(よし!)
いい天気だな、と大きく伸びをしたハーレイ。
カーテンを開け放った窓の向こうに昇った朝日。
目覚めて直ぐに窓も開けてみた、この時間なら夏でも涼しいから。
朝の心地よい風が入って来るから、胸一杯に朝の空気を吸い込もうと。
ベッドから起き出して、パジャマのままで。
顔も洗わない内から開け放った窓、誰が見ているわけでもないし、と。
夏休みだから、今日は部活の予定も無いから、ゆっくり過ごせる自由な日。
朝食を食べて暫く経ったら、ブルーの家へと出掛けてゆく日。
いい天気だから、もちろん歩いて。
気の向くままに道を選んで、庭木や生垣、花壇の花などを楽しみながら。
けれど、出掛けるにはまだ早い時間。
ただでも夏の夜明けは早いし、こんな時間に訪ねて行っても…。
(大迷惑な上に、ブルーは寝てるぞ)
夢の中だな、とクッと笑った。
早起きは得意だと言っていたくせに、夏の夜明けが何時なのかを知らなかったブルー。
「ハーレイと一緒に夜明けを見たい」と頼まれて凄い時間に訪ねた、先日。
まだ暗い内に家を出発して、ブルーと二人で眺めた朝日。
あの日よりかは遅いけれども、朝の光で蘇る思い出、地球の夜明けだと。
白いシャングリラでは無かった光景、夜明け自体が見られなかったと。
アルテメシアの雲海の中に隠れ住んでいた白い船。
浮上することは死を意味したから、船は朝日を浴びられなかった。
夜が明けても暗かった雲が白くなるだけ、昇る朝日は見られなかった。
だからブルーと二人で眺めた、ブルーの家で。
ブルーの部屋とは違う部屋の窓で、東に向かって開いた窓で。
夜空に残っていた星が一つ、二つと消えて行った後に明るさを帯びた東の空。
みるみる白さを増して行った空、朝日が射すなり色づいた世界。
あの光景には敵わないけれど、朝日は昇った後だけれども。
(…地球なんだなあ…)
それにシャングリラじゃ見ることもなかった景色なんだ、と窓の向こうをグルリと見渡す。
こんな風に照らし出された世界も、朝日も無縁だった船。
其処で暮らした前の生の自分、アルテメシアを落とした後には船の外へも出たけれど。
幾つもの星で、ノアでも地上に降りたけれども、生憎と朝日の記憶など無い。
感動を覚えたことすらも無い。
ブルーを失くしてしまったから。
世界の全ては色を失い、生きる意味さえ失くしたから。
ブルーと二人で目指した地球。
白いシャングリラで辿り着こうと夢に見た星、其処へ行く夢さえ、もう意味は無くて。
辿り着いたら全て終わると、自分の役目は其処で終わると、ただそれだけ。
ブルーに託されたキャプテンの務め、ジョミーを支えて地球へゆくこと。
それが終われば自由になれると、飛び去ったブルーを追っていいのだと思っていた地球。
ようやっと着いた地球は赤くて、青い星ではなかったけれど。
死に絶えた星で、命の影さえ無かったけれども、それすらも、もう…。
(…あいつの夢が砕けちまった、と思いはしたが…)
こんな星のためにブルーは逝ってしまったのか、と考えはしても、辛く悲しく思いはしても。
自分のためにはどうでも良かった、夢の星ではなくて終着点だったから。
青く美しい水の星の景色、それをブルーに見せたかっただけで、自分はどうでも良かったから。
そのせいだろうか、地球で夜明けは見ていない。
ユグドラシルに泊まったのだし、見ようと思えば見られただろうに。
汚染された大気と無残に朽ちた高層ビル群、其処から昇るものであっても地球の夜明けを。
朝の光が照らし出す地球を。
(…寝ちまってたかな…)
それとも何の興味も抱かず、カーテンを開けもしなかったのか。
朝日が見えそうな場所を探して歩くことさえしなかったのか。
おぼろげな記憶に残ってはいない、前の自分の生が終わった日の朝のことは。
地球の夜明けを見なかったことは確かだけれど。
(そいつが今では当たり前なのか…)
早起きをすれば夜明けが見られる、地球の夜明けが。
ユグドラシルまで出向かなくても、今の自分が暮らす家から。
窓のカーテンをサッと開ければ、朝日が昇る時間に東が見える窓から覗きさえすれば。
だからこそブルーと二人で見られた、地球の夜明けを。
前の自分が失くしてしまった愛おしいブルー、帰って来てくれた小さなブルーと。
いつかは二人でゆきたいと願った夢の星、地球。
其処へ二人で生まれ変わって、暗い内から夜明けを待って。
当たり前の光景になってしまった、地球の朝。
こんな風にパジャマ姿で見られる朝の風景、顔も洗わずに。
誰が見ているわけでもないし、と寝室の窓を開けて覗いて、胸一杯に朝の空気を吸い込んで。
(前の俺だったら…)
どうしただろうか、「地球の夜明けを見せてやろう」と言われたら。
ブルーは気持ちよく眠っているけれど、早起きをして一人で見てみないかと誘われたなら。
(あいつが眠っていたとしたって…)
見てみないかと誘いが来るなら、次の機会もあるのだろうし。
ブルーと二人で眺めるチャンスも来るのだろうし、と下見の気分で眺めただろう。
どんなものかと緊張しながら、「ブルーにも教えてやらなければ」と目を凝らして。
(顔を洗っていないなんぞは有り得んな)
