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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(あいつの家には、寄り損なったが…)
 時間の方はたっぷりあるな、とハーレイは心の中で呟く。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、まず、ダイニングでコーヒーを淹れた。
 愛用のマグカップに注いだそれを、何処で飲もうか。
(書斎もいいが、たまにはリビングなんかもいいな)
 ダイニングだと食事の続きになるし、と少し悩んで、やはり書斎、と結論を出した。
 なにしろ、今日は収穫があった。
 会議で帰りが遅くなったせいで、ブルーの家には行けなかったけれど…。
(代わりに、デカイ本屋に出掛けて…)
 何冊も本を買って来たから、それをパラパラ捲ってみたい。
 どれから読もうか、次はどれにするか、そういう算段の時間も楽しい。
(よし、書斎だ)
 コーヒーを運んで行った先では、その本たちが待っていた。
 書店の袋に入ったままで、大きな机の上に置かれて。
 本たちの隣にマグカップを並べて、椅子にゆったりと腰を下ろす。
(さて…)
 どれにするかな、と袋を開ける前に、コーヒーのカップを傾けた。
 一口飲んだら、絶妙な苦味と高い香りが、喉の奥へと広がってゆく。
(うん、今日も美味い)
 この一杯が堪らないんだ、と味わいながら、お次は本の袋を開けた。
 中身を出して一冊ずつ確かめ、それからページを捲ってみる。
(推理小説だと、こうはいかんが…)
 今日のはジャンルが違うからな、と目次や文体を流し読みして、順番を決めた。
 最初はこれで、その次がこれ、と本格的に読むための順位を割り振る。
(こんな所で良さそうだ)
 結局は、気分次第だが…、と本を、その順に机に積んだ。
 最初に読む本が一番上で、最後の本が一番下になるように。
 その日の気分で入れ替わる時もあるのだけれども、基本はこう、という順番。
 積み上げた後は、一番上の本の表紙を見ながら、コーヒーの方に戻っていった。


 面白そうな本を選んで買って来たけれど、早速読むのは、少し後ろめたい。
(なんたって今日は、あいつを放って…)
 本屋に行って来たわけで…、とブルーの顔が頭の何処かに貼り付いてる。
 「酷いよ、ハーレイ!」と恨めしそうに、頬を膨らませて拗ねる恋人。
 「会議は仕方ないんだけれど、本屋さん、楽しかったでしょ?」と。
 「ぼくを忘れて、本を沢山買っていたよね」と、責める声まで聞こえて来そう。
(バレたら、絶対、そうなるからなあ…)
 今日から読むのはやめておこう、と肩を竦める。
 本たちは逃げて行きはしないし、日を改めて読み始めればいい。
(今日のところは、別の本でも読むとするかな)
 時間は沢山あるんだから、と書斎を見回し、どれにしようかと思案する。
 何度も読んでいるお気に入りもいいし、一度しか読んでいない本を選ぶのもいい。
 写真集をじっくり眺めてもいいし、他にも本の種類は色々。
(これといって用も無いからなあ…)
 自由時間が今日は山ほど、と考えたところで、またもブルーが頭に浮かんだ。
 「何をするの?」と興味津々で、肩越しに覗き込んで来そうな姿が。
(…そうだった…!)
 俺だけの自由時間ってヤツは、あと何年も残ってないぞ、と愕然とする。
 三十八歳の今に至るまで、この家で、気ままに過ごして来た。
 正確に言えば、教師になって、父が買ってくれた家に来てからだから…。
(その前は、数えないにしたって…)
 十年以上も一人暮らしで、誰にも邪魔をされない日々が当たり前だと思っていた。
 昨日も、今日も、明日も明後日も、自由時間は「自分だけ」のもの。
 それで間違いないのだけれども、いつか終わりがやって来る。
 チビのブルーが大きく育って、結婚出来る年の十八歳を迎えたら…。
(あいつが嫁にやって来るわけで、俺が夜に書斎に入ろうとしたら…)
 ブルーも一緒にくっついて来そう。
 「何を読むの?」と、赤い瞳を煌めかせて。
 今夜のようにコーヒーを運んで来ようとしたなら、「ぼくが運ぶよ」と言うかもしれない。
 マグカップを小さなトレイに載せて、「ぼくも一緒に行っていいよね?」と。


(…うーむ…)
 実にありそうな話なんだ、とハーレイは眉間を指でトンと叩いた。
 この家で暮らし始めたブルーは、何処へでもついて来るだろう。
 暑い日に庭木を刈り込んでいても、「ぼくも手伝う」と庭に出て来そう。
 ただでも身体の弱いブルーには、日差しだけでも危険すぎるし、手伝えないのに。
 「お前は、其処の木陰で見てろ」と叱って、飲み物なども渡してやるしかない。
 手伝いどころか、ハーレイの手間が増えるだけなのに、ブルーなら、きっと…。
(俺の迷惑なんぞは考えもせずに…)
 出て来るんだ、と容易に想像がつく。
 庭木の剪定をしている間、ずっとブルーに気を配るとなると、大変ではある。
 そうは思っても、何故だか、頬が緩んでしまう。
(あいつが暑さで倒れちまわないよう、世話を焼くのも楽しいよなあ…)
 なんたって、此処は青い地球だぞ、と前の生と比べて、今の幸せを噛み締める。
 青い地球の上で暮らしているから、ブルーの身体を痛めつける「暑さ」が心配になる。
 これがシャングリラの中だったならば、そんなことなど思いもしないし…。
(出来たとしたって、キャプテンって立場と視点からしか…)
 ブルーの心配は出来なかった上、世話をすることも不可能だった。
 あの箱舟での日々を思えば、邪魔されて、手間が増えたって…。
(ちっともかまわないってな!)
 大いに邪魔をしてくれていい、と夏の庭の手入れの覚悟は決まった。
 手伝うのだ、と主張するブルーを木陰に押し込み、暑くないよう工夫する。
 風通しのいい服を着させて、座らせる椅子も、熱がこもらないものを選ぶとか。
(でもって、飲み物をたっぷり用意して…)
 ブルーがそれを飲んでいるかも、こまめにチェックするべきだろう。
 でないとブルーは、「丈夫なハーレイ」を基準に考え、水分の補給を控えかねない。
 「だって、ハーレイ、飲んでないでしょ」と、「ぼくも我慢」と。
(そいつはマズイし、俺には少々、多すぎたって…)
 ブルーのお供でグイグイと飲んで、汗だくで庭木を刈り込むしかない。
 「ちと飲みすぎたような気がするんだが」とタオルで汗を拭き拭き、ハサミを持って。
 「過ぎたるは及ばざるが如しで、あいつに合わせると多すぎだよな」と、ぼやきながら。


