(…今も昔も変わらんなあ…)
この手の悩みというヤツは…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のリビングで。
今日はいつもの書斎に行かずに、此処でコーヒー。
そういう気分。
夕食の片付けを済ませた後で、愛用のマグカップに淹れた熱い一杯。
それを飲みながら眺めた新聞。
其処に書かれた、恋の悩みの相談記事。
(…恋人に嫌われちまったってか…)
ありがちだよな、と相談者の境遇に大きく頷く。
嫌われる原因は実に色々、恋の数だけあるかもしれない。
大切な記念日を忘れていたとか、デートの時に失敗したとか。
(何気なく言った一言ってヤツで…)
相手がカチンとなってしまって、「嫌い!」と言われることだってある。
下手をしたなら、「もう知らない!」と、放って帰ってしまわれることも。
(喫茶店なら飛び出されちまって、デート先なら一人で帰られちまって…)
二人仲良く乗って来た車に、帰りは自分だけだとか。
助手席は空っぽになってしまって、楽しい会話も無い車で。
(…今の時代だと、車なんだが…)
ずっと昔はどうだったろうか。
今の自分が教える古典に描かれるような、遠い昔は。
(…ああいう時代も、恋人と喧嘩は普通にあって…)
恋に悩んだ人も多いし、車の代わりに牛車で揉めていたのだろうか。
せっかく牛車を出したと言うのに、「もう知らない!」と恋人が怒り出して。
「車になんか乗るもんですか!」と、機嫌を損ねて帰ってしまって。
そんなデートもあったかもな、と考えたけれど、時代が時代。
牛車が大路を行き交った頃には、高貴な女性は滅多に外に出なかった。
外に出るなら、牛車か、輿か。
誰にも顔を見られないよう、きちんと簾を下ろしておいて。
(…それで喧嘩になっちまっても、牛車を降りて帰るってのは…)
無理だろうな、と苦笑する。
どんなに激しい喧嘩になっても、喧嘩の相手の牛車で帰るしか無かっただろう。
高貴な身分のお姫様では、一人で歩いて帰れはしない。
そのような着物を着てはいないし、履物だって「見た目」が大切。
いくら都の大路といえども、お姫様の足には難儀な道。
自分の家まで歩けはしなくて、一人でトボトボ歩き始めても…。
(…もうちょっと時代が後になったら、駕籠という手もあるんだが…)
牛車の時代に「誰でも乗れる」駕籠などは無い。
流しの牛車があるわけもないし、お姫様は一人で歩くしかない。
屋敷がどれほど遠かろうとも、「降りる!」と降りてしまったならば。
(…ウッカリ喧嘩も出来ん時代か…)
喧嘩しながら牛車に揺られて帰ってゆくか、全く口を利かずにいるか。
なんとも不自由な時代だけれども、仲直りするにはいいかもしれない。
カッとなっても、「さよなら!」と言えはしないから。
お互いムスッと膨れたままでも、一緒に牛車の中なのだから。
(…牛車というのも、いいモンかもな?)
車よりも、と可笑しくなる。
高い身分の者しか持てない「車」でも。
牛車の維持費や牛の飼育に、とんでもない金がかかっても。
(…降ろしてちょうだい、と言われることだけは無いからなあ…)
メリットのある車だったか、と思いを馳せる「昔の車」。
牛車でデートに出掛けた場合は、喧嘩別れで恋が砕けてしまうケースは…。
(今よりは少なそうだしな?)
お姫様が怒って、一人で帰ってしまわない分。
家まで送り届ける分だけ、時間はたっぷりあるのだから。
今も昔も恋の悩みは変わらないけれど、恋を取り巻く環境は違う。
牛車と車はまるで違うし、宇宙船なら比較にならない。
(…牛車なんかじゃ、どう転がっても空は飛べんし…)
宇宙に出ていくのも無理だ、と頭に浮かんだシャングリラ。
今の自分は知らないけれども、前の自分が乗っていた船。
白い鯨を思わせる船で、前のブルーと恋をした。
あの船でブルーと喧嘩したって、ブルーは降りられなかっただろう。
シャングリラの他には居場所を持たない、悲しい種族がミュウだったから。
(それにあいつは、ソルジャーだったし…)
責任感が強かったから、いくら恋人と喧嘩したって、出てゆきはしない。
「ぼくは降りる!」と、白いシャングリラを捨てたりはしない。
(…少しばかり牛車と似ていたかもな?)
もう嫌だ、とブルーが降りてゆけない辺り。
大喧嘩をした恋人がキャプテンを務める船でも、乗っているしかない所が。
(そんな喧嘩はしちゃいないんだが…)
毎日、平和なモンだったが…、と懐かしく思う白い船。
前の自分が舵を握って、前のブルーが守った船。
恋人同士になった後にも、大喧嘩などはしなかった。
もしかしたら牛車と同じだったろうか、シャングリラという船にいた頃は。
ブルーが「降りる!」と怒りたくても、降りることなど出来ないだけに。
(…まさかなあ?)