きっと約束の時間よりも早く起きて身支度、顔を洗って髪もきちんと撫で付けて。
キャプテンの制服をカッチリ着込んで、背筋もピシッと伸ばしただろう。
地球の夜明けに敬意を表して、もしかしたら敬礼したかもしれない。
直立不動で見たかもしれない、昇って来る地球の太陽を。
ところが今の自分ときたら。
パジャマ姿で顔も洗わず、寝起きのままでカーテンを開けた。
この時間の風は心地良いからと窓も開け放った、何の敬意も表さずに。
いい天気だからと伸びをしただけで、誰が見ているわけでもないし、と隙だらけ。
前の自分が地球の夜明けに向き合ったならば、一分の隙も無かったろうに。
これが夜明けかと、ブルーに教えてやらなければと、真剣に見詰めていたのだろうに。
(…まったく、とんだ格好だよなあ…)
酷いもんだ、と見回した身体。
寝起きで皺が出来たパジャマに、スリッパさえ履いていない素足で。
顔を洗っていないのだから、きっと髪だってクシャクシャだろう。
好き勝手な方へと跳ねてしまって、寝癖までついて。
(昔は、朝日というのはだな…)
SD体制が始まるよりも、遥かな昔の時代の地球。
この辺りにあった小さな島国、日本では朝日は神聖なもの。
朝一番に昇る太陽に頭を下げたり、拝んだ人さえあったという。
普段はそこまでしなかったとしても、新しい年を迎える元日、その日の朝は。
初日の出と呼ばれた元日の朝日、それに敬意を表する行事は長く続いていたというから。
(…まったくもって酷いもんだよなあ…)
今の自分の、この格好。
地球がどれほど有難いものか、地球の夜明けが如何に貴重か、誰よりも知っている筈なのに。
遠い昔に白いシャングリラで辿り着いた死の星、それを目にした筈なのに。
地球の朝日に失礼すぎるな、と思うけれども、これが日常。
今日はたまたま気付いたけれども、「やっちまった」と苦笑したけれど、明日にはきっと。
(また忘れちまって、寝起きでパジャマだ)
二階の窓など誰も見ない、と寝癖がついたクシャクシャの髪で、皺の寄ったパジャマで。
顔も洗わずに「いい天気だな」と窓を開け放って、伸びをして。
胸一杯に朝の空気を吸い込んだ後は、「さてと…」と朝食の段取りだろう。
何を食べようか、トーストにするか田舎パンか、などと考えながら。
地球の朝日を気にも留めずに、有難いとも思いもせずに。
(こうなっちまった原因は、だな…)
窓の向こうが当たり前のように地球だからだな、と肩を竦めて朝日に詫びた。
前はともかく、今の自分が目にする窓の向こうは地球。
自分の家でも、ブルーの家でも、窓の向こうはいつでも地球。
これでは慣れて当たり前だし、前の生の記憶が戻る前から見ていたのだし…。
(夢の風景だが、こうも見慣れてしまうとなあ…)
申し訳ない、と朝日に詫びる。
前の自分が地球で見上げた筈の太陽、その太陽は今も同じだから。
同じ星だから、詫びておく。
有難さを忘れちまってすまんと、窓の向こうは当たり前に地球になっちまったから、と…。
窓の向こうは・了
※ハーレイ先生が朝一番に「いい天気だな」と眺める窓の外。当たり前の景色。
けれども、キャプテン・ハーレイだった頃なら貴重品。それが普通になった幸せv
(暑くなりそうなんだけど…)
そんな感じのお日様だけど、とブルーが眺める窓の外。
夏休みの朝、朝食を終えて、二階の自分の部屋の窓から。
茂った庭の木々や芝生を照らす太陽、真夏の朝の明るい日射し。
今の時間はさほど暑くはないけれど。
木陰にいたなら涼しい風だって抜けてゆくのだし、まだ充分に爽やかな朝。
もう少し経てば、そうも言ってはいられなくなってしまうけど。
暑くて駄目だと、涼しい場所へと、家に駆け込むだろうけれども。
生まれつき身体が弱いから。
丈夫でないから、夏の眩い日射しは苦手。
暑すぎる太陽も身体には毒で、出来るだけ日陰を選んでしまう。
夏の太陽は肌だけでなくて、身体ごと焼いてしまうから。
下手をしたなら暑くなりすぎて、身体を壊してしまうから。
夏は草木を育てる季節で、背丈も伸びそうな気だってするのに。
ぐんぐん伸びてゆく草や木のように、自分も大きくなれそうなのに。
前の自分と同じ背丈になれる日を目指して、ぐんぐんと。
夏の日射しを身体に浴びれば、健やかに伸びてゆけそうなのに。
けれども無理だと分かっているから、夏の日射しも暑さも身体に悪いから。
暑くなりそうな日は何かと苦手で、家に引っ込んでしまうのが自分。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子でハーレイとお茶を楽しむくらいで。
それも暑さが酷くない日の午前中だけ、涼しい風が吹く間だけ。
暑さが増したら「そろそろ中に入らんとな?」とハーレイが言うか、母がやって来るか。
「暑いから中に入りなさい」と、「お茶は運んであげるから」と。
そんな具合で、夏の暑さと仲がいいとはとても言えない。
夏が大好きな子供は多いし、夏休みと言えば子供にとっては天国なのに。
海で泳げて、プールで泳げて、太陽の下で駆け回れる季節。
草木もへばってしまう暑い盛りはアイスクリームを買って食べたり、水に飛び込んだり。
