(シャングリラか……)
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
PR
「ねえ、ハーレイ。我慢のしすぎは…」
良くないんだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…来たぞ…)
いつものパターンだよな、とハーレイは心で身構えた。
此処でウッカリ同意したなら、ブルーの思う壺になる。
(どうせ、こいつの我慢ってヤツは…)
俺からキスが貰えんことだ、とハーレイは既に学習済み。
何度もブルーの問いに騙され、何度も叱り付けて来た。
「お前にキスは早すぎる」と、軽く拳をお見舞いして。
銀色の頭をコツンとやって、チビのブルーを睨み付けて。
(魂胆が分かっているんだから…)
返事なんかはするもんか、とハーレイはカップを傾けた。
知らん顔をして、熱い紅茶を味わう。
「早く飲まないと、冷めちまうぞ?」とブルーを促して。
ポットの中身は冷めないけれども、カップは冷める、と。
「…ハーレイ、勘違いしてるでしょ?」
ぼくが言ってる我慢のこと、とブルーは頬を膨らませた。
「今の話じゃないんだからね」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
いつの話だ、とハーレイはブルーの顔を見詰めた。
ことによっては、考えを改めなければならない。
今のブルーの話だったら、流しておけばいいけれど…。
(違った場合は、真面目に聞かんと…)
駄目なんだ、と時の彼方のことを思った。
前のブルーが過ごした生は、我慢の連続だったのだから。
(そっちでなければいいんだがな?)
お茶の時間には似合わん話題だ、と願ったのに…。
「前って言ったら、前のぼくに決まっているじゃない!」
あの頃は、いつも我慢ばかり、とブルーは言った。
「毎日我慢で、だけど、それでも…」
檻の中よりマシだったから、と赤い瞳が真剣になる。
「だから平気でいられただけ」と、「ホントは駄目」と。
「あんなに我慢ばかりの生活、良くないよね?」と。
(…脱出直後の話だったか…)
後の時代でなくて良かった、とハーレイはホッとした。
そちらだったら、相槌の打ちようもある。
誰もが我慢の時代だったし、苦労話も山とあるから。
「あの頃なあ…。比較対象が酷すぎたんだな」
今だと勘弁願いたいな、と苦笑して指でカップを弾く。
「お茶の時間どころか、飯の心配ばかりだったし…」
「でしょ? 飢え死にはなくても、ジャガイモ地獄…」
キャベツ地獄もあったもんね、とブルーが頷く。
「毎日、ホントに大変だったよ」と「我慢ばかり」と。
確かに我慢ばかりをしていた、あの時代。
ハーレイの記憶に今も鮮やかに残る、ジャガイモ地獄。
前のブルーが人類の船から奪った食材、それだけが全て。
ジャガイモ以外を食べたくなっても、どうしようもない。
他の食材が欲しいのだったら、また奪う他に道は無く…。
(それが出来るのは、前のこいつだけで…)
しかも見た目も中身も子供で、無茶をしそうなブルー。
分かっているから、物資を奪いに出すなど、論外。
何も無いなら仕方ないけれど、船に食材があるのなら。
それがジャガイモばかりだろうと、キャベツだろうと。
「そうだな、あの頃は実に酷かったよな」
毎日が我慢の連続で、とハーレイは厨房時代を思った。
仲間の胃袋を満たすためにと、懸命に工夫していた日々。
皆も分かってくれていたけれど、それでも文句は零れた。
「またジャガイモか」と、「またキャベツか」と。
それでも我慢で、誰もが我慢。
船に食材は他に無いから、ただ、ひたすらに。
前のブルーも黙々と食べて、文句は言わなかったけど…。
「今のぼくだと、絶対、文句を言っちゃうよ」
ジャガイモばかりの食事なんて、とブルーが顔を顰める。
「今だと、心が病気になっちゃう」と「身体もね」と。
「まったくだ。人間、我慢のしすぎは良くない」
心にも、それに身体にもな、とハーレイは笑んだ。
「前の俺たちは頑張りすぎだ」と、「強かったな」と。
そうしたら…。
「ハーレイも、そう思うでしょ? だからね…」
ぼくの心の健康のために、とブルーが強請ったキス。
我慢しすぎて、夜も眠れないから、身体のためにも、と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは別問題だ、とハーレイが軽く落とした拳。
ブルーの小さな銀色の頭に、コツンと痛くないように。
「いいか、ほどほどの我慢ってヤツは、だ…」
心と身体を鍛えるんだぞ、とブルーを叱る。
「お前のは、頑張りすぎとは言わん」と。
「我慢で、強い心を作れ」と、「身体の方も我慢だ」と。
「早寝早起きで強くなれよ」と、「よく眠ってな」と…。
我慢のしすぎは・了
良くないんだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…来たぞ…)
いつものパターンだよな、とハーレイは心で身構えた。
此処でウッカリ同意したなら、ブルーの思う壺になる。
(どうせ、こいつの我慢ってヤツは…)
俺からキスが貰えんことだ、とハーレイは既に学習済み。
何度もブルーの問いに騙され、何度も叱り付けて来た。
「お前にキスは早すぎる」と、軽く拳をお見舞いして。
銀色の頭をコツンとやって、チビのブルーを睨み付けて。
(魂胆が分かっているんだから…)
返事なんかはするもんか、とハーレイはカップを傾けた。
知らん顔をして、熱い紅茶を味わう。
「早く飲まないと、冷めちまうぞ?」とブルーを促して。
ポットの中身は冷めないけれども、カップは冷める、と。
「…ハーレイ、勘違いしてるでしょ?」
ぼくが言ってる我慢のこと、とブルーは頬を膨らませた。
「今の話じゃないんだからね」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
いつの話だ、とハーレイはブルーの顔を見詰めた。
ことによっては、考えを改めなければならない。
今のブルーの話だったら、流しておけばいいけれど…。
(違った場合は、真面目に聞かんと…)
駄目なんだ、と時の彼方のことを思った。
前のブルーが過ごした生は、我慢の連続だったのだから。
(そっちでなければいいんだがな?)
