- 2019.07.18 四季が無かったら
- 2019.07.04 四季が無ければ
- 2019.06.20 話題が尽きちゃっても
- 2019.06.06 話題が尽きても
- 2019.05.16 近すぎちゃう星
(その内に冬が来るんだよね…)
秋が終わったら、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今は、まだ秋。
そうは言っても、木々の紅葉を迎えてはいない。
たまに冷え込む夜もあるから、いずれ色づき始めるけれど。
(紅葉狩り…)
ハーレイの授業で習った言葉。
前から知っていたような気もするのだけれども、改めて印象付けられた。
人が地球しか知らなかった時代、地球が滅びてしまうより前。
この辺りにあった小さな島国、日本の人々が生み出した言葉。
(キノコ狩りみたいなものとは違って…)
紅葉を採りにゆくのではなくて、眺めにゆくこと。
貴族だったら自分の館の、広大な庭でも出来たという。
庭の池に綺麗な船を浮かべて、その上からも紅葉を楽しんで。
(だけど、やっぱり…)
紅葉が美しいと名高い場所まで出掛けてゆくのが、紅葉狩りの名に相応しい。
牛車や輿でゆく貴族でなくても、馬さえ持たない庶民でも。
(遠足みたいなモノだもんね?)
お弁当を持ってゆく紅葉狩り。
気に入った場所でそれを広げて、時には酒を酌み交わしたり。
とても素敵な響きの言葉が「紅葉狩り」だった。
(紅葉見物なんかじゃなくって…)
うんと雰囲気がある言葉だよ、と心から思う。
かつて日本に住んでいた人々、彼らは四季を愛したと聞いた。
だからこそ多くの言葉が生まれて、様々な文化を育んだのだと。
「紅葉狩り」というのも、その一つ。
そう呼ぶ言葉も、紅葉を眺めに出掛けてゆくということも。
今のハーレイが教えているのは、古典の授業。
日本の古典を色々と習うけれども、合間に語られる豊富な知識。
(ハーレイの雑談…)
居眠りしていた生徒までもが、ガバッと起きて聞き入るほど。
生徒の集中力を取り戻すために、絶妙のタイミングで仕掛けられるもの。
(日本には、四季があったから…)
生まれて来た文化は数多い。
平安時代の貴族の間では、服装さえも季節に合わせて変えた。
(ちゃんと合わせないと、馬鹿にされるんだよね?)
どうやら教養が足りないらしい、と皆に陰口を叩かれて。
男性は女性にモテもしないし、女性の場合は、もっと悲惨な結果が待っていたのだとも。
(…身分の高い女の人は…)
顔を見せないのが嗜みだったのが、平安時代。
御簾や几帳の影に隠れて、更に扇で顔を覆った。
それでは全く分からないのが、女性の顔立ち。
美しい人か、そうではないのか、まるで分からないものだから…。
(手紙とか歌をやり取りしながら、どんな人なのか想像して…)
もっと知りたい男性たちは、頑張って情報収集をした。
人の噂をかき集めたり、覗き見しようと試みたりと。
(でも、顔なんか、そう簡単には…)
見られないから、まず目に付くのは、その人の衣装。
着物の袖などを御簾の外へと出しておくことは、よくあったという。
牛車で何処かへ出掛ける時にも、同じように人目に付くように。
(そうやって見せてる着物の色…)
その色だとか、重ね方だとか。
趣があるか、季節に沿っているかと、男性たちは品定めをした。
それは美しく装っているなら、教養の深い女性だろう、と。
そういう人なら、きっと顔だって美しい筈、と考えるから、逆の女性はもうモテない。
見向きもされずに放っておかれて、悪い噂が立ってゆくだけで。
(怖い時代だよね…)
あの雑談を聞いた時には、教室中が震え上がった。
教養が足りないとモテない時代で、よりにもよって季節に合った服装。
今の時代に同じことを言うなら、全く別の意味になるのに、と。
(夏は暑いから、薄着をして…)
半袖などを着て、暑さをしのぐもの。
逆に冬なら、暖かい服。
寒くないよう重ね着をして、マフラーなども巻いたりして。
(ちょっぴり取り合わせが、おかしくっても…)
誰かにクスッと笑われるだけで、それでおしまい。
「なんとも趣味の悪い人だ」と噂を立てられ、人生を棒に振ることは無い。
服装で顔を想像せずとも、顔なら、ちゃんと見えているから。
本当に綺麗な人かどうかは、顔を合わせれば分かるのだから。
(…平安時代じゃなくて、良かった…)
ホントに良かった、とホッと息をつく。
ハーレイの話を聞いた日の教室、あの日のクラスメイトたちも、皆、そうだった。
(学校だと、みんな制服だけど…)
家に帰れば様々な服で、その服装には決まりなど無い。
自分さえ良ければ、帰ってすぐに、パジャマに着替えてしまってもいい。
平安時代の貴族と違って、誰も様子を見に来ないから。
「あの人は何を着ているのか」と、チェックしに来ることは無いから。
(……そんな時代だと……)
今のぼくだってアウトなのかも、と眺めるパジャマ。
夜はパジャマで当然だけれど、これが平安時代なら…。
(季節に合った色とかのパジャマ…)
それを着ないと「教養が無い」と笑われる。
男性同士でも、互いにチェックしているから。
趣味の良い人か、そうでないかと、品定めをして。
友情を築くのに相応しい人か、相手にしない方がいいかと。
そんな時代に生まれていたなら、上手く乗り切る自信など無い。
なにしろ前の自分ときたら、常にソルジャーの正装だった。
(シャングリラには、四季があったけど…)
白い箱舟には、幾つも設けられていた公園。
其処には四季があったけれども、それとは関係無かった制服。
(ブリッジクルーなら、袖には羽根の模様とか…)
そうした区別があった程度で、基本的には、男女別しか無かったものがミュウたちの制服。
長老たちとキャプテン、ソルジャーにだって、それぞれの役職を示す制服があった。
(ぼくとハーレイのは、お揃いの意匠…)
それが入っていたのだけれども、何人が気付いていただろう。
きっと殆どの仲間は知らないままだったろう、と今でも思わないでもない。
見た目には「全く別のデザイン」に見えたのが、ソルジャーとキャプテンの制服だから。
色合いだって別物だったし、同じ意匠が上着に施されていることなんて…。
(よっぽど食い入るように見ないと…)
気が付かないよ、と思い出す上着。
前の自分でさえも、気付くまでには暫くかかった。
気付いた時にはとても嬉しくて、有頂天になったもの。
(ハーレイとお揃いの服なんだ、って…)
嬉しくてたまらなかったけれども、前の自分たちの服は、たったそれだけ。