公園の噴水で水浴びしてしまう子供だって多い、涼しいからと。
服を着たまま噴水を浴びて、濡れた服のままで遊び回って。
「涼しいんだぜ!」と友達に教えられたけれど、自分には無理な服での水浴び。
服が自然に乾くよりも前に、きっと気分が悪くなる。
びっしょりと濡れた服を乾かしてくれる、真夏の暑い太陽のせいで。
燦々と照り付ける暑い日射しで、それでクラリとしてしまって。
生命力に溢れている夏、窓越しでも分かる命の輝き。
木々の緑は力強いし、芝生の緑も他の季節よりもずっと鮮やか。
日盛りの昼間は暑さのあまりに色褪せたようになってしまっても、夕方になれば元通り。
暑すぎる太陽が傾いてゆけば、シャンと力を取り戻す。
庭の木々も芝生も息を吹き返して、涼やかな風が吹いてゆく。
夕方の風が、夜の涼しさの先触れの風が。
(お日様が沈んでる間は涼しいんだけどな…)
星が瞬く夜は涼しい、窓を開けたら冷房が要らなくなるほどに。
夏の夜空に輝く星たち、その煌めきから冷たい夜露が降り注ぐのかと思うくらいに。
暑い太陽とはまるで違って清かな光の月や星たち、夜風も肌に心地良い。
痛いほどの日射しが照り付け、身体ごと焼かれる昼と違って。
眩しすぎる太陽が支配している昼間と違って。
今日も朝から太陽の光は元気一杯、空には雲の欠片も見えない。
急に湧き上がる入道雲くらいしか期待出来ない、あの太陽を遮るものは。
ザッと夕立を降らせる雲でも湧かない限りは、暑くなる一方としか思えない昼間。
夕方になって陽が陰るまで。
元気すぎる真夏の暑い太陽が、西の空へと落ちてゆくまで。
太陽が沈めば涼しい夜が来るけれど。
身体に優しい夜になるけれど、それまではきっと暑そうな今日。
そんな暑さを物ともしないで、ハーレイは歩いて来るだろうけれど。
前の生から愛した恋人、褐色の肌の夏の太陽が似合う恋人。
(…ハーレイは暑いの、平気だもんね…)
柔道と水泳が得意なハーレイ、水泳をやるなら夏が一番。
部活で学校へ行って来た日はプールでひと泳ぎして来るという。
自分は長くは入れないプール、そこで泳いで、それから歩いてこの家まで。
なんとも元気すぎる恋人、夏の太陽と同じに元気な恋人。
あんな風に暑さに馴染めたならと、仲良く出来たらと思うけれども、出来ない相談。
弱すぎる身体に夏は酷な季節、夜くらいしか仲良くなれそうもない季節。
庭で一番大きな木の下、それが作ってくれる日陰も長く続きはしないから。
日陰にいたって風が暑くなって、家に入るしかなくなるから。
(あのお日様のせいなんだけど…)
朝だというのに他の季節よりも高く昇っている太陽。
其処から照り付ける眩しすぎる日射し、それがどんどん強くなる。
昼間に向かって、日盛りに向かって、暑さは増してゆく一方で。
雲が隠してくれない限りは、うだるような日になるのだろう。今日だって、きっと。
凶悪とまでは言わないけれども、暴力的に暑い太陽のせいで。
一年で一番元気な季節の太陽のせいで。
もう少し和らいでくれないだろうかと、せめて陰ってくれないだろうかと見上げた太陽。
朝だというのに他の季節より高く昇っている太陽。
あれのせいだと、あのせいで夏は暑いんだからと眩しい光を睨んだ途端。
目を細めつつもキッと睨んでやった途端に気が付いた。
(…本物の太陽…)
あれが本物、と前の自分が心の何処かで飛び跳ねた。
ずっと焦がれていた星なのだと、あの星を夢見て自分は生きたと。
フィシスの記憶で見ていた地球。
機械が与えた映像だけれど、それは充分、知っていたけれど。
本物なのだと信じた映像、地球へ行くにはこういう風に旅をしてゆくのだと。
銀河の海に浮かぶ母なる地球。青い水の星。
其処への標がソル太陽系を照らす太陽、人間を生み出した地球の恒星。
遠い昔には太陽は一つだけしか無かった、地球を照らしていた太陽しか。
それ以外の星は全部恒星、太陽と呼ぶ者はいなかった。
人が宇宙へと船出するまで、幾つもの星に根を下ろすまで。
漆黒の宇宙に散らばる星たち、その中のたった一つの太陽。
青い地球を連れて宇宙に浮かんだ、ソル太陽系の真ん中の星。
それを幾度も夢に見ていた、其処へ向かって旅立ちたいと。
青い地球まで辿り着こうと、本物の太陽を目指して飛ぼうと。
けれど、叶わなかった夢。
前の自分が命尽きた星に、赤いナスカに太陽は二つ。
青い地球では有り得ない光景、本物の太陽は一つだけしか無いのだから。
長く潜んだ雲海の星の太陽は一つだったけれども、地球とは違ったアルテメシア。
輝いていた太陽はクリサリス星系の星で、本物の太陽などではなかった。
ジョミーを救って力尽きた自分が深い眠りに就いていた間、仲間たちは地球を探したけれど。
白いシャングリラで宇宙を旅したけれども、ソル太陽系は見付からなくて。
そして自分は命を落とした、赤いナスカで。
二つの太陽が存在していた、地球が見えもしないジルベスター星系の片隅で。
それを思えば、なんという幸せなのだろう。
本物の太陽が輝く地球に自分は生まれた。
ハーレイと二人、生まれ変わって青い地球まで辿り着けた。
