったら、会いに行くのに」と。
(…残っていたって、例の木彫りのウサギと一緒でだな…)
博物館のケースの向こうで、一般人では、触ることなど出来ない。
「世話になったな」と磨きたくても、それも出来ない。
(…そうなっちまえば、残念で…)
ケースの前から離れ難いし、前の自分にも「愛用の品」への愛は、確かにあった。
それと気付かず「生きていた」わけで、そうなると…。
(カップ一つで、立ち直れないような気がする、今の俺は、だ…)
平和ボケしたとも言えるだろう。
前の自分とは違う人生、青く蘇った地球に生まれて、自由気ままに生きて来たから。
(…たかが、カップで…)
しかし、割れたら、ショックだよな、と「今の自分」だからこそ、分かる。
カップ一つが割れた結果は、失われるものは「カップ」だけ。
運が悪いと、絨毯に「コーヒーの染みが残ってしまって」、巻き添えが増えるくらいのこと。
(服も巻き添えにしたとしたって、絨毯も服も…)
惜しいことをした、と悔やみはしても、誰の命も消えたりはしない。
怪我人さえも出ないわけだし、「カップが一つ、消えて無くなる」だけなのだけれど…。
(…そいつが、なんとも…)
寂しい気分になるんだよな、と今の自分は「よく知っている」。
今日までの「新しい人生」の中で、何度か、そういう「悲しい別れ」を経験して来た。
(大事にしていた、鞄とかがだ…)
ある日、不注意で破れたりして、お別れになる。
ご飯茶碗や、カップなどでも、そういう「サヨナラ」があった。
代わりの品は「ちゃんと、来てくれる」けれど、前の品物が忘れられない。
(あっちの方が、使いやすかったよなあ…、なんて…)
思うものだから、惜しくて、寂しい。
「もう少し、気を付けていたなら、失くさなかった」と。
今日のカップは、まさに「その危機」。
割れずに残ってくれたお蔭で、前の生まで思い返せて、有難いと思う。
(…割れちまってたら、今頃は…)
気分ドン底だったかもな、とカップの縁を指で弾いて、ハタと気付いた。
(…待てよ?)
今の自分に「愛用の品」があるなら、「今のブルー」も同じだろう。
大事にしているカップにしても、きっと…。
(あいつの家には、ある…んだよな…?)
俺といる時は、見ないだけで…、と顎に手を当てて記憶を探ってみる。
ティータイムには、いつも、お揃いのカップ。
けれど、夕食を一緒に食べる時には、どうだったろう。
(…俺がお客で、お邪魔してるし…)
食後のお茶には、来客用のものが並んでいる覚えしかない。
(…しかしだな…)
普段の「ブルー」の食事の席には、違うカップが置かれていそう。
今のブルーが愛用している、お馴染みのものが。
(…子供によっては、幼稚園とかで…)
クリスマスなどの機会に、プレゼントにカップを貰ったりする。
「大きくなっても使えるように」と、大きめのカップ。
(…俺も貰って、使ってたっけな…)
柔道と水泳に夢中になった頃には、仕舞われていたが…、と懐かしい。
運動をするような子供は、マグカップなどで「ちびちび」飲んだりはしない。
「喉が渇いた!」と、容器を掴んで、喉へと流し込む勢い。
(…そんな具合になったわけだし、もう使わない、と…)
母が何処かに片付けただけで、「サヨナラ」はしていなかった。
今でも、隣町の家に帰れば、納戸の奥に仕舞われている。
母に在り処を聞きさえしたなら、会えるけれども…。
(…割っちまっていたら、サヨナラで…)
寂しい記憶が残ってたよな、と思うものだから、「ブルー」が気になる。
(…今のあいつも、幼稚園で貰ったようなカップとかを…)
とても大事に使っているなら、いつか一緒に暮らす時には…。
(引っ越し用の荷物の中に、ちゃんと包んで…)
入れて運んで、この家に持って来ることだろう。
そして毎日、馴染んだカップで、お茶を飲んだりするわけだけれど…。
(…その大切なカップを、俺がだな…)
壊しちまったら、どうなるんだ、と背筋が一瞬、ゾクリとした。
(…あいつの目の前で、壊しちまったら…)
赤い瞳が、真ん丸になるのを、スローモーションで「見る」ことになりそう。
たちまち涙が盛り上がって来て、頬を伝ってゆく瞬間も。
(…マズいんだが…!)
