(今日はハーレイに、一度も会えなかったよね…)
学校でも会えなくて、家にも寄ってくれなかったし、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイと会えずに終わった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一度も会えなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
出来ることなら、毎日だって会っていたいし、一緒に暮らしたいくらい。
それなのに、今の自分は十四歳にしかならない子供で、今のハーレイは学校の教師。
(学校で会えても、ハーレイ先生なんだよ、ハーレイ…)
恋人らしい会話は出来ない、学校という場所。
それでも会えないよりはいいから、今日も何度も見回した。
廊下や階段や、校舎の外やら、グラウンドなどで。
「ハーレイ、何処かにいないかな?」と。
遠目であっても、見掛けたら、声を掛けられる。
「ハーレイ先生!」と大きく手を振り、ハーレイが気付いてくれたなら…。
(元気そうだな、って…)
あの好きでたまらない素敵な笑顔で、ハーレイも大きく手を振ってくれる。
「ハーレイ先生」は人気者だし、誰も変には思わない。
(ぼくが見付けて、手を振ってたら…)
他の生徒も「ハーレイ先生!」と大歓声で、たちまち賑やかになる周り。
そんな生徒の中でもいいから、ハーレイの姿を見たかった。
仕事の帰りに、家に寄ってはくれないのなら。
「今日は会えずに終わっちゃったよ」と、夜に溜息をつくよりは。
(…あーあ…)
残念、と思っても、自分には、どうにも出来ない。
ハーレイだって、わざと寄らずに帰ったわけではないのだから。
放課後に長い会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
何か理由がある筈なのだし、文句を言っても始まらない。
それがハーレイの今の仕事で、ハーレイは「ハーレイ先生」だから。
分かってはいても、寂しい気持ちは消えてくれない。
「会いたかったよ」と思う心も、無くなってくれるわけもない。
ハーレイに会いたくてたまらないけれど、家に行くことなど出来ないし…。
(第一、ハーレイの家には、ぼくが大きく育つまで…)
来てはいけない、とハーレイ自身に言われてしまった。
再会してから暫く経った頃、初めて遊びに出掛けた時に。
ドキドキしながら、「今のハーレイの家」で二人で過ごした日に。
(瞬間移動で、飛んでったことも、一回だけ…)
あるのだけれども、あんな素晴らしい経験なんて、二度と出来ないことだろう。
今の自分のサイオンときたら、どうしようもなく不器用だから。
思念波さえろくに紡げないほどで、タイプ・ブルーだとは誰も思ってくれない。
「ホントに、タイプ・ブルーだってば!」と、懸命に主張してみても。
「嘘じゃないよ」と頑張ってみても、笑いの混じった目で見られるだけ。
「それって、サイオン・タイプだけだろ?」と。
「タイプ・ブルーでも、実際は、何も出来ないんだし」と。
赤ん坊の頃から、母には、それで迷惑をかけた。
人間が全てミュウの今では、赤ん坊だって、形にならない思念を紡ぐ。
「お腹が空いたよ」とか、「眠くなったよ」とか、訴えるように。
なのに、赤ん坊だった自分ときたら…。
(泣きじゃくるだけで、何がしたいのか、ママには全然…)
伝わらなくて、そのせいで、とても苦労した母。
眠いのか、ミルクか、サッパリ分からないのだから。
(…筋金入りの不器用だよね…)
瞬間移動なんて、絶対に無理、と肩を落としてフウと溜息。
ハーレイに会いに行くのは不可能、つまり明日まで会えない恋人。
きっと明日には、学校か、家か、どちらかで会えるとは思うけれども…。
(…それまでは、どう転がっても…)
会えないんだよね、と残念な気持ちが止まらない。
「なんとか、会えればいいのに」と。
「ハーレイの家には行けなくっても、姿だけでも見られないかな?」と。
前の自分なら、そうすることは簡単だった。
ハーレイが船の何処にいようと、サイオンで居場所を探し当てて。
青の間から一歩も動きもしないで、ハーレイの姿を好きなだけ眺めて…。
(誰かと話をしているんなら、その中身だって…)
手に取るように分かっていたのに、今の自分は、それも出来ない。
それが出来たら、ハーレイの家を覗けるのに。
「今の時間は、書斎かな?」と、ベッドに腰を下ろしたままで。
(…だけど、不器用すぎるから…)
無理だし、明日まで会えないんだよ、と嘆くしかない。
ハーレイの姿を見られるのは明日、夜がすっかり明けてからのこと。
これから、長い夜があるのに。
ベッドに潜り込んで寝ないことには、明日という日は来てくれないのに。
(……あーあ……)
まだ早いけど、寝ちゃおうかな、と思ったはずみに、ふと閃いた。
ベッドに入って眠ったならば、別の世界があることに。
(そうだ、夢…!)
夢の世界なら、ハーレイにだって会えるんだよね、と弾んだ心。
なにしろ夢の世界と言ったら、現実の世界とは違うから。
実際には出来ない色々なことも、夢の中なら、魔法みたいに出来るのだから。
(夢で会えれば、ツイてるんだけど…)
どうなんだろう、と考えてみる。
夢の世界は、思い通りにならないことも多いから。
こんなに幸せに暮らしていたって、怖い夢を見る夜だってある。
(……メギドの夢……)
あれが一番怖いんだよね、と肩をブルッと震わせた。
前の自分が死んでゆく夢、前の生の終わりに泣きじゃくる夢。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
幸せな夢も見られるけれども、夢の中身は選べない。
思い通りの夢を見るなど、前の自分にも出来はしなかった。
サイオニック・ドリームを操ることは出来ても、自分にはかけられなかったから。
(…うーん…)
前のぼくでも絶望的、と分かってはいても、夢の世界に憧れる。
「夢でハーレイに会えたらいいな」と。
運良く、神様が聞いてくれたら、願いは叶うかもしれない。
ベッドに入って眠った世界で、ハーレイに会えて。
(…どうせだったら…)
うんと素敵な夢がいいな、と欲張りな心がムクムクと頭をもたげてくる。
夢の世界だと、魔法みたいに、色々なことが出来るから。
一足飛びに大きく育って、ハーレイとデートをすることだって。
(…ハーレイの車で、デートにドライブ…)
素敵だよね、とウットリしそう。
ハーレイの車で出掛けてゆくなら、いったい何処がいいだろう。
沢山交わしたドライブの約束、行き先は山とあるけれど…。
(海とか山とか、地球の自然を楽しめる場所…)
そういう所が最高だろうか、ハーレイの車で行くのだから。
今のハーレイの、「シャングリラ」で。
白い鯨ではないのだけれども、二人だけのために走ってくれるシャングリラ。
(ハーレイ、そう言っていたもんね)
今のハーレイの愛車は、シャングリラだ、と。
濃い緑色の車だとはいえ、それは「白いのを選べなかった」から。
(白もいいな、と思ったらしいけど…)
ハーレイが選んだ車の色は、前のハーレイのマントの色。
「そちらの方がいい」気がして。
「白は駄目だ」と、何故か、思って。
(ぼくとは、出会っていなかったけど…)
今のハーレイは、「ソルジャー・ブルー」を覚えていた。
記憶は戻っていなかったけれど、心の底で。
「白いシャングリラは、ブルーと一緒に乗るものだ」と。
なのに「ブルー」がいないものだから、濃い緑色の車を選んだ。
いつか買い換える時が来るまで、そのシャングリラに二人で乗ってゆく。
海へも山へも、約束している沢山の場所へ、ハーレイがシャングリラを運転して。
今のハーレイの、濃い緑色のシャングリラ。
それでドライブする夢がいい、と考える内に、「そうだ!」と、ポンと手を打った。
夢の世界は、色々なことが出来る場所。
思い通りの夢は見られなくても、現実では出来ないことだって出来る。
そういう素敵な、夢の世界で会うのなら…。
(…前のハーレイ!)