前の自分が焦がれ続けて、行けずに終わってしまった地球へ。
あの星を標に旅をしようと夢を見続けた、本物の太陽が輝く地球へ。
(…太陽がこんなに暑かったなんて…)
夢にも思いはしなかった。
肌を焼く真夏の太陽の日射しも、草木も項垂れてしまうほどの夏も。
これほどに力強い星とは、太陽がこれほど眩いとは。
(…本物の太陽は元気一杯…)
フィシスの映像とはまるで違う、と窓の外を見た、夏の太陽を。
これからどんどん高く昇って、酷い暑さを運んで来そうな元気すぎる夏の太陽を。
今の自分には夏の暑さは辛いけれども、身体にも良くはないのだけれど。
これが本物の太陽だから。
前の自分が夢に見続けた、青い地球を照らす太陽なのだから。
(暑いけれども、これが本物…)
元気一杯の夏の太陽でも、元気すぎる暑さが辛くても。
急に素敵な気持ちがして来た、なんと元気な星だろうかと。強い太陽なのだろうかと。
この太陽が青い地球を育てて、人を生み出して、今も照らして。
自分は其処に生まれて来たから、地球に来られたから、夏の暑さを知っている。
今日もこれから暑くなりそうだと空を見上げる、少し陰ってくれればと。
(…なんて贅沢…)
前の自分が憧れ続けた地球の太陽、それに陰って欲しいだなんて。
雲でも湧いてくれればいいとか、夜の方が涼しくて好きだとか。
今日くらいは少し我慢をしようか、暑いけれども、この太陽は本物だから。
前の自分が夢に見続けた、本物の地球の太陽だから…。
暑いけれども・了
※夏の暑さが苦手なブルー君。でも、その暑さが何処から来るのか気付いたら…。
暑いけれども我慢してみようかと思ったようです、無理はしないでねv
(今日も暑い日になりそうだな…)
夜中は涼しかったんだがな、とハーレイが眺めた窓の外。
夏休みの朝のまだ早い時間、朝日が射す庭は生命の輝きが溢れているけれど。
芝生は元気一杯の緑、庭の木々も青い葉を茂らせて空を仰いでいるけれど。
この輝きは朝の間だけ、爽やかな風が吹き抜けてゆく間だけ。
もう少し経てば太陽の光が強くなるから、暑い日射しが照り付けるから。
瑞々しい緑はうだってしまって失せる鮮やかさ、元気の良さ。
夕方に陰って涼しくなるまで、人と同じでへばってしまう。
暑すぎて駄目だと言わんばかりに、草木も疲れてしまうのが真夏。
夏の暑さで疲れてしまうのは人だけではなくて、動物も同じ。
涼しい朝には飼い主とはしゃいで散歩していたような犬でも、昼間はぐったり。
ハアハアと舌を出して暑さを訴えているか、でなければ日陰に転がっているか。
空をゆく鳥も暑い盛りは鳴かない気がする、朝夕は賑やかに囀っていても。
しんと静まってしまいそうな夏の日盛り、出歩く人影も減る時間。
心なしか車も減っているように思える時間。
それほどに暑くなるのが真夏で、その原因は…。
(今の時間は、ただ眩しいってだけなんだがな?)
庭の隅々まで明るく照らし出す夏の太陽、一年で一番、太陽が元気になる季節。
強く眩しく輝く季節。
夏の日射しは嫌いではない、夏生まれだからか、それとも水の季節だからか。
子供の頃から親しんだ水泳、海や川で楽しく泳げる季節は夏だから。
春や秋ではプールと違って泳げはしないし、冬ともなれば論外だから。
(まあ、冬は冬で…)
寒中水泳なるものもあるし、水辺と全く無縁とまでは言えないけれど。
冬の川や海で泳ごうという人もいるけれど、やはり最高の季節は夏。
水の季節は夏だと思うし、暑い日射しがよく似合う季節。
そんな具合で、夏の太陽も日射しも多分、好きな方。
四季それぞれに良さがあるから、夏を贔屓はしないけれども。
ただ、その太陽の元気の良さも少々困りものではある。
朝の間はいいけれど。
爽やかな朝だと、今日も快晴になりそうだ、と眺める間はいいのだけれど。
(…へばっちまうしなあ、庭の木とかが)
水を下さいと言わんばかりに萎れてしまう葉だってある。
太陽に炙られてもう限界だと、シャンと姿勢を保てはしないと。
夕方になって陽が陰ったなら、また勢いを取り戻すけれど…。
(何日も雨が降らなかったりしたら、ヤツらも限界…)
夏ならではの夕立が来れば、天の恵みで自然の水撒き。
ザアッと空から降ってくる雨が地面を潤し、木々も潤す。
気温も下がって暫くの間は暑さも一服、うだっていた草木も息を吹き返す。
そうした雨が来ればいいけれど、来てくれなければ乾く一方。
芝生はまだしも、木々の中には悲鳴を上げるものだってある。
夏の間は分からなくても、秋になったら水不足だったと訴える木が。
木の葉が色づく紅葉の季節に、葉がチリチリと縮んでしまって可哀相な木が。
けれども昼間は出来ない水撒き、ブルーの家に行くからではない。
家にいたってしてはならない、父に厳しく教えられた。
自然に降る夕立は地面も空気も丸ごと冷やすから大丈夫だけども、水撒きは駄目だと。
人の力で庭だけに水を撒いてやっても、一時しのぎにしかならないからと。
却って草木が疲れてしまって、その後の暑さでダウンしてしまう。
もっと水をと、これではまるで足りはしないと。
つまりは人間と全く同じ。