 きっとそういうことになるんだ、と思い至った、ブルーとの暮らし。
 今のような自由時間は無くなり、何処にでもブルーがくっついて来る。
 書斎だろうが、暑い盛りの庭であろうが、ブルーは全く気にも留めないことだろう。
 「ハーレイ」の側にいられるのならば、どんな苦労も厭いはしない。
(…その結果、俺の邪魔になっても…)
 ブルーに自覚などありはしなくて、大いに邪魔をして来そう。
 庭の手入れなら、まだいいけれども、書斎にまで入って来るとなったら、一大事。
(本を読むぞ、って時ならいいんだが…)
 日記をつける時だと困る、と「ブルーの存在」が圧し掛かって来た。
 今なら思い立った時間に、好きに日記をつけられる。
 ブルーに貰った白い羽根ペン、それで書き込む、その日の様々な出来事たち。
 ところが、ブルーと暮らし始めたら、日記を書くのにも苦労するのに違いない。
 「何を書くの?」と遠慮なく書斎に入って来そうな、赤い瞳をした恋人。
 「見てもいいでしょ」と、「ぼくにも見せて」と強請りながら。
(冗談じゃないぞ…!)
 前の俺だって、一度も読ませちゃいないんだ、と航宙日誌を思い出す。
 あれはプライベートなものではなかったけれども、「俺の日記だ」と主張していた。
 「だから読むな」と、前のブルーを何度も部屋から放り出した。
 「俺の留守に勝手に入って読むのも駄目だ」と、釘もしっかり刺しておいたものだ。
 前のブルーは、その約束を守ってくれた。
 一度も読みはしなかったけれど、今のブルーは、その分までも持ち出して来そう。
 「前のぼくだって、読んでないのに」と、「今度も駄目なの?」と膨れっ面で。
(ハーレイのケチ! っていうヤツだよなあ…)
 今のブルーのお決まりの台詞で、何かといえば、これを言われる。
 一緒に暮らし始めた後でも、決め台詞にしていそうな感じ。
(…しかしだな…)
 日記は駄目だ、と机の引き出しに目を遣った。
 其処に入れてある日記を出して、書く時だけは「ブルー」の邪魔は断りたい。
 どんなに強請られ、膨れられても、日記を書く時は一人でいたい。
 毎日、攻防戦になっても。
 ブルーを書斎から放り出すのが、毎晩、恒例の行事になってしまっても。


(他のことなら、邪魔をされてもいいんだが…)
 暑い盛りの庭の手入れも、寒い季節の風呂掃除でも、ブルーの邪魔は、きっと嬉しい。
 それがどれほど迷惑だろうと、「ブルーが側にいてくれる」だけで幸せになれる。
 「これが地球での暮らしなんだ」と、「やっとブルーと二人きりだぞ」と、実感出来て。
(なんと言っても、あいつに邪魔をされるのは…)
 二人で暮らしているからだしな、と思うけれども、日記を書く時間は譲れない。
 ブルーが書斎を覗きに来る度、書斎の扉の外へ追い出す。
 それでもブルーが出てゆかないなら、首根っこを掴んで摘まみ出すまで。
 「書き終わるまで、外で待ってろ」と、「なんなら、夜食も用意するから」と。
(でもって、書斎に鍵をかければ…)
 ブルーは入って来られないから、急いでその日の日記をつける。
 出来るだけ急いで書いてしまわないと、ブルーがすっかり機嫌を損ねて、厄介だから。
 いくら毎晩の行事になっても、御機嫌取りは、簡単に終わる方がいい。
(出来れば、キスの一つくらいで…)
 許してくれると有難いが、と未来を思って、溜息が一つ零れてしまう。
 「自由時間は、あと何年も無いってか?」と。
 ブルーに邪魔をされずにいられて、気ままに一人で暮らせる日々は、もうすぐ終わる。
 あと何年かで消えるけれども、それでブルーに邪魔をされても…。
(日記以外は、喜んで許してやるってもんだ)
 ただし日記は譲れんからな、とブルーとの戦いに思いを馳せる。
 書斎の扉を間に挟んで、毎晩、繰り返される戦争。
 「ハーレイの日記」を見たいブルーは、懲りずに挑み続けるだろう。
 何度「駄目だ」と断っても。
 何回、書斎から摘まみ出されても、ガチャンと鍵を掛けられても。
 そういう日々も、幸せなのに違いない。
 邪魔をされても許せることと、許せないことが同居している家というのも…。



           邪魔をされても・了


※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、邪魔されることが増えそうなハーレイ先生。
 それも幸せなんですけれど、日記を書く時だけは、邪魔はお断り。毎晩、攻防戦ですねv









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(さっきは危なかったよね…)
 危機一髪、と小さなブルーが竦めた肩。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイ、来てくれなかったよ、って…)
 心の中で何度も溜息をつきながら、少し前までバスルームにいた。
 ハーレイには仕事があるのだから、と分かってはいても、どうしても気分が沈んでしまう。
 シャワーを浴びても、お湯にゆっくり浸かってみても、明るい気持ちになってはくれない。
 沈んだ気分を引き摺ったままで、お湯から上がって、パジャマを着た。
 それから部屋に戻る途中も、やっぱり気分は沈んだままで…。
(…柔道部で何かあったのかな、とか…)
 考え事をしながら階段を上って、あと一段で二階という所で足の勘が狂った。
 頭がお留守になっていたのが悪かったのか、沈んだ気分に引き摺られたか。
(二階の床を踏む代わりに…)
 足はスカッと滑ってしまって、階段の方を踏み付けた。
 当然、身体のバランスも崩れて、前のめりに倒れ込んでしまって…。
(……ホントのホントに……)
 危機一髪だよ、と思い返して寒くなる。
 もしも二階まで、あと一段でなかったならば、転がり落ちていたかもしれない。
 二階の床は平たくて、廊下といえども広いけれども、階段の方はそうはいかない。
 倒れ込んだ「ブルー」が縋り付くには、奥行きも幅も足りなさすぎる。
(カエルみたいにベタッて倒れて、床にしっかり貼り付いたから…)
 落ちずに済んで、ドタンと大きな音がしただけ。
 あれが階段の途中だったら、そうはいかずに、止まれないまま一番下まで真っ逆様に…。
(…落っこちてたかも…)
 自分でも充分、有り得ると思うし、音で気付いた両親にも強く注意をされた。
 「気を付けないと駄目よ」と母に叱られ、父も「前をよく見て歩きなさい」と見上げて来た。
 「落っこちてからでは、遅いんだぞ?」と。
 「病院には車で連れてってやるが、怪我をして困るのは、お前なんだから」とも。


 そう、父に言われた言葉は正しい。
 あそこで階段から落っこちたならば、たちまち自分自身が困る。
(落っこちちゃったら、絶対に、怪我…)
 ぼくはサイオンが不器用だから、と情けないけれど、どうしようもない。
 前の生とはまるで違って、不器用になってしまったサイオン。
 タイプ・ブルーとは名前ばかりで、思念波もろくに紡げはしない。
 そんなレベルでは、階段を転がり落ちてゆく時も…。
(止まらなきゃ、って頭の中では分かっていても…)
 口と心で悲鳴を上げても、肝心のサイオンが働かないから、落ちてゆくだけ。
 止まれないまま、ゴロンゴロンと、一階の床に辿り着くまで。
(…頭を庇って丸くなるとか、そういうのは…)
 本能的に出来そうだけれど、怪我は免れないだろう。
 打ち身やアザが身体中に出来て、最初に踏み外した方の足首は…。
(変な力がかかっちゃったから、グキッっていう音…)
 でもって、捻挫か骨折だよね、と恐ろしくなる。
 どちらも痛くて、治りにくい怪我。
 たとえ捻挫で済んだとしたって、その捻挫だって回復までに時間がかかりそう。
 今の身体も前と同じに虚弱な上に、まだまだ子供なのだから。
(普通は、子供の怪我っていうのは、治るのが早いらしいけど…)
 ブルーの場合は、事情が違う。
 弱い身体は、怪我の治りも普通より遅い。
 捻挫したなら、同い年の子の二倍くらいの回復期間が要ることだろう。
(そうなっちゃったら、色々、大変…)
 まずは、ズキズキ痛む足首。
 父の車で病院に行って、診察を受けて、「大丈夫、骨は折れていませんよ」と言われても…。
(ズキズキ痛くて、どうしようもなくて…)
 もうそれだけで、泣きたい気持ちだろうと思う。
 注射されるのも怖いくらいに、痛いのは嫌いで苦手というのに、足首が酷く痛むのだから。
(…前のぼくは、うんと強かったけど…)
 キースに撃たれてもメギドで頑張ったけれど、と思いはしても、何の励ましにもならない。
 今の自分はチビの子供で、痛いのは嫌で、なのにズキズキ痛む足首。
 治療が終わって帰る途中も、車の中で痛み続ける勢いで。