夢に見るんなら、前のハーレイに会うのもいいかも、と思い付いたこと。
なにしろ夢の世界なのだし、前のハーレイが今の時代の地球に現れたって…。
(ちっとも不思議じゃないものね?)
前のハーレイに見せてあげたいな、と夢が大きく膨らんでゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと「一緒に行こう」と約束した地球。
其処に二人で来たのだけれども、お互い、生まれ変わってしまった。
今のハーレイに、前のハーレイの記憶はあっても…。
(…ぼくと会うまで、三十年以上も…)
ハーレイは普通に暮らして来たから、すっかり地球に馴染んでいる。
地球は青くて当たり前だし、豊かな自然も見慣れたもの。
前の生での記憶と比べて、改めて驚くことはあっても、たったそれだけ。
新鮮な驚きを感じたとしても、前のハーレイのようにはいかない。
今のハーレイが経験して来た様々なことが、新鮮さを削いでしまうから。
当たり前になってしまった暮らしが、オブラートのように、感動を包んでしまって。
(…夢に見るんなら、前のハーレイ!)
そっちに会いたい、と広がる夢。
前のハーレイが今の地球に来たら、どんなに驚くことだろう。
「地球は本当に青いのですね」と言うのだろうか、青い海を見て。
そう、宇宙から見るわけではないから、水平線を眺めながら。
(前のハーレイでも、車を運転できるかな?)
でないと、ドライブ出来ないんだけど、と首を傾げて、「大丈夫!」と大きく頷いた。
元は厨房にいたというのに、キャプテンに転身したのがハーレイ。
宇宙船を動かすことに比べたら、車なんかは…。
(きっと朝飯前なんだよ)
無免許運転になってしまっても、かまわない。
前のハーレイも、そうだったから。
パイロットの免許は持っていなくて、無免許運転だったのだから。
(…よーし、今夜は…)
神様が叶えてくれるんだったら、前のハーレイとドライブだよ、と夢は膨らむ。
自分はチビのままでいいから。
ハーレイは驚くだろうけれども、その方が…。
(ちゃんと本物の地球なんだよ、って…)
説得力があるものね、と右手をキュッと握って、開いた。
どうせだったら、「ソルジャー・ブルー」を失くした後のハーレイがいい。
魂はとうに死んでしまって、生ける屍だったと聞くから。
白いシャングリラを地球まで運んでゆくためにだけ、ハーレイは生きていたというから。
(ぼくはこんなに幸せなんだし、大丈夫だよ、って言ってあげたいな)
夢の世界のハーレイでもね、と浮かべた笑み。
「夢に見るんなら、前のハーレイ」と。
「ぼくを失くした後のハーレイ」と、「そのハーレイと、地球でドライブ」と。
同じ会うなら、ハーレイにだって、幸せになって欲しいから。
夢の世界で会うのだったら、特別な出会いが最高だから…。
夢に見るんなら・了
※ハーレイ先生に会えなかった日に、夢で会いたいと思ったブルー君。前のハーレイと。
夢の世界で前のハーレイとドライブ、チビのままでもいいのです。ハーレイが幸せならv
(…夢で会えればいいんだがなあ…)
今日は会えずに終わっちまったし、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、今の自分の教え子の一人。
学校に行けば会えるけれども、今日は運悪く、一度も会えずに終わってしまった。
仕事の帰りにブルーの家に出掛けてゆくのも、長引いた会議が邪魔をして…。
(行けずに終わって、あいつの顔を見てないし…)
せめて夢で、と考えた。
夢の中なら会えるだろうし、それが出来たら素敵なんだが、と。
(…しかしだな…)
思い通りの夢というのは、そう簡単には見られないもの。
前のブルーも得意としていた、サイオニック・ドリームのようにはいかない。
自分自身に暗示をかけても、他人の夢を操るのとは全く違うから。
(思い通りになるんだったら、前のあいつも…)
きっと何度も、地球に行く夢を見ていただろう。
前のブルーが焦がれ続けた、青い星の夢を。
(…出来たとしたって、あいつのことだし…)
自分に厳しい決まりを作って、夢を見る日を決めただろうか。
毎日、地球の夢ばかり見続けたならば、夢から覚めたくなくなるから。
目を覚ましたなら、過酷な現実が待つだけの世界に嫌気がさして。
「嫌な現実は目にしたくない」と、夢の世界に閉じ籠って。
(…前のあいつなら、出来たんだ…)
誰にも起こすことが出来ない、深い夢の底に沈み込むこと。
船も仲間も何もかも捨てて、ひたすらに眠り続けること。
いつか寿命が尽きる時まで、何も知らずに、ただ幸せな夢の世界で暮らしてゆく。
茨に埋もれて忘れられた城で、眠り続けた姫君のように。
けれど、ブルーは、そうしなかった。
青い地球の夢に溺れはしないで、真っ直ぐに捉え続けた現実。
意のままに夢を紡いでゆくこと、それが出来たか、出来なかったかは…。
(…あいつ自身も、考えたこともなかったかもなあ…)
そういう話を交わした記憶は全く無いから、そうかもしれない。
なにしろ前のブルーはソルジャー、夢を追うだけでは生きてゆけない。
どれほど地球に焦がれようとも、まず現実を見なければ。
地球という星は何処に在るのか、どうすれば其処へ辿り着けるか、そういったこと。
そうした日々を過ごしていたから、夢の世界を「思い通りに」するなどは…。
(きっと考えちゃいないな、うん)
もし、仮に思い付いたとしたって、即座に否定していただろう。
「それは駄目だ」と。
「夢に溺れて、二度と起きたくなくなるから」と、その危険性に気が付いて。
青い地球の夢は、まるで麻薬で、溺れてしまえば、おしまいだから。
(……でもって、今の時代でも……)
夢が意のままになるとは聞いていないし、今の自分も、当然、出来ない。
恐らく、思い通りの夢など、今も昔も、誰にも見られないのだろう。
前のブルーくらいのサイオンがあれば、あるいは可能かもしれないけれど。
(そうは言っても、そんな話も聞かんしなあ…)
出来ないんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
「出来ないからこそ、夢は夢だ」と、「だからこそ、夢があるってもんだ」と。
夢が思いのままになるなら、人間は努力を忘れてしまう。
眠りさえすれば、思い通りの世界が全て手に入るから。
起きてコツコツ努力しなくても、何もかも、夢の世界で得られる。
そうなれば、ヒトは「夢」を忘れて…。
(人生の夢を忘れちまって、眠り姫だな)
ただひたすらに眠り続けて、目覚めようとしなくなるだろう。