喉が乾いてたまらない時に一口しか水を貰えなかったら、余計に喉が乾くから。
もっと飲みたいと、ゴクゴクと水を飲みたいのに、と。
そうならないよう水撒きするなら、朝とんでもなく早い内。
暗い内から水撒きを始めて、朝日が昇る頃までに終えてしまうというのが正しい方法。
これなら草木は自然に水を吸い込めるから。
夜の間に降りた夜露を吸うのと同じで、それをたっぷり貰えたようなものだから。
(…もう何日か降らないようなら…)
そのコースだな、と考える。
ブルーの家へと出掛けるよりも前、朝食を食べるよりも、まだ早い時間。
水撒き用のホースを持ち出し、庭一面に景気よく。
しっかり水を飲んでおいてくれと、これで暑さを乗り越えてくれと。
毎朝やっても、特に問題ないけれど。
むしろいいのかもしれないけれども、庭木は甘やかさない主義。
農家の畑の野菜でもなし、せっせと手入れをしてやらずとも、と。
夏は暑いし、それを自力で乗り切ってこそと思うから。
自分の都合で庭に植えてある責任の分だけ、手をかけてやればと思うから。
後は庭木の頑張り次第で、うだる夏にはそのように。
寒い季節も、それに見合った生き方を。
そうは思っても困りものの夏、太陽が元気すぎる夏。
水撒きの手間は惜しまないけれど、出来れば自然に任せたい。
せっかく庭に植えてあるのだし、家の中に置かれた鉢植えなどではないのだから。
屋根も壁も無くて、太陽も雨も風も浴び放題、そういう場所にあるのだから。
(出来れば一雨…)
夕立でもいいし、夜中に降ってくれてもいいし、と庭を眺めて。
今日も暑そうだから、入道雲が湧いてくれないものか、と眩しい日射しの元を仰いで。
(そうか、太陽…!)
本物だった、と気付いた太陽。庭を照らしている太陽。
ごくごく見慣れた光景だけれど、太陽は空にあるものだけれど。
(前の俺だと…)
無かったのだった、こういう地球の太陽は。
白いシャングリラの何処を探しても、太陽にはお目にかかれなかった。
あの船の中に太陽は無くて、アルテメシアの太陽でさえも船体を照らし出しただけ。
雲海に潜んだ白いシャングリラ、それを昼間は白く見せただけ。
船の中にまでは日射しは届かず、天窓を通して射し込んだくらい。
ブリッジからも見えた公園、ああいった場所に。
赤いナスカに降りた時には太陽が二つ。
一つではなくて二つの太陽、しかもジルベスター星系の恒星。
あの頃に太陽と言ったら恒星のことで、太陽という言葉の源になった星ではなくて。
(…地球の太陽なんぞは夢のまた夢…)
いつかは其処へ、と夢を見た星、青い水の星を連れているのが母なる地球の太陽だった。
ソル太陽系の中心となる星、それが太陽。
太陽という言葉を生み出した元の恒星、人を生み出した地球の太陽。
それは青い地球と同じで夢の彼方に浮かんでいた星、座標さえも掴めなかった星。
いくら宇宙を捜し回っても、幾つもの星系を訪れてみても。
どれも違った、ソル太陽系とは違った太陽。
ナスカのように二つだったり、三連恒星だったものもあった。
本物の太陽には出会えないままに宇宙を旅した、前のブルーを乗せていた船で。
昏々と眠り続けるブルーを、ジョミーを救って力尽きてしまった前のブルーを乗せた船で。
そうして太陽が二つあった星、赤いナスカでブルーは消えた。
いなくなってしまった、メギドを沈めて。
白いシャングリラから飛び立って行って、二度と戻りはしなかった。
前のブルーの犠牲のお蔭で辿り着けたソル太陽系。
太陽は其処にあったけれども、地球を照らしていたのだけども。
(…肝心の地球が無かったんだった…)
死に絶えたままの赤い星しか。
前のブルーが最後まで焦がれ続けた星は何処にも無かった、青い水の星は。
(そいつが今では揃ったってか…)
元の通りに、と笑みが浮かんだ、本物の太陽と青い地球。
其処に自分はまた辿り着いた、長く遥かな時を飛び越えて奇跡のように。
生まれ変わったブルーと二人で、青い地球まで。
本物の太陽が照らす地球まで、元気すぎる太陽が眩しい地球へ。
夏の盛りにはうだってしまう草木、へばってしまう草木の緑が息づく星へ。
青い空から命を育てる恵みの雨と、太陽の光が降り注ぐ星へ。
それに気付けば、なんという幸せなのだろう。
昼間がどんなに暑くなっても、数日の内には水撒きの手間がかかっても。
青い地球があるから、太陽がそれを照らしているから、暑くなる夏。
草木もへばってしまう夏がある、青い水の星と太陽がきちんと揃っているから。
(よし、少しくらい暑くなっても…)
それも一興、と外を眺める、「たまには水撒きもいいもんだ」と。
ブルーの家へと出掛けるよりも前、暗い内から水を撒く庭。
愛おしい人と地球まで来られたからこそ、出来る贅沢、朝の水撒き。
暑くなっても草木がへばってしまわないよう、「たっぷり飲めよ」と青い地球の水を…。
暑くなっても・了
※夏の日射しも嫌いではないハーレイ先生、けれど庭木は暑さが苦手。
暑さをもたらす原因が地球の太陽と気付けば、水撒きタイムも贅沢ですよねv
(地球に来ちゃった…)
嘘みたい、と小さなブルーが抓ってみた頬。
ふと、それを思い出したから。
