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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 寄ってくれるかと思ったんだけどな、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は平日、学校で普通に授業があった日。
 ハーレイは仕事があった日なのだし、そうそう帰りに寄ってはくれない。
 けれど、期待をしてしまう。
 「今日はどうかな?」と、壁の時計を眺めて。
 もう来てくれない時刻になるまで、何回となく。
(……今日は、駄目な日……)
 会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
 それとも他の先生たちと、食事に出掛けて行っただろうか。
 ハーレイの愛車に、他の先生たちが乗り込んで。
 この時間にも何処かで食事か、ハーレイ以外はお酒を飲んでいるだとか。
(…仕方ないけどね…)
 ぼくはハーレイの家族じゃないもの、と落とした肩。
 この家だって、ハーレイの家とは違うから。
(……ぼくがハーレイのお嫁さんなら……)
 食事に行かずに帰って来るよね、と思ってしまう。
 もしも出掛けて行ったとしても、早めに帰って来ることだろう。
 まだ続いている酒宴を抜けて、「お先に」と。
 奥さんや子供がいる先生なら、そういう人も多いだろうから。
(ハーレイ、独身なんだもの…)
 引き留められても困りはしないし、周りだってそう思っている。
 一番最後まで皆と残って、最後は「送り届ける」役目、と。
 ハーレイから何度も聞いているから。
 「俺は、みんなを送って行くんだ」と、片目を瞑って。
 皆がお酒を飲んでいたって、ハーレイは「送る役目」が好き。
 お酒なんかは一滴も飲まずに、前のハーレイのマントの色の愛車で。
 もう路線バスは走っていない時間に、一緒に出掛けた先生たちを何人も乗せて。


 そういう役目のハーレイだけれど、いつかは変わることだろう。
 チビの自分が大きく育って、結婚できる年になったら。
(ウェディングドレスもいいけど、白無垢もいいよね?)
 迷っちゃうよね、と思う花嫁衣裳。
 それを纏って結婚式を挙げて、ハーレイの「お嫁さん」になったら。
 ハーレイの家で一緒に暮らして、「いってらっしゃい」と送り出す時が来たなら。
(……家では、ぼくが待ってるんだから……)
 食事は断って真っ直ぐ帰るか、あるいは早めに切り上げて来るか。
 どっちにしたって、遅い時間にはならないだろう。
 「おかえりなさい!」と迎えるのは。
 ハーレイの車がガレージに入って、玄関の扉が開くのは。
(だけど、今だと…)
 まるで関係ないのが自分。
 此処でションボリ項垂れていても、ハーレイが気付くことはない。
 「寂しがってるかな?」と思いはしても、それだけのこと。
 酒宴を抜けて、此処に帰って来はしないから。
 ハーレイが帰るのは「自分の家」で、何ブロックも離れた所。
 何時に其処に帰り着こうと、ハーレイの自由。
 たとえ日付が変わる頃でも。
 もっと遅くに帰っていたって、チビの自分は無関係。
 ハーレイが帰ったことさえ知らずに、この部屋で眠っているだけだから。
 「ただいま」の声は聞こえもしなくて、ハーレイの家のドアが開くだけ。
 そしてパタンと再び閉まって、やがて灯りが消えるのだろう。
 ハーレイがお風呂に入ったら。
 明日の仕事の準備を終えて、「そろそろ寝るか」と思ったなら。


 今の自分は、ハーレイを家で迎えられない。
 「おかえりなさい」と言えはしないし、朝だって笑顔で送り出せない。
 その日が来るのは、まだずっと先で、何年も待つしかないのだけれど…。
(……ちょっと待ってよ?)
 ハーレイの年は、三十八歳。
 前のハーレイよりは遥かに若いのだけれど、とうに結婚していたとしてもおかしくない。
 その上、昔はモテたのだと聞いた。
 柔道と水泳の選手だった頃には、「プロの選手にならないか」と誘われたほど。
 大勢の女性ファンに囲まれ、花束だって貰っていた。
 もしも「その中の誰か」と気が合い、お付き合いをしていたならば…。
(…とっくの昔に…)
 プロポーズして、結婚していたことだろう。
 子供部屋までついている家を、ハーレイは持っているのだから。
 この町で教師の職に就く時、隣町に住むハーレイの父に買って貰って。
(……お嫁さんを貰っちゃったら、じきに子供も……)
 生まれていたのに違いない。
 とても可愛い女の子だとか、ハーレイに似てヤンチャな男の子とか。
(…ハーレイ、絶対、可愛がって…)
 目の中に入れても痛くないほど、子供たちを愛したことだろう。
 もちろん、妻になった女性も。
 食事の誘いがあった時にも、「早く帰らないと」と言い出すほどに。
 三度に一度は断るだとか、最初から行きもしないくらいに。
(…奥さんも子供も、大切だもんね…?)
 きっとハーレイなら、いい父親になるのだろう。
 最高の夫で、最高のパパ。
 そうなっていても、何の不思議もない。
 今のハーレイの年ならば。
 三十八歳にもなっているなら、奥さんも、それに子供もいても。