(…捻挫くらいで、痛み止めの薬、貰えるのかな…?)
 病院の後で困るのは、そこ。
 酷い怪我だと、痛み止めの飲み薬が貰えることは知っている。
 それを飲まないと眠れもしないから、「酷く痛む時は飲んで下さいね」と処方される薬。
(頓服だから、一日中、痛くないように、っていうのは無理で…)
 使える限度があるだろうけれど、貰えさえすれば、夜は眠れる。
 けれども、たかが捻挫くらいで、痛み止めを出してくれるかどうか。
(骨折だったら、間違いなく貰えそうだけど…)
 捻挫くらいじゃ駄目なのかもね、という気がしないでもない。
 なにしろ、学校の同級生たちにしてみれば、捻挫は大した怪我ではなくて…。
(ちょっぴり歩きにくくって…)
 体育の授業が見学になる、という程度の認識。
 松葉杖をついて来たりもしないし、足を引き摺っているだけのこと。
(…痛いんです、って顔もしてないもんね…)
 やっぱり薬は貰えないかな、と思うものだから、「落ちなくて良かった」と実感した。
 普通より治りが遅いからには、痛む期間も長くなる。
 「足が痛くて眠れないよ」と嘆く夜が、幾つ続くことやら。
(ホントに困っちゃうんだから…!)
 そんなの嫌だ、と首を左右に振って、落ちなかった幸運に感謝する。
 あそこで転がり落ちていたなら、本当に、とても困るのだから。
(第一、痛くて、治りにくいなら…)
 学校に行けなくなっちゃいそう、と怖くなるのが、怪我をして一番「困る」点。
 普通の子供は、捻挫した足を引き摺りながらも、学校に来ているのだけれど…。
(ぼくだと、きっとパパとママが…)
 痛みが幾らかマシになるまで、休ませてしまうことだろう。
 元々、虚弱で休みがちだし、休んだところで問題は無い。
 学校の方でも心得たもので、プリントなどはクラスメイトに届けさせてくれる。
(パパとママも、学校も、それでちっとも困らないけど…)
 ぼくはホントに困るんだから、とハーレイの顔を思い浮かべた。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
 学校に行けなくなってしまったら、その間、ハーレイに学校では会えなくなるのだから。


 それが一番困るんだよ、と考えただけで涙が出そう。
 ズキズキと痛む足首よりも、痛くて夜も眠れないよりも、ハーレイに会えないのが困る。
(怪我しちゃったら、慌ててお見舞いに来てくれそうだけど…)
 仕事が終わるまでは無理なんだよね、と分かっているから、それも悲しい。
 ハーレイはきっと、いつものように学校に行って、其処で「ブルーの欠席」を知るのだろう。
 どうして学校を休んでいるのか、「捻挫した」という理由の方も。
(前のハーレイなら、それを聞くなり…)
 青の間に走って来ただろうけれど、今のハーレイは、そうはいかない。
 仕事が終わる放課後までは、学校の門を出られはしなくて、つまりハーレイに会えるのは…。
(捻挫しちゃった次の日の夕方か、夜…)
 お見舞いなのだし、会議があって遅くなっても、その日の間に来てはくれると思う。
 けれど、ハーレイが「ブルーの捻挫」を知るのは、あくまで捻挫した翌日。
(さっき、階段から落っこちちゃって…)
 捻挫していても、ハーレイの「お見舞い」は明日の夕方以降になる。
 それまでの間、ハーレイに会えるチャンスは皆無で、ハーレイの方も動けはしない。
(大丈夫か、って聞いてくれるのも…)
 うんと先のことになっちゃうんだよ、と嫌というほど承知している。
 だからこそ、怪我などしていられない。
 不注意で怪我をしてしまったら最後、悲しい思いをするしかないのが明白だから。
(…怪我しちゃったら、うんと痛くて、ハーレイにも会えなくなっちゃって…)
 お見舞いに来てくれても、見送ることも出来ないんだよ、と溜息をつく。
 捻挫した足では、帰るハーレイを玄関先まで送ることさえ、出来るかどうか。
 普段だったら庭を横切り、門扉の所までついてゆくのに。
 濃い緑色をしたハーレイの愛車が見えなくなるまで、表の道路で手を振るのに。
(きっとハーレイ、そんなの、許してくれないよ…)
 足に負担がかかるものね、とハーレイの苦い顔付きが頭に浮かぶ。
 「無理しちゃ駄目だぞ、捻挫は癖になるからな」と見送りを断るハーレイの声も。
(…絶対、そうだ…)
 ホントのホントに困るんだから、と怪我はすまい、と心で誓う。
 「怪我しちゃったら、大変なことになっちゃうもんね」と。


 ウッカリ怪我をしないように、と自分自身を戒めたけれど。
 階段から落ちるなんて言語道断、と「さっきの自分」を叱ったけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
 困るのは今の間だけかも、と頭を掠めていった考え。
 ハーレイの教え子でチビの自分は、怪我をしたなら、たちまち困る。
 痛い思いをするのもそうだし、なにより、ハーレイに会えなくなってしまうけれども…。
(……ハーレイと一緒に暮らしていたら?)
 結婚した後なら、どうなんだろう、と顎に手を当てて首を傾げた。
 「痛いのは同じなんだろうけど、他の所は?」と。
(…ハーレイの家に、ぼくも一緒に住んでいて…)
 其処でさっきと全く同じに、階段を踏み外した場合は、どうなるのだろう。
 さっきは落ちずに済んだけれども、それが出来ずに落っこちた時。
(カエルみたいに、二階の床に貼り付く代わりに…)
 「あっ!」と叫んで転がり落ちたら、多分、悲鳴でハーレイが気付く。
 運良く、ハーレイが直ぐに対処が出来る状態だったら、落下は其処で止まりそう。
 防御力ではタイプ・ブルーのそれに匹敵する、ハーレイのサイオンに包まれて。
 タイプ・グリーンの淡い光が、落ちてゆくのを受け止めてくれて。
(…そしたら、怪我はしなくて済んで…)
 ハーレイは「心臓が止まるかと思ったぞ」と叱りはしても、優しい笑顔で許してくれる。
 「お前が怪我をしなくて良かった」と、「怪我しちまったら、大変だしな?」と。
(…だけど、そうそう上手く行くわけないもんね…)
 悲鳴が聞こえる場所にハーレイがいなかった時は、下まで落ちてゆくしかない。
 足首が「グキッ」と変な音を立てて、変な方へと捻じ曲がって。
 たとえ骨折はしなくて済んでも、捻挫してしまって、見る間に腫れ上がってしまう足首。
(ぼくは思念波、紡げないから…)
 ただ「助けて!」と叫ぶしか無くて、それを聞き付けてハーレイが慌てて走って来る。
 「どうしたんだ?」と、やりかけのことを放り出して。
 コーヒーを淹れている途中だろうが、キッチンで料理の最中だろうが。
(…お風呂からでも、走って来そう…)
 お湯の雫を撒き散らしながら、と想像してみて可笑しくなった。
 「きっとそうだよ」と、「服だって、着ていないかもね?」と。