此処は地球だと、自分は地球に住んでいるのだと気付いたから。
何度も何度も、思い出しては気付いたけれど。
青い地球の上に生まれ変わったと、生きているのだと思ったけれど。
その度にギュッと抓ってみる頬、それが柔らかな頬だから。
子供の頬の感触だから、余計に素敵な気がする奇跡。
青い地球に来たと、ちゃんと身体もあるのだから、と。
前の自分が焦がれた地球。
いつか行きたいと夢に見た星、恋人と共にゆこうとした星。
その恋人も一緒に地球に生まれた、二人揃って生まれ変わった。
青い地球の上に。
二人でゆこうと夢見た星に。
再び巡り会えたハーレイ、もう会えないと思ったハーレイ。
メギドに向かって飛び立った時に持っていた温もり、それを失くしてしまったから。
ハーレイと自分を繋ぐ絆を、右手に残ったハーレイの温もりを失くしたから。
二度と会えないと泣きながら死んだ、前の自分は。
ハーレイと離れて独りぼっちになってしまったと、右の手が凍えて冷たいと泣いて。
地球へ行けないことよりも辛く、悲しかったハーレイとの別れ。
それでも絆はあると信じて、温もりを抱いて逝こうと思って飛び立ったのに。
白いシャングリラを守り抜くために、一人、メギドへと飛んだのに。
失くしてしまった右手の温もり、切れてしまったハーレイとの絆。
悲しみの中で、死よりも恐ろしい絶望の中で、前の自分の生は終わった。
なのに、どうしたことだろう。
気付けば青い地球に来ていて、ハーレイまでがついて来た。
二度と会えないと思った恋人、そのハーレイとまた巡り会えた。
この地球の上で。
前の自分たちが二人で目指した、行きたいと願った青い星の上で。
少しばかり小さく生まれて来たのが残念だけれど。
あと数年ほど育った身体で、前の自分と同じ姿で恋人と再会したかったけれど。
今の自分は十四歳にしかならない子供で、ハーレイはキスもくれないから。
「キスは駄目だ」と頬と額だけ、唇へのキスは貰えないから。
少々、不満はあるけれど。
小さな身体が悔しいけれども、本物の身体と、貰った命。
前の自分が失くした命。
それを貰った、青い地球の上で。前とそっくり同じ姿で。
頬を抓れば、子供の頬の柔らかな感触、前の自分の頬とは違う。
ソルジャー・ブルーだった自分とは違う、この柔らかな子供の頬は。
新しい命を貰った証拠で、今の自分の生の証で。
不満だけれども嬉しくもある、自分は地球に生まれて来たと。
青い地球の上に生まれ変わって、幸せに生きているのだと。
ハーレイと二人でゆこうとした星、白いシャングリラで目指した星。
前の自分の寿命が尽きると分かった時には涙したけれど、それでも夢見た青い地球。
出来るものなら一目見たいと、ほんの一目でいいのだからと。
メギドへ向かって飛び立つ前にも、それを思わずにはいられなかった。
「地球を見たかった」と、叶わない夢を心で呟いていた。
思いがけずも命永らえて此処まで来たのに、終わるのかと。
長く潜んだアルテメシアを離れて宇宙に出たのに、自分の旅は此処で終わってしまうのかと。
ハーレイとの別れも辛かったけれど、見られない地球。
あとどのくらいの旅を続ければ、青い水の星へ着けるというのか。
分からないままに死んでゆく自分、けして地球へは着けない自分。
此処で自分が犠牲にならねば、シャングリラは地球まで行けないから。
地球へ行けずに沈むだろうから、自分は船を降りねばならない。
白いシャングリラを、船の仲間たちを、青い地球へと送り出すために。
ハーレイが舵を握っている船、それを飛び立たせるために。
そうして一人、後にした船。
メギドに向かって飛んで別れたシャングリラ。
永遠の別れを告げた白い船、それは必ず地球へ着くのだと信じていた。
青い水の星に。
銀河の海に浮かんだ一粒の真珠、青い母なる水の星へと。
自分は見ることは叶わないけれど、あのシャングリラは其処へゆくのだと。
白い鯨は地球を見るのだと、青く美しく輝く星を、と。
前の自分が焦がれた地球。
ハーレイと行こうとしていた星。白いシャングリラできっといつか、と。
夢に見た地球は、青い水の星だと信じていた。
一度は滅びた星だけれども今は青いと、それが宇宙の何処かにあると。
シャングリラは其処へ旅立ってゆくと、自分の命と引き換えにそれを送り出そうと。
ハーレイと共に暮らしていた船、ハーレイとの恋を育んだ船。
自分は此処で降りるけれども、地球への旅は続くようにと。
どうか母なる青い地球へと、あの船が無事に着けるようにと。
祈る気持ちで飛び立った自分、白いシャングリラを離れた自分。
青い水の星があると信じて、仲間たちを其処へと祈り続けて、恋した人とも別れて、一人。
自分は此処で死んでゆくけれど、あの船は地球へ行くのだからと。
ハーレイとの別れは悲しいけれども、地球を見られないことも悲しいけれど。
そうせねば船は旅立てないから、青い地球には行けないから。
白いシャングリラの、仲間たちの未来を拓くためにと一人きりで降りた大切な船。
永遠の別れを告げて自ら後にした船、赤いナスカで降りようと決めたシャングリラ。
振り返りもせずに飛んだ自分は、青い地球があると信じていた。