(……もしも、出会うのが遅すぎたなら……)
 ハーレイとの再会が遅れていたなら、ハーレイには家族がいたろうか。
 隣町に住む両親の他にも、妻や子供たちが。
 一度だけ遊びに出掛けたあの家、あそこに住んでいる人たちが。
(…ハーレイが、パパになっちゃってたら…)
 子供はまだでも奥さんがいたら、いったい、どうなってしまったのだろう。
 忘れもしない五月の三日に、あの教室で再会したら。
 右の瞳や両肩や脇腹、聖痕から血が溢れ出したら。
(……ぼくとハーレイの、記憶は戻って来るけれど……)
 前の生での恋だって思い出すのだけれども、その恋はもう続きはしない。
 ハーレイには妻がいるのだから。
 もしかしたら子供も待っている家に、帰ってゆくのがハーレイだから。
(…聖痕が出た日に、夜にお見舞いに来てくれたけど…)
 その時に告げた「ただいま」の言葉。
 「帰って来たよ」と微笑み掛けたら、ハーレイは抱き締めてくれたのだけれど。
(……奥さんや子供が待ってるんなら……)
 ハーレイの顔に浮かんでいたのは、濃い途惑いの色だったろうか。
 いくら恋人と再会したって、恋を育めはしないから。
 「すまん」と詫びて帰ってゆくのが、今のハーレイには似合いだから。
(…ぼくなんかと、恋をしてるより…)
 もっと大切な妻や子供が、ハーレイの帰りを待っている。
 学校で起きた事件のことも、きっと知らせているだろうから。
 「病院に運ばれた生徒がいるから、見舞いに行ってから家に帰る」と。
(……奥さんも子供も、待ってるんだし……)
 ハーレイは急いで帰らなくては。
 聖痕で倒れた「生徒」の無事を確認したら。
 それが「かつての恋人」でも。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人の生まれ変わりでも。


 そうなっていたら、きっと自分も、ハーレイを止めることは出来ない。
 「俺には妻と子供がいるんだ」と打ち明けられたら、何も言えない。
 どれほどハーレイのことが好きでも、「そんな人たち、放っておいてよ」なんて酷い言葉は。
 「ぼくだけを見て」などという我儘も、「ぼくだけのハーレイに戻ってよ」とも。
 そう言いたくても、遅すぎるから。
 ハーレイにとっては妻も子供も、とても大切な存在だから。
(……もしも出会うの、遅すぎたなら……)
 そうなっちゃっていたのかも、と震わせた肩。
 青い地球の上で再会したのに、もう、この恋に望みは無くて。
 どんなにハーレイの側にいたくても、其処には別の人たちがいて。
(…学校に行ったら、ハーレイ先生に会えるんだけど…)
 それだけのことで、もう「ハーレイ」は手に入らない。
 たとえ大きく育っても。
 前の自分と同じ背丈に育ったとしても、花嫁になれる日は来ない。
 もうハーレイには「お嫁さん」がいて、子供だって生まれているのだから。
 誠実で優しい「ハーレイ」ならば、家族を捨ててしまいはしない。
 それに自分も、そんなことなど望みはしない。
 今のハーレイの家族を壊して、代わりに自分が入り込むなど。
 妻や子供を放り出させて、あの家で暮らしてゆくことなんて、とても出来ない。
 きっとハーレイは悲しむから。
 「ブルー」を愛する気持ちはあっても、妻や子供を忘れることなど、有り得ないから。
(…そうならなくって、ホントに良かった…)
 良かったよね、と撫で下ろした胸。
 もしも出会いが遅すぎたなら、悲劇が待っていただろうから。
 ハーレイが好きでたまらなくても、涙を堪えて諦めなければならない道が…。

 

          遅すぎたなら・了


※ブルー君が考えてしまったこと。「ハーレイと出会うのが遅すぎたなら」と。
 ハーレイ先生に奥さんや子供がいたなら、諦めるしかないのが恋。悲しすぎますよね。










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(……ふうむ……)
 この所、とんと御無沙汰なんだが…、とハーレイが眺めた新聞広告。
 ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のダイニングで。
 折り込みチラシの広告ではなく、紙面に載っている広告。
 記事の下の方に、目に付くように。
 ブライダル関係の店のものだから、新郎新婦の写真もつけて。
 職業柄、列席することが多い結婚式。
 あちこちの学校に赴任するから、次々に増える同僚たち。
 自然と付き合いが増えてゆくだけに、結婚式への招待も多い。
 「是非、来て下さい」と声を掛けられ、招待状が送られて来て。
 以前の学校の同僚からも、ある日、招待状が届いて。
 けれど、最近、行ってはいない。
 小さなブルーと再会してから、ただの一度も。
(まあ、偶然ってヤツなんだがな?)
 それにその方が有難いが…、と思いもする。
 結婚式に招待されたら、確実に潰れてしまう休日。
 ブルーの家を訪ねたくても、結婚式が優先になってしまって。
(あいつが家でポツンとだな…)
 寂しく過ごしているだろう頃に、自分の方は結婚式に披露宴。
 新郎新婦を祝福した後、それは華やかなパーティーの席に招かれて。
(……なんだか、後ろめたいしな?)
 小さなブルーが憧れている結婚式。
 「早くハーレイと結婚したいよ」と夢を見ながら。
 他人のものでも、きっとブルーは「いいな…」と言うに違いない。
 幸せ一杯の新郎新婦を祝福できて、おまけにパーティーなのだから。
 「ぼくも一緒に行きたいのに…」などと、無茶なことを言って。
 招待されていない客など、披露宴には行けないのに。
 結婚式には、誰でも参列できても。
 教会の前を通りかかった人なら、その場で一緒に祝福できる習わしでも。