お茶の時間には似合わん話題だ、と願ったのに…。
「前って言ったら、前のぼくに決まっているじゃない!」
あの頃は、いつも我慢ばかり、とブルーは言った。
「毎日我慢で、だけど、それでも…」
檻の中よりマシだったから、と赤い瞳が真剣になる。
「だから平気でいられただけ」と、「ホントは駄目」と。
「あんなに我慢ばかりの生活、良くないよね?」と。
(…脱出直後の話だったか…)
後の時代でなくて良かった、とハーレイはホッとした。
そちらだったら、相槌の打ちようもある。
誰もが我慢の時代だったし、苦労話も山とあるから。
「あの頃なあ…。比較対象が酷すぎたんだな」
今だと勘弁願いたいな、と苦笑して指でカップを弾く。
「お茶の時間どころか、飯の心配ばかりだったし…」
「でしょ? 飢え死にはなくても、ジャガイモ地獄…」
キャベツ地獄もあったもんね、とブルーが頷く。
「毎日、ホントに大変だったよ」と「我慢ばかり」と。
確かに我慢ばかりをしていた、あの時代。
ハーレイの記憶に今も鮮やかに残る、ジャガイモ地獄。
前のブルーが人類の船から奪った食材、それだけが全て。
ジャガイモ以外を食べたくなっても、どうしようもない。
他の食材が欲しいのだったら、また奪う他に道は無く…。
(それが出来るのは、前のこいつだけで…)
しかも見た目も中身も子供で、無茶をしそうなブルー。
分かっているから、物資を奪いに出すなど、論外。
何も無いなら仕方ないけれど、船に食材があるのなら。
それがジャガイモばかりだろうと、キャベツだろうと。
「そうだな、あの頃は実に酷かったよな」
毎日が我慢の連続で、とハーレイは厨房時代を思った。
仲間の胃袋を満たすためにと、懸命に工夫していた日々。
皆も分かってくれていたけれど、それでも文句は零れた。
「またジャガイモか」と、「またキャベツか」と。
それでも我慢で、誰もが我慢。
船に食材は他に無いから、ただ、ひたすらに。
前のブルーも黙々と食べて、文句は言わなかったけど…。
「今のぼくだと、絶対、文句を言っちゃうよ」
ジャガイモばかりの食事なんて、とブルーが顔を顰める。
「今だと、心が病気になっちゃう」と「身体もね」と。
「まったくだ。人間、我慢のしすぎは良くない」
心にも、それに身体にもな、とハーレイは笑んだ。
「前の俺たちは頑張りすぎだ」と、「強かったな」と。
そうしたら…。
「ハーレイも、そう思うでしょ? だからね…」
ぼくの心の健康のために、とブルーが強請ったキス。
我慢しすぎて、夜も眠れないから、身体のためにも、と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは別問題だ、とハーレイが軽く落とした拳。
ブルーの小さな銀色の頭に、コツンと痛くないように。
「いいか、ほどほどの我慢ってヤツは、だ…」
心と身体を鍛えるんだぞ、とブルーを叱る。
「お前のは、頑張りすぎとは言わん」と。
「我慢で、強い心を作れ」と、「身体の方も我慢だ」と。
「早寝早起きで強くなれよ」と、「よく眠ってな」と…。
我慢のしすぎは・了
(ハーレイと一緒に、地球まで来られたんだよね…)
身体は新しくなっちゃったけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったけれども、ハーレイは同じ町にいる。
青く蘇った地球の上にある、ごくごく普通の町の一つに。
(…夢がホントになっちゃった…)
前のぼくの、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
白いシャングリラで、どれほど地球に焦がれたことか。
いつか行きたいと夢を描いて、前のハーレイと交わした約束。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、数え切れないほどの夢を託して。
(でも、前のぼくは…)
地球への夢を、諦めざるを得なかった。
寿命が足りなくなってしまって、行けないと悟った夢の星。
(…もしも、メギドで死ななかったら…)
あるいは行けていたのかも、と考えて、直ぐに首をブンブンと左右に振った。
「そんなのは、無理」と。
前の自分が命を捨ててメギドを止めなかったら、ミュウは滅びていただろう。
白い箱舟も焼かれてしまって、宇宙の藻屑。
(…ハーレイと地球まで行けるどころか、ハーレイだって…)
ナスカで死んでしまっておしまい、と分かっているから、後悔は無い。
前の生の終わりに、泣きじゃくりながら死んでいったことも、後悔なんかは…。
(多分、していなかったよね?)
あまり自信が無いのだけれども、恐らく、してはいないと思う。
ハーレイとの絆は切れてしまっても、ミュウの未来は守れたから。
大勢の仲間を乗せた箱舟を、ハーレイが地球まで、きっと運んでくれるから。
(…だから、それでいい、って…)
前の自分は納得していて、其処で終わりの筈だった。
ハーレイと過ごした幸せな日々も、最後まで持っていたかった恋も。
ところが、終わらなかった恋。
気付けば自分は青い地球にいて、ハーレイまでがついて来た。
(ちょっぴりチビなのが、残念だけど…)
育つまで結婚はお預けどころか、キスさえ、お預け。
それでも、前の自分の夢は…。
(ちゃんと叶っているんだよ)
ハーレイと地球に来られたものね、と今の幸せを噛み締める。
前の生でハーレイと交わした沢山の約束、「地球に着いたら」と描いた夢が叶う人生。
チビの自分が大きくなったら、今のハーレイが叶えてくれる。
旅行に行ったり、ドライブしたりと、計画を立てて。
(生まれて来た星が、地球で良かった…)
夢を叶えるには一番の場所、と嬉しくなる。
他の星に二人で生まれていたなら、前の生での約束を果たそうと思ったら…。
(…地球まで、出掛けて行かないと…)
地球での夢は叶わないから、とても大変だったろう。
ハーレイの仕事が休みになる度、長期の旅行。
夏休みくらいしか、無理かもしれない。
(そうなると、年に一回だけしか…)
地球への旅は出来ないわけだし、旅行の時は予定がビッシリ。
叶えたい約束をギュウギュウ詰め込み、あちこちの地域を駆け回って。
(考えただけでも、忙しそう…)
バテちゃいそうだよ、と思うけれども、ハーレイと一緒に暮らせるのなら…。
(地球でなくても、気にならないよね?)
だって、ハーレイがいるんだもの、と大きく頷く。
前の生の終わりに切れたと思った、ハーレイとの絆。
それが切れずに繋がっていたら、もう、それだけで充分だろう。
地球からは遠い星に生まれてしまって、地球まで行くのが一苦労でも。
前の生での夢を叶えるのが、ハードスケジュールな旅になっても。
(…ハーレイさえ、一緒にいてくれるなら…)
ぼくは何処でも構わないや、と心から思うし、今の生でも、その点は同じ。
ハーレイの仕事に、転勤なんかは無いのだけれど…。
(同じ町にある学校の中で、勤める学校が変わるだけだし…)
他所の町には行かないけれども、仕事によっては、別の地域への転勤もある。
違う町どころか、海を渡った遥か遠くの、全く違う文化の地域へ。
(もしも、そういう仕事だったら…)
この町を離れて、引っ越す日がやって来たかもしれない。
「そんなに遠いの?」と思う地域へ、もしかしたら砂漠があるような所。
うんと暑くて、今の生でも弱い身体には、強い日差しが堪えるくらいに過酷な地域。
(住めば都だから、そういうトコにも…)
好きで暮らしている人は多いし、ハーレイが転勤するのだったら、一緒に行く。
毎日、「暑いよ」と、へばっていても。
ちょっと散歩に出掛けることさえ、昼間は暑くて無理な場所でも。
(…ハーレイが一緒なら、ぼくは幸せ…)
そのハーレイが行くと言うなら、何処へだってついて行くだろう。
「今度の転勤、お前には、ちょっとキツそうだから」と、残るようにと勧められても。
転勤が終わって帰って来るまで、両親の家で暮らすようにと、提案されても。
(ハーレイと離れるなんて、二度と嫌だよ)
メギドの時だけで充分だから、と決意をこめて握った右手。
前の生の終わりに、ハーレイの温もりを失くしてしまって、冷たく凍えてしまったから…。
(今度は、ハーレイの手を離さないってば)
どんな場所でも、ついて行くよ、と右手を見詰める。
「ハーレイが行くなら、何処だって行くよ」と。
(…君が行くなら、ぼくは必ず…)
一緒に行くって言うからね、と。
たとえハーレイが「駄目だ」と言おうが、絶対に「うん」と頷きはしない。
「お前の身体には、良くないから」と、難しい顔をされたって。
しょっちゅう寝込む羽目になろうが、ハーレイと離れるよりはいい。
ハーレイが仕事に行っている間は、一人きりでベッドの住人でも。
用意して行ってくれた食事を、食べる元気も出ない日々でも。
そう、ハーレイが行くと言うなら、何処であろうと一緒に行く。
「お前には無理だ」と説得されても、喧嘩になっても、諦めはしない。
「ぼくも一緒に行くんだから」と、言い張るだけ。
「でなきゃ、ハーレイも行かせやしないよ」と、まるで幼い子供みたいに駄々をこねて。
(…ハーレイが許してくれなくっても…)
なんとかして、ついて行くんだもんね、と決心は固い。
ハーレイが転勤して行った後で、自分もコッソリ纏めておいた荷物を送って…。
(其処へ行く便に乗って追い掛けて行けば、ハーレイだって…)
諦めるしかないだろう。
「ブルーの荷物」がドカンと届いて、本人もやって来たならば。
「今日から、此処で暮らすからね」と、悪びれもせずに、上がり込まれたならば。
(…ハーレイが、ぼくを置いて行くほどの場所だから…)
とても暑いとか、酷く寒いとか、とんでもない気候の場所だろう。
ハーレイを追い掛けて着いた途端に、「こんなトコなの?」と後悔しそうなほどに。
「ぼくの身体、ホントに大丈夫かな」と、クラリと眩暈を起こすくらいに。
(…路線バスとかで、ハーレイの家まで行こうとしてても…)
その計画を立てて来ていても、たちまち挫折する自分がいそう。
「そんなの無理だよ」と、手荷物さえも、もう重すぎて。
ヨロヨロしながらタクシーに乗るのが、精一杯で。
(だけど、ハーレイがいる場所なんだし…)
きっと心は幸せ一杯、「やっと来られた」と弾んでいることだろう。
前の自分が、憧れの地球に着いたみたいな気分になって。
どんなに過酷な気候の場所でも、ハーレイと一緒に暮らせるから。
(前のぼくにとっての、地球とおんなじ…)
ハーレイさえいれば、それで充分、と自信はある。
「ぼくは絶対、後悔しない」と。
寝込んでばかりの日々になっても、身体が悲鳴を上げ続けても。
ハーレイに「やっぱり、お前は帰った方がいい」と心配されても、「嫌だよ」と言うだけ。
快適な暮らしが待っていたって、其処にハーレイはいないから。
毎日、通信を入れてくれても、慰めになりはしないから。
(…君が行くなら、ホントに、どんな所へだって…)
ぼくは必ずついて行くよ、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
今の自分が生まれて来たのは、青い地球。
ハーレイも一緒について来たわけで、聖痕をくれた神様が起こした奇跡のお蔭。
二人で地球に生まれる前には、きっと天国にいたのだろう。
何処にも生まれ変わりはしないで、長い長い時を待っていた。
青く蘇った水の星の上に、前の自分たちとそっくりに育つ身体が用意されるまで。
神様がそれを創り出すまで、天国でずっと待ち続けて…。
(やっと生まれて来て、此処で暮らして…)
生を終えたら、ハーレイと一緒に天国へ帰る。
今度はけして離れることなく、呼吸も鼓動も、同時に止めて。
二人一緒に身体を離れて、神の許へと戻ってゆく。
問題は、それから後のこと。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に生まれて来るか。
あるいは他の星に生まれて、心機一転、新しい暮らしをしてみるだとか。
(どうするにしても、ハーレイと一緒…)
それは絶対、譲らないからね、と思うけれども、ハーレイはどれを選ぶだろうか。
のんびり天国で暮らしてゆくのか、地球に行くのか。
(…今度はスポーツ選手もいいな、って…)
言い出すかもね、と平和な暮らししか浮かばないけれど、なにしろ、天国なのだから…。
(…他の世界も見えちゃうのかな?)
