(今日も一日終わったってな)
ついでにツイてる日だったぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
今日は平日だったのだけれど、朝一番にブルーに会えた。
もっとも、「朝一番」なのはブルーにとってで、自分にとっては…。
(朝二番とか、三番だとか…)
少なくとも一番じゃなかったよな、ということだけは間違いない。
朝から出掛けて行った学校、柔道部員たちとの朝練。
走り込みから付き合ったりして、一仕事終えた後でのこと。
(指導の時は柔道着だから…)
教師としての服に着替えよう、と歩いていたらブルーに会った。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と弾けた笑顔。
其処で暫く立ち話をして、「今日も元気に頑張れよ?」と見送ったブルー。
次に会ったのはブルーの教室、古典の授業の日だったから。
ブルーだけを贔屓はしないけれども、同じ教室にいてくれるだけで嬉しくなる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
姿がチラリと見えれば幸せ、声が聞けたらもっと幸せ。
(今日は朝からツイていて…)
仕事の後にもツイてたんだ、とブルーとの時間を思い出す。
今日は仕事が早く終わったから、帰りに寄れたブルーの家。
其処で夕食を御馳走になって、食後のお茶もブルーの部屋でゆっくりと。
(あいつと、たっぷり話せたしな?)
本当にいい日だったんだ、と家に帰った後も幸せ一杯。
コーヒーを淹れる時にも何度も考えたこと。「いい日だった」と。
苦いコーヒーは苦手な恋人、小さなブルーを想いながら。
ブルーはコーヒーが苦手だけれども、それは幼いからではなくて。
前のブルーも、同じに苦手で。
(まるで飲めないままだったっけな)
苦いから、と顔を顰めたソルジャー・ブルー。「こんな飲み物の何処がいいんだい?」と。
それでもたまに欲しがってみては、とんでもない飲み方をしていたブルー。
(砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリームこんもりなんだ…)
でないと苦くて飲めないから。ブルーの舌には美味しくないから。
今のブルーも「ぼくもコーヒー!」と強請った挙句に、同じ飲み方になっていた。
変わらないものは変わらないらしい、生まれ変わって別の人生でも。
前の自分たちが生きた時代とは、ガラリと変わった世界でも。
(何が違うって、地球からして別の星だから…)
同じ地球には見えないよな、と思うのが自分が住んでいる星。
前の自分が眺めた地球は、青く輝いてはいなかった。
青い地球など何処にも無くて、赤茶けた死の星があっただけ。
どれほど皆が打ちひしがれたか、前の自分も悲しかったか。
「とてもブルーには見せられない」と思った地球。
青い地球がブルーの夢だったから。最期まできっと焦がれたろうから。
(その地球が今じゃすっかり青くて、おまけに俺たちが住んでるってな)
前の生では、懸命に地球を目指したのに。
白いシャングリラでブルーと共に、ブルーがいなくなった後にも、ただひたすらに。
ブルーを失くして、生ける屍のようになっていたって、それがブルーの最後の望み。
ジョミーを支えて地球に行くこと、シャングリラを地球まで運んでゆくこと。
これが自分の役目なのだ、と歯を食いしばって辿り着いた地球、ブルーが焦がれ続けた星。
本当だったら、ブルーと行きたかったのに。
ブルーと青い地球を眺めて、「やっと来られた」と夢を叶えたかったのに。
前のブルーと、幾つもの夢を描いたから。
地球に着いたらあれをしようと、これもしようと。
前の自分の夢は何一つ叶わなかった地球。
ブルーと二人で行けはしなくて、青い星でさえなかった地球。
それが今では青く蘇って、自分とブルーが暮らす星。
二人とも地球の上に生まれて、生粋の地球育ちだから。
(そいつも凄いが、生まれ方だって違うんだ…)
人工子宮から生まれた子供が、前の生での自分たち。
記憶は失くしてしまったけれども、養父母に育てられていた。実の親などいなかったから。
なのに今だと、血が繋がった両親がいる。自分にも、もちろんブルーにも。
(でもって、成人検査も無いから…)
親はいつまでも自分の親だし、引き離されることはない。
そして人間は誰もがミュウで、もう戦いなど無い世界。広い宇宙の何処を探しても。
(何もかも、変わっちまったが…)
変わらないのがブルーの姿で、ちょっぴりチビになっただけ。
コーヒーが苦手な所も変わらないまま、ミルクたっぷり、砂糖たっぷり。
(あんなに甘くして、どうするんだか…)
しっかり歯磨きしないとな、と思うブルーが好むコーヒー。
自分にとっては、まるでチョコレートのようだから。
(ホットココアなら、まだ分かるんだが…)
あれは元から甘いんだから、と零れる苦笑。
ホットチョコレートも飲んだことがあるし、甘い飲み物を否定はしない。
けれどコーヒーは苦味が身上、其処が美味しいわけだから…。
(あいつの飲み方だと、どう考えてもチョコレート並みの甘さだぞ?)