 悲鳴が聞こえて駆け付けるのなら、ハーレイは「ブルー」が最優先になるだろう。
 コーヒーも、作りかけの料理も、ハーレイを引き留めることは出来ない。
(コンロの火は、消してくるんだろうけど…)
 フライパンなどはコンロに乗っかったままで、料理は余熱で焦げてしまいそう。
 普段の冷静なハーレイだったら、コンロから下ろして冷ます工夫をして来るだろうに。
 そしてバスルームにいたハーレイなら、服やパジャマを着込む代わりに…。
(パンツだけとか、パンツも履かずにタオルを腰に巻いただけとか…)
 そのタオルだって無いのかもね、とクスクス笑いが込み上げて来る。
 二人一緒に暮らしているなら、真っ裸のハーレイが駆けて来たって不思議ではない。
 裸なんかお互い見慣れたものだし、今は「ブルー」を最優先すべきなのだから。
(そういうハーレイが、大慌てで走って来てくれて…)
 「捻ったのか?」と足を調べて、「病院に行こう」と言うのだろう。
 「車を出すから直ぐに行こう」と、もしかしたら、真っ裸のままで。
 自分のことなどすっかり忘れて、「ブルー」で頭が一杯になって。
(…「ハーレイ、パンツを履かなくっちゃ」って…)
 ついでに「服もきちんと着なきゃ」と、痛む足首を抱えて笑う「自分」が見える。
 とても素敵な未来の光景、怪我をしたなら、それをこの目で見られそう。
(…怪我しちゃったら、痛いけれども…)
 最高に楽しいものが見られて、病院の後は、ハーレイが大事に面倒を見てくれる筈。
 足が治るまで、いつも以上に気を配り、あれこれと世話をしてくれて。
 仕事も休みかねないくらいに、「ブルー」を優先してくれて。
 素敵な暮らしが待っていそうだから、注意は今だけにしておこうか。
 怪我をしたら困ってしまうのだけれど、未来の自分は、どうやら違うようだから…。



          怪我しちゃったら・了


※ハーレイ先生に会えなくなるから、怪我はしちゃ駄目、と思ったブルー君ですが…。
 結婚していた場合は、全く違ったことになりそう。怪我してみるのも、素敵なのかもv








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(…今日は、寄り損なっちまったなあ…)
 仕方ないんだが、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日はブルーの家に寄れる、と何時間か前までは考えていた。
 柔道部の部活が終わった後に、シャワーを浴びて、着替えをして、と普段通りに。
 ところが、狂ってしまった予定。
(こればっかりは、本当に仕方ないんだよなあ…)
 あいつにも悪気は無かったんだ、と部員の一人を思い出す。
 きちんと準備運動をして、それから練習を始めた彼。
 稽古の最中、捻挫をしたのは、彼にとっても災難以外の何物でもない。
 なんと言っても、当分の間、部活は禁止で、体育も同じ。
(自転車に乗るのも、暫くは駄目らしいしなあ…)
 登下校にも難儀するだろう、と彼の境遇を気の毒だと思う。
 ほんの一瞬、油断したのか、判断ミスをやらかしたのか、それが捻挫を連れて来た。
 ハーレイが「あっ」と息を飲んだ時には、彼は床の上に転がっていた。
 練習相手も顔色を変えて、「先生!」と悲鳴のように叫んだ。
 「先生、僕が悪かったんです」と練習相手は謝ったけれど、彼に非は無い。
 何の落ち度も無かったことは、練習を見ていたハーレイだからこそ、よく分かる。
(あいつがかけた技は正しくて、かけられた方も…)
 正しく対応したのだけれども、何処かで何かが間違っていた。
 ほんの僅かな気の緩みだとか、あるいは身体が少し違った動きをしたか。
(俺がマズイ、と思った時には、もう、ああなるのが…)
 見えていたよな、というのは「今だからこそ」言えること。
 彼が体勢を崩した瞬間、咄嗟に動いて支えるとかは、いくらハーレイでも出来ない。
 サイオンを使えば可能とはいえ、そういったサイオンの使い方は…。
(あいつのためには、ならないんだよな)
 ついでに社会のマナーに反する、と律儀に考え、可笑しくなった。
 「慣れないヤツなら、助けちまうかもな」と。
 柔道の指導を始めたばかりの、まだ新米の教師だったら、やるかもしれない。
 彼自身も経験が浅いものだから、何が後輩のためになるのか、冷静に判断出来なくて。


 人間が全てミュウになっている今の時代は、サイオンは「使わない」のがマナー。
 部活で怪我をしそうになっても、軽い怪我で済むなら「助けはしない」。
(その辺の判断をどうするか、ってうのもだな…)
 指導する教師の腕の見せ所で、今日の場合は「放っておく」方。
 怪我をした生徒は可哀相だけれど、今の内に懲りておく方がいい。
(怪我ってヤツを経験したら、だ…)
 次から彼は気を付けるのだし、怪我をしないよう、技を磨くのにも熱心になる。
 結果的に向上するわけだから、数日間のブランクなどは…。
(ご愛敬っていうヤツなんだ)
 また練習に復帰した時は、これまで以上に頑張ればいい。
 そう、怪我をした彼は、それで充分なのだけれども…。
(…ブルーは、ガッカリしたんだろうなあ…)
 俺が家に行かなかったから、とチビの恋人に心の中で謝る。
 「すまん」と、「仕方なかったんだ」と。
 家で待っているブルーよりかは、怪我をした生徒を優先するのが当たり前。
 車に乗せて、まず、病院へ。
 診察と治療が終わった後には、彼の家まで送り届けてやらなければ。
(なんたって、捻挫で歩き辛くて…)
 医者も「安静に」と言った以上は、家に送ってゆかねばならない。
 「一人で家まで帰れるな?」などと、バスに乗せたりしてはいけない。
(それが教師の役目ってモンで…)
 ブルーの家には、また明日にでも、と分かってはいても、ブルーの顔が目に浮かぶ。
 残念そうに溜息をついて、ベッドにチョコンと座っていそうな恋人が。
(生徒が怪我をしちまったんだ、と教えてやったら…)
 きっとブルーも「仕方ないよね」と、素直に納得するだろう。
 「怪我をした子は、大丈夫なの?」と、心配だってしてくれる筈。
 けれど生憎、そのことをブルーに伝えられてはいないから…。
(……膨れっ面って所かもなあ……)
 教師仲間と飯を食いに行ったと勘違いして…、と少し悔しい。
 濡れ衣な上に、ブルーの方も、後で事実を聞かされた時に恥ずかしくなることだろう。
 「ぼく、勘違いして膨れちゃってた」と、怪我をした生徒に申し訳ない気持ちになって。


 とはいえ、それも仕方ないこと。
 思念波を使わないのも社会のマナーで、ブルーに事実は伝えられない。
 明日か、それとも明後日になるか、会える時まで、何があったかは伝わらない。
(…膨れていなきゃいいんだが…)
 ガッカリ程度でいてくれよ、と思ったはずみに、フイと頭を掠めたこと。
 「怪我をするのは、生徒だけとは限らないぞ?」という考え。
(…うん、俺だって人間なんだしな?)
 頑丈とはいえ、怪我をしないというわけじゃない、と気が付いた。
 幸い、今日まで、大きな怪我はしていない。
 今では柔道も達人の域だし、これから先も、恐らく怪我はしないだろう。
(しかしだな…)
 怪我をするのは柔道に限ったことではなくて、部活だけにも限りはしない。
 日常生活から仕事の中まで、危険は何処にでも潜んでいる。
(学校行事で、遠足なんかに行った先で、だ…)
 生徒を庇って怪我をする教師は、実際、多い。
 日常の方も、家の手入れで屋根などに登っている時、ウッカリ足を滑らせたなら…。
(下まで落ちて、大怪我ってことは、まず無いだろうが…)
 サイオンで自分を助けるだろうし、そこまでの怪我はしないと思う。
 ただし、あくまで「そこまでの怪我」で、足を滑らせて落ちてゆく時に…。
(足を捻って、捻挫ってことは…)
 有り得るよな、とマグカップの縁を指で弾いた。
 きっと転がり落ちる時には、頭の中は「落ちたらマズイ」で一杯になっているだろう。
 落下を止めることが大事で、それしか考えていない筈。
(つまり、手足の方はお留守で…)
 落ちないためにと、無理な動きをしても全く不思議ではない。
 その結果として、「落ちて大怪我」は免れたものの、捻挫くらいはするかもしれない。
 「やれやれ、なんとか助かった」とホッとした途端、足首にズキンと痛みが走る。
 何処で捻ったか、引っ掛けたのか、心当たりさえ無い不幸な怪我。
 ズキンズキンと足が痛んで、立ち上がるのにも一苦労。
 「こりゃ、病院だな」と足を引き摺り、愛車のエンジンをかける代わりに…。
(タクシーを呼ぶしかなさそうだよな…)
 「捻挫じゃ運転出来やしないし、タクシーを呼んで病院行きだ」という結末。