寝ている間に、身体が衰弱しようとも。
そのまま弱って死んでしまっても、死んだことにも気付かないままで。
「そいつは御免蒙りたいな」と、肩を竦めてしまった世界。
思い通りの夢が見られれば、そうなる恐れがある、とは思う。
だから今でも、夢は意のままにならないのだろう。
神々がそれを禁じているのか、ヒトの本能かは謎だけれども。
(…もっとも、そうは思ってもだ…)
たまには、そういう夢もいいよな、と最初の地点へ戻った思考。
今日は会えずに終わったブルーに、夢で会えればいいんだが、と。
(そうすりゃ、うんとツイてるわけで…)
起きた時にも御機嫌なんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
学校で会う夢もいいのだけれども、同じ会うなら、やっぱりブルーの家がいい。
庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
二人でゆっくりお茶を楽しむ、幸せな時間。
(…そいつもいいし、あいつの部屋でお茶でもいいよな)
とにかく、二人きりがいい、と見てみたい夢を描き始めて、ハタと気付いた。
「おいおい、夢の世界なんだぞ?」と。
「律義に現実をなぞらなくても」と、「好きなようになるのが夢じゃないか」と。
(あいつが、チビでなくてもいいんだ)
一足飛びに育ったブルーと、ドライブに出掛ける夢だっていい。
お茶の時間の夢にしたって、ブルーの家にこだわらなくても…。
(…デートの途中で、見付けた喫茶店に入って…)
ゆっくり楽しむ、うんと幸せなティータイム。
それが出来るのが夢の世界で、そっちの方が素晴らしいぞ、と。
(…育ったあいつと、ドライブもいいな)
デートに行くのも楽しそうだ、と夢を広げてゆく内、浮かんで来た、もっと素敵な夢。
今のブルーが育った姿も、夢に見る価値があるのだけれど…。
(…前のあいつの夢っていうのも…)
いいじゃないか、とポンと手を打つ。
「前のあいつと、今の世界でデートに、ドライブ」と。
前のブルーが焦がれ続けた、青い地球が此処にあるのだから。
(同じ夢なら、前のあいつと地球でデートだ)
俺の方は今の俺のままでな、と見てみたい夢を描いてみることにした。
せっかくなのだし、あくまで自分は「今の自分」で。
(とはいえ、やっぱり敬語だろうなあ…)
前のあいつに出会っちまったら、と苦笑する。
遠く遥かな時の彼方で、すっかり身についてしまった敬語。
前のブルーと二人きりの時も、敬語を使って話し続けた。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、そうした立場に相応しく。
ブルーとの仲を、船の仲間に気付かれないよう、細心の注意を払い続けて。
(夢の世界で、前のあいつと再会しても…)
きっと敬語になっちまうんだ、と可笑しいけれども、仕方ない。
夢の世界では「前のブルー」は、「本物」だから。
机の引き出しに大切に仕舞ってある、写真集の表紙の「ブルー」とは違う。
そちらのブルーに話す時には、普段の言葉遣いだけれど…。
(…それは、思い出の中のあいつだからで…)
本物のブルーとは違うからな、と自分の意識の違いを思う。
思い出の世界に存在しているブルーと、「正真正銘、本物のブルー」。
自然と自分の姿勢も変わる、と夢の世界に思いを馳せて。
(どんな具合に出会うんだろうな、前のあいつと)
いきなり、ヒョイと現れるのかも、と想像してみる出会いのシーン。
何処で出会うのがドラマチックか、あるいは効果的なのか。
(…どうせだったら、メギドに飛んで行っちまった、あいつ…)
それきり戻らなかったけれども、その後のブルーにも、夢なら会える。
夢の世界だし、傷一つ無い、美しい姿のままで。
とびきりの奇跡が起こったという、シチュエーションで。
(…どうして、ぼくは生きているんだ、って…)
驚くブルーに会いたいもんだ、と夢は広がる。
そういうブルーを出迎えるのなら、「俺の家だな」と。
「リビングもいいが、キッチンもいい」と、「今の俺の生活の場がいいな」と。
ブルーの瞳が、大きく見開かれそうだから。
「どうして君が?」とビックリ仰天、そんな顔が見られそうだから。
(……デートにドライブ、と思っていたが……)
それよりも前に、まずは手料理を御馳走するか、と傾けるコーヒーのカップ。
キョロキョロ周りを見回すブルーに、「まず、落ち着け」と、紅茶を淹れる所からだ、と。
(…おっと、そこは、だ…)
「落ち着いて下さい、ブルー」だっけな、と自分の言葉遣いを直したけれど。
そうなる筈だと思うけれども、普通に喋ってしまうのだろうか。
「まず、落ち着け」と、メギドから来た「前のブルー」に。
「美味いぞ、地球の紅茶だからな」と。
(…そうかもしれんな…)
そしてブルーが落ち着いたならば、色々なことをブルーに話してやりながら…。
(今の俺の飯も、美味いんだぞ、と…)
あいつが知らない、和食ってヤツを御馳走するんだ、と描いてゆく夢。
きっと料理をしている間も、ブルーは興味津々だろう、と。
「こんな料理は、ぼくは知らない」と、「これは、何という食材なんだい?」と。
(…そうだな、あいつと飯が食えるだけで…)
とびきり幸せな夢になるさ、と思うものだから、今夜の夢に期待しようか。
「夢に見るなら、前のあいつだ」と。
「メギドから俺の家まで飛んで来てくれた、前のあいつ」と。
(…今のブルーが知ったら、膨れっ面になるんだろうが…)
夢は思い通りにならないんだし、いいだろうさ、とクスリと笑う。
「もしも見られたら、ツイているぞ」と。
「夢に見るなら、今夜は、前のあいつなんだ」と…。
夢に見るなら・了
※夢の世界で会うのだったら、前のブルーの方が素敵だ、と考え付いたハーレイ先生。
とてもいい夢になりそうですけど、思い通りに見られないのが夢。見られるといいですねv
(今日は、ハーレイに会えなかったよね…)
一度も会えないままだったよ、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
毎日でも会っていたいというのに、こうして会えない日だってある。
ハーレイが教える古典の授業は、今日は無かった。
学校の廊下でも出くわさないまま、遠目に姿を見てさえもいない。
(ツイていないよ…)
だけど、と明日へと気持ちを向ける。
あと半日も経たない内に、次の日の朝がやって来る。
日付だけなら、数時間もすれば、明日という日が来る勘定。
(きっと明日には、来てくれるよね?)
