「ねえ、ハーレイ。…鍛えるのは好き?」
いつも運動しているよね、と小さなブルーがぶつけた質問。
休日の午後に、ブルーの部屋で二人きりの時間に。
「それはまあ…。好きと言うより、性分だな」
鍛えないと身体がなまっちまう、と答えたハーレイ。
柔道にしても水泳にしても、基礎になるのは自分の肉体。
どんなに優れた技を身に付けても、身体が衰えれば使えなくなる。
手足はもちろん、全身をきちんと常に鍛えておかないと。
「…それでジョギングしているの?」
お休みの日にも走るんだよね、とブルーは興味津々だから。
「あれが一番、手軽だな。思い立った時に走れるだろう?」
ジムに出掛けて泳ぐのもいいが、いつでも開いてるわけじゃない。
その点、ジョギングは時間もコースも、俺の都合で好きに出来るし。
朝早くてまだ暗い内でも、夜遅くでも走れるもんだ、と話してやる。
そういう時間に走っていたって、同好の士に出会えると。
「本当だぞ? お前がグッスリ眠っているような時間でも、だ…」
ジョギング好きの人にとっては、立派に活動時間だってな。
せっせと走って身体を鍛える、そのために何人も走っているぞ。
街灯が灯っている時間でも、と教えてやった。
「俺もその中の一人だよな」と。
ブルーは「ふうん…」と感心しきりで、「凄いね」と笑顔。
「ハーレイ、頑張ってるんだね」と。
体力が落ちてしまわないよう、いつも鍛えている身体。
そうやって鍛え続けていたなら、もっともっと強くなれるの、と。
「どうなの、ハーレイ? もっと強くなれる?」
「決まってるだろう、弱くなることは有り得んな」
鍛えてやれば、と大きく頷く。
身体を鍛えれば鍛えた分だけ、技などの切れも良くなるから。
そうは言っても、向き不向きがあるのが人というもの。
虚弱に生まれたブルーの身体は、鍛えようとすれば悲鳴を上げる。
体育の授業も見学が多いほどなのだから、じきに壊れてしまう肉体。
だからブルーの顔を見詰めた。「無茶するなよ?」と。
「いいか、お前は鍛えなくてもいいからな」
お前の分まで俺が頑張って鍛えておくから、お前は今のままでいい。
鍛えようとか、強くなろうとか、考えなくても。
今度は俺が守ってやる、と微笑み掛けた。「俺に任せろ」と。
「んーと…。だったら、もっと鍛えてくれる?」
ぼくがお願いした分だけ、と赤い瞳が瞬いた。
「もっと鍛えて欲しいんだけど」と、「もっと凄く」と。
「ふむ…。お前、今だとまだ足りないのか?」
今の俺でも、お前くらいは片手で楽に抱えられるが、と請け合った。
ブルーの軽い身体だったら、本当に片手で軽々と持てる。
前と同じに育った時にも、それは変わらないと思うから。
そうしたら…。
「違うよ、今からうんと鍛えて!」
前のハーレイよりも凄くなってよ、と身を乗り出したブルー。
「前よりも上手なキスがいいな」と、「今から練習」と。
会う度にキスを重ねていたなら、きっと上達する筈のキス。
それを今から鍛えて欲しいと、「ぼくも練習に付き合うから」と。
「…キスだって!?」
そいつは鍛えなくてもいい、とハーレイが小突いたブルーの額。
「お前が練習に付き合えるようになるまでは」と。
チビの間は「全く鍛える必要は無い」と、「俺も、お前も」と。
ブルーはプウッと膨れたけれども、鍛える気にはならないキス。
まだまだキスは早すぎるから。
小さなブルーには、頬と額へのキスで充分なのだから…。
鍛えるのは好き?
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は訪ねて来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は生徒と教師だけれど。
十四歳にしかならない自分は、ハーレイが勤める学校に通う生徒だけれど。
(会議が長引いちゃったのかな?)
ハーレイの帰りが遅くなった理由。仕事帰りに此処を訪ねてくれなかった原因。
会議だろうと思うけれども、もしかしたら柔道部だろうか。
部員の一人が怪我をしたなら、とても大変で気の毒だけれど。
(そうじゃなくって、特別に指導…)
いつもより長く、一人一人に目を配って。「今日は調子が良さそうだな?」と。
そんな日だってあるかもしれない、ハーレイの気分が乗ったなら。
部員たちの方もやる気満々、「先生、よろしくお願いします!」と揃って頭を下げたなら。
(…柔道部員に盗られちゃった?)
今日のハーレイ、と悲しい気分。
そうと決まったわけでもないのに、「ひょっとしたら」と塞がる胸。
家でハーレイを待っていたのに、そのハーレイは柔道部員たちといたのだろうか、と。
指導の後には「腹が減ったろ?」と、何か御馳走しただとか。
(ハーレイが、浮気…)
いきなりポンと浮かんだ言葉。
「今日はハーレイ、浮気したかも」と、「ぼくを放って行っちゃったよ」と。
この部屋でお茶とお菓子の代わりに、柔道部員たちとジュースとか。
「頑張ったな」と近くの店に出掛けて、アイスクリームや、軽い食事や。
まるで無いとは言えないから。…クラブによっては、そういう話も耳にするから。
運動の後にはお腹がすっかり減ってしまうクラブ、陸上部だとか他にも色々。
顧問の先生たちが、たまに御馳走するという。
クラブ活動を終えた後には、みんなで店に出掛けて行って。
(…ハーレイの噂は聞かないけれど…)
聖痕を持った自分の守り役、そういう役目があるハーレイ。
そのせいなのか、いつも優先して貰えるのがチビの自分。
柔道部員の生徒たちより、彼らを連れて食事や遊びに出掛けるよりも。
(でも、お休みの日に家に呼んだり…)
していることは確かなのだし、自分の耳には入らないだけで、例外だってあるかもしれない。
「今日は御馳走してやるからな」と、柔道部員たちと繰り出す放課後。
クラブ活動が終わった後で。
この家を訪ねて来てくれる代わりに、柔道部員たちを引き連れて。
(浮気しちゃったかな…?)