 そういう意味では、招待状が届かないのは嬉しいこと。
 ブルーが「いいな…」と零さないから。
 「すまんな」とブルーの家に行くのを断り、披露宴などに出なくていいから。
(…いずれ、あいつが主役になるまで…)
 招待状なんかは来なくていいな、という気がしないでもない。
 小さなブルーが大きく育って、結婚式を挙げられる日まで。
 ウェディングドレスか白無垢なのか、まだ決まってもいないけれども、花嫁衣装を纏って。
(それでも俺はかまわないなぁ…)
 ブルーの寂しそうな顔を見るより、結婚式には行けない方が。
 何度ポストを覗いてみたって、招待状が入っていない方が。
(…俺の年だと、どちらかと言えば、出す方で…)
 待っている者も、きっと少なくないだろう。
 学校の同僚たちはもちろん、柔道や水泳の仲間たちでも。
 「あいつの結婚式はまだか?」と気をもんでいる、大先輩だっているに違いない。
 若い頃には、モテていただけに。
 「プロの選手にならないか?」という声が来ていた頃には、女性ファンも多かったから。
(いい子を見付けて、結婚しろよ、と…)
 肩を叩いた先輩もいた。
 「今なら選り取り見取りだから」と、ウインクをして。
 プロの道には進まないにせよ、付き合っておけばいいだろうに、と。
(しかしだな…)
 何故だか、とんと御縁が無かった。
 あれほど女性に囲まれていても、花束などを貰っても。
 差し入れをくれた女性も多かったけれど、「付き合おう」とは思わないままで。
 デートの一つもしたことが無い、と明かせばブルーは喜ぶだろうか。
 女性の方では、「あれはデートだ」と思ったとしても。
 他の友人の「彼女」も交えて、バーベキューなどはしていたから。
 いつも差し入れをくれる女性たちを招いて、それは賑やかに。


(…ピンとくる子が、いなくてだな…)
 とうとう誰とも「付き合わない」まま。
 愛車の助手席に一人だけ乗せて、ドライブに出かけてゆくこともせずに。
 けれど、ブルーと出会わなかったら、どうだったろう。
 今も気楽な独り身のままで、のんびり過ごしていたならば…。
(ある日バッタリ、俺のファンだった誰かと出会ってだ…)
 せっかくだからと、一緒にお茶か、食事か。
 そして相手も独り身だったら、「またお茶でも」となっていたかもしれない。
 お互い時間はたっぷりあるから、気が向いた時に都合を合わせて。
 お茶に食事にと繰り返す内に、ドライブにも誘う日が来たろうか。
 「俺が車を出すから」と。
 車を運転するのは好きだし、行きたい先が一致したなら。
(そうして楽しくやっている内に…)
 とても気が合う、と気付いたならば、その後のことはトントン拍子。
 「自分の家」は持っているから、プロポーズして。
 子供部屋までついている家で、「俺と暮らしてくれないか」と。
(…断られるってことは、無いだろうしな?)
 婚約指輪を渡せたならば、日取りを決めて結婚式。
 この家に妻になる人を迎えて、きっと幸せ一杯の日々。
 やがて子供も生まれるだろうし、そうなれば自分は「パパ」になる。
 女の子だったら、お姫様のように大事にしたろうか。
 生まれて来た子が男だったら、柔道や水泳を教えたろうか。
(俺が親父に習ったみたいに…)
 釣りも教えたに違いない。
 女の子でも、ピクニックのついでに「やってみるか?」と。
 後ろから釣竿を支えてやって、「ほら、引いてるぞ」と。


 きっと、そういう人生もあった。
 ブルーと出会っていなければ。
 前の生から愛したブルーと、あの日に再会しなかったなら。
 忘れもしない五月の三日に、赴任した先の学校で。
 初めて入ったブルーのクラスで、小さなブルーに聖痕が現れなかったならば。
(……そうするとだ……)
 もしも、出会うのが遅すぎたら。
 小さなブルーと再会するのが、まだ何年も先だったなら。
(…俺はとっくに、嫁さんを貰っちまってて…)
 愛する子供の一人や二人も、いたかもしれない。
 家に帰れば「パパ!」と迎えてくれる子供が。
 夕食を作って「おかえりなさい」と、笑顔で待っている妻も。
(……それでブルーと出会ったら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 大切な妻も子供もいるのに、ブルーが目の前に現れたら。
 「帰って来たよ」と健気に微笑み、「ただいま」と瞳が煌めいたら。
(…俺が独身だったから…)
 そのままブルーを受け止めたけれど。
 「俺のブルーだ」と喜んだけれど、家族がいたなら、そうはいかない。
 どんなにブルーが愛おしくても、ブルーの想いは受け入れられない。
 そうすれば「家族」が壊れるから。
 妻も子供も、見捨ててしまうことになるから。
(俺には出来んぞ、そんな選択…!)
 どれほどブルーが欲しくても。
 ブルーの方でも、「ハーレイ」と一緒にいたがっても。