学校では会えずに終わっちゃっても、仕事の後で、と切り替えた思考。
そうそう毎日、用事は続かないだろう。
連日のように会議は無いし、柔道部だって、長引くことは少ないから。
(うん、明日までの我慢…)
ちょっぴり寂しくなるのは今日だけ、と気分がフワリと軽くなってゆく。
明日の今頃には、すっかり満足している自分がいることだろう。
「今日はとってもいい日だったよ」と、御機嫌でベッドに腰を下ろして。
ハーレイと一緒に過ごした時間を思い返して、幸せになって。
(…だって、来てくれたら…)
まずは二人きりのティータイムから。
窓辺に置かれた椅子とテーブル、其処で、ゆっくり。
母が運んで来てくれたお茶と、母が作った美味しいお菓子で。
(……ママのお菓子、明日は何だろう?)
パウンドケーキの日だといいな、と我儘なことを考えた。
どのお菓子でも美味しいけれども、パウンドケーキは特別なケーキ。
(材料は、とっても単純だけど…)
バナナもオレンジも入ってはいない、プレーンなパウンドケーキがいい。
砂糖とバターと小麦粉と卵、それだけを使ったパウンドケーキ。
どれも、それぞれ1ポンドずつ、使って焼くから「パウンド」ケーキと呼ぶらしい。
(…ママが焼くのと、ハーレイのお母さんが焼くのと…)
何故だか、不思議に、そっくり同じな味のケーキになるという。
ハーレイが初めて口にした時、「おふくろの味だ」と笑顔になった。
「おふくろが焼いて、コッソリ届けに来たのかと思ったぞ」と言ったくらいに同じ味。
だからハーレイの大好物で、食べる時にも、とびきりの笑顔。
(なんでも美味しそうに食べるんだけど…)
それに好き嫌いも無いんだけれど、と可笑しいけれども、本当にパウンドケーキは特別。
毎日だって、母にリクエストをしたいくらいに。
「今日のおやつも、普通のパウンドケーキがいいな」と、朝から強請って。
(…だけど、絶対、飽きちゃうし…)
いくらハーレイの好物でもね、と分かってはいる。
どんなに美味しいお菓子も料理も、同じものが続けば飽きるもの。
「たまには別のものが食べたい」と言いたくもなるし、不満も募ってしまいそう。
「なんて無能な料理人だ」と、美味しいことは棚上げで。
贅沢な食材を使ってあっても、「安くていいから、別のものを」と。
(…パウンドケーキも、それとおんなじ…)
毎回、毎回、出し続けていたら、ハーレイは困ってしまうだろう。
来客の身では、面と向かって「別のケーキに出来ませんか」と言えるわけがない。
「たまには、バナナを入れて下さっても…」と、遠回しに言うことだって。
(パウンドケーキ地獄になっちゃう…)
ふふっ、と時の彼方を思った。
いろんな地獄があったっけね、と。
前の自分が暮らした船。
最初はコンスティテューション号だった、シャングリラ。
燃えるアルタミラから脱出した後、その船で旅が始まった。
船には豊富な食材が載っていたのだけれども、皆で食べれば、じきに無くなる。
(…このままじゃ、みんな飢え死にしちゃう、って…)
前の自分は、たった一人で、生身の身体で宇宙を駆けた。
人類を乗せた宇宙船へと、食材を奪いにゆくために。
(ちゃんと奪って帰って来たけど…)
前のハーレイは酷く心配して、次から奪いに出てゆく時には…。
(コンテナの中身は、何でもいいから、って…)
いちいち選んで探して来るな、と釘を刺された。
「とにかく、サッサと帰って来い」と。
見付からないから大丈夫だ、と何度言っても、「絶対に駄目だ」と睨み付けて。
お蔭で、選べなかった食材。
船の倉庫に運び込んだら、コンテナの中身が偏っていたのは、よくあったこと。
(…ジャガイモだらけだとか、キャベツだらけとか…)
そんな話はしょっちゅうのことで、その度に、船は地獄になった。
来る日も来る日も、ジャガイモ料理が続いてゆくのが、ジャガイモ地獄。
キャベツだったらキャベツ地獄で、何処まで行っても、キャベツ料理が並ぶだけ。
船の中だけが全ての世界では、食事も楽しみの内なのに。
「今日の食事は、何が出るかな」と、皆が食堂にやって来るのに。
(…ジャガイモもキャベツも、美味しいんだけどね?)