 もしも、そういう怪我をしたなら、ブルーとのことは、どうなるだろう。
 「すまん」と詫びて、平謝りになるのは間違いない。
 捻挫が治って車に乗れるようになるまで、ブルーの家には、そうそう行けない。
 休日くらいは、なんとかバス停まで行って…。
(バスに乗ったら、行けるんだがな…)
 それまでの間の平日は無理か、と思うと、溜息しか出ない。
 ブルーは膨れっ面になりはしないで、心配をしてくれるとは思う。
 「痛いんでしょ?」と、泣きそうな顔もするかもしれない。
 なのに、そういうブルーに「会えない」。
 休日はともかく、仕事のある日は、愛車で会いには行けないせいで。
(参ったな…)
 怪我しちまったら大変だぞ、と考えただけで冷汗が出そう。
 「気を付けないと」と、「今日の生徒に注意はしたが、俺もだよな」と。
 ブルーに会えなくなるのは困るし、悲しそうな顔もさせたくはない。
 つまり、「会えなくなる」のが嫌なら、怪我をしないよう、日頃から気を付けるしかない。
(そうは言っても、遠足とかで、だ…)
 生徒が怪我をしそうになったら、飛び出して行くことだろう。
 山道で足を滑らせた生徒を、飛び込んで抱えて、一緒に転がり落ちるとか。
(その時だって、止まることしか考えていないモンだから…)
 やっぱり足を捻るかもな、と溜息をついて、ハタと気付いた。
 「今ならマズイが、もっと先なら、そうじゃないぞ」と。
(…そうだ、今だと、ブルーに会えなくなっちまうんだが…)
 結婚した後なら、何も問題無いじゃないか、とポンと手を打つ。
 捻挫で足を引き摺っていても、ブルーがいるのが「同じ家」なら、いつでも会える。
(大丈夫なの、って…)
 心配する顔も、毎日見られることだろう。
 捻挫した足に湿布を貼るのも、ブルーがやってくれそうな感じ。
 「ホントに痛そう…」と湿布を貼り替え、色々と世話もしてくれそう。
 捻挫したのでは、出来ないことも出て来るだろう。
 そういったことをブルーが代わりにやってくれたり、手伝ったり、という毎日。
 今、怪我をしたら困るけれども、未来の場合は、どうやらそうではないらしい。


(ふむふむ…)
 未来の俺が怪我しちまったら…、と想像の翼を羽ばたかせてみることにした。
 ブルーとの日々はどうなるだろう、と二人で暮らす家での暮らしを思い描いてゆく方向へ。
(…最初は、俺が怪我したトコから始まるんだよな?)
 怪我は捻挫でいいだろう、と設定した。
 学校から遠足に出掛けた先で、生徒と一緒に山の斜面を転がり落ちての捻挫に決める。
 「生徒を庇って」というのがポイント、「自分の不注意」ではない所がいい。
 ブルーは「怪我をした」と知るなり、真っ青になることだろう。
 一番最初は、「あれ、車は?」と首を傾げる場面から始まりそうだけれども。
(車で出勤したんだろうが、捻挫した足じゃ運転出来んしなあ…)
 愛車は学校の駐車場に残して、タクシーか同僚の車で帰宅。
 見慣れた車が帰って来るのを待っていたブルーには、晴天の霹靂で、その上に…。
(…足を引き摺った俺が登場なんだ)
 恐らくブルーはビックリ仰天、悲鳴を上げるかもしれない。
 「ハーレイ、その足、どうしちゃったの!?」と、玄関先で。
(捻挫しちまった、と事情を説明してやったら…)
 ブルーは「生徒は怪我はしてないの?」と確かめ、怪我は無いと聞いて安心してから…。
(俺の心配をしてくれるんだ)
 まるで背丈が違うというのに、杖になろうとしてくれるだろうか。
 「歩きにくいでしょ」と、「ぼくに掴まって」と、並んで肩を差し出して。
(でもって、座れる所まで…)
 移動させた後は、コーヒーを淹れようとするかもしれない。
 「コーヒーでも飲んで、ゆっくり休んで」と、「御飯も、ぼくが作るから」と申し出て。
(どっちも、あいつに上手く出来るとは思えんが…)
 不味いコーヒーでも、焦げた料理でも、喜んで御馳走になることにする。
 こんなことでもなかったならば、けして味わえないだろうから。
(あいつはコーヒー、苦手なんだし、料理も俺が得意なんだし…)
 普段のブルーは、「作って貰う」方に決まっている。
 ついでに掃除や洗濯にしても、ブルーがするのは最低限で…。
(大部分は、俺が仕事に出掛ける前に…)
 張り切って片付けてゆきそうだから、それも「怪我をした」場合はブルーが請け負う。
 一度もやったことなどは無い、バスルームの掃除も「どうやればいいの?」と尋ねながら。


(怪我しちまったら、そうなるんだな?)
 うんと新鮮なブルーってヤツを見られるぞ、とハーレイは頬を緩ませた。
 掃除や洗濯、料理といった家事を頑張る、健気なブルー。
 捻挫した足の湿布を貼り替え、「痛そう…」と心配もしてくれる。
 それも素敵だ、と思うものだから、結婚したら、注意は「ほどほど」にしておこうか。
 怪我をしたら痛くて不自由だけれど、オマケがついて来そうだから。
 ブルーがせっせと世話してくれて、「掴まってね」と、肩まで貸してくれそうだから…。



           怪我しちまったら・了



※ブルー君と一緒に暮らし始めた後、怪我をしたらどうなるか、と考えてみたハーレイ先生。
 困る部分もありますけれど、なかなかに美味しそうな生活。怪我をするのも一興かもv