(…すまん、と頭を下げるしか…)
 なかったろうな、と容易に想像がつく。
 あの日、再会を遂げたブルーを、抱き締めることは出来なくて。
 「今の俺には、家族がいるんだ」と、消え入りそうな声を絞り出して。
 青い地球の上で再会できても、もう一緒には暮らせないから。
 ブルーの想いには応えられなくて、自分の恋さえ消すしかない。
 「今の自分」の大事な家族を、バラバラにしたくないのなら。
 愛する妻や可愛い子供を、捨てることなど出来ないから。
(……あいつも辛いが、俺だって……)
 とても辛くて、苦しい思いをしただろう。
 前の生から愛した人を、手に入れられなくて。
 そうするどころか、逆に別れを告げるしかなくて。
(あいつと会うのが、遅すぎたら…)
 全ては違っていたかもしれん、と恐ろしくなる。
 「そんなことは、無いに決まっているさ」と分かってはいても。
 ブルーに聖痕をくれた神なら、出会いの場まで用意してくれた筈、と知ってはいても。
(…俺に嫁さんと子供がいるってヤツは…)
 それだけは勘弁願いたいな、と改めて眺めた新聞広告。
 結婚式を挙げるのだったら、ブルーしか考えられないから。
 ブルーと式を挙げられないまま、妻や子供と暮らしてゆくのは辛すぎるから。
(本当に、少し遅すぎたら…)
 無いとは言えなかったんだ、と竦める首。
 ブルーと出会えて良かったよな、と。
 他の誰かと結婚式を挙げて、妻や子供に囲まれる前に…。

 

          遅すぎたら・了


※ハーレイ先生が気付いた、ブルー君との「出会いの時が遅すぎたら」という話。
 そんなことは無い、と分かってはいても怖いですよね。ブルー君と暮らせないなんて…。










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(……えーっと……)
 そろそろ持って来てくれるのかな、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 きっと近い内に、その人が持って来てくれる筈。
 夏ミカンの実から作った、金色をしたマーマレードを。
 隣町で暮らすハーレイの両親、優しい人たちからのプレゼントを。
(マーマレード、ずいぶん減って来たから…)
 ハーレイに告げてはいないけれども、催促する気も無いのだけれど…。
(切らしちゃう前に、絶対、届けてくれるんだものね)
 学校の帰りに寄る日ではなくて、週末に。
 土曜日だとか日曜が来たら、マーマレードの瓶を紙袋に入れて提げて来て。
(受け取っちゃうのは、ママなんだけど…)
 ハーレイの声が耳に聞こえるよう。
 「もう、そろそろかと思いまして」と、マーマレードを手渡す時の。
 部屋の窓から見下ろしていたら、笑顔の二人が見えるから。
 マーマレードが入った袋が、ハーレイの手から母の手に移動してゆくのも。
(…多分、今度の土曜か、日曜…)
 そんな景色が窓から見られることだろう。
 門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイに手を振ろうとしたら。
 「ぼくは此処だよ!」と精一杯に手を振っていたら、振り返されて。
(…ママが門扉を開けに行くから…)
 其処から庭に入った所で、マーマレードが引越しをする。
 ハーレイの手から、母の手へと。
 母にキッチンへと運んでゆかれて、この家のダイニングが定位置になって。


(マーマレード、ママたちも大好きだもんね?)
 夏ミカンの実のマーマレードは、とても美味しい。
 太陽の光を閉じ込めたような、金色に輝くマーマレード。
 一度食べたら、きっと誰もが気に入るだろう。
 家にある間は、毎朝、食卓に置きたくなって。
 こんがりキツネ色に焼けたトースト、それにたっぷり塗り付けたりして。
(…スコーンに塗っても、美味しいんだよ)
 遥かな昔は、スコーンを食べるのにマーマレードは、マナー違反だったらしいけれども。
 マーマレードは朝食のもので、午後のお茶には出さないもので。
(そんなこと、今は言わないものね)
 初めて貰ったマーマレードは、ハーレイと一緒にスコーンに塗った。
 庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子の所で。
 ハーレイと初めてデートした場所で、母に注文したスコーンを二人で頬張って。
(だけど、あの時のマーマレードは…)
 一番乗りで食べるつもりが、両親に先を越されていた。
 起きて行ったら、朝のテーブルにマーマレードの瓶が置かれて。
 父が「美味いぞ」と笑顔を向けて、母も優しく微笑んでいて。
(…ぼくが貰ったマーマレードなのに…)
 本当の所はそうだったのに、両親に言えるわけがない。
 「未来のハーレイのお嫁さん用に、くれたんだから」なんて。
 ハーレイも、そうは言えはしないし、「皆さんでどうぞ」と差し出すしかない。
 だから、夏ミカンの実のマーマレードは…。
(……パパとママが、先に食べちゃってても……)
 ごくごく自然で、普通のこと。
 まだぐっすりと寝ている息子は、放っておいて。
 けして「放っておく」つもりなど無くて、親切に瓶を開けてくれただけ。
 一人息子が起きて来たなら、マーマレードを食べられるように。
 ハーレイが家を訪ねて来た時、「美味しかったよ」と報告できるようにと。