そのまま食卓に乗るのではないし、きちんと調理してあった。
前のハーレイが腕を揮って、せっせと作った、様々な料理。
それでもやっぱり、皆の不満は募ってゆくから、ジャガイモ地獄が誕生する。
キャベツばかりならキャベツ地獄で、新しい食材が来るまで、地獄。
改造する前のシャングリラでは、食べられるだけでも、とても幸せだったのに。
飢えて死ぬことを考えたならば、不満を言える筈も無いのに。
けれど「地獄だ」と言っていたのが船の仲間で、それを思うと…。
(パウンドケーキばかり出してたら…)
いくらハーレイの大好物でも、パウンドケーキ地獄になることだろう。
「たまにはバナナでも入れて下さい」とは、言えないで。
「他のケーキがいいのですが」とは、逆立ちしたって言えなくて。
それではハーレイに申し訳ないし、パウンドケーキは、やっぱり、たまに。
母が作ろうと思った時に、焼いてくれるのが一番いい。
(ママなら、何のお菓子を作ったのかは…)
決して忘れる筈が無いから、いいタイミングで出て来るだろう。
その日までに作ったお菓子の数々、それらとバランスのいい時に。
「そろそろ、パウンドケーキの出番ね」と、母が思ってくれた日に。
(…ハーレイが、ママのパウンドケーキが大好きだ、ってこと…)
もちろん母も知っているから、以前よりも増えた登場する日。
そう、ハーレイが来るようになってから。
前の生での記憶が戻って、今の自分が「ソルジャー・ブルー」だったと知った頃から。
(パウンドケーキは、今のハーレイのお母さんのだけれど…)
おふくろの味は最高らしくて、自分でも焼こうと何度も試みたらしい。
なのに一度も成功しなくて、この家に来て…。
(ママのケーキで、とってもビックリしたんだよ)
だからホントに特別なケーキ、とパウンドケーキを思い浮かべる。
明日、出て来るかは謎だけれども、それがお皿に載っていたなら…。
(…ハーレイの幸せそうな顔…)
見られることは確実だから、ちょっぴり我儘を言いたくなる。
明日の朝、母に「パウンドケーキを作ってよ」と。
「今日はハーレイが来ると思うから、パウンドケーキ」と。
会えずに終わった今日の分まで、うんと幸せなティータイム。
窓辺に置かれたテーブルと椅子で、二人、ゆっくりと向かい合って。
いいよね、と夢見る明日の幸せ。
パウンドケーキがあっても無くても、本当に幸せなことだろう。
そしてハーレイが帰った後にも、満ち足りた心で、ベッドの端に腰を下ろして…。
(ホントにいい日だったよね、って…)
交わした話を思い返して、頬を緩めているのだと思う。
話の中身は、ごく他愛ないものだって。
前の生の記憶の欠片なんかは、まるで絡んでいなくても。
(柔道部の生徒の話とかでも、うんと幸せ…)
ハーレイと二人で過ごせるだけで、充分だから。
学校の話ばかりで終わってしまっても、それで全然、かまわない。
ハーレイに会えれば、幸せだから。
仕事の帰りに寄ってくれれば、幸せな時間が持てるのだから。
(…早く、明日になったらいいのに…)
日付が変わるのも、まだ先だよね、と壁の時計に目を遣った。
そんな時間まで夜更かししたなら、今の生でも弱い身体が悲鳴を上げてしまうだろう。
体調を崩してしまったら最後、ハーレイと幸せな時間は持てない。
だからその前に、潜り込まねばならないベッド。
(…そしたら、じきに眠くなるから…)
寝ている間に夜を飛び越え、明日という日がやって来る。
目を覚ましたら、部屋に朝日が差し込んで。
もしも曇りや雨の日だって、部屋が明るくなっていて。
(お日様は、ちゃんと昇るんだから…)
雨の日でもね、と思った所で気が付いた。
今ではすっかり当たり前の「明日」、それが無かった時代のことに。
前の自分が生きた頃には、来るとは限らなかった「明日」。
白い鯨に改造された後の時代でも、シャングリラという船に「明日」が来るかは…。
(……誰にも分からなかったんだよ……)
夜の間に沈められたら終わりだから、と身を震わせた。
今でこそ「明日」は当然のように来るのだけれども、違ったのだ、と。
(…今だと、夜になったって…)
さっきまでのように、明日を夢見ていられる。
明日という日が、どんな日になるか、あれこれ楽しく想像して。
母に我儘を言ってみようか、と、ちょっぴり企んだりもして。
けれども、前の自分は違った。
夜が来る度、次の日のことを恐れないではいられなかった。
「明日という日は、来るのだろうか」と。
太陽など昇らない暗い宇宙を、長く旅していた時も。
アルテメシアに落ち着いた後も、夜には、やはり不安になった。
「この船に、明日は来てくれるのか」と。
それを思えば、今の自分は…。
(ホントのホントに、うんと幸せ…)
なんて幸せなのだろうか、と浮かんだ笑み。
「夜になったって、少しも不安にならないものね」と。
明日という日を夢見ていられて、我儘にだってなれるんだもの、と…。
夜になったって・了
※ハーレイ先生に会えなかった日の夜、明日を夢見るブルー君。ちょっぴり我儘なことも。
けれど前の生では、明日が来るとは限らなかったのです。今はとっても幸せですよねv
(今日はあいつに会えなかったな…)
残念ながら、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
会えなかったことは残念だけれど、きっと明日には…。
(うん、学校で会えるだろうさ)
学校では駄目でも、家に行くって手もあるんだし、と大きく頷く。
明日は会議の予定は無いから、仕事の帰りに寄れるだろう。
ブルーが待っている家に。
生垣に囲まれた、すっかり見慣れてしまった家へと、帰り道に車を走らせる。
真っ直ぐ家に帰るのではなく、寄り道をしに。
愛おしい人の顔を眺めに、ゆっくりと話をするために。
(…お茶と夕食を御馳走になろう、というんだし…)
なんとも厚かましい限りだけれども、それにも今では慣れてしまった。
出迎えてくれるブルーの母にも、家族のような親しみを感じているのが今。
「お邪魔します」と挨拶はしても、気持ちの方は「ただいま」に近いかもしれない。
隣町の実家に帰るのと同じで、まるで遠慮はしていないから。
(…本当に、実に厚かましいな)
しかし、あちらも、そういう具合になっているし、と苦笑する。
十四歳にしかならないブルーは、「ハーレイ先生」が大のお気に入り。
訪ねてゆく度、大歓迎で、夕食の席でもはしゃぐほど。
(ご両親の方では、俺に気を遣って…)
子供の相手ばかりでは大変だろう、と色々な話題を持ち出すけれども…。
(あいつときたら、ろくに中身が分かってなくても…)
隙あらば会話に混ざり込もう、と虎視眈々と狙っている。