平和になってはいない世界、と心配になる。
神様が見ている世界の中には、そういう場所もあるかもしれない。
前の自分たちが生きた世界みたいに、虐げられる人々が今もいる世界。
ミュウが迫害されていたように、容赦なく殺されてゆくような。
(…もしも、そういう世界があったら…)
ハーレイが、それに気が付いたならば、其処へ行こうと考え始めることだろう。
とても放ってはおけないから。
前のハーレイが、そうだったように。
燃えるアルタミラで、他の仲間を助けなければ、と口にしたのはハーレイだから。
(…前のぼくには、そんな考えなんかは無くって…)
ただぼんやりと座り込んでいたのに、前のハーレイの言葉で、二人一緒に駆け出した。
他のシェルターに閉じ込められた仲間を、一人でも多く助け出そうと。
燃え上がる地面を二人で走って、崩れ落ちて来る瓦礫なんかは気にもしないで。
(…だから、ハーレイなら、きっと…)
今も苦しんでいる人々を放っておけずに、「俺は、あそこに行って来る」と言うのだろう。
「なあに、その内に帰って来るさ」と笑みを浮かべて。
「あそこのヤツらを助け出せたら、大急ぎで此処に戻るから」と。
それまで天国で待っているよう、とても優しい笑顔を向けて。
「ほんの少しの間だしな」と、「お前には危険すぎるから」と。
(…転勤先の気候が、ぼくには厳しすぎるから、って…)
両親の家で暮らした方がいい、と提案するのと、全く変わらない顔をして。
「俺なら一人で大丈夫だから」と、「一人暮らしは得意だってな」と。
(…だけど、そんなの、嫌だから…!)
ハーレイだけが危険な場所に行くなど、我慢が出来るわけがない。
自分はのんびり天国暮らしで、ハーレイだけ苦労するなんて。
危ない目に遭ったり、怪我をするのを、天国から見ているだけだなんて。
(…君が行くなら、ぼくだって行くよ!)
もう一度、メギドみたいなことになっても…、と握り締める右手。
ハーレイの側から離れてしまって、一人きりで死ぬ羽目になろうと…。
(……安全な場所から、見ているだけの暮らしなんかは……)
ぼくには絶対、出来やしない、と分かっているから、ついて行く。
ハーレイが、その道を選ぶなら。
(…絶対、ついて来るんじゃないぞ、って言われるに決まっているけれど…)
コッソリついて行くんだもんね、とニコリと微笑む。
「君が行くなら、ぼくも行くから」と。
「前みたいな地獄が待っていたって、君と一緒なら、天国だから」と…。
君が行くなら・了
※ハーレイ先生が行くのだったら、砂漠だろうと、ついて行くのがブルー君。反対されても。
前の生のような世界だろうと、やはり一緒に行くのです。止められても、コッソリとv
身体は新しくなっちゃったけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったけれども、ハーレイは同じ町にいる。
青く蘇った地球の上にある、ごくごく普通の町の一つに。
(…夢がホントになっちゃった…)
前のぼくの、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
白いシャングリラで、どれほど地球に焦がれたことか。
いつか行きたいと夢を描いて、前のハーレイと交わした約束。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、数え切れないほどの夢を託して。
(でも、前のぼくは…)
地球への夢を、諦めざるを得なかった。
寿命が足りなくなってしまって、行けないと悟った夢の星。
(…もしも、メギドで死ななかったら…)
あるいは行けていたのかも、と考えて、直ぐに首をブンブンと左右に振った。
「そんなのは、無理」と。
前の自分が命を捨ててメギドを止めなかったら、ミュウは滅びていただろう。
白い箱舟も焼かれてしまって、宇宙の藻屑。
(…ハーレイと地球まで行けるどころか、ハーレイだって…)
ナスカで死んでしまっておしまい、と分かっているから、後悔は無い。
前の生の終わりに、泣きじゃくりながら死んでいったことも、後悔なんかは…。
(多分、していなかったよね?)
あまり自信が無いのだけれども、恐らく、してはいないと思う。
ハーレイとの絆は切れてしまっても、ミュウの未来は守れたから。
大勢の仲間を乗せた箱舟を、ハーレイが地球まで、きっと運んでくれるから。
(…だから、それでいい、って…)
前の自分は納得していて、其処で終わりの筈だった。
ハーレイと過ごした幸せな日々も、最後まで持っていたかった恋も。
ところが、終わらなかった恋。
気付けば自分は青い地球にいて、ハーレイまでがついて来た。
(ちょっぴりチビなのが、残念だけど…)
育つまで結婚はお預けどころか、キスさえ、お預け。
それでも、前の自分の夢は…。
(ちゃんと叶っているんだよ)
ハーレイと地球に来られたものね、と今の幸せを噛み締める。
前の生でハーレイと交わした沢山の約束、「地球に着いたら」と描いた夢が叶う人生。
チビの自分が大きくなったら、今のハーレイが叶えてくれる。
旅行に行ったり、ドライブしたりと、計画を立てて。
(生まれて来た星が、地球で良かった…)
夢を叶えるには一番の場所、と嬉しくなる。
他の星に二人で生まれていたなら、前の生での約束を果たそうと思ったら…。
(…地球まで、出掛けて行かないと…)
地球での夢は叶わないから、とても大変だったろう。
ハーレイの仕事が休みになる度、長期の旅行。
夏休みくらいしか、無理かもしれない。
(そうなると、年に一回だけしか…)
地球への旅は出来ないわけだし、旅行の時は予定がビッシリ。
叶えたい約束をギュウギュウ詰め込み、あちこちの地域を駆け回って。
(考えただけでも、忙しそう…)
バテちゃいそうだよ、と思うけれども、ハーレイと一緒に暮らせるのなら…。
(地球でなくても、気にならないよね?)