ぼくを放って、と悲しいけれども、仕方ない。
もしも自分が丈夫だったら、きっと入った柔道部。…ハーレイと一緒にいたいから。
学校では「ハーレイ先生」でも。
礼儀作法に厳しい柔道、ハーレイに学校の中で会ったら、深々とお辞儀が必要でも。
そうなっていても、柔道部に入ったことだろう。
入れていたなら、ハーレイの家にも遊びに行けた。他の部員たちと一緒でも。
チビの自分が大きくなるまで、二度と呼んでは貰えない家。
其処へワイワイ出掛けて行っては、賑やかに騒げた筈だった。
柔道部員の御用達だという、徳用袋の美味しいクッキーを食べて。
夏には庭でバーベキューもして、ハーレイの家で楽しめた。
身体が丈夫だったなら。柔道部に入ることが出来たら。
けれど、無理なのが柔道部。
前と同じに弱く生まれてしまった自分は、体育の授業も見学のことが多いほど。
柔道などとても出来はしないし、入部させても貰えない。
朝の走り込みだけで倒れてしまって、柔道どころではないのだから。
仕方ないよね、と諦めるしかない浮気。
柔道部に入部出来ていたなら、ハーレイは浮気しないから。
他の部員たちと少しも変わらず、ハーレイと一緒に出掛けてゆける。
何処かで軽く食事にしたって、アイスクリームか何かを御馳走になるにしたって。
(…ぼくが弱いのが悪いんだから…)
浮気されたって仕方ないよ、と考えた所で気が付いた。
アイスクリームを食べに行くとか、食事を御馳走するとかだったら、いいけれど。
大勢の柔道部員が一緒で、浮気の相手はドッサリだけれど。
(……本物の浮気……)
そっちだったらどうしよう、と。
ハーレイが他の誰かに惹かれて、本当に浮気してしまうこと。
チビの自分のことは放って、デートに行ったり、ドライブしたり。
そんなライバルが登場したなら、どうすればいいというのだろう…?
(…前のハーレイなら、安心だけど…)
多分、安心だったと思う。
白いシャングリラにいた女性たちは、ハーレイに興味が無かったから。
それだけだったらまだマシだけれど、船で流れていた噂。
「キャプテンには、薔薇の花びらで作ったジャムは似合わない」と。
一部の女性が薔薇の花びらで作っていたジャム。
沢山の量は作れないから、出来上がる度にクジ引きだった。希望者たちが引いたクジ。
そのクジの箱は、ブリッジにも運ばれて行ったのに。
「如何ですか?」とクジの箱が来たら、ゼルまでが引いていたというのに…。
(…ハーレイの前は、箱が素通り…)
一度もクジを引けずに終わった、前のハーレイ。薔薇の花のジャムは似合わないから。
それがキャプテン・ハーレイへの女性たちの評価で、まるで無かった浮気の心配。
ところが今では、すっかり変わってしまった事情。
生徒たちには、「憧れのハーレイ先生」だから。
柔道をやらない女子たちにだって、うんと人気があるものだから。
学校でさえもそういう有様、ハーレイを「かっこいい」と思う生徒が大勢。
ついでに学生時代のハーレイ、そちらはモテていたという。
柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来たほど、試合に出れば負け知らず。
応援に来ていた女性は多かったと聞いた。
(…プロの選手にならなかったから、みんな消えちゃったんだけど…)
学生時代の話なのだし、女性たちだって若かった筈。
ハーレイを応援しなくなったら、他に移っただろう関心。楽しいことは多いのだから。
けれども、それから流れた時。
ハーレイが年を重ねたみたいに、女性たちだって十年以上も歩んだ時。
色々なことがあった筈だし、出会いも別れもありそうな感じ。
(結婚しちゃった人ならいいけど、まだ独身なら…)
何処かでハーレイとバッタリ出会って、「久しぶりね」と挨拶をして…。
ハーレイはとても人がいいから、「飯でも食うか?」と気軽に声を掛けそう。
「近くに美味い店があるから」とか、「ゆっくり昔話はどうだ?」と。
まるで下心は無くっても。…本当に懐かしかっただけでも。
(それで一緒に食事とか、お茶…)
ハーレイは軽い気持ちで誘って、あれこれ楽しく話をして。
女性の方もコロコロ笑って、相槌を打ったりしている内に…。
(…ハーレイの魅力を再発見…)
そういうことも無いとは言えない、「やっぱり素敵な人なんだわ」と。
魅力に気付けば、まだ独身の今のハーレイは、きっと輝いて見えるだろう。
誰かのものではないのだから。
ハーレイがその気になってくれたら、結婚だって出来るのだから。
(…また会いましょう、って約束しちゃって…)
最初は時々、その内に増えてゆく逢瀬。
ハーレイの方でも、「素敵な人だ」と思い始めて。
キスも出来ないチビの恋人、デートも出来ないチビよりはずっと…。
いいに決まっている女性。会えば楽しいし、食事もドライブも出来るのだから。
(…ハーレイが浮気しちゃうわけ?)