元のコーヒーの味を思ったら、そのくらいの甘さになるだろう。
それほど甘い物を飲んだら、歯磨きの方もしっかりと。
チビの子供になってしまった今のブルーなら、より念入りに。
歯だってこれから育ってゆくから、甘い物で虫歯にならないように。
眠る前にはきちんと歯磨き、甘すぎるコーヒーを飲んだ夜には、特に。
そうでなくちゃな、と思い浮かべたブルーの顔。
「今日もきちんと歯磨きしたか?」と。
甘いコーヒーは飲んでいなかったけれど、ブルーは母が作るお菓子が大好き。
毎日おやつを食べているようだし、歯磨きを忘れて貰っては困る。
寝込んで動けないならともかく、今日のように元気一杯の日は。
(虫歯はいかんぞ、虫歯はな)
そう言う俺も後で歯磨きだが、とコーヒーのカップを傾ける。
この一杯で寛いだ後は、歯磨きしたり風呂に入ったり。
それから明日に備えてグッスリ…、と思った所でふと気が付いた。
「変わらないものは、今も変わらんな」と。
前の自分が生きた時代から、何もかもがガラリと変わったけれど。
地球からして別の星になったし、世界の仕組みも違うけれども、変わらないもの。
(…歯ブラシは今も歯ブラシじゃないか)
別の何かに変わっちゃいない、と白いシャングリラを思い出す。
ブルーと恋人同士になった後には、お互いの部屋に二本の歯ブラシ。
泊まりに行ったら、其処で歯磨き出来るよう。
(あいつがサイオンで細工をしてて…)
分からないよう隠していたから、誰も気付きはしなかった。
青の間の奥の洗面台に、余分な歯ブラシがあったこと。
キャプテン・ハーレイが使う歯ブラシ、ブルーのものとは違うのが。
(俺の部屋には、あいつの歯ブラシ…)
ソルジャー・ブルーの歯ブラシがあった。
これまた、誰も気付かないまま。
キャプテンの部屋の掃除当番、彼らも全く知らないままで。
(青の間の俺の歯ブラシも…)
部屋付きの係に見付かりもせずに、いつでも二本並べてあった。
前のブルーの歯ブラシの隣、其処に仲良く、泊まった時には使えるように。
(歯ブラシなあ…)
今も歯ブラシは歯ブラシだぞ、と生まれ変わった自分だからこそ言えること。
何処も少しも変わっちゃいないと、「歯ブラシは今も歯ブラシだ」と。
前の自分は買い物などには行かなかったけれど、行く機会すらも無かったけれど。
今の世界に連れて来られて、「歯ブラシを買って来て欲しい」と頼まれたなら…。
(店の場所さえ分かったら…)
迷わずに買って来られるだろう。「こいつだな」と店で手に取って。
注文の品はどういう歯ブラシだったか、毛の硬さなどを確かめてみて。
(前の俺が買い物に出掛けて行っても、何の違和感も無いってか…)
歯ブラシってヤツはまさにそうだな、と可笑しくなる。
変わらないものは今も変わらないのかと、そんな所まで前の俺たちの頃と同じか、と。
(あいつのコーヒーの飲み方だけじゃないんだよなあ、変わらないものは…)
そう思ったら、ポンと浮かんだ今のブルーも嫌いな注射。
あれだって今も変わっていないし、注射は注射で、ソルジャー・ブルーが嫌ったもの。
(うん、なかなかに楽しいじゃないか)
これだけの時が流れた後にも、世界がすっかり変わった後にも、変わらないこと。
変わらないものは幾つもあるから、そういったものがあるのなら…。
(俺とあいつの恋だって…)
今も同じに恋しているのも当然だよな、と思ってしまう。
たかが歯ブラシでも変わらないなら、それよりもずっと大切な恋も同じだから。
生まれ変わってもブルーに恋して、今度こそ共に生きてゆこうと思って当然なのだから…。
変わらないものは・了
※前の自分が生きた時代と変わらないものはあるんだな、と思ったハーレイ先生。
歯ブラシでさえも変わらないなら、生まれ変わってもブルー君に恋して当然ですよねv
(ハーレイのケチ!)
今日もキスしてくれなかったよ、と小さなブルーが膨らませた頬。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
この部屋で二人で過ごしたけれども、その時のこと。
「ぼくにキスして」と強請ってみた。
いい雰囲気だと言っていいのか、前の生での思い出話になったから。
前の自分たちが生きていた頃、白いシャングリラで暮らした時代の話だったから。
遠く遥かな時の彼方で「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた自分。
前のハーレイと恋をしていた、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた人と。
けれど、ミュウたちを導くソルジャー、シャングリラという船を預かるキャプテン。
そんな二人が恋に落ちたと皆に知れたら、誰もついては来てくれない。
だから最期まで隠し通した、自分たちの恋を。
前の自分はメギドで散るまで、ハーレイは地球の地の底で命尽きるまで。
(誰にも言えなかったんだから…)
恋してたこと、と思い出しても悲しくなる。
青い地球の上に生まれ変わって、またハーレイと巡り会えたけれど。
前の自分たちの恋の続きを生きているけれど、あまりにも悲しすぎた恋。…前の自分たちの。
暗い宇宙に消えてしまって、それきりになった悲しい恋。
(またハーレイに会えたのにね…)
それでも時々、悲しい気持ちに囚われる。前の自分たちの恋を思うと、今みたいに。
こうなったのもハーレイのせいなんだから、と思い浮かべるケチな恋人。
「ぼくにキスして」と強請っているのに、「駄目だ」と睨み付けたハーレイ。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目と言ったがな?」と。
もう聞き飽きたお決まりの台詞、怒ってプウッと膨れてやった。
「ハーレイのケチ!」と、プンスカと。
今と同じに膨らませた頬、唇も尖らせてやったのに。
不平と不満を顔に出したのに、ハーレイがやったことと言ったら…。
(キスの代わりに、ぼくの頬っぺた…)
それをペシャンと潰された。大きな両手で挟むようにして。
おまけにこうも言ったハーレイ、「今日も見事なハコフグだよな」と。
プウッと膨れた顔はフグだし、頬っぺたを潰された顔はハコフグ。