宇宙の何処かに、青い水の星が。
母なる地球がきっと何処かにある筈なのだと、シャングリラは其処へ飛んでゆくのだと。
ハーレイが船の舵を握って、青い地球への旅が始まる。
自分は此処で降りるけれども、皆と一緒に乗って地球へは行けないけれど。
そう、本当に信じていた。
前の自分は、最後まで。
ハーレイと別れて、シャングリラを離れて飛び立つ時まで、疑いもせずに信じ切っていた。
青い水の星を。
宇宙の何処かにあるに違いない、フィシスの記憶に刻まれた地球を。
(ぼくはホントに信じてたのに…)
だから焦がれた、いつか行こうと。
ハーレイと二人で辿り着こうと、あのシャングリラで地球へ行こうと。
それが叶わないと知った後にも、夢を見ずにはいられなかった。
出来ることなら一目見たいと、青い地球をこの目で捉えてみたいと。
けれど、無かったらしい地球。
白いシャングリラが辿り着いた地球は、青い星ではなかったという。
ハーレイはどれほどショックだったことか、ジョミーや他の仲間たちにしても。
(…前のぼくだって…)
地球がそういう姿なのだと知っていたなら、あの時、メギドに飛べたかどうか。
夢の星だと信じていたから、未来を託して白い船を降りた。
自分の代わりに、どうか地球へ、と。
青い命の星だからこそ、ハーレイとの恋も、地球への思いも、切り捨てて船を降りられた。
地球は希望の星だったから。
ハーレイと二人、夢に見続けた星だったから。
きっと知らなくて良かったのだろう、あの頃の地球の真の姿は。
前の自分が知らなかったことは、神の采配なのだろう。
次の世代に未来を託して、あそこで船を降りられるよう。
青い地球へと、夢の星へと、白いシャングリラを守って送り出せるよう。
前の自分が夢に見た地球、それは何処にも無かったけれど。
青い地球は幻だったけれども、今はある。
小さな自分が生まれて来た地球、ハーレイと二人、また生きてゆける青い星。
まるで奇跡で、前の自分が思いもしないで死んでいった未来。
ハーレイと二人で生きてゆける未来。
(…なんだか不思議…)
聖痕もとても不思議だけれども、青い地球。
前のハーレイと二人、夢に見た地球。
其処で二人で生きてゆく。
いつか自分が大きくなったら、キスを交わして、結婚して。
前の自分が夢に見た地球で、何処までも二人、手を繋ぎ合って…。
夢に見た地球・了
※青い地球に生まれたブルー君。地球は青いと信じて死んでいったソルジャー・ブルー。
ブルー君が青い地球の上に生まれて来たのは、きっと神様の御褒美ですねv
(本当に地球に来ちまったんだな…)
夢のようだが、とハーレイがギュッと抓ってみた頬。
夕食の後で、ダイニングで。
コーヒーを飲みながら広げた新聞、そこに見付けた「地球」という文字。
ごく当たり前に、一週間の天気の欄に。
色々な所へ旅行する人も少なくないから、様々な地域の週間予報。
晴れのマークやら、雨マークやら。
中には雪のマークまである、地球の半分は今の季節が逆だから。
他に「地球」は…、と目を向けてみれば、それは幾つもの「地球」の文字。
地球のあちこちから送られて来た愉快なニュースや、彩りも豊かな写真やら。
それより何より、新聞そのものが地球の新聞。
地球に住んでいる人が読者の中心、投稿欄を見たって分かる。
日々の出来事を綴ったものから、趣味の短歌の類まで。
投稿者が暮らす地域の地名は殆どが地球で、たまに他のが混ざる程度で。
つまりは全てが地球で構成された新聞、本日の地球のホットなニュース。
写真も、記事も。
読者があれこれ投稿している、読者中心のコーナーだって。
前世の記憶を取り戻してから、何度も「地球だ」と思ったけれど。
自分は地球にやって来たのだと、地球の住人だと思ったけれど。
その度に頬を抓りたくなる、今夜のように。
こんな奇跡があっていいのかと、本当に地球に来られるとは、と。
おまけにブルーもついて来た。
前の生から愛し続けた、一度は失くした愛おしい人。
ソルジャー・ブルーだったブルーも、この地球の上に生まれて来た。
前とそっくり同じ姿で、けれど少々、幼い姿で。
まだ十四歳にしかならないブルーと、三十代も後半の自分。
奇跡のようにまた巡り会えた、青い地球の上で。
前の生から二人でゆこうと夢を見続けた、水の星の上で。
当たり前のように其処にある地球、今の自分たちが生まれて来た地球。
何も知らずに生まれ変わって、今まで暮らしてきていた星。
前の生の記憶が戻るまで。
前の自分が誰であったか、それに気付いたあの日まで。
ブルーと出会って戻った記憶。
白いシャングリラで生きていた自分、キャプテン・ハーレイだった頃。
この地球は夢の星だった。
ブルーと行こうと夢を見ていた、いつかはきっと、と。
白い鯨で辿り着こうと、母なる地球をその目で見ようと。
なのにブルーは逝ってしまって、取り残されてしまった自分。
愛おしい人を追って逝くことも出来ず、シャングリラに独り残された自分。
仲間たちの姿が幾つあっても、自分は独りきりだった。
生きる意味さえ失くしてしまった、自分のためにと生き続ける意味は。