季節に合わせて変わりはしなくて、夏服と冬服さえも無かった。
四季があったのは公園だけで、他の場所には無かったから。
(…人間らしく生きてゆくには、季節が無いと…)
きっと駄目だ、と考えた前の自分たち。
だから船の中に生み出した四季。
改造を済ませた白いシャングリラの、あちこちに作った公園に。
春には草木が一斉に芽吹き、夏には緑が生い茂る場所。
秋は木の葉が色づいて散って、寒い冬には冬枯れの景色。
流石に雪までは降らなかったけれど、立派に巡り続けた季節。
船中が同じ制服のままで、季節に合わせることは無くても。
(ああいう船で暮らしていたから…)
季節に沿った色合いの服など、とても選べるとは思えない。
昔の日本に生まれていたら、困り果てていたことだろう。
「どれを着たらいいの?」と、沢山の服を前にして。
今の季節に合うのはどの衣装なのか、まるで全く分からなくて。
(教養の無い人なんだ、って思われちゃうよ…)
誰かが教えてくれないと…、と頭に浮かんだのは今のハーレイ。
きっとハーレイも、同じ時代に暮らしているに違いない。
そして今みたいに知識が豊富で、頼り甲斐があって…。
(ぼくの服だって…)
これだ、と教えてくれそうな感じ。
「今の季節なら、こいつだよな」と相応しい色を選んでくれて。
(…うん、いいかも…)
それなら昔の日本の世界でも、大丈夫。
ただ、ハーレイと出会うより前は…。
(服もまともに選べなくって、教養が無くて…)
駄目な人間の烙印を押されるのだろうか、まだチビなのに。
十四歳にしかならない子供で、まだまだ人生、これからなのに。
(…それとも、ママが色々選んで…)
揃えてくれて、その服でハーレイと出会うのだろうか。
もちろんハーレイは、とても洒落たのを着こなしていて。
季節に沿った色を選んで、教養の高さを匂わせて。
(…そういうのも素敵…)
その世界ならば、ハーレイだってモテるのだろう。
白いシャングリラの頃と違って。
「薔薇の花のジャムが似合わない人だ」と、皆に笑われたりせずに。
服の選び方が上手い男性、そういった人がモテた頃なら。
チビの自分には難しくても、ハーレイなら得意そうだから。
(そうなっちゃうのも、楽しそう…)
ぼくは少しもモテなくっても、と考えたけれど、問題が一つ。
ハーレイがとてもモテるのだったら、チビの自分と出会う頃には…。
(とっくに奥さんがいるだとか…?)
それは困る、と慌てたものの、きっとハーレイと自分なら…。
(ちゃんと出会えて、ずっと一緒で…)
前の生とは違って離れることなく、何処までも二人でゆけると思う。
チビの自分が大きくなっても、自分では服を選べなくても。
「どれを着ればいいの?」と、ハーレイに訊いてばかりでも。
(……ふふっ……)
こんな想像を広げられるのも季節のお蔭、と嬉しくなる。
今の世界に四季が無かったら、ハーレイの雑談に服の話は出ないから。
常夏の場所で暮らしていたなら、今も知らないままだから。
(…四季が無かったら…)
紅葉狩りだって無いんだものね、と夢見るハーレイとの未来。
いつかは二人で紅葉の季節に、紅葉狩りにも行けるから。
季節に合わせた服を着ろとは言われない世界で、ハーレイが作ったお弁当を持って…。
四季が無かったら・了
※ブルー君が思い出した、ハーレイ先生の雑談。季節に合った服を選んで着ていた時代。
教養が無いと生きてゆくのも大変そう、と膨らんだ想像。四季のある世界は素敵なのですv
(今は秋だが、その内に…)
寒くなって冬が来るんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
十四歳にしかならない恋人、小さなブルー。
前の生から愛した人で、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
この地球の上で再会した時は、まだ春だった。
忘れもしない五月の三日で、桜の花はとうに終わった後だったけれど。
(しかし、五月は春だよなあ…)
今の暦で言うんだったら、と頭に描いた昔の暦。
人間が地球しか知らなかった頃、日本という国で使っていたもの。
そちらの暦だと、五月は初夏になっていたらしい。
(今の日本じゃ、初夏と言ったら六月なんだが…)
ついでに昔からそうなんだよな、と考える。
日本という国は長く続いて、紀元二千年にも、まだ在った。
その頃の日本の住人たちは、五月は春だと思っていた。
やたらめったら暦にうるさい、一部の人を除いては。
俳句や和歌を詠む人だとか、神社仏閣を守り続けていた人だとか。
(そういう人種は、古い暦を大事にしたから…)
五月は春ではなくて、初夏。
世間の人たちが「行楽の春だ」とはしゃいでいても、旅の広告が「春の旅」でも。
けれども、地球が一度滅びて、奇跡のように蘇った後。
昔の日本があった地域で、暮らし始めた人々は…。
(古い時代に帰ると言っても、限度ってものが…)
あったせいだろうか、五月は春だと考える方を採用した。
だからブルーと再会したのは、春のこと。
「春浅い」とまでは言えないけれども、花が咲き乱れる頃だった。
ブルーと再会出来た喜び、それに酔う内に過ぎていった日々。
やがて初夏が来て、暑い夏が来て、学校の方も夏休み。
(用事の無い日は、毎日のように、あいつの家まで…)
行ったもんだ、と思い出す。
ブルーの家の庭で、一番大きく聳える木。
その木の下に据えたテーブルと椅子で、何回、お茶を飲んだだろうか。
さほど暑くない午前中なら、涼しい風が吹き抜けるから。
(夏休みの後も、まだ暫くは…)
休日にブルーを訪ねて行ったら、午前のお茶は庭だったりした。
それがいつしか涼しくなって、今では、庭でのお茶の時間は午後のもの。
(すっかり秋になっちまったし…)
午前中に庭じゃ、涼しすぎるな、と考えなくても分かること。
午後のお茶なら、似合いだけれど。
秋咲きの薔薇が美しく咲いて、テーブルに華を添えるのだけれど。
(こいつが、冬になったなら…)
外でのお茶など、とんでもない。
今のブルーも身体が弱いし、寒い屋外では風邪を引く。
だからティータイムはブルーの部屋で、とブルーの母も言うだろう。
けれども、ブルーが描いている夢。
寒い冬でも、庭でのお茶。
(雪がしんしん降っている中で…)
火鉢を置いて暖を取りながら、熱い紅茶を飲むのだという。
もちろんポットが冷めないように、保温用のティーコジーを被せておいて。
寒さで風邪を引かないように、周囲にシールドを張り巡らせて。
(そのシールドは、俺が張るんだぞ…!)