シャングリラのせいで喧嘩が無かったわけでもあるまい、と顎に当てる手。
船のせいで喧嘩をしないことなど、あるわけがない。
(シャングリラを降りたら、帰る所が無いと言っても…)
きっとブルーなら「降りてやる!」くらいのことは怒って言っただろう。
ソルジャーをやっていたほどなのだし、気が強いから。
実際、降りるかどうかはともかく、言うだけならば。
(…でもって、今のあいつだったら…)
もう間違いなく言うだろうな、と容易に想像がつく。
今のブルーは幸せに生きて、我儘一杯の子供時代を過ごしているだけに…。
(ハーレイの馬鹿とか、ハーレイのケチとか…)
何度言われたか分からない。
頬っぺたをプウッと膨らませては、プンスカ怒っていることだって。
そんなブルーとデートに出掛けて、機嫌を損ねられたなら…。
(もう帰る、って…)
クルリと踵を返してしまって、車には戻らず、駅へ真っ直ぐ。
真夏の太陽が溶けるくらいに照らしていたって、ズンズン歩いて。
(でなきゃバス停に突っ立ったままで、動かないとか…)
その姿が目に見えるよう。
「ハーレイの車になんか乗らない!」と、眉を吊り上げて怒るブルーが。
助手席になんか乗りはしない、と別の帰り方を選ぶのが。
(……うーむ……)
そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
ブルーは身体が弱いのだから、遠出した時なら帰るだけでも一苦労。
意地を張って駅まで歩いて行っても、眩暈を起こして倒れそうな感じ。
バス停に黙って突っ立っていても、やっぱり同じに具合が悪くなって。
(…そうなるに違いないんだから…)
デートには「嫌な思い出」が増えて、本当に「嫌われる」のかもしれない。
「ハーレイとは二度と出掛けないよ」と、家の表にも出て来なくなって。
通信を入れて話そうとしても、ブルーは通信に出てくれなくて。
(…そんな風に嫌われちまったら…)
どうすればいいか、分かりはしない。
前の自分は「ブルーと喧嘩しなかった」から。
シャングリラと牛車が似ていたせいかは、謎だけれども。
(……前のあいつとは、そこまで派手な喧嘩は……)
してはいないし、参考にならない「前の生の記憶」。
ブルーに嫌われてしまった時には、どういう風にすればいいのか。
(早いトコ、仲直りしないとだな…)
誰かにブルーを盗られちまうぞ、と心配なだけに、余計に怖い。
ブルーがチビの間は良くても、育ったブルーは「モテそう」だから。
女性が放っておきはしないし、男性だってアタックする。
ブルーの恋人だった自分が、ブルーに嫌われてしまったならば。
(……何が何でも、謝りまくって……)
平身低頭、土下座してでもブルーの許しを得るべきだろう。
デートの途中でブルーが怒って、「帰る!」と言い出した、その時に。
気まずい雰囲気が漂おうとも、同じ車の助手席に乗って「一緒に」帰ってくれるようにと。
(…俺の車は牛車じゃないが、だ…)
なんとしてでも乗って貰おう、と今の間に固める決意。
ブルーを一人で帰らせたならば、本当に嫌われかねないから。
(あいつに嫌われちまったら…)
人生、お先真っ暗なのだし、たとえ周りに人がいようと、土下座したってかまわない。
前の生から愛し続けた、ブルーとの恋のためならば。
もしもブルーに嫌われたならば、生きる意味など無いのだから…。
嫌われちまったら・了
※もしもブルー君と喧嘩したなら、土下座してでも謝るらしいハーレイ先生。
嫌われてしまったら、人生、お先真っ暗らしいです。ブルー君、我儘、言いたい放題…?