 そうだったのだと分かっているから、言えなかった文句。
 とてもガッカリしたのだけれども、「酷い!」と怒りはしなかった。
 ただションボリと肩を落として、ハーレイの顔を見上げただけ。
 「マーマレード、先に食べられちゃった」と、悲しい気持ちを訴えながら。
(…じきに空っぽになっちゃうよ、って…)
 その心配も口にした。
 両親も「美味しい」と褒めているなら、マーマレードは早く減ってゆく。
 朝の食卓に、毎日、置かれて。
 父も母もスプーンでたっぷり掬って、トーストに塗るのだろうから。
(最後の一口は、ぼくが貰えても…)
 マーマレードは、それでおしまい。
 また食べたくても、二度と貰えはしないから。
 ハーレイの両親がくれたプレゼントは、一回限りの特別なもの。
 二度目なんかがあるわけがないし、金色に輝くマーマレードは、その内に…。
(すっかり空になってしまって、瓶だって…)
 母が返すのに違いない。
 綺麗に洗って、「また、お使いになるんでしょう?」と。
 来年のマーマレード作りに備えて、ハーレイの母の手元に戻るように。
(そうなっちゃうよ、って思ってたから…)
 気分はドン底だったけれども、ハーレイは笑い飛ばしてくれた。
 「そんな心配なら、要らないぞ」と。
 マーマレードは山ほどあるから、気に入ったのなら、くれるという。
 「特別なプレゼント」とは違うけれども、いくらでも。
 いつか新しい家族に迎える子供のためなら、ハーレイの両親も喜ぶから、と。


(……ホントに、ハーレイが言った通りで……)
 マーマレードが半分くらいに減って来た頃、「まだあるのか?」と尋ねられた。
 「切れちまったら、大変だしな?」と、新しく届けられた瓶。
 前に貰ったのと、そっくり同じ。
 太陽の光を詰め込んだ瓶を、ハーレイは提げて来てくれた。
 「お母さんに渡しておいたからな」と、パチンと片目を瞑ってみせて。
 それ以来、ずっと続いているのが、マーマレードの定期便。
 「そろそろかな?」と思っている間に、新しい瓶がやって来る。
 ハーレイは片手でポンと開けるのに、両親は開けるのに手間取る瓶が。
 しっかりと蓋が閉まっているから、そう簡単には開かない瓶が。
(…ハーレイが帰って行く時は…)
 空の瓶を提げてはいないけれども、それは前のが残っているから。
 瓶がすっかり空になったら、母が洗って手渡している。
 「頂いてばかりですみません」と、帰り際に。
 「お母様たちにも、よろしくお伝え下さいね」と。
(…ハーレイのお父さんと、お母さん…)
 まだ会ったことは無いけれど。
 写真さえも見せては貰えないけれど、ハーレイの父は釣りの名人。
(ヒルマンに、少し似てるって…)
 前にハーレイから、そう聞かされた。
 マーマレード作りの名人の母は、誰に似ているとも聞いていないから…。
(…前のぼくだと、ピンと来ない顔…)
 白いシャングリラでは、見なかった顔に違いない。
 ついでに今の学校の中にも、ハーレイの母に似た人はいない。
(どんな顔のお母さんなんだろう?)
 まるで想像できないからこそ、一日でも早く会いたいと思う。
 隣町の家に、出掛けて行って。
 ハーレイの車の助手席に乗って、庭に夏ミカンの木がある家まで。


 その日が来るのが楽しみだよね、と思った所で気が付いた。
 今のハーレイには両親がいて、父はヒルマンに少し似ているけれど…。
(…前のハーレイだと、お父さんなんか…)
 何処を探してもいなかった。
 養父母はいても、血が繋がった両親などは。
 その上、養父母の記憶も失くして、子供時代は無いも同然。
 前の自分も全く同じで、あの時代には無かった「家族」。
 赤いナスカで、トォニィたちが生まれるまでは。
(…今だと、いるのが当たり前なのに…)
 家族がいるって、普通なのに、と驚かされた。
 今の自分には「普通のこと」でも、前の自分には「違う」らしい、と。
 家族なんかは持っていなくて、いつか持てるとも思わなかった。
 そういう世界ではなかったから。
 機械が選んだ親子関係、それだけが「家族」だったから。
(…今のぼくは、ハーレイのお父さんとお母さんの…)
 新しい息子だと言って貰えて、いずれ本当に息子になれる。
 前の自分と同じ背丈に育ったら。
 今のハーレイと結婚したなら、ハーレイの家族になるのだから。
 ハーレイの両親の子供になって、ハーレイの方も…。
(…パパたちの息子になるんだよね?)
 ちょっとビックリ、と目が丸くなる。
 父と殆ど年が変わらないハーレイなのに、「息子」だなんて。
 母とも兄妹で通りそうなのに、やっぱり「息子」。
(家族がいるって、うんと素敵で…)
 面白いよね、と可笑しくなる。
 ハーレイが両親の息子になったら、「大きすぎる息子」なのだから。
 けれど、その日が待ち遠しい。
 ハーレイの家族になれる日が来たら、二人で暮らしてゆけるから。
 前の生から焦がれた青い地球の上で、ハーレイと家族になれるのだから…。

 