恋人に向かって「フグ」呼ばわりで、キスもくれないケチなハーレイ。
(ホントのホントに、酷いんだから…)
それにケチだよ、と思い出しても悔しい気分。
確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前の自分が生きた時代の記憶も持っているというのに。
とても悲しい恋だったのだ、と今でも涙が溢れそうになる。
前の自分がどういう思いで死んでいったか、ハーレイとの別れはどうだったのかを考えると。
(さよならのキスも出来なかったよ…)
別れの場所はブリッジだったし、キスなど出来る筈もない。
もちろん抱き合うことも出来ない、恋人らしい別れの言葉を告げてもいない。
「頼んだよ、ハーレイ」と口にしただけ、声にしたのは、たったそれだけ。
他の言葉は思念を滑り込ませたけれども、「さよなら」の言葉は言えないまま。
もしも言ったら、心が挫けてしまうから。
「ソルジャー」としては振舞えなくて、ただの「ブルー」に戻ってしまう。
そうなったならば、白いシャングリラを守ることなど出来ないから。
ハーレイの側を離れ難くて、時を逃してしまうから。
(…前のぼく、ホントに頑張ったのに…)
最後の最後まで恋を隠して、ソルジャーとして凛と立ち続けて。
メギドでキースに撃たれた時にも、皆のことだけを考え続けて。
そうして気付けば何処にも無かった、持っていた筈の「ハーレイの温もり」。
右手が凍えて冷たいと泣いて、独りぼっちで迎えた最期。
ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会えないだろうから。
なのに長い長い時を飛び越え、ハーレイと辿り着いた地球。
前の自分たちが生きた頃には、地球は死の星だったのに。…青い地球は幻だったのに。
けれども青く蘇った地球、其処に自分は生まれて来た。
前の自分とそっくり同じに育つ姿で、きっとそうなる筈の姿で。
ハーレイはもっと早く生まれて、とうに「キャプテン・ハーレイ」の姿。
もうキャプテンではないけれど。
今の自分が通う学校、其処の古典の教師だけれど。
(やっと会えたのに、ケチなんだから…)
絶対にキスしてくれないんだから、と不満たらたら、頬っぺたを膨らませたくもなる。
ハーレイが此処で見ていたならば、「おっ?」と出てくるかもしれない両手。
大きな褐色の手が伸びて来て、ペシャンと頬を潰される。
「ハコフグだな」と、今日みたいに。
キスもくれないケチな恋人、その上、恋人の自分を「フグ」呼ばわり。
前の自分たちの恋の続きを生きているのに、この有様。
なんとも酷くてケチなハーレイ、恋人にキスもくれないなんて。
フグ呼ばわりで、頬っぺたをペシャンと両手で潰して「ハコフグ」だなんて。
(…なんで、ああなっちゃうんだろう…)
チビでもぼくは恋人なのに、とハーレイに向かって言うだけ無駄。
「前のお前と同じ背丈に育ったら、ちゃんとお前にも分かるだろうさ」と言うハーレイ。
どうしてキスが貰えないのか、それが分からないのもチビの証拠、と。
姿と同じに中身も子供で、チビだからプウッと膨れるんだ、と。
(ぼくの中身は、前のぼくなのに…)
だから悲しくなったりするのに、と宇宙に散った悲しい恋を思い出すのもハーレイのせい。
キスを貰えなくて膨れていたから、お風呂上がりに考えごとをしていたから。
「せっかくハーレイに会えたのに」と。
また巡り会えて恋しているのに、キスも貰えないチビの自分。
それが悔しくて膨れていたら、前の自分の恋まで思い出したから。
暗い宇宙に消えてしまった、悲しい恋に胸を覆われたから。
何もかも全部ハーレイのせいだ、と膨れるけれど。
こうしてプンスカ怒っていたって、褐色の手が伸びては来ない。
ハーレイは家に帰ってしまって、今頃はきっとコーヒーでも飲んでいるのだろう。
チビの恋人のことなど忘れて、「この一杯が美味いんだ」と。
(…ホントに忘れてそうだよね…)
そのくらいなら、まだ頬っぺたをペシャンとやられた方がいい。
「ハコフグだな」と笑われたって、ハーレイが側にいる方がいい。
けれど叶わない、夜も一緒にいるということ。
チビの自分はハーレイの家に行けはしないし、まだ結婚も出来ないから。
(ぼくだけ膨れて、馬鹿みたいだよ…)
もうハーレイは忘れちゃってる、とケチな恋人の姿を思う。
いったい何をしていることやら、熱いコーヒーを飲みながら。
書斎にいるのか、リビングにいるか、それともダイニングで寛いでいるか。
(ぼくのことなんか、綺麗に忘れて…)
柔道部のことでも考えていそう、と零れた溜息。
もしも柔道部員だったら、ハーレイの家に行けるのに。…他の部員と一緒でも。
庭で賑やかにバーベキューとか、宅配ピザにワイワイ群がるだとか。
お菓子は徳用袋のクッキー、割れたり欠けたりしたクッキーが詰まった袋。
とても美味しいクッキーの店の、不良品ばかり詰めたもの。
(…柔道部員なら、いくらでも…)
ハーレイの家に行き放題、と思った所で気が付いた。
柔道部員たちの憧れ、それが「ハーレイ先生」だった、と。
(今のハーレイ、柔道も水泳も…)
プロの選手にならないか、と誘いが来ていたほどの腕前。
今でも腕は落ちていないし、柔道部員たちにとってはヒーロー。
「誰よりも強い」ハーレイ先生、本当ならプロで通る人。
柔道をやっていない生徒も、「古典のハーレイ先生」が好き。
気さくで陽気で、どの生徒とも気軽に話してくれるから。「どうしたんだ?」などと。
(…ハーレイ、みんなに人気だっけ…)
男子生徒にも女子生徒にも、好かれているのが今のハーレイ。
きっとこれからも「ハーレイ先生」のファンは増えるし、減ることはない。
ハーレイの教え子が増えてゆくほど、増えてゆくだろう「ハーレイ先生」のファン。
それが自分の今の恋人、いつか結婚するハーレイ。
(…ぼくがハーレイと結婚したら…)
男子はともかく、女子は羨望の眼差しで見てくれるのだろう。
嫉妬する子もいるかもしれない、「ハーレイ先生が結婚なんて!」と。
ずっと独身でいて欲しかったと、そうでなければ「どうして私と結婚してくれないの?」と。
(…そういうの、凄くありそうだよね?)