「パパとママに、ハーレイを盗られちゃった」と、子供らしい独占欲に駆られて。
自分だって話に混ざりたいのに、と内心、不満たらたらで。
そういうブルーに、明日になったら会える筈。
仕事の帰りに、寄り道をすれば。
家のガレージを目指す代わりに、別の方へとハンドルを切れば。
(もう少しばかり、寄り道ってのも…)
ひょっとしたら、あるかもしれないな、とコーヒーのカップを傾ける。
今の時点では、そんな予定は無いけれど…。
(なにしろ、明日まで、まだたっぷりと…)
時間があると来たもんだ、と時計を眺めて折ってゆく指。
明日の朝までには、まだ何時間、と。
ついでに仕事が終わるまでには、もう何時間ある勘定なのか、と。
(…丸一日とまでは、いかないんだが…)
半日以上は優にあるから、これから思い出すかもしれない。
前のブルーと過ごした時代の、とても懐かしい思い出を。
今は記憶の底に沈んで、すっかり忘れていることを。
(…そいつを、ヒョイと思い出したら…)
ブルーの家へと出掛ける前に、寄り道することもあるだろう。
ひょっこり戻った記憶の欠片に、何か食べ物でも絡んでいれば。
何処にでもある食料品店、其処で簡単に手に入る品が、それならば。
(こればっかりは、流石の俺にも…)
読めないんだよな、と思う、記憶の不意打ち。
今日までに何度も体験して来て、食料品店にも何度も寄った。
「こいつを買って行かないとな」と、お目当ての品を手に入れに。
小さなブルーに「懐かしいだろ?」と、思い出話をするために。
(はてさて、明日はどうなることやら…)
寄り道する先が一つ増えるのか、それとも真っ直ぐ、ブルーの家か。
それは全く読めないけれども、ブルーの家には行けるだろう。
会議の予定は無いのだから。
柔道部だって、余程でなければ、長引くことなど有り得ないから。
よし、と頭に思い描くのは「明日」のこと。
寄り道する先が一つ増えるか、あるいは真っ直ぐ、ブルーの家か、と。
(一つ増えれば、楽しいんだがな…)
あいつの喜ぶ顔も見られる、と思い出話の切っ掛けに期待するけれど。
何かを思い出しはしないか、胸を弾ませて考えるけれど…。
(そうそう上手くはいかないもんだ)
運なんだよな、と分かってはいる。
記憶の底に沈んだ欠片を、拾えるかどうかは運次第。
まるで川底の砂を掬い上げて、その中から砂金を探すみたいに。
(砂金もそうだし、宝石ってヤツも…)
場所によっては、そうやって探すモンらしいしな、と思うくらいに、本当に、運。
ツイていたなら、最初に掬った砂の中から、砂金の粒が採れるだろう。
宝石だって、コロンと混じっているのだと思う。
けれども、ツイていない時には、たとえ何日、掬い続けようと…。
(砂金も採れなきゃ、宝石だって…)
全く採れずに、ただ努力だけが空回り。
記憶の欠片を拾い上げるのも、そういう作業に何処か似ている。
だから、どんなに思い出そうとしてみても…。
(…俺には、どうにもならないってな)
お手上げなんだ、と軽く両手を広げた。
今夜は思い出せそうにない、と記憶の欠片は諦めて。
明日の寄り道はブルーの家だけ、きっとそうなるに違いない、と。
(だがまあ、あいつの家には行けるし…)
小さなブルーの顔を見られれば、もうそれだけで充分ではある。
思い出話の欠片は無しでも、愛おしい人に会えるから。
今日は会えずに終わった恋人、その人と話が出来るのだから。
(厚かましく、お邪魔しちまって…)
ブルーの部屋で、お茶とお菓子を御馳走になって。
二人きりでゆっくり話した後には、両親も交えた夕食の席で。
きっと会話が弾むだろうから、それだけでいい。
記憶の欠片は拾えなくても、寄り道する先が増えなくても。
(うん、充分に幸せだってな)
明日になるのが楽しみだ、とカチンと弾いたマグカップの縁。
あと何時間か過ぎた後には、明日という日がやって来る。
コーヒーを飲み終えて、片付けしてから、ベッドに入って、ぐっすり寝れば。
夜が明けたら、明日が来るから、ブルーの家に出掛けるまでに…。
(運が良ければ、何かを思い出すかもなあ…)
ツイていればな、と白いシャングリラを思い浮かべる。
あの船で起こったことでもいいし、改造する前の船でもいい、と。
何か記憶の欠片を拾って、寄り道の先が一つ増えればいいんだが、と。
(…そうすりゃ、明日は、もっといい日に…)
なるんだがな、と思った所で気が付いた。
「明日」という日の存在に。
さっきからずっと、当たり前のように想像していた、「明日」の重みに。
(…俺がシャングリラにいた頃は…)
改造前の船はもちろん、白い鯨になった船でも、「明日」が来るとは限らなかった。
暗い宇宙を旅した時代は、朝日は昇らなかったのだけれど。
いつでも外は暗かったけれど、それでも「明日」の概念はあった。
船の中だけが世界の全てで、外の世界は無かったから。
たとえ夜明けは来なかろうとも、一日の始めと終わりは必要。
そうでなければ、人は健康に暮らせはしない。
夜勤に入った者はともかく、そうでない者は…。
(夜になったら、寝るモンで…)
次の日の朝を知らせる合図で、ベッドから起きて活動を始める。
まずは洗顔、それから着替えで、支度が出来たら食堂に行って…。
(朝飯を食ったら、持ち場に出掛けて…)
その日の仕事に取り掛かっていた。
外は真っ暗な宇宙であろうと、「朝が来たから」と。
「今日も一日、しっかりやろう」と、それぞれの持ち場で気を引き締めて。
けれど、何処にも保証は無かった。
次の日の朝が、やって来るとは。
夜を迎えたシャングリラという船、その船に「明日」があるかどうかは。
人類に追われるミュウの箱舟、いつ襲われるか分からない船。
夜の間に沈められたら、次の日などはあるわけが無い。
いくら準備をしていても。
「明日の作業は、これとこれだ」と、皆が段取りしていたとしても。
(前の俺は、その船のキャプテンで…)
シャングリラの全てを背負っていたから、何度、不安を覚えたろうか。
「もしも」と、「明日が来なかったら」と。
人類軍の船が近くを飛んでゆく度、恐れを抱いて夜を迎えた。
そうでない時も、常に何処かで思っていた。
「無事に、明日の朝を迎えられればいいが」と。
シャングリラに、夜が訪れる度。
夜も昼も無い宇宙を旅していた時も、アルテメシアの雲海に潜んでいた時も。
(…その筈だったが、今の俺は、だ…)
実に気楽に暮らしているな、と愛用のマグカップを、しみじみと見る。
ついさっきまで、当たり前のように夢を見ていたのが「明日」。
「記憶の欠片が拾えるといいが」と、更に欲張りな夢を描いて。