だって、ハーレイがいるんだもの、と大きく頷く。
前の生の終わりに切れたと思った、ハーレイとの絆。
それが切れずに繋がっていたら、もう、それだけで充分だろう。
地球からは遠い星に生まれてしまって、地球まで行くのが一苦労でも。
前の生での夢を叶えるのが、ハードスケジュールな旅になっても。
(…ハーレイさえ、一緒にいてくれるなら…)
ぼくは何処でも構わないや、と心から思うし、今の生でも、その点は同じ。
ハーレイの仕事に、転勤なんかは無いのだけれど…。
(同じ町にある学校の中で、勤める学校が変わるだけだし…)
他所の町には行かないけれども、仕事によっては、別の地域への転勤もある。
違う町どころか、海を渡った遥か遠くの、全く違う文化の地域へ。
(もしも、そういう仕事だったら…)
この町を離れて、引っ越す日がやって来たかもしれない。
「そんなに遠いの?」と思う地域へ、もしかしたら砂漠があるような所。
うんと暑くて、今の生でも弱い身体には、強い日差しが堪えるくらいに過酷な地域。
(住めば都だから、そういうトコにも…)
好きで暮らしている人は多いし、ハーレイが転勤するのだったら、一緒に行く。
毎日、「暑いよ」と、へばっていても。
ちょっと散歩に出掛けることさえ、昼間は暑くて無理な場所でも。
(…ハーレイが一緒なら、ぼくは幸せ…)
そのハーレイが行くと言うなら、何処へだってついて行くだろう。
「今度の転勤、お前には、ちょっとキツそうだから」と、残るようにと勧められても。
転勤が終わって帰って来るまで、両親の家で暮らすようにと、提案されても。
(ハーレイと離れるなんて、二度と嫌だよ)
メギドの時だけで充分だから、と決意をこめて握った右手。
前の生の終わりに、ハーレイの温もりを失くしてしまって、冷たく凍えてしまったから…。
(今度は、ハーレイの手を離さないってば)
どんな場所でも、ついて行くよ、と右手を見詰める。
「ハーレイが行くなら、何処だって行くよ」と。
(…君が行くなら、ぼくは必ず…)
一緒に行くって言うからね、と。
たとえハーレイが「駄目だ」と言おうが、絶対に「うん」と頷きはしない。
「お前の身体には、良くないから」と、難しい顔をされたって。
しょっちゅう寝込む羽目になろうが、ハーレイと離れるよりはいい。
ハーレイが仕事に行っている間は、一人きりでベッドの住人でも。
用意して行ってくれた食事を、食べる元気も出ない日々でも。
そう、ハーレイが行くと言うなら、何処であろうと一緒に行く。
「お前には無理だ」と説得されても、喧嘩になっても、諦めはしない。
「ぼくも一緒に行くんだから」と、言い張るだけ。
「でなきゃ、ハーレイも行かせやしないよ」と、まるで幼い子供みたいに駄々をこねて。
(…ハーレイが許してくれなくっても…)
なんとかして、ついて行くんだもんね、と決心は固い。
ハーレイが転勤して行った後で、自分もコッソリ纏めておいた荷物を送って…。
(其処へ行く便に乗って追い掛けて行けば、ハーレイだって…)
諦めるしかないだろう。
「ブルーの荷物」がドカンと届いて、本人もやって来たならば。
「今日から、此処で暮らすからね」と、悪びれもせずに、上がり込まれたならば。
(…ハーレイが、ぼくを置いて行くほどの場所だから…)
とても暑いとか、酷く寒いとか、とんでもない気候の場所だろう。
ハーレイを追い掛けて着いた途端に、「こんなトコなの?」と後悔しそうなほどに。
「ぼくの身体、ホントに大丈夫かな」と、クラリと眩暈を起こすくらいに。
(…路線バスとかで、ハーレイの家まで行こうとしてても…)
その計画を立てて来ていても、たちまち挫折する自分がいそう。
「そんなの無理だよ」と、手荷物さえも、もう重すぎて。
ヨロヨロしながらタクシーに乗るのが、精一杯で。
(だけど、ハーレイがいる場所なんだし…)
きっと心は幸せ一杯、「やっと来られた」と弾んでいることだろう。
前の自分が、憧れの地球に着いたみたいな気分になって。
どんなに過酷な気候の場所でも、ハーレイと一緒に暮らせるから。
(前のぼくにとっての、地球とおんなじ…)
ハーレイさえいれば、それで充分、と自信はある。
「ぼくは絶対、後悔しない」と。
寝込んでばかりの日々になっても、身体が悲鳴を上げ続けても。
ハーレイに「やっぱり、お前は帰った方がいい」と心配されても、「嫌だよ」と言うだけ。
快適な暮らしが待っていたって、其処にハーレイはいないから。
毎日、通信を入れてくれても、慰めになりはしないから。
(…君が行くなら、ホントに、どんな所へだって…)
ぼくは必ずついて行くよ、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
今の自分が生まれて来たのは、青い地球。
ハーレイも一緒について来たわけで、聖痕をくれた神様が起こした奇跡のお蔭。
二人で地球に生まれる前には、きっと天国にいたのだろう。
何処にも生まれ変わりはしないで、長い長い時を待っていた。
青く蘇った水の星の上に、前の自分たちとそっくりに育つ身体が用意されるまで。
神様がそれを創り出すまで、天国でずっと待ち続けて…。
(やっと生まれて来て、此処で暮らして…)
生を終えたら、ハーレイと一緒に天国へ帰る。
今度はけして離れることなく、呼吸も鼓動も、同時に止めて。
二人一緒に身体を離れて、神の許へと戻ってゆく。
問題は、それから後のこと。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に生まれて来るか。
あるいは他の星に生まれて、心機一転、新しい暮らしをしてみるだとか。
(どうするにしても、ハーレイと一緒…)
それは絶対、譲らないからね、と思うけれども、ハーレイはどれを選ぶだろうか。
のんびり天国で暮らしてゆくのか、地球に行くのか。
(…今度はスポーツ選手もいいな、って…)
言い出すかもね、と平和な暮らししか浮かばないけれど、なにしろ、天国なのだから…。
(…他の世界も見えちゃうのかな?)
平和になってはいない世界、と心配になる。
神様が見ている世界の中には、そういう場所もあるかもしれない。
前の自分たちが生きた世界みたいに、虐げられる人々が今もいる世界。
ミュウが迫害されていたように、容赦なく殺されてゆくような。
(…もしも、そういう世界があったら…)
ハーレイが、それに気が付いたならば、其処へ行こうと考え始めることだろう。
とても放ってはおけないから。
前のハーレイが、そうだったように。
燃えるアルタミラで、他の仲間を助けなければ、と口にしたのはハーレイだから。
(…前のぼくには、そんな考えなんかは無くって…)
ただぼんやりと座り込んでいたのに、前のハーレイの言葉で、二人一緒に駆け出した。
他のシェルターに閉じ込められた仲間を、一人でも多く助け出そうと。
燃え上がる地面を二人で走って、崩れ落ちて来る瓦礫なんかは気にもしないで。
(…だから、ハーレイなら、きっと…)
今も苦しんでいる人々を放っておけずに、「俺は、あそこに行って来る」と言うのだろう。
「なあに、その内に帰って来るさ」と笑みを浮かべて。
「あそこのヤツらを助け出せたら、大急ぎで此処に戻るから」と。
それまで天国で待っているよう、とても優しい笑顔を向けて。
「ほんの少しの間だしな」と、「お前には危険すぎるから」と。
(…転勤先の気候が、ぼくには厳しすぎるから、って…)
両親の家で暮らした方がいい、と提案するのと、全く変わらない顔をして。
「俺なら一人で大丈夫だから」と、「一人暮らしは得意だってな」と。
(…だけど、そんなの、嫌だから…!)
ハーレイだけが危険な場所に行くなど、我慢が出来るわけがない。
自分はのんびり天国暮らしで、ハーレイだけ苦労するなんて。
危ない目に遭ったり、怪我をするのを、天国から見ているだけだなんて。
(…君が行くなら、ぼくだって行くよ!)