「…ねえ、ハーレイ。今のハーレイは、何歳だっけ?」
小さなブルーが、首を傾げて尋ねたこと。
休日の午後の、お茶の時間に。
ブルーの部屋にあるテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「何歳って…。お前も充分、知ってる筈だが?」
誕生日プレゼントも貰ったからな、と返したハーレイ。
夏休みの残りが三日しかない、八月二十八日がハーレイの誕生日。
その日を控えて、小さなブルーは悩んでいた。
ハーレイに羽根ペンを贈りたいのに、お小遣いでは買えなくて。
「…うん。ハーレイ、三十八歳だよね」
会った時には三十七歳だったけど、とブルーは頷く。
「ぼくよりも、ずっと年上なのが、今のハーレイ」と。
「その通りだ。そして、お前はチビだってな」
俺よりも遥かに年下のチビだ、とハーレイは笑った。
「前とは逆さになっちまったな」と、「今度は俺が年上だぞ」と。
前の生では違った年の差。
チビの子供に見えたブルーは、ハーレイよりも年上だった。
アルタミラの檻で暮らす間に、成長を止めてしまったから。
未来への夢も希望も失くしたブルーは、育つことさえ忘れ果てた。
「育っても何もいいことは無い」と、無意識の内に思い込んで。
それほどの孤独と絶望の中で、長い年月を生き続けて。
(…それが今では、甘えん坊のチビで…)
見かけ通りのチビの子供だ、とハーレイは頬を緩ませる。
今のブルーは幸せ一杯、そういう子供。
本物の両親と一緒に暮らして、満ち足りた日々を過ごしていて。
それに「自分」の方も同じに、豊かな生を送って来た。
三十八歳の今になるまで、前の生とは違った日々を。
小さなブルーと再会するまでは、本当にただのハーレイとして。
(…まさに充実の人生ってヤツで…)
これからだって、もっと充実してゆく筈だ、と嬉しくなる。
小さなブルーが大きくなったら、今度こそ二人で暮らしてゆける。
前の生のように、恋を隠さなくてもいいのだから。
ブルーが十八歳になったら、プロポーズして。
(…ブルーが断るわけがないから、結婚式を挙げて…)
それからは、ずっと一緒なんだ、と夢が大きく膨らむけれど…。
「…ハーレイ?」
聞いているの、と赤い瞳に見据えられた。
「ハーレイの方が年上だよね」と、睨み付けるように。
「あ、ああ…。それがどうかしたか?」
「年上なのが分かってるんなら、酷くない?」
今のハーレイ、とブルーは不満そうだった。
「年上のくせに、ぼくにちっとも甘くないよ」と。
「はあ? 甘くないって、どういう意味だ?」
「そのままだってば、いつもケチだし!」
前ならくれたキスもくれない、とブルーは唇を尖らせた。
「キスは駄目だ」と叱ってばかりで、ぼくを苛める、と。
「おいおいおい…。それはお前がチビだからでだ…」
「聞き飽きたってば! 年上だったら、甘やかしてよ!」
年上のくせに酷いんだから、とプンスカ怒り始めたブルー。
(…やれやれ、またか…)
これだから年下のチビは…、と思いながらも浮かべた笑み。
我儘なブルーも可愛いから。
年下になったチビのブルーが、ただ愛おしく思えるから…。
年上のくせに・了
(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
楽しみだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
教師をしている今のハーレイは、平日は訪ねて来ない日も多い。
仕事帰りに時間があったら、寄ってくれるというだけのこと。
この部屋でお茶を飲んで話して、夕食を共にするために。
(あんまり遅くまでいてくれないし…)
それに御飯はパパとママだって一緒だし、と思う平日の過ごし方。
夕食のテーブルは両親も交えて賑やかに食事、そういう決まり。
両親は何も知らないだけに、「子供の相手は大変だろう」とハーレイのことを気遣って。
大人と話せる方がいいのだと、見事に勘違いしてしまって。
(だけど、恋人同士だってことがバレちゃったら…)
それはそれで困ることになる。
今のように部屋で二人きりだと、両親はきっと心配する。
「ブルーは、まだまだ子供なのに」と、前の生との違いを思って。
子供の間は子供らしくと、やはり色々と気を回して。
(ぼくの部屋で会っちゃいけません、って…)
客間で会うよう言い渡されるか、部屋の扉を閉めないように言われるか。
そうでなければ、父か母かが「必ず」同席するだとか。
(…そうなっちゃったら、とても大変…)
ハーレイにキスを強請るどころか、甘えることさえ出来なくなる。
両親の目が光っていたなら、どうにもならない恋人同士。
(ぼくが結婚できる年になるまで…)
監視の日々が続くだろうから、まるで全く楽しくない。
今と同じに、ハーレイが訪ねて来てくれても。
明日と明後日のような休日、午前中から夕食までずっと一緒にいても。
待ちに待った週末、それが明日。
土曜日だから、ハーレイは午前中から家に来てくれる。
部屋を掃除して待っていたなら、門扉の脇のチャイムが鳴って。
この部屋の窓から下を見下ろしたら、生垣の向こうで手を振るハーレイがいて。
(…明日もハーレイ、早いんだよね?)
休日の朝も、ハーレイは早く目覚めると聞く。
朝一番からジョギングしたり、庭の手入れをしてみたり。
此処に着くのが早すぎないよう、時間を調整するために。
朝食を済ませて家を出たって、その気配りを忘れないのが今のハーレイ。
少し早すぎると思った時には、途中で回り道をする。
お気に入りのコースが幾つもあるから、その中から一つ、好きに選んで。
(…ミーシャに会いに行くのかな?)