         家族がいるって・了


※ブルー君には、当たり前のようにいる両親。今のハーレイにも、いて当たり前。
 けれども、前は違ったのです。それが今度は、ハーレイの家族になれるんですよねv










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(……ふうむ……)
 そろそろ頼んでおかないと、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(この前、持って行ったのは…)
 いつだったか、と指を折りながら、考えるのはマーマレードのこと。
 小さなブルーも大好物の、夏ミカンの実で作られたもの。
(親父とおふくろからのプレゼントだ、と…)
 初めて届けてやった日のことは、今も決して忘れはしない。
 いつか家族になるブルーのために、と隣町に住む両親が寄越したマーマレード。
 夏ミカンの木は、その家のシンボルツリーだから。
(金色の実がドッサリ実ったら、親父が採って…)
 せっせとキッチンに運び込むのを、母が洗ってマーマレードに仕上げる。
 皮を剥いて、マーマレード用に刻んで。
 中の実だって、きちんと果汁を搾り取って。
(トロトロになるまで、鍋でコトコト煮込んでだな…)
 それから瓶詰め、その瓶がまた特別と来た。
 蓋がしっかり閉まっているから、並みの力では開かないと聞く。
(俺だと、片手でポンと開くんだが…)
 ブルーの家では、そんな具合にはいかないらしい。
 「開け方にコツがあるんですか?」と、ブルーの両親に尋ねられたほど。
 新しい瓶を開ける時には、二人がかりだと言っていた。
 ブルーの父が全力で捻って、ブルーの母がサイオンを乗せて。
(そうやって開けたマーマレードを…)
 両親に先に食べられてしまった、と嘆いたブルー。
 一番最初のマーマレードは、そうなったから。
(まさかブルーにプレゼントだとは、言えんしな?)
 皆さんでどうぞ、と渡した結果が、それだった。
 ブルーは一番乗りを逃して、両親が先に食べてしまって。


 夏の日の出来事だったけれども、マーマレードは今は定番。
 決して切れることが無いよう、早めに届けに出掛けている。
 ブルーの家の朝の食卓、そこに金色があるように。
 隣町の家で生まれたマーマレードを、ブルーに食べて貰えるように。
(明日あたり、親父に通信を入れて…)
 一瓶、届けて貰わなければ。
 ブルーのためのマーマレードを。
(纏めて頼めば、早いんだがな…)
 マーマレードの瓶なら、隣町の家に山ほど。
 一度に幾つか貰っておいたら、当分の間は、頼まなくても済むけれど…。
(それじゃ、親父が納得しないんだ)
 おふくろもな、と分かっている。
 すっかり大きく育ってしまった息子であっても、子供は子供。
 いつまで経っても「大事な息子」で、かまいたくなってしまうもの。
 マーマレードを届けるついでに、他にも何かついてくるとか。
(おふくろが多めに作ったから、と…)
 父が総菜を持って来ることは珍しくない。
 そうかと思えば、帰宅したら父がいることだって。
 「先にやってるぞ」と夕食を作って、味見しながら待っているとか。
 釣って来た魚を自分で捌いて、「美味そうだろう?」と得意げな顔で。
(…今度も、きっとそうなるんだな)
 ブルーのためにと、マーマレードを頼んだら。
 「纏めて届けてくれればいいから」と言っておいても、そうはしないで。
(お前の分も、届けに来たぞ、という程度でだ…)
 マーマレードは、二瓶もあれば上等だろう。
 次に届けに来る時のために、最初から数を控えめにして。


(…はてさて、親父が釣った魚か、おふくろの料理か…)
 今度のオマケは、どちらだろう。
 「マーマレードを届けてくれ」と頼んだら。
 通信機の向こうで、父か母かが、ブルーの家に届ける分もだ、と確認したら。
(どっちになるかは、分からんな…)
 きっと、その日の両親の都合と気分次第。
 「釣りに行くか」と父が思っていたなら、父が得意な魚料理。
 特に計画していなかったら、母が何かを作るのだろう。
 「多めに作ったから」と言いつつ、初めから「多めに作る」つもりで。
 普段は離れて暮らす息子に、「おふくろの味」を届けたくて。
(…どっちにしたって、美味いんだ…)
 父が作った魚料理も、母が作ってくれる料理も。
 どちらも子供の頃から馴染んで、数え切れないほど食べて来たから。
(ゴージャスな飯でなくっても…)
 美味しく感じられるもの。
 父が、母が、作ってくれるのだから。
 もう文字通りに「おふくろの味」で、ついでに「親父の味」になるから。
(いいもんだよなあ…)
 家族ってのは、と改めて思う。
 いずれ家族が増えた時には、ブルーも「あの味」に馴染むのだろう。
 両親が心待ちにしている「新しい息子」。
 今は夏ミカンの実のマーマレードだけしか、ブルーには食べて貰えないけれど。


 いつかブルーと結婚したなら、一人増える家族。
 その日を思うと頬が緩むし、早く両親に紹介したい。
 「この子がブルーだ」と、前に押し出して。
 恥ずかしがって頬を染めていたって、「遠慮するな」と両親の家に連れて入って。
(…そうなりゃ、四人家族になるんだ)
 今は三人家族だけれども、ブルーが入れば四人になる。
 ダイニングの椅子も、ブルーの分が増えるのだろう。
(…椅子の数だけは、今でも足りているから…)
 新しく買いはしないとしても、そこに出来る「ブルーのための席」。
 その席は、きっと…。
(俺が昔から座ってた席の、すぐ隣だな)
 あそこだろう、と目に浮かぶよう。
 ブルーが其処に座る姿も、今の小さなブルーのままで。
(流石に、チビじゃないんだろうが…)
 前とそっくり同じ背丈に育ったブルーが、新しい家族になるとは思う。
 けれど頭に浮かぶのはチビで、十四歳にしかならないブルー。
(すっかり馴染んじまったからなあ…)
 今のあいつに、と苦笑していて気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方と、今の違いに。
 前の自分が生きた世界と、青い地球での暮らしは違うということに。