ブルーに会えることは確実なのだし、どうせなら、もっと、と寄り道をしたくて。
前の生での記憶の欠片を、運良く、拾えたらいい、と。
もし拾えたら、それに纏わる「何か」を買いに行けたらいい、と。
(…前の俺だと、夜は不安になったモンだが…)
今では夢見る時間らしいな、と見回した書斎。
此処で寛ぐ安らぎの時間、それが今では「夜」のようだ、と。
今の時代は明日は必ず訪れるもので、夜は、それまでの待ち時間。
何も不安になることは無くて、ただのんびりと明日を待つだけ。
コーヒーを飲んで、後は片付け、それからベッドに潜り込んで。
「明日はブルーに会えるんだしな」と、沢山の夢まで思い描いて。
(うんと贅沢になったモンだな、今の俺はな)
夜になっても、自分の時間をゆっくり楽しむだけなんだしな、と浮かべた笑み。
「本当に、俺は幸せ者だ」と。
明日は必ずやって来る上、明日はブルーに会えるのだから…。
夜になっても・了
※明日はブルー君に会いに行ける、とハーレイ先生が夢見る明日。寄り道もしたい、と。
寛ぎの時間が夜ですけれども、前の生では違ったのです。今の世界は、幸せな世界v
(幸せだよね…)
今のぼくって、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…ついさっきまでは…)
不幸のドン底だったんだけど、と可笑しくなる。
今の自分はとても不幸で、悲しくなるほどツイていない、と嘆いていた。
仕事の帰りに、ハーレイが寄ってくれなかったから。
学校でもハーレイに会えずに終わって、一度も顔を見られなかった。
古典の授業が無かった上に、廊下でも擦れ違わなかったせいで。
(……ツイてなくって……)
最悪な日だ、と思っていたのだけれども、明日には会えるかもしれない。
古典の授業は無い日だとはいえ、ハーレイは学校にいるのだから。
(朝一番から、柔道部の朝練があるもんね?)
運が良ければ、登校して直ぐに会えるだろう。
其処で駄目でも、廊下や階段で擦れ違うだとか、チャンスは山ほど。
それに明日なら…。
(学校の帰りに、来てくれるかも!)
会議や、柔道部で何かが無ければ、ハーレイは寄ってくれる筈。
そうすれば今日の不幸は一転、幸せな時がやって来る。
窓辺のテーブルと椅子でお茶の時間で、夕食だって、ハーレイと一緒。
(晩御飯の時は、二人っきりじゃないけれど…)
両親も食卓に着くのだけれども、それでも充分、幸せではある。
ハーレイの主な話し相手が、両親になってしまっても。
子供の自分は置き去りにされて、大人同士の話題に花が咲いたって。
(…それでも、ハーレイがいるんだもんね?)
ぼくの側に、と嬉しくなる。
声が聞けたら、鳶色の瞳を見ていられたら、それで充分、と。
ついさっきまでは、そうは思っていなかった。
本当の本当に不幸のドン底、悲しくて泣きそうだったほど。
「今日はハーレイに会えなかったよ」と、心の中で繰り返して。
何度も大きな溜息をついて、「今日は最悪」と嘆いてもいた。
けれど、明日には、と思った所で、今の幸せに気が付いた。
「そうだよ、明日があるんだっけ」と。
今はすっかり夜だけれども、暗い夜中を通り過ぎたら、日が昇る。
そうして明日の朝を迎えて、外では小鳥が鳴き出すだろう。
もしも天気が雨だとしたって、雨音の向こうで、夜が明けてゆく。
雨だと小鳥は鳴かないけれども、代わりに聞こえるだろう音。
(屋根に落ちて来る雨の音とか、表の道を走る車が…)
濡れた道を通ってゆくタイヤの音で、雨の日なのだと知らせてくれる。
他にも色々、晴れた日とは違う、雨の日の朝。
(…うん、ちゃんと朝が来るんだよ)
朝が来たなら、ベッドから出て、学校へ行く支度をする。
顔を洗って、制服に着替えて、それから朝食。
(……ホットケーキの朝御飯かも……)
もしかしたら、と心が弾む。
母が焼いてくれるホットケーキは、もちろん、美味しいのだけれど…。
(前のぼくの、憧れの朝御飯…)
本物の地球のホットケーキ、と心は時の彼方へと飛ぶ。
白いシャングリラで暮らしていた頃、前の自分が、何度も夢見た。
いつか地球まで辿り着いたら、と幾つも描いた夢の一つが、ホットケーキ。
(…ホットケーキに、地球の草を食べて育った、牛のミルクのバターを乗っけて…)
サトウカエデの森で採られた、本物のメイプルシロップを、たっぷりとかける。
そういう素敵なホットケーキを、朝御飯の時に食べたい、と。
(前のぼくの夢、そこまでだけど…)
ホットケーキには地球の小麦や、地球で育った鶏の卵も使われている。
なんとも贅沢な限りの朝食、今の自分には、普通だけれど。
ごく当たり前のメニューだけれども、前の自分には、夢で終わってしまった朝食。
青い地球には辿り着けずに、ただ一人きりで、メギドで生を終えたのだから。
(…今のぼくって、うんと幸せ…)
当たり前に明日の朝が来るのも、前の自分が生きた頃には無かったこと。
白いシャングリラが出来上がった後も、「明日が来る」とは限らなかった。
夜の間に人類軍に沈められたら、其処で全てが終わってしまう。
誰一人として、次の日の朝は、迎えられずに。
翌朝の朝食を用意していた、厨房で働く者たちも。
(…それに比べたら、ホントに幸せ過ぎるよね…)
今のぼくは、と頬っぺたを軽く抓ってみた。
「夢じゃないよね?」と。
ベッドにチョコンと腰掛けた自分、チビの自分は夢ではないか、と。
前の自分が、青の間のベッドで見ている夢。
青い地球まで辿り着いたら、こんな風に生きてゆけたらいい、と。
(だけど、頬っぺた、痛いから…)
これは間違いなく現実なのだし、第一、前の自分は死んだ。
遠く遥かな時の彼方で、命と引き換えに、メギドを一人きりで沈めて。
白いシャングリラとミュウの未来を、たった一人で守り抜いて。
(…今じゃ、英雄扱いだけど…)
英雄なんかじゃなかったんだよ、と今でも決して忘れられない、前の自分の悲しい最期。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして泣きじゃくっていた。
「もうハーレイには、二度と会えない」と。
「絆が切れてしまったから」と、絶望の淵に突き落とされて。
泣きじゃくりながら死んだ前の自分は、英雄からは遠いと思う。
もしも誰かが見ていたならば、「あの泣き虫が?」と呆れるだろう。
英雄だったら、毅然としたまま、笑みさえ浮かべているだろから。
右の瞳を撃たれていたって、左の瞳で前を見据えて。
ミュウの未来は守り抜いたと、自分の役目を果たしたことに満足して。
自分の命は消えるけれども、仲間たちの命は続いてゆく、と。
(…誰も見ていなくて良かったよね?)