そうなのかもね、と頭の中に描いた猫。
ハーレイの回り道の一つに、猫のミーシャがいる家がある。
本当の名前は「ミーシャ」ではなくて、違う名前がありそうだけれど…。
(…名前が分からない猫は、どれもミーシャで…)
ミーシャと呼ぶのがハーレイの流儀。
猫の方でも、特に文句は無いらしい。
「ミーシャ」と呼ばれたら「ミャア!」と返事で、頭を撫でて貰いもする。
ハーレイの足に身体を擦り付け、「遊んで行って」と甘えたりも。
(いいな、ミーシャは…)
好きなだけハーレイに甘えられて、と思うけれども、前にハーレイに叱られた。
「猫になりたい」と言い出して。
ハーレイの母が飼っていた猫、真っ白なミーシャに憧れて。
(ぼくが猫なら、いつもハーレイと一緒にいられて…)
ベッドに入る時も一緒で、甘え放題で幸せ一杯。
それがいいな、と考えたけれど、ハーレイは真顔で「駄目だ」と言った。
猫の寿命は短いのだから、じきに別れがやって来る。
それでは駄目だと、「長い人生を一緒に過ごせる人間がいい」と。
叱られたから、もう分かっている。
猫の短い寿命などより、人間の寿命が大切だと。
三百年以上も一緒にいられる、今の人生がいいのだと。
(…だけど、まだまだ待たなくちゃ駄目で…)
ハーレイと二人で暮らすどころか、キスさえ許して貰えない自分。
結婚できる年は十八歳なのに、十四歳にしかならないチビ。
(……うーん……)
本当に先は長いよね、と考えただけでも溜息が出そう。
まだ誕生日を無駄に三回も迎えないとなれない、「十八歳」。
十五歳と十六歳、十七歳は「単なる記念日」。
ハーレイがプレゼントを贈ってくれても、たったそれだけ。
母が焼いてくれたケーキに立てる、蝋燭の数が増えてゆくだけ。
十五歳になったら、去年のよりも一本分。
その次の年は、また一本分。
(…今年のケーキより、蝋燭、三本も増えたって…)
祝う誕生日は十七歳で、十八歳までは一年もある。
三百六十五日もあるのが、十七歳から十八歳の誕生日まで。
誕生日は三月三十一日、次の日から四月になるけれど…。
(春と夏と秋と、それから冬と…)
四つの季節が過ぎない限りは、十八歳にはなれない勘定。
待って、待ち続けて、待ちくたびれそうな長い年月。
ハーレイとキスさえ出来ないままで。
二人でデートに行けもしないで、ハーレイの家にも招かれないで。
(…前のぼくと同じ背丈にならないと…)
キスは駄目だし、ハーレイの家を訪ねてゆくのも禁止。
制約だらけの今の人生、「猫になりたい」と思うくらいに。
もしも猫なら、ハーレイのキスが貰えるから。
ヒョイと抱き上げて、唇にチュッと。
猫に唇があるかどうかは、ともかくとして。
なんとも残念な今の状況、明日は会えても話すだけ。
それでも充分満足だけれど、やっぱり不満に思いもする。
もっと大きく育っていたなら、直ぐに結婚できただろうに。
とうにハーレイと一緒に暮らして、毎日が甘い日々だったろうに。
(……なんでこうなっちゃったんだろう……)
チビだなんて、と零れる溜息。
こんな出会いは望んでいないし、同じ人生だったなら…。
(ちゃんと大きく育った姿で、ハーレイと会って…)
記憶が戻って、その場でプロポーズして欲しかった。
たとえ聖痕で血だらけだろうと、痛みがどれほど酷かろうとも。
(絶対、そっちの方がいいよね?)
今みたいに待ちぼうけの人生よりも、と考えた所で気が付いた。
ハーレイと再び出会えたけれども、これが出会えていなかったなら、と。
出会いもしないで、記憶も戻らず、そのままで生きていたならば、と。
(……んーと……?)
そうなっていたら、今の自分はどうなったろう。
聖痕が現れることも無いから、ただの「ブルー」という名の子供。
ソルジャー・ブルーに似てはいたって、出会った相手が驚くだけ。
「よく似てますね」と目を瞠って。
時にはしげしげ眺めた挙句に、「写真を撮ってもいいですか?」などと。
きっと自分も「いいですよ」と気軽に答えて、記念撮影にも応じるのだろう。
今より大きく育った後には、瓜二つの姿になるだろうから。
(ソルジャー・ブルーの服を着せたら、もうそっくりで…)
そのものにしか見えないだけに、モデルの口さえあるかもしれない。
ソルジャー・ブルーは今も人気で、写真集が山ほど売られているくらい。
彼にそっくりのモデルとなったら、きっと引っ張りだこの日々。
色々な服を着てファッションショーとか、旅行雑誌の取材なんかで旅をしたりも。
コマーシャルにも出られるだろうし、運が良ければ…。
(ちょっとしたドラマとかに出て…)
俳優にだってなれそうだよね、と自分の未来を描いてみる。
前の生の記憶が戻らないままで、ハーレイにも会わずに歩む人生。
いくらサイオンが不器用だろうと、外見の年は止められるに違いないのだから…。
(…ソルジャー・ブルー役を探しています、ってスカウトが来て…)
名のある監督の作品に出れば、賞だって貰えるのかもしれない。
受賞したなら、スター街道を一直線に走るのだろうか。
モデル業の方は辞めてしまって、「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」を売りにして。
撮影のために、広い宇宙をあちらこちらと飛び回って。
(……凄い売れっ子……)
目が回るほどに忙しい日々でも、きっと満足なのだろう。
演技力を磨いて、うんと輝いて、やり甲斐のある仕事をして。
(…天職なんだ、って思うんだろうし…)