みんなの憧れの「ハーレイ先生」、そのハーレイを一人占めだから。
ハーレイと結婚するのは自分で、他の誰かではないのだから。
(…ハーレイ、今はケチだけど…)
ケチでなくなった時のハーレイ、今の自分の未来の結婚相手は他の生徒の憧れ。
それを思うと、ちょっぴり誇らしい気持ち。
(ぼくの恋人はハーレイだよ、って…)
誰もに言える時が来たなら、きっと羨ましがられるから。
今度は恋を明かしていいから、ちゃんと結婚出来るのだから。
当分はケチなハーレイだけれど、みんなの憧れの「ハーレイ先生」。
その人が自分の恋人だなんて、とても素敵な気分だから…。
ぼくの恋人・了
※「ハーレイのケチ!」と膨れているブルー君ですけれど。八つ当たりまでしてますけれど。
今のハーレイは、生徒に人気の「ハーレイ先生」。気付いたら機嫌が直る所も子供かもv
(ハーレイのケチ、なあ…)
またまた言われちまったぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
夜の書斎でコーヒー片手に、チビの恋人を思い返して。
今日は休日、朝からのんびり歩いて出掛けたブルーの家。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
その名前までが、前と同じに「ブルー」だけれど…。
(すっかり縮んでしまいやがって…)
今じゃチビだ、と思うのがブルー。
十四歳にしかならない恋人、今のブルーは自分の教え子。
前の生で初めて出会った時にも、やはりブルーはチビだった。
成人検査を受けた時のまま、成長を止めていたブルー。身体も、その身に宿る心も。
(檻の中じゃあ、育っても何もいいことなんか…)
無かったのだから、そうなったのも無理はないだろう。
未来も見えない檻で成長してゆくよりかは、「育たない」方へ行ったのも。…無意識の内に。
だから前の自分も知っている。「チビのブルー」を。
けれど、アルタミラから逃げ出した後は、ちゃんと育っていったブルー。
気付けば、気高く美しい人になっていた。
皆でシャングリラと名付けていた船、あの箱舟にいた誰よりも。
(おまけにソルジャーと来たもんだ)
ミュウの仲間を導くソルジャー、それが育った後のブルーの立ち位置。
前の自分はキャプテンだったし、ブルーと恋に落ちた後には、障害だらけ。
誰にも恋を話せはしなくて、二人、最期まで隠し続けた。
ブルーはメギドで命尽きるまで、前の自分も地球の地の底で死を迎えるまで。
(しかし、またまた会えたってわけで…)
青い地球の上で生きて出会えたけれども、子供になってしまったブルー。
いったい何度言われたことやら、「ハーレイのケチ!」と。
チビのブルーは、一人前の恋人気取り。
前のブルーの記憶をそのまま持っているから、そうなっても仕方ないのだけれど。
また巡り会えた恋の相手に、キスを強請るのも分かるけれども…。
(子供にキスしてどうするんだ、おい)
今のあいつは中身も子供だ、と知っているから苦笑い。
縮んでしまったチビに相応しく、今のブルーの心も子供。
前のブルーが最初の頃にはそうだったように、まるで育っていないのがブルー。
身体も、其処に宿る心も。
年相応にチビの子供で、前のブルーの記憶があるだけ。
なのに分かっていないのがブルー、今の自分がいったいどういう状態なのか。
子供の自分と前の自分は「すっかり同じ」だと思っているから、何度もキスを強請られる。
「ぼくにキスして」と言ってくるとか、誘うような目で「キスしてもいいよ?」と言うだとか。
もちろん、どちらもお断りだし、チビのブルーにキスなどはしない。
キスをするなら頬と額だけ、そういう約束。
唇へのキスは、チビのブルーが「前のブルーと同じ背丈に育ってから」。
それまでは駄目だ、と言い渡した上、何度も何度も叱るのに…。
(ハーレイのケチ、と膨れるからなあ…)
今日も見事な膨れっ面だ、とブルーの顔を思い出す。
「ぼくにキスして」と強請って来たから、「俺は子供にキスはしない」と睨んでやった。
ついでに額をピンと弾いて、「何度言ったら分かるんだ?」とも。
そうしたら、プウッと膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と尖らせた唇、不満そうに膨らませた頬っぺた。
まるでフグだ、と可笑しくなる顔、愛らしい顔立ちが台無しだけれど。
プウッと膨れた両の頬っぺた、それをこの手でペシャンと潰してやったなら…。
(そりゃあ素敵にハコフグだってな)
今の自分が海で出会った、地球の海に棲んでいるハコフグ。
それを思わせる顔になるのがチビのブルーで、誰が見たって吹き出しそうな顔なのだけれど。
今日も「ハコフグ」を見たのだけれど…。
あの顔だって可愛いんだ、と思えるのは恋をしているから。
膨れっ面でフグなブルーも、膨れっ面を潰された後のハコフグだって。
(あんな顔でも、あいつはあいつで…)
俺の大事な恋人だから、と言えば誰もが笑うだろう。
フグでハコフグなブルーなら。…その顔だけを見せられたなら。
もっとも、膨れる前にしたって、ブルーは子供。
結婚さえも出来ない年だし、何処から見たって立派に子供。
「俺の恋人だ」と紹介したなら、大笑いしそうな友人たち。親友も悪友も、飲み友達も。
きっと涙が出るほど笑って、「なんの冗談だ?」と言われるのだろう。
いくらブルーが「可愛らしい子」で、「小さなソルジャー・ブルー」でも。
(男なことを抜きにしてもだな…)
誰も信じちゃくれないだろうさ、と自分でも思うチビの恋人。
デートなどに連れて行きはしないし、友人たちに紹介する機会はまるで無いのだけれど…。
(紹介したら、大爆笑だぞ)
冗談なのだと思われて。
「いずれ結婚するんだが」と言ってみたって、止まらない笑い。
彼らの言葉が聞こえる気がする、「とんでもない青田買いだよな」と。
「子供の間に決めちまったら、後で後悔するんじゃないか?」と。
確かにブルーは「ソルジャー・ブルー」の子供時代にそっくりだけれど、分からない未来。
まさか「本物」だとは誰も思わないから、きっと心配してくれる。
「ソルジャー・ブルーを期待するなよ?」と、「子供なんてモンは分からんからな」と。
今はそっくり同じ姿でも、育ったらまるで別物だとか。
ソルジャー・ブルーとは似ても似つかない、違う姿に育つだとか。
(俺が、あいつらの立場でもだ…)
同じに心配するだろう。「大丈夫か?」と。
ソルジャー・ブルーの子供時代に瓜二つの子に、恋をしている友人のこと。
今は良くても未来はどうかと、後で後悔しなければいいが、と。
(その心配だけは無いんだがな?)