俺のを壊しちまうよりも、遥かにマズイ、と考えるまでもない。
ブルーは、床に座り込んでしまって…。
(割れたカップを、じっと眺めて…)
涙をポロポロ零し続けて、カップとの長い付き合いを思い出すのに違いない。
何処で出会って、どんな具合に、今まで「一緒に」生きて来たのか、片っ端から。
(…謝ったくらいで済むようなことじゃ…)
無さそうだぞ、と嫌というほど分かってしまう。
ブルーは「許してくれそう」だけれど、寂しさも辛さも、分かるものだから…。
(今日の反省、未来に活かすしか…)
俺のカップは割れちゃいないが…、と「割れそうになったカップ」に頭を下げた。
「すまん」と、「お前のお蔭で、未来の俺が助かりそうだ」と。
(…ブルーのカップを壊しちまったら、もう取り返しがつかなくて…)
それ以外の「大事なもの」も同じなんだ、と痛感する。
遠く遥かな時の彼方と違って、今は「愛着のある品」を、お互い、持っている世界。
(…うんと注意して、扱わないと…)
壊しちまったら、悲劇だしな、と自分自身に言い聞かせる。
「いいか、しっかり覚えとけよ」と、何回も。
「壊しちまったら、自分の大事なものも辛いが、壊された方は、もっと辛いんだ」と。
今のブルーと暮らし始めた時には、注意するべき。
「 今のブルー」の大切なものを、ウッカリ壊さないように。
赤い瞳から落ちる涙を、見るような羽目になってしまったら、お互い、悲しすぎるから…。
壊しちまったら・了
※愛用のカップを壊しそうになった、ハーレイ先生。割れずに済んで、コーヒーの時間。
けれど、将来、一緒に暮らすブルー君にも、大切なカップとかがありそう。注意しないとv
「ねえ、ハーレイ。余った時間は、有効に…」
使うべきだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 余った時間…?」
今は、そういう時間なのか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーの家を訪ねて来たのは、今日の朝食が済んだ後。
天気がいいからと、歩いて家を出て来た。
(とはいえ、時計は、ちゃんと見てたし…)
ブルーの家に着いた時間は、車の時と変わっていない。
早いわけでも、遅すぎもしない、丁度いい頃。
(朝飯の片付けとかが、終わった後で…)
ブルーの両親も、のんびりしている、そういう時刻。
(それから、ずっと、この家で…)
お茶を飲んだり、昼食を食べたりといった具合で今に至る。
(…俺とこうして過ごす時間は、ブルーには…)
余った時間になっちまうのか、とハーレイは衝撃を受けた。
ブルーが喜ぶと思うからこそ、都合をつけて来ているのに。
(…こんなことなら…)
親父と出掛ければ良かったかもな、と少し悔しい。
先日、釣り好きの父が、ハーレイの家に通信を寄越した。
「次の週末、釣りに行くから、一緒にどうだ」と。
(…俺はブルーが最優先だと、親父も知っているんだが…)
わざわざ誘って来るということは、特別な釣りに違いない。
だから「何を釣るんだ?」と、即座に尋ねた。
父は嬉しそうな声で、「分かったか?」と更に誘って来た。
「釣り仲間で、船をチャーターするんだ、大物だぞ」と。
(大物は、船の話じゃなくてだな…)
滅多に釣れない、美味と評判の大型の魚。
鍋の食材で人気だけれども、高級魚としても名高い。
(…なにしろ、そうそう釣れやしないし…)
釣れるポイントも、限られている。
漁師が網を入れただけでは、獲れない魚だとも聞く。
(…親父が行くなら、勝算の方は充分で…)
天気の方も、釣れそうな時期も、見定めての釣行の旅。
(…そっちに行ってりゃ、今頃は…)
大海原から陸を見ながら、船の上で釣りの最中だろう。
運が良ければ、ハーレイの糸に、お目当ての…。
(デカい魚が食い付いてくれて、皆で大騒ぎで…)
掬い揚げようと網を持った者やら、「外すなよ!」の声援。
最高の休日になっていたかもしれない。
失敗したな、とハーレイはフウと溜息をついた。
(余った時間になっていたとは…)
情けないぞ、と心の中で嘆いた所へ、ブルーが尋ねる。
「ハーレイ? 何か、勘違いしていない?」
「勘違い?」
「うん。溜息なんか、ついちゃってるし…」
今のことだと思っちゃったの、と赤い瞳が瞬いた。
「ぼくが言うのは、違うんだけど…」
「そうだったのか?」
つい早合点をしちまった、とハーレイは、ホッと安心した。
違うのだったら、ブルーの家に来ていて正解。
釣りの旅より、ブルーと過ごす休日の方が、遥かに楽しい。
けれど、そうなら、余った時間というものは…。
「おい。それじゃ、余った時間は、いつを指すんだ?」
問い掛けてみると、ブルーは、直ぐに答えた。
「えっとね…。ぽっかりと空いた時間、あるでしょ?」
宿題が早く終わった時とか…、と説明もついた。
「本を読んでても、思ったよりも早く読み終わるとか…」
「あるな、俺にも」
宿題じゃなくて本の方だが、とハーレイは苦笑いする。
流石に、今の年では宿題は無い。
「そうでしょ? そういう時間のことだってば」
有効に使うべきだと思わない、とブルーは首を傾げた。
「余ったからって、昼寝するよりは…」
「そうだな、夜に時間が余ったのなら、違うんだが…」
夜なら断然、寝た方がいい、とハーレイは説いた。
遅い時間まで起きているより、早寝早起きが効率がいい。
子供はもちろん、大人の場合も同じことだ、と。
「しかし、昼だと、変わって来るぞ」
「有効活用する方にでしょ?」
「うむ。もっとも、それが昼寝になる時だって…」
あるわけだから、気を付けろよ、と念を押す。
「睡眠不足や、疲れ気味の時なら、昼寝がいいんだ」
「そうかもね…。でも…」
オススメは有効活用だよね、とブルーは微笑む。
「ぼくも、有効活用したいんだけど」と。
「だってね、時間、余ってるから…」
「さっき、違うと言わなかったか?」
「今だけど、今じゃないんだってば!」
最後まで、ちゃんと聞いてよね、とブルーは唇を尖らせた。
「ぼくの時間が、うんと余っているんだよ、今!」
だって、育っていないから、とブルーの口から零れる溜息。
「前のぼくと同じに育つまでの間、余っちゃってる」と。
(そう来たか…!)