自分の見た目に感謝しながら、努力の方も怠りなく。
宇宙で一番のスターになるのも、夢ではない気がするけれど…。
(…だけど、ハーレイには会えなくて…)
ハーレイのことを思い出しさえしないで、充実の人生を終えるのだろう。
晩年になっても若い姿で、インタビューなどを受けながら。
「とても素敵な人生だった」と、最期の息を引き取って。
(…それで天国に行った途端に…)
ハーレイとバッタリ出会うのだろうか、ずっと忘れていた恋人に。
華やかなスター人生の後で、「ハーレイ!?」と目を見開いて。
(…うんと嬉しいだろうけど…)
再会の喜びに涙し合っても、何処か、なんだか後ろめたい。
ハーレイのことをすっかり忘れて、スターとして生きていたなんて。
「ソルジャー・ブルーにそっくりな顔」が、スターの座を招き寄せただなんて。
(…それって、酷い…)
今の人生よりも、ずっと酷い、と思った「忘れて生きる人生」。
ハーレイのことを思い出さずに生きていたなら、そうなっただろう人生の一つ。
それは嫌だし、ハーレイと生きていたいから…。
(…キスも出来ないチビなんだけど…)
今が無かったなら、うんと悲惨な人生だよ、と気付いた「今」の有難さ。
ハーレイと出会えていなかったならば、とんでもないことになるだろうから。
待ちぼうけが長い人生だろうと、忘れたままで生きるよりかは、幸せ一杯なのだから…。
今が無かったなら・了
※ハーレイのことを思い出さずに生きた場合の、ブルー君の人生。スターだったかも。
それはそれで素敵な人生とはいえ、後ろめたい気分になるようです。今の人生こそが最高v
(…明日は、あいつに会えるんだ)
そして一日一緒なんだぞ、とハーレイの唇に浮かんだ笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は金曜、明日は土曜日。
何も用事は入らなかったし、明日も明後日も、ブルーと過ごせる。
朝食が済んだら、時計を見ながら家を出て。
早く着き過ぎてしまわないよう、途中で時間の調整もして。
(…ミーシャに会いに行ってくるかな)
ちと早すぎるようならな、と思い浮かべる顔馴染みの猫。
ブルーの家への道筋ではなく、回り道すれば出会える知り合い。
のんびり日向ぼっこをしていたならば、「元気だったか?」と撫でてやる。
(本当の名前は知らないんだが…)
猫はどれでもミーシャなんだ、と一人、頷く。
子供時代に母が飼っていた猫が、そういう名前だったから。
甘えん坊だった白いミーシャを、出会った猫に重ねるから。
(ミーシャの話は、ブルーも好きだし…)
道中で出会った「別のミーシャ」でも、顔を輝かせるのがブルー。
「今日もいたの?」と嬉しそうに。
元気に日向ぼっこだったか、尋ねたりもして。
(ミーシャの話でなくてもだ…)
どんな話でも、ブルーは喜ぶ。
見て来た花の話であっても、行き会った人の話などでも。
(デートには、まだ行けないからなあ…)
恐らくデートの気分なんだな、と想像がつくブルーの反応。
恋人が何を目にして来たのか、何をしたのかと知りたがって。
自分も一緒に「それ」を見ていたり、体験してきたつもりになって。
ブルーに自覚は無いけれど。
ただ好奇心に煌く瞳で、「それで?」と促すだけだけれども。
いずれにしても明日は休日、ブルーと二人。
もう楽しみでたまらないから、自然と頬が緩んでしまう。
ブルーに会ったら何を話そうか、何をしようかと考えては。
(…前の俺たちのことを思い出したら…)
それをブルーと話すのもいい。
何かのはずみにポンと出て来る、前の生での二人の思い出。
恋人同士になる前だったり、とうに恋人同士だったり、それこそ色々。
三百年以上も共に過ごして、同じ船で生きた二人だから。
(…俺が思い出しても、あいつの方は忘れたままで…)
キョトンとしたりもするブルー。
思い出の欠片を話してやっても、ピンと来なくて。
「何の話?」と不思議そうだったり、首を傾げて考え込んだり。
(あいつが忘れちまっているのを、せっせと話してやったなら…)
その内にブルーも思い出すから、大いに話が弾むもの。
「あんなこともあった」と、昔話に花を咲かせて。
白い鯨の時代だったり、改造前の船の頃だったりも。
(俺がキャプテンになっていなくて…)
厨房にいたり、備品倉庫の管理人を兼任していたり、そんな思い出話も多い。
「キャプテン・ハーレイ」とは限らないのが、時の彼方の自分だから。
(……役職名は何も無かったんだが……)
あえて言うなら主任調理師、そういう仕事だっただろうか。
厨房の責任者とも言ってよかったし、実際、それに近かったから。
(主任調理師なあ…)
今も料理は好きなんだがな、と可笑しくなる。
一人暮らしが長いけれども、料理で苦労したことは無い。
あれこれ工夫を凝らすのが好きで、レパートリーを増やすのも趣味。
珍しい料理を食べた時には、その場でレシピを訊いたりもして。
本で目にしただけの料理でも、興味が湧いたら作ってみて。
(…宇宙船を操縦したいとは思わないんだが…)
料理好きの方は「前の俺」だな、と苦笑する。
記憶がすっかり抜け落ちていても、子供の頃から好きだった料理。
母の手伝いでキッチンに立って、菓子や料理をせっせと作った。
普通だったら、スポーツをやるような男児は料理しないのに。
(…弁当は作って貰うもので、だ…)
家で食べるのも、空腹を満たすためにだけ。
量が第一、それが好物ならもっといい、という程度の人種がスポーツ少年。