チビのブルーが違う姿に育つこと。
前のブルーとはまるで似ていない顔になるとか、背格好からして違うとか。
それだけは無い、と分かっているから、ただのんびりと待つのだけれど。
いつかブルーが大きく育って、「俺の恋人だ」と紹介できる日を待っているけれど。
(…ブルーの方には、その発想は無いからなあ…)
前とそっくり同じつもりで、一人前の恋人気取り。
何かといったら「ぼくにキスして」で、「キスしてもいいよ?」と誘いもして。
キスを断ったら、お決まりの言葉が「ハーレイのケチ!」。
もうプンプンと膨れてしまって、フグになるのが小さなブルー。
その頬っぺたを両手で潰してやったら、今度はハコフグ。
(つまりだ、俺の恋人はだな…)
今の時点ではフグなわけか、とクックッと肩を震わせて笑う。
「確かに誰にも紹介できんな」と、「フグではなあ…」と。
チビの子供を紹介したって笑われるけれど、フグならばもっと笑われる。
「気は確かか?」と瞳を覗き込まれたり、「お前、水族館に勤めてたっけ?」と訊かれたり。
フグの恋人を紹介したなら、「俺の恋人だ」と言ったなら。
(本物のフグなら、そうなっちまうが…)
幸いなことに、チビのブルーは「フグになる」だけ。
「ハーレイのケチ!」と膨れた途端に、愛らしいフグの顔になるだけ。
プンスカと怒るブルーの姿も可愛いけれども、あのフグやハコフグになったブルーは…。
(…誰にも見せてはやらないってな)
紹介するとか、それ以前にな…、とこみ上げてくるのが独占欲。
チビの子供でも、ブルーは自分の恋人だから。
キスさえ出来ないチビにしたって、前の生から愛し続けた人だから。
(フグのあいつを眺めていいのは、俺だけなんだ)
ハコフグの方のブルーもな、と宝物のように思うブルー。
「誰にも見せてやらないんだ」と、「あいつは俺の恋人だから」と。
いつかブルーが大きくなったら、皆に紹介するけれど。
結婚式にも呼ぶのだけれども、今のブルーは誰にも見せない。
「ハーレイのケチ!」と膨れる姿は、フグやハコフグなブルーの顔は。
前の生では見られなかった、子供らしくて我儘な顔は。
(…前のあいつは、あんな顔なんか…)
してる余裕さえ無かったんだ、と分かっているから、今しか見られない膨れっ面。
フグもハコフグも「今だけ」なのだし、誰にも見せずに宝箱に仕舞っておきたい気分。
前のブルーが焦がれ続けた青い地球の上で、幸せに生きる小さなブルー。
子供時代を満喫して欲しいから、キスはしないで見守るだけ。
「ハーレイのケチ!」と言われても。…プンスカ怒って、フグのブルーが出来上がっても。
(うん、俺の大事な宝物だな)
フグもハコフグも、俺の大切な恋人だから、と零れる笑み。
「あいつに出会えて良かったよな」と。
いつかあいつが大きくなったら、今度は結婚出来るんだから、と…。
俺の恋人・了
※「ハーレイのケチ!」と言われてしまった、ハーレイ先生。おまけに膨れっ面のブルー。
けれど「誰にも見せてやらない」と思う膨れっ面。宝物のような恋人、フグの顔でもv
(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校で少し話しただけの、前の生から愛した恋人。
生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(ほんのちょっぴり、喋っただけ…)
学校の廊下でバッタリ出会って、二言、三言といった程度の会話。
立ち話にさえもなっていなくて、それで別れてしまったハーレイ。
(ハーレイ、「じゃあな」って行っちゃったから…)
もしかしたら、と弾んだ胸。「今日は帰りに寄ってくれるかも」と。
あまりにアッサリ行ってしまったハーレイだから。…急ぎの用事も無さそうなのに。
そんな日も珍しくないのだけれども、期待を抱いてしまった今日。
学校が終わって家に帰ったら、首を長くして待っていた。
早く恋人が来てくれないかと、ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと。
(だけど、ハーレイ、来てくれなくて…)
とても残念、と悲しい気分。
なまじ期待して待っていたから、余計に寂しい気持ちになる。
「今日はちょっぴり話をしただけ」と、「もっとゆっくり話せば良かった」と。
ハーレイが「じゃあな」と行こうとしたって、「待って下さい!」と呼び止めて。
急がないならもう少し、と立ち話の話題をぶつけたりして。
(質問でもなんでもいいんだから…)
切っ掛けさえ作れば、始まる会話。ハーレイが足を止めてくれたら。
最初は本当に、古典の授業についての質問だとしても…。
(そういえばだな、って…)
別の話をしてくれるのがハーレイだから。きっと分かってくれるから。
「もっと話したい」という気持ち。「もっと一緒にいたいんだから」と願う心を。
大失敗、と思う昼間のこと。
学校の廊下でハーレイと話せば良かったのに、と。
ほんの少しの立ち話だって、二言、三言で終わってしまった今日よりはマシ。
相手は「ハーレイ先生」でも。
恋人同士の会話は無理でも、敬語を使って話すしかない場面でも。
(…ハーレイとお喋りしたかったよ…)
来てくれないって分かっていたら、と後悔しきりで、けれどとっくに手遅れなこと。
時計の針を戻せはしないし、学校の廊下に戻れもしないよ、と思っていたら。
「明日になったら会えるだろう?」と聞こえた声。
心の中で声が聞こえた、誰かの思念ではない声が。…とても聞き覚えのある声が。
前のぼくだ、と考えなくても分かること。
自分の中には、前の自分がいるのだから。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
今の言葉は、前の自分が紡いだもの。…自分に向けて。
もっとも、前の自分は今の自分と同じ魂なのだし、これは一種の独り言。
何かのはずみにヒョイと出てくる、前の自分が紡ぐ声。
(…明日になったら会えるけど…)
会えるんだけど、と尖らせた唇。
偉そうに出て来た前の自分は、恋敵のようなものだから。