前のブルーが望んだからこそ、前の自分は生きていた。
ジョミーを支えて地球へ行かねばと、このシャングリラで辿り着かねばと。
そうして半ば屍のように、けれども船のキャプテンとしては懸命に。
ただひたすらに地球を目指した、其処がゴールになるのだろうと。
辿り着いたら役目は終わると、きっとブルーの許へゆけると。
それだけを心の支えにしていた、地球に着いたら終わるのだから、と。
少しばかり残務処理があっても、それが済んだらブルーの許へ、と。
(…土産話にしたかったんだが…)
地球を見られずに逝ってしまった、愛おしい人。
青い水の星に焦がれ続けたブルー。
先に逝ったブルーと再会したなら、土産話に青い地球。
自分は其処へ行って来たのだと、こんな星だったと、土産話にしたかった。
きっとブルーも魂となって、シャングリラを追っているだろうけれど。
青い地球にも一緒に着くだろうけれど、魂だけでは分からないものもあるだろうから。
地球の空気や、風の気配や、それが運んで来る匂いやら。
肉体が無くては分からないもの、感じ取れないだろうものたち。
そういったものを土産にと持って、ブルーに会いにゆく筈だった。
「地球は本当に青かったですよ」と、「これが地球に吹く風の香りですよ」と。
青い星で飲んだ水の味やら、其処で育った野菜の味やら。
そんなものまで持ってゆきたかった、味わえなかったブルーのために。
「地球の食べ物はこうでしたよ」と、「地球は素晴らしい星でしたよ」と。
それなのに夢は無残に砕けた、長く苦しかった旅の終わりに。
勝ち戦が続いていた時でさえも、ブルーを失くした悲しみしか無かった旅の終わりに。
ようやっと辿り着いた地球。
最後のワープで超えた空間、月の向こうに見えてくる筈だった青い星。
それをブルーに報告しようと、この感動の瞬間を一番最初にブルーの許へ、と見詰めた月。
もうすぐ向こうに地球が見えると、旅の終わりの水の星が、と。
(…だが、あの地球は土産どころか…)
笑い話にさえもなりはしなかった、赤かった地球。
あれが地球かと、そんなことがと、誰もが言葉を失った地球。
死の星が其処に転がっていた。
そう、文字通りに「転がっていた」としか言えなかった地球、骸と化した醜い星。
前の自分たちの死に物狂いの努力と戦いを嘲笑うように。
長かった旅路を、地球までの旅を嘲るように。
青い水の星は何処にも無かった、前のブルーに見せたかった星は。
前のブルーと夢見た星は。
土産話に持ってゆこうにも、どうしようもない赤い死の星。
こんな土産は持ってゆけはしない、地球に焦がれていたブルーには。
白いシャングリラを、自分たちの船を地球へと送り出すために、散ってしまったブルーには。
とてもブルーに話したくはない、教えたくもない赤かった地球。
生き物の影さえありはしなくて、青い海さえも無かった地球。
あの時の衝撃を忘れてはいない、こうして生まれ変わった今も。
死に絶えた地球に降りた時の痛み、「ブルーには言えない」と渦巻いていた胸の奥の痛みも。
けれども、今では地球は青くて、此処にあるのが当たり前の星。
自分の手の中に地球の新聞、青い地球の今を映した新聞。
読者が撮って送った写真や、記者たちが書いた様々な記事や。
天気予報までが地球で埋められ、晴れのマークに雨マーク。
曇りのマークも、雪のマークも、何もかもが賑やかに地球で埋め尽くされて。
(前の俺が見たら…)
きっと夢だと思うだろう。
そんなことなどありはしないと、地球は死の星だったのだから、と。
自分はこの目でそれを見たのだし、新聞などがあるわけもないと。
第一、誰がそれを読むのだと、ただの日報の間違いだろうと。
ユグドラシルにいたリボーンの者たち、彼らのための読み物だろうと。
ところが時代はすっかり変わって、シャングリラは時の彼方に消えて。
前の自分も地球の地の底で死んでしまって、それから長い時が流れていって。
地球は青い星になって宇宙に戻った、蘇った青い水の星。
自分もブルーも其処に生まれた、前と全く同じ姿で。
再び出会って恋をするために、今度こそ共に生きてゆくために。
前の自分たちの夢だった地球、共にゆこうと夢に見た地球。
其処へブルーと還って来た。
前の自分も一度は着いた地球だけれども、あんな赤い地球は…。
(地球は地球でも、あれじゃ話にならないってな)
先に逝ってしまった愛しい人への土産話にも出来はしない、と思った地球。
信じられない思いで見詰めた、赤い死の星。
それが今では青い星になって、こうして新聞までがある。
地球のニュースや写真を集めて編まれた、天気予報まで地球一色の新聞が。
当たり前になってしまった地球。
日常になってしまった地球。
(…なんとも不思議な話だよなあ…)
それに奇跡だ、と小さなブルーを思い浮かべる、恋人と二人で此処まで来たと。
夢だった地球に辿り着いたと、今度こそ二人で生きてゆこうと…。
夢だった地球・了
※ハーレイ先生も驚く、「地球が当たり前にある」という今の現実。それも青い地球が。
キャプテンだった時代に目にした赤い地球。見たからこそ分かる今の素晴らしさですv