もう一度、メギドみたいなことになっても…、と握り締める右手。
ハーレイの側から離れてしまって、一人きりで死ぬ羽目になろうと…。
(……安全な場所から、見ているだけの暮らしなんかは……)
ぼくには絶対、出来やしない、と分かっているから、ついて行く。
ハーレイが、その道を選ぶなら。
(…絶対、ついて来るんじゃないぞ、って言われるに決まっているけれど…)
コッソリついて行くんだもんね、とニコリと微笑む。
「君が行くなら、ぼくも行くから」と。
「前みたいな地獄が待っていたって、君と一緒なら、天国だから」と…。
君が行くなら・了
※ハーレイ先生が行くのだったら、砂漠だろうと、ついて行くのがブルー君。反対されても。
前の生のような世界だろうと、やはり一緒に行くのです。止められても、コッソリとv
(あいつと、地球に来られたんだが…)
それも蘇った青い地球に、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(青い地球といえば、前のあいつの憧れの星で…)
前の俺だって憧れたんだ、と今もハッキリと覚えている。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと描いた夢を。
「いつか、地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に焦がれたことを。
なのに、青い地球は何処にも無かった。
白いシャングリラから目にしたものは、毒素を含んだ海と砂漠に覆われた星。
死に絶えたままの赤茶けた星が、前の自分たちの時代の地球。
(そいつが青く蘇ってくれて、今の俺たちが暮らしてるんだが…)
実に素晴らしいことなんだが、と頬を緩めて、「しかし…」と思考を元へと戻す。
「あいつと生まれ変われるんだったら、地球でなくても良かったよな」と。
前の生から恋をしていた、愛おしい人。
生まれ変わって、また巡り会えた、大切なブルー。
今ではチビの子供だけれども、ブルーと一緒に暮らせるのならば、別の星でも構わない。
地球からは遠く離れ過ぎていて、そう簡単には行けない星でも。
(…今は平和な時代なんだし、うんと離れていたってだな…)
長い人生を生きる間には、地球へ行ける日も来るだろう。
伴侶になったブルーを連れて、憧れの地球を見に行くために旅をする。
シャングリラの舵輪を握る代わりに、快適な宇宙船の乗客になって。
(それであいつが、地球をすっかり気に入っちまって…)
地球に住みたいと言い出したならば、迷うことなく地球に引っ越す。
それまで暮らした星での仕事も、住み慣れた家も、あっさりと捨てて。
地球で新しい仕事を探して、ブルーの望みの地域に住んで。
(…今の時代なら、そう厄介なことじゃないしな?)
仕事探しも、引っ越しだって…、と大きく頷く。
「あいつが望むなら、お安い御用だ」と、「地球で一から、また始めるさ」と。
今の自分でも、同じ選択は出来ると思う。
地球とは違った何処か別の星で、ブルーが暮らしたいのなら。
「あの星で暮らせたらいいな」と、前の生で地球に焦がれていたのと、同じ瞳をするのなら。
(…絶対、有り得ないんだが…)
あいつの憧れは青い地球だし、と分かってはいても、「俺にだって出来るさ」と溢れる自信。
ブルーが行きたいと言うのだったら、どんな星にでも、一緒に引っ越してゆく。
古典の教師の仕事は捨てて、長く暮らした家さえも捨てて。
(…親父とおふくろも、置いてっちまうことになるんだが…)
マメに連絡すればいいさ、と思い浮かべる、隣町に住む両親の顔。
「遠くへ引っ越すことにしたんだ」と言っても、きっと許してくれる、と。
(俺の親父と、おふくろだしな?)
引っ越す理由を口にしたなら、「頑張れ」と励ますことだろう。
伴侶になったブルーの望みを、ちゃんと叶えてやるべきだ、と。
(幸せにしてやるんだぞ、と…)
父にバンバン背中を叩かれ、母からも貰う励ましの言葉。
「しっかり仕事を探しなさいよ」と、「ブルー君を幸せにしてあげなさいね」と。
(…引っ越し先には、古典の教師の仕事なんかは無くっても…)
なんとかなるさ、と眺める両手。
「力仕事も充分出来るし、料理も、そこそこ出来るんだしな」と。
ブルーを食べさせてゆける仕事を見付けて、家も見付けて、二人で暮らす。
地球からは遠く離れた星でも、其処でブルーが暮らしたいなら。
今のブルーの夢の星なら、たとえ砂漠の星であろうと。
(…そうさ、あいつが行くと言うなら…)
何処へだって行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「あいつが行くなら、何処へだって」と。
地球でなくても、どんな場所でも、ブルーが行くなら、一緒にゆく。
迷うことなく、瞬時に決めて。
「お前が行くなら、俺も行くさ」と、とびきりの笑顔をブルーに向けて。
(…行った先で、少々、苦労しようが…)
苦労の内にも入らないよな、と心から思う。
ブルーの望みを叶えるためなら、どんな苦労も厭いはしない。
前の生からそうだったのだし、今の生でも同じこと。
(砂漠で暮らして、毎日、水汲みから始まるようになってもだな…)
水場が遠くて大変だろうと、其処がブルーの望みの場所なら、気にしない。
ブルーは、其処がいいのだから。
砂まみれになって暮らす日々でも、幸せ一杯でいてくれるなら。
(…まあ、あいつだって、そんな人生は…)
望まないだろうし、一生、地球で平和に行くさ、と思ったところで、ハタと気付いた。
「じゃあ、この次はどうなんだ?」と。
青い地球の上で共に暮らして、此処での生を終えた後。
ブルーの望みは、「ハーレイが死ぬ時は、ぼくも一緒」で、同時に逝くこと。
二人揃って、この青い星に別れを告げるのだけれど、そうして身体を離れた後は…。
(…まずは天国に戻って行って…)
それから先は、どうするのだろう。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に戻るのか。
あるいは別の星に行くのか、そういったことは、どうなるのだろう、と。
(俺たちは多分、地球に来るまで…)
一度も、何処にも生まれちゃいない、と確信に満ちた思いがある。
前の自分たちと同じ姿に育つ肉体、それを得られる時が来るまで待っていたのだ、と。
(…神様が、そのように計らって下さって…)
長い時間を天国で待って、今の時代に生まれて来たのに違いない。
ブルーと二人で、今度こそ幸せに生きられるよう。
前の生で夢を描いていた星、青く蘇った水の星の上で。
(…俺たちの望みは、叶ったんだし…)
ブルーだって、きっと大満足の人生を送ってゆける。
前の生で地球に抱いていた夢、それを端から叶えていって。
今ならではの沢山の夢も、全て叶えて、幸せ一杯。
最高の人生を送ったブルーは、また天国に戻った後は、どんな選択をするのだろう。
もう一度、地球に行こうとするのか、天国でのんびり暮らしてゆくか。
(…さてな…?)