チビの自分と全く違って、前のハーレイと本物の恋人同士だったのがソルジャー・ブルー。
(ぼくと違って、余裕たっぷり…)
ハーレイの恋人なんだものね、と面白くないのが前の自分が出て来たこと。
「どうせチビだよ」と、「ハーレイと一緒に暮らしてないよ」と。
前の自分は、夜は必ずハーレイと一緒だったから。
昼間は別々に過ごしていたって、夜になったら恋人同士。
ハーレイが青の間を訪ねて来たり、前の自分がキャプテンの部屋に出掛けたり。
離れ離れで過ごす夜など無かったのだし、腹が立つ。
「どうせ明日まで会えないよ」と。「ぼくはチビだから、明日まで無理!」と。
もしも自分がチビでなければ、今頃はきっとハーレイと一緒。
同じベッドに入っているか、ベッドに行く前の時間を二人で過ごしているか。
(…前のぼくなら、そうなんだから…)
夜はハーレイと一緒なんだし、ホントに余裕たっぷりだよね、と膨らませる頬。
ハーレイが側にいてくれるのなら、「明日」など直ぐにやって来るから。
愛を交わして、寄り添い合って眠った後には、もう次の日が来るのだから。
(…偉そうなことを言ってるけれど…)
独りぼっちで眠ってみたら、と前の自分に向かって文句。
「ハーレイのいないベッドで寝たら?」と、「それでも直ぐに明日になるわけ?」と。
前の自分は、偉そうに言ってくれたから。
自分がすっかりしょげているのに、「明日になったら会えるだろう?」と。
(独りぼっちのベッドで寝てたら、そんなこと、言えやしないんだから…!)
ぼくと同じで寂しくなってしまうくせに、とプンスカ怒ってみたけれど。
「文句があるの?」と前の自分に言い放ったけれど、返った沈黙。
それから感じた深い悲しみ、まるで泣き出しそうな心も。
(えーっと…?)
なんで、と傾げてしまった首。
前の自分も味わったろうか、ハーレイが来ない夜というのを。
独りぼっちで眠らなければいけない夜は、そんなに寂しいものだったろうか…?
泣き出しそうになったくらいに、前の自分は悲しい気持ちでベッドで丸くなっただろうか?
(…前のぼく、そんなに泣き虫だっけ…?)
ソルジャー・ブルーだったんだけど、と前の自分を思い出す。
ハーレイの前では何度も泣いていたのだけれども、心は強い筈なんだけど、と。
なにしろ今の時代になっても、称えられるほどの英雄だから。
ミュウの初代の長だったというだけではなくて、前の自分が全ての始まり。
平和になった今の時代も、この青い地球も、何もかもが前の自分の功績。
だから泣き虫は、ハーレイの前だけの筈なのに。
強い心を持っていたのがソルジャー・ブルー、と本当に不思議なのだけど…。
大英雄のソルジャー・ブルーが、独りぼっちで眠るくらいで、何故、泣くのだろう?
悲しい気持ちになるのだろう、と思った所で気が付いた。
(…前のぼく、ホントに独りぼっち…)
ハーレイは何処にもいなかったっけ、と見詰めた自分の小さな右手。
前の自分の右手は凍えたのだった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として失くして。
メギドでキースに撃たれた痛みで、温もりがすっかり消えてしまって。
(…ハーレイとの絆が切れちゃった、って…)
絆が切れてしまったから、もうハーレイには二度と会えない、と泣きじゃくっていた前の自分。
シャングリラからは遠く離れたメギドで、独りぼっちで。
死よりも恐ろしい孤独と絶望、それに包まれて死んでいったのがソルジャー・ブルー。
ハーレイには二度と会えない場所で。
…永遠に明日など来ない所で、たった一人で。
今の自分には、きちんと明日がやって来るのに。
明日になったらハーレイに会えて、家には来てくれなかったとしても…。
(学校ではちゃんと姿が見られて、運が良かったら立ち話だって…)
出来るんだっけ、と気付かされた今の自分の幸せ。
さっきまで膨れていたけれど。
前の自分の偉そうな言葉に、プンスカ怒っていたのだけれど。
(…ごめんなさい…)
ホントにごめん、と前の自分に謝った。
「独りぼっちで寝てみたら?」などと、心無い言葉をぶつけたから。
前の自分は独りぼっちで、永遠の眠りに落ちてゆくしかなかったのに。
生まれ変わって幸せな未来が訪れるとは、夢にも思っていなかったのに。
(…ぼくって、我儘…)
おまけに考え無しのチビ、と反省するしかない状況。
前の自分は、泣きながら死んでいったのに。
ハーレイも仲間もいない所で、独りぼっちの死を迎えたのに。
ごめんなさい、と自分を相手に謝るというのも変だけど。
前の自分も自分だけれども、酷い言葉を投げたのは事実。
だから心に流れた悲しみ、泣き出しそうな思いまで。
前の自分がそれを感じたから、その中で死んでいったから。
深い悲しみと孤独の記憶が、今の自分の中にあるから。
…普段は忘れているけれど。今の幸せに慣れてしまって、前の自分に嫉妬したりもするけれど。
(前のぼく、ハーレイと本物の恋人同士だったから…)
とても羨ましくて妬ましいから、語り合おうとも思わない。
ウッカリ語り合おうものなら、今の自分はチビだと思い知らされるから。
「どうせチビだよ」と、「ハーレイとキスも出来ないよ!」と膨れる羽目になるのだから。
それは嫌だから、背を向けている自分の中の恋敵。
前のハーレイと本物の恋人同士で、今のハーレイに会ったとしたって…。
(前のぼくなら、直ぐにキスして貰えるんだよ…)
ちゃんと育った大人だから。…チビの自分とは違うから。
向き合うと自分が惨めになるから、ついつい背中を向けるのだけれど。
「あんな風には生きられないよ」と、白旗を掲げるのだけれど…。
(…大失敗…)
前のぼくの方が、ずっと悲しくて可哀想だっけ、と思い出した「独りぼっち」のこと。
それに比べたらチビの自分の、今日の寂しい気分なんかは…。
(うんとちっぽけで、比べることも出来なくて…)
だから文句は言えないよね、と思うけれども、やっぱり悲しい。
明日はハーレイに会えるけれども、今の自分はチビだから。
前の自分ほどに強くはないチビ、何かといったら膨れてしまう子供だから。
(…前のぼく、許してくれるよね…?)