今のあいつには出来ないんだし、と竦める肩。
サイオンが不器用になった今のブルーに、そんな芸当は出来ないから。
シールドなんかは夢のまた夢、思念波さえも、ろくに紡げないから。
もうすぐ来そうな、そういう季節。
庭の木の葉が鮮やかに色づき、そうして散っていったなら。
風に舞い、地面に散り敷いた葉が、カサカサと音を立てる頃。
(そうなれば、冬で…)
霜も降りるし、やがて空から白い欠片が舞い降りて来る。
いわゆる初雪、同じ地域でも北に行くほど初雪が早い。
(標高が高い所も、そうだな)
山の上の方だけ雪化粧などは、よくある話。
雪が下界まで降りて来たなら、本格的な冬の始まり。
(あいつが、火鉢を持って来てくれ、って…)
うるさく騒ぎ出すんだぞ、と苦笑する。
火鉢は此処の家には無いから、隣町まで借りに行かねば。
(親父と、おふくろのコレクション…)
隣町に住む、今の自分の血の繋がった親。
前の自分の頃と違って、養父母ではない「本当の親」。
両親は揃って「昔の古い道具」が好きで、火鉢も、もちろん持っている。
(居間に置くのと、客間用のと…)
少なくとも二つはある筈なのだし、その内の一つを借り受ける。
「ブルーが火鉢に憧れている」と言えば、喜んで貸してくれるだろう。
二人とも、ブルーを知っているから。
会ったことは一度も無いのだけれども、「いつか息子と結婚する子」と。
現に今でも、「ブルー君に」と色々、持たせてくれる。
庭の夏ミカンの実で作ったマーマレードやら、金柑を甘く煮たものやら。
(変わったトコだと、ヤドリギの枝…)
そんなものまで、父がわざわざ届けに来た。
「珍しいから、ブルー君に持って行ってやれ」と、隣町から。
それほどブルーを思ってくれるし、火鉢くらいは、お安い御用。
たとえ冬じゅう貸し出したままになってしまおうとも、春まで返って来なくても。
(……火鉢なあ……)
ついでに炭も貰って来ないと、と借りて来る物のリストを頭に作る。
炭を熾すための道具も、火箸も借りて来なくては。
(それから、餅網…)
餅網を忘れてはならない。
ブルーの夢は「火鉢で、餅を焼く」こと。
紅茶には、あまり似合わなくても。
どちらかと言えば、ほうじ茶の方が似合いそうなものが「焼いた餅」でも。
(…前のあいつは、火鉢も知らなかったから…)
もちろん、前の俺も知らんが、と思った所で気が付いた。
シャングリラにも「冬」はあったのだ、と。
白い鯨に改造した後、あの船の中に生まれた「季節」。
人工的なものではあったけれども、公園には、ちゃんと季節があった。
春から夏へと巡りゆくものが。
夏が過ぎたら秋が訪れ、冬へと移り変わった季節。
(……人間らしく生きてゆくには……)
それが必要だ、と考えて船に作った四季。
流石に、白い雪までは…。
(降らなかったが、あの船の四季は見事だったぞ)
懐かしいな、と白いシャングリラで一番広かった公園の景色を思い出す。
ブリッジからは、よく見えた。
なにしろ「箱舟」と呼ばれたブリッジ、それが公園の端に浮かんでいたから。
(春になったら、あちこちで花が咲き始めるんだ)
冬の間は葉を落としていた木々も、一斉に芽吹く。
誰もが心浮き立つ季節で、子供たちがピクニックをしていたもの。
公園の芝生に、腰を下ろすためのシートを広げて。
厨房で特別に作って貰った、ピクニック用の軽食も持って。
今の日本と変わらないな、と可笑しくなった。
春になったら、何処の公園でも見かける光景。
親子で広げるお弁当やら、幼稚園などのピクニック。
(いつの時代も変わらんなあ…)
シャングリラに火鉢は無かったがな、と思いはしても。
前のブルーも、前の自分も、火鉢を全く知らなかったから…。
(…火鉢で餅を焼いて食べるなんぞは…)
考え付きさえしなかったぞ、と不思議な気持ち。
同じように四季があったというのに、やはり何処かが違っていた。
あの白い船と、今の日本とでは。
(…雪も降らないような船では、無理だったかもな…)
四季のある暮らしを極めることは、と思った所でハタと気付いた。
今の自分も、今のブルーも、当たり前のように「四季のある暮らし」をしているけれど…。
(同じ地球でも、場所によっては…)
四季ってヤツが無いんだった、と顎に当てた手。
蘇った地球の北と南の端に行ったら、とても極端になるのが四季。
太陽も昇らない長い長い冬と、瞬く間に過ぎ去る夏。
それの間に、ほんの僅かだけ春と秋が来る。
もう少し緯度が下がった場所なら、白夜と呼ばれる頃があるほど。
(そこでも四季はあるんだが…)
常夏の国って所があった、と南国を思う。
一年中、鮮やかな花が咲き乱れて、其処では生き物の色まで鮮やか。
寒い冬など来ることは無くて、人々は、それはゆったりと…。
(暮らしている、っていうのは分かるが、やはり四季が無いと…)
今の俺たちにはつまらないな、と感じる。
遠く遥かな時の彼方で、四季のある船で暮らしたから。
四季が無ければ人間らしく生きてゆけない、と人工的に季節を作り出した船で。
(今から思えば、ああいう時代でなかったら…)
四季は必要無かったかもな、という気がしないでもない。