此処で頷いたら、俺の負けだぞ、とハーレイは悟った。
ブルーが繰り返す「有効活用」の正体は…。
「分かった、その時間、有効活用したいんだな?」
「そう! 有効活用してもいいの?」
許してくれる、と赤い瞳が煌めいている。
「もちろんだとも。まずは、深呼吸を一つしてだな…」
「次は、キスだね?」
「馬鹿か、お前は?」
深呼吸の次は、ストレッチだ、とハーレイは笑んだ。
「お前みたいに弱いヤツには、オススメだぞ?」
軽い運動で、夜もぐっすり眠れるし、と床を指差す。
「教えてやるから、床に座れ」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そうじゃないよ、と慌てるブルーに、ハーレイは涼しい顔。
「いや、合ってる」と、「時間は有効活用だ」と。
「背丈だって、早く伸びるかもな」と、床に座って…。
余った時間は・了
使うべきだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 余った時間…?」
今は、そういう時間なのか、とハーレイは目を丸くした。
ブルーの家を訪ねて来たのは、今日の朝食が済んだ後。
天気がいいからと、歩いて家を出て来た。
(とはいえ、時計は、ちゃんと見てたし…)
ブルーの家に着いた時間は、車の時と変わっていない。
早いわけでも、遅すぎもしない、丁度いい頃。
(朝飯の片付けとかが、終わった後で…)
ブルーの両親も、のんびりしている、そういう時刻。
(それから、ずっと、この家で…)
お茶を飲んだり、昼食を食べたりといった具合で今に至る。
(…俺とこうして過ごす時間は、ブルーには…)
余った時間になっちまうのか、とハーレイは衝撃を受けた。
ブルーが喜ぶと思うからこそ、都合をつけて来ているのに。
(…こんなことなら…)
親父と出掛ければ良かったかもな、と少し悔しい。
先日、釣り好きの父が、ハーレイの家に通信を寄越した。
「次の週末、釣りに行くから、一緒にどうだ」と。
(…俺はブルーが最優先だと、親父も知っているんだが…)
わざわざ誘って来るということは、特別な釣りに違いない。
だから「何を釣るんだ?」と、即座に尋ねた。
父は嬉しそうな声で、「分かったか?」と更に誘って来た。
「釣り仲間で、船をチャーターするんだ、大物だぞ」と。
(大物は、船の話じゃなくてだな…)
滅多に釣れない、美味と評判の大型の魚。
鍋の食材で人気だけれども、高級魚としても名高い。
(…なにしろ、そうそう釣れやしないし…)
釣れるポイントも、限られている。
漁師が網を入れただけでは、獲れない魚だとも聞く。
(…親父が行くなら、勝算の方は充分で…)
天気の方も、釣れそうな時期も、見定めての釣行の旅。
(…そっちに行ってりゃ、今頃は…)
大海原から陸を見ながら、船の上で釣りの最中だろう。
運が良ければ、ハーレイの糸に、お目当ての…。
(デカい魚が食い付いてくれて、皆で大騒ぎで…)
掬い揚げようと網を持った者やら、「外すなよ!」の声援。
最高の休日になっていたかもしれない。
失敗したな、とハーレイはフウと溜息をついた。
(余った時間になっていたとは…)
情けないぞ、と心の中で嘆いた所へ、ブルーが尋ねる。
「ハーレイ? 何か、勘違いしていない?」
「勘違い?」
「うん。溜息なんか、ついちゃってるし…」
今のことだと思っちゃったの、と赤い瞳が瞬いた。
「ぼくが言うのは、違うんだけど…」
「そうだったのか?」
つい早合点をしちまった、とハーレイは、ホッと安心した。
違うのだったら、ブルーの家に来ていて正解。
釣りの旅より、ブルーと過ごす休日の方が、遥かに楽しい。
けれど、そうなら、余った時間というものは…。
「おい。それじゃ、余った時間は、いつを指すんだ?」
問い掛けてみると、ブルーは、直ぐに答えた。
「えっとね…。ぽっかりと空いた時間、あるでしょ?」
宿題が早く終わった時とか…、と説明もついた。
「本を読んでても、思ったよりも早く読み終わるとか…」
「あるな、俺にも」
宿題じゃなくて本の方だが、とハーレイは苦笑いする。
流石に、今の年では宿題は無い。
「そうでしょ? そういう時間のことだってば」
有効に使うべきだと思わない、とブルーは首を傾げた。
「余ったからって、昼寝するよりは…」
「そうだな、夜に時間が余ったのなら、違うんだが…」
夜なら断然、寝た方がいい、とハーレイは説いた。
遅い時間まで起きているより、早寝早起きが効率がいい。
子供はもちろん、大人の場合も同じことだ、と。
「しかし、昼だと、変わって来るぞ」
「有効活用する方にでしょ?」
「うむ。もっとも、それが昼寝になる時だって…」
あるわけだから、気を付けろよ、と念を押す。
「睡眠不足や、疲れ気味の時なら、昼寝がいいんだ」
「そうかもね…。でも…」
オススメは有効活用だよね、とブルーは微笑む。
「ぼくも、有効活用したいんだけど」と。
「だってね、時間、余ってるから…」
「さっき、違うと言わなかったか?」
「今だけど、今じゃないんだってば!」
最後まで、ちゃんと聞いてよね、とブルーは唇を尖らせた。
「ぼくの時間が、うんと余っているんだよ、今!」
だって、育っていないから、とブルーの口から零れる溜息。
「前のぼくと同じに育つまでの間、余っちゃってる」と。
(そう来たか…!)