けれど自分は違っていた。
「一緒に作る!」とエプロンまでつけて、キッチンに母と二人で立った。
最初の頃には慣れない手つきで、下手な包丁さばきながらも。
きちんと時間を見ていたつもりが、ウッカリ鍋を焦がしていても。
(…前の俺が何処かにいたんだろうなあ…)
忘れててもな、と見詰める自分の両手。
白いシャングリラの舵は忘れても、「料理する」ことは忘れなかった。
多分、ブルーのためだったろう。
厨房で料理していた頃には、いつもブルーを思っていた。
恋人として「想う」のではなく、船で一番のチビの身体を気遣って。
とにかく栄養をつけて欲しいと、もっと沢山食べて欲しいと。
(あいつ専用に試作してみたり、特別に少し作ったり…)
どれほどブルーを甘やかしていたか、分からないのが厨房時代。
他の仲間には内緒の食事を、こっそりと取っておいたりもした。
誰も欲しがらない非常食でも、ブルーは喜んでくれたから。
(ちょいと温めて食えるってトコが…)
便利な非常食だったけれど、船の仲間たちは興味など無い。
同じ料理ならば出来立てが良くて、食堂で食べたいものだけに。
(だから一つだけ貰っておいて…)
部屋でブルーに御馳走していた。
「しっかり食えよ」と、小さな身体を育てるために。
その記憶だけが何処かに残って、今の自分も料理好きなのに違いない。
いつか出会うだろうブルーのためにと、せっせと磨き続けた腕。
いずれ出番が来るのだけれども、まだ何年も先のこと。
十四歳にしかならないブルーは、結婚出来はしないから。
(うんと待たされちまうんだが…)
そいつも含めて楽しみなんだ、と思うのが未来。
ブルーと巡り会えたお蔭で、幸せが増えてゆく人生。
時が先へと流れてゆくほど、幸せの数はぐんぐん増える。
今はブルーの家を訪ねて行くのが精一杯でも、もう何年か経ったなら…。
(あいつと同じ家で暮らして、何処へ行くのも二人一緒で…)
もう毎日がデートのような甘い生活が訪れる。
前の生では夢だったことが、どれも端から現実になって。
「ブルーと二人で、青い地球で暮らす」夢が立派に実現して。
(……いいもんだよなあ……)
何年でもゆっくり待てるってもんだ、と思った所で気が付いた。
こうしてブルーと出会えたけれども、もしも出会えなかったなら、と。
ブルーも自分も出会わないまま、記憶も戻らずじまいだったら、と。
(…そうなっていたら…)
今の自分は、単なる料理好きに過ぎない。
ブルーのためにと磨き続けた料理の腕さえ、違う所で披露して。
顧問をしているクラブの生徒を家に呼んでは、「遠慮なく食え」と。
(…あいつを覚えていないんじゃあ…)
そうなるよな、と容易に分かる人生。
今と同じに「ハーレイ先生」と呼ばれてはいても、料理が上手いだけの先生。
柔道と水泳の腕はプロ級、それなのに「料理の腕もいい」と。
「ハーレイ先生の料理は美味しいですね」と、家に来たがる生徒が増えて。
(…俺の方でも、そういうモンだと思ってて…)
満足の人生なのだろう。
部員たちに料理を御馳走しながら、休日や長い休みを過ごして。
ブルーを思い出しもしないで、もしかしたら誰かと結婚までして。
(……うーむ……)
そいつはキツイ、と今更ながらに思ったこと。
どんなに幸せな人生だろうと、今が無かったら、きっと何処かが欠けたまま。
自分では全く気付かなくても、大満足の人生でも。
前の自分よりも長い生を生きて、大往生を遂げたとしても。
(…天国って所に着いた途端に…)
思い出すのだろうか、自分が本当は誰だったのかを。
それともブルーに出会うのだろうか、その天国という場所で。
(あいつはあいつで、別の人生を生きた後だとしても…)
天国で顔を合わせたならば、お互いに思い出すのだろう。
そうして後悔するのだろうか、「忘れてしまって」生きていたことを。
前の生とは全く違った、それは素敵な人生でも。
不幸の影など欠片も見えない、誰が見たって「最高だ」と思う生涯でも。
(…こう、人生の重みってヤツが…)
まるで違うぞ、と思う「思い出した人生」と「忘れたままの人生」。
どちらがいいかと尋ねられたら、迷うことなく「今」と答える。
小さなブルーが育つのを待つのが、もう何年も続こうとも。
二人きりで暮らし始めるまでには、まだ待たされる人生でも。
(…今の人生じゃなかったら…)
何の意味もありやしないんだ、と心はブルーの許へと飛ぶ。
ブルーと出会った「今」が無かったら、自分は「ただのハーレイ先生」。
運動をやる人間にしては、珍しく料理が好きな教師で。
家に招いた教え子たちから、料理の腕を称賛されて。
(…そうなっちまっていたんだなあ…)
今が無かったら、と気付かされたから、明日はブルーとゆっくり過ごそう。
お互いに「思い出した」からこそ、明日は二人で話せるから。
思い出さないままだったならば、天国でブルーと再会した時、きっとガッカリする筈だから。
(あいつのいない人生なんて…)
味気ないぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
「今が無かったら、とんでもないな」と心の中で呟いて。
ブルーがチビになっていたって、「今の人生こそが最高なんだ」と…。
今が無かったら・了
※もしもブルー君と出会えなかったら、ハーレイ先生はどういう人生だったのか。
充実した人生を送っていたって、それは何処かが欠けた人生。ブルー君がいてこそ人生ですv
(……ハーレイのケチ!)