ホントのホントに本物の浮気、とズキンと痛くなった胸。
チビの恋人の自分を放って、デートに出掛けてゆくハーレイ。
「すまん」と、「今度の土曜日は用があってな」と、言い訳をして。
本当は女性とデートにゆくのに、そうは言わずに用があるふり。
(…そうされたって、今のぼくには…)
見破れもしない、ハーレイの嘘。
不器用になってしまったサイオン、ハーレイの心の中は読めない。
「すまん」と顔を曇らせるくせに、本当は心が弾んでたって。
次の週末はデートなんだと、土曜日は何処へ出掛けようかと計画を幾つも立てていたって。
(…今のハーレイなら、そうなっちゃっても…)
ちっとも不思議じゃないんだよ、と自分にも分かるハーレイの魅力。
白いシャングリラの頃と違って、今のハーレイは大勢の人を惹き付けるから。
生徒に人気で、学生時代は女性のファンが沢山。
もちろん今でも魅力たっぷり、そんなハーレイの心を掴む女性が現れたなら…。
(ハーレイが、浮気…)
ぼくを放って誰かとデート、と受けた衝撃。
今のハーレイなら、有り得るから。…まるで無いとは言えないから。
(……ぼくの家に来てくれる代わりに……)
誰かとデートで浮気だなんて、と考えただけで泣きそうだけれど。
本当に浮気をされてしまったら、きっと涙がポロポロ零れるだろうけれども…。
(でもハーレイなら、ぼくのこと…)
いつか必ず、また思い出してくれるだろう。
チビの自分が大きくなったら、前とそっくり同じ姿になったなら。
そしたら戻ってくれるだろうし、いくら悲しくても、この家でじっと待てばいい。
浮気されても、ハーレイのことが好きだから。
他の人など好きになれなくて、ハーレイだけしか見えないから。
だから浮気も我慢するよ、と浮かべた笑み。
「浮気されたって、大好きだもの」と、「ぼくには、ハーレイだけなんだもの」と…。
浮気されたって・了
※ハーレイ先生が浮気するかも、と気になって来たブルー君。本物の浮気で、女性と浮気。
けれど健気に我慢する気で、「浮気されたって大好きだもの」。心配なさそうですけどねv
(浮気なあ…)
俺とは無縁の言葉だよな、とハーレイがふと思ったこと。
夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を心に描いて。
今日は寄れずに終わってしまった、小さなブルーが暮らしている家。
きっとションボリしているのだろう、「ハーレイが来てくれなかったよ」と。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
まだ十四歳の子供だけれども、キスも出来ない恋人だけども。
(俺はブルーしか好きになれなくて…)
これからもずっとブルーだけ。
いくら小さな恋人でも。教師と教え子、そんな関係の今だけれども。
なんと言っても、遠く遥かな時の彼方で恋をしていた人だから。
前の自分が死の瞬間まで想い続けた人なのだから。
(いくらあいつがチビの子供でも…)
浮気なんぞは有り得ないな、と溢れる自信。
ブルー以外を愛しはしないし、他の誰かに恋だってしない。
いつかブルーが大きくなったら、なおのこと。前とそっくり同じ姿に育ったら。
(そしたら、あいつにキスを贈って…)
今のブルーが欲しがるキス。何度「駄目だ」と叱っても。
恋人同士の唇へのキス、それが欲しくてたまらないブルー。
まだまだチビの子供のくせに。本物のキスを贈ろうものなら、驚いて泣き出しかねないのに。
けれどブルーが前と同じに育った時には、本物のキスを贈らなければ。
キスを交わして、デートにも行って、一世一代のプロポーズ。
そうすればブルーと結婚できるし、二人一緒に暮らすのだから…。
(ますます浮気は有り得ないってな)
家に帰れば、あいつが待っているんだから、と幸せな未来へ思いを馳せる。
ブルーと二人で暮らす家へと、「おかえりなさい」とブルーの声が聞こえる未来へと。
誰よりも大切で愛おしい人。前の生から愛したブルー。
他の人など目にも入りはしなくて、ブルーしか好きにならないから…。
(浮気ってヤツとは、一生、無縁で…)
あいつ一筋、と思った所で不意に頭を掠めたもの。
小さなブルーは、見た目通りに中身もチビ。十四歳にしかならない子供。
今の自分が教える学校、其処では一番下の学年。
恋さえ無縁な年の子ばかり、今はそういう学年だけれど。
授業で恋の話をしたって、まるで手応えが無い子ばかりが揃うけれども。
(もっと学年が上になったら…)
同じ話でも食いつきが違う。「先生の場合はどうでしたか?」などと。
十八歳になればできる結婚、今のブルーが通う学校を卒業したら。
大抵の生徒は上の学校に進むとはいえ、中には結婚を選ぶ者だって。
(だからだな…)
結婚までは考えなくても、異性を意識し始める生徒。学年が上がっていったなら。
憧れの先輩が出来る子だとか、同級生と付き合い始める生徒とか。
(…そうなってくると…)
ブルーの周りはどうなるんだ、と未来のブルーに向かった心。
今はチビだし、周りの生徒も恋とは無縁。せいぜい、スターに恋する程度。
とはいえ、ブルーが育っていったら、周りの生徒も育ってゆく。
身体も心も、結婚できる年に向かって。
先輩に恋する女子生徒だとか、気になる同級生にアタックする生徒。
(ちょっと待てよ…?)