此処で頷いたら、俺の負けだぞ、とハーレイは悟った。
ブルーが繰り返す「有効活用」の正体は…。
「分かった、その時間、有効活用したいんだな?」
「そう! 有効活用してもいいの?」
許してくれる、と赤い瞳が煌めいている。
「もちろんだとも。まずは、深呼吸を一つしてだな…」
「次は、キスだね?」
「馬鹿か、お前は?」
深呼吸の次は、ストレッチだ、とハーレイは笑んだ。
「お前みたいに弱いヤツには、オススメだぞ?」
軽い運動で、夜もぐっすり眠れるし、と床を指差す。
「教えてやるから、床に座れ」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そうじゃないよ、と慌てるブルーに、ハーレイは涼しい顔。
「いや、合ってる」と、「時間は有効活用だ」と。
「背丈だって、早く伸びるかもな」と、床に座って…。
余った時間は・了
(今日はハーレイ、疲れたのかな…?)
忙しくって、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…仕事の帰りに、寄れなかったっていうことは…)
長引くような会議があったか、柔道部の部活で何かあったのかもしれない。
もっとも、ハーレイが仕事帰りに寄らないことは、そう珍しくはないけれど…。
(他の先生たちと食事に行ってるってことも、あるもんね…)
お仕事とは限らないんだよ、と思うけれども、何故だか、今日は違う方へと思考が行った。
「ハーレイ、お仕事で疲れちゃったかな?」と、ブルー自身でも意外な方向へ。
(……うーん……)
今のハーレイ、前のハーレイとは違うものね、と仕事の中身を比べてみる。
古典の教師が今のハーレイ、前のハーレイの職とは違う。
キャプテン・ハーレイの激務からすれば、今の仕事は楽だと言ってもいいだろう。
(疲れちゃったら、いつでも休憩出来るわけだし…)
不眠不休でブリッジなんて、ないわけだから、と分かってはいる。
とはいえ、今のハーレイにしても、疲れる時は、きっとある筈。
(…そんな時でも、ぼくが待っているから…)
無理して家に来てくれてるのかも、と気付いたら、申し訳ない気分になった。
「なんで、来てくれなかったの?」などと、何度も口にしているから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
そんなの、ちっとも思わなくって…、と心の中で、ハーレイに詫びた。
ハーレイは、何ブロックも離れた所にいるし、詫びても届きはしないけれども。
ごめんなさい、と頭も下げて、今後、我儘は控えるべきだと思う。
ハーレイが来られない日が続いた時でも、不満そうな顔で迎えたりはしないで。
(……だけど……)
今日の決心、何処まで忘れずにいられるかな、と自信はまるで無かったりする。
一晩、ぐっすり眠ってしまえば、明日の朝には…。
(綺麗サッパリ、忘れちゃってて…)
明日、ハーレイが寄ってくれたら、ハーレイのことなど考えもせずに、こう言いそう。
「昨日は、なんで来なかったの?」と、すっかり馴染んでしまった言葉を。
(…ホントに、ごめん…!)