(……家族なんかは……)
 何処を探してもいやしなかった、と前の生の記憶を遡ってゆく。
 ナスカの子たちが生まれて来るまで、あの世界に「家族」はいなかった。
 子供は全て、人工子宮から生まれた時代。
 それを養父母たちが育てて、十四歳を迎えたら…。
(成人検査で、養父母と引き離されちまって…)
 子供時代の記憶も消されてしまったほど。
 大人の社会で生きてゆくのに、子供時代は不要とされて。
(俺たちみたいに、ミュウじゃなくても…)
 両親の記憶は薄れてしまって、誰も疑問に思わなかった。
 そういうものだと誰もが信じて、逆らいさえもしなかった世界。
(……あそこで生きていた俺は……)
 成人検査と、その後に受けた人体実験、それに記憶を奪い去られた。
 養父母の記憶は欠片も残らず、前のブルーも全く同じ。
 それが今では、二人とも「家族」を持っている。
 今の自分には、隣町に住む父と母。
 チビのブルーには、同じ家で暮らす両親が。
(でもって、俺たちが結婚したら…)
 どちらの家にも、家族が一人増えるのだろう。
 「新しい息子」が一人ずつ。
(…俺の場合は、えらくデカすぎる息子なんだが…)
 あいつの親父さんと変わらないぞ、と可笑しいけれども、新しい息子には違いない。
 ブルーの父とは、それほど年が変わらなくても。
 母の方とも、兄妹で通りそうな年でも。


(面白いもんだな…)
 家族がいると、と今の自分には「当たり前」のことが面白い。
 前の自分が生きた時代と比べたら。
 「おふくろの味」さえ無かった世界を、こうして思い返してみたら。
(…まさに神様に感謝ってヤツだ)
 ブルーと出会えたことも嬉しいけれども、「家族がいる」のが、とても嬉しい。
 本物の父と母がいるのが、そして家族が増えてゆくのが。
(どっちにも親戚がいるもんだから…)
 更に繋がりは広がってゆくし、なんと素晴らしい世界だろう。
 「家族がいると、こうも違うか」と何もかもが違って見えてくる。
 そんな世界で、いつかはブルーと…。
(新しい家族になれるんだ…)
 結婚してな、と大きく頷く。
 大切な未来の家族のためにも、マーマレードを頼んでおこう。
 「届けてくれ」と、隣町の家に通信を入れて。
 いつか家族になるブルーの家まで、マーマレードを届けなければいけないから…。

 

          家族がいると・了


※今のハーレイには「当たり前のように」いる両親。隣町で離れて暮らしてはいても。
 けれど、前の生では家族なんかはいなかったのです。それが今度は、ブルーとも家族にv









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(……うーん……)
 やっぱりハーレイ、背が高いよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど、学校では会えた。
 教師と生徒の間柄でも、交わせた言葉。
 廊下で出会って、少しの間、立ち話。
 恋人同士の会話ではなくて、ごくごく普通の話題だけれど。
(だって、ハーレイ先生だもの…)
 学校でハーレイと話をするなら、あくまで「教師と教え子」として。
 「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、敬語で話して。
(…もう慣れたけど…)
 すっかり慣れてしまったけれども、そうしてハーレイと話したら…。
(ぼくの背、ちっとも伸びてない、って…)
 分かっちゃうよね、と残念な気分。
 話している間は、まるで気が付かないけれど。
 ハーレイの顔を見上げているだけで、もう充分に幸せだから。
 「首が痛いよ」と思いもしないし、大満足の立ち話。
 それをこうして思い返したら、「ぼくの背、低い…」と気付かされる。
 ハーレイの方が、うんと背が高いから。
 前の生での背丈の差よりも、ずっと大きく違っているのが今だから。


 青い地球でハーレイと再会してから、季節は移り変わっていった。
 春から夏へ、そして秋へと。
(…夏は木だって、草だって…)
 面白いくらいに伸びる季節で、育ち盛りの子供も同じ。
 夏休みの間にグンと背丈が伸びてしまって、会ったら驚かされるような子だっている。
 だから「ぼくも」と思っていたのに、一ミリも伸びずに終わった背丈。
 制服のサイズも変わらないまま、今に至っている始末。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 ハーレイはキスを許してくれない。
 何度強請っても、叱られてばかり。
 「キスは駄目だと言っただろう」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 それが不満でプウッと膨れても、ハーレイは「フグみたいだな」と笑うだけ。
 「ハーレイのケチ!」と怒ってみたって、プンスカ膨れてやったって。
(…ぼくが膨れていたら、頬っぺた…)
 大きな両手で、ペシャンと押し潰されたりもする。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、面白そうに。
 恋人の顔を潰して遊んで、気にも留めない今のハーレイ。
(……ぼくの背、ちっとも伸びないから……)
 余計にそうなってしまうのだろう。
 きっとハーレイの頭の中には、「育ったブルー」はいはしない。
 「チビのブルー」が入っているだけで、大きなブルーは「前のブルー」だけ。
 今の自分の「恋敵」の。
 どんなにフーフー毛を逆立てても、決して勝てない「前の自分」。
 あちらは大きく育った姿で、ハーレイの心に住み着いている。
 キスも、その先のことも出来る姿で。
 前のハーレイが失くしたブルーが、そっくりそのまま。