今のブルーはチビだけれども、前のブルーがチビだった頃の姿にそっくり。
これから育ち始めたならば、似たような育ち方をする筈。前のブルーと。
背が伸び始めて、まだ幼さの残る顔から大人びた顔へ。
ブルーが育てば育つ分だけ、前のブルーの顔に近付く。
それに身体もほっそりすらりと、前のブルーと同じに華奢に。
誰もが振り返るような姿に、一目で惹き付けられる姿に。
つまり美しく育ち始める、今のブルー。前のブルーと同じ姿になるために。
今の時代も、前のブルーは多くの女性たちの憧れ。王子様のように。
(…写真集が何冊も出てるくらいに…)
ファンが多いのがソルジャー・ブルー。大勢の人の心を捉える、その美貌。
小さなブルーも、いつかそうなる。育ち始めたら、その日が近付く。
「本物のようだ」と皆が驚く、ソルジャー・ブルーに瓜二つの「ブルー」が出来上がる時が。
そうなる前には、生徒たちだって気付くだろう。
毎日のように顔を合わせる学校、きっと誰でも目を留める。
「ソルジャー・ブルー?」と、「ソルジャー・ブルーに、とても似て来た」と。
(今でも似てはいるんだが…)
そっくりなんだが、と思いはしても、チビでは全く話にならない。
周りの生徒も同じに子供で、「似ているよね」と眺めているだけ。チビのブルーを。
けれども、育ち始めたら違う。前のブルーと同じ姿へと、ブルーが歩み始めたら。
(生きたソルジャー・ブルーなんだし…)
憧れるだろう女生徒たち。夢の王子様にそっくりなブルーがいるとなったら。
日に日に育って、ソルジャー・ブルーに似てゆくのなら。
(…放っておく馬鹿はいないよな?)
ソルジャー・ブルーのようなタイプが好みなら。…あの容貌に惹かれるのなら。
きっと学校中の噂で、同学年の女子生徒たちはもちろんのこと…。
(下の学年の生徒たちだって…)
ブルーの周りに群がるだろう。少しでいいから話をしたいと、声が聞けたら素敵だと。
その光景が目に見えるよう。キャーキャーと騒ぐ女子生徒たち。
(あいつ、運動はからっきしだが…)
おまけに見学が多い体育、スポーツ万能とは縁遠いのがブルーだけれど。
そんなブルーでも、きっと顔だけで大勢の女子を惹き付ける。
スポーツが得意な男子生徒の周りを、女子生徒たちが取り巻くように。
クラブ活動をしている場所に出掛けて、声援を送っているように。
それと同じに、育ち始めたブルーの周りに出来る人垣。何人もの女子が群がって。
なんてこった、と気付いた未来。…今のブルーに注目するだろう大勢の女子。
誕生日でなくても、プレゼントを贈る子もいるだろう。
「作ったんです」と手作りの菓子や、「使って下さい」と買った小物やら。
(…うーむ…)
大勢の女子に囲まれたならば、ブルーはいったいどうするのだろう?
前のブルーは「ソルジャー」だったし、憧れる仲間がいくら多くても、安全圏。
アタックしようと思う勇者は誰もいなくて、フィシスを船に迎えた後ではなおのこと。
だから「ソルジャー・ブルー」は知らない。大勢の女性に囲まれることも、恋の告白も。
(おいおいおい…)
マズイかもな、と心配になった今のブルーの行く末。
前のブルーに似れば似るほど、取り巻きの女子も増えてゆく。同級生も、後輩だって。
ワイワイと周りを囲む女子たち、ブルーが歩けば一緒に移動してゆく人垣。
黄色い声をキャーキャーと上げて、プレゼントを渡す子などもいて。
(あいつ、ついつい…)
誰かに惹かれてしまわないだろうか、まるで免疫が無いのだから。
「恋する女性」に接した経験、それを「ソルジャー・ブルー」は持たなかったのだから。
ある日、ストンと落っこちる恋。取り巻きの女子の中の一人に。
健気にプレゼントを贈り続けて頑張った子だとか、心打たれる手紙を書いた生徒とか。
「この子は本当に真剣なんだ」と思った途端に、ほだされて。
少し付き合ってみるのもいいかと、たまには一緒に下校しようかと。
(…でもって、その子と意気投合して…)
ふと気が付いたら、週末は「その子と」出掛けるブルー。
家で「ハーレイ」を待っている代わりに、待ち合わせ場所の約束をして。
その子と一緒に出掛けるのだから、「今度の土曜日は、ぼくは留守だよ?」と言ったりして。
(…あいつが浮気するってか!?)