返事は返って来ないけれども、前の自分も自分だから。同じ一つの魂だから…。
(ぼくの中には、前のぼくがいるし…)
ぼくが幸せなら、前のぼくだって幸せだよね、と浮かべた笑み。
明日はハーレイに会える筈だし、前の自分も楽しみな筈。
今の自分は、独りぼっちではないのだから。
ハーレイと離れることは無いから、いつまでも二人一緒だから。
チビの自分が大きくなったら結婚できるし、もう離れない。
それが出来るのは、チビの自分が生まれ変わってハーレイに会えたお蔭だから…。
ぼくの中には・了
※ブルー君が向き合う羽目になってしまった、ソルジャー・ブルー。恋敵だと思っている相手。
同じ自分なのに嫉妬した挙句、謝るブルー君ですけれど…。それも幸せな今だからこそv
(今日は会い損なっちまったなあ…)
学校でちょいと会えただけだ、とハーレイがついた小さな溜息。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は会えずに終わってしまった愛おしい人。
前の生から愛し続けた恋人、生まれ変わってまた巡り会えた最愛の人。
(会議が長引いちまったから…)
あいつの家には行きそびれたんだ、と残念な気分。
会議の予定は知っていたけれど、もっと早くに終わるだろうと思っていたから。
(こうなるんだと分かっていたら、もう少しだな…)
あいつと話しておけば良かった、と学校で会った恋人を想う。
廊下で出会って、二言、三言、交わした言葉。
立ち話とまではいかない程度で、「じゃあな」と別れてしまったけれど。
今日は家まで会いに行けるし、とブルーと離れてしまったけれども、大失敗。
(あいつには、家に行くとは言ってないから、そうガッカリはしてないだろうが…)
俺がすっかりガッカリなんだ、とコーヒーを満たしたカップを傾ける。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、「こいつのお蔭で救われるがな」と。
そうしたら…。
「いい御身分だな」と聞こえた声。何の前触れもなく、頭の中で。
(…確かにそうだな…)
いい御身分だ、と思わざるを得ない。
頭の中で聞こえた声は、思念波などでは無かったから。
心の声といった所で、けれども自分の心ではなくて、自分の心の一部でもあって…。
(…前の俺から見てみたら、だ…)
うんと結構な御身分だよな、と思う自分が置かれた状況。
恋人の家に行きそびれただけで、「すっかりガッカリ」なのだから。
カップに満たした熱いコーヒー、それのお蔭で「救われるがな」などと思っているのだから。
自分だけれども、自分とは違う前の自分。
それが自分の中にいるから、たまにこういうこともある。
今の自分には当たり前のことに驚かされたり、如何に自分が恵まれているかを知らされたり。
(俺の中には、前の俺が入っているわけで…)
そっちも俺には違いないが、と考えながらも「おい」と呼び掛けてみた。
今夜は少し話してみるか、と思ったから。
小さなブルーと話す代わりに、前の自分と話すのもいい。
もっとも、前の自分と言っても、魂はまるで同じものだから、多分、一種の独り言。
自分自身に話し掛けてみて、心の中で語り合うだけ。
けれど、時には楽しくもある。…相手は自分自身だけれども、違う時代を生きたのだから。
今の自分とは違う人生、それを生きたのが前の自分だから。
「いい御身分だと言ってくれたよな?」と返してやったら、「ああ」と答えた前の自分。
「俺はそうだと思うがな? たかがブルーに…」
会いそびれただけのことだろうが、というのが前の自分の返事。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた男。
「けっこうなものを飲んでるじゃないか」とも言われてしまった。
「そのコーヒーは本物だろう?」と。
「俺は本物とは殆ど御縁が無かったがな?」と、「コーヒーと言えば代用品だ」と。
「…分かっているさ。キャロブのコーヒーだったことはな」
白い鯨になった後にはそうだったよな、と頷いて見詰めるカップの中身。
今では毎日、コーヒーを飲んでいるけれど。
朝食の時に飲んで出掛けて、夜も寛ぎの一杯だけれど、間違いなく本物のコーヒー。
豆から挽いたりすることもあるし、正真正銘、コーヒー豆。
けれども、前の自分は違った。
自給自足で生きてゆく船、白いシャングリラが出来上がってからは。
コーヒーはキャロブ、イナゴ豆で出来た代用品。
それまでの船なら、前のブルーが人類の船から奪った本物だったのだけれど。
今と同じにコーヒー豆から出来たコーヒー、本物を愛飲したのだけれど。
そんな具合だから、前の自分に「いい御身分だ」と笑われる。
ガッカリしている理由を笑われ、そのガッカリを癒すコーヒーを「けっこうなものだ」と。
(…お前さんには、勝てやしないんだ…)
あらゆる意味でな、と白旗を掲げるしかない、前の自分という男。