忙しくって疲れてるんなら、ホントにごめん、と再び心で詫びるしかない。
「明日には、文句を言っちゃうかも」と、「今は、きちんと謝ってるから」と言い訳をして。
(…ぼくって、ダメだ…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」って言われるんだよね、とションボリとする。
時の彼方の自分だったら、こういう風にはならなかったから。
(……前のぼくなら、ハーレイの仕事が忙しいのも、よく分かってて…)
我儘など言いはしなかった。
逆に気遣い、「今日は報告に来なくていいよ」と気を回したほど。
キャプテンからの報告だったら、翌朝、纏めて聞けばいいのだから、と。
(…元々、そういう仕組みだったし…)
ソルジャーとキャプテン、船を纏める二人が一度は必ず、会えるようにと決まりがあった。
毎朝、朝食を二人で摂ること。
ハーレイが青の間を訪れ、朝食を作る係が二人の分を用意する。
その朝食を食べる間に、ハーレイは報告をすればいい。
(ついでに、ハーレイが休めないほど、忙しくても…)
朝食だけは「きちんと座って食べられる」わけだし、丁度いいから、と船で決められた。
「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、朝食でしか会えない時が何日続こうが…。
(文句なんかは言わなかったし、もっと休んで、って…)
前のハーレイに頼んでたのに、と今の自分が情けない。
ハーレイが家に来ないと不満で、頬を膨らませることもあるなんて。
(ホントに、ダメすぎ…)
でも、子供だから許してよ、とハーレイに、またまた頭を下げた。
「大きくなったら、言わないから」と、「ホントに、チビの今だけだから」と。
(…ホントだってば…!)
大きくなったら、ちゃんと出来るよ、と未来の姿を考えてみる。
ハーレイと二人で暮らす頃には、出来るようになっているだろう。
(…ハーレイが家に帰る時間が、うんと遅くになったって…)
頬っぺたを膨らませて迎えはしないで、「おかえりなさい!」と、明るい笑顔。
「遅い時間まで、お疲れ様」と、「ご飯の用意は、出来てるんだよ」と気遣いもして。
(…ご飯、ハーレイが作るって言っているけれど…)
そのハーレイが忙しい日は、代わりに頑張って作るべき。
下手くそだろうが、焦げていようが、作らないよりはマシだろう。
(うん、きっと…!)
それに…、と想像の翼が広がってゆく。
逆に「ブルーが」疲れていたって、大きく育ったブルーなら…。
(ハーレイのことを、ちゃんと考えて…)
迷惑をかけてしまわないよう、自分の面倒を見てやれそう。
「疲れちゃった」などと言いはしないで、「今日は、ちょっぴり眠いから」と言い換えて。
(…それならハーレイ、心配したりはしないしね…)
そして早めにゆっくり眠れば、次の朝には元通り。
仕事に出掛けるハーレイに手を振り、出勤してゆく車を見送る。
今のままの「チビのブルー」だったら、寝込んでしまうような事態を、上手く回避して。
(…そうだよ、前のぼくには出来たし…)
疲れていたって、うんと頑張ったしね、と思ったはずみに、頭に浮かんだ遠い出来事。
(……ジョミーを追い掛けた時と、メギドと……)
頑張った結果は、どうだったっけ、と振り返ってみたら、二つとも、ろくなことではなかった。
ジョミーを追い掛けて飛んだ後には、すっかり力が尽きてしまって…。
(一年くらいは持ったけれども、その後に…)
十五年間も深く眠ってしまって、前のハーレイを一人ぼっちにする始末。
何度、青の間に来て話し掛けても、反応さえもしなかったから。
(……メギドの方だと、もっと酷くて……)
ハーレイは、本当に「独りぼっち」になってしまった。
白い船の中の何処を探してみたって、「ブルー」の魂さえも見付けられなくて。
もしかして…、と考えを整理してみて、ブルーは首を傾げる。
(疲れていたって、頑張れるっていうの、ぼくの場合は…)
向いていないのかも、という気がしないでもない。
「ハーレイのためなら、頑張れるよ」と、疲れていたって、頑張ったなら…。
(…結果的には、大迷惑とか…?)
まるで無いとは言えないよね、と自信が一気に揺らぎ始めた。
「行ってらっしゃい!」とハーレイの車を見送った後で、具合が悪くなるかもしれない。
クラリと眩暈で、床に座り込んでしまうだとか。
(…それっきり、二度と立てなくて…)
家にはブルーだけしかいないし、水も食べ物も届きはしない。
これが両親と暮らす家なら、たちまち母が気付くだろうに。
母が外出していた時でも、家に帰れば直ぐに気付いて、パタパタと…。
(水が飲めるか聞いてくれたり、お医者さんに電話をしてみたり…)
ブルーが自分で動けないなら、毛布を運んでくれたりもする。
それから急いで父に連絡、病院に連れてゆくための手配。
父が仕事で帰れないのなら、タクシーを呼んで…。
(運転手さんに頼んで、ぼくを運んで貰って…)
急いで病院、着いたら直ぐに診察になる。
必要な処置さえして貰えたら、薬を貰って家に帰って、後はベッドで眠ればいい。
早く治って楽になるよう、食事もベッドまで届けて貰って。
(…でも、ハーレイと二人だったら…)
誰も面倒を見てくれないから、そのまま時間が経ってゆくだけ。
座り込んで直ぐに、水を運んで貰えていたなら、その場で治ったような程度でも…。
(その水、何処からも届かないから…)
具合は悪くなってゆく一方で、座ってさえもいられなくなる。
(もう無理だよ、って…)
パタリと倒れて、それきり起き上がることも出来ない。
そうする間に、意識も薄れてゆくのだろう。
「ハーレイ、早く帰らないかな…」と、何処かで、ぼんやり考えながら。
意識を失くしてしまった後には、打つ手は全く無いわけで…。
(もしもハーレイ、うんと疲れて、遅い時間に帰って来たら…)
ブルーは「手遅れ」になっているかもしれない。
「おい、どうした!」と、ハーレイが慌てて駆け寄って来ても、声が返りはしなくって。
掴んでみた手は、とうに冷たくなってしまって、脈さえも無くて。
(…あんまりだから!)