箱舟の中で暮らしてゆくには、四季が必要だったけれども、平和だったら。
誰もがのんびり生きていたなら、常夏の国が今もあるように…。
(一年中、暮らしに適した温度の…)
常春の船でも、かまわなかった。
誰一人、そちらを唱えはしなかったけれど。
「四季が無ければ」と考えた上で、公園に四季を設けたけれど…。
(…今の俺たちは、四季がある場所に生まれたからなあ…)
四季が無ければ物足りないぞ、と確信に似たものがある。
夏の暑さが厳しかろうと、冬が寒くて辛かろうとも…。
(やっぱり冬には、雪が欲しいな)
そしてブルーと庭で火鉢だ、と浮かべた笑み。
今のブルーが憧れている、雪が降る日の庭でのお茶。
四季が無ければ、そんな楽しみも生まれないから。
常春や常夏は暮らし易そうでも、自分たちには四季がお似合いだから…。
四季が無ければ・了
※今は当たり前の、四季がある暮らし。シャングリラの頃にも、人工の四季が公園に。
常夏の国もあるのですけど、そういう所より四季のある所がいいなと思う、ハーレイ先生v
(今日はホントに楽しかったな…)
ずっとハーレイと一緒だったし、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
この部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。
昼食も、午後のお茶の時間も、ハーレイと二人きりだった。
両親と一緒の夕食の時だけ、増えた人数。
それが済んだら食後のお茶で、これもやっぱり、この部屋で。
(コーヒーは出て来なかったしね)
ホントに良かった、と母のメニューに感謝の気持ち。
食後はコーヒーが似合いだったら、部屋には戻って来られない。
チビの自分は苦手なコーヒー、けれどハーレイの大好物。
両親も良く知っているから、コーヒーを出そうという時は…。
(晩御飯の後も、ずっとダイニング…)
ハーレイがゆっくり寛げるよう、コーヒーを飲むのは食事の後のテーブルで。
食器を下げて、テーブルを綺麗に拭いて、それから。
(そうなっちゃったら、ハーレイがお喋りする相手…)
ぼくじゃなくって、パパとママだし…、と考えただけで溜息が出そう。
今日は、そうではなかったけれども、たまには、そんな時だってある。
(…パパとママは、何も知らないから…)
自分たちの息子が生まれ変わりだと知ってはいても、そこまでで終わり。
ハーレイについても、同じこと。
(ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイってだけで…)
まさか恋人同士だったとは、夢にも思わないことだろう。
だから夕食の席では、いつもハーレイに気を遣う。
「一日中、子供の相手ばかりで、疲れただろう」と。
もっと話が出来る大人の、自分たちがお相手しなければ、と。
両親の気配りは、実のところは有難迷惑。
二人きりの時間を邪魔されるよりも、放っておいて欲しいもの。
けれど「本当のこと」を話せはしないし、仕方なくハーレイを両親に譲る。
夕食の支度が出来たと、階下へ呼ばれたら、いつも。
その夕食の後に、苦手なコーヒーが出て来た時も。
(でも、今日は紅茶…)
お蔭で部屋に戻って来られた。
ハーレイと二人きりに戻って、此処でお喋り。
壁の時計が気にはなっても、ハーレイを盗られる心配は無い。
両親は部屋にはやって来ないし、話し相手は自分だけ。
(話したいこと、ホントにいくらでもあるもんね…)
時間が足りない、と思うくらいに。
ハーレイが椅子から立ち上がる時間は、ずっとずっと先の方がいい。
(…もう少し、ぼくが大きかったら…)
もっとゆっくり留まっていてくれるだろうに。
大人同士のパーティーなどなら、始まる時間が遅いものもある。
(…ハーレイが帰る頃の時間に…)
幕を開けるものも、きっとあるのだろう。
遠く遥かな時の彼方でも、そうだったように。
白いシャングリラで暮らした仲間が、仕事の後に開いていた気楽な集まり。
(晩御飯は、みんな食堂だけど…)
それが済んだ後で、集まっていた。
メンバーの中の誰かの部屋やら、持ち場の休憩室やらで。
食堂からテイクアウトして来た、軽い食事や、おつまみなどを持ち寄って。
(……でもって、お酒も……)
あの船では合成のものだったけれど、皆で楽しく飲んでいた。
翌日の仕事に差し支えないよう、ちゃんと注意してはいたけれど。
あんまり遅くなり過ぎないよう、翌日に酒が残らないように。
(……思い出しちゃった……)
前のハーレイと暮らしていた頃を。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた時代の、うんと懐かしい出来事を。
此処にハーレイがいてくれたならば、今すぐにでも話したい。
まるで全く別の話を、ハーレイがしている最中でも。
「親父がな…」と、今のハーレイの、釣り好きの父の話を披露していても。
(…ねえ、ハーレイ、って…)
いきなり話の腰を折る。
今のハーレイの父の話なら、そう簡単には忘れない。
けれど、シャングリラの思い出は違う。