俺じゃなくて、と愕然とさせられた未来の光景。
週末の自分は独りぼっちで、ジョギングに行くとか、ジムや道場に出掛けるだとか。
なにしろブルーはいないわけだし、女子の誰かとデートの真っ最中だから。
(俺は浮気をしないのに…)
あいつが浮気しちまうのか、とショックだけれど。
女子の誰かにブルーを攫われそうだけれども、きっとブルーのことだから…。
(いつか俺のことを、思い出してくれる日が来るんだよな?)
きっとそうだ、と思いたい。
本当に好きな人は誰かに気付けば、ブルーは「帰って来てくれる」と。
「ハーレイを放っておいてごめんね」と、「今でも、ぼくのことが好き?」と。
そう言われたなら、余裕たっぷりで迎えるのだろう。「もちろんだとも」と。
ショックだった自分の心は隠して、欠片も顔に出さないで。
浮気されても、ブルーのことが好きだから。
前の生から愛し続けて、ブルー以外は見えないのが自分なのだから…。
浮気されても・了
※自分は浮気なんかはしない、と自信たっぷりのハーレイ先生。ブルーだけだ、と。
ところが、お相手のブルー君の方。もしかしたら浮気するかもですけど、大丈夫ですよねv
(うわあ…!)
凄い、とブルーが心で上げた歓声。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
友達に貸して貰った本。その中にあった素敵な写真。
(今の地球だと、こうなるよね…)
それは綺麗なサンゴ礁。南の方の海に行ったら、幾つも幾つも並んだサンゴ。
色々な形のサンゴの中を泳ぐ綺麗な魚たち。
(此処で見るなら、水族館とか、熱帯魚がいるお店とか…)
そういう所に行かないといない、鮮やかな色を纏った魚。
けれどもサンゴ礁だと普通で、魚たちはどれも宝石のよう。
(…んーと…)
説明もある、と覗き込んだページ。魚たちの名前が書いてある。
色と模様で区別がつくよう、興味のある人は写真と照らし合わせるように。
(熱帯魚、いっぱい…)
青いのはこれで、赤と白のは…、と夢中で追った魚たちの名前。
南の海に行ったら出会える、生きて泳いでいる宝石。
とっても素敵、とページを繰ったら、今度は空から映した写真。
サンゴ礁を泳ぐ大きな魚の影が幾つも、イルカの群れだと書いてあるから…。
(きっとジャンプもするんだよね?)
この青い海で、サンゴ礁の中を好きに泳いで。
気が向いた時は空に舞い上がって、其処からザブンと海に戻って。
なんて素敵な海なんだろう、と見詰める命に溢れた海。
燦々と輝く南国の太陽、それが育てたサンゴ礁。其処に暮らしている魚たち。
(イルカは魚じゃなかったかも…)
哺乳類だから、と思うけれども、見た目は魚。
宝石みたいな熱帯魚だとか、イルカたちが暮らす南の海。
蘇った青い地球ならではの景色、本当に胸がドキドキしてくる。
なんて素敵な星なんだろうと、地球に来られて良かったと。
南に行ったらサンゴ礁があって、北に行ったら氷の海。
流氷に乗って旅するアザラシ、それにホッキョクグマだって。
(地球って、凄い…)
ホントに素敵、と本のページをめくってみては心で歓声。
生き物が好きな友達が貸してくれた本だし、写真があったら命が幾つも。
様々な場所に命の輝き、海にも、それに森の中にも。
(ホントに生き物、一杯なんだ…)
こうしている今も、南の海ではイルカたちが跳ねているだろう。
サンゴ礁の中には鮮やかな色の、生きた宝石たちが沢山。
(この辺りだって、森の中なら…)
夜行性の動物たちが、せっせと活動している筈。
木から木へと飛んでゆくムササビたちとか、似たような姿のモモンガとか。
きっと何処にも命が一杯、地球の恵みを味わいながら。
(今のぼくだと、ムササビにだって負けちゃうね)
飛べないんだもの、と不器用すぎるサイオンを思って苦笑する。
タイプ・ブルーに生まれたのなら、空を飛ぶ力を持っているのが普通なのに、と。
どうしたわけだか、不器用なのが自分のサイオン。
ムササビだったら軽々と飛んでゆける距離でも、一緒に飛んだら落っこちる。
地面の上へと、それは無様に。
(うーん…)
イルカにだって敵わないよね、とパタンと閉じた生き物の本。「続きは明日」と。
本を勉強机に置いて、またベッドへと腰掛ける。
(イルカだったら、うんと高く飛べて…)
おまけに曲芸だってする。
ジャンプしてボールにタッチするとか、輪っかをくぐり抜けるとか。
ムササビよりも凄いのがイルカ、魚みたいに見えるのに。
住んでいるのは海の中だし、空とは縁が無さそうなのに。
けれども高く飛ぶのがイルカで、ムササビだって空を飛ぶ。…モモンガだって。
今の地球には、まるで敵わない生き物たちがいるらしい。
空を飛べないタイプ・ブルーの自分なんかより、軽々と空を飛ぶ生き物たち。
(イルカにムササビ、それにモモンガ…)
飛べるようには見えないんだけど、と思ってみたって、空を飛ぶ彼ら。
今の時間も、きっと何処かで飛んでいるのに違いない。
森や林の中に行ったら、真っ暗な中でムササビたちが飛んでゆく。
音も立てずに滑空する空、木の上から飛んで、別の木へと。