それって、あんまりすぎるから、とブルー自身も恐ろしくなった。
いくら虚弱な体質とはいえ、死んでしまうほどのものではない。
とはいえ、この先、どんな病に罹るかなんて、未来のことなど分かりはしない。
(…今の時代は、前のぼくたちの頃よりも…)
医療も進歩しているけれども、百パーセントとは言えないだろう。
手当てが遅くなった場合は、どうにも出来ない病気もある。
そういう病気に「ブルー」が罹って、知らずに無理をしたならば…。
(疲れちゃった、って思っていたって、頑張って…)
ハーレイを気遣い、笑顔で見送った後に、悲劇が待っているかもしれない。
仕事を終えて戻ったハーレイには、「迎えてくれるブルー」は、もう、いなくなって。
(…最悪すぎだよ…!)
前のぼくより酷い気がする、と自分でも思う。
ハーレイが家に帰って来た時、「ブルーが、いなくなっている」なんて。
(そんなの、いくらハーレイだって…)
まるで思ってもいないことだし、衝撃は前の生よりも…。
(うんと大きくて、呆然として…)
ハーレイも、その場で倒れてしまいかねない。
「今度は、死ぬ時も一緒なんだよ」と、なまじ、約束しているだけに。
その約束を守るどころか、ブルーを「一人で逝かせてしまった」ショックで。
(…ハーレイの心臓、止まっちゃいそう…)
ちょっと遅れて、ぼくに追い付けるんだけど、と少し思いはするけれど…。
(駄目だよ、ハーレイ、悲しすぎるし…!)
前のぼくよりも酷い「お別れ」なんて、と考えただけで心が叫び出しそう。
「それはダメだよ」と、「ハーレイを置いて、一人ぼっちで行っちゃうなんて!」と。
(……そうなると……)
疲れていたって、頑張れそうでも、頑張らない方がいいのかも、と未来の自分を頭に描く。
「頑張る程度によるだろうけど、全力はダメ」と、真剣に。
そこそこ力を抜いていないと、待っているのは悲劇なのかもしれないしね、と。
(…晩ご飯を代わりに作るにしたって、凝ったのじゃなくて、手抜き料理で…)
インスタントでもいいくらいかな、とズレた思考になりそうだけれど、それが良さそう。
「疲れていたって、頑張った」結果は、前の自分が酷かったから。
今の「ブルー」がやった場合は、それよりも酷い結末になってしまいそうだから。
(…疲れていたって、ハーレイのためなら…)
頑張りたいし、頑張れるけど…、と自分自身に言い聞かせる。
「ほどほどにね」と、遠い未来の自分に向かって。
「頑張りすぎたら、最悪だから」と、「ハーレイのためには、ならないんだから」と…。
疲れていたって・了
※ハーレイのためなら、疲れている時でも頑張れる、と考えたブルー君ですけれど。
未来のブルー君が頑張った結果は、前よりも酷い悲劇なのかも。頑張るのなら、ほどほどにv
忙しくって、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…仕事の帰りに、寄れなかったっていうことは…)
長引くような会議があったか、柔道部の部活で何かあったのかもしれない。
もっとも、ハーレイが仕事帰りに寄らないことは、そう珍しくはないけれど…。
(他の先生たちと食事に行ってるってことも、あるもんね…)
お仕事とは限らないんだよ、と思うけれども、何故だか、今日は違う方へと思考が行った。
「ハーレイ、お仕事で疲れちゃったかな?」と、ブルー自身でも意外な方向へ。
(……うーん……)
今のハーレイ、前のハーレイとは違うものね、と仕事の中身を比べてみる。
古典の教師が今のハーレイ、前のハーレイの職とは違う。
キャプテン・ハーレイの激務からすれば、今の仕事は楽だと言ってもいいだろう。
(疲れちゃったら、いつでも休憩出来るわけだし…)
不眠不休でブリッジなんて、ないわけだから、と分かってはいる。
とはいえ、今のハーレイにしても、疲れる時は、きっとある筈。
(…そんな時でも、ぼくが待っているから…)
無理して家に来てくれてるのかも、と気付いたら、申し訳ない気分になった。
「なんで、来てくれなかったの?」などと、何度も口にしているから。
(…ごめんね、ハーレイ…)
そんなの、ちっとも思わなくって…、と心の中で、ハーレイに詫びた。
ハーレイは、何ブロックも離れた所にいるし、詫びても届きはしないけれども。
ごめんなさい、と頭も下げて、今後、我儘は控えるべきだと思う。
ハーレイが来られない日が続いた時でも、不満そうな顔で迎えたりはしないで。
(……だけど……)
今日の決心、何処まで忘れずにいられるかな、と自信はまるで無かったりする。
一晩、ぐっすり眠ってしまえば、明日の朝には…。
(綺麗サッパリ、忘れちゃってて…)
明日、ハーレイが寄ってくれたら、ハーレイのことなど考えもせずに、こう言いそう。
「昨日は、なんで来なかったの?」と、すっかり馴染んでしまった言葉を。
(…ホントに、ごめん…!)