思い出した時が「話したい時」で、チャンスを逃してしまったら…。
(じきに忘れちゃって、何処かに消えて…)
次に再び戻って来るのは、いったいいつになるのだろうか。
それは困るから、どうしても話しておきたい何かが、頭に浮かんで来た時は…。
(……メモするんだよ)
ハーレイが訪ねて来てくれた時に、思い出せるように。
「この話をしようと思ったんだっけ」と、読んだら直ぐに気が付くように。
(…だけど、今のは…)
メモするほどのことでもない。
白いシャングリラの日常の一コマ、ごくごく普通に見られた光景。
今日は忘れてしまったとしても、またいつか思い出すだろう。
何かの機会に「そういえば…」と。
そしたら、ハーレイに話せばいい。
話の腰をへし折って。
「あのね…」と無理やり、ハーレイの話を遮って。
たとえハーレイの思い出話の真っ最中でも、かまわない。
今のハーレイの思い出なら。
話をへし折り、遮ったとしても、ハーレイは、簡単に思い出せるから。
今の生での出来事だったら、忘れても、思い出す切っ掛けは沢山。
白いシャングリラの話をした後、ハーレイに、こう言えばいい。
「さっきの話は、何だったっけ?」と。
ハーレイも自分も忘れていたって、二人で考え込めばいい。
何の話をしていたか。
ハーレイの両親の話だったか、はたまた猫のミーシャの話か。
(思い付いたことを、次から次へと…)
二人で端から挙げていったら、その内にヒョイと出て来る答え。
「そうだ!」と、ポンと手を打って。
話を遮ってしまう前には、何を話していたのか、と。
(ハーレイが先か、ぼくが先になるか…)
それは全く謎だけれども、きっと、どちらかが思い出す。
すっかり忘れていたことを。
白いシャングリラの思い出話に興じる間に、埋もれてしまった「今」の話を。
(…だって、今なら…)
毎日は、本当に穏やかな日々。
人類軍に見付からないかと、怯える必要は何処にも無い。
ミュウの仲間が危機に瀕しているのでは、と外の世界にまで注意を払わなくてもいい。
それにハーレイは…。
(…船の心配とかも、全くしなくていいんだよ…)
もう、キャプテンではないのだから。
船の仲間の命を預かる、いわば最高責任者。
そんな立場の頃だったならば、今のような日々は考えられない。
当たり前のように朝が来て、日が暮れてゆく日々は。
今日の続きに明日があることも、明日の次には明後日が来るということも。
だから「忘れても」大丈夫。
忘れてしまった話の切っ掛け、それは簡単にポンと出て来る。
そのための時間はいくらでもあるし、手掛かりも山ほどあるのだから。
(時間はたっぷり、話もたっぷり…)
話題が尽きちゃうことはないよね、と思い返す今日の昼間のこと。
次から次へと喋り続けて、話が途切れることは無かった。
食べ物を口に入れている時は、行儀よく喋らずにいても。
紅茶を口に含んだ時にも、飲み下すまで黙っていても。
(そんなの、ほんの少しの間で…)
途切れた内にも入りはしない。
もしも、どちらかが咳き込むだとか、むせてしまって話が途切れても…。
(大丈夫、って…)
声を掛けたりするのだろうし、やっぱり話は途切れていない。
言葉の上では途切れていたって、心の中では繋がっていて。
ゲホゲホいうのが収まったならば、「もう大丈夫」と微笑んで…。
(…さっきの続き、って…)
すぐに話は再開するから、途切れたなどとは言えないだろう。
話の合間に「むせた時のこと」が挟まっていても。
それも話題に加わっていても、その分、話題が広がっただけ。
(…ついでに、シャングリラの頃のこととか…)
思い出したりするかもしれない。
同じように話が途切れてしまって、ゲホゲホ激しく咳き込んだこと。
前の自分がゲホゲホとやって、ハーレイが水を汲んで来るとか。
逆にむせたのはハーレイの方で、前の自分が、青の間の奥の小さなキッチンへ…。
(走って行って、水が入ったコップ…)
それを手にして戻って来たとか、そんな思い出。
あるいは前の自分だったら、サイオンで汲んで来たのだろうか。
ハーレイの前からは一歩も動かず、手だけを上げて。
その手に水が入ったコップを、一瞬で宙から取り出して。
(…そうだったかもね?)
残念なことに、今は欠片も覚えていないし、少しも思い出せないけれど。
そういった事件があったとしたって、記憶には何も無いのだけれど。
(……んーと……)
こんな具合に今は思い出せない、前の生での沢山の記憶。
それまで数に加わるのだから、ハーレイとの話題は、決して尽きない。
もしも尽きる日が来たとしたって、その頃には、きっと…。
(…新しいのが、うんと沢山…)
増えているのに決まっているよ、と分かる「思い出」。
今の生でこれから見聞きしてゆく、あらゆることを話題に出来る。
それにハーレイと二人で暮らし始めたら、共通の話題も増えるのだろう。
今はハーレイの教え子と言えば、自分と同じ学校の生徒たちなのだけれど…。
(…そうじゃなくなって、ハーレイがぼくに…)
どんな子たちか、教えてくれる時が来る。
学校を卒業している自分は、もう「ハーレイ先生の教え子」ではなくて…。
(お嫁さんだものね?)