こればっかりは、俺には分からん、とコーヒーのカップを傾ける。
いくらブルーのことが好きでも、自分は「ブルー」ではないのだから。
ブルーが何を考えているか、どう望むのかは、ブルー自身にしか分からない。
(…心を読むのとは、別問題で…)
あいつにしか分かりはしないしな、と思うけれども、ブルーが選んだ道ならば…。
(俺は一緒について行くだけで、ずっと一緒だ)
さっきも考えていた通りにな、と迷いなどは無い。
ブルーが、また地球に生まれたいなら、自分も地球に生まれて来る。
のんびり天国暮らしをするなら、ブルーと一緒にのんびり暮らす。
(…あいつが行くなら、何処だって行くさ)
砂漠の星でも気にしないぞ、と脳裏に描いた、死の星だった地球。
「ああいう星でも、行ってやるさ」と、「あいつが行きたいと言うんならな」と。
(…今の時代じゃ、あんな星なんか…)
何処にも無いと思うんだがな、と分かるけれども、ブルーが「次」を決める所は…。
(天国って所で、此処とは違って…)
ありとあらゆる様々な世界、それを見渡せる場所かもしれない。
平和などとは縁遠い星や、前の自分たちが生きていた頃の世界みたいに…。
(…迫害されて、片っ端から殺されていく人間たちが…)
いる世界だって、もしかしたら、今もあるかもしれない。
全く違った別の世界なら、それも有り得る。
天国という場所から広く見渡せば、目に入る世界の中の一つに。
(あいつが、それを見付けちまったら…)
行こうとするかもしれないな、と零れた溜息。
「なにしろ、あいつなんだから」と。
今は我儘な甘えん坊のチビで、サイオンも不器用な子供であっても、中身は「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人。
(…うんと幸せに暮らした後だと…)
きっと放っておけないだろうな、と容易に分かる。
「次に選ぶのは、その世界だろう」と。
恐ろしい世界に生まれ変わって、迫害されている人々を助けようとするのだろう、と。
平和な青い地球があるのに、のんびり天国にいてもいいのに、違う世界へ行くブルー。
かつて背負って生きた重荷を、また背負うために。
苦しむ人々を救って、逃がして、生きられる道へ導くために。
(…そうするために、あいつが行くなら…)
俺も一緒に行くまでだ、とカップに入ったコーヒーを見詰める。
「またコーヒーとも、おさらばかもな」と。
時の彼方で暮らした船には、本物のコーヒーは無かったから。
キャロブから作った代用品だけ、そんな暮らしが長かったから。
(そうなったとしても、本望ってヤツだ)
ブルーと一緒に行けるのならな、と後悔しない自信はある。
「次の人生でも、あいつの側にいられるんなら、コーヒーなんぞは、要りはしないさ」と。
どうせブルーはコーヒーが苦手、次の生でも同じことだろう。
それなら、コーヒーなどは無用の長物、代用品さえ無くてもいい。
(次は、ブルーもコーヒーが好きになってりゃ、別なんだがな)
きっと必死にコーヒーを探す俺がいるさ、と思うくらいに、ブルーのことが、まずは第一。
わざわざ重荷を背負いに行くなら、なおのこと。
次は少しでも、重荷を軽くしてやりたい。
最初から二人で行く世界だから、ブルーが背負うのだろう荷物を…。
(俺が半分、いや、俺の方が身体がデカい分だけ、余計にだ…)
ブルーの肩から、背中から、ヒョイと取り上げて代わりに背負う。
「このくらい、俺に任せておけ」と。
「お前の身体は小さいんだから、無理をするな」と。
とはいえ、相手は「ブルー」なのだし…。
(そうもいかん、という気もするが…)
ついでに、俺の能力不足ということも…、と思っても決意は変わりはしない。
「次こそは、俺が背負ってやる」と。
ブルーにしか背負えないというのだったら、ブルーを背負う。
「ブルー」を丸ごと背負ってやったら、重荷も一緒についてくる筈。
「ハーレイ」の手には余るものでも、ブルーの心の重荷なら…。
(背負えるんだし、そうすりゃいいっていうだけのことだ)
丸ごと広い背中に背負って、ブルーの辛い人生までをも、自分が背負ってやったなら。
(うん、それでいいな)
それなら、あいつも辛くないさ、と固めた決心。
今の平和な、地球での暮らしもいいけれど…。
(あいつが行くなら、前みたいな地獄に逆戻りでも…)
次こそ、上手く生きてみせる、と一気に飲み干したコーヒーの残り。
「またコーヒーとは、おさらばでもな」と。
嗜好品などまるで無くても、ブルーと一緒にいられればいい。
地獄のような世界でも。
ブルーが重荷を背負ってゆくなら、それをブルーごと背負ってやって…。
あいつが行くなら・了
※ブルー君が行くと言うなら、どんな場所でも一緒に行くのがハーレイ先生。砂漠の星でも。
次の生でブルーが辛い人生を選び取っても、やはり一緒に行くのです。何処までも、二人でv
それも蘇った青い地球に、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(青い地球といえば、前のあいつの憧れの星で…)
前の俺だって憧れたんだ、と今もハッキリと覚えている。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと描いた夢を。
「いつか、地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に焦がれたことを。
なのに、青い地球は何処にも無かった。
白いシャングリラから目にしたものは、毒素を含んだ海と砂漠に覆われた星。
死に絶えたままの赤茶けた星が、前の自分たちの時代の地球。
(そいつが青く蘇ってくれて、今の俺たちが暮らしてるんだが…)
実に素晴らしいことなんだが、と頬を緩めて、「しかし…」と思考を元へと戻す。
「あいつと生まれ変われるんだったら、地球でなくても良かったよな」と。
前の生から恋をしていた、愛おしい人。
生まれ変わって、また巡り会えた、大切なブルー。
今ではチビの子供だけれども、ブルーと一緒に暮らせるのならば、別の星でも構わない。
地球からは遠く離れ過ぎていて、そう簡単には行けない星でも。
(…今は平和な時代なんだし、うんと離れていたってだな…)
長い人生を生きる間には、地球へ行ける日も来るだろう。
伴侶になったブルーを連れて、憧れの地球を見に行くために旅をする。
シャングリラの舵輪を握る代わりに、快適な宇宙船の乗客になって。
(それであいつが、地球をすっかり気に入っちまって…)
地球に住みたいと言い出したならば、迷うことなく地球に引っ越す。
それまで暮らした星での仕事も、住み慣れた家も、あっさりと捨てて。
地球で新しい仕事を探して、ブルーの望みの地域に住んで。
(…今の時代なら、そう厄介なことじゃないしな?)
仕事探しも、引っ越しだって…、と大きく頷く。
「あいつが望むなら、お安い御用だ」と、「地球で一から、また始めるさ」と。
今の自分でも、同じ選択は出来ると思う。
地球とは違った何処か別の星で、ブルーが暮らしたいのなら。
「あの星で暮らせたらいいな」と、前の生で地球に焦がれていたのと、同じ瞳をするのなら。
(…絶対、有り得ないんだが…)
あいつの憧れは青い地球だし、と分かってはいても、「俺にだって出来るさ」と溢れる自信。
ブルーが行きたいと言うのだったら、どんな星にでも、一緒に引っ越してゆく。
古典の教師の仕事は捨てて、長く暮らした家さえも捨てて。
(…親父とおふくろも、置いてっちまうことになるんだが…)
マメに連絡すればいいさ、と思い浮かべる、隣町に住む両親の顔。
「遠くへ引っ越すことにしたんだ」と言っても、きっと許してくれる、と。
(俺の親父と、おふくろだしな?)