(…今のぼくじゃ、敵わないんだから…)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた人には。
 今もハーレイが忘れられない、時の彼方に消えた人には。
(…ハーレイの車が、前のハーレイのマントの色なのも…)
 そのせいなのだ、と分かっている。
 ハーレイが車を買おうとした時、白い車に惹かれたという。
 「これもいいな」と思ったらしいし、濃い緑よりは青年に似合う色が白。
 けれど、ハーレイは選ばなかった。
 何故だか「違う」と感じ取って。
 「俺の車は、この色じゃない」と、白い車はやめてしまって。
(……白は、シャングリラの色だから……)
 乗りたくなかったんだろう、と今のハーレイは話していた。
 白いシャングリラに乗ってゆくなら、ハーレイだけでは寂しいから。
 共に旅をした「ソルジャー・ブルー」がいないドライブなど、悲しいだけ。
 前のハーレイは、そういう旅を続けたから。
 「何処までも共に」と誓い合った人が、何処にもいなくなってから。
 その人が遺した言葉に縛られ、たった一人で。
 シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、キャプテンとして舵を握り続けて。
(……あんまり悲しすぎたから……)
 今のハーレイは白い車を避けた。
 愛した人を乗せられないなら、そんな船など要らないから。
 船ではなくて車だけれども、「前のブルー」をどうしても忘れられなくて。
 前世の記憶が戻らなくても、ハーレイは忘れていなかった。
 遠く遥かな時の彼方で、恋をした人を。
 長い月日を共に暮らして、メギドに向かって飛び去った人を。


 「前の自分」は、今もハーレイの中に住んでいる。
 何かのはずみに顔を出しては、ハーレイを悲しませたりもして。
 今の自分が此処にいるのに、恋敵として。
 どう頑張っても勝てない姿で、きっとハーレイとキスも交わして。
(……そっちも、同じぼくなんだけど……)
 背が足りない分、うんと不利だよ、と項垂れる。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイのキスは貰えない。
 どんなに「ハーレイのケチ!」と言っても、馬耳東風で。
 膨れてもサラリと躱された上に、頬っぺたをペシャンと押し潰されて。
(…ぼくだって、背が伸び始めたなら…)
 負けないのにな、と悔しい気持ち。
 少しずつでも伸び始めたなら、日に日に「前の自分」に近付く。
 そうなったならば、ハーレイだって…。
(今みたいに余裕たっぷりじゃ…)
 いられないような気がするんだけれど、と傾げた首。
 チビだからこそ、膨れた時には「フグ」で「ハコフグ」。
 それが似合いの子供なのだと、ハーレイの瞳に映るから。
 前の自分とは月とスッポン、「銀色の子猫」がフーフー怒っているだけだから。
(だけど、今より大きくなったら…)
 もう「銀色の子猫」ではない。
 鏡に映った自分に向かって、「恋敵だ」と喧嘩を売るような。
 ハーレイの中に住む前の自分に、本気で嫉妬するような。
 何故なら、「同じ自分」だから。
 「銀色の子猫」は大きく育ち始めて、じきに「銀色の猫」になるから。
 そうなった時は、ハーレイの目にも「銀色の猫」が映るのだろう。
 まだ完全には、育ち切ってはいなくても。
 一回りほど小さな姿であっても、「子猫」ではない猫の姿が。


(…そういうぼくなら、前のぼくにも負けないんだよ)
 ハーレイの頑固な心にしたって、きっとグラグラするだろう。
 心の中に住み着いている、「前のブルー」が目の前にチラつき始めたら。
 ハーレイの瞳に焼き付いた姿と、今の自分が少しずつ重なり始めたら。
(…絶対、ハーレイも揺れるんだから…)
 間違いないよ、と自信がある。
 「キスは駄目だ」と叱りながらも、心の中ではガッカリだろう、と。
 「もう少しだけの辛抱なんだ」などと、自分自身に言い聞かせながら。
(…前のぼくに、どんどん似てくるんだものね?)
 日ごとに姿が似始めたならば、今度はハーレイが「我慢する」番。
 こちらの我慢も続くけれども、それは前からの我慢の続き。
 でも、ハーレイの方はと言えば…。
(余裕たっぷりで笑っていたのが、笑えなくなって…)
 自分で作っておいた決まりを、破りたくなることだろう。
 「あと少しだしな?」などと、緩めたい気分になってしまって。
 背丈が僅かに足りないだけなら、「もういいだろう」と考えもして。
(…そうなっちゃったら、今の仕返し…)
 ぼくも我慢だけど、ハーレイも我慢、と可笑しくなる。
 きっとハーレイは「決まり」を破れはしないから。
 ありったけの理性を総動員して、懸命に守る筈だから。
(必死なんだよ、って分かっているから、今と同じで…)
 ハーレイにキスを強請ってやろうか、自分の背丈が伸び始めたなら。
 前の自分とそっくり同じ姿になる日が、どんどん近付き始めたら。


(…知らんぷりして、「ぼくにキスして」って…)
 そう言った時に「キスは駄目だ」と返すハーレイ。
 眉間には皺があるだろうけれど、その皺はきっと緩んでいる。
 今よりも、ずっと。
 懸命に刻んで見せているだけで、本当は「ブルーにキスをしたくて」。
(……楽しみだよね?)
 そんなハーレイ、と思うから、その日を夢見て微笑む。
 今は少しも伸びない背丈が、順調に伸び始めたなら、と。
 「銀色の子猫」が「銀色の猫」に育ち始めて、前の自分と重なったなら、と。
 きっと、その日はやって来るから。
 まだまだ遠い未来のことでも、いつか必ず「銀色の猫」になれるのだから…。

 

           伸び始めたなら・了


※少しも伸びない、ブルー君の背丈。自分でも悔しい気分ですけれど…。
 背丈がぐんぐん伸び始めたら、ハーレイ先生が困る番。「キスは駄目だ」は辛いですよねv











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