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(今日はハーレイ、来てくれなかったけれど…)
 お菓子があったから許しちゃおう、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 毎日でも会っていたいけれども、今日は生憎、運が悪かったらしい。
 仕事帰りに家まで来てくれなかったばかりか、学校でも会えずに終わった一日。
 普段だったら、もう今頃は「どうして?」と膨れていたことだろう。
 「酷いよ」と「どうして会えなかったの?」と、神様に文句を言いたいほどに。
(でも、今日は…)
 ちょっぴり特別だったんだよ、と笑みまで零れてしまう。
 今日のおやつは、とても素敵なものだったから。
 母の友達が送って来てくれた、箱一杯のお菓子の詰め合わせ。
(学校から帰ったら、ママが「このお菓子、どれでも食べていいわよ」って…)
 テーブルの上に、お菓子の入った箱を笑顔で置いてくれた。
 「ちっとも遠慮しなくていいから、好きなのをどうぞ」と、紅茶を添えて。
(お腹一杯になっちゃダメよ、って注意されたけど…)
 夕食をきちんと食べられるのなら、幾つ食べても構わない、とお許しも出た。
 「ハーレイ先生がいらっしゃった時のためにも、お腹を空けておきなさいよ」という注意も。
(でも、ハーレイは来なかったから…)
 もうハーレイは来ない時間、と確信した後、またダイニングに出掛けて行った。
 階段を下りて、「ママ、あのお菓子、貰ってもいい?」と、おねだりをしに。
 ハーレイが来ないなら、ハーレイとのお茶の時間は無くなる。
 其処で出される筈だった菓子も、当然、部屋に運ばれては来ない。
(だから、その分、多めに食べても…)
 夕食の量に響きはしないし、胸を弾ませて、キッチンにいた母に尋ねた。
 「ねえ、お菓子、もう一個、食べていいでしょ?」と。
 「一個だけ食べて、それで終わりにしておくから」と。
 母は「いいわよ」と許してくれた。
 「ハーレイ先生と食べるおやつが無くなったんだし、一個だけね」と。


 お許しが出たから、早速、棚に置いてあった箱をダイニングに運んで行った。
 大きなテーブルに箱を下ろすと、自分の椅子に腰掛ける。
 ワクワクしながら蓋を開けたら、ズラリと並んだお菓子たち。
(ぼくがおやつに食べた分だけ…)
 減っていたけれど、他のお菓子は揃っていた。
 母は食べてはいないらしくて、けれど「どれでも食べていいのよ」と聞こえて来た声。
 キッチンの方から、「ママはどれでも構わないから」と。
 残っているのがどれになっても、残念に思いはしないから、と。
(ふふっ…)
 全部、ぼくのになっちゃったみたい、と嬉しくなった。
 本当は母が貰ったものでも、優先権は自分にある。
 おやつの時間にそうだったように、夕食前に食べる「もう一個だけ」も。
(どれにしようかな…?)
 どのお菓子も美味しそうなんだよね、と箱の中身を眺め回した。
 幾つもの区画に区切られた箱の、四角い小さなスペースたち。
 其処に行儀良く収まったお菓子は、同じ種類のものが一つも無い。
 上に載っているドライフルーツやナッツが違うとか、種類からして別物だとか。
(うんと小さなブラウニーに、マカロンに…)
 他にも色々、と添えられた栞を広げて、箱のお菓子と照らし合わせる。
 「おやつの時間に食べたのがコレとコレとコレで、コレも美味しそうで…」と迷いながら。
 おやつの時にも悩んだけれども、今度の一個も悩ましい。
 明日、学校から帰るまでには、母もお菓子を食べるだろう。
 父もデザートに食べるだろうし、明日は間違いなく選べるお菓子が減っている。
 今なら全部「ブルーのもの」で、選択権を持っているのに。
 どれを食べても構わない上、おやつの時にも、その権利を行使出来たのに。
(…あと一個だけ…)
 明日には、どれかが無くなっちゃっているんだし…、と悩んだ末に、一個、選んだ。
 ピスタチオのクリームがサンドされている、可愛らしいのを。
 生地もピスタチオが練りこまれていて、綺麗な緑。
(ハーレイの車は緑色だし…)
 もっと濃いけど、というのが決め手。
 「ハーレイの車が来なかったんだし、その代わりだよ」と。


 今のハーレイの愛車は、濃い緑色。
 キャプテン・ハーレイのマントを思わせる色は、ブルーもとても気に入っている。
 残念なことに、乗せて貰ったことは殆ど無いけれど。
 ドライブに連れて行って貰える日だって、まだまだ先のことなのだけれど。
(…でも、緑色は…)
 特別だよね、と選んだお菓子は、ピスタチオの風味が口一杯に広がる素晴らしいもの。
 大満足で食べて部屋に帰って、それでも舌の上には、まだピスタチオの味わいがあった。
 「美味しかった」と頬が緩んでしまって、明日にも期待してしまう。
 「学校から帰ったら、どれが残っているのかな?」と。
 どのお菓子も美味しいに決まっているから、今度はどれを食べようか、と。
(ママたちが食べてしまっていなかったなら…)
 あれも良さそうだし、あれだって…、と食べたいお菓子の種類は沢山。
 箱の上にメモを置きたいほどに。
 「ぼく用に、これを残しておいてくれない?」と、お菓子の名前を並べて書いて。
(だけど、それだと欲張りすぎで…)
 きっと両親に笑われるから、此処は我慢をしておくしかない。
 自分の運と神様を信じて、「明日まで残っていますように」とお祈りをして。
(お菓子、欲しいのが残っていますように…)
 ママとパパが食べちゃっていませんように、と神様に我儘なお祈りをした。
 「お願いします」と、「ホントに美味しそうだったから」と。
 それからハタと気付いたのだけれど、そもそも、ハーレイが来ていたのなら…。
(おやつの後に、一個、余計に貰った分は…)
 自分の胃袋に入る代わりに、両親の前に顔を出していた筈。
 「如何ですか?」と、ピスタチオの鮮やかな緑色を纏って。
 「美味しいですよ」と、「私を選んでみませんか?」と。
(…お菓子の妖精がいるんなら…)
 言いそうだよね、と箱の中身たちを思い出す。
 どのお菓子にも、それぞれ住んでいそうな妖精。
 「自分が一番、素敵で美味しい」と、器量自慢な妖精たち。
 誰が最初に選ばれるのか、食べて貰えるのかと、箱が開けられる度に大騒ぎ。
 「私が一番美味しいですよ」と、「ほら、見た目だって素敵でしょう?」と。
 どうか私を選んで下さい、とピスタチオのお菓子の妖精だって主張するのに違いない。


(ぼくがピスタチオのを選んだのも…)
 そのせいかもね、という気がして来た。
 ハーレイの車の色だから、と選んだけれども、それも妖精の仕業かもしれない。
 「ねえ、綺麗な緑色でしょう?」と、箱の中から囁いた妖精。
 「恋人さんの車の色と色と同じで、マントの色も緑だったんですよね?」と。
 そう囁かれたら、選ぶ気になる。
 緑色を纏ったピスタチオのお菓子を。
 妖精に「如何ですか?」と誘われるままに、「これにしよう」と箱から取り出して。
(とっても美味しかったんだけど…)
 妖精の方も、鼻高々だったことだろう。
 箱に残された他のお菓子たちに、「ほらね、私が一番でしょう?」と。
 「おやつの時間に選ばれた仲間たちには、ちょっぴり敵いませんけどね」とも。
(…やられちゃったかな?)
 でもいいや、と満足出来る味わいだった、あのお菓子。
 ハーレイが来てしまっていたなら、両親が食べてしまっていたかも。
(そしたら、ぼくは食べられなくって…)
 あの味には出会えなかったから、とハーレイを許す気持ちが更に膨らむ。
 「来てくれなくって、ありがとう」と、「一個、余計に食べられたもの」と。
(今日は許してしまえちゃうよね、ハーレイが来てくれなかったこと)
 お菓子が美味しかったから、と思ったはずみに掠めた考え。
 「あれ?」と。
 「もしも、将来、こういうことがあったら、どうするの?」と。
(…今は、ハーレイと一緒に暮らしていないから…)
 二人で何かを分け合うという場面は無い。
 母が運んで来るお菓子や食事は、いつもきちんと二人分ある。
 食事の場合は、身体が大きいハーレイの分が多めに盛られていることも多い。
 だから「分け合って食べる」必要は無いし、した経験も無いのだけれど…。
(ぼくが育って、ハーレイと結婚した後だったら…)
 そういうことも起きそうだよね、と顎に手を当てた。
 今日、母の友達がお菓子を送って寄越したみたいに、ハーレイ宛に届くプレゼント。
 なにしろ友人が多いのだから、珍しいことでもないだろう。
 「美味しいですから、是非どうぞ」と、お菓子などの箱が家に届くことは。