今日も酷い目に遭っちゃった、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
いい天気だから車に乗らずに、運動を兼ねて歩いて来て。
そうして二人で過ごしたけれども、今日も貰えなかったキス。
「ぼくにキスして」と注文したのに、貰えたキスは頬へのもの。
唇にキスが欲しいのに。
恋人同士のキスが欲しいというのに、キスはいつでも額と頬に貰えるだけ。
「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と断られて。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…!)
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、貰えないのが唇へのキス。
あの手この手で頑張ってみても、まるで取り合っては貰えない。
それに叱られたりもする。
鳶色の瞳で睨み付けられて、「キスは駄目だと言ったよな?」と。
今日もハーレイは睨んで来たから、負けじとプウッと膨れてやった。
両方の頬っぺたに空気を詰めて。
不満たらたらの顔で見詰めて、「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って。
けれど、ハーレイには無かった効き目。
「おっ、フグか?」と言われた頬っぺた。
大きな両手が伸びて来たかと思うと、もうペッシャンと潰されていた。
膨らませた頬を、ハーレイの手で。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、それは可笑しそうに。
(…ハコフグだなんて…)
酷すぎるってば、と思うけれども、ハーレイはそう決め付けている。
唇を尖らせて膨れているのを、押し潰したらハコフグだと。
海に棲んでいるハコフグの顔と、恋人の顔を重ね合わせて。
(…あんまりだよね…)
普通は言わないと思う、と溜息が零れるハコフグ呼ばわり。
恋人に向かって言いはしないと、「ぼくはホントに子供扱い」と。
今のハーレイは三十八歳、今の自分は十四歳。
親子と言っても通るくらいに年が違うし、子供扱いも仕方ないとは思う。
でも「ハコフグ」はあんまりだろう。
「フグ」と呼ばれるのも、「ハコフグ」の方も、とても恋人につける渾名ではない感じ。
ハーレイは、そう呼ぶけれど。
頬っぺたをプウッと膨らませる度に、フグと呼ばれて、ハコフグにされることもしばしば。
なんとも酷い今のハーレイ、前のハーレイとは、まるで違って。
前のハーレイは優しかったのに。
けして苛めはしなかった上に、睨み付けたりもしなかったのに。
(…今だと、ぼくがキスを強請ったら…)
たちまち険しくなる眼光。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と、ギロリと睨み付けられる。
チビのくせに、と腕組みまでして叱る日だって。
(…だけど、ハーレイが睨んでたって…)
ちっとも怖くないんだから、と勇ましい気分。
これが学校だと、ハーレイにジロリと睨まれた生徒は大慌てだけれど。
授業中にしていた居眠りだとか、宿題を忘れて来ただとか。
睨まれる原因は実に色々、誰もが「すみません!」と頭を下げる。
より酷いことにならないように。
「居眠りしていた」罰で、とんでもない難問を解かされたりしたら大変だから。
宿題を忘れてしまった罰で、宿題のオマケを貰うのも。
(…みんな真っ青なんだけど…)
ぼくは少しも怖くないよ、と皆の前で威張りたいくらい。
どんなにハーレイが睨んでいたって、負けて逃げ出したりしない。
尻尾を巻いて逃げる代わりに、いつも正面から受け止める。
「ハーレイのケチ!」と、唇を尖らせて。
頬っぺたに不満を一杯に詰めて、はち切れそうなほどに膨らませて。
(…頬っぺた、潰されちゃったって…)
負けないもんね、と自負している。
ハーレイなんかに負けはしないと、けして白旗を揚げはしないと。
なんとも酷い恋人だけれど、睨み付けられたら、膨れてやるだけ。
「ごめんなさい」と言いはしないし、謝りもしない。
悪いのは、ハーレイの方だから。
恋人がキスを強請っているのに、知らんぷりをするケチだから。
(…それに、怖い目で睨んでたって…)
ハーレイなんか怖くないから、と自信を持って言い切れる。
鳶色の瞳が鋭い時でも、せいぜい「ハコフグにされる」だけ。
頬っぺたを両手でペシャンコにされて、ハーレイに散々笑われるだけ。
それ以上のことは起こりはしなくて、こうして怒っているだけで済む。
「ハーレイのケチ!」と、もうハーレイは帰った部屋で。
(睨み付けたら、ぼくが怖がると思ってるわけ…?)