引っ越す理由を口にしたなら、「頑張れ」と励ますことだろう。
伴侶になったブルーの望みを、ちゃんと叶えてやるべきだ、と。
(幸せにしてやるんだぞ、と…)
父にバンバン背中を叩かれ、母からも貰う励ましの言葉。
「しっかり仕事を探しなさいよ」と、「ブルー君を幸せにしてあげなさいね」と。
(…引っ越し先には、古典の教師の仕事なんかは無くっても…)
なんとかなるさ、と眺める両手。
「力仕事も充分出来るし、料理も、そこそこ出来るんだしな」と。
ブルーを食べさせてゆける仕事を見付けて、家も見付けて、二人で暮らす。
地球からは遠く離れた星でも、其処でブルーが暮らしたいなら。
今のブルーの夢の星なら、たとえ砂漠の星であろうと。
(…そうさ、あいつが行くと言うなら…)
何処へだって行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
「あいつが行くなら、何処へだって」と。
地球でなくても、どんな場所でも、ブルーが行くなら、一緒にゆく。
迷うことなく、瞬時に決めて。
「お前が行くなら、俺も行くさ」と、とびきりの笑顔をブルーに向けて。
(…行った先で、少々、苦労しようが…)
苦労の内にも入らないよな、と心から思う。
ブルーの望みを叶えるためなら、どんな苦労も厭いはしない。
前の生からそうだったのだし、今の生でも同じこと。
(砂漠で暮らして、毎日、水汲みから始まるようになってもだな…)
水場が遠くて大変だろうと、其処がブルーの望みの場所なら、気にしない。
ブルーは、其処がいいのだから。
砂まみれになって暮らす日々でも、幸せ一杯でいてくれるなら。
(…まあ、あいつだって、そんな人生は…)
望まないだろうし、一生、地球で平和に行くさ、と思ったところで、ハタと気付いた。
「じゃあ、この次はどうなんだ?」と。
青い地球の上で共に暮らして、此処での生を終えた後。
ブルーの望みは、「ハーレイが死ぬ時は、ぼくも一緒」で、同時に逝くこと。
二人揃って、この青い星に別れを告げるのだけれど、そうして身体を離れた後は…。
(…まずは天国に戻って行って…)
それから先は、どうするのだろう。
ずっと天国で暮らしてゆくのか、また青い地球に戻るのか。
あるいは別の星に行くのか、そういったことは、どうなるのだろう、と。
(俺たちは多分、地球に来るまで…)
一度も、何処にも生まれちゃいない、と確信に満ちた思いがある。
前の自分たちと同じ姿に育つ肉体、それを得られる時が来るまで待っていたのだ、と。
(…神様が、そのように計らって下さって…)
長い時間を天国で待って、今の時代に生まれて来たのに違いない。
ブルーと二人で、今度こそ幸せに生きられるよう。
前の生で夢を描いていた星、青く蘇った水の星の上で。
(…俺たちの望みは、叶ったんだし…)
ブルーだって、きっと大満足の人生を送ってゆける。
前の生で地球に抱いていた夢、それを端から叶えていって。
今ならではの沢山の夢も、全て叶えて、幸せ一杯。
最高の人生を送ったブルーは、また天国に戻った後は、どんな選択をするのだろう。
もう一度、地球に行こうとするのか、天国でのんびり暮らしてゆくか。
(…さてな…?)
こればっかりは、俺には分からん、とコーヒーのカップを傾ける。
いくらブルーのことが好きでも、自分は「ブルー」ではないのだから。
ブルーが何を考えているか、どう望むのかは、ブルー自身にしか分からない。
(…心を読むのとは、別問題で…)
あいつにしか分かりはしないしな、と思うけれども、ブルーが選んだ道ならば…。
(俺は一緒について行くだけで、ずっと一緒だ)
さっきも考えていた通りにな、と迷いなどは無い。
ブルーが、また地球に生まれたいなら、自分も地球に生まれて来る。
のんびり天国暮らしをするなら、ブルーと一緒にのんびり暮らす。
(…あいつが行くなら、何処だって行くさ)
砂漠の星でも気にしないぞ、と脳裏に描いた、死の星だった地球。
「ああいう星でも、行ってやるさ」と、「あいつが行きたいと言うんならな」と。
(…今の時代じゃ、あんな星なんか…)
何処にも無いと思うんだがな、と分かるけれども、ブルーが「次」を決める所は…。
(天国って所で、此処とは違って…)
ありとあらゆる様々な世界、それを見渡せる場所かもしれない。
平和などとは縁遠い星や、前の自分たちが生きていた頃の世界みたいに…。
(…迫害されて、片っ端から殺されていく人間たちが…)
いる世界だって、もしかしたら、今もあるかもしれない。
全く違った別の世界なら、それも有り得る。
天国という場所から広く見渡せば、目に入る世界の中の一つに。
(あいつが、それを見付けちまったら…)
行こうとするかもしれないな、と零れた溜息。
「なにしろ、あいつなんだから」と。
今は我儘な甘えん坊のチビで、サイオンも不器用な子供であっても、中身は「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた人。
(…うんと幸せに暮らした後だと…)
きっと放っておけないだろうな、と容易に分かる。
「次に選ぶのは、その世界だろう」と。
恐ろしい世界に生まれ変わって、迫害されている人々を助けようとするのだろう、と。
平和な青い地球があるのに、のんびり天国にいてもいいのに、違う世界へ行くブルー。
かつて背負って生きた重荷を、また背負うために。
苦しむ人々を救って、逃がして、生きられる道へ導くために。
(…そうするために、あいつが行くなら…)
俺も一緒に行くまでだ、とカップに入ったコーヒーを見詰める。
「またコーヒーとも、おさらばかもな」と。
時の彼方で暮らした船には、本物のコーヒーは無かったから。
キャロブから作った代用品だけ、そんな暮らしが長かったから。
(そうなったとしても、本望ってヤツだ)
ブルーと一緒に行けるのならな、と後悔しない自信はある。
「次の人生でも、あいつの側にいられるんなら、コーヒーなんぞは、要りはしないさ」と。
どうせブルーはコーヒーが苦手、次の生でも同じことだろう。
それなら、コーヒーなどは無用の長物、代用品さえ無くてもいい。
(次は、ブルーもコーヒーが好きになってりゃ、別なんだがな)
きっと必死にコーヒーを探す俺がいるさ、と思うくらいに、ブルーのことが、まずは第一。
わざわざ重荷を背負いに行くなら、なおのこと。
次は少しでも、重荷を軽くしてやりたい。
最初から二人で行く世界だから、ブルーが背負うのだろう荷物を…。
(俺が半分、いや、俺の方が身体がデカい分だけ、余計にだ…)
ブルーの肩から、背中から、ヒョイと取り上げて代わりに背負う。
「このくらい、俺に任せておけ」と。
「お前の身体は小さいんだから、無理をするな」と。
とはいえ、相手は「ブルー」なのだし…。
(そうもいかん、という気もするが…)
ついでに、俺の能力不足ということも…、と思っても決意は変わりはしない。
「次こそは、俺が背負ってやる」と。
ブルーにしか背負えないというのだったら、ブルーを背負う。
「ブルー」を丸ごと背負ってやったら、重荷も一緒についてくる筈。
「ハーレイ」の手には余るものでも、ブルーの心の重荷なら…。
(背負えるんだし、そうすりゃいいっていうだけのことだ)
丸ごと広い背中に背負って、ブルーの辛い人生までをも、自分が背負ってやったなら。
(うん、それでいいな)
それなら、あいつも辛くないさ、と固めた決心。
今の平和な、地球での暮らしもいいけれど…。
(あいつが行くなら、前みたいな地獄に逆戻りでも…)
次こそ、上手く生きてみせる、と一気に飲み干したコーヒーの残り。
「またコーヒーとは、おさらばでもな」と。
嗜好品などまるで無くても、ブルーと一緒にいられればいい。
地獄のような世界でも。
ブルーが重荷を背負ってゆくなら、それをブルーごと背負ってやって…。
あいつが行くなら・了
※ブルー君が行くと言うなら、どんな場所でも一緒に行くのがハーレイ先生。砂漠の星でも。
次の生でブルーが辛い人生を選び取っても、やはり一緒に行くのです。何処までも、二人でv
「理不尽だよね…」
ホントのホントに、とブルーがフウと零した溜息。
ハーレイの目の前で、浮かない顔で肩まで落として。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 理不尽って…」
何がだ、とハーレイはテーブルの上を見回した。
少し前に、ブルーの母が運んで来てくれた、午後のお茶。
熱い紅茶がカップに注がれ、ポットにもたっぷり。
ブルーのカップも、ハーレイのカップも、セットの品。
(…紅茶は全く同じだぞ?)