 ハーレイの家に送られて来た、食べ物が入った贈り物の箱。
 それをハーレイと一緒に開けたら、中身が今日のお菓子みたいになっているかもしれない。
 様々な種類が入った詰め合わせセット、重なるものは一つも無い。
 お菓子にしても、他の食べ物だったとしても。
(そんな箱が、家に届いちゃったら…)
 どう考えても、分けて食べるしかないだろう。
 ハーレイが自分の分を選んで、「ブルー」も同じに選んで食べる。
 けれども、選ぶ時が問題。
(ぼくとハーレイが、分けて食べるんなら…)
 届いたのが今日のお菓子だったら、どうやって分ければいいのだろう。
 困ったことに、二人とも無いのが「好き嫌い」。
 苦手な食材があるというなら、分ける時、少し助かるのに。
 「俺はピスタチオは好きじゃなくてな」と、ハーレイが選択肢から緑のお菓子を外すとか。
(…ぼくはバタークリームが好きじゃないとか…)
 そういうことなら、バタークリームを使ったお菓子は、ハーレイに譲ることになる。
 他にもシナモンやらレーズンやらと、好き嫌いの分かれる食材は幾つも。
 なのに、二人とも、好き嫌いが無い。
 ついでに言うなら、「ブルー」は苦手なコーヒーでさえも…。
(お菓子になってるとか、コーヒー牛乳とかになったら、ぼくはちっとも…)
 気にならなくて、美味しく味わってしまう。
 同じコーヒーとは思えないほど、「コーヒー味」や風味は別物。
(これはハーレイにあげるからね、って言えちゃうお菓子が…)
 一つも無いよ、とブルーは頭を抱えてしまうしかない。
 ハーレイの方も事情は変わらないのだと知っているから、余計に困る。
(お前が先に選んでいいぞ、って、ハーレイ、きっと言うんだよ…)
 前のハーレイの頃からそうだったもの、と遥かな時の彼方を思う。
 厨房時代のハーレイがくれた、試作品だったお菓子や料理。
 美味しく出来上がった自信作たちを、ハーレイは惜しげもなくくれた。
 失敗作を寄越したことなど、ただの一度も無かったハーレイ。
 くれたのは、自信作ばかり。
 「美味いんだぞ」と、「好きなだけ食っていいからな」と。


(ハーレイは昔から、そういうタイプで…)
 今だって、きっと全く同じ。
 色々なお菓子を詰め合わせた箱を貰った時には、「先に選べよ」と言うのだろう。
 「俺は残ったヤツでいいから」と、「なんせ、好き嫌いが無いんだからな」と。
 それはとっても嬉しいけれども、「じゃあ、お先に!」なんて言えるだろうか。
 ハーレイにも、食べて欲しいのに。
 自分の好きなものを選んで、「美味いな」と微笑んで欲しいのに。
(だけど、ハーレイ、絶対、ぼくに先に選べって言いそうだから…)
 ハーレイに先に選んで貰うためにはどうすればいいの、と頭が痛い。
 「分けて食べるんなら、そうしたいのに」と。
 公平に分けることが出来ない品なら、優先権をハーレイに渡したいのに。
(……うーん……)
 困っちゃった、と思うけれども、答えが出ない。
 お互い、相手が一番だから。
 何かを分けて食べるのだったら、相手の喜ぶ顔を見たいと思うのだから…。



         分けて食べるんなら・了


※ハーレイ先生が来なかったお蔭で、多めにお菓子を食べられて大満足なブルー君。
 けれど二人で暮らすようになったら、分け合う場面が出て来る筈。お互い、譲り合いかもv









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(ふむ、なかなかに…)
 美味しそうだぞ、とハーレイは皿の上に載った菓子を眺めた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それも菓子の皿の横にある。
 これが無ければ、寛ぎの時間は始まらないと言ってもいい。
(何処で飲もうかと、少し迷ったが…)
 菓子があるからリビングで、とか、ダイニングで、とかも考えた。
 コーヒーを淹れる間も悩んで、結局、来たのは気に入りの書斎。
 専用の紙箱から出して来た菓子を、菓子皿に載せて「あそこで食うか」と。
(期間限定だと書いてあったが…)
 菓子を買った場所は、帰りに寄った馴染みの食料品店だった。
 特設コーナーが設けられていて、並んでいたのはシュークリームたち。
(味が色々、ってわけじゃなくてだ…)
 ごくごく普通のカスタード入りで、それがケースの中に沢山。
 見れば地元の店ではなくて、酪農で有名な地方から来た店らしい。
 その地方では、名前を知られた人気の店。
 旅行で出掛けた観光客たちも、買いに行ったりするのだという。
(一週間は出店してると言うから…)
 ブルーへの手土産にいいだろう、と思ったけれども、自分が食べたい気持ちもあった。
 ズラリと並んだシュークリームを目にした途端に、胃袋を掴まれてしまったらしい。
(…シュークリームの精ってヤツに捕まったかもな?)
 買って下さい、食べて下さい、と服の袖を掴んで離さない、シュークリームに宿る妖精。
 「美味しいですよ」と、「今日のところは味見に一個、如何ですか?」と。
 愛らしい声が耳に届いたのか、ついつい、一個、買ってしまった。
 「今晩、食って、試食ってことで」と、店員に「一個下さい」と指差して。
 ブルーの家に持って行く時には、一個ではなくて、二個に増えるだろうけれど。
(…そいつは明日に取っておいて、と…)
 今日は一個で、自分用。
 「試食」というのは、言い訳と言えるかもしれない。
 自分が食べたくて買った以上は、純粋な「試食」とは言い難いから。


 たまには、そういう日だってあるさ、とハーレイはシュークリームをつついた。
 添えて来たフォークで、チョン、と悪戯するかのように。
 自分の胃袋を捕まえた妖精、シュークリームの精に「お前さんのせいだからな?」と。
(俺だけ、一人で食ってるだなんて…)
 ブルーが知ったら、間違いなくプウッと膨れるだろう。
 「ハーレイ、一人で食べてるわけ?」と、「ぼくの分は?」と、フグみたいに。
(…こんな夜遅くに、シュークリームなんぞを喰っちまったら…)
 食の細いブルーはお腹が一杯になって、夢見も悪くなってしまいそう。
 それでも、きっとブルーなら…。
(狡い、酷い、と膨れっ面で…)
 後々まで言うに違いない。
 「どうして一人で食べていたの」と、「ぼくにも分けて欲しかったのに」と。
(ほんの一口くらいだったら、胃にもたれたりもしないしなあ…)
 とうに歯を磨いた後だったとしても、また磨いたら済むだけのこと。
 「ぼくの分は?」と、ブルーの声が聞こえるような気がしてくる。
 「分けてくれてもいいでしょ、ケチ!」と。
 此処の様子を覗き見ていて、「狡いんだから!」と詰る声が。
(…あいつには、見えやしないんだがなあ…)
 サイオンが不器用になっちまったし、と分かってはいても、少し後ろめたい。
 明日には、ブルーの分も買って持って行くつもりでも。
 「分けて食べる」とか「一口」ではなく、丸ごと一個をプレゼントでも。
(あいつがまるで知らない間に、俺だけ食おうとしてるのがだな…)
 どうやら原因らしいよな、と自分でも苦笑するしかない。
 悪戯な妖精のせいなのだろうか、こういう気分になったのも。
 シュークリームに宿る妖精、それをフォークでチョンとつついて、からかったから。
 「お前さんのせいだからな」と心で言ったばかりに、仕返しをされたかもしれない。
 妖精が持っている魔法の粉を、パラリと頭に振り掛けられて。
 「食べたかったのは、あなたですよね?」と、「私のせいじゃありませんよ」と。
 食べたいと思った欲張りな胃袋、それは「あなたの責任でしょう?」と機嫌を損ねた妖精。
 「充分、反省して下さいね」と、「恋人さんの分も買いに来てくれるまで」と。