今の自分よりも遥かに過酷な人生を生きて、それをものともしなかった男。
船だけが全ての世界にいてさえ、前の自分は幸せに生きた。
前のブルーと長い時間を、最初は友達同士として。
恋だと互いに気付いた後には、恋人同士の二人として。
「…どうせ、今の俺のガッカリなんかはだな…」
お前さんから見れば些細なことに過ぎないんだろ、と零した愚痴。
「ブルーは生きているんだから」と、「それに、学校では会えたんだしな?」と。
もう間違いなく、前の自分には「けっこうすぎる」今の自分の立場。
前の自分は、ブルーを失くしてしまったから。
誰よりも愛した人を失くして、独りぼっちで地球までの道を生きたのだから。
「そう愚痴らんでもいいだろう。いい御身分だとは思うがな」
お前さんにとっては、それも立派なガッカリだから、と返った言葉。
「幸せに生きてりゃ、それに見合ったガッカリってヤツも来るもんだ」と。
「俺には俺のガッカリがあったし、お前さんにはお前の分が」と。
そう言われるから、「敵わない」と思うキャプテン・ハーレイ。
今の自分より、ずっと器が大きい男。
ブルーの家には行けなかった程度で、ガッカリしたりはしないのだろう。
もっと前向きに考えるだろうし、憩いのコーヒーがキャロブの代用品でも…。
(あいつなら充分、満足なんだ…)
本物のコーヒーがあった時代を、未練がましく振り返りはしない。
「もう一度、美味い本物を飲みたいもんだ」と考えるような男でもない。
常に前だけを見ていた男で、ブルーを失くしてしまった後も…。
(真っ直ぐに地球だけを見ていやがった…)
キャプテンだから、と自分を捨てて。魂はとうに死んでいたって、目指した地球。
「お前さんには敵わんよ」と改めて思うし、降参するだけ。
「俺はけっこうな御身分だから」と、「すっかり柔になっちまった」と。
こんな俺など可笑しいだろうと、「お前さんから見たら、つまらん男だよな?」と。
「どうなんだか…。それも必要だと思うんだがな?」
今はそういう時代だろう、と大らかに笑う心を感じる。前の自分の。
「時代に合わせて変わるもんだ」と、「お前さんには今の生き方が似合いなんだ」と。
そうだろう、と畳み掛ける声。
「ブルーもすっかり変わった筈だぞ」と、「それに合わせて変わらないとな?」と。
前と同じに生きていたのでは、今のブルーが途惑うだけ。
平和な時代に生まれたブルーが、幸せ一杯の子供時代を満喫している恋人が。
(…そうか、ブルーなあ…)
前の俺のままだと困るかもな、という気がして来た。
何かといえば膨れっ面で、我儘にもなる小さなブルー。
キャプテン・ハーレイだった頃のままなら、今のブルーをどう扱えばいいのだろう?
(甘やかし方は多分、分かるんだろうが…)
分かるというだけ、白いシャングリラの養育部門の子供を相手にするのと同じ。
膨れていたなら、「どうした?」と事情を尋ねてやったり、問題の解決に手を貸してみたり。
(今の俺だと、あいつの頬っぺた…)
両手でペシャンと潰したりもする。膨れっ面の理由によっては、笑いながら。
そうして頬っぺたを潰した後には、「ハコフグだな」などと言ったりもして。
頬っぺたを押し潰されてしまったブルーは、今の自分が海で出会ったハコフグに…。
(可笑しいくらいにそっくりなんだ)
元はブルーの顔なんだがな、と思い出してみる「ハコフグ」のブルー。
「酷いよ、ハーレイ!」とプンスカ怒って、抗議してくる小さなブルー。
前の自分が今のブルーの相手をしたって、そうはいかない。
きっと大真面目に話を聞くとか、叱るにしたって筋道を立てて…。
(分かって下さい、とやりそうだよな?)
頬っぺたを潰して笑う代わりに、ハコフグのブルーを作る代わりに。
なるほどなあ…、と思わされたこと。
今の自分はちっぽけだけれど、前の自分に敵わないけれど。
それは時代に合わせた変化で、恋人のためにもなる変化。
キャプテン・ハーレイのままでいたなら、きっとブルーは困るから。
前の自分のように振舞っても、困った顔になるだろうから。
(俺はこのままでいいってか…)
けっこうな御身分の俺のままで、と心で訊いたら、「そうだな」と前の自分が笑う。
「お前さんにはそれが似合いだ」と、「ブルーを大事にしてやれよ」と。
言われなくても、今の自分はそのために生きてゆくのだから…。
「大事にするさ」と余裕たっぷり、この点だけは前の自分に負けない。
それどころか俺の大勝利だぞ、と溢れる自信。
今度は結婚できるのだから、ブルーを守ってゆけるのだから。
(俺の中には、前の俺だっているんだが…)
前の俺の分まで大事にせんと、と思う恋人。
キャプテン・ハーレイにもそう言われたから、ブルーは自分の大切な宝物だから…。
俺の中には・了
※キャプテン・ハーレイと語り合ってみたハーレイ先生。前に比べて、けっこうな御身分。
けれども、今の時代にお似合い。ブルーのためにもなるんだしな、と自信満々な結末ですv