出勤してゆくハーレイを見送って、帰って来たら話をする。
二人で同じ食卓を囲んで、学校のことやら、昼間に起こった出来事やらを。
(だから、話題が尽きちゃっても…)
次の話題が出来ているよね、と夢見る未来。
ハーレイと青い地球まで来たから、話題が尽きることなどは無い。
平和な地球では夜の後には、必ず朝がやって来るから。
そうして毎日、思い出が増えて、話題も増えてゆくのだから…。
話題が尽きちゃっても・了
※ハーレイ先生とたっぷり話した日の夜も、まだ話せそうなブルー君。現に話題が1つ。
それは忘れても、次に話す時には、別の話題が。尽きる日なんかは来ないのですv
(あいつとの話題っていうヤツは…)
まるで尽きるってことが無いな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(あいつの家では、紅茶だったし…)
やっぱり俺はこっちでないと、と思うコーヒー。
小さなブルーはコーヒーが苦手で、そのせいでブルーの家では出ない。
よほどコーヒーが似合いのメニューが、夕食だったら別だけれども。
(そういった時は、あいつのお父さんたちも一緒に…)
ダイニングで飲むのが食後のコーヒー、それをゆっくり飲み終わったら…。
(俺が席を立って、帰る時間で…)
ブルーと二人きりでの話は、ほんの僅かな時間だけ。
玄関まではブルーの母も送って出るから、扉を開けて庭に出てからの時間。
庭を通って門扉の所まで、その間だけ、ブルーと二人きり。
食後の飲み物が紅茶だったら、そうはならないのだけれど。
今夜みたいに、夕食の後はブルーの部屋で。
ブルーの母が運んでくれた紅茶をお供に、食後のお喋り。
「もう帰らんとな」と、自分が腰を上げるまで。
小さなブルーが「そんな時間?」と、寂しそうに時計に目を遣るまで。
(そうやって、俺が立ち上がっても…)
終わるわけではない、ブルーとの会話。
立ち上がる時には、ちゃんとキリのいい所で話を終えていたって…。
(なんだかんだと喋ってるよなあ…)
話の続きかと思うことやら、まるで全く違うことやら。
時には天気の話題にもなるし、「また来てくれるよね」と念を押されることも。
言われなくても、行ける時には行っているのに。
仕事が早く終わった時には、帰りに寄るのが習慣なのに。
そんな時でも、話は尽きない。
次から次へと湧いて出て来て、「じゃあな」と手を振り、別れるまで。
今日もそうだった、尽きない話題。
食後の飲み物が紅茶でなくても、きっと話は尽きなかったろう。
(お父さんたちも一緒の間は、二人きりで喋れなかった分…)
帰りの庭で喋るんだよな、と思い浮かべる小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はすっかりチビだけれども、その分、まるで子猫みたいに…。
(帰って行く俺に纏わり付いて…)
玄関を出てから門扉の所まで、時間を惜しんで話し続ける。
「ちょっと冷えるね」といったことでも、「帰ったら、書斎?」というようなことも。
つまらないことでも、ブルーにとっては大切な話題。
二人での会話。
(その点については、俺にとっても…)
同じだよな、と心から思う。
たとえ天気の話であっても、ブルーと話せることが嬉しい。
一度は失くした恋人なのだし、その人と再び話せる時が。
生まれ変わってまた巡り会えた、奇跡の時間を味わうことが。
(俺が帰る前の、ほんのちょっとの間でも…)
寸暇を惜しんで話すのだから、もちろん普段も話題は尽きない。
ブルーと二人きりでお茶を飲む時間も、ブルーの部屋での昼食の時も。
(…もう本当に、次から次へと…)
よくもあれだけ続くもんだな、と可笑しくもなる。
これでは、遠く遥かな時の彼方で…。
(シャングリラにいた、女性陣だな)
何かと言ったら、寄って喋っていたもんだ、と思い出す、彼女たちのこと。
休憩室などでのお茶の時間でなくても、いつも楽しそうに…。
(雲雀みたいに、ペチャクチャと…)
喋り続けていたんだよな、と懐かしい。
あのエラでさえも、お茶の時間はカップを手にして寛いでいた。
作法がどうのと言いはしないで、皆と一緒に、笑顔でお喋りをして。
(…前の俺と、ブルーも……)
彼女たちには敵わないまでも、話すことは嫌いではなかった。
前のブルーがチビの頃にも、青の間で暮らすようになった後にも。
(あいつがチビに見えてた頃には、よく厨房で…)
作業しながら交わした話。
まだキャプテンにはなっていなくて、厨房で料理をしていた時代。
(ヒョイと顔を出して、「何が出来るの?」と…)
尋ねていたのが、その頃のブルー。
視線の先には鍋があったことも、フライパンが置かれていたことも。
(そこまで行ってりゃ、話は早いが……)
食材が並んでいるだけだとか、まな板と包丁を使っている時ならば…。
(見ただけじゃ、全く分からないしな…?)
それだけで充分に話題が出来た。
「見て分からんか?」と、からかってみたり、「今日はな…」と説明を始めたり。
前のブルーは熱心に聞いて、「手伝うよ」と手を伸ばしても来た。
ジャガイモの皮を剥く程度ならば、前のブルーでも出来たから。
(でもって、ジャガイモの皮を剥きながら…)
二人で色々と話をしていた。
出来上がる予定の料理のことやら、全く関係ないことやらを。
(料理が出来たら、「食ってみるか?」と…)
味見の時間で、そこから、またまた広がった話題。
「美味しいね」というブルーの笑顔で始まって。
新作の料理の時でなくても、いつもブルーは喜んで食べた。
(俺が感想を訊いた時には…)
大真面目に考え込んだりもした。
なにしろ前のブルーと自分は、好き嫌いというものが無かったから。
何でも美味しく食べるものだから、試作品の時は難しい。
他の仲間には美味しいかどうか、自分では答えを出せないから。
自分の舌に尋ねてみたって、その舌がアテにならないから。
厨房時代が終わった後には、キャプテンの大任が待っていた。
白い鯨になる前の船で、その任を任せられてから…。
(前のあいつが、いなくなった後も……)
ずっと、あの船のキャプテンだった。
死の星だった地球に着くまで、その地の底で命尽きるまで。
前のブルーが望んだ通りに、シャングリラを地球まで運んで行って。
(……あの頃の俺は、生ける屍ってヤツで……)
話題が尽きるとか尽きないだとか、そういう以前に…。
(……話し相手がいなかったんだ……)
船に仲間は大勢いたって、誰にも言えない、ブルーとのこと。
喪ったものはソルジャーではなく、自分の恋人だったこと。
(…だから、一人きりで…)
青の間に行っては、前のブルーを想って泣いた。
もういない人に、心で語り掛けて。
けして返りはしない声を待って、かの人の面影を慕い続けて。
(先客でレインがいてくれても、だ…)
ブルーの思い出話は出来ても、たったそれだけ。