太陽が照らす南の海なら、イルカたちが飛んでいるのだろう。
青い海から高くジャンプして、真っ青な空へ飛び出していって。
(…いいな…)
それにとっても楽しそうだよ、と思うイルカやムササビたち。
蘇った地球の自然を満喫しながら、自分のスタイルで飛んでゆく空。
(…海とか、森の中とかを飛んで…)
友達に会いに行くのかな、と夢を広げていたら、掠めた思い。
「今日のぼく、一人だったっけ」と。
夕食を食べてお風呂に入って、いつの間にやら心から消えていたけれど。
すっかり忘れていたのだけれども、今日は来てくれなかったハーレイ。
仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓を眺めたのに。…チャイムが鳴るのを待ったのに。
(待っていたけど、来てくれなくて…)
今日は駄目だ、と溜息をついた夕方の時間。
もうハーレイは来てくれない、と時計が指した時間で分かった。
遅くなったら迷惑だから、とハーレイが「来るのをやめる」時間。
それを過ぎたら、もう来ない。
両親が何度も「ご遠慮なくどうぞ」と言っているのに、絶対に。
(…来ない日だって多いから…)
今日はそっち、と切り替えた気分。
幸いなことに本も借りたし、今日は楽しめそうだから。
夕食までの時間にしたって、キッチンに行けば母が相手をしてくれるから。
そうやって今日という日を過ごして、お風呂の後に広げた本。
思った通りに素敵な本で、何度も心で上げた歓声。「地球って、凄い」と。
けれど、気付いてしまったこと。
「地球って、凄い」と思う自分は、普通の子供とは少し違った。
前世の記憶を持った子供で、正確に言えば「前世の記憶を取り戻した」子供。
この春までは、何も知らずに生きていたから。
弱いながらも普通に育って、不器用なサイオンにも特に困りはしなかったから。
(でも、前のぼくは凄くって…)
本を読みながらもチラと考えていたというのに、忘れ去っていた「一人」ということ。
前の生で同じ船で暮らした、大切な人が来なかった今日。
つまり自分は独りぼっちで、両親はいてもポツンと部屋で一人きり。
愛おしい人はいないから。ハーレイは来てくれなかったから。
(…イルカやムササビや、モモンガだったら…)
今の時間も仲間と一緒か、仲間の所に向かっているか。
恋人と一緒のイルカやムササビ、モモンガだっているだろう。
(イルカだったら、家は無いけど…)
ムササビやモモンガは家がある筈。木の幹の中に作った家。
其処で恋人が待っているから、せっせと飛んでいるかもしれない。
「早く行こう」と、木から木へと。
もしかしたら、お土産まで持って。美味しい木の実を咥えて飛ぶとか。
(…イルカだって、一緒に餌を探して…)
恋人と泳いでいるかもしれない。美味しい餌がある場所を目指して。
其処へと一緒に泳ぐ途中で、仲良くジャンプしたりもして。
(…今日のぼく、独りぼっちなのに…)
同じ地球には、恋を楽しむイルカやムササビ。それにモモンガ。
飛べそうもないのに空を飛んでゆく、彼らが語らっていそうな恋。
タイプ・ブルーなのに飛べない自分は、独りぼっちで家にいるのに。
ポツンと一人で座っていたって、恋人は来てくれないのに。
そう思ったら、とても寂しい気持ち。「独りぼっちだ」と。
地球の上には命が溢れて、イルカやムササビやモモンガたちが飛んでゆく。
恋人の所に会いにゆくとか、恋人と一緒に海の中から高くジャンプで舞い上がるとか。
(…せっかく、ぼくも地球に来たのに…)
今日は一人、と捕まった「独りぼっち」の寂しさ。
部屋の中をどんなに見回してみても、愛おしい人はいないから。
こんな時間に待っていたって、ハーレイは来てくれないから。
(……寂しいよ……)
なんでいないの、と涙がじんわり溢れてきそう。
さっきまでは楽しかったのに。「地球って、凄い」と夢中で本を読んでいたのに。
(ハーレイだって、今頃は書斎…)
きっとそうだよ、と愛おしい人を思い浮かべて、ハタと気付いた。
あんなに楽しく読んでいた本、何度も感動していたのに。心の中で歓声だって。
けれど、本の世界に溢れる命の輝きに酔っていた自分は…。
(…ハーレイと一緒に見られたら、って…)
一度も思いはしなかった。
ハーレイと二人で地球に来たのに、二人で生まれ変わったのに。
いつかは二人で旅をしようと、何度も約束しているのに。
(…ハーレイとサンゴ礁を見に行きたいな、って…)
思いもしないでいたのが自分で、ムササビやモモンガの森だって同じ。
ハーレイを「行こうよ」と誘ったならば、もちろん許してくれるだろうに。
「今は駄目だが、お前が大きくなったらな」と。
結婚したら二人で行こうと、イルカが泳ぐサンゴ礁にも、ムササビやモモンガが住む森にも。
(…ハーレイのこと、忘れちゃってたから…)
罰が当たったのかな、と思う今の寂しさ。「俺を忘れていただろう?」と。
そういう声が聞こえた気がする、何処からか。
「本に夢中で忘れていたな?」と、「そんなチビには、お仕置きだってな」と。
(…お仕置きなの?)