忙しくって疲れてるんなら、ホントにごめん、と再び心で詫びるしかない。
「明日には、文句を言っちゃうかも」と、「今は、きちんと謝ってるから」と言い訳をして。
(…ぼくって、ダメだ…)
こんなのだから、ハーレイに「チビだ」って言われるんだよね、とションボリとする。
時の彼方の自分だったら、こういう風にはならなかったから。
(……前のぼくなら、ハーレイの仕事が忙しいのも、よく分かってて…)
我儘など言いはしなかった。
逆に気遣い、「今日は報告に来なくていいよ」と気を回したほど。
キャプテンからの報告だったら、翌朝、纏めて聞けばいいのだから、と。
(…元々、そういう仕組みだったし…)
ソルジャーとキャプテン、船を纏める二人が一度は必ず、会えるようにと決まりがあった。
毎朝、朝食を二人で摂ること。
ハーレイが青の間を訪れ、朝食を作る係が二人の分を用意する。
その朝食を食べる間に、ハーレイは報告をすればいい。
(ついでに、ハーレイが休めないほど、忙しくても…)
朝食だけは「きちんと座って食べられる」わけだし、丁度いいから、と船で決められた。
「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、朝食でしか会えない時が何日続こうが…。
(文句なんかは言わなかったし、もっと休んで、って…)
前のハーレイに頼んでたのに、と今の自分が情けない。
ハーレイが家に来ないと不満で、頬を膨らませることもあるなんて。
(ホントに、ダメすぎ…)
でも、子供だから許してよ、とハーレイに、またまた頭を下げた。
「大きくなったら、言わないから」と、「ホントに、チビの今だけだから」と。
(…ホントだってば…!)
大きくなったら、ちゃんと出来るよ、と未来の姿を考えてみる。
ハーレイと二人で暮らす頃には、出来るようになっているだろう。
(…ハーレイが家に帰る時間が、うんと遅くになったって…)
頬っぺたを膨らませて迎えはしないで、「おかえりなさい!」と、明るい笑顔。
「遅い時間まで、お疲れ様」と、「ご飯の用意は、出来てるんだよ」と気遣いもして。
(…ご飯、ハーレイが作るって言っているけれど…)
そのハーレイが忙しい日は、代わりに頑張って作るべき。
下手くそだろうが、焦げていようが、作らないよりはマシだろう。
(うん、きっと…!)
それに…、と想像の翼が広がってゆく。
逆に「ブルーが」疲れていたって、大きく育ったブルーなら…。
(ハーレイのことを、ちゃんと考えて…)
迷惑をかけてしまわないよう、自分の面倒を見てやれそう。
「疲れちゃった」などと言いはしないで、「今日は、ちょっぴり眠いから」と言い換えて。
(…それならハーレイ、心配したりはしないしね…)
そして早めにゆっくり眠れば、次の朝には元通り。
仕事に出掛けるハーレイに手を振り、出勤してゆく車を見送る。
今のままの「チビのブルー」だったら、寝込んでしまうような事態を、上手く回避して。
(…そうだよ、前のぼくには出来たし…)
疲れていたって、うんと頑張ったしね、と思ったはずみに、頭に浮かんだ遠い出来事。
(……ジョミーを追い掛けた時と、メギドと……)
頑張った結果は、どうだったっけ、と振り返ってみたら、二つとも、ろくなことではなかった。
ジョミーを追い掛けて飛んだ後には、すっかり力が尽きてしまって…。
(一年くらいは持ったけれども、その後に…)
十五年間も深く眠ってしまって、前のハーレイを一人ぼっちにする始末。
何度、青の間に来て話し掛けても、反応さえもしなかったから。
(……メギドの方だと、もっと酷くて……)
ハーレイは、本当に「独りぼっち」になってしまった。
白い船の中の何処を探してみたって、「ブルー」の魂さえも見付けられなくて。
もしかして…、と考えを整理してみて、ブルーは首を傾げる。
(疲れていたって、頑張れるっていうの、ぼくの場合は…)
向いていないのかも、という気がしないでもない。
「ハーレイのためなら、頑張れるよ」と、疲れていたって、頑張ったなら…。
(…結果的には、大迷惑とか…?)
