「ハーレイ不足だったんだよ!」
いきなりの言葉に面食らったハーレイ。
小さなブルーの唇からそう飛び出して来た、「ハーレイ不足だったんだよ!」と。
目を白黒とさせるしかない。
ハーレイ不足とは何のことかと、まさか心を読まれたのかと。
この前の土曜日、ブルーの家を訪ねたけれど。
ブルーと二人で過ごしたけれども、その翌日は駄目だった。
日曜日で休みだったというのに、自分に用事。
柔道部の教え子たちを招いて食事で、ものの見事に一日潰れた。柔道部員のお相手で。
そうなることはブルーも承知で、「仕方ないよね」と頷いてくれたのに。
「また来てくれるよね」と健気に笑顔も見せてくれたのに、「また」が無かった。
月曜日も火曜日も、水曜日も。
どうしたわけだか次々に重なる用事や外食、木曜日までが潰れてしまった。
やっとのことで空いた金曜、仕事帰りにいそいそと訪ねて来たけれど。
ブルーの部屋へと通されたけれど、お茶とお菓子が出て来た後がこれだった。
小さなブルーの唇が告げた「ハーレイ不足」。
言葉には覚えがあったから。
「ハーレイ不足」は知らないけれども、「ブルー不足」なら何度も思ったから。
ブルーが足りないと、ブルー不足だと自分が何度も繰り返したから、それかと思った。
もしやブルーに読まれたのではと、読まれて逆を言われたのではと。
けれども、よくよく考えてみれば。
今の自分は前と同じにタイプ・グリーンで、前のブルーでも簡単に読めはしなかった心。
今のブルーに読めるわけがない、それも顔を合わせて間もない間に。
だから訊いてみた、「お前もなのか?」と。
お前はハーレイ不足なのか、と。
「…え?」
お前も、って何? と赤い瞳を見開いたブルー。
確かにハーレイ不足だけれども、「お前も」とはどういう意味なのか、と。
「ん? 実は俺もな、不足しててな。…俺の場合はブルー不足だ」
そう答えれば、ブルーは瞳を真ん丸くして。
「…ハーレイもなの? ハーレイはぼくが足りなかったの?」
「ああ、まるで全く足りなかったな。この一週間…って、まだ一週間にはなっていないか」
ギリギリってトコか、と苦笑した。
今日は来られたから一週間にはならなかったと、明日で一週間だった、と。
「…遅くなってすまん。また来ると約束していたのにな」
本当にすまん、と謝った。言い訳はしないと。
「でも、ハーレイ…。用事でしょ?」
「殆どはな。だが、一日だけは違うんだ」
楽しく飯を食いに出掛けた、と潔く詫びた。
同僚に「一杯どうです」と掛けられた声は、断れないこともなかったから。
それに誘われて入った店では、美味しく食べて楽しんだから。
酒も料理も文句なしの店、来て良かったと思えた酒席。
その頃、ブルーは寂しく俯いていたのだろうに、「ハーレイ不足」だと嘆いていたろうに。
すまん、と心から頭を下げたら、ブルーは「ううん」と首を左右に振って。
「用事が何でも、一日は食事に行ったとしても。ハーレイもぼくと同じでしょ?」
足りなかったんでしょ、と微笑んだブルー。
ぼくが足りなくてブルー不足、と。
「…それはそうだが…。俺の場合は自業自得で…」
飯さえ食いに行かなかったら、と謝ったけれど。
あの日に誘いを断っていたらブルー不足にはならなかったと詫びたけれども。
「ううん、ハーレイは悪くないよ。…次の日のことまでは分からないもの」
次の日に用事が入らなかったら来られたんだし、とブルーは言った。
未来の用事は読めはしないと、そうそう分かりはしないのだから、と。
「そうでしょ? フィシスでもそこまで読めたかどうか…」
だからおあいこ、とブルーはクスッと小さく笑った。
お互い足りなくてハーレイ不足とブルー不足でおあいこだよ、と。
「しかし、お前は…。俺より余計に一日分ほど…」
「そう思うんなら、ハーレイ不足だった分、ちょっとだけ…」
いいでしょ、と椅子から立って来たブルー。
自分の椅子を離れて来るなり、膝の上へとよじ登って来た。そして座った、膝の上に。
チョコンと、それは嬉しそうに。
「座らせておいてよ、そしたら治るよ、ハーレイ不足」
ね? とブルーは得意げだから。
下りはしないと、下りるものかと赤い瞳が主張するから。
「おい、お前…。もうすぐお母さんが来るんじゃないのか、晩飯が出来たと」
この格好はどうかと思うが、と注意したのに。
「平気だってば、まだお茶とお菓子が出たばかりでしょ?」
晩御飯の時間はもう少し先、と壁の時計を指差すブルー。
まだ半時間は充分にあると、一時間かもしれないと。
そうしてピタリとくっついて来た。胸に身体を預けてピタリと。
「お、おい、ブルー…」
下りろ、と何度か促したけれど。
胸から離れろとも言ったけれども、返って来た言葉は「ハーレイもでしょ?」で。
「ハーレイだってブルー不足になってたんでしょ、これで治るよ、ブルー不足も」
だから下りない、と言い張るブルー。
甘えん坊だけれど、頑固なブルー。
そう言われると、自分も覚えのあることだから。
ブルー不足だと嘆いた覚えは確かにあるから、もう敵わない。
降参だ、と全面降伏、と小さなブルーを思わずギュッと抱き締めていた。
両腕で強く胸に抱き込んで、銀色の髪に顔を埋めて。
「…すまん、俺もどうやらブルー不足だ」
「そうでしょ、ぼくもハーレイ不足」
まだ足りないよ、とブルーの腕がキュッと背中に回されたから。
ハーレイ不足が酷いんだよ、とくっつかれたから。
多分、お互い、ブルー不足でハーレイ不足。
一週間近くも会えずに過ごして、恋人同士の時を持てなくて。
学校で顔を合わせていただけ、ほんの少しの立ち話だけ。
きっと簡単には治らないから、ブルー不足もハーレイ不足も、そう簡単には治らないから。
夕食前まではこうしていようか、ブルーの母がやって来るまで。
階段を上る軽い足音が聞こえて来るまで、このままで。
その上、明日は土曜日だから。
二人で一日過ごせる日だから、明日も存分に足りなかった分を満たして、満たして貰って。
ブルー不足とハーレイ不足をきちんと治そう、また減ってしまわないように。
足りなくなったと、とても足りないと、お互い思わずに済むように。
また不足した時は、こうして治そう。
小さなブルーを強く抱き締め、小さなブルーに両腕でキュッと抱き付かれて…。
久しぶりに会えた・了
※ブルー不足とハーレイ不足の結末はこうで、治し方はこうみたいです。
健全なお付き合いだからこその治し方、ブルー君が育ったら治し方も変わりますよねv
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