俺だけコーヒーってわけでもないし、とハーレイは悩む。
皿に載せられたケーキにしたって、何処も変わらない。
(お互い、ちょっとは食っちまったから…)
大きさに差が見えるけれども、元は同じな大きさだった。
ハーレイの分だけ大きめだった、ということはない。
なんと言っても、ブルーはケーキや甘いお菓子が大好物。
(たとえ食い切れないにしたって、差があったら、だ…)
機嫌が悪くなるのは確実、だから最初から差はつかない。
ブルーの具合が悪くない限り、いつも大きさは全く同じ。
そういったわけで、見たところ、理不尽な点は無かった。
ブルーが溜息を零す理由も、肩を落としてしまう原因も。
(…弱ったな…)
いったい何が理不尽なんだ、とハーレイには解せない。
ブルーの家に来てからだって、何も起きてはいない筈。
(俺だけ優遇されるようなことは…)
無かったよな、と順に振り返ってみる。
家に着いてブルーの部屋に通され、それから…、と。
午前中に此処で出て来たお茶もお菓子も、ブルーと公平。
昼食は、ブルーの分が少なめだったのだけれど…。
(そいつも、いつもと同じでだな…)
俺と同じな量だった方が理不尽だぞ、とハーレイは思う。
なにしろブルーは食が細くて、少しの量でお腹一杯。
昼食をたっぷり摂ろうものなら、午後のおやつは無理。
(朝飯の時に、お父さんの皿からソーセージを、だ…)
「これも食べろよ」と譲られただけでも苦労するらしい。
たった一本、増えただけなのに。
ハーレイにしてみれば、本当に「たった一本」なのに。
(そんなヤツだし、昼飯は少なくなっていないと…)
逆に困ってしまう筈だが、と謎は深まる。
けれど、昼食の量くらいしか思い付かないものだから…。
「おい。理不尽っていうのは、もしかして、だ…」
昼飯なのか、とハーレイはブルーに問い掛けた。
「俺の方が量が多かったんだが、それなのか?」と。
するとブルーは、「うん…」と小さく頷いた。
「そうなるの、仕方ないけれど…。だってハーレイは…」
ぼくと違って大きいもんね、とブルーは再び溜息をつく。
「大人は身体が大きいんだから、食べられる量も…」と。
「おいおいおい…」
そりゃまあ、俺は大人なんだが、とハーレイは苦笑した。
ブルーの言い分は分かるけれども、指摘したくなる。
「前のお前は…」と、時の彼方でのことを。
「いいか、お前が大人になったところで、大した量は…」
食えんだろうが、とクックッと笑う。
「前のお前も食が細くて、食えなかったぞ」と。
「俺と同じ量の朝飯なんかは、無理だったんだし」と。
そう言ってやると、ブルーは「でも…」と反論して来た。
「それはそうだけど、でも、ハーレイだけ…」
大人だっていうのは、理不尽だよ、と。
こんな差なんかつかなくっても、と頬を膨らませて。
「あのね、ぼくだけチビなんだよ?」
食事も少なくされるくらいの、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイは、とっくに大人なのに」と、睨み付けて。
「どうしてぼくだけ、まだチビなわけ?」と。
(…そこか…!)
理不尽だと言ってやがるのは、とハーレイも溜息をつく。
「またか」と、「キスが出来ない文句を言う気だ」と。
どうせそうなるに決まっているから、先に口を開いた。
「なるほど、お前も前と同じに大人が良かった、と」
そうなんだな、と確認すると、ブルーは大きく頷く。
「決まってるでしょ、その方が、ずっと…!」
いいんだもの、と言うから、ハーレイは笑って返した。
「そうだな、俺も暇になるしな」と。
「学校でまで、お前と顔を合わせもしないし」と。
仕事帰りにまで寄らなくてよくて、週末だけで、とも。
「ちょ、ちょっと…!」
そうなっちゃうの、とブルーが叫ぶから、ニヤリと笑う。
「当然だろうが」と、「お前は上の学校なんだし」と。
「そうそう会ってはいられないぞ」と。
「困るよ、それは…!」
このままでいい、とブルーは悲鳴を上げ続ける。
「それじゃ、結婚するまで、ずっと離れっ放しだよ」と。
「そんなの嫌だ」と、「チビでなくちゃ困る」と…。
理不尽だよね・了
ホントのホントに、とブルーがフウと零した溜息。
ハーレイの目の前で、浮かない顔で肩まで落として。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 理不尽って…」
何がだ、とハーレイはテーブルの上を見回した。
少し前に、ブルーの母が運んで来てくれた、午後のお茶。
熱い紅茶がカップに注がれ、ポットにもたっぷり。
ブルーのカップも、ハーレイのカップも、セットの品。
(…紅茶は全く同じだぞ?)
俺だけコーヒーってわけでもないし、とハーレイは悩む。
皿に載せられたケーキにしたって、何処も変わらない。
(お互い、ちょっとは食っちまったから…)
大きさに差が見えるけれども、元は同じな大きさだった。
ハーレイの分だけ大きめだった、ということはない。
なんと言っても、ブルーはケーキや甘いお菓子が大好物。
(たとえ食い切れないにしたって、差があったら、だ…)
機嫌が悪くなるのは確実、だから最初から差はつかない。
ブルーの具合が悪くない限り、いつも大きさは全く同じ。
そういったわけで、見たところ、理不尽な点は無かった。
ブルーが溜息を零す理由も、肩を落としてしまう原因も。
(…弱ったな…)
いったい何が理不尽なんだ、とハーレイには解せない。
ブルーの家に来てからだって、何も起きてはいない筈。
(俺だけ優遇されるようなことは…)
無かったよな、と順に振り返ってみる。
家に着いてブルーの部屋に通され、それから…、と。
午前中に此処で出て来たお茶もお菓子も、ブルーと公平。
昼食は、ブルーの分が少なめだったのだけれど…。
(そいつも、いつもと同じでだな…)
俺と同じな量だった方が理不尽だぞ、とハーレイは思う。
なにしろブルーは食が細くて、少しの量でお腹一杯。
昼食をたっぷり摂ろうものなら、午後のおやつは無理。
(朝飯の時に、お父さんの皿からソーセージを、だ…)
「これも食べろよ」と譲られただけでも苦労するらしい。
たった一本、増えただけなのに。
ハーレイにしてみれば、本当に「たった一本」なのに。
(そんなヤツだし、昼飯は少なくなっていないと…)
逆に困ってしまう筈だが、と謎は深まる。
けれど、昼食の量くらいしか思い付かないものだから…。
「おい。理不尽っていうのは、もしかして、だ…」
昼飯なのか、とハーレイはブルーに問い掛けた。
「俺の方が量が多かったんだが、それなのか?」と。
するとブルーは、「うん…」と小さく頷いた。
「そうなるの、仕方ないけれど…。だってハーレイは…」
ぼくと違って大きいもんね、とブルーは再び溜息をつく。
「大人は身体が大きいんだから、食べられる量も…」と。
「おいおいおい…」
そりゃまあ、俺は大人なんだが、とハーレイは苦笑した。
ブルーの言い分は分かるけれども、指摘したくなる。
「前のお前は…」と、時の彼方でのことを。
「いいか、お前が大人になったところで、大した量は…」
食えんだろうが、とクックッと笑う。
「前のお前も食が細くて、食えなかったぞ」と。
「俺と同じ量の朝飯なんかは、無理だったんだし」と。
そう言ってやると、ブルーは「でも…」と反論して来た。
「それはそうだけど、でも、ハーレイだけ…」
大人だっていうのは、理不尽だよ、と。
こんな差なんかつかなくっても、と頬を膨らませて。
「あのね、ぼくだけチビなんだよ?」
食事も少なくされるくらいの、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイは、とっくに大人なのに」と、睨み付けて。
「どうしてぼくだけ、まだチビなわけ?」と。
(…そこか…!)
理不尽だと言ってやがるのは、とハーレイも溜息をつく。
「またか」と、「キスが出来ない文句を言う気だ」と。
どうせそうなるに決まっているから、先に口を開いた。
「なるほど、お前も前と同じに大人が良かった、と」
そうなんだな、と確認すると、ブルーは大きく頷く。
「決まってるでしょ、その方が、ずっと…!」
いいんだもの、と言うから、ハーレイは笑って返した。
「そうだな、俺も暇になるしな」と。
「学校でまで、お前と顔を合わせもしないし」と。
仕事帰りにまで寄らなくてよくて、週末だけで、とも。
「ちょ、ちょっと…!」
そうなっちゃうの、とブルーが叫ぶから、ニヤリと笑う。
「当然だろうが」と、「お前は上の学校なんだし」と。
「そうそう会ってはいられないぞ」と。
「困るよ、それは…!」
このままでいい、とブルーは悲鳴を上げ続ける。
「それじゃ、結婚するまで、ずっと離れっ放しだよ」と。
「そんなの嫌だ」と、「チビでなくちゃ困る」と…。
理不尽だよね・了