甘いよね、とフンと鼻を鳴らした。
睨み付けられたら怖い人なら、他にいるから。
もう大慌てで「ごめんなさい!」と謝らなければ、大変なことになる人が。
(…パパに叱られちゃった時…)
父は滅多に叱らないけれど、叱る時は理由があるけれど…。
(……睨み付けられたら、謝らないと……)
それなりの罰が待っている。
優しい父が寄越す罰だし、それほど酷いものではなくても。
「明日のおやつは半分だな」とか、「おやつは抜きで、食事を多めに食べろ」とか。
そんな具合の罰だけれども、チビの自分には、充分、怖い。
いつも楽しみにしているおやつが、半分だけになるなんて。
半分どころか、おやつが抜きになるなんて。
(…パパの罰は、ホントに怖いから…)
叱られたら、きちんと謝らないと、と心得ている。
父に向って膨れはしない。
「パパのケチ!」などと言おうものなら、おやつは当分、抜きだろう。
来る日も来る日も食事ばかりで、母のケーキは食べられないで。
ケーキはもちろん、プリンもクッキーも、ほんの小さなキャンディーだって。
だから父には膨れたりしない。
母に叱られた時も同じで、「ごめんなさい!」と直ぐに謝る。
そうそう叱られはしないけれども、叱られるからには、悪いのは自分。
ちゃんと反省、そして謝る。
間違っても、頬っぺたは膨らませないで。
唇を尖らせることもしないで、その場で素直に。
(でも、ハーレイは怖くないしね?)
それに悪いのはハーレイだから、と頭の中で繰り返す。
キスをくれない方が悪いと、「恋人を放っておくなんて」と。
どんなにキスを強請ってみたって、ハーレイは睨み付けるだけ。
「俺は子供にキスはしない」の一点張りで。
それでこちらが膨れてみたって、「おっ、フグか?」などと、からかうだけで。
(…あんなに酷い恋人なんて…)
きっと何処にもいないよね、と思うものだから、余計に頬を膨らませたくなる。
もうハーレイは、此処にいなくても。
家に帰ってしまった後でも、腹が立つから。
睨み付けられて怖がる代わりに、プンプン怒りたくなるから。
(…ぼくは絶対、負けないんだから…)
睨まれたくらいで負けやしない、とプウッと頬っぺたを膨らませる。
「潰せるものなら潰してみたら?」と、此処にはいないハーレイに向けて。
今頃は書斎でコーヒーだろうか、そういう恋人に向けて。
(睨んだって、怖くないからね?)
ぼくには効果は無いんだから、と大声で言ってやりたいくらい。
「ハーレイの目なんか怖くないよ」と、「睨み殺せもしないでしょ?」と。
今の自分はチビだけれども、大きなハーレイに負けたりはしない。
勇気はたっぷり、自信もたっぷり。
ハーレイに睨まれたクラスメイトは、誰でも震え上がるのに。
柔道部員も同じだろうに、チビの自分は怖くない。
もっと怖い人を知っているから、父にジロリと睨まれた時は、謝らないと駄目だから。
(…ハーレイ、まるで分かってないよね…)
ぼくは怖がらないってことを、とクスクスと笑う。
いくら睨まれても怖くなどないし、懲りることだって有り得ないのに。
「ハーレイ」が怖くない以上。
ハーレイなどより、父の方が余程怖いのだから。
(…ぼくって、勇敢…)
元がソルジャー・ブルーだもんね、と時の彼方の自分を思う。
今の時代も大英雄として、称え続けられる偉大な初代のソルジャー。
たった一人でメギドを沈めて、ミュウの未来を守った自分。
その魂を継いでいる分、チビでも勇敢なんだから、と。
(ハーレイの中身は、前のハーレイなんだしね?)
ソルジャーに敵うわけないよ、と思った所で気が付いた。
前の自分も同じだったと。
(無茶をして、前のハーレイに睨み付けられたら…)
首を竦めて「分かったよ」とだけ言っていた。
たまに謝ることがあっても、口先ばかり。
また同じことを繰り返してみては、前のハーレイを嘆かせていた。
「何度申し上げたら、あなたはお分かりになるのです?」と。
ソルジャーのために言っているのだと、いつも睨んで来た恋人を。
(…前のぼくの無茶でも、ハーレイは止められなかったものね?)
今のぼくだって、おんなじだよ、と誇らしく思う自分の勇気。
睨み付けられても屈しはしないと、けして怖がったりもしないと。
(……ソルジャー・ブルーだった頃には、パパがいなかった分……)
今の方がちょっぴり弱いかもね、と浮かべた笑み。
睨み付けられたら怖い人なら、今では「父」がいるのだから。
ハーレイは怖いと思わなくても、父に睨まれたら「ごめんなさい!」と謝るから…。
睨み付けられたら・了
※ハーレイ先生に睨み付けられても、怖くないのがブルー君。学校の生徒は慌てるのに。
睨み付けられたら怖い相手は、パパらしいです。おやつ抜きの刑は怖いですよねv