(…妖精に、やられちまったってか?)
 そうだとしたなら、明日、二個買うまで、許して貰えないかもしれない。
 美味しく一人で食べるつもりが、ブルーで心が占められて。
 「狡いってば!」と、「ぼくの分は?」と、責める声が頭から離れなくなって。
(……参ったな……)
 どうすりゃいいんだ、とフォークを手にして、シュークリームをまじまじと見る。
 ブルーは此処にいないのだから、お裾分けなど出来るわけがない。
 シュークリームの妖精がなんと言おうが、ブルーに届けることは不可能。
(ほんの一口、って言われてもだ…)
 どうすることも出来ないんだが、とシュークリームを凝視する間に、浮かんだ考え。
 「分けて食べるなら、どうなるだろうな?」と。
 此処にブルーがいたとしたなら、一個だけのを、どう分けるか、と。
(…俺が一個しか買わずに帰って来るなんてことは…)
 ブルーと暮らし始めた後には、絶対に無い、と言い切れる。
 必ず「二つ」と注文するし、最後の一個しか店に無ければ、最後の一個はブルー用。
(あいつが喜びそうだから、と…)
 その一個を箱に入れて貰って、大切に持って帰るだろう。
 「特設コーナーで売ってたんだ」と、「期間限定で、今日までらしい」と。
(次の日も売られているんだったら、その日は買わずに帰って、だ…)
 ブルーには欠片も話しはしないで、翌日、急いで買いに出掛ける。
 「最後の一個」になってしまわないよう、早めに店に着けるように、と。
 ブルーが遠慮しないで済むよう、二つ買うのが一番だから。
(最後の一個だったんだ、って、あいつ用に買って帰っても…)
 きっとブルーは、何も考えずに一人で食べてしまいはしない。
 「ありがとう!」と嬉しそうな顔をしたって、箱の中身が一個だけだと知ったなら…。
(ハーレイの分は、って…)
 尋ねて、顔を曇らせるだろう。
 「一個だけしか、もう無かったの?」と。
(俺はいいから、お前が食べろ、と言ったって…)
 ブルーは、納得したりはしない。
 そういうところが「ブルー」だから。
 前のブルーだった頃からそうで、今も魂は全く同じに「ブルー」なのだから。


 「独り占めする」という考え方とは、まるで無縁な人間が「ブルー」。
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャーだった頃から変わりはしない。
 そう、ソルジャーになるよりも前に、既にブルーは「そう」だった。
 「自分さえ良ければそれでいい」とは、ブルーは決して考えはしない。
 たとえ、相手がシュークリームでも。
 たった一個のシュークリームでも、ブルーは独占したりはしない。
 「お前の分だ」と手渡されても、「でも…」と食べずにいるのだろう。
 「でも、ハーレイの分が無いよ」と、「ぼくだけ一人で食べるなんて」と。
 ブルーの悩みを解決するには、分けて食べるしかないだろう。
 取り分は減ってしまうけれども、二つに切って。
 どうせ食べれば形は崩れてしまうのだから、真っ二つに切っても味わいは同じ。
(皮も中身も、変わりゃしないし…)
 二つに切ったシュークリームでも、ブルーは満足に違いない。
 「美味しいね」と、フォークを手にして、頬張って。
 「ハーレイもそう思うでしょ?」と、「やっぱり食べてみなくっちゃ」と。
 一人で食べてもつまらないから、と微笑む姿が目に浮かぶよう。
 「こういうのは、分けて食べなくちゃね」と。
 そうなるだろうな、と思うけれども、その分け方はどうなるだろう。
 なにしろ相手はシュークリームで、パウンドケーキなどとは、かなり異なる。
 見た目も、それに構造も。
 半分ずつに切ろうとしたって、上手く半分に切れるかどうか。
(…現に、こうしてだな…)
 フォークで切ろうとすると、こうだ、と頑固な皮の抵抗に遭った。
 ふわふわの雲を思わせる形のくせに、シュークリームの皮は意外に手強い。
 綿菓子のように簡単に切れはしなくて、フォークでは、とても歯が立たない。
 いや、切ることは出来るけれども、切るというより「引き千切る」感じ。
 ギザギザになってしまう断面、綺麗に二つに切るなどは無理。
(でもって、中身もはみ出しちまって…)
 フォークや皿にくっついたりして、プリンのようにはいかないカスタードクリーム。
 プリンだったら、スプーンで掬えば潰れはしないし、くっつかないのに。
 当然、ナイフで切ってやったら、真っ二つにだって出来るのに。


 皮も中身も、ちょうど半分に分けて切るのが難しい相手。
 シュークリームというお菓子。
(よし、切るぞ、とナイフを手にして挑んでみたって…)
 パティシエの技術は持っていないし、真っ二つに切れはしないだろう。
 プロのパティシエが挑戦したって、果たして上手くいくのかどうか。
(…そういう菓子を、ブルーと分けて食べるなら…)
 大きさが不揃いになってしまうとか、中身が等分にならなかったとか。
 そうなる結果が見えているから、どうなるのかが気になるところ。
 ハーレイとしては、ブルーに多めに分けてやりたい。
 明らかに大きさが違っていたなら、大きい方をブルーに渡す。
 皿に乗っけて、「お前は、こっちだ」とフォークを添えて。
 「美味そうなんだし、沢山食えよ」と。
(しかしだな…)
 ブルーは、その皿を押し返しそう。
 「こんなに沢山、貰わなくっても」と、「ぼくはもう、大きくなったんだから」と。
 背を伸ばそうとしていた頃と違って、前のブルーと同じ背丈に育ったブルー。
 「沢山食べて、大きくなる必要、もう無いんだもの」と、ブルーが口にしそうな正論。
 「だから、大きい方はハーレイが食べて」と、「ぼくより身体が大きいものね」と。
(そう言われたって、俺はブルーに…)
 せっかくの菓子を多めに食べて欲しいと思うし、ブルーも同じ気持ちだろう。
 「ハーレイが買って来たんだから」とも、ブルーは言いそう。
 「家まで持って帰って来た分、運んだ御褒美、貰わなくっちゃ」と。
 ブルーは家で待っていただけ、シュークリームを多めに貰える理由など無い、と。
(こりゃ困ったぞ…)
 大きい方の押し付け合いになっちまうな、と可笑しくなる。
 「いっそ量るか」と、「秤で、グラム単位でな」と。
 皮も、中身のカスタードクリームも、重さだけなら半分ずつになるように。
 たとえ見た目がどうであろうと、皿の上にある量は同じであるように。
(…そうなるかもなあ…)
 あいつと分けて食べるなら、とシュークリームにフォークを入れた。
 「半分になんか切れやしないし」と、「崩れちまっても、きっちり半分ずつだな」と…。



          分けて食べるなら・了


※ブルー君へのお土産にする前に試食、とシュークリームを買ったハーレイ先生。
 いつか二人で半分ずつ、ということになったら、本当に秤で量って分けることになりそうv








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