どんなにブルーを愛していたかは、レインにだって明かせないから。
ブルーとのことは、全て終わるまで、誰にも話せないのだから。
(話し相手がいないってことは、話題も無いんだ…)
たまに冗談を飛ばすことはあっても、皆の緊張を解くための手段。
普段の会話も、船での暮らしを円滑に…。
(…運ぶためのもので、話題ってヤツは……)
考えなければ出て来なかった。
「このタイミングなら、何がいいか」と、頭の中で。
キャプテンとしての会話でなくても、やはり何処かで計算していた。
前のブルーを失くした痛みを、誰にも気付かれないように。
「いつも通りのハーレイ」の姿を、皆の前で演じ続けるために。
そうやって「尽きてしまっていた」のが、前の自分の中にあった話題。
考えなければ出て来ないものは、枯渇しているようなもの。
それが今では、前のブルーがいた時のように…。
(本当に、次から次へと、だ…)
湧いて出て来るものなんだよな、と感慨深い。
前のブルーとは、青の間でも様々なことを話した。
いつか青い地球に着いた時には、あれをしようと、これもしようと。
(その手の夢の話だけでも…)
ブルーとの話題は尽きなかったし、其処から広がってもいった。
たとえ一瞬、重い沈黙が降りたとしても…。
(…それで、あいつが泣いちまっても…)
慰める間に、いつの間にやら、次の話題が生まれていた。
前のブルーの寿命の残りが、もう少ないと分かってからも。
青い地球まで行けはしないで、命尽きることを宣告された後にも。
(……俺は、あいつを追って行くって……)
前のブルーに誓いを立てて、それについても交わした話。
後継者にシドを選んだことやら、死ぬための薬を用意していることやら。
(…何もかも、パアになっちまったが…)
前のブルーをメギドで失くして、全ては計画倒れになった。
ブルーが遺した言葉を守って、地球へ行くしかなかったから。
話題さえ生まれて来ない生でも、生きてゆくしかなくなったから。
(そうなっちまった筈なんだがなあ…)
今じゃ話題が山ほどあるぞ、と指を折ってみて、早々にやめた。
チビのブルーとでも尽きない話題は、この先だって、きっと尽きない。
ブルーが大きく育った時には、結婚して一緒に暮らすけれども…。
(話題が尽きても、一瞬だけで…)
次の話題が直ぐに出るんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
愛おしい人と共に生きる時間に、話題が尽きることなどは無い。
「話題が尽きてしまった人生」は、前の自分が生きたから。
あんな辛くて悲しい思いは、今の生では、けしてしないで済むのだから…。
話題が尽きても・了
※ブルー君と話す時には、尽きることが無い話題というもの。ほんの僅かな時間にだって。
けれど前の生で、辛い思いをしたハーレイ先生。話題が尽きない今度の生は幸せですv
(……旅行かあ……)
次に行けるのはいつなんだろう、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ふと思い付いた「旅」という言葉。
他所の土地へと出掛けてゆくこと。
生まれつき身体が弱いせいもあって、あまり旅行はしていない。
(夏休みの旅行は、忘れちゃってたし……)
ホントに綺麗に忘れちゃってた、と肩を竦めて舌を出す。
夏休みがあまりに楽しかったから、旅のことなど忘れていた。
今の学校に入学する前、父と約束していたのに。
「病気をしないで元気でいたなら、夏休みには旅をしよう」と。
初めての宇宙旅行の約束。
宇宙と言っても遠出ではなくて、ソル太陽系の外には出ない。
外へ行くどころか、火星までさえ行かない旅行。
宇宙から地球を眺めるだけの遊覧飛行で、行くのは衛星軌道まで。
(…月にも寄らずに、帰るんだけどね…)
それでも宇宙へ出るというだけで、自分にとっては大旅行。
宙港という場所を知ってはいても、其処から飛んだことは無いから。
空を飛んでゆく旅をする時は、地球の空を飛んだだけ。
離れた地域に住んでいる祖父や祖母の所を、訪ねてゆくために。
(…船の形からして、違うんだよね…)
宇宙船と、地球の空を飛んでゆく船とは。
だから楽しみに待っていたのが、もう過ぎ去った夏休み。
両親と一緒に宇宙へ行こうと、宇宙船から地球を見るのだ、と。
(…だけど、ハーレイと会っちゃって…)
毎日が楽しく過ぎてゆく内に、夏休みは終わってしまっていた。
旅の話さえ出て来ないまま、いつの間にやら。
初めての宇宙の旅をするには、体力は充分、あっただろうに。
惜しいことをした、と少しは思う。
宇宙船にも乗ってみたかったし、宇宙から地球を見てみたかった。
前の自分が焦がれ続けた夢の星だけに、父と約束した頃よりも、ずっと。
(……でも、パパとママに誘われてたら……)
自分はいったい、どうしただろう。
夏休みの前に、「約束していた旅行に行くか」と父が尋ねていたならば。
母も一緒に夕食の後で、旅のパンフレットが広げられたなら。
(……んーと……?)
青い地球と宇宙船が刷られた、それは魅力的なパンフレット。
きっと心が騒ぐけれども、旅に行くなら、この家は留守。
(…どんなに短くても、一泊二日で…)
家を空けるから、その間、自分は此処にはいない。
ハーレイが家を訪ねて来たって、カーテンの閉まった窓があるだけ。
いつもだったら、その窓から大きく手を振るのに。
夏休みの間は、毎朝のように「まだかな?」と外を見ていたのに。
(……旅行に行ったら、ハーレイに会えない……)
二人きりで過ごすお茶の時間も、昼食の時間も消えて無くなる。
なにしろ自分は此処にはいなくて、宇宙だから。
ハーレイと居場所が重ならないまま、衛星軌道を飛んでいるから。
(…それは困るよ…)
やっぱり地球よりハーレイだよね、と直ぐに出る答え。
両親に旅に誘われていたら、迷いもしないで…。
(…行かないよ、って…)
返していたのに違いない。
せっかくハーレイと会えたのだから、ゆっくり地球で過ごしたいと。
前の生の積もる話をしたいし、旅に出るより家の方が、と。
(…三百年以上もあるもんね…)
前の自分とハーレイの記憶。
どんなに話しても尽きはしなくて、次から次へと出てくるのだから。
ハーレイと地球で過ごすと言ったら、両親も納得しただろう。
恋人同士なのだとも知らず、疑いもせずに。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、今の時代も語り継がれる英雄たち。
そういう二人の生まれ変わりだけに、話も山ほどあるのだろう、と。
(…旅行の話は、きっと断っただろうけど…)
それは分かっているのだけれども、そういった旅をするチャンス。
いわゆる旅行に出掛ける機会は、いつになったら来るのだろうか。
夏休みの旅を逃したからには、その埋め合わせに…。
(…春休みとか…?)