まるで無いとは言えないよね、と自信が一気に揺らぎ始めた。
「行ってらっしゃい!」とハーレイの車を見送った後で、具合が悪くなるかもしれない。
クラリと眩暈で、床に座り込んでしまうだとか。
(…それっきり、二度と立てなくて…)
家にはブルーだけしかいないし、水も食べ物も届きはしない。
これが両親と暮らす家なら、たちまち母が気付くだろうに。
母が外出していた時でも、家に帰れば直ぐに気付いて、パタパタと…。
(水が飲めるか聞いてくれたり、お医者さんに電話をしてみたり…)
ブルーが自分で動けないなら、毛布を運んでくれたりもする。
それから急いで父に連絡、病院に連れてゆくための手配。
父が仕事で帰れないのなら、タクシーを呼んで…。
(運転手さんに頼んで、ぼくを運んで貰って…)
急いで病院、着いたら直ぐに診察になる。
必要な処置さえして貰えたら、薬を貰って家に帰って、後はベッドで眠ればいい。
早く治って楽になるよう、食事もベッドまで届けて貰って。
(…でも、ハーレイと二人だったら…)
誰も面倒を見てくれないから、そのまま時間が経ってゆくだけ。
座り込んで直ぐに、水を運んで貰えていたなら、その場で治ったような程度でも…。
(その水、何処からも届かないから…)
具合は悪くなってゆく一方で、座ってさえもいられなくなる。
(もう無理だよ、って…)
パタリと倒れて、それきり起き上がることも出来ない。
そうする間に、意識も薄れてゆくのだろう。
「ハーレイ、早く帰らないかな…」と、何処かで、ぼんやり考えながら。
意識を失くしてしまった後には、打つ手は全く無いわけで…。
(もしもハーレイ、うんと疲れて、遅い時間に帰って来たら…)
ブルーは「手遅れ」になっているかもしれない。
「おい、どうした!」と、ハーレイが慌てて駆け寄って来ても、声が返りはしなくって。
掴んでみた手は、とうに冷たくなってしまって、脈さえも無くて。
(…あんまりだから!)
それって、あんまりすぎるから、とブルー自身も恐ろしくなった。
いくら虚弱な体質とはいえ、死んでしまうほどのものではない。
とはいえ、この先、どんな病に罹るかなんて、未来のことなど分かりはしない。
(…今の時代は、前のぼくたちの頃よりも…)
医療も進歩しているけれども、百パーセントとは言えないだろう。
手当てが遅くなった場合は、どうにも出来ない病気もある。
そういう病気に「ブルー」が罹って、知らずに無理をしたならば…。
(疲れちゃった、って思っていたって、頑張って…)
ハーレイを気遣い、笑顔で見送った後に、悲劇が待っているかもしれない。
仕事を終えて戻ったハーレイには、「迎えてくれるブルー」は、もう、いなくなって。
(…最悪すぎだよ…!)
前のぼくより酷い気がする、と自分でも思う。
ハーレイが家に帰って来た時、「ブルーが、いなくなっている」なんて。
(そんなの、いくらハーレイだって…)
まるで思ってもいないことだし、衝撃は前の生よりも…。
(うんと大きくて、呆然として…)
ハーレイも、その場で倒れてしまいかねない。
「今度は、死ぬ時も一緒なんだよ」と、なまじ、約束しているだけに。
その約束を守るどころか、ブルーを「一人で逝かせてしまった」ショックで。
(…ハーレイの心臓、止まっちゃいそう…)
ちょっと遅れて、ぼくに追い付けるんだけど、と少し思いはするけれど…。
(駄目だよ、ハーレイ、悲しすぎるし…!)
前のぼくよりも酷い「お別れ」なんて、と考えただけで心が叫び出しそう。
「それはダメだよ」と、「ハーレイを置いて、一人ぼっちで行っちゃうなんて!」と。
(……そうなると……)
疲れていたって、頑張れそうでも、頑張らない方がいいのかも、と未来の自分を頭に描く。
「頑張る程度によるだろうけど、全力はダメ」と、真剣に。
そこそこ力を抜いていないと、待っているのは悲劇なのかもしれないしね、と。
(…晩ご飯を代わりに作るにしたって、凝ったのじゃなくて、手抜き料理で…)
インスタントでもいいくらいかな、とズレた思考になりそうだけれど、それが良さそう。
「疲れていたって、頑張った」結果は、前の自分が酷かったから。
今の「ブルー」がやった場合は、それよりも酷い結末になってしまいそうだから。
(…疲れていたって、ハーレイのためなら…)
頑張りたいし、頑張れるけど…、と自分自身に言い聞かせる。
「ほどほどにね」と、遠い未来の自分に向かって。
「頑張りすぎたら、最悪だから」と、「ハーレイのためには、ならないんだから」と…。
疲れていたって・了
※ハーレイのためなら、疲れている時でも頑張れる、と考えたブルー君ですけれど。
未来のブルー君が頑張った結果は、前よりも酷い悲劇なのかも。頑張るのなら、ほどほどにv