それで寂しい気持ちになるの、とハーレイに訊けるわけがない。
思念波を上手く紡げはしないし、第一、マナー違反だから。
(…でも、ハーレイなら…)
本当に自分を苛めたりはしないことだろう。「お仕置きだ」などと、意地悪に。
「俺を忘れていただろう?」と言った後には、きっと額をピンと弾いて…。
(…子供らしくて、いいことだ、って…)
チビはチビらしく過ごすことだな、と優しい声が聞こえてきそう。
「恋人気取りでキスを強請るより、忘れてるくらいが断然、いいな」と。
きっとハーレイならそうだよね、と思ったら紛れた今の寂しさ。
ハーレイの声が、また何処からか届いたようで。
「俺がいるだろ?」と、「いつも一緒だ」と。「お前と一緒に地球に来たしな?」と。
(…うん、今だって、ハーレイは…)
同じ地球の上にいてくれるのだし、寂しがっていないで甘えてみよう。
寂しい時だって、心はきっと繋がっている筈だから。
ハーレイのことを想っていたなら、心がふうわり軽くなるのが自分だから…。
寂しい時だって・了
※生き物たちの本に夢中で、ハーレイ先生のことを忘れていたのがブルー君。一人なことも。
けれど気付いてしまった寂しさ、それでも繋がっていそうな心。いつでも心は一緒ですよねv
(すっかり遅くなっちまったよな…)
こんな時間か、とハーレイが眺めた腕時計。
家のガレージに車を停めて、ドアを開けて外に出た後で。暗い外へと。
車の中にも時刻は表示されるけれども、そちらを見てはいなかった。
(遅いってことは分かってたしな?)
とうの昔に、車を運転し始める前に。
今日は会議が長引いたから、ブルーの家には寄れずに終わった。
早めに済んでくれていたなら、寄れたかもしれなかったのに。
思った以上にかかった時間。何度も時計を眺める内に。
これは駄目だと分かった時には、残念に思ったのだけど。
「今日は行けないな」と考えたけれど、同時に頭を掠めたこと。
こんな時こそ絶好のチャンス、書斎の友を増やしにゆこうと。
つまりは書店に出掛けてゆくこと、そしてあれこれ探して買うこと。
(ゆっくり時間が取れる日でないと…)
掘り出し物には出会えない。目当ての本を買って出るだけ、それで終わるから。
だから会議が済んだ後には、もう早速に乗り込んだ愛車。
街へ向かって走らせてやって、いつもの書店に出掛けて行って…。
(収穫の方は山ほどなんだ)
この頑丈な身体でなければ、きっと書店で訊かれただろう。
買った本を家まで送るサービス、それを使って送りましょうか、と。
それはドッサリ買った本たち、どれから読もうか迷うくらいに。
あちこちの棚を端から巡って、目に付いた本はどれも手に取っていたものだから…。
(本屋で過ごした時間だけでも…)
充分に長くて、出た時に腕の時計を眺めた。「こんな時間になっちまったぞ」と。
其処から車に戻って運転、家に着いたらこの時間にもなるだろう。
自分でも承知の遅い帰宅で、けれど収穫は袋に山ほど。何冊もの本。
書斎の友が増えてゆくのは楽しいもの。
読み終えるまでは机に積んで、読み終わったら棚に入れてゆく。
お仲間の本がいる辺りを選んで、「此処だな」と決める新入りの居場所。
本のサイズも色々だから、時には移動も必要になる。「これをこっちに」という引っ越し。
今日の収穫を全て収めるなら、きっと引っ越しもあるだろう。
(はてさて、どういう風になるやら…)
一気に入れるわけじゃないしな、と心が躍る。
読み終えた本から入れてゆくから、全部を棚に収めた時には引っ越す本が何冊あるか。
新入りの隣に並ぶ本たちはどれになるのか、それを考えるのもまた楽しい。
「いい日だった」と庭を横切り、玄関に着いて取り出した鍵。
玄関の灯りは自動で点いているから、扉を開けて中に入っても暗くはない。
けれど廊下は暗いわけだし、パチンと灯りを点けた途端に…。
(…俺一人だよな)
この家には誰もいないんだ、と何故だか思った。
一人暮らしだから、当たり前なのに。いつも一人で戻る家なのに。
どうして「一人だ」と考えたのか、自分でもまるで分からない。
(ふうむ…?)