今は欠片も見えないけれども、もしかしたら父が言うかもしれない。
「春休みに旅行に行かないか?」と。
ほんの一泊二日の旅なら、春休みでも簡単に行ける。
宙港から宇宙に飛ぶ船に乗って、宇宙から青い地球を見る旅。
(……次の誕生日のプレゼント……)
それにどうだ、と言いそうな父。
美しい青い星を見ながら、宇宙で迎える誕生日。
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、一人息子には似合いのプレゼント。
うんと豪華なディナーを予約し、最高のテーブルも予約して。
(…ぼくは沢山食べられないから…)
船のシェフには、それも伝えることだろう。
食が細い息子でも食べられるように、軽めのメニューにして欲しい、と。
そして大人の両親用とは、盛り付ける量も変えて欲しいと。
(…ディナーの後には、バースデーケーキ…)
きっと間違いなく付いてくる。
次の誕生日で十五歳だから、蝋燭を十五本立てたのが。
そうして灯りも消されるのだろう、蝋燭の光が映えるようにと。
(レストランのお客さんも、みんな祝福してくれて…)
バースデーソングと拍手の中で、蝋燭の火を吹き消すのだろう。
青く美しい地球が見える席で、胸一杯に空気を吸い込んで、フーッと。
(…蝋燭の火を消すまでは…)
窓の外には、青い地球の姿が、鮮やかに見えるに違いない。
レストランの灯りを落としている分、それまでよりも、ずっと。
(……きっと、ぼく……)
その青い地球を長く見ていたくて、息を吸い込むのは、とてもゆっくり。
うんと時間をかけたいけれども、それでは他の人たちが困る。
(…みんな食事に来てるんだものね?)
だから迷惑にならない程度に、時間をかけて吸い込む息。
それを一気に吐き出したならば、ケーキに灯した蝋燭が消える。
(…十五本分…)
出来れば一度に、見事に消したい。
蝋燭を消したら灯りが点ってしまうけれども、それとこれとは話が別。
バースデーケーキの蝋燭を消すのは、バースデーパーティーのハイライト。
周りのお客さんたちも見ているのだから、其処は絵になる景色が欲しい。
消し損なった一本とかを、フーフーと吹いて消すよりも…。
(フーッて、綺麗に、いっぺんに…)
吹き消してこその、パーティーの主役。
バースデーケーキが出て来るまでは、誰もそれだと知らなくても。
ウエイターがケーキを運んで来るまで、隣のテーブルの人さえ気付いていなくても。
(…灯りが消えたら、みんな気付いて…)
心からお祝いしてくれるのだし、主役に相応しく決めたいもの。
十五本の蝋燭を、いっぺんに消して。
再び灯りがついた時には、青い地球が霞んでしまっても。
(…もともと、そう見えていたんだものね…?)
窓の向こうに浮かんだ地球は、最初からレストランの自慢の風景。
青さが少しばかり減っても、きっと充分に美しい。
そういう地球を眺めながらの、それは素晴らしい誕生日。
バースデーケーキは食べ切れないから、周りの人にもお裾分けして。
「おめでとう」と祝福して貰って。
(……春休みかあ……)
そこで旅行になるのかな、と考える。
誕生日プレゼントは宇宙旅行で、地球を見ながらバースデーケーキ。
(…ちょっといいよね?)
素敵だよね、と弾んだ心。
ソルジャー・ブルーだった頃には、ずっと憧れ続けた地球。
何度も何度も地球を夢見て、幾つもの夢を描いていた。
いつか地球まで辿り着いたら、あれをしようと、これもしようと。
(…その中に、バースデーパーティーは…)
まるで入っていなかった。
青い地球を窓の外に見ながら、食事だの、バースデーケーキだのは。
(…とても素敵なイベントなのに…)
やっぱり誕生日が無かったからかな、と傾げた首。
前の自分は、誕生日を覚えていなかった。
成人検査と残酷な人体実験、それらに記憶を奪い去られて。
(……バースデーパーティーなんか、一度も…)
やっていないし、そのせいで思い付かなかっただろうか。
青い地球まで辿り着いても、誕生日を祝うことは無いだろうから。
(…そうだったのかも…)
とは思うけれども、青い地球を眺めながらの食事。
それにバースデーケーキに灯した蝋燭、吹き消した時の祝福や拍手。
(…他のイベントでも、出来そうなんだよ…)
たとえば結婚記念日とかでも…、と思った所で気が付いた。
結婚記念日を迎える時には、もうハーレイと結婚した後。
二人で地球で暮らしている筈で、地球でやりたいことが山ほど。
誕生日は宇宙へ出てゆく代わりに、必ず地球で迎えただろう。
果てが無いほど長い旅をして、ようやく着いた夢の星なのだから。
その地球を離れて宇宙に出るなど、思い付きさえしないままで。
(…今だと、地球は、近すぎちゃう星で…)
春休みに旅に出るのだったら、ハーレイのことが心配になる。
留守の間に訪ねて来たって、窓のカーテンは閉まったまま。
門扉の脇のチャイムを鳴らしても、母の返事は返りはしない。
(…ハーレイもガッカリするだろうけど…)
ぼくもガッカリしちゃうんだよね、と容易に想像できること。
同じ誕生日を祝うのだったら、ハーレイも一緒のパーティーがいい。
青い地球など見られなくても、豪華なディナーなどは無くても。
(…地球なら、此処にあるんだものね)
近すぎちゃって見えないけれど、と浮かんだ笑み。
ハーレイと二人で、地球に来たから。
宙港から宇宙船に乗ったら、青い地球が必ず見えるのだから…。
近すぎちゃう星・了
※ブルー君が行き損なった、夏休みに青い地球を見る旅。その約束さえも忘れたままで。
次は春休みかもしれませんけど、旅に出るより地球での誕生日。ハーレイ先生も一緒にv