見られていたなら、どうなったかな、とクスッと笑う。
「大英雄には、なれなかったかも」と。
写真集はドッサリ出ていたとしても、顔だけを評価された結果で。
今の時代も語り継がれる、ソルジャー・ブルー。
ミュウの時代の始まりを作った、大英雄だと讃えられて。
(でも、そんなことは、今のぼくには…)
少しも関係無いもんね、と十四歳の子供になった今の自分の右手を眺めた。
前の自分が失くしてしまった、「最後まで持っていたい」と願った、ハーレイの温もり。
それを失くして「右手が冷たい」と、泣きじゃくっていた前の自分。
右手が冷たく凍えたままで、前の自分は死んでいったのに…。
(…今のぼくの手、少しも冷たくないんだよ)
温かいお風呂にゆっくり浸かって、今だって、まだ身体ごと温かい。
部屋も少しも寒くはないから、手が冷たくなる心配も無い。
(それに、冷たくなったって…)
暖房を入れるとか、ベッドの中に潜り込むとか、温める方法は幾らでもある。
おまけに、どうしようもなく冷えた時には…。
(…ハーレイに貰った、サポーター…)
それを着ければ、右手は、たちまち温かくなる。
メギドの悪夢に悩まされていた時、ハーレイがくれたサポーター。
「こいつを着ければ、右手は冷たくならないさ」と。
ハーレイが大きな手で握ってくれる時の、力加減まで再現してあるから。
(だから、安心…)
こうしてパジャマで起きていたって、と幸せな気分に包まれる。
「本当に、なんて幸せなんだろう」と。
不幸のドン底だと思っていたのに、そう考えたことさえ、嘘だったように。
(ホントに、幸せ過ぎちゃうくらいで…)
前のぼくには、夢のまた夢、と白いシャングリラを思い出す。
白い箱舟で生きた頃には、あれでも充分、幸せだった。
明日の朝が来る保証など無い、降りる地面さえ持たない白い箱舟でも。
それでもミュウの楽園だったし、「シャングリラ」の名に相応しかった。
船の中では、人らしく生きてゆけたから。
人体実験をされることもなく、きちんと三度の食事も出来て。
(あの頃の、ぼくに比べたら…)
本当に幸せ過ぎる暮らしを、今の自分は送っている。
毎日、毎日、当然のように。
それが特別幸せなのだと、こうして気付くことさえせずに。
(…うんと幸せで、ちゃんとハーレイだっているのに…)
不幸のドン底だと嘆くだなんて、前の自分が耳にしたなら、きっと叱られることだろう。
「メギドで死んだ時の自分」でなくても、赤い瞳でキッと見据えて。
「今の自分を、よく見たまえ」と、「何処が不幸だと言うんだい?」と。
(……うーん……)
もう間違いなく叱られるよ、と首を竦めた。
前の自分が此処にいたなら、お説教を食らうことだろう。
「君が不幸だと言うんだったら、ぼくと代わってやってもいい」と。
そうすれば毎日、必ずハーレイに会えるわけだし、幸せに暮らしてゆけるだろう、と。
(ハーレイと本物の恋人同士にも、なれるんだけど…)
今の幸せは、全て消し飛ぶ。
明日の朝が来るとは限らない日々、おまけに青い地球だって「無い」。
母が焼いてくれるかもしれない、朝御飯のホットケーキも、全部。
(パパとママがいる家も無くなっちゃって、学校も無くて…)
これから先にある筈の未来、それもすっかり消え失せてしまう。
結婚出来る年になったら、ハーレイと結婚することも。
同じ家で暮らしてゆける未来も、二人であちこち旅をすることも。
(それじゃ困るよ、そんなの、絶対、嫌なんだから…!)
だけど、ホントに言われちゃいそう、と前の自分を思い浮かべる。
仲間たちには優しかった前の自分だけれども、自分自身には厳しかった。
そう、命さえも、投げ出したほどに。
ハーレイの温もりだけを握って、一人きりでメギドへ飛び去ったほどに。
「ソルジャー・ブルー」と同じ魂を持っているのに、今の自分は、どうだろう。
叱られてしまいそうなくらいに、うんと我儘で、贅沢で…。
(きっと、幸せ過ぎちゃうと…)
それに慣れちゃって、忘れちゃうんだよね、と軽く叩いた自分の頬っぺた。
「もっと、しっかりしなくっちゃ」と。
不幸だなどと嘆いていないで、今の幸せを噛み締めて。
前の自分と比べてみたなら、自分は、うんと幸せだから。
幸せ過ぎると言えるくらいに、幸せが当たり前なのだから…。
幸せ過ぎちゃうと・了
※ハーレイ先生に会えなくて、不幸のドン底だったブルー君。でも、考えたら幸せな今。
幸せ過ぎるくらいに幸せ過ぎて、それを忘れてしまうほど幸せな日々。それこそが幸せv