この家じゃそれで普通だろうが、と靴を脱いで奥へ進んだけれど。
鞄や買った本の袋をドサリと置いて、楽な普段着に着替えたけれども、消えない思い。
「一人だよな」と、心の中から。
一度そうだと気付いてしまえば、「一人」なことがよく分かる。
行く先々で点けてゆく灯り、リビングでも、それに洗面所なども。
この家に他に人がいるなら、とっくに点いているだろう灯り。
点けないと何処も暗いのだから。
真っ暗な中で手を洗えはしないし、暗いリビングではソファも見えない。
ダイニングやキッチンもそれは同じで、サイオンを使って見ない限りは…。
(何一つ見えやしないんだ…)
暗いままでは、灯りをつけていない部屋では。
灯りを幾つも点ける間に、何度「一人だ」と思ったことか。
着替える時にもやはり思った、スーツを脱いでも「お疲れ様」とは言って貰えない。
(まあ、仕事だけではなかったんだが…)
本屋でたっぷり本探しもだ、とは思うけれども、仕事帰りには違いない。
この家に他に住人がいたら、掛けて貰える筈の声。「お疲れ様」と。
そうでなくても、玄関の扉を開けた途端に「おかえりなさい」と迎えられる筈。
誰かが家にいるのなら。…一緒に暮らしているのだったら。
(本当に、俺一人だよな…)
何処を見たって一人暮らしだ、とキッチンで作ってゆく夕食。
手早く作れて美味しいものを、と冷蔵庫などの中を覗いて作る時間も好きなのだけれど。
(これだって、一人分なんだ…)
量は多くても、一人分。自分の身体が大きい分だけ、食事の量も多いから。
それを器に盛り付けてみたら、「一人なのだ」と一目で分かる。
同じ料理が入った器は一つも無くて、どの器にも違った中身。
他に誰かがいるのだったら、「誰か」の分だけ、料理の器が増えるのに。
炒め物なら炒め物の器が、煮物だったら煮物の分が。
(味噌汁も、それに飯だって…)
一人分ずつあるもんだよな、とテーブルの上を眺めてみたって、どちらも一つ。
この家には自分だけだから。
一人暮らしのテーブルの上に、同居人の分が載りはしないから。
(…なんともはや…)
とんだ所に気付いちまった、と着いた食卓。「いただきます」と。
誰もいなくても「いただきます」と挨拶するのは、若かった時代に叩き込まれたこと。
家でも厳しく躾けられたけれど、柔道や水泳の先輩たちにも何度も言われた。
「誰もいなくても「いただきます」だ」と、「食事に感謝の気持ちをこめて」と。
作って貰った食事はもちろんのことで、自分で作った料理も同じ。
感謝する相手は「作り手」だけれど、料理を作った人よりも前に…。
(食材を作ってくれた人がだな…)
大勢いるし、神様もだ、と「いただきます」。感謝をこめて。
そうして一人で食べ始めてみても、やはり「一人だ」と拭えない気持ち。
テーブルの向かいには誰もいなくて、他の部屋から物音もしない。
誰かこの家で暮らしているなら、人の気配があるのだろうに。
此処で一人で食べていたって、何処かでドアを開ける音がするとか…。
(階段を上がる足音だとか、キッチンで水の音だとか…)
そういう音さえ聞こえやしない、と寂しくなる。「一人だよな」と心で繰り返して。
家に帰ってくる時までは、収穫に胸が躍っていたのに。
「今日は山ほど買い込んだぞ」と、本たちの置き場を考えたりもしていたのに。
(…一人ってヤツに捕まっちまった…)
なんてこった、と見回す辺り。同居人などいない家。
ダイニングには自分一人きりだし、他の部屋にも人影はない。
一人で食事をしている間に、遅れて帰ってくる人も。「遅くなってごめん」と。
(…遅くなってごめん?)
聞こえた気がする、ブルーの声。
今のブルーの声とは違って、時の彼方のブルーの声で。
(…前のあいつは、そんな言葉は…)
言っていないぞ、と思ったけれども、あるいは聞いていたのだろうか。
いつもは自分がブルーの部屋を訪ねて行った。あの広かった青の間へと。
けれど、ブルーが来る時もあった。…キャプテンの部屋へ。
(…そういう時に、聞いていたかもしれんな)
約束の時間よりも遅れて来たとか、色々な時に。「遅くなってごめん」と、あの声で。
今のブルーは「遅くなってごめん」と言いはしないし、いつでも家で待っている方。
恋人の自分が訪ねてゆくのを、首を長くして。
(…あいつの所に寄れなかったのに、楽しく本屋で過ごしたから…)
罰が当たったというヤツかもな、と首を竦める「一人」な呪い。
普段は少しも気にならないのに、今日は何度も思うから。
寂しい気持ちがしてくるくらいに、「一人なのだ」と次から次へ。
其処へ聞こえたように思ったブルーの声。「遅くなってごめん」と、前のブルーの声で。
(…そうか、お前がいてくれるのか…)
今ではチビになっちまったが、と思い浮かべる恋人の顔。
「此処にいるよ」と、「ぼくがいつでもいるじゃない」と、得意そうな顔。
さっき聞こえたブルーの声とは、まるで違った子供の声で。
「ハーレイは一人なんかじゃないでしょ」と、「ぼくは帰って来たんだから」と。
(…うん、そういえばそうだよなあ…)
俺は確かに一人じゃないな、と前の自分の孤独を思う。
前のブルーがいなくなった後、独りぼっちで生きた白いシャングリラ。
どんなに仲間が大勢いたって、心は一人きりだった。
愛おしい人を失くしたから。もう戻っては来てくれないから。
(…あの時の俺に比べれば…)
今は最高に幸せだよな、と浮上した気分。「今はあいつがいるんだしな?」と。
寂しい時でも、同じ世界にいるブルー。声が聞こえたと思うくらいに。
(よし、それじゃ飯が終わったら…)
二人で一緒に今日の収穫を見てみような、と小さなブルーに心で掛けてやる声。
色々な本を二人で見ようと、「いつか本物をお前が見られる日が来るからな」と。
この家で二人で暮らし始めたら、ブルーも目にする棚の本たち。
いつか一人ではなくなるのだから、それを思えば幸せな今。
一人暮らしは今だけだから。寂しい時でもブルーを思えば、心がふわりと軽くなるから…。
寂しい時でも・了
※ハーレイ先生が捕まってしまった「一人」の呪い。気付かされる「一人だよな」ということ。
けれど本当は、「一人きり」ではない世界。寂しい時でも、同じ世界にブルー君v
